手紙は何日も前から書き始めていた。
あたしは「ごめんね」という一言のために、三年の月日を待ち続けた。
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高校の入学式の日に幼馴染に告白された。返事は卒業式の日に手紙で、と流され結局彼があたしのことを本当に好きなのかも分からないまま、いつもの生活に戻ってしまった。毎日一緒に登校して、寄り道して、お互いの家に遊びに行った。その三年の間、幼馴染は一回もあたしのことを好きと言わなかった。もう、あの日のことが全部夢だったのではないかと思ったくらい。
手紙を書き始めたのは仮卒に入ってすぐ。卒業式まであと三日だというのに、あたしはこの手紙を書き終えることが出来ていなかった。何度も何度も「ごめんね」と綴るけれど、それを本当に伝えてしまっていいのか、自問自答を繰り返し、怖くなって消しゴムで消してしまう。その所為か、桜柄の綺麗な便箋はいつの間にか少し黒くなってしまっていた。
「ずっと、このままでいたいのに……」
ずっと友達でいつづけるのが無理だと、そんなことは分かっていた。男女の友情が成立しないのはもう仕方ないこと。あたしが望む結末になることは絶対にない。手紙で想いを書き連ねるたび泣きそうになった。どうしてあたしから全部壊さなきゃいけないのか、解らなかった。
異性が好きになれないと気づいたのが中学二年の夏だった。かといって、別に同性が好きなわけでもない。
恋愛になると途端に気持ち悪くなる。吐き気がして、みんなみたいにドキドキできなかった。その人のことを考えるだけで舞い上がったり、嬉しくなったり、返事が返ってくるだけで幸せな感情になることもできない。
まだ本当に好きな人に巡り合っていないのよ、と友達に言われたけど結局あたしは人を好きになることができなかった。頻繁に連絡してくる人には嫌悪感を抱いてしまうし、偶然を装ったみたいに常にあたしの傍に現れる人はどうしてもストーカーとしか思えなかった。
好きになれたら、良かったのに。その「好き」の相手が幼馴染の彼だったら良かったのに。あたしは何度も何度もそう願い続けた。だけど、どうしても一歩を踏み出すことができなかった。
臆病者だった、あたしは。偽りの好きを伝えてずっと彼の傍にいれたとしても、結局いつかは離れてしまう。いなくなるなら、早い方がいい。傷つくなら、その傷が浅いうちに早くその刃を切り捨ててしまえ。
書き終えて、便箋を封筒に入れて鞄の中に突っ込んだ。ふうと溜息をひとつついてあたしはベッドにダイブしてそのまま布団にくるまった。もう何も考えたくない。もう苦しみたくない。
『あなたのことが、とてもとても大切です。だから、ごめんね』
三月一日、幼馴染に手紙を渡すと彼はくすっと笑ってありがとうとあたしの頭を撫でた。その感謝の言葉は、多分あたしのことを絶対に責めないという証明だった。
「いつか、恋ができたらいいな」と幼馴染は空を見上げながらぽつりとつぶやいた。「その相手が俺だったら、嬉しいのに」と、付け加えたのも気付いてたけどあたしは何も言わなかった。
その、いつか、がどれだけ待ったら来るのかまだあたしには解らない。ゆっくり待とう。ゆっくり。
誰かに本気の恋が出来るまであたしは待つよ。ぐしゃぐしゃに丸めて捨てられた手紙以上に、きっとあたしの未来は輝いているはずだから。
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2回目の参加です。ヨモさんのお題だったので絶対に書きたかったかるたです。
恋ができない子が普通でもいいんじゃないかな、というお話です。ありがとうございました。