Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.166 )
日時: 2018/04/09 20:48
名前: 通俺◆QjgW92JNkA (ID: 8LE2hO/.)

「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」

 彼は確かに、自信満々に述べて見せた。
 それに対して俺は、てっきり彼が下手な冗談でも言ったのかと思う。鎮まりかえる部屋で二人、居心地が悪くなって「悪い、聞いてなかった」と誤魔化した。

「……で、結局タイトルは何て言うんだ?」
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
「――気でも狂ったか!?」
「ああ略称はフビエビって感じで行こうかと」
「んなもん聞いてないわっ! これほんとにお前が人生掛けて書き上げた小説の話だよな!?」

 編集者稼業をしている中で、こんなことは初めてだ。
 驚天動地ともいえるこの状況。子供のころから仲の良かった幼馴染からの突然の呼び出し。
 焦る気持ちで辿り着いたら小説家になるといわれ、挙句の果てにそんなふざけた名前を聞かされたら発狂してもしょうがない。
 むしろ何故、今俺が叫び問いただすだけで済んでいるか不思議でしょうがない。
 目の前に手渡された原稿を即座に破り捨てたい衝動に駆られる。

「そうだ、俺が練りに練ってついに完成した最高の一作だ。ちなみにペンネームは海老原 進」
「ド本名じゃねぇか! その勇気を褒めも称えもしないからな!?」
「ジャンルは異能学園バトルものでな、子供受けするために玩具展開も考えてきた」
「まじか、このまま小説の説明入るのか。
……しかも玩具ってお前、これただのエビフライじゃん」
「凄いだろ、衣をつけてアツアツの油放り込むだけでこんな美味しそうになるんだぜ」
「完全なるエビフライじゃねぇか。うわっ、手に油が」

 どこに隠していたのか、紙袋からエビフライが二本入ったタッパーを渡してきて奴は戯言をのたまう。
 今ここで全てうそだといわれても、もはや引き返せないところまで来ていることに彼は気づいているのだろうか。気づいていないのだろう。
 
 もうこの原稿を破るしか……友人の凶行を止めるべく手を伸ばし、気が付く。
 この紙、良く油を吸う。

「――クッキングペーパーじゃねぇか!?」
「お、よく気が付いたな。いやーその用紙に書くの大変だったんだけどさ、やっぱ揚げ物がタイトルに入ってるしこだわりたくてさ」
「いや、マジ意味わかんないって。仮に、宝くじが当たるよりも低い可能性だけど出版するときは普通の紙だぞ?」
「……」
「そうか、みたいな顔すんじゃねぇ!?」

 もはや訳が分からない、いったい何がここまで彼を狂気の道に走らせるのだ。
 エビフライなのか、彼はエビフライ神に取りつかれたというのか。何度叫んでみても彼は正気に戻らない。
 混乱しているこちらをよそに、彼は原稿を取り返しパラパラと捲り中身を見せてくる。
 その中には、挿絵らしきものも存在しておりキーキャラと思わしき二人がいた。

「まずこの赤く頭にとんがりがあるのが、主人公の燕尾 飛行(えんび ふらい)君。日本一エビフライとフビライハンが大好きな小学生」
「突っ込みたい箇所が大渋滞起こしてるんだが」
「ちょっと待ってくれ。彼が毎日毎日フビライハンの伝記を読みながらエビフライを食べていたところで物語が始まるんだ」
「おい待て」
「もう少し待ってって……まあ色々省くけど、彼はエビフライをフビライハンにする能力を得て戦いに巻き込まれていくんだ」
「どんな絵面だそれ!?」

 髪型はまぁいい。子供向けばありがちかもしれない……エビフライの尻尾にしか見えないそれはどうかと思うがまあいい。
 だが、飛行と書いてフライ。エビフライとフビライハンが好きという謎設定。まぁ、まぁ……よくないけどスルーする。

 しかし、どう好意的に解釈しても、エビフライがフビライハンというおっさんに変容していく様が格好いいとは思えない。性癖としてもニッチすぎる。
 挿絵にはエビフライを敵に投げつける少年、そしてエビフライの先っぽから既にフビライハンが顔を出している。
 シュールという言葉すら生ぬるい、もはやホラーだこれは。

「そしてこっちはヒロインの腐美雷(ふびらい)・ハンちゃん」
「その当て字どうにかなんねぇの。というか女の子なんだ、髭生えてっけど」
「滅びゆく民族の最後の一人なんだ。それで彼女の能力が……この絵の通り、フビライハンを美味しいエビフライにしてくれるんだ」

 どう見ても顎髭たくましい、モンゴロイド。お世辞にもかわいいとは思えない。というかやたら顔がでかい。
 そして挿絵の中で彼女は、真顔でこちらを睨みつけてくるフビライハン達をエビフライに代えて……。

「まじでなんなんだよこの絵面! というかフビライハン増殖してるんだけど!?」
「そりゃ元になるエビフライを増やしたらフビライハンも増えるよ。みんな快く力を貸してくれるし、頼りになるよ」
「すんごい不服そうな顔なんだけど。この恨み決して忘れぬ、みたいな顔してっけど」
「けど最後はおいしいエビフライになって主人公が食べるから大丈夫だよ」
「大丈夫っ意味知ってるか?」

 その後も続く続くふざけたストーリー展開、敵キャラの設定、世界観。
 あまりに馬鹿らしくなった俺はとうとう聞くのを止めて部屋を出て行こうとする。
 それを察したのか、彼は俺の足に縋り付いてせがんでくる。

「まて、まてっ! せめてお前の会社に持って行ってくれよ! 絶対に売れるって、なんならこのエビフライ上げるから!」
「いらんわ! そんな作品持ってってみろ、俺が会社に居られなくなるわ。責任取れんのか!」
「頼むよ、これ書くために仕事も何もかも止めたからこれが上手くいかないと俺、俺……!」

「――エビフライ職人になるしかないんだ!」
「なってろ!!」


 後日、彼がエビフライ職人を雇えるほど裕福になるのはまた別のお話。



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ちなみにライバルキャラはフライパンをフビライハンにします