Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.167 )
日時: 2018/04/10 23:13
名前: ねるタイプの知育菓子 (ID: 41n/O0sI)

迷走しました。起承転結 #とは…(;´・ω・)
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「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」

父の一言で、食卓は静まり返った。母と姉はお小遣いについてちょっとした喧嘩をしていて、私はそれを煩いなぁと思いつつ夕飯のエビフライをもぐもぐしていたのだけれど、それがビデオの一時停止みたいに全て止まって、どこかから救急車のサイレンが聞こえて、それも遠ざかっていった。随分長いこと沈黙が続いたような気がするけれど多分それは気のせいで、ほんの数秒だったのだろう。
何事も無かったかのようにまた母と姉は喧嘩を再開して、父と私は黙々とご飯を食べ続け、結局お小遣いは上がらず、機嫌を悪くした姉はいつものように私に八つ当たりして、部屋に籠ってゲームをしていた。
私はその日、寝るまで「ふびらいはん」について考えていた。まだ小学校低学年だったので、そんな単語は聞いたことがなくて、料理の名前なのかもしれないと思っていた。カレー、シチュー、フビライハン、みたいな。もしかして今日お母さんが作ったのは「エビフライ」ではなく「フビライハン」で、私は「フビライハン」を口に入れたのかもしれない、とも思った。その途端口の中に残った油の味がなんだか汚いもののように思えて、あわてて歯みがきをした。
今なら、「フビライハン」が人名だと言う事が分かる。父が言ったのは「フビライハン」と「エビフライ」をかけた(?)冗談で、母と姉はそれが分かっていたけれど笑わなくて、つまり父は盛大にスベったのだ、ということも。
ちなみにこの冗談と同じようなもので、「中臣鎌足生ハムの塊」という早口言葉があることも、エビフライのしっぽとゴキブリの成分が同じだという噂も知っている。数十年間で私はいらない知識を沢山身につけた。エビフライのしっぽは残すようになった。
今は2ヶ月に1度は姉も私も実家へ帰るくらい仲が良いけれど、当時は母と姉の喧嘩が絶えず、父は我関せずという顔でどちらかに味方することも仲裁することもせず、それがまた母の癇に障り、家族の雰囲気はなかなか最悪だった。そんな空気の中で、何を血迷ったのかいつもは無口な父があの言葉を呟いたのだ。冗談としては全く面白くないけれど、そう考えると少し笑ってしまう。

「ねぇ」
「どうしたの、あぁ、明日帰るんだっけ」
「あぁ……うん、仕事残ってるし」

何気なく返したつもりが、言い訳がましく聞こえる。寂しくなるねぇ、と母も呟いた。母が茶をすする音だけが響く。

「……またすぐ帰ってくるよ」
「そうだねぇ、待ってるね」

父が死んだのは4日前の事だった。急性心筋梗塞で、母が買い物から帰ってくると、既に冷たくなっていた。私はそれを会社の帰りに駅のホームに電話で聞いて、周囲の喧騒で何も聞き取れず、メールで聞き返してやっと理解した。咄嗟に、半年前に別れた元彼を思い出した。今日お父さんが死んでしまうと分かっていたら、誰でもいいから早く結婚すれば良かった。「運命を感じない」なんて理由で別れて、バカみたい。孫も見せたかった。もし私が彼を連れて実家に帰っていたら、お父さんはどんな顔をしただろう。「娘は渡さん」なんて言うのだろうか、彼の頬を思い切り殴るかもしれない、それとも……。
考え出したらキリがなかった。産まれた瞬間に神から力を与えられて、予知夢を見て父を助ける所まで妄想して流石に現実に引き戻された。父はもう居ないんだ、そうか。

「ねぇお母さん」
「何?」
「フビライハンとエビフライの違いって知ってる?」
「……どういうこと?」
「冗談だよ。全然笑えないよね、意味分かんないもん」

父はあの日、なんであんな事を言ったのだろう。ただの気まぐれだろうか。それとも、いつか言ってみようと温めていた冗談なのだろうか。そうだとしたら、さぞガッカリした事だろう。誰も笑ってくれなかったのだから。父が生きている間に聞きそびれた。座右の銘とか人生の目標とか、そういうのも聞いておけばよかった。後悔するのは、いつも何かが終わってしまった時だ。自分の人生が終わる瞬間、後悔なんてしないように、これから生きていこうと決めた。生き甲斐と愛する人と沢山の幸せを見つけて、大好きな家族に囲まれて息を引き取ったら、また父に会いに行く。幸せなエピソードをいっぱい聞かせて、「幸せだったよ、ありがとう」って言う。それから、あの冗談のことも話そう。結局、父はまだ、あのことを覚えているだろうか。私が突然そんな事を言い始めたら、驚くだろうか。

「お父さん、エビフライとフビライハンの違いって知ってる?」