「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
これは、とある発展途上の町での一角で起きた事件である。
パッと咲いている傘の下で、目の前の少年は何を思っているのだろう。出会い頭に雨音を背景に告げられた頓珍漢な質問に、少年と対面している形にある女性は訝しげな目で少年を凝らして見た。パチパチパチパチと鳴る雨音のタップダンスのメロディが流れる中、二人はしばらく見つめ合うという奇妙な空間が出来上がった。少年は何かを期待しているのか、微動だにしないまま白い息を吐き出す。女性は僅かに、傘の持ち手に力を込めながら小さく口を動かした。
「え......っとー......僕、どうしたのかな?」
その声は酷く震えていた。女性は緊張感による引き攣った笑みを浮かべながら、ごく自然に首を右に傾ける。少年は傘を少し傾け、女性に顔を完全に晒す。少しむすっとしていて、頬は風船の様に膨らんでいた。少年のその唐突な質問には答えられなかったことに対して怒ってるのだろう。女性は、困った様に眉を顰(ひそ)めれば周りを見る。天気が悪い所為か、周りにはほとんどと言って良いほど人が居ない。雨によって霧のようなものがもやもやと現れ始めていた。
「俺の質問にちゃんと答えて」
第一声の時より少し不機嫌な声音な少年にそう急かされ、ますます女性は困った様に笑えばギュッと傘の持ち手を握った。周りに助けを求められない中意味が分からない質問に出会すなんていう有りそうで無いこの状況で、女性がまともに考えられる訳も無かった。単に、エビフライは食べ物だの答えれば良かったものの、女性は何を思ったのかこう答えたのだ。
「私は、エビフライよりもアジフライ派なの」
女性は善いことをしたと言わんばかりの輝き優しい笑みを浮かべて、呆然と立ち尽くす少年の側を通り過ぎた。
***
それから何ヵ月か経ったある日。再び少年と女性は偶然にも出会した。
女性は、今日が誕生日である姉と買い物に来ていた。この辺では一つしか無い大きな店である為、あの時の少年と会うことは何ら不思議ではないのかもしれない。しかし、こうして偶然にも会うというのは滅多にない事だ。女性があの時の少年をふと見掛けた時、女性は「あ」と反射的に漏らした。
「ん? 美咲、どうしたの?」
「いや、何でも無いよ。前に話した男の子の話、あの男の子をさっき見掛けてさ」
姉が女性に笑いながらそう声を掛けるのを、女性は軽くあしらいつつ短めに切り上げようとした。しかし女性の姉は、女性の話すその少年に興味があったのか「どこどこ?」と話を広げようと楽しそうに女性に問い掛けた。女性も『姉だしなぁ』と冷たく応えることは出来ないのか、小さく溜め息を吐けば「あそこだよ」と少年のいる方向へと指を向ける。
姉は女性の指す方向へと目を向けるが、きょとんとして直ぐに女性の方へと向いた。
「美咲......誰も、居ないよ?」
「え? いや、みゆぅ、居るじゃん」
何で? そこに居るじゃん。分からないのかな? いや、でも、男の子っていってるんだから分かるでしょ。もしかしてみゆぅには見えていない? いや、そんなわけ無い。
様々な思いが一気に女性の中を駆け巡り、強く女性をノックする。女性はチラッと姉の方に目を向けるが、やはり少年は見えていないらしくポカーンとした様な阿呆らしい顔のまま女性を見ていた。自分には見えているのに姉には見えていないという事実が酷く女性を脅かす。
「そういえば、その子の話、あんまり聞いてなかったんだよね」
女性が一人考えている所に、姉がそうポツリと言う。
「ああ......そうなの? フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ、って言われたのが__」
「あははっ、美咲? 今日はアジフライ食べたいの?」
女性がそう、あの時のことを話し始めようとした。あの少年の台詞を一言一句違わずに述べ、これから話そうとしている時に姉がクスクスと懐かしそうに笑いながら横槍を入れる。からかうような素振りの姉に、女性は「違う」と否定するが姉は「そうなの?」と意外そうにする。何が「そうなの?」だ。誰もエビフライを食べたいからってそんなちんぷんかんぷんな問い掛けなんてするわけが無い。女性は半ば姉に呆れて「そんな遠回しなことしないわよ」と言い切る。
「そう? 昔はしょっちゅうフビライハンとエビフライの違いを教えてくれって美咲に言われたんだけどなぁ。理由はアジフライを食べたいから......って。美咲ってば、それをまだ覚えていたのか~って思ってたけど」
姉はそう、フフフと笑いながら懐かしむ様に言う。
いつの間にか女性の視界からは、その少年は消えていた。
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*初です。