「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
「だってさ」と純くんが眠たそうに手紙に書かれてあった文面を読み上げた。相変わらずの意味の分からない内容に、私はどうしてか胸が苦しくなった。純くんは戸惑う私を見て「馬鹿だな、あんた」と小さなため息をついた。
「純くんは、どう思う?」
「なにが」
「この手紙の質問だよ。これが秋ちゃんの遺書みたいなものなんでしょう? 私たちに一体何を言いたかったんだと思う?」
「いつも通りの冗談だろ。俺たちを馬鹿にしてるだけだよ、兄貴はいつもそうだ」
秋ちゃんは、馬鹿だった。そして私たちも馬鹿だったのだ。私のプレゼントした可愛い便箋に秋ちゃんの少し歪な字で大きく書かれたそのメッセージ。私たちを試すようなその問いかけは、生きてた時と何も変わらなかった。手紙の中ではちゃんと、秋ちゃんは生きていたのだ。
「秋ちゃんが死んでもう一週間経ったんだよ」
「知ってるよ」
「純くんは何がそんなに辛いの? 現実を受け止めきれない?」
「俺はあんたがそんなにもあっさり兄貴の死を吹っ切ってることに驚きを隠せないよ。あんた、それでも恋人?」
純くんは手紙の秋ちゃんの字を指でそっとなぞって、今にも泣きそうな顔でこちらを見た。あんたは何も悲しくないのかよ、と小さく呟いた声に気づいて、私は無理して笑顔を作って見せる。きっと、純くんは何も知らないからそんなことを言えるんだ。うらやましい。とってもうらやましい。
だけど、それでいいんだ。純くんは何も知らないまま、秋ちゃんの大切な弟のまま、大事な兄を失った悲しみで苦しんで泣いちゃえばいいんだ。
フビライハンとエビフライの違いなんて明確なのに、なんでそんなこと聞くんだろうと、ふいに手紙が目に入ってそんなことを考えた。秋ちゃんがそんな簡単なことも知らないなんて、そんなわけないの、知ってるのに。
「秋ちゃんは、死んだんだよ」
「うるさい」
「秋ちゃんはもういないんだよ」
「うるさい」
「秋ちゃんは……」
「あんたはっ、それでもいいのかよ! それであんたはっ、幸せなのかよ」
秋ちゃんのことを忘れたら、それが幸せなわけないじゃないか。
子供みたいに泣きじゃくる純くんは、今更だけどまだ高校生なんだなって思って、私は何でか彼の頭を撫でていた。ぼろぼろと滝のように流れ落ちる彼の涙に、私も思わず泣いてしまいそうになった。
純くんの涙で手紙の字が滲んでいく。しゃくりを上げて泣く彼は、とても美しかった。
秋ちゃんがどうして死んだか、知らなかったらきっと私も彼のように泣けていたのだろうな。私はぐちゃぐちゃになった手紙をそっと破ってごみ箱に捨てた。秋ちゃんの遺書なんて、どうでもいいや。
「秋ちゃんは、死んだんだよ」
フビライハンでもエビフライでも、なんでもいい。だって彼はもうその答えを聞くことはできないのだから。いくら私が秋ちゃんのために答えても意味ないじゃん。
好きだよ、と心の中で呟いた。秋ちゃんが死ぬ前にも言葉にはできなかった。彼が死ぬことも私は知っていたのに。それなのに止められなかった。最後に秋ちゃんが笑いながら「また、三人でご飯食べに行こうな」と言ってたのも、もうできないんだよ。三人で、はもうできない。
さよなら、秋ちゃん。私が大好きだった秋ちゃん。私たちの大切だった秋ちゃん。
純くんの泣き声に、やっぱり私も泣きたくなった。馬鹿みたいな秋ちゃんの手紙は、もう私たちには必要ない。これからの私たちの幸せに、秋ちゃんはもういないのだ。
***
コメディ系統なお題でシリアスなお話を書かせていただきました。場違い感が否めません( 一一)
突然死んでしまった秋ちゃん、それを悲しむ弟の純くん、死ぬことを知っていて止められなかった私。残された何気ない手紙は、束縛するものではなく、背中を押してくれるものであってほしいです。
運営の皆様、いつも素敵なお題をありがとうございます。前回の感想もまだ書けてないので大変申し訳ないですが、また感想を書かせていただきたいと思います。