「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
いつもの雑談と同じ調子で放たれた素っ頓狂な質問に思わず耳を疑う。
若干天然のきらいのある友人が唐突に投げかけたそれは、俺を一瞬フリーズさせるには十分すぎるものだった。
「すまん。よく聞こえなかったからもう一度言ってくれ」
「フビライハンとエビフライの違いを教えてほしい」
聞き間違いという一縷の望みをあっけなく潰され、いよいよ俺は返答に詰まる。
えー、と困惑を一つ口から漏らし、ああでもない、こうでもないと思索する。
まるで質問の意を飲み込めない俺と、泰然と唐揚げ定食に箸を伸ばし続ける友人の間を、昼飯時の食堂の緩い喧騒が通り抜けていく。
「……そもそもどういう経緯でフビライハンとエビフライが結びついたんだ?」
「ああ、忘れてた。ちょっとこれ見てよ」
そう言われて携帯を見せられる。そこには
『広告の品
あげたてサクサク!
フビライハン2尾320円 』
という創英角ポップ体の張り紙と、エビフライの置かれた棚が写っていた。
「これは、ただの誤字じゃねえかな……」
「そういう事じゃなくて、なんでこんな誤字をしたのか。ただの打ち間違いじゃこんな風にはならないでしょ」
「そんなの俺が知るかよ。それ作った本人を探して聞けばいいだろ」
「これ作ったの僕なんだよね……」
お前かよ
「この後めちゃくちゃ説教された」
「だろうな」
「自分でもなんでこんな打ち間違いしたのか分かんなくてね、そこで第三者の意見を伺いたい」
よし、質問の意図は分かった。そして幸いなことに俺にはこの質問に対して心当たりがある。
「……多分、だけどさ。お前ついこの間までアジア史の課題に追われてたろ?」
「うん。間に合わないかと思った」
「それだよ。無意識のうちに混ざっちゃったんじゃねえの。頭の中で」
どうだろう。我ながら適当な回答だがどうやら友人の顔を見る限り腑に落ちたらしい。よかったよかった。
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「ありがとう。今すっごくスッキリしてる」
「そりゃどういたしまして」
今は食堂から出たところだ。自販機で飲み物を買おうとしたら、さっきのお礼に奢ると言ってくれた。貧乏学生にはありがたい申し出である。
「それにしてもよ。フビライハンの揚げ物ってどんな感じなんだろうな?美味しくなさそうってのは分かるけどさ」
「何その質問?」
「いや、さっきはお前の疑問に答えたじゃん。だから俺も気になったことを聞いてみたまでだ。お前なりの考えでいいから聞かせてくれね?」
そう言うと友人は少し考え込む。まあただの与太話のつもりで振った話だ。飲みたいものが決まったと紅茶のボトルを指差そうと──
「揚げ物には向いてないよ。味が濃いからもたれちゃう」
「へっ?」
「飲みたいもの決まった?」
自販機の中の紅茶を一瞥すると100円を二枚投入してボタンを押す。俺は少し戸惑いながらそれを受け取る。
「はい。……そういえば、次の講義の時間大丈夫?」
「えっ、あ! やっべ遅れ……もういくわ。紅茶ありがとうな! そっちも遅れるなよ」
「うん、僕のは休講だってさ。頑張りなよ」
友人と別れダッシュで教室のある建物へ向かう。奴は天然であると同時にちょっとした冗談や悪戯も大好きだ。今までだって何回もからかわれて、「冗談だよ」とすぐにへらりと笑われて。
だから何も、逃げるように走る必要なんて、なんにも。
まさか、な?
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*冗談がキツすぎる。それだけだ
*それだけだ