名前も知らないのに、私は「その子」をじいっと見ていた。
日曜の午後、急にお仕事が休みになったママが、ショッピングセンターに連れて行ってくれることになった。初めて目にする大きな大きな建物、力一杯見上げても一番上が見えない立体駐車場。その中には黒、白、赤、青っていろんな色が並んでいる。車には顔がある、ママが乗ってる車は、目が尖ってて、何だか怒っているみたい。腕を引かれて歩きながら、あの車は目が丸くて笑ってる、あの車はママのとそっくり、怒ってるってはしゃいでいたら、うるさいって何時ものように頭を叩かれた。それを見ていた、おばさん達が何かをヒソヒソと喋っていた気がするけれど、私はママとお出かけができることが幸せなんだ。でもその幸せなんか、全部吹っ飛んでしまうくらいー-ーー、私は「その子」に目を奪われた。
笑っても怒ってもいない、なあんにも浮かんでいない顔。ママが「キャバクラ」っていう仕事に行くときに着るみたいな、綺麗なドレス。長い睫毛、パッチリ開いた目、ピンクのパッケージ。四階のおもちゃ売り場を歩いていた時、私と「その子」は目が合った。ちょうど、私の手に取れる位置にいてくれた。手を伸ばす。指が震えるのを感じた。きれい、きれい。まっすぐで腰まである長い髪、真っ白なドレスには、皺ひとつない。両手に置いて眺めた。「その子」はプラスチックのパッケージ越しにいる。もっと近づきたい、肌に触れてみたい。私は、保育園に行ったことがない。お友達って、こんな感じなのかな。この子が居てくれたら、ママがキャバクラへ出かけて行く夜も寂しくないのに。ねえ、私とお友達になろうよ。箱の中の「その子」に言う。返答はない。無いのは、きっと口元までテープで板に固定されているから。箱の中に入ってしまった私の友達を、早く、私が助けてあげなくちゃ!
セロハンテープを剥がした。箱はぱかりと空いたが、私はどうしても、一刻も早く「その子」に会いたかった、ので、包装ごとぐちゃぐちゃに引き剥がした。初めて髪の毛に触れた。艶やかで、柔らかくて、三日もお風呂に入れてもらえない私とは大違いだった。顔や服を固定して居たテープも無理に引きちぎる、早くその肌に触れたいから。シワ一つ無いドレスを、触った時には感嘆の声が漏れた。わあ、すごい。お姫様みたい、私の友達はお姫様だ。とても小さいお友達の、小さな手を握ってみる。冷たい、けれど、ママが怒った時、私の頭にかけてくる水よりは、あったかい。そのまま私はお友達を手の上に乗せた。ドレスってこんな手触りなんだ。歩きにくくないんだろうか? と思いながら、その長いドレスを引っ張ったり撫でたりしてみた。私も将来ママみたいになれたら、こんな可愛い服を着れるのかな。どきどきしながら、ドレスの裾を上げて行く。私のお友達は、お姫様なのにちゃあんとドレスの下に足があったし、下着もつけて居た。友達。小さいけれど、あなたは今日から私の大事な友達! 嬉しくなって私は、お友達と不恰好に手を繋いで、このおもちゃコーナーを歩いて回ろうとした。ああ、なんて今日はいい日なんだろう。周りのみんなも、私たちを見ている。でも、次第に気づき始める、それは初めてお友達ができた私を、一緒に喜んでくれる目ではなくて、あんなお母さんの元に生まれてかわいそう、なんて言ってきた、あの人達の目。思わず私は叫んだ、お友達と一緒に。もうママに置いていかれて泣いている、ひとりぼっちの私じゃないんだ。
「違う、私はかわいそうじゃない! ママもいるし、お友達もいる! 私はかわいそうじゃない、私は、保育園に行ってないのにお友達ができたの!」
日曜のショッピングセンターともなれば、まあまあそれなりに混んでいる。ママと、パパと一緒におもちゃコーナーにいた男の子達は、逃げるように私から遠ざかって行く。二人組の女の子が、「見て、あの子、リカちゃんがお友達なんだって」と笑っている。
首から何か四角いものをぶら下げたおじさんが、私に優しい声で話しかけてきた。ママはどこにいるかって、とりあえず、お人形はレジの人に預けておいて、迷子センターに連れて行くからついて来てって。もうすぐ、ママに会えるからおいでって言った。私は最後までお友達の手を話さなかったが、おじさんが面倒そうに放った舌打ちがママみたいで、怖くなって、私はその場でお友達の手を離してしまった。人形は床に転がる。
『あー、すいません、すいません、うちのクソガキが。あ、え? あたし? あ、今パチ屋出るとこです。ご迷惑おかけしました、すいませーん』
おもちゃコーナーはあんなにきらびやかだったのに、迷子の子供を預けておく部屋は無機質だ。電話越しにママの声が聞こえる。おじさんは、とがめもせずに、ここの場所と、あと「お友達」の賠償料金を申し訳なさそうに言った。
私は、スカートの裾を握りしめている。
こんにちは!パ行変格活用です!パ変って呼んでください。
やっと時間が取れたので前々から興味のあったスレッドに参加させていただきました( ´∀`)
運営の皆さん、この場を用意してくださり本当にありがとうございます!パ変でした。