名前も知らないのに、私は、胸の高鳴りを確かに覚えていた。
天を見事に貫きそうなほどに高く伸びたその姿。カッコよく、お洒落な帽子のように決まったカサ。そして何よりの決め手は、私の食欲。
良い食材がないか、ゴキブリの勢いで家の中を這い蹲る程のやる気でスーパーを巡っていた甲斐があった。ゴキブリって凄いんだな。
「やだ何これ……美味しそう……!」
私はじゅるりと文字通り涎を不衛生極まりないにも垂らしながらそれに近づく。森の匂いがこびりついていて、それが新鮮であることを語っている。それが入ったトレイにナイロンが抱きつくようにキツく巻かれているにもかかわらず、だ。目利きのない私でもこれは当たりだ、と女の勘が働いたのだ。
「え……おま、キノコ?」
「そうよ! キノコ! もー、私ね、このキノコに口説かれちゃったの!! 太郎、今日の夕食はキノコの肉詰めよ」
それ、の正体は逞しいキノコだ。変な意味ではない。食材のキノコだ。さっきも言ったが、このキノコは素晴らしい太さと長さを兼ね備え、良い反り具合を示していた。私たちが求める理想に見合っていた。靴がフィットしている感じに近い。
私の隣では、私の彼氏、いや、悲しくもパシリ要因となってしまった太郎が買い物カゴを持ったまま唖然としていた。というより引いている様子だ。私の提案するキノコの肉詰めよりもピーマンの肉詰めの方が良いわとボヤいている様子である。男のくせに大人気ない。
私たちは珍しくキノコを大人買い……いえ、爆買いした。キノコが商品棚から無くなっていく様を見て青白い顔色になっていく太郎を尻目に、私は「このキノコは美味しいに違いない。私の頭と勘を信用しなさい」と無理矢理言いくるめてやった。私たちの買い物カゴからキノコが生えているのではというぐらいにキノコがカゴに入っていた。キノコの大群さながらであり、キノコが私たち、もしかしたら私だけにかもしれないが挨拶をしているようだ。ほら、キノコって会釈程度はできそうじゃん?
そのまま私たちは肉コーナーに移動して、キノコいっぱいいっぱいのカゴに無理矢理ひき肉を詰め込んだ。因みに、ひき肉へのこだわりは一切ない。だって私は今、この逞しいキノコに恋をしているのだから。
キノコの山を見て満足気に微笑む女と青白い顔でカゴを持つ男の図は、アンバランスの象徴だろうと自分でも思う。現に今、客たちの目は束ねられた糸のように私たち二人に引き寄せられているのがひしひしと伝わるからだ。
「おい花子……まじかよ」
レジの支払い途中、太郎がため息をつきながら言った。精算機が映す商品名がキノコに染まっている。それは、バグを起こしたのではと疑われるほどだと思う。
レジの人が金額を告げ、私は支払い金額ぴったりに支払った。袋がキノコいっぱいのものも何個か出来てしまった。
「おい花子……まじかよ」
レジの支払い途中、太郎がため息をつきながら言った。精算機が映す商品名がキノコに染まっている。それは、バグを起こしたのではと疑われるほどだと思う。
レジの人が金額を告げ、私は支払い金額ぴったりに支払った。袋がキノコいっぱいのものも何個か出来てしまった。キノコの重さを両手に感じられるのが嬉しい。
***
結局、そのキノコが美味しかったかと言われると微妙なラインではあった。ただ、気に入りはしなかったのだろう、その男女が例のスーパーにキノコを買いに来ることは一生涯無かった。
キノコが一瞬にして無くなった例のスーパーはキノコがバカに売れたと異常なキノコの量を仕入れたが、例の男女が買いに来ることもなくいつも通りの売り上げに戻った為に失敗した。代わりに、そのスーパー一帯にはキノコ魔人カップルという名のオカルトのようなものが広まり有名にはなったそうだ。
***
「おい花子! 花子が一推ししてた割には不味くねこのキノコ」
「そうね! 失敗しちゃったわ、次からは買わないようにしましょ!」
私たちは泣く泣く、一気に調理したキノコを食べた。その時は不味いと叩いて、次からは買わないと宣言した。値段もかなり張ってて、高級よりだったから尚更損をした気分だった。
しかし、私は気付いてしまった。あの時、私が調味料を間違えていたことに。
*
初めまして!
半家毛 剛(はげも つよし)と申します! 楽しかったです。