名前も知らないのに、声をかけた。
それは、運命だったのかもしれない。
「ねえ、君。こんな所で何してるの?」
私は、木に背を預けて座っている、目の前の少年に話しかける。きっと年は15歳くらい。
彼は重たそうにまぶたを持ち上げて、ゆっくりとこちらを見た。
「お前こそ、何してんの……」
言い終わらないうちに、彼は、また下を向いて再び目を閉じた。年上の女性に向かってお前呼ばわりすることを咎めようかとも思ったが、寝言の一種なら仕方がない。私は再び開きかけた口を閉じた。急にやることがなくなって空を仰ぐ。頭上には木々の狭い間からたくさんの星が見えた。
夜の森。そう呼ばれるこの場所は、昼でも夜でも薄暗い。私はまだ、ここに人が出入りするのを一度も見たことがなかった。私自身この場所に着いて数日、というのも原因だろう。
私は再び彼に視線を落とした。その美しさにはどこか見覚えがある。白く、透き通って柔らかい髪が、やや長いまつげにはらりとかかり、やはり透き通るように白い肌と細い輪郭の線が、儚さと繊細さを添える。ちょうど、彼の座っている場所だけに月明かりが差し込んでいて、スポットライトのように、彼だけを照らしている。その様は、まるで、古代の悲劇のヒーローが全てを失くして、たった今、静かに死んでしまったかのようだ。
ただ、ただ、白く、美しい。ろう人形のようで、生命力すらも感じ取れない。まるで、かつてのあいつのようだ。ふと、不安になって彼の首元に手を当てた。
良かった、生きてる。
それで起きたのだろう。きっと私の手が冷たかったから。
「んん……、誰?」
目をこする仕草に若干のあどけなさを感じた。私は尋ねる。
「私はアルト。君は?」
「俺は……ラズ」
ラズ。そう、そっか。
「どうしてここにいるの?」
私は腰を低くして、彼に目線を合わせた。
「……どうしてか、来なくてはいけない気がして。ずっと何か探しているんだ。俺の……、俺の古代の(ふるい)記憶が俺に語りかけるんだ。信じられないかもしれないけど」
「……そう」
……ああ、やはり。改めて彼の顔を見た。
月明かりに反射したグリーンの瞳が私を捉える。 惹き込まれそうな美しさで。
「君はきっと、私を探していたんだね」
「えっ……?」
彼は目を丸くした。突然の言葉に驚いているのだろう。私はあの台詞を口にする。
「約束の地で、名を返そう」
あいつとの約束。なんてばかげているのだろう。
「!?……あっ、俺、その約束、知ってる……! 記憶が……また、少しだけ……」
彼は、不思議と驚きの入り混じった顔をした。
「君は私と名を交換しに来たんだ。君の前世と私――いや、私の前世の約束で」
「…………本当に? 交換するとどうなる?」
彼は半信半疑だ。無理もない。前世だとか何だとか。
でも記憶が語りかけるのだろう? 君は、あいつの生まれ変わりなのだろう?
名前を交換するとどうなる、か。正直何も起こらないだろう。私とあいつを縛り付ける、ただの約束。来世でもまた会おう、と。または呪いかもしれない。後世の名が、きちんと、交換された"ラズ"で生まれてくるのだから。
でも、この約束は正確には果たせない。
ねぇ、あんたが死んでからもう1000年経つね。世界はだいぶ変わってしまった。
「うん、本当。呪いから解放されるの」
「えっ……俺、呪われ……えっ」
私は彼が信じると知っているから嘘をつく。だって君はあいつにそっくりだから。
「そう。ねっ、名前、交換しよう」
「……お願いします」
まだ衝撃を受けてる君には少しだけ申し訳ないけど。
「じゃあ今日から君はアルトだ」
「……うん、あなたはラズだね」
私は少年に別れを告げる。あいつの生まれ変わりである君とは一緒にいられない。
だって、思い出してしまうから。
"ラズ"。私はあんたが1000年間預かっていてくれたこの名前と、これから新しい世界を歩む。
ねぇアルト、最期の約束、守れなくてごめんね。私にはきっと来世も訪れないし、天国で会うことも叶わないと思うから。でもね、あんたが見守っていてくれるんなら、この世界も悪くないかなって思えるんだ。だから、お願い。
私はさすらいの旅人。本日より名はラズ。
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どうも、こんにちは。2回目の参加となる、月 灯りです。皆さんのを読んでると、上手すぎて心が折れそうになりましたが、前回の自分のよりは上手くかけたんじゃないかなって思います!個人的にはこの話、好きです。が、わかりにくい話でごめんなさい。
少しでも多くの人に楽しんで頂けたら幸いです!
(一回投稿したのですが、インデントが上手く表示されないのですぐ削除してしまいました。すみません。これでダメだったらインデントは諦めます。)