笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
この頼りない白さ。この無駄な長さとか弱い薄さ。こないだの激しい夕立に降り込められたそいつは、廃墟の蜘蛛の巣よろしくべったりと貼り付き、ただでさえよろしくない見栄えを更に貶めている。おまけに、その雨を乾かした風の運んだ砂埃にまみれて、触れるとざらざらとした砂粒が指先に食い込んだ。
笹の葉から、煉瓦風のコンクリが敷き詰められた石畳モドキへ。でろりと垂れ下がって広がり散らかす細長い紙に、私は一つの結論を導く。
「天女のはごろも」
枯れかけた笹には三ロール分のトイレットペーパーがロールごとぶちまけられていた。
寂れて廃れ切った商店街の一角、傍の通学路を通る学童どもの為に、商店街の主である狸みたいな爺さんが用意したものだった。とは言え、耄碌した爺さんは梅雨入り前からこれを街路に放置していて、最初こそ手作りの七夕飾りや季節の花や、それこそ願い事を書いた短冊で綺麗に飾られていた笹は、今や悪童のプリミティヴなうっぷんと害意の捌け口にしかなっていない。青々としていた葉は水の供給も断たれた末に黄色く萎れ、短冊はその悉くが悪意ある黒塗りや卑猥な落書きに書き換えられ、飾りは雨風に晒されてボロボロに風化している。
そして、本番を目前にしてこの有様。最近の小学生男子はこんなことでしか自分の欲求を満たせないのだろうか? そうだとしたらとても憐れだ。この死にかけた笹にとっても。
「ゴメンナァ。天女さまの落とし物のせいでみすぼらしくしちまってナァ」
蜘蛛の糸のように貼り付く紙を摘んで、息も絶え絶えの笹から取り除けてやる。かさかさに乾いたそれは形を保ったまま剥がれ、下手くそな張り子のように私の手の中に残った。そのままどんどんトイペを剥がして投げ捨てて、残った屑も全部取り払ってやる。残ったゴミは、背後にあった自販機のペットボトル用のゴミ箱に押し込んで証拠隠滅。どうせほとんど使われないのだから、だったらゴミ箱としての存在意義を満たしてやる方がいい。ずっといい。
それから。雨と埃を吸って千切れかかった切り紙の七夕飾りや、萎れて腐れた花の残骸や、戯画化された陰茎女陰の落書きに埋め尽くされた短冊も全部引きちぎる。全部全部何もかも。使われないゴミ箱の用途を満たすべく、一心不乱に。
なんてったって時期も分からない爺さんの自己満の為に植物が被害を被らねばならないのか。何で幼稚で人を傷付けることでしか自尊心を養えないクソガキの為に、純真無垢な子供の願いが淫猥に歪められねばならないのか。私には全くもってさっぱりだ。さっぱりだからこそ、私がさっぱりさせるのだ。
振り落とし、引き千切り、切り取って、払いのける。石畳モドキの上に散らかる紙とセロハンのゴミに蓋をして、一仕事終えた。
見上げた笹はやっぱり見るも哀しく萎れているが、それでもその枝葉に絡まる悪意と幼稚さの塊が抹消されたことで、幾分かはしゃんとして見える。それがいい。それでいい。ずっといい。
「ナ。折角天女サマに目ぇ掛けてもらえたんだから、綺麗な身で迎えたいよナ」
対して遠くもない何処かから、小学校の終業のチャイムが鳴り響いた。女の子たちの黄色い声が、閑散とした商店街に近づいてくる。
私は踵を返した。私はさっぱりしたしさっぱりさせた。これに衣を着せるのはかしましき機織り女の役目で、希うのはかくも憐れましき夢見る乙女の特権だ。どちらでもなく何方もない私の出番は終わった。
夕暮れの斜陽が火星のように朱く緋く差し込む街を。同じく赤く明く染まった雲海を泳ぐからすの群れを目印に。
帰るべき夜の星空に向かって、私は帰途に着いた。
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どもども二度目ぶりです
液晶の奥の人ですよ
今回もちょっとアレなくおりちーでうへぇごめんなさい
トップバッタァってことで大目に見てね
何が何だかって人のために
この小説のタイトルをば
『還俗の天女』
これがてぃーとるです
うん
あれ
つまりはそう言うこと