Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.270 )
日時: 2018/08/15 02:47
名前: 放浪者 (ID: TT4W25aY)

 平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。……いいや違う。平成最後の夏、僕の親友こと中山水樹は僕に親友を殺すことを命じたのだ。何でも、彼女は僕と一緒に居るのが嫌だったらしい。


 みるみる間に広がる血溜まりに伏せている親友を眺めて、僕は溜息を零した。「私を殺して」僕は水樹の言葉を反芻する。……僕にはその言葉の真意を掴めずにいた。今まで僕達は親友で居たはずなのに、訳もなく殺 せなんて命じられたら、誰だって混乱する筈。なら本人に聞けばいいじゃないかと言われそうだが、聞く前に殺してしまった。殺人を急かされたから。脳裏で水樹の言葉を吟味する程、もう聞こえない声の筈なのに、水樹の声が耳元ではっきりと聞こえるような錯覚を覚える。蝉の声はこんなにも遠く聞こえるのに!

「でも、水樹ちゃんは生きてる、よ?」

 藍姉ちゃんはそう、困惑気味に一言告げた。藍姉ちゃんは僕と同じ所を凝視している。しかしおかしいものを見たかのように、首を捻ると僕の方を見た。
 当然、生きているに決まっているだろう。僕が殺したのは、中山水樹では無いのだから。藍姉ちゃんの言葉は間違いなのだ。
 陽炎で揺らめく鉄棒を眺めながら、僕達は公園のベンチに座った。ちなみに僕は、親友を殺した場所から移動していない。しかし親友は居ない。何故なら僕が殺したから。親友の死体はベンチのそばの地面にある。血溜まりも当然、処理されていない。

「……うん。でも、藍姉ちゃん、僕はもう、親友に会えないよ」
「……」

 僕はバツが悪そうに顔を伏せてそう言った。目を嬉しそうに開いたままの親友が僕を悲しそうに見つめ返す。瞬きをひとつもせず、じっと僕を見ている。
 首を垂らしている僕とは対称的に、藍姉ちゃんは水色の空を見上げる。藍姉ちゃんの呼吸は少し深く、何かを思案しているかのように、僕の言葉を沈黙で返した。
 そうして一言。

「喧嘩でもしたの?」

 蝉の声が消える。
 いつの間にか僕は顔を上げていた。藍姉ちゃんも、僕の方を見ている。

「してないよ」
「……ふぅん。早めに仲直りしなよ?」

 藍姉ちゃんはプシューと音を立てながら赤い缶ジュースのプルタブを開ける。それと同時に蝉の声も戻る。僕も、藍姉ちゃんから貰ったペットボトルの蓋を開けた。
 親友が死んだのは、藍姉ちゃんが飲み物を買いに場を離れていた時だ。親友は、タイミングを見計らったかのように、僕を犯罪者に仕立てあげた。
 もう一度。水樹の言葉を噛み砕く。「私を殺して」。それは、僕にとって最悪のお願いごとだった。でも、僕は親友の願い通り殺してあげた。
 そう思い返しながら、僕は喉を反らしてジュースを飲む。口の中に甘い味が残るのを感じながら、蓋を閉めた。

「……うん。出来たらするよ」

 喧嘩ではないけど。僕は藍姉ちゃんの言葉にしっかりと頷いてみせた。


 そんな雰囲気の中。
 親友を殺してしまった僕の視界には、水樹がぼんやりと映った。陽炎で揺らめいて距離感が掴めない。何かを言いながらこっちへ向かってきている。藍姉ちゃんはそれを見て、「ほら碧くん!」と酷く興奮したように僕の背中を叩いた。
 藍姉ちゃんはきっと、僕を後押ししようと僕の背中を叩いただけなんだろう。僕にはそれが鉄塊で殴られたように重かった。

「藍姉ちゃん。僕が殺したのは親友だ」

 平成最後の夏、親友を殺してしまったから、僕は中山水樹に合わせる顔が無いのだ。

*矢野碧の中での親友である中山水樹を矢野碧は殺しただけであり、中山水樹自体は生きている喧嘩話

トリックめいたものを書こうとしたけど別物になってしまった。
初めてのトリック・推理系に挑戦してみました。話の中で親友を殺してしまった動機がはっきりし無かったのでグダグダになってしまいましたが、書いている感覚では楽しかったです。