Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.295 )
日時: 2018/11/17 21:05
名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: zcKDriw6)

 もしも、私に明日が来ないとすれば、私に出来るのは今日に至るまでの昨日たちを遺すことだけだろうと思った。

 私には父がいた。
 父は何でも出来るが、手足らずで不器用だった。私が今住んでいるこの部屋は父が与えてくれたものだが、最初はとても殺風景で、灯りもなく、水瓶もなく、身を温める敷布一つもなかった。
 私は物心ついた時から、そんな部屋に不満を抱いてきたものだ。見渡そうにも手元一つおぼつかず、暑さを覚えても水に浸ること能わず、寒さを覚えても身一つで耐え忍ばねばならぬ苦痛。父に恨みを抱いたことはないし、父のことは好きだったが、寂しい部屋に私を放り出したことだけは嫌いだった。
 だから、私は不満を覚える度に父へ頼み事をした。夜の暗さに灯りを求め、夏の暑さに溺れぬ水を求め、冬の寒さに柔らかな敷布を求めた。父はそんな私の我儘にいつでも応えてくれた。夜が暗いと泣けばその目を開き、暑さが苦しいと伏せば涙し、寒さに凍えるときには諸手を盾に風を遮ってくれた。
 思えば、私はそんな父の優しさに驕っていたのだろう。私は次第に部屋のあらゆるものが不満に思えてきた。窓に紗幕のないこと。灯りが自在にならぬこと。硬い床に布一枚で寝なければならぬこと。少しでも不愉快を起こせば私は癇癪し、父は何も言わずそれらに応え続けて下さった。

 その時に気付けばよかったのだ。
 父の目の白く濁った様、流す涙の鉄錆びた色、包む手の創痍なることに。
 さすれば私は父を喪うこともなかった。

 あくる時私は何時ものように父へ乞うた。いつもすぐに願いを聞き届けてくださった父は、その時だけ僅かに言い澱んだ。
 私は重ねて乞い、父は尚も沈黙した。
 更に重ねたとき、父は嘆息し、そして遂に願いを叶えて下さった。
 その時、父は言った。一言一句覚えている。

「私のようにはなるなよ」

 私は父のようになりたかった。何でも出来る父のように。そんな力が欲しかった。
 そう願った私は、愛すべき伴侶を得た。
 そして父は、それきり私の前に二度と姿を現すことはなかった。


 私は今、まさに父と同じくなろうとしている。我が妻は隠れ、私も今そうなろうとしている。
 私と妻が生んだ子らは、私達を求めることはしなかった。父の教えに従い、父のようにならぬような術を最初に授けたからだ。故に私は父のように身を削った果てに隠れるのではなく、ただ父のようにありたいと願った応えをここに見ているだけだ。
 怖くはない。安らかな気分だった。父と同じくなれることがこんなにも幸せに思う。
 子らはそう思うだろうか。思えるような子らであって欲しい。だが、

――――――

「私のようにはなるなよ」

 父は、寂しそうに一つ微笑んで息を引き取った。

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いぇーい四度目です
短いうえに陳腐でへたくそ
いやはや文から離れていたとはいえ
文力の低下をひしひしと感じる次第です
まこと申し訳ございません

今回もまた分かりにくい話なので
これのタイトルをば少し
ええっとですね

『失楽園』

ええと
うん
そゆことです