もしも、私に明日が来ないとすれば
透明な筒(つつ)からとりだした紙には、黒く小さな文字が綴られていた。両手でちょうど包み込めるくらいの、軽い素材の入れ物だ。海水に浸ってすっかり冷たくなったそれを足元に置き、私は中に入っていた白い紙をじっと見つめた。
見たことのない文字だ。私が普段書いている文字よりも、まるみがあってなんだか可愛らしい。文字が綴られている紙は、てのひらくらいの大きさで、四隅(よすみ)に花が描かれている。文字と同じでまぁるい5枚の花びら。なんの花だろう。
--いや、それよりも。
なんと書かれているのだろう。
私はひとり首をかしげて、紙から視線をあげた。日に灼(や)けてちりちりとかわいた髪が視界をふさぐ。それを耳にかけると、まっしろな海が視界いっぱいに広がった。おひさまに照らされて、きらきらと光っている。
海の向こうからやってきた、知らない文字。知らない声。私が拾ってしまって、良かったのだろうか。
再び首をかしげて、じっと白い紙を見つめる。
私だったらたぶん、うれしいことはすぐに家族に言う。友達にも言う。こんな、誰に届くかわからない筒には、きっと入れない。
あ、でも、もしかして、うれしいとかかなしいとかそういうのじゃなくて、SOSだったりして。無人島にきちゃったの、助けて!って。
急にファンタジーみたいなことを考えてしまって、私はひとりクスリと笑った。
……いや、まぎれもなく、ファンタジーだ。海の向こうから、手紙が届くだなんて。そのファンタジーを、こうやって手にしてしまうだなんて。紙に綴られた字を見ているこの瞬間、まるで私は海の向こうの知らない誰かと時間を共有しているようだ。
私はくるりと海に背を向け、足元の筒もそのままに、海岸沿いの家まで一目散にかけだした。木の扉を勢いよく開けて、目にとまったペンで白い紙に文字を付け足す。海の向こうの誰かが書いたものとは、違う文字を。誰かの手に届くことを夢見て。
書けたものを広げて、私はふふっと笑う。
SOSだったら、読めなくてごめんね。でも、この文字を書いた人を想っている間は、きっと時間を共有できるから。それで、許してね。
白い紙に、わからないことばの下に、流れるような文字で。
海の向こうの、私を想って。