彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
それは、とある森の中にある小さな木造建てのお店。
森の住人と付近の村との調停役が住まう場所。
その横に置かれた木のベンチとテーブルに彼らはいた。
「んー……実をいうと僕は甘いのは得意じゃなくてね、ココアに蜂蜜って合うかい?」
「ええそれはとても! いい甘さの暴力……、やっぱりあなたの入れるココアは最高ね」
「それはどうも。こっちは毎日来てはココアをせびるキミへ、腹いせで砂糖の量をこれでもかと増やしたんだけどね」
少女の両手で収まり切れないくらい大きいマグカップ、そこになみなみとついだココア。
一体、何杯の砂糖を溶かしたかも分からないそれを彼女は喜々として飲んでいる。
見ているだけで胸やけを起こしそうだ。そう森の調停役は零したが、彼女には聞こえなかったようだ。
これまた少女の胴体程に大きい壺に木の匙一つ、潜らせ黄金色の液体を口いっぱいにほおばった。
「ちなみに聞いておくけど、もしかしてそれがお昼ご飯なのかい? 流石に無いと願いたいけど」
「? 何かいけないの?」
不思議そうにに首を傾げながら、口元についた蜜の残りを人差し指ですくってなめる。
彼は顔に手を当て天を仰ぎ、少女の行く末を案じた。
その後、それを見張る役目であるはずの人(?)を軽く睨む。
被疑者は、焦げ茶色の熊である。
「いえ、私も止めはしたのですが、こちらが用意したものを食べてくれなくて……」
「だってくまきち、鮭とか木の実とかばっか渡してくるんだもん」
「むしろ森にすむのなら当たり前どころか中々豪華な気がするんだけど、あとその子はジョージね」
「森の住人って花の蜜を吸いながら生きてるって思ってたわ」
「妖精じゃないんだからさ」
勝手にくまきちと命名された知人の健闘がなんとなく目に浮かぶ。
「はぁ……っと」
さて、と自分の分のコーヒーを飲み干した調停役は席を立つ。
そうしてちらりとあたりを見回して、姿こそ見えないが確かに他のお客さんの存在を感じ取った。
「ジョージ、悪いけどそろそろお嬢さんを連れて帰ってくれるかい?」
「あぁ、そうですねそろそろ……」
「あらどうして?」
小皿に注がれた蜂蜜をなめ切った熊に促す、だがまだ私が食べているのにとそれを違和感としてそのまま出した彼女。
説明を求められると少々困る事柄だったために、調停役は少々困ってしまった。
知人に助け船を出すために、ジョージは綺麗になった皿を器用に調停役に渡しながら答えた。
「ほらお嬢さん、私は少々大柄で恐い顔をしているでしょう? そうするとこの森の住人が少し怖がってしまって相談をしに来ることができないんですよ」
「なにそれ、くまきちだってこの森の住人でしょ」
「そうはいっても、流石に大きさが何十倍も違えば怖くなるのは当然なのさ。僕だって子供ころからずっといる。だから怖がられていないだけ」
じゃなきゃ調停役にはなれないよ、そう彼は言った。その目はどこか悲しげにも見えた気がしたが、少女にそんなことは関係ない。
友人が、見た目を理由に怖がられているから憩いの場から追い出されてしまう。到底許せるものではない。
だが、ここで反論しようにも彼女には手札がない。
「……つまり皆が怖がらなくなればいいわけね?」
「え?」
「まぁ、それが一番いいことなんだけど」
出来るわけがない、そう続ける前に少女はジョージにまたがり、さっさと森の奥へと消えていった。
その際、調停役はなんとなく嫌な予感を覚えたが、直ぐにやってきたリスのカップルやら引っ越してきたらしいウサギの一家の対応に追われ、結局何もしなかった。
せめてこの時に止めておけば、そう調停役は深く後悔したそうだ。
--次の日
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
ついでに熊も従えて、
しかも複数、こりゃ勝てない。
あと普段よりも熊たちがふくよかな気がするし、少女の服装も普段より綺麗になっている。
「流石にこれはやめてほしいんだけど」
「え、なんで?」
「なんでもって、昨日言った通り熊がいると他のお客さんが来ないんだよ。というか、ジョージはともかくどうやってフレッドやイザベラ、ノマク達まで……、一応全員僕の知人だけどもこんな風に集まってくれることは……」
「あら知らなかったの? 蜂蜜があれば大抵の言うことを聞いてくれるわよ?」
「僕の長い付き合いは蜂蜜以下か……」
かなりへこんだ様子を見せて、調停役はベンチに座り込んだ。
それでも一応頭数分のポタージュ、少女だけはココアだが用意する元気はあるようだ。
「それで?」
「?」
「いや、ハテナで返されても困るよ。君がこんなことするってことは、まぁ何か言いたいことがあるんだろう」
「あ、そう! ココアを飲みに来ただけじゃないのよ!」
一応はそちらも理由なのか、ここまでのことをするのなら出来れば理由は一個に絞るくらいの意気を見せてほしかった。
ココアを飲み干した少女は調停役に近づき、指を眼前近づけた。
蜂蜜の壺に指でも入れたのか、指の香りはもはや甘ったるい程で少し顔をしかめる。
「少なくとも森の皆にコンタクトをとって色々するには調停役の貴方の力が必要……だから私は思いついたの。
さぁ、この森にすむ熊5頭、それが森の皆にも受け入れられるようにしなさい! さもなくば……」
「さもなくば?」
「毎日ここに張らせるわ!」
少女の宣言と共に、5頭はそれぞれ鼻息を吹く。ジョージは少し申し訳なさそうにだったが。
最悪なことを思いつきおってと調停役は少し頭を掻く。
とにかく、何とか説得しようと言葉を探し始める。
「あー、それをされると確かに非常に困るんだけど……それはきっと君たちも一緒だよ?ここは動物たちだけじゃなくて人間も来るから。それが熊で埋められて近づけなかったら、人間たちも何をするかわからない」
「そこは安心しなさい、既にパパのところへ皆でお願いしに行ってここしばらくは入れないことを伝えたわ!」
「待て、村長の家に押し掛けたの? しかも皆ってことは」
とんでもないことを言い始めたと混乱する調停役。
少女の父親は近くの村の長だということは少女が森にいきなり住み始めた時、てっきりどっかから誘拐でもされてきたかと思った際に確かめている。
だが、距離的に言えばそう簡単に行って帰ってこれる距離ではない。
普段ならたまに通る馬車などに乗って、と考えたがいま彼女の周りには……。
そう思って視線を向けるとジョージ以外は少し誇らしげな顔をした。
「もちろん、この子たちも一緒に! 普段は小うるさいパパだけど、なんか静かだったわね」
「……もしかして、その時いろんなものもらわなかった?」
「あれ、そんなこと教えたっけ? なんか村の皆が食べ物とかいっぱいくれたの。応援してるってことなのかしら」
「多分平和な村に突如として現れた山賊扱いされてたんだと思うよそれ」
「ならいっそのことまた明日にでも蜂蜜をもらいに行こうかしら。森のは大体取りつくしちゃったし」
「一日でも早く解決するから絶対にやめてね! あと蜂の巣をそんなに襲っちゃ駄目だよ!?」
調停役は頭を抱えた。
彼はこの後、その日のうちに村の住人に熊に対する恐怖心を取り除く方法を考え始めた。
だが、よくよく考えてみると熊の方を懐柔した方が早いのでは? と気が付き、調停役は他の森にいる蜂たちに頭を下げ、大量の蜂蜜を獲得。
騒動は何とか収まった……が、二度とこんなことが起きないように、少しずつみんなを慣らしていくことを少女に誓った。
「すいません調停役さん、私があの子を森に止められなかったばかりに……」
「いいんだよジョージ、この問題を先延ばしにしてきたのは確かなんだから。それより今度は直ぐに僕に報告してね……」
それ以降、調停役はいつもの甘い匂いがする度に顔をしかめたというし、甘いモノ嫌いがさらに深まったとさ。
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なんかシリアスが続いていると流れぶっ壊したい病である私です。
童話風にしめたかったのですが、ここで実力のなさが浮き彫りに……!
ちなみに元ネタは森のくまさんなんですが、碌に要素無いですねごめんなさい。