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「問おう、君の勇気を」
凛と澄ました声が、心地よい音色となって耳を擽る。
「君は何を求めるのか」
勇ましさを内に秘めた、けれど凛とした一本の芯が通った声色は、自分だけでなく、そこにいる全ての人を魅了していた。今この瞬間において、彼女が世界の中心にいるかのような、そんな錯覚さえ思わせるほど。
彼女を見つめる人々は、誰も彼女の本質を知らない。彼女はひたすら、彼女らしさを求めているように私には思えた。何故か。それは彼女自身すら分からないら漠然とした何かによる所が大きい。それは自分の中でも咀嚼できず、ある種畏怖を感じさせるような存在感をもって、そこに在る。
静かに己を主張しているのだ、彼女は。彼女が歩く。その一挙手一投足が見る者を惹き付ける。彼女こそが輝ける場を、聴衆に作らせている。
「俺は誰にも負けない力がほしい。この手で愛する人を守りたいんだ」
主人公の台詞はありきたりのものでありながらも、演者の力だろうか、それを渇望する主人公の気持ちを考えさせられる。同時に、自分がこのように問われたらとも。自分は何を望むのだろうか。誰と分からない相手に、何を伝えるのだろう。
愛したい人がいるから、その人を守りづけられる時間だろうか。肘置きに挿していたドリンクを一口。
「力か。お前が求める力は何のために使われる?」
「愛する人を守るためだ」
愛する人を守るために自分が求める時間も、他を犠牲にしてでも手に入れたい力のひとつなのかもしれない。そう考えると、主人公の考え方は自分と近しいものだと仮定でき、それまで少し退屈であった主人公達のやりとりに引き込まれ始めた。
「愛する人のために、それ以外の人達が犠牲になってもか?」
それまでのやりとりの中、主人公に感情移入していた自分は、はたと自分を取り戻したような心地がする。主人公は正義の男よろしく「もちろんだ!」と強く語る。場面が移り変わる中、ただ一人だけ、その場面から動くことが出来ない。
犠牲とは、何だ。自分が、望むもののために捨てられる犠牲とは。主人公は勇気を問うた彼女から得た力で、囚われた想い人を助けるため、敵を倒していく。叫ぶ敵と、踏破されていく恐怖に慄く親玉。喜ぶ想い人だけが、主人公の行いを正義としているような気がした。
では、自分にとっての正義とは何か。クライマックスよろしく迫真のサウンドが場内を湧き立てる。魔法が、剣術が、激しくぶつかり合う中で、自分の隣に座る想い人を盗み見る。口を半開きにしていても可愛いと思ってしまうあたり、すっかり彼女に惚れ込んでいる自分に笑みが零れた。
自分は果たして横に座る彼女を、全ての困難から守りきることが出来るだろうか。今現在、高校生として、片想い相手とやっとの思いで来たデートの中、可もなく不可もない関係の彼女を守れるのだろうか。そもそも両想いになれる可能性だって低いのにな。スクリーンの中で手を繋ぎ合う二人を見て、思わず頭に浮かんだ。
幸せそうな二人の笑顔と、二人の帰還を喜ぶ城下町の住人達。彼らは、主人公がどれだけの敵を倒していったのか知らない。主人公が倒した悪の権化が、敵側にとってどれだけ大切な相手だったのかも。知らないまま、仮初の幸せに酔って生活するのだろう。そう考えると、彼女を守るために何かを犠牲にする事は自分には無理だ。
「思ってたより楽しかったね! もーほんと主人公みたいにカッコイイ人と会いたいよねー!」
「姫華は王道主人公好きだと思ってたから、喜んでくれて嬉しいよ」
頼んだパスタが冷めてしまいそうな勢いで、想い人が映画の感想を話す。君が好きそうな王道主人公を選んだのは、君の初恋の人がまさに王道主人公みたいな人だったから。
「もし姫にさ、彼氏がいたとしてさ」
「何それ、私への嫌味? まー聞くけど、なぁに?」
ん、と小首を傾げて自分を見る彼女に、相変わらず恋に落とされる。
「彼氏を危険な目に合わせる人がいたら、姫華はあの主人公みたいに、なりふり構わず彼氏を助けに行く?」
もしそこに、相手側の気持ちがあっても、無視して彼氏を助けられるかい。自分でも最低な質問だと思う。それでも少し聞いてみたいと思ってしまった。姫華が答えに悩んでいる間、その短い時間が永遠にも感じてしまって、やり場のない居心地の悪さを感じないようにするため、味のないエビピラフを口に運ぶ。
姫華も時折パスタを食べる。フォークを回す指の細さが、彼女の儚さを際立たせている気がした。朝、メイクは練習中と照れくさそうに笑っていたが、とても似合っていると思った。グラスに薄くついた桃色の口紅も、自分のためにしてくれてるのだ思うと、意地悪な事を聞いてしまう。末期だなと、バレないようにため息を吐き出す。
「私さ、たぶん徹底的に喧嘩するよ」
「喧嘩は良くないけど、喧嘩するの?」
「当たり前じゃん! だって私が好きで好きでたまらない人でしょ? その人が私のことを好きでいてくれるなら、私はそれに応えてあげたいもん」
「じゃあ、それで姫華が危ない目に遭っても?」
「――うん」
ふわりと、何にも変えられないほど美しく、柔らかく、姫華が笑う。
「あ……そうだよな」
「うん」
気が付いたら無くなっていたエビピラフを求めてスプーンを彷徨わせる。失言をした。自分にはない強い意志が、姫華にはある。その事実が、自分の女々しさを強めていた。
「優大は?」
パスタを食べ終えた姫華が、そう、静かに尋ねてくる。
「優大なら、どうするの?」
「俺は、なんつーか、自分の一切合切を投げ捨てて守りきれるか不安、かな」
「うんうん。あ、デザート頼むね!」
店員さんに紅茶のシフォンケーキを頼んでから、また姫華は自分に話の続きを求めてきた。真っ直ぐに見つめられると、どうも恥ずかしくなってしまうけれど、それを悟られてしまわない位に、片想い年数は長いのだ。
「俺は守ってあげたいし、愛してあげたいと思う。けど、家とか、学校の事とか、そういう現実的な部分ばっか見るから……」
「じゃあ、私と一緒に居たらいいじゃん」
手の中から、弄んでいたスプーンが滑り落ちる。金属と陶器のぶつかる、甲高い音が二人の間に響いた。姫華は、変わらない様子で、いつも通り可憐に笑う。
「なんちゃってー」
「いや、うん……」
心臓に悪い。今度ははっきりと、姫華にも聞こえるようにため息を吐く。キョトンとした顔でシフォンケーキを食べる姫華を見ていると、笑みがこぼれた。
「美味しい?」
「美味しい!」
幸せそうに生クリームを付けて、大きくケーキを頬張る彼女を見て、恋をしていると再確認する。
「優大ならちゃんと女の子守れると思うから、自信持ってね」
「……うん」
水を一口飲み、一人勝手に決心をする。
「俺も姫華みたいにさ、その、何があっても好きな人守れるようになるからさ、俺が姫華のこと守れる男になるまで、待っててくれませんか」
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それなりにそれなりな恋愛をさせてやりたかった。
各参加者様の勇気、非常に楽しく読ませていただきました。