お題7「海洋生物」
タイトル「深淵の街」
「よっしー、あとの片づけ頼んだぞ?お前の事は頼りにしてるからな!」
「は、はいっ!」
俺の目の前でとある社員が褒められている。
吉田はたしか数か月前に入ってきた新入社員だったか。いつの間に"よっしー"なんてベタなあだ名がついたのだろう。
「じゃあ、俺たちは帰るから よっしー頑張れよ!」
そう言い捨てた社員2名はそそくさと作業場を後にした。作業場には俺と吉田の2名が残されている。
結局、アルバイトの俺には挨拶一つないどころか目を合わせてくることも無かった。まさに検索件数ゼロ状態だ。
あいつらワザとやってるんじゃないだろうな…?俺にそういう不信感を抱かせるには十分すぎるシチュエーションだった。
でも、こんなことは良くあることだ。俺の目の前で俺以外の奴が褒められて俺にはスルーを貫き通す。
もうこのアルバイトを続けて3年目なのだが、未だに俺は社員たちとの距離を縮めることが出来ていない。それどころか、最近は扱いが雑になっているような気さえする。
スーパーマーケットのアルバイトがキツイというのは噂で聞いていたが、まさかこんな形で思い知らされることになるとは。
いや、言ってしまえば全部俺が悪いのだ。
吉田も俺を無視して吉田を褒めていた社員たちも悪い人達じゃない。俺がこのアルバイトを始めた最初の頃は割と気さくに話しかけてくれていた。
俺がそれを知らぬ間に拒んでしまっていた。拒絶していた。
徐々に社員たちは俺に遠慮し、一定の距離を保って接してくるようになった。
思えば、俺は18を過ぎた頃から随分と会話ベタというか人との距離の測り方が下手糞になってしまっているようだ。
アルバイトだけではない。
大学でも俺はあまり友達が出来なかった。
大学の連中はつまらん奴が多いと勝手に決めつけ、距離を深めることをしなかったからだ。
いつしか人間関係が、社会が、地上が、息苦しいと感じるようになった。そういう時よく目に入ったのが海を泳ぐ海洋生物たちの写真。
ある時は図鑑で、ある時はネットの画像でよく見かけた。海洋生物は俺にとって憧れのようなものを感じさせた。そして、影響された。
そんな漠然とした憧れが俺の中に生まれてから俺には決まって訪れる場所ができた。
てきとうにバイトを終えて時計を見たら19時45分
今日も俺はふらっと飲み屋に寄っていくように、"そこ"に訪れていた。
少し荒っぽい潮風と強い波の音。カモメの声が演出する昼間の楽しい情景とは反して今は寂しさや悲しさといったマイナスのオーラが漂っていた。
"そこ"とは海だった。
それも夜の海。砂浜にはポツリと俺一人が佇んでいて他には何もない。あるとしたら昼間に燥いだ人々の足跡。周囲は漆黒の暗闇というよりは全体的に青みがかっている。
俺は此処に来ると生き返った気分になる。
あれだけ息苦しかった地上に比べて海は俺を落ち着かせる。
吸い込まれるように俺は波打ち際まで歩きはじめ、足が海水に触れるのを感じる。靴を履いているのに思いのほか海水の浸透は早い。今は夏なのだが、その冷たさは全身を冷やすのには十分だった。
俺は歩みを止めない。
海水は膝下まで飲み込んだが、まだ歩みを止めない。
気づけば腰下あたりまで俺は海に浸かっていた。このまま海に飲み込まれてしまいたいと絶実に思う。
でも、そこでピタリと足が止まる。
まるで足が縫い留められたかのように、まるで下半身が石化してしまったかのように俺はそこから一歩も進めなくなる。
もう何回目なのだろうか。少なくとも2年前からこんなことを繰り返しているような気がする。いつも俺はここで歩みを止めてしまう。躊躇ってしまう。
躊躇いが生まれる理由は単純で、俺は陸上に生きる生物だからだ。呼吸は肺を使い酸素が供給され続けなければ生きていけない。このまま頭まで沈めば、俺は海の藻屑となるだろう。
「(はぁ、ここまでか。)」
決まって俺はここで深い溜め息をつき、自分自身に絶望する。これはもはや日課のようなものになっていた。普段ならここで引き返して家路につくところだ。しかし、
「苦しい…。」
今日の俺はどうかしてる。
「苦しい…。」
何故かこのタイミングで思いだしてしまった。
それは、アルバイトで受けた屈辱だった。
それは、大学で感じた疎外感だった。
それは、ある日図鑑で見た様々な海洋生物たちが楽しげに泳ぐ姿だった。
あの日から俺の中で大きな疑問が生まれた。
俺はいつまで地上にいるのだろう。いつまで息苦しい地上で生きるのだろう。いつまで地上で生きている生き物のフリをしているのだろう。
俺は、一歩を、確かに踏み込んだ。
そして、
そこからは早かった。
腰下まで来ていた海水はいつしか胸のあたりまで来ていても構わず進み続けた。内心、諦めていたのかも知れない。これは単なる現実逃避だ。人が海の中に逃げ込むなんて事が出来るわけない。泳ぐのだって息継ぎは必要だし、長時間潜るのにも酸素ボンベが必要だ。このまま俺は海水に飲まれて流木以下の存在になるのだ。
正直、楽になりたいというのはあった。それが海洋生物になるという形で歪んでいただけなのだ。
もうこれで、何もかもおしまい。ついに、海水は俺の全身を飲み込んだ。
ここまで言っていてあれだが、息を止めている今が一番苦しいかもしれない。情けなくて笑えてくる。
ここでゆっくり鼻から息を吸おうとしたら海水が入り込んできて俺の意識は刈り取られるだろう。分かったうえで俺はそれを実行した。目を閉じたままゆっくりと鼻から息を吸い込みそして、
鼻から息を吐いた。
「(ん…?)」
最初、何が起こったのか分からなかった。
もう一度、鼻から息を吸って吐いてみたが、これが普通に出来てしまう。
「(まだ頭が地上にあるのか…?)」
ゆっくり目を開けると確かに自分は水の中にいるようだ。ゴボゴボと水の中の音も聞こえる。でも、海水のはずなのに目が沁みることはない。そして息をすることが出来る。
「(なにが起きて…。)」
とにかく理解が追い付かないまま俺はそのまま歩き続けた。
しばらく暗い水の中を歩くと視線の先に明りがあるのが見えた。近づいてゆくにつれ、それは徐々に地上にある街並みとそっくりな景色が浮かび上がってきて、
そして
ぶつ切りですが此処で止めておきます。初めて投稿しました。読んでくれた方々には感想やアドバイスなどを頂けると幸いです。