普段はハートフルコメディのようなものしか書いていないのですが、
今回は気持ちを切り替えて狂いたいと思います!(おい)
お題⑨ 「サガシモノ」
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「あのぉ……」
ああ、無理だ。無駄だ無駄だ。
教員歴僅か2年、大学卒業と同時に都立の小学校就職。
こんなヒヨッコという可愛い単語ですら冷やかしにしか聞こえない、胸に毛が生えたような新人教師が夜の見回り当番をやらないなんて絶対だめだ。
今日は姉の出産予定日で、ついさっき姉の夫である義兄さんから「生まれたよ!」というメールを貰ったばっかりなのだ。パソコンに向かいながら明日の小テストを作っていた僕は、天を突き抜けるような喜びを感じた。
「あのう、川西先生、今日、日直変わってもらえませんか?」
「へ? あれ、今日日直は佐々木先生じゃないんですか」
「えっと、そうなんですけどぉ…ちょっと、用事がありましてぇ……」
へらへらと引きつった笑みを浮かべながら揉み手し、隣の席の社会担当の川西先生に代わりを頼んでみる。「うーん……。でも今日は生憎俺も……でもなぁ……」と、答えに悩んで悩みまくった結果、お人好しの彼は「よし、引き受けましょう」とニッコリ笑った。
「ホ、ホントですか? あ、ありがとうございますっ」
「あ、でもごめん。ちょっと生徒会室の前の落とし物ボックスの中身だけ点検してくれる? 最近ずっと、持ち物がないって困っている子が増えてきてね」
「ああはい。それくらい、大丈夫です。行ってきますね」
ここ、桜小学校には各教室前に落とし物ボックスが設置されてある。これは、昨年度の生徒会長だった6年の女の子が立候補する時に、『落とし物ゼロを目指す』ことを盟約したからである。
ささ、さっさと終わらせてかわいい赤ちゃんの顔を拝もう。
あの姉に子供が出来るなんて思ってもなかったなぁ。
あんなに大食いで自分勝手で自由奔放な姉さんが、よく結婚できたなぁなどという、その場に当人がいたらファーザーベッドだけでは済まされない内容を呟きつつ生徒会室へ。
部屋の前に置かれているボックスは、毎日きちんと生徒が掃除をしているのになぜかいつも埃が積もっている。埃を手で払って、僕は箱の中を覗き込もうとした。
その時。
「あ、あの、算数の、佐々木先生、ですよね」
「っ!?」
「あ、驚かせてしまってスイマセン。私、先日から教育実習をさせて頂いてる真野です」
「あ、ああ…どうも」
真野先生。美人で物腰も柔らかいので全校生徒から人気を集める。
いつも身に着けている黒いリクルートスーツがとても初々しい。
「で、何か用ですか? もうこんな時間ですが」
「ええ、ちょっと探し物をしてまして……。もしかしたらボックスの中に紛れているかもと」
「ははあ。……良ければ付き合いましょうか?」
恐る恐る尋ねると、真野先生の大きい眼がさらに丸くなった。
彼女は胸の前であわあわと手を振って、
「職員室で聞いたんですけど、先生大事な用事があるのではないですか?」
「大丈夫ですよ。姉も、人に親切にして遅れた弟を怒るような人ではないので」
「そうですか。ありがとうございます」
聞くところによると、真野先生の探し物は、とても大事な物だそうだ。
それは何なんですかと尋ねても教えてはくれない。
まぁ目の前に居るこの人は僕より年下だし、色々と秘密にしておきたいことも多いのだろう。そう考えて深く追及はしない。
廊下を二人で歩きながら、僕はその探し物について詳しく聞いてみることにする。
「失くしたら困るものなんですよ。何しろ長年ずっと愛用してまして…」
「へえ。文房具とかですか?」
「いいえ。大きさは、これくらい。30センチくらいですね。硬い感触がします」
カンカンカンと、僕と彼女の足音が響く。
「へえ。そんなもの……いったいどんなものなんですか」
「やわらかい感触がしますよ。持ってると安心しますね」
カンカンと、僕と彼女の足音が響く。
「………元々、ある人物に譲ってもらったものなんですけど、その人が余りに泣きながら渡してくださったので、大事にしないといけないなぁと思ってます」
ん?
意味深な言い方に引っかかるものを感じつつ、足を進める。
「………取扱いに気を付けないとすぐ腐りますからねぇ。いや、もう腐ってるか。部屋に置いとくと、匂いが凄いんですよ、いずれ自分もこうなりますけどね、未来が怖い。ふふふ」
……………嫌な予感がする。
「これを渡してもらうときに、先のとがったもので刃みたいなものでその人をちょっとつついたら、柔らかい所がパンッって弾けたんですよ。風船みたいに! それで動かなくなったから、ほしいとこだけ貰っちゃいました」
………………背中からひやりと汗が流れた。
この女は何を言ってるんだろう。いや、何を伝えたいのかはもうわかっていた。自分自身がそれを本当だと確かめたくないんだ。
不意に、彼女がこっちを振り向いた。その表情は満面の笑顔だった。美人がほほ笑むとこれはもう超絶スマイル。……ただし今は違う。その笑顔の裏に、どす黒い何かが貼りついている。
「……………コレクションがまた増えました~~~~~~~!!」
アイドルでも見るような感じで僕を見た彼女は、リクルートスーツの懐から『先のとがったもの』を取り出し、それで僕の『柔らかいところ』を突いた。
パンッと、本当に風船みたいな軽快な音が響き。
誰かの絶叫が響き、誰かの笑い声が響き、それはハーモニーになり、一向に止まなかった。
【END】