*>>34の続きです。二ヶ月ぶりの投稿で正直投稿すること自体を躊躇いましたが……図々しくも投稿しました。しかもまだ終わってないです……本当に、本当にアレなんですけど……とりあえず終わるまでは投稿します。次には終わります……終わる、はずです……
#
ニンゲンになりたかった。
#
ぼくはよくべっどのうえにいる。
げんきなときは、みんなといっしょにじゅぎょうをうけれる。
だけど、たいいくのじゅぎょうのときとか、おひるやすみのじかんとかは、そとにでれない。
ほんとは、あそびたいんだけど、くるしくなっちゃうから、でれない。
まえ、いっしょにあそぼ、っていわれたときも、げんきだったから、だいじょうぶだとおもったんだけど、すぐに、くるしくなった。
いきがくるしくて、あたまがいたくて、しんじゃいそうだった。
あそぼって、いってくれた、あのこは、あとでせんせいにおこられた。あのこは、わるくないのに。
……もう、ぼくのせいで、あのこがおこられちゃうのは、いやだから、もうあそばないようにしようとおもう。
ごめんね、ってあのこがあやまった。
ぼくもごめんね、ってあやまったら、あのこはないてた。
ぼくは、きっとわるいこだ。
ぼくといっしょにいたら、あのこも、あそべないのに、ずっといっしょにいてほしいなんて、おもってる。
こんなぼくでも、なかよくしてくれる?ってあのこにきいた。
そんなこといわないで、ってあのこはまたないた。
どんなことがあってもおれたちはともだちだよ、ってあのこは、そうぼくにいった。
#
「僕って何のために生きてるのかな」
ふと、そんな言葉が口に出た中学二年の初夏。
大して考えることもなく自然に溢れた言葉だった。誰かに伝えたかったわけでもない、それはまさしく独り言だった。
「……冗談でもそんなこと言うなよ」
読み進めていた本をパタリと閉じて、君は僕の方を責めるように見た。明らかに怒っていた。普段感情を大っぴらに出すことのない君が、こんな風にあからさまに怒ることはとても珍しいことで、僕を怒ることなんて今までなくて、刺すような視線で、胸のあたりがちくりと痛くなった。
温厚な君が怒るのはいつだって僕のためだった。そんなこと、分かっていた。分かっていたはずだった。すぐに謝ろうと思った。ただ、同時に、どうして怒られなければいけないのだろう、そんな風に思っている自分がいた。
あの頃、僕はまだまだガキだった。
君と出会ってから何度も、僕は理不尽に君を困らせ、八つ当たりのような言動をした。ある時、君が僕以外の誰かと一緒に遊んだという約束を聞いた日、僕は腹が立って、僕以外と遊ばないでと、君に怒鳴った。縁を切られても仕方なかったと思うのに、君は、分かったと、優しく微笑んで、その後本当に僕以外と誰とも遊ばなくなってしまった。
僕以外の誰かと過ごす君の時間を根こそぎ奪ってしまいたいと願っていた。それと同時に、そんなことを願う僕なんかいっそ見捨ててほしいと思った。
恐ろしいことに、君はこんな僕の理不尽な願い事の全てを笑顔で受け入れてしまった。だんだんと孤独になっていく君を見ながら安心と恐怖を覚えた。アンビバレンスな自分の思考回路にまた苛ついた。
相反する感情を抱えながら、結局、僕は君の優しさ甘え続けた。それは、今回も同じで、僕はまた君の優しさに卑しくも期待したのだった。君に初めて怒られて、今度こそ謝るべきだったのに、僕はいつものように理不尽を振りかざした。負け犬ほどよく吠えるとは言ったもので、僕はまさしく、その通りだった。つまるところ僕は君に初めて怒られたのがどうしようもなく怖かったのだ。
けれども、口に出たのは彼への謝罪ではなく、むしろ彼の気持ちを逆撫でするようなこんな言葉だった。
「……なんで?別にそんな目くじら立てるようなことじゃないでしょ。何怒ってんの?」
彼の目尻がぴくりと動いた。
彼のそんな様子を見て、あろうことか僕はこう言葉を続けた。
「こんな身体だ、君も知ってるよね?いつ死ぬか分からない。生きていたって人並みにさえ生きれない。健康な君には分からないよね、こんな僕の気持ち」
こんなこと、言うつもりなんてなかった。本当だ。けれども、僕の口は驚くほど自然にこんな言葉をすらすらと吐き出した。バクバクと心臓が大きく鼓動する。汗がたらりとつたってるのが分かる。気を抜けば震えだしてしまいそうだった。君の目が見れなかった。怖くて怖くて仕方ないのに、それでも僕の口は止まらなかった。もう止まり方が分からなかった。
「……今だって心の中で僕を馬鹿にしてるんだろ?」
そんなこと思ってないこと、僕だって分からないはずがなかったのに。
「……ずっと、ずっと面倒くさい、って思ってるんでしょ?」
分からないはずがなかったのに。
「嫌いだ、大嫌いだ。君なんて」
そこで初めて顔を上げた、こんな言葉を吐いてもなお僕は君にすがっていた。君なら、優しい君なら、分かってくれる。僕の本当の気持ち。嫌いなんて、嘘だ。大嫌いだなんて、そんなわけないんだ。分かって、分かって、分かってほしい。
君の気持ちなんて何も分かってないまま、僕は、そう思っていた。見苦しくも、そう思っていた。
「……そうか」
僕の言葉に、君は笑顔でそう言うだけだった。
そう言って、君はまた本に目線を戻した。
大嫌いだ、って言ったのに。
酷いことを、言ったのに。
君はまた笑った。笑うだけだった。
君のことが全く分からなくなった、夏の始まりの日だった。
#
身体全身に鈍い痛みを感じながら、俺は"いつものように"、俺を抱きしめながら謝罪の言葉を繰り返す彼女の温もりを感じていた。
彼女はまるで小動物か何かのように震えている。震えながら、俺の身体をぎゅっと握り締めて、泣いている。
俺はそんな彼女が愛しかった。
殴られても、蹴られても、どんな罵詈雑言を吐かれても、それでも嫌いになることなんてできない。それどころか愛しさは増すばかりだった。彼女には俺しかいない。こんな形でしか彼女は此処に在り続けることができないのだ。歪で、不器用で、醜悪なアイ。それが彼女で、俺で、俺たちだった。
この薄汚れた小さな部屋の中で、俺達は、最低に生きて野垂れ死ぬ。それが最上の幸せだ。
だから、俺は彼女に今日もこう言った。泣き続ける彼女を慰めたくて、歌うようにこう言った。
大丈夫だよ母さん、と。
#
彼を初めて見たとき、この世の何よりも美しいものだと思った。それと同時に、そんな彼に俺は触れてはいけないと思った。
けれども、身体と心は合致せず気がつけば、俺は彼に話しかけていた。一緒に遊ぼう、と。
突然現れた見知らぬ少年に彼は一瞬驚いて、でもすぐに満面の笑みを浮かべ、元気な声でうんと頷いた。美しい彼と一緒に遊ぶことができると、俺の心は弾んだ。触れてはいけないと警鐘を鳴らしていた理性は、本能で塗り潰され、何処へと消えていた。
それが良くなかった。
俺と一緒に元気に外へ飛び出した彼は、数分も経たない内に、その場で踞り、動けなくなった。覗き込んだ彼の顔は真っ青で、息が荒くて、ボロボロと涙を流していて、普通の状態ではないことは知識のない俺でも直ぐに分かった。
頭が真っ白になりそうになりながら、俺は走って近くの大人を呼びに行った。何も考えてはいなかった。彼をただ助けたくて、俺は必死に走った。
まともに説明なんて出来ていなかったと思うが、俺の尋常ではない様子を見て、大人はすぐに異常事態が起きたことを察して、彼の元へと駆けつけてくれた。
救急車に乗せられていく彼を、俺はぼんやりと見ていた。自然と涙が溢れた。不安で不安で仕方なかった。心臓がばくばくと鳴って、手は緊張で冷え切っていた。
ごめんなさい、ごめんなさいと何度も心の中で呟いた。
やはり彼は俺なんかが触ってはいけなかったのだ。
罪悪感がじわじわと心を締め付ける。責め立てる大人達の声を聞きながら、俺はもう一度自らの欲望に枷をした。
それなのに。
「ごめんね、ごめんね……ぼくといたら、きみは、またおこられちゃうかもなのに」
君の声に、表情に、俺はどうしても逆らえなくて。
「それでもなかよくしてほしい……っておもうんだ……おかしいよね、こんなの、おかしいよね……」
嬉しさと悲しさと名状し難い感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、涙になって、俺の瞳から溢れた。
俺は罪を犯した。間違っていると分かっていたのに、それでも自分の衝動を抑えることができなかった。
「そんなこといわないで。……どんなことがあっても、おれたちはともだちだよ」
気がつけば、そう口にしていた。
それは故意に起こした罪だった。
そうして、俺達は友達になって、俺の長い長い贖罪の日々は始まった。