お題:【海洋生物】
タイトル「地上の水族館」
海の中を、夏祭りに置き換えてみようと思う。
丁度、近くを通っていく子供たちの浴衣には金魚がいる。花火の一時間前に差し掛かって、辺りは海の中のごとく暗くなっていた。立ち並ぶ店の明かりが、通りを深海のチョウチンアンコウのようにわっと賑わせ、照らしている。
私たちは魚だった。
私は人混みの中でもがいた。ぬるい水の流れが、身体全体に伝わってくる。
光に誘われ、つどい、騒ぎ、何を求めているのかわからないままに泳がされていく。
色とりどりの女を捕食しようと、虎視眈々と見つめ、狙いを定めるものもいる。肩を抱き、爽やかな笑顔で惑わせ、海の底へ引っ張っていこうとする。
好青年に擬態してもしきれない、鋭い目つきをしている。喰って、喰われて、海の中と同じことが行われている。
「楽しいね」
ふいに、隣を歩く小学校からの友人が言う。私は現実世界に連れ戻され、頷くと、彼女ははぐれないように私の手を引っ張ってくれる。
白い指の銀色の指輪が、魚の鱗みたいにきらっと光って、この混雑を彼女は海の生き物みたいに軽快に駆け巡る。進んでいく。彼女はいつのまにか髪を染めて、肌を出すようになった。誰にも負けず劣らず派手な服を着ていた。
毎年来ている夏祭りだが、年々熱狂が増して思える。
昔の頃を思い出してみる。昔は、二人でよく神輿をかつがされて、スーパーボール掬いが好きで、一年に一度の行事にいつも夢中だった。夏祭りはそういう場なんだ、大人たちも遊べる日だからはしゃいでいるんだと無邪気に思い込んでいた。
気づけば私も愛を求めて、綺麗に髪を纏めて、薄く唇に紅を引いていた。こっそり、ナチュラルに見える化粧もするようになった。今着ているのは浴衣だけれど、それは派手すぎない服装を好む男も多いと知ったからだった。
進化している。精一杯美しく見えるようにグッピーの尾鰭を着けて、賑やかな輪に加わる。そして、ただ楽しかっただけの夏祭りは出逢いの場と変わっていく。
昔の夏祭り。幼なじみと親と一緒に来ていた頃。昔は、目白押しの楽しいことを全てやり尽くすことが目的だった。夜の街を歩いてみたかった。ベビーカステラをたくさんお土産に買って行った。せっかくとった金魚を、飼えないからと名残惜しく店に返していた。
今やったって、金魚すくいは楽しいかもしれない。でも違う。私たちは今日、一夜だけの恋をしに、浮遊するのだ。
無防備にたゆたって、誰か、男の目に留まって、そのまま誘われて行く。その先に快楽があるのかもわからない。そんなことをして、何か有意義なものを生むとも限らない。こんな小さな幸福、いや、幸福かもわからない……こんなもの、すぐに、泡となって消えてしまうと分かっている。いくつもそんな経験が重なって、今日のことなど、きっと時間が経てば覚えていないに違いない。
何のために私は、続かないと知っている恋を求めてしまうのか。快楽のため? 彼から呟かれる、建前と分かっている甘い言葉で安心したいから? いいや。きっと違う。強いて言うなら、性なのかもしれない。
……目と目が合った男を連れて歩く。友人とは、ここでお別れだ。彼は、男の人らしくない少し高い声で「浴衣が似合ってる」と褒めてくれた。清楚系の子がタイプなんだという。
彼が細い指を絡ませてくる。いきなり手を取るわけじゃない。偶然手が触れただけともとれる、やけに控えめなやり方で、私と一緒だ、と、鏡を見ているように切ない感情が心を貫いた。拒絶されないとはわかっていても、いきなり手を握るのが怖いんだ。彼もそういう人なんだ。
私たちはどちらからともなく、手を繋ぎ、肩を寄せ合った。私たちは上擦った声で話した。やはり似たもの同士、私たちは引きつけられ合ってしまうんだ。
目立つ服を着て誘惑するまでもなく、互いの心の奥底の欲望が、手にとるようにわかってしまうんだ。緊張しているのか、彼の手は汗に濡れていた。じっとりした手から痛いくらいに彼の不器用さが伝わってきて、ああ私と同じだ、と再認識させられる。臆病なのに、寂しくて仕方ないんだ。彼も。
彼に手を引かれていく。私たちは人混みから次第に離れていき、なんとなく、彼がどこに行こうとしているのかわかった。背が高い人だった。
「花火だ」
誰かの鶴の一声だった。地を揺るがすような大きな音がして、深海に一筋、花火が光っている。誰もがハッと立ち止まった。次々と咲いては散っている。よほど近くで打ち上げているのか、煙の香りがした気がする。光が空を泳いでいる。水族館の魚たちのようにたくさんの人がいるけれど、見上げる、花火に照らされる私たちの横顔は、みな美しい。みな同じように見惚れ、強く惹きつけられている。
夏祭りが海の中なら、花火は一体なんだろうか。脱ぐことになるであろう浴衣の袖の中を、生温い風が吹き抜けていく。上を見上げて、耳の横のピアスが切なく揺れた。
はじめまして。初参加させていただきます。名前もご存知ないかもしれませんが…笑
4,5年カキコにいるのにお話書かない状態もどうかなあ…と思ったので、大昔のリハビリとして書かせていただきました。一時期世に出さずに書いたりしていたのですが、その頃殴り書きしていた名残か、なんともまとまりのない文章になってしまいました。申し訳ないです。
昔は夏祭りも好きだったのですが、最近どうも息苦しくて、それが丁度海の中みたいだと思っています。後は華やかな女の子達の集団が、綺麗な魚の群れに見えたりとか。(自分はイメージ的には、大体チョウチョウウオという魚に見えます)それを投影した感じです。あと夏なので軽い恋愛要素も入れたつもり、です。因みにこの前の花火大会は、来賓席で一人で座って見てました泣 同性でも、一緒に来てくれる友達のいる主人公が羨ましいなぁとも思えてきちゃいます。こんな駄文ですが、読んで頂ければ幸いです。