お題(9)【狂気、激情、刃】
【青春ヤンデリズム】
狂気とは一種の表情である、人間の持つ激情という側面から誰しもが零れうる感情。
そして人間とは狂った生き物である、理性というものは狂気という人間の真実を隠すための単なる仮面と言える......。しかしながら仮にその仮面が外れたのならば人は、迷うことなく花束ではなく刃を手に取るだろう。
とある日、とある学校、とある少女。名は刃鳥ノア(はとり・ノア)、腰辺りまで伸びる黒髪を三編みで後ろへと纏め、自身の机に座り、愛用の黒縁メガネを掛け、お気に入りの本を読んでいる彼女の視線は突如として聞こえてくる教室のドアの開く音に奪われた。
入ってきたのは年若な男性教諭、名を花大喜(はな・たいき)という。爽やかな顔立ちに持ち前の明るさで生徒達からの信頼が厚い生徒想いな先生である。
しかし、今日は普段からは想像もつかない厳かな雰囲気のまま黒板の前に置かれた教卓へと歩み寄り、こう呟いた。
「皆、席に着いているな? 朝っぱらから悪いがお前達は今年で中学3年生、つまりは“受験生”だ」
そのワードに教室中が瞬くにピリつくのが手に取るように分かった、“ある一人”を除いての話だが......。
(あぁ、先生ぇ.....。今日も素敵!素敵!素敵!素敵!素敵!素敵!素敵!素敵!素敵!素敵!素敵!素敵!)
そう心の中で呟く者はノア、何を隠そう彼女である。そして彼女からの先生へ向けられる視線は生徒としての尊敬の眼差しとは一味違う、異様なものであり、彼女はとろけたようにうっとりとした表情を浮かべているのであった。
「何度も言うようだが高校受験まであと半年を切った、だから今日は先生からお前達にアドバイスがある」
教室中がザワつく中、ノアだけは一言も逃さまいと机が倒れないかと心配になる程に前のめりな姿勢で先生の言葉に耳を傾けている。
「いいか、お前達。俺からの受験に向けてのアドバイスはただ一つ・・・・・・」
“この教室にいる奴ら全員が、自分の敵だ!!”
その言葉を聞いた瞬間、突然ノアは自身の神経が逆立つような感覚に囚われた。そして目を大きく見開くと周りを舐めるようにゆっくりと一人一人の顔を覚えていくような仕草を見せた。
「と、言ってもあくまで敵というのは先生の冗談なんだがな」
周囲からクスリと笑いが漏れる中、ただ一人ノアだけがそれを聞いてはいなかった。
(敵!敵!、あっちにも!?、こっちにも敵がいる!)
別に焦ったり恐怖したりしているのではない、ただ順番に迷っているのだ。
そう、敵をどう排除していくかという順番に・・・・・・・。
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時間は経ち学校が終わった、すると急いで教室を出ようとするノアの耳元にとある少女の声が聞こえてくる。
「ノアちゃん!、一緒に帰ろう!」
彼女の名前は菅本椿(すがもと・つばき)、ノアの小学校時代からの友人で少し天然気味であり、頭にある左右のおさげを揺らしながらノアへと走り寄ってくる。
しかし______。
「・・・・・・すみませんが、貴女は敵のため一緒には帰れません」
そうノアが言うとクスクスと笑う椿、思わず首をかしげるノアに椿はこう言った。
「それは先生の冗談であって本当ではない・・・・・・って、ノアちゃん!?」
ノアは椿の事などお構いなく自身の机へと戻り何かを探していた、そして机の中から安物のハサミを取り出すとそれを自身の鞄の中へと入れた。
「ノアちゃん?、何でハサミなんか入れてるの?」
「・・・・・・・・・・・・、そんなのは人の勝手です。さあ今すぐ一緒に帰りましょう」
「あっ!、待ってよノアちゃん~!」
こうして急に一緒に帰ろうと言い出したノアの先行く背を追って仕方なく椿は駆け出したのであった。
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椿と共に歩く帰り道、ノアは何かをブツブツと呟いており、椿はそれに耐えきれずに思わずノアに声を掛けた。
「ねぇノアちゃん、どこか具合悪い?」
「・・・・・・??、いいえ.....それよりも私に着いて来てくれないでしょうか?、見せたいものがあるんです」
「うん!、良いよッ!」
二言返事でそう返す椿の表情は意気陽々としていたが、それとは打って代わりノアの方は何処かやけに冷めた表情であった。
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ここは帰り道から少し離れた近く森の中、そんな場所にある獣道を二人は進んでいる。
「うえ~、蚊に凄くいっはをい刺されちゃったよノアちゃん」
「・・・・・・ここ辺りまで来ればもう充分か......」
そんな言葉に眉をひそめてみせた椿であったが、そんな事よりも今から何が見られるのかという好奇心の方が勝ったようである。
「ねぇノアちゃん!、今から何が見れるの!?」
「・・・・・・貴女は教室で何故ハサミを鞄に入れているのかと聞きましたよね?」
唐突な質問返し、椿は一瞬訳が分からなくなりそうであったが取り合えず質問への答えを返した。
「う、うん......言ったけど」
「なら良かった、今からその答えが分かるので丁度良かったです」
「・・・・・・・えっ??」
手を後ろで構えているノア、そしてその様子に一緒の悪寒を感じてしまい喉から絞り出すようにこう呟いた。
「ノア、ちゃん?」
「ヤッアァアアァアッ!!」
ノアのそんな大声を発したと同時、椿は首に違和感を感じだ。
「何?、この生暖かいの?」
右手で首元に触れ、それを自身の肉眼で確認してみるとそれは真っ赤な鮮血であった。
「えっ?......ええぇえぇぇ~~~!!?」
椿を襲ったのは痛みよりも先にパニックであった、そして何よりも痛い!、椿は腰が抜けて地面に自身の体が崩れ落ちながらも無我夢中で逃げるように地べたを這いつくばり逃亡を図るも、ノアがその背に股がると誰かに叫び声を聞きつけられないよう暴れる椿の口元を押さえ、その小さな背中を左手に強く握られたハサミで滅多刺しにしていく。
「€▼&*?!§♭!#↑ッツ!!?」
声にならない叫び声、それに口元を塞がれており何を言っているのかももはや判別はできない。
すると最後の抵抗を見せる椿、ジタバタと暴れるその手足がノアの頬に軽く当たり、彼女自身を怒らせた。
「この!、静かに......しなさいッ!」
今の一撃で喉元が切り裂かれた、あとはもう1分もしない内に椿は死に、忌々しいこの叫び声もじきに収まる事であろう。
「ふぅ......さて、殺すという過程まではクリア」
快感というものは特になく、ノアの脳裏に浮かんだのは夏休みの宿題を終わらしたかのような達成感であった。
「んー、証拠となるものは血の付着したハサミと制服の2つ」
ノアは血塗れたハサミを鞄に仕舞う代わりに中から今日使った体育着を取り出し、揉み合いの末に多量の血を浴びてしまった自らの制服を脱ぎ手に持っている体育着へと着替えた。
「さて死体に関しては下手に触るよりは放置、証拠と言えば血の付着したハサミと制服の2つだけ。ハサミは処分として制服に関してはどうにか洗い落とさないといけないわね、流石に警察も中学生の制服を調べまではしない筈だし・・・・・・」
仮に椿本人に私の体液が付着していたとしても言い訳はいくらでも考えれば良い、あとは血を落とす方法だけどネットでは警察の情報網のせいで使えない、となるとそこは本とかで詳しくは調べるしかないがノア自身にそこまで影響はない。
「あとはどう私以外の他者の犯行に見せるかね、死体の様子からしても他殺なのは一目でバレる訳だから......」
変態の仕業にせよ、あれだけの状態ならば大人が相手でも体液の一滴ぐらいは見つかってもおかしくはない、なのにあるのはノアの体液だけとなると一旦森の木陰に隠して死体が朽ち果てるのを待つのが現状での最適解だろう。
「下手に物事を繕うよりはその物事を無かった事にする方が安全ね」
ノアは近くの木から葉っぱを十数枚か取ると、手袋代わりにそれを掌に乗せた上で椿の死体を森のもっと奥の方へと移動させ、地面に染み込んでいる血は土を被せる事で今回は済ませておいた。
「まずは一人目、全員まであと38人......」
ノアは元来た道を何事も無かったかのように歩いていく。後悔はなく、罪悪感にさいなまれる事もない。全ては先生の言葉を信じて敵を全て排除するためだけである。