Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.182 )
日時: 2021/02/05 22:15
名前: Thim (ID: XIMmHpeQ)

>>5>>26>>181 続き

 青年の後を追って、この丘の上にある大きな屋敷までやってきました。

(ここに住んでいるやつらは私たちの事が嫌いだから、見つかると大変な目にあうって、前に誰かから聞いた事があるからあまり近寄らないようにしていたのだけど……)

 屋敷のお庭には沢山の草花が咲いていました。花屋で並んでいるような物も、見たことのない物もたくさんありました。恐らくこの屋敷の女は花が好きなのだろう。だから薔薇の花を欲したのだ。
 だったらきっと喜ぶでしょう。顔も見た事もない女だけど、その女の顔が喜びに染まる姿は容易に想像出来ました。

 ――なのに

「何です、この薔薇は」

 胸元に赤い石を付けた女は顔をゆがめてそう言いました。
 青年は、呆けた顔で彼女の顔を見つめています。きっと、私も。なんでそんな顔をするのか分からなかった。だって、貴女が求めていたもののはずなのに。なのにどうしてそんな、汚物を見つけた時のような、道端で力尽きた仲間をみる様な顔をするの。

「なんだか変なにおいがするわ。それに色もくすんでいて、私のドレスが霞んでしまうでしょう。なんてものを持ってくるの?」
「そ、そんな……キミが赤い薔薇を持ってきた人と踊ると言ったんじゃないか! だから僕はこうやって」
「あら。私そんなこと言っていないわ。貴方の勘違いじゃなくって? それに私、このブローチをくださった方と踊ることになったの。貴方のようなセンスのない花を贈るような方じゃなく、綺麗な宝石を送って下さるような、素敵な方よ」

 そう言って女は胸元の石――ブローチをそっと撫でました。頬は薔薇のように赤く色付いて、とろりと熔けてしまいそうな目がブローチを見ます。先ほどの醜悪な顔とはあまりにも違ったものだから、別人がそこにいるかと錯覚してしまいそうなほどでした。

「っ! な、なんてやつだ! か、金目のものにつられるなんて、この、汚らわしい売女め!」
「なっ、なんてことをおっしゃるの!?」
「うるさいうるさい! 僕をだましたくせに!」
「きゃあ! いやっ。だ、誰か!」

 青年は顔を真っ赤にし、肩を怒らせ、女につかみかかりました。女は顔を青ざめさせながら必死に抵抗します。

「何をやっているんだ! ユリア、大丈夫かい?」

 そこに一人の男がやってきました。その男は女の肩を抱き、青年を睨みつけました。女は男に縋りつくようにひしと抱き着きます。体を震わせて青年から身を隠すように、視界に入れないようにするさまは、あまりにも憐れでした。

「おい、誰かこの者をつまみ出せ!」

 青年の脇に二人の男がやってきて、離せとわめく彼に聞く耳も持たずさっさと何処かへと行ってしまいました。
 私はそれを眺める事しか出来ませんでした。何が起こっているのか分からなかったのです。あまりにも想像と違った現実に、呆けたまま抱き合ったままの男女を見つめていると……。

「本当に何て奴だ。あんな恰好で、あのように小汚い薔薇を持ってきた挙句に、彼女に手を出すとは」
「ははは、まあ彼奴のようなものにはあの薔薇がお似合いですとも。お嬢様大丈夫ですか?」
「え、えぇ。守ってくださってありがとう。……とても怖かったわ。それにあの薔薇、なんだか変な香りがしたの。鉄のような……」
「なんと。何かおかしなものが紛れ込んでいたかも知れぬ。受け取らなくて正解だったな」
「えぇ、あれならうちで咲いている薔薇の方が何倍もましね」

 違いない。誰かが言ったその一言で、先まで騒然としていた場が一気に笑いに包まれました。
 それを見た私は、私は――

「きゃあ! わ、私コイツ嫌いなの! 誰か早く追いやって!」
「この、不幸の象徴め! 出ていけ! 出ていかねばこうだぞ!」
「もういや。今日は散々だわっ」

◇◆◇◆

 気が付けば、屋敷から遠く離れたゴミ捨て場にいました。動こうとすると体の節々が痛み、しばらく動けないほどでした。
 それでも、ここにいたらまた誰かに蹴飛ばされてしまうかもしれないと、何とか体を起き上がらせて歩きます。どこか、安全な場所へ行かないと。
 ぐったりとした足取りでとにかく前へ、前へと。もう気力も何も残っていなくて、でも生存本能に従って、ひたすらに歩いていました。そう、すぐ近くに馬車がやってきているとは気づかずに。

「あっ、ぶねぇな! ひいてしまう所だったぜお嬢さん」

 いつの間にか、道路を横断していたようで、あとほんの少し遅ければ馬車にひき殺されていたところでした。馬車に乗ってひた髭ずらの男はわざわざ馬車から降りて私を持ち上げ、人通りが比較的少ない道路の脇へと連れていきました。私はぐったりと、なされるがまま。地面に下ろされた後はもう歩く気力も起きずに地面に倒れ伏せたまま。
 そんな私を心配そうに男は見ていましたが、暫くしてまた馬車へ戻って走って行きます。私は何と無しにそれを見続けました。私のようなものにこんな事をするなんて、物珍しい人間もいるのものだと、そう思って。

 その時。少し先の道に、あの青年が、薔薇を持って歩いているのが見えました。

「(彼だわ。薔薇を持っている! でも顔も真っ赤で、ふらふら歩いていて、とても危なっかしいわ)」

 見えた青年は、迷子の子供のように顔を汁でぐしゃぐしゃにさせながら、ふらふらと千鳥足で歩いていました。だけど、あんな目にあったのに、小鳥の薔薇を持っていてくれたことが嬉しくて、最後の気力を振り絞り這うようにしながらも、青年の元へと向かいます。
 向かってどうしたらいいのかは分からないけど、でもとにかく彼の元へ行かなくては。
 しかし。

「っもう、うんざりだ! こんな、こんな薔薇、元から汚らしい色だと思っていたんだ。こんなもの、こんなもの!」

 そう叫ぶと青年は薔薇を持った手を大きく振り上げ、勢いよく地面へ投げつけてしまったのです。意味の分からない叫び声をあげると頭を抱えてしゃがみこんでしまいました。
 そこにあの馬車がやってきて、動こうとしない青年に大きな声で叫びます。

「オイ坊主! そこにいられたら曲がれねぇよ! ちょっとどいてくれや!」
「ひぃっ」

 その大きな声に慄いて、青年は急いでその場を離れました。とても速い足取りで、こちらにやってきた青年は、私に気付かないまますぐそばを通り過ぎていきます。

「な、なんで、なんで僕だけがこんな目に。不幸だ、不幸すぎる。い、今に見ていろ。ヒック……ぜったいアイツらを見返せられるような、凄い研究者になってやるっ」

 青年がいなくなったことで、馬車はようやく動き出し、青年が捨てた薔薇を――

 グシャリ。


 私が薔薇の所まで来れた時には、元の面影はありませんでした。泥にまみれ、見るに堪えない姿となっていました。あれ程綺麗だった薔薇は今や先までいたゴミ捨て場にあるのがふさわしい有様になってしまいました。もう、誰であってもこれを美しいだなんて言う事はないでしょう。
 しかしそれでも、あの脳がくらくらする程の甘い香りは残っていました。
 私は導かれるように、その薔薇をぱくりと口に含みます。

「ヴゥッ……!」

 思わずはきだしてしまいそうな所を、何とか耐えて、噛みしめます。
 薔薇は指すような苦みを放っていました。あれ程美味しそうな香りをしていた薔薇は、噛むたび泥やゴミを食べているようなえぐみを放ちます。
 それでも、私は薔薇を食むことを辞めませんでした。人間たちが私のことをどんな目で見て居ようが、蹴り飛ばされようが、その場を離れませんでした。
 そして最後のひとかけらを食べ終わった時。

 ――ピィヨ、ピィヨ

 あぁ、名も知らない小鳥。貴女の恋というものはこんな味だったのね。
 貴女をあの時食べてしまっていたら、貴女もこんな味がしたのかしら。

「ナ゛ァ、アァォ……」


=完=

とにかく忘れないうちに投稿しなきゃ!また消えるかも!と思って投稿したので、読み返しがまだです。なのでいろいろぐしゃぐしゃだと思います。すみません。明日、冷静になってから編集していきます。
私より先におかしなところを見つけられた方は、お手数ですがそっと教えていただけたら嬉しいです!

そして最後に、長らくお待たせしてしまって、本当にすみませんでした!
『小夜啼鳥と』これにて完結にございます!