Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.200 )
日時: 2021/05/27 18:39
名前: むう (ID: fZ.YrG5Q)

 お題⑳「愛されたいと思う事は、罪ですか」
 タイトル/「宇宙人が1匹。」

 国語の授業が物語の創作だったんで書いた奴を乗っけときます。
 長くなるので三回くらいに分けて書きます。

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 宇宙人のぼくからしたら、地球人は全員自分と違ういきもの、つまり向こうも宇宙人と言うわけだ。幸い生まれ故郷であるレオカ星の住民と地球人の形態はよく似ているから、そんなに「ここが違う」「そこも違う」と非難されることはないだろうけど。

 だから、ぼくがこの地球という星に降り立って周りを見回したとき、下手に驚いて声を荒げることはなかった。ちょっと話す言語が違っていたけど、所詮ちっぽけな問題だ。レオカ星人が笑ったり泣いたりするように、こっちの人々も笑ったり泣いたりして生活している。それさえ分かれば、「なんだ、たいして変わんないじゃないか」と不安も空気の中へ消えていく。

そんなたいして変わんない地球で、この前どんな地球人とも違う特徴を持つ女の子にあった。その子の白い小顔には普通の子みたいに二つの眼はなく、代わりに猫みたいに大きな瞳孔の瞳が一つあった。

「面白い人がいるもんだね」

 ぼくはその女の子を単眼ちゃんと呼んだ。学校ではそう呼ばれているから、宇宙人さんもそう呼んでくださいと、小さな声で彼女が呟いたからだった。

「面白くないよ。人と違うっていうのは」

 今日も二人、公園の階段に腰を下ろして高い空を眺めた。なぜ飛行機雲はあんなに真っ直ぐ線を描けるのだろう。なぜ地球人の言葉は下の方にたまるばかりで、上の方にはあまりないんだろう。そんなことを一人頭の中で考えた。「ねえ、きみもそう思わない?」とぼくは横に座る彼女に声をかけようとして、動作を留める。単眼ちゃんはひたすら無表情で、口元を歪めながら膝を抱え込むようにして座っていた。

「おどろいたよ。みんな違ってみんないいって、そういう詩を書いた人もいるんでしょ?」
「その詩を凄いって褒めている割には、私みたいな子どものいじめは減らないんだよ」
「いじめ」

 単眼ちゃんの言葉を反芻する。

「きみはどこもケガしてないじゃないか」
「……………ケガっていうのは、表面上だけの言葉じゃないんだってさ」

 地球では知らない言葉がいくつも飛び交っている。いじめというたった三文字の言葉さえ、ぼくは意味を知らなかった。自分にとって当たり前のことなにも知らないぼくの存在が、単眼ちゃんの言葉を震わせたのかもしれない。

 しだいに涙目になっていく単眼ちゃん。一つしかない目からは涙がなんとか落っこちない程度に溢れている。お人形のように透き通った肌をしているのに、今では頬がリンゴのように赤くなっている。人間は泣くとき、頬が赤く染まるらしい。

「ごめん。でもぼくは、なにがきみを困らせたのか分かんないんだ」

 謝るときは正直に本音を言った方がいいと、この前教えてもらったばっかりだった。それなのにぼくの言葉を受けて、単眼ちゃんの涙の粒はさらに増えてしまう。

「きみって私の周りの人となにも変わらない。その人にとっては楽しいことでも、私が換算すれば全部嫌なことになる。でも自分でそれが正しいって思い込んだら、こっちがなんで悲しんでいるかなんて分かんなくなっちゃう。そういうものなのよ」

 直接は伝えていないけれど、単眼ちゃんの言う周りの人と同じ立ち位置にぼくが入っているのは隠さなくてもわかる。

しだいにお互いが無口になり、ぼんやりと景色を眺める時間が続いた。夕暮れ放送の曲がどこかから聞こえてきて、公園で遊んでいた家族連れは手を繋いで駐車場の方へ歩き始める。「今日のご飯はなに?」「ハンバーグ」「やったー!」という親子の会話が空気と共に流れてくる。

 単純に、いいな、と思う。

「……ぼくの星では、ご飯はカプセル錠だけだった」

 カプセル錠一つに取るべき栄養は全部つまっていた。生まれた時からご飯は錠剤だと教え込まれてきたから、寂しいという感情すらわかず、毎日淡々と水と一緒に喉へ流し込んでいた。食事の時間なんて数分もすれば終わるので、家族と話す時間はほとんどない。あったとしても、とても地球の親子みたいにはいかない。

「マジ!? それでお腹いっぱいになったの? 親が作ってくれないの?」
「ご飯を作るのは全部家事ロボットの仕事だったから」

「凄っ。これぞハイテク産業だよ。え、じゃあ高級料理とかも作れるの?」
「……高級料理? 個包装のピンク色の甘い粉薬が一番高かったけど」

 突然顔を輝かせて質問攻めをしていた単眼ちゃんの笑顔が消える。なにかを大きくしくじったような、複雑な表情をしていた。おそるおそる隣のぼくの表情をうかがっては膝に顔をうずめるのを何回も繰り返す。そして思いついたように顔を上げて、

「じゃあさ、じゃあっ、私のお弁当を今度持ってくよ。卵焼きも唐揚げも、いっぱい詰めとくよ。私、お昼ご飯の時間になったら学校出てここへ来るからさ。だから、だから……」


と自分を奮い立たせるように明るく叫んだ。


「だから……、泣かないでよ」

 泣く? 誰が? 
 そっと頬に手を当てると、生温いなにかに指先が触れた。涙と、地球でそう呼ばれるものだった。

 そうか、ぼくは、今、泣いているのだ。

 地球から見る夕焼けはとても綺麗なのに、ぼくの心は晴れやかではなかった。
 こんなに良い星でも毎日誰かが傷ついたり叫んだりしている。
 そのせいで綺麗なもの美しいことは陰に埋もれて行っている。昔は全てが綺麗だった気がすると単眼ちゃんも言っていた。

 だからぼくは不安なのだ。人と違う容姿を持つ隣の女の子が、ぼくがいないときに隠れて泣いていたりしないかと。ぼくが物を知らないばっかりに、自分が傷ついたことすらいずれ話してくれなくなるのではないかと。

「きみは大丈夫なの? こんな世界で生きられるの?」
「…………」


「レオカ星に生きづらさを感じて地球に来ても、この星もこの星なりの沢山の悲しい出来事がある。ぼくも毎日心が折れそうになりながら生きている。でも人間は、宇宙人みたいに頑丈じゃないんで……」


 まだ話している途中だった。突然単眼ちゃんがぼくの背中に両手を回してきたので、必然的に言葉が途切れる。人間は急によくわからない行動をとるものだ。でも不思議と苛立ちは感じなかった。


「辛い、苦しい、死にたい、いなくなりたい。そんな言葉を毎日言ってる。いじめられるのは辛いし苦しいし、トイレで吐いたこともある。毎日死にたいと思いながら今日を生きているの。こんな死にたい毎日に、一つでも喜びを見つけたくて今を生きているの」
 

 単眼ちゃんは一日に何回泣くのだろうか。でも、彼女の涙は、今日流れた涙の中で一番透明で綺麗に見えた。