>>5続き
月明りを悠々と背に飛んでくる彼女が見えた。薔薇の木から離れた茂みにかくれている私に気付いていないようだった。降り立った彼女に薔薇の木は恐る恐る、と言った様子で話しかけました。
「小鳥。本当に、本当に良いのですか?」
元々薔薇の木は、この方法を彼女に教える事を渋っていました。もしここで彼女が“やりたくない”と一言でもいえば、少しでも態度に表せば止めるつもりだったのでしょう。私だってそう願っていました。なのに、なのに彼女は……。
「はい」
そう言って、希望に満ち溢れた声で笑うのです。何も問題ないと、薔薇の木がせっかく作ったチャンスをふいにして。自分の命を犠牲にして薔薇を作ることが正解なのだと、本気で思っているのです。
その時、私の中の名にかがプチンと切れたような、そんな気がしました。
「だれですか!?」
わざと音を出して茂みから身を乗り出した私を見て、彼女が驚いて目を丸くさせたのが、この暗がりでもよく見えました。
「! いけません、いけません。小鳥! 逃げるのです。このままでは貴女が食べられてしま……っ」
「食べません、食べる訳がないわそんなもの!」
薔薇の木が狼狽えながら彼女を逃がそうとする言葉を聞いて、吐き捨てるように言った。私の怒りの言葉は月光しかない空間にはよく響きました。
私はギッと、彼女を睨みつけます。
「貴女、本当にそれでいいと思っていらっしゃるの?」
「聞いていらしたのですね、名も知らぬ貴女。えぇ、勿論です。私はここで死に、赤い薔薇を手に入れるのです」
「っ馬鹿も休み休みに言いなさいな! 人間の為に、赤い薔薇如きの為に、貴女自分の命を散らすのが正解だと、本当に思っているの!?」
「いいえ。違います。私はね、愛の為に死ぬのよ」
私が炎ならば彼女は風のよう。激情に身を任せ怒鳴り散らす私とは反対に、彼女は落ち着いたもので、天敵である私を目の前に笑みすら浮かべていました。その笑顔には恐怖も諦めもなく、あるのは希望と愛だけ。私は彼女の表情を見て思わず言葉も失ってしまいました。
どうして、そんなふうに笑っていられるの?
理解不能。本能的な恐怖を感じ、咄嗟に一歩後ずさる。だけど、その瞬間に彼女が薔薇の木のある場所へと向かうのをみて、過去で一度も感じたことがない程大きな嫌な予感がして駆け出した。全ての物事が時が遅く流れているかのようにゆっくりとなり、私はそれをまざまざとみせつけられました。
彼女は薔薇の木のある場所に、胸を近づけ―――あぁ、だめ。だめよ。だめっ!
「やめてえええええッ!」
―――ザシュ
あっけない程に簡単に、薔薇の棘は彼女の胸に刺さった。一目で、もう手遅れだと分かる程に深く深く。
月明かりに照らされた彼女は苦痛に顔をゆがめ、しかし満足げに笑って歌った。恋の歌を。愛の歌を。へたり込む私なんて見えていないかのように、希望に満ち溢れた声で。
―――いつしか、歌っていると感じた視線の方
―――見ているだけ。姿を現してはくれない
―――会いたい。会ってみたい。そうしたらきっと
―――愛も恋も分からなかった私でも、分かるような気がするの
―――この歌を、貴女に捧げます
その歌は、今まで何百、何千と聞いてきた私でも聞いた事がない歌でした。
今までの迷いなく歌ってきた物とは違い、とぎれとぎれで、迷っているような、戸惑っているような、そんな歌でした。
それを最後に、彼女は歌うのをやめました。
ぱたりと地に伏せ、起き上がらない彼女の元に、這うように近づいて、恐る恐る彼女の顔を覗き込むと、真っ青な顔で……でもひどく満足そうに微笑んだまま彼女は固く目を閉じていました。
「小鳥、小鳥! 咲きましたよ、赤い薔薇が!」
薔薇の木の声に辺りをみて見ると、彼女の胸から滴り落ちる血は棘を伝い、いつの間にか一本の薔薇を咲かせていました。どの花屋でも見たことがない程に、綺麗で、美しい……
「っなにを、何を寝ているのです。咲きましたよ、貴女のお陰でとても綺麗な……っ」
綺麗な、薔薇が。
いつの間にか月は沈み、日が昇りだしていました。
徐々に体温を失くしていくその小さな体に縋りつき、何度声を掛けようと、彼女が目を覚ますことはありませんでした。
***
ひねり出しました。違和感が残りますが、そこらへんは後で指摘して下さると信じ投稿します。
あと一話で終わります!それが終わったら読んでくださった方への返信と、皆様の作品を読みたいです!