『小夜啼鳥と』【お題:花、童話、苦い】
私はいつも貴女を見ていました。美しい恋の歌、愛の歌を歌う貴女を見ていました。
貴女がそんな歌を歌うのは、私には少し可笑しく感じられ、貴女に話しかける事が出来ませんでした。だけど、歌い続ける貴女の事を忘れることは出来ずに、貴女が止まっている木からいくらか離れた場所で、私は貴女の歌をずっと聞いていたのです。
美しく、愛らしく歌う貴女を、私はただ見ていました。
貴女は一人の青年と出会いました。
眼鏡をかけた、神経質そうな彼は女性へ捧げる赤い薔薇がないと嘆いています。私は多少不憫に思いましたが、それだけです。だって私は動物。愛に苦しむ彼の心なんてわかりません。私もたくさんの殿方からアプローチを受けますが、私の中にあるのはいかに強い種を残すか、ただそれだけ。だから私は私を競い争い合う殿方の中から一番強い方と番になろうとは考えますが、そこに顔が良いだとか自分への愛情が大きいだとかは、まったく勘定に入れないのです。
だって、無駄だから。強い種を残すのに、それらは関係がないから。恐らくは私以外の多くの動物たちもそう考えている事でしょう。だのに恋に焦がれる彼女は、愛を歌う彼女にとっては、そうではなかったのです。
「彼こそが本当の恋人なのだわ」
「あぁ、なんて可哀想なのかしら。どんな宝石なんかより尊い彼の愛が報われないなんて……」
毎夜毎夜、星と愛の話をしていようと、どれほどの時間を愛の歌へ捧げようと、それらを理解できなかった彼女は、その時愛というものを理解しました。
明日の晩の舞踏会までに、愛する人が求める赤い薔薇を探さなければならないと嘆く彼を見送ってから、彼女は羽搏いて何処かへと行ってし舞う彼女を見て、私は猛烈に嫌な予感がして慌てて彼女の後を追いました。
「赤い薔薇をくださいな。そうしたら、私が一番綺麗な歌を歌ってあげますから」
彼女が毎夜歌う歌は近所中に響き渡り、その綺麗さはみんな知っています。しかし赤い薔薇なんてここいらではそうそうありません。四方八方を飛び回り、とうとう彼女は赤い薔薇の咲く木を見つけました。
赤い薔薇の木は言いました。この冬の寒さと霜の冷たさ、そして嵐の傷で薔薇を咲かすことが出来ないのだ、と。
そんな赤い薔薇の木に彼女はなおも食い下がります。
「たった一輪だけで良いのです。どうにかなりませんか?」
そんな彼女の熱意に押され、赤い薔薇の木は一つだけ方法がある、と言いました。
私は赤い薔薇の木の様子に違和感を覚えました。どうにも、その方法を彼女に教えたくないような、そんなふうに感じたからです。
そして、私は赤い薔薇の木の提案を聞いて、思わず悲鳴を上げてしまいました。
「貴女が本当に赤い薔薇を欲するならば、月の光のさす間、歌を歌うのです。さすればその綺麗な歌声で薔薇の花が咲きましょう。そして薔薇の花を咲かせたら……」
「その薔薇を、貴女の心臓の血で、赤く染めるのです」
「薔薇の棘を貴女の胸に突き刺し、一晩中私に歌を捧げて下さい。そうすれば貴女の血が私に流れ込み、一輪の赤い薔薇が出来上がりましょう」
私は、赤い薔薇の木が言う事が信じられませんでした。否、信じたくもなかったのです。
だって、心臓に棘を突き刺してしまえば、そんな事をしてしまえば彼女でなくっても生き物であればだれだって死んでしまう。たった一輪の薔薇を得るために、彼女が死ななければならないなんて、そんなの馬鹿げている!
きっと、彼女だってそう思っている筈。そう思って彼女を見た私は、驚きました。
「薔薇一輪を得るためには、死はあまりにも大きい代償だわ」
「私だって私の命は尊いもの」
女の表情はあまりにも凪いていて、そこには怒りも悲しみも存在しませんでした。存在するのはそう、ただ一つ……。
「だけど、恋は命よりも尊いものだわ!」
「それに、私一匹小鳥の命が、人の心に比べて一体どれほどの価値があるかしら」
歓喜。
彼女は何よりも喜んでいた。あの青年の恋が実る事を。自分の命で一つで薔薇が手に入る事を。
私は彼女が信じられなかった。なんでそんなにも喜べるの? だって、だって、その薔薇を手に入れたその時、貴女は死んでしまうのよ?
その時、青年が通りかかりました。青年はいまだに赤い薔薇がないと嘆き、目を赤くさせていました。そんな彼に彼女は語り掛けます。凛とした、一切の迷いのない声で。
「喜んでください。今晩、私が貴女に赤い薔薇をさしあげます。きっときっとどんな薔薇よりも綺麗な薔薇を咲かして見せますわ」
「ですから、貴方は本当の“恋人”になってくださいね。きっと、きっとよ」
けれど、青年は彼女の言葉が分かりません。不思議そうに彼女を見つめるだけです。当たり前でした。だって彼は人間で、彼女はただの小さな鳥なのですから。だけど彼女はそんなことも承知で、嬉しそうに何処かへと羽搏いて行きました。彼女が羽搏いていくのを見て、彼も何事もなかったのように、赤い薔薇の木の少し先にある彼の家へと帰って生きました。
私は彼女を追いかける事が出来ませんでした。そこにへたり込み、夜が来るのをただ待ちました。いっそ、彼女が後から目を覚まして、馬鹿馬鹿しいと。薔薇如きの為になぜ自分が命を散らさねばいけないのだと、そう考えなおしてくれることを願っていました。神にすら祈りました。
しかし、無情にも彼女は日が沈み月が少し顔を出したころに、薔薇の木の元へと戻ってきてしまったのです。
(参加希望です。今日はもう遅いので途中で投稿し、続きを明日投稿したいと思います。
小説書き初心者+童話オマージュ…?二次創作…?初挑戦なので色々な方のアドバイスが聞きたいですが、どうか今しばらくお待ちください。)