お題5「人って死んだら星になるんだよ」
タイトル「Stand by me」
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七月七日は七夕の日。
織姫と彦星が一年に一度天の川を渡り、再会を果たす大事な日だ。
その事実を採用するならば、私はきっと彦星に会えることはないだろう。
去年はこの日が平日だったので七夕の短冊も学校で書いたが、今年は休日なので宿題で短冊に願い事を書くことになった。
でも今更、叶えたい願い事なんて、大事なものを失った自分にはない。
両親が地域の行事に参加しているので、この広い家には私一人だ。
今いるのは八畳ほどの和室で、神棚には仏壇が置かれている。
中央に飾られてある遺影の中で、私にそっくりな女の子はりんご飴を舐めながら笑っている。
「怜ちゃん…」
私には双子の妹がいた。名前を怜という。
双子というのは性格が正反対だったりすることが多いらしい。怜ちゃんもそうだった。
自分より勉強ができ、可愛くて優しくて、いつもクラスの中心にいた。
姉の私はいつも妹の後ろに立ち、彼女の背中から世界を見ていた。
でも……。
つい三週間前のあの日は確か、酷く雨が降っていて、天気予報では嵐が続くと言われていた。
怜ちゃんは前述したように頭が良かったので、進学塾に通っていたのだが、塾から出るスクールバスが水たまりでスリップして、転倒したのだ。
母親は酷く泣いた。
いつもはにこやかな顔をくしゃくしゃにし、大勢の人がいるお葬式で号泣した。
父親は、やりきれないというように首を横に振るだけだった。
私は、何も言わなかった。
過去はどうやっても変えられないということは小学生の私にでも分かることだった。
ただ、その時から自分はとんでもない罪を犯したのだと思うようになった。
私がもっと頭が良ければ、怜ちゃんと一緒に塾に行くこともできた。
私があの日、「嵐がひどいから今日は休んで」と言えば、怜ちゃんは死ななかった。
私がもっと怜ちゃんのことを考えて行動していたら、こう言うことは起こらなかった。
『悠ちゃん、見てみて! またテスト100点とったよ!』
『すごいねぇ。怜ちゃんは自慢の妹だよ』
『ううん、私は悠ちゃんの方が凄いと思う。悠ちゃん大好きだよ』
おまけに怜ちゃんが死んだ日は…七月七日。
私たちの誕生日の日だった。
こんな日に、神頼みで願い事を書いたってどうにもならないだろう。
もうやめよう。こんな宿題なんか意味がない。
私は学校でもらった短冊を、手でくしゃくしゃに丸めようとし…。
私は見たのだ。
仏壇の前に、今までなかったものが置かれてあるのを。
確かあれは、怜ちゃんが使っていたミュージックプレイヤー?
「お母さんが持ってきたのかな」
仏壇の側へ行き、プレーヤーを手に取ってみる。
電源を入れると、ホーム画面にデジタル文字が表示された。
『録音データが一件あります』
「え…? こ、これかな」
怜ちゃんが録音をしているところを、私は見たことがない。
何を録音したのだろう。何で録音したのだろう。
胸の鼓動が速くなる中、ボタンを操作して録音画面をモニターに映し出す。
再生ボタンを押す。
『こんにちは、月瀬怜です』
怜ちゃんの明るい声が聞こえた。
『これを聞いているってことは、悠ちゃんがそこにいるんだね』
『これは、悠ちゃんに向けた私からのメッセージです』
『まず初めに、お誕生日おめでとう。大好きだよ!』
『悲しい時、寂しい時、いつもあなたが側にいてくれました』
―――怜ちゃん。
『だから、これからも側にいてください』
―――ムリだよ。もう、手の届かないところに貴方は行ったじゃない。
『もし、私がいなくなったりしても、側にいてください』
『私はどんな時でも、悠ちゃんの側にいます。応援してます。愛してます』
―――怜ちゃん。怜ちゃん怜ちゃん怜ちゃん怜ちゃん。
ずっと会いたかったよ。ずっとあやまりたかった。ずっと過去をやり直したかった。
ずっと好きだった。ずっと後悔してた。ずっとずっとずっと。
『だから泣かないでください。だから諦めないでください。悠ちゃんを応援してます』
「無理だよぉぉ……怜ちゃんにまた、会いたいよぉぉぉ!」
七夕だからとか、年中行事だからとか、そんなことは関係ない。
私は、私は……っ。
また、妹に会いたい。また妹の側にいたい。
人は死んだら星になるって言うけど、それなら、私はその星の側で輝きたい。
叶えてほしい願い事、本当はあるけれど、絶対に叶えることは出来ないと分かっているから。
妹に、また会いたい、という願い事は、もう叶えられない。
でも私は、たった一人の怜ちゃんの姉として、妹に会いたいのだ。
『悠ちゃんが大好きな曲を歌います。[Stand by me]』
和室を流れるゆったりした曲調。私たち双子が大好きだった曲。
ぐすんと鼻をすすりながら、私は手に持ったままだった短冊をじっと見つめる。
私が今叶えたい願い事は。
『Stand by you』
~終わり~