Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.61 )
日時: 2020/07/05 00:30
名前: 千葉里絵 (ID: nTqYZLt2)

 リハビリ的な感じで投稿させていただきました。正直、これ同性で書こうと思ってたのですが、NLっぽさが出るようにしました。GLとして読むことは難しいかもしれませんが、BL程度なら薄めなら行けるのでは()と思っています。
 幾つになっても文章が苦手で、しかもこちらリハビリなので、感想を頂けると喜びます。


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タイトル:永遠の婚約を
お題:⑥鈴、泡、青色(三題噺)


―人間に恋をして、全てを投げ打って陸に上がった王女がいた。最期には、泡になり、何もかも失い、消えてしまったという―

 この話を、幼い頃はおとぎ話、成長してからは歴史として学んだ。既に手にしていた幸せを潰してまで得たかった愛情を得ることも出来ず、姉たちの助けも拒み、最期には消えてしまったこの王女の話を聞く度に愚かだと感じてしまう。

 何も人に恋するのが悪いだなんて思わない。彼女の時代に魔法が追い付いていなかったわけではない。相手を海に連れ込むことだって出来たはずだ。

 彼女が陸に上がることを望むのではなく、相手を海に連れて来ていたら、歌で人間を魅了してしまっていたら、泡になるなんて契約の時点で諦めて海で他の人魚と幸せに暮らしていたら。

 彼女は幾つもの選択肢を持っていながら、それを無視して自身が全てを犠牲にして陸に上がることを望んだのだ。愚かだとしか思えなかった。

 かく言う私も人間に恋をした。けれど、あの王女様のような真似はしない。人間になれる薬は自分で調合したし、陸に上がりきることはなく、あくまで私は海の生き物、相手は陸の生き物として生きている。

 夕方、私が浅瀬にいると、軽やかな鈴の音がする。この音が合図で、私は人の身になって、恋人の元に向かう。そんなに長くは人間でいられない。ほんの数時間砂浜を二人で歩くだけ。

 だけど、それが何よりも愛しい時間で、私にとっての幸せだった。月が上ぼる前、海が濃い青に沈む頃、私達は別れのキスを交わしてそれぞれの在るべき場所に戻る。私は深い海の底。彼は明るい陸の家。

 そんな風に私達は愛を確かめ合っていた。そんな中、ある日今まで一度もされたことのない質問をされた。

「なあ、いつもお前がこっちに来てくれてるだろう?俺が海に行くことは出来ないのか? 」

 思っても見なかった質問だった。人間が海に行くことは出来る。長時間じゃないが呼吸は可能だ。だけど―

「―どうして、なの?」

「ん?それは、特に理由なんてないさ。ただ、お前はいつも俺に合わせてこっちに来てくれてただろう?だから、たまには俺も。な? 」

 その心遣いが嬉しくて、きっと私は隠しきれない笑みを浮かべているに違いない。こんな申し出を断る理由もないものだから、私は服のポケットから小さな瓶を取り出した。掌にすっぽりと収まるほど小さな瓶。

「これを飲めば一日程度海中での呼吸が可能になるわ。慣れるまで少し苦しいけれど、それでも来るの? 」

 私がそう訊ねると、彼は嬉しそうに笑いながら力強い頷きを返してくれた。

 約束は次の日、待ち合わせ場所は一番大きな岩の下の洞窟。目立つ場所だからすぐに分かる。

 でも、彼は来なかった。一日中待ったが来なかった。それ以降、あの軽やかな鈴の音が私の耳に届くこともなくなった。

 彼に捨てられたのだと悟った。もう二度と彼が私の名を呼ぶことも、一緒に砂浜を歩くことも、ないのだと思った。彼が好きだと褒めてくれた長い金色の髪も、今ではもう必要ない。可哀想な髪は短く切られ、波間を漂って消えていった。

 周りの人は皆、彼のことなんか忘れてしまえと言ってきた。もちろん、私だって忘れるつもりだった。だけど、心のどこかで、彼はこんなことをする人じゃない、何か理由があるはずだと思い続けていた。そんなはず、ないのに。

 そんな風にして一年が過ぎて、私が一人小さな魚たちの近くでぼうっと座り込んでいた時

―チリン

 あの、懐かしい鈴の音が聞こえた気がした。どこか、遠くで。でも、陸から聞こえるときよりも遥かにハッキリと。あの人がいるのかもしれない。鈴の音を頼りに、私は深い青の中を泳ぎまわる。鈴、すず、私を待つあの人が持っていた鈴。

 泳ぎ回って、もう日も沈みきった頃に、あの日の待ち合わせの大岩の下に着いた。そこが音が一番近く聞こえる様に感じて、うろうろと泳いで回る。

 あの日以来一回だって近付かなかったこの場所で、いつ死んだのだろうか、大きな鮫が転がっていた。そして、この鮫から鈴の音が聞こえたような気がした。

 私は、躊躇いもなく手近にあった岩で鮫の腹を切り裂く。いや、切り裂くというよりは、何度も何度も腹の辺りを岩で引っ掻いた。何回目だろうか、ようやく鮫の腹が切れて内臓が見えた。青い海と対比的な赤黒い内臓に手を突っ込んで弄ると、胃の辺りからちりんと鈴の音が聞こえてくる。私は胃を引っ張り出し、また岩を突きつける。やっと破けた胃からは―

―青いベルベットか何かだっただろう小箱と、魔法のあの人に渡した鈴。

 そっと小箱を開ければ、そこには真っ青な海のような宝石が嵌めこまれた二人分の指輪に、私と彼のイニシャル。

「迎えが遅れてごめんなさいね。でも、遅刻しすぎよ」

『こんなに会うのが大変だと思わなかったよ』

 懐かしい彼の声が聞こえた。




―人魚姫は泡になって美しい最期を遂げた。でも、人も人魚も現実ではそんなに美しい死は望めない。精々、青い海の深い底で、思い人に鈴の音で見つけて貰うくらいしか出来ないのだから―