「粘着質な独り言(または懺悔、反省文、ラブレター)」
使用お題:4番「寂しい夏」
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温暖湿潤気候の影響か、ジェット気流の合流地帯である影響か。日に日に蒸し暑さが増している。まだ梅雨も明けず、なんとなく塞いだ気分になる。帰宅すると、エアコンも電気もつけずに座り込む。いつも通りの雑然とした部屋でひとり、身に着けていたペンダントのトップを握った。これは、すべての始まりであるあなたの作品をイメージしたものだ。
普段はペンダントなんていう拘束具じみたものは身につけないのだが、あなたとの繋がりを少しでも感じられるならいい。今日はあなたに縛られていたい。だって今日は特別な日だから。
——どうか、届きますように——
祈るような気持ちで暗闇の中、スマートフォンの画面を開く。目には悪いが、今日という日に相応しい。
私は字書きだ。まだまだ上手ではないが、少しずつ作品の質が上がってきたように思う。ただ、中学生だった頃の夢は叶わないままだ。だからせめて、と随分前から、今日は短いエッセイをアップロードしようと思っていた。
数日前に書いて何度も確認した文を呼び起こし、更に今日という日に似合う文章に変える。
「『懺悔でも反省文でもラブレターでもある、私の愛の話。かなり気持ち悪いはずだ。どうかいらしてくれた皆様がご不快になりませんように。そう願いながら、この文章を打っている』」
前置きはこれで良いだろうか。あなたに見られる可能性を考えると、とても不安になる。すうっと一吸、はぁと一呼。暴れるような鼓動を沈める。
覚悟を決めて、投稿ボタンを押した。
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「粘着質な独り言」
これから書くのは私の独り言であり、「あなた」へ宛てたものでもある。だから、懺悔でも反省文でもラブレターでもある、私の愛の話。かなり気持ち悪いはずだ。どうかいらして下さった皆様がご不快になりませんように。そう願いながら、この文章を打っている。どうか、あなたに届きますように。
私はずっと、あなたに憧れていた。大好きだった。あなたに、いつか認めてもらうことが夢だった。けれども、それはもう叶わなくなった。否、きっと可能性はゼロではない。しかし、奇跡が起こらない限りは無理だろう。だってあなたは——
今となっては、あの日々は幸せな幻だったのではないかと思うことがある。でも、ちゃんと現実だったという証拠がある。それはデータとして。少し心許ないけれども、確かに存在する。
作品が好きだった。繊細で厳しくて、でも優しくて、美しかった。次に、人柄に惹かれた。交流を深めるうちにいつしか、あなたの人柄を全てわかった気になっていたのだ。こうなるともう、あなたの虜だ。私はあなたの狂信者と化した。あなたにとっては、厄介な存在だったのかもしれない。
あなたからのお返事が嬉しかった。小さな共通点が嬉しかった。話ができる、それだけで嬉しかった。ある世界の創造主。ある意味での神と只人が同じ次元で話している。私なんて有象無象の読者の一人でしかないのに、である。それが不思議で、夢のようだった。けれども、だからこそ未熟な自分の物語をあなたの目に触れる場所に置くのを躊躇った。
何度目だろう。私は今日もあなたのことを想う。今日でもう五年になる。今年はあの日と曜日も同じなのだ。私は忘れない、忘れられるはずがない。あの頃の熱量、愛、世界の全てはあなたに支配されていた。例えあなたがどんなに私を拒んだとしても、私は強烈な愛の衝動をあなたに向けただろう。好きだ好きだといい続け、燥ぎ、きっとあなたの負担の一因となったはずだ。今ならわかる。あの頃の私はどこか可笑しかった。常軌を逸した何かがあった。狂気に似た何かが——
わかっている。私は昔から変わっていない。否、少し大人になったし前ほどの燥いだ愛を即座に文章化することはない。けれども、本質的には全く変わっていない。あの日以来、あなた以外の好きにも出会ったのだけれど、本質は粘着質で熱狂的な見苦しい巨大感情のカタマリだ。もう笑ってしまうくらいに、今も昔も変わらない。変われない私をよそに、あなたはもう変わっているのだろうか。
ああ、今年も夏が来る。私からあなたを奪った、憎い夏の入り口だ。あなたのいない、五回目の寂しい夏。あの中学生の私は、もういない。けれども、あなたを好きだった人の一人として、今も好きな人として、あの日を今も恨めしく思う。そう、未練がましくこんな痛々しい文を綴るくらいには。
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画面が更新された。簡単に投稿できてしまった、と唖然とする。もう何回も投稿しているはずなのに。緊張と、こんなことをインターネットの海に流してしまった自分に対する嫌悪感が湧き上がる。
無気力となった私はそのまま何もせず、ブラウザ画面を閉じた。ぴったり閉じていたカーテンを開くと、いつもの街が目に映る。夕闇は色を濃くし、対比するような街の煌々とした灯りが眩しい。
——この空の下で繋がっている、そう信じるしかない——
本当はわかっている。届くだなんて、思い上がりか、そうでなければ都合の良い妄想だ。けれども、私の心の大部分は未だにあなたのものなのだ。これはあなたのことを好きになった日から、きっと何ひとつ変わっていない。
私は祈る。どうか、あなたが私以上に幸せでありますように。そして願わくば、あなたに届きますように、と。
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