お題⑥『ペンネームと彼』
「あっつぅ……………」
セミの鳴く音がずっと聴こえるこの頃。
夏だ。
「さーや!帰ろっ!」
そう言って帰りの挨拶の後に1番に私の席に駆け寄ってくる奏音(かな)のランドセルには、水色の鈴の付いたストラップがついている。
これは私がある県に旅行に行った時、彼女に贈ったおみやげ。
かなは水色が似合うから………と言って水色の友禅と鈴の付いたストラップを選んだ。
「んじゃ、帰ろっか!」
2人で並んで歩き出す。
すると後ろから声がした。
「おいさや!かな!俺を置いてくなよ!」
ソイツの黒いランドセルにも鈴。
ちりん、と鳴らして走ってくる。
彼はちょっとしか走ってないくせに汗をかき、Tシャツで拭ってる。
「やっすー、ぜんぜん走ってないじゃん。」
やっすー____彼のあだ名だ。
名字が“安田”だから、やっすー。
やっすーの息が落ち着いてから、3人で歩き始める。
「最近暑いよなー…………アイス食いてぇ…………」
「めっちゃわかる。プールとか海とか行きたいよなぁ」
そんな会話が毎日続いてる。
私は苦笑して、ランドセルから下敷きを取り出し、2人に仰ぐ。
「おー………さんきゅー…………」
入道雲が目の前にもくもくと現れている。
「もうすぐ夏休みかー…………また5人でどっか行きたいねぇ」
5人、というのは私達3人にとても仲良い2人を合わせる。先月の席替えで偶然出くわした5人なのに、いつの間にめちゃくちゃ仲良くなっていた。
ただ2人は私と帰る道が違うから、今はいないだけ。
「じゃあさ、プールとかどう?気持ちいっしょ?」
「いいな!」
やっすーがぴょこっと犬のように反応する。
それに対してかなはびっくりして、後ろにすっ転んでしまった。
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「おぉっと?」
「プール来たぜひゃっほぉ!」
あの話をしてざっと1週間後、親の許可も貰い、いつもの5人でプールに行った。
私はハイテンションで、ざばんとプールに飛び込む。
水が太陽の光を反射し、キラキラと輝く。
ぶくぶくと息をすると、泡も輝く。
キラキラな1日だった。
スイカのボールを投げあったり、競泳したりして、この日だけは幸せに感じた。
家に帰る時、皆でバイバイ、と言い合った瞬間、
楽しかった1日は泡のように消えた。
青い空は黒くなり、雷の音が鳴っていた。
このような楽しい日々は、もう無いって私に感じさせるように。
「ねぇやっすー……………」
「ん?どうした?」
家が唯一近いやっすーと、家に帰ってる途中。
彼が私の方を振り向く。
その衝動で、彼のプールバッグに付いたあのストラップが揺れた。
こんなこと、言えるはずないってわかってるのに。
「私さ、転校するんだ。」
彼の反応が怖くて、顔を伏せてしまった。
でも彼は、こう言った。
「お前さ、SNSとか使ってる?」
唐突過ぎる質問に、私は固まってしまった。
「…………使ってるけど?小説書いてる。」
「それさ、俺、ずっと考えてたんだけどよ………」
……………あっ。
『名前どうしよっかなぁ…………』
『名前?』
『うん。ネットで小説書いてるんだけどさ、ペンネームみたいなのいいのないかなぁ…………って。』
『ふーん………………』
いつだっけ?結構前か。
私の独り言。
いつの間にか泡みたいにすぐ消えてた記憶。
「で、何?」
彼は少し顔を赤くさせ、言った。
彼と私のプールバッグについた鈴のストラップが音を立てた。
「“鈴乃リン”ってどうだ?」