初めましての方は初めまして。ジルクとかセイカゲとか読んで頂いた方はこんにちは。複ファにて小説を書いてる者です。
レベルの高い作品が軒並み投稿されているこのスレに、しかも今更六月のお題で書いた短編を投下するのは大変恐縮なのですが、せっかく書き下ろしたので無茶は承知で投稿させて頂きました。
楽しんで頂ければ幸いです!
あ、あと自分、感想などもらえると非常に喜ぶ習性をもっておりますので、よろしければお願いします。
前置き長くなりました。はじまりはじまりー。
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お題:②
タイトル:「雨が降っていてよかった」#1
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1
雨は、嫌いだ。
単に自分のような自転車通学者の天敵であるだけでなく、一日を無駄に浪費させることにおいて「雨」という天候を上回るものはそうはいない。
高校二年の六月。例年のように梅雨入りを果たし、しかしその事実を自分は歓迎していなかった。
地元の商業高校にスポーツ推薦で進学したこともあり、一年の時迷わず入部したテニス部で、最近までレギュラーになろうという気概で満ち満ちていたことは記憶に新しい。
一年目は、とにかく必死に食らいついた。如何なる練習も貪欲にこなし、練習のために友人と遊びに行くこともなかった。自転車通学範囲の自宅まで一か月間ランニングで帰ったことだってある。
全ては、周りを超えるため。レギュラーになるため。それだけを見据えてひたすらに自彊に励む日々は過ぎていった。
それでも、一年目はレギュラーになることは叶わなかった。うちの高校がテニス強豪校ということもあったのか、二年三年の先輩たちの実力が高かったのかもしれない。だから、「一年目はこんなもんだろう」とやけにすとんと腑に落ちたことを覚えている。
けれどこうして二年目になって、日々こうして練習に打ち込んでいても、一年前の自分と変わらないように思える。未だにレギュラーどころかスタメンにすら入れていない。このままではいけないという気持ちがあって、それでもじゃあどうすればいいのか、進み方が分からなくて。
少しでも前に進みたくて。少しでも練習をしようと思って。
そんな矢先に練習が雨天中止とは、誰だって嫌になるというもの。
毎年六月になると、こちらなどお構いなくいっそ空気を読まないかの如く降り始める霖雨は、コート練習の大敵だ。この街には屋内コートなんてないから、事実上実践練習の手段を潰されるのである。
結果何もできずに、時間ばかりが過ぎてゆく。だから雨は嫌いだ。
2
日本列島の六月に限り、てるてる坊主は効力を失いただの布の屍に成り果てる。…というのはあながち間違ってはいないのではないか、とぼんやり思う。
今日は曇りかと思い、雨合羽を用意せずに家を飛び出してきたのが運の尽き。下校中に振り始めた雨は、あたかもスコールと錯覚するような勢いでアスファルトに殺到する。
「…はぁ、はぁ…っ」
立ち漕ぎで息を切らしながら勾配を登る。顔面に打ち付けるおおきな雨粒と、制服の下の汗がひどく気持ち悪かった。
額に浮かぶのが雨なのか汗なのか分からなくなってきた頃、勾配を登り切ったところに小さな東屋があった。別段派手とか大きいとかそういうわけでもなく、よくよく公園などでも見かけるごく普通の三角屋根。何にせよ雨宿りには十分だ。息を弾ませつつ東屋の手前で自転車を降り、小走りでその屋根の下へ向かっていった。
自転車を押しながらふと見れば、東屋にはどうやら先客がいるようだ。豪雨で視界が悪いのと屋根下が暗いせいで顔はよく見えなかったけれど、背丈からして同年代らしい。
その推定同年代の人影は、読んでいたのだろう文庫本に栞を挟み、こちらに一瞥を向ける。
痩躯の少女だった。
腕は細く、肩幅も大きくない。姸姿を見る限り筋肉質というわけでもなく、活発な運動部の雰囲気は欠片もない。妖姿媚態というよりかは蜾蠃乙女といった印象だ。身に纏う制服を見る限り、うちの高校の生徒だろう。
華奢そのものを具現化した身体の上には整った顔が乗っているが、それは絶世の美貌などではなく人並みに可憐な容姿といったところか。漆のいろの長い睫毛と同じ色をした嫋やかな短めの髪はしっとりと濡れていて、同じく雨宿りをしていることが窺える。
彼女はその垂れ目でこちらを頭からつま先まで見た後、数秒おいて話しかけてきた。
「すごい降ってきちゃったね。……きみも雨宿り?」
「え? …ああ、うん」
「やっぱり? 私も雨宿りしてるとこ。チャリ通には辛いね」
苦笑を浮かべながらどこか楽し気な少女。すこし野暮かと思いつつ、口を開いた。
「その割には楽しそうだけど」
「あ、ばれた?」
ころころと笑う少女が、……何故か妙に遠く思えた。
そんなこちらの感慨を気にする節もなく、少女は続ける。
「私、なんだか落ち着くんだよね。こうして雨音を聞きながらのんびりするのってさ」
…落ち着く? 自分にとっては雨なんて、これほどまでに鬱陶しいものなのに。
そう思ったが口にせず、しかし沈黙を嫌って訊いた。
「雨……好きなの?」
「どうだろう。あんまり考えたことはないけど……うん、好きかも」
「そ、っか…」
今の自分はどんな顔をしているのか、こちらの表情を見、果たして少女は少し悪戯っぽく微笑んだ。
「ひょっとして雨、嫌い?」
どこともつかぬ気まずさに曖昧に頷くと、「やっぱり」とでも言いたげな表情をされる。何となく不甲斐ない。
そんな不甲斐なさが顔に出たのか、一瞬少女は触れることを躊躇うような間を開けた。そして、
「――何で雨、嫌いなの?」
ささやかな彼女の気遣いに感謝しつつ、雨が嫌いな理由を吐露した。……半ば愚痴にも近いそれを他人の前でぶちまけることに理性が嘆くが、幸い少女はひどく静謐な表情で話に耳を傾けてくれていた。
「……なるほどね」
話が終わると、少女はそんな風に呟いた。目線の先、少女は垂れてきた前髪を少しかき上げている。
正直言って、今自分が話した内容は我ながら葬り去りたい気分だ。こんな愚痴以下のものを人に聞かせるなんて、ある意味一種の自慰行為に等しい。ひどく情けなくて、罪悪感に苛まれている。
と、そんな黒歴史に煩悶する自分を余所に、少女は「それにしても」と胸の前で腕を組み直した。
「きみ――中々に面白いね」
……。
…………。……………………。
…………………………………は?
無理解、意味不明。向けられた言葉はそれほど予想外なもので。
面白い?面白いってなんだ。馬鹿にしてるのか。
思い出してみれば、この少女は最初からどこか超常とした雰囲気というか、不遜なような、まるですべてを知り尽くしたような態度だった。最初は特に意識していなかったそれが、……ここにきて癪に障る。
苛立ちが募り、つい口調が荒くなった。
「………面白い……? 面白い、ってなんだよ。そんなに人の生き方が可笑しいか」
「……え? いや、わたしは……そんな、つもりじゃ、」
「分かったようなことばかり言うなよ。じゃあ何か? 俺が好きで斜に構えているとでも? ふざけるなよ。何様だよ……っ」
加速する。激情が、憤懣が、憤怒が、行き場を失った感情の奔流が、垂れ流される。
「分かったような、知ったような口を聞くなよ!!」
「じゃあきみはさ。………自分のことを全て把握できている自覚があるんだ?」
静謐な、けれど不思議と力のある声音に刹那気圧される。が、すぐさま「はっ」と嗤い、
「ったり前だろ。自分のことは、自分が一番よく分かって、」
「――――じゃあ焦ってるの、気付いてるんじゃないの?」
……っ!?
衝撃。
受けた言葉に対して適切な言葉を選ぶなら、それは正しく衝撃だった。想像の埒外から殴られたような―――否、内を正確に射抜かれたような感覚に脳漿が沸騰し、思考回路が一時的に死んだ。
だが、時間が経つにつれ明瞭な感覚が戻ってくる。
衝撃、驚愕、反芻、理解の順に脳が回り、そうして理解を得た時には――――もう、遅い。
そうして答えを得た自分は、反射的にその場に立ち上がった。
―――この場にこれ以上いてはならない。身勝手で自儘な論理を振りかざされるだけだ。
旋踵。
今だけは世界のだれにも見られたくない顔を背けて、自転車の停めてある所まで歩き出す。
「………まだ雨、降ってるけど」
「……ぅ、るさい」
見透かされているような声に、軋むような声音で反論以下の何かを絞り出し、自転車で雨の中に漕ぎ出した。雨は降りだした当初よりも激しく、冷たく感じた。
顔面に打ち付ける豪雨に必死に目を眇めながら、より強くペダルを蹴った。蹴った。蹴った。
何かから逃げてるみたいだな、とやけに冴えた頭のどこかが呟いた。
……つづく(かもしれない)。