お題【毒】
タイトル「たをやめのゆり」
甘ったるいチョコレートの匂い。空気を吸うだけで胸焼けをしそうなその場所は、男子禁制の女の花園。あまいあまい、恋の話に焦がれる日々を過ごす、少女たちの楽園。いわゆる『お嬢様学校』。
バレンタインという世間の催しも、この楽園にも欠かせない乙女たちの祭りである。憧れの人に、自ら手がけたチョコレートや、遠方から取り寄せたよりすぐりのチョコレートを渡す。甘く、それは甘く、そしてある種背徳的な行事であった。
この楽園には1人の『王子』がいた。そしてその傍らには『王女』がいた。2人はいつも仲睦まじく、また他の乙女たちの憧れの的であった。王子と王女、誰もが2人に焦がれた。それはまるで『恋』をするかのように。
1人の乙女が、バレンタインに王子と王女にチョコレートを渡そうと思い立った。いつもは遠くから、まるでショウケースの中に佇む『人形』を思いこがれる子供のような瞳で見つめていた。お近付きになりたい、少しでもいいから、お話をしてみたい。すがるような思いで、乙女はチョコレートを作った。甘く、とろけるようなチョコレートを。
渾身の作品を作り上げた乙女は、いざ授業が終わるやいなや、王子と王女へそのチョコレートを届けようと足を急いだ。だがたどり着いた先は案の定、同じ考えなのであろうほかの乙女たち。その先にはお目当ての王子と王女が囲まれていた。これでは到底お近付きになることも出来やしない。
さすがにその場は諦めて、日を跨いで翌日にでも渡しに行こうと思い、乙女は離れた。とぼとぼと併設されている寮へ帰る道、しばらくして、とある空き部屋の、普段始まっているはずの扉が少しだけ開いているのを見つけた。なんでこんな場所が開いているのかしら、と好奇心でその隙間から部屋の中を覗き見る。
見えた先は、王子と王女が、チョコレートを手を使わずに口と口だけで食べあっている光景。
あまりの刺激に、つい息を漏らしてしまう。それが聞かれたのか、部屋の中にいた2人は扉を見やる。そして見ていた乙女と目が合った。あってしまった。
乙女は慌てて頭を下げて、その場から立ち去ろうとするも、不意に声をかけられる。
「そこの貴方」
「こっちへおいで」
振り返れば、柔らかく微笑んでいる、『王子』と『王女』。よくよく見ればこちらに向けて手を差し出している。胸が高鳴る。酷くたかなる。乙女は頬を染め上げ、胸の高鳴りに息を切らしながらそちらへ向かう。2人は扉を閉めて近づいてきた乙女を、引っ張る。
「チョコレート、持ってきてくれたんだよね」
「私たちと食べましょう?ああ、だけれど」
「『その口』で、『食べさせて』」
乙女は震える手で、自ら作ったチョコレートを口にくわえ、2人へと差し出す。
その瞬間、乙女のチョコレートは『毒』へと変わる。その場の空気も、『毒』へと変わる。いや、この2人そのものが、『甘美な毒』のようだ。
見るものを狂わせ、近づいてきた『乙女』を、『おとめ』へと変える『毒』。甘く甘く、甘ったるい────『毒』。
「頂きます」
その日、乙女は『毒』に『おかされた』。
────嗚呼、なんて甘くて美しくて、気持ちいい『毒』なんでしょう!
百合が書きたかっただけです。反省も後悔もしてない。
懲りずに投下します。