お題④
「金魚救い」
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風に揺らぐ紅い提灯。艷めいた林檎飴。
その林檎飴のせいで赤くなった唇がいつもよりずっと彼女を色っぽく見せる。
浴衣姿の彼女、心美は、ふわりと兵児帯を揺らす。その姿が愛くるしくて、思わずシャッターを押した。
「ヤバい、さっきの花火全然上手く撮れなかったわ」
残りわずかな充電と戦いながら撮影した花火は水をかけたみたいにぼやけていた。
元々背の低い心美には周りの人が壁になるから無理もない。
「下手くそ過ぎない ?」
「酷いなぁ。怜奈のは上手く撮れてる ?」
それなりに上手く撮れた花火を心美に見せながらふと思う。
もう終わりなんだ。
今年の夏はこれで終わり。心美と一緒に夏祭りに来るのもきっと最後。
私達は別々の道を歩む。
幼稚園。小学校。中学校。
私と心美はずっと一緒にいた。
だから、いつまでも一緒にいると思っていた。
『うち、ーー高校に推薦されたの』
それはずっと離れた場所にある寮生の名門高校。
早めに下した選択。止める権利なんて、自分にはない。
でも引き留めたい気持ちが邪魔をしてくる。
行かないで、なんて。
意地でも言うものか。
心美の根っこから否定するみたいで、そんなこと絶対に言えない。
『そっか、おめでと』
祝福。
これが私にできる精一杯の事だった。
「いやぁ、楽しかったねぇ」
「.....うん」
外灯に照らされた帰り道は湿気が鬱陶しくて、何度も何度も長い髪をかき上げた。
同じくらい鬱陶しく蝉の声が鳴り響き、下駄はカランコロンと音を立てる。
心美の手には三匹の金魚。私は一匹。
私の金魚はおじさんにおまけしてもらったものだから、実質すくえたのは0だ。
「あ~暑い。人魚姫はさ、ずっと海の中でいいよね。人魚になりたいなぁ」
「何言ってんの。心美には金魚が似合うよ。ちっちゃいし」
「うわーっ、親友にそんなこと言っていいのかなー」
だって、人魚って泡になって消えるじゃない。
勝手にどこかへ行って、恋して、知らない間に泡になる。
嫌だ。そんなの。
「.....金魚すくいってさ、「掬う」って書くでしょ ?」
指で空中に字を書きながら心美は話す。
「うちはあれ「救う」だと思うのよ。だって、小さなプールに囚われてるのなんて可哀想じゃん」
「はぁ.....」
「それをうちらが「救う」の ! 小さな檻から出してあげるんだよ」
「随分と偉そうだなぁ、心美様は」
暗い夜道に笑い声がこだまする。
涙が出てきたのは、あんまり笑ったからだ。きっと。
「だからさ、うちは囚われた金魚じゃなくて人魚になりたいんだよ。でも」
「でも ?」
「もしもうちが金魚だったら怜奈が救ってね」
言葉が詰まる。喉の奥が絞められたみたいになって、鼻がツンと痛くなった。
金魚は私の方だ。自分に壁を作ってプールに囚われている。
心美は前に進もうとしているのに。それなのに止めたいと思う心がある。
私は金魚だから、いつか人間になって救いに来て、なんて言わないけれど。
「分かった。救うよ」
「あはは、やった。あ、じゃあね」
心美と別れ、暗い住宅街を歩く。
突然何にも無くなったみたいな気持ちが襲ってきた。
...また涙が零れた。
止まらなくて、止まらなくて。
もう彼女に会えない訳じゃないのに。
明日だって、明後日だって会えるのに。
いつかぱったりと会えなくなる日が怖くて、苦しくて、寂しくて。
ああ、今年の夏は寂しい。寂しいんだ。
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【あとがき的な物】
書く書くって言っててすっかり遅くなってしまいました。金魚と人魚のお話です。
いつもふざけた物ばかり書いているので新鮮でした.....魚だけに (やかましい)