Re: とりあえず喋りたい [雑談とか相談]  ( No.659 )
日時: 2020/09/10 05:10
名前: 蜂蜜 (ID: EAAPP.cI)

ヨモツカミ様主催の「 みんなでつくる短編集 」のメモです。

何もしないで迎えてしまった日曜の午後五時二十分過ぎ、君に出会った。
絵の具のチューブからそのまんま絞り出したみたいな真っ赤な空に、君の黒髪はぽっかり浮かんだ黒い月のようで。どこか虚ろな目は美しささえ感じさせ、一瞬で僕を虜にした。僕は君を、君だけを探していたんだ。

日曜日、午前十時前。日当たりの悪い六畳半のアパートに僕は一人寝転がっていた。
やけにパサついた栄養調整クッキー。なんだか分からない錠剤。ぬるくなった一リットルのペットボトル。それらが床に散乱し、泥棒が入った後のようになった部屋。足の部分だけに日が当たり、変な感覚になって体勢を変える。数年間使っている扇風機は時々詰まったような音をたてながらも必死に回転していた。それはもがき苦しんでいるようで、少し面白い。
昨日も、今日も、明日も。
きっとこんな事を繰り返すのだ。ゴミ捨て場みたいなこの部屋で一生燃えないゴミとしてここにいるに違いない。全てを捨ててここに来たのだから。物を捨て、縁という縁を切り、自分を捨てた。自分からゴミになった。僕はそういうやつだ。何年も前に殺した女が忘れられなくて、ここに全てを閉じ込めている。

人を刺したときのあの感触。
オーバーヒートしておかしくなりそうな頭。それはもうどうにもこうにも表せないほど心地よくて、最高に気持ち悪かった。
女が抵抗する姿は、まな板の上で魚がただ跳ねて衰弱していくみたいな哀れな光景で。自嘲する自分を自嘲することに謎の快楽を覚え、涙と笑いと血と、全てが溢れ出す。右手に握られた刃は綺麗な真っ赤に染まっていて「 これで絵を描いたら綺麗なんだろうな 」なんて思うのだ。
ふと我に帰った。右手に握られた刃は綺麗でも何でもなく、薄汚れた血がこれでもかとこびりついている。吐き気が込み上げて来るのが分かり、ますます吐き気は増していく。僕は遺体にすがって嗚咽することしかできなかった。こんな状況に似つかわしくない夏の爽やかな風が頬を撫でる。学校の下校チャイムが鳴り響く屋上で、一つの命を奪う。最悪な夏だった。

夏になると、あの感触を思い出す。生ぬるくてどろっとした液体に体を埋めているみたいだが、今ではこれが嫌いじゃなくなっている。だってあの女を、君を思い出すから。君の体を僕の体内のデータに移し変えたみたいだから。君が好きだから。愛しているから。ああ、君が、君が好きなんだ。