Re: 水が枯れた暁に……5【短編梅雨パーティ】 ( No.17 )
日時: 2022/06/05 23:22
名前: オノロケ (ID: p303PjA6)

 梅雨パーティ参加です。
もう一作書きたかった(´;ω;`)

 『雨と流れて』

 その日は絶好の快晴だった。街中を朝日が照らし、まるで前日の嵐が無かったかのように世界は優しく揺れていた。

 みんなにとっては素敵な日ってやつだろうか。でも、僕は苦しいんだ。僕はあるはずのない、僕の居場所を探し彷徨う。

 露を散らしながら踊る若葉たちを、足を引きずりながら横切る。
 眩しい。なにも見えない。闇夜なんかよりもずっと恐ろしい。助けを求めたって意味がない。それで助けてくれるのは明るすぎる人ばかりだから。

 もう、僕は……。

「ねえ、君」

 可愛らしい小鳥のような声。
 目元に手をかざして、僕は後ろを振り向く。

 そこには、青いかっぱに青い傘をさす不恰好な少女がいた。さらには青く透き通った髪がちらりと見える。
 彼女は言った。

「やっほ。私はアメ。そう、君の知ってる灰色の空から降ってくるあのアメだよ」

 この子は何を言ってるんだろう。もしかして迷子かな?
 僕は無言で交番のある方を指差してみせた。

「ちがーう! 私は迷子じゃない!! 私はアメなの」

 残念ながら雨は自然現象だ。雨が人間なんてのは、なんかの擬人化漫画でしかありえない。
 この少女はきっと雨になりきっている迷子に違いない。水溜まりで何回もジャンプしている間に親に置いてかれたんだ。自分が小さい頃もそんなことがあった。

 少女は頬を膨らませてこちらを見つめてきた。

「さては信じてないな。なら一日だけ、君の好きな日に私が降ってあげる」

 少女は僕に手を伸ばして続ける。

「さあ、いつ私が降ってほしい? いつでもいいよ」

 どうやら少し面倒な子のようだ。こういうときはさっさと逃げるに限る。
 足を引きずるスピードを上げ、僕は若葉の上の迷子劇場の舞台を降りた。

「あ、待ってよ! どこいくの」

 どこに行くか? そんなの僕に分かるわけない。ほっといてくれ。偽善迷子が。

「また、逃げるの?」

 なっ!

「まだ、逃げるの?」

 ……ならどうすればいいっていうんだ。僕は僕の居場所を探し続けるしかないんだ。そんなの無いって分かってても。

「もう、諦めたら?」

 諦める? どうやって? 子供に何がわかる。

「君の好きな日に私が降ってあげる」

 少女はもう一度言った。
 そっか。そういうことか。こんな幼い子供から見ても僕は。

「じゃあ六月十三日」
「……どうして?」
「僕の誕生日なんだ」
「うん。君はいいセンスしてるね」

 少女が笑った。自分のことを雨って言っておいて、君は眩しいじゃないか。
 どうして、世界はこんなにも光にまみれているの。どうして、そんなに残酷なの。

 少女はいつのまにか消えていた。僕はまた足を引きずりながら歩く。

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 六月十三日、僕は学校の屋上に座っていた。少女の言っていた通り、今日は雨だ。
 濡れた前髪が目にかかる。なんだかくすぐったくて、僕は少し笑ってしまった。

 さて、それじゃあそろそろ行こう。
 僕は立ち上がって、屋上のフェンスを越えて、そのまま落ちる。

 風が気持ちいい。諦めるってこんなに気分がいいんだ。
 周りには雨がいた。
 僕より輝いて、僕を光で隠している。
 この雨があの少女なんてありえない。でも、それでも僕は、少女に感謝したい。

 死ぬ勇気をくれてありがとう。こんな世界から僕を逃がしてくれてありがとう。

 僕は雨流を勢いよく泳ぐ。

 さよならみんな。僕には無理だよ。この眩しくて明るくて、全てが輝いてみえる世界で生きていくなんて。

 僕はアメだから。影を求める雨男だから。

 闇よりも何も見えない光ってのは怖いからさ。

 瞬間、頭に衝撃が走る。
 前髪に隠れた視界からかすかに見えた。血と雨が混ざって辺りが桃色に染まる。

 ──綺麗だ。

 雨がだんだん弱くなってくる。
 僕は光に打ちつけられながら目を閉じた。