その日の授業もアンドロイドの事件の関係で早く終わったペコとホライゾンは、いつも通りの帰宅路につこうとしたーーが、工事の為の通行止めだった為、別の道を進む事に。
そしてしばらく進むと、見慣れない大きな豪邸が見えてきた。白を基調とし、微かに赤みが入った茶色のカラーリングは、なんとなくチョコケーキを連想させなくもない。
そしてその入口の門の柱にしがみつき、何やら呟きながら困ってる様子の男性が一名。
「うーむ......困ったなあ......このままでは......うーむ......」
あまり手入れをしてないのか、緑の髪がウルフカットっぽくなっちゃってる痩躯な白衣の男。ペコとホライゾンが背後から近づいても気づく気配なし。
とりあえず声をかけるペコ。
「あのーー」
「うぉっわあああ!?ーーって、なんだ子供か......脅かさないでくれたまえ。今はちょっとヤバいんだよ......」
「何かあったんですか?」
「うむ、実はうちのアンドロイドの調子が良くなくてだな......部品を買いに行かなければいけないのだが......やはり久々の外は苦しいものだ」
何か遠い場所を見るような視線で住宅地を眺める男。ペコは生活上こういう仲間は沢山知っている為、すぐに事を察した。
「うーん、良かったら買ってきてあげましょうか? お小遣いくれたら行きますよ!」
「うむ、それは有難い話だが、多分君みたいな学生にはちょっと難しい買い物になるだろうから......」
男は手にしたメモを眺めながら言う。それを覗き込むペコ。
「ーーこれはアンドロイドの内蔵小型バッテリーじゃないですか? 小さな部品を動かしたりする」
「むっ! お主分かるな!? さては“君も”アンドロイド オタクのようだな......よし、ここは1つ、君にお使いをお願いできないか!?」
藁にもすがるような表情でお願いしてくる男。
「いいですよ〜、僕はペコ。後でお会いしましょう!」
「私はエドワード=ブラン三世だ! 頼むぞ少年!」
そうして別れる二人。ここからペコの「おつかい」が始まった。
エドワードから貰ったお金でアンドロイドの部品を買ったペコとホライゾンは、ちょっと寄り道して電気街をブラつく。
そして街の中に点在する公園で一息つこうと立ち寄った時、そこに見覚えのある1人の女性がいた。片膝を折って目線を合わせ、子供達に囲まれて、何かを配っている。
「ほーれ、これが妾の家来の証し! 金ピカのメダルを其方達に授けよう」
「わーい! ありがとう、お姉ちゃん!」
子供に囲まれる、黒い長髪に和服にメカがくっついた様な衣装の女性。バイザーと狐の耳の様なアンテナが特徴の、アンドロイド。
「フォーチュン!?」
「うーん? おや、久しぶりじゃのお、少年」
走ってくるペコとホライゾンに気づいた女性型アンドロイド、フォーチュンは、いつも通りの不敵な笑みを浮かべている。
「久しぶりじゃないよ! 今度は何をしているんだ!?」
「何とは失礼な、ただ子供達にメダルを無料配布してるだけじゃ」
フォーチュンは手の平に開いたワームホールから、チャリンと金色のメダルを出現させて見せた。
「ーー? 今日は街で暴れてる訳じゃないんだね......」
「失礼な奴よのお、妾はあくまで自衛の為に戦ってるだけじゃ。其方らが襲ってこない限り、妾も何もせんよーーそうじゃ! 其方にもこのメダルを授けよう!」
そう言うとフォーチュンは立ち上がり、ペコにメダルを渡そうとしてきた。
「ーー純度100%の“黄鉄鉱”です。害はありません」
警戒するペコに、スキャンした結果を言うホライゾン。黄鉄鉱といえば金にそっくりな鉱物で、見間違える事もあるんだとか。
「そ、そう? じゃあ......ありがとう」
「うむ! ありがたく受け取るが良いーーというか、今日は暇じゃから、妾は其方らと遊びたいのじゃー! 何処かへ連れて行ってくれ!」
「ええー!? それはちょっと......」
「オーナー、フォーチュンは放置しておくよりも、側に置いておいた方が市民の安全が確保できると思われます」
いきなりのフォーチュンの提案に戸惑ペコだったが、ホライゾンの助言を聞いて了承する事にする。
フォーチュンを連れたペコとホライゾンはその足でエドワードの家に向かう。
その途中、ふとペコは一軒のフラワーショップの前で立ち止まる。店で花の手入れをする少女......何処かで見覚えが。
そう、先日学校の校庭の花壇で花を植えていたアンドロイドだった。
ここで働いていたのかー。ペコが近づいてくると、その少女型アンドロイドが顔を上げる。可愛らしいエプロン姿に反して、表情はなんだか不機嫌そう。
「やあ、久しぶり」
「......」
むすっとした顔をして返事をしない。
「ええっと......あ、そういえばリシェルさんって知ってる? なんか君の事を言っていたけどーー」
「リシェル!? まさか、組織の奴!」
少女型アンドロイドは、エプロンの下から黒いナイフのような物を取り出した。刃先がこちらに向いてる、明らかに武器。驚いて下がるペコと入れ替わるように、ホライゾンが前に出てきた。
一方、一緒についてきたフォーチュンはというと......横で呑気にしゃがみ込んで花を見ていた。マイペースにも程がある......
一触即発か。と、店の奥からまたもう1人の少女が出てきた。黒い長髪と同じエプロンを着た少女は、その光景を見るや否やーー
「リッパー!? 何してるの? やめて!」
「でも、こいつら組織のーー」
「ーーちょっと、宜しいでしょうか?」
ここでホライゾンが口を開く。
「私達は高校のクラスメイトであって、リシェルの組織等とは何の関係もありません」
「ああー、そうそう! 僕らはあんな“ヤクザもん”じゃないよ」
「え、違うの......?」
ホライゾンとペコの話を聞き、リッパーと呼ばれたアンドロイドは武器を下ろした。
★
ーーリッパーのオーナー[美奈]に話を聞いてみると、リッパーは元は過去に殺し屋型アンドロイドとして製造されて汚れ仕事をさせられていたようだ。
今でも組織との繋がりは断てず、時々厄介毎に巻き込まれそうになるらしい。
「そうだったんですかー。まあ過去は過去だし、僕はそんなに気にしなくてもいいんじゃないかな、って思うよ」
「ありがとう! 良かった優しい人たちで......リッパーも、すぐに武器を出しちゃダメよ?」
「だって......う〜」
美奈に怒られたリッパーは、まるで親に怒られた子供みたいな表情を見せる。きっとオーナーにとても忠実なアンドロイドなのだろう。
リッパーと美奈と別れたペコ達は、エドワードの豪邸の前まで戻ってきた。インターホンを鳴らすーー
『おおーペコ君! 戻ってきてくれたか! ちょっと遅かったから、てっきりバックれたんじゃないかって心配してたんだよ! さあ入ってくれ!』
カシャン......と門のロックが外れ、豪邸への道が開かれる。
「オートロックだ、凄いなあ〜」
門を潜り、美しい花壇を進むペコ達。きっと誰かがちゃんと手入れをしてる証拠なのだ。
そして屋敷の入り口に立つと、また扉が自動的に開きーー白衣を着た青年、エドワード=ブラン3世が待っていた。
「さあこっちだ......って、なんかアンドロイドが一体増えてないかい?」
「あーええっと、実はさっき友達になって......」
「フォーチュンじゃ、宜しく頼む!」
片手を上げて挨拶をするフォーチュン。
「ふむ、まあいい。一緒に上がってくれ!」
ペコ達はエドワードに連れて行かれた。
★
エドワードの屋敷は歩き回るだけでも大変そうなぐらい広かった。内装も綺麗なままで、埃も殆どない。
そして階段を下り、地下に入るとーー途端に雰囲気が変わった。銀行にありそうな鋼鉄のドアはまるでシェルターのよう。そこから先は研究所のように白い廊下が続く。
その一室、中央に人が入れる程の大きさの卵型カプセルが設置された部屋にきた。エドワードが脇にあるパソコンを操作すると、カプセルのカバーが開く。
中にはーー胸にかかる程度に伸ばした茶髪の、メイド服を着たアンドロイドが寝かされていた。
エドワードはそのアンドロイドの側頭部のカバーを開き、ペコから貰ったパーツを交換する。
「......う、ううん......お主か。客人も来ているようだな」
目をこすりながら動き出したアンドロイド。白を基調とし、茶色のアクセントが入ったメイド服は、まるでそれ自体が1つのスイーツみたいだ。
「紹介しよう! 彼女は僕が開発したアンドロイドの[ココア]だよ!」
「うむ、私がココアじゃ。直してくれた例に、お主らにおやつをご馳走するぞ!」
「マジか!やったー!」
ココアの修理に成功した一同は、そのまま上に上がっていった。
ココアが用意してくれた手作りお菓子の数々でティータイムを過ごす一同。
自重しながらも人目を盗んでは小さく切り分けられたケーキや、並べられたクッキーに手を伸ばしていくペコ。それとは対照的に、彼のアンドロイドであるホライゾンは、かなり控えめにお菓子を口にし、時々紅茶を飲むだけだ。
途中で友達になったアンドロイド、フォーチュンはというと、ケーキやお菓子、紅茶の味だけでなく、色や香りも楽しみながら食してる様子だった。
「そうだ、ペコ君。良かったら今度、私の研究仲間と一緒にオフ会を開くんだけど......良かったら君も参加しないか? 君とはいい友達になれそうだよ」
「本当ですか? 是非参加させて下さい!」
エドワードの誘いに素直に応じるペコ。
ココアも修理でき、問題児だったフォーチュンも大人しくなった事だし、とりあえず今日は一件落着だ。めでたしめでたし。
★
翌日、エドワードが企画したオフ会は15時からの開催予定だった。丁度その日は学校が早く終わった為、その足でエドワード亭に訪れるペコとホライゾン。インターホンを押すと、ほぼ同時に門が開いた。
玄関の戸を開けると、向こうに綺麗に両手を膝の前で合わせて、メイド服着込んだココアがお出迎えしてくれた。
「ようこそエドワード亭へーーなんちゃって」
スカートを摘んで敬礼してみせたココア。
「あはは、凄い凄い! まるで本物のメイドさんみたいだ」
「......一応、私は本物のメイドのつもりじゃぞ?」
「オーナー、それは失言です。ココアに謝罪して下さい」
おっと、またペコの“失言癖”が発動してしまったようだ。
表情が固まるペコ。
「あ、すいませんココアさん......」
「ーーはっはっは! 嘘じゃ嘘じゃ! 褒め言葉として受け取っておこう!ーーそれにしても皆の衆、真面目だな。時間前なのに、もう皆んな揃ってるぞ」
「そうなんですか? きっとココアさんの手作りお菓子を、皆んな早く食べたかったんですよ!」
「オーナー、“ぐっちょぶ”です」
ペコのお世辞に、今度はホライゾンは右親指を立てた。
ココアに案内されて応接室に行くと、既に2人の男性と1人の小柄な少女がテーブルに付いていた。
小柄な少女が立ち上がると、こちらへ寄ってきた。
「あっ、ペコさんですよね? 初めまして! 私は渚教授の助手型アンドロイドの“マクルト”といいます!」
少女ーーいや少年型なのか? かなり中性的なボディのアンドロイドだ。丁度レモンと同じ色のミドルヘアのアンドロイドは、デフォルトの表情から少し笑ってるように見える。
「僕が渚だよ。ロボット工学の中でもAIを専門に研究してる者だ。よろしく、ペコくん」
20代後半......いや30路にギリギリ行ってるのだろうか。しかし渚は整った顔に短めの黒髪は若々しく見える。細い目がカッコいいお兄さんなのだ。
「私は烏丸といいます、サイバネティクスの研究をしてます。よろしくお願いしますね」
もう1人は銀髪オールバックの優しそうなおじ様だ。結構な長身で、白いワイシャツでもバリバリお似合いだ。
「サイバネティクス、ですか?」
「ええ、要は義体、即ちサイボーグ等に関する研究をしてるんですよ」
どうやら烏丸氏に関してはアンドロイドは連れて歩いてないようだ。
そんな会話をしてる内に、エドワードがココアと一緒にやって来た。ココアが押してる台車の上にはお菓子や紅茶セットが盛りだくさん。
そこから楽しいお茶会が始まる......筈だった。
★
皆んなでお菓子と紅茶を味わいながら会話する中、エドワードがこんな話題を切って来た。
「そういえば、最近確認されてる未確認アンドロイドのパルヴァライザーの事なのだがーー」
その言葉に、ペコはピンと反応する。
「そうそう、僕もそう言えばなんですけど、ホライゾンはパルヴァライザー型のアンドロイドなんですよ」
「ーーなんだって? この子がかい?」
渚教授のいつも余裕のある表情に一瞬焦りが浮かぶ。そしてペコが「はい、そうなんです。この前街で出会ってーー」と此処まで言いかけた途端ーー
『ひゃー!?』
テーブルについていたメンバーが、一斉にホライゾンを見て飛び退いた。
★
「パルヴァライザーって、なんでそんな大事な事を黙ってたんだい!?」
「あ、すいません......聞かれなかったので......」
エドワードの質問に、座ったままお辞儀をするように頭を下げるペコに一同唖然。
「だ、だが大丈夫だ! 私のココアのバリアーは絶対に壊れないぞ! パルヴァライザーが相手でも大丈夫......」
「もちろんじゃ〜ーーって、いつから私がホライゾンと戦うって話になったんじゃ?」
エドワードの言葉にココアは首をかしげる。
「確かにココアのバリアはエドワード博士のお墨付き......」
自身のアンドロイドのマクルトの背後から臨戦態勢を取る渚教授。
「いや......待ってください......確かにココアのバリアは鉄壁の防御力を誇りますが.....
何もオーナーである私達自身が無敵になる訳じゃない。生身の私達が攻撃されたらアウトなのでは......?」
烏丸の冷静な分析に、エドワードは何か閃いたようだ。
「ーーしまった! 私とした事が! ココアの防御力を追求するあまり、己自身の防御策を講じるのを忘れてしまった!」
「なんてこった......貴方とあろう人が、此処は仕方ない! マクルト、君の力を見せてやるんだ!」
「わかりましたー! あちょー!」
渚教授のアンドロイド、マクルトが元気よく飛び出してくる......が、
ホライゾンはケーキを指したフォークを口元に持っていき、今まさにあーんと口を開いてそれを食べようとしてるポーズで固まっていた。まるで静止画だ。
そして、そのままパクりとケーキを食べて、もぐもぐ食す。
「ーーあれ? 襲ってこないですよ!」
マクルトが振り向きながら渚教授に指示を仰ぐと、ホライゾンが静かに右手を上げる。
「ーー少し、喋らせて頂きたいのですが。私は皆さんに攻撃したりしません」
「え、そうなの? なんでだ?」
エドワードが問うと。
「“攻撃する理由”が無いからです。アンドロイドは命令されたり、プログラムされてない限り、人を攻撃しません」
「まあ、最もな回答ですね......モンブラン氏、彼女は大丈夫そうですよ」
烏丸の言葉に、少し皆んなは落ち着いたようだ。