雑談掲示板
- 【ご愛顧】幕引きはこの手で【ありがとうございました】
- 日時: 2014/03/28 13:10
- 名前: たろす@◆kAcZqygfUg
*阿呆空気読めw
*祝参照20000突破
これは、快挙だろー。
みんなありがとうねー
このスレに付けられているタグ
*「@さん仕事して」「安定の精神疾患者」「またあなたですか」「@を忘れないで」「そして参照数である」
*F5ぷしゅ
【表紙絵のキャララフ】
ものすげー久々にアナログで描いた。
下手すぎて全く笑えない、デジタルってすげー((
とりあえずあれかなー、全体の構図とあわせてみて、デジタルラフ出力したらもっかいアナログでトレスしようかなー。
ペン入れまでアナログでやろうかなー。
あーでもそしたらもうデジでやることなくなるか。
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Re: お兄@腐りかけ(あわわわ、参照600とか ( No.109 )
- 日時: 2012/03/11 11:50
- 名前: たろす@◆kAcZqygfUg
- 参照: トクトクと溢れだす感情すらモノクロに変わる世界で、僕らは何を残せる?
3/11 つつましやかに見える日差し。
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時は流れない。
ただ雪の様に降り積もるだけだと言うならば、
いつかその積日が昔日に代わるのを待とう。
あの日のまま止まった時は、積もり積もって今日になった。
流れぬ時が此処にあるならば、いつかその重みに耐えきれず、流れ出すのを待とう。
僕らが出来る事はそれだけ。
僕らはあの日止まった時が動き出した時、笑って、支えればいいじゃないか。
そう、強く思った。
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どうも、本日は少し大人しく行こうと思います。
たろす@です。
まず、ですね。
本日は震災から1年と言う事で、改めて被害に遭われた方々に深くお見舞い申し上げます。
重ねて、お亡くなりになられた方々、親しい方を亡くされた方々、
深くお悔やみ申し上げると共に、哀悼の意を表したいと思います。
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そんな訳で、少し僕の思うところを。
今日は一体どれほどの方の命日なのでしょうか?
本日の読売新聞の一面「編集手帳」に数字がありましたが、そこにこんな一節がありました。
約、と書いて躊躇う。
人の命に約、などと言うのはなく、量で計るものではない。
本当に、あのコーナーは胸に刺さります。
そんな僕はですね、正直な話3月11日がどうだ、なんて事は新聞の一面を見るまで忘れていました。
ええ、不謹慎で申し訳ないです。
バッシングは謹んでお受けしますが、僕は忘れていたからこそ思う事があったのです。
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その「編集手帳」には毎回深い事が書かれております。
難しい文句で痛烈な意見が述べられているのですが、本日はやはり震災について書かれておりました。
その一文にこのような一節がありました。
「使い慣れた言い回しも、あの震災には当てはまらない。時は流れる、と言うが、被災者にとっては降り積もる雪の様だ/時計の針は進む、と言うが、被災地の時計はまだあの一瞬を指したままだ。(原文ではない、略しています。)」
少々、作者の名前を忘れてしまったのですが、ある詩人さんの詩を上げて、こう続く。
「時計は進めば時間になり、戻れば思い出になる。」
しかし、被災者にとってあの震災が思い出になる日は来ないだろう。
遅れる復興を見れば時間は進んでもいない。
そこまで読んで、僕は記事から目をそらしました。
とてもじゃないが読んでいられない。
そんなに大きなことを、たった一年という時間の間にすっかり忘れてしまっていたのだから。
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僕は、思ったのです。
僕が被災地に対して出来る事は何もない、と。
忘れていた言い訳なのではなく、僕の中ではきっとあの地震はもう昔日、遥か彼方の話なのだと思います。
意識の問題、と言うよりは、すでに自分の関知できない位置の話なのです。
だからこそ思うのです。
今僕がすべきことは同情ではない、今自分に出来る事がないならば、彼らの時が流れ始め、僕の関知できるところまで流れた時に、僕は何かをしよう。
それがこの記事、と言う訳ではないのですが、この記事が少しでも皆様の記憶に残れば、些細なことでも出来たのかな、と思うのです。
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あの地震の数日後、近所のコンビニに行きました。
買い占めに行ったのではなく単純に煙草を買いに行ったのです。
夜中だったのですが、レジに行くと僕の前に女性が並んでおりました。
まだ若い、二十歳を少し過ぎたくらいの方でした。
彼女は数百円の買い物をして、一万円札を出す。
返ってきた紙幣を丁寧に折る。
でも彼女の持っているのは長財布。
彼女はお釣りを全て募金箱に突っ込んで店を出ました。
あの時の衝撃は、今でも覚えています。
彼女は今、どうしているのかと今日思いました。
被災地を、一年前の今日起きた地震を覚えているのでしょうか?
それとも僕の様に思いだしたのでしょうか?
黙祷をささげているでしょうか?
それとも、もっと実質的な何かをしているのでしょうか?
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震災から暫くの間、ACのCMや、過度の買い占め、行き過ぎた自粛など、色々と世論が騒がしくなりました。
「建前的な、一時的な事ではなく、断続的な支援が必要。」
そう言い続けて来たメディアは沢山ありますが、彼らは、あるいは彼女らは今日、何をしているのでしょうか?
来年、その次の年、10年後、60年後。
戦争経験者がどんどん死んでいき、実質的に今の子供たちは戦争の知識がほとん
どありません。
それと同じように、あの震災もいつか雪のように積もる時間に埋もれていってしまう事でしょう。
そうなる前に、時間が流れだし、次の流れに、もっと大きな流れに代わる事を、僕はお祈り申し上げます。
例え流れ去ってしまう定めだったとしても、その流れが続く限り、流れ続けてくれる事を願います。
最後にもう一度、深くお悔やみ申し上げます。
たろす@でした。
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