雑談掲示板

シャッター街『美味しいもの横丁』【美味しい話しましょ!】
日時: 2020/11/22 23:08
名前: Thim (ID: jcnAHkEU)

 閑散としたシャッター街にただ一つ。蜂蜜色の明かりが漏れ出す店があった。

「おや、これはこれは。このような場所にお客さんとは珍しい。まあゆっくりしていってください。今御茶を出しましょう」

 その店には齢八十ほどの老人が一人いた。男か女か分からない見た目の老人は、客の姿を見ると店内へ招きいれ、慣れた手つきて紅茶を入れた。店に林檎の良い香りが広がる。

「本当に、お客さんが来たのはいつぶりか。もう数年前のことでしたかなぁ。この紅茶を出したのももう、久しぶりで。ちゃんと美味しく入れられているか不安ですが」

 ほほほと笑う店主。ちゃんと美味しいですと、正直な感想を言えばそれは良かったと少し安心した表情になった。

「お客さん、ここがどこか知っていますかな? ここはその昔『美味しいもの横丁』と呼ばれ、世界中の“美味しいもの”が集まる場所でした。横丁、なんて呼ばれていましたが、店の内容なんて千差万別でした。店の数なんかは全盛期では数百はあったものです。」

 過去を懐かしむように老人は目を伏せながら、語りだした。
 若い女性が営んでいた店内お召し上がりのみのクッキー専門店。肉の激戦区“お肉通り”。サラリーマンだった男性のエナジードリンク専門店。
 それ以外に面白所では、アニメやゲームの世界の飲食物を表現する店。自分の求めている味を作ってくれる味の相談所。肉が焼ける音や揚げ物のザクッと言った音を売る店や、食べ物や飲み物の写真や絵を売る店の事なんかを話した。

「私が若い頃なんか、私の営む純喫茶以外にも五~六店舗は喫茶店がありましてね。いかに自分の個性を出すか悩んだものです」

 楽しそうに笑って話していた老人だったが、ふと幸せな夢から現実に戻ったような表情になり、過去から今の話になる。

「もう、あの頃の活気はない。あの頃は自分の美味しいを人に広げたいものと、それを知りたいものがいっぱいいた。道は店や人で溢れかえっていました。しかし、次第に人々は食に執着しなくなり、一つ一つを味わう事もなく、ただ栄養を取るために消費する様になってしまった」
「そんな人々と同じように、ここもどんどんと潰れていきました。素晴らしい店がここを去っていくのは本当に辛かった。最後に残ったのは、私の店だけ。私はあの頃の横丁が忘れられず輝かしい記憶に縋る過去の遺物にございます」

 悲しげな表情で老人は俯いた。

「私も、もうそろそろ店を閉めようと思っているのです」

声を掛けようか迷っている間に、老人はパッと平気そうな表情で顔を上げた。

「私も年を取りました。本当は立っているのもつらいのです。……この、変わり果てた横丁を見続けるのも」
「いつか、あの頃のような活気を取り戻す日が来るのでは、と居座り続けましたが……もう潮時でしょうね。いや、とっくにその時は来ていたのです。それを私がみっともなく信じ続けてしまったから、こんなに長引いてしまっただけで」

 凪いた瞳で語るその姿は、まるで遺言を残している様だと思った。
 ――後日。老人の店に行くと完全にシャッターが閉められ、あの老人の姿は何処にもなくなっていた。


◇◆◆◇


スレの説明や>>0の短編用語説明集
>>11-12

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Re: シャッター街『美味しいもの横丁』【美味しい話しましょ!】 ( No.12 )
日時: 2020/11/22 23:26
名前: Thim (ID: vMCZimuM)

蛇足と言う名の>>0に出てきた用語紹介。


『美味しいもの横丁』
過去は日本一、否世界一活気には触れた商店街で、店の数は千近くあった、らしい。
時代の流れで寂れていき、現在ではもう誰もいない。

『老人』
最後まで居座り続けた、過去の遺物。性別不明。年齢は80代あたり。紳士(もしくは淑女)のように素敵な方。店の名物はアップルティーとアップルパイバニラのせ。林檎がお好き。

『クッキー専門店』
二十歳くらいの女性が営んでいた。世界中のクッキーが集まる。お客さんが美味しそうに食べてくれる姿が好きで、お持ち帰りは禁止だった。茶色の長髪で一つくくりにまとめていた溌溂とした人だった。

『お肉激戦区』
お肉関連の店が沢山あり、会社員の昼食や飲み会で一番活気だっていた。老人が行ったことがあるのはハンバーグ屋とステーキ屋とケバブ屋。

『エナジードリンク専門店』
いつも目に隈を付けたくたびれた元サラリーマンが営む店。年齢は30代後半くらい。味や覚醒具合等の相談にも乗ってくれた。クッキー専門店によく足を運んでいたらしい。

『想像の飲食物を再現する店』
オタク気質な人が営んでいた店。老人が食べたものでは“蛇の誘惑アップルパイ(漫画飯)”と“ドラゴンステーキ(ゲーム飯)”がある。キャラクターをイメージしたものも作るし、要望があれば知らない作品でも調べて作ってくれる。現実にある食品で、いかに二次元の様なファンタジーチックな料理を出すかに重きを置いていた。(めっさ行きたい)

『味の相談所』
世界でたった一つの、自分だけの味を、オーダーメイドで提供してくれるお店。

『音を売る店』
音フェチがよく集まっていた。音の宝物庫。

『写真や絵を売る店』
それはそれはもうおいしそうな物ばかりが売られていた。写真集や画集もだされていた。

『老人以外の喫茶店』
それぞれがそれぞれの持ち味を出していた。老人がひっそりライバル視していたのは、果物を使ったタルトが美味しい同年代の人が営んでいた喫茶店。

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