雑談掲示板

新しい小説
日時: 2018/08/24 16:25
名前: 雛風 (ID: RPq3z/iI)

2018.08.24 16:25 pxy008.kuins.kyoto-u.ac.jp一部UNKsメモ

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Re: 新しい小説 ( No.13 )
日時: 2018/09/02 16:28
名前: ルナルナ◆fnkquv7jY2 (ID: T1n3Hgt2)

嫉妬




四宮のそんな顔を、初めて見た気がした。
無口で大人っぽくて。僕にとっての四宮は、少し年上みたいな雰囲気があって、落ち着いている印象だった。それは付き合ってからも変わらず、四宮はいつも僕の手を引いてリードしてくれる。恋愛初心者な僕とは違って、きっと以前にもそういう相手がいたのだろうと推測できてしまうほど、彼はいつだって格好良かった。一々、赤くなってどきまぎしてしまう僕を優しく宥めてくれる。でも、と。遊園地の時の彼を思い出す。

「きゃー、蛍介さんっ!」
「……っ!」

目の前で繰り広げられる攻防に、僕は呆然とするしかない。茜が伸ばした手を弾き、僕に触れる前に叩き落とす。その一連の動きに無駄はなくて、グラグラと揺れるアトラクションにも拘らず二人は微動だにもしていなかった。アクション映画のワンシーンみたいな気迫を感じて、僕はごくりと息を呑む。

「蛍介さんっ」
「……」

駄目だ、と言わんばかりに四宮が茜の手を遮る。その遠慮のなさに、ふたりは兄妹だったっけなんて今更なことを思い出してしまう。思えば目の前の光景から、現実逃避しようとしたのかもしれない。その時は目の前の動きに目がいって気にならなかったのだけど、思い出してしまえば子供っぽい欲が首をもたげた。
茜に対する気安さが羨ましいなんて、呆れられてしまうかもしれない。けれど、僕も四宮に感情をぶつけられてみたいと思ってしまった。君の特別な表情を、僕だって見てみたい。


* * *

四宮を怒らせるのは、想像以上に難しかった。
出店を指さして、あれが食べたいと言ってみたり。突然、四宮の家に訪問してみたり。街中で手を繋ぎたいと我儘を言ってみたり。自分の思いつく限りのことをしてみたけれど、四宮は微笑みながら聞いてしまうばかりだ。元々、友達と喧嘩すらまともにしたことがなかったから、少しだけ怒らせる我儘の加減がわからないせいもある。僕はいつだって上から押さえつけられる関係しか築いてこなかったから、対等に向き合ってする喧嘩の仕方を知らなかった。

「四宮」

呼びかけると、四宮が繋いだ手に力を込めてくれる。優しく口許を緩めて、「何かしたいなら、寄り道して帰ろうか」なんて甘やかすことばかり口にするから。僕の胸は高鳴るばかりで、四宮の周囲がきらきらと輝いて見えてしまう。自分ばかりが慌てている気がして、四宮の調子を崩してみたいのに上手くいかない。
どうしたら良いかと悩む僕とは裏腹に、最近の四宮はとても機嫌がいい。「次は何したい?」なんて自分から聞いてくれるぐらいで、僕の方が狼狽えてしまう。今までの我儘なんて気にもしていないようで、優しく微笑んで手を引いてくれる。恋人の欲目を差し引いても、こんなにも素敵な彼氏はいないんじゃないかなんて。熱で茹でられた思考で、ぼんやりと思う。
不意にするりと頬を指先で撫でられて、くすぐったさに目を細める。

「ふふっ、くすぐったいよ」
「……」

四宮も優しく微笑んでくれて、ゆっくりと顔が近づいてくる。ぱちぱちと目を瞬かせながら、綺麗な顔だなぁなんて四宮を見つめていた。

「四宮?」
「……」

吐息が混じってしまいそうな距離で、四宮が微かに笑った気配がした。今にも触れそうだった唇を離して、僕の前髪を上げると額にキスを落とす。ぼっと燃えるように頬が熱くなった僕を見て、四宮は困ったように微笑むとくしゃりと前髪を撫でてくれた。そんな何かを堪えるような表情に、僕は首を傾げてしまう。それが何かを聞く前に「行こうか」と手を引かれてしまって、結局聞けずじまいになってしまった。


***


「いや、お前ら中学生かよ」

四宮との関係を知っているからと流星に相談してみたら、返って来たのはそんな一言だった。

「え、そうかな? でも、手も繋いだよ」
「いやいや、キスぐらいしろよ。付き合ってんだろ」
「えぇっ!!」

四宮とのキスなんて想像するだけで恥ずかしくて、とてもじゃないけど出来そうにない。熱くなった頬を押さえて、机に突っ伏する僕の上から呆れたような流星の溜息が聞こえる。

「まさか、それすらまだだったとは思わなかった。あいつ我慢強いな」
「我慢させてるのかな……?」
「まぁ、してるだろ。でも、お前にも嫉妬って感情あるんだな」
「……え?」

何のことだか分からなくて首を傾げると、流星が「おいおい」と驚いたようすで僕を見てくる。

「自分の知らない顔を知ってる奴がいるの嫌だったんだろ?それって嫉妬じゃねぇのかよ」

思ってもいなかった言葉に、じわじわと恥ずかしさが頬に昇ってくる。もしかして、僕はとんでもない惚気を流星に溢してしまったんじゃないだろうか。今さら気付いたところで、一度口にした言葉は戻ってきてはくれない。
うわぁと顔を両手で覆って、足をばたばたと動かして気を紛らわせる。いっそ、このまま消えてしまいたいぐらいだった。
付き合っていられないとばかりに、流星が席から立ち上がる。それに自分でも何を思ったのか、咄嗟に離れていく流星の服を掴んでしまった。言い訳するためだったのかもしれないけれど、そのせいで流星が体勢を崩してしまって僕たちは縺れ合うように床に倒れ込んでしまう。椅子やら机やらを巻き込んで、大きな音が教室に響いた。

「ご、ごめんね。大丈夫?」
「……いいから退け。見下ろしてんじゃねぇ」

どうやら押し倒す形になってしまったらしく、物凄く顔をしかめた流星の圧に慌てて身を起こそうとする。タイミングが良いのか悪いのか、ガラリと教室の戸が開く音がして。振り返ると茫然とした様子の四宮と目が合ってしまった。四宮は僕たちを見下ろしながら、身じろぎひとつすらしないで固まっている。

「あの、これは。えっと」
「変にどもるな! 誤解が深まるだろうが!!」
「ごめんっ」

僕たちのやり取りすら聞こえていないみたいで、茫然と立ちすくんだままだ。その隙を見逃さずに流星は僕を突き飛ばすと、「誤解すんなよ! 俺には瑞希だけだからな!」と叫び声を一つ残して廊下の先へと消えていった。寧ろ、その一言で誤解が深まった気がしないでもない。
教室に残されたのは僕と四宮だけで、僕は恐る恐る四宮へと近づいた。誤解されていたら嫌だったから声をかけると、腕を掴まれて引き寄せられる。噛み付くように唇を押し付けられて、僕は驚きに肩を跳ねさせてしまった。反射的に逃げようとする腰に腕を回されて、ぐっと身を寄せられる。
溺れるような口付けの嵐に、僕の思考は疑問符に埋め尽くされている。呼吸もうまくできなくて、酸欠のせいか視界が白くぼやけていく。

「ま、待って」

言葉すら飲み込むように上から押さえつけられて、身動きがとれない。「嫌だ、やめない」なんて普段の彼から考えられない強引な物言いに、僕の思考は混乱するばかりで。
唇が離れると、息苦しさから咳き込んで酸素を求めてしまう。
「あいつは大丈夫だと思っていたのに」なんてゾッとするほど冷たい声に、背筋がぴんっと張った。

「え、あの、四宮……?」

目の前にいるのが四宮なのか疑わしくなるぐらい、刃物のような鋭さが心臓を撫でる。
茜に向けるような、馴れ合いに似た喧嘩がしてみたかった。親しさゆえに交わす軽口を、四宮としたかっただけだ。でも、これは違う。茜に向ける感情よりも、ずっと暗くて冷たい。
唇を噛んで俯くと、四宮がハッとしたように僕の腰から手を離した。四宮の前だと僕は子どもみたいになってしまう。思い通りに行かないと駄々をこねて、拗ねては彼を困らせてしまう。
「ごめん、怖かったか?」と四宮の掌が慰めるように、僕の頬を何度も撫でていく。どうして流星を押し倒していたのかと問われて、僕は口をつぐんだ。経緯から話してしまったら、途轍もなく恥ずかしい思いをするのは目に見えていたからだ。どうしようと逡巡している間にも、四宮の誤解は突き進んでいく一方で。「好きだからか?」と言われてしまえば、反射的に「違うよ!」と言い返していた。僕の言葉にほっとしたような表情を浮かべたけれど、すぐに「じゃあ、どうして」と聞き返してくる。その声音に微かな険が宿っていて、抑え込んでいるようではあるけれど嫉妬の感情が滲んでいた。

「四宮って僕の前だと大人っぽいけど、茜ちゃんといると少し雰囲気が変わるよね」

脈絡のない言葉に、四宮が僅かに首を傾げる。でも、口を挟むことなく、静かに先を促してくれた。

「それが羨ましくて。四宮の違う顔が見てみたくて、我儘ばっかり言ってごめんね。流星にはそのことで相談しただけなんだ。転んだせいで、変な体勢になっちゃったけど」

がっくりと肩を落としてしまう。そもそも四宮を怒らせた後のことすら考えていなくて、こうして感情をぶつけられたら途端に心臓が竦み上がってしまうなんて情けない。
四宮に待てをかけられて、ゆるゆると顔を上げる。珍しく目に見えて困惑している四宮を前に、次は僕の方が首を傾げてしまった。

「え、いつ我がまま言ってたのか? 手を繋ぎたいとか、あれ食べたいとか。いっぱい言ったけど……?」
「……」
「えっ! あれぐらいは我が儘に入らないの? じゃあ、僕がしてたことって……」

無駄だったのか、と愕然としてしまう。

「甘えられてるみたいで嬉しかった……?」

ぶわりと昇ってきた熱が頬を染めて、顔から湯気が出てしまいそうだ。そんなつもりはなかったけれど、四宮からは甘えているように見えていたなんて。
先刻から調子を狂わせているのは僕ばかりで、やっぱり四宮には敵わないのかと少し落ち込んでしまう。熱くなった頬を押さえたまま俯いた僕に、四宮が手を伸ばした。そのまま頬を両手で包まれて、そっと持ち上げられる。

「どうしたの?」

無理やりキスしてごめん。なんて謝ってくれるけれど、そもそも僕が勘違いさせるようなことをしたせいだ。

「気にしないでよ。それに、その、僕は嫌じゃなかったから」

自分で口にしたくせに、頬の熱が増した気がした。恥ずかしさからぎゅうっと瞼を閉じると、少し間をおいて四宮が大きく息を吐く。そのまま額を擦り寄せられて、そろそろと目を開ける。
頼むから、あまり煽らないでくれ。
唸るように吐き出された言葉には熱がこもっていて、切実な響きが宿っていたけれど、その澄ました表情を壊したかったのは僕の方で。
僕は勢いをつけて、四宮にキスを送る。

「我慢しないでよ」

その一言に、前髪に隠れた瞳が熱を孕んだ気がした。
あ、やっと見れた。

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