雑談掲示板

本読みの喫茶店
日時: 2013/06/22 19:47
名前: Lithics◆19eH5K.uE6
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=14315

 

はじめまして、Lithicsと申します。
読みは<リシクス>なので、好きなように呼んでくださいな。

さて。タイトルの通り、ここでは主に読書や本について静かに楽しく話せればと思っています。
僕はカキコの中では年上の方(20だと思ってください)で、あまり弾けた今時の雰囲気は好かないので……小さくJazzが流れて、大きな書架のある喫茶店で。紙と珈琲の匂いを嗅ぎながら、大好きな本について語るような場にしたいなと

ルールは有りません。

誰でも歓迎ですし、話題も本に限る事はありませんよ。

2013-1-13

○掌編『パピルス』(案外長くなりそうなので、雑談からは削除致しました)
○短編『桜花の誉れ』(ryukaさんから題を頂きました)>>316-317

○読書紹介
・『ドリアン=グレイの肖像』O・ワイルド >>100
・『迷路館の殺人』綾辻行人 >>132
・『あやしうらめし、あなかなし』浅田次郎 >>150
・『フリークス』綾辻行人 >>153
・『月光ゲーム』有栖川有栖 >>170
・『孤島パズル』有栖川有栖 >>195
・『日輪の遺産』浅田次郎 >>213

・ryukaさんの本紹介 >>215
『平壌の水槽』  >>267

・漫画の紹介『マスター・キートン』他 >>233
・『探偵はバーにいる』東直己 >>279
・『十角館の殺人』綾辻行人
・『死神の精度』伊坂幸太郎 >>345
・『山椒魚』井伏鱒二 その他 364
・『海の底』有川浩 その他 >>378



○雑記
・怪談の条件 >>142 >>147

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Re: 本読みの喫茶店 ( No.317 )
日時: 2013/04/02 20:09
名前: Lithics◆19eH5K.uE6

○○

「して。その魑魅の類が儂に何用じゃ」
「これはしたり! 魑魅と言われるのは良いとして、何用じゃとは!」
 
 失礼、と言うなり佐兵衛の傍にどっかりと胡座をかいたサクラは、大袈裟に天を仰いで溜め息をついてみせた。だが顔は相変わらず、へらへらと笑っている。先ほど佐兵衛が渋々と自分の名を名乗ってから、ずっとこんな感じであった。
なんて胡散臭い。だが佐兵衛には、もう真か虚かなどはどうでも良い事だった。

「分からんものは分からん。何処ぞの黄泉の使いでないのなら、死んだ儂に何用がある」
「それはまぁ、ほら。『死んでいる』から用があるとは思われぬのか」
「余計分からんわ。お主の膝下でおっ死んだのは悪いと思うたがな、儂とて選んだ訳ではない」
「何だ、あれほど儂は果報者じゃ、とか言っておったくせに。まったく、武士とは意地っぱりばかりで敵いませぬな。佐兵衛殿、お前様も大人(たいじん)か小人(しょうじん)か分からん」
「はん、好きなように申せ。こればかりは、どうせ死んでも治らぬよ」

 今際の際に至って、いや、既に死んでからにして下らない会話であった。
 ふと一瞬でも気を抜けば、春風に誘われて直ぐに眠ってしまいそうな倦怠感。別に抗わずとも良いのだが。そうしていざ眠ってしまおうとすると、すかさず頬を叩かれた。

「しばらく。お前様よ、だから僕は用があると言うておりましょうに。勝手に召されるでない」
「勝手に、とはまた勝手な。ええい、ならば勿体付けず、早う用を申せい」

 それは横暴であろう、と。きっと睨みつけてやるなり、サクラは後ろに仰け反った。
 魑魅の類でも刃は怖いと見える。ちらちらと腰巻の辺りを伺いながら、やっこさん、妙に居住まいを正し畏まった風に言った。

「ならば申しますが」
「おう、早う」
「ご存知、我ら植生は土から糧を得ます」
「当たり前じゃな」
「ええい、茶々を入れなさるな。僕にとっては話しにくい事なのです。そう、されど、そればかりで足りる訳でもなく、こうして美しい花を咲かせ子孫を残そうと思うたれば……」
「ああ……そうか」

 ――古説曰く、桜は骸(むくろ)の上に咲く。

 そのあまりにも有名な言い伝えに思い至って、佐兵衛はようやく得心した。この場所は、かつて佐兵衛たちの父祖が戦をした古戦場だ。弔われる事もなく地に還った兵(つわもの)たちの骸が、こうして桜に淡い色を付けているのだろうか。そう思えば、その薄紅色がどこか危ういものにさえ思えた。
 ざぁ、と鬨の声のような風音が、不思議と耳につく。サクラは、次の言葉を言い淀むように俯いていた。

「つまるところ、儂を喰らいたいのか、サクラよ」
「っ、違う、僕とてそうはしとうない! しとうないのです!」
「…………」

 急に大声を出したと思えば、佐兵衛の顔をじっと見つめてくる。その表情はやはり真剣で、あのへらへらとした笑みは何処かへ行ってしまったかのようだった。
 そして、聞いて頂けるか、と神妙な前置きをして。サクラは人心には在りうべからざる葛藤を語り始めた。

「草木とは、獣の如く狩りをせぬもの。禽鳥の如く魚(うお)を獲らぬもの。そして人の如くに互いで殺し合いをせぬもので御座います。ははっ、ただそれだけを聞かば、なんと清らかな生類か。人々が詩に草花の美しさを詠いしは、つまるところ、そのような聖者(しょうじゃ)の如き在り方に憧憬を覚えるからで御座いましょうぞ」

 サクラが息を継ぐ合間に、ぐっと日が傾いたような感覚。
 このまま夜になれば、きっと真の迎えが来るのだろうと佐兵衛は思った。

「だが、それは違う。間違っておる。そんなのは人が我らに抱きおった勝手な解釈で、我らの本質は鳥獣にも劣らぬ『貪欲』なので御座います。考えてもご覧なさい、草木の糧となるは大地の養分で、その養分とは紛う事なき『物の死』。生きとし生けるもの、自らの眷属すら『死』を以て糧とするので御座る。お分かりか、佐兵衛殿。僕は、お前様の死を喜んでおるのだ。魂まで貪ろうと、こうして黄泉路に逝かれる前に捕まえておる。そういう生き物故に仕方が無い。いくら僕が『人らしく』振舞った所で、渇きは癒せぬのです。さてもさても、もはやお前様が立って遁れることも、無論の事、僕が歩いて避けることも出来ぬ故……」

 その自嘲気味に笑う様は痛ましかった。
 サクラが地面に付きそうなほど頭を下げているのは、佐兵衛ひとりに対してというよりも、これまで糧としてきた生きとし生けるもの全てに対してなのだろうと思う。

「この通り、許して欲しい。僕は、お前様を離す訳にはいかぬ。浄土にも地獄にも行かせる訳にはいかぬ」

 そう言って佐兵衛に向けて謝したなり、サクラは微動だにせずに言葉を待っている。気持ちは、まぁ判らないでもない。仮に人間が牛馬や稲穂に向かって懺悔する事があるならば、きっとこうする他にあるまいと佐兵衛は思った。
 大きく息を吐き、視線を暗みはじめた空へと泳がせて。さて喚くべきか、嘆くべきか。得物は頼りないが物は試し、無礼討ちにでもしてみるか。
 そうして逡巡とも呼べぬ短い思考の末。桜の散り始めだろう一片が落ちるのを目で追う間に、佐兵衛は答えを出していた。

「ふむ、相判った」

 ――そのとき佐兵衛は確かに、勢い余って地面に頭を打ち付けるサクラを見た。

「は……!? な、今なんと?」
「だから、相判ったと。何を口開けておるか、見苦しいからやめよ」

「のう、サクラよ。ぬしゃぁ言ったな、人は互いに殺し合う生き物じゃと。確かにそうだ、しかも儂の如き武人ならば尚更じゃの。この戦に限っても、斬った人数は数え切れん。落ち延びる時などはもっと酷いぞ、もう己が助からぬと知っていながら、見るからに年若い追手どもを何人がとこ斬って捨てたか知れん。それでも彼奴らが儂を追うたのは、何故か分かるか。それはほれ、この首級が『誉れ』となるからじゃ。儂が此処まで遁れたのは、それがこの身の『誉れ』であるからじゃ」

 佐兵衛は一息つき、落陽の眩さに目を細めた。
 もう、しばらくも保たぬだろう。日に二度も死ぬなど、そう出来る経験ではないと思えば、不思議と顔は緩んだ。我ながら何故にここまで舌が回るか知れないが、どうも死に目に会えず仕舞いであった息子たちへ語っている気になっていたらしい。そう思えば恥ずかしくもあるが、今さら佐兵衛の口は止まらなかった。

「つまるところ、儂らは『それ』を競い合って戯れているようなものじゃ。この憂き世で確かなものはそれだけよ。儂らのたかが五十年など、父祖に子孫に誇れるような生き方たれば、それだけで良い。お主は武士ではないが、そう思わぬか、サクラ。お主は初陣に立つ若武者のようじゃ。儂の倅もそんな年での、命を奪う事が怖いと震えておったよ。だが怖れることはない。善悪はうっちゃっておいて、意味があるか否かだけを気にすれば良い。しからばどうじゃ、お主が糧とした命が無駄だなどと、少なくとも儂は思わん。ならば、さぁ……あっぱれ誉れ高く、儂の首級を以て花と咲け」

「佐兵衛殿……」

 俯いたまま聞いていたサクラの目に、落陽の赤が光る。
 武士の情けで見なかった事にしていると、やがて顔を上げた彼は、以前のようにへらへらとした笑みを浮かべて。

「……は、やはり大した御仁だ。死ぬのも奪うのも恐ろしゅうないなど、僕には真似が出来そうにない」
「まぁ、正直に言えばの、地獄行きだけは怖い。じゃによって、お主に食われて浮き世にとどまるのは望むところなのだが」
「はははっ! よしよし、ならば僕は張り切って千年は生きましょう。その頃には閻魔様の地獄帳も取っ替えられておって、お前様の事など分かるまい」

 違いない、と佐兵衛はサクラと共に笑った。
 悪くない死出だと思う。この一時、もしくは一生が夢だとしても、その最期は確かにこうして笑っていられたのだから。

「そうじゃ、ついでに聞いてくれるかの」
「なんだ、まだ未練があると。はは、さっきは格好良い事を言いおってからに、情けないのう」
「違うわい。武士たるもの、辞世の句の一つも残したい。が、生憎と紙とか手首とか、色々と持ち合わせがなくての。この際、残せなくても良い。せめてお主、聞いてくれるか」
「む……心得た、聞こう。いつか人にでも転生(てんしょう)したならば、お前様の事を句と共に誰かれかまわず語り聞かせましょう」
「はは、それはありがたい。では……」


我が霊(たま)の 標たれかし 桜花
千代の先まで 誉れ伝えよ


 笑声は高く、桜舞う空へ。
 佐兵衛はそこに、見果てぬ父祖らの面影が浮かぶのを見た気がした。いや、ここまできて気のせいでもあるまい。その中で父は満面に笑みを浮かべ、誉れ高く死にゆく佐兵衛を「良うやった」と懐かしい戦枯れした声で褒めてくれた。

(了)

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