雑談掲示板

第十一回SS大会 お題「無」 結果発表
日時: 2014/02/27 20:57
名前: 死(元猫 ◆GaDW7qeIec
参照: http://www.kakiko.info/bbs/index.cgi?mode=view&no=16247

第十一回SS大会 お題「無」
>>523に第十一回大会結果紹介

始めましての方は、初めまして! お久し振りの方達はお久しぶり♪
何番煎じだよとか主が一番分っているので言わないで(汗
余りに批判が強ければ、削除依頼しますので!

題名の通りSSを掲載しあう感じです。
一大会毎にお題を主(猫)が決めますので皆様は御題にそったSSを投稿して下さい♪
基本的に文字数制限などはなしで小説の投稿の期間は、お題発表から大体一ヶ月とさせて貰います♪
そして、それからニ週間位投票期間を設けたいと思います。
なお、SSには夫々、題名を付けて下さい。題名は、他の人のと被らないように注意ください。
 

投票について変更させて貰います。
気に入った作品を三つ選んで題名でも作者名でも良いので書いて下さい♪
それだけでOKです^^

では、沢山の作品待ってます!
宜しくお願いします。

意味がわからないという方は、私にお聞き願います♪
尚、主も時々、投稿すると思います。
最後に、他者の評価に、波を立てたりしないように!



~今迄の質問に対する答え~

・文字数は特に決まっていません。 
三百文字とかの短い文章でも物語の体をなしていればOKです。 
また、二万とか三万位とかの長さの文章でもOKですよ^^
・評価のときは、自分の小説には原則投票しないで下さい。
・一大会で一人がエントリーできるのは一作品だけです。書き直しとか物語を完全に書き直すとかはOKですよ?

――――連絡欄――――

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_____報告
第四回大会より投票の仕方を変えました。改めて宜しくお願いします。

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Re: 第十回SS大会 お題「罪」 投稿期間4/28~5/28 ( No.459 )
日時: 2013/05/03 17:13
名前: 白雲ひつじ


(( 夕日に背く ))

昼休みのことだった。お弁当を食べ終えたところに、あの子がやって来た。
あの子が言うには「大事な話がある」とのこと。
教室では話せないからと言って、廊下の隅へと連れられた。
やけにそわそわしているあの子を見て、私は告白を受けるのでは?という
気色の悪い考えが頭の中を埋め尽くした。同性からの告白、私はどう断るべきか。
馬鹿げた独りの妄想はさておき、あの子の<大事な話>とはやはり<告白>であった。
もちろん私宛ではなく、私の幼馴染のあいつに向けての言葉だった。
私は困惑する。「どうしてあいつに直接言わないの」か。あの子はますます
頬を紅色に染めて「直接告げるのは恥ずかしい。彼に手紙を渡して欲しい」という旨を寄越した。
なるほど。あいつと私の仲だから、あいつとあの子が接触するよりかは楽に事が進むということ。
あの子が手にしている白い便箋を目にすると、どうしたことか、胸がひどく締め付けられた。
きっとその手紙の中には、「好き」や「付き合う」といった甘い単語がぎっしり詰まっているだろう。
それを思うと、一段と胸は痛み出す。
…あいつにこの手紙を渡したくない。素直にそう思うも言い出せない。
縋るようなあの子の視線に負けて、私はあいつに手紙を渡すという約束をしてしまった。

それからの授業は上の空。数学の公式などは、耳を右から左へとすり抜けてゆく。
私は教科書で隠すようにして、こっそり手紙を眺めた。
宛先にはあいつの名前が小さな丸い字で綴られている。
どう見ても、これはラブレター。あいつも隅に置けないやつだ。
子供の頃はやんちゃで、女子からは疎まれる性格だったのに
今となってはその明るさで女子を釘付けにしている。
改めて思い知る。私も釘付けになっている女子のうちの一人なんだと。
胸の痛みは増すばかりで、私は口元を微かに歪めた。

考え事をしていると、時間が経つのは早いもので。
ひとりきりの教室を夕日が橙色に染める中、私はあいつを呼び出した。
あの子に頼まれた、この白い手紙を渡すために。
あいつを呼び出したのは私なのに、来るな、来るなと教室のドアを睨みつけてしまう。
もしあいつが手紙に目を通して、表情に<嬉しさ>を表したのなら
私の胸の痛みは想像を絶するものに変わるだろう。
しかし、あいつがあの子の想いを受け入れなければ、あの子が傷ついてしまう。
そして私がうまく手配してくれなかったせいだと責め立ててくるかもしれない。
冷たい汗が流れた。
そして開くドア。あいつが何も知らない能天気な笑みをこちらへ向ける。
私は手に持っていた手紙を、思わず身体の後ろへ回す。
「何の用?」
あいつは教室のドアを閉めると、窓際に立つ私のもとへ歩いてくる。
距離が縮まっていくごとに、私の中で様々な感情が駆け巡る。
手紙を渡さなければ、けれど、あいつにあの子の想いを知られたくない。
あいつは私との間に机を一つ挟んで歩みを止めた。
私が返事をしないことに対して、不思議そうにこちらを見ている。
「あのね、」
私はついに要件を切り出す言葉を口にしてしまった。
しまった、どうしよう。言わなければならなくなってしまった。
胸が痛い、目尻が熱い。私は耐え切れず、目線を下に向ける。
「どうしたんだよ?…あ、まさか、俺に告白するつもりだったり?」
あいつのいつも通りの冗談。今はそんな軽口でさえも私を貫く攻撃の刃となる。
そう、告白。今からあいつに告白するんだ。あの子の代わりに、私が。

顔を上げる。あいつと視線が合う。夕日色になっている教室に目が眩む。
あぁ、きっとその色にやられたんだ。それで頭の判断も鈍くなってしまったに違いない。

私は後ろで手にしていた手紙を手放していた。
そうして、そのまま、あいつとの間にある机に身を乗り出して―…。


夕日の淡い光を、二人の黒い影で塞いでしまった。



――――

今回も参加させていただきます!わくわく(・∀・)

Re: 第十回SS大会 お題「罪」 投稿期間4/28~5/28 ( No.460 )
日時: 2013/05/04 16:13
名前: 那由汰

 『名も無き罪』


「あんた、そんなことも知らないの? 馬鹿なのね。そんな無知を世間にさらすぐらいだったら、いっそ死んだほうが親孝行になるんじゃない?」

 あたしは人の心をえぐるのが得意だった。嫌いな奴はとことんえぐる。えぐって、えぐって、えぐって、えぐって。あたしが正しい、あたしが正義だ、だからあたしの言うことを聞けと命令する。
 あたしはそのころ、王国の女王だった。言う事を聞かないやつの心を折り、服従させる。それでも駄目だったら≪兵隊≫たちを使って肉体的にも追い詰める。そうするとたいていの奴は言う事を聞いた。教師でさえも、理事長や校長でさえも。それが中学2年生のころのあたしの日常。

「あたしのいうことが聞けないの? 絶対服従っていったでしょう」

 両親の社会的地位は非常に高い。校長や理事長よりも高い。だから周りの人はみんなあたしのご機嫌取りをする。
 忘れ物をしても「次、気をつけてくださいね。これを貸しましょう」。わがまま言ったら「わかりました、そうします」。あたしはその状況にひどく満足していた。

「なんだそれ。お前ら全員頭おかしいんじゃねぇの?」

 幸せな日常に入ってくるは不安定分子。名は小畑利人と言う。あたしはこいつの存在に対し、ひどくいらいらしていた。
 ――――あたしの帝国に不安定分子はいらない。
 あたしは≪兵隊≫たちに命令を下す。

「あいつ――――小畑利人を服従させなさい」

 あいつはなかなか落ちなかった。≪兵隊≫たちの嫌がらせにも耐える。あたしの毒にも耐える。

「あんた、何で耐えるわけ? あたしのところへ来ればゴミ屑みたいな今の日常を変えれるのに!」

 あいつはあたしのほうを向かず、冷め切った声で言った。

「俺はお前とは違う」

「俺が正義なら、お前は悪だ」

 違う。違う。あたしは間違ってなんか無い。誰もが皆それでいいって言っている。あたしは悪くない。あたしは悪いことなんかしてない。悪いことなんかしてないのに何で悪なんて言われなきゃいけないの?! 
 あたしは悪いことなんてしてない。だから――――悪なんかじゃない。

「あんたが悪よっ! あたしが――――正義が、倒すべき悪!!!」

 返事は無かった。

 ねぇ、誰か教えて。
 あたしは悪だったの?
 あたしは正義じゃなかったの?
 初めて芽生えた疑問はあっという間に心を支配する。
 ねぇ、誰か教えて。
 あたしは正義だったのよね?
 悪なんかじゃなかったのよね?
 突然芽生えた疑問はあっという間に心を釘付けにする。
 ねぇ、誰か教えて。
 答えてくれるような返事は返ってこなかった。

 あたしは、悪なのか?
 悪の癖に、正義を気取っているのか?
 あいつは言った「あたしは悪だ」と。
 あたしは言った「あたしは正義だ」と。
 どちらにしても、あたしはもう止まれない。

「お父さん。お願いがあるのだけれど――――」

「お母さん。お願いがあるのだけれど――――」

 翌日。
 新聞のトップ欄には【突然のアクセル故障 仕組まれた物か?】。そこには事故で亡くなった少女の名前が載っていた。『小畑』芽衣。それが少女の名前だった。そう、彼女は――――あいつの妹。あいつは今日、学校に来なかった。
 
 帝国の平和はこれで保たれるであろう。笑みがこぼれる。嬉しくて、嬉しくてたまらない。あーあ。お兄ちゃんがしっかりしてないもんで。芽衣ちゃんが『突然』の事故で死んじゃった♪ あーあ。可哀想に。お兄ちゃんのせいで芽衣ちゃん、死んじゃった♪

「あはっ。あははっ。あははははははははははははははっ」

 あたしは正義。正義の執行人。小畑利人、あんたは有罪よ。大切な人が死んじゃったという罰し方。どう? すごくイイでしょう。たっぷり味わいなさい。

 あたしは夢の中にいた。現実のあたしは笑っている。頭の奥のあたしは、現実のあたしを見て言った。あれこそ真の悪なり、と。


 数年後、あたしは気づく。本当の罪はあたし自身だと。あたしが“罪”というものなのだと。そしてあたしのとった行動は――――、ねぇわかるでしょ?

「目には目を、悪には罰をってね」

 笑ってさよならをする。
 そうね。この罪に名を付けるなら『偽装罪』ってとこかしら?
 まあ最後だしあたしらしく、この世界とさよならしようかな?

「んじゃ、さよなら。こんな不完全すぎるゴミ屑みたいな世界に用はないし、屑たちの相手をするのははっきり言って疲れたわー。めんどくさい世界とさよならできるなんて嬉しすぎるわね」

 あれ、おかしいな。なんだか暖かいものがほほを伝っている。
 それは『涙』だった。

「初めて、泣いたかも」

 あたしはいつも泣かせる側。泣いたことなんて無くて、気高く生きていた。
 あたしはやっと知った。『涙』ってこんなのなんだ。初めての涙は悲しくてと寂しい味がする。
 あたしはやっと知った。『痛み』を、『苦しみ』を。すっごく辛くて、悲しくて。胸がきりきりと締め付けられて。あたしはこんな理不尽を他人に押し付けて痛んだと知った。

「だけど、いまさらだなー。んじゃ、ゴミ屑みたいなこの世界、屑たち、さよなら。――――――――――もしかしたらそんな世界が、人が、大好きだったのかもしれないな」

 5月○○日、23時43分。
 あたしはこの世界から姿を消した。

      ♪     ♪     ♪

 お久しぶりです。
 今回、やらせていただきます。
 よろしくお願いしますです!

Re: 第十回SS大会 お題「罪」 投稿期間4/28~5/28 ( No.461 )
日時: 2013/05/06 00:07
名前: sherry◆xpIzi22gbg

 【堕落罪信仰】

 五月一日。
 今日、近所のコンビニに新しく入った新人アルバイトの子がとてもカッコいい人で、あたしは一目惚れしてしまいました。サラサラのまっすぐな黒髪、憂いの色が滲んだ瞳、端正な顔、少したくましい体つき、なにより誠実そうな性格がステキよ。でも、あの人のことを考えるたび、心苦しい他ありませんし、あの人のことを考えることにすっかり夢中なのです。嗚呼! 神様、あたしにお慈悲を。イエス様……主よ、罪深いあたしにどうかお許しを。──あの人とともにお救いを!


 五月二日。
 またあの人に会いたいあたしはコンビニに行きましたら彼は優しい声音に甘い雰囲気であたしに初めて話しかけてくれて、すっかり夢中なあたしは我を忘れ色々とお喋りしてましたけどちっともあの人は嫌な顔一つせず丁寧な対応してくれました。ステキでなにものにも変えられない人に出会いました。主よ、あなたに感謝します! きっと主の恵みを共に受けられること間違いありません。あの人と結ばれて幸せになること間違いありませんでしょう、だって話が合うんですもの!


 五月三日
 夕方。散歩の河辺に立ち寄ったら、あの人がいました。でも隣の女は一体誰? ……そうです。あの人と結ばれている恋人と仲むつまじく寄り添って歩いているのです。あたしは驚きでいつまでもあの人たちを見送ってました。夜、恋人がいたのねと主に訊ねました。……あの人を愛するのは罪ですか? と。主よ、あたしにお慈悲を! 熱心なクリスチャンであるので、どうかお許しを! 悪魔に打ち勝たせてください!


 五月二十日
 最近あの人の様子がおかしいのです。なんでも恋人を最近のおぞましい通り魔に襲われ亡くなられたそうです。対象は女であの人は注意するように警告してくれました。まあ、なんて、なんて優しい人でしょう! ところで最近あたしに似た人が、通り魔らしいのか、あたしの友達がめっきり減りましたし会社では避けられてる気がしてなりません。


 七月一日
 あたしは刑務所にいます。どうやら無期懲役となりそう。あの人と一生会えなくても構いません。だってあの人は一足先に主の元へ行きましたもの。天国であたしを待ってますから!





挨拶
いわゆるストーカー話でしょう。
題名の「罪」に合うようにしましたがヾ(・ω・`;)ノぁゎゎ
どうぞ暇つぶしに読んでみてください(笑)

Re: 第十回SS大会 お題「罪」 ( No.462 )
日時: 2013/05/09 02:58
名前: モッチリ

ど、どうも……。
来てよかったのかな、と思いつつ置き逃げさせていただきます。
私の大好きな北欧神話より。知識なくても読めます。そして短くはないです。時間のあるときにでも読んでやってください。七千五百字を軽やかに超えています。

以下本文となります。


「嫌な夢をみるんだ、ずっと」

 男はぽつりと漏らす。誰にともなく向けられた独白に、傍らに座っていた彼の弟が返事をする。

「夢? 光の神と呼ばれる君でも悪夢を見たりするんだね」
「まあ、な」

 どんな、と弟は聞く。男は色素の薄い、長い睫を二三度瞬かせる。形の良い唇はかたく引き結ばれ、なかなか言葉を発しようとはしない。ややあって、弟は口を開いた。

「バルドル、話したくないならいいよ。聞いた俺が悪かった」
「いいんだヘズル。大丈夫だ」

 バルドルと呼ばれた男はゆるく首を振る。その動きに合わせてさらりと肩に流れる髪は月の光を受けて輝いている。夜闇に映えるその色は誰もが言葉を失ってしまうほどに美しいが、彼の弟――ヘズルの網膜がそれを投射することはない。彼の両目は生来光を宿してはいなかった。

「死ぬ、んだ」

 深い吐息とともにバルドルは言った。ヘズルは誰が、という問いを投げかけようとしたが、やめた。それを問うには兄の口調は重すぎた。その代わりに、兄によく似たおもてを伏せて、言う。

「君は死なないよ。だって誰からも愛されているんだから。君を憎むひとなんて、いない」
「そうだといいんだけどな。悪いなこんな話をして」
「気にしないで。盲(めくら)の俺の相手をしてくれてるだけでもうれしいんだから。どんな話でも聞くよ」

 ヘズルは笑って見せる。バルドルも、ぎこちないながらも笑みを返した。



 日が昇って、バルドルは両親の住む宮へと足を運んだ。柔らかな絨毯に片膝を埋め、父たる全能神オーディンに向かって夢の内容を告げる。

「あなたが、死ぬのですか……!」

 悲痛な声を上げたのは母だった。顔色は紙のようになっていて、片手で顔を覆ってしまっている。オーディンは小姓を呼ぶと、彼女に付き添わせて退室させた。それを心配そうに見送る息子に、彼は隻眼をやった。

「それはまことか」
「はい。……これは、正夢になるのでしょうか」
「わからぬ」
 
 オーディンは吐き捨てた。片目と引き換えに全てを知った彼でもわからないということがあるのだろうか、とバルドルは柳眉をわずかに寄せた。
 父王はそのまま、バルドルに一言もかけずに場を立った。彼が馬を駆ってどこかへ向かったと聞いたのはのちのことだった。

「父上も母上も大げさだ。ただの夢だっていうのに」

 夕食の後、酒を舐めながらバルドルはこぼした。酒精のせいかすでに彼の目元には朱が差している。
 卓を挟んで向かいにはヘズルが座っていた。彼の手元にも杯は用意してあったが、最初に一度口を付けて以来そのままにされている。
 気分を紛わらすために酒を口にするなら他にも相手はいたが、今日はそんな気分にはなれなかった。しかし独りで杯を傾けるのも嫌だったので、同じ血を半分に分けたヘズルを呼んだ。彼は突然の誘いにもかかわらず、快くついてきてくれた。

「見たのがバルドルだからさ。みんな、君が死ぬ様なんて夢でも見たくないのさ。まあ、俺は盲だからどうやったって見えないけどね」
「そういう冗談は嫌いだ。自分を貶めるんじゃない」

 バルドルは語気を荒げる。酔いも手伝って感情に制御が効かなくなったようだ。ヘズルはあわてて謝った。
 かなりの酒をからだに収めてしまうと、バルドルは抗わずに眠りに身をゆだねてしまった。ヘズルは寝息をたてる兄に苦笑し、それからどうやって彼を寝室まで連れて行こうか考える。

「あ、お前ら」

 通りかかった雷神が二人を視界に入れたようで、ヘズルに声をかけてきた。卓に突っ伏したバルドルを見ると状況を察してくれたらしい。

「仕方ないやつだ。俺が運んでおいてやるから、お前はもう休め」

 ぶっきらぼうな、低い声がヘズルの耳朶をたたく。彼の荒っぽい行動そのままのその声は、ヘズルにとって意外に苦痛にはならなかった。

「ありがとう、兄さん」

 ヘズルは礼を言い、立ち上がった。手探りで壁を伝って扉までたどり着くと、引き戸を押して彼は部屋を後にした。

「兄さん、か。むず痒いな」

 雷神はつぶやき、肩にぐったりのしかかってくるバルドルをゆすりあげ、数ある弟の一人であるバルドルの部屋まで歩き出した。



 数日後、バルドルは母に呼び出された。椅子に半ば体を投げ出すように腰かけた彼女は憔悴しきっている。

「どうなされたのです、母上」

 バルドルが駆け寄っていくと、母は弱々しい笑みを浮かべた。力ない表情だったが、不思議と精神が満ちた様子がある。

「九つの世界を回ってきました。みなに頼んで、何人たりともあなたを傷つけることがないようにと、約束させました」
「母上、そのような……!」

 母は両の腕に息子を抱きしめた。幾分か骨ばった感じをあたえるそれに、バルドルは瞼を伏せる。

「――感謝します。どうかゆっくり休まれてください」
「ええ、これで枕を高くして眠りに就けます。ああ、一つ、忘れていました」

 母はバルドルの腕の中からからだを起こす。見上げてくる目は真剣そのもので、バルドルは身を固くした。

「宿り木だけには近づいてはいけません。あの子はまだ幼かったので、約束を交わしてはいないのです」
「わかりました。宿り木には、触れないことにしましょう」
 
 バルドルが返事したのを聞いて、母は再び彼の胸に頭を預ける。ややあって、規則正しく肩が上下し始めた。
 バルドルが傷つくことのないからだになったという噂はすぐに広まった。学友の一人がふざけて彼に向かって石を投げつけ、バルドルが傷一つ付けず平気な顔をしていたのでそれは確信となった。もともとの彼の人気とも相まって、彼の周りからひとが絶えるということはすっかりなくなった。
 母は安心しきって、ひと垣に囲まれる息子をみていた。明るく振る舞う彼を、彼女もまた深く愛している。九つの世界を回るというのは並大抵の所業ではなかったが、この光景をずっと見ていられると思えば疲れは飛んでしまった。

「――誰にも傷つけられない、ね」

ひとだかりから離れて、バルドルを見つめる男がいる。美しい顔立ちには笑みを浮かべているがその表情はあまり善を感じるものではない。
  その視線に気づいたのか、雷神が車座から腰を上げてやってきた。目つきは厳しく、口をひらけば問い詰めるような口調になっていた。

「ロキ! 何かたくらんでいるな?」
「いいや何も。仮に何かたくらんでいるとしたって、僕にはどうしようもないよ。だって誰も彼を傷つけられないんだろう」

 ロキはひょいと肩をすくめてみせる。彼は雷神とは付き合いも長い。何かと一緒に行動を共にするので、彼の扱いは慣れたものだ。こうでも言ってやれば単純でひとを疑わない雷神は簡単に矛先を下ろしてくれるのは知っていた。

「君のその槌でも平気だった、って聞いたよ。そうしたらもうお手上げさ! 巨人をも一撃で倒すそれでだめなら僕に何ができると?」
「わかった! 疑って悪かった」
  
 なおも言いつのろうとするロキを遮り、雷神は車座に戻っていった。それを見送り、ロキは再び思索に入る。
 ロキは誰からも愛されるバルドルを、いやバルドルの向こう側に見える彼の父親を嫌っていた。むしろ憎んでいたとさえ言ってもいい。彼は住み慣れたかつての住処を連れ出され、子供たちとは無理やりに引き離された。このような仕打ちを受けて憎しみを抱かないようなことがあるだろうか。
 ロキはオーディンに復讐する気でいた。美しい笑みの裏で彼はいつもそればかりを考えていた。

「……お前も、わが子を失えば僕の気持ちがわかるだろう」

 くぐもった声は、車座からの歓声でかき消された。

Re: 第十回SS大会 お題「罪」  ( No.463 )
日時: 2013/05/09 09:34
名前: モッチリ

 日を開けて、ロキはバルドルたちの母に会いに行った。姿は老婆のそれに変えた。彼女に怪しまれるのをおそれてのことだ。彼女が自分をよく思っていないのは知っている。
 バルドルの身の安全が確保されて安心しきっている今が、彼女からバルドルの弱みを聞き出す唯一の機会だった。
 
「私は驚いたよ。何を投げつけられても生きているなんてねえ」

 ロキが言うと、母は微笑む。

「ええ。私が九つの世界を回ってバルドルを傷つけないように、と頼んできたの。大変な道のりだったけど、あの子の笑顔が見られるのなら……」
「ああ、そうかい。それでも、何か例外はあるんじゃないのかい? 物事は何でもそういうものだろう?」
「――そうね。宿り木がだめなの。あの子はまだ幼くて、約束を交わすことはできなかったの」

 ロキは心の中でこぶしを握った。
 必要なことが聞き出せればもうここに用はない。正体がばれる前にさっさと退散するだけだ。
 ロキはできるだけ足を引きずって、ゆっくりと帰って行った。


 
 ヘズルは久しぶりにバルドルと場を共にしている。彼は最近、あちこちに連れまわされていて、顔を合わせる機会は随分と減っている。声を近くで聞くことでさえ長いことなかった。
 
「お前とゆっくりできなくなったな」
「いいじゃないか。俺はバルドルの身が安全になったっていうので十分だよ。俺は気にしないで楽しんできてくれ」

 ヘズルはバルドルの肩を押す。今夜も彼を主客に宴が催されるらしい。バルドルはその間隙をぬって、弟を誘いに会いに来た。

「それはできない。お前も来い。一緒に酒を飲もう」
「でも、俺みたいなのがいると、場がしらけるよ。……どうしても、って言うのなら、端の方にいる」
「わかった。お前は言い出すと聞かないからな、それで譲歩してやる」

 バルドルはヘズルの手を取って立ち上がる。足元の不安定な彼を気遣って歩を進めていく。
 宴の場所に着くと、先客たちはすでに出来上がっているようで、大きな声で騒ぎまくっている。ヘズルはするりとバルドルの手をすり抜けた。

「行っておいで。俺はここでいいから」

 ヘズルは木陰に腰を下ろして、そばの木に背を預ける。喧騒に耳を傾け、数ある声の中から同胞(はらから)のそれを探す。視覚を代償として、彼の聴覚は非常に優れたものがある。声を聞き分けるくらいのことは彼にとって容易なことだった。
 向こうではいつものようにバルドルにものを投げる戯れが始まったようだ。例の学友が石を投げた一件から、これが宴の場での恒例となりつつある。ヘズルはこれをあまりよく思っていない。

「ああ、今日もやってるんだ。飽きないねえ」

 人の気配を察するのに長けたヘズルでも、声がかけられるまでひとが背後にいるのに気付かなかった。

「ロキさん、ですか」
「うん。声でわかるかな」
「そうですね」

 ヘズルは身をかたくしている。彼はあまりこの男がすきではない。ロキは悪戯と称してはこのアスガルドに災厄をもたらしている。笑ってすまされることも少なくはないが、時折ひとの命を奪うようなこともある。

「君はあそこに混ざらなくていいの?」

 ロキは尋ねてくる。彼の猫なで声は甘い毒のようにヘズルの内をぞわぞわと刺激する。

「俺は、いいよ。あの遊びはすきじゃないんだ」
「そう言わないで。……君の兄だけがああやってひとに囲まれてる。なんともおもわないのかい」

 ヘズルは一瞬言葉に詰まった。ロキはにやりと笑う。
 
「寂しいだろ? 血を分けた双子の兄弟だっていうのに、君はいつも置き去りにされてきた。ただ目が見えないってだけなのに。君たちの能力はさして変わらないはずだ。それなのに君だけはいつも、いつも爪はじきにされる」
「ロキさん、それ以上は言わないで。俺はこれでいいんだ。俺は、バルドルが幸せならそれで! 俺は盲だから、この戦いの続く世界じゃどうやったって幸せになんかなれない、必要とされない、誰の役にも立てないんだ! 俺の代わりにバルドルが幸せになれればそれでいい、いいんだから……」

 ロキはわざとらしくため息をついてみせた。ヘズルは怪訝そうな表情でロキの方を向く。

「――君たちは兄弟だ。ヘズル、君はちょっと卑屈になりすぎるんじゃないのかい? 君の兄はそんなことは望んでないはずだ。君はもっと自分の力を信じていい。たとえ盲でも君は戦神、その能を皆にみせつけてやれよ。誰だって君を認めてくれる」

 ロキは自らの滑らかに動く口にかなりの自信を持っている。いくらヘズルがロキに対して警戒心を持っていても、それを潜り抜ける術はいくらでも用意できる。常人から比べると入ってくる情報が一つ少ない彼をだますのは容易なことだ。
 ヘズルの心がこちら側に傾いてきているのがロキには手に取るようにわかった。あと、一押ししてやればいい。

「ヘズル、こいつを投げつけてやれよ。君の兄は今何ものからも傷つけられないんだろう? あたっても平気さ」

 ロキはヘズルの手に『それ』を触れさせる。しばし迷うような様子を見せ、ヘズルは『それ』を強く握りしめた。ざらりとした肌触りで、先の方は尖っているようだ。あまり重さは感じない。

「力一杯投げてごらん! 方向は俺が教えてあげるよ」

 ロキはヘズルの腕を支えて、ゆっくり持ち上げる。細いわりに筋肉がついていて無駄はない。投擲の姿勢を取ると、全身が一気に緊張する。ロキは計画の成就を確信して、にたりと笑った。

「さあ! 僕に見せてくれ!」

 ヘズルは渾身の力を込めて『それ』を振りぬいた。尖った切っ先は空気を切り裂き、過たずにバルドルの胸に吸い込まれていく。
 を、服を裂いた『それ』はバルドルの皮膚をも裂いた。肺に深く突き刺さった『それ』は――宿り木は彼の肋骨を砕いて、背中を貫いてようやく止まった。少し遅れて裂け目から鮮血があふれてくる。じわりと零れてくるそれは、すぐにでも死に至る量に達するだろう。肺胞に満ちる血液は彼の呼吸を阻害し、口から吐き出されたそれは喉に絡みつきさらに死を加速させる。
 地に縫い付けられたバルドルを茫然と見つめて、車座の雷神はふと我に返った。この場にはふさわしくない笑い声が彼の耳に飛び込んできたからだ。

「死んだ、あの女の言った通りだ! あははは! 光の神は死んだ! 死んだんだ!」

 雷神は声の方向に振り返った。狂ったように笑うのは、彼のなじみの美貌の持ち主だった。

「ロキィーッ!」

 雷神は地鳴りのような怒鳴り声を張り上げた。傍らの槌を振り上げる頃には、ロキの姿は掻き消えるようになくなっていた。

「……バルドル?」

 残されたのは状況の呑み込めていない盲の神だけだった。

Re: 第十回SS大会 お題「罪」  ( No.464 )
日時: 2013/05/09 09:40
名前: モッチリ

 世間はヘズルには同情的だった。誰からも愛されたバルドルを手にかけたのは間違いなく彼だが、手引きをしたのはロキだ。悪評は彼に集まった。
  しかしヘズルが出歩くことは二度となかった。部屋にこもりきりで、誰が尋ねても返事すらしない。
 それでもしつこく彼を訪ねるのはかの雷神だった。扉越しに、長いことヘズルに話しかける。情の篤い彼が半分だけとはいえ血のつながった弟を放り出すことはできなかった。

「――兄さん」

 その日も雷神は弟を訪れていた。呼びかけられたのは、いつものように彼に話しかけ、反応がないのをみて立ち去るところだった。

「兄さんの槌で、俺を殴り殺してくれ。俺のこの目じゃ一人では死ねない」
「お前!」

 しばらくぶりに扉があいた。立っているのはやつれはてた弟。高い頬骨も健康的に肉がついていればこそ美しい。今の彼ではただ痛々しいだけだ。

「酷く、殺して。手足の先から骨を砕いて、筋を残らずすり潰して。歯も鼻も全部叩き折って、誰が見ても俺だとわからないようにして、頭を叩き潰してほしい。忌々しいこの目は俺が生きているうちにくりぬいて、そこら辺の犬にでもくれてやって――」
「よせ! ……俺はそんなことはできない。弟を殺すだなんて」
「もう俺は死んでいるよ、死んでいるんだ。バルドルと一緒に俺の心は死んだ。心が死んでいるのにからだが生きているなんておかしいだろう?」
 
 雷神は言葉に詰まった。ヘズルの目は本気だ。一度言い出すと聞かないのがこの弟だ。それは雷神もよく知っている。

「あの日流れたのは俺の血だ。バルドルと俺は同じ血が流れていたはずだ。一緒に死んでなければいけないんだ、俺たちは」

 雷神は耐え切れなくなって弟を掻き抱いた。筋肉も脂肪も落ちたからだは薄っぺらく、少しでも力を入れれば折れてしまいそうなほどだった。
 すすり泣く声が聞こえてくる。雷神は何もできず、ただ弟を抱きしめるだけだった。


 
 ヘズルが落ち着きを見せるようになったのは、父王に呼び出されてからだった。雷神は疑問に思いながらも、一応元気を取り戻した弟に安堵を感じている。
 近頃は父王の側女の一人のもとにいるらしい。この側女というのが妊娠をしたらしく、それがわかったときからずっと通っていると聞く。
 下のきょうだいの誕生を心待ちにしているその姿はなにかほほえましいものがある。雷神は、彼についてこの女を訪れることにした。
 もうじき出産のようで、彼女の腹部は大きく膨らんでいた。そっとふれるとなかの赤ん坊がうごくのが手のひらを通して伝わってくる。
 ヘズルは床に膝をついて赤ん坊の動く音を聞いていた。彼の優れた聴覚はわずかな音も拾い上げる。赤ん坊が母親の胎を蹴り上げると、それを聞いてヘズルは小さく笑う。
 雷神は妙な違和感をこの空間に持っていた。部屋に足を踏み入れた瞬間からの感覚で、雷神は一人首をかしげていた。
 ふと、女の顔に目がいった。それで、違和感の正体はつかめた。

「お前、うれしくないのか」

 雷神は女に問うた。女はびくりと表情をひきつらせ、雷神を見上げる。

「子を得る喜びで、女たちは幸せそうに笑うぞ。俺の妻もそうだった。それなのに、お前はなぜそう浮かない顔をする?」

 女は下を向いた。膨らんだ腹を見て、彼女は顔色を蒼白にする。女に代わって答えたのはヘズルだった。

「この人はね、俺を殺してくれる子を身ごもっているんだ。その子の名前はヴァーリ」

 ヴァーリ――復讐者。雷神は全身の血が下がっていくのを感じた。

「素敵だろ。この人のなかで俺の罪が育っていくみたいだ。大きくなった罪はやがて、俺自身を殺すんだ。……弟から殺されるだなんてバルドルと同じで気に入らないけど、まあいいや。だってこの子はきっと俺を酷く殺してくれるだろうから!」

 ヘズルは、双子の兄とよく似た笑顔を浮かべた。いくらか肉付きのよくなった頬には朱が差している。

「私は、こんな子を産みたくありません。人を殺すことが最初から決まっている子供なんて!」

 側女が絞り出すような声で言う。おそらく、彼女の夫であるオーディンからきつく言われているのだろう。
 雷神ははた、と思い当った。確か、父王はすべてを見通す力を持っていたはずだ。そうなると、この度もうけた子供が復讐者となるのは知っているはず。
 雷神は片手で顔を覆った。

「親父……っ」

 父の厳しさは知っていたはずだ。それでも、雷神は打ちひしがれる自身を慰めることはできなかった。



 子供は無事に生まれた。彼は一日で成人し、兄を死に至らしめるという。
 ヘズルは生まれた子をいとおしそうに撫でる。

「可愛い俺の弟。俺の罪。ああ、早く俺を殺してくれ! 生まれてきたことがすでに罪であったと俺の愚かなからだに刻み込んでくれ!」

 赤ん坊は無垢な瞳で兄を見上げる。
 ヘズルは己の『罪』を抱きしめずにはいられなかった。この『罪』はあの日の兄の血と同じ香りがするのだ。


『The Sin』


 はい、長くてすみません。ぜんっぜん短編じゃない。字数制限ないからって調子に乗りすぎました。
 私自身が双子というのもあって、この話には思い入れがあります。ついでに妹もいるので、なんでか現実味のある話に思えてしまいます。
 今回採用した話はあくまで一説ですし、かなり私自身の考察(人はそれを妄想とも言う)もたっぷりとはいっているので、みなさんの知っている神話とは大きく違う箇所もあるかと思います。これを頭から信じちゃだめですよ、っていないだろうけど。
 字数制限のせいで三つもレスをするはめになりました、ごめんなさい……。おつきあいありがとうございました。長々すみませんでした。

Re: 第十回SS大会 お題「罪」 投稿期間4/28~5/28 ( No.465 )
日時: 2013/05/11 00:35
名前: ryuka◆wtjNtxaTX2


お久しぶりに(と言うか第一回ぶりに)投下させて頂きます。ryukaと申します。
ちょいと短めになってしまいますがそこは御愛嬌でお願いします!
それでは、良かったら是非読んでいってやって下さいまし。


――――――――――――――――――――――――――――――――




 「 ガンジスの河原 」




 そう、その男が目を覚ましたのは、なんといっても眠るのに飽きてしまったからだろう。

 男がまぶたを億劫に開けると、やはりそこに広がるのは無限の闇。気が滅入ってしまうくらいに濃厚な黒を映した地獄の景は、いつ見ても酷すぎて、―― 吐き気がする。


 だから、嫌だったのだ。目覚めてしまうのが。
 しかし眠っていても、男には地獄以外の情景を、心に描くことさえできなかった。夢の中でも果ての無い闇に包まれ続けて、そう、嫌気が差したのだ。
 
 夢の中でなら、と淡い希望を抱くことにも、もう飽きてしまったのだから。




 つん、と鼻をつく朱い香りが漂う。
 見れば、地獄の黒天の空から、血の雨が降りはじめていた。



 ぽつり、ぽつりと、一粒二粒。
 男の日焼けた頬を、薄汚れた赤色が染めてゆく。浅黒い肌を、しとしとと濡らしてゆく。

 少し目線を遠くにやれば、鋭く光る三千の針の山が、男を誘うように怪しくきらきらと光っていた。血に濡れた針の先が、それでも錆びずに光っている。




 どうしてか、その光に。


 むかし、あのひとが、差していた、
        銀色の髪飾りを思い出した。


          


        ◇




 男が地獄に落ちる前。
 そう、だからもうとっくに数百年の昔のことだろうか。
 まだ、男は少年と呼べる年頃であっただろうか。


 ガンジスの河原で、少年は、かの少女とはじめて出会った。
 色白な肌に、見事なほど長い黒髪。それを結わえる白銀の髪飾り。ただの銀色をした金属が、彼女の黒髪にあるだけで、本当に綺麗に見えた。


 そう、あの日は、やけに青く晴れていて。
 ガンジスの川はいつもと変わらず、その空の青色を涼しい水音とともに映していた。


 かの少女は、深い青色のサリーを纏っていて。
 ガンジスの映す空に、銀色の髪飾りに、よく青色のサリーが似合っていた。
 無邪気なが、青いサリーをふわりと揺らした。
 そしてたぶん、無邪気なは、少年の冷たい心をもふわりと溶かしてしまったのだろう。

 けれどあまりにも少女は清らかで。
 とっくの昔、幼子のときから罪に濡れた自分とは大違いで。血の味を知ってしまった自分とは大違いで。
 ただただ、少年心にも、自分には届かないことに、哀しくなったのだった。




 そう、きっと。俺は。

 あの時、はじめて、ひとを好きになってしまったのだろう。




      


        ◆

 


 地獄におちた青年は、運悪く、針の山の頂きに刺さってしまっていた。

 運が悪かった。このままここから動くこともできまい。
 左胸の、心の臓をぶすりと貫いた白銀の針。自分の胸から不自然に生え出た銀色を見て、あぁ、とまた溜息を吐く。

 
 ぽつり、ぽつり。
   一粒二粒と、地獄の空から雨が降ってきた。


 生臭い、濃密な血の香り。慣れない色をした血の雨は、青年のすべてを朱く濡らしていく。


 それからしばらく経っただろうか、向こうから、足音と、荒い息遣いが聞こえたのは。

 青年が首を傾けて、見ると、浅黒い肌をした男が、こちらへと向かってきていた。体中あちこちに、鋭い針に刺された跡があって、痛々しかった。


 「おい、そこの!」
 青年は、ここぞとばかりに声を張り上げた。すると男が気付いたように、青年の声に応えた。

 「なんだ」
 「助けてくれ、俺はこのとおり動けないんだ、針から抜いてくれ、頼む!」


 男は、青年を見た。
 年は、自分より一回り若い。無惨にも、青年の若々しい体の中心から、例の針が痛々しく顔を出していた。

 
 「いいだろう」
 男は、そう一言返して、どうにか青年の身体を針の業から救ってやった。別段、どういう目的でも無い。ただ、助けろと言われたから、そうしただけで。




 「……ありがとう」
 青年が、ぽっかりと穴の開いた胸のあたりを抑えながら、喘ぎ喘ぎ礼を述べた。

 「ありがとう、ほんとうに。あんたのおかげで助かった」
 青年は、その顔をくしゃりと歪ませて嬉しそうに笑う。こんなに無邪気な笑い方ができるのに、なぜこの青年はここへ堕ちてしまったのだろう。きっとこの青年も、どうしようもなく天から見放されて、どうしようもなく罪を背負ってしまったのだろう。堕ちるべきは、人か、天か。


 そして男も、その笑顔につられて笑う。ああ、笑ったなんて、何百年ぶりだろう。 
 「助かったもなにも、ここは地獄だぞ。面白いことを言う奴だ」


 すると青年はいいや、と首を振った。
 「そうでもなさそうだぜ、おじさん。……ほら」


 スッと、青年の指が黒天を指す。
 男が地獄の空を見上げると、どうしたことだろう、そこから、一筋の蜘蛛の糸が男へ目掛けて垂れてきていた。


 白銀の光をした蜘蛛の糸は、死んだような地獄の闇に、よりいっそう輝いて見えた。



 「そら、行けよ。あれにつかまって。あれはオシャカからのおじさんへの糸だよ。きっとあれにつかまって上って行けば、こんなところから逃げられるよ。天国へ行けるよ」


 男は、その糸を眩しそうに眺めた。そして言った。

 「知ってるか、あれのせいで、永久に地獄に堕ちた男の話を」
 「……さぁ?」 
 「あれに縋れば――」 男は青年を振り向いた。 「たしかに天へ行けるかもしれない。でも、俺はここが気に入っているのさ」


 呆気に取られて、口をあんぐりと開けた青年を見て、男は柔らかに笑った。

 「ためしに、お前も一度あの糸を上ってみるといい。……きっと俺の言った意味が分かるさ」


 そう言って男は、その場を立ち去った。
 最後にちらりと、蜘蛛の糸を見上げて。その清らかな美しさに、かつて恋したあのひとを思い出して。
 
 はじめて出会った、ガンジス川のせせらぎを思い出して。



             ◇



 後には、青年が不思議そうに、その蜘蛛の糸のきらきらとした輝きを見ているだけだ。


 そして、ふと、青年がそれに触れてみると。


 霧に触れたように、白銀の糸は、不思議な水音と共に、ふわりと消え去ったのだった。



                                (おわり)

Re: 第十回SS大会 お題「罪」 投稿期間4/28~5/28 ( No.466 )
日時: 2013/05/17 17:58
名前: 瑚雲◆6leuycUnLw

 【Do you know how to die?】




 「ねえ、俺、死にたいんだけど」


 これが毎日の口癖。
 学校が終わって日が傾いて、暮れそうな空の下を往く。

 死にたい死にたい死にたい死にたい。
 何度言ったか、数えた事もないが。
 毎日飽きる程その台詞を聞く俺のオサナナジミとやらは、ぱっと振り返った。
 
 「なーに言ってんの! 毎日毎日……そんなんじゃ、人生楽しくないっしょ?」
 「楽しくないから、死にたいんだけど」
 「じゃあ飛び降りとかしちゃうの?」
 「それは怖いだろ。もっと簡単に死ねないのかな」
 
 そういうと、オサナナジミはくすっと笑った。
 向日葵みたいな、太陽みたいな。
 そんな綺麗な顔で、ぱっと顔を明るくする。

 「じゃあ薬で死ぬとか!」
 「それ、学生の俺に用意できんの」
 「う……他人の言葉で死ぬとか! ほら、学生の自殺理由って殆ど精神的なものだし……」
 「言葉で逝けたら苦労しねーよ」
 「じゃ、じゃあ溺死は? 海にいけばイチコロだよっ?」
 「苦しい」

 うーんと唸るオサナナジミ。
 俺が死ぬ事に異議を申し立てたりはしないが、死なない方が良いといつも言ってくる。
 俺と一緒にいても、つまんなそうな顔をした事なかった。



 俺は、人生を15年も生きてきた。
 そろそろ死んだっていいだろう。
 物心ついた時から死にたがりだった俺は、気がつけば“死”以外に興味を持った事がなかった。
 ずっと、死にたいと思ってた。
 理由なんか知らない。ただ、死にたい。


 「ねえ、正紀君……本当に死にたいの?」


 笑顔は変わらない。
 毎日毎日、キラキラした笑顔で、俺の隣にいるこいつ。
 初めて、真剣な眼差しを受けた気がした。
 いつだって笑ってるのに。

 「ああ、死にたいな」

 そういうと、奴は一瞬表情を歪める。
 ただ本当にそれは一瞬で、すぐにまた、花が咲くように微笑む。

 「じゃあ正紀君は明日死ぬでしょーっ!」
 「……は?」
 「へへ、占いだよ! 正紀君は、明日死ぬことができるかも!」
 「何だそれ」
 「占いってさ、当たるより信じる方が楽しいじゃん!」

 そしたら正紀君でも楽しめるかも! なんて言った。
 親が占い師だからって調子に乗りやがって。
 俺は占いとか呪いじゃなくて、確実に死んでしまいたいのに。

 「……良いよ、もう」
 「……? 正紀君?」
 「さっさと死ねる方法があればいいのに」

 ぽつりとそう言葉を漏らす。
 そうだよ。俺はさっさと死にたいんだよ。
 周りからうだうだ言われたり人間関係に絡まったり。
 そんな面倒くさい世界から、消えてなくなりたい。
 気持ちの悪い泥の中から消える事ができたら、どれだけ良いか。

 
 「大丈夫、正紀君なら大丈夫」


 熱いアスファストの熱が、引いていく。
 橙から紫へと変わる空は、俺達の上でずっと広がっていた。
 雲が完全に空を閉じた時、オサナナジミは笑った。

 
 「じゃあ、また明日ね!」


 明日俺は死ぬんじゃなかったのか。
 自分で言った事をすぐに忘れる癖は直らないか。
 まぁ別に、明日死ぬらしいから良いが。
 
 ああ。
 さっさと、死んでしまいたい。


                        *


 
 朝が来た。
 分厚い雲が、景色を歪ませる程多量の雨を降らす。
 霧と雨で何も見えない真っ暗な朝は、何か心地が悪かった。
 学校は義務だから行く。さっさと着替えていつも通りテレビをつける。

 出てきたのは、オサナナジミの顔だった。


 『えー今朝5時頃、学制服を着た少女15歳が、自宅のマンションの屋上から飛び降りて自殺しました。学校側は……』

 
 映っていた写真の中でも、あいつはにっこりと笑っていた。

  


 「何で……何でなんだ……ぁ、ああ……!!!」
 「あなた……落ち着いて……」
 「落ち着いていられるか!!! む、娘が……明日香が……!!!」

 制服を着たまま、急遽行われた葬式に、俺は参加した。
 激しい雨が強く地面を叩く。その度に、俺の中で何かが渦巻いた。

 俺が、死ぬはずだったのに。

 俺が死んで、あいつが悲しむんじゃなかったのか。
 自殺したい程、嫌な事でもあったのか。 
 お前が先に逝ってどーすんだよ。


 「ばっかじゃねーの」

 
 出てきた言葉が、小さくて助かった。
 いつもへらへら笑って、友達も多くて。
 成績優秀スポーツ万能。所謂才色兼備。
 誰もが憧れる、充実した毎日を過ごしてきたあいつが。
 ばかみたいに自分から人生を投げた。
 
 
 雨が降った。
 流れる雨は、地面を弱く叩いた。
 晴れる事なく振り続く雨の中で、ぽつりと立っていた俺は、あいつの言葉を思い出す。


 
 「――――そういうことかよ」

 
 
 この世にいくつもの罪が存在するなら。
 俺の罪なんだろうか。
 幼馴染の横でずっと死にたいとほざいていた事だろうか。
 それとも。

 「すみません、おじさん、おばさん」

 向き合った事もないその人達の前で、俺は言葉を紡いた。
 泣きじゃくった顔で、すっとこちらに向いた彼らの目にはいっぱいの涙が溜まっていた。

 
 「あいつを殺したのは、俺です」


 多分、俺の罪はそういうことになるだろう。

 「え……?」

 「死ねと言ったんです。俺が、あいつに」

 「……ど、どうして……そんな…ぁ……!!!」
 
 俺が、死にたがっていたから。
 だからあいつは死んだんだ。

 言葉であいつを殺したんだ。





 「俺を殺してください、俺があいつを殺したように」





 昨日の“あの”言葉は、そういう意味だろう、なぁ?
 だったらお前の占いを、全部信じてやるよ。

  


 『じゃあ、また明日ね!』




 ――――――――――お前が俺を、信じていたように。




 俺が死ぬのは罪を償う為か?
 それともずっと死にたがっていたからか?


 ちがうよな。



 「――――――会いに行くよ」



 出てきた言葉が、小さくて助かった。
 そんな気がした。





                             *END*




 【あとがき】

 何でしょうね。こんな文を書いた私が最早罪。
 罪とはあまり深く関わってなさそうです(泣)
 前回とは違って長くなりました。
 あと読み辛さ1000%です。御了承願います……!

注:若干修正致しました。

Re: 第十回SS大会 お題「罪」 投稿期間4/28~5/28 ( No.467 )
日時: 2013/05/21 22:56
名前: Lithics◆19eH5K.uE6

 
 ねぇ、知ってる?
 その『教会』は古くて、綺麗で、そして誰もいない。そう、廃墟。でもね、そこに行った人はみんな、すごく幸せそうな顔をして帰ってきたんだって。誰もが辿り着ける訳ではないらしいんだけど、着いてしまった人はね。
 でね。その人たちは、みんな同じ事を言うんだって。恍惚として、何かを崇めるようにしながら。

 ――何か、とても軽いんだ。今まで背負っていたものが、すっかり無くなってしまったかのように。

 知ってる?
 どんな『罪』でも赦してくれる、深夜の秘蹟。
 深夜を越えた頃、その教会に入って懺悔するとね、それは全て無かったことになるんだって。

 ね、どう。面白そうでしょう? ねぇってば? 



 『ゲオルギウスの槍』



 
 あぁ。今日は確か、あいつの命日だったか。
 なんとなくだけど、そんな気がする日のことだった。

「ねぇ、知ってる?」

 新学期が始まって一月。
 大学のキャンパスは未だに浮ついた雰囲気を残しながら、徐々に落ち着きを見せ始めている。一説によれば五月病を患う学生が大量発生するせいで、そもそも構内をうろつく人数が減っているからとも。
 さもありなん、と僕は思う。これから梅雨が来て、更に蒸し暑い夏になると思うと気欝になるのも仕方が無いだろう。それでもまだ元気なのは今年入ったばかりの一年生か、学生運動だか何だか知らないが、しきりに本部の前でマイクロホンを唸らせている連中くらいだ。

 そんな長閑な五月の昼、割と混み合った学食で。
 『彼女』は唐突に向かいの席から顔を寄せて、そんな呆れるくらい要領を得ない問いを発した。だが、これもいつもの事である。いちいち「知らない」と答えてやるのも面倒なので、黙ってラーメンを啜っていると。
 彼女は笑顔を貼り付けたまま更に顔を近づけて、壊れたテープのように質問を繰り返し始めた。

「ねぇ、知ってる? ねぇ、知ってる? ねぇ――」
「ちょっと……なんか怖いよ、ハルカ。いくらオカルト研究会だからってね、自分がオカルトになっちゃうのはどうかと思う」
「む、なによ。イチローが無視するからでしょ、っと」

 渋々と反応を返した途端、彼女――ハルカは、にかっと少年のように笑って。やおら僕のラーメンに自分の箸を突っ込むと、念の為に麺の中に沈めておいた味玉を的確に救い上げ、あっという間に口に運んでしまった。
 や、瑣末な事である。が、味玉は僕の数少ない大好物だった。

「……僕ね、好きな物は最後に食べるタイプなんだ。知ってた?」
「えへへ、ごちそうさま」
「はぁ。あいつがいないと、標的は僕に移るって事なのかな」

 反省の色なし。それに怒る気が失せてしまうのも、僕も遂に諦めの境地に達したという事だろうか。
 その無駄に爽やかな笑顔は、女らしい計算というよりも、凡そマニッシュな無邪気さを感じさせた。薄く日焼けした肌に、ボサボサと跳ねるがままにした短い茶髪。ぽいっと野球帽でも被せれば、男子と見紛うような……なんて言えば、今度はチャーシューが危ないだろうから言わない。

「それよりさ、聞いてよ。また面白い話、仕入れてきたんだけど……」
「…………」

 彼女の言う「面白い話」の真偽が、詐欺で訴えるレベルでなかった事など一度もない。さらに言えば、彼女が代表を務める『オカルト研究会』の副代表は僕という事になっているのだが、これもまた一度も僕自身が是認した事はない。
 
「イチローさ。『深夜告解』って、知ってる?」

 まぁ、それはともかく。言ってしまえば惚れた弱みというもので。
 僕たちが例の『教会』を訪れる事になったのは、そんな事がきっかけだった。




「なぁ。俺たちはずっとさ、一番の『ともだち』だろ?」

「あ、わたし知ってる! そういうの、『しんゆう』って言うんでしょ」
「しんゆう……? じゃあそれだ、たぶん。なぁ、もちろん良いよな、イチロー」
「……親友、ね。いいんじゃないかな、別に」
「よし、決まりだ!」
「決まり~!」
「いいか、『約束』だからな。ハルカもイチローも、ずっと――」

 僕には、かつて二人の『しんゆう』がいた。
 ハルカ、そしてトオル。幼い頃から家族のように接してきた僕たちは、それこそ互いに家族以上の存在だったと思う。無邪気なハルカと無鉄砲なトオルの組み合わせは危なっかしくて見ていられず、いつも結局は僕も巻き込まれていた。いや、本当は仲間外れにされるなんて耐えられずに、必死になって付いていっていただけの事かも知れない。
 
 だから、なのだろうか。その年端もゆかぬ頃に交わした在り触れた『約束』は、僕の心に自然と染み付いて。なんだかんだニヒルを装いながら、それに一番こだわりを感じていたのは、おそらく僕だったろうと思う。

 ――そう、決して約束を破ってはいけないのだ。
 たとえ僕らの中心だったトオルが、今はもう亡い人間だとしても。




「で……まさか、本当に『ある』とはね」
「ふふん、だから言ったでしょ? 今回は当たりだって」

 その日の夜。
 郊外にある森に方位磁石と地形図、二人でひとつの懐中電灯で突貫し、ハルカの仕入れた「面白い話」の現場を捜索した。
 どれだけヒマなのか、などとは聞かないで欲しい。大学二年生なんて、皆こんなものである。ハルカは放っておけば一人でも探しにいきそうだったので、僕としては保護者役の悲哀を背負っての夜間行軍だった。

 そして、幸か不幸か。
 果たして、その寂れた『教会』は森の中にひっそりと隠れるようにして建っていた。

「ん~~、燃えてきた! 早く調べにいこうよ、イチロー」

 はしゃぐハルカが飛び出さないように襟首を掴みながら、僕はその絵本に出てきそうな建物を観察した。森の中に開けた空間に建つ、煉瓦造り(暗いので良く分からないが)の小さな、しかし背の高い平屋だ。その急峻な屋根からすらりと伸びた細い塔の上に、銀色の十字架が月灯りを弾いている。全体的に控えめな外観からは『教会』というよりも、より簡素な『礼拝堂』といった雰囲気が感じられた。

 探しておいて何だが、こんな場所に教会があるなんて。
 周囲には人家はもとより、そもそも道らしい道もない森の奥である。あやしい、あやしすぎる、と正直に思う。オカルトの類を信じている訳ではないが、ふと宮沢賢治の童話を思い出して思わず顔を顰めた。

「山猫軒、かよ。取って喰われやしないだろうね」
 
 それも自分で自分に塩を塗りこんだり、パン粉をまぶされたりしたら堪らない。 

「なに言ってるの。ほら、早く行こう?」
「分かった、分かったから。というか、ホントに廃墟なのかな、これ」

 気付けば立場は逆転し、僕はハルカに手を引かれて入口まで歩いていった。周囲の下草は払われているような跡があるし、小さな扉に取り付けられた真鍮のノブとノッカーは丁寧に磨かれている。妙だ。都市伝説に語られる逸話では、それは廃墟じみた荒れ庵のイメージではなかったか……

「おじゃましまーす」
「ちょ、おい待ちなって、ハル……」

 そうして僕が考え込んでいる間に、ハルカは何の躊躇いもなくドアノブを回す。遠慮というものは無いのかと突っ込みを入れる前に、その薄暗い内部が見えて……僕は我知らず、出かかった言葉を呑み込んでしまっていた。

Re: 第十回SS大会 お題「罪」 投稿期間4/28~5/28 ( No.468 )
日時: 2013/05/19 13:58
名前: Lithics◆19eH5K.uE6


 それはまるで岩窟のように息苦しい、しかし不思議な安心感のある空間だった。

 五人も座れば一杯になりそうな長椅子が、左右に三列ずつ並んでいる。その中央に空いた通路を視線で辿ると一段高い演壇があり、簡素な銀十字があしらわれた卓が置かれて。そして何より目を引くのは、背後の壁に嵌め込まれた小さいながら見事な造作のステンドグラス。

「あれは、聖ゲオルギウス……? 珍しいデザインだな」
「そうなの? ふぅん、でも綺麗だね」

 ハルカを抑えるのも忘れて、ふらふらと吸い込まれるように中へと入る。淡い月灯りを透すガラスの芸術は、確かに美しかった。が、そこに描かれているのは雄々しく巨槍を掲げ、醜い竜を踏みつけにする騎士の姿。英国を中心として有名な聖ゲオルギウスの征竜譚は、しかし、この日本では決してメジャーなものではない。ステンドグラスと言えば、聖母子像や三賢人が描かれるのが普通だろう。
 
 と。二人して魅せられたようにそれを見つめている、その時だった。

「竜は『悪』、そして『罪』の象徴。ゆえに、聖ゲオルギウスは原罪克服のモデルとなりうるのです」
「っ……!」

 良く通る、穏やかな声。
 不覚にも心底から驚いて、きょろきょろと狭い教会の中を見回すと。月光の陰になっていた隅の方から、その声を練って形にしたかのように優しげな男がぬっと現れた。黒衣にロザリオ。長身にメガネ。

「ようこそ、神の家へ。あれかな、迷えるなんとかって奴でしょうかね」

 ――結論。教会は廃墟に非ず、ちゃんと主がいた。
 謎解きの答えは実に簡単で、つまり、噂はデタラメだったという事らしい。
 



 トオルが鬼籍に入ったのは、三年前の五月の事だった。
 自宅マンションからの転落死。警察は不審な点は無い事故、もしくは自害と結論づけたが、僕らにしてみれば分からない事は多い。彼の自宅は四十階建ての高層マンションで、それの『何れの位置から落ちたか』は不明のままとされた。零時を挟んだ真夜中に転落したらしい事から、おそらく自室の窓からだろうと言われてはいるが――
 
 遺書もなく、事件の跡もない。
 その実感は酷く曖昧で、トオルはなんで死んだのだろうと、今でも考える事がある。





「なるほど。そんな噂があるとは……」
「すみません、信じていた訳ではないんですが……興味本意で」

 苦笑する神父に、事情を説明して頭を下げる。まかり間違えば不法侵入であるから、それも当然ではある。まぁ、なんで僕がと思わないでもないが、傍で仏頂面をしている某に任せておけるはずがなかった。
 神父が現れてからハルカは口数が妙に少なく、視線も下がり気味に思える。怯えている?いいや、ただ「外れ」が確定した事で拗ねているだけだろう。

「構いませんよ。しかし、こんな夜に森を歩いてきたというのは感心しませんね」

 若き神父はそう言って、耳に手をあてる仕草をしてみせた。

「このあたりには野犬が出るんです。なので、今夜は朝になるまで此処にいるのが良いでしょう。狭いですが、ひとつだけ客間もありますから」
 
 ハルカと顔を見合わせ、僕らも息を詰めて耳をそばだててみると。確かに、大して遠くもなさそうな距離で遠吠えをする野犬の声が聴こえる。背筋がぞっとする思いがした。僕らはその中を能天気にも、懐中電灯ひとつで歩いてきたのだから。
 腕時計を確認すると、もう一時を回っている。夜明けには、まだ五時間近く待つ必要があった。

「その……ご迷惑では?」
「いえいえ。ご覧の通り、此処は半ば山小屋のようなものですから。お気になさらず」
「いい、ハルカ?」
「うん。お願いします、神父さん」

 ハルカが呟くように肯うと、神父は微かに口元を歪めて。
 暗く沈んだ聖堂の左隅にある扉を指差しながら、さも愉快そうに言った。

「では、あちらへ。ベットは一つなんですが、別に構いませんよね?」





 瑣末な事ではある。が、僕は女性と同衾した事なんて一度も無かった。

「と、いう事で。僕は礼拝堂の長椅子を借りることにするから」
「えぇ~。別に、わたしは気にしないんだけどな」

 こんな時だけ上目づかいで、何かを期待するような。そうして尻すぼみになっていく台詞は、ひどい反則だ。ともすれば足を留めてしまいそうになるのを堪えて、ひらひらと手を振ってみせる。僕にしたら、かなり頑張ったと思う。

「冗談は胸のサイズだけにして。じゃあね、寝坊しないでよ」

 飛んでくる枕を躱して、客間を出る。
 昔なら、同衾するのはともかく同室にいるくらい、僕だって気にしなかっただろう。だが、今はそれが『怖い』。これ以上はハルカを意識してはいけない。それはつまり――『約束』を反故にしてしまうという事なのだから。

「ねぇ、イチロー」

 だが静かにドアを閉めた時、中から掛かった言葉の声色が気になって。僕はドアに背を預けた体勢のまま、その声に耳を傾けた。

「今日、トオルの命日だよね。覚えてる?」
「っ……あぁ、もちろん」

 トオルの名を聞いただけで、自分の肩が震えるのを感じる。ドア越しでハルカに見られていないのは幸いだった。流石に疲れて眠いのだろうか、その声は囁くようで力がない。ドアに耳を当てるようにしなかれば、聞き逃してしまいそうだった。

「あんな所から落ちるなんて、トオルらしいよね。いつも無鉄砲で、無茶な事ばかりやってた」
「あぁ、そうだね」
「朝になったら、お墓参りに行こう? 去年は二人で行けなかったし」
「あぁ……うん。そうしようか」

 なぜ今、そんな話をするのか。トオルの事を話すのは、二人とも暗黙の内に避けていたはずだった。殊更に彼の死を意識してしまうのは、今のバランスを崩すきっかけになりかねなかったから。
 そうして生返事を返していると、暫くのあいだ沈黙が続いて。それを破ったのは、情けない事に僕ではなく彼女の方だった。

「おやすみ、イチロー。寂しくなったら、いつでも来ていいんだからね?」
「バカ言え……おやすみ、ハルカ」

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