雑談掲示板
- 【開催】第14回 紅蓮祭に添へて、【小説練習】
- 日時: 2022/06/18 14:16
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: bC2quZIk)
*
執筆前に必ず目を通してください:>>126
*
■第14回 紅蓮祭を添へて、 / 期間:令和4年6月18日~令和4年7月31日
白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
□ようこそ、こちら小説練習スレと銘打っています。
□主旨
・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
・内容、ジャンルに関して指定はありません。
・練習、ですので、普段書かないジャンルに気軽に手を出して頂けると嬉しいです。
・投稿するだけ有り、雑談(可能なら作品や、小説の話)も可です。
・講評メインではありません、想像力や書き方の練習等、参加者各位の技術を盗み合ってもらいたいです。
□注意
・始まりの一文は、改変・自己解釈等による文の差し替えを行わないでください。
・他者を貶める発言や荒らしに関してはスルーお願いします。対応はスレ主が行います。
・不定期にお題となる一文が変わります。
・一作品あたり500文字以上の執筆はお願いします。上限は3レスまでです。
・開始時と終了時には「必ず」告知致します。19時から20時を目安にお待ちください。
・当スレッドのお題を他所スレッドで用いる際には、必ずご一報ください。
□お暇な時に、SSのような形でご参加いただければと思います。
■目次
▶︎第1回 氷菓子を添へて、:今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
>>040 第1回参加者まとめ
▷第2回 邂逅を添へて、:彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
>>072 第2回参加者まとめ
▶︎第3回 賞賛を添へて、:「問おう、君の勇気を」
>>119 第3回参加者まとめ
▷第4回目 袖時雨を添へて、:手紙は何日も前から書き始めていた。
>>158 第4回参加者まとめ
▶︎第5回 絢爛を添へて、:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
>>184 第5回参加者まとめ
▷第6回 せせらぎに添へて、:名前も知らないのに、
>>227 第6回参加者まとめ
▶︎第7回 硝子玉を添へて、:笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
>>259 第7回参加者まとめ
▷第8回 一匙の冀望を添へて、:平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
>>276 第8回参加者まとめ
▶︎第9回 喝采に添へて、:一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから
>>285 第9回参加者まとめ
▷第10回 鎌鼬に添へて、:もしも、私に明日が来ないとしたら
>>306 第10回参加者まとめ
▶︎第11回 狂い咲きに添へて、:凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。
>>315 第11回参加者まとめ
▷第12回 玉響と添へて、:――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
>>322 第12回参加者まとめ
▶第13回 瓶覗きを添へて、:赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
>>325 アロンアルファさん
>>326 友桃さん
>>328 黒崎加奈さん
>>329 メデューサさん
>>331 ヨモツカミ
>>332 脳内クレイジーガールさん
▷第14回 紅蓮祭に添へて、:白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
▼第n回目:そこにナマコが置いてあった。
(エイプリルフール企画/投稿期間:平成30年4月1日のみ)
>>156 悪意のナマコ星さん
>>157 東谷新翠さん
>>240 霧滝味噌ぎんさん
□何かありましたらご連絡ください。
→Twitter:@soete_kkkinfo
□(敬称略)
企画原案:ヨモツカミ、なつぞら
運営管理:浅葱、ヨモツカミ
*
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Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 追記 ( No.1 )
- 日時: 2017/09/06 19:51
- 名前: キャプテン・ファルコン (ID: 8ESGOi6k)
始めまして!突然ですが参加させていただきます!
あの浅葱さんの企画ということで緊張してるんですけど、お手柔らかにお願いします!
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
「おめでたい話もあったものだねぇ」
うちのおばあちゃんは、そのニュースを見てズズズと音をたてながら茶をすすった。今のご時世だと茶葉ですら高級品、嗜好品の扱いではあるが、我が家は皆が皆真面目に働いているので、ちょっとくらいの贅沢なら問題はない。
いつもなら、凄惨なニュースしか取り上げないような番組が、一転おめでたいニュースを全世界に報道している。たまに見かけられるゴシップや、一次産業の不調などの情報もなく、全ての局のアナウンサーは、対して代わり映えのしないことばかりを話していた。
「昨日、合衆国時刻の午後三時、大統領の長男であるニコ氏と、連合国首相の長女であるシフォン氏の婚約が発表されました」
おめでたいニュースというのは、まさにこのことで、現代の世界を二分する、二つの大国の長同士が、結婚により家族になることであった。巷では政略結婚と言われていなくもないが、それ以上にこの両者の婚約は、世界中で祝福された。
かつて、二十一世紀には小さな国が沢山あって、その数は大体200程度であったらしい。しかし、それから二百年、武力戦争はなかったものの、貿易を介した経済的な戦争により、数々の国は合併し、ついには資本主義の合衆国と社会主義の連合国の二国が主となり、永世中立国のスイスや武力放棄した日本など一部の国だけが名を残す時代となった。
それからさらに時は流れ、いまや二十五世紀、残された国の名前は、合衆国と連合国を除けば先ほど挙げた日本とスイスだけになってしまった。
そうなると、抑止力は無くなってしまうため、ついに二国は武力行使の戦争を始めた。血で血を洗い、鉄の臭いを硝煙と爆風で消し飛ばす世界。主戦場はユーラシア大陸なので日本には影響が少ないが、スイスは苦労しているようだ。
戦争事態はもう二十年続いている。合併吸収を重ねすぎたため、大国二つは両者ともまだまだ資源が尽きる様子はない。物資にせよ、人材にせよ、だ。
「おばあちゃんは、これで平和になると思う?」
「まあ三年くらいは大丈夫じゃないかい?」
「以外と短いね」
そんな簡単に仲良くなるなら、二十年も苦労していないよ。おばあちゃんのその言葉は、何となく苦労したという感じが得られない、軽いものだった。
それもそのはず、私たちの住むのは日本。物資を大国に搾取されたりこそするが、基本戦火から遠く離れた地で変わらず暮らすことができる。おいしいものは中々食べられないし、映画だってそうそう見れないけど、町の中心で唐突に死ぬようなことはないだろう。
「平和になる日ってくるのかな」
「あのどっちかの国が片方倒れたら平和になるよ」
「いや、そうじゃなくて」
皆が手を取り合うような世界、そういう意味で私は口にしたがおばあちゃんはそんな世界、諦めているようだ。それもそうだろう、おばあちゃんは、戦争が始まるより、ずっと前から生きてるんだから。
「いつか来るかもしんないじゃん、あの二人が結婚するみたいに、二つの国が仲良くなるかもしれない」
幸せそうに微笑む、婚約者二人を見て、私はそう思う。政略結婚かもしれないが、あの二人の幸福そうな笑顔は、真実そのものだ。そうやって強く思ってしまったため、口からこぼれてしまった私の言葉に、おばあちゃんは悲しそうな目をして答えた。
「……来るといいもんだとは、あたしだって思ってるさ」
三ヶ月後、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
それは、とある結婚式とその参列者が、無惨にもミサイルで吹き飛んでしまったという報せであった。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.2 )
- 日時: 2017/09/06 23:46
- 名前: 塩糖 (ID: WQJ3wzn6)
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
ニュース番組が嫌いな俺は、寝起きでアニメでも見ようとしたものの、それを阻む緊急ニュースに腹を立てチャンネルを幾度と変える。全ての局を覗き、ようやくそれしかやっていないということに気が付き、何なのだと椅子に腰かけてそれを見た。
「では3分でできるタコの素揚げを――」
「なにこれ」
一瞬自分がとち狂ったのかと思い、画面を凝視する。そこにはエプロンを着た男性と女性のコンビが楽しそうにお料理教室を開いていた。男性も女性も無駄に体格がよく、鍛えられているため中々にシュールだ。
「一仕事終えたお父さんやお母さん、また揚げ物が大好きなお子さんも大喜びな一品です。ではまずタコのさばき方ですが――」
つい、テレビの電源を落とした。こんなものが全局でやるとは日本は滅亡したに違いない、そう独り言を言って椅子から立ち上がり、二度寝するために寝室に向かう。
もう夏休みは終わったはずなのだが、随分と外が騒がしい。とはいえもう完全に寝る気でいたので、厄介ごとはごめんだと耳栓をしてベッドに体を預けた。
いい夢が見られますように……、疲れ切った体を癒すため何度も深呼吸をして体の力を抜いた。
そうしていれば、どんどん意識は薄れ、何も考えられなくなる。
会社のこと、人間関係のこと、煩わしい感情は全て切り離されていき……最後にはふと、なぜタコの素揚げが緊急放送、という疑問だけが残った。
――瞬間、建物が大きく揺れる。
薄い毛布一枚だけかけていた体が大きく跳ねた。
「――ッ!?」
そのままベッドに落ちて、その衝撃で意識が覚醒する。慌てて耳栓を外して、周りを確認すると、物が倒れたり散乱していて酷いありさまだ。
地震か、と思う暇もなく、またズシンと大きく揺れる。
3回目は無かったようで、漸く考える時間ができると、外はどうなってるのかと気になり窓の方を見やる。
「なに、これ……」
窓の向こう側では、SF映画のような景色が繰り広げられていた。
空を埋め尽くす巨大な円盤、そこから降り立ってくる円筒状の物体。近くのマンションなどでは一部が瓦解し、遠くの方では火が上がっている様子も見られる。
地上では人々が逃げようとするが、どこに行ったらよいかもわからず右往左往している。
試しにほっぺたをつねって、夢ではないことを確認して、また愕然とする。
窓に張り付いてその光景を眺めていると、円筒状の物が建物の近くに着地した。すると円筒の一部に長方形の穴が開き、そこからなにかが出てくる。
足は八本、いや正確に言えば腕兼足か。その手には、奇特な形だが銃の様なものかと推測できるものが握られている。また、物をつかんだり張り付いたりするためなのか、その手足には吸盤と思わしきものが多くみられる。
皮膚は赤黒く、口元は丸く細長い。
なんだか、これと似たものを見たことあるような……、数拍ほど考え、ようやく答えが出た。
それと同時に、寝る際に残っていた疑問も氷解する。
「タコ……!」
寝室から飛び出し、居間のテレビの電源をつける。そこには相変わらずの二人が、調理をしている風景が映る。
アメリカ帰りという謎の経歴があるミスター鈴木がまな板でタコを小さく切っている横に、先ほど見た者よりかは黒く焦げているタコのような怪物が置かれていた。その足の一本には、切断面があり、まさか……青ざめる。
「では、このタコ型異星人をぶつ切りにしたものを醤油に浸して……」
「キサマラ……タダデスムト――」
「うるさい! ……えー、結構生命力が強いので調理する際はしっかり絞めましょう」
トレーにある醤油へタコ型異星人とやらを浸していると、黒焦げになった彼――性別があるのかは知らないが――が鈍くも動き出す。反撃が始まるのか、と一瞬身構えるも鈴木の鍛え上げられた強靭な肉体から放たれた強烈な右フックによりそのまま鎮圧される。
少し語気を荒げたことを恥じた鈴木は、予定通りかのように話を進め、それに合わせて隣で油の温度を調節していたケイシー、彼女が一つ流暢な日本語で提案する。
「では鈴木さん、タコ型異星人を揚げている間、このテレビをご覧になっている方々へもう一度さばき方の映像をお流ししますね」
「そうですね、では皆さん地球を守り抜くためにも……これの捌き方をお教えします。テレビの前のあなた、これを見たら包丁片手で食材を確保しましょう」
これは、何も変哲もないサラリーマンが、異星人を相手に毎日のおつまみを作る物語である。
******
こんにちわ、塩糖です。今回は本当に申し訳ございません。
ついついネタに走ってしまい、よくわからぬものが錬成されてしまいました。
浅葱さんは尊敬している方であり、なにか少しでも価値があるものをと思ったのですが私の腕ではこれが限界です。皆さんの作品を見てまなばさせてもらいます……。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.3 )
- 日時: 2017/09/07 01:12
- 名前: ヨモツカミ (ID: FHAoO4GU)
こんにちは。浅葱さん、この度はスレ立てありがとうございました。
よっし、トップバッターきめるぞ、と意気込んでいたら遅くなってしまい、2名ほどに先を越されてしまいましたねw
真面目に書きました(当社比)
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
居間にいる母が「どの番組も臨時ニュースだわ、なんなのよ」と愚痴を零しているのを聞き流しながら、僕は自分の表面のチョコレートを整えていた。
きのこ・たけのこ戦争に終止符が打たれてから20年がたった今、僕らたけのこ達にこれといって脅威は無く、戦争による惨禍の事さえも忘れ、里のたけのこ達は平和に暮らしていた。
きのこさえ滅ぼせば里の皆が安心して暮らせる。誰もがそれを信じて疑わなかったのに。母さんが見ていたテレビ画面の向こうで、ニュースキャスターが信じられない事を口にしていた。
“隣国のアルフォート達が、武装して里に攻め込んで来ました”と。
僕も母も同じ顔をしていたと思う。なんとなく聞き流していた筈の僕も耳を疑って、思わずテレビ画面に釘付けになった。いつも落ち着いた様子の男性ニュースキャスターも、今日は酷く口調が荒い。
「母さん、アルフォートが……攻めてきたって」
母に掛けた僕の声は震えていた。でも、母は返事もしなかったし、振り返りもしなかった。
窓の外から聞き馴染みの無いサイレンがけたたましく鳴り響いて、ビクリと肩が跳ねる。僕の額に植物油脂が滲む。外が気になったけれど、製造から1ヶ月を過ぎたばかりの幼い僕に、そちらを顔を向ける勇気はなかった。
「アルフォートの国って、すぐ隣だし……避難したほうが」
母はやっぱり返事をしなかった。僕の不安げな声など聞こえていないのか。
ねえ逃げようよ。もう一度声をかけるのに。母は頑なに振り返ろうともしないし、返事もしてくれない。一瞬苛立ちを覚えもしたが、母は無視をしているのではない、という事を悟った。明らかに様子がおかしい。ニュースキャスターの繰り返す声にも余裕が無くなっていって、それに煽られるみたいに僕の身体を構成する小麦粉が、カカオマスが、酸化防止剤が粟立つのがわかった。
外から響くサイレンの音に、たけのこの叫び声が交じる。里のたけのこ達が避難を始めているのだろう。
僕は母の側に近寄って荒々しくその肩に触れる。
「ねえ、かあさ――」
ドロッ、と。
母さんの身体の表面は、僕が触れた部分のチョコレートが剥がれ落ちていた。そして自分の手に纏わりついている生暖かいものは、母さんのチョコレートで、
「あ、ああ、か……か、あさん」
よく見れば既に母の身体の表面はドロドロとチョコレートが溶け始めていた。僕の喉は引き攣って、悲鳴を上げることさえできない。呼吸はままならず、立つことも困難になってその場に腰をぬかしてしまった。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.4 )
- 日時: 2017/09/07 01:16
- 名前: ヨモツカミ (ID: FHAoO4GU)
>>キャプテン・ファルコンさん
読む前に一度、マジカヨと思わず声が漏れて、読み終えてからまたマジカヨ、と思いました。
まずトップバッターで、文字数とっても多くて、さらっと見た感じ、私こんなの載せて大丈夫かな、と思ってしまったのと、最後の一文でゾッとしましたね。こういう裏切られる展開大好きです。
>>塩糖さん
お久しぶり?です。塩糖さんらしい展開で、思わず笑ってしまいました。やっぱりそういうセンスとても素敵です、ビールに合いそうですね。私的には酢ダコにするのが一番です。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.5 )
- 日時: 2017/09/07 08:17
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: 1i.QRMWQ)
*思っていたより、早い段階で参加者さんが来てくださいましたね。
よいしょされ過ぎて怖い部分がありますが、交流のきっかけになれば良いなと思う次第です。
というか、他所では浅葱=やばい人(意味深)が浸透しているのは何故なのか。
*
>>001⇒キャプテン・ファルコンさん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
浅葱のことを知っていただけていたようで……恐縮です。
一文目と最後の文の対比はきれいだなと純粋に思いました。一読者として、巧いまとめ方だなと。個人的にとても好きですb
若者と高齢者の考え方の違いっていうのも出ていて、本当にこんな感じだなぁと思います。経験を重ねた人の描写は、ある程度苦労されたり、人と沢山接していないと書きにくいんじゃないかなーとか思いながら読みました。
最後の女の子の台詞に、少し旧知の友を思い出しました。一度「いつか来るかもしんないじゃん。」で止めても良さそうです。前文で「しんない」とあるので、続く会話の「しれない」は省いても読みやすそうです(ω)
最初に投稿するのは緊張したかなと思いますが、ありがとうございました(ω) またお時間ある時のご参加、お待ちしております。
*
>>002⇒塩糖さん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
知っていただけていて恐縮です。いろんな方の作品に身近に触れられる場になればと思うので、気負いせず遊びに来て頂けると嬉しいです(ω)
個人的にテレビ番組はニュースとかが多いのかなぁと思っていましたが(自作もニュースの予定だった)、料理番組で驚きました(笑)
コメディ要素も入っていて、シリアス苦手な方でも読みやすそうだなと感じました。コメディは読むの好きなんですけど書けないので、書ける方はすごいなと思います。勉強になりました(ω)
地の文の始まりは、一字下げると読みさすさがあがると思いますよb そういえば、と気になったのでご指摘させていただきました。様々試してみたりして、一番書きやすい書き方を見つけてもらえればと思いますb
ちなみに浅葱はタコ唐揚げ党の党首です。タコ唐揚げはいいぞ。
*
>>003⇒ヨモツカミさん
ご参加ありがとうございます。
併せて、今回の企画原案ツイートありがとうございました。おかげさまでカキコの方々と小説を通して交流できる場が設けられたのではないかな、と思います。ありがとうね。
作品、本当に当社比で笑いました。安定ですね、うん。 たけのこの里民ですが、アンチアルフォートなので全面戦争しようと思います。
というか、登場人物(?)が製品そのものなんですね。面白いです。普段植物油脂とか聞きませんもんね(笑)
タケノコ君のお母さんはお亡くなりになったのでしょうか……。チョコレートって溶けたらおしまいな感じがします。身体を司っているでしょうし、お亡くなりになったのかな。タケノコ君が驚くのも無理はないですね(ω)
>製造から1ヶ月を過ぎたばかりの幼い僕に、そちらを顔を向ける勇気はなかった。
この文ですが、「そちらに」の誤字かなと思ったので、掲示しておきますねb
それと、地の文内で「母」「母さん」が混同していたので、統一感があるといいかなと思いました。
また遊びに来てくれると嬉しいです(ω)
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.6 )
- 日時: 2017/09/07 10:18
- 名前: 塩糖 (ID: igJcu3to)
夜のテンションで書き上げたせいか、誤字や字下げ忘れなど、お見苦しい点が多々あり申し訳ないです。今すぐ修正したいのですが、パスワードを入力するときになにやら間違えていたようで、それもできないです。
すいません
>>キャプテンファルコンさん
本当にきれいな文章だなぁと思いました。浅葱さんと被る様で申し訳ないですが、始まりと終わりの文章をああして合わせるというやり方は大好きです。
またキャプテンファルコンさんの文を読みたいと強く思いました。
>>ヨモツカミさん
いつもツイッターの方でもそうですが、小説の方も拝見・拝読させていただいております。
ヨモツカミさんの文章力と独特の世界観が合わさり、シリアスな場面なはずなのに笑ってしまいました。
>>浅葱さん
指摘されましたところ、修正もできず申し訳ないです。
あとタコから揚げは七味とマヨネーズが好きです
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.7 )
- 日時: 2017/09/07 11:58
- 名前: キャプテン・ファルコン (ID: l05hAI5I)
感想が三件も頂けている……と感激しています。
返信の前にあと語りをさせていただきます。
その方がスムーズですので。
今回僕が書いた>>1のSSですが、とりあえず僕にとって久々のSSでしたので、自分の初心や、好きだったスタイルに立ち戻ろうという考えで始めました。
僕がSSを書くときに好きだったのは、タイトルを締め、あるいは重要な局面で回収するといったものでした。
今回回収するのはタイトルではなくお題でしたが。
今回の企画の趣旨上、冒頭にお題を持ってくることが決まっているため、最初と最後で対比するように作ってやろうではないかということでこうなりました。
当初の予定は訃報→吉報だったのですが、悲しいかな僕の書くSSは大体バッドエンドが似合ってしまうのであえなく吉報→悲報に。
世界中で同じニュースを取り上げるような状況としては、個人的には戦争や未曽有の危機が最もしっくり来たのでそこから膨らませました。
当初は一人称を男にして、結婚する女性側とかつて懇ろだった設定にしてやろうかと思いましたが情報過多すぎて書くのも読む人も疲れちゃうのでこの形に。
丁度いい長さに収まって満足しております。
さて、ここからやっと返事を書き始めます。(ここまでが長い)
>>ヨモツカミさん
最初の感想、ありがとうございます。
僕の中でSSといえば星新一ですので、最後の最後に少ない文字数でどんでん返しするのが好きなんですよ。
以前の僕の文体は固くてくどかったのでちょっとそのスタイルは似合いませんでしたが、最近あまり書いていなかったことが功を奏してか割とすっきりとひっくり返せたかなと思います。
僕個人の感想なのですが、ヨモツカミさんのも終盤に一気にゾクゾクとした感じがやってくる感じだと思いました。
最初のほうは現実にある微笑ましい戦争の導入からアルフォートの乱入でニヤニヤして見ていたというのに、最後に来る展開は、人でいうと被爆したみたいな感じなのかなと思うようなものでした。
戦慄しているシーンで、ただ鳥肌が立つのでなく原材料の名前を織り交ぜて描写しているのは徹底していると感じました。
第2回があればその時にも投稿してくださるのを待っております。
>>浅葱さん
昔から知っております、名前が果実になるより前から知っておりますとも。はにめろん時代だって知っております。
対比に関しては上のほうに載せた後語りの経緯がありました。
こういうのは長編だと中々できないので、SSや短編でやるのがきれいですよね。
おばあちゃんと私の違いですがこれはあれですね、楽観的な実弟と悲観的、というより消極的な祖母を思い出しながら書きました。
きっと実家では彼らは毎日のように言い争いをしているんだろうなと思いながら。
セリフの下りですが、個人的にはこれがベストだったんですよね。
セリフは地の文のように正確さ、簡潔さよりも、こう喋りそうだ、とか、こう話したほうが語感がよさそう、という考えで書いた方が好きなので。
そのため、「来るかも」で締めるよりも、「来るかもしれない」まで言い切ったほうが歯切れなく口にできると思いこの言葉に。そのセリフの中で全部「、」でセンテンスを区切っているのはなるだけ一息で言っているような感じだからですね。
日本人(というよりカキコユーザー?)によくある、企画のトップバッター苦手症の方たちが投稿するきっかけとなるよう、書いてみました。
嘘です、ごめんなさい。
面白そう、書いちゃえ、からの書きあがったから投下したらたまたまトップバッターだっただけです。
完成度低い文章を無駄に早く書き上げるのが得意技なんです……。
第2回も楽しみに待っております。
>>塩糖さん
綺麗な文章だなんて恐縮です。僕自身、まだまだ修行が足りておりませんので……というよりむしろここ二年ほどあまり書けておらず危機感を感じておりますのでこの先も精進したいと思います。
それに……読み返すと誤字の嵐なんですよね、僕の書いた>>1は……。次回から減らさないといけないですね……。
僕のと違って塩糖さんの書いた作品は複数回イメージが変わったのが面白かったです。
謎の料理番組一斉放送から始まり、謎めいていた状態から始まり、続く巨大蛸型宇宙人の姿を見た絶望的な印象。そして最後に主人公がまるで立ち向かっていくヒーローとなるような締め。
これで一作書けるんじゃないかなと思わせる、読み切りみたいな感じでした。
現実にこれで書き始めると毎回タコを狩って調理するということになりそうなので、難しいとは思いますが←
正直、読んでてとても面白かったのでこの作風を守ってほしいなと思いました。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.8 )
- 日時: 2017/09/07 17:47
- 名前: ヨモツカミ (ID: FHAoO4GU)
>>ねぎさん
いえいえ。前からこういうことしたかったですし。なつぞらの文章がみたぁい!というのもあったし。肝心の奴が途中で面倒になって失踪する可能性も高いので、そこだけが今とても心配ですが。
私はたけのこもアルフォートも好きだから、「やめて!私のために争わないで!」って感じで書いてました。全粒粉の入ってるチョコクッキーは美味しいですよ。
ママンは死にました。実は既にアルフォート軍は攻め込んできていたのです。ブルボンと明治、どっちの会社が強いのかは知りませんが、ここでのアルフォートは科学力がめっちゃ進んでいて、よくわからない熱線の攻撃で見えないところから殺しに来ます。というのを今考えました。
わあ、指摘ありがとうございます。そういうのあると、助かります。でもあえて誤字もママンの事も直さないで置きます。教訓として。
>>塩糖さん
わーい、真面目(当社比)に書いたかいがありました。シリアスを書こうとすると気持ちが暗くなってしまうので、どうしてもシリアスよりシリアルを書いてしまいます。というか、シリアルが楽しくて仕方ない。
>>キャプテン・ファルコンさん
人間で言うところの皮膚がベロってはがれてる感じになりますしね。僕がチョコレートの表面整えてるのは髪をとかしてる程度のイメージでしたが。
自分で書いてて酸化防止剤が粟立つってなんだよ……って思ってましたw
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.9 )
- 日時: 2017/09/07 23:37
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: QXYGJewc)
はじめまして、藍蓮と申します!
テーマを決めてSSとか、そういった企画、面白そうだったので参加させていただきます!
何となく浮かんだ詩から派生した、物語です。
◆ ◆ ◆
〈或る少年の場合〉
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
「――世界が終わるゥッ!?」
その日、流れてきたのは。
そんな、驚愕の知らせだった。
近づきつつある巨大小惑星の映像と、残り時間のカウントが、生々しく映される。
残り時間は、あと一日もなかった。
「前から予測できたことじゃないか。今さら何をそんなにあわてるの、母さん」
「嫌よ、嫌ァッ! 私、まだ死にたくないの!」
「はははははは! 終わるのか、終わる、終わるんだなァ!」
少年、母、父。
三者三様の答えが返ってきたある一家。
少年は、怯える母、狂乱する父に冷静に返した。
「地球の軌道に近づきつつある巨大小惑星の話。その話を聞いた時から、僕はこうなることを予測できていたさ」
その巨大小惑星が今日、確実に地球にぶつかる軌道に入った。
そして今の地球の技術では。それを撃墜するすべがない。
宇宙に逃れる金持ちもいたにはいたが。母星を失って宇宙船だけで旅したって。いずれは餓死か渇死か。そうなるのは目に見えている。どうせ死ぬのなら、みんなで一緒に死んだ方がいいのにと、少年は思った。
テレビには、近づきつつある巨大小惑星と、この星の残り時間が秒読みで映されていく。
星は少しずつ近づいて行き、残り時間のカウントが、減っていく。
ついに父は切れた。
「おりゃぁぁあああああ! どうせ死ぬんならこの星の全てを遊びつくすッ! 金なんていらねぇ! 貯める意味がなくなったからだ! どうせ世界が終るんなら! 遊んで遊んで遊んで死んでやるッ!」
狂乱して叫んで。そのまま家を飛び出した。
家では、母親が悲しみのあまり泣き続けていた。
「……馬鹿みたい。大嫌いだ」
少年は呆れたように、悲しげに溜め息をひとつつくと。
テレビの残り時間を確認しながら、母を置いて、そっと家を出た。
大好きな、生まれ育ったこの町を。最後に一目、見て死ぬために。
「……冷静なのは、僕だけなのかな」
少し虚ろな思いを抱えて。
少年は玄関の扉を閉めた。
奇声が、聞こえた。
悲鳴が、泣き声が、聞こえた。
いつも人通りがまばらな道は。狂ったような人々であふれていた。
世界が終わると知って、狂い喚き叫ぶ者。
世界の終わりを知って、悲嘆にくれる者。
世界の終焉を感じて、現実から逃げる者。
日常は、あっという間に地獄に変じた。
少年は、そんな人間たちを冷めた目で見詰めながらも。
踵を返して歩き出す。
幼い日。友人たちと遊んだ公園を何となく目指して。
どことなく虚ろな思いを、抱えながらも。
◆ ◆ ◆
〈或るカップルの場合〉
「今日、世界が終わるんだってさ」
「いやだ、怖いわ……」
ある小さな公園で。寄り添うカップルが一組。
男は女を優しく抱いて、言った。
「でも、これで。二人一緒に死ねるじゃないか。どちらが残されるなんてこと、なくなるじゃないか」
「そうね……。ある意味、世界の終りに感謝したくなっちゃうわ」
この二人のうち男の方は。重い病気を背負っていて、もう先が長くなかった。
このまま当たり前に毎日が続けば。男が女を先に残して死ぬのは、決まっていたことだった。
しかし。
「君と死ねるなら、悔いはないさ」
「あなたが死んで、私だけ生きても。私はちっとも嬉しくないもの」
二人して、空を見上げた。
女は、呟いた。
「……世界が終わるまでに、あと何回、私たちの心臓は脈打つのかしら――」
◆ ◆ ◆
〈或る学者助手の場合〉
「なんですとぉっ!」
その学者は、掛けていた眼鏡が吹っ飛ぶくらいの勢いで、思わず飛び上がった。
「今日、世界が終わる!? だとしたら――我々人類の貴重な資料は、遺跡は、遺産は――!」
「……諦めましょう、博士」
彼をたしなめるのは、年若い助手。
「不可能である歴史の保全よりも。最優先事項は、残り時間をどう有効に使うべきか、考えることだと思いますよ」
「決まっている! 宇宙船はないか! モナリザだけでも、ロゼッタストーンだけでもぉ!」
「無理です。全ての宇宙船はみんな、人をわんさか詰めて旅立ってしまいましたよ?」
「人はいずれ死ぬでしょうがッ! そんなことよりも、簡単には劣化しない遺産を乗せて、宇宙に飛ばした方が――!」
「後の祭りです。ご愁傷様です、博士」
助手は冷めた口調で言って、部屋の外へ出ようと踵を返す。
「どこへ行くのだ!」
「自分の残り時間を有効活用しようと。今さら私の勝手でしょう?」
言って。外へ出た彼は、駆け出して。
建物のエレベーターに飛び乗って、最上階のボタンを押して、屋上に出て。
――そのまま、飛び降りた。
「自分の命は自分で終わらせてやる。運命なんかに、決められてたまるか」
……その日は、自殺者の多い日でもあった。
◆ ◆ ◆
〈或る人々の場合〉
やがて、夜になって。
誰の目にも、見えた巨大小惑星。
それ自体は光り輝きはしないが。成層圏に突入したそれは一瞬、太陽よりも明るく輝いた。
「終わるんだ……」
虚ろな少年はつぶやいた。
「終われるんだ……」
「一緒に死ねる……」
或るカップルは、囁きあった。
「遺産が、遺産がァッ!」
学者は未だ、そんなことを喚いていて。
「カウント、ゼロ」
やがて。辺りを、ひときわ強い、目を灼く様な閃光が覆った。
――死は、平等に訪れた。
星の終わりの、幻想的な炎。
それを見ながらも。何も感じすに少年は逝った。
星の終わりの、幻想的な炎。
「綺麗だねぇ……」
「ロマンチックね……」
それを見ながらも。
ただ純粋に「綺麗」と思って。カップルは逝った。
星の終わりの、幻想的な炎。
「人類の遺産がァッ!」
それを見ながらも。
ただ純粋に嘆き叫んで。学者は逝った。
衝撃波、強烈な熱線。
降り注ぐ、悪夢のようなマグマの嵐。
砕けた岩石、飛ぶ火山弾。
歴史も自然も関係なく。
お構いなしに、星は壊れる。
青い青い生命の星は。この日、宇宙の塵の一つに成り果てた――。
◆ ◆ ◆
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.10 )
- 日時: 2017/09/07 21:00
- 名前: 奈由 (ID: bibTwgQM)
なんとなく参加させていただきます。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道した
「今日未明、この世界にいる人間6人に能力が与えられました。
その6人とそれぞれの能力について詳しく説明します。」
ふーん、能力かー学校で平凡な演劇部に入って小さな劇団に入っている私には関係ない話だよね。
さて、さっさと制服に着替えようかな
シャツを着る。
「燈美 いすみ 男 物を作る能力」
能力が与えられたなんて物騒だよねー
かわいそうだな。
スカートを履く。
「糊代 康太 男 草花を操る能力」
草花とか人食いバナでも作られたら怖いなぁ
あ、あとで昨日買った小説入れないと
ベストを着る
「水菜 風芽 男 風を操る能力」
台本に昨日マーカー引いたから、、
劇団の台詞覚えてるし演劇もそろそろ力入れないとなぁ
靴下を履く。
「名代 真乃華 女 糸と針を操る能力」
あ、裁縫道具忘れそうだったわ、
小説と、台本、裁縫道具を入れて時間割の確認。
鞄を閉める。
「七瀬 美海 女 音を操る能力」
「あ・え・い・う・え・お・あ・お」
声の調子はいい。
軽く発声練習をする。
ご飯は軽く食べたから髪を結んだらこれでオッケー。
身だしなみの確認をし、準備を完了する。
「蒼崎 琴 女 心を読む能力。そして、この人のみ水も操れる。」
え、、、、私、、、?
能力を?………水を操る?
手を動かす
水が浮く
心を読む?
嘘じゃ、、、、、、ない、
ほっぺをつねる。
「なお、能力者には手の甲に小さな星のあざがあり━━━」
星の痣がある?
そうか、私、能力者なんだ、
ま、いいけどね。
ピーンポーン
「はい、何ですか?」
「管理人の糸口です。今すぐここを出て行きなさい。家具は置いていい。貴重品だけ持って
トランクでも引きずって出てけ!」
そう言われ下着などをトートバックに詰めてそそくさとそこを後にした。
星の痣を見られては目をそらされる。中には
「心を丸裸にされる!」
「逃げろ!」
と、勝手に逃げ出されたりもする。
読むつもりもないのに。
学校に行っても、、
「あなたはもう生徒ではありません。一切入らないでください。」
と言われた。
劇団でさえ
「あんたなんていらないから」
と言われた。
さーて。居場所探してもするか。
いろんなバイト探してみようかな。
〈これは、世界から見放された1人の少女が居場所を探す物語である。〉
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.11 )
- 日時: 2017/09/08 01:54
- 名前: キリ (ID: lBH6McwY)
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
……らしい。
「……、……」
「……!……」
「……」
僕にはよく分からなかった。言葉の断片の意味は分かるのだけども、全部繋ぎ合わせて理解しようとすると、どうしても出来なかった。ただ、周囲の人の慌てようから、何かとても重大で深刻な出来事が起こりつつあることだけは何とか把握できる。
一体何が起こるのだろうか。一人周囲から置いてけぼりにされて、石畳をとぼとぼ歩いていると、来し方へと駆けだしてゆく人の群れが見えた。何人、何十人が僕の隣を忙しく通り過ぎ、何度かぶつかっては僕がこけた。皆が皆後ろだけを見て走り去り、僕に何かを教えてくれる人はいなかった。
「――」
「――!!」
「――、――!?」
本当に何が起こるのだろう。耳を澄ませようとした途端、真正面からぶつかって来た人に思い切り喉笛を踏ん付けられて、抗議の声も上げられない。起きようとするとその度誰かがあちこちを踏み付けていく。諦めて空を見た。穏やかな秋の晴れ空に、僕を足蹴にしていく人々の焦りを煽るような材料は……ないと思うのだけど。あるとすれば、それはきっと僕の知らないことだ。
しばらくして、やっと石畳に転がる僕への暴虐が止んだ。単に人波が途切れただけなのだけども、とにかく痛い思いはもうしなくていいらしい。少しだけ安堵して身体を起こす。錆浅葱のスーツは何処も彼処も砂の足跡だらけ、鈍く痛む足や腕には青痣のおまけつきだ。全くもう。
足跡と砂を払い、鈍痛に知らんぷりをしながら立ち上がった。さっきまであんなに人の多かった石畳の上には、もう犬の仔一匹もいない。耳鳴りのしそうな静粛と、鈍い僕にすら分かるほどの緊張感だけが、僕と一緒に佇んでいる。
「あ゛ー、あ゛ー、あ゛、あ゛あ゛あ゛」
だみ声が鏡のように滑らかだった静けさに漣を立てた。ざらざらと砂を呑んだような声。これが深刻さの主なのだろうか? 中身を知らない僕には、ただの雑音にしか聞こえない。
確かめようか。痛む足を引きずり引きずり、声の方へと踏み出してゆく。ざらざらの声は僕が近づいてきてもお構いなしに垂れ流され、意識の棘に少しだけ引っかかっては、大した感慨もなく無意識の下流に消えていった。何時もならこの程度は奥底に沈殿したきり浮き上がってこないのだけど、何しろひどい目に遭った日のことだ。少しくらいは夢に出るかもしれない。
「ああ」
ぼんやりしながら、革靴の爪先で何度目か地面を蹴立てたときに、思い至る。
「あ゛あ゛ー、あ゛ー」
これは誰かが悪いわけではきっとなくて。
「あーあ」
悪かったのは運だったんだろうと。
――全てのテレビ番組がある話題について報道していたという。
『昨日未明、[ ]で飼育されていた####が脱走しました』
『[ ]町では、侵入した####により少なくとも一人が死亡、三十八人が足を切断するなど重軽傷を負っています』
『現在[ ]町、[ ]町、[ ]町に避難勧告が出されています』
『捕獲の目途は現在立っていません』
****
誰も彼もが知る情報を一人だけ知らない誰かの話
***
・ 近未来のハイファンタジーです。
・ 伏せられた部分の多くについて、こちらからの規定はありません。与えられた少ない情報から読み手の方が得たナニカが正体となります。何でもいいし何だっていいのです。
・ 『僕』については、何らかの原因で外部情報のインプットが極端に下手くそ、ということのみが開示可能です。
・ 客観的に見ると多分意味分からないので、何も分からない『僕』と一緒の視点と気分で歩いてほしいなあと思います。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.12 )
- 日時: 2017/09/07 22:12
- 名前: 波坂◆mThM6jyeWQ
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
どうやら、物凄く大きな隕石が地球に激突して、地球は木っ端微塵とはいかないものの、かなりのダメージを受けとても生命が生活できる環境でなくなるらしい。
水泳以外の事においては覚えの悪い僕でも覚えられるほど、その旨の言葉を聞いた。テレビからの情報と、いつも無表情なリポーターが血相を変えて喋っている辺り、誇張表現でもなんでもない事実なんだろう。
今日が地球最後の日。そう言われたって実感がわかない。最後だからって人を殺そうという人もそういない。狂ったり、泣いたり、喚いたりする人なんて本当に少数だ。
サラリーマンは会社へ通勤しているし、新聞はいつも通りに配達された。皆、今日が最後なんていう実感なんてなくて、ただボーッと日常を過ごしているんだろう。
僕こと剣軒一差(けんのき/いっさ)がこうやって他人事みたいに言えるのだって、地球が滅ぶなんて全く想像出来ないからだ。
ここにテロリストが侵入してきた、とかそんな事なら想像がつくから焦るかもしれないけど、中学生の僕には地球の滅亡なんて想像出来ない。
何気なくカレンダーを見ると何かが書き込まれていて、ふと思い出した。
今日は幼馴染みのりんちゃんに市民プールで平泳ぎを教える予定だった。時計の方へと首を回すと、待ち合わせ時刻まで、あと1時間ほどある。
他にすることもないので、僕は市民プールへ行くことにした。幸いなことに干していた水着は乾いていたので、プールバックにタオルと共に水着を詰め込む。
ゴーグルに頭を通して首にかけ、スニーカーを履いて、行ってきますと誰もいない家に言い残して鍵を閉めた。僕の両親は出勤していて家にいない。出る前に僕のことを力いっぱい抱き締めてくれた僕の親は、本当に良い人たちだ。
自転車にまたがってヘルメットを被り、僕は自転車を漕ぎ始めた。
流れる街並みは、やはりいつも通りだ。道を行く人、流れていく雲、過ぎていく道路。自然過ぎて逆にテレビのことが、本当なのかどうか分からなくなってきた。
暫く自転車を漕いでいると、市民プールに着いた。が、最後の日にプールに来る人どころか職員すらいない。その代わり鍵は開けっ放しになっていて、どうぞ使ってと言っているように思えた。
裏の駐輪場に自転車を停め、ロックを掛けて鍵をとる。カゴに入れたバッグを引っ張り出して、開けっ放しにされた扉の中に入った。
「わっ!」
不意に飛び出た驚くような声に、こちらが驚かされた。ゆっくりと声の方向を向くと、そこにはりんちゃんの姿があった。手にはピンク色のプールバックがぶら下がっている。
「なんだぁ……剣軒くんかぁ……驚かせないでよ……」
「なんだってなんだよ」
「何でもないよ」
僕の事を苗字で読んだこの子はりんちゃん。本名は李川花音(りかわ/かおん)で、僕は最初と最後の文字を取ってりんちゃんと呼んでいる。
「にしても剣軒くん、やっぱり水泳バカだね。最後の日でも来ちゃうんだから」
誰もいない市民プールの建物の中を二人で歩く。いつもはガヤガヤとしているのに、とても新鮮な気分だ。
「りんちゃんこそ、こんな日に来るなんて驚いたよ」
「私はバカのつもりはないんだけどね……」
意外な事に、りんちゃんは普通だ。いつもいつもテストで凄い点を出して、皆から賢いって言われてるりんちゃんなら、僕よりもずっと最後の日が実感出来ているのかと思ったけど、そうでもないみたいだ。
「ところで剣軒くん、もう付いてこないで欲しいな」
「なんで?」
「この先は女子更衣室だよ?」
すぐに離れて男子更衣室に行った。
水着に着替えてから更衣室を出る。まだりんちゃんは着替え終わっていないようで、その姿は見えない。
先にシャワーを浴びようとボタンを押した。すると上から水が降ってきて、夏の日差しで熱くなっていた僕の体が冷却された。
顔に付いた水を手で払って、プールサイドで準備体操をする。これをしないと足をつって溺れたりすることがあるから、意外と侮れない。
りんちゃんが来てから、平泳ぎの練習を始める。正直に言うと、僕は教えるのが苦手だ。自分でやる時は全部感覚でやっているというか、体が覚えているという感覚なので、それを人に伝えるのがどうしても難しい。
「水を蹴って水をかいて、その後に息継ぎ。息継ぎの時に手を戻して」
一応アドバイスをして、りんちゃんにお手本を見せてみたりするが、何故かりんちゃんは上手くいかない。
というか、どうして不自然なことが一つある。
「りんちゃん、授業の時より酷くなってない?」
そう、りんちゃんはプールの授業の時よりも明らかに動きがぎこちなくなっている。
僕の言葉を聞いたりんちゃんの表情が、少し暗くなる。もしかして、りんちゃんは無理をしていたのかもしれない。
「やっぱり分かっちゃう?」
やっぱり、賢いりんちゃんは色々と考え込んでいたんだ。だけど、僕に合わせようとして、無理に明るく振舞っていたのかもしれない。
そんな思いをさせるなんて、僕は最低だ。
「……ごめん」
「いいんだよ。剣軒くんは何も悪くないから」
「でもりんちゃんは僕に合わせて……」
「大丈夫だって! さ、続きやろ!」
その後、りんちゃんは少しだけだけど動きが良くなっていた。
結局、その日はりんちゃんは25mを平泳ぎで泳ぎきることは出来なかったが、それでも18m位までは泳げるようになった。多分、もっと練習すれば泳げるようになるだろう。そんな時間は、もう無いけど。
「ねぇ剣軒くん、時間知ってる?」
プールから出た時に、りんちゃんが唐突にそう聞いてきた。
「時間って、何の?」
「星が落ちてくる時間」
「えーっと……」
「今日の5時半だって。後1時間だね」
「あっ……」
りんちゃんの腕時計を見ると、時間は丁度午後4時半を指していた。知らない内にかなりの時間を使っていた。
「ねぇ剣軒くん、こんな事を頼むのもアレなんだけど……」
「どうしたの?」
「あと1時間、私といてくれない?」
「いいよ」
「……随分軽い返答だね。最後の1時間だって言うのに」
「僕にやることなんてないからね。僕の両親も、きっとまだ働いてる。2人とも帰ってくるのは早くても6時なんだ」
「そっか、じゃあ……」
そして、近くの公園のベンチに座って、りんちゃんと色々な事を話した。
学校のこと、友達のこと、家族のこと、色んな話をした。下らないことも大事なことも話した。でも、決してその時間は無駄な時間じゃなかった。誰が何と言おうと、僕が価値があるって思った時間だから、価値があるに決まってる。
「あと5分だね」
「怖くないの?」
「剣軒くんは?」
「僕はバカだからまだ実感がわかないや」
「そっか。私は怖いかな……ちょっと……」
りんちゃんの手を見ると、少しだけ手が震えていた。よく見たら、顔色も悪い。
僕は意を決してりんちゃんの手を握った。びっくりしたのか手が少し動いたが、りんちゃんは振りほどこうとせずに暫く無言になる。
そして、その気まずい雰囲気のまま、遂に時間になった。
「…………」
「…………」
「……あれ?」
……が、何も起こらない。
不審そうな顔をするりんちゃんと僕。そのまま10分ほど待ち続けるが、何も起こらない。
結局、その日僕はりんちゃんと微妙な雰囲気で別れた。隕石なんか嫌いだ。もう2度とかっこいいなんて言わない。
家に帰ると、父親がテレビのリモコンをカタカタと忙しなく動かしていた。
僕は、その目まぐるしくチャンネルの変わるテレビを見た。
どのテレビ番組も、まるで朝と同じように、同じ事を言っていた。
「隕石が外れた」と。
*突然失礼致します。
波坂という者です。初心者ながら投稿させて頂きました……!
他の方の感想は後日書かせていただきます!
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.13 )
- 日時: 2017/09/08 16:56
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: TAzNv.8w)
※少し修正しました
*
【冬の吐息】
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
この辺りに住んでいる人間なら誰もが知っている公園で、殺人事件があったらしい。実名は報道されていなかったが、殺されたのは「女子高生」だったと、事務的な口調で可愛らしい女子アナが伝えていた。
多分、ネットでは既に実名は明らかとなっているのだろう。この世界は、プライバシーなんてあってないようなものだ。自分は大丈夫だと思っていても、それは世界が自分に目を向けていないだけだ。一度世界が自分に注目すれば、何もかもが明らかとなってしまう。
世界は簡単に、俺たちを裏切る。
引き続き、事件の詳細についての映像が流れるTVを見ながら、俺はジャケットを羽織った。どうせ仕事場に着けば、暖房が効いているので、すぐに脱いでしまうのだが。
そのまま家を出ようと鞄の中を漁ると、煙草が無いことに気づいて、前日の記憶を必死に遡ろうとする。
『大人は娯楽がいっぱいあっていいですね。煙草を吸っても咎められないし、お酒を飲んでも怒られない。狡いです、大人は』
嗚呼。嫌なことを思い出しちまった。
それは煙草の居場所ではなく、数日前、煙草を吸っていたときの記憶だった。確か、あの日吸っていた銘柄は、ジタン。今探し求めている煙草と同じだった。
人間は、匂いや味で記憶を呼び覚ますことがあるらしいが、煙草もそうなのかもしれない。煙に包んだ記憶を呼び覚ますような、そんな効果があるような気がした。
俺が教室内で煙草を吸っているのを、心底羨ましそうに見ていたあいつ。子供を正しい道に導くための仕事をしている俺が煙草を吸ってはいかんよな、と思いながらも、これがなかなかやめられない。
煙草の煙は、冬の吐息に似ている。はじめは白く、そして段々と先っちょから透明になって、消えてゆく。あの日の煙草も、そうやって窓の外に消えていった。
あいつは今、どうしているのだろうか。
彼は同じ高校の女子を殺した。彼はいつも、孤独だった。『誰とも交われないんです、僕は』と言っていた。彼女とも、交われなかったのだろうか。
殺された女子についてはよく知らない。かなりの美人で、けっこう有名だったらしい。事件があった後、色々と写真を見たが、確かに整った顔立ちの、美人さんだった。あいつはそれをメッタメッタのギッタギタにしたらしい。彼女の顔に、何か恨みでもあったのだろうか。
「何故、あんなことをしたんだ?」
面会をしたときに彼にした質問を、もう1度声に出してみる。
確か、そのときの彼は、儚げに笑って、
「『やってみたかったから』か。……俺が煙草を始めた理由と同じじゃんかよ……」
ふぅ、とため息をついて、俺はテレビの下の引き出しを開ける。煙草はそこにあった。
『なお、容疑者は獄中で自殺を……』
ついでにそこに入っていたヘッドフォンも取り出して、装着する。もう、何も聞きたくなかった。
TVを消して、玄関へと向かう。煙草はズボンのポケットに入れた。外に出れば、冷たい空気と、曇り空。今日は雪が降りそうだな、と思った。
いつも通りだ。何も変わらない、そんな日常。
『僕は神様なんて信じちゃいません。神様なんていない。いやしない。だって、みんな幸せでしょう。僕以外、みんな、幸せじゃないですか。あなたも、あいつも、そして彼女も。みんな、背中に神様が張り付いてくれているから、幸福なんです。僕は幸福になれなかった。それってつまり、僕には神様はいないってことだ。僕は、人殺しで未来のない、この上なく不幸な人間だから』
ガラスに隔たれたあの空間で、あいつがぽつりと零した言葉たち。神様。幸福。不幸。未来。
「……神様なんて、最初からいやしないんだよ」
歩きながら火を点けた煙草の火を見つめながら、呟く。煙草を咥え、吐き出した息は真っ白で、それは冬の吐息か、それとも煙草の煙か。
2つ、静かに冬の空に溶けていった。
*
こんばんは。お世話になっております。
素敵なスレッドがたっていたので、投稿させていただきました。一応私が昔書いていた小説の番外編のようなものですが、これ単体でも読めるかな、と思い、執筆しました(笑)
ありがとうございました。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.14 )
- 日時: 2017/09/07 23:17
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: BxpjBgpE)
*
>>006⇒塩糖さん
いえいえ、なんもですよ。パスワード打ち間違えると、修正できませんものね(笑) 浅葱も経験したことがある身なので、わかります。
七味とマヨネーズですか、意外な組み合わせですね……。次タコから揚げ食べる機会がありましたら、七味マヨに挑戦してみようと思います(ω)
*
>>007⇒キャプテン・ファルコンさん
浅葱も知っておりますよ。そろそろ名前戻さないと、もう戻れないんじゃないかなって思うんだけど、どうするんですか(笑)
ですね。長編よりSSとか短編で対比させる方が、きれいにまとまりがあるなーと感じたりします。
長編だと対比云々よりも伏線回収に力が注がれてしまうのかもしれないですよね。
なんかいいなぁ、そういう思い出しながら書けるって。なんだかファルコンさんが格好良く見えますね(笑)
考え方が違うからぶつかり合うこともあるでしょうし、違うからこそ相手を尊重し合えるっていうこともありますよね、きっと。少しの話しか分からないですけれど、素敵だなぁと思います。
なるほど……。自分の書き方と違う部分で、面白いですね。思えばファルコンさんとこうやって創作の話をしたのは、初めてですね(笑) ファルコンさんの作品好きなんですけれど、他所だとどう足掻いても語彙力が低下してしまうのですよね。
たしかに「かも」と推測・憶測の意味合いが強い言い方よりも、「しれない」という語尾のほうが、自分の強い考えって雰囲気がでますね。なるほど。読点の意味合いもよく理解していなかったですね……。自分の読解力が悲しくなりますが、次はさらに考えながら読んだりしてみますねb
いえ、とても良いきっかけになったと思います。レス無しで上がっていく参照数って、少し怖いじゃないですか(笑)
投稿してくれてありがとう。
次は10月に入る頃になるかもしれないです。ちょっと学業のほうが忙しくなってきてしまって。また他所のほうで、第2回目が開催されたとき連絡しますね。またの参加楽しみにまってます(ω)
*
>>008⇒ヨモツカミさん
思いのほか参加される方が多かったですから、萎縮してしまうかもしれないですよね。自分もここまでの規模になるとは想定外でした(汗)
もし此方での投稿が憚られそうでしたら、ベッター等々でも読みに行きますねb
なんだかヨモツカミさんらしいですね(笑) 全粒粉クッキーは粉っぽいというか、歯に詰まる感じがして苦手ですね……。歯に詰まる感覚がないものでお菓子を選ぶと、もれなくじゃがりこ以外食べられなくなります(ω)
いわゆる「科学の力ってすげー!」ってやつですね、よくわかります。ポケットに入るタイプのモンスターでもよくやってました。ブルボンと明治が戦ったらどっちが勝つんでしょうね……。個人的にはプチシリーズがあるブルボンが優勢になりそうな気がしたリしてます。
間違ったままより、次回から気を付けようって思えた方が文字を書く人間としては成長に繋がりそうですよね。
*
>>009⇒流沢藍蓮さん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
少年と母と父、また、様々な視点で話を書かれるの難しかったのではないでしょうか。様々な思いの丈であったり、どうしようもない場面に直面してしまったら、発狂してしまう人もいるのかもしれないなと思いながら読ませていただきました。
視点変更が目まぐるしく変わっていってしまっていたので、せっかくの設定が勿体ないなという気持ちです(ω)
終わりを迎えた人達の、いろいろな様子を見ることができた作品で、楽しく読めましたb
以下少しだけ、気になったことをつらつらと書いていってみますね。
はじめに、地の文と会話文が連続していたり、改行で離れている部分とがあったので、統一したほうが読みやすいなぁと思います。改行の量などで時間や場面の移り変わり表現しているのかな? とも感じましたが、少し読みにくいかもしれません(汗)
それと、これからいろいろな文学作品に触れて、地の文が増えていくといいなと思います。まだまだ文章自体は発展途上だろうと思います。小説の基本的な書き方を改めて確認してみたり、小説に触れてみると、より成長できる気がします(ω)
最後に載せていたのは、詩でしょうか? 自分の予想していたSSの形と違っていて、新たな発見ではあったのですが、詩を書かないほうが作品としてまとまりがあったなと感じてしまいました(汗)
*
>>010⇒奈由さん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
感想等の前に一つご確認させていただきますが、親記事には目を通されましたでしょうか。指定した文の改変等無し、と明記していない此方に不備があって申し訳ありません。改めて親記事を修正しますが、「今日、全てのテレビ番組がある話題を報道していた。」ちう文章のみ改変を認めておりません。
次回参加していただけましたら、意識していただけると主催としてもうれしく思います。
一夜で大多数である一般人から少数派へと転換することで、周囲の対応等変わることってありますよね。能力の付与を使って、そうした『少数派を嫌がる大多数』というのが描かれているなぁと思います。自分だと少数派の中で消えていく一部の人間を切り取った作品しか書けないので、似た雰囲気でも結末の異なる作品を見ることができて楽しかったです。
少し気になったところですが、地の文を始める際には空白で段落開けを行うと、読みやすいのではないかなと思います。ほかの文との区別ができますので、おすすめします。あと、文の終わりは句点で閉めましょう。どこまでが一文かが分からなくなってしまって、せっかくの文章が勿体ないです(ω) それと、セリフ中の空白は、読点で区切るなど、工夫してみるといいかもしれないですb
一番気になったのは「、、、」で、これは「……」の代わりにはならないので、後者の表現に変えたほうが上手く見えるかな? と思ってしまいました。
もっともっと描写が増えていくと、さらに魅力的な作品になると思うので、これからも楽しみです(ω)
当サイトの「小説の書き方・ルール」というコンテンツがあるので、そちらを参考にしてみるとよいかもしれませんb
*
予想していた以上の参加者さんに来ていただけて、嬉しい反面驚きが隠せません……。
本日は以上の返信で区切らせていただきます、その他返信に関しましては翌日には行えるかと思います。
ぜひ研鑽し合っていただければと思います。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】注意追記 ( No.15 )
- 日時: 2017/09/07 23:33
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: .SQTAVtg)
どうもこんばんは。ざざっとあまり考えずに書いた話になりますが、自分らしさは出せたかな、と思います。
他の人の考えた文章から書くのは改めて難しいことだなぁと思いました。自分だったらこっちの単語を使うだろうなとか、そう思いながらカタカタしていました。
*
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。元国民的アイドルのAさんが不倫したって話だった。
他人の恋愛沙汰なんて、放っておけば良いのに。全く自分に関わりのない、生まれる前の世代のアイドルの話なんて興味ないし。
プツンという小さな音を立てて、テレビがただの箱に戻った。
暇つぶしのつもりでつけたはずなのに、どのチャンネルもこのニュースしかやっていなくて、なんの役にも立たない。ベッドの脇に置かれた棚に積み上げた本は、もう内容を暗記してしまった。チューブが繋がれた自分の腕を動かさないように、そっと身体を起こして立ち上がる。
私は、いわゆる不治の病というやつらしい。三年前にいきなり倒れて病院に運ばれて、それ以来ずっと入院している。余命もあと少し。十年ぐらい前に初めて症例が報告されて、それ以来、毎年数人程度しか発症しないためか全然研究も進まず、特効薬とか、原因とか、どんな症状が起こるかとかも曖昧なデータしか取れていない。でも、確実にその病気にかかった人は死ぬ。いつかは分からない。五日後に死んだ人もいるし、私みたいに三年経って生きている人もいる。
そういえば、これもニュースで散々騒がれた話題だったっけ。ある日突然、全身に赤い痣が現れる病気が見つかったって。身体に炎が這ったような、真っ赤な痣。自分じゃ何にも感じないのに、他人が肌に触ると焼けるように熱くて、火傷してしまう。『火炎病』とセンスのない大人は名付けたらしい。
私はその時も、自分には関係ないことだと嘲笑っていた気がする。報道されるような事象は、確かに重要なものが多いけれど自分には関係のない話。首脳会談も、芸能人の恋愛沙汰も、それで自分の生活がすぐに変わるわけじゃない。
「清水さん? あなたどこに行くの?」
「屋上です。寝ているのに飽きちゃったので。誰にも触れないので一人で大丈夫です」
歩いていたら、案の定看護師に声をかけられた。
病院の外に出るのは禁止、何かしたかったら許可を取る、あまり動かないで安静にしていること。私はすでにこの鉄則をすべて三十回は破って怒られている。そのためか、看護師も私に対して当たりが強いし、厄介な患者だと思われているはずだ。
だって、私は身体に赤い痣がある以外は何ともない。頭が痛いわけでも、おなかが痛いわけでも、どこか怪我をしているわけでもない。ただちょっと、私に触れた人が火傷を負うだけ。
もう、退屈すぎるんだ。
「またそんなこと言って逃げ出すんでしょう? いい加減におとなしく病室にいてちょうだい!」
「嫌です。だったら私が退屈しないように色々してくれるんですか? そういうの看護師の仕事じゃないって言い放ったのあなた達ですよね。だったら、邪魔しないでください。人に触らなければ、私は何の害もない。そこらの感染症患者よりよっぽど安全じゃないですか」
「勝手にうろうろして毎回探すのは私たちなのよ。あなたが病室にいないと、色んな所から言われるの。原因不明の病の患者を放し飼いにするなって。諦めなさ……あっちょっと待ちなさい!」
屋上までの廊下を全速力で走った。すれ違う人が驚いたような顔で道を開けるのを横目に、ひたすら走る。血圧とか脈拍を測る機械が取れるのも構わずに、思いっきり身体を動かしていた。
ガタン、と大きな音をたてて屋上の扉を開く。珍しく誰一人いなかった。扉の外側にもたれかかるように座り、息を整える。でも全然意味がないみたいで、荒い息しか出てこない。身体の芯が熱くて、全身から汗をかいていた。
こんな痣、なんで私を選んで出来たのか。人間ならいくらでもいる。どうして私がこんな退屈な人生を送る必要があるの?
ガンッガンッと扉を叩く音と、私を呼ぶ声がする。
――ねぇ、一人にしてよ。
夕方、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。朝と変わらず、どのチャンネルでもその話題しか取り上げてない。
「……『火炎病』の原因の解明、ならびに特効薬の開発によ」
プツンという小さな音を立てて、テレビがただの箱に戻った。向かいにあるベッドは綺麗に片づけられている。脇にある棚に積まれていた本も、すべて無くなっていた。
「バイバイ」
私は最後に、そう言い放った。
*
さて、『私』は生きているのでしょうか。死んだのでしょうか?
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.16 )
- 日時: 2017/09/08 00:30
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: QXYGJewc)
>>14
丁寧な感想、ありがとうございます!
視点変更、やりすぎましたか……。様々な立場のキャラを書こうとしたのが裏目に出た結果になりましたね。う~む、もっと精進せねば。
>>地の文と会話文が連続していたり、改行で離れている部分とがあった
……おかしいですか? う~む。
ダーク・ファンタジー板でちまちま小説を書いているのですが、そこでもその方法を多用しています。
改行を多用することで場面展開や「溜め」を作り、次の行が来るまでの間に「間」を作ろうと考えてのことですが……。おかしいですか。以降の話では気をつけます。
確かに、見直したところ、読みにくいですね……。
でも、くっつけるとごちゃごちゃして読みにくいかな、と。まあ、そういえるほど地の文も書いていませんね(汗)
>>それと、これからいろいろな文学作品に触れて、地の文が増えていくといいなと思います。まだまだ文章自体は発展途上だろうと思います。小説の基本的な書き方を改めて確認してみたり、小説に触れてみると、より成長できる気がします(ω)
>>地の文について
はい、苦手なジャンルだからって、会話文で誤魔化しました。言い訳のしようがないですね。
小説の基本的な書き方……。時には原点に戻ることも大切ですね!
貴重なアドバイス、ありがとうございました!
最後の詩、邪魔でしたか。
これは>>9で私が言っていた、「何となく浮かんだ詩」ですね。
確かに、見直してみるとこれだけ浮いている……。
……削除することにいたします。
わざわざこんなご丁寧なコメント、ありがとうございました!
自分の文の稚拙さを改めて思い知らされました……。
しかし、ここは【練習】のようですし。
機会あったら、自分の技術向上のためにまた来ますね。
今回はどうも、ありがとうございました!
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】注意追記 ( No.17 )
- 日時: 2017/09/08 04:57
- 名前: 紅蓮の流星◆vcRbhehpKE (ID: lvPN8NMw)
一部のカキコ民の皆さんを「ビクッ」ってさせたくて、久しぶりにこちらのペンネームを使いました。
紅蓮の流星といいます、普段はViridisと名乗っています。
短いうえに拙くて、挙句ほとんど勢いで書いたもので申し訳ありませんが、面白いスレッドを見つけたのでお邪魔させていただければと思います。
読んでいただければ幸いです。
*
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
いや最適な表現ではないかもしれない。報道させられていると言った方が良いだろうか。
でなければあり得ないだろう。駅前に軒を連ねる電機店の店頭で、整列した商品たち。雑踏にどよめく人々の、スマートフォンやタブレットの小さい液晶。そびえ立つ広告塔の巨大モニター。俺らの日常に溢れたそれらが、ただひとりの少女を映している有り様など。
彼女は丹念にくしけずられた濡れ羽色の長髪を揺らし、黒いゴシック調のドレスに身を包んでいる。腰を引き締めるコルセットが華奢な体躯を強調しており、短い丈のフリルと、編み上げのブーツに挟まれた色白い太ももがやけに官能的だ。
それらが痛々しく映らず、見惚れるほどの整合性を放っているのは、ひとえに彼女自身が持つ美貌のお陰でもあるだろう。
しかし、だからこそ、人形じみた顔立ちに浮かべられた凶暴な笑み、そして細い肩下を通し首から吊り下げられたテレキャスターがいっそう歪に際立っている。
『ハイッ、そういうワケで。現代というディストピアで死ぬまで生きるだけの、歩く墓標こと日本国民の皆々様方、ご機嫌麗しゅう。薄っぺらな脳ミソで薄々と勘付いちゃいると思いますが、現時刻を以て、全テレビ局のチャンネルを占拠させていただきましたッ!』
駅前のスクランブル交差点で思わず立ち止まっている人々の多くが、アホかマヌケみたいに口を半開いたまま唖然と立ち尽くしていた。あるいはどこからか「何コレ、ドッキリ? 何かの企画?」「え、よく分かんないんだけどこれ何、ヤバくね?」「宣伝とかじゃないの?」などと、歩く墓標らしい感想をめいめいに連ねている。
静寂から動揺や困惑となって、ざわめきの波紋が広がり始めた。なので好都合だと思い、俺は背負っている荷物をその場で下ろす。
『かの素晴らしきクソッタレな表現規制法が可決されちゃって以来、ハルシオン・デイズの居心地は如何でしたかぁ? 子守歌も聞こえない揺りかごの中は、さぞや快適だったろ』
あのアホ女、ついに、本当にやりやがった。
溜め息を吐きながら、ドラムバッグのジッパーをゆっくりと下ろしていく。あんな姿を見せ付けられては、こっちも体を張るしかないだろう。
徹底された表現規制の前では、こういうモノを持っているだけでも罪に問われかねない。無免許で楽器を所持することと、銃刀法違反はほぼ同義であるからだ。迂闊にこんなもの取り出しているところを見られたりしたら、即、国家権力に取り上げられ決して俺の元へ戻ってこない。
だからこそ今日は、今日だけは盛大に魂を掻き鳴らすため、画面の向こうでアドルフ・ヒトラーもかくやと言わんばかりのカリスマを振り撒く魔女に誑かされてやろう。
そう誓ったのだ。
『けれど悪いね。僕ら表現者は、一生一秒たりとも黙って居られやしないんだ』
♪
表現規制法という新たな法律は、簡潔な名前だからこそ容赦がなかった。
絵、歌、詩、文章、小説、漫画、音楽、ダンス、立体アート、その他おおよそ思いつく限り全ての創作物に対して、取り分け「青少年の健全な成長に悪影響を及ぼす」と一方的な判断を下されたものに対して徹底的な規制と排斥が為された。
それはあまり昔のことではなく、俺の記憶にも新しい。当時は来る日も来る日もどこもかしこも不平不満の嵐に包まれたけれど、いつしかひとり、またひとりと口をつぐんだ。言論規制の違反に対する罰を恐れたのもあったろうけれど、俺に言わせれば、現状が浸透してしまった最たる原因は彼ら自身だと思う。
口では好き勝手を言いながら、自分のハンドルを切るのも他人任せだから、こんなハズじゃ無かったのになどと愚痴零すハメになるのだ。お前らは不満を吐き出す機能に手足がついただけの節足動物だ。
でなければ、どうして俺たちの抱く溶岩が蓋をされる前に、噛み付いてやらなかった。時間ばっかり貪って肥え太った老害たちの、シワと脂が浮き出た喉笛に。
「中途半端な厨二病はカッコ悪いぞォー、君」
昼休みに、元天文部の部室にある小さな窓から屋上へと抜け出て、こっそり隠し持っていたミュージックプレーヤーで過去の遺物を聞き漁る。ぬるい泥水が水槽を満たすように、教室に飛び交っていたノイズで心が擦り減らされる瞬間が嫌だからだ。
そうして時間を潰していた俺に、彼女は言い放った。見上げて、すごく可愛い顔立ちの子だと思った。
それから提案してきた。彼女の見た目に関する評価は、すぐにスッ飛んだ。
「斜に構えるなら、突き抜けちまえよ……――この日本(くに)に、喧嘩売ろうぜ」
この瞬間、俺の彼女に対する愛称は「アホ女」で確定することとなる。
♪
年月が経つのは、早いもので。
立ち上がる同志たちを密かにかき集め、即座に来るであろう警官隊や機動隊への対策を練り、テレビ局各局を乗っ取るための根回しに奔走し、かれこれ数年にもなる。おかげで計画の第一段階は重畳といったところだろう。
ドラムバッグからケースを、そしてその中からスラップベースを取り出す。侍が丁寧に自らの得物を抜くような心持ちで。表現規制法に対するせめてもの細やかな反抗として、かつて中学校の全校集会で単身ゲリラライブを敢行した日が思い出される。
だからこのスラップベースは、二代目。親父から譲り受けた初代のものは、いまだ俺の手元に戻ってきていない。
『だから、さあ取り戻そうじゃあないか! 僕らのちっぽけな尊厳を! くだらない権利を! 泥臭い矜持を!』
画面の向こうで支離滅裂な言刃を掲げる少女。愛すべき凶器を取り出した俺。
信じられないものを見る視線が周りから集まっている間に、背後に何も言わず、しかしぞろぞろと同志たちが集まっていく。
危うく燻ぶったまま、音もなく消え行ってしまう直前だった俺を、彼女はふたたび燃え上がらせた。若い俺をどうしようもなく急き立てていた「絶望」と「焦燥感」を、彼女はふたたび思い出させた。
今日ここに集まったのは、そんな俺と同じような人間たち。胸の内で煮えたぎる紅蓮の烈風を殺しきれないまま、死地へと舞い戻って来た表現者たちである。めいめいの楽器を、または描いた絵を、あるいはもっと他の何かを、抱えて彼ら彼女らは共に上を見据える。
巨大モニターから視線を送る彼女に、こちらが見えているハズはない。しかし確かに、彼女が俺たちを見て、満足げに嗤った気がした。
俺たちは今日、この都内で同時多発的にゲリラライブを行う。
きっとすぐに国家権力がローラー作戦で俺らを鎮圧するために向かうだろう。そう長い時間やりたい放題というワケにはいかないだろう。
けれど少なくとも、何もできないワケじゃあないさ。
引き際も上手く見極めないとな、なんて考えて、やっぱりやめた。今それを考えるのは、あまりに野暮だと思えたから。
『さあさ、邪魔するヤツはこのテレキャスターで撃ち殺してやる! 弦の一本一本が叫ぶ音で、スティックの一打一打が叩き出す振動で、我らの一挙一動が奏でる、魂の響きで!』
今は後先を考えずに楽しむだけ。
そうしてにやりと笑い踏み出した俺たちの第一歩目は、のちに『表現戦争』と呼ばれる出来事の始まりとなるのだと、それすらも今は知らないままで。
『……――サイレントマジョリティーも言論の弾圧も、権力も規制も何もかんもブッ飛ばして、お前ら寝ぼけたリビング・デッドの目を覚ましてやるッ!!』
愛すべき我らのアホ女が吼えた号令と共に。
テレキャスターが唸りを上げて。スラップベースが刻みを始め。
ただ衝動と、焦りと、飢えと、乾きと、そして胸の奥から湧き上がる疾走感に身を委ね、世界に反撃の狼煙を上げた。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】注意追記 ( No.18 )
- 日時: 2017/09/08 00:51
- 名前: ヨモツカミ (ID: qQDUVhHk)
>>流沢藍蓮さん
お名前だけよく見かけますが、はじめましてですね。少年は中学生くらいでしょうか。とても中学生らしさが出ていていいですね。
カップルは儚い運命に決意するところ、素敵だと思います。共に死ぬ事になんの意味があるのか考えさせられますが、二人が幸せだと笑うならハッピーエンドですね。世界の終わりに寄り添い会える人がいるならいいですよね、死ぬときは普通みんな孤独ですから。
最後のポエムのような物が、何処となく雰囲気を壊しているような気がしてしまいました。私は厨ニ病感あって好きですが。無くてもいいかも、と思います。
>>奈由さん
はじめまして。このお題で能力者の発表、という展開は全然予想してなかったので新鮮味を感じました。なぜ主人公だけ能力2つ持ちなのか、この先の展開が気になる短編でしたね。短編だから続かないのが惜しい。
少し気になったのが、自分が平凡な日常を続けていたある日、突然謎の能力を手にしまった人間としては反応うすすぎないかな、と。そういう性格の子なのかもしれませんが、ちょっと人間味にかけるなあと思いました。
>>キリさん
此方では初めまして。キリさんの文章好きです。意識の棘とかの表現見たときにやっべ好き、てなりました。好きです。
最初、ニュースを聞き取れない様なので、耳の聞こえない少年かと思って読みすすめていたのですが、別に聞こえない訳ではないのですね。というか、スーツということは少年ですらなかったですねw
最後まで読み切っても、脱走したフレンズの正体はわからず、その鳴き声と惨状だけで想像するしかなくて、私の知ってるフレンズにそんなことする悪い子はいないので、クトゥルフ的な化物を想像してしまいました。わからない、という気持ち悪さが最高です。
>>波くんさん
久しぶり?でーす。剣のき君がとても可愛くて和みました。首からゴーグル、そしてヘルメット着用なんて、なにその夏休み満喫るんるんボーイ。かわいい。そういうとこにもやっぱり現実を理解できてないんだな感を感じていいですね。あと割とみんなバッドエンドの中、平和を投下したところにもほっこり。
このお題からして、隕石は私も最初に思い浮かんだパターンだったので、他の誰かも書くだろうと思ったら2名書かれてましたが、お二人とも違った心理描写をされていて面白いと感じました。
ちょっと思ったより来てくださる方多くて読みきれてないので、とりあえず今回はここまでで。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.19 )
- 日時: 2017/09/08 06:17
- 名前: 羅知 (ID: LQXHLI1Q)
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。今日はその話題で日本中持ちきりだ。例えば今つけたニュース、なんだか随分と物騒な格好をした人達が頑丈そうな建物の周りに集まって叫んでいる。チャンネルを変えればまた違う場面が映る。今回の騒動についてのインタビューのようだ。話を聞かれた人は眉を潜めて大袈裟に身を竦めて怖がっていた。の光景はきっと当人からしたら、必死極まりないのだろうけど、愛すべき猫との二人暮らしで実に平和で穏やかな生活を送っている僕からしたら、なんだか滑稽に映った。
「ねぇ、君もそう思う………?」
僕が、そう言ってふわふわの毛並みのをさらりと撫でてやると猫は、にゃあと言って気持ち良さそうに声を出した。その声を聞くとふわふわと天にでも浮かんでいけそうになる気分になる。幸せ、とはこういうことをいうんだと思う。愛する者と共に過ごす生活、それはとてつもなく尊いことだ。どうして誰もそのことに気が付かないのだろう。
そんな所でごちゃごちゃ無駄なことのために動いてるくらいなら愛する者に気持ちを告げた方がきっと世界は百倍良くなる。意味のない仕事に必死になる人間。奥底では思ってもいないくせに口から出任せをいうインタビューに答える人間。そしてそれに共感したりしなかったりする傍観者。皆、馬鹿野郎なのだ。世の中で一番大事なのは常識か?建前か?
愛だろ、愛。
「なんで誰も気が付かないんだろうね。そんな当たり前のことを」
そんな言葉に答えるかのように、猫は大きな欠伸をした。今やってるニュースのことなんてまるで眼中にない。そんな様子だ。猫らしい勝手気ままな態度。そんな姿も可愛らしい。やはり僕の猫は最高だ。衝動に駆られてぎゅ、と抱き締めるとざらりと首筋を暖かい感触が這う。そしてそのままの姿勢で僕の膝の上でちょこんとお行儀よく君は座った。……なんだか今日の君は随分と甘えたがりだ、パンチの一つでも飛んでくるかと思ったのに。
(猫は気まま、ね)
そんな君の我が儘さえ愛しい。それじゃあ、そんな君の奴隷の僕は君のご機嫌取りに美味しい食べ物でも買ってこようか。今日は少し奮発しよう。いつもより少し多めに買ってこよう。喜んでむしゃむしゃと食べる君の姿を想像しただけで心が自然と弾む。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
僕が玄関のドアに手を掛けると、君は寂しそうになぁなぁと鳴く。僕の服の裾を引っ張り、行かせまいと呼び止める。
「本当に今日の君は甘えん坊だな。……ほら、すぐ帰ってくるから離してね」
寂しがり屋の君が不安がらないように、にっこりと微笑んで僕は玄関に手を掛けた。
「またね」
閉めたドアからまだ君の鳴く声が聞こえていた。
∮
その部屋に彼女が入れられてから何時間経っただろうか。窓も何もないようなそんな部屋でまだ年端もいかない少女は、彼女の倍の年齢はあるかと思われる大人達に囲まれながらも、固く閉じられていた口をついには開いた。気の強そうなつり目をぎょろりと動かして周りをきっ、と一瞬睨むと、ふと優しげな顔つきになって彼女は虚空を見つめ、どこか虚ろな目で懐かしそうに、まるで独り言のようなそんな言葉を彼女は吐いた。
「初めに壊れたのは"あの人"の方だった。きっとあたしに対する罪悪感からなんだろう、あの人はとても優しい人だから」
「"あの人"はあたしを愛してくれたよ、頭を撫でてくれた、美味しいご飯をくれた、温もりをくれた、柔らかな笑顔をくれた…………あたしが今まで貰わなかったものを、全部、くれた」
「"あの人"があたしを愛すかのように、あたしは"あの人"を愛した」
「"あの人"が望むならあたしは首輪を着けてもらったって構わなかったのに……あの人はあたしを、あの人の"飼い猫"にはしてくれなかった。いつだって逃げれた……逃げなかったのは"あたしの意志"だ」
「……だから、だから!!これは"誘拐事件"なんかじゃない。あたしのただの家出なんだよ。"あの人"は何にも悪くないんだ!!」
そんな様子を外側の部屋から見つめながら年配の警察官は、ぼそりと隣に立つ若い警官に言う。
「……典型的な"ストックホルム症候群"患者だぁな」
「ストックホルム症候群?」
物を知らない若い警官にはぁーとため息を吐きながら年配の警官は説明ふる。
「……誘拐された人間が誘拐した人間に対して情を持っちまう心理状態をそういうんだよ。……社長令嬢だからな、人に嫌なことを言われることも多かっただろう。そんな中で無条件に愛を注いでくれる人間に出会って……コロッといっちまったんだろ」
彼らがそこまで話し終えたとき、急に部屋の中から大きな笑い声が響いた。あの少女のものだ。
『あはははははははははははははははははははは!!!!』
部屋越しに聞こえる、その声は。
『あたしなんかに何時間も時間を使ってさぁ!!本当に馬鹿野郎だよアンタらは!!!!この世の中で一番大切なものはねぇ!!!!』
狂気そのもので。
『…………"愛だよ、愛"』
そんな少女の狂気を知ってか知らずか今日も全てのテレビ番組は無機質な声で同じ報道を流し続ける。
『--------本日××県、某所にて行方不明だった少女が救出されました。それと同時に誘拐犯と思われる男も連行され--------男は"猫に餌をあげなければならない"などの供述をしており----------』
『----連日世間を騒がせていた犯人がやっと捕まって、一安心ですね。これでやっとお茶の間に-------』
『---------"平和"が訪れることでしょう』
*こんにちは。初めまして。最近猫が好きになった羅知という者です。練習ということで普段は書かない感じのものを書かせて頂きました。他の方への感想は後日に書かせて頂きたいと思います。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】注意追記 ( No.20 )
- 日時: 2017/09/08 23:12
- 名前: 史楼糸◆qsEeUJCPAI (ID: lt1F/mE6)
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
「現代の最先端技術を施したAIをも遥かに凌ぐ超常的知能をもって、地球外生命体が地球に来訪」
表示されたテロップを読み上げるも、だれも聞いてはいなかっただろう。自分のまわりではそう多くない数の人々がじっとテレビ画面上に浮かび上がるその字面を追っていたのだ。
「先日、政府は初の地球外生命体の捕獲を迎え、今日未明、新たに一体の生命体の捕獲に成功したとの報告が入りました。先日同様、専門の研究施設へ護送されたとのことです。研究施設では解剖による検証を進行中です。また、その生命体は同種のものが複数地球に潜伏している可能性が高く、捜索は続けられていく模様です」
液晶の向こう側で、噛みもせず淡々と事実が告げられていくのを追った。
画面の右上に張りつけられた時刻に視線を奪われる。あと数時間もすれば、白衣を纏っているであろう身体を傾けた。磔にされていた四肢が動きだす。
*
「みんなご苦労だった。あとは検証チームに受け渡すだけだ。おもしろい結果が待っているだろうな」
「一体目の検証結果では、どうやら宇宙人どもはタイムスリップを実践していると判明したそうです」
「擬態もできるだろう。二体目の形状はすこし人間に似ていた。これからが楽しみだな!」
「そうだな。二体目の受け渡しは明朝になるから、扉の鍵は厳重に閉めておけよ」
「もちろんです。しっかり、閉めておきます」
「頼んだぞ」
ずれる足並みは遠のいていった。重たい扉を押し開けると、ブルーを帯びた暗光に室内へ誘われる。
機材や用具やチューブに囲まれて、それは頭部と腹の中身をぱっくりと開示していた。
たしかに、人間とよく似た形状をしている。
――あはれと想いながら、きれいなままの、皺のない手をとった。
「この星に残る同胞たちよ。必ず我々の星に帰るのだ。必ず。か」
読み取れた最後のデータを口にする。目前で息絶える、同胞の手を握り返した。
***
ここでは初めまして。史楼糸と申します。
皆様の作品を読ませて頂きました……! とても個性が豊かで、どの作品も読んでいてとても楽しかったです!
感想、というほどのものでもないですが、また後日コメントをするかと思われます。
勝手に参加させて頂きましたが、とても楽しかったです。また足を運びたいと思います。
素敵な企画を提示してくださり、ありがとうございます*
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.21 )
- 日時: 2017/09/09 02:33
- 名前: 夢精大好きちんぽ丸刈りされた陰部の毛 (ID: L5COiD.A) <https://twitter.com/kuga1467>
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
「だからよ? おらぁ、アレだ、その事に問題提起したいと思った訳よ。分かる? なんていうの? 社会への警鐘っつーか、国民への喚起というか、そーゆーやつよ」
内容は確か、他国の大統領が我が国の女性外交官と交際していたとか、そんな内容だった。
スキャンダラスな内容だ。下手したら外交問題、国際的トラブル。大衆の興味を惹かないわけが無いし、どのテレビ番組だって鉄板で放映するビッグニュース。
「まあ、分かるよ、下世話な話は皆好きだからよぉ。でもな、ちげーと思うんだよね、そら間違いだと思う訳だよもさ。だってよ、そうじゃない? あんたもそう思わない?」
「え、あ、えーっと、その、何が、違うん、ですか?」
「か~~~~~~、察しが悪い! 頭が悪い! 脳味噌は入ってんのかお嬢ちゃん!」
レジ台をバンバンと叩きながら、彼は唾を飛ばしつつ叫ぶ。五月蠅いし汚いし臭い。
目の前に居る男。正確には、目の前で【座っている男】は、いかつい顔で私に詰問、いや、説教をしてくる。
「だからよ! いくら立場のある人間だからって、別に恋愛は自由なんじゃねぇのか、っつーことだわ! 俺が言いたいのは、そーゆ―ことなんだわ!」
「は、はぁ……」
場所はコンビニ。深夜のコンビニエンスストアだ。因みに私はそのコンビニの店員で、目の前の説教男は一応客にカテゴライズされるであろう存在だ。
一応というのは、まあ、なんだ、簡単に説明してしまうとだ。
「だから俺は社会に問いかけたい。他人の自由恋愛を侵害してる暇があるなら、もっと他に目を向けるべき日常の悪はあるんじゃないのか? と! だから、此処にこうして俺は居て、あんたはこうして被害者だ、お分かり?」
「ま、あ、分からないでもないよーな、さっぱりわからないよーな」
彼がコンビニ強盗だからである。
「物わかりの悪い嬢ちゃんだ。あのさ、俺だって本当はこんなナイフ持って脅しなんか掛けたくないよ? 金を出せーなんてしたくないよ? 別に金にそこまで困ってないし、親の遺産とかたんまりあるし、取り敢えずあと三年は遊んで暮らせるレベルには貯金あるしね。だけど、やっぱ放っておけなかったね、義侠の心があったね、社会が歪んでいくのをただ眺めてはいられない、正義の思いがあったね。だからこうして皆の為に体を張ってる訳だわ」
そもそも、男は店に入って来た時からおかしかった。何がおかしかったって、まず服装がおかしかった。上が警察の制服で、下がこの近くの女子高のスカートだったのだ。
もうその時点で警察へ通報しそうになったし、カラーボールを手元に引き寄せそうになった。しかし、私は見かけで人を判断してはいけないと思い健気にも職務に忠実に爽やかな営業スマイルで、いらっしゃいませ~と元気よく声を発した。
結果がこれである。
なんだこの仕打ち。なんだこの不条理。
なんで私は時給千円ちょっとな深夜のコンビニバイトで、一人で店の営業を押し付けられてこんな目に合わないといけないのだ。
なんで、レジの台に座ってすね毛だらけの生足を見せつけながら、ナイフをこちらに向けてくる変態説教強盗の相手をせねばならんのだ。
スカートを履くなら、せめてすね毛を剃ってくれ! 体毛処理をしてくれ!!
「取り敢えず金を出せ。このコンビニにある金全部出せ。俺はその金を回収して、全額近くの孤児院に寄付してやる。悪行ついでに善行してやる。もうなんか、善とか悪とか、正義とか不義とかそんなん吹っ飛ばしてやる。善因で悪果を果たして、悪因で善果を為してやる。だからまず、その礎となれこの弱小コンビニエンスストアが! てか、深夜だってのを差し引いても、都心の立地で俺以外客ゼロなのマジでやべーな、経営が心配だわ!」
「あ、それは私も思いました。この時間にお客来たこと無いんですよ、近々潰れますよこのコンビニ」
「マジか。悲しい話だ。黙祷を捧げておくわ」
コンビニの売上をかっさらう強盗に経営を心配された上に黙祷されてしまった。じゃあ強盗するなよ。
「さ、話は終わりだ。俺の『社会情勢への憂い 第二章~地獄への誘いは憂国のアフタヌーンティーの後で~』を聞きたいだろうが、流石にそこまでの時間はねぇ、さっさと金を出せ。もしくは誰もが幸せに生きられる絶対幸福の社会を作り上げろ」
「あー、じゃあ前者にします」
ナイフを突きつけられた状態で抵抗する気も出ず、といううか、その行動は時給分には含まれていないとマニュアル人間に徹し、抵抗も一切せぬまま売り上げ金をレジ袋に適当に詰め込む。ついでに、金庫にあった金もぶち込み目の前の説教変態に渡す。
「はいありがとう。これで社会が一歩平和に近づいたわけだ。このコンビニの経営破綻にも一歩近づいて万々歳。労働から解放される君の未来は明るいってことだ! では、栄光ある我が祖国に拍手喝采未来激励、ありがとうの言葉を残してサヨウナラ!」
「はい、さような―――、あ、最後に一つ質問いいですか?」
「あ? なんだね、憂国の徒として今後絶賛売り出されることになるだろう私だが、サインならやらんぞ。字が下手だから恥ずかしい」
スカートを翻しながら出口に向けて颯爽と去ろうとした変態を引き止める。
さぁ、動きを止めたし拘束してとっちめて、通報して世の司法の残酷さを思い知れ! などと思ったわけではなく、少し疑問を抱いたからそれだけ解消したくなったのだ。
純粋にそれだけだ。
その内容とは。
「あの、おじさんのその上の警察服と、下のスカート、どこから調達したんですか?」
疑問だった。
コスプレショップ等で手に入れたのかもしれないが、色合いというか年季というかが生々しい。
どうにも実際に誰かが着用していた印象を受けていたので、気に成って仕様が無かった。
果たしてその解答は。
「ああ、上の制服は兄貴がお廻りだから拝借した。下のスカートは俺が教師だから、適当にクラスの教え子のスカートを拝借した。それだけだ。もういいか?」
「……………………あ、はい、いいです。ありがとう御座いました。またのご来店をお待ちしております」
ぴろぴろーん、ぴろぴろりーん。
気の抜けた自動ドアの開閉アナウンス。
変態強盗が去っていくのを見送り、私は前を見据える。
やらなければならない事は沢山だ。まず、警察に通報しなければならない、店長に電話も一応した方がいいかもしれない。あとは、なんだろう、あの男を追いかけてカラーボールをぶつけてやろうか。
そう考え、取り敢えず後ろの棚に置いてあるボールを手に取る。
いや、しかし、そうか。警官の兄はまだいいとして、本人が教職か。そうか、だからちょっと説教臭かったのか。
教師だから、社会情勢とかに目を向けてたのか、義務感とかそういうのが強い人なんだろうな。
なっとくなっとくぅ~。
「ってぇ、納得できるかァ!!」
そう叫びながら、私は誰も居ないコンビニで力任せにカラーボールを床に叩きつけた。
派手な音と、鮮やかな色彩が床に広がる。
それをぼんやりと見つめながら、私は思い至り、小さな決心をする。
ああ、変態強盗、あんたは社会は変えられないだろう、どうせすぐに捕まるだろう。だけど、確かに一つ成し遂げたぞ、確かに一つの世界を塗り替えたぞ。
その世界は、小さくてちっぽけでなんでもないけれども、それでも確かに変える事に成功したぞ。
私は敗北感を味わいながら、謎の満足感と安堵を覚えつつ、一言呟いた。
「このバイト、やめよ」
時給低いし変態来るし、やめちゃおう。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.22 )
- 日時: 2017/09/09 13:47
- 名前: アロンアルファ
- 参照: 昔はID表示が無かったし、こうやって今は無き参照欄に一言書き綴ったりとかしてましたよね。
*(閲覧注意なので目を閉じてスクロールでふっ飛ばしてもかまいません。ご希望があれば削除します。)
長文で失礼します。独白っぽくなってしまいましたが、人生初の一人称視点で書いてみました。文章ってどうやったらうまく切り詰めれるのでしょうかね。
不躾な通りすがりですがよろしくお願いします。
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。それは、妊娠三か月の新婚女性が猟奇的に殺されたという物である。近隣国の武力行使でも天災による壊滅的な被害でもないが、どのチャンネルもそれを取り上げるのに納得が行く、と言いたいところだが、朝のワイドショーでの報道であるためか多くは語られず、出演者がただただ異口同音に異常だの気持ち悪いだのと放つばかりだ。怪奇的な惨状である事はなんとなく察し付くが、冷めた俺にはなにも衝撃的に感じられなかった。ああ、どうせガキの悪戯みたいで下らない有様なのだろう。犯人は芸術か何かのつもりでやってるのかもしれないが、俺から言わせてみれば、殺人とは単純に虐殺として楽しむ事が重要なのであって、そこに大義名分を絡ませると味がチープになる。ましてや死体という生命を宿さない物体を加工するだなんて、何が面白いのだろうか。
まあ、なんだかんだでこうした賑わいもあってまた楽しい季節。窓からみる景色は青一色であり、差し込む日差しは温かく、心身が急速に充填される。――いや、されねえよ。ここはフラストレーションの反射炉であり、シャバの大衆にとってはうれしい事ほどディストレスに置換されて虚しくなる閉鎖空間、その名も精神病棟。朝からセロクエルの黄色い二粒を飲まされ薄ぼんやりした気分のまま退屈を過ごすだけの日々を、もう半年続けている。本当なら今頃大学生やってんだろうなぁ。
俺は小学生になったときから、庭にスペアミントをただ植え付け続けるだけという意味不明な趣味があった。――ただし、建前上は。雨上がりの帰り道に、親とはぐれてしまった子猫と偶然出会い、それが懐いてきた事が切欠だ。物心ついた時から輪に入ろうとせず一人遊んできた俺にとっては、人生初の友達が出来た瞬間になるはずであったが、家に連れて帰った時、「家中をオシッコだらけにする」と言われて飼育を許されず、どうしようかと悩んだ時にランドセルの筆箱に鋏が入ってたのを思い出し、ガキンチョならではの短絡的発想で、子猫を押さえつけて強引に力ずくで性器を抉り落とした時、その叫び声で劣情に目覚めてしまう。
目の前の恐怖とおぞましさに涙するも得体のしれない心地よさに大声で笑い、何度も何度も鋏を振り翳して、ふと冷静になった時にはもうそれは子猫でも何でもない塊になっていた。親にバレたらヤバいと顔を青くし、咄嗟にそれを庭に埋めた後、近所の公園で腕の返り血を流して家に帰ると真っ先に母が駆けつけて俺を抱きかかえる。笑い声は子猫の叫び声を書き消し、傍からみれば子供がただひたすらに大泣きしているような状態だったらしく、母は「ごめんね」と繰り返すが、俺は頭に焼き付いた子猫が叫ぶビジョンに呆然としつづけるだけだった。
次の日の学校の帰り、同じ場所でまた子猫を見つけた。柄は違うがおそらく兄弟猫だろう。当然思い出すのは昨日の出来事であり、劣情が再び沸き上がる。またあの叫びを聞きたくなった俺は、あまり懐く様子ではないその子猫を無理やりランドセルに入れて、近場の家の垣根から縄を一本ほどいて手に取り、少し遠くの空き地の茂みに連れて行った。両腕を縄できつく固く結んでその場の低木につるし、地面の小砂利を掌いっぱいに握って思いっきり投げつけると、それは昨日ほどではないが大声で叫ぶ。やっぱり楽しい、というか昨日と違ってなんか純粋に面白いと思い、何度も何度も、1時間ぐらいずっと小砂利を浴びせ続けて、自分が疲れてばててしまった。子猫は全身が赤茶け眼球が真っ赤になり、末端が僅かに動く程度まで弱っている。可哀想だから兄弟そろって天国にいけるようにと家まで持ち帰り、同じ場所に埋めた。その時に腐臭を嗅ぎ取り、これが原因でばれたらヤバいと思って少し悩んだが、ある物が目に入る。
園芸用品を詰めた籠の中に、一包のスペアミントの種子。「よっしゃ!これだ!」と思った俺はすかさず中身の種を全てばら撒いた。ただ撒くだけでは当然消臭効果はないのだが、不思議とバレることはなく、勝手に全部撒いてしまった事を怒られ、そして少しの月日が流れてモッサリと束になったスペアミントがそこに佇んだ。母親が子猫の腐肉で育ったそれを料理に添えたり、ハーブティーにしたりして色々楽しんでたのがなかなかシュールである。
そういった経緯で開墾されたスペアミント畑は年を追うごとに大きなっていき、その分、土の中の白骨体も数を増す。子猫の捕獲に関して様々なノウハウを積んだ俺は近隣一体の猫を駆逐するに至り、中学生になって体力がついてきた頃には自転車で遠くの田舎まで行き、農家の納屋に忍び込んでは子猫を捕まえ、一度に数匹殺めたりもした。高校生になってからは忙しさで頻度が落ち殺し方も「生き埋め」に限定されたが、それでも欠かすことなく繰り返し、土の中でもがく声に心を潤していた。
高校を卒業し、大学の入学式を待つだけのある日、俺が寮生活になるということもあってか両親は新たに家庭菜園をしようと勝手にスペアミント畑を掘り返していた。俺が物音に気づいて「何やってるんだ!」と怒鳴り上げて駆けつけが時すでに遅し、腐りかけの子猫を発見されてしまう。母親は一瞬で半狂乱となり、父親には顔面を蹴り飛ばされ滝のように鼻血を流す。後に警察がきて掘り返し、大きなゴミ袋を5個も満杯にするほど沢山の骨が出て時は「俺ってこんなに殺ったのかー!」と思わず感慨に浸ってしまった。その流れで俺は精神病棟にぶち込まれたのだ。
半年たった今でもシャバに帰ったらこの劣情を抑えきれない気がする。このまま何年入院しても、とっくの昔に本能と化したそれを払拭することは出来ないだろう。せっかく必死こいて受かった大学も、一日も通うことなく退学するのだろうかと思うと、この人生に心底うんざりする。が、とりあえず大人しく今日も腐ってれば、いつか先生がここを出ていいと言ってくれるはずだ。
最近の趣味は歯ブラシを口にくわえる事。ただそれだけ。病室のベットで、口のさみしさと手のさみしさを埋めてただぼやーっとしながら何かを考えこむのだ。地球の裏で誰かが死せば明日は晴れるかもしれない。そんな感じで俺が今こうしてフラストレーションに苛まれる事で、一体だれが幸せになっているのだろうかなんて考えたり。
――目の前の女の死体は人体模型のように、頸部から恥骨部にかけて皮がはぎ取られ、肋骨が切り落とされていた。臓器は全て摘出され、代わりにそれらに見立てるように、ナス、キャベツ、トマト、オレンジ、赤カブ、バナナ、見たことも聞いたこともない物等々、さまざまな果物や野菜が敷き詰められ、鮮やかな五色に染まっている。不思議な事にそれら食材には一滴も血がついておらず、子宮の位置にあるメロンだけは輪切りになっており、橙色に輝いていた。種は刳り貫かれ、そこにはめ込まれているのは真っ白で小さな胎児である。
「すげえ……やべえ……はあ……」俺はこの上なく身震いして、小さな声しか出せない。荒ぶる犬のような過呼吸になり、失禁しないように我慢するのが精一杯だ。琴線は今にも千切れ爆ぜそうなほど揺さぶられている。ああ、初めて猫を殺したあの時と全く同じだ。悍ましさにおかしくなって壊れそうだ――
「起きて、お昼だよ」
病室のドア越しに職員が声を掛け、俺は目を覚ました。夢オチじゃなんの感慨もないが、あの事件の犠牲者のお陰で俺は束の間の幸福を得る事ができたのだ。まあそんなことはどうでもいいや、まだ買ったばかりの歯ブラシを早速平らに噛みつぶしてしまった、これはいけない、もったいねえ。人に恨まれるよりこういう失敗をするほうがよっぽどガックリくる。不味い昼食がさらに不味くなる気分だ。ちなみにこれで28本目。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.23 )
- 日時: 2017/09/10 22:04
- 名前: 野田春臣 (ID: W2JFQrho)
こんばんは。はじめまして。
指定された最初の文章から物語を考えていくのが面白そうだったので、思いきって参加しました。
ちょっと長くなってしまいましたが、よければお付き合いください。
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
もちろん新聞も、週刊誌も、電車の広告も、数日前からその話題で随分と盛り上がっていたので今さら驚くこともない。しかし窓の向こうを見やれば、近所の女子中学生二人組が初雪を喜ぶこどものようにはしゃいでいる。
「今年もちゃんと降ったね」
台所で黙々とお弁当を詰める母は、僕の何気ない一言にふん、と鼻を鳴らした。
「うるさいったらありゃしない。大人しくしてられないのかね、あの子は」
一応、この超常現象も我が家では喜ばしい出来事のはずなのだが、如何せん日本中、いや世界中を巻き込むような規模の大きさなので、掃除とやかましいことが嫌いな母には世界で一番煩わしい現象かもしれない。
「姉ちゃんってば、0か100かしかできないからな」
僕は苦笑いでカラカラと窓を開けた。土砂降りとまではいかないものの、既に道路が見えなくなるくらいには降り積もっていて、雪かき用のスコップが必要だな、と思う。
「ちょっと、家の中にいれないでよ」
母の声が、こつんこつんと窓や壁を叩く音で少し遠い。
僕はそっと目を閉じて、幼いころ雪を食べたように口を大きく開けて、上を向く。流れ込むように口の中に転がったそれを、がりりとためらいなく噛み砕いた。
*
「かなこさんを僕にください」
黒いスーツをぴっちり着こなした男が玄関で正座しているのを、中学一年生だった僕は部活帰りに見つけてしまった。
姉の彼氏か、と見当をつけることができたのは、その隣に姉の姿があったからというよりも、男の頭の両側についた大きめの耳と、スーツからはみ出たわたあめのような尻尾を見たからだ。尻尾は数える限り七つも八つもある。過去最多ではないか。
人の趣味に口を出す気はないが、姉はどうにも昔からふわふわの「耳」と「尻尾」が好きで、今まで家に連れてきた彼氏はもれなく全員にそれらが生えていた。そして頑なに人を入れようとしない自室にそういう男の人が描かれた漫画やイラストが沢山あるのを、僕は知っている。
夏のそよ風にふんわりと揺れる尻尾たちを、育ち盛りの飼い猫が追いかける。その稲穂のように美しい黄金色の毛並みに、僕はそっとため息を吐いた。
「今度は狐かあ」
狐は姉が一番好きな生き物だ。
姉が彼氏を連れてきたときに必ず僕がする「その尻尾、どうやってつけたんですか?」という質問に、狐男は律儀に「元々ついています。よければ見ますか?」とベルトに手をかけるので、僕は慌てて「いや結構、汚いもん見せるな」と断りを入れなくてはならなかった。
丁寧に撫でつけた七三分けの黒髪に切れ長の金の瞳が満月のように冷たくて、どうも近寄り難い印象の男だ。かと思えば正面からみても存在感があるふんわり尻尾を器用に動かし子猫を遊ばせているので、几帳面なようにみえて案外ちゃめっ気のあるタイプなのかもしれない。いや、そんなことは別にどうでもいいのだけど。
「はいはい、お茶どうぞ」
盆に四人分の麦茶を乗せた姉は、ガラスコップをそれぞれ渡していく。狐男に向かってハートが飛びそうな甘い声で「はぁい」と視線を合わせていくのでげんなりした。
僕の隣で一口麦茶を飲んだ母は、食卓に向かい合って男の一挙一動に警戒する僕とは違って冷静だ。
「それで…かなこと結婚したいとか」
母の声は静かで、たとえば僕に友だちと喧嘩した理由を尋ねるような声だった。僕はやましいことなど一つもないのに、条件反射でさっと目を下に向けてしまう。隣で母がどんな顔をしているのか、そして狐男と姉が母にどんな顔で対面しているのか、恐ろしくて見ていられない。できることならばそっと自室に戻りたい。
「はい。かなこさんを、僕に下さい」
恋人の家で、恋人の家族に対面しているとは思えないフラットな声で、狐男はそう答えた。僕が感じているこの居心地の悪さと訳の分からない罪悪感を、この男は何一つ感じていないようだった。
かなこさんを、ぼくにください。かなこさんを、ぼくにください。かなこさんを、ぼくに。ウインドウズのスクリーンセーバーのように頭の中で反芻するその短い文章が、溶けてばらばらになる程に長い時間だった。少なくとも僕の中では。
「訳あって」
沈黙を破ったのは姉だった。
「訳あって、彼の身分を明かすことはできないし、彼と結婚したら二度とこの家に帰ってこられないの」
僕の姉はちょっと変わった人で、昔から幽霊だとか神さまだとか、そういった向こう側の友だちが多かった。彼氏は絶対に尻尾があるし、親友はキリンよりも長い首を持っている。お盆に父さんを家に連れて帰るのも姉の仕事だった。
気づいたらどこにもいなくて、何度も姉を探した。不安で、泣いて名前を呼ぶと、姉はいつも涼しい顔でひょっこりとうちに帰ってきた。
「私、彼に幸せにしてもらおうだなんて思ってないのよ。私は自分を幸せにするために、彼と結婚したい。たとえこの家に帰ってこられなくても」
僕は、心のどこかでこんな日がくると分かっていたのかもしれない。見えないものと仲がいい姉は根無し草のようだから、僕がこの手を繋いでいなければならないと思っていた。でも、そもそもここは彼女の居場所ではなかったのかもしれない。もともと心も体も「あちら側」に近いひとだったのだ。
母は隣で息を吐くようにそう、と呟いた。それはいつもの母で、仕方の無いことばかりする姉に、心底呆れ返った時の声だった。
「だめ、なんて言えないね。かなこはかなこのものであって、私のものではないから」
「母さんらしいなぁ」
姉の笑い声に、僕はようやく視線を上げることができた。にっこり笑うとえくぼが浮かぶ屈託ない笑顔は、いくつになっても変わらないままだった。よかったね、と笑いかけられた男の目元が少し細まったように見えて、ああこの男は姉が好きなのかと、ようやく実感が伴ってきた。
「心配するでしょうから、何か毎年贈り物をするわ。おいしいものがいいね」
「そうだな。向こうにはうまい食べ物がたくさんある」
そう言ってはにかみあった二人の手がテーブルの下で繋がれているのを確信して、僕はちょっとした寂寥感に見舞われた。そしてようやく、絞り出すように「おめでとう」と言うことができた。
*
こつこつ、こつんと金平糖が辺り一帯を叩いて跳ねて転がっていく。
かわいらしい色の小さな粒は、正直言うとやりすぎなくらい降っている。かろうじて交通機関に影響は出ていないらしいが、我々が使う生活道路は絨毯を敷いたような有り様だ。今降っている信じられない量の金平糖を清掃するために浪費される税金は計り知れない。この現象を見るために世界中から観光客や研究者が集まってくることで、一定の経済効果があることが唯一の救いだ。羽振りがいいと言えば聞こえはいいが、後先のことを考えずに行動するところがいかにもあの夫婦らしい。
「馬鹿な子だと思っていたけど、まさか実家の住所まで忘れるなんて」と母が言ったのは、姉から派手な贈り物があった最初の年だ。僕は空から降ってくるたまごボーロに全身を打たれながら、壊れたように笑った。笑うしかなかった。
「去年はラムネ、一昨年は金太郎飴、その前がキャラメル、ボーロときて、来年は何を降らせようっていうのかね」
「いちご大福がいいなぁ」
空からいちご大福が降ってくると、恐らくとても痛いだろうけど。
たそがれていないで学校行きな、という母の声に窓を閉めようとして、ふとカラフルな道路を右往左往する黒い四本足が目に入った。
そういえば、姉が嫁に出てから家の近くをよく狐がうろついている。もしかして様子を見に来ているのだろうかと思い、僕は人目もはばからずにおおい、と呼びかけた。狐は僕の声におおらかに振り向いて、つんとした表情で僕を見つめた。その涼しげな目元が義兄にそっくりだと思った。
「あのさあ、姉ちゃんに伝えてくれる?」
狐は何も言わずに、ただ先を促すように尻尾をゆるりと振った。
「来年はいちご大福がいい!生クリームが入っているやつ!」
狐はうんともすんとも言わずにその場でくるりと回転すると、まるでまぼろしのようにふうわりと消えてしまった。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.24 )
- 日時: 2017/09/11 05:50
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: Q/aSA616)
*
たくさんのご参加ありがとうございます。すべて目を通させて頂いております。
当方の私情が立て込んでおりまして返信が滞っている状態ですが、今週中にはお返事書かせて頂きますね。
お題ですが、10月の中頃、浅葱の予定が少し楽になりましてから変更することにしております。その際スレッドタイトルも一部変更となりますので、次回参加される場合にスレッドを見つけられませんでしたら「添へて、」と検索お願い致します。
皆様の執筆、まことにありがとうございます。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.25 )
- 日時: 2017/09/11 18:16
- 名前: ヨモツカミ (ID: O9E3PrDQ)
>>小夜鳴子さん
こちらではお久しぶりですー。このSS、ツイッターの方で、他のお話と繋がりがあると伺って、小夜さんの小説漁りもはじめました。
なので、ちゃんとした感想はそちらも読み切ってからにします。今回殺された女の子や先生や男子高生がだれなのかわかれば、描写の意味とかも理解できそうな気もするので。
>>加奈さん
ひゃー、参加ありがとうございます。そしてやはり素敵なお話でしたね。
他人に触れられると他人が火傷してしまう。だから誰とも触れ合えない、とかそういう切ない話なのかと思ったら、2択のエンドがあるのですね。薬の開発により完治した『私』は病院からバイバイしたのか、屋上へ向かったあと、飛び降りてバイバイなのか、と。私は一人にしてよ、の一言から飛び降りたなこの子、と思っちゃいましたが、生きるか死ぬか、両方の可能性があるの、素敵です。
>>紅蓮さん
此方では初めまして。まず読んでみて一言。かっけぇ!それにつきますね。これは痺れます。なんというか、読み切った瞬間ズサーッと刃物で切りかかられたような衝撃がありました。
なんだかハチさんの「砂の惑星」的なものを感じました。とにかく真っ直ぐに胸に刺さります。番組占拠とか、表現の規制という発想も素敵です。私ならまず思いつかなかった。
これを読んで紅蓮さんの小説を漁りたくなりました。漁ります。
>>羅知さん
参加ありがとう〜久々にさんつけて呼ぶと違和感すごいですねw
羅知ちゃんらしさがあって、名前見なくとも羅知ちゃんが書いたんだなあってわかりますねwそしてこういうの大好きです。
動物基本嫌いと言っていた貴方がにゃんこをもふもふするお話を書くのか?と疑いながら読んでいましたが、やっぱりそうか!!といい意味で裏切られましたねw狂ってやがる。幸せの形を決めるのは二人であって、そこに他人は関与できない。
愛ですね、愛。他人に理解されない愛のカタチ、やばいくらい好きです。
また人数多めなので、取り敢えずここまでとさせていただきます。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.26 )
- 日時: 2017/09/15 19:27
- 名前: ヨモツカミ (ID: y2/bvQqg)
>>史楼糸さん
初めまして。読ませて頂きました。正直言うと、読み切ったときあまり意味を理解できなかったのですが、読み返した瞬間、ゾクッと鳥肌立ちました。扇風機の風が寒かったわけではないです。
短くて、全部理解できた気はしませんが、宇宙人は擬態が可能ってことは……そういうことですよね??
>>お名前が不適切さん
ちょっとお呼びするのも恥ずかしかったので、お名前は伏せさせていただきますね(^^;)
完全に名前からして荒らしかと思ってしまいましたが、読んでみたらめっちゃ面白くて、何この人好き、となりました。なんていうか、二重の意味でやばいやつ来たなあと(褒め言葉)。
最後の小さな世界を変えた女装変態教師、という終わらせ方とっても好きです。
>>アロンアルファさん
初めまして。閲覧注意と言われてドキドキしながら読ませていただきました。グロ系好きなので、ゾッとしましたが好きだなあと思って読んでました。殺した猫ちゃん(しかも子供)でハーブを育てるとか、人間とは思えない所業で、なんて狂ってやがる、と。でもそういう人の一認証視点は独特の世界観を楽しめるので大好きなんですよー。夢の中のお話にもゾクッときましたし、終わらせ方のブツン、って感じも素敵でした。
>>野田春臣さん
はじめまして、参加ありがとうございます。
急に人外が出てきてびっくりしましたが、不思議で素敵なお話でした。狐の嫁入り、なんて言葉を思い出します。優しくて幸せな雰囲気がとても好きです。私は琥珀糖降らせてほしいですね。食べたことはないけれど、見た目がすごいきれいなので。金平糖も可愛らしいかもしれませんが、琥珀糖降ってたら幻想的だろうなあ。
多分、今のところ一番好きです。読みやすかったですし、心理描写も分かりやすかったし、久々にこのろ温まりました。ありがとうございました!
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.27 )
- 日時: 2017/09/16 09:07
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: qb1MGbhc)
*翌日(一週間後)でした。
*
>>011⇒キリさん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
返信は良いとの旨お伺いしておりましたのですが、ご挨拶だけでもさせていただきます。
またお時間ある時に、ご参加いただけると嬉しいです(ω)
浅葱個人としては、勢いと読み手が考える楽しみのある作品だと感じておりますよ。
*
>>012⇒波坂さん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
日常の、ほのぼのとした雰囲気のある作品だったなぁと思いました。きっと今もそうですけれど、平和ボケしている人種ばかりですから、現実に何か起こる直前までは皆いつも通りの生活を営んでいそうですよね(ω)
そんなあり得そうな風景を、小さな不安の種を抱えた少女と対比させているような気がしました。
作品読ませていただくまでは剣軒一差という子を知りませんでしたが、自分の世界がある素敵な子だなぁと思いました(ω)
*
>>013⇒小夜 鳴子さん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
たばこの煙が上がり、空気ととけあう部分の描写が素敵だなと思います。自分の家族にも喫煙者がいるので、機会を見つけて煙を見てみようかなと。受動喫煙が怖いんですけれどね(ω)
『確か、そのときの彼は、儚げに笑って、』とある部分ですが、面白い表現の仕方だなと感じました。自分が行わない表現法を見ると、面白いと感じるのが半分、こうすることでどんな効果があるのか等考えられるのが半分です。やはり人の文章って、自分と異なる点が多いですから読んでいて楽しいですね(笑)
*
>>015⇒黒崎加奈さん
初めましてではないですね(笑) ご参加ありがとうございます。
珍しい参加だなぁと当初思った次第。お題だったら自分で世界を作れるけれど、初めの一文を書かれると一気に世界が狭くなっていく感じがあるのかな、とか思ったりします。浅葱自身、自分で考えた一文だけれどいまだに書き上げられていない現状。
きっと答えはないのだろうけど、私は生きているけど死んでいるんじゃないかなと思ったり。健やかに生きているとは言い難い状況でも生きてるということはできるだろうけど、生を大切に生きている感じがしなかったです。何かあれば、命くらい差し出してしまいそうな危うさがあってもおかしくないなぁなんて。だからきっと、死んでいると表現しても合いそうだなっていう、なんとも安直な考えです(ω)
あと、変わらず黒崎さんらしさはあるな、と思います。らしさは消えていないですよ。安定の黒崎だーって感じがしました。すごい、驚くくらい中身のない返信になってしまった。申し訳ない。
*
>017⇒ぐれりゅーさん
こんにちは、ご参加ありがとうございます。
読んですぐ、あー好きって脳がとけました(笑) こう、小説が読み手を引っ張っていくような小説が好きなんですよね。止まっていたらダメだと言われているようで、無理やり背中押されて腕引っ張られて進まないといけない、という感じの。
そういう印象だったなぁと。現実ではカリスマ性とか色々な呼び名がつくんだろうとは思うんですけど、陳腐な呼び名は合わない気がしました。なんというか、それくらいキャラクタが魅力的で、素敵なんだなって思います。すごい好き。
終わり方が、この先の未来を映していなくて、今から始まるっていうのが強く表されているのか、と思ったりしました。
*
>>019⇒羅知さん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
僕が誘拐犯、猫と称していたのが少女だったのでしょうか。大きな改行が印象的で、合間に映る心情を読み手に考えさせているような雰囲気があって、読んでいて楽しかったです。きっと互いに屈折した愛情が芽吹いていたのかな、なんて勝手な想像をしてしまったり(ω)
羅知さんの感じる狂気が、言葉としての「狂気」ではなく、表現として出てきたら、もっと背筋がざわつくような違和感のある愛が生まれそうです。これから楽しみです。
*
>>020⇒史楼糸さん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
主人公は地球外生命体の同胞で、地球人として生活していたのでしょうか……。ニュースで報道される以前からそうした存在が居たとしたら、外から来た地球外生命体に驚いている世間にばかだなぁって笑ってそうですね(ω)
主人公も地球で暮らしながら、外の故郷を思うことがあったんだろうなぁと思うと、どうして地球で暮らすことを選択したのかって気になりますね……。
*
>>021⇒夢精大好きちんぽ丸刈りされた陰部の毛さん
誠に遺憾なお名前(ω) ご参加ありがとうございます(笑)
コメディタッチの文章が、あーやっぱりトレさんだと思えます。名前危ない人ですけど、本当中身がしっかりしているので内容が頭に入ってきにくいですね(笑)
危ない(意味深)銀行強盗ですが、人の言葉は他者の心や行動を変える力を持っているのがいいなぁと思いました。
またお時間作れそうなときに、息抜き程度でご参加いただければと思います(ω)
*
>>022⇒アロンアルファさん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
ああにゃんこぉ……。と思わせるには十分すぎる描写でした。にゃんこ。
現実に、自分の中にある外には出せない感情を持ってしまうと、それを理性でセーブできるのかどうかって葛藤も生まれそうですよね。セーブできる人は一般人として日々を進んで、出来ずに行動に出してしまった人は危ないとか精神障害の診断をして隔離されているような感じがします。
個人的には振り切れている人ほど、自分の行為が悪と思いながらも行動して、一時の悦をえるのかな、なんて。ただ、良い意味で胸糞悪くなる小説だなって思いました(笑) 独特な狂気の世界だなぁなんて、稚拙な表現しかできないのが悔やまれます。
*
>>023⇒野田晴臣さん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
お狐いいですね、もふりたさあります。ちょっとしたファンタジーのようで、現実にこうした出会いを持てる人がいたなら、その家族や兄弟は非現実的なものと触れ合える楽しさってものも持てそうだな、と思いました。とりあえずかなこさんをもらっていったお狐さんのしっぽを触りたいですとても。
文章の前に、一文字空白を置くと、地の文がさらに読みやすくなると思いますよ(ω)
*
本当に予想以上の方々に参加していただけて、恐縮です……。
まだ1ヵ月ほどこのタイトルで進みますので、お暇なときにご参加いただければと思います。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.28 )
- 日時: 2017/09/25 07:40
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: baYwELlI)
*9/25
10月14日19時30分になりましたら、第一回目の開催を終了させていただきます。
加えまして、次回以降のお題に関しましてですが、運営側の体制が整いましたら、皆様からお題をいただく形も検討していきたいと考えています。
また、簡易的に一般的な小説の書き方に関するレスも作成する予定ですので、参考までに。
まだ不確定な部分が多いですが、よろしくお願いしますm(_ _)m
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.29 )
- 日時: 2017/09/28 09:53
- 名前: 夢精大好きちんぽ去勢丸 (ID: 9XCxbK8U) <https://twitter.com/kuga1467>
>>26
ヨモツカミ様
始めまして! 存在が不適切野郎です!
とんだ最低な名前で申し訳ありません! 誰だこんな変な名前にしたのは俺だ!(一息)
荒らしとみせかけて内容がある小説を上げてくるように見せかけて結局ない。そういう創作活動をしていきたいと思っています何言ってんだこいつ?????
お褒め頂き恐悦至極です! また機会がありましたら、またインターネッツポリスメェンに通報されないで済むなら参加させて頂きたいです!
>>27
浅葱 游様
遺憾させてしまって、こりゃいかん! ガッハッハッハッハ!!!!!
はい待ってください去勢するので怒らないでください殺さないでください去勢もやっぱ勘弁してください。
正しい事を言ってると見せかけて詭弁を弄してるだけの変態強盗は、やっぱり浪漫です! どこの世界の浪漫?
でも、日々疲れてる人はそういう変態に心動かされちゃう。真面目なのって悲しいね? って話です。ほんとにぃ??(自身への猜疑)
ありがとうございます! 存在を許されるのならばまた参加させて頂きたいデス!!!
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.30 )
- 日時: 2017/10/01 18:39
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: ZGA956kc)
>>029⇒むせーさん
変わらないテンションに安心します笑 元気なのか、空元気なのかは測りかねますが(ω)
去勢したらわんちゃん美しき性癖の世界へと飛んでいける気もしましたが、体を作り替えないといけないかもですね。
自分の考えをどんな形であれ伝えられるのはすごいですよね。考えを述べて相手の考え方に少しでも介入できるなんて、強いあこがれを感じる気もします。やはり浪漫。
自分自身への問い掛けがすごいですね笑 疲労のピークだと何も考えられないというか、正常な思考が難しくなるかもしれませんから、バイトくんもきっとそうだったのでしょう()
ぜひぜひまたお越しくださればと思います!
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.31 )
- 日時: 2017/10/02 14:46
- 名前: 葉鹿 澪◆cZHiRljssY (ID: 8qx6DmFo) <意外と短くて泣きたい(。´・ω・)>
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
近頃は目立った事件も無ければ、派手な事故も楽しい政治家の不祥事も無かった。きっとニュースを作る人達は、砂漠にオアシスを見つけたような気持ちでいただろう。
すっかり同じ内容に染まってしまった昼間のワイドショーは、静寂を紛らわせるほどの価値しか残していなかった。
真面目腐ったコメンテーターが考察という名の妄想を垂れ流す。こんなものすら退屈を持て余す人間には面白く感じるのだと知ったのは、いつからだったろうか。針を刺す赤い天鵞絨に、懐かしい日々が映る。どれだけお高く小難しそうに見せても、結局のところ他人の人生を覗き見る全ては井戸端会議や下世話な噂話となんら変わらない。
蜜に集る虫を潰して楽しめなくなったのは、いつからだったのか。幼い頃に外を歩くと見えた小さく精巧な世界は、幻だったのだろうか。
ふと気が付くと、揺蕩う天鵞絨を進む銀色の針はもう港に着くところだった。糸を丸めて針を抜く。広げてみれば、そこには綺麗に波打つフリルが出来上がっていた。
自分の手で作り上げたものにしては、なかなかの出来ではないだろうか。少なくともそこら中に売られている、誰の手が触れたとも知れない服よりはずっとマシだ。
そっと箱に入れて、リボンを結う。余り布から作った、柔らかな帯が箱に掛かった。
箱を持って部屋を出る。耳障りな声で騒ぎ立てるテレビに、もう用は無かった。
扉の前で、ノックを二つ。
「入るよ」
ポケットから鍵を取り出して鍵穴へ。ゆっくりと回せば、奥で錠の開く音を手が聞いた。冷たいドアノブを回して、扉を押す。
開いた隙間から風が吹いて、思わず目を細めた。部屋の中には薄い幕のような光が満ちて、窓にはカーテンが踊っていた。
カーテンと戯れる小さく細い指先が、色鮮やかに舞う何かを捕らえた。
「ちょうちょがね、あそびに来たの」
ソプラノが囁く。
烏揚羽は白皙に糸のような足でしがみ付いて、ゆっくりと翅を動かしている。その黒の表面を、青い光が撫ぜた。
「でもこの子は、ここの子じゃないから、かえしてあげなきゃいけないね」
「……そうだね」
頷くと、徐に指を曲げて蝶を手の檻へと閉じ込める。何が起きたのか分からない蝶は檻の中から抜け出そうと、翅を震わせて藻掻いていた。
何をするのだろうと見ていれば、桜貝の爪が忙しなく動く黒い翅をそっと摘まむ。
歌うような声だった。
「きれいなちょうちょ。いちまいくださいな」
その爪が、そっと付け根にかかって。
大きく痙攣した瞬間、翅は小さな掌の上で黒く碧く輝いていた。
背筋を何かに撫で上げられた感覚がした。胎の中で何かが焼けて暴れるような感覚も。
「きれいだね。ありがとう、ちょうちょさん」
そう言って掌を窓に向けて広げても、蝶は片輪の翅を動かすばかりで飛ぼうとしない。
首を傾げて爪先にとめてみたりつついたりするが、蝶は一向に外へと戻っていかない。
一対の硝子玉が、こちらを向いた。
幼い頃、フライパンで炒って罅を入れたビー玉を思い出した。落として割ってしまった、綺麗なビー玉。
「かえってもらわないといけないのに、こまったね」
「そうだね」
「ねぇ、あとで、お外に出してあげて」
「……良いよ」
片輪の蝶は、白木でできた机の上に導かれた。
動かない蝶にそっと触れて弄ぶ彼女の前に屈んで、箱を差し出す。
振り向いた拍子に、栗毛が光に透けて輝いた。
「お洋服、新しいのが出来たよ」
「ほんと? あけてもいい?」
頷く前から、その手はリボンの端を握っている。
良いよ。そう言えば、リボンは滑るように解けて床へと落ちた。
蓋を開いたその頬に、薔薇が咲いた。
「わあ、かわいいねぇ。すごい!」
空になった箱が床に落ちる、乾いた音がした。
ドレスを広げて、踊るようにその場で回る。白い絹の肌着の裾が、真紅と触れ合って舞っていた。
「着てみる?」
「うん!」
手を差し出せば、そこにドレスが掛けられる。軽く畳んで屈んだままの膝の上に置いた。
小さな手が、肌着の裾を掴む。レースとフリルで飾られた幕が少しずつ上がっていく。
白磁の如く輝く腹は、柔らかく上下し腕の動きに合わせて緩く反っていく。
その下には普段は分からない肋骨が微かに透け、見えない胎内を思い描かせる。
幕は更に上がっていき、曲線の少ない胸元が露わになった。段差の少ないまま、薄い肩、細い首へと繋がっていく。
そして体の割には大きな頭がくぐり、布は床へと落ちた。
伸ばされる手にドレスを差し出す。
雪の白さが、赤に包まれた。
「大きさとか、合わせたつもりなんだけど……どうかな。きついところとか痛いところとか、無い?」
「うん、だいじょうぶ」
裾を掴んで落としてみたり、袖を見ようと腕を伸ばしてみたりと忙しない。くるくると回れば、スカートが広がって脹脛が垣間見えた。
「確認したいから、ちょっと触っても良いかな」
「いいよ」
跪いて裾に手を当て、力を込めれば折れてしまいそうな腰に触れ、そうして袖へ。
ふと、柔らかな手が微かに黒く輝いていることに気が付いた。気付いてしまうと、そこへ視線が吸い寄せられる。
先程の蝶の鱗粉か。
「……甘いのかな」
思わず、そんな言葉が零れた。
「わかんない。にがいかも」
頭上から、笑い声が聞こえた。
「なめてみる?」
その言葉に誘われるまま、口元が小さな手へと近付いていく。袖口を掴んだままの手は震えているのに、頭はどうしてか冷たかった。凍っていたのかもしれない。
吐息が肌に触れ、舌を出せば届く距離。それでも口は開かず、その手に触れたのは濡れた肉ではなく渇いて罅割れた唇だった。
蝶は外へ出る前に潰れて死んだ。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.32 )
- 日時: 2017/10/02 19:23
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6q2ItDsw)
>>葉鹿 澪さん
はじめまして。参加ありがとうございます。
ぱらっと読んでみてとても綺麗で、あ、これ好きだなと感じました。ただ、少しだけ難しい漢字が多くて戸惑いましたが(^^;)
ビロウドや、カラスアゲハ。そんな漢字があるのですね。
長さは別に丁度いいと思いますよ。長すぎても良いことはないので。
表現が全部綺麗で丁寧で、とても引き込まれました。銀の針が港に付く、という表し方が一番好きでしたね。ただ縫い終えた事をそんな言い換え方をするのか、と感動しました。私じゃ絶対思い浮かばないです。
少しだけ気になったのが、ニュースの話にあまり触れてないような気がしました。が、文がめっちゃ好きなので問題ないです好きです。
ここでは関係ない話ですが、複雑ファジーで澪さんの短編集読ませて頂いたことあって、金魚の話とかとても好きでした。澪さんだけが書ける文章だと思うので、これからも応援しております。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.33 )
- 日時: 2017/10/02 21:29
- 名前: 葉鹿 澪◆cZHiRljssY (ID: 8qx6DmFo)
>>32
初めましてー!!なんだか知り合いに誘われちゃってえーどーしよっかなー最近書いたやつと雰囲気被りそうだし時間置きたいなーと思ってたらまさかの締め切りできちゃって焦って書きましたみーおちゃんです☆
たった2000字ちょっとなのに、色々気にしてたら書くの丸々3日くらいかかっちゃいまして(*ノωノ)自分ルールで途中から『君』『私』『美しい』を禁止ワードで設定してたんですけど序盤で綺麗なって使っちゃってましたね!ざんねんです_(:3 」∠ )_
綺麗な文章だと思って頂けたならなによりです~!!自分の好きな言葉とかたくさん使えて楽しかったです(*´▽`*)
ただ、もう少しロリの良さを書けたらよかったですねぇ……躍動感や肉感のある描写は苦手なので作風も偏っちゃって……これからの課題ですね!全人類ロリコン化計画はまだまだ先が長そうです!!
ニュースの話題は敢えて触れませんでした()どうせそこは他の方々がやるんだろうなぁと思って、なら書き出しが内容と全く関係無い小説だってあるし面白そうだしいっかなーと( *´艸`)ニュースの話題に触れようとするとどうしたって殺人か世界滅亡か芸能人のゴシップになっちゃいますし('ω')
短編集ですか!?!?!??!ほんとですか嬉しいですありがとうございます!!!!金魚の話は実はあんま評判良くなかったんですけど私もすごい好きです((殺すために飼うってすごく贅沢だと思いません???(´艸`*)
応援ありがとうございます♪実は気になりながら引っ張られそうで全然他の作品読めてないので、これから読んでいこうと思います(⋈◍>◡<◍)。✧♡
おじゃましましたー!!
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.34 )
- 日時: 2017/10/02 22:42
- 名前: ねりねりねりね (ID: vVWBVHAo)
今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。朝のニュースを見た全ての人が知っているそれを、君はあたかも大発見のように告げる。
「ねぇ、最近新種の鳥らしき群れが観測されたらしいよ」
画面の字幕を、そのままコピペしたみたいな文章。僕は応えない。忙しいんだから、くだらない話は止めてもらいたい。
「流れる雲みたいだから雲鳥とか、神話の龍みたいだから龍鳥とか、一部の人の間では都市伝説として語り継がれてたみたい」
サ行で舌を少し噛む話し方や、途中で交じる興奮気味の吐息が煩い。僕は返事をせずに、黙って作業を続ける。
「ねぇ、雲鳥と龍鳥ならどっちがいい? 僕は雲だなぁ。だって、ふわふわして美味しそうでしょ?」
痛い。親指の腹に、鮮やかな赤の亀裂が入る。包み込むように舐めると、鉄の匂いと甘い味が鼻の中で混じった。
「ねぇ、外を見てみなよ」
「え? どうして?」
「いいから、早く」
高く積み上げられた煉瓦の間を、鋭い風が突き抜ける。僕まで飛ばされそうになって、慌てて踵を地面につけた。
「うわぁ!」
反響する叫びと、機械越しの半音上がった叫びが、ちょっとだけズレて重なった。
「いまの、雲鳥かなぁ?! すごいや、大発見だ!」
「なんだよ、勘違いだろう。白いってだけで決めつけるなよ」
「そうだね、もしかしたら紙飛行機かもね?」
眠りから覚めたようにハッキリした声に、少し怯んだ。ううん、違う。違うよ。これは、君のための雲鳥。
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.35 )
- 日時: 2017/10/14 18:31
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: xuDI3tP2)
>>031⇒葉鹿 澪さん
みーおちゃん(笑) ご参加ありがとうございます。
幼女は素敵だなと感じる作品ですね。幼女はいいぞ。世界を平和にする。
加えて幼女というのは(幼女に限りませんが)素晴らしい魅力をもった存在でもあるなと感じる次第です。エロスというか、特有の魅力というか。大人をさえ惑わせてしまう耽美さがあるような気すらします。
さすがだなと言わざるを得ないです。やっぱり好きですね、みーおちゃんの文章。ニュースの話題に触れないっていうのも、素敵です。
また、次も参加してくださればと思います(ω)
*
>>034⇒ねりねりねりねさん
ご参加ありがとうございます(ω)
とても幻想的な雰囲気で、個人的に好きな世界観だなと感じました。短い世界だからこそ、ある一場面が瞬間的に切り取られているのだろうなと感じます。きれいです。
雲鳥が実際にはいないと、喜ぶ君は知っていたのかもしれないですね。年齢が上がれば上がるほど、きっと幻想噺だと笑われているかもしれませんから。だからこそ、僕も言ってしまった言葉に罪悪感に似たものを感じてしまうのだなぁと。
良ければ。また次回もご参加いただければと思います(ω)
Re: 氷菓子を添へて、【小説練習】 ( No.36 )
- 日時: 2017/10/14 19:02
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: xuDI3tP2)
*10/14
こんばんは、運営をさせていただきました。
本日19時にて、第一回目お題「今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。」を終了させていただきます。(以前は19時30分と言っておりましたが、突然変更しました)
計17名の作者様方、ありがとうございました。お疲れ様です。
10月末頃から、再度お題を変えて第二回目を行おうと思っておりますので、お時間ある方や少し挑戦してみようかな、という方がいましたらお気軽に参加していただけると嬉しい限りです(ω)
浅葱 游
*
第一回目はたくさんの参加ありがとうございました! こんなに集まるとは思わなかったのでびっくりしました。とても楽しかったです。
第二回目もよろしくお願いします。
ヨモツカミ
*
お知らせ①
次回タイトルですが、「(旧)氷菓子を添へて、」⇒「(新)邂逅を添へて、」となります。
邂逅には、偶然に会う事、という意味があるようです。巡り会いに近い意味だそう。秋ということで誰かとふと巡り会う事があるのではないかな、とも思います。冬のほうがあるかな。
加えまして、第二回目は「彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。」が指定の一文となります。
第二回目の開始は【10月29日】を予定しております。
*
お知らせ②
以降、皆様からお題をいただくという形で行っていこうか考えています。
それに伴いまして、良ければ【運営側からお題を出す】【案をいただいてお題とする】のどちらが良いかを教えていただけたらと思います。
*
また次回もよろしくお願いいたします!
企画・運営一同
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.37 )
- 日時: 2017/10/26 23:13
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: B6lLB2GI)
*
お知らせ
当スレをトップページの方で宣伝して頂きました。わずかでも見る人が増えるのでは? と淡い期待をしています(ω)
後日、第一回目の作品をまとめた子記事を作る予定なので、また少し小説以外の内容でスレッドがあがることになるかと思われます。円滑な運営のために努力しますので、しばしお待ちください。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.39 )
- 日時: 2017/10/29 19:38
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: fIdDVWrM)
>>038⇒奈由さん
すみません、開始時刻を明記していないこちらのミスでした。これから開始となります。
基本的に開始も終了も19時から20時の間で告知致しますので、今後は開始後に投稿するようにしてください。
感想は後ほど。
ひとまず、書きっぱなしでも構いませんが、練習スレッドですので、以前他の方々から頂いていた内容や、改善等を考慮しつつ、技術を上げるという気持ちで参加していただけると有難いです。その方が、運営としては、スレッドの趣旨に沿うなと思います。
*
19時30分を回りましたので、小説練習スレッド二回目を開催しようと思います。
第二回目お題「彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。」です。
終了予定は12月末頃となっておりますので、のんびり楽しんでいただけたらと思います。
浅葱
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.40 )
- 日時: 2017/10/29 19:44
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: fIdDVWrM)
第一回目まとめ
>>001 キャプテン・ファルコンさん
>>002 塩糖さん
>>003 ヨモツカミさん
>>009 流沢藍蓮さん
>>010 奈由さん
>>011 キリさん
>>012 波坂さん
>>013 小夜鳴子さん
>>015 黒崎加奈さん
>>017 紅蓮の流星さん
>>019 羅知さん
>>020 史楼糸さん
>>021 夢精大好きちんぽ丸刈りされた陰部の毛さん
>>022 アロンアルファさん
>>023 野田春臣さん
>>031 葉鹿 澪さん
>>034 ねりねりねりねさん
※随時追加
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.41 )
- 日時: 2017/10/29 19:46
- 名前: 奈由 (ID: PwJKNb7o)
【消さなくても良いとのことでしたが、念のため再投稿です。以後気をつけます。】
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
私はこの鬱陶しい百合の香りが大嫌いだ。
悪魔のくせに天使を偽っている彼女の香りが。
彼女が横を通るたびに私は鬱陶しそうな顔をする。すると、
「シクラ!今から仕事なのよ。速く行きましょう!」
彼女は仕事……暗殺を頼まれるたびにハイテンションになり殺しを楽しむ。
私は仕事として必要最低限、一撃で終わらせるのが殺し方なのだが彼女は
天使のように誘い込み少しずつ少しずついたぶっていく、暗殺者とは思えないような殺し方をするのだ。この、甘ったるい百合の香りに乗せて。
「ユリー、今度こそはさっさと終わらせないとアレあげないから」
ちなみにアレ、とは人をいたぶっていくのがだーい好きな彼女の大好きなものだ。彼女いわく
『これがないとマジで行きてけないのよ。シクラ大好きよ!』
らしいのだ。ちなみに最後のはなかったことにしておいて、
そのアレ、とはその名も
『百合漫画』
だ。私もかるーいやつとかは結構好きだし持っているけれどあいつは……
R18やらギリギリものやらエロ百合が好きなのだ。あんな清純そうな顔して色々と悪魔みたいなんだから。
だから私は。
百合の香りが大嫌いだ。
でも、
「もー、私たちはコイビトでしょ?」
なんていう、彼女のことが私は大好きだ。
「何いってるの?先行くよー」
ま、喋り方が金持ちっぽくていいとこのお嬢様っぽいのは気に食わないけどね。
「速く言ってください(−_−#)」
「アクマ!わかったわよー。百合好きちゃん!」
いや、こいつ誰だし。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「百合、これは一体どういうことだ?」
彼女は紙の束を机に叩きつけ顔を赤くして問う。
「あら、志倉様!読んでくださったのですね。意味は……分かるでしょう?
それに、気軽に乃花と呼んでくださっていいのですよ?」
「絶対よばねぇ。いくら私が百合好きだからって……後、私のこと面って呼ぶんじゃねーぞ」
「わかりましたわ。面様!」
さらに顔を赤くして彼女は言う。
「お前のことなんか好きになってやんねーからな!このドエロ!」
「……ドエロじゃなくってドMですかね」ボソッ
「お前誰?だ」
「あなた誰ですか?」
「開真百(あくまゆ)合好木(りすき)です。」
「あー!忘れててすいません!このアクマって言う百合好きの子の元です」
これはこの3名が百合を展開するお話である。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.43 )
- 日時: 2017/10/29 23:21
- 名前: ヨモツカミ (ID: /Zaw2lOs)
>>奈由さん
お久しぶりです。二回目の参加ありがとうございます(^^)
志倉面さんの名前はお花から来ているんですね。素敵です。
開真百さんの名前も面白いですね。
全体的にちょっと描写が少なめで何が起こっているか全てを理解することはできませんでしたが、楽しそうな雰囲気は伝わってきました。百合いいですよね。
後半、誰が喋った台詞なのかがよくわからなかったので、誰が何を言ったのかとか、容姿の描写とかもあるともっと良くなるんじゃないかなと思いました!
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.44 )
- 日時: 2017/10/30 02:01
- 名前: 流沢藍蓮◆50xkBNHT6. (ID: uii.0qYA)
【真夜中に失礼します、藍蓮です。二回目です、投稿させていただきます。
前回よりはクオリティが上がったはず……。
えーと、あまりに長過ぎたので二回に分けて投稿させていただきますね。】
《花言葉》
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
斜めに差した日傘の下、妖艶な笑みを彼女は見せていた。
彼女はダフネといつも名乗った。それはある花の別名だった。その花の名は彼女の本名。彼女の本当の名前は……
しかし今、彼女はこの世にはいない。
彼女の名の花言葉は、「不死」「不滅」「永遠」のはずなのに。
永遠なんて、存在しなかったんだ。
彼は、彼女が死んだ季節が訪れるたびに思うのだ。
――ダフネ、ダフネ。
君は。
……どうして、死んでしまったのだろうか――?
◆
彼と彼女は幼馴染だった。平民の子である彼と、貴族の令嬢であったダフネ。本来は出会うことすらあり得ないほどの身分の差があった。だが彼らは幼馴染であった。
それは彼が8歳の時のこと。道に迷った彼は誤って、貴族の住む高級住宅街に足を踏み入れてしまったのだ。そんな所を貴族に見つかった。本来ならば、そのままつまみ出されてもおかしくはないくらいだったのに。
お付きの人間とともに一人の少女が通りかかり、淡く微笑んだのだ。
「まあまあいいじゃないですか。彼は悪意あってここに来たのではないのでしょう?」
日傘を差した、金の髪に淡紫の瞳のダフネが。
彼よりもふたつ年上だったダフネが、そんなことを言った。
お付きの人間は困ったような顔をしたものだ。
「しかしダフネ様、彼はどう見てもここにいるべき者ではないように見受けられるのですが。目障りでしょう、即刻つまみ出した方がよろしいのではないでしょうか」
「誰が私の意思を勝手に決めていいっていいましたの? 私は私なりに行動しますのよ、誠実のカンパニュラ」
お付きの人間に、柔らかく笑って彼女はそう返した。
その日も彼女の身体からは、甘い匂いが漂っていた。
彼女は固まったままの彼に、優しく訊いた。
「ねぇ。あなたの名前はなんておっしゃるのかしら」
差し出されたのは綺麗な、あまりに綺麗な貴族の手。平民の彼が握るには、あまりにももったいないような気品にあふれた貴族の手。
彼は彼女に触れるのが怖かった。彼女に触れたら何かが壊れるような気さえした。
だからその手を取らずに、名前だけを告げたんだ。
「クローバー」
それはどこにでも生えている雑草の名前。平民の彼にはお似合いな、つまらない名前。
ダフネ。美しい響きの名前に比べて、彼の名前のなんと、貧弱なことか!
彼は恥ずかしくなってうつむき、ぎゅっと唇をかみしめた。
教養のない彼は知らない。その小さな雑草の持つ、花言葉なんて。
彼女はその名前を聞いて、花が咲いたように笑った。
「クローバー! いい名前ですわね!」
彼女はその花言葉を、知っていたから。
驚く彼。彼女に触れることを恐れた彼の手を取って、彼女はその花言葉を告げた。
触れられた手は、どこか冷たかった。
「ご存知ですの? クローバーの花言葉は、幸運と約束」
幸運と約束。それは小さくて素朴なもので、あまりにも平民的だったけれど。
自分の名前、その意味を。よく知らなかった彼は嬉しくなって。
思わず、彼女に訊ねたんだ。
「君の名前の意味は何?」
彼の言葉に、無礼者めとカンパニュラと呼ばれたお付きがわめいたが、彼女は悪戯っぽく自分の人差し指を口元に当てて、「黙ってくださる?」とジェスチャーをした。
黙り込んだカンパニュラを見て、彼女は妖艶に笑った。
「私の名前は**。みんなはダフネと呼びますわ。その意味は栄光と不滅、永遠。美しいでしょう?」
彼女はその時一回だけ、本当の名前を告げたけれど。
どうしてだろう、彼は忘れてしまったんだ。
彼女の名前の意味は永遠。幸運と約束みたいなちっぽけなものではない。永遠なのだ。永遠の栄光。貴族の彼女らしい名前だなと彼は思った。
それはただの小さな出会いだった。貴族街に迷い込んだ雑草と、貴族街に最初から住まう高根の花と。
ただのすれ違いだった。すれ違っただけの邂逅だった、のに。
彼女は彼に言ったんだ。
「ねぇ、約束のクローバーさん。私、あなたのことが気に入りましたの。良かったらまた、会いません?」
それは、ささやかな「約束」。
カンパニュラが流石に止めるが、それでもダフネは意に介さないで。
手に取った彼の手を自分の手に絡ませた。小指と小指が結ばれる。
「迷っただけなら平民街までの地図を差し上げますわ。だから」
約束しましょうと彼女は笑う。彼か彼女にされるままになっていた。
栄光の花の艶やかな唇から、吐息とともに言葉が漏れる。
「約束しましょう、また会うと。だってあなたの名前は『約束』。私の『栄光』のために守ってくださる? そして誓いましょう、再会を。この邂逅を、天に感謝して」
カンパニュラの制止なんて聞かない。二人はしっかり指切りをした。約束は、結ばれたのだ。
帰り道がわからないという彼のために、彼女は手ずから地図を書いた。教養の少ない彼にもわかるよう、平民街までの道を簡潔に記して。
彼女は、言ったのだ。
「またいつでもいらっしゃい。私はずっと待っていますわ」
それが。
それが、彼と彼女との出会いだった。
◆
それからというもの、毎日彼はダフネに会いに行った。会うたびに彼女は彼と楽しげに歓談し、楽しい時を過ごした。カンパニュラの態度も次第に軟化していき、ある時ダフネは「カンパニュラの花言葉は誠実と節操なのよ」と教えてくれた。生真面目な彼らしいなとクローバーは思った。
そんな日々を過ごしていくうち、二人はいつしか子供から少年少女になった。
そしてある時、ダフネは言った。
それは国が荒れはじめた時のこと。
「私、少し不安ですのよ」
いつも妖艶に笑っていたダフネ。おおよそ彼女らしくなと思ったクローバーは、どうしてそんなことを急にと訊き返した。すると彼女は答えたのだ。
「私、ただの貴族じゃなくってよ。やんごとない身分の娘なのですわ。最近あちこち物騒になったと聞きましたからね……。こんな時は、貴方の『幸運』にでも縋ってみたいところ」
彼女と話すことで教養も身に付いたクローバーだったが、彼には「やんごとない」の意味がわからなかった。しかしその後の文脈から、高貴な、という意味だけは汲み取れた。
高貴な人間は常に政争の真っ只中にいる。その身に何が起きてもおかしくはない。
現在は動乱の時期だった。彼女はだからこそ怯えていたのだ。自分の身に災厄が降りかかることに対して。
震える彼女を彼はそっと抱きしめた。その日も甘い匂いがした。
彼は、言う。
「僕が、守るから」
たとえ平民にすぎなくたって、僕が君を守るからと何度も何度もつぶやいた。
その日、彼は道端で四つ葉のクローバーを見つけていたから。
摘んだ一本のそれを、彼は彼女の髪に挿した。
彼女の綺麗な金色の髪に、四つ葉のクローバーはよく映えて。
「素敵だね」と彼が笑えば、彼女はその顔にいつもの笑みを宿す。
「立派なお守りですわ。これ以上ないくらいに」
平民の彼は貴族の彼女の家に直接かかわることはできないが、彼のおかげで彼女は笑顔を取り戻した。
だが、やがて時間が来る。帰らなければならない時間が。
暮れゆく貴族街を見つめて、彼女は頭の四つ葉のクローバーに触れながらも言った。
「また会いましょう、幸運と約束。また明日、会いましょう」
約束よと笑った彼女は、その顔に切なげな笑みを乗せていた。
彼は彼女のそんな表情、見たくはなかったから。
「約束するよ、絶対に。また明日、ここで会おうって」
強く強くそう誓って、彼女の壊れ物のように華奢な手を握った。
そうして二人は別れたのだ。
それを永遠の別れだとは、知らないで。
◆
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.45 )
- 日時: 2017/10/30 07:08
- 名前: 流沢藍蓮◆50xkBNHT6. (ID: uii.0qYA)
その次の日、彼が貴族街で見たのは騒動。人々の叫び声。「王の姪っ子が殺された」とわめく声。
彼はその言葉に何か、感じるものがあったから。
クローバーは思い出す。彼女の言っていた言葉、『やんごとない身分』。
集まる人だかりを掻き分けてみたら、聞いたことのある声がする。
それは、彼女のお付き人のカンパニュラの、慟哭だった。
彼は、急いだ。
そして見たのは。
「ダフネッ!」
綺麗な金の髪を血で濡らし、骨の折れた日傘を隣に転がして倒れる、
――ダフネだった。
彼女は胸から血を流していた。彼の挿してあげた四つ葉のクローバーは枯れて、しなびた茎が髪の隙間から見え隠れする。
彼の頭が、現実を認識することを拒絶した。
嘘だ嘘だこんなの嘘だ!
それでも、声がしたから。
「クローバー……そこにいらっしゃるの……?」
彼ははっとして、血まみれの彼女を抱きあげた。「僕はここにいるよ」と必死でその耳元に囁く。
でも、こんな日でも。彼女からは甘い匂いが漂っていた。それは血の鉄の匂いと混じり、むせ返るような匂いに変貌する。
彼女の名はダフネ。永遠と栄光。不死と不滅を意味する名!
それなのに今、彼女の命は途絶えようとしていた。
血濡れて気持ち悪いくらいに真っ赤に染まった唇が言葉を紡ぐ。
「間に合って良かった……」
「ダフネ、ダフネ! 何があった! 君は一体何者なんだ! どうしてこうなった!」
あわてる彼の質問のすべてに応えるほどの力はもう、彼女に残されてはいなかったから。
今にも絶えようとしている息の下、永遠と栄光はそっと囁く。
「やんごとない身分……。言ったでしょう……? 私は邪魔だったから消された……」
「聞いた! 君は王の姪なのか! だから狙われたのか! だから殺されるのか、なぁ!」
彼の叫び声は、今まさに死に逝かんとしている彼女にとってはうるさいくらいだった。
「クローバー……幸運と約束……」
彼の名を呼んだ彼女は。
最期の台詞を、彼にしか聞こえないくらいの音量でつぶやいた。
「復讐には……走らないで……」
彼はその言葉を聞いて、全身が冷えていくような気がした。
あの出会いのあと、彼は自分なりに調べたのだ。「クローバー」の花言葉について、詳しく。
クローバーの花言葉は「幸運」と「約束」。そして。
――あとひとつ、「復讐」。
彼女は知っていたのだろうか。彼の持つもう一つの花言葉を。
どこまでも甘い香りが漂う。それは血の匂いと混ざり合って、狂気じみた香りとなる。
そして彼はようやく思い出した。ダフネと名乗った彼女の、本当の名を。
「……沈丁花」
永遠と栄光。不死と不滅。彼女がいつもまとっていた甘い匂いの花。
それは、沈丁花。
ずっと忘れていた、彼女の本名。
クローバーは見た。自分の腕の中でそっと目を閉じるダフネ――沈丁花を。
昨日まで話していた彼女はもう、二度と目を覚まさない。
彼は小さくつぶやいた。
「ダフネ、ごめん。僕はもう、幸運にも約束にもなれそうにないんだ」
だって約束は破られたから。幸運のお守りはまるで効果がなかったから。
その瞳に、炎が宿る。
クローバーは低い声で宣言した。
「幸運でも約束でもない。僕は――復讐の、クローバーなんだ」
彼は叫んだ。
「犯人よ、姿を見せろッ!」
だが今更、姿を現すような不用心な下手人もいないだろう。
誰も答えないと見るとクローバーは一瞬でカンパニュラとの距離を詰め、彼が護身用に持ち歩いていた剣をその腰から奪い去った。
「な、何をするッ!」
「決まっているだろう、復讐さ」
犯人が姿を現さないのならば、自分で探しだして仕留めればいいだけのこと。
幸せのクローバーは復讐に染まり、人々の前から姿を消した。
◆
復讐はやがて果たされた。クローバーは自力で下手人を見つけ出し、自身も瀕死の重傷を負いながらもなんとか勝った。倒れた彼を救ったのは、これまで彼を追い続けてきたカンパニュラ。彼は今は亡きダフネの付き人に命を救われた。
そしてそれから何年も経ち、またあの季節がやってくる。
クローバーは今や復讐のクローバーではないが、もう幸運と約束にも戻れない。
永遠と不滅のダフネは死んで、復讐のクローバーは復讐を果たした。ダフネは花言葉に逆らって、クローバーは花言葉を忠実に実行した。
いっそ逆だったら、どんなに幸せだろうかと彼女のいない世界で彼は思った。
その窓際に置かれた花瓶に入っているのは沈丁花の花。ダフネの、花。
永遠なんて、存在しなかったんだ。
彼は、その花を見るたびに思うのだ。
――ダフネ、ダフネ。
君は。
……どうして、死んでしまったのだろうか――?
圧倒的これじゃない感。 ( No.46 )
- 日時: 2017/10/30 07:52
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: HwvIGkIw)
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。血のように鮮やかなドレスはおおきく胸元が開き、豊満な胸があらわになっている。美しくくびれた体のフォルムを見せつけるかのようなドレスに、会場中の男が目を奪われていた。
私は良くも悪くも平凡な顔立ちであるので、彼女が嬉しそうに駆け寄ってきたのを、少し疎ましくさえ感じてしまう。彼女は私と青春を捨て合った仲だった。今はどこかの大きな会社の役員と結婚し、こうして大きなパーティを催している。男達の視線が注がれていた。大人になり、同性にも憧れをもたせる魅力を手に入れたのか、視線の中には女性のものもある。
「久しぶりね。楽しんでる?」
「いいや、今楽しみが終わったよ。君が来てしまったからね」
甘い匂いが鼻腔をいっぱいにし、先程まで口にしていたワインの香りが遠のいていく。彼女は、いつもそうだ。素晴らしい体験を、経験を、瞬間を、何よりも早く奪い去っていく。
彼女は気がついていないようであるが、それはたしかに私の心を締め付け、失われた時間を取り戻そうと躍起にさせた。彼女が気が付かない原因は、私にもある。だからこそ、私と彼女は上手くいっていたのではないかとさえ思うのだ。
「別に私が知ってる人ばかりじゃないわよ。ほとんどがあの人の知り合いとか取引相手」
役員だもの、みんなが媚を売りにくるのよ。
ボーイからシャンパンを二つもらいながら、つまらなさそうに彼女は言った。どこか恨めしそうな視線の先、会場の中央あたりでできた人だかりの真ん中に男はいる。
ふくよかな腹と頬だけで、男がどれだけ裕福な暮らしをしているかが分かった。彼女は謙虚に役員というが、実際には御曹司である。ちらちらと視線をよこす彼女の夫は、私が呼ばれた理由も、私が彼女と親しい関係だったのかも伝えられていないらしい。
「いい玉の輿じゃないか。私といるより、はるかに安定してる」
「もう……そうでもないわ」
人工的に作られた鮮やかな赤が、結ばれた。何かを考える時、彼女は口をゆるく結び、今のように私の顔をじっと見る。言葉を選ぶのが下手な彼女には、常人よりも長い時間を与えなくてはならない。
慣れない生活、理解されない気持ち。そんななんてことないものに、彼女は押し潰されかけているのだろう。けれど手を差し伸べることはできない。私と彼女は既に他人で、彼女を助けるのは夫の役目だからである。
「……子供の予定はあるのかい?」
シャンパンを飲み干し、黙りこくった彼女に声をかける。驚いた顔をした彼女だったが、すぐに自嘲しているような笑みを浮かべた。私は頷く。私たちの間に、余計な言葉は要らない。
夫に呼ばれた彼女は名残惜しそうに微笑んだ後、大きな輪の中に溶け込んでいった。まざまざと突き付けられる現実は、いとも容易く私達の過去を塗り潰していく。輪の中に取り込まれたとしても、彼女の美しさは群を抜いていた。彼女には深い赤が似合う。それを教えたのは私だった。
やるせない気持ちを埋めるために食事を楽しみ、慣れたリップサービスをしていれば、パーティーは終わりに差し掛かっていた。最後に食べたショコラの心地よい苦味。
彼女の夫が両手を広げて話すのを無視し、一足先に外へと出た。冷たい夜風はパーティで火照った体に、心地の良さをもたらす。呼ばれると思っていなかった場に呼ばれたこと、美しい彼女の姿を見てしまったこと。そのどれもが、私を浮き足立たせる要因だった。
彼女が子供を産めない体にあることが、唯一の救いだった。彼女の中から出てくる、意思を持つ動物は見たくない。それがたとえ彼女にとって絶望の淵に立つような辛苦の原因であったとしても、私が最後に一つ、彼女に出来た孝行だった。
アルコールで火照った体が、また、内から熱を産んだ気がする。思えば、彼女との出会いは必然で、別れは偶然の産物だったのだろう。大きな川沿いにあるベンチの一つに腰掛け、葉巻に火をつける。彼女とは違う、違和感の残る甘い匂いが、周囲に広がる。
暗闇に揺蕩う灰色の煙が、雲を醸しているかのように感じてしまう。外は雲一つない好天で、大きく欠けた月が夜道をうっすらと照らす。その光が私の前ではぼんやりと色味を失い、雲の中に消えてしまった。
葉巻独特の香りと共に吸い込まれる甘い匂い。吐き出した煙も、独りでに揺蕩う煙も、その全てが甘い。葉巻を吸うことは、彼女と別れてから一度もなかった。そもそもが、彼女に勧められてから吸い始めただけで、出会わなければ吸うこともなかっただろう。
甘い匂いを吸い込む度に、彼女の事が思い出されていく。初めて会ったのは、いつだったか。たしか父が仕事の同僚と飲みに行き、意気投合してからだったはずだ。彼女は親に連れられて、寒い冬の日に私の家へと招待された。透き通るほど美しいブロンドの髪に、雪が積もっていたのを覚えている。その瞬間に、彼女に惚れてしまったことも。
それからは週に何度も手紙のやり取りをした。好きなもの、好きな遊び、学校での愚痴。そんな他愛もない話から彼女を知っていく体験の一つ一つが、子供心に幸せだった。彼女の事を、私が一番知っているとさえ思ってしまうほどに。
別れたのは、いつだっただろう。私が州立大学に入り、私立大学に彼女が入学した時だったか。肌を重ね合わすことがなくなり、そうして、全てが終わった。最後に肌を重ねた日の、彼女の涙。罪悪感と切なさから逃げるようにその場から消えた私を、一体どんな気持ちで彼女は見ていたのだろう。
既に知ることは出来ない彼女の気持ちすら、今の私を惑わせる。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.47 )
- 日時: 2017/10/30 20:06
- 名前: 壱之紡 (ID: igPJjJZM) <はじめまして、参加させていただきました。>
*白の残り香
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
「……いいんじゃない? まあまあ及第点だよ。興味をそそられる書き出しだね」
彼はそう言って、目の前の大きなパンケーキに蜂蜜をかけた。蜜は夕日を受けて琥珀色に輝き、ケーキの表面を這う。小さく眉をひそめる。真っ白な皿が汚されるその瞬間が、俺は大嫌いだった。しかし彼はその思考を汲んだかのように、こぼれ落ちる蜜をナイフで掬いとる。実に器用に、蜜を一滴も溢さずパンケーキを切っていく。銀色のナイフとフォークを持つ細く白い指。パンケーキを切る仕草も、俺にはまるでピアノを弾いているように見えた。
そして、パンケーキを口に運ぶ。彼はとても幸せそうに頬張っているが、美味しそうとは思えない。これまた上品に物を飲み込む彼を見ながら、手元のブラックコーヒーをすすった。
「それにしても、君が小説を書くなんてね。僕はすごく意外だ」
「そうか」
「どんなストーリーなのかな?」
「……言えないな」
彼の色素の薄い瞳に、光が射す。パンケーキの上の蜂蜜の様な、黄金の光だ。彼はそっか、と呟き、唇の端を上げ、俺の目をじっと見つめてくる。悔しいが、綺麗な瞳だ。彼からしたら、俺の目は汚れ、曇って見えてしょうがないのかもしれない。
「そんな事は無いよ。方伊義(かたいぎ)くんの目はまるで夜空みたいだ」
さらっとした口調で恥ずかしい事を言ってくるのにも、もう慣れた。ことにおかしな男だ。優男の様な見た目の癖に、理解し難く、不思議で、底の無い話をする。彼の言葉の一つ一つが、乾いた大地に降り注ぐ雨のように、染み込んでくる。それは時に暖かく、冷たく、安心感や嫌悪感が湧いて止まない時もあった。こんな言葉に、俺は出会った事が無かった。
そんな奇妙な男の、言葉も、行動も、雰囲気も、全て全て。ぎゅうぎゅうに押し込める。そんな小説を書きたい。目の前の原稿に、鉛筆が折れる位に、激しく詰め込みたい。書いて、この男に読ませたい。お前がどんなに奇妙な存在か、その小説をつきつけたい。そう思い、筆をとったはいい。しかし、俺は気付いた。
名前も、年齢も、住所も、趣味も、家族構成も、過去も、現在も、未来も。
俺はこいつの事を何も知らない。
「……ひとついいか」
「ん? 何?」
「お前の名前は何だ」
彼はいつの間にか、かなり減っていたパンケーキの一切れを飲み込み答えた。
「一伊達」
「いちだて?」
俺は眉を吊り上げた。聞いたことが無い。恐らく苗字だろう。何故苗字だけなのだ、と不満に思ったが、思い直した。俺も苗字しか教えていない。
「人柄も奇妙なら、名前も奇妙だな」
「方伊義くんは、僕が奇妙かい?」
一伊達は嫌悪の色を全く見せず、ゆったりと微笑んだ。夕日に映える、雪のように白い肌が一段と輝く。俺は答えずにコーヒーを口にする。彼は整った薄い唇を開いた。
「そうだろうね、そうだろうな。そうなんだよ。僕は奇妙なんだ。世間から外れてる。まるで隔離病棟の患者さ。しかし奇妙と表現したのは、方伊義くんが初めてだよ。やっぱり僕、君が好きだ」
そう言うと彼は最後のパンケーキの一欠片を口に運んだ。立ち上がり、穏やかな、それでいて不敵な、いつも通りの笑みを浮かべる。
「でも方伊義くん、君だって充分奇妙さ」
彼は視線を落とした。一滴も蜜が付いていない、真っ白な、鏡の様な皿を見やる。
「君は、真っ白な皿を汚されるその瞬間が大嫌いなんだろう?」
彼が笑う。
「また会えるといいね」
そう言い、彼が去る。ふわりと、鼻孔をくすぐる甘い香りがした。何回も、何回も嗅いだ事のある匂い。まだ彼がそこに居る気がして、俺は目を瞬いた。
俺は暫し、考えた。考えて考え抜いた末、鉛筆……ではなく、消しゴムを手に取った。彼の言葉、笑い方、白い指。思い出しながら、丁寧に『彼女』の文字を消していく。そして、鉛筆を手に取った。一画一画、丁寧に。先程の会話を一言一言、なぞる様に。
……俺は鉛筆を置き、夕日に照らされたその文章を、ただ、じっと見つめていた。
彼はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた____
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.48 )
- 日時: 2017/10/31 06:02
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: Xbolz42k)
*
おはようございます、浅葱です。
早速数名の方に参加していただけているようで感無量です……(ω) もっとゆっくり投稿でも良かったんですよとか思ったりしています、期間が私情に伴って2ヶ月近くあります故……。
何はともあれ、今週末頃に一度返信させていただこうかと思います。言わないとやらないので宣言しました。
今のところの小さな感想としては、「甘い匂い」の使い方がやはり差を生むな、と。浅葱自身、花や香水が多くなるのではないかなと思いましたが、案外そういう訳でもなさそうな雰囲気がありますね。
ひとまずこの辺でお暇します。皆様ものんびりとご参加いただけたらと思います!
浅葱
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.49 )
- 日時: 2017/10/31 07:43
- 名前: 羅知 (ID: bfnwxt1w)
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。どこにでもあるマンションの屋上にて、時は深夜、今夜もまた僕は彼女と何回目かも分からない逢瀬を交わす。冷たい風がまるで僕達を歓迎するかのようにひゅるりと吹く。煌めく星々は夜の闇の深さと孤独をいっそう僕達に自覚させた。季節はもう冬だった。
「貴方は変わらないのね」
僕の目を見て彼女は静かに笑う。僕が今考えていることを彼女は知っているんだろうか。その黒々とした死んだ魚のような目から彼女の今の心情を図ることは僕には出来ない。いや、きっと僕は誰の心情も一生理解することは出来ないんだろう。僕はそういう"生き物"で、そうやって生きていくことしかできない。よく君はそんな僕のことを空気が読めない、といって笑っていたっけ。懐かしい思い出だ。君こそ全然変わってなんかないさ、そう返すと彼女はいいえ、と言葉を続ける。その顔には自嘲的な笑顔が浮かんでいた。
「私は変わったわ」
「…………」
「……いや、変わってないのかもしれない。私は変われなかった。変わりたい、って思っていたのに変われなかった。嫌なところだけが残ったどうしようもない人間になってしまった」
その言葉で僕は思い出す。君と初めて会った夜、あの時もこんな寒い夜だったことを。あの夜、僕は星空を見ていた。小さな君がわんわん泣くのを僕はじっと目の前で見ていた。子供の慰め方なんて知らなかったから、僕は君が泣き止むまで、ずっと黙っていた。泣いている君からは、とても甘い匂いがしていた。しばらくして泣き止んだ君は、僕の顔をじいっと見てを呟いた。
「おにいさんはおなかがすいてるの?」
「そうだよ。だから君なんか僕はすぐに食べてしまえるんだ、こんな所に出てないで早くお家にお帰り」
ちょっと脅かしてやれば、すぐにどこかへ逃げてしまうと思った。嘘ではなかった。この場から立ち去らせなければ、彼女の身が危なかった。きっと怖がってくれる。このくらいの子供はみんなそうだ。経験から僕はそう確信していた。だけども彼女の反応は違った。
「……わたしを、たべて」
それは懇願だった。苦しくて、苦しくて仕方がないので、どうか終わらせてくれ。そんな歳に似合わない哀しい響きを持っていた。あの頃から今と変わらない死んだ魚のような目だった。子供の癖になんて目でなんてことをしているんだろう、なんて柄にもなく、この少女のことを不憫に思った。だから僕は彼女に言った。
「"君が大人になったら、食べてあげる"------------貴方、確かにそう言ったわよね?」
「…そう、だね。覚えている。忘れるわけないよ、君との約束だから」
「今がその時よ。私を食べて」
あの時と同じ台詞を、あの頃から変わらない死んだような目で吐き出す君。まだ、あの頃は子供の戯言だと笑って流すことが出来た。例えその中にあるものが"本物"だったとしても、冗談にしてしまうことが出来た。
だけどもう冗談にするにはあまりにも時間が経ちすぎてしまった------------笑えない。君のその"思い"を笑うことなんて。
僕には。
「…本当はもっと早く食べて貰いたかったのを今日まで待っていたのよ?おかげで随分と私は"汚れて"しまった。なるべく綺麗に終わりたかったのに」
「…………」
「こんな月夜がよく似合う美しい貴方の一部になれるなら、私のこの地獄みたいな人生も少しは良かったって、思える気がするの」
「………嫌だ」
「今夜は月がとっても綺麗ね。"死ぬ"のにとっても良い……」
「…………嫌だよ、僕は、君を食べたくない……」
くすっと笑う君の瞳には、情けない顔をした僕の姿が写っていた。眉は垂れ下がり、顔は泣きそうに歪んでいる。こんな姿のどこが美しいっていうんだろう。僕にとって、この"姿"は僕が"僕"であることの象徴であり、決して赦されることのない罪だ。それを、それを美しいだなんて。
「そんな顔しないで。私、貴方に会えて幸せだったわ」
「……嫌だ……嫌だ……」
「……貴方に出会わなくても、きっと私はこうしていたの。だから、最期が貴方と共にあることが出来て本当に幸せ」
「…………止めてくれよ……僕は、もう、失いたくない…………」
「さようなら----------------×××」
君と出会ってから×回目の夜。それが僕と彼女の最期になった。冷たい風がひゅるりと吹いて僕達を歓迎している。風は彼女を連れ去った。僕が決して行くことの出来ない場所へと。一際強い、甘い匂いが、僕を包む。まるで僕を抱き締めるかのように。優しく。
約束は、守らなければいけなかった。それが彼女の生前の望みだとするならば。
「------------------ッ!!」
酷く甘い匂いのする"ソレ"は、薫りと違って、とてもほろ苦かった。それでも僕は"ソレ"を口に含んだ。実に数百年ぶりの"食事"だというのに、喉に通らず、ちっとも美味しく感じなかった。
∮
昔々男は女と恋に落ちました。相手は三つ編みの女でした。彼女は彼にとても尽くしました。彼も彼女を愛していました。けれども空腹を満たすことは出来なかったので、彼は彼女を食べてしまいました。彼女は知っていました。だから彼女は逃げませんでした。彼と一つになれることを彼女も望んでいました。最期の瞬間、彼女は笑って、彼は泣いていました。食べても、食べても、味なんて感じませんでした。彼女のいた場所には甘い匂いだけが残りました。
数百年の時が経ちました。
彼は一人の女の子に会いました。彼女は"彼女"とよく似ていて、そして-------
--------酷く甘い、"血"の匂いがしていました。
*二回目も参加させて頂きました。羅知です。今回はかなり文章を書くのに手こずったのですが、迷った末に恋愛ファンタジーになりました。ほとんど勢いだけで書いたので、粗の目立つ作品になってしまってないか心配です……。前回の反省点を生かし、今回は心理描写にとても気を使いました。凄く楽しかったです。ありがとうございました。
*吸血鬼と"一人の"女の話
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.50 )
- 日時: 2017/10/31 23:20
- 名前: ヨモツカミ (ID: AiEcj3E6)
前回、他の方の感想とか少なかったので今回は増えるといいな。
皆さん、是非遠慮せずに他の方の小説を読んでみた感想とか、書いてみた感想とか書き込んで下さいね。
誰のが好きでした、とかも聞きたいです。ちなみに私は第一回目の参加者様の中で、野田春臣さん、紅蓮の流星さん、キリさん、小夜鳴子さん、波坂さん、塩糖さんのが特に好きでした。
>>アロンアルファさん
2度目の投稿ありがとうございます!
ただグロいだけでなく、その奥に美しさがあるような、独特な世界観に惹きこまれますね。
解釈の仕方は色々あるかもしれませんが、私は狂人の妄想のようだと思いました。僕は彼女を好きになってしまったけれど、見向きもされなくて、それを悪霊のせいにして殺してしまった、とか。だとしたらゾッとするけど、めっちゃ好きだなあと思います。
>>流沢藍蓮さん
結構長めに書いてくださったんですね。ありがとうございます。
クローバーというか、シロツメクサの花言葉を知っていたので嫌な予感がしてましたが、見事にバッドエンドでしたね。
ダフネさんは復讐なんて望んでなかったのに、復讐したところで彼女が帰ってくるわけでもないのに。誰も報われなくて、悲しいですね……(´・ω・`)
ちょっと思ったのが、最初に彼女が死んでしまう事を書くんですね。彼らの出会いから書き始めて後半でまさか彼女が死ぬなんて!という展開にしたら読み手もびっくりするんじゃないかな、って気もしました。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.51 )
- 日時: 2017/11/01 02:29
- 名前: 三森電池◆IvIoGk3xD6 (ID: EaeNKNkk)
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
なあ、どうしてこんな仕事をしているんだい、とは聞けなかった。傷んだ茶髪と安っぽいワンピース、ベッドの脇に放り出されたボロボロのブランドバッグが全てを物語っているような気がしたからだ。ドアを開けて入ってきた彼女は、ぼくの顔を見て驚いたように大きな瞳を見開いたが、すぐに笑顔に戻って、ぼくの知らない名を名乗り、隣に座ってきた。百二十分でよろしいですね、と、昔よりも随分化粧の濃くなった顔でぼくを見上げる。その引き攣った笑顔に、胸が痛む。
甘い香水の匂いだけが昔のままだった。ぼくと彼女は、とても衝動的に別れたので、その後の動向などはまったく掴めていなかったが、二年の間にいったい何があったのか。ただ無気力な大学生だったぼくとは違い、彼女は芸術の大学に通い、将来やりたいこともはっきりと決まっていた。それは決して雲をつかむような夢ではなく、実力も才能もある上に努力を惜しまない性格であった彼女なら、ほぼ確実に成し得たであろうものだった。
あの大学は辞めてしまったのか。そういえば、とことん馬の合わない教授がいて、よくぼくに愚痴をこぼしていたっけな。今もあいつは、生徒の作品に尽く理不尽な文句を吐いて回っているんだろうな。
違う、こんなことを言いたいんじゃない。ぼくは、こんなことを言うために縁もなかった風俗店を予約して、昔付き合っていた彼女を指名したわけではない。
居心地の悪い沈黙の中、ラブホテルのBGMだけが控えめに流れている。
彼女の方も、とっくにぼくの正体に気づいている。それでも健気に、シャワーを浴びましょうと擦り寄ってくる。それが仕事だからだ。このホテルを出ない限りぼくは、昔付き合っていた恋人ではなく、客でしかない。
彼女の腕を掴んだ。二年前より随分と痩せ細っていた。
「どうして、こんなところで働いてるんだよ」
彼女はやはり困ったような顔をした。ぼくだって困っている。どうして救ってあげられなかったのだろうと思っている。付き合っていた頃、ぼくと彼女の間に肉体関係はなかった。それはお互いがはじめての交際相手だったこともあるが、彼女は結婚するまで綺麗な体でいたいと言っていたので、ぼくはそれを尊重した。就職活動を頑張って良い会社に入ってたくさん稼ぐから、早く結婚しようとぼくが言うと彼女は嬉しがって笑っていた。そんな記憶ばかりが蘇ってくる。
彼女は、すぐに作り物の笑顔に戻り、ぼくに言った。
「留学しようと思って」
「うそだ。そんなこと言ってなかっただろ」
「二年も経てば人の気持ちなんて変わるものだよ」
甘い香水の香りは昔のままで、それだけが二年前の名残だった。そしてぼくは、未だ二年前の彼女を追い求めている。変わってしまった彼女が、悲しげにぼくを見ている。
それは本当かともう一度聞いた。本当だと彼女は言った。なんのための留学だろう。伸びた爪とネイルアートを見る限り、前のように芸術に真剣に取り組んでいるとは思えなかった。
「そんな顔しないでよ。私をわざわざ見つけて、指名したのはきみでしょ」
ぼくは、大学を卒業して普通のサラリーマンになった。就職活動は同期の中でも比較的上手くいった方で、稼ぎこそそれほど良くないものの、安定した生活を送っている。このまま行けば、あと数年後には家庭も持てるだろう。その時隣にいるのは彼女ではない。じゃあ彼女は、どうなるんだ。
余計なお世話であることは、指名した時から自覚していた。ただ一言、やり直せと言いたかった。まだぼくらは二十代の前半だ。修正なんていくらでもきく。
「・・・・・・無責任なこと、言うんだね。きみと別れて私は、自暴自棄になって体を売って、芸術の才能もないって言われて大学も辞めたのに」
「・・・・・・」
「きみは立派な社会人になれて、よかったね。私はこんなんだから、もうまともに働けないし結婚もできないよ。三十になるまでたくさん稼いで、世界一周旅行でもして、そのまま、死ぬつもり」
あぁそうだ、留学なんて話は聞かなかったが、世界一周旅行がしたいというのはたまに聞いていたな。
ぼくは彼女から目を逸らした。救ってやれなかったのはぼくだ。当時はお互いに足りないところがあって突発的に交際を解消するに至ったが、こんなになってしまうなら、せめて、その後気にかけてやればよかった。死ぬつもり、と至極明るく言った彼女は、もう人生を諦めていて、彼女が死んでもぼくは気付きもせず生きていくんだ。ぼくらが一緒に過ごした時間など、そんなものだったのだろう。彼女からは甘い香りがする。ぼくらはこのホテルを出たら、別々の道を進んでいく。無意識のまま、ごめんと口に出していた。
「ねえ、そうやって同情するなら一緒に死んでよ、ここで」
そう言うと彼女は、薄いカーディガンのポケットからライターを取り出した。
ぼくにはそれを止められなかった。目の焦点すら合っていない彼女が、もう殺してくれと懇願しているように思えた。彼女が持つピンク色のライターに、ぽっと小さな火が灯る。彼女を止める権利などぼくに無いように感じた。
でも、ぼくはまだ生きたかった。
殺される。そう確信して、ベッドの横にあった自分の鞄を手に取った。人間、窮地に追い込まれると恐怖で何も出来なくなるものだと思っていたが、火事場の馬鹿力とでもいうものなのか、案外簡単に彼女から距離をとることができた。ソファーの上に一人残って、傷だらけになってしまった手首にライターの火を当てる彼女は、ぼくを見て、さいごに、嘘つき、と言葉をこぼした。泣いているように見えたが、ぼくにはそれをちゃんと確認する余裕はなかった。
逃げるように部屋を出た。律儀なことに、部屋に入る時渡された鍵がきちんと手に握られていた。
「きみは、真面目だからねぇ」
記憶の中の彼女がそう言って笑う。こんなの今更思い出してなんになるんだ。もう彼女はぼくのものじゃない、いつも甘い香りをまとっていた、素敵な彼女じゃない、消えろ。
ラブホテルの狭い廊下をしばらく無心で歩いて立ち止まり、改めて一連の流れを思い出すと、体がぞくりとした。死んでしまうかもしれない。しかし不思議なことに罪悪感はあまりなくて、それはぼくもぼくでおかしな人間で、恐る恐る振り返ってみても部屋のドアは開かないし、煙が出ているとか異臭がするとかでもない。どうか死なないでくれと願った。まともに生きているぼくに、あらぬ被害が及ぶのはごめんだ。気付けば彼女の事ではなく、自分の保身ばかり考えている。もう彼女は、ぼくには救えないことを痛いほど知る。ぼくがあの部屋で何をすればよかったかがわからない。そもそも興味本位で元彼女の情報を探り、風俗店で働いていることを知り、指名してみたのが間違いだった。何かが変わると思っていたのはぼくだけだった。
エレベーターのドアが、ゆっくりと閉まる。下へ向かって動き出す。
無愛想な受付に鍵を返してホテル代を払った。この辺は安い風俗店が多く、ひとりで部屋に入る男性客もたくさんいるので、特に怪奇の目では見られなかった。自動ドアの前で一組のカップルとすれ違い、互いに見ないふりをして歩き去る。外に出ると、冬の冷たい風が体を包みこむ。そういえば、コートを部屋に忘れてしまった。
街は喧騒に満ちている。馬鹿騒ぎをする若者達が、ぼくのすぐ前を通り過ぎていく。念のため、もう一度振り返って部屋の方を見てみたが、発煙してはいなかった。彼女が生きているのなら、その安っぽいワンピースだけで夜道を歩くのは寒いだろうから、ぼくが忘れてしまったコートを着て帰ってほしいと思った。そして、寒さを少しでも凌いで家に辿り着けたら、すぐに捨ててほしい。かつて付き合っていた冬の日、薄着でデートに来た彼女にぼくの気に入っていたマフラーを巻いてやったら、あったかいねと笑顔を浮かべていた。彼女はあの時も、甘い匂いをまとっていた。
三森電池です。すいませんでした。
初参加ということでいつも書くような陰気臭い話を書いてしまいましたがせっかくこのような趣旨のスレッドなので次はあまり挑戦したことのない題材を扱ってみたいなと勝手に思っております。
私自身教養がなく難しい単語や言い回しが苦手なのですが小説の内容としては少しだけ大人向けかなって感じです。マジでこんな男とは付き合いたくないですね。お粗末さまでした。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.53 )
- 日時: 2017/11/01 21:15
- 名前: 波坂◆mThM6jyeWQ (ID: 3f9/AMeY)
お久しぶりでございます。波坂です。今回は小説を投稿するわけではなく皆様の小説への感想を持ってきた次第でございます。
>>41
奈由様
初めまして! 感想を書かせて頂きます!
一人称視点から視点キャラの思っている事をそのまま出した小説でしたね。読んでいて文章から楽しげな雰囲気が伝わってきました。
ただ、文の中で顔文字は使わない方が良いかなって思いました。それと誰が何してるのか少しわからないところがあったので、それを改善したらもっと良くなると思います。
登場人物にはそれぞれ可愛らしい個性があって良かったと思います。あ、個人的には百合好きです。どうでもいいですね(
>>42
アロンアルファ様
初めまして! 感想を書かせて頂きます!
一人称視点でしたが背景描写がとても厚い作品でした。
地の文からキャラクターの愛情がちょっとドロっとした感じに伝わってくるのがとても好きです。
文章的に少し分かりにくいかなって思いました。刺創って何……とか思ってしまいました。私の語彙力の無さが露見する。
肉体とか色々と変わってしまったけど、それも彼らなりのハッピーエンドなのかな。と読んでて思いました。彼らはきっと幸せを掴めたんじゃないかと思います。
>>44-45
流沢藍蓮
何週間ぶりですね! 感想を書かせて頂きます!
一人称視点でした。心理描写と背景描写のバランスが程よくとれている文だと思いました。なんでダフネさん死んでしまったの……幸せそうだったのに。
なんか一番最初にダフネさんが死ぬって言っちゃったせいで意外性が薄れました。その一文を消したら良くなると思います。あと花言葉のくだりとか無理にねじ込まれた感じが半端なかったです。
最後はクローバー君も復讐のクローバーにってしまって豹変ぶりに驚きました。復讐シーンも見たかったかも……なんて思いました。
他の方の感想も読み終え次第書かせて頂きます!
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.54 )
- 日時: 2017/11/01 22:14
- 名前: 流沢藍蓮◆50xkBNHT6. (ID: 1eFhKVRw)
>>50
ヨモツカミ様
あー、最初が良くなかったですか。
そうですね。後から読み返してみると、最初に結末を書いたので興ざめな感じになってしまいましたね……。
勢いに乗って、よく見直さないままに投稿してしまいました(汗)
……次からもう少し、自分の文章に気を使ってみるようにします。
ご指摘、ありがとうございました!
>>53
波坂様
お久しぶりです。これまで書いた短編はすべて、どこかしらで必ず死ネタが入っております。
やはり最初の一文が不要でしたか。そうですね、そこで結末を明かしたら後がつまらないですよね。
花言葉が強引……。言われるまで気づきませんでした。そう言えばカンパニュラとか、わざわざ名前を明かす必要すらないですね。読み返せば読み返すほど、無駄な要素もたくさん見つかりました。
復讐シーン、書こうとしたのですが流石に長すぎるかなと思ってカットしてしまいました。
必要な部分の描写が足らず、無駄な描写が多い……。もっと精進せねば。
自分だけで書いているとこういったおかしなところには気づきにくいものですからね、勉強になりました。感想、ありがとうございました!
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.55 )
- 日時: 2017/11/01 23:29
- 名前: ヨモツカミ (ID: hJGv9Kiw)
>>流沢藍蓮さん
期間は12月末くらいまであったので、もし次回も参加いただけたらゆっくりじっくり書くっていうのもありだと思おますよー。
>>浅葱さん
一回目投稿無かったから次もないと思ってたので、びっくりしました。一回目のお題の葱さんが書いたやつも読みたかったな、と思ってみたり。
一応感想はいらないとは言ってたけれど、やっぱり切ない感じの文書くの上手いなあって、胸にとすんってきますね。て、ことだけ伝えておきます。
>>壱之紡さん
二回目からの参加って入りづらいのかなと思ってたので、新規さんが増えて嬉しいです。はじめまして。複雑ファジーでお名前見かけた事ございます。
登場人物が書いた小説の一文目って設定、なんだかお洒落ですね。全体的に好きです。不思議とひきこまれる感じです。会話とか文中の言葉選びとかストーリーとかキャラの雰囲気等、ドストライクでした。
ついでに「隘路を征く者」も読ませて頂いて、壱之紡さんの文章好きだなあと感じたので、お時間ありましたら次回もよろしくお願いします(^^)
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.56 )
- 日時: 2017/11/02 10:53
- 名前: 雪姫 ◆dh1wcSF7ak (ID: fZnZlJg6)
*ウミホタル
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
「――なんてどうや?」
茜色に染まる教室、黒板の前で目を輝かせて力説している彼は私の幼馴染 海空(ウミゾラ)蛍(ホタル)。
深海のような藍色の自然任せに伸ばした髪と男の子なのにくりっとした大きな目と標準より低い背と細い体系で一見すると女の子なのか男の子なのか分からない中性的な見た目をした、腐った縁で結ばれた幼馴染
海空 蛍と、覚えてくれたらいいわ。
蛍の事は好きでも嫌いでもどちらでもないわ。だから私はいつも彼への返事は、そうねいいんじゃない、と頬杖をついて手に持っていた本から視線をうつさないで、そっけなくあいづちをうって何処か遠くへ流してしまうの。そしていつも蛍は頬はむくっと膨れ上がらせてこう言うの。
「何言ってるんや! 文化祭のやでっ真面目にしいや」
ってね。こんな会話いつもの事過ぎて飽きてしまったわ。
高校生活二度目の文化祭、私達のクラスの出し物は舞台劇をやることになったの。私はそんなのやりたいなんて一言も言っていないはずなのだけど。
言い出しっぺはもちろん蛍。放課後残って二人で劇の内容を決めようと言い出したのも蛍。凄く面倒くさいことだけれど、家に帰ったところでなにもないから別にいいっかと言うことにしておきましょうか。私は心の広い女だからね。優しいのよ。とてもね。
クラスメイトは私と蛍だけしかいない小中高一貫の田舎の学校の文化祭。そんなもの村の人たち以外に誰が見に来るっていうのかしら。家はおはぎを大量に持った祖母の姿しか思いつかないわ。きっと去年の文化祭、もしかしたらそれ以上に大量のおはぎを作ってくる気よ、あの人お祭りごとが大好きだから。
……なんてもういない祖母との思い出話に浸っていたら、
「なーなー見てみ? こんな風にお前が甘ーい匂いをまとってやな。こうっクルクルーと回ってな」
いつの間にか舞台を黒板の前から、窓側に移動して夕日で茜色に染まった空をバックに華麗なターンを披露、その舞い姿はまるで白鳥の湖を踊るバレリーナのよう。本当なんでもそつなくこなせる天才肌なのね。
「茜色の夕日と蛍か」
ぼそりと無意識で言葉が口から零れた。――夕日は嫌い。――赤は嫌い。――血は大嫌い。
茜色に私の見える世界を染める夕日が嫌い。夕日を見ると幼い頃の苦い思い出が甦るから嫌いなの。茜色赤色赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤……世界が真っ赤に彩られて、生暖かい液体が私の体を塗り付けるの。ああ……気持ちが悪い。思い出したくないと、甦ろうとする記憶を蓋をして奥底へ封じ込めようとしているのに、あの幼き日に体験した赤の世界は私を開放してくれない――甦る十二年前まだ私がこの村に越して来たばかりの頃のこと。
あの日私は街に出かけた帰り道に偶然立ち寄った岬で両親とはぐれてしまったの。まだ五歳の女の子、独りでは心細いわ。はぐれてしまった両親を探すために岬中を歩き回っていたところで出会ってしまったの。
「アタマがゴロゴロー♪ メダマはドコへイッター♪ ユビはキッチャウゾー♪ ナイゾウはブッチュー♪」
能天気な子供の声で歌われる残酷な歌と時折聞こえてくる、グヂュリ、ブヂュリ、肉と肉が擦れるような、引きちぎられるような、ナニカを潰したり、ナニカが弾け飛んだような、音はなんの音?
まだ五歳の女の子。好奇心と探究心が強い子供。だから私はミテハイケナイものを見てしまうの。岩山の向こうで行われていた、
「アタマがゴロゴロー♪ メダマはドコへイッター♪ ユビはキッチャウゾー♪ ナイゾウはブッチュー♪」
私と同じくらいの男の子が楽しそうに縦に真っ二つ引き裂いたハサミを持って、くるくると踊るように回っている姿をね。
彼の顔には赤い液体が飛び散ったようについていたわ。
彼が着ている白いTシャツは飛び散った赤い液体で真っ赤になっていたわ。
彼が両手に持つハサミの刃の部分は真っ赤なドロリとした液体が滴り落ちていたわ。
五歳の私でも分かった、彼はきっと。
[下校時刻となりました。まだ校舎に残っている生徒は速やかに下校しましょう]
「ええっ!? もうそんな時間なんっ!? まだ何にも決めてないでっ」
苛立ちの声をあげる蛍。
ああ……もうそんな時間なのね。下を向いて見ると握りしめた拳がぶるぶると小刻みに震えて頭からは首筋をそって冷やりと冷たい汗が流れる。これが冷や汗というものなのね。
はあっと大きくため息をついて、帰り支度をしましょう。まだ教室に残っていることが先生にばれると酷く面倒くさいことになるの、だからさっさとお暇した方が身の為ね。
まだ帰りたくなと、駄々をこねる蛍を無理やり引きずって連れ出し校舎を出て来て校門前、
「散る花見たいっ」
引きずられていた蛍が急に立ち上がりそんなことを言いだしたの。
もう太陽は沈みかけ。今の時期は日が沈むのが早いからうら若き乙女としては早く家路につきたいのだけど、と言ってみたけれど無意味だったわ。
今度は私が引きずられて散る花が見れる場所に連れて来られてしまうのね。本当わがままで面倒くさい幼馴染ね。
「綺麗やなー」
そうね、とここは返しておきましょう。
蛍が言っていた散る花と言うのは寄して返しす海の波が白い花びら散っているように見えるとのことよ。私にはただの波にしか見えないのだけど。
「おっ。おったで」
嬉々とした表情で蛍が指さす方向にいるのは長い黒髪をなびかせた背の高い女の人。彼女の足取りは重たく、右へ左へとよろよろとして真っ直ぐ歩けていないわ。それに真冬だというのに白いワンピース一枚でいるのは白装束の代わりなのかしら。
ここは彼岸岬。地元では有名な自殺スポットで毎日沢山の人が母なる海にその命を帰そうとやってくるの。
だから蛍にとっては最高の狩場と言えるのね。
隣に立っていたはずの蛍。気づけば遠くに見える女の人の傍にまで近づいて、
「お姉さん綺麗だね」
と声をかけて女の人が振り返った瞬間
「――――っ!」
学生服の中に隠し持っていた果物ナイフを取り出して、女の人の喉をを掻き切った。頸動脈を断ち切られて、盛大な血飛沫が吹き上がるの。……綺麗な噴水ね、とでもいいのかしらね。
「…………っ!?」
声を出すことの出来ない女の人は見開いた瞳孔だけで驚愕を表していたわ。それもそうよね。死ぬために岬に来て、まさかその岬で殺人鬼に出会って殺されるなんて、誰が思いつくかしら。
苦しみに喘いで暴れようとするのを蛍は許さない。つかさず脇腹を一刺しそれだけで女の人は大人しくなったわ。致死量を超えてしまったのね。死因は出血死と覚えていおくわ、覚えている限り。
「ふんふーん♪」
鼻歌まじりにナイフをこと切れた女の人に突き立てワンピースを引き裂いていく蛍。……私はお邪魔なようね。背を向けて行為を見ないようにするの。それに人の行為なんて見たくないわ。
もう分かっていると思うけど、海空 蛍は殺人鬼。しかも生まれ持っての殺人鬼。生粋の殺人鬼。私が呼吸しないと生きられないように、蛍は誰かを殺さないと生きられないの。だから蛍は一日一人は殺すの。死んでも困らないような人を殺すの。そして肌を合わせ愛し合う行為をするの、蛍は屍姦(しかん)愛好者、ネクロフィリアだから。
初めて蛍が殺人を犯したのは五歳の時。相手は父親が再婚して連れて来た新しい母親。
蛍は新しいお母さんを好きにはなれなかった、でもお父さんは好きになれと仲良くなれと蛍に言ったそうよ。だから蛍は殺したの。新しいお母さんを好きになるために。まずはぐちゃぐちゃんの肉塊にして内に秘めている物を全部露わにしたの、この岬でね。凶器はたまたま持っていたハサミ。
私はそれをたまたま通りがかって見てしまった目撃者ってわけ。幼い頃、両親とはぐれた女の子が見たのは自分の母親を殺すイカレタ殺人鬼が歌い踊って遊んでいる姿と言うわけ。
殺されると思った。犯人にとって目撃者ほど厄介なものはないと幼いながらに知っていたから。でも殺されなかった、何故だと思う?
「キミはボクのタイプじゃナイからイラナーイ」だそうよ。とりあえず命は助かったけどいつ口封じに殺さるかわからない恐怖、あの日見た脳裏に焼き付く光景は、死ぬまで消えないでしょうね。
精神科医にも行けない、誰にも治す事が出来ないのなら、恐怖に震える日々を送るくらいなら、
「――犯罪の片棒を担いだ方が余程マシよ」
その後私は蛍といくつかの約束事を交わしたわ。
殺すのは蛍の好みに合った女の人で自殺志願者または死んで当然の犯罪者。
一日に殺すのは一人だけにするとこ、それ以上殺すとさすがに隠し切れないわ。
殺しは絶対に私が一緒にいる時に行う事。用済みになった死体をバラバラに処理するのは私の仕事なのだから、勝手によそで殺されたら処理しづらいわ。
幼い頃から物を隠すのは大の得意なのよ。その証拠に過去十二年間で蛍が殺してきた死体は誰も見つかっていないわ。どう? 凄いでしょう?
「ンンンッ!!」
遠くにいる蛍の大きな声が聞こえてきたわ。きっと絶頂を迎え終わったのね。
「さて。お仕事の時間かしら」
振り返り軽やかな足取りで遠くにいる蛍と女の人だったもの近づくとふわり潮の香りと
「――――甘い」
蛍と女の人だったものはいつもと変わらない、噎せ返るような甘い匂いをまとっていた。
*fan*
*はじめまして雪姫と申します。今回初めて参加させてもらいました。この話は昨日夢に出てきたお話でして、今朝忘れないうちにとメモ用紙に走り書きした内容なので可笑しな点……しかないなあ……うん。これじゃない感が凄い。今回は失敗してしまいましたが、次回はもっといいものが書けるように頑張りたいと思います! ありがとうございました。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.57 )
- 日時: 2017/11/02 21:51
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: gqRO0hfI)
*
思っていたよりも初週からの参加者が多くて驚いている次第です。ありがてえ。
12月15日以降までこのお題で行くので、一度書いた方も、少しもう一回違う雰囲気でやってみようと感じられたりしたら、何度でも参加してくださってだいじょうぶですからね。
全体的に感想、という感想でもないなって思うのですが、これから感想にも慣れていこうと思います。
ひとまず、羅知さんまで。
*
全体的な感想としては「甘い匂い」=「香水・花」が多くなるかと思いましたが、「甘い匂い=その人らしさ」「甘い匂い=血など相手を表す一因」という案もあり、書き手らしさが表れるのだなと感じました。浅葱自身が香水を題材にしたから、というのもあります(笑) 楽しみに、他の作品を待っております(ω)
*
>>041⇒奈由さん
ご参加ありがとうございます。
花の名前がモチーフになっているのですね。全体的にテンポも良くて、スムーズに話が流れていく印象でした。百合って素敵な世界ですよね。個人的にヘテロセクシャルもホモセクシャルも、どちらも素敵な恋愛だなと感じたりしますb
少し気になった点は、①文章が途中で途切れてしまう事、②文の頭が1マス分空いていないこと、③途中で誰の会話か分からなくなってしまう事、ですね。
地の文での説明や、分かりやすい視点固定を行う事でもっと改善できるのではないかなと思います。今後が楽しみです(ω)
あ、あととても大きなお世話と思われるかもしれませんが、花の名前をそのまま使ってしまうのではなく、少しアレンジを加えると人名としても使いやすくなるのではないかなーと思います!
今回はありがとうございます。
また次回も参加していただければ、と思います(ω)
*
>>042⇒アロンアルファさん
ご参加ありがとうございます。
前回同様、良い意味で胸糞悪くなるような作品だなと感じます。ただ、前回と比べると視点主の考えていることが分からない印象があるので、作品の中にどっぷり浸かって話にのめりこむ、というのが難しかったです。
ただやはり文章の力がとてもある方だなと思うので、ひそかに参考にさせていただいたりしています(ω) 最後の文章、敢えて冒頭の文を使うことで、僕の思う対彼女への思いを可視化させなかったのかな、と感じたりもしています。勝手な解釈なのですが(д)
僕は僕らしく生きられているのだろうなぁと思いながら読みました。メリーバッドエンドに近いもの、という印象です。
次回はトップバッターを取れるよう、陰ながら応援しております(笑)
また次回も参加していただければと思います。
*
>>044-045⇒流沢藍蓮さん
ご参加ありがとうございます。
地の文が劇のような調子だなと思ったりしながら見ました。意識されていたりするのでしょうか。
ダフネやクローバー等々、花が題材でしたのでまとめるのが難しそうだなと感じたりします。意外と花言葉に沿うとまとまりが良いのかな、とも思ったりもするのですが、つじつま合わせにばかり意識が向くと内容がおろそかになってしまいますよね。それでもクローバーとダフネの関係や、それを見守るカンパニュラとの関係性が上手に描けているなと感じました。
少し気になったのは、①地の文が三人称なのか一人称なのか、②必要以上に句点で文章を区切っている事、③地の文に話し言葉と書き言葉とが混じっていること、になります。①と③で上げさせていただいた内容は重複する部分もありますが、統一したほうが読みやすい気もしたので、ご指摘させていただきました。
あと、他の方が出だしで結末が出ている点についてお話ししていましたが、浅葱としてはありだと思います。ただ、結末を頭に描いてしまうなら、結末をさらに盛り上げる必要があるのではないかな、と。評論文での双括法(漢字が違ったらすみません)と似た考え方をすると良いのかもしれません。中盤での盛り上がりを結末まで持続していくか、それとも結末で大きく盛り上がるか。他にも方法はあると思いますが、少し工夫してみると良かったのかなと思いました(ω)
今回はありがとうございます。
また次回も参加していただければと思います!
*
>>047⇒壱之紡さん
初めまして、ご参加ありがとうございます。
言葉の繰り返しや、読点で数個繋いでから句点で止める手法が多く用いられていたような感覚がします。繰り返すことでその内容が分かりやすかったり、人物が何に時間をかけていたのかっていうのが分かりやすくなっていた気がします。
個人的に一伊達さんと方伊義さんの関係性が気になる次第です。小説家と編集、というわけではないのでしょうか。「また会えるといいね」という発言から察するに、必ず会える関係性ではないのだろうなと思うと、作家-編集間の関係ではないのかな、とも思っています。
今回はありがとうございます。
次回もまた参加していただければと思います(ω)
*
>>049⇒羅知さん
ご参加ありがとうございます。
仰られていた通り、前回よりも視点主の気持ちが分かりやすくなっていて、若者の吸収速度と成長速度ってすごいなと思います(笑)
視点主が見える世界を感情と結び付けてみたり、敢えて「僕は○○と感じた」と明記するより背景描写だけで感情を表すと、もっと視点主の侘しさや苦悩を表現できたのかな、とか――とっても上から目線な感じですが――思ったりします。
「僕」は意外と若い子なのかな。一人称が初めに与える印象って、人それぞれですよね。浅葱は「僕=少年、若者」「俺=青年、若者」「私=年上」といった印象が先入観としてあったりします。一人称が与える印象っていうのも、作品を引き締める一因なのかもしれない、そう感じたりする人もいるのかなって思いました(ω)
少し気になったのは、①三点リーダーの多用、②“”で流れが少し途切れてしまうこと、です。どちらも使う回数を減らせると、読み手が視点主の世界にすっと入りやすいなと思ったりしました。
今回はありがとうございます。
次回も参加していただければと思います!
*
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 第二回開催 ( No.58 )
- 日時: 2017/11/10 09:27
- 名前: ぽんこってぃー (ID: xkiki2bI)
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
薄紫色の霧に覆われた世界にまた、彼女はそこに現れる。薔薇の香水のような甘い匂いが僕の意識を朦朧とさせる。酒類による酩酊とは少し違う、頭がくらくらとする心地よさに僕の目は、耳は、鼻は、たちまち鈍くなって目の前の景色が霞んでしまう。
すりガラスの向こう側の世界にいるかのように、彼女の輪郭はまたもやぼやけてしまう。右手を伸ばすと彼女の煌く髪に手が触れる。滑らかな感触を指で楽しみ、この蜂蜜色の輪郭は彼女の毛髪であったことを知る。彼女の首元に手が届く。とても、温かい。
彼女が、笑ったような気がした。顔は見えない、いつもそうだ。霧が薄い日でもなぜか彼女の顔は真黒く塗り潰されていて、僕は彼女の尊顔を拝んだことは無い。声にしてもそうだ。彼女の声も聞いたことがない、今も聞こえなかった。けれど今、僕が首を触れた後に肩を少し震わせたのが、どうにも笑いかけてくれているように思えてならなかった。
「××さん」
その声は紛れもなく僕の口から飛び出ていた。どうしてそう呼びかけたのかは分からない。だけど、不意に飛び出したその名前は、彼女の名前だということは疑いようもなかった。しかしすぐに考える、今僕は彼女に何と言って呼びかけたのだろうか、と。
ああ、まただ。彼女のことを何一つ知りもしないまま、別れの時間がやってくる。分かるのだ、別れの時間は決まって、この甘い匂いが感じ取れなくなるその時だから。もう香りの残渣は幾何とも残っていない。霧が晴れていく代わりに、彼女の姿が遠ざかる。あっ、と声を出した時には彼女はもうとっくに水平線の彼方へと消えていた。
そして、自分が立っている場所の正体に気が付く。彼女の甘い匂いに包まれているときはずっと花畑の真ん中にいると錯覚していたのに、その姿が消えてしまうと、草木一本住まわぬ荒れ地でしかなくなっているのだ。
彼女の正体は、名前は、顔は、声は、背丈は、国籍は……知りたいことはいくらでもある。だけど僕は彼女について、匂い以外は何一つ分からないまま今日も夢へと別れを告げる。
そして、願うんだ。いつか彼女と出会う“その時”を。
目覚まし時計のアラームを止め、重たい上体を起こす。窓から差し込む朝日を感じて僕の頭は完全に覚醒する。またこの夢かと僕は弱々しく声を漏らした。いつからだったろうか、こんな夢を見始めたのは。物心ついた時からずっとだったように思う。幼いころからずっと、夢の中の彼女と一緒に成長してきた。僕が中学の頃は彼女はブレザーを着ていたし、高校生になるとその服はセーラー服に変わった。大学に入ったかと思うと私服になり、社会人となった今、スーツと私服を行ったり来たりしている。
二十四にもなってまだこんな夢を見るのかと僕は打ちひしがれる。と同時に、急ぎの要件を思い出した。充分間に合うだけの時間に起きれてはいるのだが、今日の十時からは新規の契約先との打ち合わせが待っている。それほど大きな仕事ではないのだが、そのために先方もこちらの会社も、一人で仕事をするのが初となる新米のぺーぺーを送ることになっている。そう、それこそが自分なのである。
うちの会社でこんな時期から一人で仕事をさしてもらえるだなんて大したものだと先輩は笑って褒めてくれた。確かに入社してから真面目に働き続けてきたし、大きな失態も犯していない。期待を背負っている実感は確かにある。
しっかり朝食をとってスーツの袖に腕を通すと、先輩からの着信が来た。何だろうかと思い、メールを開く。真面目な話だろうかと少し身構えたが、どうということはない話で、今日の契約先から来る社員さんはハーフの美人だということ、羨ましくて変わってほしいくらいだということだけが書かれていた。
全くしょうがない先輩だなと嘆息し、僕は家を出る。美人、その言葉が少しちくりと、棘のように僕の胸に引っかかる。今まで自分は、美人というものに心が躍ったことは無い。この人がきれいだ、と感じることはあってもそれに魅力を感じたことがないのだ。それを知ってか知らずか、よく先輩は僕に対して営業の何某が美人だとか、広報のあの子が可愛いとか伝えてくる。
彼女は、美人なのだろうか。薔薇の花を思い浮かべながら僕はとある女性のことを頭に浮かべる。気持ち悪いなと、自分の発想を自分で消極的に否定する。遅刻してはならないのだから、そろそろ家を出ようと思いいたる。
とりあえず、僕が遅刻することは避けられた。少々電車が遅延してしまったものの、先方の会社にはどうにか打ち合わせの十分前にはたどり着いた。電車が遅延してしまったときにはどうなることかと不安になったが、大事に至らなくて済み、一安心だ。
ただ、電車の遅延は違うところに問題を引き起こした。僕の取引相手の女性が電車の遅れに巻き込まれて出社が遅れているらしい。それは仕方ないと、適当に自販機で缶コーヒーを購入し、受付で「これだけ予めお受け取り下さい」と手渡された資料に目を通しながら啜った。相手の名前を確認する。鈴木ローザ。そういえばハーフだと先輩が言っていたなと思い返す。ローザ、イタリア語で薔薇という意味だっただろうか。年はどうやら同い年のようである。
薔薇、という響きに件の彼女を思い出すが、すぐにその考えを打ち消す。仕事の場にそれを持ち込むわけには行かない。首を軽く横に振り、景気よく残ったコーヒーを飲みほした。
“その時”だった、後ろから、声がした。
「申し訳ございません! 鈴木です!」
目の前にスーツの女性が現れた。ハアハアと息を切らせて何とか呼吸を整えている。座ったままでは失礼だと思い、胸ポケットから名刺を取り出しつつ僕は立ち上がった。
「いえいえ、さっききたばかりです。私は田中と申します」
彼女と目が合う。甘い香りが、からかうように僕の鼻腔をくすぐった。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.59 )
- 日時: 2017/11/04 18:05
- 名前: ヨモツカミ (ID: eVmimBZU)
>>羅知さん
再び参加ありがとうございます。
死んだ魚の目をした女の子の甘い香りの意味が、最後にわかるんですね。彼女なりに幸せな最期を迎えられたなら、良かったのかな。彼も大切な人との約束を守るために自分の気持ちを押し殺して、彼女を食べて。切ないお話でしたね。
何故幼き日の彼女が急に「おにいさん、おなかすいてるの?」と訊ねたのか、何故死にたがってたのか、とか、少しだけ疑問が残りました。過去に出てきた彼女と今回食べた彼女の関係も気になります。前世と来世なのでしょうか。
前から気になってたんですが"生き物"とか、"本物"とか、アポストロフィで囲うのって、どういう意味があるのでしょう?羅知ちゃんの小説には囲ってある言葉多いなと思ってたので。
>>三森電池さん
ここでは始めまして。まさか三森さんも来てくださるとは思ってなかったのでびっくりしました。嬉しい。
僕はどうしたら彼女を救えたのか……。別れて無関係になってしまった時点でどうしようもなかったのかな。やっぱり自分が一番大事で、面倒な事に巻き込まれると思うと逃げてしまって。彼女もきっと、部屋に一人残されたあと死ねなかったんだろうな。死ねずに独り、泣いてたのかもしれない。僕の去り際に彼女が口にした一言がとても胸に刺さります。最後の一文が、あの日の時間が戻ってこないんだって言っているみたいで、読み終えた瞬間に虚しさとしんどさが残りますね。
三森さんの文章は、胸に真っ直ぐ殴り掛かってくる感じがしてとても好きです。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.60 )
- 日時: 2017/11/09 17:28
- 名前: 壱之紡 (ID: oOvvJxmo)
返信遅くなりました、申し訳ありません。
>>55 ヨモツカミさん
初めまして、ご感想ありがとうございました。今まで自分の文章に感想など貰ったことが無かったので、非常に嬉しい限りです。
あの雰囲気を壊さないよう、一つ一つ言葉を選ぶのが大変でした……もう少し私に語彙があれば、もっと違和感の無い文章になったかなと反省しております。
小説の方も読んで頂けたとあり、もう本当に嬉しいとしか言えません。私も「継ぎ接ぎバーコード」、ずっと前から愛読していました。あの殺伐とした、なんというか甘さを許さない世界観にとても痺れます。
また次回も、参加させて頂きたいと思います。本当にありがとうございました。
>>57 浅葱 游さん
初めまして、ご感想ありがとうございました。
特に意識はしていなかったのですが、技法のところはご指摘頂いて初めて気が付きました。何となく、今まで書いたことのないような文を書こうと思っていたらああなりました。
方伊義は作家志望の青年で、舞台となったカフェの常連です。一伊達は、精神病を患い、現在入院中の青年です。このカフェで一回相席してから意気投合(?)し、以後一伊達の外出許可が出るたび、一伊達が方伊義に相席を吹っ掛けているような関係です。
正直この短編は「パンケーキの描写がしたい!」と思い立ち、その勢いで書いたものなので、人物設定はガバガバです。次回はそこをしっかり練って挑戦したいと思います。
浅葱さんの短編も読ませて頂きました。私はどうしても文の密度が低いというか、濃い文章が書けないので、その点とても参考になりました。アダルティックで濃密な雰囲気がとても素敵です。人物の心の揺れ動きがストレートに伝わってきました。
今回は本当にありがとうございました。また次回もよろしくお願いします。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.61 )
- 日時: 2017/11/10 19:55
- 名前: 塩糖 (ID: 0ePFjTAk)
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
それは、とある森の中にある小さな木造建てのお店。
森の住人と付近の村との調停役が住まう場所。
その横に置かれた木のベンチとテーブルに彼らはいた。
「んー……実をいうと僕は甘いのは得意じゃなくてね、ココアに蜂蜜って合うかい?」
「ええそれはとても! いい甘さの暴力……、やっぱりあなたの入れるココアは最高ね」
「それはどうも。こっちは毎日来てはココアをせびるキミへ、腹いせで砂糖の量をこれでもかと増やしたんだけどね」
少女の両手で収まり切れないくらい大きいマグカップ、そこになみなみとついだココア。
一体、何杯の砂糖を溶かしたかも分からないそれを彼女は喜々として飲んでいる。
見ているだけで胸やけを起こしそうだ。そう森の調停役は零したが、彼女には聞こえなかったようだ。
これまた少女の胴体程に大きい壺に木の匙一つ、潜らせ黄金色の液体を口いっぱいにほおばった。
「ちなみに聞いておくけど、もしかしてそれがお昼ご飯なのかい? 流石に無いと願いたいけど」
「? 何かいけないの?」
不思議そうにに首を傾げながら、口元についた蜜の残りを人差し指ですくってなめる。
彼は顔に手を当て天を仰ぎ、少女の行く末を案じた。
その後、それを見張る役目であるはずの人(?)を軽く睨む。
被疑者は、焦げ茶色の熊である。
「いえ、私も止めはしたのですが、こちらが用意したものを食べてくれなくて……」
「だってくまきち、鮭とか木の実とかばっか渡してくるんだもん」
「むしろ森にすむのなら当たり前どころか中々豪華な気がするんだけど、あとその子はジョージね」
「森の住人って花の蜜を吸いながら生きてるって思ってたわ」
「妖精じゃないんだからさ」
勝手にくまきちと命名された知人の健闘がなんとなく目に浮かぶ。
「はぁ……っと」
さて、と自分の分のコーヒーを飲み干した調停役は席を立つ。
そうしてちらりとあたりを見回して、姿こそ見えないが確かに他のお客さんの存在を感じ取った。
「ジョージ、悪いけどそろそろお嬢さんを連れて帰ってくれるかい?」
「あぁ、そうですねそろそろ……」
「あらどうして?」
小皿に注がれた蜂蜜をなめ切った熊に促す、だがまだ私が食べているのにとそれを違和感としてそのまま出した彼女。
説明を求められると少々困る事柄だったために、調停役は少々困ってしまった。
知人に助け船を出すために、ジョージは綺麗になった皿を器用に調停役に渡しながら答えた。
「ほらお嬢さん、私は少々大柄で恐い顔をしているでしょう? そうするとこの森の住人が少し怖がってしまって相談をしに来ることができないんですよ」
「なにそれ、くまきちだってこの森の住人でしょ」
「そうはいっても、流石に大きさが何十倍も違えば怖くなるのは当然なのさ。僕だって子供ころからずっといる。だから怖がられていないだけ」
じゃなきゃ調停役にはなれないよ、そう彼は言った。その目はどこか悲しげにも見えた気がしたが、少女にそんなことは関係ない。
友人が、見た目を理由に怖がられているから憩いの場から追い出されてしまう。到底許せるものではない。
だが、ここで反論しようにも彼女には手札がない。
「……つまり皆が怖がらなくなればいいわけね?」
「え?」
「まぁ、それが一番いいことなんだけど」
出来るわけがない、そう続ける前に少女はジョージにまたがり、さっさと森の奥へと消えていった。
その際、調停役はなんとなく嫌な予感を覚えたが、直ぐにやってきたリスのカップルやら引っ越してきたらしいウサギの一家の対応に追われ、結局何もしなかった。
せめてこの時に止めておけば、そう調停役は深く後悔したそうだ。
--次の日
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
ついでに熊も従えて、
しかも複数、こりゃ勝てない。
あと普段よりも熊たちがふくよかな気がするし、少女の服装も普段より綺麗になっている。
「流石にこれはやめてほしいんだけど」
「え、なんで?」
「なんでもって、昨日言った通り熊がいると他のお客さんが来ないんだよ。というか、ジョージはともかくどうやってフレッドやイザベラ、ノマク達まで……、一応全員僕の知人だけどもこんな風に集まってくれることは……」
「あら知らなかったの? 蜂蜜があれば大抵の言うことを聞いてくれるわよ?」
「僕の長い付き合いは蜂蜜以下か……」
かなりへこんだ様子を見せて、調停役はベンチに座り込んだ。
それでも一応頭数分のポタージュ、少女だけはココアだが用意する元気はあるようだ。
「それで?」
「?」
「いや、ハテナで返されても困るよ。君がこんなことするってことは、まぁ何か言いたいことがあるんだろう」
「あ、そう! ココアを飲みに来ただけじゃないのよ!」
一応はそちらも理由なのか、ここまでのことをするのなら出来れば理由は一個に絞るくらいの意気を見せてほしかった。
ココアを飲み干した少女は調停役に近づき、指を眼前近づけた。
蜂蜜の壺に指でも入れたのか、指の香りはもはや甘ったるい程で少し顔をしかめる。
「少なくとも森の皆にコンタクトをとって色々するには調停役の貴方の力が必要……だから私は思いついたの。
さぁ、この森にすむ熊5頭、それが森の皆にも受け入れられるようにしなさい! さもなくば……」
「さもなくば?」
「毎日ここに張らせるわ!」
少女の宣言と共に、5頭はそれぞれ鼻息を吹く。ジョージは少し申し訳なさそうにだったが。
最悪なことを思いつきおってと調停役は少し頭を掻く。
とにかく、何とか説得しようと言葉を探し始める。
「あー、それをされると確かに非常に困るんだけど……それはきっと君たちも一緒だよ?ここは動物たちだけじゃなくて人間も来るから。それが熊で埋められて近づけなかったら、人間たちも何をするかわからない」
「そこは安心しなさい、既にパパのところへ皆でお願いしに行ってここしばらくは入れないことを伝えたわ!」
「待て、村長の家に押し掛けたの? しかも皆ってことは」
とんでもないことを言い始めたと混乱する調停役。
少女の父親は近くの村の長だということは少女が森にいきなり住み始めた時、てっきりどっかから誘拐でもされてきたかと思った際に確かめている。
だが、距離的に言えばそう簡単に行って帰ってこれる距離ではない。
普段ならたまに通る馬車などに乗って、と考えたがいま彼女の周りには……。
そう思って視線を向けるとジョージ以外は少し誇らしげな顔をした。
「もちろん、この子たちも一緒に! 普段は小うるさいパパだけど、なんか静かだったわね」
「……もしかして、その時いろんなものもらわなかった?」
「あれ、そんなこと教えたっけ? なんか村の皆が食べ物とかいっぱいくれたの。応援してるってことなのかしら」
「多分平和な村に突如として現れた山賊扱いされてたんだと思うよそれ」
「ならいっそのことまた明日にでも蜂蜜をもらいに行こうかしら。森のは大体取りつくしちゃったし」
「一日でも早く解決するから絶対にやめてね! あと蜂の巣をそんなに襲っちゃ駄目だよ!?」
調停役は頭を抱えた。
彼はこの後、その日のうちに村の住人に熊に対する恐怖心を取り除く方法を考え始めた。
だが、よくよく考えてみると熊の方を懐柔した方が早いのでは? と気が付き、調停役は他の森にいる蜂たちに頭を下げ、大量の蜂蜜を獲得。
騒動は何とか収まった……が、二度とこんなことが起きないように、少しずつみんなを慣らしていくことを少女に誓った。
「すいません調停役さん、私があの子を森に止められなかったばかりに……」
「いいんだよジョージ、この問題を先延ばしにしてきたのは確かなんだから。それより今度は直ぐに僕に報告してね……」
それ以降、調停役はいつもの甘い匂いがする度に顔をしかめたというし、甘いモノ嫌いがさらに深まったとさ。
*****
なんかシリアスが続いていると流れぶっ壊したい病である私です。
童話風にしめたかったのですが、ここで実力のなさが浮き彫りに……!
ちなみに元ネタは森のくまさんなんですが、碌に要素無いですねごめんなさい。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.62 )
- 日時: 2017/11/11 12:59
- 名前: 凛太 (ID: XQfUe5jY)
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。彼女の身体は、花で覆われていた。細いつるは彼女の脆弱な体躯ををからめとり、四方からは濃紺の花が綻ぶ。彼女から摘み取った花を煎じれば、妙薬となった。みなが彼女を愛おしむ。だから、僕は彼女を厭わしいと思った。
父さまがとおつ国に旅立たれた日、僕は冠をいただいた。齢15になる妹の蒼白な泣き顔や、母さまのひっそりとした黒いドレス。何もかもが腹立たしかった。ゆえに僕は一人きりになりたくて、夜の庭園に躍り出たのだ。星々は夜の天幕を飾り立て、つめたい夜風は身を打ちつける。冬の庭園は、物寂しい。けれどもそこに似つかわしくない、したたるほどの花の匂いを感じて、僕は後ろを振り向いた。
「王子さま、どうかお力落としなさいませんように」
彼女だった。肢体に瀰漫したつるを隠すために、ゆったりとした装いをしていた。それでも袖から零れ落ちる蔓を見やれば、うっすらと花を咲かせている。彼女は切々とした表情を浮かべて、こうべを垂れた。拍子に、はしばみ色の髪が揺れる。
「もういい、お前が慰めたところで、どうにもならない」
うんざりと吐き出した声に、彼女は面を上げた。ひどく鬱屈とした調子だった。
「どうして、父さまは亡くなったのだろう」
「王さまは、長患いでしたから」
「違う、そのようなことではない」
かぶりを振ると、彼女は痛々しげに目を伏せた。祈りをささげるように、胸のあたりで手を組む姿は、ある種のひたむきさを感じた。その振る舞いに、何か美しいものを見い出した気さえする。
「お前にまとわりつくものは、万病に効くのだろう。ならば、なぜ父さまは」
「王子さま、それは大きなあやまりでございます!」
彼女は珍しく声を荒げた。髪と等しい色をしたまなこは、大きく見開かれ、僕に注がれていた。そのことに、僅かばかりの優越感に浸る。国中が欲してやまない娘を、この夜ばかりは手中に収めているのだ。いまいちど、彼女に目を凝らす。木の枝ほど痩せ細った体躯だけれど、顔立ちは悪くない。何よりも、あちこちを這う蔓は、一層彼女を儚くさせていた。
「わたくしの花弁は、痛みをやわらげ、死期をのばすものです。しかし、病を絶つものではございません」
「だから自分を責めるなと、そう言いたいのか」
「そのようなつもりは、決して」
「お前は、本当に浅ましい娘だ。父さまの寵愛を、その身に受け止めておきながら」
彼女ははっとしたように、口を薄く開いた。そうして楚々とした足取りで近づくものだから、僕は思わず後ずさる。
「王子さま、王子さま。きっと、さみしかったのですね。貴方さまのお父上は久しく床に伏して、共に語らうことなどついぞ叶わなかったから」
「わかったような口を聞くな!」
力任せに叫ぶが、彼女はひるまなかった。それどころか、彼女はそうっと僕の手を取ってみせる。
「わたくしは、この国に身をささげたいのです。ですから、王子さま。わたくしにできることがあるのならば、この花弁をいくらでも差し出しましょう」
彼女はそう言って、指のあたりに咲いた、あでやかな花弁を摘んだ。そうして僕の手のひらにのせるのだ。ひとひらの花弁は深い青色をしていて、先端の方にかけて淡く白が滲みでている。
「お前の奇妙な花は、心にまで働きかけるとでもいうのか、馬鹿馬鹿しい」
「そうです、王子さま。もとより、花の香は心を和らげてくれます」
訝しげにとった花片を、顔の近くまで持ってくれば、抗いがたい欲求に襲われた。蠱惑的な香りがして、酩酊とした心地に陥る。僕は衝動のままに、それを口に含んだ。砂糖の味がした。
父さま、この国を統べた王さまよ。何故、彼の人は僕をおいて旅立たれたのか。父らしいことを何一つせず、この眼前に佇む甘やかな娘に縋った。僕は彼女が嫌いだ。しかし、今ならわかるのだ。砂糖菓子のような甘美な味を咀嚼し、飲み込んだ時。魔性めいた力が働き、僕を虜とする。
「本当ならば、ジャムなどにして召し上がるのが良いのですけれど。ねえ、王子さま、泣かないで」
彼女に言われて、はじめて頬を垂れる露に気がついた。それを乱暴に指で拭う。
「僕は冠をいただいた。夜が明ければ、王となる。お前は、僕に忠誠を誓えるのか」
この問いかけに、彼女は瞳を数度またたかせ、そうしてしとやかな笑みを見せた。
「それが、わたくしの至上の望みです」
堕ちていくのだ、と思った。彼女が身に宿すものは、妙薬などではない。毒だ。僕を、堕落させる。幼い頃から求めて止まなかった父さまの背を追懐し、皮肉なものだと自嘲した。たまゆらの彼女と、いつかとおつ国に招かれるその日まで、花の香に浸ろう。
*
はじめまして、凛太です。
面白そうだなあ、と思い参加しました。
匂いにまつわる話を書くのははじめてだったので、すごく新鮮で楽しかったです。
個人的には、壱之紡さんの話が好きでした。
儚げな雰囲気と会話のテンポに惹かれます。
それでは、ありがとうございました。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.63 )
- 日時: 2017/11/13 16:05
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: 6DmUuvEI)
冒頭部分が吹っ飛びましたが、無事復旧完了です。
今回は「彼女」「匂い」が限定されるのか、被らないようにするのが大変でしたね。
*
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。あくまでも友人の話である。僕は熟れすぎた果物のような、腐臭を感じてしまう。
廃れた教会の墓地に一輪だけ咲いていた白薔薇。それを僕たちは『彼女』と呼んでいた。
初めて彼女と会ったのは、六月中旬頃のことだった。しとしとと長雨が降り続く中、誰もいない教会に忍び込んだ僕らは甘い匂いに誘われて、美しく咲いていた彼女を見つけた。
真紅の薔薇に囲まれて、ぽつんと一人佇んでいる彼女に、胸の奥がざわついたのを覚えている。そう、そして花の色香に誘われる虫のように、ふらふらと吸い寄せられた僕たちの目の前で、彼女は人の姿に変わってしまったのだ。
「あら、こんばんは。こんなところに来るなんて、よっぽどの物好きなのね」
絹のようになめらかな肌は、血の気すら通っていないほど白く、色素が全くなかった。アルビノを思わせるかの容姿で、髪や唇すらも白真珠のようだった。唯一、瞳だけが薄い緑をしていて、その輝きに背筋が寒くなる。
まるで、棘(とげ)に刺されたような。
その時僕達がどんなことを話していたのかは、未だにぼんやりしたままだ。
「うふふ、こんばんは。今日は一人なのね」
「なんだか、ここに来なくちゃいけない気がしたので」
「お友達も昨日、同じことを言っていたわ」
僕たちは毎日のように、彼女に会いに来ていた。両親に帰りが遅いとか、塾をサボっただとか怒られてしまったけれど、教会近くを通ると漂ってくる甘い匂いには逆らえない。二人で行ったり、一人だったり。彼女に呼ばれている気がするのだ。
「あの、どうして、人間の姿になるんですか? 花のままでも、十分に美しいと僕は思うんですけど」
初めて目にしてから、ずっと気になっていたことだった。紅に染まらず、凛として佇んでいる白薔薇であるからこそ惹かれたのに、わざわざ人の姿を取る意味が分からない。
「それはね――」
音もなく僕に近づき、耳元で囁きかける。言葉を耳にする前に、チクッと鋭い痛みが頬を刺した。
「あらやだ、そろそろ花の姿に戻る時間なのね」
結局、僕の質問の答えは聞くことができなかった。
彼女を見ると、透きとおった白い肌で覆われていた手指が、固い深緑の茎に戻りつつあるところだった。茎についている棘が頬に刺さったらしい。僕の血液が付いた指先の棘を、ペロッと舌で舐める姿から目が離せなかった。純潔という、白薔薇の花言葉からは程遠い官能的な仕草に、中学生ながら思わず唾を飲み込んでしまったほどだ。腰の辺りがじわりと熱をもって、むず痒いような衝動を感じる。
あぁ、この時からか。
甘い匂いを纏っていた彼女から、腐臭を感じるようになったのは。彼女の香りをいい匂いと感じなくなった僕は、しばらく教会の近くに行かなくなっていた。
その一方で、友人は足を運んでいたらしい。
「なんかさー、あの甘い匂いを嗅ぐと行っちゃうんだよねー」
「甘い匂いなんてしてないよ。最近、腐った臭いがして近づきたくもない。枯れる時期だろ」
「そんなわけねーよ。俺、昨日も行ったけど変わらず良い匂いだったし、周りの赤薔薇も綺麗だったし」
初めて彼女と会ってから、二週間ほどが過ぎている。家とは反対の町外れにある植物園の薔薇は見頃を終え、入口にある看板の花が向日葵に変わった時期だった。
彼女はまだ、咲いているということだろうか。
「お久しぶりね。最近来なくて寂しかったのよ。ねぇ、どうして顔をしかめているの?」
友人の言うとおり、彼女は変わらずそこに咲いていた。ただ、周りの赤い薔薇は記憶の中より数が減った気がする。前はもっと、満開に咲いていたのに。
そして、相変わらず彼女からは不快な臭いがする。以前よりもずっと臭いがキツく、鼻をつまんでしまいたい。でもきっと友人なら、甘い匂いを感じているのだろう。
今日の彼女は、人の姿をしていなかった。本来の姿である植物の形で現れたのは初めてかもしれない。しかしそれ以上に、今にも朽ちてしまいそうな彼女が気になっていた。
「腐った卵のような、変な臭いがしているので。あとあなたの姿を見て驚いてしまって」
「あらそう。あなたは一度、私が触れてしまったものね。お友達のように上辺だけ見えていれば良かったのに」
今日は、あの日と同じように雨が降っていた。日が長くなったせいか、明かりをつけなくても彼女の姿がよく見える。でも、あの麗しい白薔薇はどこにもいない。茶色く変わった花びら、しおれた茎、枯れ落ちた赤薔薇。
間違いなく友人の嗅覚がおかしくなっていると悟った。こんな状態なのに、甘い匂いを漂わせるわけがない。
急いで引き返そうと後ろを向いたら、何かに足を取られて土に倒れ込んでしまった。泥だらけになりながら身体を起こすと、足首に太い茎が巻きついている。
「どこに行くの?」
足に刺さった薔薇の棘から一気に血液が吸い取られる。声をあげる間も無く、息苦しさと気持ち悪さが襲いかかってきて、呼吸もままならない。ぐらり、と傾いた僕の身体を、いつの間にか人の姿になった彼女が優しく支えていた。
「やっぱり、童貞の生き血は最高だわ! 永遠に、美しく咲くためには不可欠なのよ。私を飾る、紅の薔薇になりなさい。残った身体は土の肥やしにしてあげるから、安心してちょうだい」
「や、め……て……」
視界は既に白く、彼女の姿もぼんやりとしか見えない。それでも、僕は逃げようと必死に身体をよじったつもりだった。
「いやよ。だってせっかく匂いにつられて来てくれたのに、逃がすわけがないじゃない。本当は甘い匂いに包まれたまま取り込んであげようと思っていたのに、あなたが性に目覚め始めてしまったから仕方がないの」
――甘い匂いを感じるのは、精通していない男の子だけ。私の姿が見えるのは、童貞の男の子だけ。
最後に僕が聞いたのは、そんな言葉だった。次に気がついた時、僕はあの墓地に咲く赤薔薇に変化していた。
パキポキと枝を折って、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。彼女と誰かの話し声が、微かに聞こえる。
「こんばんは。最近はあのお友達は来ないのね」
「なんか、学校でも見ないんですよね。行方不明になったとかで、警察が探しているっぽいですよ」
「ふうん、そうなんだ」
僕の真下にある薔薇の茎が、動いているのを感じとった。
『逃げて』
もう僕に口はない。ただ友人にそう祈り続けることしかできなかった、七月中旬頃。薔薇の季節はとっくに終わっている。
彼女は相変わらず甘い匂いをまとって、美しく咲いていた。
*
中世ヨーロッパには、アイアンメイデンという拷問器具を使って、処女の血を搾り取り、浴びていた人物がいたとされています。
処女の血液には不老不死の効果があると信じられていたとかいないとか。
久々に擬人化で書いた気がします。やっぱり無機物を有機物のように書くのは向いているのかもしれません。
あと、今回は意識的に読点を少なめに書いてみました。普段よりも文章の流れが速くなるかなとか。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.64 )
- 日時: 2017/11/13 18:59
- 名前: 雪◆EEpoFj44l.
このスレッドを見つけて、慌てて書かせていただいたものなので少し急展開、設定がおかしいところがあるかもしれません……。それでもよろしければ。
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
玄関のドアを開けてやると、彼女は弾丸のような勢いで転がり込んできた。その香りの発信源である、色取り取りの花たちを胸に抱いて。
「これねぇ、そこのねっ、空き地にねっ、咲いてたんだよっ、綺麗でしょっ」
「……ありがと。上がっていいよ」
興奮冷めやらぬ様子の彼女は、あんなに大切そうに抱きしめていた花を僕に押し付けると、靴を脱ぎ散らかしてリビングへと上がっていってしまった。
軽いため息をついて、仕方なくピンク色の小さな靴を揃える。靴を脱ぎ散らかしたのも、インターホンを連打して入れてとせがんだのが彼女でも、母に叱られるのは僕なのだ。母は彼女を「私たちと違って裕福ではないから」という理由だけで汚いもののように扱い、忌み嫌っている。
あんな庶民うちの屋敷に入れないでよと怒る母の声を、僕はベッドの上で聞いていた。
花を手に持ち、扉を開く。と、目を細めて、陶器の花瓶を物珍しそうに眺めている少女がいた。
僕が部屋に入ってきたのに気付くと、嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねる。頭の両側でツインテールにくくられた髪も揺れた。
「この間の絵、完成したよ」
「えっ、本当っ?」
「うん。……見る?」
「うん! 見たい見たい!」
ソファの裏に隠していた花の絵が描かれたカンバスを抜き取り、彼女に見せる。彼女は花の絵を、目を見開いて食い入るように見つめた。餌に釣られる犬のようだった。
花瓶に挿された、背の高い花の絵だ。淡すぎる色で描いたせいで、輪郭もはっきりせず、主人公である花さえも曖昧な絵となってしまっている。それでも彼女は目を輝かせて見ていた。僕も、最初、もっと子供の頃の絵に比べたらずっと上達していると思う。
「すごい、本物みたい、きれい……ねえ、この絵貰ってもいい?」
「……え?」
そんなこと予想もしていなかった。でも、考えてみれば、こんなものがあっても邪魔なだけだった。
「うん。……こんなので良ければ」
どうせ、あとで捨てるつもりだったのだ。
「本当っ! いいの本当にいいの? ありがとっ、大好き!」
大きな眸をきらきらさせて喜ぶ彼女。開いた口から、小さな八重歯が覗いて見えた。
明るい、が第一印象の女の子。小学校まだ一年生、だっただろうか。近所の家に住んでいる子で、名前も花だった。ありきたりな名前だとか、そんなことは思わない。
僕は滅多に外に出ないし、彼女にも聞かなかった為名字はわからないが、彼女は花という名前のよく似合う女の子なのだ。正に可憐に咲き誇るチューリップのように可愛らしい、愛しい存在。
そんな彼女とは対照的な、病気がちの僕。外には全く出ず、学校には3、4日に一度くらいしか行けない。それでも昼頃には早退するのだから、生涯の殆どを家の中で過ごしていると言っていい。
そのせいで、血の気も生気もすっかり失せてしまった白い手で、僕は絵筆を握る。彼女が絵の題材となる花を持ってくる。そんな役割分担ができあがったのはもう一年ほど前だろうか。そもそもの切っ掛けは、彼女が引越してきた時に花を渡してきたことだ。そして僕が喜ぶと彼女は次の日の日曜日、花を摘んできてくれたのだ。僕だけのために。
しかし母は彼女を嫌い、屋敷には上がらせるなと言う。
それからは土曜日の正午あたり、母がいつもいないこの日に彼女がやってくるようになっていた。
少しばかり描いたところで、僕はあることを思いつき、ふと手を止めた。
「今日は、ここまでにしよう。今度来たときには必ず見せてあげるから」
「どうして?」
「いいことを思いついたんだ。この絵が出来あがったら、また君にプレゼントするよ」
「うんっ! 絶対だよっ、また来るから!」
カンバスを抱きしめて、彼女はリビングを出ていった。何度も振り返っては「またくるから」を繰り返す。そして家から出ていった。甘い匂いのする花を置いて。
苦笑しながら、僕はその小さな姿が見えなくなっていくのを見送った。見送った。見送った。……見送ってしまった。
見送っては、いけなかったのだ。
土曜日の正午すぎ。彼女はまだやって来ない。
今までで一番の大作で、丁寧に描き上げた絵。
彼女へのプレゼントのカンバスには、たくさんの花と、今までと違い一人の少女が描かれていた。屈託のない、素直で純粋な笑顔で、あっちの花へこっちの花へと手を伸ばしている少女。
見たらきっと驚くはずだ。驚いて、そして喜んでくれるはずだ。笑ってくれるはずだ。早く彼女の笑顔が見たかつた。
しかし彼女は、約束の時間になっても来なかった。
直ぐ近くを通っていった救急車のサイレンと、まだ生きていた花の、妙に甘い香りが何故か、僅かな不安感を煽り駆り立てる。
まさか彼女に何かあったのか。
そう思って誰もいないことを確認して、家を飛び出した。
日差しが目を突き刺し、しばらく浴びていなかった太陽の光で肌が焼けるようだった。しかし構わずに彼女の名を呼びあたりを探し回った。息が切れる。
ある横断歩道にさしかかったところで、彼女に会った。
もっとも居たのは、僕の知る彼女ではなかったけれど。
花がそこら中に散らばっている。彼女は今日も花を持ってきてくれていたらしい。今回もカラフルな色の花たちだったが、その中でも一番目を引く、赤い花があった。
そっと拾い上げると、鉄とあの甘い匂いがした。
はじめまして。おもしろそうだなと思って、つい書いてしまいました。
さすがに短すぎましたね……すみません。甘い匂いと言われるとシャンプーの匂いか香水くらいしか思いつかなかったので必死に考えて書きました。しかし私の脳みそではさすがに無理があったらしくこのようなものしか書けませんでした。申し訳ないです。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.65 )
- 日時: 2017/11/13 22:37
- 名前: 羅知 (ID: sDaCSOS2)
*少し余裕が出来たので何人か他の方の感想を……。
*あくまで私の主観による感想なのであしからず
>>042 アロンアルファさん
私がこの話を読み終えて浮かんだ言葉は『ぬるりとした幸せ』でした。うん訳分かりません。自分でも言っている意味がよく分かっておりません。なんというか羅知の語彙力がないせいで、伝えきれないのですが単純なハッピーエンドとは違う"ぬるり"としたものを感じたのです。(物語中に出てくる蝋?の影響もあるかもしれませんが……笑)
私の凄く好きなタイプのお話です。特にラストが私好みでした。ああいう愛の形もいいなぁって思いました。
>>044-045 流沢藍蓮さん
一人の少年の復讐の物語、でしたね。救いのない終わりが初めの甘い香りという文章と対比されて余計に物悲しさが増していたと思います。ダフネさんとクローバー君。仲睦まじく過ごしていた二人。彼女が命を失う運命は変えられなかったとしても、その後の彼の行動は変えられたはず……。とても切ない話でした。この物語には沢山の花言葉が出てきましたが、その花言葉の意味によって動かされていく展開はとても面白かったです。ただ少し花の名前が多過ぎて混乱してしまったので、もう少し花言葉の説明は少なくてもよかったかなと思いました。
まだまだ感想が書けていませんが、残りの方はまた明日。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.66 )
- 日時: 2017/11/13 23:10
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: ZGVwOSqg)
ども、連投失礼します。感想が滞っているので、投げに来ました。
気になった人だけ書きます。書いてないから読んでないわけではなくて、特になんか言いたいことがなかっただけです。
>>42
アロンアルファさん
死体に命を吹き込む設定、こうゾクゾクするものがありますよね。最後の一文で、彼らは体を入れ替えながら命を存続させているのかな、と想像しました。身体のパーツを詰めていくところの描写がゆったりとした流れなのが、何とも言えない心地良さでした。
個人的に、彼女の甘い匂いの元となるのはどの部分なのかの描写が欲しかったです。髪の匂いなのか、彼女の持つ生来のものなのか、水瓶に入っている水が発する匂いなのか、それともそれはただの比喩として使ったのか。せっかくの冒頭指定なので、もう少し内部に組み込むと良いかなと感じました。
>>46
浅葱さん
スレ主はあまり感想をもらわないかな、という偏見の元。
長編の一部分を抜き出したようなお話の印象を受けました。彼らの関係性や、今後の展開に謎を残すような終わり方だったからでしょうか。「私」の回想が中心でしたが、ドレスの赤を通して、場面や人物像が目に浮かぶのはさすがだなと。
一つ気になったのは、冒頭「いつもと変わらない甘い匂い」に対して、彼女と会うのは「久しぶり」であるという点です。「いつもと」という語句が持つ時系列と若干矛盾するかなと感じました。
>>61
塩糖さん
他の方が軒並み、まぁ私含めて花や血でシリアス調に物語を紡ぐ中、お菓子のほっこりした甘さを物語の軸にしているのが独創的で良いなと思いました。少女が食べるはちみつ、すごく美味しそうですよね。私はあそこまでベタ甘なのは途中でギブアップすると思います。
冒頭部分で、調停役と被疑者の視点が混ざっていて、そこだけ訳が分からなくなりました。あれ、ジョージって調停役と被疑者のクマとどっちの名前? みたいな。
>>62
凛太さん
文章の雰囲気が作品の最初と最後で変わるのが、主人公の内面の成長を描いているようで素敵だなと思いました。初めは無理して気丈に振舞っている感じが、後半はしっかりと自覚も伴った行動という印象です。文章も綺麗なので作品の雰囲気に合いますよね。
細かいところで申し訳ないのですが、夜の庭園に躍り出る。主人公の心情的に、元気よく登場するという意味の躍り出るではなく、足を運ぶ。とかの方が雰囲気的にも合うかなと思ってしまいました。
そんな感じ。
×の××は×の× ( No.67 )
- 日時: 2017/11/13 23:23
- 名前: 瑚雲◆6leuycUnLw (ID: KPJQ9RTM)
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
「今日のお昼、なに?」
「お母さんの作ってくれたお弁当!」
「へえ。あ」
彼女が席に座ろうと、机に手をついたときのことだ。そこに置いていた紙パックが彼女の指にぶつかり、ぼとんと倒れた。その拍子に、甘そうないちご牛乳が紙製の門から進軍する。
おどろいた彼女はつぎの瞬間、そのピンク色の液体に手を滑らせる。結果は一目瞭然。自分の机に、顔からダイブする。ピンク色の水しぶきが噴くと、机の端からぽたぽたと小雨が降った。
「ちょっと。大丈夫?」
「ちょっと、痛い」
「まったく。本当にドジなんだから」
「えへへ……」
「あ、お弁当」
「あ!」
手に持っていたはずのお弁当箱が、床でぐしゃりと命を絶っていた。しかし彼女が呆けたのは一瞬のことで、すぐにへらっと笑みをこぼす。
だれひとり慌てる様子もなく、彼女自身手慣れたようにバッグの中ををまさぐりだす。彼女がとてもドジであることを、周囲の人間はだれもが熟知しているのだ。
「これで、拭く?」
「あ、ありがとう! ハンカチ、いつもごめんね」
「ほっとけないから」
「ヒュー。お熱いねえ」
「そんなんじゃないよ!」
僕もそのうちの一人だ。だからこそ放っておけない。そういう性分なのだ。
そんな僕に、いよいよ彼女の行動が読めるようになってきた。
彼女にハンカチを渡そうとすると、いつも決まって「あ!」と叫び声を上げる。そして手からハンカチを滑らせる。そのまま床にひらり。掴もうとしてかがんで、それから、なんやかんやあって転ぶか踏みつけるかしてハンカチを汚す。いつもそういう手順を踏むのだ。半泣きの顔が目に浮かんだ。
僕の差し出したハンカチに、彼女が手を伸ばしてくる。
「ありがとう!」
その手にしっかりとハンカチが渡った。
「え?」
「また転んで汚すと思ったでしょう?」
ハンカチを両手で優しくつかんで、胸の前にまで持ってくると。めずらしく彼女は、いたずらっぽくはにかんだ。
「もう汚さないよ。これは君のだから。えへへ」
花咲くような笑みに、僕は言葉を失った。
最後に見た「彼女」の笑顔が、どうも思い出せない。それでもいい。僕には毒のような味だった。
「花をかえなくちゃ」
まもなくのこと。僕はもといた学校から転校した。
***
ここではまたまた、初めまして。瑚雲です。
とても素敵な企画ですね*
楽しく書かせていただきました。
まだすべての方のものを読んだわけではないので感想はのちほど!
浅葱さんの作品だけは、冒頭からすらすら読んでしまったのでまずは一言だけ。
雰囲気が、とても好きです……!(訳:しんどい)
運営ありがとうございます*
これからもがんばってください!(*'▽')
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.68 )
- 日時: 2017/11/14 23:08
- 名前: 瑚雲◆6leuycUnLw (ID: mNeS.qH2)
こんばんは、瑚雲です*
人を選んでしまって申し訳ないですが、個人的に最後まで読んだ作品だけ感想を述べていきます~~
>>42 アロンアルフアさん
初めまして。
地の文が続いていながら千篇一律ということもなく、そういう意味で文章がしっかりとなさっているなあと思いました。後に続く作品もいくつか読みましたが、作品の作りだけなら似ているものが多く、しかしアロンアルフアさんの作品が一番心に残りました。
私の読解力の問題で、物語の全体像をうまくつかむことができませんでしたが……それでも「ああ、面白い」って思ったのは事実です。なんというか、あまり遠くへ行かずにしかし手元にもいない。手を伸ばしたくなる作品だなという風に思いました。
あまりはっきりしたことが言えなくてすみません;面白かったです。
>>46 浅葱さん
こんにちは。いつもお世話になっています。
もとより浅葱さんの、深みもありつつ淡白さを併せ持つ地の文が好きなので、作風好きだなあと思いながら読んでいました。「私」と「彼女」の絶妙な関係性。大人めいた表現の中に時折子どもっぽい純粋さがぽつりと差されているので、その明暗にぐっときます。
とにもかくにも好きでした(これが言いたかった)
>>47 壱之紡さん
初めまして。
これは私なりの回答ですが……一伊達さんは、文章そのもの、ですか……? なんとなくそう匂わせるようなニュアンスで書かれていたように感じましたので。まちがっていたらすみません;
言葉の弾み具合が好みでした。SSの中での対話って、普通の小説よりも一言一言に重点が置かれるので、無駄なくすっきり読めたー、という印象を受けました。
あとは……大きなお世話かとは思いますが、隠喩とか遠回しな表現がもっと入っていたらきっともっと物語が魅力的になったんじゃないかって勝手に思っています。遠回しすぎても読者さんは困ってしまうかもなので、スパイス程度に。無礼を働くようで、すみません;
>>51 三森電池さん
初めまして。
表現の仕方が、好きだなあと思いました。うまい具合に文字で遊んでいて、それが視覚で訴えてくるという技術に繋がっているのかなと脱帽しました。単純にめちゃくちゃ読み進め易かったです。
女性のキャラクターが好きです。愛らしさと危なっかしさが入り混じっていて、それが本当にいい塩梅で「かわいい」って思うことができました。ホテルなのに。「ぼく」と「きみ」という表現がホテル内ということとのギャップに繋がっていて、それが私にとっては面白く感じました。
>>61 塩糖さん
こちらでは、初めまして。
世界観が愛らしくて、読むにもさくさくと楽しむことができました。ご本人様も仰られていましたが、いままでとちがうテイストで書かれていたので非常に、いいな! と思いました。似たような作品が続くと、どうも飛ばしたりもしてしまいますし(個人的見解)
ひらがなの部分でのあたたかさと、全体的な童話テイストもキャラクターの名前も相まって、この世界を作っていたので、「作品」だって感じが強くしました。ジョージ……いいですね。
>>63 かなちゃん
こんにちは!
かなちゃんらしさがフルに発揮されているようでもう、「ああ、かなちゃんだ」って思った……。すごく好きです。美しくて危なっかしくて、甘味。
男と女っていう対比はこれまでの作品でもいっぱいあったけれど、一番「性」を感じたのはこの作品でした。文章力云々という問題はもう通り越して、やっぱり内容が濃厚だからこそ、かなちゃんの文章に惹かれる人が多いんだなあと改めて感じた。人間味が強いから真にも迫る気がする。
もう一度言いたい。すごく好きでした。
***
「甘い匂い」というワードで、女性らしさそのものの甘さを表現した人が多かったなっていう印象がしました。「女性」と「甘い匂い」の繋がり具合といいますか……。分かりづらかったらごめんなさい;
とにもかくにも、似たものが多かったなあと。地の文を連ねることでそれが俯瞰的な要素を含んで「大人っぽさ」にも繋がるとは思いますが、やっぱり作りの似たようなものが続くと個人的には読みづらいなあという感想です。
それ故に、読まなかった作品もあります。すみません。これはあくまで個人的なものなので、あまりお気になさらないでください。
読むのもとってもおもしろかったです*
読ませていただいてありがとうございました。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.69 )
- 日時: 2017/11/18 00:20
- 名前: ヨモツカミ (ID: Rr28cnmE)
彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
もう二度と来てはならないよ。この言葉を告げるのは何度目になるだろう。
茂みに隠れながら怖い顔をする私を見つけると、彼女は花が咲いたように口元を綻ばせ、駆け寄ってくるのだ。思わず溢れる嘆息は呆れか、それとも安堵だったか。
ふたりの会話は何時だって私の説教で始まる。もう二度とこの森に来てはいけないと言っただろうとか、私と話をすることも本来は禁忌であるはずだとか。しかし彼女は私とは対象的にひどく嬉しそうに笑うのだ。
「何故笑うのだ」
「わたくしは幸福だからですよ」
当然のようにその二文字を口にするから、胸が締め付けられる。
彼女の声はその姿からは想像もつかぬほど美しく心地良い。もっと、ずっと側で聞いていたいと願うのを私自身が許しはしないから、耳を塞いでしまえればと思う。思いながら、鋭い爪を携えた、彼女の身体よりも大きな前脚に視線を落とした。私には人間のように塞ぐべき手などありはしない。
愛おしそうに彼女は両手を伸ばし、暗色の鱗に覆われた私の頬に触れた。白い包帯に覆われた指先は、枯れ枝のようにカサついていたが、微かな温もりがあった。触れ合う事が苦しくて、振り払おうかとも思ったが、彼女のか細い腕などその衝撃で折れてしまうのではないかと心配になって、考えを改める。私達とは違って、人間は恐ろしく脆いのだから。
「あなたって、いつ触れても冷たいのですね。ひんやりしていて気持ちいい」
「人間が暖かすぎるのだ」
ギョロリと葡萄色の目玉を細めて唸るように言った。
私は森にひっそりと住まう龍族の生き残りだ。龍は何百年も前に滅んでしまったものとされており、私も私の仲間達が全て息絶えてしまったと思い込んでいるが、真相は闇の中である。簡単に滅んでしまう程脆い種族では無いはずだが、この数百年、仲間の姿を見つけることができなかったのも事実なのだ。あまり期待しないほうが良いだろう。
彼女は微笑みながら私の顔に身を寄せる。接近した事で、より一層その香りが近くなる。花の匂いだ。甘く仄かに香る、彼女の匂い。
彼女は呪われていた。
湖の辺りに住まう精霊達と見間違うくらいに綺麗で優しげな顔は、樹皮のように茶色くしわがれ、左眼には白いクチナシの花が可憐に咲き誇っていた。手足も包帯で隠しているものの、枯れ枝を思わせるほどに痩せ細り、変色している。水面に浮かぶ月の如く煌めいていた彼女の髪は、いつしか色彩を失って、透明とも取れるような白髪に変わっていた。きっと左眼の花が、体中の養分を吸い取っているからだ。彼女の肌や髪を嘲笑うように、花は瑞々しく異質に咲き誇っている。
その姿を痛々しげに見つめ、耐えられなくなった私は静かに目を閉ざす。
呪いによりこんな身体になって、最早死を待つだけの彼女は、私の住まう森の奥まで歩いてくる事すら億劫である筈なのだ。日を重ねるごとにやつれ、足取りも覚束無くなってきた。私を抱き締める腕の力も、少しずつ衰えているのを嫌でも実感していた。
それが耐え難いことでもあり、待ち望んでいたことでもある。だから私は苦しくて、愛おしくて仕方が無い。
「何故……いつも私に会いに来るのだ」
絞りだすように問いかけた声は掠れていた。
彼女は私の頬を優しく撫で付けて、耳元に顔を近付けてきた。吐息が耳をくすぐって、柔らかい囁き声。
「あなたがわたくしを愛してくださるからですよ」
考えるまでもなく、答えが用意されていたかのように、迷いの無い返答だった。
呪った張本人である私は、瞬きをして彼女の醜くも美しい顔を覗きこんだ。
龍は悍ましい呪いの力を持っていた。それは、愛した者を花に変えてしまうという呪い。
あれから幾つの季節が巡っただろう。彼女と出会ったあの日、私はいつものように人の立ち入りを禁じられた森で独り、ひっそりと暮らしていた。
昼の微睡みの中、風の梵を思わせるほど心地良く、川のせせらぎのように柔らかく響く歌声を聞いたのを憶えている。何百という時を生きて尚、私はこれほどまでに心惹かれる旋律を聞いたことがあっただろうか。龍は自らの悲しい呪いの力を恐れ、心を閉ざして生きるものであったから、こんなふうに心を動かされたのは初めての事だった。
きっとそれを聴いてしまった時点で、この運命からは逃れられなかったのかもしれない。
龍の呪いを恐れた人間達がこの森を“禁忌の森”と呼び、人の立ち入りを禁じたはずだったから、愚かな人間の娘が迷い込んでしまったのだろう、と私はすぐに悟った。
放っておけば良いものを、その時の私は声の主を一目見ずに去ることなどできないと強く感じたのだ。
木々や茂みを掻き分け、彼女を見つけたとき――その蒼穹を思わせる瞳に、吸い込まれてしまうような錯覚を覚えた。
私を見た彼女は一瞬だけ驚くように目を見開いて、それから柔らかく微笑んだ。別れを惜しむように悲しげに、誰かを慈しむみたいに優しい歌は、なおも響いていた。
「嗚呼……」
嗚呼、出会わなければよかったと、心の底から思った。
愛してしまった。呪わずにはいられなかった。彼女の事を愛おしいと感じてしまったから。
今でも私は、この出会いを悔いている。あの日出会わなければ、彼女を呪い殺すこともなかったのに。
「何故私を殺さないのだ」
彼女の肩が微かに跳ねて、指先が震えるのが伝わってきた。この言葉を告げるのは二度目の事である。一度目は出会いの日に、風の音と共に流されてしまっていた。
「私を殺し、生き血を浴びるのだ。さすればお前は」
「嫌だ」
こんな細い腕の何処にそんな力があるのか。彼女はしっかりと私を抱き締めた。繋ぎとめるように、縋りつくみたいに。
私は、彼女を呪いたくはなかった。何度もこの呪縛から彼女を救いたいと願った。そして、私が死んでしまえば呪いから彼女を解放できることは、私も彼女も知っていた。
なのに。
彼女がそっと手を離し、私の瞳を覗き込む。私も彼女の右目と視線を合わせれば、自然と見つめ合う形になる。あの日見た蒼穹の青は既に失われていたが、代わりに淀んだ瞳の奥に強い光が灯っているのを知る。
「わたくしもあなたを好いてしまったのです。このまま花になってしまうのなら、どうか、あなたの側に咲き誇りたいの」
「……愚か者」
別れ際に告げる、もう二度と来てはいけないよ。それが呪いを解くもう一つの方法だった。龍が愛を忘れてしまえば。彼女の事を忘れ去ってしまえば呪いは解けるのだ。
なのに。
どうか、と願ってしまう。彼女が呪われ続けてしまえと。私のものになってしまえと。
美しき人よ。私の隣で、いつかその身が朽ちるまで咲き誇れ。
***
人外と少女の話が書きたかっただけなのに、書き終えたらとあるゲームにかなり酷似した設定になってしまっていた。でも後悔はしていないです。
紫の目は独占、青の目は博愛という意味があるらしいので、ほんのりそんな感じで書きました。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.70 )
- 日時: 2017/11/22 00:20
- 名前: ヨモツカミ (ID: .n/ckwgI)
大分日が空いちゃいましたが、少しずつ感想書かせていただきます。
>>雪姫さん
はじめまして。参加ありがとうございます。
夢の内容!? 壮絶な夢を見てらっしゃいますね……びっくりです。
普通に文化祭の話で始まったので劇のお話かなと思っていたら突然の赤赤赤赤赤赤赤赤で、絶対平和なお話じゃないな……と思ったら最高にシリアスな展開でしたね。
そんなに人が死んでる自殺スポットなら立入禁止になるんじゃないかとか、12年間殺人してきて何故バレないのかとか不思議な点はありますが、近い未来に全ての殺人が発覚して捕まりそうだなあ、と思いました。
>>ぽんこってぃーさん
はじめまして、初参加ですね、ありがとうございます。
夢の中でだけ出会える匂いしか知らない名前も知らない“誰か”という存在がすでに素敵でぐっと来ました。幼い頃から一緒に成長してきて、なのに顔も何も知らないなんて歯がゆい関係。
おそらく鈴木さんが夢の中の女性なのでしょうけど、田中さんが一方的に既視感を覚えるだけなのかな? それとも鈴木さんも同じ夢を見ていたのかな……。なんだかほっこりするお話でしたね(^^)
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.71 )
- 日時: 2017/12/24 16:50
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: pjkUmHmQ)
*12/24
お久しぶりです、浅葱です。
皆様の作品、どれも楽しく拝見させていただきました。
香りとは何か。においとは、甘いとは。
それぞれの作者さんによって違う色を見させていただくことができ、運営としてもうれしかったです。
*
ここまで参加してくださった皆様がいらっしゃるなかで、運営が滞ってしまい申し訳ないです。
学生という身分故、スレッドを放置してしまうという形になってしまいましたこと、この場をお借りしてお詫び申し上げます。
さて、第二回はこのレスを最後に終了とさせていただきます。
たくさんの作者様のご参加、まことにありがとうございました。
第三回目の開始は1月13日を予定しております。期間は一ヶ月を予定しておりますので、またご参加いただけますことを願っております。
*
運営の対応としましては、浅葱だけで何かをするのではなく、ヨモツカミさんとの連携をさらに密にしていきたいと思います。
ご意見等あります方がおりましたら、お言葉いただけましたら熟考し参考にさせていただこうと思います。
浅葱。
Re: 邂逅を添へて、【小説練習】 ( No.72 )
- 日時: 2018/01/19 03:16
- 名前: 豬〓続笳〓RIrZoOLik (ID: jqQtRbNM) <ガバ運営で申し訳ないです>
*第2回参加者まとめ
>>041 奈由さん
>>042 アロンアルファさん
>>044-045 流沢藍蓮さん
>>046 浅葱 游さん
>>047 壱之紡さん
>>049 羅知さん
>>051 三森電池さん
>>056 雪姫さん
>>058 ぽんこってぃーさん
>>061 塩糖さん
>>062 凛太さん
>>063 黒崎加奈さん
>>064 雪さん
>>067 瑚雲さん
>>069 ヨモツカミさん
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.73 )
- 日時: 2018/01/17 18:24
- 名前: Alf◆.jMJPlUIAs (ID: qflJ.uco)
「問おう、君の勇気を」
全き無音がそこにあった。
されど、それは問うていた。
つややかに輝く漆黒の鱗。宝冠のごとく頭を取り巻く蒼き角。長い首、なだらかな丘に似た背、舵を切る太く平たい尾、それらを一本通す背の骨から、鎧の皮膚を突き抜けて伸びた青玉の棘。背に二対、腰に一対の翼持ち、その雨覆、綿羽、風切羽のことごとくに、己が讃える百万の神を刻む。
貌は蜥蜴にも狼にも見えた。見上げるほどの巨躯は遥かいにしえに滅びた恐竜を思わせる。五指を備えた指は人間に似て器用に動くも、指先の鉤爪は猛禽の獰猛さを以って友好さを拒絶する。ぬらりとなまめく鱗は蛇蝎に似ても似つかず、神話を徴す六翼は鳥とも虫とも、蝙蝠ともつかぬ。
そして何より、縦割れた瞳孔を持つ、如何な空よりも澄んだ蒼穹の双眸に、似るものは一つとしてなし。
死して尚爛々と輝く瞳を、俗界の生物は持つ由もない。
「ぁ……嗚呼っ」
聖殿の龍の加護を得るべく進軍した勇者に与えられたのは、試練でも庇護でもなく、聖殿の真ん中にごろりと転がされた骸であった。
疵は一つ。喉元の逆鱗から心臓を通す矢の一撃。誰の与えたものかは知らぬ。恐ろしく劣化した矢に刻まれた国章は、同行する賢者の記憶にすらない。紀元の前五千年から後三千年、雨後の筍の如く勃興し衰亡したあらゆる国と家の証を記憶する、かの偉大な紋章官が知らぬと言うことは、それ以上に古いということと同値である。
そして、聖殿の龍はそれだけの間死体として此処に転がっていたということもまた明白時。少なく見積もっても八千年、骸は腐りもせず喰われもせず、そして聖殿に誰さえも寄せ付けなかった。
骸であると知った驚きが過ぎ去ったあと、勇者とその同朋の背を貫いたのは底知れぬ畏怖だった。神の座を持つ龍が死ぬこと、その骸をして己より遥かな高みの存在であること。理解を深めるほど、勇者たちの身体は物言わぬ死体に震え上がるばかりであった。
「……龍の角は」
ひとしきり恐れ顫えて、ようやく打開の口火を切ったのは赤髪の魔女だった。魔女狩りの火を生き延び、どころか狂乱と享楽の火を友に狂信の村を火の海に沈めたという火炎の申し子。火と酒の神の加護を得たとも言われる才が操る炎は、龍の放つ息吹にすら匹敵するという。
彼女もある種狂気の火種を抱える者だった。なればこそ、より狂気的な荘厳さの中に在りて立ち直りも早かった。
「龍の角は、飲めば無尽蔵の魔力を得る」
「イーシャ、何てことを言うんだ!」
「だってもう死んでるじゃない! どうせもう加護は得られないのよアルフ。なら、残骸からでも恩恵を得て良いはずでしょ!」
勇者アルフの諌める声を、振り千切るようにイーシャは叫んだ。それは全く正論で、アルフはたちまちの内に黙らされることになった。
そこに反駁があった。
「聖殿の主様を……主の御使いの御身を、辱めるのですか」
背に純白の翼を広げ、頭に光輪を掲げて、腰には梟の意匠が彫られた銀の弓。泥濘著しい山道を通りながら、純白の衣装に泥跳ねの一つもない清らかな彼女は、勇者ら一行に神が遣わした御使いである。
如何な破戒の魔女も、上位の存在たる御使いに責められては黙るしかない。魔法を使う身にとって、彼女ら神の使いは、魔法を扱うに必要な手引きを一手に引き受ける仲介者。神の次に逆らいがたい存在だった。
潤んだ銀彩のまなこを龍の骸へと向ける天使へ、更なる反論があった。
「だが、聖殿の龍の加護を得られなくなっていることは事実だ。龍の護りの加護が無いなら、せめて龍の肝を呑んで病毒を遠ざけるしかない。でなければ、致死毒の蔓延する“門”の先へ辿り着くことは出来ない。……他の聖殿を探している暇は、ないぞ」
「そ、それは……」
狼のように鋭く剣呑で、それでありながら理知的な光を帯びた瞳。紋章官の賢者である。長く伸びた犬歯を見せながら、賢者は狼がするように鼻面へしわを寄せた。解決しがたい悩みのあるとき、よく見せる顔貌だった。
聖殿の龍から素材を剥ぎ取る。それは辱めと変わらない。勇者のすべき行いとは到底思えぬ。天使の言う通りだ。然れども、やらねば一生先へは進めないのだ。現実的に、そして機械的に考えれば、どちらが人類の未来にとって大切なことかなどすぐに分かる。
だが、単純な二者択一だけでことが収まらないからこそ、勇者は勇者なのだ。我々は清廉で潔白であらねばならず、高潔な武人芸人であらねばならず、何より人間であらねばならぬ。泥臭い人間性と理想的な非人間性の両立を、勇者とは否応にして求められるのだった。
――だから。
「問おう、魔女イーシャ、そして勇者アルフ」
こうした場で話を動かすのは。
「問おう、聖女リザ、賢者グランドン」
現実を見つめるばかりの魔女でも、理想と高潔さの徒たる天使でも、知識と理性に頼る賢人でも、それら全てを纏めようと奮起する勇者でもない。
彼等は若い。若く溌剌として、だからこそ揺らぐ。ならば。
「血を被り、はらわたを抉る勇気はあるか。龍殺しを、真の龍殺しとして成す勇気はあるか」
背を押すのは、戦場を渡る老雄の声。
かつて龍殺しを成した、満身創痍の老兵の声だ。
「バルド……」
「龍は頭が落ちるまで死なぬ。永く腐り落ちなかったのも頭が繋がっているが故に。だが最早命亡き骸であることに変わりなく、腐敗しない肉体に結びついた魂はいつまでも縛り付けられたままだ」
バルドは、軋る義足を引きずりながら龍の骸へ歩み寄った。
十数年前、災禍の龍を屠った彼は、その半身を犠牲に逆鱗へ刃を突き立てた。輝くばかりの白銀の鱗をもったその龍の、切り出された骨身が彼の半身を繋いでいる。一度は成った屠龍の凄絶さを思い出し、岩に鑿で刻んだような皺を一層に深くしながら、二指の欠けた右手が黒い骸をそっと撫でた。
硬くしなやかな鱗越しに感じる、ぎっしりと詰まりに詰まった筋肉の感触。己が手で切り刻んだ災禍の龍も凄まじかったが、聖殿の龍はそれに勝るとも劣らぬ。これほどの者をただ一矢で獲った狩人は、きっと当代の伝説か英雄だったのだろう。
想いを馳せたのはほんの一時。すぐに手は離れ、磨き上げた翠玉に似た目が、立ち尽くす若人達を見た。
「素晴らしき龍だ。血肉は我々を満たす糧となり、骨皮は雨風毒苦を凌ぐ盾となり、臓物は万病を癒し遠ざける医薬となりて、角牙は何をも切り拓く至高の刃となる。そして肉体の軛を離れた魂は、いつか苦難が地を覆うとき、それを祓う龍に再び生まれ出ずる」
「……過去の龍殺しの教訓かい」
「そうとも言うし違うとも言えるだろう。輪廻の在り方は龍も獣も人も、何も変わりはせんからな」
ひどく詩的に紡いで、アルフの訝るような問いは軽やかにかわし、バルドは腰の短剣を抜いた。光によらず仄かに輝く白刃は、龍の牙を丁寧に研ぎ上げて形作られたもの。生半な鉄や鋼などは、音もなく膾に切り捨てられる、そんな恐るべき切れ味の持ち主である。
その切っ先を、老兵は龍に向けた。
むくろが投げかけた問いに、若き勇者が是を以って答えたのは、それから数刻も経った後のことだった。
***
「問おう、君の勇気を」
もとい
『龍はふたたび死す』
***
悪なるものを打倒する勇気
聖なるものと相対する勇気
或いはそれを陵辱する勇気
いずれ欠けても勇者ならず
なれば龍殺しとは試練なり
***
勇者一行「塩焼きにすると最高だったよ」
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.74 )
- 日時: 2018/01/17 14:15
- 名前: hiGa◆nadZQ.XKhM (ID: vZOIuDRE)
Alfさん
読み進めながら目を閉じると、その竜の姿がまざまざと思い浮かぶようで、そのまま一息に読みきりました。
ファンタジー、特に龍は大好きなので丁寧に、雄々しく凛々しく逞しく、神聖で威厳のある姿を丁寧に書いて下さってて、とてもワクワクするような心地でした、というのが僕個人の感想です。
今度はもっとゆっくり読もうと二週目も読んだのですが、一周目以上に、硬派で重厚なファンタジーのような描写に惚れ惚れしました。
Alfさん的にはそのつもりがなくても僕はそんな風に思ったので「何いってんだこいつ」と思ったらぜひ鼻で笑ってください。
あまり常用しないような漢字が多く用いられているのに誤字や脱字のようなものも全然無くて、すごく丁寧に書かれていらっしゃるなと思いました。
強いて言うなら前半で漢字になっていた骸が最後の方で、平仮名になっていることでしょうか。もし意図的でしたら描写の意味を汲めなかった僕を罵倒してくださ((
一作目がこれだと二人目以降が萎縮してしまいそうだなと思うくらいに、自分としては好きなものでした。
普段感想なんて書かないのですが衝動的に書いてしまうくらいでした。
言いたいこと言っただけなので返事は無理になさらなくても結構です。
あ、そうだ。
最後の一行ダンジョン飯らしくてくすっとしま((
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.75 )
- 日時: 2018/01/17 15:07
- 名前: 銀色の気まぐれ者 (ID: AyZL16vM)
・・・どうして。どうしてどうしてどうしてどうして。
あの時、勇気をださなかったのか。小さな彼には、そんな
経験がいくつもあった。小さな彼・・・いや、彼女が、
初めて勇気をだしたお話。
「もう終わった!無理だ無理!こっから取り戻せる訳ない!」
それが彼が心の中でいつも言う口癖であり、逃げる為の言い訳だった。
学校に完全に遅刻すると、心の中でいつもそう唱え、行きたくもない
所へゆっくりと行った。一緒に遊ぶ約束をしている人の前で、「いれて」
なんて言えない時、自分の中で葛藤した。それでも言えなくて、後で
自分を責めて、責めて、責めた。”どうして”そんな言葉が、何度も
頭の中を過る。そのたびに自分がいやになった。言い訳を言う自分が。
逃れようとする自分が。楽しようと怠ける自分が。自己嫌悪で、押しつぶ
されそうになる。それでも、なにもできない。目の前で起こっている
出来事を止めるなんて、できない。・・・ある日。クラスメイトが虐め
られていた。行こう行こうと思っても、一向に足が動かない。”助けなきゃ”
その考えだけで、彼は殴りかかった。虐めっ子に。
「虐めなんて馬鹿みたいな事するな!!日本には虐めで死んでった子が
いっぱいいるんだぞ!!命を粗末にするな!!」
・・・なんて。なんて話があったら、少年・・・いや、少女は勇気を
出せたのだろうか。ただ。少し位は・・・進歩したのではあるまいか。
いつか。いつか、勇気を出してなんとかする。という事ができるのか、
こんな自分でも人の役にたてるのか、少年は・・・考えた。でも、答え
なんてわからなくて、まだ彷徨ったままだ。そうして、少年はどこか
クソ真面目な自由人へと変わり果てた。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.76 )
- 日時: 2018/01/19 03:19
- 名前: 豬〓続笳〓RIrZoOLik (ID: jqQtRbNM)
*第3回お題
「問おう、君の勇気を」
*
遅くなりました、浅葱です。
今日、この更新を持ちまして第3回を開きたいと思います。投稿期間は1月17日~2月10日までです。
今回からスレッド名が「賞賛を添へて、」となりますので、キーワード検索される方はお気をつけ下さい。
誰かに認められるというのは、どんな人間であっても嬉しいものだろうと感じます。承認欲求が満ち、優越感が満ちる。
研鑽し合えるような、そうした交流の場になればいいですね。
*1/17追記
早速お二人もの方に投稿していただき、ありがとうございます。
他方でも物議を醸しました今回のお題について追記させていただきます。
○ 「問おう、君の勇気を」
× 君の勇気を問おう。
× 問おう、君の勇気を
上記に示しましたが、カギカッコも始めの一文として指定させていただいております。
また親スレを見てくださった方ならご理解の程だと思いますが、そもそも始めの一文に据えないというのはご遠慮ください。
こちらが提示したお題が分かりにくくなってしまいましたこと改めてお詫び申し上げます。申し訳ありません。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.77 )
- 日時: 2018/01/17 18:31
- 名前: Alf◆.jMJPlUIAs (ID: qflJ.uco)
>>74
hiGaさん
ご感想ありがとうございます。
龍はモチーフとしてとてもカッコいいので(語彙力が死んでしますが、本当にただただカッコいいと思うのです)、ひたすらそのカッコよさを自分なりに突き詰めていった小噺となります。語られる龍はいずれも既に死んでしまっていますが、死んで肉になっても尚、胸の裡や人の身に爪を立てて残り続ける威容が少しでも見えればいいと思います。
「骸」から「むくろ」への変化ですが、これは小山のように巨大で複雑な「骸」から、ばらばらに切り分けられ理解された「むくろ」へ。難解な一つの漢字から平易な平仮名への変化で、勇者らにとって龍殺しが成されたことを暗示したつもりです。分かりにくく申し訳ありません、精進いたします。
練習スレとのことで慣れない文体に筆を執ってみましたが、ご好評頂けたなら何よりです。
聖なる龍を塩焼き。何とも罪作りな状況ですが、勇者一行はそれなりに楽しんでいそうです。暫くは聖なる龍のもつ鍋や聖なる龍の筋煮込みが食卓に並ぶことでしょう。
>>76
浅葱さん
御題に合わせて最初の一文を変更し、誤字訂正を含め多少の改稿をさせて頂きました。大変失礼いたしました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.78 )
- 日時: 2018/01/18 20:20
- 名前: メデューサ◆VT.GcMv.N6 (ID: 098ciEJY)
「問おう、君の勇気を」
そう書かれたメモ用紙を回収し、私はため息をついた
こんなしょうもない肝試しなんかで問われる勇気に意義はあるのだろうか、いや絶対無い
「み、見つかりました?」
「おー回収した回収した。早よ戻ろ」
そう言うとその女子―リボンの色が違うから他の学年だ―は私の後ろにいそいそと隠れる
この子みたいにホラーが苦手な人間もいるんだからもうちょっとみんなが楽しめるものにすればいいのに。なんて思いながらもチェックポイントの焼却炉を後にした
*********************
さすがに帰りは静かだった。お化け役の人達は次の組でも驚かしてるのだろう
この女子校には夏休みに入る少し前になると互いの親睦を深めるため校舎に一泊するという変わったイベントがある
そして、その夜には肝試しをするというのが我が校の文芸部の伝統だ――なんて夏を目前にしてホラーにハマったアホの部長は言ってたけどたぶんいつもの思いつきだ。だって去年こんなのなかったし
「ひょあっああぁあっ!?」
背後から突然聞こえた悲鳴に思わず驚く
「す、すみません。ただの鳥でした…」
驚かすなよ!なんて心の中で毒突きながらなんとか苦笑いで取り繕う。
あーあ、こんな調子だから部室から出るのも時間かかったんだろうな。だから慌てて追いかけて来たんだろうな
確かに私はホラーが平気だ、だからこういう風に突拍子も無いところで悲鳴をあげる人間と組ませたのはぶっちゃけ正解。
そうでもしないと驚かないもんねーはっはっは組ませた奴は後で何か奢らす
「あのさ」
「はいっ!?なんでしょう…」
「あんまくっつかないでくれる?歩きづらい」
「えっ、あっ、すみません…」
……………………………
「いや!だから!手ぇ離して欲しいんだけど!?」
「えっ、すみませんいやです、怖いです…」
「知らんわ!あっつい!動きづらい!」
「すみませんすみません……」
そう言いながらも全く離す気配が見えない。繊細なのか図太いのか
あんまり恐る恐る歩くもんだからついつい怒鳴ってしまった。でもこっちだって早く冷房の効いた部屋で涼みたいんだからキビキビ歩いて欲しい
*********************
「やあやあおかえり〜トップバッターご苦労様」
「………ただいまでーす」
「あっれれー?なんかテンション低くない?」
扉を開けた瞬間アホの部長のお出迎えを受けて一気に疲労感が増した
「お疲れ様。乃々井さん、これよかったらどうぞ」
「あ、あざーっす」
副部長からオレンジジュースを受け取ってありがたく一気飲みする。めっちゃ生き返るわこれ
「あ、そういえば今日の組み分け考えたの誰ですか?」
「んえ?」
「いや、今日相方引っ張ってくの苦労したんで組み分け考えた人には何か奢ってもらおうかなと。くじ引きもなかったし考えた人いますよね?」
「へっ、え?なーんのこと?」
「あっ部長ですかーダッツ奢ってください」
「ちょちょ、なんか勘違いしてないキミ?」
「声上擦ってんですよ。観念してください」
いやー日頃の行いって大事だなー
ともかく、部長にダッツを奢ってもらえる事になって私は満「乃々井さん?組み分けって何の話?」
ん?
「や、私と一緒に帰ってきたじゃないですか」
って
あれ?そういえばあの子どこだ?
部屋を見回しても私以外には部長と副部長しかいない
あ
「今回の肝試しはみんな一人で行く予定だよ?」
そういえばこの部屋
「大体メモにも書いてるじゃん?『君』の勇気を問おうって。複数人で行かせるなら『君たち』ってちゃんと書くよ。仮にも文芸部だもんそんな基礎の表現間違いは絶対しない」
全部の学年揃ってるのに
「ちょ、ちょっとあなた、その腕どうしたの?早く保健室で手当てを…」
あの子と同じリボンの人いない
え
じゃあ
あれ?
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.79 )
- 日時: 2018/01/18 21:49
- 名前: 奈由 (ID: IhjUQN9o)
(投稿させていただきます!)
「問おう、君の勇気を」
学校の屋上、柵を越えた先、後数歩踏み出せば空へと落ちる場所。
そこに1人の少女が立って居た。
長く無造作な髪の毛、腕に見える傷、夏に不似合いなカーディガン。
誰もが分かる。彼女は自殺しようとしている。目線の先は森。
彼女は一歩踏み出し、次の一歩を空中にだ──
せなかった。
彼女の後ろにある柵、のところに立つ少年、彼が彼女を引き止めた。
「勝手に死ぬな、先に、先に俺に死なせてくれよ」
「あなたには、死ぬ勇気があると?」
「は?なけりゃこんなとこには来ないだろ?」
「死ぬのが怖い、だから私を止めた」
「違う?」
「それは……」
「最後に問おう、君の勇気を」
彼女はそう言ってかすかに笑い、森へと落ちた。
鈍い音がした。
それを見た少年は思った。
俺には、理由がないんじゃないだろうか。
自殺する理由が。
だから、勇気がないんじゃないか。
君の、いうとうりだったんじゃないだろうか。
死んだであろう君の問いに、せめて、答えなければいけないのではないのだろうか。
彼は柵を越え、言った。
「きっと、どこかにある。」
森に向かってなんぼか踏み出し、落ちた。
鈍い音がした。
♢ ♢ ♢
「みー、これ、うまくできたと思うんだけど、どう?」
「ああ、短編のお話だっけ、いいと思うよ。私は好き」
「やった!じゃあサイトに投稿、しよう、かな?」
「では、問おう、君の勇気を」
「ふっ」
『ははははは!』
「いや、何真似してんだし」
「え、面白くない?」
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.80 )
- 日時: 2018/01/18 22:01
- 名前: 日向◆N.Jt44gz7I (ID: X.vArSoM)
「問おう、君の勇気を」
ああまた始まって仕舞った。私は御猪口片手に頭を抱えました。否、それはしなかったのですが。このまま頭を抱えてしまったら熱燗を頭から被ってしまうことになりましょう。いやしかし気を違えた振りをした方がまだ得だったのやもしれません。何しろ先輩が此のような呑みの席で此の口上が吐かれたら私の負けでしたから。一体此れで何度目か。
「何ですかね先輩、復たあの本の話ですか」
「これこれ君よ。復た、とは何だね。僕ぁこの話を君にするのは初めてだぞう」
先輩は紅ら顔でささくれ立った人差し指の端を私に向けた。先輩は一度書き事に集中しなさると原稿の上で鉛筆をがりがりさせながら、御自分の指もがりがりしてしまう嫌いがありました。皮が破けてしまおうが血が滲もうがお構いなしに執筆なさるので、他の女学生らは彼を敬遠なさります。その上悪いことに文章の中で主人公が笑うと御自分もお顔を破顔させ、主人公が怒ると其のげじげじ眉毛を吊り上げなさり申し上げました、そして泣かせの場面となるとその後机がびちょんこになっていたのでした。コケトリーな女主人公なら尚更最悪で、どうかどうか筆舌に尽くしがたいその御有様、想像して戴きたく。
先輩は以前として呂律の回らない舌を必死に使って、声を荒げつつ酒臭い唾を飛ばしていました。何ということでしょう完璧に出来上がって仕舞っているではありませんか、最悪、じーざす。
「第一ね、僕ぁねえ、ああいう手合いのが厭なんだ。何だい、御読者が頁を捲って読み進めなきゃあ事件は起きなかっただの、此れ此れは死ななかっただの。人を莫迦にしているんじゃあないかしら、ねえ」
「これで四回目なんですがね、ええ。先輩はいつもその本をえらく酷評しなさる。私はそうは思いませんが」
どうしてなのですかい、とはわざと尋ねませんでした。どうせ聞かなくてもその杯を干せば鼻の孔をふんすふんすお広げになって再び御高説を賜るでしょう。これは私の先輩の癇癪に対する小さな抵抗でもあったのです。
先ほどの口上は先輩の言及なさっている本の一節でした。先の冬にナニガシ文庫より発売され、随分話題になった書物でありました。その書物の売りというのが【読者が犯人である】という何とも不可解な謳い文句だったのです、しかも仄暗い表紙に巻かれた帯にでかでかと何ともけばけばしい赤文字で鎮座しているではございませんか。先輩は手をわなわなと震わせてその本を取るなり、憤慨してお金も払わずに本屋から走って行ってしまったのです。
「ええい君は大莫迦者だ。無論世の中もだ、よく聞けい、このような草書を悦んで重版にした編集社も印刷屋も狂っていやがる」
狂っているのは先輩でありませんか、そう言いたくなりました。はははと先輩はわざと馬鹿笑いをして一瞬白目を剥きました。先輩の熱がどんどん増していくものですから周りのお客さんが言い合わせたかのように怯えた顔で此方の卓を見遣りました。私はただそのようなときは、済みません、とやたら神妙な面持ちを準備して顔の前で手刀を斬ります。
平常なら理詰めで頭でっかちの筈の先輩でしたが、どういうわけか不思議とこの話題になると頭がお回りになりませんでした。そしてひとしきり教養とアルコオルを含んだ唾を御吐きになると泣き疲れて眠るのです。全く莫迦莫迦しいのは先輩ではありませんか。どうしてここまでして拘泥されるのかちっとも訳が分かりません、私は。
「先輩、御兄様は」
私が端を発した瞬間、先輩は時が止まったようにぴたりと、ありとあらゆる身振り手振り酒を煽る手呂律の回らない舌どうして歯列矯正をなさらなかったのか疑わしい歯のかち合い少ない睫毛の瞬きを全て止めました。瞳孔は収縮を繰り返し、平常よりあれほど鍛えていらっしゃる顔面の筋肉は情けなく痙攣するのみです。私はそれを毅然とした態度で見詰めました。一分か十秒かそれは分かりませんがいくらか経った後に唇を震わせ、鯉のように口をぱくぱくさせなさると口内で行き場を失っていた涎がヒノキの卓上に垂れました。
先輩は声にならない声を喉奥から絞り出すと幼児のように涙をぼろぼろと零してしゃくりを上げました。
「莫迦だなあ、死んじまって」
また其のような事を仰って。
私も貴方もただ認める勇気が出ないだけではありませんか、先輩。
先輩はひとしきりさめざめお泣きになると、畳の上に、私に背を向けて横になりました。
暫くすると畳の上で寝息が聞こえてきましたので、私は勇んで巻いてきた筈の黒髪を耳に掛け、すっかり馴染みになったタクシー会社に電話するのでした。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.81 )
- 日時: 2018/01/18 22:32
- 名前: 何でもしますから! (ID: 0o3cuTPE)
後書きはないですが前置きです
好き勝手書きました、本当に申し訳ございません、あらかじめ謝ります。
長編ファンタジーのクライマックスみたいな感じになっておりますが、私自身こんな設定の物語聞いたことも作ったことも書いたこともありませんので、今回書いた以前のストーリーに関しては私に聞かれても答えられません。キャラクターの名前?ないです。
最後にアドバイスですが、読まぬが吉。何のために書いたかって、自分の練習のためとしか答えようがなく……。
主催の方々には土下座するくらいの所存であります。
追記
そんだけ好き放題したくせに2レスに分けなきゃ投稿できないこのスタイル。
あの、ほんとごめんなさい!許してください!(ハンネ)
↓本編
「問おう、君の勇気を」
初めて彼女の手をとった時の声を、彼は思い出していた。敵に襲われ、体も衣服もすりきれてしまっていたというのに、あの日の彼女の心は何一つ傷ついていなかった。凛々しく問うたその声には一片の揺らぎもなく、茶色い瞳は真っ直ぐに彼の瞳の奥を射抜いていた。その時彼女を助けられるのは目の前の彼しか居らず、彼が逃げ出したらもう死んでしまうというのに、彼女はまず目の前の少年の勇気を問うた。
あの時本当は、彼女がどれだけ心細く感じていたのだろうかと、彼は想う。後に彼女は、一人きりの部屋で泣いていた。彼が手をとってからと言うものの、彼女は孤独を知らなかった。だから久々に、風邪をひいて独りで寝ていた夕方に、孤独の寒さに涙していた。その姿を見て彼は、彼女のために戦いたいと己の意志を再確認した。
そんな彼女は、事切れる最期の時まで独りになることはもう無かった。目の前に相対している仇である、氷の魔女から目を離さず、彼はその氷の魔女と初めて向かい合った時のことを思い出した。あの頃は浮かれていたと、当時の愚かな自分を思い出してほぞを噛む。何度こうして過日の己を悔いてきただろうか。思い出さない日なんて、一日たりともなかった。それくらいに彼は許せなかったのだ、氷の魔女と、そして自分を。
炎の魔女を倒した、調子に乗っていた。今なら、二人でなら誰だって倒せると思い上がっていたのだ。そうして出会ったのが現代最強と謳われた女、白い装束に身を包み、凍てつくような眼光で刺すように威圧する、氷の魔女。その心は無機質で、氷のように冷酷だった。
そして今も、その冷酷さは変わらない。持ち前の氷の魔法で、じわじわと彼を追い詰めるその様子は、まるで狩りを楽しむ狼のようであった。彼の抵抗する勇気を少しずつナイフで削ぎ落とすように、ゆっくりと彼の体力を消費させる。彼が彼女に託された魔法も全て、己の莫大な魔力で捩じ伏せた。溢れ出る魔力はどこからか鉛色の雲を呼び寄せ、そして吹雪を巻き起こす。春の昼間だというのに、彼女を中心としたその空間は恒久の夜に包まれた雪国のようだった。
悪魔に魂を売っただけはあるなと彼は目の前の氷の魔女を睨み付けた。もはやその肉体は女どころか人間であることを辞めており、魔力の器としての存在でしかなかった。誰一人として触れることは能わないが、それでも殴れば薄氷のように粉々になるような、脆い体。その肉体の脆弱性を代償として氷の魔女は、人間離れした魔力を得たのだ。
それはそれで助かったと、彼は思う。いくら彼女の仇とは言え、女性を殴るというのはほんの少しだけ抵抗があった。それ以上の怒りがあるため、結局敵討ちはすることになっていただろうが、一欠片の躊躇も無くなっていた方がいいに決まっている。
肌を突き刺す冷気が、また一段と強くなる。凍えるような寒さではなく、痛みだけが体の表面を駆け抜けていた。その昔、北国が実家の友人が言っていた「寒すぎると痛くなる」というのは本当だったんだなと思い出す。
そろそろ、氷の魔女は赤子の手を捻るような戦いに飽き飽きしており、終いにしてやろうと絶大な魔力を荒れ狂わせていた。ただそれさえも、相手にとっては児戯に等しい。
負けられない。託された魔力を胸に、ただそれだけを彼は考えた。何があっても負けられない。目の前のこの女だけは必ず、自らの手で討ってみせる。それが、死して黙する彼女に誓った、再起のための約束だった。決して諦めない、絶望しないし、恐れもしない。
恐怖に足を震わせた自分を思い出す。初めての氷の魔女との邂逅、浮かれきっていた自分達の力と相手との力量の差、恐れ戦いて背を向けるも、足がからまって上手く逃げられなかったあの日、彼を庇うように彼女は凶刃を浴びた。
「クレイマン」
魔力を込めた掌を地に押し当て、眷属の名を口にした。大地が隆起し、大きな丸い岩の塊が現れる。ずんぐりとした手足と顔のようなものがせり出てきて、物言わぬ泥の人形となった。それが、一体や二体ではなく何百体と生まれていく。あまりの数の、その多くの人形達に囲まれた彼の姿は、もう氷の魔女の位置からは確認できなかった。
「またそれか」
言ったはずだと、退屈そうに魔女はため息をついた。そんなもの自分には通用しないと、何度も言葉のみならず実践を以て示していた。凍てつき、くだけたクレイマンはいくつも転がっている。無駄な努力とは滑稽だなと、氷の魔女は嘲る。
「独りぼっちで誰からも愛されなかった土の魔女らしい魔法だ、寂しさを紛らわすために土くれに囲まれ、仲良しになったつもりになる」
そんなもの幻想に過ぎないというのに。氷の魔女は下らない意見を切り捨てるように土のゴーレムを蹴散らし始めた。腕を振るえばそれは指揮者のタクトのように吹雪を操り、前線のゴーレムから機能停止に陥らせる。構成する土の中の水を完全に凍結させたり、巨大なゴーレムなら周囲の蒸気を凍結させ、氷の中に閉じ込める。子供をあやすようにゆらゆらと腕をふって吹雪を意のままに動かす、それだけで彼の作り出したゴーレムはみるみるうちに減っていく。
退屈、それだけが魔女の胸中に渦巻いていた。悲鳴も無い、血も溢れない、ただただがらくたを生産するだけの虚しい抵抗に、感じるものは何も無かった。敵討ちだと息巻いてきたにも関わらず、結局は物言わぬ人形頼り。どうせ何も残せないなら、断末魔でほんの少しの悦楽を与えて欲しい。
飽き飽きして、欠伸をこぼしたその時だった。まるで氷の魔女がそのように振る舞うと予測し、待ち構えていたかのように、彼は唐突に飛び出した。残った魔力のありったけ、そのほぼほぼ全てを使って巨大なゴーレムを作り出す。形が簡易なので大きさの割りに使う魔力は少ない、このまま質量で押し潰す作戦だ。我が身を犠牲に、氷の魔女を掴んで押さえつけようとする。
>>82へ
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.82 )
- 日時: 2018/01/18 22:30
- 名前: 何でもしますから! (ID: 0o3cuTPE)
命を代償に、魔女の力は口付けた相手に受け継がれる。そうして彼は土の魔女の力を得た。これまでは溢れる魔力を供給する、いわばタンクのような役目に過ぎなかった彼だが、それにより独りでも戦える力を得た。これまではただ、魔力の足りない彼女を補うだけの彼が自力で魔法を使えるようになったのは彼自身二人でいた頃より強くなったと感じていたが、それでもやはり、寂しさに胸を打たれて仕方なかった。
どうせ死ぬなら、君にあげようじゃないか。死の淵まで、彼女の声は凛々しくて、一片の揺らぎもないものだった。好いた女性からの口付けだというのに、何も嬉しくなかった。敵討ちを心待ちにしていると、氷の魔女は冷たい微笑を浮かべていた。
今日がその時だ。あの日も、彼らが自分の魔力に敵わないと理解すると、退屈そうに欠伸をした。好機があるとしたらきっとそこだけだ。隙は突いた、全力は尽くした、もう後は作戦が上手くいくことを信じるしかない。
急いでゴーレムの下敷きにならないところへ飛ぼうとする氷の魔女に、すがりつくように彼は飛びかかる。既に勢いよく飛び出している彼の方が、急に動き出した氷の魔女よりもずっと早く、その左腕に手が届く。後は掴むだけ、ぐっと指先に力を込めるように指示し、後一寸もあれば最強の名を欲しいままにしてきた魔女に手が届く、その時だった。
「及第点、といったところね」
彼の動きは、まるで停止を押された映像のように、急にピタリと止まった。掴まれそうだと判断した魔女は、回避ではなく迎撃を選んだ。相手がほぼ全ての魔力を使ったと言うなら、自分が温存する必要もなくなる。最後のゴーレムは確かに巨大で山のようだが、それでも全魔力を使えば術者ごと氷漬けにできる。そう、判断してのことだ。
そしてできあがった氷の中の剥製は二つ、今にも倒れそうな巨大な土人形、そしてここまで彼なりに健闘した一人の人間。最後の最後、少しだけ楽しめたわねと、魔女は楽しげな微笑を浮かべて見せた。
とどめを刺そうかと、僅かに残った魔力で鋭利な氷の槍を彼女は生成した。もうすっかり魔力は使い果たしており、普段なら一瞬で千と作れる氷の槍も、二、三作るのが限界だった。
これで終わり、天高く指した指を下に振り下ろすような動きで念じると、三方向から氷漬けのままの彼の体を串刺しにした。心臓を、頭蓋を、腸を、それぞれの刃は貫いた。土の魔女と同じ死に様なら彼も本望だろうてと、彼女なりに彼を弔った。
いつものように、勝利の一時に浸ろうかと、一度ゴーレムの下敷きにならない位置に彼女は移動し、指を軽く鳴らしてみせた。彼、そしてゴーレムを覆っていた氷は一瞬で砕け散り、きらびやかに宙を舞う。キラリキラリと氷の破片が舞い遊ぶ中、彼が先程作り出したゴーレムは誰の姿を捉えることもなく、虚しく地に伏した。そのゴーレムに寄り添い、先程まで相対していた、元は魔法の使えなかった男のことを思い出していた。
これだけの魔力量は、普通の人間にしてはありえないものだ。全く才能というものは恐ろしいと氷の魔女は惚れ惚れとした。人間を辞めていなければ、確実に自分は負けていただろう。
ふと、自分の足が何かを蹴飛ばした。それはごろりごろりと転がった。何だろうかと見てみると、一つだけ残った食べかけの団子のようで、先程氷の槍に貫かれた頭部だった。どれ、その顔を拝んでやろうと、ひょいとそれを持ち上げる。やはり頭というのは重たいものだ、そう思いながらもふと一抹の疑問が生まれる。
はて、それにしてもこんなに重かったものだろうか、と。
次の瞬間だった、すぐ側のゴーレムの巨大な頭部にヒビが入ったのは。手元に持ち上げた物体の方に意識を戻す。それはよく見ると、人間の頭では無かった。表面の色さえも再現し、表情さえも自在に変える、精巧な土人形。彼の本体だと、氷の魔女が錯覚していたのはずっとその人形だった。
なら、本体は。気づいた時には、もう遅かった。おそらくは、大量のゴーレムに身を隠したあの瞬間が、この作戦の始まりだったのだろう。ゴーレムの巨大さは、自分の身を凍死から護る目的もあったのだろう。
彼は潜んでいたゴーレムの中から飛び出した。そのために必要な魔力だけを温存していたのだ。これだけ大きく作ったのも、氷の魔女に全魔力を使いきらせるため、そしてその状態で決着をつけるには、自分もほぼ全ての力を使う必要があると分かっていた。
魔力も尽きた魔女は、驚きもあってか足が止まっている。いや、気づいてもしばらくは動けないだろう。悪魔との契約で奴の体は常人よりもずっと脆い。
「自分のことは、もう痛め付けた」
彼には三つ、氷の魔女が口にした中で訂正したい言葉があった。一つ目は、かつて氷の魔女が彼女のことを弱いと言ったこと。彼女の意思は、まず間違いなくこれまで会ってきた誰よりも強かった。
自分自身、体力を使いきってヘロヘロの体を、しゃにむに動かす。こんな千載一遇の好機は、絶対に逃さない。戦う前から、戦っている最中も、ずっと、ずっと思っていた、一発ぶん殴らないと気が済まない、と。
自分自身は、彼女が死んでから何度も何度も傷つけた。何日も飲まず食わずで徘徊し、そこらのチンピラにわざと喧嘩をしかけ、囲まれてなぶられ、立ち直ってからも血ヘドを吐いて修行した。
氷の魔女は、力の及ぶ範囲全てを凍てつく死の大地にしようとした。きっと彼女はそれに反抗するだろう。悪魔に魂を売った魔女に、そんなことはさせないだろう。彼にできる贖罪はそれだけだと、ずっと鍛えてきた。そしてついに届く時がきたのだ。
二つ目の訂正は彼女の魔法が詰まらないものだということ、寂しさを紛らわすことしかできないというもの。この魔法で救われた人もいれば、彼女は友人を作った。彼女の力は友を作る魔法であり、愛する人を護る魔法だった。
迫り来る、鬼神のような形相の少年に、ここ百年ずっと負けなしだった氷の魔女に、初めて敗北の二文字が迫っていることを感じさせた。負けた際には悪魔に魂を引き渡す、そういう契約になっている。しかし、逃げようにも飛ぶ魔力も走る体力も残っていない。
彼の拳が、魔女の頬をとらえた。その頬は冷たいが、氷のような冷たさでなく、まるで死人のように暖かみが無いと表現する方が正しかった。人間を殴っているのとは、全く感じの違う、異質の感覚。だが、ついに捉えたのだ。
歯を食い縛り、足腰から全力で踏ん張る。軋む全身のバネを使って拳を振り抜いた。あまりにも軽く、人間離れした体が宙を舞う。
というのも当然だった。氷の魔女はとうの昔に本来の肉体を失っていた。悪魔と契約したその日から、彼女はその莫大な魔力と魂だけを朽ちぬ人形の中に収納させていただけだった。
敗北、契約履行の条件を満たしたため、魔女の魂は悪魔に引き渡された。魂を失った人形は、地面にぽとりと落ちると、そのままもうピクリとも動かなかった。
そして三つ目、土の魔女は誰からも愛されていなかったというもの。
「いたんだ、少なくとも一人は、確かに」
魔女が呼んだ鉛色の雲は次第に散りつつあった。春の柔らかな日差しが彼へと降り注ぐ。
こうして、長かった彼の戦いは幕を閉じた。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.83 )
- 日時: 2018/01/22 17:16
- 名前: 透 (ID: v2UlAotQ)
「問おう、君の勇気を」
「なんだよ突然」
「ほらここ。『問おう、君の勇気を』って読めるじゃん」
そう言って、蓑田(みのだ)はカタカナと横線の羅列の一部を人差し指で示す。さかむけのある指が紙上を滑るのを、俺は黙って見つめた。
トオ——ウ—キ———ミノ—ユウ——キオ。
問おう、君の勇気を。
無理がある気もするが、確かにそう読める。と言うよりは、それ以外の部分が日本語として成立していないので、そう『読む』しかないのかもしれない。
「勇気を、問われてんのか?」
「勇気を問われてるみたいだよ」
「……なんでだよ」
なんでって言われても、と、蓑田は困った顔をした。蓑田の中では、この謎はもう解決したらしく、呑気に布団なんか敷き始めている。渡岡(とおか)、と、この島の名前を柄にした、この島で一件だけの宿屋の浴衣を着て、いつもの様に浮かれている。
蓑田が畳の上を歩く音が煩い。窓の外の、暴風雨の方がやかましいのに、なぜが彼が出す乾いた音が癪に障った。
「適当なこと言うなよ」
蓑田は何も答えなかった。いや、答えたかもしれないが、声が小さ過ぎてよく聞き取れなかった。
俺は舌打ちをして、持参したメモ帳をまた睨みつける。普段は動画のネタだったり、噂の心霊スポットだったりを書き込んでいるそれに、今は暗号めいた文字列——ただ、大半は横線だから記号列とした方が正しいかもしれない——が、記されている。それは、俺が昨日書いたものだった。
始まりは三日前だった。気が付くと、俺の携帯に留守電の音声メッセージが入っていた。知らない番号からだ。音声を再生すると、ノイズ音がスピーカーから流れ始めた。テレビの砂嵐にも似た、けれど確かに違うノイズ音。それが三十秒間、一度も途絶えることなく続き、最後はプツッと切れた。その音声メッセージを再び確認することは出来なかった。着信自体が、履歴から無くなっていたからだ。
一昨日もまた、知らぬ間に留守電の音声メッセージが入っていた。同じノイズ音の謎の音声に、今度はちゃんと耳を澄ませてみた。別の音がある。それは言葉のようなものを言っていた。音割れが酷いのか、声では性別や年齢を判断できない。雑音に邪魔されて、言っている内容すら分からない。そうしてきっちり三十秒後、それはやはり切れた。
次は正体不明のメッセージを録音しようと考え、昨日、同様に携帯に残されていたそれを、ボイスレコーダーに録音した。それから、聞き取れた分だけを文字に起こしてみた。ノイズがかかっている箇所は横線で表した。すると、実は、俺は半分くらいは聞き取れていたらしかった。
—オカ—ウ——ケ———ノダ————キ———テ—トオ——ウ—キ———ミノ—ユウ——キオ——テ—ト—カト——ケン—ミ—ダ—ウ——キ—ツケ——ト——トウ—キケ——ミノ——ウ———オツ—テ。
可視化したところで、何も前進しなかった。寧ろその奇怪さが増すだけで、近寄り難く、見ているだけで気分が悪くなるようものが姿を表してしまったようだった。禁忌に触れる前の動揺らしき物が、身体の内部に居座っている。こんな感覚は、どんな心霊スポットでも感じたことのないものだ。
「それは、動画にはしないの」
蓑田が突然に話しかけてきた。俺は思わず肩を震わせてしまう。「しねえよ」、今までで一番強く言い返すと、蓑田は怯んだのか、俺みたいに肩を動かした。けれど、そこから動こうとはしなかった。畳の上でメモ帳を見る俺を、蓑田は立ったまま見下ろしている。
「でも、チャンネル登録者数増えるかもしれないよ。再生回数、今よりずっと増えるかもしれないよ」
蓑田の肩越しに、円形の蛍光灯が見える。蓑田の細長い身体は、陰にすっぽりと包まれてほとんど真っ黒だった。表情など窺い知ることはできない。その地味な顔が、凹凸がある黒い頭部にしか見えなかったのだ。
「しないって言ったらしない、これはそーいうもんじゃねえの。というかお前機材は確認したのか。充電は? メモリーの容量は? こっちのこと気にする暇があんなら自分の仕事をちゃんとやれよ。帰りの新幹線の切符も買ってねえくせによ」
俺は強がって捲し立てた。役立たず、そう吐き捨てて窓辺に寄った。蓑田の影から逃れた瞬間、ハッと息を吐き出せた。バタバタと、雨粒が窓ガラスにぶつかって強風に流されていく。風は甲高く、女の未練の泣き声のようにも聞こえる。しかし、何故だろうか、窓の外側の闇ばかりの世界の方が、明るい此方よりもずっと穏やかで安心できる場所のように錯覚した。
「……明日、撮影出来るといいね」
蓑田は突っ立ったまま、窓の向こうの、東側辺りを見ていた。東には崖がある。自殺の名所、だそうだ。
蓑田はそのまま、おやすみも言わず自分の布団に潜り込んだ。
今は何時だろうか。携帯を確認するのも億劫だ。なのに眠る気にもなれず、俺はメモ帳の文字列を眺めた。そして唐突に、あっ、と、心臓が跳ねた。
—オカ—ウ——ケ———『ノダ』————キ———テ—トオ——ウ—キ———『ミノ』—ユウ——キオ——テ—。
——『ノダ』————『ミノ』————。
——『ミノダ』。
文字列の中で、その名前が浮き上がって見える。あの声はミノダと言っていたのだと確信した。俺は僅かに乱れた呼吸を整えながら、もう一度文字列を追っていく。どうやら声は、同じことを四度も繰り返し言っていたらしい。だから、ノイズ音で聞こえなかったところを、別の部分から補うことができた。
トオカトウ、『渡岡島』。今まさにいるこの島だ。
キケン、『危険』。
ミノダユウ、『蓑田悠』。これは蓑田の名前。
キオツケテ——キヲツケテ、『気を付けて』。
蓑田! 俺は蓑田に向かって叫んだ。蓑田は動かない。白い電灯の光が、白い布団を照らしているが、それが動かない。俺は掛け布団を無理矢理引き剥がした。蓑田は目を瞑っていたが、やがてゆっくりと目を開けた。瞼と下瞼の隙間に黒い目玉が現れ、俺を睨みつけた。
「電気消して」
「蓑田、明日の撮影はやめようか」
「消してよ」
蓑田が天井を指差す。節くれだった指。青白い肌。蓑田は気味が悪くて、生気がない。まるで幽霊みたいなやつだ。どうして俺はこんな奴と、インターネット動画マンなんてしているんだろう。答えは単純だが、俺はそれを自覚するのを拒んでいる。
蓑田に少し命令されただけで苛立った俺は、蛍光灯から垂れ下がった紐を乱暴に引っ張った。
暗転する。俺はまだ布団を敷いていなかったが、手探りで掛け布団にくるまると、その場に寝転んだ。冷たい布団だった。それが肌に張り付いてくる感覚も、布団からはみ出た肌を、古い畳のささくれが突き刺してくる感覚も、不快だった。
「大丈夫だよ。明日こそ、上手くやるから。いい映像、ちゃんと撮るからさ」
暗闇の中から蓑田の声が聞こえる。明日、蓑田に何か起こるのだろうか。渡岡島、危険、蓑田悠—、気を付けて。
——おかしい、何かが足りない。
蓑田はまた喋り始める。
「本当は帰りの新幹線の切符も買ってある。一枚だけだけど。だから、役立たず、なんて言うな」
どうして一枚しか買ってないんだ。心臓が騒ぎ始める、喉が一気に渇く。声が出なかった。
足りない文字は、「に」だ。
渡岡島、危険、蓑田悠に、気を付けて。
俺は口を開ける。それだけで精一杯で、舌の上をずり落ちていく自分の呼吸は浅かった。喉奥から声を絞り出した。
「俺、ちゃんと帰れるよな」
蓑田は何も答えなかった。
*
はじめまして! 透と申します!
以前から参加したいなーと思いつつ、形にできないままでしたが、今回ようやく文章にすることができました。
楽しく書かせていただきましたので、ぜひ、読んで楽しんでいただければと思います!
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.84 )
- 日時: 2018/01/20 04:25
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6pALansE)
第二回目の参加者様達への感想、途中で気力が尽きてしまって最後まで書けなかったけれど、どれも個性とセンスがあって素敵でした。
同じお題で、こうも違いが出るのですね。女性や香りについてのお題だったこともあって、花に関する内容がやや多めでしたが、花にも種類がありますし、一人一人が花に対して抱くイメージとか連想するものも全く違うので、なんていうか、凄かったです。
個人的に好きだったのは壱之紡さんと三森さんのでした。それから、凛太さんの文章が大好きだったので、参加いただけてとても嬉しかったです。
>>Alfさん
初参加ありがとうございました。言葉の引き出しが多いのでしょうか……龍の描写がひたすら格好良くて震えます。憧れるけど表現力も言葉選びもボキャブラリーも何一つ簡単に真似できるものでは無いのがひたすらに悔しい。唯一無二の孤高の文って感じですね。勿論龍だけでなく勇者一行全員の描写も素敵でした。
最後の塩焼きで全部持って行かれましたね(笑)美味しいなら良かった。
今まで全員に感想を送りつけようと思っていて、前回参加者のあまりの多さに、全員は無理だから好きだと思ったものにだけそれを伝えようと思いましたが、一発目から鳥肌が立つ程好きでした。好きです。
>>メデュさん
初参加ありがとうございました。前回も一応書いて下さっていたので初参加って言っていいのかわかりませんが。
短く簡潔にゾワッとできる話で好きでした。ホラーって、めっちゃ季節外れやん、とは思いましたが(笑)
読み手を裏切るような、想像のつかない終わり方をする小説って好きです。
>>日向さん
確か初参加ですよね? 初めて来てくださった感覚がしないのは何故か。参加ありがとうございます。
おそらく日向さんの書く文章を初めて読みました。あまり読書しないマンなので、知ってる中だと江戸川乱歩の文章に近くて、雰囲気とか表現、とっても好きだなぁと感じました。なんで今まで日向さんの小説読んでこなかったのかしらと後悔しております。
解釈に自信がないのですが先輩の御兄様が話に出てきた本の作者、ということでしょうか。感想を書くときもボキャ貧で上手く言えないのが歯がゆいですが、なんか、なんか素敵だなあと思ったんです、好きです。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.85 )
- 日時: 2018/01/23 23:25
- 名前: 月白鳥◆/Y5KFzQjcs (ID: l62JIP.6)
「問おう、君の勇気を」
「問おう、君の」
「問おう」
「問」
「君の」
「貴方の」
「オマエの」
壊れた機械を詰め込まれたように青ざめた顔のRobinson研究助手が呟いている。愛嬌をにじませる灰色の瞳に正気の光は薄く、精緻な実験技術を有する諸手はぶらぶらと揺れては彼方此方にぶつけて傷だらけ、腹には明らかに致命傷であろう巨大な刺創がいくつもあり、――その穴の全てから、無数の黒光りする節足動物が湧き出していた。耳を澄ませば、うぞうぞと蠢く節足動物どもが神経を噛み、消化液を注入し、どろどろに溶けた内臓や筋肉を啜る水っぽい音が聞こえたことだろう。幸か不幸かその音は微かで、近傍の区画で発生している戦闘の音に掻き消されている。
Glim博士は、彷徨う部下だったものの眉間に、支給されている自動拳銃の先を向けた。アンダーリムの黒縁眼鏡の奥、怜悧な光を湛える空色の双眸が、何処か憐れむような色を帯びてRobinsonを見ていた。
「すまない。すまなかったRobinson。私は無力だ……」
「博士、逃げてッ、殺さレ……喰う、食ら、逃ッげ、痛い、痛くなっ……痛い、痛いっ、痛いィ」
まだ脳組織にまで魔手は及んでいないのか。不随意に四肢を跳ねさせ、垂れがちの眼に痛苦の涙を溜めて、若き研究助手は苦悶に喘ぐ。感じ取るのは、神経組織を食い齧られる筆舌に尽くしがたき激痛と、己の体が徐々に得体の知れぬ節足動物に侵食されていく恐怖、そしてそれを誰も――目の前の博士すらも救えないと知るが故の、虚無的なまでの絶望ばかりだ。
ぞわぞわと音を立てて這い回る多足の蟲。それから視線を外して、博士はまっすぐに研究助手を見た。命ごと失われかけた正気が、それでも僅かな光芒を以って彼を見返した。
「せめて、君が正気の内に」
「ダメですっ、Glim博士、逃げて下さ……ぃ、っ」
一つ。弱弱しく咳き込んだ拍子に、赤黒い血とまだ小型の蟲が一匹口の端から零れ落ちる。もはや一刻の猶予もない。薬品によって荒れ放題の手に握りしめた拳銃、その引き金に指を掛け、その瞳は最期までRobinsonを視界に捉えて離すことはなかった。
ほんの一メートルほどの距離から放たれた一発の弾丸は、狙い過たず苦悶に歪む男の眉間に命中。回転する銃弾は、末期の苦痛を認識させる間もなく脳を破壊し、頭蓋を突き抜け、血と脳漿をまき散らしながら反対へと突き抜けていく。骨肉を貪られて随分軽くなった青年の身体は、銃弾の勢いに引きずられ、半ば吹き飛ぶように床へ仰向けに倒れ伏した。
博士は表情を変えない。白衣の内ポケットから小さなスプレーボトルを出すと、その中身――節足動物に選択毒性を持つ殺虫剤――を、迷いなく黒光りするものたちへ噴射する。それは即座に薬効を示し、あるものはその場で身体をのたうたせた後ひっくり返り、あるものは数メートル逃げ惑った後その場で息絶え、あるものは博士に歯牙を突き立てようとして、防刃の服に阻まれる間に死んでいった。
「Robinson……」
最後の一匹が数度の痙攣の後動きを止め、ようやく博士は冷徹さの仮面を脱ぐ。眉間に大穴を開けられ、首から下をほとんど服と表皮だけにされた無残な遺体。目を見開いたまま絶息したその表情は、しかし存外穏やかなものだ。しかし、開ききった瞳孔が空しく照明の光を映す様に、博士は最早耐えられなかった。
そっと、拳銃を握らぬ手が目を閉じさせる。空色の双眸はひたすらに己の過ちを悔いつつも、しかし悲嘆にくれてばかりの軟弱さはない。手塩にかけた部下が死して尚、彼は己の双肩にかかる責務を全うすべく、無数のタスクと記憶を脳内で展開していた。
脳裏によぎる。激痛と絶望に魘されながら、Robinsonが繰り返し発した言葉。
“問おう、君の勇気を”
それはかつて、彼がこの研究所に入りたてのころ、己が投げた言葉だった。
Robinsonは恐らく、末期に一つの答えを見たのだろう。薄れゆく意識と正気の中、それでも上司の身を案じ、この研究所の最高頭脳の身を案じ、己という存在を捨ててそれを脅威から逃がす決断。それは彼の中で最も崇高な勇気であったが、Glim博士がそれをはねつけたことで、最も意味のない蛮勇となってしまった。
ならば己は。
彼の示した勇気を蛮勇へ成り下げてしまった己は、一体何を示せばいいのだろうか?
「痴れたことを!」
自身の弱さを自分で嘲笑った。答えなど最初から決まっている。
己はiso-ha管理主任。かつて起きた“メイデイ”の惨禍を越え、その惨劇でただ一人犠牲となった才人より全権を預かる者。己の双肩には、己だけでない。数千の研究員と同僚、数万の無辜なる被験者、数十億の今生きる民に、数えることすら出来ない未来が掛かっているのだ。
既に犠牲は出てしまった。ならば。
「逃げるわけにはいかないんだ、Robinson――だが、私にはまだ、死ぬことすら許されない」
苦しげに呻いたGlim博士の脳裏を、亡き部下の声が、いつまでも苛んだ。
***
御題:「問おう、君の勇気を」
表題:蛮勇と臆病さの境界に関する心情の記述、或いは、iso-ha総合監督官の査問に際する供述
***
自分のために、自分のせいで、払われた犠牲の上に立って尚生きる勇気の話
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.86 )
- 日時: 2018/01/20 13:02
- 名前: 三森電池◆IvIoGk3xD6 (ID: DtY5WDUc)
「問おう、君の勇気を」
僕に対峙して、僕が立っている。そいつは、フェンスに寄りかかったまま、すうっと息を吸いこんで、僕らしかぬ余裕の表情で言い放った。
「なんだってんだよ……」
「だから、ここから飛び降りて死ぬ勇気が、君にはあるかって、聞いてるんだよ」
やれやれ、と僕にとそっくりな何かは、首を横に振る。透きとおるような晴天の空の下、こっちの僕はさっきから冷や汗が止まらない。
遡ること五分前、僕は、このビルの屋上から飛び降りて死のうとしていた。二十五歳でフリーター、人生にやりたいことが見つからず、友情や恋愛においてもろくでもない経験しかできなかった。僕に生きることは向いていない。明日が来るのが億劫で仕方ない。手取り十余で食いつなぐような惨めな人生は、もう終わりにしてやる。思い返すと突発的な決断であった。今日、朝八時に出勤しいつものように働いて、三十分間の昼休憩の時、ふと人生、これでいいんだろうかと頭によぎって、これまでの経験とこれから直面するであろう出来事を考えてみて、もう死んだ方が楽ではないかと感じはじめたのだ。
そこに現れたのが、こいつである。僕にそっくりな見た目をしている、というか髪型も仕草も服装も靴も、僕そのものの人間。職場の近くの廃墟ビルの屋上まで上がってきたとき、そいつはフェンス間際に立っていた。そして、
「やぁ、僕。よくここまで来たね」
と、けらけらと笑い出したのだ。
僕は腐っても死を覚悟した人間だ。これは死ぬ直前に見える、ある種の幻覚なんだろうと自己完結させるも、目の前に自分がもう一人いるという気持ち悪さから、動揺せずにはいられなかった。当たりを見回して、他に人がいないかと探す。こんな廃墟に僕やこいつ以外の人間がいるはずがないのは分かっていたため、結局諦めてそいつにこう言い返すしかなかった。
「死ぬ覚悟が、できてるからここにいるんだろ」
声を絞り出した。強く吹く春の風に、かき消されてしまいそうになりながら。死ぬ覚悟、といざ口に出してみると、死に対する現実的な恐怖がこみ上げてくる。並べた言葉とは逆に、自分でもわかるくらい、とても弱々しい声色だった。目の前に立っている僕は、それを見て、またにやりと、趣味の悪そうな笑顔を浮かべた。
「今日日世の中、年間五十三万もの人間がなんらかの自殺手段を決行しているけれども、実際に天へ旅立てるのはたった三万だ。死って怖いもんなあ、君の気持ちも、わかるよ」
でもねえ、もし君が本当に死ぬってんなら、僕は、その勇気を讃えて見送ろうと思うんだ。そいつは言って、フェンスに寄りかかった体を起こした。
「ネタばらししてやろう、僕は、未来から来た君だ。顔も服装も髪型もそっくりだろう、僕は君なんだ。これでも、自殺を止めに来たつもりだ」
人差し指を立てて、僕に似たなにかは言う。
えらく頓珍漢なことを言っているが、これだけ見た目がそっくりなのだから、彼の言うとおり、これを未来から来た僕だと確定する以外に他はない。死ぬ前に見る幻覚とは、こんなにリアルなものなのかとぼんやり思いながら、本当はさっさと飛び降りたかったが、僕が心置きなく死ねるように、少しだけ自称未来人のおしゃべりに付き合ってやることにした。
「……逆に問おう。未来の僕は、どうなっている?」
「ああ、いい質問だねえ」
ぽん、と手を合わせた未来人は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。僕そっくりの人間がこんなにも笑っているのは気持ちが悪く、まるで、お面をかぶっているようであった。
「君が死ななかった世界線の僕は、相変わらずフリーターだし、友達も彼女もいない。それに加えて、父親が三年後、末期がんで死ぬんだ。まだ三十歳くらいまでしか僕は生きていないけど、相当運の悪い人生だね」
「なんだ、よかった。もう現世に悔いはないよ、安心して死ねる」
「たださ、聞いてくれよ、僕。君の好きだった水曜十時のバラエティ、二年後に、深夜枠だけど復活するんだ。あと、読んでたあの漫画、最終回めちゃくちゃ良かったよ。相変わらず無趣味だけど、貯めたお金でちょっと良い車なんか買ってさ、僕は今、少し楽しいんだよ」
彼は嬉しそうに語る。今の僕には、きっとこんな表情はできない。そんなこと、言われたところで、僕の将来に対する漠然とした、それでいて確かな不安は消えない。こいつが楽しそうに笑っていられるのは、今だけだ。現状は何も変わらない。少しいい車を買っても、好きな漫画の最終回を見届けても、僕はフリーターだし、友達も彼女もいない。何も前に進めていない。
「……生憎だけど、僕は死ぬよ。君みたいには、なりたくないから」
確定した未来をこいつに訊いたのは正解だっただろう。さっきよりも、強い意志を持って、その言葉を言える。
「そっか、そうだよな。ただ君、考えても見てくれよ」
お前みたいにはなりたくない、とまで言われておきながら、彼は笑顔を崩さない。まるで僕が薄っぺらい宗教団体にでも嵌ってしまったみたいだ。そいつは、冷や汗を拭う僕を見ながら、言った。
「自殺といえども、自分という人間をひとり殺しているんだ。君が向かう場所は、天国じゃなくて地獄だろうね。殺害を犯した人間は、地獄の中でも特に罪が重い。灼熱の中永劫の時を苦しむんだ。どうかい? その覚悟はあるかい?」
「この世に存在しない場所のことを語られても、僕に答えは出せない。ただ、このまま生きているよりはずっとマシだ」
「でも、完全に存在しないとは言いきれないだろう? 子供の頃から、死んだら天国と地獄があって、と教えられてきただろ」
永遠に苦しむ。その言葉を聞いて身が怯む。人間は死んでしまった瞬間、意識ごとぱたりと消えてしまうものだと思っているが、そこに行って帰ってきた人間が今まで一人もいないのを見る限り、天国や地獄の可能性は、完全には否定できない。
未来人の僕は、僕が少し怯んでいるのをいいことに、また言葉を続ける。
「なあ、僕よ。結局のところ、僕は君に、死ぬ勇気じゃなくて、生きる勇気を問いたいんだ。僕は今幸せだよ。もし現状が嫌なら抜け出す術は山ほどある。運命は変えられないけれど、自分で変えていくものでもある」
「なに、言ってんだよ、僕のくせに」
「僕だから言ってるんだよ。僕を止められるのは、僕だけだ」
うるさい。結局僕はなるようにしかならない人間だ。抜け出せる術なんていらない。今起きているこの現状が、人生が、もう耐えられないのだ。
息の仕方がわからなくなって、自然に脈拍数が上がり、蹲る僕を見下ろす未来人は、さっきまでの笑顔が嘘のように、冷めきった目つきをしていた。それに怯えて唾を飲むと、恐ろしく冷たい声が上から降ってくる。
「なあ、僕。実は知っているんだ」
「うるさい、僕は、本気で、死に」
「君も僕なら知っているだろう、僕がなにもかも中途半端以下の存在だってこと。生きるのも死ぬのも怖くて、だらだら努力もせずに日々を続けているってこと。だいたい、本気で死ぬ気はあるのか? 僕のことだから、今朝突然思いついて……とか、そんなくだらない理由で、人生から逃げようとしてるんじゃないのか」
かっとなって、未来人を思い切り睨みつけようとしたが、うまく体が動かない。とても悔しいことに、こいつは僕だから、僕のことをすべて知っている。本当は死にたくなんかないことも、でも生きるのも怖いということも。
ノイズが入って、未来の僕はだんだん、見えなくなっていく。もうそろそろ、潮時か。こいつが消えるか、僕の意識が途絶えるのが先か。脈拍はさらに上がり、視界がぼやけてくる。
なにもかも中途半端ならば、せめて、最後だけは。
「悔しいなら生きてみなよ、僕」
「違う、違うんだ、僕は……」
立ち上がり、僕を押しのけて走り出した。
驚いた顔をしている僕をよそに、力ずくでフェンスを越える。足がもつれて宙に投げ出され、それでも構わずに、向こう側に片足をつき、それをバネにして、快晴の空へおもいきり飛び込んだ。そして、ぽかんとした顔でこっちを見ている、ノイズだらけのあいつに向かって叫んだ。
「これが、僕の勇気だ」
こんにちは、三森電池です。2回目の参加です。
本人も言っていますが、未来から来た僕はただの幻覚です。通勤中なんかに、遺書も残さずふらっと電車に飛び込んで死んでしまう人ってこんな感じなのかなと考えながら書きました。
もう長いこと間が空いたので、個別の返信は控えますが、第2回の私の作品にコメントしてくださった方、好きだと言ってくださった方、ありがとうございます。自分の好きなシチュエーションで、自分の一番得意なタイプの話を書いたので、褒めていただきとっても嬉しいです。
引き続き寒い時期が続きますのでみなさん体調にお気をつけください。
ありがとうございました(((^-^)))
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.87 )
- 日時: 2018/01/20 13:31
- 名前: 透 (ID: 5oZrYH7w)
>>86 三森電池さん
こんにちは! みもりさんの書かれる文章がとても好きなので、投稿なさるのを楽しみにしていました!
前回のお題の話は、切なくてほの暗い感じがして最高でした。今回のお話も最高でした!
「僕」の心理描写とか、考えていることがすごくリアルで、感情移入しやすいなあと思いました。「未来の僕」の怪しげな語り口調も魅力的でした。ぐちゃぐちゃした「僕」と、分かったふうな「未来の僕」のやりとりが面白くて、すらすら読み進められました!
ラストの決断も、普通なら生き続ける決断をするお話の方が多いと思うのですが、むしろ、死ぬ決断をしたのが面白いなあと思いました。話の中では終始「未来の僕」が優勢だったので、なおさら「僕」は理論とかそういうのを超えた決断をしたんだなあと思いました。
悲しい結末な筈なのに、最後の描写はどこか爽快感を感じるもので、とても印象的でした。最後の台詞で、ちゃんと最後の台詞に応答してるのも素敵です。好きです。
わたしは、みもりさん唯一無二のワールドが好きです。唯一無二なのに、多くの人が共感できるワールドなので、すごいなと思ってます。そもそも自分独自のワールドを作り出せるのってとてもすごいなと思います。
これからも応援しています!
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.88 )
- 日時: 2018/01/20 16:16
- 名前: hiGa笳〓adZQ.XKhM (ID: iO1hgepA)
「問おう、君の勇気を」
路地裏に追い詰められた彼は、そう呟いた。大粒の雨が地面に打ち付けられる中に、溶け込んでしまいそうな声なのに、その雨粒の雑踏を掻き分けるように彼の声はするりと私の耳に届いた。ただでさえ街頭から離れた夜の路地裏は、空が泣いているせいで、より一層に陰る。詰め寄ったお互いの表情だけが見える闇の中で、私は胸中の激情をただひたすらに彼にぶつけていた。彼の問いに答える必要など無い、私は無言のままにその質問など掃いて捨てた。
雨を吸って重くなった彼の襟首を掴んだ手にこめる力を強め、ぐいと手元に引き寄せた。じわりと、あまりにも染み込んだ滴が浮き上がり、雨に混じってポタリと落ちる。私に追い詰められ、壁に押し付けられていた彼の体は、首元を視点としてぐいと引っ張られた。苦しいなとぼそりと口にしたが、その声は裏腹に、淡々としたものだった。
襟を力任せに引っ張り、シャツのボタンを縫い付ける糸ごと引きちぎるように捨てる。勢いよく弾けとんだボタンは、地面を跳ねる声を土砂降りの雨音に書き消されながらどこかへと消えた。目の前に現れた、彼の病弱な白い柔肌に、私はナイフを突きつけた。研ぎ澄まされた刃が首筋に触れただけだが、薄皮一枚程度は簡単に裂け、じんわりと滲むように彼の血がナイフの刃に沿うように走った。
ただそれも、顎から伝う液滴に飲まれて、すぐに流されて消えてしまった。怖いなと、ちっとも怖くなさそうな声で彼は私に告げる。先程から彼が私に抵抗できない理由はまさに、私が彼につきつけたこの小さな刃物である。わざわざ高い金を払っただけあって、人の肉くらいは容易く切れる。
「それで、君は誰かな」
ふと、身に覚えがないかのように彼は尋ねた。先程から取り乱さず、整然とした様子で語りかけてくるその様子は、彼が犯した罪とは裏腹にとても理知的に思えた。
私のことを歯牙にもかけていない、その事実になおさら私の身の内に潜む、怒りの炎はうねりを上げて燃え盛る。あるいは白々しくもとぼけているというのだろうか。
ふざけるな。噛み締める奥歯の向こうから、血の味が広がる。私は片時もお前のことを忘れたことはない。大切な者を失って以来、ずっと自分の中に溜まっていた群青色の感情。この雨のようにずっと、私のことを湿っぽく濡らし続けた深い深い喪失と悲しみは、紛れもなく目の前の男がもたらしたものだ。
「とぼけるな」
「ふむ、女の子がそんな言葉を使うものじゃないよ」
傘すらさしていないのは、彼だけでなく私も同じなので、同様に私自身も夕立に濡れそぼっていた。制服のスカートはぴっちりと太ももに張り付き、上はというと色気の欠片もない下着が透けている。鬱陶しいことに私の首筋には髪がぺったりと寄り添っており、一歩踏み出すごとに靴下から水が滲み出した。けれどそんなものは些末なことだ、私の胸に灯り続ける憎悪の炎は、それすら忘れさせるほどに荒れ狂っている。
「お前なら、どうせ見たことあるだろう」
「あいにく、女子高生、それとも中学生か? どちらでも構わないが、そういった知り合いはいなくてね」
追い詰められたというのに、私の気まぐれでその喉は引き裂かれるというのに、まだまだ彼は余裕だった。追い詰められた実感が無いというのだろうか。私がただの学生だから、刃物を持って息巻く子鹿に過ぎないから、理由なんてどうでもよくて、その余裕が苛つく。私は手にこめる力をより一層強くした。薄皮一枚で留まっていた傷は少しだけ深まり、赤い血がだらりと流れる。
「何だ、脅しているつもりなのか」
こうすれば少しは萎縮するだろう。そう思って刃を押し当てたことが読み取られたようだった。幼稚だなと吐き捨てるような物言いに、私はさらなる怒りを覚えた。この期に及んで、その立場で私を辱しめるのかと、私は勝手に凌辱されたような想いに駆られる。
ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな。押し当てたナイフを一度離して、逆手に持ち帰る。そのまま、彼の顔目掛けて一息に突き刺す、ように見せてすぐ隣の壁に突き立てた。
甲高い、金属同士がぶつかる音を立ててナイフは彼の顔を抉るギリギリの位置で、パイプと接していた。流石の切れ味とはいえ、流石にこういったものまでは切れないようだ。
ただ、そんな小さなことよりも、ずっと気にくわないことは、それだけして脅かせて見せても、彼は瞬きをする以外はまるで表情を変えないことだ。真顔のままのその様子は、無言で「ほら何もできない」と煽っているようで。
心の中を見透かされているようで、さっきからずっと身体中が熱かった。この熱さは、怒りは、今日という日まで片時も忘れたことの無い怒りとは違ったものだ。やることなすこと、ただ挑発に乗るだけ、相手の思うようにしか動いていない自分自身への恥じらいがない交ぜになった叱咤だ。身を焦がすような、恨みに溺れて脳髄を燃やすような、復讐のために我を忘れるような、あの吐き気のする類いの激情とは、違う。
「相浦 朝子」
もうどうにでもなれ、そう自棄になった私はその名前を出すことにした。ようやくだった、彼の表情が変わったのは。口はつぐんだままだが、真ん丸に見開かれた目は彼の初めての動揺を雄弁に物語っていた。
確かに私たちはあまり似ていないと誰からも言われるような姉妹だった。だが、よくよく眺めるにしたがって面影を見つけたのだろう。
「まさか、君は……」
「妹です」
いい気味だった。やっとこの男から動揺を引き出せて、私はほくそ笑んだ。先程までの、焼けてとろけた鉛が体内を流れるような痛く熱すぎる恥辱は消え去って、心地よく暖かな優越感が得られる。
これだけで、姉の敵を討ったような気分だった。見知らぬストーカーに付け狙われ、今日と同じような夕立の日、路地裏でその人に襲われ、一人きりで寂しい中、ぐしょぐしょに濡れながら失血死していた。凶器は腹に刺さったままのナイフだった。
あの日の姉はどれだけ怖かっただろうか。想像するだけで私は、居合わせることができなかった情けなさに震える。寒空の下で血を失い、だんだんと冷たくなる体温で、彼女はどんな想いに駆られたのか。友達と浮かれて遊んでいただけの私には分からない。
なぜ、あの日に限って。後悔はいつも先に立たない。姉から相談を受けていて、ずっと二人で出歩くようにしていた。断る私を押しきるように姉は、事件の日に、たまには私も遊んでこいと出掛けさせて、そして一人でいるところを狙われた。
必ず犯人には同じ目を見せてやる。そして自分がしてきたことを悔いさせて、後悔の中で殺してやる。たとえ自らの将来を犠牲にしてでも、やり遂げようと決めた。それだけが、唯一私にできる贖罪だ、と。
やっと、叶った。姉の周囲の人間関係を探り、目ぼしい者に目をつけ、執念深く調べあげた甲斐があった。報われた、そう思って安堵の息を漏らした時だった。それがいけなかったのか、それ以前にそもそも軽んじられていたのか、原因は分からない。それでも確かなのは私が勝利を確信し、追い求めた目標を達成したと甘美な充足感を得たその時だった。彼は、動揺をもう隠しており、またあの無感情な目で私を観察するように見ていた。
「満足したようなら、解放してもらおうか」
今は首筋に刃が突きつけられていないことをいいことに、彼はゆうゆうと歩き出そうとした。何をしているのかと、私は再び左腕に力をこめ、壁に押し付ける。パイプに突き立てていたナイフも、もう一度喉仏に触れるほどの距離に近づけた。
「まだ、何で終わると思ったの」
「なぜ? それはもう君は無言で答えただろう」
路地裏に入った際に問うたはずだと彼はいう。私に、勇気はあるかと。人を殺す勇気が、罪を犯す勇気が、という意味だろうと思い黙殺したものだ。別に無言で答えた訳ではない。私は声に出さず彼の主張を再び黙殺する。瞳の色から、答える気が無いことを察した彼は、私の代わりに口を開いた。
「君はどうやら、目を背けているようだね」
聞いちゃいけない。私は、独りでに震え始めた手にぎゅっと力を込めようとする。ただ、体が言うことを聞かない。動け動けと念じてもナイフは柔らかそうな喉仏を貫かない。どうして……私は私の体のままならなさに絶望する。
「君は私が尋ねた言葉の意味を理解しているはずだ」
「……黙れ」
「おそらく君もお姉さんに似て聡明なのだろう、ちゃんと私が尋ねた真意に気づいた。気づいて蓋をしたんだ」
「……黙れって」
「あの問いの真意は、君からお姉さんを奪った同じ手口を君に実行する勇気があるかというものだ」
「黙れっつっんだろ!」
「君は答えられなかった。答えなかったんじゃない。決心が粉々にならないよう、否であると言葉にできなかった」
うるせぇよと、か細い声が私の喉から漏れた。その声は今や他人の声のようで、先程までの怒りを、憎しみを、責任感を何一つ載せていない、空っぽの言葉だった。ざぁざぁと騒ぐ雨が私たちの声を夜の闇に紛らす。
このまま、私の躊躇さえも溶かしてくれればいいのに。そう思っても、ダムが決壊したようにあふれでて無くなっていくのは、敵討ちの決心だけだった。
体が言うことを聞いてくれない。震えはさっきよりも、ずっと強くなっていた。怯えなんかじゃない、これは武者震いだ。言い聞かせるように指先に力をこめる。それなのに、指先からナイフはこぼれ落ちた。
カランコロン。取りこぼしてしまったのは、ナイフだけじゃなかったようだ。そのまま全身脱力して、膝から崩れ落ちる。水溜まりに映る影を眺めてみても、自分の顔がどうにも真っ暗で、見えなかった。
私は誰なのか、何を思っているのか。本心は? 本当にしたいことは? 何一つ分からない。
「代わりに答えよう、君に勇気はない」
解放された彼はそう告げ、大通りへと戻っていく。水溜まりを踏む足音が段々と遠ざかっていく。
追わなきゃ。追わないの? どうして? もう機会なんて。どうせできやしない。そんな声が、あちこちから聞こえてくるような思いだった。声の主は、全て、自分自身。
「あぁあぁぁぁあああぁ……」
夕立は、憎んだ敵と共に去りつつあった。五月蝿かった雨音は、段々と遠退いていく。
もう私には、自分の号哭しか聞こえない。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.89 )
- 日時: 2018/01/20 16:47
- 名前: hiGa◆nadZQ.XKhM (ID: XbAj86lI)
>>88の後書き
初?参加です。
何かバッドエンドになりました。
設定がどうあがいてもバッドエンドですが。
名前文字化け、許してください。
>>Alfさんへ返信の返信
ですよね、龍が滅茶苦茶カッコいいのはよく分かります。(語彙力仕事して)
その魅力が存分に描かれてるような文章で、ほんとに惚れ惚れしました。
なるほど、そんな意味が……。
その小さな変化にそんな意味が乗せられてるというのはなるほどと思いました。
これはもう少し考えるべきだったという、自分側の落ち度ですね。
何と龍のもつ煮込み……おいしそ((
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.90 )
- 日時: 2018/01/21 01:19
- 名前: あんず (ID: EQksipN6)
「問おう、君の勇気を」
つけっぱなしのテレビから、その言葉だけが耳に飛び込んだ。目を上げた先の古そうな外国映画。微妙に雰囲気の合っていない吹き替えの声がリビングに流れている。色褪せた画面、主人公と悪役が戦っているらしい。安っぽい、昔のアクション映画だ。
薄暗い部屋の中そのテレビだけが光源で、チカチカと頼りない。棒読みに近い俳優の声が耐え難くて音を消した。パクパクと、声を失くして口を動かす姿が滑稽で白々しくて目を逸らす。
リモコンを掴んだ私の手はまだ震えていた。
「あーあ」
手に持つリモコンを放り投げる。ガシャンと硬質な、重たいものが落ちる耳障りな音がした。壊れたかな、まあいいや。足元にころころと単三電池が一本、転がってきた。それを今度は蹴飛ばして、はあと溜息をつく。なんだか無性に落ち着かない。
倒れている目の前の男を見たくなくて、片目を瞑って視線を落とす。左手は震えたままだ。その先にある台所包丁も、まるで腕の延長みたいにぴったりと握りこまれて震えている。離そうとしても手の力が抜けなくて、自分の体なのに変な気分。頭ばかりが冷静で、空いた右手でダイニングテーブルの上のスマホを開いた。ホーム画面に並ぶ目の前の男と私の写真。楽しそう、不愉快なくらい。あとで絶対に変えよう、ついでに写真も消してやる。イライラしながら、電話帳の一番上、見慣れた名前を指で弾いた。
『もしもし?』
数コールのうちに出た彼女の声は不機嫌そうだった。多分今もパソコンを睨みつけながら、タバコを吹かしているんだろうな。ここにまで紫煙の香りがしてきそうなくらい、それは容易く想像できる。咳き込みそうなくらい煙たくて、苦くて少し甘い彼女の煙草。
「私、あいつのこと殺しちゃったよ」
『そっか』
そっけない返事。仮にも人を殺したと宣言した人間に放る言葉とは思えない。思えないけれど、この女はいつだってこういう奴だから仕方ない。今、目の前で倒れている男が遂に薬に溺れたときも、酒に溺れたときも、この女の反応はこんなものだった。世間話をしているときの方が、もっとまともな言葉が返ってくる。
『それで?』
「……え」
答えに詰まった。何て言えばいいだろう、どこまでこの女は私を許してくれるだろう。
電話越しにカタカタとタイピングの音が聞こえてくる。音が変に大きくて鋭いのは多分、彼女のネイルの施された長い爪が、キーボードに当たっているからだ。私は想像する。彼女はスマホを耳と肩で挟みながら、しかめ面でパソコンの画面を見ている。そして紫のラインの入った、あのけばけばしいケースから煙草を取り出して火を付ける。深く吸い込みながら、また画面を見つめる。あの煙草の銘柄は何だったか、もう忘れてしまった。
『逃げるんでしょ?』
逃げるの? どこに? 私が聞き返したい。でも彼女の中では、そういうことになっているらしい。さも当然というように彼女は返事を待っている。多分、煙草を深く味わいながら。
逃げる? もう一度床を見回した先に、倒れ伏した男と濃い鉄さびの匂い。ドラマのワンシーンみたいだ、私は別に俳優ではないけど。ましてや私は、探偵や刑事じゃなくて犯人だけれど。非現実感ばかりが漂うこの部屋は、私がこの手で作った。そうか確かに、こんな状況じゃ自首するか逃げるか、そのくらいしかすることがないかもしれないな。だからといって自分から警察に行くのも、何だか億劫だった。
「……うん。逃げるよ」
そっか、と少しだけ安堵したような声がした。少しだけ電話越しの声がやわらいだ。
震えの止まった手から包丁を放したら、ガシャンと随分甲高い音。思わず顔をしかめる。うるさい。大きな音だったから窓を見やったけれど、カーテンを締め切ったそこにはもちろん人影はない。
『じゃあ今からそっち行くから。家でしょ?』
「うん」
『ちゃんと準備しててよ』
準備? 聞き返す前に、ヒステリックに回線は途切れてしまった。全くせっかちだ。そんな場合でもないのにいくらか彼女への悪態をつきながら、棒立ちだった足を踏み出した。あまりにもじっとしすぎて膝が痛い。
よろめきながらキッチンの水道を捻ると、水が勢い良く流れ出した。手に張り付いた血はまだ乾いていないまま、簡単に流れ落ちた。綺麗になった手を石鹸でこする。痛いくらいに。きっと、こんなに洗ったって警察が調べたら一瞬で分かるんだろうな。ドラマでよく見る、あの血を見つける検査みたいなやつで。でも綺麗に見えるから良いや。かかっていたタオルで手を拭って自分を見下ろす。
所々に血が跳ねているけれど、別に驚くほどじゃない。コートを着れば十分だ。今が冬先でよかった。
部屋に戻って、クローゼットの奥からボストンバッグを引っ張りだした。埃を被ったこのバッグを使ったのはもう随分と前。多分、高校の修学旅行。開くと、パンフレットらしきものが数枚散らかっていた。京都、とでかでかと印刷された文字。やっぱり。修学旅行のしおりだ。まだ捨ててなかったんだ、いつまでも片付けられないところは変われない。それでもなんとなくもったいなくて、よれたしおりを再びバッグに仕舞い込んだ。どうせならこいつも連れて行こう。
「着替え……何持ってこう」
とりあえず下着と数枚の服を突っ込んだ。うまく入らなくて、イライラしながら無理やり詰め込んだ。それから、どうしようかと首をひねる。逃げるって言ったって。バッグを意味もなく引っ掻き回して、しおりを手に取った。パラパラとめくると、持ち物の書かれたページが目に入る。昔の私がつけたボールペンのチェック跡と一緒に。
これでいいや。逃げるのも旅行するのも、多分やることにそんな変わりはないだろう。世の犯罪者の方々がどうしているかなんて知らない。でも一人くらい、彼女も入れると二人くらい。旅行気分で逃げたって誰も怒らないはずだ。
昔やったみたいに一つ一つチェックをつけながら、ボストンバッグの隙間を埋めた。コートを着込んで、マフラーをぐるぐる巻き付けて、雪でも降りそうな空を窓から見上げた。
>>91 へ
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.91 )
- 日時: 2018/01/21 01:01
- 名前: あんず (ID: EQksipN6)
「いるのー?」
玄関から耳慣れた声がした。重たいバッグを床において彼女を待つ。特に断りもなく家に上がり込む足音に、少しだけ緊張する。そして現れた、黒のコートと派手なネイル、少し濃いメイク。それに似合わず髪は真っ黒、纏っているのは甘い香水の代わりに甘い紫煙。キャバクラ嬢が、髪だけビジネスマンを真似て真っ黒にしたみたいだ。
開け放したドアの前に立った彼女は、私を見て突然吹き出した。そんなに変か? 気に食わなくて自分を見下ろすと、手にはまだしおりがあった。二年三組、私の名前。どうやらこれで笑っているらしい。
「ねえあんた、あんたさ、それ見て準備したわけ?」
「……」
派手な顔を睨みつけて黙ると、彼女は肯定と受け取った。一段と笑い声が大きくなる。沈黙はなんとかの証。日本語に八つ当たりしたって阿呆みたいだけれど、今は恨まずにはいられない。それにこの女の笑い声なんかで近所にバレたら、それほど馬鹿らしいことはない。
「あんたやっぱおかしいって。……それで? 殺したんでしょ?」
どこ、リビング? 忘れ物でも探すみたいにあっけらかんとしながら、彼女は廊下へ出てしまった。マイペースにも程がある。細身の背中を慌てて追いかけると、リビングのドアはすでに開いている。そうっと覗くと、彼女は物珍しそうに部屋を見回していた。驚く様子はない。
「動いたらどうしようかと思った。死んでるね」
「うん」
もうちょっと答えようがあるだろうに。彼女は特に気にするでもなく部屋を物色する。鉄さびの臭いと彼女の紫煙が混ざり合って、何とも言えず気持ち悪い。気を紛らわそうと映しっぱなしのテレビに目をやった。
未だに主人公と悪役は戦っている。字幕に切り替わった画面の上、時折映る「勇気」の文字。勇気、勇気、ってなんなんだ。この主人公は正義感の塊なのかな。煩わしくて、悪役の方が人間じみている。
「冬でよかったね、寒かったら死体って腐りにくいんだよ」
彼女の突然の声に振り向くと、ちょうどその手にあの包丁を握っていた。それからそっくり同じ場所に置き直す。得意げな顔をしている。何をしているか理解するのに、私の馬鹿な脳みそはたっぷり数秒を要した。
「これで共犯ってことで。いいでしょ」
抗議をする前に沈黙が断ち切られた。怒ろうとして開いた口が、言葉を失くしてパクパクと動く。音を消した映画と何も変わらない、滑稽な私だ。そう思うと腹ただしくて呆れも失せてしまう。
「……捕まるよ」
「当たり前じゃん、共犯だもん。いいよ、私もこいつのこと大っ嫌いだから」
それより逃げるんでしょ? 彼女は少しだけついた血をハンカチで拭うと、そのまま背中を向けてしまう。ずんずんと、来たときと同じように廊下を進む。なんなんだ、もう。慌てて部屋に置いてきたボストンバッグを引っ掴んで追いかけたら、彼女はすでにヒールの高いブーツを履いていた。足元にはキャリーバッグ。身軽に動くだとか、そんな考えは一切ないらしい。
鍵をしっかり閉めて、マンションのエントランスを突っ切る。管理人のおじいさんが、行ってらっしゃいと笑う。行ってきます、といつものように笑い返して、足早に彼女についていく。多分、ここにはもう帰らないだろうけど。
「どこ行くの?」
「あんたが決めてよ。いいよ、どこでも」
彼女はあの紫のラインの入ったケースから、煙草を一本取り出した。加えたまま火はつけない。私の答えを待っている。
「……京都」
頭に浮かんだ地名をそのまま口にした。しまった。そう思うよりも前に、彼女の口から笑い声があふれる。苦しそうにヒイヒイして、甲高い声で高笑いみたいに。失礼なやつ。こんなことで怪しまれたら本当に、馬鹿みたいだ。
「いいよ、行こうよ、京都!」
まだ笑いながら、彼女は駅へ向かう道を進む。我慢しようともせずに響く声がうるさい。こんなに大笑いしながら歩く私達は、やっぱり旅行にでも出かけるテンションだ。跳ねるように彼女が歩く。
「京都ったってさあ、お金あるの?」
「あるよ。それも割とね。私あんたと違って働いてるから」
心配になって尋ねると、胸を張るように自慢気に返された。悔しい。でもこの女が意外にもきちんと働いているのは事実だし、私が働いていないのも悲しい現実だ。自分の薄っぺらい財布を思うと泣けてくる。
「まったく、あんたさ、あんな薬やってて暴力振るう男に捕まって馬鹿じゃないの?」
「……」
説教じみた彼女の声がする。うるさいな。そう思うけど、こいつの優しさだってことくらい私にも分かる。耳を塞ぎたくても聞くべきかな。私は本当に馬鹿だけど、こいつはちゃんと真っ当に生きているから。つらつらと続いていく言葉は淀みない。もしかしたらずっと言いたくて、黙っていたのかもしれない。その言葉の中には私の知らない難しい言葉もいくらか混ざっていた。でもきっと、聞き返すのも無粋だろう。
「まあいいや。いくら言っても、殺したのはあんたの勇気だもんね」
「……そういうもの?」
「そういうものでしょ。あんたは勇気ある行動をしたんだって」
あっけらかんとした声。
ふと、あのテレビの吹き替えを思い出した。「問おう、君の勇気を」。正義感の塊の主人公。もし本当にあんな勇気を持った人がいたら、私は絶対に悪役だ。最後は倒される、それもいいかな。
背中を追いかける。私も彼女も黙っている。遂にはっきりと死に顔を見ることのなかった、あの男を思い出す。あいつも私も絶対に悪役だけど、あいつにとって私は主人公だった。彼女曰く。私の勇気によってあの男は殺された。ざまあみろ。私の勇気は、あの男を倒すためにあった。それでいい。
気分は清々しい。あいつに騙されて惚れたのは私だけど、それを終わらせたのも私だ。私の勇気だ。おめでとう私、今ははっきりと幸せだ。
彼女の空いている方の手を掴む。黙って二人、手を繋ぐ。悪役の私達の手は、それでもこの寒空の下、熱いくらいに温かかった。
***
はじめまして、あんずです。2レスになってしまいましたが、普段書かないジャンルを書くのは楽しかったです。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.92 )
- 日時: 2018/01/21 17:03
- 名前: ヨモツカミ (ID: /nM/bKMg)
「問おう、君の勇気を」
暗い景色の中に、吐き出された白い吐息と、言葉。わたしの声は、情けなく震えていたけれど、彼女はきっと、それには気が付かなかった。
口にしたのは、とあるゲームの有名な台詞だった。かつて、わたしと彼女を繋いでくれた存在。勇者が魔王を倒して、世界を救うという、ありふれたRPG。幼かったわたし達は、共に助け合いながら、世界を救う勇者だった。
ゲームの世界を救ったあとは、彼女と話す事もなくなってしまったけれど。
電話口から、呆れるような嘆息が溢れるのを、聞いた。
「なに、用はそれだけ? 私忙しいんだけど」
「あっ、あ、えっと……」
素っ気ない返事。煩わしそうに、尖った口調。そうか、やっぱり。わたしはあなたにとって、どうでもいい存在になっていたんだね。
中学に上がって、同じクラスになれたにもかかわらず、教室の端っこで、本と向かい合うだけのわたしと彼女が、言葉を交わすことは無く、沢山の友達に囲まれて、キラキラと笑うあなたは、とても、とても遠い人になっていた。
わたしにとって、一番の友達でも、あなたにとっては、どうでもいいクラスメイトだったのだろう。察していたくせに、認めたくなかったから、気付かないふりをしていた。
SNSで数日前に彼女に送信し、未読無視された「疲れた」と「死にたい」のメッセージも。彼女が運動部だから、忙しくてSNSを見る暇も無いのかな、なんて。理由を探して、認めないように、必死になっていて。
馬鹿みたい。
こんな、夜遅くに電話を掛けて、勿論あなたは、出てくれないと思っていたから。声が聞けた瞬間、何かを期待してしまった。
「切るよ」
「あ――……うん、バイバイ」
伝えたいはずの言葉が、見つからなくて。結局、それしか言えなかった。プツン、と機械的な音と静寂が、せっかく繋がった彼女と、わたしを隔ててしまう。
ぼんやりと、スマホの黒い画面に映る自分の顔を見ていたら、隈の目立つ両目から、ポロポロ。決壊したダムのように、拭っても、拭っても、無駄なようで。頬を伝っていく雫が、マフラーに染みをつくる。
吹き付ける夜風に、思わず身震いをした。一人でいると、尚更寒く感じる。孤独なんて、慣れた気がしていたのにな。
ほんの少しでいいから、話を聞いてほしかった。わたしたちは友達だから、きっと心配してくれると、思っていた。親も、先生も、信じたくなくなってしまったわたしでも、彼女だけは、信じてみようと、思ったのに。
止めてほしかった。彼女がなにか言ってくれれば、そうすれば、生きる勇気を、持てそうだったのに。
裏切られたんじゃない。最初から、それだけの関係だったのだ。勝手に期待して、勝手に落ち込んで。
「……ばか、みたい」
誰かを信じてみる勇気は、粉々に砕けて、わたし自身も、今から粉々に砕けるの。
乗り越えたフェンスの先、支えは無く、見渡す限りの夜景。月も見えない、暗色の雲につぶされた空。わたしにはお似合いかな。力が入らず、足元がふわふわ。傾ぐ身体。浮遊感。急降下。
不思議と恐怖は無かった。ただ、少しだけ寂しい。
電話口から聞こえた言葉の意味を、今になって考えてみる。
学校から連絡があって、昨日彼女が、高層マンションから飛び降りて自殺したと聞かされた。折角の休日の朝から、そんなこと聞きたくなかった。
昨夜の電話が彼女なりの遺言だったらしいが、回りくどい言い方をして。頼りたいなら一言「助けて」と言えばよかったのに。時計の針が天辺を少し過ぎる深夜、私の貴重な睡眠を妨げてまで伝えたかった遺言が、アレなのか。
彼女を失った悲しみや喪失感は微塵もなかった。同じクラスではあるが会話をした記憶はないし、SNSでの連絡先は交換していたが、連絡も取ってなかったし。会話履歴は4月くらいに「同じクラスになったね。よろしくね」「うん、よろしく」というやり取りをしたあと、一昨日彼女が送り付けてきた「死にたい」と「疲れた」だけ。最近よく耳にするメンヘラと呼ばれる人種の戯言かと思って無視をしていたが、まさか本当に死ぬとは思わなかった。
何故死に際に電話をかけてきたのが私だったのか。
彼女は小学生の時もいつも自分の席で本と向かい合うだけの暗い子で、気まぐれになんの本を読んでいるのだろうと覗き混んだら、私もハマっていたゲームの本だったので、折角だから一緒に攻略しようと協力し合った。それ以外の関わりはない。
ああ、そういえば彼女の遺言は、あのゲームの有名な台詞だったっけ。それは確か、ラスボスである魔王の台詞。
彼女は何のために死んだのだろう。いじめを受けていたわけでもないし、勉強ができなかったわけでもない。家庭内に問題があったわけでもないらしい。ただ、いつも自分の席で本と向かい合うだけの生活をしているように見えた。
だとすれば、何が彼女を殺したのか。
私は自室の勉強机の上を見回した。片付けても一日で元の汚さを取り戻す机は、文房具だの漫画だの食べかけのお菓子だのでごった返している。そこを引っ掻き回してみると、案外簡単にそれは見つかった。
昔、彼女と一緒にやったゲームのパッケージに、大きなタイトルロゴと柔らかく微笑む勇者と、その後ろで不敵に笑う魔王が描かれている。魔王は確か元は勇者の親友で、共に旅をしているうちに道を踏み外して、魔王となった。ラストダンジョンの最深部で、魔王が「勇者ならば友であろうと殺してみろ」と喚き叫んでいたのを思い出す。
『問おう、君の勇気を――』
――君に世界は救えるか? 私を殺し、世界に光を取り戻せるか? 選択せよ勇者。私を殺すか、それとも君が死ぬか。
それから、勇者は魔王になんて返したんだっけ?
「……“僕は救うよ。世界も、君の事も。だって、親友のいない世界を救ったって意味がない”」
声に出してみたら、私しかいない部屋で妙に虚しく響いた。
そうやって笑う勇者みたいに、私も彼女を救えたかもしれなかった。いや、違うだろう。彼女だってあのゲームを通して勇者になったはずなんだ。だけど彼女は生きることから逃げた。死ぬのは勇気じゃない。彼女はただの臆病者だ。
ふと、戦闘が下手くそな彼女が何度も何度も倒れるから、何度も何度も蘇生魔法を唱えたのを思い出した。私のMPは、彼女を復活させることにばかり費やされていた。
現実じゃ、蘇生魔法なんか使えないのに。なんで死んだの。呪文一つで生き返るのは、ゲームの中だけなんだよ。
「……馬鹿みたい」
これは、彼女の口癖だったっけ。
***
死ぬことに勇気を出すくらいなら、生きる勇気を持ってほしかった。彼女は勇者ではなく、ただの臆病者。
救えなかった私は、悪くない。何一つ。何一つだ。
暗い話を書きたいなーと思って書きましたが、屋上ネタやや被ってしまってほんのり気まずいですね。マジパクってないんです、ただきっと、思考回路が似ていたのかもしれません。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.93 )
- 日時: 2018/01/21 21:51
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: Zxp7PmDc)
*
「問おう、君の勇気を」
凛と澄ました声が、心地よい音色となって耳を擽る。
「君は何を求めるのか」
勇ましさを内に秘めた、けれど凛とした一本の芯が通った声色は、自分だけでなく、そこにいる全ての人を魅了していた。今この瞬間において、彼女が世界の中心にいるかのような、そんな錯覚さえ思わせるほど。
彼女を見つめる人々は、誰も彼女の本質を知らない。彼女はひたすら、彼女らしさを求めているように私には思えた。何故か。それは彼女自身すら分からないら漠然とした何かによる所が大きい。それは自分の中でも咀嚼できず、ある種畏怖を感じさせるような存在感をもって、そこに在る。
静かに己を主張しているのだ、彼女は。彼女が歩く。その一挙手一投足が見る者を惹き付ける。彼女こそが輝ける場を、聴衆に作らせている。
「俺は誰にも負けない力がほしい。この手で愛する人を守りたいんだ」
主人公の台詞はありきたりのものでありながらも、演者の力だろうか、それを渇望する主人公の気持ちを考えさせられる。同時に、自分がこのように問われたらとも。自分は何を望むのだろうか。誰と分からない相手に、何を伝えるのだろう。
愛したい人がいるから、その人を守りづけられる時間だろうか。肘置きに挿していたドリンクを一口。
「力か。お前が求める力は何のために使われる?」
「愛する人を守るためだ」
愛する人を守るために自分が求める時間も、他を犠牲にしてでも手に入れたい力のひとつなのかもしれない。そう考えると、主人公の考え方は自分と近しいものだと仮定でき、それまで少し退屈であった主人公達のやりとりに引き込まれ始めた。
「愛する人のために、それ以外の人達が犠牲になってもか?」
それまでのやりとりの中、主人公に感情移入していた自分は、はたと自分を取り戻したような心地がする。主人公は正義の男よろしく「もちろんだ!」と強く語る。場面が移り変わる中、ただ一人だけ、その場面から動くことが出来ない。
犠牲とは、何だ。自分が、望むもののために捨てられる犠牲とは。主人公は勇気を問うた彼女から得た力で、囚われた想い人を助けるため、敵を倒していく。叫ぶ敵と、踏破されていく恐怖に慄く親玉。喜ぶ想い人だけが、主人公の行いを正義としているような気がした。
では、自分にとっての正義とは何か。クライマックスよろしく迫真のサウンドが場内を湧き立てる。魔法が、剣術が、激しくぶつかり合う中で、自分の隣に座る想い人を盗み見る。口を半開きにしていても可愛いと思ってしまうあたり、すっかり彼女に惚れ込んでいる自分に笑みが零れた。
自分は果たして横に座る彼女を、全ての困難から守りきることが出来るだろうか。今現在、高校生として、片想い相手とやっとの思いで来たデートの中、可もなく不可もない関係の彼女を守れるのだろうか。そもそも両想いになれる可能性だって低いのにな。スクリーンの中で手を繋ぎ合う二人を見て、思わず頭に浮かんだ。
幸せそうな二人の笑顔と、二人の帰還を喜ぶ城下町の住人達。彼らは、主人公がどれだけの敵を倒していったのか知らない。主人公が倒した悪の権化が、敵側にとってどれだけ大切な相手だったのかも。知らないまま、仮初の幸せに酔って生活するのだろう。そう考えると、彼女を守るために何かを犠牲にする事は自分には無理だ。
「思ってたより楽しかったね! もーほんと主人公みたいにカッコイイ人と会いたいよねー!」
「姫華は王道主人公好きだと思ってたから、喜んでくれて嬉しいよ」
頼んだパスタが冷めてしまいそうな勢いで、想い人が映画の感想を話す。君が好きそうな王道主人公を選んだのは、君の初恋の人がまさに王道主人公みたいな人だったから。
「もし姫にさ、彼氏がいたとしてさ」
「何それ、私への嫌味? まー聞くけど、なぁに?」
ん、と小首を傾げて自分を見る彼女に、相変わらず恋に落とされる。
「彼氏を危険な目に合わせる人がいたら、姫華はあの主人公みたいに、なりふり構わず彼氏を助けに行く?」
もしそこに、相手側の気持ちがあっても、無視して彼氏を助けられるかい。自分でも最低な質問だと思う。それでも少し聞いてみたいと思ってしまった。姫華が答えに悩んでいる間、その短い時間が永遠にも感じてしまって、やり場のない居心地の悪さを感じないようにするため、味のないエビピラフを口に運ぶ。
姫華も時折パスタを食べる。フォークを回す指の細さが、彼女の儚さを際立たせている気がした。朝、メイクは練習中と照れくさそうに笑っていたが、とても似合っていると思った。グラスに薄くついた桃色の口紅も、自分のためにしてくれてるのだ思うと、意地悪な事を聞いてしまう。末期だなと、バレないようにため息を吐き出す。
「私さ、たぶん徹底的に喧嘩するよ」
「喧嘩は良くないけど、喧嘩するの?」
「当たり前じゃん! だって私が好きで好きでたまらない人でしょ? その人が私のことを好きでいてくれるなら、私はそれに応えてあげたいもん」
「じゃあ、それで姫華が危ない目に遭っても?」
「――うん」
ふわりと、何にも変えられないほど美しく、柔らかく、姫華が笑う。
「あ……そうだよな」
「うん」
気が付いたら無くなっていたエビピラフを求めてスプーンを彷徨わせる。失言をした。自分にはない強い意志が、姫華にはある。その事実が、自分の女々しさを強めていた。
「優大は?」
パスタを食べ終えた姫華が、そう、静かに尋ねてくる。
「優大なら、どうするの?」
「俺は、なんつーか、自分の一切合切を投げ捨てて守りきれるか不安、かな」
「うんうん。あ、デザート頼むね!」
店員さんに紅茶のシフォンケーキを頼んでから、また姫華は自分に話の続きを求めてきた。真っ直ぐに見つめられると、どうも恥ずかしくなってしまうけれど、それを悟られてしまわない位に、片想い年数は長いのだ。
「俺は守ってあげたいし、愛してあげたいと思う。けど、家とか、学校の事とか、そういう現実的な部分ばっか見るから……」
「じゃあ、私と一緒に居たらいいじゃん」
手の中から、弄んでいたスプーンが滑り落ちる。金属と陶器のぶつかる、甲高い音が二人の間に響いた。姫華は、変わらない様子で、いつも通り可憐に笑う。
「なんちゃってー」
「いや、うん……」
心臓に悪い。今度ははっきりと、姫華にも聞こえるようにため息を吐く。キョトンとした顔でシフォンケーキを食べる姫華を見ていると、笑みがこぼれた。
「美味しい?」
「美味しい!」
幸せそうに生クリームを付けて、大きくケーキを頬張る彼女を見て、恋をしていると再確認する。
「優大ならちゃんと女の子守れると思うから、自信持ってね」
「……うん」
水を一口飲み、一人勝手に決心をする。
「俺も姫華みたいにさ、その、何があっても好きな人守れるようになるからさ、俺が姫華のこと守れる男になるまで、待っててくれませんか」
*
それなりにそれなりな恋愛をさせてやりたかった。
各参加者様の勇気、非常に楽しく読ませていただきました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.94 )
- 日時: 2018/01/21 22:58
- 名前: NIKKA◆ShcghXvQB6 (ID: oUHD/Fyc)
「問おう、君の勇気を」
そう芝居がかった口調で問う男は下卑た笑みを浮かべ、赤々と光りを放つ、それを手渡してくるのだった。坩堝の中、溶けた真鍮が揺らめき、その液面からは確かな熱気が伝わっている。それを受け取ると、眼下にて押さえ付けられている僧侶の顔を二度、三度、四度と執拗に踏みつけるのであった。切れた唇から血が湧き出し、その血の中に混じる白は抜けた歯だろうか。それが顔を覗かせ、痛みに悶える足枷の鎖ががちゃがちゃと音を立てているも、その鎖を繋がれた馬が気にする様子もない。
「口開けとけよ、お前の好きな十字架をこれから作ってやるんだ。死んでも唇から離れないんだぜ。そうだな、云わば立派な殉教だ」
そう僧侶へ語りかけ、彼は笑っていた。周囲には首を裂かれた女の死体、泣き叫ぶ子供、首を失い物言わぬ骸の群れ。坩堝を持つ男もまた同様に笑みを湛え、ぐるりと辺りを見回すのだった。
押さえつけられ、怯えたように声を漏らす僧侶の口は閉じられないように、鎚の頭が突っ込まれており、それは舌の動きを阻害しているのだろう。彼の命乞いは声にすら成らず、大凡暴虐を強いる者達が聞き入れる事は無かった。
「殺しに勇気なんて必要ない、お前に問われるまでもない」
坩堝の男はそう軽口を叩き、僧侶の腹を三度ばかり踏み付けた。口内に溜まった血が噴水のように吹き上がり、飛沫が舞う。泣きじゃくるばかりの子供の顔が、僅かに赤く汚れていた。さっさと殺しておけと一瞥すると、同胞である男がその子の頭を掴み、石畳の上を引き摺っていった。泣き叫ぶ声が次第に大きく、激しいものへと変わっていく。その声が止まった時、ふと見遣れば子供の後頭部は大きく陥没しており、すっかり脱力し微動すらしなくなったその身体を豪奢なステンドグラスへと投げつけ、そのまま外へと放り出すのであった。
「神は居ないなぁ、無駄死にだなぁ?」
神を存在し得ない物と嘲り、その男は自らの持つ鎚でこめかみの辺りを二度ばかし掻いた。そして彼は短く一つ溜息を吐くと、思い付いたように突然、僧侶の右目を叩き付けた。肉の拉げるような音は不快で、飛び散った血のそれは辺りを汚すだけ。より一層、僧侶の悲鳴が大きくなる。男の同胞達はその様子を見て、嗤うばかりで何者もその行為を咎めるような事はない。
「やれ」
「あぁ」
その短い一言のやり取りの後、坩堝を傾けた。金色の湯が口の中へと滴り、肉を焦がしていく。最初の内は悲鳴を上げていたが、口に湯が充満するにつれ、その悲鳴はくぐもった物へと変わっていった。終いには悲鳴すら上げられず、醜く手足をばたつかせたと思えば、その僧侶だった男は白目を剥いたまま事切れたのであった。僅かに口から零れた湯は頬を焼き抜けている。開かれたままの口からは一つだけ気泡が上がっていた。
「これじゃ十字架が作れねぇなぁ、鬆が入っちゃなんねぇ。……よーっし、連れて行け」
僅かな時間すらなく、馬が走り出し事切れた僧侶だった物は引き摺られていった。彼と同じく、外へ出されたのだろう。辺りの死体は何時の間にか消えていて、この聖堂の中には血の痕と数人の同胞だけであった。
「後はあの像を引き倒しとけ、偶像だなんて気分が悪い。これからは俺等の土地だ、俺等に異教の神は必要ない」
その同胞達へ語り掛け、勇気を問うた男は坩堝の男の肩を軽く叩いた。
「外に出よう、此処は少し臭いからな」
血の臭いを充満させたのは自分達だろうと、浮かべたのは自嘲するような苦笑い。それが消え去ると共に坩堝は投げ捨てられ、石畳に真鍮の残り滓が滴るのだった。
外もまた凄惨たる様子で、彼方此方で火が登り、立ち込める黒煙が争いの惨禍を語る。その光景を見るだけで悲鳴が聞こえ、死への恐怖、争いの愉悦が感じられて仕方がなかった。あぁ、此処は戦場なのだという事を再認識せざるを得ず、耳をすませばまだ遠方で火槍や野砲の声が聞こえていた。生き残りを殺すべく、同胞が走り回っているのだろう。
「……神は居ない、全くその通りだよ」
「まぁな、神を恐れない勇気。これが俺等には必要だ、異教の神など恐れるに足りん。何故なら我々はそれすらも討ち滅ぼすからさ」
そうやって剛毅に語り、大声で笑い飛ばす男の言葉に小さく頷き、道を歩む。斃れている死体は何かに助けを求め、縋るように手を伸ばしているのだが、その手は空を掴んでいる。神が差し伸べた手など無く、彼等の手は確りと無を握り締めたままなのだ。
「……神が居たとしたら何れ俺達には神罰が下るでしょ。何なら今すぐかも知れない」
「はぁ? 有り得ないぜ、それ。天の神は俺等の業悪を見ておきながら、見て見ぬ振りをしている。布施はクソ共の腹を膨らまして終いってもんさ。見てみろよ」
彼の指差す先、逆さに吊り上げられた僧侶の屍があった。口から出ているのはまだ固まりきっていない、真鍮の湯である。両手の平を杭で打たれ、逆十字のように吊るし上げられたそれであったが、身に纏う法衣の腹は裂かれ、でっぷりと死亡で膨らんでいる腹が露になっていた。その腹を裂こうとしている同胞の姿があるのは気のせいではない。彼の刀が薄い皮膚を裂いていく。血が滴り、逆十字は伸び、ただの十字へと変わっていった。
「あー、間違いないね、信徒の金はクソのクソになって終いだ」
「そうだろ?」
神をも恐れぬ勇気を持つ。強いて語るならば、何も恐れぬ勇気を持ったのだ。だからこその業悪である。争いを齎し、他を侵略し、他を殺めてはせせら笑う。それは何物をも恐れぬ勇気が変質した末の物。それは彼等が業悪を犯し、他者を侵す原動力となるのだ。全ての勇気が善い方へ働くとは限らない。中には血と死を以ってして、その勇気を証明する者達も居るのだ。
どうも、初めましてではないですが。
此処に来るのは初めてでしょうか。まぁ、暇なもので手の空いた時間を潰しに、といった感じです。
では、失礼。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.95 )
- 日時: 2018/01/21 23:59
- 名前: 透 (ID: NU0tiUDw)
>>80 日向さん
最初に読んだとき、とても熱量のある文章だなあと思いました。文字数以上にボリュームのあるお話で、圧倒されました!
先輩の人物としての造形が素晴らしいなと思いました。野暮でおかしくて、とても好きになれるような感じではない(個人の見解です)先輩が、最後に泣き出してしまうところで、一気に心を引かれました。
また、語り部の容姿とか人間性とか雰囲気も、自然に描写されていて、巧みだなあと思いました。語り部がどういった人物なのか、自然と想像できました。一人称視点のお話では、語り部についてどのような人物か描写するのは難しいことだと思うのですが、先輩との対比で、それを上手く書かれていらっしゃって本当に凄いと思います。
「勇気」に関しても、最初は小説のキャッチフレーズか何かしらの「勇気」から、御兄様の死を認めるという「勇気」へ、物語の中で「勇気」の重みが変わるのがいいなあと思いました。わたしも、やはり御兄様はあの小説の作者なのかなあと考えています。
最後の、途端に悲しくなるシーンが好きです。登場人物の泣きでこちらも悲しくなりました。とにかく、泣きの描写が、迫真といった感じで好きでした。泣きの台詞も素晴らしいです、わたしなんかもう軽率に泣いてしまいます。
とても素晴らしいお話を読ませていただけて、よかったです。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.96 )
- 日時: 2018/01/22 18:45
- 名前: 透 (ID: .lw7OEXg)
感想
>>88 hiGaさん
あ゛あ゛主人公……、と思いました。姉は殺され、妹の自分は結局ころせず、姉妹揃って男の手中に収められてしまった感じがとても悲しかったです。主人公は姉の名前を言わずに、自分が妹であるのを気づかせたかった筈なのに、男に途中で心を折られて自ら名前を言ってしまって、その上でころせなかったので更に悲しいなと思いました。
お話の中でずっと降り続ける雨と、主人公の激情の炎の対比が素敵だなと思いました。雨は主人公が殺したがっている男の象徴なのでしょうか。炎は雨に消されてしまうのが世の常なので、お話が始まった時点で主人公の敗北が決まっていたのかと思うと、とても切なくなります。
また、病弱な「白」い肌の、「白」々しい男という、「白」の掛け合せがいいなあと思いました。血や炎といった、激情と怒りの「赤」との対比になっていて、尚更主人公の心情が苛烈に伝わってくるようでした。主人公の中でも、怒りの「赤」と悲しみの「群青」という二つの色があって、その並列もいいなあと思いました。葛藤する主人公に共感できました。
hiGaさんの書かれた、激しい主人公が好きです。臨場感と迫力のあるお話を読ませていただけて、よかったです。
>>90 あんずさん
とても好きなタイプのお話でした……! わたしは罪を犯して二人で逃亡する系のお話が好きなので、とても楽しく読ませていただきました。
主人公が、修学旅行のしおりを見ながら荷造りをするシーンが好きです。実際に逃亡生活を始めようとする人は、修学旅行のしおりを参考にしてるんじゃないかと、あんずさんのお話を読んで考えました。今迄にそんなことは想像したことがなかったので、修学旅行のしおりという引き出しがあるあんずさんは、とても凄いです。尊敬します。
物語の中で、勇気について、生死だとか善悪だとか、そういった大袈裟なところにシフトしていくのではなく、主人公の行動のひとつに帰結するだけ、というのがリアルでした。お話の途中で、映画の字幕で「勇気」が繰り返される描写があることで、善悪とか生死だとかの勇気なんて、主人公にとっては薄っぺらいものなんだというのが自然に示されていて、凄いなあと思いました。
殺人をした主人公はいずれ捕まってしまうのでしょうか。だとしても、むしろ好転していきそうなラストシーンが、とても好きです。主人公がお話の中で唯一感じている温度が、「熱さ」というのも、とてもとても好きです。
素敵なお話を読ませていただけて、よかったです。続きがあったら読みたいです!
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.97 )
- 日時: 2018/01/22 23:35
- 名前: 透 (ID: .lw7OEXg)
>>92 ヨモツカミさん
ヨモツカミさんらしいテイストのお話だなあと思いました。二人の語り部の口調は淡々としているのに、そこから寂しさや複雑な思いが自然と伝わってきました。
死んでしまった女の子が報われないなあと思いました。もっと率直な言葉にすればよかったのに、と思いました。
しかし、魔王の台詞を引用したのは、素直に「助けて」と言えなかったからではなくて、ただ、友達だと思っている子の気持ちを確かめたかっただけだから、だと考えました。死んでしまった女の子は、友達と離れていくのが寂しくて、孤独感でいっぱいだったと思います。もし友達も、少しでも寂しいと感じていてくれたなら、女の子も死なずにいたかもしれないと思います。
ゲームの中で勇者が、魔王のいない世界を必要としなかったのは、勇者も孤独になりたくなかったからではないのでしょうか。女の子もそれを分かってて、魔王の台詞を引用したのでしょうか。孤独を分かち合うこともできずに、本物の孤独に苛まれてしまった女の子は……うーん、やっぱり報われないなあと思います。
でもしょうがない事だと思います。だって友達は魔王じゃなくてヒーラーだったので。
最後の友達の呟きが、とても切ないなあと思いました。二人が一緒にゲームをしている姿を想像すると、泣けてきます。
すてきなお話を読ませていただけて、よかったです。
>>93 浅葱游さん
浄化されました。キュンキュンしました!! 優大くんはかっこいいし、姫華ちゃんはかわいいしで、最高でした。
姫華ちゃんがとにかくとても可愛かったです。仕草の一つ一つが細かく描写されていて、生き生きとしているなあと思いました。まるでわたしが姫華ちゃんとデートしているような気分になりました。そして食べ物を美味しそうに食べる女の子は可愛いなと思いました。
優大くんも、悶々と思考してしまうところが可愛らしいなと思いました。姫華ちゃんと対照的な感じがしてよかったです。でも姫華ちゃんも色々と考えている子なので、その悶々とした感じを他の人に見せない姫華ちゃんはやっぱり可愛いし魅力的です。なので、優大くんにとても共感できました。
二人の間で金属音がするシーンが、個人的にはとても大好きです。映画のワンシーンみたいだと思いました、ぜひ映画化してほしいです。
最後の優大くんの台詞も最高でした。わたしに対して言われた台詞ではないのに「えっ///」ってなりました。優大くんイケメンですね、いい匂いしそうです。
甘酸っぱいお話を読ませていただけて、よかったです。これは過激派になるしかない。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.98 )
- 日時: 2018/01/23 15:04
- 名前: あるみ (ID: R8Ast8HU)
「問おう、君の勇気を」
誰とも判別のつかない声。幻聴である。
周囲に僕以外の人は居らず、僕は視界に映らないものの声を受信するような特性を持たない。機会音声が勝手に喋りかけてくる携帯電話はいつもの如く携帯し忘れ、今ごろは家の充電器で充電完了のライトを光らせながら寂しく留守番をしていることだろう。
僕の傍にある意味のあるものは、プロポーズされたら買う分厚い結婚情報誌と、先日自室で首吊りを決行した婚約者の写真ばかりである。誰が遊ぶのか分からない小山の上にある公園のベンチに恭しくそれらを並べ、僕自身は乾いている土に尻をつけて三角座りをしながら、その二つをじっと見つめ続けている。
その残骸たちは僕に何かを訴えはしない。物は何があろうと物でしかない。何も感じず、何も思わず、ただ人間に使用されるため佇んでいるだけ。どれだけ大事に扱おうと、どれだけ大切な人間が写し込まれていようと、そこに気持ちは宿らない。号の古い雑誌はゴミでしかなく、故人の写真はインクの模様でしかない。記憶も思いも留められていない。付喪神など信じてはいないけれど、もし付喪神という概念が真実であろうと、十数年は神を生む期間とするには短過ぎてお話にもならないだろう。
僕の耳は何も聞いてはいないのだ。僕の頭が誤解をしている。存在しない何か特別なものを作り出そうと躍起になっている。
母はこの雑誌と写真を捨てようと言った。手元にないものをいつまでも覚えている事はできないから、時間という薬がちゃんと効いて僕の傷が治るよう、親らしい心配からの提案なのだと僕は理解している。だけれど何故か、僕は母を突き飛ばして家を飛び出してしまったのだ。その行動は、僕が婚約者を忘れる事を受け入れられないでいる事をはっきりと示している。
求められている勇気は、忘れる覚悟か、あるいは。あるいは何であるのか、僕はうっすらと感じ取っていて、けれどそれに気が付いてしまう事を躊躇っている。
「問おう、君の勇気を」
二回目の幻聴は女の声に似ている。似ているというのは、まだどこか不明瞭で、それが女の肉声のようでもあり無感情な機械の声のようでもあり、一部分は虫の羽音のような気持ち悪さを感じる音ですらあって、ただ一つだけに決まらないでいるからである。
僕の気持ちが曖昧であるからか、幻も明確な形を取る事ができず苦しそうだった。
婚約者の自死の本当の理由を僕は知らない。遺書はなかった。知りたくとも、もう彼女に尋ねる術がない。けれど僕きは一つだけ心当たりがある。答え合わせのできないそれは、僕を着実に追い詰めていく。――あの日、僕がもし、あの男に彼女を紹介しなければ、彼女は今も生きていたのではないだろうか。
忘れる覚悟か、あるいは……。
僕は彼女の写真を胸ポケットにしまい、公園の時計を見上げた。時刻は午後五時二十分を指している。僕は尻の土汚れを払ってベンチに腰を下ろし、雑誌をコートの影に隠した。元々それなりの重量ではあるものの、少しばかり細工をしてある雑誌はもっと重い。覚悟が決められないと悩んでおいて準備は万全なのだから、僕の答えはもう決まっているのかもしれない、と自嘲気味に唇の端を吊り上げた。
公園に続く山道から、男が此方へ向かってくるのが見える。時刻は五時三十分ジャスト。
「何の用?」
男はニタニタと気色の悪い笑顔を浮かべ、粘っこい声で僕の用件を問う。僕の用件は察しているのだろう。その様子は僕がどう彼を責めるのか、どこまで感情を露にするのかを楽しんでいるようでもあった。
「問おう、君の勇気を」
三回目の幻聴は女の声。男は何も気にしていない様子だから、やはりこの声は僕の幻聴なのだろう。
「ききたい事があって」
「ふーん」
「座れよ」
「話ってさぁ、お前の女の事だろ? 自殺したんだって?」
男はベンチに腰かける事なく、「懐かしいなぁ」と声を弾ませながら公園の奥へ足を進めた。仕方なく僕も立ち上がり男の後を追う。コートのなかで雑誌を握りしめたまま。
この公園は階段を出てすぐ古い遊具とベンチがあり、その向こうにはタイヤの積み上がった通称『タイヤ山』があって、その奥の小道を進むとちょっとした展望台がある。僕と男はこの町が地元であり、元気をもて余した小学生の頃はよくここまで登ってきて遊んだものだ。今となっては輝かしくも愛おしくもない記憶だけれど。
男はご機嫌であれこれと思い出話をし、僕の婚約者の話など忘れたような調子で笑っている。僕を苛立たせるため、わざとこうやって時間を使っているのだろう。男の目論見通り、あまり気の長くはない僕は苛立ちを覚えている。
けれどその不快感は男の望む方法で爆発はしないだろう。僕の頭のなかは酷く冷えていた。冷静な訳ではない。冷静なのではなく、むしろその逆で、どこか壊れて歯止めがきかなくなっているような感覚だった。
展望台の手すりに腕をのせて無駄話を続ける男。
「……私のためならなんでもできる?」
四回目の幻聴は、感情の読み取れない彼女の声だった。
――できるよ、なんでも。
心のなかで返答をして、僕はずしりと重たい雑誌を振り上げた。
・
初めまして、どうしてなのか結果として結婚情報誌で婚約者の無念を晴らす男の話になりました。
楽しく皆さんの作品を読ませて頂きました。書き手としても読み手としても楽しめる、とても素敵なスレッドですね。
お邪魔しました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.99 )
- 日時: 2018/01/23 18:06
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: QooUaQyE)
*
みなさんなりの勇気で、遥か先、誰かは賞賛を得たのでしょうね。
と、ふと思うわけです。
*
>>073→Alfさん
お題の件ではご迷惑おかけして申し訳ありませんでしたorz
お題による表現の変化により、作品の雰囲気が壊れていないことを願うばかりです。
描写が丁寧で、かつ躍動感があるように感じました。龍が死してなお、生き生きとその場に在るという事実を見せるのが美しいなと思います。
勇者という肩書きは正義を体現しているように見えますが、その中で様々な試練があり、味方との意見の違いから敵対したとしても、より良い選択を目指していく存在なのでしょうね。少なくとも僕はそう感じました。
素敵な作品でした。お題開示から短時間でここまでの作品を読めると思っていませんでしたから、読めて心から良かったと思います。
*
>>075→銀色の気まぐれ者さん
お題の件でご迷惑おかけしております、申し訳ありません。
次回も参加していただける場合には親記事、開催告知レスをよくお読みの上ご参加いただければと思います。
変なところで改行が入ってしまっているのが惜しいなと思います。改行のせいで文章に流れを感じなくなってしまいますので、そこが改善されると読みやすい文章になるのではないかなと感じました。
問われた勇気に、主人公は答えることができなかったのでしょうか。応じようと考えても、実際に行動に移すことの、難しさをうまく表現されているのだなと僕は感じました。
*
>>078→メデューサさん
冬に読むホラーも、寒さと相まった薄気味悪さがあり、新鮮な気持ちで読むことが出来ました。行間を上手く使い、視点主の違和感や疑問、その後に背筋から這い上がるような気味悪さを演出してらっしゃるのかな、と個人的に思いました。自分は行間を空けることをまりしない人間なので、改めて一つのレスの中で演じれるものはどんなものなのかということを考えるきっかけにもなりました。
文の終わりに句点があると、なお良かったかもしれないですね。
*
>>079→奈由さん
投稿されるたびに少しずつ文のクオリティが上がっている気がします。成長を見届ける親のような、意味のわからない立場からの意見ですので聞き流してください。
短編の中で短編を演じることが出来るのは、文字だからこそのような気が致します。さらに地の文が増えると、誰が何をして、今どうなっているのかということがわかりやすく表現できるのではないかなと感じました。
一番気になったのは「いうとうり」ですが、正しくは「いうとおり」となります。普段の話し言葉と書き言葉では違いが出る場合もありますので、そうした点も改善されていくと良いですね。
*
>>080→日向さん
見かけない間に、様々な作風に挑戦していたのでしょうね。思っていたものよりも、異質に感じる描写が浅葱は好きですよ。
生憎自分には想像力というのがあまりないのですが、私は私で、先輩は先輩で、それ以上でも以下でもない関係の中、いじらしく日々を営んでいるのだろうな、なんて曖昧な事を感じた次第です。
また君が創作を楽しまれること、僕も心からお待ちしています。
*
>>081-082→何でもしますから! さん
貴方には後程まとめて。
*
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.100 )
- 日時: 2018/01/23 19:18
- 名前: 狐◆4K2rIREHbE (ID: Oj4gCZuY)
「問おう、君の勇気を」
そう言って、微かに目を伏せると、ミスティカは手を差し出す。その上に、跪いていたセルーシャが、己の手を重ねると、ミスティカの薄い唇が弧を描いた。
「葬樹(そうじゅ)の森の長、セルーシャよ。その命を捧げることで、古代樹は浄罪の力を取り戻します。さすれば、清らかな精霊の息吹は、この穢れた大地に降り注ぎ、世界は再び甦ることでしょう。終わりなき世の流転のため、自らの魂を贄(にえ)とすることを選んだその勇気に、心からの感謝と恭敬を……!」
途端、周囲に立ち並ぶ木々が、さわさわと揺れ始めた。まるで、歓喜の旋律を奏でるように。葉を擦り合わせ、枝を振動させながら、祝福の詩を歌う。
しかし、その瞬間。何処からともなく、悦びの雰囲気には似合わぬ、焦燥した声が響いてきた。
「待て……!」
木々の合間を縫って現れた黒煙が、セルーシャの真横に落ちて、人の形を象っていく。やがて黒煙は、長い黒髪を持った中性的な姿を取ると、セルーシャに詰め寄った。
「セルーシャ、馬鹿な真似はやめろ! お前が命を捨てる理由など、どこにあるというのか……!」
怒気を含んだ口調で、問いかける。ミスティカは、忌ま忌ましげに顔をしかめると、鋭い声で言った。
「葬樹の精霊、エイリーン……。精霊王、グレアフォール様の御前で、無礼であるぞ。ここは、目通りを許された者のみが立ち入れる聖域、『古代樹の森』。そうと知っての狼藉か……!」
エイリーンは、その橙黄の瞳を動かすと、ミスティカを睨み付けた。
「《時の創造者》ミスティカよ。我らが長、セルーシャが古代樹の肥やしにされるのを、黙って見過ごす訳にはいかぬ! 我々葬樹の勇気を問うというならば、この我が戦場に立ち、人間も獣人も、滅ぼして見せよう! 精霊族に仇なす種族、その全てを、必ずや我が──」
「──ならぬ」
エイリーンの言葉を遮って、低く、威厳のある声が響く。瞬間、騒がしく揺れていた木々が動きを止め、辺りが静かになった。
声の主は、この精霊の国ツインテルグを治める王、グレアフォール。広間の中心に聳え立つ巨木──古代樹の根に腰を下ろすグレアフォールは、その黄金の髪から覗く、瑠璃色の目をすっと細めると、エイリーンを見た。
「人間も、獣人も、滅ぼしてはならぬ……」
エイリーンの長い耳が、ぴくりと動く。古代樹に鎮座するグレアフォールを見上げて、エイリーンは、怒鳴り声を上げた。
「一体、何を躊躇うというのか! 森を灼き、大地を腐らせ、世界に穢れを広めたのは人間や獣人ではないか! 何故その代償を、我ら精霊族が払わなければならぬ!」
グレアフォールは、眉一つ動かさず、答えた。
「世界の流転には、繰り返される嘆きの歴史もなくてはならない。その絶望を生む他の種族を、滅ぼすことは許されぬ。古代樹に捧げるべきは、お前たち、葬樹の魂……。死をもたらし、闇を生きる咎(とが)であるお前たちこそが、然るべし古代樹の糧となる……」
エイリーンの顔が、歪む。己の中で、みるみる盛り始めた怒りの炎を抑え込むように、エイリーンは俯き、拳を握りしめた。
「何故だ……何故なのだ、精霊王……」
震える声で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「千年前、我が一族を竜族から救ったそなたが、何故……! 裏切るのか……? 我らは、そなたこそが真の王だと、そう、信じて──……」
そこまで言って、エイリーンははっと口を閉じた。そして、大きく目を見開くと、言った。
「まさか、このためか……?」
信じられない、といった表情で、グレアフォールを見る。エイリーンは、込み上がってきた激情に身を任せ、叫んだ。
「このために、我らを竜族から救ったのか!? 最初から贄に捧げるつもりで、我ら一族を救ったのか──!?」
刹那、エイリーンの足元から、どす黒い煙が巻き上がった。
煙に舐められた周囲の草木が、生気を失い、一瞬で色を変えていく。懸命にもがき、大気を掻くように枝葉を震わせ、枯死していく草木を見て、ミスティカは小さく舌打ちした。
「これ以上は許さぬぞ、エイリーン! 今すぐ聖域から出て行け、さもなくば──」
エイリーンの前に手を翳し、ミスティカが魔力を高める。しかし、その唇が開く前に、セルーシャがエイリーンの腕を取った。
「やめろ、エイリーン」
エイリーンが、はっと我に返って、セルーシャを見る。立ち上る黒煙が掻き消えるのを見届けてから、セルーシャも、エイリーンを見つめた。
「遅かれ早かれ、我らは滅ぶ一族だった。じきに、葬樹の森も朽ち果てる。故郷の森が逝くなら、私も逝く……」
静かな声で言って、目を閉じる。それから微笑みを浮かべると、セルーシャは言い募った。
「そなたは生きよ。私は、ただ朽ちるのではない。この魂を以て、古代樹と一つになり、大地を浄化するのだ……」
「…………」
凍てつくような、絶望を瞳に浮かべて、エイリーンが押し黙る。そうしてしばらく、エイリーンは何も言わずにいたが、ややあって、唇をくっと噛んだ。そして、無造作にセルーシャの手を払うと、黒煙に姿を変え、宙に飛び上がった。
風のように軽く、広がった枝葉を撫でながら、鬱蒼とした森を抜ける。聖域から飛び出し、やがて、一際高い大木の枝に座ると、エイリーンは、再び人の形をとった。
仰いだ夜空には、満月が煌々と輝いている。闇に渦巻くように散った、星々の光も相まって、天はひどく眩しかった。
「レクエス……」
ふと、同胞の名を呼ぶ。
すると、エイリーンの座る大木の幹から、めきめきと幾多の枝が生えてきて、絡み合いながら、小さな馬のような姿になった。枝で出来た四肢を確かめ、隣に跳び移ってきたレクエスを一瞥すると、エイリーンは口を開いた。
「……聴こえるか。全てを喰らい尽くす、光の音が」
月明かりに目を細め、エイリーンが続ける。
「何故我らは、精霊族の陰として在らねばならぬのだろう。ただ、誇り高き葬樹のままで、生命の流れに寄り添っていられれば、それで良かったのに……」
エイリーンは、冷めた口調で言った。しかし、その瞳には、深い哀しみと苦痛の色が浮かんでいる。
「……大地に根を張り、枝を伸ばし、葉を繁らせ、ただ、そこに在る。そして、魂の抜けた器を喰らい、それらをまた、大地に還す。我らは本来、そういう一族だったのだ。グレアフォールに、『自我』などというものを、与えられるまでは……!」
語尾を強めて、エイリーンが眉を寄せた。レクエスは、何度が足踏みをして、エイリーンに向き直ると、その頭を垂れて、呟くように言った。
「今が、時ではありませぬか。我が闇精霊の王よ」
虚を突かれたように、エイリーンが瞠目する。訝しげにレクエスを見ると、エイリーンは、低い声で尋ねた。
「……王? 今……闇精霊の、王だと言ったのか?」
「はい、そう申しました」
顔を上げて、レクエスは首肯した。
「光と闇……。精霊王、グレアフォールを光とするならば、その陰を生きる我らは闇。貴方様は、その王に相応しい」
「…………」
エイリーンの、僅かな心の動きも読み取りながら、レクエスは問いかけた。
「精霊王、グレアフォールが示すのは、永遠に回帰する死と再生の運命です。そのような物語に、何の意味があると言うのでしょう。彼の予言に従って、我ら一族に、一度でも希望がもたらされたことがあったでしょうか……?」
橙黄の瞳が揺れて、エイリーンが息をのむ。レクエスは、はっきりとした口調で告げた。
「我らは我らの、誕生と終焉を迎えるのです。今こそ、その運命を掴みとる時。長い歴史の中で、我らの内に燻ってきた憎しみの炎で、このツインテルグを、灼き滅ぼすのです……」
月光に照らされ、浮き上がった木々が、ざわざわと不穏な音を立てる。夜風に揺さぶられて、一斉にざわめきだした森の声を、エイリーンは、ただじっと聴いていた。
…………
お世話になっております!
なんとなーく、ちょっと昔のHNで書いてみました(笑)銀竹です。
自創作の世界観をそのまま持ち込みまして、説明していない部分が多いので、初めて見た方は意味不明だと思います。
まあ、ファンタジーな雰囲気だけ感じて頂ければ……程度の気持ちです(^^)
このスレには、感想を書きに来よう、来ようと思いつつ、結局全作読み込むまでに至っておらず……!
でも個性的な短編がそろっていて、「問おう、君の勇気を」というたった一言から、こんなに毛色の違う物語が沢山生まれるんだなぁと、楽しく拝見しております。
運営等大変かと思いますが、浅葱さん、ヨモツカミさん、素敵な企画をありがとうございました(*^^*)
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.101 )
- 日時: 2018/01/25 19:45
- 名前: ヨモツカミ (ID: iqr9IexY)
>>何でもしますから! さん
え、今何でもって……(
少年ジャンプのような熱い戦闘シーン、主人公の覚悟、圧倒的強敵な氷の魔女、孤独だった土の魔女。全部ひっくるめてカッコよかったです。こういうのワクワクしちゃいますよねー。好きです。でも守りたかったヒトはもういないんですよね、悲しいなぁ。
三つ訂正のところとかすっごい燃えました。魔女を殴るところとかめっっちゃカッコよかったですし、彼女の魔法を愛する人を護る魔法って言ったところもカッコよかったですし、三つ目の「いたんだ、少なくとも一人は、確かに」って台詞もカッコよくて、痺れます。私の感想カッコイイしか言えてないですね、申し訳ない。
>>透さん
初参加ありがとうございます! ずっと来ていただけたらなぁと思っていたので凄く凄く嬉しいです。
まず発想が斬新で面白いですね。勇気を問うのではなく「そう読める」ってパターン、私には無い発想でしたので、どう展開してくんだろなと思って読みすすめていくと、顔の影とか雨とか自殺の名所等、所々不安を煽ってくる書き方をされていて、最後はゾワワッとしました。冬のホラーはホントにゾワゾワする。
蓑田の一挙一動に得体の知れない怖さというか気持ち悪さがあったような気がします。そう思えるのは俺の心理描写が細かく丁寧だったからかなあと思います。
蓑田と俺がちょっと不仲っぽくて、二人でインターネット動画マンなんかやってる「単純」な答えって結局なんだろと思いました。
なんか呼吸についての描写をされると、こっちまで呼吸を合わせてしまって、なんとなく息苦しくなって、より恐怖を煽られるような感じがして、改めて凄いなぁと感じました。
>>月白鳥さん
参加ありがとうございます!
虫の描写がリアルで、ヤダ気持ち悪い……え、気持ち悪い……って読み進めていました(
なんというか、気持ち悪さや痛み、絶望感が良く伝わってきて、読みながらずっと顔をしかめていたような気がします。電車の中で読むんじゃなかった。
虫とか流血とかの気持ち悪い文章と、読んだあとになんとも言えない気持ちになる話が月白鳥さんらしくて、個人的に好きだなと思いました。
>>三森電池さん
前回に引き続き、三森さんらしい胸を直接殴りつけてくるような話で、当然のように好きでした。
未来人は、本当は死ぬのは嫌で、死ぬのが怖いのと生きるのが怖いの間で、誰かに止めてほしかった僕が見た幻想、だったのでしょうね……。
未来の色のない日常と、小さな楽しみの話をされた時点で、「じゃあ今回はやめるよ」っていう流れかと思ったら見事に飛びましたねー。そんなことに勇気出さないで(泣)生きて(泣)
でも、あえて飛ぶ終わり方だったからこそ三森さんらしくて、だからこそ好きだって思えました。中途半端な僕が最期に見せた勇気。きっとその瞬間、彼は誰よりも勇者だったんだと思います。
それから、春の快晴の中っていうのが、本当にフラッといってしまった感じがしました。ふとした瞬間のちょっとした思いつきで案外簡単に飛べちゃうものなのかもしれませんね。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.102 )
- 日時: 2018/01/26 17:57
- 名前: Alf◆.jMJPlUIAs (ID: 2H5x/5T.)
多忙につき中々皆様にご感想・ご返信できず申し訳ありません。全て拝読させていただいております。
個人的には日向様、あるみ様の文章が大変好みです。
>>84
ご感想ありがとうございます。
昨今はソシャゲなどで軽率に用いられがちなモチーフですが、元来竜とは良き悪しきに関わらず人智の及ばない神性さ、またあるいは災害のような暴虐の象徴だと思うのです。そのことに思いを馳せる、或いは見過ごしてきた巨大さを今一度顧みることが出来たなら、描写の紡ぎ手としてこれほど光栄なことはないことと認識いたします。
そして、その竜の遺骸を前にして右顧左眄する矮小さと、その矮小さをして意志の在り方次第で強大さを乗り越え得る可能性の大きさ。そんなことが描き出せていたらいいと思います。
やはりこう……せっかくの竜肉はやはり食べなければと(笑) 堅苦しい文章を初発に押し込んでしまったので、せめても余談で息抜きした方がいいかと思い挿入したのですが、思いのほか受けが良くて安心した次第です。
>>99
ご感想ありがとうございます。
こちらこそお題を確認せず使用してしまい大変失礼いたしました。改定前と比して少々ぎこちなさは残ってしまいましたが、ニュアンスは伝わるのでまあ良いものかと思っております。
竜の辺りは畳みかけるような描写を目指したつもりです。静寂の中にただ転がされただけの死骸、その威容に滲む異様さが文字の塊としても、文字の中身からも読み取れればこの文章を書いた意味があったろうと思います。
勇者の描写はなるべく人間味というか、泥臭さを前に押し出しました。死骸を扱うこと、それに対する見解の違いや、個々人の葛藤、竜の厳然とした姿と容易く揺らぎ迷う人の対比が描けていたらいいと思います。
こちらこそ素敵なお題で書かせていただきありがとうございます。また機会がありましたら参加させてください。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.103 )
- 日時: 2018/01/28 02:52
- 名前: 日向◆N.Jt44gz7I (ID: UPA0otlg)
*コメントするする詐欺卒業。
筆を折った折より、復帰まもなく拙い且つ少ない文字数ではありましたが、多くの方に反応頂けて大変嬉しく思います。
本音を言うとやびゃあめっちゃうれp((
個人的な所感と、私めの文章に反応下さった方には少し添え花程度ではありますが多めに。
文字書きならば文章について語らいましょうとな。
*最初にネタバレというかこういう読み方もあったよ的な
【私】と【先輩】の共通の認識にある【御兄様】は結局読み手次第ではありまして、私も深くは考えていませんでしたが一つの読み方としては以下のものを準備していました。
作中の【御兄様】とは【先輩】の年の近い実兄でした。
同じ大学の同好会にて知り合った【御兄様】と【私】は恋仲にあったのですが、件の小説発表前に【御兄様】は不慮の事故で亡くなってしまいます。
そこで以前より彼女に想いを寄せていた【先輩】は何とかして兄の後釜に納まろうと何度も彼女を飲みに誘います。
実兄を貶めたり、時には悼んだりして見せて、不器用に彼女の気を引こうしますがここで【私】の冷酷さが垣間見えてしまいます。
「何故そんなに拘泥なさるのか」と。疾うに彼女の中で【御兄様】の存在は大きいものではありませんでした。
彼女にとって、きっとあれこれ手不器用ながらを尽くす彼は哀れで滑稽なピエロにしか見えなかったでしょうね。
そして移り身の早い【私】は当時の女性美の象徴とも言える黒髪を勇んで巻いて、【先輩】の苦悩など一切知らんぷりで、二人でお酒を飲む関係にある男性からの愛の告白を待つのでした。
>>73 Alf様
文章が好みだと言って頂けてとても有り難く感じると同時に、第三回目初っ端から紡がれる眼前の重厚な世界にこれはえらいこっちゃと思うばかりでした(語彙力
試験的に文体を変えた結果、違和感しか無かったらどうしようかと落ち着かない気持ちだったのですが…ありがとうございます、少し自信になりました。
実は自分の体験し得ない非現実的な世界を描くファンタジーの描写が苦手でして、今回はAlf様の龍の描写に多くを学ばせて頂きました。
他の方々も言及されていらっしゃる通り、やはり最後の一文で落とされました笑
爬虫類の肉はよく鶏肉に例えられると言いますから、勇者一行はその淡泊な白身に舌鼓を打ったのでしょうね^^
>>78 メドゥーサ様
某所で挨拶させて頂いた際にも言及した通りに、着眼点が個性的でホラー風味なのが好きです(語彙力
感想を書かせて頂くために作品を読み返す現在丑三つ時、部屋の気温が平常よりも下がってきたように感ぜられます。
これは私の気のせいでしょうか。
>>81–82 何でもしますから!様
えっ今何でもしますって(何番煎じ
いつかの某所で申し上げたとおりに文章が女性的だなあ、と思いながら拝読させて頂きました。
いや勿論湾曲せずに通じるとは思いますが褒め言葉です(汗
食えるんですよねこうばりむしゃと、あ、厭らしい意味じゃありません、本当ですよ。
最後の台詞にギュンときました、彼の戦いは長かったでしょうね、本当に。
(思ったよりも長くなってしまいそうなので一旦切ります、申し訳ない)
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.104 )
- 日時: 2018/01/28 19:59
- 名前: あるみ (ID: nmwA0g6I)
再びお邪魔します。今度は感想をば。まだまだ感想を送りたい方がいるのですが、文字数が増え過ぎてもアレなので、とりあえず前半。
>>073 Alf様
(>>102で名前をあげて頂いて、ありがとうございます。物凄く嬉しいです……!)
それはさておき、感想失礼します。
地の文がしっかりと量があって漢字の量も多目なのですが、決して言葉選びが難し過ぎる事はなく、あまり突っ掛からず最後まで読み進める事が出来ました。読み終えた後の充実感が凄くて、まとまっている素敵な作品だなぁと思います。世界観が好きです。他の方も仰っていますが、龍の描写が丁寧で生き生きとしていて、Alf様自身が龍の姿をしっかり頭のなかで作ってから書いておられるのだろうなと感じました。人間と比べて龍という存在の強大さが際立っていて『その骸をして己より遥かな高みの存在であること』という表現がとても好きです(勝手に引用して申し訳ありません)キャラクターの数も文字数のなかで登場させるには多めかと思うのですが、決して誰が誰だか分からなくなる事はなく、最後まで話に置いていかれる事もありませんでした。それぞれのついている役職に馴染みがある事もあると思うのですが、それぞれ違う要素が振り分けられていて、同じようなキャラクターがいない事が一番の理由なのかなと思います。Alf様の書く他の話も読んでみたいなぁと思うような、とっても素敵な作品でした! 語彙の豊富さもそうなのですが、淡々としているようで無駄なく読んでいて疲れない文章の書き方や、目の前に迫るような表現力に憧れます。凄く丁寧で、こんな文章が書けるようになりたいなぁ、凄いなぁ、と読んでいる最中ずっと圧倒されていました。心から尊敬します! またいつか、Alf様のお話を読めたらいいなぁと思います。
>>080 日向様
独特のリズムがある文章、凄く好きです。漢字の使い方も含めて少し前の小説のような、流れの良さは演劇か何かの台本っぽくて、これは是非とも読み聞かせで聞きたいなぁと思います。多分無限リピートで聞ける。『じーざす』のような文章の雰囲気のなかでは意外な砕けた表現がある事も、ちょっとおどけたような感じで面白いなぁと思いました。流れがあって気持ちいいぐらいテンポよく読み進められるのですが、先輩が泣いた辺りは打って変わって静かでゆっくりになった感じがして、気持ちが物凄く盛り上がりました。先輩のキャラが立っていて好きです。こういう口調?の文章は大好きなのですが、なかなか自分では書けないので、日向様のお話を読めて凄く嬉しかったです。
>>083 透様
読み終えて一番最初に書こうと決めたのですが、発想力が凄いですね! 蓑田の描写も彼の持つ不穏さがしっかりと表現されていて、読み進めているとどんどん蓑田に対する不信感といいますか、コイツやべぇぞ……コイツ絶対駄目なヤツだぞ……感が蓄積されていって、『俺』が足りない文字に気付いた辺りで爆発して、ひとり画面の前で「ほらぁぁぁ!」と叫んで盛り上がりました。ホラーテイストですが、蓑田の言動に露骨さがないのも素敵です。あと、終わり方が凄く好きです。どうなったのか分からないエンド、でもどうなってしまったか予想出来てしまうエンド、絶望感があっていいなぁと思いました。
>>086 三森電池様
複ファ板の方でも拝見したのですが、三森電池様の文章が凄く好きです。特に人物の考え方が好きだなぁと思います。考え方といいますか、自分に対する分析がしっかりしていて、だからこそ生きづらそうな感じといいますか……検討違いな事を言っていたら申し訳ありません。文章が凄く綺麗だなぁと思います。未来の自分(幻覚)と『僕』の会話は、生きる理由を探すというよりは、色んな可能性を考えて、心の用意が整えられていく過程を見ているような気持ちで読んでいました。悔しさで真っ当に輝ける人もいるけど、周りにショックを与える方法で見返そうとする人もいるよなぁ、と『僕』が飛んだ時思いました。好きです。どこが素敵でどこが素晴らしくて、と具体的に言葉に出来ないのですが、とにかく好きです! 外れた事ばかり書いてしまいそうで、三森電池様に感想を送らせて頂くかどうか大分迷ったのですが、本当に好きなので、それだけでも言わせて頂こうかと……。もう感想とも呼べない感じですが、どうかご容赦ください。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.105 )
- 日時: 2018/01/29 00:19
- 名前: あるみ (ID: T/eVfNbg)
>>092 ヨモツカミ様
両方の視点が読める事で、二人の考え方の違い、お互いに対しての認識の違いがはっきりと分かる分、どうしようもないもどかしさを感じながら読み進めました。これがヨモツカミ様の小説であり、その読み手である私は二人の思考が分かるけど、現実では他人の考えなど分からないものですから、コミュニケーションって難しいなぁ、と改めて感じるお話でもありました。立ち位置によって関係性の重みというか、友情への執着度というか、そういうものの感じ方が皆一緒ではない事が凄くリアルだなぁと思います。自殺を決行した『わたし』は言葉足らずだし他力本願だけれど、明確であろうとなかろうと何か理由があって自分の気持ちを伝えきれない性格なんだろうし、『私』は彼女に対して冷たい対応ではあるけれど、大して親しくもない人間に対してと思えば責められる事でもないし……お話し中にはっきりと悪い人がいる訳ではないので、絶妙なやるせなさを感じます。この誰も責められないけれど誰も支持出来ない感じ、凄く好きです。定期的に読んで虚無感を覚えたい。『私』の対応が悪かったからというよりは相性自体が良くないんじゃないかなぁと感じたので、『わたし』が助かる道があるとすれば『私』の手によってではないだろうなぁ、などと勝手に考えていました。きちんとその人物らしい一人称で心情が書かれていて、そういう書き分けがしっかりと出来るからこそ、この雰囲気が出るんだろうなあと思います。私は同じような思考の人間の一人称しか書けないので、キャラクターでお話を書ける人には凄く憧れます! これは読めば読むほどキャラクターに愛着が湧く小説を書くタイプの人だなぁと感じまして、ヨモツカミ様の書かれる長編を読んでみたいなぁと思います。確か複ファ板にありましたね、やったぜ……! あと、『わたし』が自殺を決行する部分の文章がとても綺麗だなぁと思いました。
>>093 浅葱 游様
私は普段あまりこういう話を読まないのですが、読み終えてまず思ったのは、登場人物のきらめき具合が尋常ではないなぁという事です。誠実さ?直向きさ?なんと言えばいいのか、ひたすら眩しいなぁと感じまして。お題を映画の台詞に据える事で展開できる幅が広がって、そこから、しっかりと勇気に絡めながらお話を作っているのが凄く上手いなあと思います。彼らが生活している日々の延長にある休日のお出掛けというプチイベント、そのなかの一部分を切り取ったという感じで、こじつけ感が全くない自然なお話で凄く素敵です。読みながらとてもお話を作る力がある人なんだろうなぁと思いました。SS企画なのでこんな事を言うと失礼かもしれないのですが、この先が読みたいな、ほとんど告白のこの台詞を聞いて姫華ちゃんがどう反応するのかが見たいな、と凄く思います。なんていいところで終わっているんだ……! キャラクターもそれぞれしっかりと魅力的で、優大くんは名前の文字通り優しい性格なんだなと思ったし、姫華ちゃんは自分の優しさを自虐的に捉えがちな優大くんを引っ張りあげるような、屈託なくてその実芯のある女の子なんだなと伝わってきて、もう相性ぴったりだから付き合ってしまえよ!とじれじれしながら読み進めました。あと、文章も読み進めやすくて、それだけじゃなく、所々の表現にセンスが爆発していて素敵です。『相変わらず恋に落とされる』という表現が特に好きです。どうしたら思い付くのか分からないような綺麗な表現が散りばめられていて、内容も眩しいし(二回目)、色々とたまらないお話でした。好きです。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.106 )
- 日時: 2018/01/29 19:06
- 名前: some bundle (ID: I07o/OQQ)
「問おう、君の勇気を」
狭い独房に谺する、芝居の様に大袈裟な声。
「女王陛下はこう仰っている。『哀しき叛逆者よ。絶望の淵を抜け出し、私の手を取りなさい』と。果たして君には、女王陛下の御手を取る勇気が……」
「もういい、下がれ」
一兵士の朗々とした語り掛けを遮り、闇の中から軍靴の音が響く。漆黒を縫う様にして現れた男は、これまた漆黒の軍服を纏い、瞳には針の様な光が浮かんでいた。兵士の慌てた敬礼に見向きもせず、冷たい眼差しで牢の中の『それ』を睨め付ける。
「しかしカートライト中佐、この者は……」
「下がれと言っている」
「……はっ!」
小走りに去っていく兵を横目に、カートライト、と呼ばれた男は溜め息を吐いた。彼の目の前で、壁に繋がれた何かが動く。全く頑固だな、と『それ』を嘲る様に言う。
「拷問と説法を繰返し……いや、説法も拷問の一つか? まあいい。お前もよく気が狂わずに居られるものだ」
男は喉の奥で低く笑う。そして、気分はどうだい? と問うように『それ』の顔を覗き込んだ。
チャリ、と鎖が擦れる音。男の目の前に佇む『それ』をきつく拘束している鎖は太く、黒々と光っている。その鎖に喰い込み音を立てる体は、部分によって赤黒い谷が出来ていたり、酷いケロイド、或いは幾つもの注射痕、内出血して紫の花が咲いていたりした。無惨に、露になった『それ』の上半身。傷こそ大量だが、まるで柳の様にしなやかな体をしていた。
更に、項垂れて表情は見えないが、顔は青くない程度に白く、その身体から想像できる壮絶な拷問の数々がまるで嘘の様に血色が良かった。薄く開かれた唇は些か荒れてはいるが、綺麗な紅色をしている。
『それ』を舐めるような目付きで暫く観察した後、男が口を開いた。
「……成る程。貴様の担当者が拷問内容に全く紳士的ではないやり方……つまり性的虐待か。それを勝手に追加したのも頷けるな。中々いい男じゃあないか」
それにしても紳士的な拷問か、と呟く男の声が心なしか弾んでいる。血の臭いが充満するこの空間が楽しいとでも言うように、にやりと笑って腕を組んだ。
「あれは悪かったな。彼だけでなく、軍人は皆飢えているのを忘れていた。しかし安心しろ、貴様の『元』担当者は、きっと今頃異動になっているだろう」
全く悪びれる様子の無い口調。『それ』は何の反応も示さない。
「それにしても、貴様は大変な頑固者だ。これだけ虐げられても、口を割ろうとしない。自白剤を投与しても何一つ答えないというのは、流石に頑固の域を越えているがな」
不意に男は腕組みを解き、つかつかと『それ』に近寄った。鼻を突く血と薬品の臭い。血溜まりを踏みつける黒い踵。男が近付いても、『それ』は未だ微動だにしない。男は口角を上げたまま『それ』の髪を掴んだ。無理矢理に上を向かせる。ぼうっとした虚ろな濡葉色が、男を捉えた。
「アルフレッド・スミス。歳は25。腕の良い靴屋の後継ぎ息子。両親は諸事情により既に離婚、別居……どうだ、合っているだろう?」
呆けた様な視線が男に向けられる。何の感情も持たないその目を無視し、男は『それ』の左耳__正しくは最早只の穴__に顔を寄せ、低く呟いた。
「女王陛下に叛逆さえしなければ、呑気に靴を作っていられたのにな?」
「…………」
掠れた笑い声。
……それは男の笑いでは無かった。男の得意気な顔が一瞬固まる。耳障りな雑音の様な、まるで声なのかすらも判別が難しい音が、男の鼓膜を震わせる。その声は、目の前の『それ』の発したものだったのだ。荒れた紅い唇の間から笑い声は絶え間無く漏れる。さも可笑しそうに。男の言動を、嘲笑うかの様に。
男は反射的に『それ』の腹を蹴った。鈍い音がし、石のように硬い腹筋にべっとりと赤い足跡が付く。しかしそれをものともせずに『それ』はまだ笑っていた。
「……何が面白い」
さっきまでの余裕とは一転して、不機嫌になった声が乾いた笑いに刺さる。
「……俺は……女王陛下に、叛逆、など……していない」
男の顔に深い皺が現れた。彼が何か言いかけたのを遮る様に、途切れ途切れの、しかししっかりとした声色で『それ』は喋り続けた。
「今の……女王、陛下は言わば……人形だ。お前達の意のまま、に動く……傀儡人形……そう、だろう?」
「……間違ってはいないな」
不意に『それ』が激しく咳き込むと、周囲に鮮血がほとばしった。男の軍服にも点々と跡を残す。男は舌打ちをし、『それ』の腫れ上がった右頬を殴った。床の赤色を、赤色がまた塗り重ねていく。
『それ』は大きく息を吸い、再び話し始めた。
「……陛下は、囚われている。国を良くしようと……そういう、思念に。しかし……彼女にそんな事が、出来る筈無い。政治の『せ』の字も知らない、温い湯の中で育った、若い彼女には……」
男は険しい表情で『それ』を見ている。
「お前達も……陛下を、下に見ている。力も、頭も無い只の女……唯一有るのは、先代が彼女に遺した巨大な玉座……つまり血筋。それ、のみ」
「……確かに、そうだ」
肯定の呟き。『それ』はじっと男を見ているが、まるで何処か遠くを透かしている様な、空虚な目をしている。男は一呼吸置いて、うってかわって平然とした声で語り始めた。
「貴様の言う事は殆ど正しい。今の女王など、大き過ぎた玉座に潰された只のでくのぼうだ。しかしな、それが……」
男は息を吐いた。
「……貴様が、女王を殺そうとした理由なのか?」
『それ』は呟く。
「……違う、な」
『それ』は奇妙に貼り付いたような無表情を崩さなかった。男の冷ややかな視線が注がれる中、口に溜まった血液を唾と共に地面に吐き出して続ける。何か白いものが同時に溢れ落ちたが、『それ』はやはり気にも留めなかった。
「……俺が、陛下の暗殺を企てたのは……彼女が無能だからじゃない。彼女が……『囚われていた』……から、だ」
「…………」
「国を良くしようという思想、だけじゃなく……お前達の糞みたいな思想にも絡め取られている……それに、自分自身が判断、し、国を導いているという幻想にも……」
男の眉がぴくりと天井へ近付く。
「俺は、彼女を解放するため……彼女から伸びている、ぐちゃぐちゃに絡まった、思惑……と言う名のピアノ線を……断ち切る為に」
『それ』は息を吸う。
次の瞬間、初めて、『それ』の瞳に感情が灯った。底でぎらぎらと光る、射抜く様な感情。男の心臓がどくりと脈を打ち、目を瞬く。『それ』の唇は明らかに震えていた。
「俺は陛下を敬愛している」
一旦切らせて頂きます。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.107 )
- 日時: 2018/01/29 22:31
- 名前: some bundle (ID: I07o/OQQ)
『それ』は苦しげな、ざらざらした声で話し続けた。瞳の光は未だ消えず、虚空ではなくしっかりと男を捉えている。
「国の主、というものは……遥か崇高であるべき、だ。俺は幼い頃、先王の勇姿を、目にしている……先王は、偉大な方だった」
「……あぁ」
「戦争では敗北を知らず、民に、親身になって寄り添い、政治も至極真っ当なものだった……俺の、永遠の崇拝対象なのだ。彼は……」
『それ』は腫れた片頬をひきつらせ笑った。自嘲を込めた笑みであり、どこか影のある笑みでもあった。その笑みが『それ』の内心をうっすらと象っていく。
「俺は傾倒した。先王に、先王の愛したこの国に……無論、陛下の為なら何だってする、つもりだ。陛下は既に他界されたが……陛下の際の言葉を、お前は覚えているか?」
「『娘を愛してくれ』……だろう」
「そうだ……俺はその言葉にしがみついた……キリストの信者にとって、の、聖書の様に。俺の、言わば芯だ、この言葉は……」
消えかかった語尾を補完する息継ぎ。それを最後に、『それ』は押し黙る。男と『それ』の立てる音以外を、薄暗い牢の静寂が否定している。男は首筋を強く掻いた。そうでもしないと、この沈黙に耐えられなかった。『それ』の続きを急かす様に、男は右足に体重を移す。
暫くして、『それ』は漸く口を開いた。
「……さっき、兵士が何時もの説法で、俺の勇気を問うてきた……先王の愛した、女王陛下を解放する為、彼女を……手に掛ける事を選んだ。それは、勇気なのだろうか」
咄嗟に口を開こうとする男を、『それ』は素早く遮る。
「否、なんだろうな。しかし……その理由が俺には解らない……俺はただ、愛する陛下と、その娘に……傾倒し尽くしただけ……なのに、な」
『それ』は今度こそ口を閉じた。頭を垂れ、ただゆっくりと呼吸を繰り返す。男は目を細め、『それ』の静かに上下する後頭部をじっと見詰める事しか出来なかった。しんとした空間に、足早に近付き、遠ざかっていく靴音が響く。衣擦れの音がやけに煩く感じる。
沈黙の後。男は息を一気に吐き出し、言い放った。
「……まさか……最初から正気を失っていたとはな」
男が静かに告げる。
「彼女の解放など口だけだ……お前はただ……失望した。それだけだ」
元の冷たい目に戻った男を一瞬見上げ、何も答えずに『それ』は口角を上げた。
「……俺は、死刑だろう?」
「ああ。既に殺しの理由も聞き出せた。貴様の様な大罪人には、女王が直々に死刑執行の号令を出す」
「……ははっ」
『それ』はゆっくりと、顔を上げた。再び光を無くした瞳が男を見据える。切れた唇を歪ませ、感覚の無い頬を動かし、鋭く、冷ややかに言い放った。
「聞け」
男のはっとした視線を他所に、『それ』は囁く様に口を開いた。
「俺がかつて振り絞った勇気は……ただ、己の失望を埋める為のものだった」
「……ああ」
「今この瞬間、俺は再び勇気を問われている」
肩の傷から、じわじわと新しい血が滲み出してきた。『それ』が吐息と共に身じろぎをし、鎖が小さく音を立てる。
「……公衆の憐れむ視線と……陛下の血が流れたあの女王の軽蔑の視線に射されながら……人生を終えるのだけは、御免だ」
「……命乞いか?」
「馬鹿な」
『それ』はにやりと笑った。傷だらけの身体を震わす。
「俺が死んだら……彼方の陛下は、俺を赦して下さるだろう?」
「……もし、赦されなかったらどうする?」
「愚問だ。陛下は赦して下さる……俺は、死して償うのだからな」
男は舌打ちをし、声を荒げた。
「俺を馬鹿にしたいのか」
「……とん、でもない……俺は、一刻も早く、陛下に赦されたい……それだけ、だ」
『それ』が声を上げて笑った。纏う雰囲気が一変している。さっきまでの影の様な暗さは最早其処には無く、何処までも突き抜けた感情。吹っ切れた、とでも言えば良いのだろうか。一種の爽やかさが、場違いながらあった。
「赦しを望むなら……そうだな、ただ死を待つだけでは、生温い。陛下に捧げる、死は、もっともっと崇高なものでなく、ては」
唐突に伸びる男の腕。男が『それ』の髪を再び掴んだ。ギチギチと音がし、頭皮が強く引っ張られる。男の顔には笑いではなく、驚愕と怒りが混じった様な、そんな表情が激しく浮かんでいた。荒くなる鼓動。息を飲み、半ば詰まった声を発する。
「お前、まさか……」
『それ』は……アルフレッドは、たっぷりの嘲りを込めて犬歯を剥き出した。
「その為の、勇気だ」
敬虔なる崇拝者は、男に向かって大きく『舌を出した』____
はじめまして、some bundleです。
私は短編そのものが苦手なので、こういったスレッドはとても勉強になります。
そしてこれまた苦手な台詞運びを多くした事で、ちょっと急展開になってしまったなと反省しております。
読んでくださった方はありがとうございました。またお邪魔させて頂きます。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.108 )
- 日時: 2018/01/31 20:56
- 名前: かるた◆2eHvEVJvT6 (ID: zYPC.oko)
「問おう、君の勇気を」
私のことを「君」と呼ぶ兄さんは、にこやかな笑顔でそう言い放った。
□
兄さんが学校に行かなくなったのは中学二年の夏のこと。ちょうど私が数学のテストで三十四点を取ったときのことだった。これじゃあ高校に行けないわよ、とお母さんに一喝されたその夜、兄さんは私の散々なテストを見て鼻で笑った。
兄さんが学校に行かなくなっても、お母さんは何も言わなかった。それくらいであの子の成績は落ちないわよ、とお母さんは私の渡したテストの点を見てまた大きくため息をついた。確かにいつもテストで満点を取ってくる兄さんのことだし何の心配もないのだろう。私は二十二点の国語のテストをお母さんに見せながら、隣でスマートフォンをいじっている兄さんに少しだけ嫌悪感をいだいた。
兄さんがメディアで騒がれだしたのは高校一年生の時だった。ずっと何かしら部屋でガタガタやってたのが作曲だったのだと気付いたのは、クラスのみんなと同じタイミングだった。
「香菜ちゃんのお兄さんってあのシロなんだね」
「まじで? 友達のお兄ちゃんって自慢してもいい?」
兄さんの芸名である「シロ」が売れ始めると同時に、私は劣等感に苛まれた。この感情の醜さに嫌気がさす。その感情に心が支配されるたびに、吐き気がした。
喉が渇いたから自動販売機に小銭を入れてどれにしようかと人差し指を左右に振らした。不意に目に入ったミネラルウォーターを押してみたけど、手に取って蓋を開けて飲んでみても結局ただの「水」だった。
兄さんならきっと自動販売機でミネラルウォーターを買うけど、私は水道水でいいと思う。私のような凡人にはその違いなんてわかりっこないんだから。
だけど、兄さんはその違いが判るからこそ高いお金を払ってどこかの山奥でとれた自然の水を買うのだ。これが私たちの大きな違いなのだと思った。
「ねぇ、兄さん。――入るよ?」
音楽関係の仕事で忙しくなり、部屋を空けることが多くなった兄さんの部屋を覗いてみたとき、私は自分がいかに凡人だったかということに気付かされた。
部屋中に散りばめられた楽譜に、CD。その中でも一際目立っていたのは古びたアコースティックギターだった。兄さんと一緒に小学六年生の時にお年玉とお小遣いを全部使って買ったそのギター。私は存在すら忘れていたというのに、兄さんはいまだに大事にこのギターを持っていたのだ。
「どうして、こんなのまだ大事にしてんのかな」
ギターを嫌いになったきっかけも兄さんだった。格別に上手い兄さんのギターに嫉妬して、自分の限界を決めつけてやめた。半年頑張っても結局兄さんよりは上手くなれなかった。そう言い訳を作って私は満足したのだ。
自分は平凡だから、どうやったって兄さんには勝てない。どれだけ努力したって無駄なのだと。
ベッドの上に転がっていたリモコンでテレビをつけると、そこには兄さんが映っていた。音楽番組の司会の男性が「それではお聞きください」といった瞬間に、兄さんの顔がアップで映された。上手くなった作り笑顔が一瞬で消え、アイドルグループの画像に切り替わる。テロップの作詞作曲の部分に兄さんの名前があった。
流れ始めたその曲は、この部屋からよく聞こえる曲。いつの間にか私は自然と口ずさんでいた。
画面が切り替わり、また次のグループが司会者と話し出す。いつの間にか歌い切っていたのだと気付いて、馬鹿らしくなった。なんていうか、兄の作った曲を歌う自分がひどく滑稽に思えた。
ドアが開いて兄さんが入ってきた瞬間、私はその兄さんの表情を見て思わず気持ち悪いと言ってしまいそうになった。満面の笑みといわんばかりのその表情は、私の背筋を一気に凍りつかせる。
「……いまの、俺の曲だよな」
「……え、まぁ、そうだけど」
「そっか」
兄さんの部屋に勝手に入ったことは一切咎められなかった。何故か嬉しそうなその顔のまま兄さんは私に手を差し伸べた。「なに」と汚物でも見るような目つきで兄さんをを睨み付けると、小さな声で彼は「こいよ」と言った。正直、何が何だか分からなかった。
どこに、どうして? 心の中で思ってることは言葉にはならない。兄さんの手を取っていたことに気づいた時には、私は録音スタジオでマイクの前に立っていた。
防音ガラスの窓の向こうに、兄さんの姿が見える。業界の人みたいに大きな黒いヘッドフォンを片耳に添えて、じいっとこちらを見つめてくる。
「歌えっていうんだ、あんたが。私に」
自分の作った曲を、と短く付け足して、私はため息をついた。兄が喜んだのは理想の歌声を見つけたから、ただそれだけだった。
「君の声は今回の俺の曲とあうから」
吐き捨てられたその言葉で、私の存在価値の低さに気づく。自分の楽曲のためなら、どうしようもない妹ですら利用するんだ、この人は。
兄さんが私のことを「君」というたび、私は劣等感で死にたくなる。天才と凡人の違いを突き立てられて、恥ずかしくなる。
「問おう、君の勇気を」
ここで歌えるかどうかが勇気というなら、そんな勇気はいらない。必要ない。
それでも兄さんについてきた理由はたった一つだった。
きっと他人なんだ、私たちは。そう思うと胸がスッとした。ヘッドフォンをつけて、世界の音を遮断した。流れてきた兄さんの音楽に、私が「声」をつけることは、もうこの先二度とないだろう。私は大きく口を開けて、叫ぶように歌い出した。兄さんが欲しいと思ったその声が永遠に兄さんの心の中に残りますように。私のこの声を忘れませんように。
私の勇気は弱い自分を、卑屈な自分を否定するために。この先劣等感で苦しまないために、きっといま歌わなければいけないのだ。
兄さんの口が小さく動くのはわかったけれど、何を言ってるのかは分からなかった。
「もっと歌って、香菜」
音楽が終わり、ふぅと小さな息を吐きながら私はヘッドフォンを外した。これで卑下してきた自分を少しでも肯定できただろうか。
ヘッドフォンを外したあとの兄さんの表情は、やっぱりあの時と同じように気持ちの悪い笑顔だった。やっぱり嫌いだなとスタジオを出て、私が飲めない無糖のコーヒーを渡してきたときにそう思った。
***
初めまして、又はお世話になっております。敬愛する浅葱さんとヨモツカミさんの企画ということで、ずっと参加したいと思っておりました。ようやく参加できてとても嬉しいです^^
素敵な作品がたくさんあるので、是非また感想を書きにきたいなと思います。拙い文章ではありましたが、私なりの勇気を書き上げることができました。ありがとうございました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.109 )
- 日時: 2018/02/01 18:59
- 名前: ヨモツカミ (ID: 1Pyxzdts)
誰かに文を読んでもらって、何かを思って貰うってステキなことですね……! 長くなりそうなのでまとめて返信します。
『わたし』と『私』の関係について色々考えて下さったり、文章褒めて下さってありがとうございました。自分では私らしさとかわからないので、なんだか不思議な気持ちです。文章綺麗っていうのはあんまり言われないので嬉しかったです(>ω<)
複ファで書いてる長編はファンタジーなので、倦厭される方も多いかもしれませんが、私がめっちゃ楽しみながら書いてるのでお時間があれば是非(ダイマ)
今回の添へては、加藤智大の「俺にとってたった一人の大事な友達でも、相手にとっては100番目のどうでもいい友達なんだろうね。その意識のズレは不幸な結末になるだけ」という発言を思い出しながら書いておりました。
一応『わたし』が助かる話も考えていました。「問おう、君の勇気を」という電話を入れて、「今どこ? 5分で向かう」って言われて、10分待っても来なかったから「何やねんアイツ、チクショウ死んでやる」と『わたし』が踏み出す寸前に現れる『オレ』。
「ジャーン! 主役はいつも遅れてやってくるのさ! またせたな魔王!」「で、お前死のうとしてんの? 馬鹿みたいだな! 帰って冒険の続きしよーぜ!」「……そうだね。わたし、馬鹿みたい」という感じの。やはり助けに来るのは『私』では無いんですけどね。『私』はヒーラーだから。
これはそもそも『オレ』のような明るい友達がいたら飛ぼうとすることもなかったと思うので没にしました。
都合よく誰かが来てくれることなんて当然無いし、どうしようもなかったのでしょう。人はゲームの主人公みたいに簡単に強くなれないから、彼女の弱さもどうにもできなかった。どうしようもないのに、何かが胸に引っかかり続ける。そういうものが書きたかったので、読んで下さった方が何かしら感じてくれたなら幸いです。
ちなみにあの電話に『私』がでなければ、『わたし』は肩を竦めながら帰路に付いていました。そうして色の無い日常に戻って行ったはずでした。
>>あんずさん
初参加ありがとうございます。
私、今回あんずさんの文章初めて読みましたが、めっちゃ好きだなと感じました。
共犯っていいですね。彼女と私の関係性とか、修学旅行のしおりを見て逃げる準備するところとか、悪いことをしているのに私は幸せだって言えた主人公と、勇気の形とか、歪んでいるかもしれないけれど、なんだか清々しい感じでした。犯罪をおかした時点で主人公は世間的な悪役になってしまったかもしれませんが、彼女のなかではヒーローだったってところとか、すごく好きです。
ちょっと、駅ですれ違うコートを着てる人のコート下の服に、血跳ねが付いてたらとか想像するとソワソワしますね。
どうか、二人には何処までも何処までも逃げていってほしい。
>>浅葱さん
感想書くと語彙力なくなっちゃうから大勢の人に見られる場所で書くのは正直嫌なんですけどね、とてもTwitterの140文字じゃ収まんないしなぁと思って諦めてこちらに書きます。
やっぱり葱さんの描写のしかた凄く好きだなあと感じました。選ぶ単語とかテンポとか、心理描写とか。映画を集中して見てるときの不意に現実に戻ってくる瞬間とか、ああーってなりましたし、雄大君の気持ちとか考えるとしんどくなりますね。めっちゃ大好きじゃん、何この二人可愛い、無理つらい、その終わらせ方も卑怯かよいくらでも待つぞ。って思ったのですがホントに語彙力駄目になってきちゃって恥ずかしい。元々ないけど。個人的に相変わらず恋に落とされるってところ、一番ぎゃぁってなりました。
何が言いたいか自分でもわからなくなってきちゃいましたがもう、好きです、とだけ伝えておきます。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.110 )
- 日時: 2018/02/03 03:04
- 名前: 日向◆N.Jt44gz7I (ID: YS9eomT6)
続きです
>>80透様
恥ずかしながら透様の書かれる文章を此の度初めて拝読させて頂きました。
古びた日本家屋の旅館の一室での二人のやり取りが目に浮かんでくるようで、ジャパニーズホラー独特の【間】の表現に読み進めたいような見たくないような、そんな魅力を感じました。
手入れのされていない畳って、水分を失って歩く度に藺草の層が軋んでうるさいんですよね。
荒れ狂う曇天と対照的に居心地の悪く鈍痛のするような部屋、静と動の対比がよりこの物語を不気味にさせているのだと思います。
一人称視点に不明瞭な動機、過程と結末に非常に引き込まれる物語でした、透様の作品に出会えたこと非常に嬉しく感じます。
>>83月白鳥様
私め平生のボキャ貧にて、どうにも頭の悪い事しか言えないのですが……。
"メイデイ"と蟲にどのような関係があったのか、はたまた蟲とは何なのか。そして、博士はどんなに大きな十字架を背負ってこれからを生きていくのか、その全てが気になりひたすら続編が読みたくなりました。
酸鼻を極める描写に目が行きがちですが、垣間見得る博士の逡巡や悔恨の念に心臓を鷲掴みされる感覚を覚えずにはいられませんでした。
今回は月白鳥様の文学的でいて理系的精緻を持つ描写に圧倒されるばかりで、このサイト内の短編にて正直こんなに完成度の高いダークノベルに出会えるとは思っていませんでした。
>>86三森電池様
結末に驚いた勢です←
未来から来たと言う理由付けをされた幻覚に説得され、屋上を後にする……なんて三森様がされるはずないよなぁ、と良い意味で期待を裏切られた、というかやはり三森様の世界を見せつけられたというか。読者にその痕を残していくようなラストでした。
本当は死にたくなくてそれを全て未来の自分と銘打った幻覚に止めてもらいたかったのでは、と想像してみたのですが、そこまで強い念があるわけでもなくただ突発的になんとなく死にたくなって、いわゆるところの脳死状態で飛んだのだろうと解釈するに落ち着きました。
個人的な所感ではありますが、青年期にある【スレた】若者の描写においてこのサイト内で三森様の右に出る者はいないと思っています、
>>090-091あんず様
某所では衝動的にあれよこれよしか出てこなかったので改めて苦笑
一緒に逃げる彼女らの関係性を、姉妹、友達、幼なじみ、はたまたひみつの恋人か、思いを巡らしてもいたのですが結局答えは出ませんでした。否、名付けることすら野暮な関係なのでしょうね。
しかしいずれ彼女らは逃避行の甲斐なく捕まってしまうことは想像に難くありません。
悪役に相応しい結末を迎えたとしても、共にいることを選んだ彼女らは最後のさいごの瞬間まで幸せなのかなと思います。
今回、あんず様の作品は最も私の心に刺さった作品の一つでもあります、素敵なSS有り難うございました。
>>92ヨモツカミ様
普段の文体やジャンルとのギャップという点で最も驚かされたのは今回のヨモツカミ様の作品でした。
視点の重ね合わせにより見えてくる歪な答え合わせ、中盤あたりでは本当に救いようの無い話だと思ってただ【わたし】の不憫さに胸を痛めるばかりでした。
私はこんなに大切にしていたけれどあなたの中ではほんの些末なことだった、なんて現実でも十分起こり得ることで。
読み進めていくことにより【私】に非は無く、それでも空しく反芻される【わたし】と世界を救っていた日々に思わず喉が熱くなりました。
しかし【私】がどのような言葉を【わたし】に伝えたとしても、【わたし】の抱えていたものを全てぶち壊して現実世界から救い出すことは出来なかったと思います。
平時はアクティブな文章で読者を魅了されるヨモツカミ様でしたが、このような繊細でいて静かに心に鉛を落とし込む文章も書かれるのか、と舌を巻くばかりでした。
*宵っ張りなのも大概にせねば、と独りごちながら。
*申し訳御座いません、切らせて頂きます。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.111 )
- 日時: 2018/02/03 17:43
- 名前: 波坂◆mThM6jyeWQ (ID: EH1Na5LM)
「問おう、君の勇気を」
「……どうしたの? 大丈夫?」
僕こと剣軒一差(けんのき/いっさ)の目の前には、ハエたたきでこちらを指す幼馴染みのりんちゃんこと李川花音(りかわ/かおん)がいた。名前の最初と最後を取ったあだ名の彼女の真剣な眼差しが、段々と歪み遂にはため息を着いてしまう。
「もうノリが悪いなぁ剣軒君は……」
「それよりどうしたの? りんちゃんそんなキャラだっけ?」
そこまで言って、僕は重要な事に気がつく。そう言えば僕らは現在中学二年生。りんちゃんが例の流行り病にかかってもおかしくない……はず。
「ねぇ剣軒君。何か勘違いしてない? してるよね?」
しまった。表情に出ていたらしい。慌てて首を振ると彼女は暫くしてため息を着いた。ふっ、流石のりんちゃんでも僕のポーカーフェイスを見破ることは出来なかったようだ。
「……バレバレなんだよなぁ……」
りんちゃんが何て言ったか分からないや。
「で、何があったの?」
「単刀直入に言うね。部屋にゴキブリが出たの」
タントウチョクチュウとかいう言葉の意味は分からないけど、とりあえず僕は何気なく自然な動作でリビングから出て玄関へと行きそのまま李川宅を出ようと
「はいストップ。逃げない」
「離してりんちゃん……! 僕は行かなきゃ……!」
「私の部屋にね……!」
「嫌だ! ゴキブリの居る部屋ならとにかく、ゴキブリをわざわざ見に行って退治するのは嫌だ!」
「だから言ったでしょ! 問おう、君の勇気を。って!」
「それは勇気じゃない! えっと! ……なんて言うんだっけ?」
「蛮勇?」
「そうそれ! それは勇気じゃなくてバンユーなの!」
「まあそんなことはどうでもいいの! 剣軒君。ほら! 早く行こうよっ!」
「どうでもよくないやい!」
結局僕は力負けしてしまい、りんちゃんにズルズルと引き摺られる事になる。僕より力が強いりんちゃんはどうして自分でゴキブリを退治しようとしないんだろう……。
「嫌だぁ! 誰か助けてくれぇ!」
「足掻いても無駄だよ剣軒くん。大人しく付いてきて」
りんちゃんがただの悪役なんだけど……。
ズルズルと引きずられて身を呈して廊下掃除をさせられる僕。幸いな事に李川宅は掃除が行き届いているのか、そこまで汚れることは無かった。いやそういう問題じゃないけど。
「付いてきてって言うならまず引きずるのをやめ痛い痛い痛いぃ! 僕を引きずったまま階段を登るのは止めて!」
そのまま僕は引きずられて──いや流石に階段からは自分で歩いたけどさ──必死の抵抗も虚しくりんちゃんの部屋の目の前に立たされている。『花音』とりんちゃんの本名が可愛らしく書かれたプレートがぶら下がる扉も、今では魔王の部屋の入口にしか見えない。なんか扉が凄く威圧感を放っている(気がする)。
「問おう、君の勇気を」
「分かってるから! 急かさないで!」
そのセリフがりんちゃんのマイブームであることを頭の片隅に入れつつ、その魔王の部屋のドアノブに手をかけ、回す。特に重圧感とか無い扉はすんなりと開き、逆に僕に心の準備をさせる暇を与えなかった。
「こんな所に罠が……!」
「いや罠とかじゃないからね!?」
「そもそも僕がりんちゃんの家に来た時点で僕は罠にかかっていたのかも……?」
「そうじゃな……いや……そうかもね……?」
そこは僕的に否定して欲しかったと心の中で叫びつつ、開かれた入口から部屋の中を覗く。
ぬいぐるみとかピンク色の時計とか可愛い系のものがある一方で、分厚い本とか辞書とか僕が見たら発狂しそうなものが沢山並んでいる。個人的に本はあまり好きじゃない。
そして部屋を暫く息を殺して見回していると、遂にソレの姿を目の当たりにする。ツヤツヤと光る背中を持った、ゆらりゆらりと先っぽの細い触覚を揺らす、例のアレことゴキブリである。見た瞬間、ゾワッとしたものが背中に走る。
「でかっ!?」
全長約10cm位あるソレが、かなり綺麗に整理整頓された、薄い色のピンクのマットが敷かれた、ちょこちょことぬいぐるみがある部屋の、丸テーブルの下あたりに、触覚を揺らしながら佇んでいた。その姿は見るだけで嫌悪感を抱かざるを得ない。というか普通に気持ち悪い……。
「剣軒君、これ」
りんちゃんから渡されたのは、薄ピンク色の棒の先に、穴が等間隔に空いた正方形がくっついた形のもの。つまりは、
「なんでハエたたき……」
「これしか無かったの!」
「新聞紙とかなかったの……?」
そう言いつつも、りんちゃんからハエたたきを受け取り、ゴキブリに気が付かれないように、慎重に慎重に足を出す。ゆっくりゆっくりと上げ、バレないようにそーっと下ろす。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙が続く中、足を床に付けた瞬間だった。
その黒光りするソレが疾走。いち早く気が付いたりんちゃんがそれを言うがもう遅い。僕が慌てて少し跳ぶようにして距離を詰めて、ハエたたきを床に叩きつけるが、大きな音が小さな部屋に響くだけで、ゴキブリは相変わらず疾走を止めない。
「くそっ! ちょこまかと!」
まさかこんな悪役みたいなセリフを言う日が来るとは思わなかった。などと思いつつ、一心不乱にハエたたきを振り回す。それはもう、人生の中で一番ハエたたきを振るったと思えるくらい振った。
それから何回かソレにハエたたきで打ち込もうとするが、コレがなかなか当たらない。ところで異性の幼馴染みの部屋でゴキブリを追いかけ回しながらハエたたきを床に叩きつけまくる僕って一体なんなんだろう……。
なんて考えていたスキに、ゴキブリが何を思ったのか、入口の方に逃走経路を変えた。その先にいるのは──泣きそうな顔のりんちゃん。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
僕が急いで追いかけて、ハエたたきを振り下ろす。一際大きい音が響くが、黒いソレはそれをひょい、と回避してそのままりんちゃんの方へと走る。正確には、りんちゃんを通って逃げようとしている。
「来ないでぇ!」
無意識の行動だったのだろう。自分に迫る外敵を倒そうとする、動物の本能的な何か。だから多分、仕方ないことだったと思うんだ。
りんちゃんが、目を瞑ってその足をゴキブリの方に出したかと思えば、もう僕が声を挙げた頃には遅かった。
その足が、着陸すると同時に、何かが潰れるような、そんな音がした。
「──あ」
僕の無意識に漏れた声に、りんちゃんが振り返ろうとして、カクカクとした、まるで整備が行き届いていない機械のように、首をガタガタを回してこちらを見た。
「け、けんののきくんん、ど、どうしよう……やだ……え……?」
「りんちゃん落ち着いて! まずは現状を確認しよう!」
「無理無理無理! 絶対無理! 直視できない!」
両手で目を隠して、座り込んで無理無理と弱音を吐き続けるりんちゃん。さっきまでの僕を引きずっていた強いりんちゃんはもうどこにもいない。いやほんとどこに行ったんだろう……。
何か声をかけようとするが、なかなか言葉が見当たらない。こんな時に何を言えばいいんだろうなんて、使い慣れていない頭を必死になってこねくり回していると、ふと、先ほど頭に入れたばかりの言葉が頭に浮かぶ。
この時、僕はどうかしていたと思う。なぜなら、りんちゃんが気に入っている言葉を言えば、元気を取り戻してくれるはず。なんて思っていたのだから。
僕は深呼吸をして、りんちゃんを真っ直ぐに見る。そして、こう言った。
「問おう、君の勇気を」
「うわぁぁぁぁぁん! 剣軒君のバカぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
*投稿させて頂きました!
皆様が深い話とか暗い話とかシリアス系が多い中でこんな話を投稿するのは多少気が引けましたが、うるせぇ私はほのぼのを書くんだ精神で投稿させて頂きました!
他の方にも後ほど感想を投稿させて頂きます!
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.112 )
- 日時: 2018/02/04 19:15
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: TdoLu25w)
*
>>083→透さん
今回のお題をメッセージのように利用するという発想は、一文を決めた時から想像もしていなかったものですから、驚きました。上手く勇気とも絡めて落とし込めることが出来ているなという印象です。
普段は異なる筆を持っている方でしたので、良い意味で期待を裏切られました。主人公はどうなったんでしょうね。読後の謎を考えられるような作品で、楽しく読ませていただきました。
*
>>084→月白鳥さん
はじめとお話が変わっている様子でしたが、個人的にどちらも好きです。「勇気」は簡単に相手に要求できて、自分に課さずにいる事も出来る便利なものなのかなと思います。その取捨選択をどうするかによって、人の行為は善と呼ばれたり悪と呼ばれたりするのかな、と。
そうした、どちらかの選択を根っこでは求められていたのかなと感じました。いつ読んでも、月白鳥さんらしさを感じる作風でありながら、少しずつ変化しているのがすごいと思います。
*
>>085→三森電池さん
三森さんらしさを残したファンタジーを読むのが、非常に新鮮で面白かったです。普段書かない雰囲気の作品を生むのに苦労されたかもしれませんが、現在と未来の自分が話し合い、それぞれの未来を考えるのは良いなぁと感じます。自分もそういう経験をする機会があれば、と思いました。
未来の僕が現在の僕に対して、未来での良い事を話していくシーンが個人的に一番好きです。望みたくても望めない未来を知る人がいるって、うらやましいなと思いました。読んでいて楽しかったです。
*
>>88→hiGaさん
ええと、まずですね、最終的にご自身の名前で投稿するなら名義をまとめていかがかな、と思うんですよね個人的に。投稿制限を設けているわけではありませんから、名義はそのままで、何度投稿してくださって構わないですよ。
どんなに相手を憎んでいても、どうしたって自分の手で相手を懲らしめるだの、罪を与える出のということは難しそうですよね。どうしようもない憎悪も、後から思うであろう罪の意識とかと少しでも比較してしまったら、なおのこと。
妹は苦しかったんだろうなと、思います。相手の男には彼なりの倫理観とか、モラルに近い何かがあったのかもしれないですね。もちろん、苦しんでいたのかもわかりませんが。面白く読ませていただきました。
*
>>094→NIKKAさん
ご参加ありがとうございます。
たぶん感想とか必要ないのかな、と思ったりもしてました。読ませていただいて、やっぱりすごいなぁと感心ばかりしました。作風が違うというのもありますが、自分も頑張って文字の羅列を小説に昇華していけるように努力しようと思わせていただける作品でした。とても面白かったです、ありがとうございました。
*
皆様の勇気を楽しく読ませていただいています。多くの方に参加していただき、皆様にとっての「勇気」とは何かを見る機会があり、運営として大変光栄です。
お礼と合わせ、開催期間についての連絡に参りました。
現、第3回賞賛を添へて、ですが【2月10日】での終了となります。時間につきましては遅くとも【2月11日】に日付が変わる前には告知させていただくつもりです。
何卒よろしくお願い申し上げます。
浅葱
*
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.113 )
- 日時: 2018/02/06 19:55
- 名前: Alf◆.jMJPlUIAs (ID: Hu3Y7ETI)
「問おう、君の勇気を」
「……良く聞こえなかった。“フォーマルハウト”、もう一度言ってくれ」
「YES、マスター。復唱します――問おう、君の勇気を」
「おいおい……勘弁してくれ。俺はもっと具体的な答えを聞きたいんだが?」
或る問いに対して戦術AIの吐き出した答えに、男は頭を抱えた。
対マルクト級電子戦用AI“フォーマルハウト”。並列処理によってスーパーコンピュータ数百台分もの演算をこなす高機能AIは、しかし並列化したデバイスによって演算結果が多少人間味を帯びすぎることが難点だった。今回の並列先はどうやら無類の空想好き、言い方を変えればロマンティストの気があったらしい。面倒なものである。
事態はあまり楽観視出来るものではない。既に展開中の防御壁、『熾天使の翼』とコードの振られた六枚の壁は、既に四枚が突破され、残る二枚も四方八方から襲撃を受けている。完全突破されるのも時間の問題であるし、そうなれば男に残された手札は汎用破壊AIと、リミッターを外せば何をしでかすか分からない『砂漠』の管理AIだけだ。どちらも制御が難しい札である。なるべく切りたくはない。
頭を掻きむしりながら、男は己よりも高い位置にまで広がるモニタに目を向け、展開される熾烈な電子戦の様子――可視化の為にアバターを設置しているから、見た目は天使と触手の化け物の争いに見えるのだが――を見渡す。次々と二枚翼の防御AIの脚が触手に絡めとられ、衣を毟り取られ、見るも生々しく蹂躙される様に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、男は手元の端末に素早くプログラムを打ち込んだ。
選んだのは一段上位の防御AIの投入。二対四枚の翼を持った天使がモニタ上に出現し、無尽蔵に湧き出る触手を手当たり次第に武装で叩き切っていく情景が映る。だが、戦術AIの反応は思わしくない。
「NOですマスター。留められません」
「チッ……Sランクの攻撃AIを序盤で投入すんじゃなかったな。だが……」
みるみるうちに劣勢へ傾いていく光景を前に、男の脳裏で一つの選択肢が浮かぶ。
管理AIのリミッタ解除。今でこそ辺境の大人しい管理AIだが、元々は最高級の破壊AIだったものだ。高速度の侵食と不可逆な破壊はまさしく破壊AIの最高峰と言って過言ではないが、いかんせんもたらす破壊は敵も味方も問わぬ。出すならば、戦場から一旦全てのAIを撤退させねばならない。防御AIはそれなりにコストがかかっているのだ、道連れに全て破壊されては堪らない。だが、撤退されれば残り二枚の防壁は持つまい。
少しく考えて、男は“フォーマルハウト”に問う。
「OK“フォーマルハウト”。“アケローン”を投入した時のシミュレートと、“メルキセデク”を突入させた時のもくれ。後者は撤退させた時と撤退させないとき、どっちもだ」
「YES、マスター。演算には十秒頂きます」
「一秒でやれ」
「YES」
果たして“フォーマルハウト”は己のマシンパワーを以って忠実に任を果たし、男の端末にシミュレート結果が送信される。結果は惨憺たるもの。男が持ちうる最高峰の切り札は確かに獅子奮迅の活躍をしはするが、伸びてくる触手の対応が間に合わず結局蹂躙された。もう片方の切り札は、どちらの場合でもありとあらゆるものを破壊しつくして終わった。後にはあの触手も防壁も何もない、それだけが残る虚無だけだ。支払うコストの巨大さはどちらも同程度。要するに、破滅的かつ天文学的だった。
男は深く溜息をつく。お手上げだ。手の打ちようがない。これはこの気色の悪い触手――“ネフィリム”にこの場を明け渡すのもやむなしか。そう男が結論を出しかけたとき、聡明なるAIは再び問うた。
「問おう、君の勇気を」
「またそれか。まさか、勇退禅譲の勇気を出せと言う事か?」
「NOですマスター。貴方の勇気とは敗北の為にあるのではありません」
「勝利のため、か。クソッ、一体どんな蛮勇だってんだ」
「YES、マスター。全ての防御AIを展開したまま、“アケローン”“メルキセデク”両AIの同時投入を提唱します」
ふざけるな、と激高しかけた男を、AIは続く提案で黙らせた。
「“アケローン”は最高級攻撃AI、すなわちこの場に於ける指揮官を担い得ます。それは“メルキセデク”にとっても同様のはず。手綱のない犬を手懐ける程度の強制力は持っているはずですが?」
「……やけに詩的なこと言ってくれるじゃねぇか、あぁ? 一体どうしちまったんだ今日の並列デバイスは」
「YES、マスター。サイエンスフィクションのエキスパートです」
やっぱりか。
男の心中に納得と、同時に悔しさがじわりと滲む。空想家の妄想に活路を見出すしかないとは情けない。こちとらこうした攻防戦のプロだと言うのに。だが、最早時間もなければ手札もない。賭けるしかなかった。空想家に。空想家から想起された戦術に。それを是として提案した、己よりはるかに高知能のAIに。
撤退か、撃退か。全ては己が決断に委ねられた。
「これで負けたら俺ァ内臓を全部切って売らなきゃならんな……!」
「NOですマスター。出来の悪い冗談ですね?」
「事実さ」
緊張と恐怖を紛らす軽口を叩き、男はいつもよりも心なしか早く、震えた手をキーボードに叩きつけた。
***
御題:「問おう、君の勇気を」
題名:"Siege!"
***
蔓延る堕天使どもを屠り滅するは
電子の海を舞うプログラムの天使
これは、それらを操る“神”の話
***
「内臓は護られましたね? マスター」
***
閉会が間近に迫っているとのことで、図々しくももう一篇置かせていただきに参じました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.114 )
- 日時: 2018/02/07 03:37
- 名前: 三森電池◆IvIoGk3xD6 (ID: RKxeoo9o)
三森電池です。スレッドが上がる度に、今度はどんな素敵な話が投稿されたのだろうかと思いつい見に来てしまいます。
私の短編に感想を書いてくださった方がいらっしゃって、大変嬉しく思います。私事ですが、現在心身ともに良くない時期でして、それでも物語を書くことを辞めたくないと強く感じました。主催してくださった御二方をはじめ、本当にありがとうございます。
長くなってしまったので、小説の感想はまた後日伺います。
>透さん
お世話になっております。三森電池です。
実は、前回書いた話の方が、100倍くらい好きです(笑)
リアルしか書けない身でして、登場人物の生々しいリアルさだけが私の創作の取得だと自負しております。未来から来た僕という幻覚は、きっと今死のうとしている僕の、ある種の理想の姿なんじゃないかと思います。本人は理性すら失っていて、あんなふうに、自分自身に諭されたとしても、衝動的に死んでしまうような。
読後の爽快感につきましては、私はいつも暗い終わり方の話ばかり書いているので、そう言っていただけて嬉しいです!終わり方自体は暗いんですけどね笑 実は、「これが、僕の勇気だ」というセリフで締めようと、お題を見た時から思っておりました。
基本書き終えた小説は放任主義なので、透さんから頂いた感想を読んだ上でもう一度、自分で自分の小説を解釈する、という面白い体験をしました。私より私のことがわかっているような感じがします笑
この度は、感想いただきありがとうございました。
>ヨモツカミさん
お世話になっております、三森電池です。前回に引き続き短編を書かせていただきました。運営していただき、ありがとうございます。
前回の話も好きだと言ってもらえたことがまず、とっても嬉しいです。
「僕」は、未来人の幻覚さえ見なければ、勇気を問われてさえいなければ、死んでいなかったと思います。死ぬ勇気無さそうですもんね笑 未来から来た幻想にまくし立てられて飛んじゃったけど、本当は生きたかったんでしょう。自暴自棄ってこわい。
春の快晴は、周りが浮かれててなんだかとっても憂鬱になりますが、それよりも今年の寒波の方が辛いですね笑 雪がもう関東に降らないことを祈るばかりです。
この度は、感想をいただきありがとうございました。
>あるみさん
はじめまして、三森電池です。
複ファで書いている話の方も読んでくださって、大変光栄に思います。登場人物の思考は、だいたい私自身と似通っています。なにぶん性格が暗いので、どうしようもない人間が破滅していく話ばかり書いています笑
結局僕と未来人の会話は僕自身の自問自答なので、心の整理、という言葉に、作者の私が一番腑に落ちました。この僕のように、周りに迷惑をかけることで見返そうとするタイプの人はめちゃくちゃ面倒ですよね。
見当はずれなんかではなく、すごく嬉しいです。複ファのを読んでもらえたのも勿論ありますし、ここまで好きと言ってくださると、もう、書いてよかったなあと思います。ありがとうございます。
この度は、感想をいただきありがとうございました。
>日向さん
お世話になっております、三森電池です。
三森電池が屋上に登らせると絶対に飛び降ります。ハッピーエンドが嫌いなわけではなく、気がついたらそういう話になっているというか。最近はそういう世界観が持ち味なんだと割り切るに至りました(
この僕は決行する朝に自殺を思い立つ適当っぷりで、最初は昼休みになんとなく屋上に来てみましたが、未来から来たとかなんとか言う幻覚が現れて言い争う後、議論を押し切る形で屋上から飛んでしまいました。日向さんの仰る通りの脳死状態です。人間、いつ何が起こるかわからないですね笑
ひねくれた人間が好きで、そういう人の話ばかり書いていたら、いつの間にか得意になってしまったという感じです。今回の話の主人公もかなりひねくれてますね笑
この度は、感想をいただきありがとうございました。
>浅葱 游さん
お世話になっております。三森電池です。いつも素敵なお題と、運営をありがとうございます。
私にはファンタジーが書けないと某所で常々ぼやいていたので、今回こそ、爪先程度だけでもファンタジーをと思った結果、こんなものが出来上がってしまいました。いつか、書けそうなお題が出されましたら、また普段やらないジャンルの練習をさせていただきたいです。
未来の僕が語る幸せな話も幻想なわけですが、そんな少しの希望でさえ、縋ってしまいたくなるものです。もっともこの僕には通用せず死んでしまったわけですが、私は未来から来た自分が希望を語ってくれたなら、もう少し頑張ろうかなという気持ちになると思います笑
この度は、感想をいただきありがとうございました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.115 )
- 日時: 2018/02/07 22:31
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: .SQTAVtg)
*
「問おう、君の勇気を」
隣に打ちつけられた金のプレートに、飾り文字で書かれている。それは一枚のまっしろな絵の題であった。コンクリートに白いペンキが塗られただけの簡素な壁と絵を隔てるものは、長方形の額縁のみ。そう、絵には絵の具も、塗料も、鉛筆で引かれた線すら存在しない。その代わり、小さな机が前に置かれていた。削りたての鉛筆と、真新しい絵の具のチューブと、微量なエアコンの風に揺れる鮮やかな塗料。絵筆も刷毛も、手段となる道具はどこにもない。
――びちゃっ。
白かった絵に、色という汚れが付いた。
桜庭優菜(さくらばゆうな)は、"普通に"生きることが夢だった。物語で見たヒロインのように純情可憐、時に強く、時には涙。天真爛漫なのもいいけれど、品行方正でお堅いのもいいかもしれない。学校生活で起こった大問題も、みんなと力を合わせてキラッと解決! なんてタイプもあざといし。
そんな夢だけで生きていけるほど、現実は甘くない。周りにいるはずの友達、優しい彼氏、権力。
何もなかった。
こんなのを望んでいたんじゃない。ただ人と話して、みんなと同じことをして、普通に学校生活を送っていただけなのに、優菜は一人だった。少人数のグループが点々と散らばって話をしている。そのどこにも入れずに、黙って寝ていることしかできなかった。
どうしてこうなんだろうと思いながら。
「……こんにちは」
放課後の美術室。話し声やかけ声、楽器、様々な音が飛び交う世界から隔離されたように静かだった。油の匂いと木材、ニスの独特な臭いが混ざりあって空気を作っている。
優菜が美術室を放課後に訪れるのは、三度目だった。
「あぁ……来たんだね」
キャンバスやイーゼルが積み上げられている、といっても過言ではないほど大量にある辺りから男の声がする。教室の一角を隠すように、わざと囲いにされたものだった。
彼はたぶん先輩。名前も知らない。でも、全校朝礼でよく表彰される人だった。聞き取りやすい綺麗な声をしている人。
"山"の方へとゆっくり近づいて、近くの椅子に座った。
「……また、部活の人が私の陰口言ってるの知っちゃって。どうしてなんだろうって。なんで、悪口とか言う人のほうが周りに人がいるんだろうって」
泣きたいわけではなかった。ただ、言葉にして誰かに話したかっただけだった。答えが欲しかった。
素性もよく知らない、美術部の先輩に縋るのはたぶん違うのだろう。
でも優菜の周りにいる人に同じことを言ったところで話は伝わり、「そういう子なんだね」とレッテルをさらに貼られるだけなのは知っている。
「君は優しすぎるだけなんだよ。塗り広げられた色を混ぜようとしないから。もっとグシャグシャに混ぜて汚くなってしまえばいい」
つぅっと堪えきれなかった涙を流したのも、この美術室だった。体調を崩して二連続で授業を休んだから居残り作業。
夢を描けと言われても、描けるような夢はない。
結婚? 仕事? 幸せ?
その時に考えればいいのに、どうして形にする必要があるんだろう。ウェディングドレスを描いたり、子供の絵を描いたり。容易く形にしてしまえる人が羨ましかった。
まるで、優菜には夢がないみたいで。
息苦しくなって水を飲みに教室の扉を開けた時に、聞こえてしまった。
優菜ってさー、性格悪いよね。先生とかにはめっちゃ媚びてんじゃん、でもうちらには何も言わないの。絶対見下してるよー。
廊下の奥に消えていく部活の練習着と笑い声。ガチャンと大きな音をたてて、開きかけた扉が閉まる。
『そんなこと、ないのに』
部活の人で遊びに行くのに誘われてなかったりとか、陰でブスって言われてる事とか、色んなことに目をつぶって付き合っていたのに、そう言われているのがショックだった。
ただ、これ以上なにかされたくないから自分の事も言わないし、弱味になるような情報を与えたくなかっただけ。傷つかないようにするのは普通じゃないのかな。
相変わらず真っ白なキャンバスが目の前にあった。
「美術室で泣かれると作品が湿って、鮮度が変わってしまう。でも訳ありみたいだから見逃してあげようか」
誰もいないと思っていた美術室に人の声がする時点で驚いていたのに、一角に積み上がった山の中から人が現れたのにはもっと驚いた。
「君は何を描くの?」
キャンバスに目を向けて、泣いている優菜には目もくれず、静かに問いかける。
「わかんない。私は普通に生きていたいだけなのに、形にできる夢だけが良いんだって言われてるみたいで。私には夢なんてないんだって……っ」
「"普通"なんて存在しない」
悲しいわけでも、怒ってるわけでもない。ただ、胸の奥にぽっかりと空いた穴が埋めてくれと叫んでいる。泣いて流した涙でその穴が埋まるわけでもないのに。
「"普通"って誰が決めたの? 運動部の人は放課後に必ず運動するのが"普通"なの? 僕が授業をサボってここで絵を描いているのは"普通"じゃない? 他人の眼を気にして生活するのを僕はもうやめたよ。だから美しい絵が描けるんだ」
言葉に納得する、というのはこういうことだろうか。胸の奥につかえていた何かがストンと抜け落ちるようだった。先輩の描いた絵がぼやけた視界の中で、輝いて見える。綺麗な青空と少女の絵。
「それで、君の夢はまだ描き終わらないんだ。ならちょうどいいや、美術館行こうよ」
白紙のキャンバスを覗きこむ、伏し目がちな長い睫毛がゆっくり動いた。
提出は明日。今日中に何が何でも形を描きださないといけなかった。美術館に行こうよ、と言われてもそんな余裕はない。
でも、ここに座っていたって描ける自信もなかったから、優菜は大人しくついて行くことにした。
聞けば、展示会に先輩も何点か出展していて、今日は最終日の片付けだったらしい。片付け要員として都合良く使われた気もしたが仕方ない。
「この絵、君みたいじゃない? 僕が描いたんだけどさ」
真っ白な絵画だった。何を描いたのか優菜にはさっぱり分からない。
「これね、前に置いてある絵の具とかペンキで、観た人に汚してもらいたかったんだ。色で汚されることで、初めてこの絵は完成する」
美術展で観客がメガネを悪戯で置いたら、他の観客は作品の一部だと勘違いして写真を撮りはじめた話から作ったそうだ。
「展示されているものは、全て完成品である。君の大好きな"普通"だよ。そこには本当に何も描かれていなくても、目を凝らして何かを感じ取ろうとするんだ。まるで『裸の王様』みたいにね」
――びちゃっ。びちゃっ。
先輩はためらいも無く、絵を汚していく。
「最初からこうしてあっても、誰かがこうやっても、結局観客は賞賛を絵に添えるんだよ。それが"普通"。よっぽど勇気がないと、飾ってあるものを汚す行為はできないから。だから『問おう、君の勇気を』って問いかけたんだ」
優菜には先輩の例えが理解できなかった。そんなの、当たり前のことじゃないのか。わざわざペンキが目の前に置いてあっても、汚したら弁償させられることが殆どだろう。
「君は真っ白な絵みたいだ。汚されても、理想や夢を追い求めて、白く塗りつぶそうとする。でも、いくら乾いた色の上に白を塗っても、汚れた白にしかならないんだ。白くあることが"普通"だと信じこんでいるから気がつかないだけで」
先輩はまだ乾ききっていない絵の上に、白いペンキを流していく。色と混ざり合って、ぐちゃぐちゃになった絵から、なぜか目が離せない。額縁から溢れた白い液体がビタッ、ビタッと床に垂れている。うっすらと筋のように混ざった色が、涙に見えた。
「混ぜて汚くなってしまえばいいなら、絵筆ぐらい用意してくれればいいのに」
「こうやって流し込んだり、チューブからそのまま色を塗ったほうが躍動感が出るかなって思っただけだよ」
「……不思議な人」
こうして誰かを不思議な人だと思うことも、優菜が自分自身を"普通"だと思っているだけ。周りと自分の"普通"は結局違う。
そんな考え方をできる人が、素直に羨ましいと思った。優菜みたいに、自分のことしか考えていない人で世界は溢れてる。片づけをしている先輩は、まだ戻ってこない。静かな美術室に、白いキャンバス。
びちゃっ。
絵の具がたっぷりついた絵筆を叩きつけて、優菜は夢を描いていく。
「私はやっぱり、周りを気にせずにはいられない。普通に笑って、普通に友達と遊んで、普通に過ごしたい」
次の日の朝、先生は怒っていた。優菜は反論する。
「私は白い絵の具で絵を描きました。それが、普通でいたい私の夢です」
白で塗りつぶされた絵が、よくやったと褒めていた。
*
どうしたら自分の領域にお題を引っ張ってこれるのか苦戦した結果がこのザマです。
台詞としてお題を使いたくない、というのは発表されたときから考えていました。
本当にお題との相性が悪すぎて難しかったです。いい練習になりました。ありがとうございました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.116 )
- 日時: 2018/02/08 20:25
- 名前: かるた◆2eHvEVJvT6 (ID: 1thmxGy.)
*感想を失礼いたします
遅くなりましたが、感想を失礼いたします。全員分書けたらよかったのですが、どうしても時間と分量の都合がつかず、人数を絞って短い感想を書かせていただきました。拙い感想ですが、是非読んでいただけると嬉しいです。
また今回も企画運営していただいた浅葱さんとヨモツカミさんには本当に感謝しております。素敵な企画をありがとうございました。次回も是非参加できたらと思います^^
□メデューサ様
初めまして、素敵なSSでしたので感想を失礼いたします。今回のお題の一文から「肝試し」という発想、すごく好きでした。サバサバした女の子を一人称に広がっていく物語は、とても読みやすく状況が把握しやすかったです。しかも肝試し中の明るい雰囲気から一変、一緒にいたあの子はだあれ、となった瞬間冷やっとしました。個人的には最後の句点を統一したらいいなと思いました。また機会がありましたら是非メデューサさんの作品を拝見したいです^^
□日向様
初めまして、控えめにいって大好きです。最初の一段落読んだ瞬間に「恋に落ちる」とはこういうことなんだなと実感しました。文体から読み取れる雰囲気が複ファの方で執筆されていらっしゃる小説とはまた一風変わった感じで、純粋に凄いなと尊敬いたしました。また、語り手である「私」が紡いでいく先輩の容姿や性格に先輩の人間らしさを感じ、しゃくりを上げて泣く彼にとても好感を持ちました。でも、一番好きなところは「私」の語り部分にある「じーざす」です、あの文体で突然くるじーざすには笑わずにはいられない()
日向さんのあとがきを読んで、なるほどと思うと同時にやっぱり先輩がしんどくて、好きだなと思いました。
□透様
初めまして、読み終わった瞬間感想を伝えたいという思いに駆られました。透さんの心理描写がとても好きです。「俺」からの視点で語られる「蓑田」くんの何というかぞわっとする感じが最高でした。よく変と言われるのですが、私は目の動きの描写が大好きで、今回の「瞼と下瞼の隙間に黒い目玉が現れ、俺を睨みつけた」という蓑田くんの描写はもうめっちゃ好きでした。目の動き一つだけでも、物語の緊迫感を描写できる透さんはとても凄いと思います。透さんが書く小説大好きですので、また機会がありましたら是非読みたいです(*'▽'*)
□あんず様
まず最初に、やっぱり貴女の文章がとても好きですと告白させてください。いつも言ってるかもですが、私のあんずちゃんの小説のイメージは、透明で儚くて美しいというか、私のボキャブラリーでは表現できないです。すみません。
情景の描写から彼女の心情までも読み取れて、殺したことに対する淡々とした彼女たちの会話にゾクゾクしました。殺したことはあなたの勇気、それがたとえ正しいことじゃなくても、仕方がないという言葉で片付けられなくても。読んでる側である私も間違ってないと思ってしまいました。いつか捕まってしまう結末になったとしても、二人がそれまで幸せでいてくれたら嬉しいです。
□ヨモツカミ様
ヨモさんの明るいコメディ系の作品も大好きですが、やっぱり闇があるっていうかしんどくなる作品が好きです。
二人の女の子のお話ですね。片方の視点から見ると、どうしてそんなに素っ気ないの、もっとどうにか助ける道があったよと思うし、もう片方の視点から見ると、流石に最後の決断を託されるまで仲が良かったわけではないからどうしようもない、と思うし。勇気の形っていろいろあるけれど、やっぱり生きてて欲しかったし、苦しいのは今だけって気づいて欲しかった。現実でもこうやって最後に誰かに何も言わずに相談して、旅立つ人がいるのかもしれませんね。やっぱり彼女の最後の勇気は、生きるためにふるってほしかったです。
□ 浅葱 游様
失セレがカキコで一番好きな作品でして、推しは空くんですが、やっぱり姫華ちゃんと優大くんのこの関係が好きというか発狂してしまうというか。友達でいようって約束したのに苦しいと言ってた姫ちゃんが「優大ならちゃんと女の子守れると思うから、自信持ってね」っていうシーンとか号泣必須なので、読むときはハンカチ必須と注記が必要だと思いました泣きました。
それに対しての優大くんの「俺が姫華のこと守れる男になるまで、待っててくれませんか」は、しんどすぎました。個人的に浅葱さんの食事の描写が好きで、私もこういった日常の描写が違和感なく書けるよう精進しようと思いました。これからも失セレ全力で応援してます(´∀`*)
□あるみ様
初めまして、ストーリーが死ぬほど好きです。一つ一つ丁寧に描写される情景がとてもリアルで、彼の視点で見る世界は淡々としているというか、物語の雰囲気に合っててとても素敵だと思いました。プロポーズされたら買う分厚い結婚情報誌でああ、あれのことだよねとすぐに分かりました。それを凶器にするという斬新な設定に驚きました。そういうのとても好きです。
号の古い雑誌はゴミでしかないし、故人の写真はインクの模様でしかない、この描写が一番好きです。そうなんですよね、捨てても捨てなくてもきっと何も変わんない。なら忘れた方がいいのかも、けど簡単には手放せないから苦しい。読みながら「僕」の亡き婚約者への想いに胸がいっぱいになりました。
□波坂様
初めまして、今回初めて波坂さんのSSを読ませていただいたのですが、とってもとっても面白くて好きです。今回のお題から、暗いお話を紡がれる方が多い中、ゴキブリ退治というストーリーに驚き、感動しました。確かにゴキブリ退治って勇気いりますよね(´∀`*)/
個人的にはりんちゃんがめちゃくちゃ可愛かったです。中学二年生の女の子だし、まだ黒いアイツは怖いですよね。私が守ってあげたい。でも、ハエたたきで退治は難しいですね、でもそんな彼女がとても可愛い♡ 起承転結までしっかりしてて、登場人物二人の中学生という年齢にあった可愛さにとても癒されました。素敵なSSをありがとうございました。
□黒崎加奈様
まず初めに、執筆お疲れ様でした。今回のお題で加奈さんがどんなSSを書かれるのかずっと楽しみにしていたので、読むことができて本当に嬉しいです。今回読んだSSで一番心を打たれました。
私は加奈さんの比喩の美しさが一番好きです。今回のSSの中では特に色を付けるというのを、色という汚れが付くと表現された部分がとても好きです。美術室の描写も私の通っていた中学の美術室の風景と重なり、懐かしさを感じました。また、先輩の言葉ひとつひとつに胸がいっぱいになりました。私もこういう先輩がほしかったですし、優菜ちゃんの芯のしっかりした行動力に勇気をもらいました。素敵なSSをありがとうございました(*´꒳`*)
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.117 )
- 日時: 2018/02/09 21:48
- 名前: あるみ◆.5iQe6f3Kk (ID: SZWajJqo)
>>81-82 何でもしますから!様
設定が好きです。登場人物の名前は設定していないと仰っていますが、今回のお話ではキャラクターの特徴を掴み易くてとても有り難かったです。特にハイファンタジーだと読み手に説明しなければならない事柄が多く出てくると思うのですが、何でもしますから!様(この呼び方なんだか面白いですね……)のお話は読んでいると意識しない内に世界観を理解しているというか、設定を読まされている感じがあまりなくて読み進めるのが楽しかったです。見習いたいなぁと思いました。口付けで力を譲渡する、ロマンチックで素敵な設定だなぁと思います。冒頭でないと宣言されていてもなお、これ以前の彼と土の魔女のお話も読みたいなぁと思うような、綺麗なお話でした。
>>108 かるた様
初めまして、ご感想をありがとう御座います。結婚情報誌で彼氏を殴ろうみたいな話を何処かで目にしたので、婚約者に絡めた凶器を他に思い付かないしこれでいっか~と使ったのです。でもあれだと多分仕留めきれないんじゃないかな……。感想を頂けてとても嬉しかったです!
さておき、感想を失礼致します。
文章が凄く読み易かったです。自分と誰かの能力の差に悩む事はわりと誰しも経験のある事だと思うので、香菜さんの心情には共感を覚える事も多く、彼女が兄を嫌う理由も分かるなぁと思いました。嫌い嫌いと言いつつ何かとお兄さんの事を意識してしまうのもそうですが、彼女の抱く劣等感の表現が凄く上手だなぁと憧れます。劣等感を抱いている、と書いて終わりではなく、かるた様はそれが文章全体から感じ取れるように書いていらっしゃるので、登場人物の心情に説得力があるな、と。お兄さんの「もっと歌って、香菜」でやられました。なんと表現すればいいのか、こう、たまらない兄妹だなあと!(何も表現出来ていない) 自分を卑下してしまう自分を否定する勇気、ある意味逃げ道を塞ぐというか、自分を追い詰める事でもありますが、殻を破る為には欠かせないものでもありますね。私も香菜さんのような勇気を持てる人間になりたいなあと思います。素敵な勇気のお話でした。好きです!
>>111 波坂様
今回のお題を見てすぐ殺させるか死なせるかを検討した人間なので、コメディ路線で「おおっ!?」と思いました(よく考えると此方のお話も黒いアイツを殺す話ではありますね……) 中学生が悪ふざけで大袈裟な台詞を言う事には違和感がないし、こういう発想と使い方もあるんだな、と新しく勉強させて頂きました。特に重圧感とか無い扉という描写が自分でも不思議なほど好きです。圧倒的な機動力を備え持つゴキブリと、半ば強制的ながらもりんちゃんの為ハエ叩きを振るう剣軒くんの攻防、疾走感があって面白かったです。私は話の最後をどうしたらいいのか悩む事が多々あるのですが、波坂様のお話はちゃんとオチも用意されていて尊敬します!
・
感想を書いている間も素敵なお話が投稿され続けて、これ以上は間に合いそうもないので今回はこの辺でやめておこうかなーと思います。すらすら感想が書ける語彙力と間違いなく感動を伝えられる表現力が欲しい……。
文章の練習のみならず、感想を伝える練習も出来たので、参加する事が出来てとても楽しかったです。失礼致しました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.118 )
- 日時: 2018/02/11 17:10
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: 2keABKLQ)
*2/11
この投稿をもちまして、第3回賞賛を添へて、の終了とさせていただきます。
「問おう、君の勇気を」というお題では、皆様の勇気とはなにか、登場人物にどのような勇気を問わせ決断させるのか。そうしたものを知ることが出来る、良い機会になったと思います。
また、書いたことがないジャンル、雰囲気の作品を書いてくださった方がいらしたり、お題を面白く捉えている方もいたりと、読んでいて非常に楽しい気持ちでした。
次回の開催時期については未定ではありますが、今月末もしくは来月上旬頃を予定しております。機会がありましたら、またの、ご参加をお待ちしております。
*
浅葱
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.119 )
- 日時: 2018/02/16 19:42
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: 2keABKLQ)
□第3回参加者まとめ
>>073 Alfさん
>>075 銀色の気まぐれ者さん
>>078 メデューサさん
>>079 奈由さん
>>080 日向さん
>>081-082 何でもしますから! さん
>>083 透さん
>>085 月白鳥さん
>>086 三森電池さん
>>088 hiGaさん
>>090-091 あんずさん
>>092 ヨモツカミさん
>>093 浅葱 游さん
>>094 NIKKAさん
>>098 あるみさん
>>100 狐さん
>>106-107 some bundleさん
>>108 かるたさん
>>111 波坂さん
>>113 Alfさん
>>115 黒崎加奈さん
>>121-125 一匹羊。さん
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.120 )
- 日時: 2018/02/14 15:34
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: e6003uoA)
【お知らせ】
こんにちは、第3回お疲れ様でした。バレンタインデーということで、参加してくださった皆様も親愛なるご友人や家族に贈り物をしたり、贈られたりされているのでしょうか。
今回、お知らせがありまして、再度スレッドを上げさせていただきます。
初めに申し上げまして、当スレッドの公式アカウントを作成しました。
Twitter:@soete_kkkinfo
作成に至った経緯としては、今までは浅葱が主体となり諸々の作業を行っておりましたが、今後浅葱が忙しくなるにあたり作業の分担を行うことになります。そのさい、Twitterでの開始終了の報せが様々なアカウントから行われるため、参加者各位を混乱させるのではないか、と考えられるためです。
また今後添へて、アカウントで行う内容としては、以下の通りです。
・開始終了の報せ
・修正、追記時効等の連絡
まだ少ないんですけど、今後色々やることが増えていけばいいなぁとは思っています。また、誰が投稿しているのか、というのも伝えることが出来たらいいだろうなとは感じていたりしますが、この点に関しましては作者様の意見もあるでしょうから、慎重に考えていきたいと思います。
と、今回は以上になります。
また、第4回もよろしくお願いいたします。
*
浅葱
Re: 添へて、【小説練習】 ※お知らせ追記 ( No.121 )
- 日時: 2018/02/16 19:23
- 名前: 一匹羊。 (ID: 7MSbsDqk)
期限を過ぎてしまったのですが、浅葱様のご厚意に甘え投稿させて頂きます。
普段書かない『社会人』で『バッドエンド』です。
ーーーーーーーー
「問おう、君の勇気を」
——何故僕は、取引先の店長にこんなことを聞かれているのだろう。
人は社長と言われてどんな人間を想像するだろうか。多分、妙にオーラがあり、良い食事をとっているのだろうなと一目でわかる体つきをした、壮年の男性だろう。しかし今、目の前で尊大に長い脚を組んだ、城之内花蓮と名乗った店長……女性は、ともすれば少女と呼んでも遜色ない小柄な体型をしていた。しているのに、妙にその、胸囲が豊かでいらっしゃるから僕は目線に困って、下を向きながら「勇気と申しますと」と精一杯の声量で答えた。
城之内さんは桃色に染めたパーマのかかっている髪をかきあげる。その仕草に何故かわずかな既視感を覚えながらも、僕は彼女の瞳を見つめるよう心掛けた。透き通ったブラウンが美しくってなんだかまた動悸がしてくる。クソ、どこを見ればいいんだ。
「分からない奴だな、君は。想像力がなくともすぐに人に聞くという発想が出てくることが積極性に欠ける。得てして営業というのは人当たりの良さではなく、積極性、即ち勇気だ。それから、熱意」
自分でも自覚している、自分に勇気が足りないことは。それを短時間で見破られ、しかも本来こちらがサポートする側なのにアドバイスを受けてしまって、僕はかなり凹んだ。
僕は平々凡々な男だ。自覚している。まず容姿に特徴がない。所謂塩顔だ。細身で小柄で、行動力もない。唯一勉強だけは出来たから大学はいいところへ入れたが、そこでも特段人の役に立った記憶がない。女友達(滅多にできないが)には「なあんか友達にはいいんだけど、冴えないんだよね」と面と向かって言われたから、勇気以上に多分、甲斐性もないのだろう。自分に対するコンプレックスは積もるばかりだ。どういうわけか営業課に配属されて、はじめの仕事が先輩の請け負っていた担当の引き継ぎだった。先輩は長年通いつめたらしいが、遂に門前払いを食らうようになったらしい。追い払われるようになった店で契約を取ってこいとは、新人には辛口の配置だ。僕にこんな仕事、成し遂げられるわけがない——。そう思いながら訪問した店で、店長が開口一番発した言葉がそれだった。問おう、君の勇気を。
「君、聞いているかい」
「あ、はい。勿論です」
「その顔だと聞いていないな。私は嘘が嫌いだ。以後気をつけろ。いいかい、本来営業とはサーヴィスなんだ」
さーゔぃす、と僕は繰り返す。妙に発音がいい。帰国子女か何かかと勘繰ってしまうほど。と、また頭の片隅で既視感が自己主張した。しかしそれよりも、彼女の言った内容が気になった。
「営業が奉仕、でしょうか」
「無論」彼女は鷹揚に頷く。自分の考えを微塵も疑っていない、そんな態度だった。
「どうすれば客の利益が上がるか考え、アポイントメント、プレゼンテーションと奮戦し、契約を取り付けたら定期的なアフターケア。相手の幸せをも心から願わずしてどうして成功する」
上司からは商品の説明と、何としてでも契約を取り付けるように、としか言われていなかった僕にとってその言葉は酷く新鮮で、うつくしかった。営業とは同僚を蹴落とし、言葉巧みに客先を拐かすことだと思っていた。その価値観が一変するようだった。
「青天の霹靂、といったカオだな」
「自分の……価値観が狭かったのだと、痛感しました」
「気付けばいい。君の前の担当は酷かった。自社の利益……いや、自分の手柄しか見えていないのが透けて見えた。君に言ったことをそいつにも言ってやったんだがな、どうも頭が足りないらしく『で? 契約するのかしないのか』ときた。だからもう話を聞かないことにした」
ふう、と椅子に深く腰掛け直し彼女は言う。
「私は無駄が嫌いだ」
その瞬間全てのピースが当てはまった気がした。可憐な顔立ちに尊大な物言い、髪をかきあげる癖、流暢な英語。そして口癖の「私は無駄が嫌いだ」。鼻腔に甦るのは古い紙と木の匂い。口調は違えど、確かに彼女だ。
「……レンさん?」
そう僕が恐る恐る問い掛けると、城之内花蓮店長、いや、レンさんはくすりと色っぽい笑みを漏らした。心臓に悪い。
「やっと気付いたか、タマ」
✳︎
城之内花蓮は中学生時代、みんなのアイドルだった。その噂は二学年下の僕の耳にも届くほどで、曰く、名家の出身で毎朝高級車が送り迎えしている。曰く、全教科で百点を取った。曰く、大手事務所にスカウトされた。曰く、そんな出自でも使っている物は自分たちと変わらない。曰く、声が美しすぎて声優の道を打診された。曰く、いつでも明朗快活で非の打ち所がない。などなど、枚挙に暇がない。
田舎で特に目立ったところのない僕らの学校にとって、彼女は正しくアイドルだったのだ。そんな彼女が生徒会を辞めて、どうして図書委員に来たのか。その頃は黒髪だった長く美しいきらめきを盗み見ながら、遠くからしか見られなかったアイドルが同じ室内にいることに、僕……平野珠希は密かに興奮していた。僕も彼女の……ファン、だろうか。とにかく憧れていたのだ。流石に彼女が、僕と同じ曜日の当番を希望した時には喜びどころでは済まなかったが。もちろんその後、僕らがタマ、レンさんと呼び合うような仲になることも、想像もつかなかった。
✳︎
「タマ」
「あっはい。聞いてませんでした」
「飲み込みだけは相変わらずいいな。将来性があると言うか、天然だと言うべきか。まあ私は、君のそんなところを好ましく思っているよ」
まただ。僕はあなたも相変わらずですね、と思ったが、言えなかった。彼女の言葉はいつも率直で、反応に困る。僕には彼女のように言葉を扱えない。選んで選んで、それを綿で包んで保管して、結局腐らせてしまう。僕の胸の内は、腐らせてしまった可哀想な言葉達でいっぱいだ。
レンさんは黙って立ち上がった。
「時間が押している。これでも店長でな、私の言いたいことは概ね言ったし、お帰り頂こうか」
勇気がなくとも、口下手だとも、仕事だ。僕は言葉を絞り出した。
「また、来ます」
「そうだろうな。ああ、また会おう」
いくら既知の仲だと言えども、彼女を酷く不快にさせた会社の営業に、彼女は何故だか柔らかく笑いかけてくれたのだ。
✳︎
うちの会社は小さなアパレルメーカーだ。元は紡績工場に勤めていた男……彼が僕らの社長なのだが、その彼が自分でもデザインした服を売りたいと一念発起し、立ち上げたもの。主に女性用から手広く服を販売している。社長の人脈が手広く、そのため近頃メキメキと業績を伸ばしている会社だ。僕もその将来性に期待して入社した。
一方、レンさんは二年前、服飾店の激戦区、表参道にオープンした『dame』と言うお店を経営している。フランス語で『淑女』という名の通り、少し背伸びしたような装いをテーマにした品揃えが人気を呼んでいた。
「……資料、少ないな」
画面の見過ぎで、眼精疲労を訴えるこめかみを指圧する。あの後数件の取引相手を訪問した後(門前払いだった)、オフィスに戻った僕は、インターネットであのお店、『dame』について調べていた。上司が全くやり方を教えてくれない以上、自分でやり方を考えるしかない。僕には勇気はない。一朝一夕に身につくものでもないだろう。けれど、根気ならば、諦めなければいいだけだ。自分でも不思議なほど、やる気の炎が心の中に燃えていた。どうしても彼女の店に奉仕したい。なぜだかそう思った。さて、敵機を墜とすにはまず敵機を知ることから。
僕は彼女を必ず墜としてみせる。
『dame』のホームページにはニュース、取扱ブランド、アクセスなどが記されていた。取り敢えず、取扱ブランドに一通り目を通す。人気のブランドから高級ブランド、かと思うとアングラな印象を受けるブランドまで、取り扱う物は様々だ。これは、直接品揃えを見て判断するしかないか。と、僕は肩を落とし、続いて『dame』の口コミの閲覧に向かった。
Re: 添へて、【小説練習】 ※お知らせ追記 ( No.122 )
- 日時: 2018/02/16 19:24
- 名前: 一匹羊。 (ID: 7MSbsDqk)
青いアンティーク調の扉を押すと、爽やかな薄緑の壁と、真鍮のようなハンガー掛けに下がった色とりどりの洋服達が僕を出迎えた。からん、と控えめな鈴の音が鳴る。僕は再び『dame』を訪ねていた。スーツを着た僕は、店内のお洒落な女子の中では目立つ。そして、一瞬振り向いた数組の瞳が「なんだ、冴えない」と落胆を写し。あるいは、「ああ仕事か」と無関心を纏って、服に視線を移した。僕は入り口に立っていて、そして自分に言い聞かせる。慣れっこだ。僕には、よくあること。明るく髪を染めた店員二人も僕には近寄ってこない。大方間違えて入って来たのだと思われているのだろう。気にするな、平野珠希。ナンパの為にここに来たわけじゃないだろう。
近くの服を手に取って物色する。自分にはファッションの詳しいことは分からないが、やはり系統の違う服が取り揃えられていた。僕は、値段とブランドと簡単な感想を手に取ったメモに残していく。漸く壁一枚分が終わるかというところで、カッカッ、と凛とした音が店内に響いた。
「市川さん、店内のどの客にも目を配ってください。ここに一歩足を踏み入れた以上彼もまた顧客となり得るのだから」
「……レンさん」
柔らかい桃色の髪をかきあげて、ヒールを履いた、凛とした佇まいの彼女がそこにいた。堂々とした敬語は昔を彷彿とさせる。レンさんは僕のメモ帳を見ると、顎をくっとあげて嘲笑する。
「しかしお客様は、どうやら何かをご購入に来た様子ではないようだ。スパイですか?」
「ち、違います! 僕は……」
僕は、何だろう。何のためにここに来たのだろう。……? 馬鹿なことを考えるな。契約のためだろうが。出世のため。そして彼女の店のため。
本当に?
「……冗談だ、そんな顔をするな。奥に通そう。上がりたまえ」
「店長」
「心配なさらず。取引先です」
市川と呼ばれた女性が、僕を警戒してか名前を呼んだが、レンさんは頓着もしなかった。
「それで? 何をしていたんだい、私の庭で。まあ大概予想はつくが」
以前通された場所と同じ部屋、やはり前のように尊大に座った彼女が聞く。僕は俯いた。決して疾しいことをしていた訳では無いのだが、この人の前だとどうも萎縮してしまう。彼女は、生まれながらにして強者のオーラを纏っている。例えば、私という一人称も、この人が使うと女性を表す記号ではなく、もっと特別な響きを帯びるのだ。昔と違う口調は格好いいのだけれど、店員の前では使わないのだなと思った。
「あなたの店に貢献するには、あなたの店のことを知る必要があると思って……」
「三十点だ。本当は零点にしてやりたいところなのだがな、熱意を評価しよう。だがその一、社員として訪問するならばアポイントメントを取れ。その二、客の迷惑になるような行為は避けろ。その三、その程度のことは私に聞け。無駄は嫌いだと言った筈だ」
「すみません」
返す言葉もなく、僕は謝ることしか出来ない。商品片手にメモを取る姿は、店員にも客にもさぞかし不気味に映ったことだろう。どうしてこうも気配りができないんだ。自分が嫌になる。
「勇気を問うとは言ったが、蛮勇を見せろとは言った覚えがないぞ。……手段を考えろ」
ああ、慰められている。そう直感した。レンさんは昔から自他共に厳しい人だったのだ。その彼女が、何も責めない。おそらく。おそらく、僕の胸の内が分かったのだろう。自分を責めるしか出来ない弱いこころ。
このままじゃ駄目だ。そう、強く思った。そう、誰かに憐れまれているようじゃ駄目なんだ。僕は勇気を問われている。そして、ヒントはもらった。
「では、お聞かせください。あなたのお店について、出来るだけ詳しく」
顔を上げて懇願すると、レンさんは目を見開いた。そして、花開くように笑った。綺麗な笑顔だった。その笑顔が余りに昔を思い起こさせて、僕はドギマギと視線を泳がせる。
「及第点だ」
立ち上がった彼女は、部屋の端の濃紺のポットで、紅茶を淹れた。「飲め。長い話になる」と。
僕は気分の高揚を感じた。先輩からこんな話を聞いたことがあるのだ。営業先でお茶が出て来たら、それは契約への光明だと。しかし、いそいそと紅茶に口を付けた瞬間、厳しい声で「話をするだけだ。取らぬ狸の皮算用はしないように」と釘を刺されてしまった。少しは感動に浸らせてほしい。後、何で僕の考えていることがわかったんだ。
「君の勇気を問おうと、そう言ったことは覚えているかな、タマ」
「忘れません。衝撃的でしたから」
「あれは、我が店と運命を共にする覚悟、ひいては勇気があるかという意味だ。その面構えと行動から鑑みるに、少しは様になってきたと見える。さあ、まずは君が『dame』のことをどれだけ考えてくれたのか、それから聞かせてもらおうか」
そう聞かれて僕は慌てた。本来今日は営業で訪問する予定ではなかったのだ。よって、昨日徹夜で作った資料はここにはない。そのことを彼女に告げると、暫く呆けた後で「馬鹿なのか君は」と言われた。ボキャブラリー豊富な彼女が直球で物を言う時は、本当に驚いている時だ。益々自分が恥ずかしく、不甲斐なく感じる。
すみませんすみませんと、もはや誰に向かっているのかも分からない謝罪を繰り返しながら、僕は何とかスマホを駆使し、『dame』について調べたことを前頭葉と格闘しながら説明した。取扱ブランド、商品の傾向、年度ごとの客層、口コミ、ライバル店。ライバル店の傾向。値段帯……。しばらくすると頰を汗が伝い始めた。思ったよりも頭を使う作業だ。
「……これらのことから、『dame』のテーマは『変身』だろうかと予想しました。現在起こっているであろう問題点についても、前述の通りです。あの、本当に資料を忘れてしまって申し訳ありません。データに誤りがあるやも」
「いや、私が把握している通りだよ。……もしかしたらそれ以上かもしれない。君はここぞという時の洞察力も優れているが、それ以上に情報収集力、継続力が突出しているな。ここまで調べるのはさぞかし労力を要しただろう」
自分でもどうしてあそこまで頑張れたのかは分からないのだ。ただ、今自分が褒められているというのはわかった。努力を、認められているのだということは分かった。それは、泣きたくなるような多幸感を僕にもたらした。実際少し僕は泣いた。自分でも気持ち悪いやつだと思う。でも、自分を揺さぶる大きな感情が僕を平静でいさせることを許さなかった。
レンさんは僕の涙に気付かない振りをしてくれた。
「君は勇気こそないと自分で思っているかもしれないが、少なくとも人に寄り添おうとする才能は、確かにその身に宿しているよ。誇れ」
誇っていいのだろうか。無二とまでは言わなくとも、誇れる才能があると、思っていいのだろうか。劣等感ばかり抱えてきた。何もかも人より出来ない自分が嫌だった。人に離れられるばかりの人生が嫌だった。だけどもう少し、自信を持っていいのだろうか。僕はより一層溢れてきた涙を堪えるのに必死だった。
だから、レンさんが次に言った言葉がイマイチ聞こえなかった。
「何か、仰い、ましたか」
レンさんは髪をかきあげる。桃色がふわんと舞って綺麗だった。
「君の仕事の都合がつくのなら、今晩食事でもどうだいと言ったんだ」
Re: 添へて、【小説練習】 ※お知らせ追記 ( No.123 )
- 日時: 2018/02/16 19:25
- 名前: 一匹羊。 (ID: 7MSbsDqk)
冴えない小学生だったことを覚えている。そして冴えない中学生になった。そんなことを言い出せば、その後引き続き冴えない歴を更新し続け、冴えない大人になった今があるのだが、それは一先ず置いておこう。中学の生徒は、ほぼ小学校からの持ち上がりだった。なのに僕は、中学一年、二回目の委員選びでも、クラスに友達がいなかった。よって同じ委員会に入ろうぜ、なんて言葉を言い交わすこともなく、淡々と図書委員になった。小四の頃から合わせれば八回目だ。皆勤賞だなと自分を嘲笑ってやったのを覚えている。どうせ今回も特に変わったこともなく終わるだろう。……ああ、でも。仲のいい司書さんと話せることと、それから。『あの人』の顔が見れることだけは、少し楽しみだな。そう思った。
レンさん……当時は城之内花蓮さんと呼んでいた彼女は、よく図書室に来ていた。始めは月に一回程度顔を見れるくらいだった。学内の有名人は書まで嗜むのか、と慄いた。それから、なんだか普通に顔を出して話しているのが恥ずかしくなった。彼女は、当時もとてもとても美しかったから。二月経った程度から僕の担当する曜日に毎度来るようになったのは多分、毎日図書室を訪れていたのか、司書さんと話したかったのか、どちらかだろう。僕としてはその頃にはもう、彼女に憧れていたから、毎週その日が来ることが、楽しみなような、怖いような気持ちだった。
後期、委員会。もう少し勇気があれば、彼女と言葉を交わすことが出来るだろうか……などと思っていた、中学一年九月の僕へ。
「本当に薄いなこのビールは。一体全体何をどうしているのか問い詰めてやりたいよ」
社会人になった僕は、なぜかレンさんと、居酒屋に来ています。
『今晩食事でもどうだい』
そう言われて、舞い上がる心がなかったと言ったら嘘になる。というか、こんな美人に食事に誘われて舞い上がらないやつがいたら、そいつは男じゃない。レンさんからお店の話をまだ聞いていないと思ったし、思い出話も、今の話も。沢山話したいことはあったけれど、僕らはもう、あくまで仕事の関係なのだろうと諦めていたから。ただ僕は真っ先に慌てた。
『あの、レンさん。僕そんなに今日持ち合わせがないです』
『うん? 何を言う』
彼女が名家の出身であること、そしてその家はある大企業も運営していることはあくまで噂だ。確かめたことはない。でも、実際に今彼女は店を二年経営していて、その店は流行っている。服装一つとっても、彼女と僕の差は歴然だ。もしかしたら彼女は先達として奢ってくれるつもりなのかもしれないが、甘えたくはなかった。僕が二人分支払える、もしくはせめて割り勘出来る店を……!
そう考えて己の経済力のなさに拳を握りしめていると、レンさんはふっと笑った。
『いいから付いて来い』
そうして付いて来た先にあったのが、先に述べた居酒屋である。壁は汚れていてその上にベタベタとメニューというかお品書きが貼られ、テーブルがみっしりと置かれているような、どこにでもあるありふれた居酒屋だ。社会人の、いや、最早大学生の味方と言って差し支えないような。何なら僕は、同系列の店に大学生時代お世話になったことがあった。
「ふむ、しかしこれも一つの味わいと言えるな。醍醐味と言うべきか。何にせよこの安さであるならば、コストパフォーマンスは高いのかもしれない」
「いや、低いですよ。レンさんもしかして初居酒屋ですか」
相変わらず発音のいいコストパフォーマンスはスルーし、僕は突っ込む。先程泣いているところを見られてしまって以降、気まずくて目も合わせられなかったのだが、流石にそれは突っ込んだ。前々からここの酒は、安いとはいえ薄すぎる。上機嫌な彼女は鷹揚に頷いた。
「機会がなくてな。おっ、このもつ豆腐とやらは何だ。実に興味深い」
でしょうね、と僕は思う。彼女の身の回りは、彼女に相応しい品格高い人々だったんだろうし、彼ら彼女らはこんなところへは来ないだろう。
それにしてもはしゃいでいる……。レンさんは普段の余裕と自信をたっぷりと滲ませた笑みではなく、年相応の笑顔を見せていた。可愛い。彼女が何か言う度ふわふわの桃色が揺れ、きらきらと柔らかく緩んだ目元が楽しい、楽しいと主張するのだ。眩しくて何だか見ていられない。動悸が凄い。何で僕をここに連れて来たんだろうとは思ったが、聞く余裕はなかった。
「君は何を食べる」
「え? えーと、こっち……のチーズピザかこっちの海老マヨか……」
「無駄は嫌いだ。迷うのは時間の無駄だ。食べたければどちらも食え。オーダーお願いします!」
無茶苦茶だ。というか、食べきれなくて残すのは、金と食材の無駄じゃないのか。ぐちゃぐちゃとそんなことを考えていると「君は、注文したものを粗末にするような真似はしないだろう?」と来た。だからなぜ考えていることがわかるんだ……。
✳︎
無駄は嫌い。レンさんは、本当に昔からそうだったな。委員会に入るや、今まで適当に回していた雑事の当番制を言い出した。誰かがするだろうと放っておかれていたことも彼女のおかげで浮き彫りになった。普通そんなことをすれば、疎まれそうなものだけど、彼女が言うと説得力しかなくて、レンさんと同学年の三年生も彼女に従った。
そして、僕と当番をしている時も、「城之内先輩、こっちをお願いします」と言うと、途端に剣呑な目つきで僕を見た。その頃は柔らかかった……いや鋭かったな。今と少し違うけどその頃から鋭かった口調で。
「君とはこれから約六ヶ月の付き合いになるよね。その間ずっと城之内先輩って私のことを呼ぶつもり? 城之内先輩と花蓮では、その差はコンマ数秒かもしれない。敬語とタメ口でも同じでしょう。でもそれが六ヶ月続けばロスは一体何秒、何分、何時間になるのかな。私は無駄が嫌い。今すぐ改めて」
僕は慄いた。女の子を名前で呼び捨てる、先輩にタメ口を使うなんて、したことがなかったから。しかも、憧れの相手を。頰が熱くなるのを僕は感じた。
「……花蓮さんじゃだめですか……?」
そう聞くと、彼女は髪をかきあげた。多分この時が、彼女の髪をかきあげる癖を初めて見たときだったと思う。
「五十点。レンさんで許してあげる。私も、君のことは珠希じゃなくてタマって呼ぶから」
その日から、放課後のカウンター当番が終わった後、校門までの短い距離を、何故かレンさんと帰るようになったのだった。彼女は仕事中は私語を慎む人だったから、それで僕は少しずつ彼女のことを知っていった。
✳︎
「余所見をするな」
レンさんが僕の袖を引っ張った。そんな台詞、まるで睦言みたいだ……。
まだ頰の全く赤くないレンさんが、そのまま拗ねたような表情で柔らかそうな唇を開く。
「私の店について聞いてくれるんだろう?」
「あっ、はい、そうですよね。そうです」
それからは沢山話をした。レンさんの『dame』がどんな思いで立ち上げられ
、どんな道程を乗り越え、どんな現在があるのか聞いた。一流大学を出て、いくらでも選択肢があったレンさんが店長になったのは、自分一人でも出来ることがあることを、証明したかったらしい。そんなことみんな知っているというのに。途中何度も追加注文をし、彼女は意外と食べるし、飲むことを知った。そして、自分が酔うと陽気になることも。……今までは一杯付き合ったら退散していたから。
陽気と言うか、いつも腐らせてしまっていた言葉たちが元気になる。どこにそんなエネルギーを隠していたんだと突っ込みたくなるほど、言葉はぽんぽんとレンさんに投げつけられた。それを受け止めたレンさんが、何だか楽しげに笑うから、僕は無性に嬉しくなって、また無駄なことを喋った。
「レンさんはお家は継がなかったんですかあ」
「君は無知なようだから教えてやろう、家を継ぐのは長男と相場が決まっている。だが私は一人っ子だからな、婿養子を迎えることになるだろう」
レンさんは、酒を飲んでいるとは思えないほどしっかりしていた。そして、その時だけなんだか、置いていかれる子供のような響きを声に含ませた。それが悲しくて僕は話題を変える。
「僕なんかと飲んでていいんですか。恋人なんかは」
彼女は僕がそう言った瞬間物凄く不機嫌になった。そして言う。
「私が不貞をはたらく人間に見えるか」
「滅相もありません」
「恋人はいない。いたら君とここへは来ない。ああでも、恋人が欲しいと思うことはあるな」
桃色の髪をかきあげて彼女が言うものだから、まるで普通の乙女だなと僕は思いながらフォローする。
「すぐ出来ますよ、レンさんなら」
「……それ以上に友達が欲しい。そうだな、他愛もないことをいつまでも語らえるような友が欲しいな」
「……えっと」
「嘘を吐くなとは言ったが、気休めの慰めまで禁じた覚えはないぞ」
しばらく話しているとこんな話になった。
「なんで、そんな喋り方になったんですか」
「直球だな。君はいつもそうして喋るといい、無駄が省ける。……そうだな、私の容姿は整っているだろう?」
「えっあ……ハイ。タイヘンウルワシュウゴザイマス」
「……タマ。君は女性の褒め方も勉強しろ。まあ、私は私の容姿が世間でどう評価されるか知っている。そして、そのせいでどんな輩が引きつけられるかもな。実害も何度も被った。だから、物凄く変な奴になってやることにした」
「はい?」
文脈が読めなくて僕は困惑する。彼女は桃色の髪をくるくるといじった。
「元から散々変わり者だとは言われていたからな。この珍妙奇天烈な髪色も作戦の一つだ。まあ一番効果があったのはこの喋り方だな。勿論TPOは弁えるがね、お陰で悪い虫は大分減ったよ……タマ?」
気付けば僕は、自らの髪を弄る彼女の手を、そっとどけて、桃色の綿菓子に触れていた。柔らかい。
「僕には今の髪も、話し方も、すごく魅力的に思えるんだけど」
ああ、何だかすごく眠い。今なら何でも伝えられそうな気がする。蛮勇でも何でもいいや。ああでも、これはだめ。でもあのことなら、とうとう伝えられなかった可哀想なあの日の僕の代わりに言ってやろう。
「レンさんは僕の初恋だったから、中身が一番すごく魅力的だってこと、僕は知ってるよ」
レンさんが目の前で目を丸くしている。すごく可愛い。少し幼くて、あの頃みたいだ。あれ? ……どうして彼女は、泣いているんだろう。整った柳眉がくしゃくしゃに寄って、歪んだ目元からつうと涙を零している。
「タマが私の初恋だったって言ったら、嘘になるよ」
「だよね。分かってるよそんなの。アイドルがファンに恋をするなんて、ありえないべ」
「飲み過ぎだよ、タマ。お開きにしよう」
Re: 添へて、【小説練習】 ※お知らせ追記 ( No.124 )
- 日時: 2018/02/16 19:27
- 名前: 一匹羊。 (ID: 7MSbsDqk)
そうしてその日は別れた、らしい。気がついたらスーツのままマットレスの上にいた。窓の向こうでは朝日が強烈に街を照らし出していた。僕には昨日の記憶が途中までしかなくて、どうやって家に辿り着いたのかも分からなかった。僕はバスルームに向かう傍ら、昨日見た夢について思い出していた。
僕は城之内花蓮に恋をしていた。男子中学生の恋なんて、他の子よりも可愛いだとか自分と話してくれるだとか、理由はそんなものなのだろうけど、とにかく僕は彼女が好きだった。ただぼんやりとアイドルに憧れていたのが、実際に話すようになって、少し身近になったのだ。相変わらず僕にとってアイドルだったことには変わりないが。昨日見たのはその頃の夢だ。
「本が好きなんだね」
「え? あ、はい。まあ。どうして……」
「重そうに角ばった厚手のトートバック。教科書はもっと大きいし、本かなって。それもいつも持ち歩いているから、かなりの本好き。恥じなくていいよ、私も本は好き」
彼女の洞察力は凄かった。そして僕のコンプレックスの一つを、余裕に満ちた笑みで包み込んでくれた。
今思えば、その時が始まりだったのだろう。僕は嬉しくて嬉しくて、笑いながらありがとうございますと言った。
「クラスの人には……からかわれるんで、隠してます。元々勉強しかできないやつだって揶揄されてるんで」
「やっぱり本好きだよね。揶揄って十三歳からは中々聞けないよ。まあどうしようもない部分もあるんじゃないかな。中学までって全教科、国語が出来れば大概何とかなるからね。後は努力と継続力だよ」
「大概って言葉も、十五歳からは中々聞けませんね」
「言うようになったじゃない」
本の話も沢山した。先生の話なんかも。彼女としたのは他愛もない話が大半だったことを覚えている……あれ? 他愛もない話。僕は回想のテープの再生を止めて、考え込む。まただ。また、既視感がする。どこかでこの言葉を聞いたような。僕はシャワーを終えて、タオルで髪を拭く。だめだ、考えがまとまらない。
取り敢えず、レンさんには謝らないとな。記憶が無くなるほど飲んでしまったこと、ああまた、こっ酷く言われる予感がする。ご機嫌取りに何か買っていこう。並の菓子は慣れているだろうから、そうだな、珍しいものを。幸い今日は土曜日だ。月曜また営業で彼女を訪ねる時までには何か買えるだろう。
✳︎
「モノで釣ろうなどという不埒な考えをする後輩に、君を育てた覚えはないのだが?」
「い、いえ、これは以前のお食事の時のお詫びと申しますか」
「尚悪い。モノで誤魔化すつもりか君は。まず何を謝罪したいのか述べろ」
月曜日。僕は菓子折りを持って『dame』を訪ねていた。ところが、マトモにプレゼントもお詫びの品も渡したことのない僕は、「こんにちは、営業に参りました。あの、これよかったらどうぞ」という、ぎこちなさしかない渡し方をしてしまったのだ。案の定彼女は烈火の如く怒っていた。
「はい! えーとまず、先日前後不覚になるまで飲んだことと、そのためレンさんにご迷惑をおかけしたであろうことと、最後に先日の記憶が一切ないことについて謝りたく存じます」
「……無論知っているとは思うが、度を超えた飲酒には急性アルコール中毒の危険性がある。自分の酒量くらい把握しろ。それでも社会人か。とは言え君の様子がおかしいにも関わらず、飲ませ続けた私にも責任はある。すまなかった」
「そんな、やめてください。隠キャ極めすぎた自分が悪いんです」
「いんきゃ?」
「陰のあるキャラで隠キャです」
「自分を卑下しすぎだ。不愉快だぞ」
また怒らせてしまった。彼女は誇り高い人だから、周りもそうでないと我慢ならないのだろうな、と自省する。兎に角、怒りながらも彼女は贈り物を受け取ってくれた。
「これはなんだい」
「飴です。鎌倉で購入しました。よければ」
そう言った瞬間、彼女が大袈裟なほど大きな溜息を吐いた。髪をいつものようにかきあげる。
「タマ。君はこんな通説を知っているか。異性に贈る贈り物には、それぞれ意味があると」
そんな話は知らなかったので首を横に降る。
「例えば財布ならば、いつでも貴方の側にいたい。ネクタイピンならば貴方を見守っている。口紅ならば貴方に接吻したい、というようにな。勿論菓子にも意味がある」
説明とは言えレンさんの口から貴方にキスしたいなどと言われて赤面する僕の耳に、衝撃的な一言が飛び込んできた。
「飴に隠された意味は貴方のことが好き、だ」
……知らなかったとは言えなんてものを渡してしまったんだ僕は……! 内心頭を抱えながら、僕は「え、えっと! その、あの、人間的な意味で、あの、ちがくて」などと口籠る。瞬間。「アッハハハ!」と開けっぴろげな笑い声が部屋の中に響き渡った。笑い声の主はひーひーと腹を抱えている。
「まじないのようなものだよ。意味を込めて渡さなければ何の意味もない。すまんなタマ、意趣返しにからかわせてもらったぞ」
「なんの意趣返しですかぁ……」
こちらは最早半泣きである。レンさんは「覚えていない方が悪い」などと意味不明のことを言った後、深く椅子に腰掛けた。
「それで? 口説いてくれるんだろう?」
その言葉選びはずるい、と思いながら僕はずっしり詰まった鞄を掲げる。この土日、飴玉探しだけに奔走していたわけじゃない。軽く息を吸って、吐いた。さあ、ゲームの時間だ。今日こそ彼女を墜とす。
その日僕は、初めての契約を勝ち取った。
それから僕のスマホに、一人分の連絡先が増えた。
✳︎
放課後の図書室は静かだった。
よく晴れた日で、テスト前でもない日は来館者は少なかった。だからだろうか、自分の作業をする僕にレンさんが話しかけてきた。
「タマはお人好しだね。それ、タマがする必要あるのかな」
僕は近くなった球技大会の、名簿作りとチーム分けに勤しんでいたのだ。別に僕は実行委員でも係でもない。レンさんにもそれは分かったのだろう。
僕は気まずいなあと思った。以前同じことを言った時には、いいこぶってるギゼンシャだと笑われたのだ。
「でも、誰かがやらなきゃいけないんで。これくらいしか得意なことないし」
レンさんは暫く黙っていた。呆れられたかな? と半ば諦めの入った思考をしていると、僕の持っていた書類から名簿が掻っ攫われていった。
「誰かに頼ることは出来るでしょ。それから、こういうのが得意なの、意外と色んな力がいるんだよ。だからタマはすごいよ」
✳︎
あの日レンさんが教えてくれたこと。誰かに頼るということ、自分は案外すごいのだということ、どちらも余り理解出来ないまま打ちのめされて、僕は大人になってしまった。だけど、再び出会って、思い出した。意気地なしの僕でも出来ること。そしてそれを性懲りも無く忘れかけた時、レンさんはまるで袖を引くように、僕に教えてくれる。
「これでやっと十店舗目ですよ」
「そうか、おめでとう。今日は私が奢ろう」
「割り勘を所望します」
「意固地な奴め」
彼女と食事をするのは六回目位になっていた。もう飲み過ぎるようなヘマはしないし、契約を取る前のあの張り詰めた感じもなくなっていた。今の僕らは彼女の言葉を借りれば、一連托生の仲間なのだから。……仲間、か。
「やっぱり勇気が欲しいんですよねえ」
「タマ、それは何度目だ。しつこい男は嫌われるぞ。それにな、私は、この数ヶ月で君にすっかり勇気が付いてきた気がするよ。十件の契約がそれを示している。それに、君には初めから踏み出す勇気はあったのだから」
ああ、そんなことはないんですよ、レンさん。本当に僕は意気地なしで、だめなやつなんです。
だってあなたに告白する勇気が湧かない。
貴方が好きです。潤んだような猫目に長い睫毛が好きです。吊り上がった口元が好きです。どんな髪型も似合うと思います。几帳面に整えられた服装が好きです。余裕と自信を含ませた笑い方が好きです。呆けた時の幼い顔が好きです。髪の毛をかきあげる癖も、奇抜な発想も、男のような喋り方も、全て好きです。でも言えない。初恋だっただなんて言って、大嘘だ。今も好きなのだ、でも。貴方はずっと、僕のアイドルだから。アイドルは、手が届かない存在。そんな理由で、彼女を僕は諦めようとして諦めきれずいる。
「僕には勇気なんてないんです。ちょっと足を伸ばす労力は払えるけど、革命的には変われない」
ふむ、と彼女は鶏つくねを頬張って考えた。余談だが、僕らが飲む時場所を考えるのはいつも彼女で、そこはいつも庶民の味方だ。
「ヘルマン・ヘッセは知っているね」
「あ、はい」
「彼の著書『デミアン』にこんな言葉がある。『鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。 卵は世界だ。生まれようと欲するものは、 一つの世界を破壊しなければならない』。勇気を出すということは、現状を破壊する覚悟があるかということだと思うよ。また、人間関係は化学反応だというユングの言葉もあるね。私はこれは人間関係のみに限った話ではないと思うんだよ。戻れない、その覚悟を問うのだとね」
どちらの言葉も知っていたが、それらを勇気に結びつけたことはなかった。僕にはあるか? 彼女との今の関係や今の僕自身を、革命的に破壊する覚悟が。
……ない。あるわけがない。だって今の関係は居心地がいい。あなたとずっとこうして話して、お酒なんか飲んで、隣で歩いている、その距離感が心地いい。ドキドキするけど、キスしたい、だとか、もっと先を考えないでもないけど、それはいけないと僕の中の誰かが警鐘を鳴らす。だから、今のままでいいと、そう、思っていたのに。
Re: 添へて、【小説練習】 ※お知らせ追記 ( No.125 )
- 日時: 2018/02/16 19:29
- 名前: 一匹羊。 (ID: 7MSbsDqk)
「もう会えない」
もう何度目か分からなくなった逢瀬で、そう告げられた。彼女にしては珍しく、格式高いレストランに呼ばれて、僕はスーツを着ていたし、彼女はドレスに似たワンピースに身を包んでいた。僕は余りに動揺して立ち上がった。嗜めるような溜息が僕を宥める。無遠慮な視線に足が竦んで、折れるように座った。
彼女は静かな、静かな猫目で僕を見ている。僕が恋した瞳だ。そしてその恋が今終わろうとしている。僕は項垂れて問う。
「何か僕、しましたか」
「理由をまず自分に問うのは君の美点だが、今回ばかりは私の勝手だよ。すまない。君のことは好いている」
どくんと胸が跳ねた。好いている、と言われたことは初めてだった。多分僕の求める意味ではないのだろうけど。
「見合いの日が決まった。……ほぼその男に決まりだそうだ。言っただろう、私は不貞ははたらきたくないと」
友達として会えないんですか、とは聞けなかった、だって、つまり、そういうことだ。
一番夢を見た言葉を、一番聞きたくなかった形で聞いている。僕は縋るように言った。
「婚約、しないでください」
「その前に言うことがあるんじゃないか」
ぴしゃりと返された。そうだ、僕はまだ大事な言葉を言っていない。だけれど、勇気が、今の状況を破壊する勇気がなかった。彼女を彼女の世界から連れ出す勇気がなかった。彼女の責任を負う勇気がなかった。
……レンさんは、桃色の髪に白色のワンピースで、今までで一番うつくしかった。そう、そういえば、あの時も同じ衝撃を受けた。レンさんがレンさんだと気付く前、彼女の価値観のうつくしさに胸を打たれて、多分その時に同じ相手に二度目の恋をした。
終わってしまうのだろうか、このまま。
「君からどうしても聞きたかった言葉がある。たった二文字でよかったのだがな、……とうとう聞けなかった。少し話をしようか」
僕は、今まで見た様々な彼女を回想していた。
「私は中学時代読書家だったのは知っているね。うちの図書室はどうも埃っぽくて困るな、と思っていたら、ある日一角が綺麗になっていた。次の週は隣の一角が。通い詰めると、水曜日に掃除が行われていることがわかった」
『一緒に帰らない? とは言っても、迎えがあるから校門までなんだけど』
そう楽しげに笑う彼女は、相変わらず髪をさらりとかきあげていた。取り巻きに見られたらどうしようと青くなる僕に、くすくすと笑った彼女が『面倒を持ってくるやつがいたら私がやっつけてあげるから大丈夫』と言う。どうしてか、彼女は昔から僕の感情を読むのがうまかった。
「それから、貸出カードに私の知らない名前が増えた。どうやら彼は私と読書傾向が似ているらしく、色々な本でその名を見た。彼は水曜日に図書室を訪れるようだった。気になっていたら彼の名が入り口にある。本来あるべきだと思っていた係がうちの図書室にはなかったのだがな、彼は進んでそれを引き受けているようだった。司書に聞いたよ。彼は水曜日の当番だった。君だ、平野珠希」
下駄箱で、三年のところで待つ彼女の元へ行く時間が好きだった。誰かが待っていてくれることの幸福を、待ってくれている誰かを探す幸福を、彼女が教えてくれた。
『友達が欲しいなあ』
そう言った彼女に驚いた。彼女はあの時間以外はいつも誰かに囲まれていたから。それに、あの時間でさえも部活中の誰かによく邪魔をされる。彼女は孤独とは無縁だと思っていた。
『みんな私に遠慮する。気を遣って、それからゴマをする。そんな人間関係、うんざりしない? 私はまっすぐな言葉や表情と出会いたい』
『あ……それ、なんか分かります。僕ほら、目立たないんで。話しかけられても、どこか薄い壁を貼られてるみたいで。笑ってる時は、ああ何か頼みたいんだろうなってわかります』
『タマも? そっかあ……他愛ないことをいつまでも話せる友達、欲しいね』
そうだ。あの頃から彼女は、友達を欲しがってたじゃないか。でも、僕らが話していたのは他愛ないことばかり、僕らは、何だったのだろう。友達、だったんじゃないのだろうか。そうだ、僕らは確かに、友達だった。
「私は君と同じ委員の曜日を、熱烈に希望したんだ。ある期待を胸にね。実際に出会ったタマは、優しく心細やかな気遣い屋で、面倒ごとを黙って引き受けるお人好しだった。そして、私のどんな言葉にも、純粋な反応を返す少年だった。とても表情豊かでね、考えていることが分かりやすかったよ。……初めて出会う人種だった。他愛ない話で、嬉しそうに笑ってくれた。期待通り君は友達になってくれた。でもその頃には私は君を……」
言ってよ。僕は心の中で希う。でもそれが叶わないことは分かっていた。よしんば口にしたとしても僕に現状を変える勇気はない。
そして恐らく、彼女にも。
彼女は深く椅子に腰掛け直し、溜息をつく。運ばれてきた料理はすっかり冷めていた。
「君が初めて……担当されたのが私の店だったのは、君に期待をしていたんだろう。君にみんなが頼みごとをするのは君に頼り甲斐があるからだ。後は、利用されないことだ」
違う。そんな人生の先輩ぶった言葉を聞きたいんじゃない。
勇気を出せ、僕。全てを破壊する勇気を。
泣きそうになりながら言葉の海を漂う僕に、彼女は笑う。初めての辛そうな笑顔だった。余裕なんてそこにはなかった。そして、丁寧に包装された何かを僕に手渡した。
「最後の餞別だ。受け取ってくれ。……さよなら」
……どうやって帰ったかは覚えていない。まるで初めの食事の鏡写しだ。記憶も消えて仕舞えばよかったのに、と僕は思った。狭いワンルームで、手渡された包みを解く。ああ、と嗄れた声が喉から漏れた。
渡されたのはモスグリーンの、マフラーだった。いつか飴を渡した日、大概のプレゼントの意味は調べたし、彼女と飲みに行ったときそれを確認もされたから、確かだ。マフラーをプレゼントするその意味は。
『あなたに首ったけ』
涙が止まらない。彼女は少なくとも、伝える勇気を持っていたのだ。僕と違って。
『問おう、君の勇気を』
それから何度、僕は躓いてきたのだろう。でも、もう間違いたくない。意気地無しをやめたい。
「——レンさん!」
『……タマ……?』
電話越しに帰ってきた声は濡れていた。僕の声もぐしゃぐしゃに濡れている。多分、この声を聞くのはこれが最後になるだろう。一音たりとも聞き漏らしたくなくて、僕はスマホを耳に押し付ける。
「レンさん。ずっと前から好きでした。好きです! 大好きです!」
直接言えない意気地無しでごめんなさい。と言うと、『私もだよ、私もそうだよ』と返ってきた。
『私も好き、タマ。ずっと好きだよ。でもごめん。私は家を裏切れない』
「それでいいよ。あなたが手の届かない人になっても、ずっと好きです! ごめんなさい、気持ち悪いやつで……」
僕が俯くと、『こら』と彼女が濡れた声で笑った。
『私の好きな人の悪口言わないで。全く君は時たま至極、想像力に欠けるね』
レンさんは息を吸う。
『でも私は、君のそんなところもどうしようもなく好きだったよ』
過去形になった。
「これでおしまい、そういうことだね」
『うん。でも忘れないから』
「酷いや」
会えもしない、他の男のものになる彼女のことを、僕は諦められそうにない。そんな僕がいる限り、彼女は僕と会おうとはしてくれないのだろう。
それでもいい。それでもいいと、そう思えた。僕は最後に、殻を割ることが出来たのだから。彼女のいる世界まではまだ遠かったけれど。
通話を切った。夜は更けていく。そうしたらやがて、朝が来る。あなたのいない朝が。それはとても寂しいことで、今だけは泣いていいよな、と僕はシーツに頭を沈めた。
ーーーーーー
長い連投失礼しました。「問おう、君の勇気を」から産まれた城之内花蓮と、平野珠希に少しでも何か感じていただければ幸いです。
Re: 添へて、 ※必読お願いします。 ( No.126 )
- 日時: 2018/03/18 16:32
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: iwgSfCLQ)
こんばんは、浅葱です。今回、第3回目が終了したということもありますので、改めて【添へて、】の注意事項や主旨について説明させていただこうと思います。
理由としましては、各回において注意事項を守れていない方がいる点、運営からの提示が十分ではない点があるからです。参加者様を制限してしまうことは控えたいのですが、【添へて、】を利用される方に求める最低限の事項となりますので、必ず目を通してください。また、今後守ることが出来ていない方がいましたら、個別で対応させていただきますことをご理解ください。
説明を行う前に、大切な部分や強調させていただきたい部分には、【】←こちらのカッコを利用します。
では、以下から始めていきます。
■添へて、の目的
このスレッドは小説を練習するために設けられているスレッドです。今まで書いたことがないジャンルの練習、人の作品を読んで書いてみたいと思ったから少し書きたい、自分の書き方をもっと個性持たせていきたい。そんな様々な目的で活用していただくスレッドです。
また、書いていただく際にはこちらが提示する【始まりの一文(以下、一文)】を書き始めとしていただきます。練習としてお題という制限がある中で書いていただくこと、ご理解ください。
■添へて、の利用について
1.荒らしなどへの対応
運営が対応しますので、作者様各位は反応しないでください。作者様にとって作品を貶されることは、非常に腹が立つことでしょうし、悲しくなることだと思います。時に作者様が荒らしに対して攻撃する様子などを見ることがありますが、このスレッドではお控えください。彼らは総じて、暇人かかまってちゃんか、いたい人です。もしくはのーたりんなので、相手にするだけ時間の無駄です。皆様の時間を奪うわけにはいきませんので、運営に丸投げしてくださればと思います。
2.小説以外の投稿
他作者様への感想や、運営への提案等、ほかの参加者様に害を与えない投稿でしたら、いつでもお受けしています。
3.投稿回数、HN
回数に決まりはありません。思いきましたら、思いついただけ投稿していただいて問題ありません。HNにつきましても、こちらが決めることはありませんので、お好きな名前で投稿してください。
4.投稿文字数
原則500文字以上3レス以下でお願いします。最大文字数としましては5000×3=15000字前後です。
5.内容、ジャンル
全年齢板ですので、カキコ自体の規約に沿っていただけたらと思います。R18に近い作品に関しましては、運営の方で話し合い削除願いを出すかどうかの判断をさせていただきます。
■お題となる【一文】について
1.提示時間
【一文】は開始を伝える際に合わせてお伝えします。目安は19~20時ですが、変動も考えられます。
2.【一文】の変更
第4回目……と今後添へて、が進んでいくたびに【一文】も変わります。開催時にお伝えする以外で、【一文】が変更されることはありません。
3.表記
■第3回
「問おう、君の勇気を」
のように、今後セリフのお題が出てくることもあります。■の下にある一文がお題となります。
4.使用
親記事に【一文】がありますが、投稿時には必ず記載しているようにしてください。改変や差し替えに関しましては許可しておりません。
5.無断利用
以前【一文】を用いた作品が、SS板に投稿されているのを確認しました。お題として出している【一文】ですが、運営側の作品としての側面もあります。ですので、カキコ内ではご自分のスレッドのみでの掲載としてください。掲載時の連絡は任意とさせていただきますが、添へて、で投稿した旨、使われている旨は必ず記載してください。
外部サイトでの掲載は【必ず事前に連絡】をしてください。
■いただいている質問への返答
Q:投稿期間後に感想を送ってもいいの?
A:ぜひどうぞ。
あくまで決めているのは小説の投稿期間です。終了間際に投稿された作品に感想を送りたい方や、その他の感想、意見につきましては、いつでもお待ちしています。
Q:期間を過ぎたけど小説を投稿していいの?
A:まずは運営にご一報ください。
無断で投稿された場合には、申し訳ありませんが削除依頼を出させていただきます。添へて、のTwitterアカウント(@soete_kkkinfo )へのリプライ、DM、当スレでのレスポンスにて対応させていただきます。また、期間後の小説投稿につきましても、文字数やレス数は厳守してください。
Q:投稿作品にタイトルつけていいの?
A:もちろんです。
タイトルへの制限は何もありません。
Q:お題だけ借りてSS板に書いていいの?
A:許可していません。
どのような理由がありしても、カキコ内の他企画(SS板、ユーザー主催のSS大会)では利用しないでください。
Q:カキコ内の自分のスレッドに投稿していいの?
A:もちろんです。
ですが添へて、のお題を利用した旨は明記するようにしてください。よろしくお願い致します。
Q:カキコ外に投稿していいの?
A:推奨はしていません。
投稿前には必ず運営に連絡を入れ、判断を仰いでください。
Q:Twitterじゃないと質問できないの?
A:カキコでも問題ありません。
当スレッド内でしたら、質問やご意見ご要望お待ちしています。
Q:ばなな(頭が悪そうな顔)
A:しゃんぷぅおいしい(頭が悪そうな顔)
*Q:一人の人が名前を何度も変えて投稿していいの?
*A:推奨はしておりません。
しかし運営から強制できるものでもありませんので、参加者様各位の良識によるものとしてください。
■終わりに
長々とした文章で、読みにくかったかと思いますが、最後までお付き合いくださりありがとうございます。参加してくださった皆様や、今後参加を予定してくださっている皆様のおかげで添へて、は成り立っています。参加してくださる皆様が快くこの場を使えるよう、運営一同邁進していきたいと考えています。
その為には皆様のご協力が不可欠でありますこと、改めてご理解くださいますようお願い申し上げます。また、ご不便やご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、今後とも添へて、をよろしくお願い致します。
*
2018/02/19
運営管理:浅葱 游、ヨモツカミ
*
Re: 添へて、【小説練習 ( No.127 )
- 日時: 2018/02/27 18:43
- 名前: ヨモツカミ (ID: ZwgiIWe6)
(微妙なタイミングで感想を投下していくスタイル)
>>NIKKAさん
お名前が視界に入ったときビビりました。名前同じだけの他人じゃないか……? と思いかけましたが、この文章はあなたしか書けないよなぁと。初参加ありがとうございます。
添へて史上、一番沢山人が死んでる……(と思ったけどそうでもなかった)。本当に描写力とか語彙力高くて、ゴア表現も映えますね:( ´ω` ):
いつも思いますが、にっかさんの文は、映画でも見ているように光景が頭に浮かんで凄いなと。いや、臭いや空気まで想像できてしまうので、映画じゃすまない。生々しくて、本当にその場に立ち会っているように気持ち悪くなるので、もう、凄いとしか言えない。
“勇気”の形が他の人とは全く違っていて震えました。にっかさんの文章がやっぱり好きです。
>>あるみさん
いつもお世話になっております。初参加ありがとうございました。
いいですね、最後のところスカッとしました(笑)あえて、もう使わない結婚雑誌を凶器としてチョイスするあたりがなんか好きです。小学生の頃は一緒に遊んでいた相手でも、婚約者の仇ですしね。男も、まさか僕がそんな行動に出るなんて思ってなかったでしょうね。静かに燃える狂気って感じで好きでした。
硬すぎない文体で、スッと入ってきたのでスラスラ読めました。私はあるみさんの言葉選びとかも多分好きなんだろなと思います。
半分より後半くらい? で、「けれど僕きは一つだけ心当たりがある。」って、謎に「き」が入ってくる誤字がありましたので気になりました。
>>狐さん
わあ、なんかそのハンネ新鮮ですね。私はいつも呼んでますが。参加ありがとうございます。
凄い、闇の系譜ファンホイホイですね……! ファンなのでゴキブリの如くホイホイされてしまいました!
本編では明かされてないエイリーンさんとグレアフォールさんというか、闇精霊や精霊族の関係が知れてよかったです。ミストリア編では「なんかよく知らないけど髪がサラサラで強くて悪いやつ」な印象だったエイリーンさんの行動の理由がちょっとわかって、彼にも感情移入できるようになりました。ほんと、これからの展開が楽しみになりますね、ありがとうございました!
>>波坂さん
安定のほのぼのスロープでしたね(*^^*)中学生可愛い。
実を言うと、私もこのお題を見たときに隣人がゴキブリ対峙を依頼してくるという展開を思い付きかけたので(それよりも書きたいものができたからやめたけど)勝手に親近感を覚えながら読んでました。
あとですね、ウェーブスロープさんの文章は基本読みやすくて好きですし、ほのぼのを期待してる反面、折角練習スレですし、今度は普段書かないような奴も書いてほしいなとか勝手に思いました。
>>黒崎加奈さん
お題の相性よろしくなかったんですか(笑)
でも、加奈さんらしさを感じられる、しっとりと胸の中に入ってくる文章だなあと思いました。私はとても好きです。
今まで何故か気付きませんでしたが、私は加奈さんの書く短編好きなんですね……。なんというか、「うおおお好き」っていう暴力的な好きではなく、スッと入ってきて「あれ、私もしかしてあいつの事好きになってる……!?」みたいなタイプの好き(何言ってるか自分でもわからんよ)なので、気付かなかっただけで、完全に恋してます。
今回のやつは、なんだか国語の教材に良さそうだなと思いました。悩み多き学生が共感しやすくて、考えさせられるところが多いので。「問一 このときの作者の心情を、20文字以上30文字以内で答えなさい」とかありそう。
Re: 袖時雨添へて、【小説練習】 ( No.128 )
- 日時: 2018/03/01 12:03
- 名前: ヨモツカミ (ID: BFllzVbI)
*3/1
こんにちは、ヨモツカミです! 回数を重ねるごとに参加人数が増えていっているようで、とても嬉しいですね(^^)
今回、少しだけ苦戦した方もいたかもしれませんが、皆さんの考える勇気の形はと何か、それは誰に問うものなのか。本当に様々な世界が展開されていて、読むのが楽しかったです。
それに、感想を書いてくださる方も増えて、良い傾向だなぁと思いました。ただ書くだけでは練習になりませんものね。人に意見を貰って、始めて改善点が見つかるんだと思います。
さて、次回のタイトルですが、今まで浅葱に任せっぱなしでしたが、今回私が考えました。「袖時雨を添へて、」になります。
袖時雨とは、袖が涙に濡れるのを時雨で例えた言葉、だそうです。つまりは涙の事。卒業シーズンなので、お別れに涙する人も多いかなあと考えて選びました。別れに泣いた分だけ素敵な誰かと出会えると良いですねー。
第4回のお題:手紙は何日も前から書き始めていた。
期間は【3月1日から3月24日】を予定しておりますので、よろしくお願いします!
Re: 袖時雨添へて、【小説練習】 ( No.129 )
- 日時: 2018/03/01 15:28
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: WnB.4LR6)
手紙は何日も前から書き始めていた。うん、書き始めてはいたんだ。君に送ろうと思ってね。けれど父が家を捨ててしまったり、祖母が亡くなってしまったり、短い間に色んなことが起きてしまった。それに、少し怖かったんだろうね。君に手紙を送ろうとするのは、それなりに、私の胆力が試されている感覚がしていたんだ。君は、その事を知らないだろうけどね。
じんわりと紙が湿る。
私の母親は元気に過ごしているよ。ご飯を作るのが最近の楽しみになってきたらしくて、今まで作ったことがないのにランチまで作るようになった。この前食べたホットサンドは絶品だった、君が食べられないなんて考えられないくらいさ。
あ、でも君ってパンがあまり好きじゃなかった気がするぞ? どうだったっけ、私がパン好きなのは覚えてくれてると思うんだけど、私が君の事を忘れちゃダメじゃないか。君もそう思うだろう?
そうだ、君が好きだった十番街のオムライスをこの前食べたんだ。同僚と行ってきたんだよ、そこは変な勘違いをしたらいけない。写真も同封しているから、後で封筒の中を確認してみておくれね。君が美味しいってよく話してくれていた、ケチャップの素朴なオムライスがね、私も美味しいと感じたよ。意外と食の好みは合うのかもしれない。米かパンかは、私達には小さな悩みさ。
紙が、静かに鳴いた。
そう言えば君が入院していたことを、出張先で知ったわけなんだけれど、その後容態は変わりないのかい。君からの便りがなくなってしまうと、こうして手紙を送ることを戸惑ってしまうんだ。意気地無しの自覚はあるんだけれどね、こればっかりは直りそうもないから、許して貰えると嬉しい。
だから、出来るなら手紙を送ってくれよ? 私は君の字で、君の言葉を知りたいと思っているんだからね。それが私への罵倒でも、受け止める。昔約束したんだ。覚えているかい? 君に何があっても私は守るし、受け容れる約束さ。だから君は、嘘偽りなく私に言葉を送ってほしい。無理にとは言わないけれど、私はそれを楽しみに待っているし、望んでいるんだ。言葉を発するのが怖いんだろうことは、分かっているつもりだけれど、それでも言葉が欲しいんだ。私だけに向けられた言葉が。
雨が降りそうだ。この人はこんな私を、救い出そうとしている。読み終えた紙を、一番後ろにまわす。らしさの残る字が、懐かしくて、嬉しくて、溺れてしまいそうだ。指で字をなぞっていくだけで、それだけなのに、この手紙の送り主の声が、香りが、すぐに思い出されてしまう。もうとっくのとうに忘れてしまっていたはずなのに。この人は私を忘れていなかった。あの人の中に私が生き続けている。その事実に心が震える感覚さえした。
私はまだ君を愛しいと感じているし、何より君がいないとダメなんだよ。白状すると、ほかの人を抱いたこともあるけれど、それでも君を愛していた時のような熱情は出てこなかった。性の趣向が変わったのかと思ったりもしたが、そんなこともない。私はいつも君を想い、君の中に私自身を残したいと思っていた。だから君以外の誰かを愛せなかったんだ。この気持ちを察せられて慰められたこともある。私は慰めなんかじゃなく、君からの愛が欲しいだけなんだ。
また二人で、春に桜を見に行かないか。梅の咲く頃にもう一度話しをして、いつ桜が咲くのかなんて他愛もない事を話さないか。その時は一緒に弁当を作って、敷物とちいちゃな椅子を持って、笑い合いたい。私の作る不格好な握り飯と、君の作った美味しい唐揚げを持って行きたい。笑いながら桜を見て、夜は洒落たレストランで、大人らしいひと時を過ごさないか。君が私を忘れていないなら、また、私と過ごしてくれないか。
手紙には跡が残っていた。乾いて、波打った小粒の跡が。どちらのものだろう。この人の気持ちが溢れ過ぎて、私まで。
夏だってそうさ、一緒に海へ行こう。格好つけたくて泳ぎを習ったんだ。報告すると君は格好悪いと思うかもしれないけれどね、構わないよ。私の姿を見た君を、ときめかせる準備は出来ているから。覚悟していてほしい。君と会ったら私はね、思ったよりも語れなくて、思ったように動けなくて、笑われる準備もできてるんだ。ただね、会いたいんだ。今の私を見て、今の君を見て、大人になったねって言い合おうよ。……ごめん、少し、文字が滲んでしまったね。書き直そうか、どうしようね。君なら"気にしないで"って笑ってくれそうだ。勝手な思い込みかな。でも期待して、このままにしておくよ。
文字だけだと、きっと私の気持ちの全てが伝わってくれないから、君に分かってほしいから、私のありのままを残す手紙にしよう。君は今、どんな格好をしているのかな。趣味はどうだい? まだ歌ってくれているのかな。美しい君の声が私も好きだった。手紙は難しいな、今も好きなのに、すぐに過去の話みたいに思わせてしまう。好きだ、君の声が。今だって、耳元で聞こえるんだ。私を呼ぶ君の声が、君の香りが届くんだ。それなのに横を見ても君はいない。私は、私はどうしたらいい? 君を諦めたくない。愛し続けているのに、君が遠いのは、どうしてだろう。嫌な事を考えてしまうんだ。もう私は愛されていないのではないか、君に愛しい人が出来てしまったのか。気が気じゃないんだ。格好悪いけれど、私が君だけを見ているように、君にも私だけを見てもらいたい。それだけ、愛している。だから、
最後の紙を、前面に出す。息がうまく吸い込めない。愛してくれる人の懐かしい字と香りで包まれた手紙が、私のことも包み込んでくれている。今しかないと思った。今を逃したら、もう会えない。そんな気がしてしまった。
ぼさぼさの髪を整えて、淡い色のリップを塗る。あの人が好きだった白いブラウスと花柄のスカート。小さなカバンの中にはペンと紙を無造作に詰め込んだ。あの人に、貴方に、私は伝えないといけない。貴方に会うため、私は音の無い世界を駆けた。
□三月一日、十番街で君を待つ。
*
声を失って、さらに何かを失った人のことを世界は愛せるのか。そんなことを書いてみたかった。
*
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】第4回目 ( No.130 )
- 日時: 2018/03/02 02:15
- 名前: 電子レンジ (ID: FBcNFC6k)
手紙は何日も前から書き始めていた。俺は口下手だから、顔を見ても伝えられないことはきっと沢山ある。けれども。どうしても、伝えたいことがある。
迫る鋭い蹴りを避ける。上段、下段、また下段。鍛え抜かれたその脚技は死神の鎌のように俺の首を刈らんとする。強くなったもんだなと、目の前のガキの成長が何だか誇らしい。衰えつつある体に鞭打ち、その猛攻を受け、避け、また避けた。
こいつに指導を始めたのは、まだまだこいつが幼い頃だったな。目に怒りと涙とを湛え、実父の棺桶の前で立ち尽くすこいつの姿を、俺はまだ覚えている。軍の下らない派閥争いに巻き込まれて、こいつの父は殺された。そして俺は、殺された男から見て、敵対派閥の幹部だった。
全員ぶっ殺してやる。初めて聞いたこのガキの言葉がそれだった。俺は自分の部下がわざわざ殺めた男がいかなる人材か知るべくその葬儀に参列した。派閥こそ違えど、同じ軍に属することには変わりない。それに、男はかなり遠い階級にいたとはいえ、俺の部下でもあった。
正確には、部下の部下のそのまた部下。接点など何一つ無い。しかし、その正義たるや、俺にまで聞こえるほどだった。だからこそ、その顔を拝める最後の機会は逃したくなかったのだ。そして出会った、己の持つ全てを伝えるに値する者と。
だから俺は、復讐を望むその言葉に触れて自ら近づいてしまった。歪められた正義を薪として、黒ずんだ煙をあげる憎悪の炎に。誰が父を討ったかは、幼い子には分かる由も無い。だから決めたようだ、父の敵だった者全て切り捨てる、と。そんな激しい感情に魅入られた。
「何で、何であんたが……!」
その目はいつぞやの目と同じで、やはり怒りと涙に満ちていた。悔しいだろうな、ずっと教えを請い、師事してきたその男が実のところ仇と呼ぶに相応しければ。こいつが泣くのも理解できた。けれども俺にとって、こいつに戦う術を叩き込んだのは侮蔑でも無く、かといって贖罪でもなかった。惚れ込んでしまったのだ、その目に。
青白い光を放つ半透明な刃を避ける。大振りな攻撃は控えろと教えたはずなのにな。成長したとは言え、まだまだ頼りない弟子に俺は嘆息する。踏み込み、脚に力を溜める。肉体強化の異能、それにより大砲のごとく高められた膝蹴りをその腹部に叩き込んだ。苦しそうな悲鳴を漏らし、そいつの体は真っ直ぐに吹っ飛んだ。
お互いにぶっきらぼうだった俺たちは初めての教育からして障害だらけだった。父が死んで精神は荒れ、跳ねっ返りの生意気な子供。俺も大概大人の言うことなんて聞かない悪ガキだったとはいえ、もう少し聞き分けがあった。教えるのは思ったことを素直に述べるのがこれ以上無く苦手な俺。無口な似た者同士だったが、相性は最悪だった。
けれども。俺たちはどうしてだか、一度(ひとたび)その剣さえ交えれば、その間だけ雄弁に語り合うことができた。だからこそこの師弟関係は続いたと言える。俺たちは己に秘めた異能力のみならず、戦闘様式も初めからよく似ていた。
吹き飛び、壁に叩きつけられたあいつが立ち上がる。蹴りの瞬間に腹部の耐久力を上げたのだろう。意識するより早く、攻撃を食らうと思った時には反射的に気張れ。その教えは体に染み付いてくれたらしい。
そうこなくては。終わらぬ闘争に高揚する。これまで戦う術を授ける際に数えきれぬ程その刃は受け止めてきた。けれども、押さえきれぬ殺気が振るう本気の一太刀は、それら無数の手合わせを飯事と思わせるほどに格別だ。口内を切ったのか、血の混ざった唾をあいつは吐き出した。それは、これから再び踏み込むという合図。読まれかねない悪癖は早いところ矯正しろとかつて言ったが未だ直っていなかったのか。
床を蹴る音、狭い廊下を駆けてくる。もうその目からは動揺も怒りも躊躇いも消え、使命感に燃えていた。そうだ、それでいい。父の敵討ちこそが、お前の生きてきた目標なのだろう。先程までの情けない眼光が嘘のように肝の据わった顔つきだ。
「お前の父を殺したのは俺だ」
今朝ようやっと、弟子に宛てる手紙をしたため終えた俺は、そう伝えた。それは同時に、ガキが軍へと入籍する日でもあった。本当に、ギリギリだった。実のところもっと早くに打ち明けるつもりだった。こいつが軍に入れば、派閥のことを知るのは間違いない。親父の仇が俺と知るのは時間の問題、それまでに決着させなければならなかった。
けれども。俺は本当に臍曲がりで、手紙でだって中々正直になれなかった。照れ隠しばかり書いた紙切れを、何度も何度も破り捨てた。時にぐしゃぐしゃにしてゴミ箱へ投げ、何本もペンのインクを空にした。自分にとってそれだけ、真っ直ぐな気持ちを言葉にするのは困難だった。だが、余すこと無く書ききった。これまで伝えてこなかった全ての事を。
奴は一度、この戦闘のリズムを変えようと刀を引っ込めた。より近い距離で息吐く間も無い攻防を望むらしい。より速い展開を広げた方が勝機はある。なるほど確かに間違ってはいない、なぜならこちらは全盛期をとうに過ぎた齢五十の体だ。
させるかと、手にした刀を向かってくる影に振り下ろす。俺の刀はあいつのと違い自在に消すなどできない。白銀に煌めく鋼鉄の刃が走った。神速の一閃、俺の斬撃をそう言わしめたのは昔の話。だが、それでもなお鋭い一太刀を造作もなく避ける。本来の調子が戻ってきたようである。そうだ、お前を鍛えたのはこの俺なのだから、そうでなくてはならない。
戸惑い硬直するガキに対し、先に刃を向けたのは俺の方だった。何を言っているのかと、悪い冗談を嗜めるようあいつはひきつった笑みを浮かべた。その言葉に真実味を持たせるため、俺はゆっくりと剣を抜いた。何でもいいから斬りかかる理由を作るために、「やはりお前の存在は邪魔になった」と言って。監視カメラに見せつけるように俺から斬りかかった。
数分前、初太刀を何とか凌いだあいつは喚いた。ようやく、父の仇は俺だと言う言葉を飲み込み始めた。事実としては俺の部下が手にかけた訳だが、俺のせいと言っても過言ではない。嘘をついてない風に繕えたと思う。「何でここまで育てたんだよ」の声が、父を奪われた日の「全員殺してやる」と、重なった。それが何だか、俺の心を打ってならなかった。
仕方ない。単なる好奇心から指南を始めたガキに愛着が湧いてしまったのだから。そして若い剣士が、復讐に囚われてその刃を曇らせるのは、同じ剣の道に生きる者として妨げねばならなかった。
自国にも、敵国にも、様々な異能力者が溢れている。炎を操る者、雷を操る者。テレポーターに、未来予知。そんな様々な兵が無数に居る中、俺たちが得た力は単なる肉体強化だった。シンプル故に伸ばしやすく、シンプル故に強力無比。しかし、シンプル故に迷いが浮き彫りになる。曇った精神が、その者を弱らせる。
俺が持つのは己の体と、手にした武器を強化する能力。ガキの持つのは、体内で練った気を己の体に注ぐことでその分肉体を強化する能力だった。微妙な差異はあれど、とどのつまりは身体能力の向上が主。あいつの師に、俺以上の適任はいなかった。
このガキは、全盛期の俺をも凌ぐだけの可能性に満ちている。未来ある男だ。そんな男が、復讐なんかで燻ってはならない。こいつの親父を目の敵にしていた連中を地方へ飛ばしたり処分したりし、用意を万全にしてから俺はその派閥を抜けた。幹部の座を盟友に託して。なぜわざわざ抜けるのか、問われはしたが、しつこく引き留められはしなかった。俺は元々戦場を塒(ねぐら)にするような男、派閥争いなんて頭痛の種は要らんとだけ答えた。その後はただ、弟子を育てて戦場で暴れるだけ、心労も溜まらぬ暮らしを過ごした。
俺のことを最も慕っていた部下一人は「恭哉さん、辞めないでくれ」と何度も言っていた。けれどもその頃にはもう、肉親が一人もいない俺にとって、あいつは息子も同然だった。
過去を振り返る俺に、自身と瓜二つな体術が降りかかる。右正拳から左目潰し、首を反らしたその隙に足払い。闘気迸る重撃が脛に入る。しかし、岩のように強固に活性化された俺の足は崩れない。ただ、痺れるような衝撃が走る。
今度はこちらの番だ。あいつは表皮を強化することで気を纏い、鎧のようにしている。青白く体表から漏れている光がその証だ。まずはそれを削ぐ。
足払いまで済ますと、一瞬奴は目の前で動作を止めた。それが甘いと言うのに。一度攻めれば畳み掛けないと、反撃の危険性がある。知らしめるために俺は形勢を一転させ反撃に移る。
ただただ、楽しくて仕方が無かった。己が育てた最高傑作、それと拳を、そして剣を交えるのが。次第に我が弟子の一挙手一投足が速くなる。各行動の間隙は短くなり、その攻め手は秒を追う毎に激しさを増す。剣を重ねるごとに、その衝撃は重くなる。
ふとその顔が目に入った。泣きたいようで、笑いたいような般若の顔。そうか、お前も同じか。
そして俺はごちゃごちゃと考えるのはやめにすることにした。最後の授業を始める。もし俺が生きお前が死ねば、それはそこまでの男だったというだけだ。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】第4回目 ( No.131 )
- 日時: 2018/03/02 02:21
- 名前: 電子レンジ (ID: FBcNFC6k)
一度距離をとったガキが、拳を開いて手刀の形をとった。流し込まれた気が指先から伸び、刃渡り一メートルほどの剣となる。青白く、透き通る、硝子のような。だがそれは鋼鉄の剣に劣らぬほど強固な剣。それはまるで奴自身の意志のよう。
俺の刀と奴の剣、交わる度に火花散る。一度、二度、三度四度。どちらから斬りかかっている訳でもないような不思議な感覚。相手ならそこに剣を置くであろうという信頼から次の一振りを己もそこへ置く。まただ、ピタリと噛み合う刃が牙を打ち鳴らすように唸って。斬り結ぶ度に火花が彩る。
別に由緒正しい剣の道ではない。戦火にまみれながら覚えた喧嘩闘法。だがどうして、俺たちにはこれが似合う。
斬って、斬って。斬って斬って刃を重ねた後に奴が切っ先のみをこちらに向けて踏み込む。唐突な突き、しかし対応する手立てが無い訳は無い。
避けるのが通常なら安全策だが、ことこいつの相手に関してはそうではない。一キロ先の針の穴を弓で射抜くような精密さ、それほどの集中力を持ってして、迫る高速の刺突に己の刀の切っ先を合わせる。ナノメートル単位で誤差無く衝突した互いの突きは、ぶれることも弾かれることもなく邂逅した。
普通突きの後には剣を戻すモーションが求められる。しかしこいつの剣は自在に消すことが可能。剣を引き戻す隙など無く、むしろその隙を突く攻撃に合わせカウンターを入れられる。
押し合う最中、手応えがふと途絶えた。警戒していた唐突な納刀。ほんの少し俺の体は前へと傾く。先刻の仕返し、そう言わんがばかりに腹部に鈍い痛みが走る。腹筋を引き締めて能力でさらに堅牢なものとする。それでも抑えきれぬ威力で、後方へと押しやられた。
追撃。俺がよろめいた隙に、余計な行動は必要ない。ただ一直線で攻め入るのが正義。勝ちを確信したのか踏み込みが甘い。
俺の方から踏み込んだのが驚きだったようで、あいつは驚きの色を浮かべた。老体だからと侮ったのか拳骨をまともに顔に受けて奴は後方へ飛ぶ。壁にもう叩きつけられぬよう、剣を地に突き刺してブレーキをかけ止まった。互いの足が止まる。
「あんたじゃないんだろ?」
「いや、俺だ」
先に戦闘を中止したのは奴の方だった。そしてその言葉の意味は聞き返さずとも分かった。父の仇が、ということだろう。しかし俺はあくまでも自分だと主張する。
「だったら、ここまで鍛えることもなかったはずだ。あんたなら軍への入隊も裏から潰せたはずだ」
「今日は普段より饒舌だな」
「俺を焚き付けこっちから剣を抜かせるんじゃなくて、自分から斬りかかったのは何でだ、まるで全部、俺のため」
「黙れガキが」
今までずっと否定してきたものを、自分以外の口から放たれるのは聞きたくなかった。それが例え、ずっと俺を師事してきた弟子だとしても。
それに俺の本音は全て、もう残してある。きっとこれが互いの顔を見て交わす最後の対話だろう。そう思った俺は、残した言葉の存在を匂わせる。
「いつも俺が酒を隠してる戸棚」
「それが何だ」
「そこに全てを置いてきた」
だからこれ以上ごちゃごちゃ抜かすなと俺は言外に告げる。口下手な俺を誰より理解するガキは、それに素直に頷いた。俺は自室へ置いてきた、手紙の中の一言を胸の内に復唱する。復讐なんぞ、俺を糧に捨てていけ。
本当にお前は、強くなった。老いてさらばえるしか無くなった俺が、この先誇れる最後の一刀。俺はこの十年、一度も呼んだことの無い、愛弟子の名を口にした。
「こい、龍馬」
「はい、柳先生」
それに応えるように、俺のことをおっさんとしか呼ばなかった龍馬も俺の名を呼ぶ。生意気な。
小細工は要らなかった。開いた距離を最速で駆け、真正面から俺たちは互いの剣を振りかざす。残る力を全て込め、想いをぶつけるように剣を交わした。激しい衝撃が腕を震わせる。
互角、ではなかった。俺は両の腕で受けるに対し、龍馬は一刀、すなわち片手だけの力。なら、空いた左手は。
天井へ向けてその手を伸ばす。二本目の刃が現れた。そして拮抗する剣戟、その局面に斬り込む。
音もなく、長年使ってきた俺の刀は両断された。刀身を失い、軽くなってしまった柄だけが己の手に残る。折られた刃は地を転がり、甲高い声を上げた。
そして龍馬はさらに踏み込む。迷いなど無く、その目は俺のその先を見据えていた。あぁ、そうだ。俺など越えてその先へ進め。
駆け抜けるそのすれ違いざま、俺の体に切創走る。血潮が溢れ、吹き出して。深紅の池に俺は浸かった。
何て目を、してやがる。その目は悲しみに揺れていた。初めて会った頃不意に見せた、父を亡くした子の目と同じだ。
あぁ、俺のことをそう見てくれるのか。視界が滲むのが、血を失ったからか俺も泣いているからか分からない。
ふと、真っ白になった光景に、大人びた姿の龍馬が映る。今後こいつが、こんな風に育ってくれるといいなと、願った。
ゆらゆらと、焼けるような痛みも溶けるように和らいでいく。そしてそのまま、龍馬がこれから歩む道程を夢に見るように俺は眠った。
★★★★★★
「止まるんじゃねぇぞ……」
☆☆☆☆☆☆
しがない家電製品です。
春休み、暇してたら面白そうなものを見つけたので参加しました。
おじさんの散り際を書きたかったのですが、分かりやすく書けたのかとても心配です。
楽しかったので、同じテーマでまた違ったものも投稿させていただくかもしれません、その時はよろしくお願いします。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】第4回目 ( No.132 )
- 日時: 2018/03/05 21:39
- 名前: 通俺◆QjgW92JNkA (ID: d3qJlMm2)
手紙は何日も前から書き始めていた。
それがついに句点、「今度お暇がありましたら何処か、お出掛けになりませんか。」を書き記したことで完成した。何度も何度も推敲を重ね、もはや良し悪しも分からなくなってしまったが……きっと、ここまでの時間と労力を掛けたのだ、きっと平均的なものよりは上であろうという自負はあった。
便箋などは、私が手に入れられるものの中では最高級のものを用意し、洋封筒に入れて蝋で閉じる。
うん、我ながらおしゃんてぃという奴なのではないだろうか。クスリと笑いがこぼれ、慌てて誰かいないか確認してしまう。自室なのだから、当然私以外はいないのに。
その時ふと時計が見えた。アンティーク調のそれは、そろそろ寝なければいけないことを私に伝えてくれる。
「……うん、もう寝ようか」
手紙をいち早く届けたい気持ちもあったが、今夜はこの高ぶる気持ちを抑えベッドに入ろう。なに、手紙は逃げないのだ。問題はない。
明日はいい天気……いや、手紙を読んでほしいのだから午前は雨天で、ちょうど読み終わるころに晴れればよい。そんな子供じみた妄想をしながら、段々と意識はまどろみの奥へと沈んでいった。
◇
早朝、まだしばし眠くはあったが手紙のことを思い出して飛び起きる。当然のことだが、手紙は寝る前と同じ場所に置いてあった。身だしなみを整えて、いざいかんあの人の家へ……と普段の私を知る者が見れば目を丸くするような顔で自宅を出た。
……妄想というのもしてみるものである、こうもり傘を片手に少々浮足立ちつつ歩みを進める。豪雨ではない、しとしとと降り落ちる雨粒は、書物を読んで物思いにふけるにはいい日だ。
さて後は午後に晴れれば完璧なのであるが、そこまで求めては罰が当たるというものか。
町を抜けて、林を通り、山を登る。
生活に困ればいつ下りてきてもいいと伝えようとしたこともあるが、彼女の今までを侮辱するようでそれは心の奥底にしまい込んだ。
それに、高原で動物たちに囲まれながら暮らす彼女の心惹かれたというのもあったから……私が言うのはお門違いというものである。
いつの間にか、雨がやんでいた。もう少し降ればいいのにと思いつつも傘をしまう。
とうとう彼女の家、石造りで煙突からは白い煙を出している姿が見えるようになる。パンでも焼いているのだろうか。
さてさてここまで来たのはいいものの、どう渡すか。それが問題である。いきなりの来客は失礼だろう、だがしかし手紙だけを置いて帰ればきっと彼女はそのことに不満を持つだろう。
「めぇー」
「おぉ山羊か、君も一緒に悩んでくれるのかな?」
うんうん唸っていれば、いつの間にか足元に可愛らしい黒毛の山羊がやってきていた。まだ若いのだろうか、短い角と小さい体躯はどこかあの子を思わせる。
……本当に角が生えているわけではない、髪型のことを指している。そう心の中の彼女に釈明する。
「めぇ?」
「ん、なんだね物欲しそうな顔をしおって。生憎だが私は今、彼女に届ける手紙しか……いやそうだ、道中のおやつ代わりに買ったリンゴがあったな。食べるか?」
「めー」
安いからとつい買ってしまった。しかしよくよく考えれば自分は別段好きではないし、彼女などはリンゴの木が庭に生えている、食べ飽きているだろうに持っていけばそれは嫌がらせだ。
ならば、このお腹を空かせているらしき山羊に与えるのが最善に近いに違いない。
「……どうした?」
「めぇ」
そう思ったのに、リンゴを近づけてみてもスンスンと匂いをかぐだけで舐めようとも食べようともしない。
小さいとはいえ、もう乳飲み子からは離れたと思っていたが……まだ乳離れが出来ていないのだろうか。
ならば仕方がない、リンゴは適当に鳥にでもやるとして、私はさっさとこの手紙を入れてしまおう。よく考えれば、今回は飛脚にでも頼んだといえば彼女も気に病むこともあるまい。
赤いポストに入れて、今日は去るとする。
彼女の家に背を向け、今来た道を戻ろうとすると先ほどの山羊の声が後ろから聞こえてくる。
「めぇー」
「はっはっは、見送りの言葉のつもりか。中々に賢いや……ぎ」
あぁ賢い、非常に賢い山羊だ。
――なにせ、ポストを器用に開けて、手紙を加えようとしている。なるほど、目当てはリンゴではなく紙だったらしい。
黒山羊さんたら読まずに食べた、童謡を思い出す和やかな光景。
「……な訳ないだろう! 離せ山羊畜生め、これは私が丹精込めて書いて手紙だぞ!?」
「ぶぇー」
「手紙に食いつきながら鳴くとかいう器用なことをするんじゃない!」
もはや封筒のほうはダメだろう、だがそれでも、今取り返せば何とか中身は助かるかもしれない。そのためには、どうにかしてこの山羊の口を開けさせねばならない。
今では無垢なる黒山羊が悪魔の使いにさえ見える、そもそも山羊が食べる紙というのは植物性のものだけではないのか。
いや、そんなことはこんな畜生にはわかるまい。人に例えたら油ならば機械油でも揚げ物ができるといったアホな知人のようなものだ。
「離したまえ、さもなくば今夜の私の食卓に並べるぞ!」
「んめぇ~」
「あーっ! むしゃって音がした! わかった、私が悪かったからせめてそのまま食いちぎるのだけは―!!」
◇
結論から言えば、蝋の部分だけ残されてすべて食された。私の顔が絶望に染まり、膝をついている間も悪魔はすりつぶす様に口を動かしてこちらを嗤う。
何故だ、何故こんなことに……文面はいい。下書きがあるのだからそれを書き写せばいい、ただそれだけの話。
しかし、あの手紙に込めた思いは唯一無二、一期一会なのだ。
たとえ今から私が彼女を思い筆に起こしても、きっとそれは全く別のものなのだ。
ああだがしかし、きっと今明日未来のその先でも、この山羊に抱く憎悪は変わりあるまい。
「ふふ、ふふふ……トマトが余ってたな。若い肉ならば煮込む必要もない、ソースをかけて……」
「――な、なにをされてるんですか……?」
「なぁに、このにっくき獣をどう料理してやろうかとな……うん?」
山羊以外の声が聞こえた。透き通る、怒りで染まったどす黒い心さえも漂泊してくれる声。おかげでふっと冷静に戻り、ようやく隣に彼女が立っていたことに気が付く。
まずい、いくら何でもこの醜態を見られたのはまずすぎるというものだ。必死で言い訳を考えて、絶望と混乱にまみれ方向性もない思考では何も生み出せないことを理解する。
その間に、彼女は地面に落ちていた蝋を拾い上げ、それが何なのかを理解してしまったようだ。
「……蝋? も、もしかしてお手紙を――」
「し、し」
「し?」
どう逃げる、どうかわす。すでに手紙が食べられたということは悟られた。ならば、いつもの私の如く、キザに決めて煙に撒け。
黒山羊に食べられた、童謡、ああそうだ何も届いてはないがお返事も欲しい。
ぐちゃぐちゃに混ざり合った思考は、一つの捨て台詞を生み出した。
「――白山羊を飼っておく!!」
そう言って、私は山道を転がり落ちるように走り抜けた。
「……ごようはなあに、って書けばいいんでしょうか?」
「……めぇー」
女は一人、黒山羊に話しかけた。
******
どうも通俺です、手紙と聞いたら私は山羊しか思い浮かびませんのでこうなりました。
ちなみに女性のほうが年が上です。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.134 )
- 日時: 2018/03/02 00:42
- 名前: ちん☆ぽぽ (ID: ysDREYUo)
手紙は何日も前から書き始めていた。書き始めの一文を決めるのに一日かかり、あまりにもよそよそしかったので二日目で破棄。三日目、肩の力を抜いて書いた文は蟻の行列のように終わりがなくて、またくしゃくしゃにして捨てた。そんなことを何度も何度も繰り返して、なぜ彼女は手紙なんて古風な手段を取ろうと思ったのか、そもそも僕は返事を書く必要があるのか、便箋とにらめっこしながら考える。何枚目かの便箋が真っ白なままその日も結局書き上げることができなかったので、いい加減自分の情けなさを認めざるを得なかった。
手紙というものは難しい。電子機器が発達し、お金と時間をかけずとも一瞬で地球の裏側まで繋がってしまう現代において、この手段はあまりにも手間がかかる。便箋を揃え、文章を考え文字を書き、切手を貼り郵便ポストに投函する。学生時代から進歩のない、この汚い字を書き並べるのすら恥ずかしくて、読んだ相手に笑われそうだと思うととても書き進められない。何分書き慣れていないからなのだろうが、一つひとつに時間がかかる。もちろん、手紙を貰う嬉しさも読む楽しさも人並みに経験があるが、とても自分には向いていないと感じる。
そんな訳で、彼女から手紙が送られてきた時は途方に暮れた。薄いきいろの花が描かれた可愛らしい便箋に、祖母に仕込まれた美しく力強い文字で率直に「私はあなたのことが好きです」などと書かれては太刀打ちできない。おまけに、鉛筆で書かれた文章の最後、彼女の名前が何かで擦ったようにぼけているのが悲して、その日はどうも涙が止まらなかった。
「付き合おう」と言い出したのも「結婚してください」とプロポーズしたのも彼女からで、結局「さようなら」を言い出したのも彼女の方が早かった。僕が情けなさに打ちひしがれながら、辛うじて「はい」と返事をするのをみて笑っていたから、彼女は僕に先手を打つのが大好きなのだろう。ある日、家に帰ったら玄関で「私は余命半年。今のうちにしておきたいことはある?」と聞かされた時も、彼女は僕が頭に疑問符をいっぱい浮かべて固まっているのをにやりと笑った。
「旅行に行きたい、ふたりで」
「きっとこれからもっと具合が悪くなる。動けなくなる前に行こう」
と、ふたりで念願のエジプへ旅立ったのはその二週間後だった。山ほどの写真とお土産を持って帰ってきて、荷物が片付かなくて困った。酔ったノリでハンハリーリ市場の商人から買った怪しげな壺は、今も家に飾られている。
それから、エジプトに熱を上げた彼女が居間を古代エジプトの宮殿のような空間にリフォームしたのも、一日中怪しげなダンスミュージックが流れているのも、晩ご飯がフールメダンメスばかりなのも、僕はたのしくて仕方なかった。
ちょうど半年後、彼女がもう息を引き取るという時にまでこの怪しげな音楽を彼女が聴きたがるので、僕は泣けて泣けて、泣きながら笑っていた。笑った僕を彼女は寝ぼけたような瞳で一瞬見つめて、笑いながら心臓の鼓動をやめた。
「馬鹿、いい加減にしろ、笑っちゃうだろ」
泣きながら笑って、また泣いて、ぐしゃぐしゃのどろどろになった気持ちのまま、彼女の手を握った。たった一人で彼女の死に向かう時、このエキゾチックな音楽がなかったら、きっとその場で首を吊ってた。間違いない。
そうして、何日か経って彼女から届いた例の手紙には、末尾に「お返事待ってます」と添えてあった。彼女の死に際して行わなければならない面倒なあれこれを終えて、いざ書こうと筆取ればこのザマだ。
手紙は何日も前から書き始めていたのに、僕は涙で袖を濡らすばかりでまだ手紙が出せない。これは予感だが、死ぬまでずっと彼女に手紙は出せないだろう。
三途の川の向こう側、君が僕を出迎えてくれた時、沢山お土産話を聞かせられたらいいだろうと思う。手紙は苦手な性分なので。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.135 )
- 日時: 2018/03/02 01:55
- 名前: refrigerator (ID: LyBxwAsk)
手紙は何日も前から書き始めていた。一人の少女は空を見上げる。いつもよりもずっと強い勢いで柔らかな雪が降り続けていた。昨日までの雪が溶けて、凍って。スケート場のようにつるつるになってしまった地面の上に純白の絨毯が広がる。
四時過ぎ、ほんのちょっと赤みがかった西日が厚い雲の向こうからほんの少しだけ顔を覗かせる。べしゃり。汚い音を立てて、水と雪とが溶け合った深いところに足を踏み入れる。防水のしっかりされた冬靴を履いているので靴下まで浸水することは無い。一寸の飛沫が飛んでスカートにかかる。制服の紺色は水に濡らされてより濃くなる。ぺたり張り付いた冷たい布地に、少女は顔を顰めた。
ブレザーの上に来た真っ黒なコート、そのポケットに彼女は手袋もつけていない裸の手を挿して歩いていた。駅の近辺には沢山の人がいて、絶えず彼女の隣を流れていく。白い絨毯の上には、何重にも重なった人々の足跡が並んでいる。
眺めてみると様々な模様があって、それだけ多くの人がこの辺りを歩いたんだなと彼女は思った。溜め息を、一つ。吐いたそれは唇の間から漏れたその時には白く濁った。そのまま、ほんの少し自分の行く道を先導したかと思うと、掌に乗せた雪の結晶のように消える。くしゃり。ポケットの内に秘めた紙に、何本もの皺が走った。
駅前に並んだイルミネーションは、もう青や白の光を放っており、駅前の広場を賑わわせていた。木に巻きつけられたLEDが、鹿の形に並べられた光源が、鮮やかな光で夕暮れ時を照らし出す。横長の大きなスクリーンには電光が走りっぱなしで、光の線があっちに行ったりこっちへ来たり。じっと眺めていると目がちかちかするくらいに。少女はじんわりと涙を浮かべ、その理由は電光のせいだとした。また、一層深い皺がコートに眠る手紙に走る。きっと、その恋文が再び目を開くことはないだろう。
また、誰かとすれ違う。その男女は同じ色のマフラーをして、白い景色の中頬を紅潮させて嬉しそうに喋っていた。また、すれ違う。その夫婦は言葉こそ交わさないものの、手を繋いで幸せそうに歩いていた。すれ違う。老夫婦のうち、おばあさんが滑りそうになっていたところを、おじいさんが支えた。少女は、コートの中の手紙を力いっぱい丸めた。
秀也くんへ。その手紙はその一文から始まる恋文だった。去年と今年、同じ教室にて過ごしてきた、一人の少年へと宛てた手紙。可愛らしいピンクの紙片に、精一杯想いを綴って、家にあった白い封筒に詰めた。古典的な方法だと思う。けれども、電子メールで告白するのは躊躇われた。けれども少女に、面と向かって告白するような勇気も無かった。だから、手紙。こっそりと、帰る間際に彼のロッカーの中に忍ばせようと考えていた。
けれども少年には、いつの間にか恋人ができていた。まるで雪の精みたいな、とても綺麗な女の子。昼休みの教室で、冷たいことで有名なその少女が、彼の前でだけ顔を桃みたいにしていた。軽く糊付けされた手紙を、その瞬間にもっと強固な封をした。絶対に、誰も見ることができないように。強く、固く。封筒の中に閉じ込めたのはきっと、彼に宛てた言葉だけでは無かった。相手の女の子は、姓も名も、冬を思い起こす名前をしていた。
靴底の半分以上が、雪の中に埋まる。前に人がいないことを確かめて、積もった雪を蹴飛ばした。冷たい綿毛が宙に舞う。ふわりふわりと、また地面へと舞い戻った。同じことを何度か繰り返す。蹴って落ちた綿毛をまた蹴る様子は、どこか虐めているようだった。
ぐちゃぐちゃに潰れた封筒を、ポケットの中から取り出した。使い終わったチリ紙のように丸められたその手紙を見る。ぽつり、ぽつり。季節外れの時雨が、彼女の袖を濡らした。寒空の下に降るその雨は、煮えたぎるように熱かった。
ぽいと、雪の上にその手紙を投げ捨てる。ころりころりと転がって、どこに行ったか分からなくなる。真っ白な封筒が、同じく真っ白な銀世界に溶けたようだった。
あの手紙も、雪と同じように溶けてしまえばいい。一緒に詰め込んだ、私の恋心と一緒に。
吹雪はより、一層強く。凍てついた風が、街の中を駆け抜けた。
fin
これまでに投降された方たちと違って、少々短めのお話を一つ。
失恋のお話です。意識したところは、感情を直接表現する言葉をほとんど使わないようにしたところです。
それと、会話文を0にし、心の中の声も最後の改行で区切ったところ以外では書かないようにしてみました。
初めて挑戦する書き方で、少女がどのような思いでそれぞれの行動をとったのか、伝わっていればいいなと感じました。
参加させてもらい、深く感謝です。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.137 )
- 日時: 2018/03/02 12:35
- 名前: 葉鹿 澪 (ID: jFRMoa1I)
手紙は何日も前から書き始めていた。そして、何日も前に書き上げていた。
可愛いシールで封をした封筒を、そっと指で撫でる。この中には何と書いていただろうか。確か、書き出しは『中学生になりました。』だった。
自分の住所と、その上に並んだ遠い地。宛名も、もう何度見ただろうか。昔は難しい字ばかりだと思っていたのに、今となっては何も見ずに書ける。見慣れたこの名前が纏う春の色に気付いたのは、この宛名を書いた時だった。
手紙なんて、届くかどうかも分からない。届いたって読んでもらえるのか。一度送ってしまえば、返って来るのは返信だけ。LINEの方が便利だなんて思う日が来ることを、この手紙を書いた私はきっと夢にも思わなかった。
もうすっかり剥がれかけていたシールを剥がし、中の便箋を取り出す。隙間なく文字で埋められた二枚の紙は、あの日の私の思いを瓶詰めしていた。
届くかどうか、届いたかどうかも分からないのに、手紙を書いてしまうのは。
自分の文字で、伝えたいことがあるからだ。
大人っぽかったあの子に似合うよう、可愛くとも落ち着いたレターセットを選んだ。
文香の香りが移った紙を広げ、ペンを持つ。
何を書こうか。全て書いていたら、きっと便箋が封筒に入りきらない。
大人びていたその姿を真似て、髪を伸ばしたこと。化粧も覚えて、それでもきっと、まだ妹のように思われてしまうのだろう。中学も、高校も、大学も、楽しいままに終わったこと。そっちは何をしているかな。元気でいてくれるのかな。
便箋は、あっという間に埋まってしまった。
しっかり辺を合わせて、折り畳む。封筒は少し厚くなってしまったけれど、きっとポストには入るだろう。
宛名の美しく温かい色は、一筆書くたびに息が止まる。
切手を貼って、糊付けすればもう出せる。何度も確認した。
一通だけの手紙を持って外に出れば、いつの間にか早咲きの桜が枝を淡く染めていた。
日差しが柔らかい。あの子のようだ。あの子の、名前のようだ。
ポストに、そっと手紙を落とす。カタン、と戸が閉まる音で手紙と私を繋いでいた糸は切れた。
あの子は読んでくれるだろうか。読んでくれなくとも、私の名前を見て何か、思ってくれるだろうか。
家へと帰る道すがら、ふと空を見上げた。少し霞んで埃っぽい青空を、久し振りに見た。
次の日、私のポストには赤い判子を押された手紙が一通、入っていた。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.138 )
- 日時: 2018/03/02 14:50
- 名前: hiGa◆nadZQ.XKhM (ID: eSd0jwFU)
今日は、例のごとく参加させてもらおうと思っているのですが、とりあえず感想の一番乗りをさせていただきますね。
小生僕俺吾妾余某朕輩者@オレッチあっしさん
他の方と変わってコミカルなお話で面白かったです。
童謡を元にしておられ、何だか懐かしい感じがしました。
年上女性の気を惹くきざな男の人が何だか可愛らしかったです。
今度から彼には羊皮紙でも使わせてあげてください 笑
月白鳥さん
読んで一言、「まるでクマムシ」
フィクションの中でならいくらでも作れるえげつない病原体にゾクゾクしました。
丁寧に病気の進行が描かれているので、ありありと瞼の裏にその様子が浮かび、何とも痛々しかったです。
手紙がテーマになっている中、このように格式張った書簡の形式で書くことができる人はきっとカキコだと数少なくて、文章で表現する地力はそれすらこなせる月白鳥さんがこのサイトでは一、二を争う方だなと勝手に思っています。
前回みたいに複数投稿なさるのを期待しております((
異形頭とか((
ぽぽさん
四文字超えると名前が長く感じちゃうので縮めちゃいました。
名前に☆とか入ってて、気を抜いて読み始めたのですが、まさかの純愛でびっくりしました。
それもしっかり彼女との思い出も書かれていて、視点人物の過ごした日々を思い浮かべて追体験できるようでした。
悲しいようで前向きな終わりも自分好みでした。
かつて凄いハンネで小説大賞もらっていた人と似たような雰囲気だなぁとも思いました。
葉鹿澪さん
手紙、届かなかったんですね……。
書くだけ書いて、出すことができず、何年も何年も。
積み重なって十年分か、それ以上溜まったのに届かないというのも何だか切ないですが、現実的にはそりゃ当然、って感じですよね。
うつくしきものたちを読んだ時に同じことを思ったのですが、葉鹿さんの書く文章は、何か引っ掛かることもなく、脳が理解する領域にストンと落ちる気がします。
あえて悪く言えば淡白なのでしょうが、するりするりと読み進められる感覚が自分としては好きです。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.139 )
- 日時: 2018/03/03 01:39
- 名前: あんず (ID: 7nUlbL6k)
手紙は何日も前から書き始めていた。
それこそあいつに催促されるよりもずっと前から。なのにどうしても書くことが思いつかなくて、便箋に居座る空白は依然として埋まらない。それを見るとやる気まで失せて、筆はいつの間にか数日止まったままだった。
それでも日に日に手紙の期限が近づいてくる。そう思うたび比例するように私の思考はもたついていく。書きたくもない手紙なんて、授業で書く無駄に長い作文と大して変わらない。嫌気が差す。最近は随分と雨が続くから、多分そのことも相まって溜息ばかりが増えていく。あいつへの提出期限は、明日だ。
だから仕方なくこんな、馬鹿馬鹿しいことだけれど、私は宛先の本人足る者の隣で手紙をしたためている。そろそろ催促するあいつの声も煩いし、部屋に篭っても私の筆は進まないから。だからといって、もちろん中身は見せない。あいつだってわざわざ見ようともしてこない。あくまでこれは、彼に当てた私からの「手紙」なのだ。
「ねえ、書けた?」
「……書けない。うるさい」
ムスッと返した私の声に、あははと軽快な声が返る。何が面白いのか隣で鳥類図鑑を広げて読む彼の傍ら、私の持つペン先は同じ場所をぐるぐるとなぞっているばかりだ。
なんでもいいからさあ、俺に手紙を書いてよ。なんて、適当な言葉で頼んできたくせに、渡された便箋は三枚分。これだけは最低でも書けと言う。何様だ、手紙ってそういうふうに頼んで書いてもらうものではないはずだ。それに、こいつは一体こんな手紙に何を望んでいるんだろう。
「ねえ」
「ん、なに?」
随分と熱心に鳥の図を追う姿にぼんやりと声をかける。てっきり返事はないと思っていたら、思いの外すぐに返事があった。集中している時のこいつは、とことん私を無視するはずなのに。いつもみたいにあてのない、独り言のようなつもりが拍子抜けだ。しかもその目はこちらを見ているものだから、仕方無しに言葉を続ける。
「ねえ、ほんとに明日、死ぬの」
自分の声が少しだけ震えたのが分かった。それを悟られてしまうのが何となく気に食わなくて、不自然に咳をした。きっと気付かれているだろうけれど。
彼は数秒おいて口を開いた。「うん」と返す、その言葉は淀みない。それからまた少し間を空けて、もともと笑っているばかりの口元をさらに歪める。彼の赤い唇が目に焼き付く。
「うん、死ぬよ」
「……ふうん」
自分は多分、変な顔をしている。答えた彼の笑顔にイライラとする。自分から聞いたくせに、随分と勝手だけれど。あっけらかんとした顔も声も、私はこいつが嫌いだ。こんなときは特に気に食わない。
数週間前、私に死ぬと宣言してから彼の言葉は変わることなく同じもの。そして多分、本当に明日死ぬんだろう。私はそう確信している。彼は嘘をつかない。それは私が一番、痛いほどに知っていることだ。いまさら疑うのも馬鹿馬鹿しい。
それに私がこいつの立場にいたら、死にたくなるのもまあ分からなくない。そう思うから、きっと止めることも野暮なのだ。私は見送らなければいけない。それが私の義務だと、やっぱり自分勝手にそう思う。
「俺が死んだら寂しい?」
「まさか」
だよね、と彼の細い肩がすくめられた。もう会話を断ちたくて、相変わらず書くこともないのにペンを握った。俯いて紙を見つめても、別に言葉が浮かんでくるわけでもない。また溜息が出る。このまま紙までも湿ってしまいそうだ。
だいたい、手紙なんて書くとしたら彼自身だろう。遺書ってやつだ。なんで私が死にたがりに言葉を書き残さないといけないんだ。おかしい。そんな恨みを込めて睨みつけても、今度こそ彼は熱心に鳥の写真を目で追っていて気付かない。息を吐いて、仕方なく開けた窓の外を見た。
外は土砂降りだった。傘をさして歩くのはあまり好きではないのに、この中をまた歩いて帰るのか。いいことが一つもない。便箋の空白も埋まらない。ただ、明日も雨だったら彼は死ぬことを諦めてくれないかな、なんて考える。彼は鳥になって空を飛びたいと言うから、雨だったら飛べないだろう。ああ、私はもしかしたら寂しいのかもしれないな。もちろん、そんなことは死んでも口には出さないけれど。
「手紙さ、俺が灰になる前には書いて。で、棺に入れといてよ」
そしたらいつか読むからさ。言いながら彼は立ち上がった。どうやらもう帰るらしい。壁の時計は二時を指している。私はまだ座ったままだ。人気のない図書館の自習スペースは薄暗く、彼の顔はよく見えない。ただ気配から笑っていることだけは分かった。こいつはそういう奴だ。
「じゃあね」
ひらひらと振られた手が遠ざかっていく。遠ざかったまま、私はあの背中を見ることは二度とないのだと考える。またね、とは言わなかった。それは私の中の淡い望みで、彼にとっては邪魔にしかならない他人の願望だ。だから代わりに笑ってやった。笑顔で送り出した。ざまあみろと舌を出す。彼は背を向けて見ていないだろうけど、それでももう何だって良かった。
前日までの雨が嘘のように、やってきた朝は快晴だった。
*
ペンは止まることなく動いていく。彼は望み通り鳥になって空を飛んだけれど、だからといって私はこの手紙を書くのを止めるわけにはいかない。これは約束だ。まだ人間であった彼が交わした最後の約束だろうから、それくらいは果たしてやりたい。
大切なものは失ってから気付きます、とありふれた言葉が頭を駆け抜ける。ということはつまり、彼は私にとって大切ではなかったのだ。いてもいなくても気持ちは変わらない。向かう気持ちは苦々しい。私は心の底からあいつが大嫌いだ、だから涙も流れない。ああ、よかった。
あれだけ書くことがないと悩んだのに、今では黙々とペンを走らせている。もう返信は来ないから、そう思って好き勝手に書きためるうちに、手紙はまるで日記のようになってしまった。三ページはとうに超えている。数日間の面白くもないことを連ねた紙は、私の前に降り積もっていく。
彼への言葉はあまりにも少ない。私の恨みつらみと、恥ずかしいくらい赤裸々なことばかり。つまりこれは手紙でなくて、私からあいつへの独白なのかもしれない。返事を待たない一方的な一人語りだ。
「……あ」
顔を上げた先、時計はまた二時を指していた。彼の告別式が始まってからすでに数時間。今日も雨が降っていて、やはり外は薄暗い。湿った臭いが鼻を刺した。じめじめとした空気が肺に纏わりついて、カビが生えてしまいそうだ。出棺の時間が近づいていた。こんなギリギリまで式にも出なくて、手紙だけ棺に放り込みに行くなんて無礼だろうか。それでもこれだけは書かなければいけない。それが約束だ。
便箋最後の半分ほどの空白。今まで書いてきた日記のような拙い文章は切り上げて、最後くらいあいつに言葉を残しておこうか。そう思うと途端に筆が止まって、やっぱり伝える言葉は何もないような気もする。
だからといって、最後まで私について書くのも気に食わないのだ。あいつに最後に言葉を書き残すなら、私は私自身ではなくて、もっと詩人のような粋なことを残したい。
私はあなたのことが好きでした、試しにそう書いて、急いで紙を破り捨てた。ぞっとしない。分かりきっていたけれど、それは私達の言葉ではないのだ。
好き嫌いとか、そんな二つの言葉で私達は語れない。といっても、私達があたかも小説のような、詩的で複雑な関係であったかと問われればそれも違う。ただ、違うのだ。そもそも人間の関係性を好きだとか嫌いとか、そんな言葉ですっきりとさせてしまう奴等のほうがおかしい。私達はそんなに馬鹿で単純な生き物じゃない。
「ねえ、そうでしょ」
私達は、馬鹿ではないよね。
返事は帰ってこない。それでも一人で頷いた。彼だって頷くと分かっている。なぜならこれは彼の言葉なのだ。彼は鳥に憧れていたわけだけど。人は馬鹿じゃない、とまるで呪いか何かのように唱えていたのは彼だ。だから言葉を書き進める。
私はあなたのことが、何だったんだろう。彼は私に何かを残したわけでもないのに。その部分ばかり書いては消して、消して、破り捨てた。三十回を数える頃にようやく、すとんと言葉が私の中に降りてきた。しばらく手を止めた。呼吸までも潜めた。自分の言葉に納得をして、それからもう一度ペンを取る。半分ほど空いたままの空白を睨みつけながら手を動かす。
――ここまで長々と私の話ばかりで呆れたでしょう。この手紙を書き終えたら、私はあなたを忘れます。もう思い出しません。だからあなたも、私の夢にも思い出にも出てこないでください。私の全てから消えてください。そのくらいはする義務があなたにはある。
子供じみた理不尽な言葉を書き連ねて、いよいよ最後の行が埋まる。ひどく泣きたくなって、それでも涙は出なかった。悲しいわけではない気がした。それでも苦しいのは本当だった。馬鹿じゃないか、何がそんなに。
この手紙はまるで遺書のようだ。私の日記と、さようならの言葉ばかり。私が書いた、彼の遺書。いや、彼自身の手はそんなもの残さなかったから、所詮は私の傲慢か。それならやっぱり、これは恋文とでも呼べばいいだろうか。
震える手と胸の高鳴りの中、夢中で息を吸い込んで、吐いた。声に出しながら一文字ずつ。最後の行にペン先が向かう。私の全てをここで捨ててやる。いいよ、よろこべ、この言葉だけは全部、何もかもあんたのものだ。死にたがりに残す言葉はもうこれっきりだ。だから聞かせてあげよう、私は。
「私はあんたのことを、」
*****
2度目まして、あんずです。前回感想を頂けてとてもありがたかったです。今回は私も感想を書きに来れたらな、と思っています。ありがとうございました。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.140 )
- 日時: 2018/03/03 12:00
- 名前: 扇風機 (ID: LyBxwAsk)
手紙は何日も前から書き始めていた。けれども、見習い魔女のナナはというと、途中で筆が止まってしまっていた。羊皮紙の前で羽ペンを持った手で頭を抱えて、目の前の光景をどう説明したものかと思案する。あまりに幻想的なその光景は、彼女の拙い語彙で表現するには困難だった。
折角辿り着いたこの絶景を師であるマーリンに伝えずしてなるものかと、何日も同じ場所に泊まり続けて彼女なりの言葉で手紙に書き連ねていた。最果ての大地に一人住まう魔法の師匠。齢八十だと言うのに容姿はまだ若者にしか見えない世界一の魔法使いである。魔法のインクは、彼女の魔力に呼応していくらでも書き直すことができる。もう既に、羊皮紙十数枚分の言葉を書いては消してを繰り返していた。
どうしたものかしらね。くたっと垂れた三角帽子の折れ曲がった天辺を指で引っ張りながら、彼女の周りを月のようにくるくる飛び回る稚龍に尋ねた。全長がナナの顔ほどしかない、満一歳の幼いドラゴンはピィと一声泣いて答える。知らないよって、言っている風に思えた。紫色の鱗は、いつかは立派なものになるのだろう、しかし今の仔ドラゴンの鱗は、魚のそれと変わらないくらいに頼りないものだった。卵を孵したのもその後育てたのもナナであるはずなのに、親というよりもはや妹のように扱われていた。私の方がずっとお姉さんなのにと、十三のナナはよく不満そうに唇を突き出していた。
まあ最初から期待してなかったけどね。元々、人間の言葉なんて理解できない種族なのだ。それも赤ん坊。十三年も生きてきた自分でさえ目の前のその美しい世界を他人に伝えるだなんてできそうにないのに、彼にできる訳なんて無いと決めつけた。では、どうしたものかと彼女は再び羊皮紙と向き合うことになる。
水晶乳洞、彼女らが今いるのはそう呼ばれる土地だった。通常鍾乳洞は石灰岩が雨水に溶けることにより、長い年月をかけて出来上がる。しかしこの場は、水晶が溶けることによって出来ていた。水晶が溶けてできた鍾乳洞のような土地、それこそが水晶乳洞である。水晶などどうやって溶けるのか、それはその鍾乳洞の最奥、蟻地獄のように窪んだ土地に沈みように横たわる、巨龍の骸が原因であった。
蝕龍、そう呼ばれる種である。特徴としては丸みを帯びた山椒魚のような頭をしており、身体中黄土色にくすんだ鱗で覆われている。鱗は己が発する酸により溶かされて、ぼろりぼろりと定期的に崩れ落ちるが、下からどんどんと新しい鱗に生え変わる。呼気、汗、血液、排泄物にはあらゆる物質をゆっくりと溶かす強酸が分泌されており、近づく者を許さない臆病なものである。
そんな蝕龍は、己の体が大地を、湖沼を、大気を穢すと本能的に知っている。そのため、己の死期を悟った時には、周囲に生命が見られないような大地でただ眠りにつくと言う。その時選んだ大地がたまたま水晶に覆われた洞窟であったため、氷柱のような水晶が天井から幾千本とぶら下がった光景が生まれた。そして龍の骸から漏れる酸も尽き、洞窟内の幻想的な光景が発見された訳である。
そしてさらに珍しいこととして、絶景を作り出す要因はもう一つあった。この蝕龍は二百年に渡る生涯において、ある大陸の毒沼の近くを立ち寄った際に好酸性の菌をその地の獣の血肉と共に摂食していた。あらゆるものを溶かすはずの龍の酸だったが、ごく一部の個体だけが生き残り、そのままその菌だけが増殖した。そしてその菌は、ゴルシフェリンという物質を産生することができた。コンジキホタルカビ、学術的にはそう呼ばれているものだ。そしてそのカビは端的に言うと、金色に光輝くのである。
だからこそ、深い深い洞窟の最奥、陽の光など全く届かないような洞窟の中でその空間はあまりにも輝いていた。まるで真昼のように明るくて、結晶に当たって吸収されたり、あるいは乱反射された光が優しくその空間を照らしていた。ひっくり返した剣山のような天井を見る。青色、藍色、紫色、その三つの色合いの水晶が地面に向かってその手を伸ばす。成分を学者が分析した結果、それぞれディプライト、インディゴライト、アメズ結晶、そう呼ばれているものと分かった。ただの石英が龍の魔力に中てられて生まれるとされる魔力を蓄えた水晶石である。削って飲めば魔力のドーピングができる特別な物質だが、依存性が強く竜化してしまう危険性を孕んでいるために服用は禁忌とされている。
本来酸では解けぬような三種のクリスタル。それらも蝕龍の酸の前ではまるで水をかけた砂糖のようにあっさりと溶ける。だが、やはり龍の魔力、それも酸を分泌した張本人の力を浴びた結晶である。最初は溶けて滴り始めてしまうが、徐々に抵抗を得るようにして再結晶する。そうして、垂れて垂れて地面へと腕を伸ばし続けた姿が、この鍾乳洞様の光景だった。
そしてそれらは、ただ溶けるのではない。それぞれの色合いを持った結晶が、複雑に絡み合うようにして溶け合う。けれどもそれぞれの水晶はそれぞれ全く違った物性を示し、絵の具を混ぜるように完全に溶け合うわけでは無い。それはむしろ、青と藍と紫の三種類の糸が互いによじれて、複雑に絡み合うようにして混合体のようになっていた。
コンジキホタルカビの放つ光は水晶の中を通り抜けるたびにその色合いを変えて。青、藍、紫以外の光をランダムに吸収する特徴のあるそれらの結晶を透過すると、時折赤や黄色の光が生まれることもある。そのため、水晶そのものは三色しか無いにも関わらず、もっと色とりどりの万華鏡のような光景を鍾乳洞の中に描き出していた。それも、吸収する波長がランダムなために同じ個所を映す光の色合いも秒を追うごとにちょっとずつその顔色を変える。魔力を吸った鉱石特有のその光景は、人でなく自然が生み出した魔法のスクリーンであった。
こんなに綺麗なのに。ナナは、目の前の光景を目にしながらそれでもこの景色が世界で一番美しい光景でないことに深いため息をついた。最も美しい世界は遥か彼方にあると、彼女の師匠は言っていた。その光景は自分しか見たことが無いとも付け足して。この蝕龍をも超える強力な瘴気を放つ龍、邪竜が存在するらしい。その邪竜から漏れる瘴気は、あらゆる宝玉を溶かしてしまうと言う話だ。
そうして、魔族の大地の業火山ヴォルガフレイムを越えた先、極寒の平原コキュートスを抜け、底なしの毒沼である龍喰らいの胃袋を渡ったさらにその先、『元は宝石だった』海があるという。エメラルドが、ルビーが、プラチナが金が銀がトパーズが溶けてできた海。波打つたびに虹色の飛沫が飛び、潮引く度に龍の死骸が見えると言う。
全ては語らないから自分の目で見てこい。爽やかな笑顔で言い放つマーリンのその言葉は、ただただ厳しかった。
魔族の大地なんて、行こうものならすぐさま死んでしまう。邪悪な魔力が魔力の弱い者を侵して魔人に変えてしまうし、そうして生まれた魔人は我を忘れて人を襲う。闇の侵攻に抗いながらも、呑まれた者に打ち勝てるだけの魔術の素養と修練が必要だ。
その上三千度の炎に耐え、零下八十度の極寒を乗り越え、数キロに渡る毒沼を渡らねばならない。そして最後に、金まで溶かす邪毒の瘴気に耐えねばならない。魔力に恵まれた者しか見れぬ光景、いくつになったら自分も見ることができるのかなと、肩を落とした。
ゆっくり書けばいいか。魔法のポーチには、まだまだ食糧が入っている。ちょっとずつ食べれば四日は持つだろう。自分の目で見たその世界を、彼女は彼女なりの歩幅で文にする。呪文でもない言葉を紡ぐのは初めてだけれど、久しく会っていない師匠に出すと思うと心躍る。
いつか絶対、この世界の綺麗なもの全部見届けてやる。決心を固めなおした彼女に呼応するように、幼い龍がピィピィと鳴いた。
家電製品です
ファンタジー寄りの話にしたかったのですが力不足でした。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.141 )
- 日時: 2018/03/04 00:01
- 名前: ヨモツカミ (ID: QzezFalo)
手紙は何日も前から書き始めていた。筈なのに、『親愛なるアリスへ』で書き始めた紙面には、等間隔に引かれた無数の罫線が並んでいるだけ。檻に入れられた白ウサギさんみたいに、紙は白と黒の繰り返しがあるだけだった。
インクさえ付いていない羽根ペンは、何10分前から握り締めていたかもわからない。鳥さんの羽根が付いているのだから、パタパタと勝手に動き出して、わたしの代わりに書いてくれればいいのに。なんて考えると、ついついわたしは溜息を滲ませてしまう。
深く息を吐くと幸せが逃げちゃうよ、といつか彼女に言われたのを思い出した。けれど、逃げる幸せなんて、この目で見たことも無い。幸せってお星様みたいに空に飛んでいってしまうのかな。それとも、キャンディーみたいにポロポロと下に落ちていってしまうのかな。もしも落ちてゆくものなら、この何も書かれていない紙の上には、私の幸福がばら撒かれているのだ。
そう思った途端、急にペンが走り出した。紙の上でキラキラと光る幸せの欠片を避けながら、わたしの代わりに、彼女に伝えたかった事を綴ってくれている。やっぱり思った通り。鳥さんの羽根が使われているのだから、このペンは生きていたのだ。
しばらくして羽根ペンが止まる。書かれた文章を何度も何度も読み返して、わたしはまた深く息を吐く。慌てて口を抑えた。わたしの幸福は幾つ散らばってしまっだろう。わからないけれど、書けた手紙をクシャクシャに丸めると、それを後ろに放りなげた。それは、既に床に転がった数匹の丸められた紙の群れに加わって、溶け込んでしまう。似たような内容のくせに、その数だけを増やしていく。
わたしはまた新しい用紙を取り出しては、白紙と睨み合いをする。こんな事を繰り返して、もう5日が経過していた。出発の日は明日に迫っているのに。
伝えなきゃ。でも、彼女はこんなことを知ったら、怒るだろう。それでも、伝えなきゃ。でも、彼女は泣いてしまうだろう。もしかしたら、わたしを嫌いになってしまうかもしれない。でも、でも、でも。
不意に、背後にある部屋のドアを叩く音が響いて、わたしは肩を震わせた。振り向いて、開かれたドアの隙間から覗いた顔にぎょっとする。
チョコレート色の長髪、長いまつ毛、翡翠の大きな瞳、小さな鼻。この部屋の扉を叩くのは一人しかいないのだから、わかっていた。彼女だ。彼女がお気に入りの、黒と赤を基調とした可愛らしいワンピースの裾が、蝶々みたいに揺れながら近付いてくる。
「なかなか会いに来てくれないから体調崩したのかと思って、私から来ちゃった」
少女は笑う。チェシャ猫みたい――とまではいかないけど。あんな品のないニヤニヤ笑いでは無く、マカロンのような、可愛らしい笑顔で。
彼女が足元に丸まっていた手紙に気が付いて、拾い上げた。慌てたが、車椅子に腰掛けるわたしは、立ち上がってそれを止めることもできず、開いた口から溢れる声もなく、オロオロとすることしかできなかった。
開いた紙面に視線を落としていた少女が、ゆっくりと顔を上げる。不安に歪めたわたしの目を覗き込む翡翠は、疑心に揺れていた。
「……どういう、ことなの」
「…………」
彼女の口から溢れる、枯れ葉の声を聞いた。わたしはただ微笑んだ。他にどうしていいか、わからなかったから。
彼女が唇を震わせて、ゆっくり。ゆっくりと距離を詰めてくる。否定するような足取りで。
「もう会えないって、どういうことなの? 私達、もう一緒に遊べないの?」
「…………」
その手紙には、必要最小限に、伝えなければならない事が書かれている。
遠くへ行ってしまうこと。
もう二度と会えないこと。
あなたとの約束は守れない。それでもわたし達は友達である、ということ。
最後に、「両手一杯のパンジーをあなたに」という一文を添えて。
しかし、彼女を憤らせ、取り乱させるには十分な事実が幾つも転がっている。わなわなと震える彼女の肩。大きな二つの翡翠がグラグラと揺れる。溢れた翡翠の欠片は、色もなく透き通っていた。
「嘘付き! 私達ずっと一緒だって、約束したのに!」
「……、……」
口を開きかけたが、言葉は出てこない。俯くと、彼女とは対象的な、水色のワンピースの裾と自分の病弱そうな細くて白い膝が見える。膝の上に乗せた両手は、無意識に強く握り締められていた。
「今日も……なにも、言ってくれないんだね」
彼女のその言葉で、胸が痛くなる。鏡に小さなヒビが入るのを連想する。彼女の言葉は鋭利なナイフ。勢い良く突き立てられた刃を中心に、ピシピシと音を立てて、写りこんだ彼女の顔に入る亀裂は広がっていく。嗚呼、彼女が砕けてしまう。
繋ぎ止めようと必死なわたしに構わず、彼女はその顔を歪める。
「いつも、お花やお手紙を渡すだけで、あなたは何も喋ってくれないよね」
鏡に映りこんだ少女の顔は、翡翠の欠片に濡れて、失望に歪んで、ひびだらけだ。慌ててわたしは辺りを見渡す。ヒヤシンスは見つからない。どうしよう、どうしよう、どうしよう。
オロオロしながら、机の上に置いていた紙の上に、羽根ペンを走らせた。罫線など無視して、汚い文字。流れ星の尾みたいに掠れた文字列の紙を、彼女に差し出した。
『ごめんねアリス。夢で会おうね。
両手に抱えきれないほどのハベナリア・ラジアータをあなたに』
頬を濡らしたまま、彼女が目を瞬かせる。じっと、紙面の文字を読んで、それからゆっくりと顔を上げて、私の方を見た。
「あなたは、逢いに来てくれるの?」
「…………」
わたしはこくこくと何度も頷いた。壊れた振り子時計みたいに。そうすれば、雨を降らせていた彼女の顔に、太陽が覗き込む。
「約束っ、約束よ! 皆には秘密の、私達だけの約束! ふふっ、また私達だけの秘密ができたね!」
虹がかかったみたいだと思った。彼女が笑っているならそれでいい。守れない約束と、嘘であなたが笑うなら。わたしも嬉しいから笑う。嘘つきのわたしは、オオカミに食べられてしまえばいいのに。
……手紙は、何日も前から書き始めていた。1枚目の手紙は、羽根ペンが書いてくれたわけでもなく、零れた幸せに汚れたわけでもない。わたしが、わたしの手で書いて、でも引き裂いてしまった本音。
『親愛なる偽物へ。
ずっと思っていたことがあるの。あなたはね、アリスに相応しくないよ。
白ウサギさんは時間に追われたまま、あなたのお迎えなんて忘れてしまっている。帽子屋さんは三月ウサギの夢に焦がれてお茶会を繰り返しているから、あなたに会いには来ない。チェシャ猫は消えてしまったはずよ。もう二度とあなたの目の前には現れない。
ねえ、偽物。
あなたに女王の資格はあるの?
あなたに涙の泉は作れるの?
あなたにハンプティダンプティが救えるの?
あなたにトランプの城を壊せるの?
あなたにわたしを見つけられる? アリスを返してよ。
あなたのためのスノードロップと共に。夢の続きで会えるといいね、“アリス”』
*鏡の国の君を捜して
***
自己満足なので、まあ、意味わからないと思いますが、私は楽しかったです。少女の夢のような不思議な感じのものを書きたかったのと、ほんのり自分の創作の話です。
「わたし」は喋りたくないので喋らず、代わりに花で気持ちを伝える子なんです。
袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.143 )
- 日時: 2018/03/06 19:56
- 名前: 狐◆4K2rIREHbE (ID: 5EP.ptSA)
こんにちは、銀竹です。
相変わらず、皆さんすごい速さで投稿なさってますね(笑´∀`)
あれよあれよという間に沢山の作品が生まれて、これまではなかなかコメントが残せずにいたのですが、今度こそは!ということで感想書かせて頂きます。
ちょっと短くて書き足りないくらいなのですが、全部楽しく拝見しました!
>>129 浅葱さん
最初は、何気ない世間話を綴った手紙の内容に、微笑ましいなぁくらいに思っていたのですが、やがて二人の境遇を理解し始めた辺りから、ひどく切なくなりました……。
涙を零しながら、必死に明るい内容を書いていたんですね。
また、手紙に込められた沢山の想いを受け、そうして溢れてくる感情に涙しながら、読んでいたのですね。
運命とは斯くも残酷なもので、何の前触れもなく、人の幸せを刈り取っていきます。
それは事故だったり病気だったり、きっかけは様々だと思うのですが、きっとこの二人も、過酷な運命に翻弄ながら、やるせない怒りや悲しみ、沢山の不安を抱えて……そんな中でも想い合っているのですね。
いえ、そんな中だからこそ、と言うべきでしょうか。
二人の姿は、痛々しくも立派で、読んでいて胸が締め付けられました。
桜を見に行ったり、海に行ったり、愛を囁き合ったり……そういった普通の幸せが、二人には今、遠く儚い夢のように見えているのでしょうか。
まだ世界が二人を見放さないことを、願います。
>>130-131 電子レンジさん
師弟ものは、ずるい(笑)
憎悪というのは時として凄まじい原動力になるもので、この子供も、きっと父を殺されたその恨みから、復讐に人生を捧げてしまったのかなと思います。
だからこそ、復讐を果たす術を教えてくれていた師こそが、実は仇だったと知ったときは、まるで裏切られたような気持ちになったのではないでしょうか。
顔を合わせるとなかなか上手く言葉が出てこなくて、拳でしか語り合えないような、不器用な者同士のやりとりは、見ていてすごくもどかしいです。
なんか……もう私が出て行って「いや、君の師匠めっちゃ龍馬くんのこと想ってるよ! なんとなく分かるでしょ!」「あんたもう、この子のこと大好きなんだから仲良く暮らしちゃえよ!」と全力で説得したくなりました(笑)
師匠を信じたい気持ちと復讐心がせめぎ合い、葛藤する龍馬くんと、激情に突き動かされ立ち向かってくる弟子の戦い方に、未熟さと成長を感じている柳先生……ああ、もう、ああ。
柳先生、最後は敗れてしまいましたが、弟子が自分を超えたことを心の底から喜んでいたことでしょう。
もちろん亡くなったお父さんに代わりはいないけれど、柳先生と龍馬くんの間には、師弟以上の親子みたいな絆があったのですね。
>>132 通俺さん
今投稿されている話の中で、一番好きです( *´艸`)大好きです!
そう、ヤギって本当そうなんですよ。可愛い顔して、あいつらすごい図々しい上に賢くて狡猾なんですw
心を込めて書いた手紙を食べられちゃった主人公には申し訳ないですが、読んでいて爆笑しました(笑)
お相手は年上の女性ということで……きっと、一生懸命背伸びして、良い便箋を買って、時間をかけて書いたんですよね(;^ω^)
それを食べちゃうなんて、あのヤギは言うなれば姫を守るナイト!
……いや、ヤギはそんなこと考えないな、単に食欲に忠実だっただけだな(笑)
主人公の想いが女性に届くように、心から願っています!
あえてヤギと山で暮らすことを選んでいる女性ですから、案外ヤギを手懐ける術を身に着けて、まずはヤギを味方につけるのも手かもしれませんねw
白ヤギさんを飼うならば、やはりザーネン種か、なんて(*^▽^*)
素敵な作品をありがとうございました! ンヴェェェエエエ!
>>133 月白鳥さん
うう、恐ろしい……。治療法も分からない、レゼルボアすら未知の新種の病原体。
相手は目に見えない脅威ですから、研究員の方々は本当に恐怖と戦いながら日々を過ごされていたのでしょうね……。
何とかせねばと研究し続けた「私」が、最期は絶望し、死を望んでいる描写を読んで、心底ぞっとしました。
状況を打破すべく立ち上がったはずの研究員たちが、逃げ出し解放を望むくらいに、事態は深刻なのだ、と。
そして今後、更に感染が拡大していくであろうこの世界の結末を考えて、もう寒気が止まらないです。
病気の症状などが事細かく書いてあるので、よりリアルに、病原体の猛威、恐ろしさを感じ取ることができました。
この文章は、月白鳥さんしか書けませんよね(;´Д`)
音もなく忍び寄る死の影……現代世界でも絶対にありえないとは言えない状況なので、読んでいて本当に怖かったです。
>>134 ちん☆ぽぽさん
悩んで悩んで、何度も推敲しながら、一生懸命手紙を書く主人公の気持ちが伝わってきました。
そして、残された時間を共に過ごした、彼女との思い出を語る場面で、うるっときました……。
こんな素敵な夫婦を引き裂いた運命という奴に、一発拳骨をお見舞いしてやらないと気がすみません( ;∀;)
手紙って、本当に難しいですよね。
「便箋のデザインはどうかな?」「ちゃんと綺麗な字を書けるかな?」、送る相手が大切であればあるほど、より時間をかけて、丁寧に書いていくものなのだと思います。
だからこそ、メールに比べて温かみのある、気持ちのこもったものになるんですよね。
ポストに入れなくても、きっとその気持ちは、天国の彼女に届いています。
今は泣いて、いつか、本当にお迎えが来たら、三途の川の向こうでもお幸せに……!
>>135 refrigeratorさん
ああ、青春……。涙をこらえているせいなのか、寒さのせいなのか、鼻を赤くして歩く少女の姿が目に浮かびました。
表現力が、素晴らしいですね……!
最後に「感情を直接表現する言葉をほとんど使わないように意識した」と書かれていたので、読み直したのですが、本当に「つらい」とか「悲しい」っていう言葉がありませんでした。
それなのに、少女の切ない気持ちがひしひし伝わってくるのは、refrigeratorさんの文章力の高さ故だなと思いました。
情景描写も繊細で、かつ洗練されていて、素敵です。
時間で言うと、少女が歩くだけの数分、いや、数秒くらいの出来事なんですよね。
でも、少女が道行く人を羨ましそうに見つめる様子とか、雪が舞い散る様子が丁寧に描かれていたので、たった数秒くらいの出来事なのに、ちょっとしたドラマを見ているような気分になりました。
いずれ、少女に再び、素敵な恋が訪れるといいですね(*´ω`*)
一旦切ります!
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.144 )
- 日時: 2018/03/06 21:18
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: VHLX.tYI)
手紙は何日も前から書き始めていた。そして、何度もやり取りを交わしていた。
一日のうちに、何通も出した。君に伝えたいことが多すぎて、一つ、二つとどんどん膨れ上がっていく。もうすぐ君からの返事は来なくなるだろう。だからこうして、君から紙とペンが取り上げられる前にたくさん送るんだ。
僕がどれだけ君を愛していたか。僕がどれほど君を愛しているか。
どうしても送れない一通の手紙を見ながら、時が来るまで、君の素敵なところを書き連ねよう。
あの日は時雨だった。どんよりした暗い雲が街の上には居座り、冷たい冬の雨を気まぐれに降らせている。水に濡れて滲んだインクを、暖炉で丁寧に乾かし、真新しい封筒にいれた。
君の名前は記録には残るだろう。でも君がどんな人で、どんな風に思っていて、どんな風に生きたのかは残らない。せめて僕にできるのは、君の手紙を保管することだけ。
あの日は君に会いに行った。大粒の雨が、ぽたり、ぽたりと涙のように斑に降る。傘をさす人、ささない人、人の波を避けながら、ロンドン塔の上の方まで会いに行った。
「あなた、そろそろ怒られるんじゃない?」
君はいつも、自分のことより他人のことを心配していたね。あの日だってそう、でも大丈夫さ。本当に怒られるタイミングは一番分かってる。だからたぶん、君と直接言葉を交わしたのもあの日が最後。会うのはあと一回。時計の鐘が十二回なるときだ。
「お役人さん、こんなところで油を売ってはいけないわ。早く仕事に戻りなさい」
僕がずっと口にできなかったことも、すぐに君は見抜いてしまうんだね。そしてそっと背中を押すんだ。
それが僕の望むことではないと知っていても、ちゃんと仕事をさせようとする。君が悪魔と人に蔑まれるように呼ばれるのも、少しわかる気がするよ。
「愛していたわ」
ほら、君はずるいから最後の最後で僕の決心を揺らがせる。このまま君の手を取って、一緒に過ごそうか。あの甘い日々に戻ろうか。
ロンドン塔の鐘が重たく十二回鳴る。ほら、やっぱり君はずるい。こうして迷わせておいて、でも定めに逆らわない僕の性格を知っている。
あと四十八回鐘がなったら、残された時間が全て終わる。
だからそれまで、また手紙を書くさ。僕がどれだけ君を愛しているか。僕がどれだけ君を愛していたかを伝えるために。
時よ、止まれ。美しく、止まれ。
悪魔と契約することは叶わず、君の時計が零時を告げる。
僕は、最愛の君の死刑執行許可証を手紙で送る。
そして君は今日のうちに死ぬ。僕の目の前で、首を切り落とされて死ぬ。
額についた手のひらをつたって、袖がいつの間にか斑に濡れていた。君と最後に言葉を交わした、あの日の雨のように濡れていた。
*時の悪魔に愛の手紙を添へて。
袖時雨、という言葉自体は冬の季語だそうですね。冬の冷たさと聞くとロンドンが思い浮かんだので。
ロンドン塔は中世、処刑の場として罪人を置く牢獄でした。ロンドン塔の鐘が鳴るときは、誰かの命が費えるときだと面白いだろうなーと。真実かは知りません。
でもゲーテのファウストはドイツなんですよね。時代考証は滅茶苦茶ですが、まぁ時計塔の悪魔ということで。
僕は役人です。君は姦通の罪に問われた女性です。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.145 )
- 日時: 2018/03/07 00:09
- 名前: 狐◆4K2rIREHbE (ID: rdey1T1c)
銀竹です、>>143の続きです!
>>136 Phallus impudicusさん
男性、女性、その両方に感情移入できる作品ですね(*´ω`*)
自分の好きなものを、愛する人にも好きになってもらいたい、そんな一途で健気な男性の姿は、見ていて応援したくなりました!
感情的になる女性に対し、穏やかな態度を崩さない辺り、きっと根は優しくて真面目な人物なんだろうなぁと。
一方で、執拗さとか狂気みたいなものも感じたりもして、腹の底が知れない危なっかしさにドキドキしました。
女性の方も、言葉ではきついことを言っていますが、三日も待っている時点で全く気がないわけではないのですよね。
二人は単なる知り合い・友人止まりの関係なのか、恋人同士なのか、それともそういうお店の女性と客なのか……なんて、いろんな想像が膨らみました。
様々な解釈ができる、面白い作品だなと楽しく拝見いたしました♪
>>137 葉鹿 澪さん
恋愛ものが多い今回のお題の中で、お友達同士の手紙のやりとりも良いなぁと思いながら読んでいました(*^^*)
主人公にとって、きっと相手は友人であるのと共に、憧れのお姉さんのような存在だったのですね。
久しく会っていない相手のことを考えながら、手紙に込める大切な想いは、中学生のころでも大人になった今でも、きっと変わらないのでしょう。
私も、中学生の頃はLINEなんてなかったので、小学生の時に転校して別れてしまった友達と、文通をしていた時期がありました。
便箋に、やたらめったらお気に入りのシールとか貼ったりするんですよね(笑)
いつの間にか疎遠になって、今はもう文通していませんし、その子がどこに住んでいるのかも分かりませんが、葉鹿さんの作品を読んだら、その子のことを思い出しました。
残念ながら、主人公の手紙は届かなかったのでしょうか。
ちょっぴり寂しいような、懐かしいような気持ちになれる作品でした!
>>139 あんずさん
まず、人から頼まれた期限付きの手紙を書かねばならない、という意外な書き出しから始まり、それが明日死ぬのだと言う彼に宛てたものだと分かる部分まで、全く展開の予想がつかず、目が離せませんでした。
一体彼に何があったのか、私と彼はどのような関係で、お互いどんな感情を抱いているのか……あえて多くは語らない文章に、思わずドキドキしてしまいました。
彼が亡くなった後、「私は心の底からあいつが大嫌いだ、だから涙も流れない」と書かれていますが、そうではないのですよね。
きっと、事態が受け止めきれなくて、まだ感情が表には出てこないのですよね。
飄々として掴みどころのない彼は、大切なことは一切言わず、去ってしまった。
そんな彼に私が抱く感情は、一言では語れない、本当に複雑なものだったのでしょう。
好きだとか嫌いだとか、簡単には言い表せない不思議な気持ち……けれど確かに、私と彼の間には、特別な想いがあったのだと思います。
これはちょっと俗的な言い方になりますが、罪な男だ……。
>>140 扇風機さん
異世界ファンタジーの素晴らしさを噛みしめながら読んでいました(笑)
最果ての地に棲まう偉大なる魔女、自ら死地を選び眠りにつく龍たち、溶けだした宝石の海……まず、世界観が魅力的です!
王道な考えで行くと、大地を汚し世界に害を成す生物というは、やはり人間と相場が決まっていると思うのですが、ここでは蝕龍という生物がその立場に在るのですね。
臆病な性質で、水晶をも溶かすような強酸を分泌し、敵を近づけない。
しかしながら、その生態故に、死期を悟ると自ら孤独を選んで死んでいく……。
なんと心優しく、悲しき運命を背負った龍たちなのでしょうか(´;ω;`)ウゥゥ
けれど、その骸が横たわる水晶乳洞は、斯くも美しく幻想的な景色を作り出す……ああ、やはり龍は神秘的で、人智の及ばぬ存在ってことなんですよね!(興奮)
邪龍にしてもそうですが、危険で邪悪な性質を持つ龍であればあるほど、より美しい景色を生み出すとは、なんという皮肉でしょうか!
しかもその龍たちの骸は朽ちることなく、その景色の一つとなってそこに在り続けるわけですよね。
生命豊かな光の情景を大地だと言う一方で、死の気配漂う闇の情景もまた、大地。
大地を汚す強力な力を持ちながら、それでも最期は大地と一体化して眠る龍は、やはり神秘的で(二回目)
絶景ハンターの見習い魔女、ナナちゃんが、いつの日か師匠と同じ景色を見られるように、祈っています!
>>141 ヨモツカミさん
一人称視点で描かれた童話チックな文章が、良い意味でヨモツカミさんらしくなく、新鮮な気持ちで読んでました(*^^*)
わたしから、もうすぐお別れになってしまう、親愛なるアリスへ、誠実な愛と信頼(パンジー)を。
傷ついてしまったアリスには、夢でもあなたを想う(ハべナリア・ラジアータ)と嘘をついて。
手紙と花でしか言葉を伝えられないわたしからのメッセージは、やはり抽象的になりがちですが、それでも、そこにはアリスへの深い愛が込められているのが分かりました。
夢の世界を執筆なさりたかったということで、核心的なことは明らかにならないまま終わりましたが、それがまた幻想的で不可思議な雰囲気を演出していて、素敵ですね♪
いつかヨモツカミさんが「鏡の国の君を捜して」を書き始めたら、分かる部分も出てくるのでしょうか。
楽しみです(∩´∀`)∩
>>142 雛風さん
過去へ渡る手紙、ここにきてまた新しいファンタジック要素が出てたな!とワクワクしながら、拝見しました(*^▽^*)
過去の自分に送れる、なんて普通は信じませんけど、いざ「今を変えられるかも」なんて聞いたら、「どうせ嘘なんだろうけどやってみようかな……」って心が傾いちゃいますよね。
しかも、それが本当に過去に送れるとなると、人間なら皆、好奇心と欲望から手を出しちゃうんじゃないかな……と思います。
なんとなく、見知らぬ母親と兄弟が増えてきたあたりから、嫌な予感はしていたのですが、最終的に「ああ゛っやっぱりお父さんやっちまったよ゛ぉぉお」と、スマホを投げたくなりました(;´∀`)
まあ主悪の根源は最初のお母さんなんでしょうけど、それでも駄目だよお父さん……気持ちはわかるけどもさ、娘に罪はないじゃん、駄目だよ……。
扱いきれない力に手を出すと、ろくなことにならないんですね。
謎の手から差し出された手紙を、二度は受け取らなかった主人公に、拍手を送ります。
>>144 加奈さん
詩的で読みやすい文章、そして綺麗な言葉選びが相変わらず素敵だなぁ、と感嘆しつつ、ああ、報われない結末だなぁ……とため息もこぼしつつ。
「君」は姦通の罪を問われたということで、それが彼女の意思に反した行為による罪だったのか、それとも合意の上での行為による罪だったのかは分かりませんが、どちらにせよ、人々を誘惑する悪魔と称されるにふさわしい、強くて魅力的な女性だったのでしょうね。
美しく、艶然と微笑む彼女を想像してしまって、私も惚れました。
最終的に「僕」は役人としての選択をするわけですが、もしかしたら、二人が手を取って逃げる未来もあったのかな……。
いや、でもきっとこの女性が、そんなことは許さないかな……とか、色々考えました。
彼女の生き様を、僕は生涯忘れないのでしょうね。
読み込みなど甘かったらすみません(;´∀`)
皆さんの作品、それぞれに味があって面白かったです!
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.146 )
- 日時: 2018/03/07 17:52
- 名前: メデューサ◆VT.GcMv.N6 (ID: DHzXYp4.)
手紙は何日も前から書き始めていた。そう、書き進めてはいたのだ。もっと言えば脱稿寸前だったのだ。
──今、僕の目の前には横倒しになったグラスと、コーヒーに沈んだ便箋がある。
目の前に広がる光景に呆然としている間にも紙面は侵食されていく。その速さたるや悲鳴をあげる間も無く、はっと現実に目を戻した時には既に僕の自信作は哀れにも完全にカフェインに飲みこまれていた。
「……とりあえず、拭くか」
部屋には時計の音だけが響く。
とりあえず筆記用具を片して、その辺のティッシュで簡単に机を拭く。
今日はもう寝よう。さっきまで筆が乗っていただけにショックが大きい。部屋の電気を消して、沈んだ気分と寝不足で痛む頭を重たい布団で抑え込む。
おやすみなさい、明日になれば気分も治ってまたいい感じの文面を思いつけるだろう。頑張れ明日以降の僕。
朝日が丁度カーテンの隙間から差し込み始めてきた頃、僕はようやく眠りについた。
──二日後、ようやく手紙を書き終えることができて一安心する。いい加減書く速さが気分に左右されるのをやめたい。一昨日みたいに筆が乗れば便箋1枚くらい10分あれば埋められるのだけど、あのコーヒー浸し事件はかなり僕の精神に刺さったようで結局今日まで紙面を碌に埋めることができなかった。
とにかくこれで今回は大丈夫。同居人達に宛てた只の近況報告とは言え、読んでくれる人がいて感想を貰えるというのは純粋に嬉しくて、
だから僕も"渾身"を読んでもらいたい。
*********************
手紙は何日も前から書き始めていた。
同居人に宛てた近況報告。簡単なようでこれがなかなか難しい。
とりあえず作業を一旦中断して朝ごはんを取ることにしよう。
「……凄いなあ」
フレンチトーストを齧りながら、伝言板に留められた便箋をちらりと見て私は苦笑する。内容はなんてことない、ここ一週間の近況報告。だけど、晴季くんのそれは同居人の中で一番読みやすく書かれたものであるという事は周知の事実だ。
そんな只の近況報告1枚に徹夜までしてしまうような彼が愛しくて、同時に少し心配でもある。
ご自愛下さい。なんて、したためてみようかなと思いながら私は朝食を片付けた。
私には晴季くんみたいに繊細で綺麗な言い回しは逆立ちしたって思いつかない。とりあえず今は自分が書きやすいように書いて、その後考えよう。肩に当たる優しい陽射しは私を応援してくれているようだった。
「……書けたー!」
今回はだいぶ上手くまとめる事ができた気がする。これで私の番はひとまず終わり。便箋を伝言板に留めたらどっと疲れが押し寄せてきた。
あまり夜更かしをするのもお肌に悪いしさっさと寝てしまおう。
「おやすみなさい」
私は独りごちて、ぱちんと部屋の電気を消した。
*********************
手紙は何日も前から書き始めようとはしていた。これまでは何かと理由をつけてサボってきたが、とうとう怒られたのでさすがに今回は書かなくては。
「つっても書くことねーんだよなー……」
あるだろ。と、すかさず頭の中で口煩い同居人──冬臣という──がツッコミを入れる。「"報連相"をかかすな」だの「各々が勝手に予定を組めば収集がつかないだろう」だのこないだはまあ叱られた叱られた。
大体晴季も棗も冬臣も真面目すぎるんだよ。揃いも揃って窮屈そうにしてて楽しいのかね。中でも特に酷いのは晴季だ。俺らが居なかったら今頃どうなってたやら。
「ただいまー」
今日の講義は一限だけで終わりだ。昼時で腹も減っているのでさっさと家に帰ってきた。
スニーカーを乱雑に脱ぎ散らかして一目散に台所へ向かう。
冷蔵庫の中を見て今日の昼食を考える。よし、今日はチャーハンにするか。そうと決まれば俺は調理器具と材料を引っ張り出した。
材料を刻みながら近況報告に何を書こうか考える。とりあえず俺が最近何やってたか分かればいいんだろ? なんだそれなら簡単そうだな。食い終わったら早速書くか。
チャーハンをペロリと平らげて、食器を片し筆記用具と便箋を広げる。参考までに他の3人が書いたやつも広げているが、こう長々と書くのは正直面倒くさい。こういうのは何を書いているか分かればいいんだよ、分かれば。シンプルイズベストって言うだろ? 小綺麗な文章は晴季辺りにでも任せておけばいい、あいつ作家志望だし。
「よし、書けた書けた」
書き終えた手紙を伝言ボードに刺したと同時に携帯が鳴った。
「もしもし?」
『もしもし崎重くん? ちょっと今時間いいかな?』
電話をかけてきたのはバイト先の店長だった。
「はい、何ですか?」
『明日のシフトさー、ちょっと抜けが出ちゃって……代わりに入れる? 時給弾むから』
「ああ、いけますよ」
『本当! いやー助かるなあ』
「いえいえ全然」
まあ、
働きに行くの俺じゃないし。
*********************
これは、一度手紙を書くべきだな。マイクに消毒液を吹きかけながら俺はそう思った。勝手にシフトを入れるなんて何を考えているんだあいつは。
今朝起きたら机の上に
『冬臣へ
今日16時からシフト入ったからヨロシクな
吉秋』
なんてメモが置かれていて思わず目を疑った。何がヨロシクだせめて一言相談しろ。
今日はせっかく天気のいいうちに新しいスニーカーを買いたかったのに、その予定もあいつのせいで台無しだ。さすがに家に一足しか靴が無いのは不便だろうと思って靴屋をめぐる計画を立てていたというのに!
ダメだ。思い出すと腹が立ってくる。接客業務を行える顔になるまで深呼吸を繰り返す。どうせこの大雨だ、店に出入りする客などいないだろうから少しくらい受付を空けていても問題はないだろう。
「あら、こんな所で会うなんて奇遇ね」
気分をどうにか落ち着かせ受付に戻る途中、不意に声をかけられた。
この人は知っている、確か同じ大学に通っている人で晴季の彼女さんだ。
「そう? ここ僕の職場だけど」
「あらそうだったの! それにしても今日は大雨なのに大変ね。あ、でもその分お客さんは少ないのかしら」
「まあね。予報ではこれからもっと降るって言ってたし、海里さんも早めに帰りなよ」
こんなに可愛らしい人が恋人なんて晴季は幸せ者だな。最初にこの話を聞いたときはまた吉秋が勝手に何かやらかしたのかと思ったのだが、どうやら告白したのは本当に晴季らしい。
しかし、晴季は彼女に俺たち"同居人"の事を打ち明けるのだろうか。
「ありがとう! あなたもお仕事頑張ってね」
「"はるき"くん」
俺は手を振って"彼女"を見送り、また仕事に戻った。
*********************
*崎重晴季は多重人格
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.147 )
- 日時: 2018/03/08 20:54
- 名前: 三森電池◆IvIoGk3xD6 (ID: toS3hnLg)
手紙は何日も前から書き始めていた。
空色の自転車のペダルを踏む。飛ばす、飛ばす。目的地はずっと先だ。この夜が明けるまでに、辿り着かないかもしれない。それでも必死で漕ぐ、君に会いに行くために。
僕のリュックの中には、財布と、地図と、地元のブティックで買った小さな飾りのついたネックレスと、君へ宛てて書いた手紙が入っている。スマホは家に置き忘れてしまったのか、先ほど時刻を確認しようとしてポケットをまさぐっても見当たらなかった。不便ではあるが、絶対に必要なものではない。それに、この想いを伝えるのに、電子機器などを通す必要は無い。
僕はただの大学生だ。中高ではお遊びのような運動部に属していたものの、今は体力は落ちてしまった。何時間も自転車を漕いでいると、脚の感覚が薄れてくる。それに君の住む所は、かなり入り組んだ集落にあるらしい。後輩からも「頼りがいがない」「ぽやんとしてる」と言われるような僕が、無事に到着できるかは、わからない。それでも行くしかない、君に会うためならば、どんな苦労をしたってかまわない。
街灯もほとんど無い坂を登りきると、今度は長い下り坂が待っていた。一息をついて、ペダルを漕ぐ足を止める。すうっと勝手に進んでいく自転車と、体全体に浴びる風が気持ちいい。深夜三時、この街にももうすぐ春が来ようとしている。それでも夜はやっぱり冷えるから、家を出た直後はもっと厚着してくるんだったと後悔したが、今となっては少し涼しいくらいだった。
君は、きっと眠っているだろう。僕と一緒に住んでいた頃から、日付を超えたあたりで既に眠そうにしていたから。僕としてはもっと君と話していたかったし、君が持ち込んできたゲームで遊んだりもしたかったけれども、僕が朝起きると、早起きした君が、きまって朝食を作ってくれていてた。おはよう、と笑う君と、焼きたてのパンの匂い。もともと一人暮らしの小さな家で、僕と君はそれだけで、すごく満たされていた。二人で朝食を食べて、一限はもういいや、二限から行こう、と朝のニュースを見ながら笑いあった。君は酷く気まぐれで、毎朝放映される占いの運勢が最下位だと、拗ねて「今日は大学行かない」と言い出すことがあり、連れ出すのが大変だった。けれども昼頃になれば、美味しい、と学食のカレーを頬張り、最後まで授業を受けて、一緒に帰った。
僕は三年生になったけど、君はどうしているのだろう。
都会育ちの僕には、田舎のことはわからない。澄んだ空と美味しい空気、めいっぱいに広がる海、そんな曖昧な光景を想像すると、羨ましいな、と思う。だけど、君の生まれた田舎はそんな綺麗なところじゃなくて、未だ悪い風習に縛られ、他の町や村からも断絶された、酷い場所だと聞いた。君は周囲の反対を押し切って東京に来て、大学へ通い始め、僕と出会った。僕はさいしょっから君には本気で、まだ早いかもしれないけれど、結婚すら考えていた。それを酔っ払った時、間違って君に話してしまったことがある。思えば君は、嬉しそうにしながらも、困ったような顔をしていた。今考えると、そういう事だったのかと思う。君には、村から定められた、婚約者がいたのだ。
「コーヒーひとつ、ください」
自転車を停めてコンビニに入った。こんな辺境にあるコンビニに、深夜に来る客などほとんどいないらしい。後ろの部屋から面倒そうに出てきた茶髪の男が、無愛想にコップを差し出した。コンビニのコーヒーは、基本的にセルフで、自分で煎れる仕組みになってはいるのだが、もう少しサービスが良くてもいいのではないか、と僕は苦笑いをして、小銭を差し出した。ありがとうございます、と思ってもいないことを言われ、僕も一礼する。あとは機械が勝手にコーヒーを注いでくれるので、僕は自動ドア越しに、外を見ていた。なんにもない。これから先、進み続けてもきっとなんにもない。でも、君の所へは徐々に近づいてきている。もう少し、もう少しだ。コーヒーを注ぎ終えたことを示す電子音がきこえる。僕は砂糖を一つ入れて、蓋をして外に出た。休憩したら、また出発だ。
「お兄さん、こんな夜中に何してるんですか」
店の横でコーヒーを飲んでいると、掃除をしていたのか、箒とちりとりを持った、コンビニの制服を着ている若い女性がやってきて、驚いた顔をしてこっちを見ていた。
この人も夜勤のスタッフなんだろう。「研修中」の文字が名札に書かれている。こんなところにあるコンビニで、二人体制で夜勤をする必要はあまり感じないのだが、まあ、そういうものなのだろう。
「お疲れ様です、ちょっと、用事があって」
「へえ、どんな用事ですか?」
踏み込んでくるなあ、と思った。この人は単に仕事をサボりたいだけなのか、それとも僕に興味があるのか。僕は急がなくてはいけない身だが、ずっと自転車を漕ぎ続けて疲れてしまい、休憩がしたかったので、彼女の話に付き合うことにした。
「前に付き合っていた、彼女に会いに行くんです」
「え、それ、夜中に自転車で、ですか? 明日の朝、電車じゃダメなんですか?」
女性は、驚いたように言う。制服を着ているのでわからなかったが、この人は多分僕と同じくらいの年で、僕の大学に沢山いるような、明るくて、人懐っこくて、少々配慮に欠けている、女の子なのだろう。改めて目を合わせると、その人はけっこう整った顔立ちをしていて、夜勤だというのに化粧もしっかりとされていた。
「電車が通ってないんですよ、彼女の住んでるところは」
「え、今どき、そんなとこあるんですか? 私、生まれ青森ですけど、普通に電車は通ってましたよ」
まあ、三十分に一本とかなんですけどね、と言って、女性は笑った。
僕だって信じられなかった。僕が今追いかけている君は、東京に出るまで電車を利用したことがないと言っていた。そもそも集落からの脱出は許されていなかった。週に一、二度、郵便物などを届けに来る業者が来るだけで、完全に閉ざされた場所なんだよ、と教えてくれた。
「でも、お兄さん、その彼女さんと付き合ってたのって、前なんでしょ? 別れた女にわざわざ会いに行くって、重くないですか?」
「うーん……もしかしたらそうかもしれませんけど、僕と彼女は、強制的に別れさせられたようなものなので、今でも思ってくれてると、信じたいですけどね」
「なにそれ、悲恋みたい。もうちょっと聞きたいです、何があったんですか?」
僕は少し迷ったけれど、この女性と会うのもきっとこれっきりだろうし、話すことにした。
「彼女が住んでたところは、かなり閉鎖的な村というか、集落なんです。彼女は逃げるように東京に出て大学に入ったんですけど、もともと村に婚約者がいたみたいで、二十歳になった時、村に連れ戻されたんです。それで、明日が、結婚式だって」
沈黙が流れる。通り過ぎていくバイクの音が、いやに耳に残る。
女性は、そうなんですね、と言ったっきり、黙ってしまった。そして、少し考えこんだ後、
「私なら、絶対そんな人生嫌ですよ、ありえないです、本当に好きな人と結婚出来ないなんて、嫌だ」
「だから、僕が取り返しに行くんですよ」
ああ、柄にもなく、なんかカッコつけたことを言ってしまった。恥ずかしくなって目を逸らし、頭を搔く。しかし女性は真剣で、僕をしっかり見ている。そして、こう言い放った。
「絶対取り返してきてくださいよ、私応援してますから」
こんなので良ければもらってください、と女性はポケットから、ツナマヨ味のおにぎりを差し出した。よく見るとそれは、消費期限が過ぎていた。いわゆる廃棄物だろう。僕はそれを何事もないように受け取り、ありがとうございます、と笑った。女性も笑っていた。
「お兄さん、頑張ってくださいね。彼女さんの人生は、あなたにかかってるんだから」
「ありがとうございます、お姉さんも、夜勤頑張ってくださいね」
そろそろ、出発の時間だ。空になったコーヒーを、ゴミ箱に捨てた。
女性は僕に手を振っている。僕も手を振り、自転車をまた漕ぎだした。コンビニの光がどんどん遠くなっていく。少しずつ、君のところへ近付く。もうすぐ会える。君が最後に放った言葉は、ありがとうでも、さよならでもなく、こんなの嫌だよ、だった。最後まで君は泣いていた。僕も泣きそうで、かける言葉をその時は見つけられなかった。でも、手紙にして、ちゃんと僕の思いはまとめてきたつもりだから。文章なんて全然上手くない。ましてやそれが恋文だと話したら、今どきそんな、とさっきのコンビニの女性に笑われるだろう。それでもいい。お願いだから、届いてくれ。再びスピードを上げていく。濃い緑色の空の向こうに、儚げに浮かぶ月が見える。もうすぐ夜は明け始める、それまでには、と願う。君の笑顔も、声も、随分遠くなってしまったけれど、絶対に繋ぎ止める。ときどき地図を確認しながら、着実に、僕は君のところへ向かっていく。
朝日が昇り始める。君の好きだった朝だ。キラキラと光る太陽が、コンクリートを照らしている、あと少しで君のところへ辿り着く。広い歩道で止まって、さっきの女性からもらったおにぎりを食べた。消費期限が過ぎているとはいえ、ちゃんと美味しかった。
右へ曲がって、左へ曲がって、を繰り返す。辛うじて道路があるくらいで、周りは大きな木ばかりで、まるで森のようだった。さらに進むと道路さえなくなり、昔、興味本位で画像を見た樹海のようだ、と思った。地図をしっかり確認しながら進んでいく。足元は極端に悪く、必死に漕いでいるのに、全然進まない。
鬱蒼とした森を抜けて、急に視界が開けた。知らぬ間に坂を登っていたらしい、高いところから、景色が一望できた。森に囲まれた中に、何軒か建物があるのが見える。慌てて地図を確認し、場所が合っていることを確認する。あれが、君の住むところだ。ようやく、辿り着いた。
空色の自転車を飛ばしていく。自転車で迎えに来たなんて、かっこ悪いだろうか、と今更思う。遠まわしに言うのも何なので、手紙には、結婚してくださいと書いた。恥ずかしくて、ペンを持つ手が震えた。何度も書き直して、何日もかけて、ようやく君に見せられる、ようやく君に会える。
さあ、君はもうすぐそこだ。自転車を停めて、大事な手紙の入ったリュックを背負って歩き出した。心臓がばくばくする。君は、どんな顔をするだろう。僕は、どんな顔をしているだろう。
明け方の空の向こうから、一筋の光が差し込んでいるのが見えた。
こんばんは!三森電池です!三度目の参加です。
今まで二回とも暗い話を書いてしまったので、今回はちょっと希望がある感じにしてみました。自分で書く時もどうしても暗くなりがちだったので、こうした文を書くのはかなり新鮮で、とっても楽しかったです!
いつもスレッドの運営や、素敵なお題を提供して下さりありがとうございます(((^-^)))
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.148 )
- 日時: 2018/03/09 17:51
- 名前: 月 灯り (ID: iWEXCWZM)
手紙は何日も前から書き始めていた。
行くあてのない手紙を。
瞬時に誰とでも連絡をとれる電子機器が普及しているこのご時世で、私は手紙を連絡手段として用いていない。ただの気まぐれであった。彼に対する愚痴だとも、私自身への嫌悪だとも受け取れる目の前のそれは、半分書きかけのままの状態でずっとそこにあった。
彼は交通事故に遭った。心配して駆けつけた私を彼は覚えていなかった。私を愛したことも、私に愛されたことも、以前の記憶も、全てが彼の中から消え去った。世に言う記憶喪失というやつだった。
彼から全てを奪ったあの事故から三ヶ月たった今でもまだ、彼は市内の病院にいた。――足が動かないらしい。
ずっとだろうか。ううん、私にはもう、関係のないことだ。
「ねぇ、俺、手紙の交換してみたい」
「――は?」
突然だった。ふと昔のやり取りが頭の中で再生される。それは、私たちが付き合い始めて一ヶ月ほど経ったころだった。
「え、手紙…?」
「そう。俺への愛を言葉にして、ちょーだい。俺の愛も言葉にして贈るから」
最初、何を言っているんだ、この男は。と思った。ロマンチストなのだ。彼への手紙を書いていくうちに、こういうのも悪くはないな、と思う自分がいた。
私にくれた手紙には花の模様があしらってあって、彼のことだからどうせ花言葉かなんか含んでいるのだろうと思った。案の定だったが、私はその花の名前を知らなかった。彼はその花の名を『スターチス』だと言った。
花言葉は――何だったかな。忘れてしまった。
もう一度、あの日のように少しわくわくした気持ちで調べる。
『スターチス 花言葉』
サイトによって解釈は少しずつ違って、その中に気になるものがあった。
――「変わらぬ心」、「途絶えぬ記憶」
……とんだ嘘つきだ。「途絶えぬ記憶」だなんて、どうしてこんなの選んだんだ。まったく守れてないじゃないか。
そしてまた思い出す。彼の声で。あの時のまま。
「家に便箋があったんだ。花言葉を調べたけど、それで問題ないなって」
「…問題ないってなによ。ベストなのを選びなさいよ」
「えー、色んな花の中から俺の君への愛を言い得ているのを選ぶなんて、難しい」
そういうことを真顔で言う奴だった。私は彼のことをそれなりに――いや、これは私の強がりで。……とても愛していた。彼もまた、そうだった。
どうしてだろう。こうなってしまったのは。
記憶を頼りに当時の彼の手紙を探す。捨ててはいない。ただ、片付けが苦手なのだ。
手紙は、大切なものが雑多に入っている引き出しの奥の方にひっそりとあった。
私はそれをそっと取り出すと、三年ぶりに読んだ。変わらぬ心。途絶えぬ記憶。
そうだ、今度は私が彼に誓ってやろう。あなたが私を忘れてしまっても、私はあなたを忘れない、と。我ながら実に未練がましい。”忘れない”のではなく、”忘れられない”のだ。
時計を見上げた。現在の時刻は午前十時頃。ちょうど街が動き出す時間だ。私はスターチスの花を買って、久しぶりに彼を訪れることを決めた。
***
病院の受付のナースに今日は面会の意思があることを告げる。
「えっと、あの…、とても言いにくいことなのですが…」
急に鼓動が速くなるのを感じた。心臓がうるさい。落ち着くんだ。
「彼…つい、この間…」
まさか。
考えるよりも速く、足は彼の病室に向かっていた。番号と場所は記憶している。部屋に駆け込むと、そこには空席のベッドがあるだけだった。
いなくなったんじゃなくて――?
思考は停止していた。秒針の音が響く。
「亡くなりました」
意識の奥でナースの声が響く。
亡くなった? 彼が? 失ったのは記憶だけじゃなかったのか。命までも失ったのか。いや、彼はその前にもっとたくさん失っていたのかもしれない。
自由とか、感情とか、笑顔とか、私の知らない何かとか…。
にわかには信じられない。
だけど、心のどこかで彼の死を受け入れていた。私の中で、彼はもうずっと前に死んだ。あの事故で彼は消えた。魂を失った肉体だけが、まだこの世に存在していた。
虚ろな眼で私に、君は誰だと問いかけた。
あの時にはもう、彼は生きていなかった。
あの事故で全てを失ったのは彼ではなく、私だったのかもしれない。
ふと、目の前の引き出しに何かが挟まっているのが見えた。遺族が持ち帰り忘れたのだろうか。
私は破れないようにそれを引っ張り出した。
これは――。
これは、私が彼にあげた手紙だった。昔の自分の手紙を読むのは、いささか気が引けたが、私は手紙を開く。
そこには、
『あなたのことを思い出せなくてごめんなさい』
懐かしい彼の字でそう書き足されていた。
『あなたは今、どこにいるの? 私は寂しいです。あなたのことを愛していました。今までも、今も、――』
これからも、と書きかけてやめた。わからぬ未来の約束はするものではない。
私は手紙から顔を上げて、目の前の花瓶に飾ってあるスターチスの花を見る。
あの日、行き場のないありったけの気持ちを込めた花は行き場をなくしてしまった。
だから、持って帰ってきた。時々こうして眺めるのだ。枯れるまで。私の想いが枯れるまで。この花は私の心に宿り続けるのだろう。ロマンチストな彼の代わりに。
最後にありふれた愛の言葉で締めくくった手紙をヒコーキ型に折る。
私はベランダから外へ出た。空は蒼く澄み、何もかもを吸い込んでしまいそうであった。
私はヒコーキにしたそれを、全力で空に向かって投げる。
思っていたよりも遠くへ行って、空に吸い込まれるようにして、消えた。
私は願いを込める。
「せめて、彼の魂に届きますように――」
と。
はじめまして! 月 灯りです。つき あかりと読みます。初参加で何が何やら、投稿方法があっているのかひたすら心配です。
このお話は私なりの美しさを追求してみました。みなさんに少しでも伝われば幸いです。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.149 )
- 日時: 2018/03/14 00:01
- 名前: フランベルジュ (ID: FtQFSgJU)
手紙は何日も前から書き始めていた。何度も書き直したのだ。
ピンク色の折り紙の裏に、4Bの鉛筆で書いた文字は、何度書き直したってフニャフニャと不格好で、汚くて。消しゴムをかけるたびに破いてしまって、その度に新しい折り紙を出した。去年の冬にお母さんが買ってくれた、100枚入り折り紙のピンク色だけ底を尽きて、仕方がないから金の折り紙と銀の折り紙を犠牲にして、マッキーやつくもにピンク色を分けて貰っていた。
そんなこんなで3月14日、朝。散らかった勉強机の上に置いた、ピンクの折り紙を手に取って、おれはニヤリと笑う。大分マシな字が書けるようになったような気がする。バレンタインにさいとおに貰った手紙の返事。飽きるほど書き直した“おれもさいとおのことが好きです”の文面は、我ながら上出来だと思う。と、同時に凄く恥ずかしくなってきた。
丁度1ヶ月前、放課後の廊下でさいとおに呼び止められたのを思い出す。白いマフラーに埋めた顔がりんごみたいに赤くて、それ以上に赤いランドセルの中から、小さな小包と、ハートのシールで封をした手紙を取り出して「おうちで読んでね」と一言だけ伝えると、走り去ってしまった。廊下は走っちゃ駄目だと、さいとおがおれに何度も注意していたくせに。家に帰って小包を開けたら、チョコレートが入っていた。学校にお菓子を持ってきちゃ駄目だと、さいとおが何度もおれに注意していたくせに。手紙を開いてみたら、小さくて丸い、さいとおの字。内容を読んで、おれは固まってしまった。
“ずっと前からはやての事が大好きでした。”
いよいよ訳がわからなかった。おれが意地悪するたびに「はやてなんて大ッキライ」とさいとおは何度も言っていたくせに。訳がわからなくて、どうしようもなく体が暑くって、心臓がうるさかった。そのことについてマッキーに相談したら「俺はチョコ6個貰った」とか言って自慢してくるし、つくもに相談したら「ぼくもハヤミさんに手紙貰ったけど、バカって書いてあった」とか言いながら泣き出すから、マッキーと一緒に爆笑していたっけ。
しみじみしていると、1階からお母さんがおれを呼ぶ声が聞こえてきた。そういえばまだ朝ご飯も食べていなかった。
慌ててパジャマを着替えて、手紙を黒いランドセルに詰め込んで、1階のリビングに向かう。
朝食はスクランブルエッグの乗ったトーストだった。パンは食べづらいからあまり好きではない。でも、胃の中に入れてしまえば全て同じである。
おれはトーストに齧りつき、牛乳で流し込むようにして胃に押し込んだ。
いつも何か食べるときには、おれは凄い巨大な怪獣で、食べ物は逃げ惑う人間共だと想像している。成す術無く、おれに食い殺される食べ物達をイメージすると、例え嫌いな人参やピーマンが歯向かってこようとも、おれのほうが強いって思えるから、大体の物は食べられるのだ。だからおれは給食を一度も残したことはない。超強い。
スクランブルエッグトーストを食い殺したおれは、ちゃっちゃかと他の準備も済ませると、ランドセルを背負ってリビングを飛び出した。
「っし! いってきまー!」
「颯! リコーダー忘れてるわよ!」
お母さんがリビングの机に置かれた緑色の細長い袋を指差して、呼び止めてくる。
「べっ、別に忘れてねえし! うっせーなババア!」
いや、忘れていたけど。でも、なんとなくそれを素直に認めてしまったら負けだと思った。
リコーダーを取りに机に近寄ると、今起きたばかりなのか、お父さんが隣の部屋からにゅっと顔を出した。……鬼の形相で。
「コラァ颯ェ!! お母さんに向かってなんだ、その口の聞き方はッ!!」
今日は晴天のはずなのに、家の中には雷が落ちる。お父さんは雷神なのだ。怒らせてはならない。おれは逃げるようにリコーダー袋を引っ掴んで、玄関に駆けていく。
「ごめんなさい! いってきまーッ!」
勢い良くドアを開けて、外に飛び出した。まだ少しだけ外の空気は冷たい。それでも太陽の暖かさが春の訪れを感じさせる、清々しい朝だった。
*
「さいとお。学校終わったら、下駄箱の前な」
「え?」
「下駄箱の前! いいな!?」
「う、うん……」
教室に入るなり、挨拶をするのも忘れてそう伝えた。あまり、さいとおの側にいたくなかったのだ。顔を見ていると、体中が熱くなるし、近くにいたら心臓の音を聞かれてしまいそうで。
その日の授業は、何をしていたかよく覚えてない。いつもちゃんと聞く気のない先生の話は、いつも以上に頭に入って来なかった。でも給食の献立は覚えている。デザートにチョコプリンが出た。さいとおはいつも少食だから食べきれないとかで、おれにデザートをくれる。今日も何も言わずにぽん、と机の上にチョコプリンを置いてくれた。
掃除の時間は、ぼーっとしすぎて、つくもが投げた雑巾が顔面にブチ当たったり、マッキーが投げた雑巾が顔面にブチ当たってきたりした。
「ハヤテ避けるの下手クソかよ。将来の夢、ヒーローだろ? そんなんじゃヒーローなんかなれないぞ」
マッキーが雑巾を拾い上げながら言った。それには流石にムッとして、おれも言い返す。
「なれるし! 超なれるかんな!」
「雑巾避けられないくせに?」
「なれるもんはなれんだよ! 今日にでもな!」
掃除が終わったら、帰りの会をして、そして帰るだけなのだ。その前に、さいとおに……。
ふと、気がついたが、おれがやるのは、下駄箱の前に呼び出したさいとおに手紙を渡すだけじゃないか。それって、ヒーローか? と。何をすればヒーローなのかは分からないが、少なくとも自分の気持ちを紙に書かなきゃ伝えられないなんて、格好悪い気がする。それなら、どうするべきか?
「…………」
おれは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
*
下駄箱の前では、既にさいとおが待っていた。他の女子より少し小柄なさいとおにはやたら大きく見える真っ赤なランドセルと、肩に少しつく程度まで伸ばされた色素の薄い髪の後ろ姿が見える。
「さいとお」と、控えめに名前を呼ぶと、さいとおは少しだけ不安そうな顔で、ゆっくりと振り返る。既に頬が微かに染まっている。さいとおは無言で首を傾げておれを見つめた。
「さいとお、えっと……」
背後に隠したままの両手には、あのピンクの折り紙が握り締められている。つくもに教えてもらってハート型に折った手紙。まだ帰らずにその辺で駄弁っている他の生徒の視線が気になって、渡すのを躊躇してしまう。いやきっと、戸惑う理由はそれだけじゃないのだ。
何日も前から書き始めて、何度も書き直した手紙。たった一言程度の内容。でも、それを渡すことは、何かから逃げているみたいに思えた。なんだか格好悪くないか? おれは、格好良いおれを、さいとおに見てもらいたい。
だから。
ゆっくりと、後ろに回していた両手をさいとおにも見えるように前へ出す。さいとおが、おれの手に握られた折り紙をじっと見つめた。けど、おれはそれをさいとおに差し出しはしなかった。
右手と左手の指先で摘んだハート型の折り紙を、それぞれ勢い良く上と下に引っ張る。真逆の方向から力を加えられた折り紙はベリベリと悲鳴を上げながら引き裂けて、容易く真っ二つになった。
え、と。目を見開いたさいとおが短く声を上げた。構わず更に細かく破いて、千切って、手紙はただの細かい紙切れになった。
それから、目の前で固まるさいとおの目をじっと見つめた。おれは深く息を吸い込む。――さいとおが好きなら、自分の言葉で言えよ、つばきはやて!
「おれっ……さいとおのことが好きだッッッ!」
「ひぇっ!?」
胸の前で両手を合わせて、さいとおがちょっと後退る。周りの視線が集まる。めっちゃ見られてる。でも、構わず続ける。
「教科書忘れたら貸してくれるし、給食のデザートくれるし、おれが怪我したらバンソーコーくれるし! あと可愛い! だから好きだッ! さいとお!」
「えっ……え、ひぇぇ」
放心していたさいとおの両目からボロボロと涙が溢れ出る。おれはぎょっとして周りを見回した。至るところから責めるような視線が突き刺してくる。今のやり取りでおれの何処が悪かったのだろうか。
「な、なんで泣くんだよ!? 今日は意地悪してないじゃんか!」
さいとおは慌てて自分の袖で涙を拭うが、止まらないらしい。
「先生ー、ハヤテが斎藤さん泣かせましたー」
「ちょっ……マッキーチクるなよ!」
まだ帰ってなかったのか。マッキーが近くにいた高橋先生に告げ口している様子が見える。まずい。おれが泣かせたみたいな流れになっている。
「うっわー、椿くん最低ー」
「椿、ありえないー」
まだ帰ってなかった女子生徒からも酷い避難の嵐。やはりおれが悪かったのだろうか。でも泣かせる要素があっただろうか。
「さいとお……泣くなよ、ほ、ほら……」
慌ててポケットから取り出した花柄のハンカチを差し出す。
両目に涙を貯めたまま顔を上げたさいとおが、ハンカチを見て言う。
「それ、わたしのハンカチ」
確かにそうだ。以前借りて、返してなかったものだ。
「先生ー、ハヤテが斎藤さん泣かせた上に前に借りたハンカチ借りパクしてたそうでーす」
「マッキーうるせぇな!」
小さく笑って、さいとおはハンカチを受け取った。
「泣きだしちゃってごめんね……ビックリしちゃって。はやてが急にお手紙破きはじめるからふ、フラレちゃうのかと思って……。えっと、嬉しかった……」
「あ、それで泣いたのか。ごめんな」
小さく首を振る。それから涙に濡れた顔を上げて、ニッコリと笑う。
「わたしもね、ハヤテのそういうとこが好き。大好きだよ」
***
小説は何日も前から書き始めていました。この日に合わせて投稿するために温存しておりました。
このあと二人はお手手繋いで一緒に帰るのでしょう。小学生の手紙は折り紙の裏か、ちっちゃいメモ帳を手紙折したやつっていうイメージです。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.150 )
- 日時: 2018/03/17 23:35
- 名前: かるた◆2eHvEVJvT6 (ID: Lxk1AtMU)
手紙は何日も前から書き始めていた。
あたしは「ごめんね」という一言のために、三年の月日を待ち続けた。
***
高校の入学式の日に幼馴染に告白された。返事は卒業式の日に手紙で、と流され結局彼があたしのことを本当に好きなのかも分からないまま、いつもの生活に戻ってしまった。毎日一緒に登校して、寄り道して、お互いの家に遊びに行った。その三年の間、幼馴染は一回もあたしのことを好きと言わなかった。もう、あの日のことが全部夢だったのではないかと思ったくらい。
手紙を書き始めたのは仮卒に入ってすぐ。卒業式まであと三日だというのに、あたしはこの手紙を書き終えることが出来ていなかった。何度も何度も「ごめんね」と綴るけれど、それを本当に伝えてしまっていいのか、自問自答を繰り返し、怖くなって消しゴムで消してしまう。その所為か、桜柄の綺麗な便箋はいつの間にか少し黒くなってしまっていた。
「ずっと、このままでいたいのに……」
ずっと友達でいつづけるのが無理だと、そんなことは分かっていた。男女の友情が成立しないのはもう仕方ないこと。あたしが望む結末になることは絶対にない。手紙で想いを書き連ねるたび泣きそうになった。どうしてあたしから全部壊さなきゃいけないのか、解らなかった。
異性が好きになれないと気づいたのが中学二年の夏だった。かといって、別に同性が好きなわけでもない。
恋愛になると途端に気持ち悪くなる。吐き気がして、みんなみたいにドキドキできなかった。その人のことを考えるだけで舞い上がったり、嬉しくなったり、返事が返ってくるだけで幸せな感情になることもできない。
まだ本当に好きな人に巡り合っていないのよ、と友達に言われたけど結局あたしは人を好きになることができなかった。頻繁に連絡してくる人には嫌悪感を抱いてしまうし、偶然を装ったみたいに常にあたしの傍に現れる人はどうしてもストーカーとしか思えなかった。
好きになれたら、良かったのに。その「好き」の相手が幼馴染の彼だったら良かったのに。あたしは何度も何度もそう願い続けた。だけど、どうしても一歩を踏み出すことができなかった。
臆病者だった、あたしは。偽りの好きを伝えてずっと彼の傍にいれたとしても、結局いつかは離れてしまう。いなくなるなら、早い方がいい。傷つくなら、その傷が浅いうちに早くその刃を切り捨ててしまえ。
書き終えて、便箋を封筒に入れて鞄の中に突っ込んだ。ふうと溜息をひとつついてあたしはベッドにダイブしてそのまま布団にくるまった。もう何も考えたくない。もう苦しみたくない。
『あなたのことが、とてもとても大切です。だから、ごめんね』
三月一日、幼馴染に手紙を渡すと彼はくすっと笑ってありがとうとあたしの頭を撫でた。その感謝の言葉は、多分あたしのことを絶対に責めないという証明だった。
「いつか、恋ができたらいいな」と幼馴染は空を見上げながらぽつりとつぶやいた。「その相手が俺だったら、嬉しいのに」と、付け加えたのも気付いてたけどあたしは何も言わなかった。
その、いつか、がどれだけ待ったら来るのかまだあたしには解らない。ゆっくり待とう。ゆっくり。
誰かに本気の恋が出来るまであたしは待つよ。ぐしゃぐしゃに丸めて捨てられた手紙以上に、きっとあたしの未来は輝いているはずだから。
□
2回目の参加です。ヨモさんのお題だったので絶対に書きたかったかるたです。
恋ができない子が普通でもいいんじゃないかな、というお話です。ありがとうございました。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.151 )
- 日時: 2018/03/18 02:21
- 名前: ヨモツカミ (ID: 9xiwRufo)
今回はなんか、文章が頭から湧き出てこなかったので、短い上に少ない人数へ。雛風さんや三森さんにも書きたかったんですが、ちょっと調子が悪くて何も書けなくて(
>>浅葱さん
手紙の合間に、読み手の動きとかが入るのが好きでした。
涙に濡れる手紙って綺麗だなって思います。溢れた感情が形を持って雫になったんだなって感じがして、素敵だなって。
というか、再三言ってますが私は葱さんの感性が好きです。とても。
>>とーれさん
山羊と男性可愛過ぎかよ……。今回もあなたらしく、ほのぼのしていて、愉快で思わず笑顔になってしまうような作風で、とても好きでした。男性にとっては悲劇でしょうが(笑)
>>ちん☆ぽぽさん
私の弱い涙腺は簡単に決壊しました。彼女の最期の時まで、二人が笑顔だったっていうのが、凄くうるっときてしまって……なんていうか好きです。
>>あんずさん
読んだあと、改めて思いました。私はあんずさんの書く地の文が好きです。私が地の文全然書けないので、凄い参考にしたいなって思います。主人公の複雑な心情がスッと入ってくる感じ、とても好きです。
>>メデュさん
途中経過を見せて頂いたりもして、完成楽しみにしてました。地の文書けない、と悩んでらして、私も地の文の量増えないから色々考えていましたが、無理やり増やそうとするんじゃなくて、必要な文だけ描写すればいいんじゃないかなと思います。自分で読み返したとき、なんか足りないなと思うたびに増やす的な。
基本私が見るのは描写よりストーリーなので、感想としては、読んでいる途中で多重人格者だと気付いて、なにこれめっちゃ面白いやんと思いました。名前も春夏秋冬なの、途中で気がついてオシャレだなと思いました。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.152 )
- 日時: 2018/03/18 23:56
- 名前: 日向◆N.Jt44gz7I (ID: Cn4VTAhA)
手紙は何日も前から書き始めていた。
「ンーヌ……ええい此んな物!」
僕は生粋の小説家であるのだ。
僕に書けない文章などね、此の世に有る筈が無いのだよ、有ってはならない。
例えば喜劇を書かせたならば、読者は必ず諸人ワハワハと抱腹絶倒する。文字通り腹が捩れて外科送りになった者がいるのだ、これこれ本当だぞ。
例えば悲劇を書かせたならば、読者は堪らず諸人壱頁目からシクシク泣き出す。中身の切なさ故に胸を掻きむしって、皮膚科にかかった者もいるのだ、なにおう誠であるぞ。
そうだ、昨今流行りのサイエンス・フィクションなるものをほんの試しに書いて版行した時も有ったねえ。此の冊子の読者はこぞって、間抜けでいて、呆けた顔を晒したものだった。これは僕の至極素晴らしい筆致を受け、心を現し世から飛ばさずにいられなかったに違いない。
しかし非常に残念ながら、僕はSFとかいうものに一切興味が無かった。ぽかんと口を開け、新たな物語に畏れと敬いをもってして僕を見詰めた輩には本当に気の毒だがね、あれを書き続けることは永遠にしないのよ。
しかしそんな僕にも、この手紙にだけはどうしても納得のいく言葉を紡ぎ出せぬ、まったくもって自分らしくもない、ちゃんちゃら可笑しい。
否、そもそもねえ、どうしてこの僕が、あんな平平凡凡な女に拘泥しなくてはならないのか。
誰もが喉から手が出るほど欲しがる僕の文章を、彼女だけに捧げる。ンン、何だとう、なんて贅沢な女だ、どうせ僕だけがこのようにヤキモキしているのだろう。彼女も同じように僕のことを考えていなければ不公平ではないか、裁判だ! 極刑を求む!
どうしようもなく腹が立って、気がつけば怒りに任せて百枚目の便箋を破り捨てていた。
「アッ……」
やってしまった! あれは最後の紙だったのに、嗚呼いやだなあ。
淡青色の便箋は、舞い散る花弁のように畳の上に降り掛かった。
復た学園通りの文具屋に足を運ばねばならぬ、有象無象の人混みの中に我が身を投じねば。
至極面倒なことになったぞ。
「ウオッ……!?」
しまった! 袖がインク瓶を巻き込んだ、嗚呼畜生め。
挿しっぱなしにしていた万年筆が机の上に転げ周り、木目に黒い星を燦々と降らした。
書生服の袴にじんじん冷たい黒がずんずん染みる。
ああ、卸したての袴であるのに、果たして汚れは落ちてくれるかい。
台所から膠が乾いたような布巾を取ってきて、机に押し付け押し付けを繰り返していると、やがてひどく惨めな気持ちになった。
どうして僕が此んなことを。
「は、はは。頭が冷えた」
嗚呼そうさ、どうせ彼女は、僕に振り向いてはくれない。
まったくもって嫌なことを思い出す、反吐が出そうだ。痛み、悼み、其ンなものは僕の知ったことでは無い。
こんなにこんなに可哀想な僕を、世間では冷血漢というのだろうね、まあそれも良いだろう。どこか超人的な文豪に相応しい箔が付くじゃあないの、歓迎だ、故郷のとうきびを抱えて迎合してやろう。
故人、恋人、奴の持つ全ての名前に腹が立つ。彼女を先に見つけたのは僕の方だったのに、奴は二年前の夏頃いとも容易く僕から攫っていってみせたのだった。
二人は恥ずかしげも無く人前にて手を繋ぎ、互いに顔を皺だらけにして、歯を出し、笑い合う。誠に下劣だ、どうしてあのように浅ましく公の場で睦み合う事が出来よう。
そして僕はそれを見ていることしか出来なかった、否、途中から急激な吐き気悪寒動悸の病が悪化し、見るのも辞めた。
流石に僕ほどではないが少し文章が書けるくらいでちやほやされた奴と、学部きっての眉目秀麗な彼女。まったくもって釣り合わない。奴より僕の方が彼女と桜並木の下を歩くには相応しいに決まっている、これは今でも不変の事と信じているのであるぞ。
そうして有る時、秋の部誌を発行した一ヶ月後だったか、奴はちっぽけな取るに足らないような出版社に声を掛けられた。残念ながらその時、僕は厄介な夏風邪をこじらせてしまい、皆の渇望する原稿を落としてしまった。
僕が書きかけていた散文を完成させていたならば、その枠は当然僕のものだっただろう。しかしまあ小さな会社だ。どうかどうか一筆頼むと請願されたって、もっと会社を大きくしてからどうだね、と蹴っていただろうね。
しかし奴は浅ましく二つ返事で、その会社の専属になりやがった。
そして一発当てた。
内容は至極単純なミステリーで大衆受けは良かったようだ。しかし僕に言わせれば、その落ちがどうにも頂けない。
読者が犯人だというのだ!
僕は遂にあんぐり口を開けるしか無かった。平生より可笑しな文章を書いていると思ったら此れだ。僕が犯人だとう、莫迦なこと言うんじゃあない。此のようなことはあってはならない。そうか、手前の初心者に毛が生えた程度の筆致にて騙される大衆を、奴は笑っているに違いない、非常に腹が立つ。残念だったな、僕は其ンな莫迦ではない、騙されたりしない。そもそも此んな終わり方、創作理論が崩壊している。許されない。
僕なりのストーリーを組み立ててやった後、朱色を持ち出したところまでは憶えている、しかし其れ以降はうん、からっきしだ。
そして奴との別れは唐突にやってきた。
其の末路はというと、去年の春、文字通り、奴の描いたシナリオ通り、読者、否、どこぞの誰かに心臓を一突きされちまったのだ。
彼の出版社にて落ちこぼれだった外回り営業人が、博打に手を出し、見る間も無く生活に困って、新鋭奴の印税を掠め取ろうとしたのだと、風の噂で耳にした。
その時の僕の気持ちか、うん、そうさなあ、嗚呼勝ち逃げか、許さないぞ、と。
唯、此れだけだった。
ええ、彼女の姿かい、僕も忙しくてね、特別気をつけて見てはいないが、おそらく通夜葬儀の類いにて、一度も見ていないよ。
「此んな物も」
奴が実に仕様もない理由で毒者から人生を奪われる前、下宿先に送りつけてきやがった分厚い紙の層。彼女の好きな色をした便箋も付いていたが、裏に移った鏡文字の筆跡一文字一文字にさえ腹が立って、勿論読まずに破り捨ててやった。
屑籠に放り込んだのも束の間、奴の直筆が僕の部屋で息をしているという気色の悪い事実に蕁麻疹が出そうになって、住処の傍を流れる、褐色の二級河川に流した。
本については、全頁心理情景描写文法技法人物の動かし方のみ摘まみ上げ、僕直々に赤インキで盛大に添削してやった後、酷く疲れてしまい、部屋の隅に放ったままである。
埃を被った其れが、今は妙に目について、今一度腑が煮えくりかえった。怒りで手が震えた。
僕の目に届くところに居るんじゃあない!
むんずと背表紙を掴み取って、襖に向かって投げる。
どさん、と余りに面積の広い音を立てたものだったから、紙の壁を穿ってないか、冷やりとすると共に、少し後悔した。
しかし幸いにも、襖には傷一つ無く、僕は嘆息した。此んなオンボロ、退居する際に追加で支払ってやるのは癪に障るからである。
厚紙を悪戯に重ねたような、安っぽい、地に堕ちた装丁はだらしなく両の腕を広げるのみで、その場に
横たわる。
決してやり返してくる事ない紙の束を見て、深く息を吐いて、再度脱力するしかなかった。
いつしか奴とは喧嘩らしい喧嘩もしなくなったんだ。
記憶の中で奴と討論、論争、それこそ喧嘩をした思い出なぞ、脳味噌の何処を引っ掻いても出てきてくれなかった。
僕の隙が無い正論に怖じ気づいて、奴はただ中身の無い謝罪を繰り返していただけだ、そうに決まってる。
実に張り合いのない奴だった。奴一人家からいなくなったって同じだ、まったくもって清清する。
こーんな人生、全てそう思い込まなければやってられないのだ。
彼女の方は、というと最近は文芸部にも顔を出すようにもなった。
彼女が奴と出会った場所、僕が彼女を見つけた場所。
一時期は塞ぎ込んでいたのか知らないが、講義にもその姿を見なかった。
時折であるが、業務連絡や、会話する際、元の可憐な笑みを僕にも見せてくれるようになった。
奴にだけ見せた顔、遠巻きに眺めることしか出来なかった顔。ふ、ふふ。
「食事――誘ってみるかア……」
結局、便箋を買いに行くことはしなかった。
*企画運営御中に今一度敬礼を
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.153 )
- 日時: 2018/03/19 22:16
- 名前: 藤田光規 (ID: BbtF05kY)
手紙は何日も前から書き始めていた。宛先はぼくの元から離れて行って、けれど今も遠いところで生きているあなたへ。書いては丸めて書いては丸めてを繰り返した結果、ゴミ箱にはぐちゃぐちゃに丸められた失敗作の山。幾つもの夜を更かし、幾つもの便箋を犠牲にし、残すはあと一行となってぼくはふうと息を吐いた。
ボールペンはインクが切れかけている。この手紙を書くために買ってきた安価なペンだった。ぼくは悩んでいた。あと一行、あと一行、何と書いたらいいだろうか。最後の一行を書いてしまえば、これでぼくとあなたの全てが終わってしまうような気がした。甘い思い出や恋慕の酩酊の残片に、文字通りのピリオドと終止符を打つことになると思った。馬鹿げた話だ。もうとっくに終わってしまったはずなのに。
ボールペンを持つ手がほんの僅かに震えているのに気付く。
二人で選んだ1LDKの部屋を途方もないほどに広く感じた。がらんどう。からっぽの抜け殻のようにも思えた。辺りは無色な静寂に満たされている。自分の呼吸音が耳に入る程に。世界中に僕しかいないんじゃないかと思う程に。部屋の隅にぼくひとりが寝るには不相応なダブルベッドがどかんと置いてある。その枕元には度が強い発泡酒の空き缶が散乱していた。この部屋にはあなたの影が今もうろついていて困る。
あなたと別れてかなりの時間が経ってしまったけれど、未だにぼくはここで止まったままだった。時間が経てば自然にこの思いも色あせてくれるだろうとたかをくくっていたけど、そうはいかなかった。薄まるどころか、ぼくの胸の中でとぐろを巻くように離れてはくれず、今もなおきりきりと僕の中の何かを締め付けている。我ながら女々しい男だとは思う。それで書き始めたのがこの手紙だった。
お茶でも飲もうかと椅子から立ち上がった時、ふとテーブルの上の便箋のそばにあった、あなたが忘れていったセブンスターの白いパッケージと、その近くの100円ライターが目に入った。あなたがここを去ってから何となく触れることの出来なかった忘れ形見だ。横には空の灰皿も置かれてある。
あなたは煙草が好きだった。恐らくぼくのことよりも好きだった。
ぼくは煙草が嫌いだった。煙草を吸う人もあまり好きではなかった。でもあなたは例外だった。
あなたはぼくに気を使ってベランダで煙草をくゆらせていた。その光景は今でもまぶたの裏に貼り付いている。冷たい風に吹かれながら煙を纏うあなたは、今にも消えそうなくらい儚げに見えて、いつか紫煙と一緒にふわふわと飛んでどこかへ行ってしまうんじゃないかと行き場のない懊悩に暮れていた。行き過ぎた杞憂だと信じたかった。だけど、ぼくのその不安は現実になった。
椅子に座り、セブンスターの箱を手に取って開いた。その中から一本取り出す。あなたがそうしていたように、人差し指と中指で挟んで口に咥える。煙草を吸えばあなたのことが分かるような気がした。あなたの気持ちに寄り添えるんじゃないかと思った。近くにあった100円ライターを持ち、カチッとボタンを押して火を灯す。あなたがいつか言ってた通り、フィルターを軽く吸いながら煙草の先にライターの小さい炎を近づける。容易く着火した。火種が燻り悲痛そうに赤く燃えて、急かすようにじんじんと白い灰が少しずつ長くなる。口の中にある煙を肺には入れずにふうと吐き出す。幾重にもつれた糸くずのような白い煙は、ぼくの目の前を通って、ゆっくりと上に登っていく。ふらふらと揺らいで、くらくらとたゆたって、ほどけながら天井まで届いて消えた。
カーテンの向こうで揺れるあなたの髪をすこしだけ思い出した。
何故か目の奥に強い熱を感じる。
再び僕は煙草を唇に咥える。深呼吸するように吸って煙を口の中に含んでから、意を決して肺の中に入れる。喉にガツンとした衝撃のような感覚。やはりというか、ぼくの呼吸器官が警告信号を出した。まずい、と思うよりも早く肺が煙に突き上げられるような感覚。ぼくは一回、二回と激しく咳き込んだ。喉が痛い。口から肺が出てしまうんじゃないかと間抜けた事を考える程だ。頭がくらくらする。眩暈も酷く、手紙に書いた文字が歪んでみえる。14ミリの煙草をいきなり吸えばそりゃこうなるだろと自責めいた事を思った。
かすかに青い色のついた副流煙は、愛しいほどにぼくの鼻孔を刺激した。苦くて苦くて、少し甘いあなたの匂いだ。その煙がぼくを責めるように目にしみる。目頭が熱を持つ。鼻の奥の奥から針で刺すような何かがこみ上げてくる。
「……あれ?」
自分の視界がぼやけている。まばたきをしても収まってくれない。目をこすってみてもその潤みは酷くなるばかりだった。やがて目じりのあたりで溜まった雫がつうっと頬を伝った。雨に降られたみたいにぽつりと便箋にぼくの涙が落ちる。滲む。手紙の黒い文字が滲む。瞼の裏のあなたの残像も滲む。あなたの細くて長い指も、ぼくより小さいその輪郭も、確かにぼくの肌に触れていたその体温も、感情の奔流と共に溶けるように僕の中のどこかで解けた。
強く目をこすった。指に涙が付着する。顔の全体が熱い。深呼吸。今日のぼくはどこか変だ。煙草を灰皿の底に押し付けて虫を潰すように火を消す。銀色の灰皿の中に見苦しく折れ曲がった吸い殻が一つ。
ぼくの書いた手紙が目に入る。縷々とぼくの情けない気持ちが書かれたそれは、今見ると食わせ物のイミテーションめいて思えた。ただの戯言の寄せ集めみたいに思えた。手紙とライターを手に取る。カチリと火をつけてぼくが書いていた手紙を上にかざす。
何の音もせず手紙は燃えた。熟れた蜜柑みたいな色の炎。ぐんぐんと反りながら黒が大きくなる。手が熱くなって焦りながら灰皿に落とした。手を離した後もぼくの恋心と同じように名残惜しく燃え続けた。
教えて欲しかったな、とオレンジ色の火を見ながら思った。
別れを告げる言葉と一緒に、あなたを忘れる方法を。
◆
初参加です。初めまして、藤田といいます。
敢えて書いたことのない恋愛モノと、苦手な感情描写に挑戦してみました。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.154 )
- 日時: 2018/03/23 22:22
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: RQm5j5h.)
*3/23
この投稿をもちまして、第4回袖時雨を添へて、を終了致します。
今回のお題から、皆さんがどのように手紙を利用するのかという点を楽しく読ませていただきました。
前回と比べ、忙しい時期がかぶってしまったこともあるかと思いますが、感想でのか交流が少なくなってしまったなと感じました。浅葱自身も書けていないので、時間をつくって書いていきたいと思います。
皆様、第4回お疲れ様でした。また次回も、 よろしくお願いします。
※感想の投稿は期限後もお待ちしております。
※小説の投稿は、事前に運営へご連絡ください。
浅葱
Re: 漆黒の添へて、【小説練習】 ( No.155 )
- 日時: 2018/04/01 11:23
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: qhE7NXho)
第n回目、漆黒の添へて、開催となります。
お題:そこにナマコが置いてあった。
皆様の投稿お待ちしております。
なお、開催期間は4月1日11時30分から23時59分までとなります。
浅葱
Re: 漆黒の添へて、【小説練習】第n回開催 ( No.156 )
- 日時: 2018/04/02 19:56
- 名前: 悪意のナマコ星 (ID: S.H6XK8I)
悪意は消えました。
読みたければ彼岸花までご相談ください。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.158 )
- 日時: 2018/04/04 19:13
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: xIX0I71A)
▷第4回目:手紙は何日も前から書き始めていた。
参加者まとめ。
>>129 浅葱 游さん
>>130-131 電子レンジさん
>>132 通俺さん
>>133 月白鳥さん
>>134 ちん☆ぽぽさん
>>135 refrigeratorさん
>>136 Phallus impudicusさん
>>137 葉鹿 澪さん
>>139 あんずさん
>>140 扇風機さん
>>141 ヨモツカミ
>>142 雛風さん
>>144 黒崎加奈さん
>>146 メデューサさん
>>147 三森電池さん
>>148 月 灯りさん
>>149 フランベルジュさん
>>150 かるたさん
>>152 日向さん
>>153 藤田光規さん
絢爛を添へて、 ( No.159 )
- 日時: 2018/04/04 19:22
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: xIX0I71A)
これより第5回:絢爛を添へて、を開催させていただきます。
お題:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
期間:4月4日~4月30日
皆様のお時間があります時に、参加していただけたらと思います。
よろしくお願いいたします。
*
また、併せまして新たに質問が来てありましたので(>>126)にてお返事させていただいております。
何事も過度でなければ許容することはできますので、やりすぎにだけお気をつけてくださるとありがたい次第でございます。
皆様が快く参加できるよう、今後も尽力してまいりますので、よろしくお願いいたします。
運営
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.160 )
- 日時: 2018/04/04 20:05
- 名前: 河童◆KAPPAlxPH6 (ID: A/CBOApM)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
「元の頂点がフビライハンで、フライの頂点がエビフライだよ」
僕とテーブルを挟んで相対するこいつは、馬鹿な癖に勉強が好きで、すぐに学んだ知識がとっちらかってしまう。多分、このファミリーレストランのメニューのエビフライを見て、フビライハンが混ざったのだろう。
今日は日曜日。僕はまったりと過ごそうと考えていたのだが、こいつは違ったらしく、明日社会の小テストがあるからと勉強に精を出したいらしい。
そのため、僕を呼んでこのファミレスで勉強会をしよう、とのことだった。
しかし、まさかいくらこいつが馬鹿だからと言って、『フビライハンひとつ!』と店員さんに注文するとは思ってもいなかった。
店員さんは30秒ほど固まったあと、
「……あっ、エビフライですね。かしこまりました」
と、やっとのこと解読して厨房の方へ向かっていった。
そしてこいつがエビフライとフビライハンを間違えたことに気がついて、冒頭の質問に至る。
「いや待ってくれ、じゃあフランスパンとフライパンは何が違うんだよ」
「フランスパンは食べにくいパンでフライパンは食べられないパンだ」
するとこいつは何をとち狂ったのか、テーブルの上にそれをメモし始めたのだ。おいおい、フランスパンもフライパンもテストには出ねえよ。と言いたいところだが、面白そうなので放置しておく。
「エビフライはフライで、フランスパンがパンなら、フライパンは揚げ物を挟んだパンということにはならないか?」
「そうか、フライパン美味しいよな」
「うん、美味い!」
そろそろこいつは救いようのない馬鹿なのではないかと思えてきた。僕は店員さんが運んできたエビフライを1口食べる。うん、美味しい。
「このフライパン美味しいな!」
「そうだな、美味しいな」
ついに、フビライハンすら飛び越えてフライパンとエビフライの違いすらわからなくなったようで、エビの尻尾まで食べておきながらそんなことを言う。もうどうしようもない。
まあそんなことはさておいて、こいつの勉強に付き合ってやる。
「だから、まずチンギスハンがモンゴル帝国を統一してだな……」
「うん、うん……」
僕がチンギスハンについて説明しているあいだに、こいつは寝たようだ。人に付き合わせておいて、よくもまあ寝られたものだ。
ファミレスに来た時には昼だったはずなのに、もう午後4時である。そろそろ帰ろう。
こいつの頼んだエビフライの代金を何故か僕が払って、家路につく。さあ、明日のテストが楽しみだ。
「それでは今日のテストを返します。名簿順に並んでください」
月曜日の帰りの会。先生のその言葉で、全員が立ち上がり、教卓の目の前に並ぶ。僕は名簿番号1番なので、最初にテストをもらう。
「赤野くん、あなたらしくないミスですね。次は注意するように」
……? 何かミスをしてしまったらしい。答案を見返してみる。そこには『問一、元の初代皇帝を答えなさい』と書いてあって、その下に、『エビフライ』と書いてあった。
ははは、本当の馬鹿は僕だったようだ。
《馬鹿話》
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.161 )
- 日時: 2018/04/15 12:04
- 名前: さっちゃん (ID: sxer4YYk)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
「美味しい、美味しくない。魚類か哺乳類か。共通点もあるよ、赤っぽいし、揚げる前のエビとフビライハンのヒゲは黒いし!」
「はあ」
どこから引っ張ってきたんだ、それは。意味のわからない理論を広げる君に、心の中で質問を飛ばす。
「主観だ、です!」
「勝手に読むなよ、心を!」
「ごめんにゃさーい!勝手に聞こえてきちゃったの!なんかのバグかなあ?とりあえずどうなってるのか調べるね」
快活な彼女はすうっと目を閉じ、それはなんていうか、神秘的で奇妙で、彼女以外いらない気がした。そして機械が喋る。『スリープモードにはいります』
エビフライを見るたびフビライハンとエビフライは似てると言った、誰かの言葉を思い出すのだ。誰かの言葉は何故か同意され、その日の歴史の授業以降、フビライハンの肖像画にエビフライを描きたすが流行った。なんで?おかしいだろ!笹原さんが、そう、あの言葉は人気者の笹原さんが言った言葉だったけど、それにしたって、なんでエビフライなんだ。当時からテレビニュースになっていた宇宙人が、頭まで侵攻した。あの、円盤からくる光線が、みんなをおかしくしたんだ。訳の分からないギャグであろうなにかをまともに受け入れる空間なんかなかったのに。怖くなった。笹原さんは宇宙人によって改造された。謙虚で可愛くなんかない、人を操る裏切り者だ!僕が人型アイフォンを買うのも時間の問題だった。
ぐさり。ざく。銀色に光るフォークをエビフライに突き刺して、一口かじる。エビフライはずっと好きだった。ファミレスは偉大である。
『起動します』
「なんかね前回のアップデートの時に仕様が変わったみたい!」
「そうなんだ。まあとりあえずオフにしといてよ、アップルが地球を征服しそうで怖いし」
エビフライをまた齧る。フビライハンを齧っても、多分なんの味もしないだろう。強いて言うなら、塩っぽいのかも。汗臭そうだし。
**
『エイリアンまたはインベーダーによる思考破壊』
このままだとアップルが地球征服しそうです。かくいう私もiPhoneユーザーですが。さっちゃんでした。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.163 )
- 日時: 2018/04/06 09:57
- 名前: 羅知 (ID: t5PG.DHI)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
君がそう言ったのは小学校五年生の遠足で僕がお弁当のエビフライを食べようとした、その瞬間だった。やけに真面目な顔で僕のエビフライを凝視しているなと思ったら、唐突にそう言ったのだ。突然のことで、その言葉を理解できなかった僕は、まずそのまま掴んでいたエビフライを、口に放り込み、もぐもぐと二、三回、咀嚼した後、ごくりと飲み込んだ。そして言葉が脳味噌に辿り着いた次の瞬間には僕は大声を上げて笑った。何を可笑しなことを言っているんだと腹がよじれるほど笑った。食べたエビフライが腹から戻ってきそうな程だった。君は僕のそんな態度が不服なようで、むすっとした表情で抗議する。
「何がおかしいんだ」
「あははっ!何がって──全てだろ?お前急にどうしたんだ?」
エビフライは食べ物で、フビライハンは歴史上の人物だ。あまりにも違う。違いすぎて何が違うのか言い尽くせないくらいに違う。
「思ったから、思ったことを口にしただけだよ……何でそんなに笑うのさ」
「それは勿論面白いから笑うのさ」
「僕は真面目に言ってるんだぞ!」
「君が真面目にしてるからって、僕が真面目にならなきゃいけない理由なんてないからね」
僕がそう揶揄うと君はうぐぐと悔しそうに呻いた後、言葉にならない怒りをぶつけるみたいに自分の食べようとしていたミニトマトをぐちゅりと潰した。トマトからは赤い汁がみるみるうちに溢れていって、お弁当の箱はどんどんそれで満ちていった。見るも無惨な姿になったミニトマトをしゃくっとフォークで刺すと、君はひょいとそれを口の中にいれて苦虫を潰すような顔でそれを飲み込んだ。僕はその一連の流れを楽しい気持ちで見ていた。君を見ていると、僕はいつだって楽しい。君は昔からよく突拍子もないことを言う。そのどれもが僕の考えてることとは何処かズレていて、でもそんな僕の見えない世界を見ている君は素敵だった。
単色の世界は、つまらない。
色はあれば、あるほど面白いだろう。
「……僕は"おかしい"のかな」
トマトの汁でぐちゃぐちゃになった弁当のおかずを食べながら君は、ぽつりとそう言った。まあ"おかしい"だろう。僕がそう返すと、君はほんの少しだけ悲しそうな顔をした。
「でもそれが君だよ。僕の好きな君だ」
「…………」
「君が変わってしまったら、"変わっている"のを止めてしまったら僕は悲しい。そうやって自分を殺して生きる君を僕は見たくないよ。ずっとずっと変わらないでいて。僕が何処かへ行っても君を見失わないように」
「……君は何処かへ行ってしまうの?」
「分からない。……でもずっと一緒にはいられないよ」
まだ十年しか生きていないのだ。分からないことだらけだった。僕と君はいつか離ればなれになってしまうのかもしれない。僕はいつか君を忘れてしまうのかもしれない。将来のことを考えると不安になる。君のいない世界で僕が生きること。君のいない世界で息をすること。それは想像もつかないことだった。
だけど、そんな世界はきっと泣きたくなるだろう。
「大丈夫、きっとずっと一緒だよ」
君が僕を励ますように笑った。そうかな、そうだよ、そうだよね。何となくそう思えるような気がした。先生の呼ぶ声がして、僕は残っていたお弁当を急いで口に掻き込んだ。
「ずっと、一緒にいようね」
ぐしゃぐしゃになったエビフライからは、青臭い匂いがしていた。
∮
『シネ!!』
『帰れ!!ゴミカス!!』
『学校来んな』
机に書かれた罵詈雑言を君は唇を噛み締めながら見つめている。泣きそうになりながら、それでも堪えようとして、血が出る程に唇を噛んでいる。教室の誰もが君を無視していた。いないものだということにしていた。僕はそれを何も言えずに見つめていた。君が恨みがましそうにこちらを見る。助けてよ、辛いよ、何で僕がこんな目に合わなきゃいけないの。そう目が訴えていた。その目を見るのが辛くて、僕は君から目をそらした。
「うそつき」
「僕は変わらなかったのに、君は変わっちゃったんだね」
君がそう言っているような気がした。教室の皆と同じように、僕は君を無視したのだ。
それから程なくして、君は死んだ。
そして、僕は、この学校を転校した。
僕が、君を殺した。
君の亡骸をここに残して、僕は逃げ出したのだった。
中学二年生の、秋のことだった。
∮
僕は大人になった。
あの日のことは今でも忘れない。
君と過ごした日々を忘れたことなんて一度もなかった。
「約束守れなくて、ごめんね」
ずっと一緒にいるって言ったのに。
守れなくて、ごめんね。
君のいない世界で僕はまだのうのうと生きている。大人になって案外君がいなくたって生きていけることを知った。大切なモノを亡くしても、人は生に固執してしまうことを思い知った。就職活動をする為に、都会に出た僕は独り暮らしをすることに決めた。まだ引っ越してきたばかりで、物は届いておらず、部屋がとても広く感じた。
「…………」
物がなさすぎて、とにかく時間が余っているので、今のうちに就職先への履歴書を書いてしまおうと思った。
「…………」
ペンを持つ。
「…………」
時間が経った。
「…………」
何も書けなかった。
書けるはずがなかった。
あの日、自分(きみ)を殺してしまった僕に、僕が語れる訳が、なかったのだった。
ぼろぼろと涙が溢れて、履歴書がぐしゃぐしゃになっていく。
大人になって向かい合った僕は、この何もない部屋みたいに空っぽで、すっからかんだった。
僕は君がいなきゃ、駄目だったのに。
死んだ君は、もう二度と帰ってこない。
*
*青春は一瞬で二度と帰ってこない。
*イマジナリーフレンドの話
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.164 )
- 日時: 2018/04/14 16:17
- 名前: 奈由 (ID: NCx6S3O2)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
「………は?」
私は流石に理解ができなかった。いくらこいつが馬鹿で、意味のわからない発言を色々としていて、その割には短編の物語をそれなりにかけるぐらいのやつだとしても、理解ができなかった。
「みー、聞いてるー?だからー」
「フビライハンとエビフライの違い?ググれ」
なんでエビフライ食べながら聞くのよ!?
うちの近くのスーパーのお惣菜コーナーでお買い得だった1本100円のエビフライ食べながら聞くの!?
しかも6本買うってどう言う神経してるのよ。
いや、そもそもなんて女子高生がエビフライ食べながら人の家でフビライハンとエビフライの違いについて問うのよ?謎すぎる……
「ワーカーンーナーイー!教えろー!」
「エビフライが食べるやつ、フビライハンが死んだ人」
この子見た目は可愛いんだけどなー。脳内お花畑なのがなー。
ていうかなんで私の家でエビフライ食べながらフビライハンとエビフライの違いについて聞いてるのよこいつ………
「わかった!フビライハンが食べるやつで、エビフライが人ね!」
あーもうやだ。突っ込むのすらめんどい。
「そうだよーすごいねー」
なんでエビフライとフビライハンがごっちゃになるかなー?逆だよ逆!
……もう6時かー。早いな……どうせなら…………
「エビフライあと何本残ってる?」
「4本!」
「わかった、チャーハン作るからエビフライ皿に取り分けておいて。あんたも食べていくでしょ?」
「りー!」
♢ ♢ ♢
ついでに、後日こいつがスーパーのお会計でエビフライとフビライハンを間違え、
挙げ句の果てに先生の質問に自信満々に
「エビフライ!」
と答え、クラスで大爆笑が起こったのは言うまでも無いだろう。
「みー、なんでみんな笑ってたんだろーね」
「さーね?」
やっぱこいつ、馬鹿だなぁ
そもそも最初に違いを正さなかったわたしがわるいきもするけど
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.165 )
- 日時: 2018/04/08 20:55
- 名前: ジャンバルジャンなんじゃん!? (ID: IWgS0jCQ)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
「いきなりどうしたんだ?」
パソコンのマウスを鷲掴みにして妄言を吐いたタカシに、僕はどうしたものだろうと目を丸くした。
ここは我らが文芸部の部室。我らがとは言っても部員は僕とこのタカシしかいないんだけど。部室棟4階。割と眺めは良く、野球部がグラウンドで所狭しと駆け回ってるのが見える。女子テニス部員の汗に濡れたTシャツと短パン姿を目で追ってる時の出来事だった。
「いやさ、ほら聞きたくなって」
「どんな心境だよ」
僕達2人が放課後にダラダラと駄弁るのには大きすぎる部室。その端っこにかなり古い型のデスクトップのパソコンが所在無さげに置いてある。これは視聴覚室から勝手にパクってきたものだった。このパソコンで僕達は小説を書いてウェブ上にアップしたり、ユーチューブで適当な動画を見たり、時には18禁のサイトとかをヨダレを垂らしながら検索している。ほぼ帰宅部状態の僕らの文芸部だ。
「ほれ、マサちょっとこっち来いよ」
タカシがそう言ってパソコンのディスプレイの上から手だけ出して僕を呼ぶ。「なんだよ」と僕は窓から離れてタカシの方まで歩いて行く。折角テニス部の可愛い娘が頑張ってたのに。
「ほら、これ見てみ」
パソコンの画面をタカシは僕に示した。そこに映ってるのは、僕らが気まぐれに小説を投稿している小説カキコというサイトの見慣れたページ。
「どうした?お前の書いてるクソみたいな小説が賞でも取って頭おかしくなったの?」
「クソみたいって言うなし。大体今は大会の時期でも無えだろ。──ほら、添へてだよ添へて」
「あーなるほど」
添へてとは、サイト内のある個人が運営する小説練習用のスレッドである。不定期にお題が変わっていって、そのお題の一文から始まる短編を書くというものなんだけど。
「今回のお題さ、『フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ』なんだけどさ、マサなら何て書くよ?」
「うっわ難しいね」
僕はしばらく考える。フビライハンとエビフライの共通点とかあっただろうか?
「こんなんはどう?」
「おう、どんなんだ」
「モンゴル統一の旗を挙げるのがフビライハンで、油で揚げるのがエビフライ」
「面白くねえわ却下」
「なんでだよ」
僕は軽くタカシの肩を小突く。痛え痛えと大袈裟に彼は笑ってるけど、多分全く効いてない。こいつは実家が八百屋で、その手伝いをしてる内に文化部の癖に変に筋肉が付いてるのだ。実際僕の拳がジリジリと痛む。
「じゃあタカシならどうすんの?」
「そうだな、権力にまみれてるのがフビライハンで、タルタルソースにまみれてるのがエビフライって感じだな」
「お前も面白くねえじゃんか」
僕の言葉にタカシはカハハと乾いた声で笑った。やっぱり僕達は物書きにはあまり向いてないみたいだ。文章力だってまだまだ稚拙。そんなものだ。もともと僕は小説を読むのは好きだったけど国語の点数だって赤点ギリギリの低空飛行だ。タカシに関しては10点台。このスレッドに先に投稿してる人たちみたいに上手いこと書けたら良かったのに。
「うおっ、もう5時じゃん!帰らねえと!」
腕時計を見たタカシは驚いたような声を上げた。僕は首を傾げる。
「ん?まだ5時だぞ」
いつもは6時過ぎまでこの部室でダラダラ駄弁って、日が落ちる頃に2人で帰路に着くんだけど、どうしたのだろうか。
「今日さ、家族と一緒に外食に行く予定だったんだよ。お母がジンギスカンが好きでな」
「ジンギスカンか、美味しそうじゃん。じゃあ僕ももう帰るか」
「おっけおっけ、そうしようぜ」
言って、タカシはいそいそとディスプレイの右端の赤いバツまでマウスポインタを動かす。カチリとクリックの音。小説カキコの画面が消える。それからスタートを開いてから、パソコンをシャットダウンした。
「マサも何か良いの出来たら投稿しようぜ。俺も飯食いながら考えっからさ」
「うん、オーケー。どっちが上手いやつ書けるか勝負しよう」
「んじゃ帰んぜ」
タカシは床に置いてある学生カバンとリュックを掴んで立ち上がった。僕も彼に続いて、窓際に置いてる自分の荷物を持って部室を出た。
そしてその日の夜。
風呂上がりに携帯の電源をつけて、小説カキコの雑談掲示板を見たら、『絢爛を添へて、』の最終更新の欄に見慣れたハンドルネームを見つけた。無論、タカシのものだ。もう出来たのか、早いなと思ってスレッドを開く。
「ん?」
スレッドの1番下にタカシの文章を見つけた。1000文字ほどの短いSSたが、どこかに違和感。どこかがおかしい。そして気付いた。彼の文章の一文目はこうなっていた。
『チンギスハンとジンギスカンの違いを教えてくれ』
「改変しちゃダメだろ……」
僕はタカシのアホな顔を頭に思い浮かべた。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.166 )
- 日時: 2018/04/09 20:48
- 名前: 通俺◆QjgW92JNkA (ID: 8LE2hO/.)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
彼は確かに、自信満々に述べて見せた。
それに対して俺は、てっきり彼が下手な冗談でも言ったのかと思う。鎮まりかえる部屋で二人、居心地が悪くなって「悪い、聞いてなかった」と誤魔化した。
「……で、結局タイトルは何て言うんだ?」
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
「――気でも狂ったか!?」
「ああ略称はフビエビって感じで行こうかと」
「んなもん聞いてないわっ! これほんとにお前が人生掛けて書き上げた小説の話だよな!?」
編集者稼業をしている中で、こんなことは初めてだ。
驚天動地ともいえるこの状況。子供のころから仲の良かった幼馴染からの突然の呼び出し。
焦る気持ちで辿り着いたら小説家になるといわれ、挙句の果てにそんなふざけた名前を聞かされたら発狂してもしょうがない。
むしろ何故、今俺が叫び問いただすだけで済んでいるか不思議でしょうがない。
目の前に手渡された原稿を即座に破り捨てたい衝動に駆られる。
「そうだ、俺が練りに練ってついに完成した最高の一作だ。ちなみにペンネームは海老原 進」
「ド本名じゃねぇか! その勇気を褒めも称えもしないからな!?」
「ジャンルは異能学園バトルものでな、子供受けするために玩具展開も考えてきた」
「まじか、このまま小説の説明入るのか。
……しかも玩具ってお前、これただのエビフライじゃん」
「凄いだろ、衣をつけてアツアツの油放り込むだけでこんな美味しそうになるんだぜ」
「完全なるエビフライじゃねぇか。うわっ、手に油が」
どこに隠していたのか、紙袋からエビフライが二本入ったタッパーを渡してきて奴は戯言をのたまう。
今ここで全てうそだといわれても、もはや引き返せないところまで来ていることに彼は気づいているのだろうか。気づいていないのだろう。
もうこの原稿を破るしか……友人の凶行を止めるべく手を伸ばし、気が付く。
この紙、良く油を吸う。
「――クッキングペーパーじゃねぇか!?」
「お、よく気が付いたな。いやーその用紙に書くの大変だったんだけどさ、やっぱ揚げ物がタイトルに入ってるしこだわりたくてさ」
「いや、マジ意味わかんないって。仮に、宝くじが当たるよりも低い可能性だけど出版するときは普通の紙だぞ?」
「……」
「そうか、みたいな顔すんじゃねぇ!?」
もはや訳が分からない、いったい何がここまで彼を狂気の道に走らせるのだ。
エビフライなのか、彼はエビフライ神に取りつかれたというのか。何度叫んでみても彼は正気に戻らない。
混乱しているこちらをよそに、彼は原稿を取り返しパラパラと捲り中身を見せてくる。
その中には、挿絵らしきものも存在しておりキーキャラと思わしき二人がいた。
「まずこの赤く頭にとんがりがあるのが、主人公の燕尾 飛行(えんび ふらい)君。日本一エビフライとフビライハンが大好きな小学生」
「突っ込みたい箇所が大渋滞起こしてるんだが」
「ちょっと待ってくれ。彼が毎日毎日フビライハンの伝記を読みながらエビフライを食べていたところで物語が始まるんだ」
「おい待て」
「もう少し待ってって……まあ色々省くけど、彼はエビフライをフビライハンにする能力を得て戦いに巻き込まれていくんだ」
「どんな絵面だそれ!?」
髪型はまぁいい。子供向けばありがちかもしれない……エビフライの尻尾にしか見えないそれはどうかと思うがまあいい。
だが、飛行と書いてフライ。エビフライとフビライハンが好きという謎設定。まぁ、まぁ……よくないけどスルーする。
しかし、どう好意的に解釈しても、エビフライがフビライハンというおっさんに変容していく様が格好いいとは思えない。性癖としてもニッチすぎる。
挿絵にはエビフライを敵に投げつける少年、そしてエビフライの先っぽから既にフビライハンが顔を出している。
シュールという言葉すら生ぬるい、もはやホラーだこれは。
「そしてこっちはヒロインの腐美雷(ふびらい)・ハンちゃん」
「その当て字どうにかなんねぇの。というか女の子なんだ、髭生えてっけど」
「滅びゆく民族の最後の一人なんだ。それで彼女の能力が……この絵の通り、フビライハンを美味しいエビフライにしてくれるんだ」
どう見ても顎髭たくましい、モンゴロイド。お世辞にもかわいいとは思えない。というかやたら顔がでかい。
そして挿絵の中で彼女は、真顔でこちらを睨みつけてくるフビライハン達をエビフライに代えて……。
「まじでなんなんだよこの絵面! というかフビライハン増殖してるんだけど!?」
「そりゃ元になるエビフライを増やしたらフビライハンも増えるよ。みんな快く力を貸してくれるし、頼りになるよ」
「すんごい不服そうな顔なんだけど。この恨み決して忘れぬ、みたいな顔してっけど」
「けど最後はおいしいエビフライになって主人公が食べるから大丈夫だよ」
「大丈夫っ意味知ってるか?」
その後も続く続くふざけたストーリー展開、敵キャラの設定、世界観。
あまりに馬鹿らしくなった俺はとうとう聞くのを止めて部屋を出て行こうとする。
それを察したのか、彼は俺の足に縋り付いてせがんでくる。
「まて、まてっ! せめてお前の会社に持って行ってくれよ! 絶対に売れるって、なんならこのエビフライ上げるから!」
「いらんわ! そんな作品持ってってみろ、俺が会社に居られなくなるわ。責任取れんのか!」
「頼むよ、これ書くために仕事も何もかも止めたからこれが上手くいかないと俺、俺……!」
「――エビフライ職人になるしかないんだ!」
「なってろ!!」
後日、彼がエビフライ職人を雇えるほど裕福になるのはまた別のお話。
******
ちなみにライバルキャラはフライパンをフビライハンにします
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.167 )
- 日時: 2018/04/10 23:13
- 名前: ねるタイプの知育菓子 (ID: 41n/O0sI)
迷走しました。起承転結 #とは…(;´・ω・)
_____
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
父の一言で、食卓は静まり返った。母と姉はお小遣いについてちょっとした喧嘩をしていて、私はそれを煩いなぁと思いつつ夕飯のエビフライをもぐもぐしていたのだけれど、それがビデオの一時停止みたいに全て止まって、どこかから救急車のサイレンが聞こえて、それも遠ざかっていった。随分長いこと沈黙が続いたような気がするけれど多分それは気のせいで、ほんの数秒だったのだろう。
何事も無かったかのようにまた母と姉は喧嘩を再開して、父と私は黙々とご飯を食べ続け、結局お小遣いは上がらず、機嫌を悪くした姉はいつものように私に八つ当たりして、部屋に籠ってゲームをしていた。
私はその日、寝るまで「ふびらいはん」について考えていた。まだ小学校低学年だったので、そんな単語は聞いたことがなくて、料理の名前なのかもしれないと思っていた。カレー、シチュー、フビライハン、みたいな。もしかして今日お母さんが作ったのは「エビフライ」ではなく「フビライハン」で、私は「フビライハン」を口に入れたのかもしれない、とも思った。その途端口の中に残った油の味がなんだか汚いもののように思えて、あわてて歯みがきをした。
今なら、「フビライハン」が人名だと言う事が分かる。父が言ったのは「フビライハン」と「エビフライ」をかけた(?)冗談で、母と姉はそれが分かっていたけれど笑わなくて、つまり父は盛大にスベったのだ、ということも。
ちなみにこの冗談と同じようなもので、「中臣鎌足生ハムの塊」という早口言葉があることも、エビフライのしっぽとゴキブリの成分が同じだという噂も知っている。数十年間で私はいらない知識を沢山身につけた。エビフライのしっぽは残すようになった。
今は2ヶ月に1度は姉も私も実家へ帰るくらい仲が良いけれど、当時は母と姉の喧嘩が絶えず、父は我関せずという顔でどちらかに味方することも仲裁することもせず、それがまた母の癇に障り、家族の雰囲気はなかなか最悪だった。そんな空気の中で、何を血迷ったのかいつもは無口な父があの言葉を呟いたのだ。冗談としては全く面白くないけれど、そう考えると少し笑ってしまう。
「ねぇ」
「どうしたの、あぁ、明日帰るんだっけ」
「あぁ……うん、仕事残ってるし」
何気なく返したつもりが、言い訳がましく聞こえる。寂しくなるねぇ、と母も呟いた。母が茶をすする音だけが響く。
「……またすぐ帰ってくるよ」
「そうだねぇ、待ってるね」
父が死んだのは4日前の事だった。急性心筋梗塞で、母が買い物から帰ってくると、既に冷たくなっていた。私はそれを会社の帰りに駅のホームに電話で聞いて、周囲の喧騒で何も聞き取れず、メールで聞き返してやっと理解した。咄嗟に、半年前に別れた元彼を思い出した。今日お父さんが死んでしまうと分かっていたら、誰でもいいから早く結婚すれば良かった。「運命を感じない」なんて理由で別れて、バカみたい。孫も見せたかった。もし私が彼を連れて実家に帰っていたら、お父さんはどんな顔をしただろう。「娘は渡さん」なんて言うのだろうか、彼の頬を思い切り殴るかもしれない、それとも……。
考え出したらキリがなかった。産まれた瞬間に神から力を与えられて、予知夢を見て父を助ける所まで妄想して流石に現実に引き戻された。父はもう居ないんだ、そうか。
「ねぇお母さん」
「何?」
「フビライハンとエビフライの違いって知ってる?」
「……どういうこと?」
「冗談だよ。全然笑えないよね、意味分かんないもん」
父はあの日、なんであんな事を言ったのだろう。ただの気まぐれだろうか。それとも、いつか言ってみようと温めていた冗談なのだろうか。そうだとしたら、さぞガッカリした事だろう。誰も笑ってくれなかったのだから。父が生きている間に聞きそびれた。座右の銘とか人生の目標とか、そういうのも聞いておけばよかった。後悔するのは、いつも何かが終わってしまった時だ。自分の人生が終わる瞬間、後悔なんてしないように、これから生きていこうと決めた。生き甲斐と愛する人と沢山の幸せを見つけて、大好きな家族に囲まれて息を引き取ったら、また父に会いに行く。幸せなエピソードをいっぱい聞かせて、「幸せだったよ、ありがとう」って言う。それから、あの冗談のことも話そう。結局、父はまだ、あのことを覚えているだろうか。私が突然そんな事を言い始めたら、驚くだろうか。
「お父さん、エビフライとフビライハンの違いって知ってる?」
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.168 )
- 日時: 2018/04/11 00:22
- 名前: 貞子/薬物ちゃん◆EEpoFj44l.
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
黒い、光沢のあるコートを着て、頬に古傷を残した男がいきなりそんなことを言うものだから、僕はその滑稽さに少し笑ってしまった。その幼い問いは、元刑事ですとでも言うような鋭い眼光や、今まで何人も殺してきたような貫禄と威厳のある様とは、違い過ぎた。その形相が怖いとは思わない。男の怒りが爆発するようなことがあっても、こんな公共の場で法にふれることをしたら、法律が僕を守ってくれるはずだからだ。たまたま声をかけてきただけの通りすがりの初対面だし、法的に有利なのは確実にこっちだ。しかし実際追い詰められてるのはこっちの方で、男は隣にいる僕なんて気にせず煙草を吸ってる。飄々と。これには、塾に通い詰め教師に何を聞かれようと完璧に答える僕も、答えに詰まる。フビライハン? エビフライ? 何も感じない本の読書感想文を埋めることは造作ないけど、これには前例がない。このような問いを受けた人物が、この世界で他にいるんだろうか……? これは僕が第一号かもしれないぞ、そんなときはどうすればいいんだ、誰にも教わってないぞ。先生おかしいじゃないかこっちは毎月高い授業料を払ってるんだぞと、思わず眉根を寄せていた。口を開きかけては閉じ、口を開きかけては閉じる僕を、男はひたすら無表情で見つめる。次第に、なんで、と思い始める。なんで優等生のはずのこの僕がこんな問いをされて、あたふたしているところを見られなきゃいけないんだ。こんな木枯しの吹く、寂しげな公園のベンチで、こんな初対面の強面の男と並んで。むっとする。僕もよく知らないけど、この男はあんまりいいことをしている類いの人間じゃないらしい。特定の職業には就いてないだとか。この服もどこかの金持ちの家から盗んできたとか。盗まれたのは一着服がなくなっていることにも気付かないちゃらんぽらんなのだから、盗もうが問題ないだとか。そんは男に出された問題に答えられないなんて、傍から見たら、僕が馬鹿な子供みたいじゃないか。こちらが……。だけど怒った方が負けという理論は理解しているから、頭を冷静にするように努める。必死で答えを探していると、男が言う。
「もしかして、フビライハンを知らないのか。……ああ。お前はまだ小学生だったか、それならまだ知らないな。ええとフビライハンというのは人名でな、歴史上の人物なんだ。元冦……」
「……それくらいは知ってる。今のご時世、それくらい知っていないとやっていけないんだよ。小学生でもね。それにその言い方も少しむっとする。まるでこっちが馬鹿みたいなさ……」
まともに働きもせずに悪さばかりして、僕みたいな息苦しさを知らないあんたに言われたくないよ。そんな皮肉を込めて言ったのだけれど、男にはちっとも伝わらない。それどころか僕の怒りに直接、素手でべたべたと触れるような言葉を返してくる。
「馬鹿のよう? 実際そうなんじゃないか? お前にとって「頭がいい」と「馬鹿」の区分は、他人に聞かれたことにきちんと答えられること、なんだろう。そう考えると今のお前は馬鹿にあたるんじゃないのか」
腹が立って、頭がうまく働かず、いつものような論理的な反論ができない。感情論だけが先行して、単純に思ったことだけが頭の中に並べたてられていく。ああなんでわかんないんだよ、うるさいなこっちはお前のその煙草のせいで副流煙を吸いまくりなんだよ、今深刻な問題になってるんだぞ、ニュースでもやってただろ、新聞も読んでないのか。上手く操作できない頭のまま、あ、あの、だから、と無様な声だけが流れる。
「だから、その、僕は立派な大人になるために頑張ってるんだよ。でもその服も盗んできたって言ってたし、そっちは立派な大人になるための努力をしてこなかったんでしょ。だから立派に働けてない、悪いことしかできない、そんな人に馬鹿なんて言われたくないって話だよ。もういい、僕帰る。僕だって忙しいんだよ。そっちと違ってさ。っていうか、エビフライとかフビライハンとか下らないしどうでもいいし。」
「そうか。最近は寒いからな、確かに早く家に帰った方が得策だな」
「……それじゃ」
引き留められるとは思ってなかったけど、やっぱり呆気ない。出会って数分の人間に、こんなに心を乱されるなんて最悪だ。なんて一日だったんだろう。僕も人間と揚げ物のちがいとか、自分で考えろとかなんとか、適当に言っときゃよかったんだ。
……考えてみれば、全く知らない人だし、答える義理なんてなかった。……誰だったんだあいつは。そんな疑問だけが、風に流されて飛んでいく。エビフライ同様たいした問題じゃないので、まあいいだろうと自分らしくない判定を下す。家に入るのに鍵を使うのが、なんとなくさびしい。家に母はまだ帰っていない。電話をかける。
「おかあさん。今日エビフライだから」
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.169 )
- 日時: 2018/04/12 18:30
- 名前: ヨモツカミ (ID: E2txNEyU)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
畳の上に敷かれた布団の中、ゆっくりと問いかける老人の声は今にも消えてしまいそうなほど弱々しく、けれど優しかった。
傍らでその枯れ枝のような掌を握り締める老婆もまた、優しげに頬を綻ばせる。互いに見つめ合っているのに、もう殆ど見えない二人の双眸には、ぼやけた相手の輪郭が映るだけ。最後くらいはあなたの顔を見たかったのに、なんて言葉は口にしたところで寂しさが募るだけだから、胸にしまいこんだまま。
「教えておくれよ。何が違うんだい?」
横たわる老人の掠れ声が問う、馬鹿げた質問。教えてくれの言葉の中には、覚えているかい? という疑問が含まれている。当然、老婆がそれを忘れるはずがないのだ。老人と老婆を繋いだ若かりし日の不思議な会話。
思い出に浸りながら、懐かしむように笑みを浮かべ、彼女は答える。
「空を飛べるか、飛べないかですよ」
それを聞くと、老人はにやりと歯を見せて笑う。いくつか抜け落ちて、残された細い歯も黄ばんで、その身に刻まれた年月を感じさせる。
老婆は開いた障子の隙間から覗く空に目をやった。景色はやはりぼやけて見えるが、あの日と変わらない晴天がそこにある。冬の終わりを告げる暖かい日差しに、かつての自分達を見た。
「エビフライはね、空飛ぶエビなんだよ」
「……揚げ物でしょう?」
もう何年も前の会話だ。互いが学生服に身を包んでいた。
授業を一緒に抜け出してきて、社会科資料室で暇を持て余していた。鍵のかかってない空き教室がそこくらいしかなかったのだ。そこでなんとなく開いた教科書にあった顔を見ながら、彼がそんなことを言い出した。
彼は不思議な人だった。時々、何を言っているのかわからない。
「つまりね、フビライハンとエビフライの違いは、空を飛ぶか飛ばないかなんだよ」
時々というか、いつも何を言っているかわからない。今も得意げに違いを語っているが、なんかこう、もっと他にあるだろう、と彼女は思う。彼にはこういうところがあるため、友達も少なかったし、からかわれることも多かった。いじめられていた事だってあった。本人は、いじめられていることにも気付かなかったが。彼女が変わり者の彼の側にいようとしたのは、人と違う独特な感性に惹かれたから……だったかもしれない。
今となっては思い出せない。でも、彼女にとってはただ側にいるだけで心地良いと思えた。
「フビライハンとエビフライ……? ああ、語感がちょっと似てるよね。小学生のとき、初めてフビライハンって習ったとき、エビフライみたいな名前だなって思ったよ」
そう言いながら彼女が教科書を覗きこんだときには、彼はもう教科書なんか見ていなかった。視線の先を追うと、どうやら窓の外を見ていたらしく、暖かい日差しに照らされた校庭と快晴の空が広がっていた。
彼女は彼の横顔を見た。いつも優しい表情を浮かべている人で、その柔らかい目元を見つめるていると、鼓動が加速する。病的に白い肌と、よく通る鼻筋に、思わず見惚れてしまう。
「空飛ぶエビを見るとね、幸せになれるんだよ」
フビライハンのことはもう、どうでもいいのか。彼がそんなことを言い出す。幼い子供が思い浮かべそうな突飛な話。それを阿呆らしいとあしらってしまうのは簡単で、とてもナンセンスな選択だ。だから彼女は笑って話を聞く。
「そんな話初めて聞いたよ」
「それじゃあ、空飛ぶエビはいないのかなあ」
「さあ……。もしかしたら、いるかもしれないよ」
そうして彼の話を信じてみる私もまた、頭がおかしいのかもね。声もなく彼女はつぶやいた。
彼が彼女の瞳を覗きこむ。彼の色素の薄い虹彩が澄んだ水面のように揺れていた。
「じゃあさ、探しに行こうよ。二人で」
「どこにいるのよ」
「わからない。でも、いないって断定はできないなら、どこかにいるはずだよ。だから、探しに行こ」
途方もないことを言い出すなあ、と彼女は苦笑を浮かべて訊ねる。
「それ、何年かかるの?」
彼は少し首を傾げて、たっぷりと間を開けてから静かに口を開く。
「何年だろうねえ。でも、何年かけても見つけたいんだ」
彼が少し気恥ずかしそうにはにかんで、彼女の耳元に顔を寄せる。吐息がくすぐったくて、頬が火照る感じがしたけれど、彼の囁き声を聞き逃さないように、口を噤む。
「君と一緒にさ」
しばらくは目を丸くさせていたが、彼女も釣られて笑った。
「探そっか。二人でね。何年かかっても」
高校を卒業して、何年かかけて、日本中の色んなところを飛び回った。空飛ぶエビを探して。ただの観光をしていたような気もするが、美味しい料理を食べたり、美しい景色をみたり、二人きりの時間を過ごせるなら何でも良かったのかもしれない。
いつか、彼と「空飛ぶエビ、見つからないねえ」と話しながら入った定食屋で食べたエビフライのことは、よく覚えている。彼が箸で摘んだエビフライをじっと見つめて、不意に喋りだしたのだ。
「君は飛ばないのかい? そうか、そうか。今は飛ぶ気分ではないのか。だが、君の意志など関係ないのだよ。どうする気だって? 聡明な君にはわかるだろう。さあさあ、翼はなくとも羽ばたく気持ちさえあれば、空は掴めるだろう! 勇気を持て、ゆーきゃんふらーい!」
等と話しかけて、店内にエビフライを放り投げて、店員さんや他のお客さん奇異の目を向けられたことがあった。
綺麗に清掃された床に転がるエビフライを見て、彼女は慌てて店員に謝るでも、彼を叱りつけるでもなく、腹を抱えて笑っていた。そうして、二人揃って白い目で見られることになったが、彼女は意に介さなかった。
老人はくっくっと笑う。遠い日を思い出して。少し寂しそうに。
「見つからなかったねえ、空飛ぶエビ」
「見つかりませんでしたねえ。でも」
老人の弱りきった視力でも、傍らの彼女が微笑んでいたのがわかった。きっと皺だらけで張りのない肌の彼女は、まだ高校生だったあの日と変わらずに、ずっと綺麗だと思えた。
「幸せは見つかりましたよ」
老婆の言葉に、目を丸くして、それから老人はもう一度くっくと笑う。
「ああ。僕も見つけたよ」
人生の終わりには、何を思うのだろうか。老人はそんなことを考えたことがあった。案外、後悔や恐怖は無く、脳裏を駆けるのは彼女の笑顔ばかり。僅かに幼さの残る制服姿の彼女もいれば、顔に皺を刻み始めた彼女もいる。そのどれもが幸福を噛み締めるみたいに、優しく笑っていた。
ゆっくりと閉ざした瞼の裏に、空を切る赤いものを見た。
*天駆ける幸福
***
我ながらクソみたいなお題を考えたなと思います。フビライハンが何を成し遂げた人かは知りませんが、名前の語感が好きです。一番好きなのはフランシスコ・ザビエルですが。
エビフライは美味しいですよね。今回はエビFlyな話を書いてみましたが、なんかよくわかりませんね!
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.170 )
- 日時: 2018/04/12 18:30
- 名前: ヨモツカミ (ID: cB2jX68M)
前回はあまり感想かけなかったので、今回は積極的に書きたいなと思ってます。ちなみにフランベルジュは私でした。
一応全て読んでいますが、なんか、好き! と思うのに上手く言えなかったりして諦めてたんですよね。前回はとーれさん、ちん☆ぽぽさん、あんずさん、三森さん、かるたさんのやつが好きでした。
>>かっぱさん
初参加ありがとう! 河童さんらしい、コミカルなストーリーでした。アホが出てきたので、一瞬加賀坂さんかな……!? と期待してみたりもしましたが、普通にふざまなとは関係のない二人の話でしたね(笑)
よく、進捗5文字とか凄まじい数字を叩き出す河童さんが、今回のお題で一番乗りに投稿されたので、びっくりです。
私もわからないその2つの違いを、次の行で答えてしまうという、早え……と思いました。フビライハンを注文されても応用を効かせる店員さん流石でしたし、二人のやり取りが可愛らしくて楽しかったです。
>>さっちゃんさん
初参加ありがとうございました。
お題を少し改変されていて、ちょっとだけ悲しい気持ちになりました。>>0にも書いてあるとおり、自己解釈によるお題の差し替えはやめてくださいね。
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」という、誰かの台詞です。今後参加される際は気を付けていただければと思います。
>>刹那さん
初参加ありがとうございました。小学生の頃、テストの回答欄にエビライハンって、書くやついましたねー(笑)私はチンギスハンとの違いのほうが曖昧で、両方チンギスハンとか書いていた派でしたが。
少し、どちらが喋ったのかわからなくなるところがあったので、「誰が言った」とかあるとわかりやすいと思います。
>>ジャンバルジャンなんじゃん!?
初参加ありがとうございました!
カキコとか添へてが作中に出てきて、斬新で面白かったです。タカシくんとマサくんのやり取りも凄く自然に放課後の学生って感じで好きでしたし。
変なお題にしてしまってごめんなさい(笑) いくつか他にも候補を用意しつつ、お題を考えたのは私ですが、選んだのは浅葱なので、私は悪くないでーす(
でもタカシくん、改変は駄目だぞ。ちょっと『チンギスハンとジンギスカンの違いを教えてくれ』というお題でも面白そうですけどね(笑)
>>とーれさん
すーごい好きでした(笑)ノリとテンポが愉快で、読んでいて楽しかったです(^^)
なんていうか、ツッコミどころ多くて、全体的に好きでしたが、クッキングペーパーの下り、特に好きです。
ライバルキャラも好きなので、フビエビの連載待ってます!(
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.171 )
- 日時: 2018/04/13 14:47
- 名前: 腐ったげっ歯類 (ID: D.pxqK62)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
静かに、およそ疑問とは思えない言葉を綴った唇は更に難解な言葉を続けた。
「しかし、それを侮ってはいけないよ。君たち一人一人の思想は誰にも侵害されてはならないのだから、もっと尊大に、大仰に、自信を持つべきなのさ」
草臥れたスーツ姿の教師は微笑を浮かべてそう言い切ると、擦れかかった眼鏡を持ち上げる。ついでに白髪混じりの髪をかき揚げて、ゆっくりと教壇から降りた。
自信と言われても、はて、何に対しての自信なのか私にはさっぱり理解が出来なかった。そもそも、疑問を侮ると言う表現こそ、こちらの落ち度を臆面もなく認める事と同意義であり、そしてそんななおざりな生き方は私とは無縁である。一体、彼は何を伝えたいのだろうか。
フビライハン、エビフライ…。私はその両方を頭の中に描いて行く。方やモンゴル帝国の偉大な皇帝、しかし方やポピュラーな一般的な料理である。エビフライこそ私にとって深い馴染みはあれど、フビライハンともなるとその人となりすら知ることは余程の偉人愛好家で無い限り皆無ではないか。残念ながら、私にはそのような高尚な趣味の持ち合わせはなく、どちらかと言えば好ましいのはエビフライの方である。非常に。その両方の違いは筆舌につくしがたい程に明確であるのに、彼の物言いはあたかもそれらには違いは合ってないような物なのだと言っているように私には感ぜられたのだ。
だから、この初老の教師が一体何を私に伝えているのか。実の所、理解が及ばないばかりか、愚かなことに痴呆と言う言葉さえ、彼に投げ掛けそうになっていた。
「もう少し、紐解くとしよう。君は雲を、空に浮かぶ雲を眺めて、羊だ、などと考えたことはあるかい?即ちそれなのだ。なに、羊に限ったことではない、その誉れを決して損なってはならないと私は言いたいのだよ」
そこで、チャイムの音が彼の言葉を遮った。まだ何かを言いたいような朗らかな笑みだけを残して、初老の教師は素直にそれに従い教室を後にする。
私はふと、真っ新なノートを取り出し一本の線を書き下す。つらり、と引いた線は黒々しいばかりで品性の欠片もない拙い弧を描いたものだった。しかしこの線に込められる、遠く理解の及ばない理論を識らなければ、私はきっと彼の言葉を受け入れることはない、そんな気がしてならなかった。
正解のない疑問は更に私を苦しめ続けた。だがそれでも、教師の伝えたかった言葉はついぞ私の心には灯ることはなかった。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.172 )
- 日時: 2018/04/14 11:42
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: BTbf0jIY)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
ファミレスでそう零していた、隣のボックス席に座る彼ら。可愛らしい姿をしていた。ひとり寂しく安っぽいコーヒーを啜っていた私には関係の無い子達だったが、愛らしいなと思ってしまう。あれは近所の中学生だろうか。見覚えのある制服に思えた。
あの時代は自分達だけが全てだったなと、コンビニでタバコを買いながら感じる。楽しい事を気の合う仲間たちと好きなだけやれた。多少怒られることはあったとしても、次にどんなイタズラをしようかと話している時は、幸せだった。
薄ら寒い路地を歩けば、路地裏へ続く細道の隙間に吐瀉物が落ちていたり、酒がこぼれた空き缶が落ちているのが目に付く。きれいな街を作りましょうと声高々に言うお偉いさん達は、人が集まる大通りにしか目が向いていない。この街の全てへの管理が行き届きさえすれば、よりよい街として生まれ変わる可能性だってある。
先ほどコンビニで買ったタバコは、もう二本目に火をつけていた。暗い道にタバコの煙がくゆる。まだ未使用のタバコが入った小さな箱を捨てたとしたら、翌日には無くなっているのだろうか。運良くこの道を通った生活困窮者――その中でもとくに金のないホームレス――が、拾っていくのだろう。運が良いと下品な笑みを浮かべていそうだ。
あの子達は無事に家に着いて、幸せそうに笑っているのかもしれないなぁ。若かったな、見た目も、考えていることも。フビライハンとエビフライの違いなんて、改めて考えるほど大した問題じゃないはずなのに、そうした答えの分かる問いも面白おかしく考えてしまっている。
今の私にはできなくなってしまった。老いるって何だか狭苦しいのね。自分の言葉を取捨選択するようになってから、素直な気持ちや考えを伝えられなくなった。大人になれば好きな事をできて、今より自由になると私の親は言っていたし、今もたまに言う。間違っている訳ではないと思うけれど、その言葉が合っているとは思えなかった。
側溝に吸い終わったタバコを隠し、タバコを吸いながら当てもなく歩く。仕事を辞めたいと思いながら働くことに疲れていた。私生活が脅かされる気持ち悪さを感じてから、タバコや酒に逃げる生活が続いている。今だってそうだ。やるべき事、やらなくてはいけない事、自分がすべき事が溜まりに溜まっている。
そこから逃げていた。今だって、尻ポケットに入れた携帯が通知で震える。昔は誰かに必要とされることが嬉しかったけれど、今は億劫で、放っておいてほしいと思う。不自由さで雁字搦めになっている。また側溝にタバコを隠して、最後のタバコに火をつける。
自宅近くの公園のブランコに座り、ゆらりと前後に揺れる。携帯には上司からのメールや、大切な人からのメッセージがたくさん来ていた。少し緩慢な動きをする指で、一つ一つ確認していく。上司からは矢張り怒っているような内容のメールが来ていた。普段はいい上司だけれど、たまにクソみてぇだなと思ってしまう人だ。今日はたまたま嫌いが振り切った日だった。
最後の文に「無事なら連絡をしなさい」と一言あり、思わず笑みがもれた。明日は出勤するという旨の返信を済ませ、彼からのメッセージを開く。男らしいところが好きで付き合ったけれど、束縛癖や管理癖があるとは思わず、一方的に連絡を絶ってから数日間、毎日メッセージがきていた。
既読はつけない。けれど、日に日に怒りと懺悔とが混ざりあったメッセージは、私を疲弊させるのには十分すぎた。タバコを深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。まだ丑三つ時には届かない時間帯。昼間とは違い静まった夜は、疲れた私を唯一癒してくれる。
「……重すぎでしょ」
短くなったタバコを足で潰して、夜の空気をめいっぱい吸い込む。彼に伝えたい言葉なら、もう決まっていた。ただそれを打ち込むには、自分の覚悟も勇気もない。そのあとにどんな言葉が来るか、その予想だけで怖がっている。
既読マークを付けてから、悶々とその返信をどうするか悩んでいる。彼は諦めて寝ているだろうか。寝ているなら、今返信をすることはやめるべきか。いっそもう返信なんていらないんじゃないか。小さな罪悪感の芽が出ても、見ない振りしていたせいで、こんなにも今、踏み出す一歩が怖い。もう一本タバコを吸ってから。そう決めて箱を漁るも、一本も残っていなかった。
「……あー。やるかぁ」
どうせ黙っていても変わらない。それなら決めていた答えを伝えるために、彼を叩き起したっていいじゃないか。そう開き直ると人は早い。コールボタンを押して、彼が出るまで待つ。
『もしもし? ……由紀?』
「もしもし、浩平が起きててよかった。少し伝えたいことがあったから、それだけ言わせてね」
程なくして出た彼に説明すると、間をあけて「分かった」と返事があった。申し訳なさを感じているのか、情けない声色をしている。
「昔だったら、それこそ中学生とかくらいの。その時に浩平と会っていたら、どんなに束縛されても平気だったと思うよ、私」
薄く雲がかかる空を見て、今までの思い出を思い起こす。デートで手を繋ぐのも、待ち合わせで会うことも緊張してしまって、この人と一生を過ごしたいと思い続けてたあの日々。将来の話だってしていた、子供の数、住みたい場所。結婚式場だって、目星をつけていた。
「でも社会に出されて働き始めて、浩平とも会う時間が限られてさ。色んなことが嫌になっちゃったんだよね」
『それって』
「私ね」
ああ、なんだか涙が出そうだ。浩平に抱きしめられて寝た夜。浩平と寝ぼけながら微睡んでいた休日の朝。そこには笑顔があったと思う。幸せだけが満ち溢れていた。
ばいばい浩平。心の中で、ひと足早くお別れを告げる。可愛くない私だけれど、浩平の中に残る私がキレイでいられるうちに、いなくなりたかった。
「今日見た中学生の子達みたいに、何でもないような、簡単に答えが分かっちゃうような問いを、浩平と笑顔で話せる自信がないの。だからごめんね、もう二度と会わないから、……さようなら」
言い切り、通話を終了する。浩平のアカウントをブロックし、カメラフォルダに残っていた浩平との日々を一つずつ消していく。心は少しだけ軽くなった。安心と、拠り所を拒絶した自分が恐ろしく、少しずつ目頭が熱くなる。
溢れ出る涙で、携帯が使えない。さようなら、ごめんなさい。私が弱いばっかりに。けれどもう、私は浩平と笑えない。あの子達のように、くだらない答えを探すことなんて、もうできやしなかった。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.173 )
- 日時: 2018/04/14 15:59
- 名前: 神原明子 (ID: 6Cofq6II)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
それこそが僕から彼女への告白、それに対する彼女の返答であった。この方は何を言っているのだろうかと、僕は言葉に詰まる。今しがた、僕が告げた言葉は「好きです、付き合ってください」だったはずだ。それなのにどうして、こんな訳の分からない問いを返されなければならないと言うのだろうか。
大学の敷地内、人通りもそれ程多くは無いが、道行く人々はあまり他人の声に耳など傾けない。要するに背景にこそ人はいるのだが、誰も僕の愛の告白など聞きもしない場所で、意を決して想いを告げたのであった。真夏の日差しが、じりじりと僕のうなじを照り付けている。それはまるで、この居た堪れない空気に焼け焦げる僕の精神を物理的にも焦がしているようだった。
つぅと僕の首筋を垂れる汗、少しくすぐったい。これは果たして夏の暑さに茹だる故だろうか、それとも羞恥の熱さに火照った故だろうか。それとも返事も出来ず、ただ口を噤む僕を憐れむ冷や汗か。さっぱり分からないけれど、汗一滴にすら不安を覚える僕のことを彼女は楽しんでいるようだった。
「ふむ」と小さく息を吐き出し、どこか採点をする審査員のようにまじまじと僕の一挙手一投足に注目しているようだ。熱気をかき回すような、ちいとも涼しくない風が一つ。絹の糸のように艶めかしい、彼女の髪がサラサラと揺れた。そよ風の抑揚に合わせて、たなびく髪はその表情を変える。ふわりと、嗅ぎ覚えのある花の香。脳裏に紫色の花畑が一面に広がった。そうだこれは、美瑛で見た。ラベンダーの香りだとすぐに気づく。嗅いだのは数年前、修学旅行の行き先でだ。
そんな僕だが、いつしか彼女の素っ頓狂な問い等よりも、その美貌に見惚れてしまっていた。細く柔らかそうなその髪に、ぱっちりとしたその二重の目に、顔の上で綺麗な丘陵を為すその鼻立ちに、健康的な赤い唇に。一年で最も暑いような時期であるので、ノースリーブのシャツにホットパンツと肌の露出は多く、布で遮られることも無く目に焼き付く色白の肢体は僕の瞳には眩しすぎた。それでも目で追ってしまう、そんな性を抱えた自分が悲しい。これだから男は、なんて軽蔑する姉の声が聞こえるようだ。
彼女とは同じサークルに所属していた。学年も同じで、学部こそ違えど同じ文系であるため、同じ科目を取ることもあり、その度に軽く挨拶くらいはしていた。
正直なところ一目惚れであったため、普段どの程度交流しているかなどあまり関係なかったように思う。四か月ほど共に過ごしてきて色々彼女本人から聞いたのだが、彼氏は高校時代に一人、大学の入学の際に彼女が上京してしまったため遠距離恋愛に。そのまま疎遠になりつい先月別れたのだとか。
その話を聞きつけた男は一定数いたようで、先日まで彼氏がいるからと興味も持たずにいたような先輩たちが彼女に積極的に話しかけるようになった。それだけではない、サークルの中だけにとどまらず、同じ授業を取っている人たちも、こぞって彼女に話しかけるようになったのである。そもそも美人だとずっと評判になっていた女性であるため、それも当然だと言えた。
だから、他の人たちを出し抜くためにも早いところ想いを告げなければと急いてしまったところがある。ただの友人としてしか接してこなかったため、適当にあしらわれる様な気がしてならないとは思っていた。しかし、こんなあしらい方だとは流石に思っていなかった。
「答えられないか?」
顔立ちこそ崩さないまま、彼女はしびれを切らしたのか、掌を見せつけるようにして、五指を伸ばした右手をこちらに突き付けた。細くて、白くて、真っすぐな指にすら目を奪われる。彼女と話していると女性のイデアが目の前に現れたように思えるのだ。強いてあげるならば言葉遣いが少し強すぎるきらいがあるところが欠点だろうか。それでも、彼女の凛としたところを示すその語調が、僕にはむしろ好ましかった。
ゆっくりと、その親指が折りたたまれ、第一火星丘と火星平原の辺りを覆い隠した。そして初めて僕は、それがカウントダウンであると察した。察してすぐに人差し指も親指を覆うように折りたたまれる。残り三秒、そういうことだろう。
答えられないかとわざわざ聞いてくるということは、彼女にとってこの質問は意味があるという事だ。だから僕は、足りない知恵を振り絞って必死に考える。さっきまであんなに暑いと思っていたのに今や肌寒くて仕方がなかった。
彼女のカウントダウンは、声も伴わずに進んでいく。静かながらも厳正で、容赦もなく削られる思考時間。黙って見つめられるその中で、僕の心臓だけがやけに五月蠅かった。左胸の肉を突き破って外に飛び出すのではないかと心配するほど、それは力強く暴れ狂っている。
気づけばもう、最後の一本である小指の爪が顔を見せ始めていた。その指先が彼女のその掌に触れたその瞬間が、タイムアップの合図だろう。
せめて、何か答えなければ。意を決して口を開く。何でもいいから答えるんだ、僕。フビライは人間でエビフライは食べ物、それで十分だ。
「……あっ……ぅあ……」
「時間切れ。少々難題だったようだな」
意を決して口を開いた。そのつもりだったのだが、僕に覚悟できていたのは口を開くところまでであった。その後何を口にするのかなど自身などまるでなく、答えられようにも無いという不安と、気の利いたことを言わねばと言う焦りがない交ぜになり、僕は日本語らしいものを発することができなかった。
魚が水面で口を開け閉めするように、声と言うよりもただ空気を漏らすのみで。みっともない裏声が僕の喉から捻り出ただけだった。
何も用意できなかった自分が、歯がゆくて、みっともなかった。ばつの悪くなった僕は目を伏せる。またしても目に入る、白く柔らかそうな彼女の肌。直視するのが申し訳なくて僕はそれすら見ぬよう斜め下に視線を向けた。
「恥じ入る必要は無いさ。こんな問い、答えらしい答えなど無いのだからね」
むしろ、君の勇気に率直な言葉で答えることができない私を許してほしいと彼女は腰を折って頭を垂れた。追随するように、髪は垂れて、また引き上げられる。あまりに細く滑らかで、簡単にたなびくその髪は、一度のお辞儀で乱れてしまう。顔の横に出しゃばって、耳を隠すようなその黒の長髪を掻き上げて、耳の後ろにかける。その姿さえも絵になった。
ふわりと舞うように髪の毛が踊るその様子に、またラベンダーの花の香が、僕の元へ。
「私自身がこう、つまらない人間だからね。面白い人が好きなのさ」
自分が綺麗だと言う事実は自覚していると彼女は言う。それは以前から、幾度か聞かされていた。否定する方がいい時もあるが、多くの場合はその言葉を受け入れるべきだと。謙遜が皮肉になることも数多く存在するのだと彼女は言う。これまで彼女が歩んできた道のりをちいとも見ていない僕には想像し辛いが、麗人ならではのいばらの道も歩んできたのだろう。
綺麗な花に虫が寄るように、多くの男から言い寄られることがあると言う。けれども、自分はあまり口が得意な方ではない。そのためきっと、並の男であれば付き合っていても楽しくなどないと思うだろうし、思われてしまうだろう。
だから私は、この人とならば面白そうだと想える人としか付き合わない。それが、先刻の見当違いな問いかけをした顛末であった。
「手の付けられないような無理難題すらも、飛び越えて楽しませてくれる。そんな人を探してる」
きっと私は恋人に、自分が持っていないものを求めるタイプなのだろう、と。不思議と、その理屈に納得しかけていた。それゆえ、緊張と期待とで、暴れていた心臓も今では静まり始めている。まだ、トクトクと打つその勢いは強いけれども。
すっかり落ち着いた心音は、僕の耳にはもう届かない。喧しいほどに反響する蝉の鳴き声にようやく気が付いた。振られた自覚のないこの僕の代わりに、大声を上げて泣いてくれているようにも思えた。とはいえ、僕は流石にこんなに大声で泣くつもりはないけれど。
「前の彼氏はどう答えたの?」
「最初は詰まらなさそうだと思うような答えだった。ただ、即答だったね。迷いもしなかったどころか、考えてもいなかった。脊髄反射に近かったねあれは」
一から十まで全部違うじゃねえか。そう言ったらしい。ただ、嫌な顔もしなければ、困惑すらもしなかった。朗らかに、友人のボケを拾うように、極めて自然に振る舞ったそうだ。
「その後だったね、私が彼を気に入ったのは」
「まだ何か言ったの?」
「でも俺は、その二つならフビライハンになりたいなとか言い出したのさ」
どっちになりたいかなんて、聞いてもいないのにね。あのフビライハンの肖像画を目にして、どうして自分もああなりたいと思えたのだろうかと彼女は、可笑しそうに思い出し笑いをした。きっと彼女にとって、彼に初めて好きだと言われた日の事は未だに特別な思い出なのだろう。
「何でさって聞いたらね、フビライハンって確かどこかの王様だろ? って。エビフライだけじゃなくて何でも食い放題じゃん。とか言ってさ」
食べる以外に君に欲は無いのかと尋ねると、宝石とかに興味は無いしなと見当違いな答えが、また。
「その、考えなしで向こう見ずなところがね、保険ばっかかける小心者の私に足りない潔さがあって、私は彼を気に入ったんだよ」
ただ一番私にとって面白かったのはね。そう前置いて彼女が言うには、最も面白かったのは一通り馬鹿みたいな事を言ったくせに、最後はとても照れ臭そうに、顔を真っ赤にしちゃって、目もろくに合わせられないまま、王様だったら好きな人とずっと居れるだろうと、か細い声で主張したところなのだとか。
普段は茶化したお調子者で、クラスのムードメーカー。そんな彼が偽ることなく、道化になろうともせずに、自分の想いをストレートに伝えてきた。その、普段と違う様子に本気なのだなと確信したらしい。
「とまぁ、そんなこんなで付き合い始めたけど、今どきの高校生にしてはプラトニックに付き合っていてね。キスくらいが限界だった訳なのだけれど」
案外恋愛というのは難しいものだと彼女は言った。自分も一緒にいるうちに段々と彼に惹かれていたはずなのだが、こうして進学し、遠く離れた地へ来てしまうと段々その熱が冷めていく。物理的な距離が心理的な距離に干渉してきた。
会えないもどかしさと寂しさと、生来の冷え切った人格とがごちゃ混ぜになって、心の中には冬がやって来た。段々芽生えた好意も、愛の供給が絶たれて萎れてしまった。季節は夏で、暑苦しいと言うのに胸の奥には空洞が出来て、むしろ寒気を感じるくらいだった。
「そうして別れを切り出したんだよ。我ながら怖くなったね、悩んでる時はあんなに苦しんでたのにさ。映画行こうよ、って言うくらいの軽い言葉で、別れようが口をついて出たんだ」
長い沈黙の後に相手も、分かった、とだけ。それがつい先月のお話さと彼女は言う。別れた報告を、お互い高校以来の近しい友人に報告して、もうその話は必要な分だけ広まったのだとか。大学で、不必要なところにまで拡散される噂なだけはあるなと、僕は納得した。
>>174へ
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.174 )
- 日時: 2018/04/14 15:58
- 名前: 神原明子 (ID: 6Cofq6II)
長い沈黙が訪れたのは、今この瞬間も同じだった。僕はこんな話を聞かされて、何を伝えればいいのだろうか。何を想えば正解なのだろうか。
さっきのフビライハンとエビフライの違いだって難解だったけれども。気を紛らわせようと蝉の声にでも意識を向けようとする。でも、あんなに五月蠅かったその斉唱が、全く僕の耳には入ってこなかった。
過去の人を思い返す彼女の声は、心底楽しそうだった。その様子だけでよく分かった、彼女は自分からあまり熱くならないタイプの人間に分類したが、その熱はただ断熱材に阻まれているだけで、胸の内には人並みの感情の火が揺れている。でもきっと彼女は、自分で言うように臆病だから、その火を曝け出すことが怖いのだろう。
だけど、先日別れた元彼氏は、彼女の本心を映し出す鏡だったのだろう。鏡と言うと少し違和感がある。メディアと言った方がいいだろうか。彼と言葉を交わすことで、彼の様子を離すことで、彼女が彼女足り得る何かを世界へと発信できていたのだろう。
蝉の声が聞こえない理由が、分かった気がした。そんなものよりずっと大切なものを、聞き漏らさないためだ。ようやく顔を見せた本音を、余すことなく見届けたかったからだ。
そんな姿を映し出せる、彼のことが羨ましいと僕は思った。競うこともできず、会うことも張り合うことも能わない、蜃気楼みたいに大きく見える、どこまで行っても幻影に変わりない彼。彼女が好いた彼というのは、きっともうどこにも居はしないのだから。
僕の人生には、ちいとも関係ないのだ。彼と言う人間は。
それはもう、とっくの昔に死んでしまった、フビライハンと同じだろう。
だとしたら、僕は。
「僕は、どちらかと言うとエビフライの方がいいな」
気づいていなかったのだけれど、僕の心の呟きはいつしか声となって垂れ流しになっていた。無意識に呟いたものだから、きっと彼女にしか聞こえなかったろう。
ずっと黙っていただけかと思えば、不意に対抗心を燃やしたような僕の言葉に、彼女は驚いたようである。このまま気まずくだんまりを貫いて、何事も無かったように別れて、また明日友人として会うんだろうな、だなんて思っていたに違いない。
不思議そうにして少し目を見開いた彼女だったけれど、何やら面白そうだと目を細めた。珠でも磨いたのかと尋ねるくらいに綺麗な白い歯が覗いて。その微笑には、モナ・リザだろうが敵いはしないだろうな、なんて下らないことも考えたりして。
「それはどうしてだい?」
その声は、弾んでいた。先ほど、僕の知らない彼の昔話をしていた時と同じように。この声は、サークルでも、授業でも聞いたことが無い気がする。何だか僕は、彼に並べたような気がして、誇らしくて仕方がない。
「フビライハンはさ、君の生活に何一つ影響を及ぼしていないと思うんだ」
「概ねそうと言えるね」
「だけどさ、エビフライだったら君も食べるだろ?」
「そりゃあたまにはね。揚げ物は苦手だけれども」
「ちょっとでも、関係があるならそっちの方がいいなって」
とどのつまり、好いてしまったものは仕方がない。僕は彼女にとって、大昔アジアで国を支配していただけの見ず知らずの王様よりは、洋食屋で姿を見てもらえるような近しい平凡なものでありたい。好意なんてそんなものだ、恋愛だけじゃない。友情だって、親愛だって、全部一緒だ。君と関わりたい、傍に居たいと願うくらいは許してもらえはしないだろうか。
「それにほら」
「何だい?」
「フビライハンを選んだ彼は、今となってはもう会わない人だろう?」
自分はそうはなりたくない。それこそが、伝えるべきことなのかと、不安に思いながら僕はそのように纏めた。
それが君の答えかと、確認するように彼女は復唱した。
「フビライハンは、無関係の過去の人で、エビフライであれば私とも触れ合える、と?」
その表現が本当に僕の伝えたかった言葉なのか、彼女にも僕にも分かりはしなかった。そもそも問いが不完全すぎる。違いを答えろだなんて質問、そもそも比較する両者に類似点があるべきなのに、それが一つも無い。
だけれどもそう、無関係な昔の人になりたくないという意志は正しかった。彼女との繋がりは捨てたくないし、どうせならもっと近寄りたい。
フビライハンを選んだ彼がもうとっくに破局している事からも僕は、そちら側になりたくない。
「それが君にとっての、両者の違いという訳か」
君はこんな七面倒な問いかけにもきちんと回答を残すんだねと、彼女は笑う。告白されるたびに同じ質問を繰り返してきた彼女だったが、真面目に答えようとしたのは僕が初めてだったらしい。
大体皆、「全然違う」と言うか、ただ単に『元の皇帝』だとか『食べ物』だとか答えるだけ。ありきたりで何も得るもののない、つまらない人間ばかりだったらしい。
例の彼も詰まらなくなかったというだけで、自分の言葉で両者の差異など答えようなどとしなかった。きっと彼女だって答えようなどとしないだろう。根が小心者で、思いついた答えなんて、恥ずかしくて口に出せやしないだろうから。
「ふむ、少々粘着気質で恐ろしいところのある答えだったが」
「それは手厳しい」
「けれども、好かれた事実は理解できた」
一目惚れで申し訳ないと思う。我ながらとても軽薄なようにも思えるが、初めて顔を合わせてその瞬間に落とされた訳なのだから、いっそ清々しいと認めて欲しい。綺麗だと理性が把握する前に心を奪われたのだ、もう抵抗などできるはずも無かった。
「少しずつでいいかな?」
「何が……?」
「君を異性として見るのがだよ」
以前の彼にしたってそうだったのだけれどねと彼女は添へる。これは、了承を貰えたとのことなのだろうか。
「執着とも呼べるような好意は初めてだからね。それもやはり、私には足りていないものだ」
確かに彼女はずっと、自分に足りないものを求めていると主張していた。なるほど確かに淡白に見える彼女にとって、僕の抱いたこの感情はどう見てもしつこく、自分の持ち合わせていないもののように映るはずだ。
今一、受け入れてもらえた実感がわかない。きっと僕は喜ぶだろうって予測していたのだけれど、途中、これは無理だろうなと思ったがために受け入れられた現実が納得できなかった。
「というか、ほんとにそれだけの理由で付き合えるんだね……」
「それだけでは無いぞ? 君は入学した頃からずっと仲良くしてくれていたからな、それなりに君と言う人となりは見てきたつもりだ。信頼できる人間だとは思っている」
最近になって急に視界に入り始めた連中はどうにも好きになれん、と一言。鳥肌の浮いた肌をさすりながら彼女は身を竦める。その、風刺的な姿はいつもよく見る、クールでかっこよくて、とても美しい彼女の斜に構えたともとれるような姿を思い起こさせた。
ああ、そうか。僕はこんな彼女に惹かれていたのだな。一目惚れした事実こそあれど、話せば話すほど焦がれた理由は、きっと僕も同じなのだろう。僕に無い格好良さを、美しい芯の通った生き方に憧れた僕は、日を追うごとに蟻地獄の中心に吸い寄せられるようにして、より深く落ちていったのだ。
私から見た君も、魅力的ではあったという訳さ。
破顔して、溌溂とした声を発して。目の前に彼女の顔が現れる。
揺れる彼女の前髪が、僕の鼻先をくすぐった。一際強いラベンダーの香りに包まれて僕は、くらくらして天にも昇りそうになる。
そうか。驚き、受け止めきれないように見えても、僕は嬉しくて仕方がないんだろうなと納得した。
蝉の声なんて、やっぱり僕の耳には一切届いていなかった。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.175 )
- 日時: 2018/04/14 22:35
- 名前: 狐憑き◆R1q13vozjY (ID: CRA9wpqU)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
これは、とある発展途上の町での一角で起きた事件である。
パッと咲いている傘の下で、目の前の少年は何を思っているのだろう。出会い頭に雨音を背景に告げられた頓珍漢な質問に、少年と対面している形にある女性は訝しげな目で少年を凝らして見た。パチパチパチパチと鳴る雨音のタップダンスのメロディが流れる中、二人はしばらく見つめ合うという奇妙な空間が出来上がった。少年は何かを期待しているのか、微動だにしないまま白い息を吐き出す。女性は僅かに、傘の持ち手に力を込めながら小さく口を動かした。
「え......っとー......僕、どうしたのかな?」
その声は酷く震えていた。女性は緊張感による引き攣った笑みを浮かべながら、ごく自然に首を右に傾ける。少年は傘を少し傾け、女性に顔を完全に晒す。少しむすっとしていて、頬は風船の様に膨らんでいた。少年のその唐突な質問には答えられなかったことに対して怒ってるのだろう。女性は、困った様に眉を顰(ひそ)めれば周りを見る。天気が悪い所為か、周りにはほとんどと言って良いほど人が居ない。雨によって霧のようなものがもやもやと現れ始めていた。
「俺の質問にちゃんと答えて」
第一声の時より少し不機嫌な声音な少年にそう急かされ、ますます女性は困った様に笑えばギュッと傘の持ち手を握った。周りに助けを求められない中意味が分からない質問に出会すなんていう有りそうで無いこの状況で、女性がまともに考えられる訳も無かった。単に、エビフライは食べ物だの答えれば良かったものの、女性は何を思ったのかこう答えたのだ。
「私は、エビフライよりもアジフライ派なの」
女性は善いことをしたと言わんばかりの輝き優しい笑みを浮かべて、呆然と立ち尽くす少年の側を通り過ぎた。
***
それから何ヵ月か経ったある日。再び少年と女性は偶然にも出会した。
女性は、今日が誕生日である姉と買い物に来ていた。この辺では一つしか無い大きな店である為、あの時の少年と会うことは何ら不思議ではないのかもしれない。しかし、こうして偶然にも会うというのは滅多にない事だ。女性があの時の少年をふと見掛けた時、女性は「あ」と反射的に漏らした。
「ん? 美咲、どうしたの?」
「いや、何でも無いよ。前に話した男の子の話、あの男の子をさっき見掛けてさ」
姉が女性に笑いながらそう声を掛けるのを、女性は軽くあしらいつつ短めに切り上げようとした。しかし女性の姉は、女性の話すその少年に興味があったのか「どこどこ?」と話を広げようと楽しそうに女性に問い掛けた。女性も『姉だしなぁ』と冷たく応えることは出来ないのか、小さく溜め息を吐けば「あそこだよ」と少年のいる方向へと指を向ける。
姉は女性の指す方向へと目を向けるが、きょとんとして直ぐに女性の方へと向いた。
「美咲......誰も、居ないよ?」
「え? いや、みゆぅ、居るじゃん」
何で? そこに居るじゃん。分からないのかな? いや、でも、男の子っていってるんだから分かるでしょ。もしかしてみゆぅには見えていない? いや、そんなわけ無い。
様々な思いが一気に女性の中を駆け巡り、強く女性をノックする。女性はチラッと姉の方に目を向けるが、やはり少年は見えていないらしくポカーンとした様な阿呆らしい顔のまま女性を見ていた。自分には見えているのに姉には見えていないという事実が酷く女性を脅かす。
「そういえば、その子の話、あんまり聞いてなかったんだよね」
女性が一人考えている所に、姉がそうポツリと言う。
「ああ......そうなの? フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ、って言われたのが__」
「あははっ、美咲? 今日はアジフライ食べたいの?」
女性がそう、あの時のことを話し始めようとした。あの少年の台詞を一言一句違わずに述べ、これから話そうとしている時に姉がクスクスと懐かしそうに笑いながら横槍を入れる。からかうような素振りの姉に、女性は「違う」と否定するが姉は「そうなの?」と意外そうにする。何が「そうなの?」だ。誰もエビフライを食べたいからってそんなちんぷんかんぷんな問い掛けなんてするわけが無い。女性は半ば姉に呆れて「そんな遠回しなことしないわよ」と言い切る。
「そう? 昔はしょっちゅうフビライハンとエビフライの違いを教えてくれって美咲に言われたんだけどなぁ。理由はアジフライを食べたいから......って。美咲ってば、それをまだ覚えていたのか~って思ってたけど」
姉はそう、フフフと笑いながら懐かしむ様に言う。
いつの間にか女性の視界からは、その少年は消えていた。
ーーーーーーーーーー
*初です。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.176 )
- 日時: 2018/04/15 03:30
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: kMT1NyQc)
>>160→河童さん
ご参加ありがとうございます。
早いからこそのインパクトがあったなぁと思います。運営浅葱としての意見としては、予想通りだなーって感じがします。
フビライハンだけではなくて、敢えて遡ってチンギスハンを出しているのも、突っ込み役の子の台詞やその子らしさを出すっていうことが出来ているので、物語としてもギャグとして成り立っているなぁと思いました。
*
>>161→さっちゃんさん
ご参加ありがとうございます。
勢いで押し切ってきた、という印象が強いなぁと思いました。勢いがあるから他者に読ませることができている、という感覚が読後一番に感じたことです。
世界観がもう少しわかると、もっと読みやすく、キャラの個性が映えた気がします◎
*
>>162→刹那さん
ご参加ありがとうございます。
キャラクタの関係性というのが分かりやすい作品だったなと思います。ただやっぱりお題に引っ張られるのが、強いんだなぁと思いました。ギャグ系統のラブコメって感じがして、ギャグだけで終わっていないのは予想以上だったので、読んでいて楽しかったです。
*
>>163→羅知さん
ご参加ありがとうございます。
良いシリアスだな、と思いました。ただ途中で「僕」と「君」が分かりにくくなってしまったのが惜しいなと。感情を表すことが出来ていたので、キャラが見やすくなると、より読みやすかったりするのではないかなぁと思いました。
*
>>164→奈由さん
ご参加ありがとうございます。
所々誤変換があったりするので、そこが減るとより良いかなと思いました。
女の子は男の子に対して好意があったのかなと思いました。ギャグテイストの中に、少しコメディが入っているなぁと思います。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.177 )
- 日時: 2018/04/15 12:06
- 名前: さっちゃん (ID: n6amuFB6)
>>170
ヨモツカミさん
ごめんなさい、勘違いをしていました........。注意していただきありがとうございます。ご迷惑をおかけしほんとうに申し訳ありませんでした。以後気をつけます。投稿させていただきました文章は修正させていただきました。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.178 )
- 日時: 2018/04/18 01:52
- 名前: かるた◆2eHvEVJvT6 (ID: Enu/924Q)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
「だってさ」と純くんが眠たそうに手紙に書かれてあった文面を読み上げた。相変わらずの意味の分からない内容に、私はどうしてか胸が苦しくなった。純くんは戸惑う私を見て「馬鹿だな、あんた」と小さなため息をついた。
「純くんは、どう思う?」
「なにが」
「この手紙の質問だよ。これが秋ちゃんの遺書みたいなものなんでしょう? 私たちに一体何を言いたかったんだと思う?」
「いつも通りの冗談だろ。俺たちを馬鹿にしてるだけだよ、兄貴はいつもそうだ」
秋ちゃんは、馬鹿だった。そして私たちも馬鹿だったのだ。私のプレゼントした可愛い便箋に秋ちゃんの少し歪な字で大きく書かれたそのメッセージ。私たちを試すようなその問いかけは、生きてた時と何も変わらなかった。手紙の中ではちゃんと、秋ちゃんは生きていたのだ。
「秋ちゃんが死んでもう一週間経ったんだよ」
「知ってるよ」
「純くんは何がそんなに辛いの? 現実を受け止めきれない?」
「俺はあんたがそんなにもあっさり兄貴の死を吹っ切ってることに驚きを隠せないよ。あんた、それでも恋人?」
純くんは手紙の秋ちゃんの字を指でそっとなぞって、今にも泣きそうな顔でこちらを見た。あんたは何も悲しくないのかよ、と小さく呟いた声に気づいて、私は無理して笑顔を作って見せる。きっと、純くんは何も知らないからそんなことを言えるんだ。うらやましい。とってもうらやましい。
だけど、それでいいんだ。純くんは何も知らないまま、秋ちゃんの大切な弟のまま、大事な兄を失った悲しみで苦しんで泣いちゃえばいいんだ。
フビライハンとエビフライの違いなんて明確なのに、なんでそんなこと聞くんだろうと、ふいに手紙が目に入ってそんなことを考えた。秋ちゃんがそんな簡単なことも知らないなんて、そんなわけないの、知ってるのに。
「秋ちゃんは、死んだんだよ」
「うるさい」
「秋ちゃんはもういないんだよ」
「うるさい」
「秋ちゃんは……」
「あんたはっ、それでもいいのかよ! それであんたはっ、幸せなのかよ」
秋ちゃんのことを忘れたら、それが幸せなわけないじゃないか。
子供みたいに泣きじゃくる純くんは、今更だけどまだ高校生なんだなって思って、私は何でか彼の頭を撫でていた。ぼろぼろと滝のように流れ落ちる彼の涙に、私も思わず泣いてしまいそうになった。
純くんの涙で手紙の字が滲んでいく。しゃくりを上げて泣く彼は、とても美しかった。
秋ちゃんがどうして死んだか、知らなかったらきっと私も彼のように泣けていたのだろうな。私はぐちゃぐちゃになった手紙をそっと破ってごみ箱に捨てた。秋ちゃんの遺書なんて、どうでもいいや。
「秋ちゃんは、死んだんだよ」
フビライハンでもエビフライでも、なんでもいい。だって彼はもうその答えを聞くことはできないのだから。いくら私が秋ちゃんのために答えても意味ないじゃん。
好きだよ、と心の中で呟いた。秋ちゃんが死ぬ前にも言葉にはできなかった。彼が死ぬことも私は知っていたのに。それなのに止められなかった。最後に秋ちゃんが笑いながら「また、三人でご飯食べに行こうな」と言ってたのも、もうできないんだよ。三人で、はもうできない。
さよなら、秋ちゃん。私が大好きだった秋ちゃん。私たちの大切だった秋ちゃん。
純くんの泣き声に、やっぱり私も泣きたくなった。馬鹿みたいな秋ちゃんの手紙は、もう私たちには必要ない。これからの私たちの幸せに、秋ちゃんはもういないのだ。
***
コメディ系統なお題でシリアスなお話を書かせていただきました。場違い感が否めません( 一一)
突然死んでしまった秋ちゃん、それを悲しむ弟の純くん、死ぬことを知っていて止められなかった私。残された何気ない手紙は、束縛するものではなく、背中を押してくれるものであってほしいです。
運営の皆様、いつも素敵なお題をありがとうございます。前回の感想もまだ書けてないので大変申し訳ないですが、また感想を書かせていただきたいと思います。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.179 )
- 日時: 2018/04/26 16:06
- 名前: メデューサ◆VT.GcMv.N6 (ID: jz25bmUI)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
いつもの雑談と同じ調子で放たれた素っ頓狂な質問に思わず耳を疑う。
若干天然のきらいのある友人が唐突に投げかけたそれは、俺を一瞬フリーズさせるには十分すぎるものだった。
「すまん。よく聞こえなかったからもう一度言ってくれ」
「フビライハンとエビフライの違いを教えてほしい」
聞き間違いという一縷の望みをあっけなく潰され、いよいよ俺は返答に詰まる。
えー、と困惑を一つ口から漏らし、ああでもない、こうでもないと思索する。
まるで質問の意を飲み込めない俺と、泰然と唐揚げ定食に箸を伸ばし続ける友人の間を、昼飯時の食堂の緩い喧騒が通り抜けていく。
「……そもそもどういう経緯でフビライハンとエビフライが結びついたんだ?」
「ああ、忘れてた。ちょっとこれ見てよ」
そう言われて携帯を見せられる。そこには
『広告の品
あげたてサクサク!
フビライハン2尾320円 』
という創英角ポップ体の張り紙と、エビフライの置かれた棚が写っていた。
「これは、ただの誤字じゃねえかな……」
「そういう事じゃなくて、なんでこんな誤字をしたのか。ただの打ち間違いじゃこんな風にはならないでしょ」
「そんなの俺が知るかよ。それ作った本人を探して聞けばいいだろ」
「これ作ったの僕なんだよね……」
お前かよ
「この後めちゃくちゃ説教された」
「だろうな」
「自分でもなんでこんな打ち間違いしたのか分かんなくてね、そこで第三者の意見を伺いたい」
よし、質問の意図は分かった。そして幸いなことに俺にはこの質問に対して心当たりがある。
「……多分、だけどさ。お前ついこの間までアジア史の課題に追われてたろ?」
「うん。間に合わないかと思った」
「それだよ。無意識のうちに混ざっちゃったんじゃねえの。頭の中で」
どうだろう。我ながら適当な回答だがどうやら友人の顔を見る限り腑に落ちたらしい。よかったよかった。
*******************
「ありがとう。今すっごくスッキリしてる」
「そりゃどういたしまして」
今は食堂から出たところだ。自販機で飲み物を買おうとしたら、さっきのお礼に奢ると言ってくれた。貧乏学生にはありがたい申し出である。
「それにしてもよ。フビライハンの揚げ物ってどんな感じなんだろうな?美味しくなさそうってのは分かるけどさ」
「何その質問?」
「いや、さっきはお前の疑問に答えたじゃん。だから俺も気になったことを聞いてみたまでだ。お前なりの考えでいいから聞かせてくれね?」
そう言うと友人は少し考え込む。まあただの与太話のつもりで振った話だ。飲みたいものが決まったと紅茶のボトルを指差そうと──
「揚げ物には向いてないよ。味が濃いからもたれちゃう」
「へっ?」
「飲みたいもの決まった?」
自販機の中の紅茶を一瞥すると100円を二枚投入してボタンを押す。俺は少し戸惑いながらそれを受け取る。
「はい。……そういえば、次の講義の時間大丈夫?」
「えっ、あ! やっべ遅れ……もういくわ。紅茶ありがとうな! そっちも遅れるなよ」
「うん、僕のは休講だってさ。頑張りなよ」
友人と別れダッシュで教室のある建物へ向かう。奴は天然であると同時にちょっとした冗談や悪戯も大好きだ。今までだって何回もからかわれて、「冗談だよ」とすぐにへらりと笑われて。
だから何も、逃げるように走る必要なんて、なんにも。
まさか、な?
*******************
*冗談がキツすぎる。それだけだ
*それだけだ
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.180 )
- 日時: 2018/05/02 00:03
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: sxAu/esU)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
ビブリオバトルの火蓋は、その言葉で切って落とされた。固唾を飲んで見守る観衆。祈る部員。長いようで短い五分間。誰が一番、自分の好きな本を薦められるか――。
そんな大袈裟な前フリを挟み、テレビがCMへと移行する。
「いやー! 意外とスウジ取れるもんだねぇ!」
頭の禿げあがったおっさんが、小汚い笑みを浮かべて話していた。すごい醜い。脂ぎった肌はテカテカ光ってるし、歯はヤニで黄ばんでる。太った体型には似合わない、アルマーニのスーツのボタンが今にも弾け飛びそうだ。
こんな大人にはなりたくないなぁ。そう思いながら、「放送中」と赤く点灯したカメラのランプを見ていた。
さっき流れたのは、予選大会でのVTRだ。決勝はこの後、生放送でおこなわれる。隣にいるこのおっさんは、番組のスポンサーらしい。有名なメーカーのお偉いさんらしいけど、僕はそこまで興味がない。ただ、この人は汚い。そう感じた。
「お! 君、これから決勝戦でプレゼンするの? 楽しみにしてるからな!」
ほら、心にも思ってないことしか言わない。あんたが気にしてるのは視聴率とCMの宣伝効果と、プレゼンターに就任したアイドルグループだけなのは知ってるし。たまたま僕が単行本を手にしていなかったら、目にすら入らないんだろうな。
大きく息を吐き、目を閉じてプレゼンのシミュレーションを始める。この本は、最近発売されて話題なわけでも、有名な作家が書いたものでも、ベストセラーとなった本でもない。本屋の単行本コーナーで表紙が見えるように置かれていたのでもなく、題名が面白そうだったから買ったら、面白かっただけだ。でも、僕にとっては初めて自分の金で買った本でもあり、たとえ現在は棚に並んでいなくても大事な本だった。勝つのではなく、本当に薦めたい本を紹介する。僕はこの決勝大会で、敢えて、原点に立ち返った戦いがしたかった。
最近爆発的な人気を生み、電子書籍化が進みつつあった出版業界に歯止めをかけたのが、このビブリオバトルだ。元々、創作好きな人とか読書好きの人たちが仲間内で遊んでいたものを、高校の文芸部の有志が集い、学校対抗のイベントにしたところPTAに大ウケした。各学校で奨励され、あっという間に全国区の大会となり、文芸部の学内地位もかなり押し上げた企画に成長。
そこに目を付けたのが、この番組のプロデューサーだ。全国大会の予選から決勝までをテレビ放送し、決勝戦は生放送。話題のアイドルMysherryをイメージソングで起用し、知名度も国民レベルへ。各所で話題を集め、ビブリオバトルで登場した本はたちまち重版。書店から忽然とその棚だけ姿を消す現象を巻き起こしている。
正直、このイベントが企画された四年前は、ここまで大ごとになると思っていなかった。近くの公立や私立関係なく、部誌の交換以外で関われないか、という軽い感覚で姉たちが始めたものだったからだ。僕が高校に入学して企画が有名になるにつれ、本当に勧めたい本より、勝てる本を選ぶ傾向は強くなり、ここ最近は勝ちやすいジャンル、作家が確立されつつある。
だから尚更、自分の一番大事な本で勝ってみたかった。高校三年生の夏、引退の時はこの本を、どんなに小さな規模の大会でもプレゼンすると決めていた。図らずして、一番大きな大会で、テレビで生中継、という豪華なおまけがついてきたのには笑ってしまったが、最高の舞台だと思う。
勝つことが当たり前だった予選と異なり、程よい緊張感が全身を帯びた。指の先にまで走る焦燥と高揚。相反する感情が背筋を舐め、ブルっと身体が震える。
――CMが流れ終わった。
「ではここで改めて、ビブリオバトルのルール説明をしたいと思います。今から、それぞれの高校の代表一人が五分間のプレゼンテーションを行います。その内容は、一冊の本の紹介。五分間の中で、その本の魅力や自分の好きなシーン、セリフなど、好きに語ってもらいます。本は単行本、文庫本、絵本など、出版されている本であればジャンルは問いません。ただし、雑誌やネット小説は除きます。それぞれのプレゼンテーション終了後、今回スタジオにいる審査員十五名により、どちらが紹介した本がより読みたいか投票していただきます」
「一冊の本のプレゼンをして、より多くの人に、その本を読みたいと思わせた方が勝ち、ということですね!」
「その通りです。通常、審査員は七名ですが、今回はゲスト審査員としてMysherry五人、芸人相撲部三人の八名を合わせて十五名という特別ルールになっています」
進行役のアナウンサーがフリップを手元に出して説明する。結構ややこしいルールだと思うんだけど、大丈夫なのだろうか。
「それでは今回対決していただく、二校の選手たちを紹介していきます」
知の祭典にふさわしく、露出は少ないながらも煌びやかな衣装をまとった女子がこちらに来た。派手、というとりは上品かつ繊細。そんな印象を与える人だった。
「Mysherryの守谷です」
マイクが拾わない、でも目の前にいる僕の耳には届く大きさの声で、そっと名乗ってくれた。わざわざ名乗らなくても、知っているのに。
「はい、それではお聞きしたいと思います。清和(せいわ)高校文芸部部長、佐藤くんです。今回の決勝戦の意気込みを教えてください」
「……勝つことより自分の本当に勧めたい本を選びました。もちろんその先に多くの観客が読みたいと感じてくれることは望んでいますが、誰か一人の心に刺さるだけで良い、それを最優先して挑みたいと思います」
スタジオのライト、観客の視線、カメラ。今、この場所の中心に立っていたのは紛れもなく僕だった。何を言おうか考えてあったのに、全部吹っ飛んで、鼓動が速くなった。拍動が胸の中で暴れている。テレビに映るというだけで、普段の大会ではありえない、何倍ものプレッシャーを味わっている。自分の一挙一動に誰もが注目しているのに、彼女たちはそれが日常であるように、笑顔で話していた。
――彼女は、今なんと返したのだろう? 自分が話すことで精一杯だった僕は、守谷静穂が返答した言葉全てを聞き流していた。
ふと意識を戻した時には、煌びやかな衣装が背中を向けていた。番組のフロアディレクターが、控え場所はこっちだと、急かすように手招きしている。
「ねえなんでインタビュアーが守谷なの? 星野ちゃんにしろって言わなかったっけ?」
「いや……番組としてはインテリキャラで売ってる守谷さんの方が、映りが良くて……星野さんはキャラじゃないというか……」
「はぁー? 金出してるの星野ちゃんが映ること前提なんだけど? 今からスポンサー契約白紙にしてもいいんだよ?」
そんな会話を耳に挟んだ。星野さんのガチオタは民度が低いという噂を聞いたことはあったが、それは本当のことらしい。こんなおっさんに笑顔で握手するのも、精神にくるんだろうな。
「はい、次に文学学院高校の園田くんにお聞きします。今回の意気込みを教えてください」
「しっかりとしたプレゼンで、本の魅力をアピールできればと思います」
「楽しみにしています。頑張ってください」
眼鏡をかけた色白の男子生徒が、笑顔で受け答えていた。これが、僕の対戦相手である。持ち前の頭の良さで分析した作品を、的確なスライドと論述が織りなす方程式へと導く。もちろん、その先に待っているのは勝利。彼は勝てる作品しか選ばないし、その勝ち方を知っている。確かここ一年の成績は、負けなし。今回も勝ちにこだわってくることは、予想できていた。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.181 )
- 日時: 2018/04/30 13:15
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: sxAu/esU)
「それでは、大変長らくお待たせいたしました。これより、全国高校生ビブリオバトル決勝戦を開始します。先攻後攻は、事前のくじにより決定されており、先攻が園田くん、後攻が佐藤くんとなっています。それでは先攻の園田くん、準備ができたら教えてください」
一瞬で雰囲気が変わった。緩んでいた糸を、誰かがピンと伸ばしたようだった。今、このスタジオには園田がスライドを準備するために操作する、パソコンの稼働音しか聞こえない。騒いでいたスポンサーも、小声で話していた雛段芸人も、豪華な照明でさえも、黙っていた。自分の呼吸音が周りに響いていないかと息を潜め、始まりの瞬間を待つ。手指にはしる震えは甘美だった。許されたものにだけ与えられるプレッシャー。上の大会に行けば行くほど、ますます甘く、蠱惑的に、失敗しろと誘ってくる。極限まで張りつめた静寂が生み出す、挑戦者への問いかけなのかもしれない。
お前はこの煌びやかな場に、相応しいのか?
「できました。始めてよろしいでしょうか」
「では、開始いたします。五分間のプレゼンテーションを始めてください」
スタジオの真ん中に置かれた電光掲示板が、カウントダウンを開始した。
「自分が今回、紹介したい本はこちらの『リグレット・スタート』です。今年の三月に発売され、話題となったことから記憶に新しいでしょう。『虚構』で日本ミステリー大賞を受賞した作家の描く、異世界ファンタジーのお話です。ミステリー作家が全くジャンルの違うファンタジーを書いたとき、何が生まれるのでしょうか?……」
彼のプレゼンを頭から追い出すべく、これから話す内容を頭の中でもう一度反芻する。題名、あらすじ、アピールポイント、世界観、キャラクター、エピソードトーク。基本的な構成通りに語るならその流れ。でも初めて出会ったときの感動と、救いをどうにかして観客に届けたい。その想いで書きあげた最後の台本は流れを全部無視した。最近は彼のようにソフトでスライドショーを作成している人が多いが、友達に薦めるように、全て言葉で語ろうと思っていた。
ブーと大きな電子音をたてて、カウントダウンが終了する。五分間は話すと長いが、待つにはあまりにも短い。プレッシャーが僕を舐めているのが分かる。
震える足で、スタジオの真ん中に設置された段へと登る。カメラが一斉に僕を見る。ライトがすべて僕を照らす。
生放送の今、僕だけに注目が集まっている。スタジオも、テレビ越しも、僕の一挙一動を見ている。
「……準備はありません。いつでも始められます」
園田が驚いた顔を見せたのが、視界の端に映った。でも、もう関係ない。僕は、僕が言いたいことを言うだけだ。
「では、開始いたします。五分間のプレゼンテーションを始めてください」
大丈夫、緊張になんか、呑まれない。
「僕が今回紹介するのは『移ろう花は、徒然に。』という短編集です。きっとみなさん、この本がどんな本なのか、ご存じないでしょう。なにせ、現在は書店で取り扱ってません。運よく、在庫があれば取り寄せできるでしょう。有名な賞にノミネートされたことも、ベストセラーになったこともありません。それでも、この本を薦めたいと思いました。なぜなら、この本と出会ったからこそ、この場所に僕が立っていられるからです」
いったん言葉を切った。二十秒。少し早口で喋っている。
「この本と出会ったのは、高校一年の夏でした。当時僕はいじめを受けていて、毎日、本を読むことが楽しみだったのに、それすら苦痛になっていました。何をしても楽しくない。どこにいても息苦しい。生きているだけで、どうしてこんなに辛いんだろう。そう思いながら過ごしていました。あの日は、とてもよく晴れた休日でした。行く当てもなく、ただ息苦しくて、街をふらふらと歩いて、たどり着いたのが書店でした」
今でも鮮明に思い出せる。考えるだけで胃が痛くなる。でも、今は語らなくてはいけない。五十三秒。
「黒い背表紙に印刷された題名。それは、暗い色のグラデーションにホログラムの加工がされた装丁でした。どうして惹かれたのかは分かりません。でも絶望していた僕にとって、それは美しく、心惹かれるものでした。久々に、面白そうな本を見つけたというワクワク感を味わった気がしました。ずっと、忘れていた感覚です。単行本で、値段は一二〇〇円。当時はお金がなくて、きっと違う時に見つけていたら買っていなかったでしょう。でも、あの時は不思議と即決でした。気がついたらお会計が終わっていて、袋片手にまた街をさまよって、家に帰って、本を開きました」
一分三十ニ秒。練習通りに言えている。
「どれも、人の感情を綴った物語ばかりでした。人の心に棲みつく仄暗い感情を、繊細に描写した世界観にあっという間に呑まれました。そして、痛みを抱えた語り手に共感したんです。あぁ、僕と同じだって。作者は僕のことを見ていたのだろうかって。どうしようもなく、吐き出せもしない胸の痛みを、今すぐに無理に治そうとして余計に傷つかなくてもいい。もっと楽にしていいんだって思ったんです。登場人物たちが必ず救われるわけでもありません。ただ、彼らの悲痛な心の痛みと叫び、想いが伝わってきます。かと思えば、揺れる恋心が綴られていたり、幻想的な神話の世界が描かれていたり、時折、ふと明るい感情に気付かせてくれるようなお話も収録されています。誰もが心に抱える暗い部分を浮き彫りにして物語を描くから、きっと人は選ぶけど支持する人も多いのでは。この本が全然知られていないから、読まれる機会が少ないだけで、もっと評価されていい作品だと思います」
まっすぐ前を見つめて、語りかける。全員に届く必要はない。僕と同じように、心に闇を抱えた人に届けばいいんだ。三分五秒。
「こう聞くと、病んでいる人が楽しめる作品なのかな、と感じる方も多いと思います。ですが、純粋に作者の描く世界観を楽しみたいという方にも強く薦めます。物語は心情描写と情景描写が中心の一人称で構成されたものが殆どで、するりと物語の中に落ちていく感覚が味わえます。まぁ正直、この本がどれだけ多くの方に刺さるかは、僕も分かりません。でも、ビブリオバトルというのは本来、自分が好きな本を人に薦めるという目的で始められたものです。最後の大会ぐらい、本当に自分が誰かに読んでほしい、薦めたい本を紹介してもいいかな、と考え、勝てる本は選びませんでした」
三分四十秒。もうすぐ終わりだ。
「『花。それは煌めく感情の物語。』この本はそんな扉言葉で始まっています。読み終えた後に、もう一度、その言葉の意味を考えてみてください。これだけじゃなく、短編それぞれの冒頭一行には、作者の考えが詰まっています。読んだ後に、作者が何を考えてこの物語を描いたのか。彼はそれを考えることを追想像と呼んでいるそうです。どうか、この本が誰かの心に刺さりますように。以上で、僕の紹介したい本『移ろう花は、徒然に。』のプレゼンテーションを終わります。ありがとうございました」
一歩下がり、深々と礼をした。残り時間はまだ四十秒近く残っていた。いつもだったらまだ何か言えることはないかと、言葉を探すだろう。でも、この本はもうこれで良かった。言いたいこと、伝えたいことは全部言い終えたのだから。
相変わらずスタジオは静寂に包まれていた。豪華絢爛、というよりは厳かな煌びやかさだった。誰もが待っている。この対決の勝者はどちらなのかと。
「お二人ともありがとうございました。それではCMのあとに、結果発表と講評に移りたいと思います」
その言葉で緊張が一気にほどかれた。スタジオの中にフワッと柔らかな空気が流れ込み、張りつめた空気があっという間に緩むのを肌で感じていた。ふーっと大きく深呼吸をする。晴れやかな気分だった。勝敗とか最早どうでもいいんだなって感じている自分に少し驚きを覚えつつ、部員たちがいるスペースへ戻った。
「外いってくるわ」
「結果発表これからだよね? いなくちゃいけないんじゃないの?」
「知らねーよ。僕がいてもいなくても結果は変わらないんだしさ。まぁ人が探し回ってたら連絡して。戻るから」
ごちゃごちゃ騒ぐ副部長を置いて、スタジオから出る。そのまま非常階段の扉を開けて、外の空気に触れた。不気味なほど深い青空が見えた。ほんのり憂鬱を香らせる青だった。でも、それを跳ねのけるほど僕の心は軽やかだった。ポケットに入れたスマホが振動していることとか、大会はまだ終わっていないこととか、生放送は収録中だとか、何もかもがどうでもよかった。
これから、何をしようか。少なくとも準優勝の景品で図書カード一万円分がもらえるはずだし、目についた本を片っ端から買ってみようかな。装丁だけみて買ってみるのも楽しいかもしれない。園田が薦めてた本もまだ結局読めていないから読みたいけど、それは借りればいいかな、とか終わった後のことばかりずっと考えていた。
ふと視線を奥にした。向かいのビルの大きなモニターが、ちょうどあの番組を放送している。もう結果発表は終わって、審査員の講評に移っているようだ。五分ほどしか、まだ時間は経っていなかったらしい。やっぱり、プレゼンの五分間って長いんだなと思った。話しているとあっという間に終わるけど。
「そうですね、佐藤くんの言葉を聞いて、世の中にはまだ私の知らない物語がたくさん眠っているのだなと、改めて思いました。たくさんの方と関わらせていただいていますが、私の言葉で誰かが不快に思っていないか、傷ついていないか、不安に押しつぶされそうになることもあります。そういった気持ちは吐き出せず、ため込むうちにある日突然プツンと切れてしまう。物語というのは、一時的にそんな暗い感情を忘れるために浸る世界であると、私は考えています。敢えて、暗い物語に救いを求める、という発想は少なからず感じていたことで、この本にはそれに近いものがあるのかなと、興味を惹かれました。ぜひ、読ませていただきたいです」
守谷さんだ。車の通行音や人の話し声、都会のノイズで溢れかえった空間で唯一クリアに聞こえてきた声だった。誰かに向かって話すことを意識している人の声は、聞き取りやすいと聞いたことがある。
良かった。僕の言葉は、薦めたかった本は、誰か一人には届いたらしい。
「最後になりますが、改めて、優勝おめでとうございます」
――図書カードは五万円分もらえるようだ。
*
なぜか自創作を作品内で宣伝するという鬼畜構成になりました。内容を半分ぐらい捏造してます。ごめんなさい。
なんで宣伝しやがってんだこの野郎という意見は運営に確認済みなのでしないでくれよな。
執筆にあたり、三森電池様のキャラクターをお借りしました。こちらも本人公認なので(ry
普段より砕けた言葉選びを意識しました。そのぐらいかなー。ではこの辺りで。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.182 )
- 日時: 2018/04/30 17:15
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: .RsV9lMQ)
この投稿をもちまして、第5回 絢爛を添へて、 を終了させていただきます。
皆様が創意工夫し、ギャグコメディ路線以外にも様々な道を切り拓いてくださり、楽しく読ませていただきました。欲を言いますと、似たり寄ったりの中にも、少し差別化が図られているとなお面白かったかもしれません。
*
アンケートについてのご協力をお願いしたいと考えております。
内容としましては、今までの添へて、を振り返り、皆様がどのように感じていらっしゃるのかという点を、教えていただきたいと考えております。
該当する数字を選んでいただくだけではなく、それぞれの項目毎にフリースペースを設けますので、そのように思う理由などを記載していただけると嬉しいです。
詳細につきましては後ほど作成致しますスレッドをご参照ください。
運営一同
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.183 )
- 日時: 2018/05/03 23:02
- 名前: かるた◆2eHvEVJvT6 (ID: QH.Qw1B6)
前回感想が書けずそのまま終わってしまいましたので、大変遅くなりましたが感想を失礼します。現在アンケートスレのほうで感想の期間の議題が出ていましたが、まだ最終的な結論が出ていないみたいなので、感想をこちらに失礼いたします。もし駄目でしたら削除致しますので遠慮なくお申し付けください。
このタイミングで前の感想という変なことをしてしまい申し訳ないです。好きな作品を絞らせていただきまして、短いですが読者としての感想を書かせていただきました。
□浅葱 游様
浅葱さんの「手紙」という題材の短編はとても見てみたかったので、今回読むことが出来てとても嬉しいです。
二人の手紙の内容、何気ない日常の切り取りの中に一緒にはいないけれどお互いの存在が鮮明に表れているのが分かり、とても胸が痛くなりました。手紙の中での語りでお互いがお互いを大切に思っていることが分かり、愛ってこんなにも切なく苦しいものなのだと実感しました。世界が二人を愛してくれることを願います。素敵な作品を読ませていただいてありがとうございました。
□通俺様
初めまして、通俺さんの小説は他の小説板の方で読ませていただいておりまして、言葉の紡ぎ方がとても素敵だなと思っておりました。今回の作品が個人的にとても癒されましたので、感想を失礼いたします。
読み終えて一番にやっぱり例の動揺を歌いました。小さい頃ずっと歌っていた曲なのでとても懐かしかったです。手紙と言えば山羊ですよね、この小説を読んでそうとしか思えなくなりました。
山羊さんの鳴き声ひとつで感情が分かるというか、色々な「めぇ」がとにかくかわいく個人的に一番好きなのは「ぶぇー」と手紙に食いつきながら鳴くこの鳴き声。とても可愛い。起承転結がしっかりしていて落ちも面白い、素敵なSSだなと思いました。素敵な小説を読ませていただいてありがとうございました。
□あんず様
どうしてあなたはいつも私を泣かせるのでしょう。なにこれ、しんどい。
彼が死ぬとわかっていて、それでも彼女は彼の願いである手紙を書き続ける。彼が死んでも寂しくないという嘘をつく彼女の感情が、彼女の動きや周りの描写でこちらに伝わってきて本当泣きました。伝えられなかった彼女の気持ちは、もう彼に伝わることはないけれど、やっと彼女の本当の気持ちを吐き出せたのだろうなと思い、とても嬉しかったです。彼女が書いた彼の遺書は、彼への最初で最後の告白だったのかなと思いました。好きです。
□ヨモツカミ様
作品の雰囲気がメルヘンっていうか可愛らしくてとても好きでした。ため息をつくと幸せが逃げちゃう、と似た描写がありましたが、そこがとても好きです。幸せってお星様みたいに空に飛んでいってしまうのかな、キャンディみたいにポロポロと下に落ちていってしまうかな、ここが本当好きです。ヨモさんのこの比喩の表現がめっちゃ好きです。
花言葉を調べながら読んでいると、「わたし」のアリスちゃんへの気持ちが直に伝わってくるようでしんどかったです。花言葉って素晴らしいなって、この短編を読んで改めてそう思いました。
□雛風様
初めまして、かるたと申します。作品読ませていただきましたので、感想失礼いたします。
発想が豊かで素敵だなと思いました。手紙という一文に食われることなく、その文に沿いながらもオリジナルのお話を紡いでいるところがいいなと思いました。文章も読みやすく、わかりやすいなと思いました。
ただSSと考えると設定を詰めすぎで読者が置いてけぼりになる可能性があるかもしれないなと思います。こういう内容たっぷりの物語ならもう少し長い文章で見てみたかったなというのが本音です。起承転結のジェットコースターって感じでした。文章はとても読みやすくて好きでしたので、次の作品を楽しみにしております。
□黒崎加奈様
今回の中で一番私の好みの作品です。加奈さんは本当に文章がお綺麗で、心を動かす文章を書かれるのでもう好きです(告白)
語り口調の地の文で「君」への気持ちがとても悲しく、苦しく、ただ只管に胸がぎゅっと締め付けられました。想いを告げることすらもできない彼の気持ちが直に伝わってくるようで心が痛かったです。
彼が書き綴る「君」への手紙は、彼の思いの全てなんでしょうね。彼女に伝わることはなくとも、彼の思いをすべて吐き出せたらいいなと思いました。どうか彼には幸せになってほしいです。
本当の本当に辛かったです。でもこういう話めちゃくちゃ好きです。
□メデューサ様
読んでる最初は一応違和感があったんです。あれ、ん、え、ってなって多重人格か、っていう納得。
同居人っていうから別の誰かと勝手に頭が解釈しちゃうんですよね。まさか同じ人物だとは。
目の前にいるのが他の誰かの彼女だとしても、結局は自分の彼女になっちゃうんですよね。違和感仕事しました。一回目では頭にクエスチョンマークがいっぱい浮かんだんですが、読み返してみるとまぁびっくり。何で気づかなかったんだろう私、とすごいすっきりしました。
こういう風に仕掛けをいろんなところに伏線のように張り巡らせたメデューサさんの文章が私はとても好きです。また次の作品も楽しみにしています。
□日向様
あなたの文章が死ぬほど好きという話は前もしましたが今回もさせてください。好きです、愛してます。
一見、硬い文章に見えるのですが、もう読みにくさなんて何それってくらいスラスラ頭に入ってくるこの文体がもう好きです(好き好き言い過ぎ) 言葉選びのセンス、台詞回し、これは日向さん独特の良さが出ていていいなと感じます。ところどころぷっと吹き出してしまう地の文や、登場人物の喜怒哀楽が短い文章でも沢山伝わってきてよかったなと思いました。あなたの文章がとても好きでしたありがとうございました。好きです。食事誘えたらいいですね!!!
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.184 )
- 日時: 2018/05/20 20:26
- 名前: ねぎツカミ (ID: byMhs1i.)
▶第五回参加者纏め
>>160 河童さん
>>161 さっちゃんさん
>>162 刹那さん
>>163 羅知さん
>>164 奈由さん
>>165 ジャンバルジャンなんじゃん!?さん
>>166 通俺さん
>>167 ねるタイプの知育菓子 さん
>>168 貞子/薬物ちゃんさん
>>169 ヨモツカミ
>>171 腐ったげっ歯類さん
>>172 浅葱 游
>>173-174 神原明子さん
>>175 狐憑きさん
>>178 かるたさん
>>179 メデューサさん
>>180-181 黒崎加奈さん
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.185 )
- 日時: 2018/05/20 20:28
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: byMhs1i.)
*
■第6回 せせらぎに添へて、
名前も知らないのに、
*
開催期間:平成30年5月20日~平成30年6月10日
*
おかげさまで、第6回の開催となりました。
こんかいは、初めの一文に続けていく形で文を作ってくださればと思います。
ex)名前も知らないのに、私にはこの人が大切だと分かった。
のように、読点以降をお好きに作成してください。
期間は3週間となっております。
皆様のご参加、楽しみに待っております。
運営一同
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.186 )
- 日時: 2018/05/21 16:17
- 名前: 芋にかりけんぴついてるよ、髪っ (ID: gtaaP0ko)
名前も知らないのに、どうしてこんなに懐かしい。その剣と僕が出会ったのは、きっと運命だったように思う。
錆の赤茶色に亀裂が走る。まるで死んでいたみたいだった剣が、長い眠りから目を覚ましつつある。握りしめた柄はとても暖かく、すぐ先刻まで誰かが握りしめていたようだった。
刀の鍔の中心に嵌まっている紅玉が、激しい光を発して周囲を明るく照らし出した。城の裏にある祠の最奥、消えぬ篝火だけが照らしていた、薄暗かった大広間の中心から放たれた光はその空間全体を真昼のように明るく照らし出した。
まず初めにその身を包む枷を外したのは柄の部分であった。僕の握りしめる掌の中で、薄く張った被膜が弾けた。中からは目も眩む眩い黄金の閃光を放つ伝説の金属。
刀身を覆いつくした赤茶色の錆に走る亀裂はどんどん増え、どんどん細かくなっていく。それは当然無機物であるというのに、拍動が聞こえてくるようでならなかった。生きているかのような存在感が、掌を介して僕に訴えかけてくる。まさしく卵だと言えるだろうか。殻を破り生まれ変わる、今目の前で起きている光景はその前兆に思えてならない。
罅割れた表皮から、内部に迸る強い光が同様に漏れ出していた。今度吐き出しているその強い照明は、あまりに深く、しかし澄んだ青。快晴の空の下、空の奥の奥、その深奥を覗き込んでようやく見える、底知れない群青が刃から溢れ出ていた。
伝承は本当だった。嘘など一つも含まれておらず、神話でもお伽噺でもない。王家に伝わる眉唾物の、聖剣にまつわる武勇伝。初代の国王が為した栄光は、決して誇張でも何でもなく、実話だったのだと理解した。
松明の光だけ受けて育った苔が地面を斑に染める岩肌が次々と露わになる。先ほどまで、絶望が覆いつくしたこの地はあんなに暗かったのに。今ではまるで希望と言う名の烈火が明るく輝いている。
僕の身体はと言うと、正直もうボロボロだ。ここに至るまでの道で、【アイツ】からどれだけいたぶられたことか。王家お抱えの鍛冶職人特性の甲冑は、凹んだり穴が開いたりと随分痛めつけられたし、擦った頬の傷からは血が流れっぱなしだ。身体中疲労で困憊しているし、今にも筋肉痛で倒れそうだ。
それなのに、どうしてこんなに湧きあがる。腹の底から立ち上がる力が、立ち向かう勇気が、とめどなくだ。何が僕の背中を押す。誰が僕の背中を支えている。そんな物、問う必要なんて何処にもないのに僕は、確かめずにはいられない。
陽の光が届かない祠だというに、聖剣が眠っていたこの大広間は晴天下のバルコニーのごとく明るい光に照らされていた。それはきっと、通路の向こうで僕を見失った【アイツ】にも届いていた事だろう。
【アイツ】が地面にその足を振り下ろす振動が、その腹が地を這い岩盤を擦るその声がゆっくりと近づいている。ガラガラと、奴の身体が引っ掛かったからか祠の狭い通路が崩壊する倒壊音。
次第に、その息遣いまでもがこの空間へと届き始める。近年開発された機関車の蒸気が漏れ出るのに似た大きな呼吸。蛇が威嚇する声をそのままとびきり大きくしたような、そんな声。
斑に緑色が差し込む灰色の岩肌が四方を囲う通路。闇があんぐりと口を開けているような暗がりの向こうから、翡翠のような美しい眼光が二つ。あの凶悪な生き物からは、想像できないほど、穢れ無き珠は眼光鋭く瞬いている。
闇に潜むその姿が見えないのは当然の事だった。その体表は、刃のような鱗は、槍のような爪は全て、夜と同じ黒色に染まっていたのだから。狭い道筋を壊しながら突き進むその怪物は、ようやく得物を見つけたとその目を細めた。闇に潜むエメラルドが、真円から三日月となる。
這い出てきた邪竜を目にし、僕はより一層【アイツ】への敵意を高ぶらせた。現れたのは四つ足の龍だった。トカゲのようにヒョロリと長い体は、僕の背丈十人分ほどはあるだろうか。身体こそ細長く見えるが、その歩み方はむしろ、ワニに似ていた。その顔も、発達した顎も、鋭利すぎる牙もワニと極めて酷似している。
ワニとの違いを挙げるとするなら、目の丁度後方の辺りからヤギのような角が伸びている辺りだろうか。斜め後ろに突き出したその巨角も、斬り落とすだけで重槍となりそうな程の凶悪な代物だ。
吐く息は燃え盛る業火よりもさらに熱い。牙の隙間から漏れ出た空気は紅蓮の火の粉を孕んでいた。全身が分厚い鎧のような表皮に覆われており、その背中、腕に脚、そして顔はと言うと皮の上から強靭な鱗にも覆われていた。鱗一枚一枚が職人手製の短刀ほどの切れ味と、鍛冶屋渾身の盾のごとき耐久力を誇っている。
存在そのものが歩く強大な要塞というべきだった。邪竜、それは聖剣の伝承、その一章に現れる悪魔の使者。吐き出す吐息は森を焦土にし、その爪牙はあらゆる城壁を粉砕し、奴の這いずった野山には虫の一匹すら生き永らえはしないと言われる、大いなる力の権化。
それこそが、僕を追ってこんなところまでやって来た巨大な龍の正体だ。翼があるからには飛ぶのだろうけれど、その様子は誰も見たことが無かった。細い体の上部の方に、一対の大きな翼がある。膜が張ったようなその翼は、鳥と言うよりむしろ蝙蝠。
一体どれほどの肺活量なのであろうか、奴が思い切り息を吸い込むと、強い気流に体が引かれた。鳥の嘴に開いているものとよく似た形の鼻孔からも、牙の生え揃った口からも、貪欲に空間全てを啜るように大きく一息。
そして吸い切った後、しばらく口を閉じたかと思うと、蛇のような首を大きくもたげて、吐き出すように怒号を叩きつけた。取り込んだ空気全てを吐き出す咆哮が祠の中に響き渡った。脆そうな地盤までもビリビリと強く振動し、このまま倒壊してはしまわないだろうかと不安になる。
けれども、神聖なる力に護られているからだろうか、強く岩肌が震えこそしたものの、天井が崩れ落ちるような様子は微塵として無かった。
鎧が軋み、僕は思わず剣を手にしたまま両手で耳を塞いで立ち尽くす。それでも、奴からは目を離してはならないと、猛り狂う邪竜に気を配り続ける。奴が軽く腕を振り下ろすだけで殺されても可笑しくないのだから。
しかし邪竜にとって、この爆発のような咆哮は別段攻撃の意思など何も無かったらしい。ただただ、これまでネズミのように逃げ続けた僕をようやく追い詰めたことに、募っていた苛立ちをぶつけただけ。勢いよく吐き出された息には肺の中に潜む業火が踊っていた。空中に真紅の炎が螺旋を描く。一しきり苛立ちを吐き出し終えたその龍の口からは、真っ黒な煙がたなびいていた。
伝承においてこの邪竜は魔王の配下、ある上級悪魔の遣いとして円卓を統べる騎士王の前に立ち塞がった。
苦戦し、今にも折れてしまいそうな王の前にその剣は現れたという話だ。どれほどの業火にも屈さない、金の極光を放つオリハルコンの柄。万物を斬り裂くアダマンタイトの刃。そして全てを見通す賢者の石が、伝説の金属を繋ぎ止めている。あらゆる邪なものから持ち主を護り、障害まみれの道を切り拓く伝説の剣。
この剣の名前は伝わっていない。だから僕にとっても、知らないはずなのに。
いつしか僕は、この剣の名前を理解していた。
這いずる龍が、胴を引きずった跡を地面に残し此方ににじり寄ってくる。遠巻きに眺めると緩慢な動きに見えるが、その体躯が家のような代物であるがゆえに、思った以上に素早い。
あっという間に僕のいる辺りまで近寄ってくる。青白い光を放ち続ける聖剣。刃を覆う錆はほんの少し振り抜くだけで全て舞い散ってしまいそうだった。
石の台に突き刺さった剣。その剣は僕がほんの少し力を入れただけで、するりと玉座から立ち上がった。大地から抜き取った勢いそのままに、切っ先で天を指し示す。
そしてそのまま振り下ろす。前方の何もない空間を試し斬りするように、鋭い一閃がピュンと鳥みたいに鳴いた。途端に、名残惜しくへばりついていた残りの錆が舞い上がった。ようやっと、長き眠りについていた建国の剣が覚醒する。旧敵の思い出をなぞるような龍の姿に、些か聖剣も驚いたのだろうか。一瞬手触りが堅くなったが、すぐさま掌にぴたりと吸い付く。同時に熱を帯び始め、昂っている様子が僕にも感じられた。
>>187へ
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.187 )
- 日時: 2018/05/21 16:16
- 名前: 芋にかりけんぴついてるよ、髪っ (ID: gtaaP0ko)
もしかしたら僕は、これから単にご先祖様の道程をなぞるだけなのかもしれない。だけどそれでも、僕は僕だ。血統だけだと蔑まれる日々もあったかもしれない。頼りない跡取りだと親に嘆息される日々もあったかもしれない。
だとしても、認めてくれた人は沢山いた。教育係のじいさんも、庭師の親父も、剣の師である彼女も、僕らしさを認めてくれた。父達はむしろ、初代国王と同じ武勇を積むことを誇るのかもしれない。けれども中には僕が僕らしく道を進むことを認めてくれる人もいるだろう。
そんな人のために送ろうじゃないか。誰のためでもない僕のための、聖剣伝説を。最初から立派で、誰よりも強い騎士が魔王を倒しに向かうのではない。気が弱い僕が聖剣に支えられながらも、強くなりながら進んでいくその足跡を知らしめるんだ。
三本指と鉤爪とが振り上げられ、直後勢いよくこちらに向かってきた。慌てることなく地を蹴り、避ける。驚くほどに体が軽かった。あんなに重いと思っていた甲冑が今や肌着のように体に馴染み、一切挙動の邪魔にならない。
彫刻刀のように尖った爪が、易々と地面を引き裂いた。爪が眼前を横切ると同時に突如押し寄せる血の匂い。墨のような純黒に塗りつくされた龍の体躯で、唯一汚れた赤茶色。一体その爪で、いくつの命を奪ってきたのだろうか。
この国の、僕が護るべき民草もきっと、何人もこいつにやられてしまったのだろう。みすみす見逃してしまっていた自分が情けない。有事に立ち上がることもできない今までの自分が、口惜しかった。
再びと言うべきか、邪竜は大きく息を吸い込んだ。しかし先ほどとは全く違う、肌が焦げ付きそうなほどの熱気が漏れ出ている。浴びれば即座に灰と化すであろう。僕のこの身も鋼の鎧も。
しかし剣は僕に語り掛ける。その名を呼んでみろと。さすればより強い力を与えられる。言葉が聞こえた訳じゃない。けれども刀がその鋼の中に秘めた意思が、脳裏に流れ込んできたのだ。
だから僕は、彼の名を呼ぶ。伝説の王が手にしたという、悪を斬るために生まれた開闢の剣。
カリバーン。そっと呟いて、そして。
首をもたげた龍が、ワニのように長い顎を開いて、大きく吐息をぶつけてきた。可燃性のガスの嫌な香りと、押し寄せる紅蓮の炎。熱気が伝播して肌を、喉を、毛先をじりじりと焼き焦がす緊迫感。
けれども臆せず、握りしめた剣を一閃。その一太刀は、名を呼ぶ以前の剣術とは、全くその質が異なっていた。
万物を裂く紺碧の刃が燃え盛る火炎を両断する。渦巻く炎がその中心から真っ二つにされて、僕を避けるように広がったかと思うと、力は霧散して空気中に消えていった。
刀身から光となって漏れ出るばかりだったエネルギーの漏出は収まっていた。代わりにその力は僕の身体の中に取り込まれる。その聖剣に込められた力を注がれた僕は、まるで自分が自分で無くなったよう。
あれほど疲れ切っていた脳が冴え渡っていく。あれほど動かすのが億劫だった脚が、腕が、走り回りたいと声を上げている。堪え切れぬ思いに突き動かされているのは僕の身体だけじゃない。僕が握りしめる彼もまた、武者震いが止まらないのか身の中心に座した紅玉を瞬かせていた。
柱みたいに太いのに、鞭のようにしなやかな尻尾が一薙ぎ。さっきの爪以上の速度で迫ってくる。しかしその鞭打は容易に見切れた。平時なら、従弟の剣筋も見切れないというのに。
きっと今までなら、黒い線が走ったようにしか見えないその薙ぎ払う尾も、今の自分にはその鱗の一枚一枚、そして棘のような突起物が規則正しく並んでいる様子まではっきりと見て取れた。聖剣の腹で受け止め、いなす。僕を打つこともなくその尾は、明後日の方向へ誘導された。
簡単に受け流されたのが理解できなかったのだろう。逃げ惑うだけの僕を侮っていたこともあり、その目には今や強い怒りが宿ったことを感じ取った。
先ほどは爪を振り下ろすだけだった奴は、今度は地面に前腕をびたりと付けた上で、地盤を抉りながら一帯を薙ぎ払う。尾の時と同じように剣の側面を盾にして受ける。あの強固な爪でも、強靭な腕力でも、カリバーンは刃こぼれ一つしようともしない。僕の身体も、ちっとも音を上げる気配はない。
そのままぐるりと、体の割に小さな指が僕の身体を掴もうと周囲を囲う。縄が締め上げられるように、僕を囲ったその三本の指が迫ってくるも、握りしめることは能わなかった。
剣を上方に振り抜いた。同時に、龍の指が根元から断ち切られて地面を転がる。黒く汚れた、タールみたいにどろどろの血が傷口から溢れ出す。瘴気を放つほどにその血液は禍々しい。
片手全ての指が落とされた激しい痛みに、苦悶の絶叫を荒げた龍。その天を衝く号砲はまた、祠全体を揺らして見せた。
しかし、一瞬の後に痛みが憤怒へと転換する。矮小な存在に体を斬り落とされた事実が苛立たしくてしょうがないらしい。歯茎まで剥き出しにし、ザラザラの舌を見せつけて、四つ足で地を這っていた奴は、後ろ脚だけで立ち上がった。そのまま二歩、三歩とこちらに近づきそのまま、僕を全身使って押しつぶそうと倒れかかってきた。
篝火の光を受けた龍の影に全身飲み込まれる。後ろに退くのも間に合わず、前に進んでも結局ぺちゃんこになるだけ。八方塞がりに見えてしまう。
けれども、誰かが僕に呼びかけていた。退避する道はまだ残されている。上方見上げ、天井が見える隙間を見つけた。
顔と肩、そして翼とが上方から押し寄せてくる。しかし、それでも埋め尽くすことのできない隙間は開いていた。その間隙目掛けて跳び上がる。その首のすぐ脇を抜け、凧のような翼に当たることも無く上空へ跳躍し、邪竜が誰もいない大地を押しつぶすのを眼下に見届けた。
そして僕は、落下する勢いそのままに、鱗ごとまとめて斬り落とさんと、その首目掛け刃を振り下ろす。きっと不格好な剣の筋であっただろう。しかしそれでも、魔を打ち砕く剣光一閃。瞬いた一筋の群青の軌跡が鱗に守られたその首を捉えた。
金属のぶつかり合う甲高い音が、全方を壁に覆われたその場に鳴り響く手強い反発が僕の手をも震えさせるが、それでも退く訳には行かなかった。より一層力強く柄を握りしめ、戦う理由を再確認する。
小さい頃から何度も見てきた、城下町の景色。朝日が昇りゆく黄色い空も、夕日の沈みゆく橙色の空も、曇天に色あせた街並みも、全てが愛おしい。年に一度の豊作を祝う祭りに笑う人々の顔は瞼の裏に焼き付いて離れない。
そうだ僕は、彼らを護るために剣を取るんだ。再確認と同時に斬撃が勢いを増した。固い鱗も堅牢な皮をも意にせずして、聖剣から迸った光がその首を端まで断ち切った。
首を斬り落としたため、黒き龍は死に際の声を上げることも無く大地を押しつぶしたそのままの姿で、地に伏したまま動かなくなった。頭が落ち、そのせいで鈍い音が鳴り響く。首から噴水のように噴き出る血の勢いは、先ほど指を落とした時の比ではない。
討ち取ったというその事実がにわかに信じられなかった。観衆もいないため、僕が勝っても別段歓声など響かない。けれども確かに、僕はこの剣と共に立ち向かったのだ。この山のように強大で、嵐のように獰猛な、破滅を呼ぶ存在を。
その証拠に、もう動こうともしない巨躯。閉じかけの瞼はそれ以上閉じようともしなければ当然開こうともしない。中途半端な角度で其処に転がる頭を見ていると、よく出来た作り物のように思える。しかし首から先を失った胴体からは、血だまりが波打ち広がっていた。
緊張の糸が切れたためか、聖剣が眠ったためか、急に体が重くなる。ここにたどり着いた時よりも一層広い筋疲労が押し寄せてきた。腕は肩より上にはあがってくれそうにないし、膝が笑って立っているのも困難なほどだ。
何とか聖剣を杖代わりに真っ黒な血の池から遠ざかり、僕は尻餅をついた。衝撃を和らげるほどにもスタミナは残っておらず、尾てい骨から痺れる痛みが駆け抜けた。
あんなに大きなドラゴンを倒したのに、何て情けないことだろうか。結局のところ僕はこのカリバーンにおんぶにだっこ。自力であれを倒したとは言えないのだろう。
初代の伝説ではどうだっただろうか。思い出すまでもなく、こんな風に不甲斐ない様子でへたり込んではいないとは予想できた。
思い出した、龍を討ち取ってそのまま、祝杯を挙げようとその血をグラスに汲み上げ、飲み下したのだ。よくもまあこんな泥よりべたべたした液体を飲もうだなんて思えたものだ。いくら龍の血に強壮作用があると言っても、むしろこんなもの口にしたら死んでしまいそうだ。
別に、僕がこれをわざわざ飲む必要は無いか。
先ほど決めたばかりではないか。これからは、僕なりの聖剣伝説を歩いていくのだと。
ようやく僕は、己に与えられたその名を受け入れられそうだった。赤子の頃あまりに病弱で、それを不安に思った父母から与えられた名前。その名前は、剛健にして屈強な初代の国王の名前と同じものだった。建国の王の強靭な力にあやかろうと付けられた名前。今日を境にして僕はようやく、胸を張って名乗りを上げることができそうだ。
第15代偉大なるブリテンの王、アーサー・ペンドラゴンと。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.188 )
- 日時: 2018/05/22 00:22
- 名前: パ行変格活用 (ID: qA0FB09k)
名前も知らないのに、私は「その子」をじいっと見ていた。
日曜の午後、急にお仕事が休みになったママが、ショッピングセンターに連れて行ってくれることになった。初めて目にする大きな大きな建物、力一杯見上げても一番上が見えない立体駐車場。その中には黒、白、赤、青っていろんな色が並んでいる。車には顔がある、ママが乗ってる車は、目が尖ってて、何だか怒っているみたい。腕を引かれて歩きながら、あの車は目が丸くて笑ってる、あの車はママのとそっくり、怒ってるってはしゃいでいたら、うるさいって何時ものように頭を叩かれた。それを見ていた、おばさん達が何かをヒソヒソと喋っていた気がするけれど、私はママとお出かけができることが幸せなんだ。でもその幸せなんか、全部吹っ飛んでしまうくらいー-ーー、私は「その子」に目を奪われた。
笑っても怒ってもいない、なあんにも浮かんでいない顔。ママが「キャバクラ」っていう仕事に行くときに着るみたいな、綺麗なドレス。長い睫毛、パッチリ開いた目、ピンクのパッケージ。四階のおもちゃ売り場を歩いていた時、私と「その子」は目が合った。ちょうど、私の手に取れる位置にいてくれた。手を伸ばす。指が震えるのを感じた。きれい、きれい。まっすぐで腰まである長い髪、真っ白なドレスには、皺ひとつない。両手に置いて眺めた。「その子」はプラスチックのパッケージ越しにいる。もっと近づきたい、肌に触れてみたい。私は、保育園に行ったことがない。お友達って、こんな感じなのかな。この子が居てくれたら、ママがキャバクラへ出かけて行く夜も寂しくないのに。ねえ、私とお友達になろうよ。箱の中の「その子」に言う。返答はない。無いのは、きっと口元までテープで板に固定されているから。箱の中に入ってしまった私の友達を、早く、私が助けてあげなくちゃ!
セロハンテープを剥がした。箱はぱかりと空いたが、私はどうしても、一刻も早く「その子」に会いたかった、ので、包装ごとぐちゃぐちゃに引き剥がした。初めて髪の毛に触れた。艶やかで、柔らかくて、三日もお風呂に入れてもらえない私とは大違いだった。顔や服を固定して居たテープも無理に引きちぎる、早くその肌に触れたいから。シワ一つ無いドレスを、触った時には感嘆の声が漏れた。わあ、すごい。お姫様みたい、私の友達はお姫様だ。とても小さいお友達の、小さな手を握ってみる。冷たい、けれど、ママが怒った時、私の頭にかけてくる水よりは、あったかい。そのまま私はお友達を手の上に乗せた。ドレスってこんな手触りなんだ。歩きにくくないんだろうか? と思いながら、その長いドレスを引っ張ったり撫でたりしてみた。私も将来ママみたいになれたら、こんな可愛い服を着れるのかな。どきどきしながら、ドレスの裾を上げて行く。私のお友達は、お姫様なのにちゃあんとドレスの下に足があったし、下着もつけて居た。友達。小さいけれど、あなたは今日から私の大事な友達! 嬉しくなって私は、お友達と不恰好に手を繋いで、このおもちゃコーナーを歩いて回ろうとした。ああ、なんて今日はいい日なんだろう。周りのみんなも、私たちを見ている。でも、次第に気づき始める、それは初めてお友達ができた私を、一緒に喜んでくれる目ではなくて、あんなお母さんの元に生まれてかわいそう、なんて言ってきた、あの人達の目。思わず私は叫んだ、お友達と一緒に。もうママに置いていかれて泣いている、ひとりぼっちの私じゃないんだ。
「違う、私はかわいそうじゃない! ママもいるし、お友達もいる! 私はかわいそうじゃない、私は、保育園に行ってないのにお友達ができたの!」
日曜のショッピングセンターともなれば、まあまあそれなりに混んでいる。ママと、パパと一緒におもちゃコーナーにいた男の子達は、逃げるように私から遠ざかって行く。二人組の女の子が、「見て、あの子、リカちゃんがお友達なんだって」と笑っている。
首から何か四角いものをぶら下げたおじさんが、私に優しい声で話しかけてきた。ママはどこにいるかって、とりあえず、お人形はレジの人に預けておいて、迷子センターに連れて行くからついて来てって。もうすぐ、ママに会えるからおいでって言った。私は最後までお友達の手を話さなかったが、おじさんが面倒そうに放った舌打ちがママみたいで、怖くなって、私はその場でお友達の手を離してしまった。人形は床に転がる。
『あー、すいません、すいません、うちのクソガキが。あ、え? あたし? あ、今パチ屋出るとこです。ご迷惑おかけしました、すいませーん』
おもちゃコーナーはあんなにきらびやかだったのに、迷子の子供を預けておく部屋は無機質だ。電話越しにママの声が聞こえる。おじさんは、とがめもせずに、ここの場所と、あと「お友達」の賠償料金を申し訳なさそうに言った。
私は、スカートの裾を握りしめている。
こんにちは!パ行変格活用です!パ変って呼んでください。
やっと時間が取れたので前々から興味のあったスレッドに参加させていただきました( ´∀`)
運営の皆さん、この場を用意してくださり本当にありがとうございます!パ変でした。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.189 )
- 日時: 2018/05/23 01:48
- 名前: 半家毛 剛 (ID: /9ty8.v2)
名前も知らないのに、私は、胸の高鳴りを確かに覚えていた。
天を見事に貫きそうなほどに高く伸びたその姿。カッコよく、お洒落な帽子のように決まったカサ。そして何よりの決め手は、私の食欲。
良い食材がないか、ゴキブリの勢いで家の中を這い蹲る程のやる気でスーパーを巡っていた甲斐があった。ゴキブリって凄いんだな。
「やだ何これ……美味しそう……!」
私はじゅるりと文字通り涎を不衛生極まりないにも垂らしながらそれに近づく。森の匂いがこびりついていて、それが新鮮であることを語っている。それが入ったトレイにナイロンが抱きつくようにキツく巻かれているにもかかわらず、だ。目利きのない私でもこれは当たりだ、と女の勘が働いたのだ。
「え……おま、キノコ?」
「そうよ! キノコ! もー、私ね、このキノコに口説かれちゃったの!! 太郎、今日の夕食はキノコの肉詰めよ」
それ、の正体は逞しいキノコだ。変な意味ではない。食材のキノコだ。さっきも言ったが、このキノコは素晴らしい太さと長さを兼ね備え、良い反り具合を示していた。私たちが求める理想に見合っていた。靴がフィットしている感じに近い。
私の隣では、私の彼氏、いや、悲しくもパシリ要因となってしまった太郎が買い物カゴを持ったまま唖然としていた。というより引いている様子だ。私の提案するキノコの肉詰めよりもピーマンの肉詰めの方が良いわとボヤいている様子である。男のくせに大人気ない。
私たちは珍しくキノコを大人買い……いえ、爆買いした。キノコが商品棚から無くなっていく様を見て青白い顔色になっていく太郎を尻目に、私は「このキノコは美味しいに違いない。私の頭と勘を信用しなさい」と無理矢理言いくるめてやった。私たちの買い物カゴからキノコが生えているのではというぐらいにキノコがカゴに入っていた。キノコの大群さながらであり、キノコが私たち、もしかしたら私だけにかもしれないが挨拶をしているようだ。ほら、キノコって会釈程度はできそうじゃん?
そのまま私たちは肉コーナーに移動して、キノコいっぱいいっぱいのカゴに無理矢理ひき肉を詰め込んだ。因みに、ひき肉へのこだわりは一切ない。だって私は今、この逞しいキノコに恋をしているのだから。
キノコの山を見て満足気に微笑む女と青白い顔でカゴを持つ男の図は、アンバランスの象徴だろうと自分でも思う。現に今、客たちの目は束ねられた糸のように私たち二人に引き寄せられているのがひしひしと伝わるからだ。
「おい花子……まじかよ」
レジの支払い途中、太郎がため息をつきながら言った。精算機が映す商品名がキノコに染まっている。それは、バグを起こしたのではと疑われるほどだと思う。
レジの人が金額を告げ、私は支払い金額ぴったりに支払った。袋がキノコいっぱいのものも何個か出来てしまった。
「おい花子……まじかよ」
レジの支払い途中、太郎がため息をつきながら言った。精算機が映す商品名がキノコに染まっている。それは、バグを起こしたのではと疑われるほどだと思う。
レジの人が金額を告げ、私は支払い金額ぴったりに支払った。袋がキノコいっぱいのものも何個か出来てしまった。キノコの重さを両手に感じられるのが嬉しい。
***
結局、そのキノコが美味しかったかと言われると微妙なラインではあった。ただ、気に入りはしなかったのだろう、その男女が例のスーパーにキノコを買いに来ることは一生涯無かった。
キノコが一瞬にして無くなった例のスーパーはキノコがバカに売れたと異常なキノコの量を仕入れたが、例の男女が買いに来ることもなくいつも通りの売り上げに戻った為に失敗した。代わりに、そのスーパー一帯にはキノコ魔人カップルという名のオカルトのようなものが広まり有名にはなったそうだ。
***
「おい花子! 花子が一推ししてた割には不味くねこのキノコ」
「そうね! 失敗しちゃったわ、次からは買わないようにしましょ!」
私たちは泣く泣く、一気に調理したキノコを食べた。その時は不味いと叩いて、次からは買わないと宣言した。値段もかなり張ってて、高級よりだったから尚更損をした気分だった。
しかし、私は気付いてしまった。あの時、私が調味料を間違えていたことに。
*
初めまして!
半家毛 剛(はげも つよし)と申します! 楽しかったです。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.190 )
- 日時: 2018/05/23 22:11
- 名前: ヨモツカミ (ID: RqAVshZA)
名前も知らないのに、きれいだね、と言う。
数メートル先を征く少年は、聞こえた声に振り返ってから、ようやく自分が1人で歩いていたことを知ったらしい。5歩分ほど後ろで立ち止まって、道に咲いた花を見つめるわたしを、半ば呆れたように見ているから、少しだけ申し訳なくなる。
そのまま先に行ってしまうわけにも行かない彼は、わたしの側まで近寄ってきて、それから深く溜息をついた。
「君さあ、そんなことしてるから皆とはぐれるんだよ? わかってる? 鳥を追いかけてたら迷子になったなんて聞いたときは、ホントに馬鹿なんじゃないかと思ったよ」
というか馬鹿でしょ、と彼は更に追い打ちをかけるようにぼやいた。
わたしと殆ど歳は変わらないはずだし、身長だって親指の先っぽ程度しか変わらないのに、少年は上から目線でそんなことを言ってくる。ムッとして、彼の幼い顔立ちを睨もうとしたけれど、実際わたしが鳥を追いかけて迷子になって、仲間達皆で捜索して、やっと彼が見つけてくれたのだ。完全にわたしが悪いし、馬鹿なのも事実なので何も言い返せない。
眉を下げて、肩を竦めながらごめんなさい、と返すしかなかった。
けれど彼は腰に手を当てて、少し冷たい声で言う。
「僕に対するごめんなさいはさっき聞いた。何度も謝ればいいって話じゃなくて、君がちゃんと反省することに意味があるんだよ? だから、今君がしなくちゃいけない事は、無事に皆のところに帰って、みんなを安心させて、それからちゃんと謝ることだ。いいね?」
仲間達がとても心配していた、という話は、彼に見つけてもらったときに聞かされた。わたしがいなくなったと気付いた彼らが大慌てで捜しに出てくれたらしい。その事実に、きゅっと胸が痛む。
小さく頷いて項垂れるわたしを見つめて、彼がもう一度深く息を吐きながら、今度は少し優しげな声で問う。
「なんで鳥なんか追いかけたの」
「青い、きれいなトリだったの。見つけたらしあわせになれるって、前きいたから……」
「追っかけてどうするつもりだったのさ。投石でもして撃ち落とす気だった?」
「そんなかわいそうなことしない。ただ、ハネを……」
「毟り取る気だったの?」
そんな酷いこと、もっと考え付きもしなかった。慌てて首を横に振って否定する。あんまりに激しく振りすぎて、自分の真っ赤な長い髪の毛が顔をベチベチと叩く。
確かにわたしはどうしたかったのだろう。あんなに綺麗な鳥は初めて見た。だからって、考えなしに喜び、舞い上がって、皆と一緒にそれを分かち合いたくて、追いかけて。でも、その結果迷子になって、心配をかけてしまった。
掌を強く握り締めて、唇を噛み締める。戻ったら、皆はどんな顔してわたしを迎えるだろう。
「わかんない。でも、ごめんなさい」
返事は無かった。
顔を上げるのが怖くて、わたしはしばらく足元の砂利を見つめていたけれど、彼の影が揺らめいたのが見えた。何だろうと思って視線を上げると、少年の手がにょきりと伸びて来て、わたしの頬を摘む。ほっぺを引き千切られる! そう思ってキュッと目を瞑った。
でも、いつまで経っても警戒した痛みが頬を襲うことはなく、軽く摘まれた頬を緩く引っ張られた程度だった。
恐る恐る少年の顔を見ると、優しい笑顔が浮かべられていた。
「青い羽根があれは幸せになれるから。皆に幸せになってほしかった……とか。そんなところだろ? 馬鹿だけど優しいね、君は」
「…………」
どうしてだろう。彼の笑顔が、何処か悲しそうにも見えたのは。
そういえば、彼がわたしを見つけたとき、一瞬だけとても怖い顔をしていたのを思い出した。怖いと言っても、怒っているのとは違う。あの氷のような眼差しは、敵に向けるときのものによく似ていて。敵というよりも、もっと──。でも本当に束の間の事で、わたしと目があった瞬間には、さっきのような悲しそうな笑顔に変わっていた。
あれはどういう意味だったのだろう。
戸惑うわたしを他所に、頬を弄んでいた彼が、そのまま道脇に咲いた花に視線を落としたので、わたしもつられて花を見る。ラッパ形の薄くて優しい青色をした花だ。寄り添うように5輪で固まって咲いていた。近くに同じ花が咲いているということはないので、群れて咲いてるはずなのに、寂しそうに見える。
「これ、リンドウっていうんだよ」
ちょっと驚いて、目を瞬かせた。彼が花に詳しいなんて、少し意外だったのだ。ものしりだね、と感心したように伝えれば、彼はそれを首を振って否定する。
「偶々知ってたんだ。僕も好きだから、この花」
わたしの頬から手を離すと、少年は花の側に屈み込んで、軽く花弁を撫でる。ぼんやりと、何処か遠くに視線を彷徨わせながら。なんだか、懐かしんでいるように見えた。
それから此方に顔だけ向けて、摘んでく? と、短く訊ねてきた。
「ううん。お花だって生きてるんだから、かわいそう」
そ。短く返して、彼は緩慢な動きで立ち上がって、先に進もうとした。けれど、一歩踏み出してからちょっと固まって、わたしの顔をじっと見つめてくる。
彼が何をしたいのかわからないわたしは、目を瞬かせて首を傾げてみせる。どうしたの、と声をかけると、少し迷うように視線を彷徨わせたあと、彼はわたしの手を緩く握りしめてきた。あまり暖かくない手の平だった。日が落ちて、少し冷えてきたから。わたしを探し回っている間に、彼の手も冷えてしまったのかもしれない。
「もうはぐれないように。また気になるもの見つけたら、立ち止まってもいいから」
ちょっと照れ臭そうに目を伏せながら彼はそう言った。ああそっか。手の冷たいヒトは優しいんだって、仲間たちに聞いたことがあったのを思い出す。この温度が、彼の性格をよく表していた。
離さないように握り返して、わたしは笑いかける。
「ありがと」
彼は緩く口角を上げて、わたしの手を引いた。
彼が一瞬だって氷よりも冷たい目をした理由も、すぐに悲しそうに笑った意味も、わたしは本当は知っていたかもしれない。あの目は殺意。あの笑顔は迷いと、優しさ。彼はきっと、わたしや仲間たちに言えない、どす黒くこびり着いた何かを背負っている。でもそれを共有することはできないのだろう。誰だって抱えているんだ。わたしたち、人間じゃないから。
皮膚と皮膚の隙間から、誰にも言えない苦痛が溢れてしまわないように、体中に縫い合せの跡をいっぱい隠したわたしたちは、手を繋いで歩く。お揃いの傷を抱えているのに、繋いだ手と手は別の身体だから、心からわたしたちが繋がることって、無いんだろう。だから彼の手を強く握りしめてみる。痛いよなんてぼやかれて、ごめんねって返す。
近いのに遠い。距離は埋りそうもないけれど。
「皆アケを待ってるよ。帰ろう」
こんなわたしでも受け入れてくれるヒトが、わたしが帰ることを望んでくれるヒトたちがいるから。いつか、あなたがもっと打ち解けてくれる日が来るといい。
「ジンくんのこともまってるよ、みんな」
「そう。そうだと、いいね」
いつか、あなたも帰るべき場所になるといい。
***
くれないバーコード
超自己満足で書きましたー! 随分自分勝手な文を書いたなって思います。ごめんなさい。でも超楽しかった。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.191 )
- 日時: 2018/05/24 17:03
- 名前: 狒牙 (ID: qggtGn0.)
名前も知らないのに、そんな時分から私は、彼のことが嫌いだった。彼の纏う空気が、貼り付けた笑顔が、浮わついた声が、全部私の鼻につく。
誰に向かって告げている訳でもないのに、誰にだって伝えられる。そんな透明な愛ばかり口にしていた。愛と呼んで本当によいのだろうか。その甘言はきっと、誰にだって突き刺さる。これはむしろ凶器だ。冷静な部分だけを殺すナイフ、だから誰もが彼を受け入れてしまう。
しかし私にとって、彼の囁く蜜のような言葉は、言うなれば夏の夜に訪れる寝苦しさのように思えた。暑苦しくて、額の汗を自覚する程に疲れてしまう。しかし圧倒的なマジョリティは、同じものに対し春の陽気さを感じていた。これまで寒いだなんて思っていた分、なおさら。承認欲求を満たしてくれる暖かさが、心地よくて堪らないのだろう。
夏の夜にしたって、春の陽気にしたって、気温として数字にしてしまえば変わらない。それなのにどうして、こうも印象が変わってしまうのだろう。片や飛び交う蚊の羽音にさえ神経を逆撫でられ、片や川のせせらぎに心も安らぐというのに。
「おっ、佐藤ちゃん前髪切った? 似合ってるよ」
口先ばっかでそんな事思ってもないくせに。
「ヒデじゃん。聞いたよー、強豪相手に四失点で押さえたんだって? やるじゃん」
ベンチの連中と、四点も取られてんのかよと笑っていただろうに。
「井上、今回赤点とったんだって? きっついなぁ。まあ学生って勉強だけじゃないからさ、気楽にいこーぜ」
以前鈴木くんには、やっぱ学生の本分は勉強だよなとか口にしていなかったか。あぁ、矢張りと言うべきか、あっちにフラフラこっちにフラフラ、蝙蝠みたいなあの男が気に食わない。
しかし私とてそれをわざわざ咎めるつもりもない。彼がどのように日々を過ごそうとそれは彼の自由だ。私がとやかく言えるような事じゃない。しかし、だ。
「りりちゃん今日も仏頂面だねぇ。笑うと可愛いんだからさ。ほらっ、スマイルスマイル」
しかし、私に話しかけるのだけはやめてくれないだろうか。この男、どの面を下げて私の事を笑えば可愛いなどと抜かしているのだろうな。君の前で一度も笑ったことなど無いというに。
真意がこもっているかも分からない薄っぺらな態度。いやきっと、これはただの世辞だ。機嫌を窺うその瞳が、やけに白々しくて仕方ない。見せかけだけ、さも自分は本心からそう述べているのだとキラキラ輝く瞳が、どうもこうも不自然だ。でもそれはおそらく、クラスの皆にとっては自然なものに見えるのだろうな。
もしかしたら、皆それが自然なものと思い込みたいのかもしれない。彼が私達に告げるのは、各々がそれを認めて欲しいと願う、心の底に潜む欲求。自分が請うてでも手に入れたくて仕方ない承認が、上っ面だけの建前でなく本音だと信じたいのだろう。だからそうだ、誰もが彼の仮面を、素顔だなんて思う訳は。
しかし私は騙されない。眼鏡のレンズを結ぶ架け橋を指でくいと持ち上げて威嚇し、冷たい目で一瞥。呆れたと表情で語る私自身の顔、彼が此方を見つめる角膜に映りこんだ姿が目に入る。彼が両手の人差し指を使って両サイドの口角を上に引き上げて笑みを作る顔がやけに近い。もう少し離れてほしい。彼のワックスのせいだろうか、シトラスの香りがぷんと漂った。清涼感とほど遠い、しつこい芳香だ。
「……今日も元気そうね、無駄に」
「いやー、つれないなぁ。アイスクリームみたいに今日も冷たい」
「それは残念でした。私は、アイスみたいに甘くないから」
彼は恨みがましそうに、喉の奥に返答を圧し殺した。くぐもった音が織り混ぜられた吐息が漏れる。正しくは上手い返しなど思い付かなかったのだろう。全部口が軽いせいだ、私の心にその声が響かないのは。いつだって私に届くのは、取り繕った甘い響きなどではなくて、シンプル故に心を揺らす、そんな真っ直ぐな決意だ。
そしてそれは彼に欠如している代物だろう。可哀想なことに、何故だか彼は私の冷たい鋼鉄の仮面を外すことに躍起になっているのに、それは叶わない。鉄仮面でなく鉄面皮だったら彼自身が付けているというのにな。
「でも、私がアイスだったなら……さしずめあなたは天婦羅かしらね」
「ん? どゆこと? 天婦羅は油で揚げてる熱々のものだから正反対ってこと?」
「いいえ、ただ君にそっくりなだけよ? 軽くて薄っぺらい衣を身に纏っているところ」
「そいつぁ手厳しい」
開いた手のひらを打ち付けるように額に当てて、わざとらしく肩を落とす彼。全く、この男はどんな風に思いながらこんな白々しい演技などできるものなのだろうか。どうせ私からどう思われようとさして気にも留めないだろうに。
もう一つ意味はあるけどね。そう告げて携帯へと視線を落とした。緑色のアイコンをしたトークアプリに、お気に入りのカフェのクーポンが届いていた。好きなケーキが30円程値下げされている。最近行けてなかったから、今日にでも美夜あたりを誘って行ってみようかな。
写真を見ながらそんなことを考えていると、その味が舌の上に再現されてしまった。別にお腹なんて空いてないけれど、唾液が舌下から滲んでくる。
そんな私の耳小骨は、耳障りな声に未だ揺らされていた。鼓膜といいうずまき管と言い、この男の声を刺激として受け取っているのはとことん度しがたい。なぜこれほど私は頑なに受け入れることを拒んでいるのだろうか。正直なところさっぱり分からなかった。強いて挙げるなら勘と本能だし、趣味や嗜好とも言えた。好きになる理由がまるで無い。
うーん、うーんと止めどなく唸るがままの彼。悩むのは勝手だがそろそろ立ち去って欲しい。目の前で立たれると注目されるし、無視し続ける私の立つ瀬もない。いや、初めから座ってはいるのだけれど。
「何? まだ用があるの?」
「もう一個の理由が分からなくてさー。考えてんの」
「自分の席で考えてくれるかしら」
ここに居続けられると、居心地が悪い。これから本でも読もうかとしている以上、早いところどこかへ行ってくれないだろうか。顎に手を当てて探偵ぶってるその様子も、わざとらしくて見てられない。引き下がるまで睨み付けようとも思っていたが、不快さが勝ったが故に目を逸らしてしまった。
精一杯の疲労をこめて、嘆息を一つ。と同時に指を打ち鳴らす警戒な音一つ。アイガディット、なんてネイティブぶった発音で、得意気な声。普通に、分かった、とでも言えばいいものを。好い顔しいの同級生が、馬鹿っぽく見えて堪えきれない。
「中に熱いものを抱えてるってとこだろ!」
「自己評価が高いことは尊敬するわ。ただ、それだと冷めたら食えたものじゃないから気を付けなさい」
皮肉も通じてくれないとは、私の渾身の例え話も報われない。我ながらそこそこ上手いこと言えたと思ったのだけれど、彼の理解の範疇を超えてしまったようだ。家庭的な教養くらい、持っていて欲しいものである。
小説に目を落とす。幼い頃からずっと追っている、大好きなファンタジーの新刊。罪と欠陥とを背負い、自らの犯した物事を悔やみながらも、懸命に生きようと努力する物語。そこに生きる彼らは、力強く本心を口にして生きてきた。だからだろうか、張りぼての鎧で身を守る人間が、こうも情けなく見えてしまうのは。
予鈴が鳴り、朝練後の吹奏楽部の子達がワッと教室へ押し寄せる。ここに留まってももう私が相手をしないと察したのだろう、次々現れる他の級友達のもとへ向かい、躊躇うことなくまた甘言。甘ったるくて舌全体がしつこくなりそうだ。そんな気がして私は、イヤフォンを耳につけた後、大好きな曲に包まれながら脳裏のスクリーンに小説を再生し始めた。
正直今日のところは、もう絡まれることなんてないだろうと高をくくっていた。それゆえ油断していたと言えるだろう。委員会の用事があるらしい美夜と駅前で四時に落ち合う約束を取り付けた私は、幾分か暇になったものだと今朝読んでいた本の続きを進めることに決めた。
そう、安直だった。どうせならさっさと駅前に向かい、本屋ででも暇を潰せば良かったものを。学校になんか留まるものだからまとわりつかれる。
不意にひらりひらりと揺れる手のひらが、開いたページを遮って視界に映りこんできた。
「何読んでるの?」
「小説だけど」
目線を上げるとまたあいつの顔。上げるまでもなく、生クリームみたいな印象の声ですぐ正体が分かる。甘ったるくてこちらを絡めとってきて、そのまま塗りたくって埋めつくそうとしてくる。短く返答して後、すぐに視線を活字へと戻した。
「ねーぇ、そうじゃなくてさぁ。もっとこう、あるじゃんか、ジャンルとかタイトルとかさ」
「ファンタジー、タイトルは教えない」
君に同じ本を読まれたくないから。
「ファンタジーかぁ。俺もよく読むよ、例えばしゅ……」
「私が好きなのはハイファンタジーだから」
この男に限らず、多くの友人達はローファンタジーを好む。きっと似たような世界に住んでいる者の方が、おなじような悩みを抱えるからか感情移入しやすいのだろう。けれども私はこの世に実在してはくれない、夢のような魔法の国が昔から好きだ。
それゆえ私は噛み付く勢いで彼の二の句を遮る。二種の幻想譚、その違いくらいは知っていたのかつまらなさそうに黙りこんだ。下唇を突き出す不満げな顔つきは珍しく本心のようだった。
「私、もうすぐ待ち合わせに向かうからあまり相手はしてあげられないんだけど」
皆部活や委員会、あるいはバイト先へと向かってしまった。それゆえ三時過ぎの明るい教室には、主去ってなお机上に散らばるプリント以外には、私たちくらいしか見当たらない。隣のクラスもシンとしていて、廊下と隔てる曇りガラスには誰かの影が写る様子もない。
この男と、二人ぼっち。何も嬉しくない。せめて学級委員長の真面目そうな彼の方が、口数は少なく、会話も成立しないだろうが、それでもまだ楽しめそうだ。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.192 )
- 日時: 2018/05/24 17:59
- 名前: 狒牙 (ID: qggtGn0.)
「えぇー、冷たいなぁりりちゃんは」
「馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでくれる?」
彼氏どころか仲良くもないのに不愉快だ。私はそう軽々と男に、下の名前で呼ばれたくない。そもそも私の名前は、こんな性格とは裏腹に璃梨だなどと比較的可愛らしい響きの代物であった。女の子らしい可愛さに満ちて育って欲しかったのだろうか、一先ず親には一度謝ろう。
「それで用はあるの? 無いの?」
無いなら相手はしないとまでは伝えなかったが流石にそれは察したようである。慌てた口振りであると即答して、鞄の紐を肩にかけた私を一心に見つめている。見つめている、ように見える。
けれども実態は穴が開くほどに覗き込まれている、そんな嫌悪感がした。別に心を開いてなどいないのに、その奥底を勝手に透かして把握されているような。踏み入るなと声を荒げようにも、むしろその反応を楽しまらてしまいそうだ。
どうせ彼には私の深淵を見透かすことなど能うまい。事実観念したようであり、小さな息を弱々しく吐き出して俯いて見せた。
「何か俺、嫌われてるのが分かんなくてさぁ……どこが悪いか教えて欲しいんだよね」
皆と仲良くしたいんだけど、私だけが仲良くしてくれない。そんな愚痴をぽろぽろと漏らす。ご機嫌を窺うようにのらりくらり、へらへらと対人関係を築いているのは臆病だからだと彼は言う。
「俺さぁ、末っ子なんだ。兄貴達から可愛がられなきゃって必死にやってたからさぁ……仲良くするのは得意だと思ってたんだけどなぁ」
「そう。私ごますりはあまり好きじゃないから」
「いやいや、ごまなんてすってる訳じゃないって。ちょっとオーバーにお世辞言ってるように聞こえるだけさ」
疎外されるのがやけに怖いのだと彼は主張する。だからこそ周囲の目を気にかけるし、取り入ることができるよう媚びた態度になってしまうのだとか。別段私にとってそんな言い訳などどうでもいいのに、どうしてそのような事を。
「だからさー、こうやって冷たくされるの慣れてないんだよね」
「へえ、優しくされたいんだ」
「いや、優しくっていうか……仲良くしたいっていうか……」
歯切れの悪い物言い。まだまだ夕陽と呼ぶにはほど遠い白い陽光を受けた彼の頬は紅潮している。視線を泳がせ、頬を掻く。もう一方の手も落ち着かないのか、開いたり閉じたり。
いつもの威勢はどこへやら、ギャップの激しい彼の姿。普段が愛想の良い忠犬だとすれば、今この瞬間目の前にいる彼は、緊張に身を包んだ借りてきた猫だ。
時計を見る。もう少しだけ猶予はありそうだった。
「はぁ……分かったわ。もうほんのちょっとだけ、話聞いてあげる」
「ほんとに?」
さっきまでおじおじと縮こまっていた彼の体が、パッと開いたようだった。抑圧されていた心がパッと弾けて、声に明るさを取り戻す。いや、むしろ普段よりも陽気と言って良いだろうか。
「随分な豹変ぶりね」
「豹変なんてとんでもない! 嬉しいなって思ってさ」
「そう、それは良かった。それで私からも、聞きたいことが一つあるんだけど」
「いいよ、何でも聞いて」
鼻唄を鳴らす訳でも口笛を吹いているでもない。それでも、歓喜の音楽が聞こえてくるようであった。それにしても、凄いものだと思う。
そう、あまりに洗練された演技力だ。
「さっきの話、どこまでがほんと?」
「……………………えっ?」
その問いかけに、彼は目を丸くした。えっ、と声を漏らしたきり、開きっぱなしの口がだらしない。何か口にしようと口を閉じ、思い直し何も言わずしてまた口を開く。酸素の足りていない魚みたいな仕草が、やけにコミカルだった。普段の彼よりもずっと、私に朗らかな笑みをもたらしてくれる。
またしても彼は私から視線を逸らした。先程の照れ臭そうな演技とは違う。その視線から胸の内を読み取られないためにだ。全く、ポーカーフェイスが成っていない。私にはその眉からだけでも、隠しきれぬ動揺が窺えると言うに。
「さっきの話、嘘もいいところね」
気づいてないとでも思った? 眼鏡のレンズごしに差し出した冷徹な目。中てられた彼はというと一歩退いた。本当に、失礼極まりない。私はただ、本心から君の事を見てやっているだけなのに。
「バレてないと思ったの? 君のお世辞にわざわざ喜ぶ人達を見て、貴方が蔑んでること」
作り話を言い当てられた動揺に、何とか取り繕おうとする焦燥、はたまたどうして見抜いたのかという疑念が入り交じった彼の表情に止めを刺す。案の定と言うべきか、その言葉は何一つ間違っておらず、彼はというとその顔を硬直させてしまった。もう、ピクリとも眉は動かない。
少しの間、静けさが訪れた。その後唇がぴくぴくと震えたかと思うと、次の瞬間大きく息を吐き出した彼は、粗野な様子で近くの机を椅子がわりに腰かけた。髪をかきあげ、頭をがりがりと掻いて、虚偽の仮面なんて着けないまま苛立った眼光を投げ掛けてきた。
「ったく、何なんだよてめーはよ」
「ごめんなさい。取り繕ってる人ってすぐ分かっちゃうの」
「ちっ、こんな芋臭い窓際の地味女なんかに指摘されるとか思ってなかったわー」
「それは残念ね。名前も知らない頃から私は見抜いていたわ」
嘘をついている臭いまみれだった。笑いかたから、口振りから、仕草から、全てが演技臭かった。あまりに気に障りよく観察しだすようになってから分かったことに、時おりその目の光が侮蔑の色に染まっているのを見つけるようになった。なるほどこの男は、ばか正直にご機嫌とりの言葉を受け入れる連中を見下しているのかと理解するのは難しくない。
そんな風に、誰かを軽んじるようなこの男が、私はずっと嫌いだった。
「隅っこの石ころ女のくせして、何得意気にしてんだか」
「私を下に見るほど、その女に看破された貴方が惨めになるけど、そんな事言って良いの?」
「るせぇな、わーってるよんな事」
「でも、言わなきゃイライラが収まらない」
「間違ってないけど一々勘に障んだよ、わざわざ見透かしてんじゃねぇ」
「ついでに教えてあげる、間違ってない『から』一々癪に思うの」
「そういうところだって言ってんだよ」
「そう」
自然と笑みが漏れてきた。奇しくも、今朝彼が笑えと言った通りに口角が持ち上がってくる。唇が弧を描いているのを、どうにか拳を押し当てて隠そうとするも、やはり隠しきれない。
いつもの彼とは違う、むき出しの敵意が可愛らしく見えてしまう。
「何笑ってんだよ」
「いや、ごめんなさい。君は他人に侮られたくないんだよね。だから認めてあげることで、自分に心を許してもらったら、優位に立てたみたいで安心するんだよね」
舌打ちが一つ聞こえてきた。そうだよと、ぶっきらぼうな声。もう隠すつもりもないらしい。
「ったく、この地味メガネが」
「ふふ、褒める語彙はあるのに、貶す語彙は乏しいんだ?」
「何かおかしいかよ」
「いいえ、思いの外可愛いなって」
「あぁ? そりゃ影みたいなお前よりかは可愛いよ」
「憎まれ口も叩けるんだ。でも、残念」
眼鏡のつるに手をかけて、パッと顔の上から取り去る。嫌いな男への嫌がらせを兼ねて、彼の座る椅子へと詰め寄った。胸ポケットに折り畳んだ眼鏡の丁番をひっかけ、彼の鼻先に自分の顔を突きつけた。静かな吐息すら顔にかかってしまう距離、その生暖かさがやけに気持ち悪い。ただ、彼の嫌がるその顔が、気分の悪さに勝る優越感をもたらした。
彼の腰かける机に手を置き、体を逸らしていく彼を逃がすまいと、私も前傾する。本性を見せてから強がっていたのに、こうして遠ざかろうとする様子はどうにも情けない。爽やかなシトラスの香りが、機嫌よく私の鼻をくすぐる。
「よく、眼鏡を外すと別人って言われるのよね」
「はぁ? いや、そうかもしんねぇけど、近ぇよ、離れろって……」
「認めてくれるんだ、ありがとう」
萎縮している目の前の少年が、挑発を受けてほんの少し戦意を取り戻す。それでも、私の顔が少し体を揺らすだけで触れてしまいそうな距離にあることを思いだし、また縮こまる。
「散々地味って言ってくれたけど、今の私はどう?」
「……知るかよ」
「最大級の賛辞ね」
目をこちらと合わせようともしない態度、緊張に震える声、赤らんだ耳、全てが正直に告げていた。だからこそ私は、それ以上の意地悪をやめて、解放してあげることにした。私自身、美夜との待ち合わせが迫っている。涼しい風が、彼の吐息に暖められた頬を撫でた。とても心地よく、毒気が浄化されていく心地だ。
「安心して、貴方の本性をわざわざばらす気はないから」
「そりゃどうも」
代わりに明日からは話しかけないでね。そう告げると素直に、分かったよと応じてくれた。私には敵わないとでも思ったのだろうか、その声は弱々しい。
いつも傷のついてない笑顔のマスクを着けているのに、その素顔はこの短い時間だけで傷だらけになっていた。まあそれも、普段他人に愛想ばかり振り撒く裏で、こちらを見下していると思えば正当な代価だろう。
去り行く私の背中に、未練がましい声でお前は嫌いだと吐き捨てる声。負け犬の遠吠え、と聞こえなくもなかったが、その声はむしろ普段の取り繕った仮面と同じ臭いがした。嘘を吐いている、そんな色が透けて見える。
だから私は、眼鏡をかけながらその横顔で、精一杯破顔してみせた。
「そうね、私も嫌い。だって今朝言ったじゃない」
私がアイスクリームなら、彼はさしづめ天婦羅のようなものだ。近頃はどうにも、アイスクリームの天婦羅なるものが現れたせいで、そんな常識が損なわれつつあり、そもそも科学的な根拠など無いようだけれど、昔から両者はこう言われている。
「知らないでしょ? 覚えておきなさい、アイスと天婦羅は食い合わせが悪いのよ」
胸焼けしてしまって堪らない。時間も押してきたため、私は彼を一人取り残し、駅へと向かい始める。
四時前の青空は、いつもと変わらない色をしていた。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.193 )
- 日時: 2018/05/25 22:04
- 名前: 藤田浪漫 (ID: SvNFFa.U)
名前も知らないのに、彼女はじっと僕だけを見つめていた。
夕方の駅のホーム。人通りはかなり多く、乗り換え案内のアナウンスの声をかき消すくらいのざわめきが僕の周りを渦巻いている。わらわらと蠢く虫の大群みたいな雑踏の中、その女の人は階段の手すりの前で、まるで石像のようにぴくりとも動かずに、その人々の流れの中でじっと僕をその両目で睨め付けている。
不思議なのは、階段に向かって押し寄せる人たちがその女の人が見えていないかのようにぞろぞろと歩みを進めている事だ。この波の中で1人でも立ち止まってしまえばただちに通行の邪魔になる。それなのに誰も彼女に気付いていないかのように、俯いたり疲れ果てたような顔をして次々と階段を下っていく。
革製の鞄を持つ手にぐっと力が入る。彼女はまだ僕を見ている。嫌らしくまとわり付く梅雨のじめじめした空気みたいな視線。つう、と背筋を冷たい汗がなぞった。首元のネクタイを少し緩める。僕は歩みを止めないでその流れる人混みに身を委ねているため、彼女との距離が少しずつ、少しずつ近くなる。左方に逃げようと試みたが、人混みのレールは脱線することを許してくれない。
目を合わさないように下を見て、女の人の横を通り過ぎようとした時。
にゅいっと手が伸びてきて、彼女は僕の手首を握った。蛇に巻きつかれたんじゃないかと思うほどの強い力だった。掴まれたところから体内に向けてぞわりと嫌なものが走る。思わず僕は立ち止まって顔を上げてしまう。
「道を聞きたいんですけど」
そう彼女は言った。目と目を合わせてしまう。真夜中の海面みたいに真っ黒で、呑み込まれてしまいそうな不気味な瞳だった。
脇から人々がぞろぞろと僕を見ながら追い越して行く。迷惑そうに舌打ちをする音が聞こえたが、舌打ちしたいのはこっちだ。
「……は、はい」
額に汗が滲むのを感じる。ぎりぎりと、掴まれた手首が締め上げられる。
「幹本駅にはどうやっていけばいいのでしょうか……?」
無表情のまま彼女が言った言葉に僕はぎょっとした。そこは僕の自宅の最寄の駅だったからだ。ごくりと口の中の唾を飲み込んでから「……3番ホームの那須行きに乗ったらいいですよ」と言った。
すると彼女はその掴んでいた手をフッと離した。身体の強張りが少し緩まる。大げさに「ありがとうございます」とおじきをして、フラフラと歩きながら階段の雑踏の中に消えていった。その後ろ姿が見えなくなってから、僕は安堵のため息をついた。手首にはうっすらと赤い痕がついている。
「なんなんだよ……」と一言吐き捨ててから、ようやく階段に向かって足を進めた。さっきまで人で溢れかえっていたホームも、今は数えられるほどの人数しかいなかった。これから僕も3番ホームに行って乗り換える予定だったのだが、電車に乗る気にもなれず、タクシーで帰ることにした。
階段を降りて、すぐ横の改札をくぐり抜けた。誘並駅ビルの一階はこの時間帯だと僕と同じ仕事終わりのサラリーマンで賑わう。その活況に何故か僕も少し安心する。
駅の東口のロータリーにはタクシーが数台止まっていた。その中の先頭の一台に目をつけ、後部座席に乗り込む。年配の運転手が疲れたような面持ちで振り向いて「どこまで行かれますか?」と僕に尋ねた。
「幹本駅の前まで」
「幹本ですね」
ゆっくりとドアが自動で閉まる。さっき変な汗をかいたからか、肌がベタベタと不快な粘着性を持っていた。少ししてタクシーは発進した。じんわりと慣性の法則に従って緩い重力が僕の体を車のシートに押さえつける。車のカーステレオからアナウンサーが地元の野球チームがリーグで優勝した、というニュースが流れていた。赤信号で車が停車する。フロントガラスに横断歩道を横切る人々の姿が映る。
「幹本……ですか」
運転手は前を向いたまま車内の沈黙を埋めた。
「は……はい。どうかしました?」
「二週間ぐらい前に幹本駅で人身事故がありましたよねぇ」
「そうなんですか?」
全く知らない話だった。聞いたことも無かった。最近仕事が繁忙期に入り、こんなこと耳にも入らなかった。
「ええ。なにやら、若い女性が男性と肩がぶつかった勢いでホームから転落して、通過した快速電車に轢かれたとか」
「へえ……」
「即死だったみたいですよ。全国ニュースにも報道されたみたいです。そのぶつかった男性は以後足取りが掴めないんだとか」
「へえ……」
そこで車内の会話は途切れる。ただの運転手の与太話だ。だが何故だろう。さっきの不気味な女の人の声がぐちゃぐちゃと澱を沈めるように僕の中を回る。温もりが感じられない冷たい声。
何だったんだろうと悩んでいる内に30分ほど時間が経ち、タクシーの厚い窓から見える景色は見慣れた風景へと姿を変えた。「幹本駅ですねー」と運転手が言う。どうやら目的地に到着したみたいだ。
メーターに表示されていた2000円を丁度で払い、僕はタクシーから出た。エンジン音を響かせて、車は大通りの方へと姿を消して行った。もう日も落ちて、辺りは人気が無く閑散としていた。ぽっかりと穴の開いたみたいな静けさ。名残惜しくタクシーが過ぎていった道路を見つめた。
ここから歩いて10分ぐらいのところに僕の住んでいるアパートは建っている。すぐ近くだ。
そして気付いた。どこかから気味の悪い気配を感じる。見えない手で首をゆっくり締められるような、息苦しくなるじとりとした感覚。
胃の中に決して消化できないようなものを詰め込まれたような嫌な気分だ。急ごう。早く帰ろう。そう思った時に、後ろから不意にがっと強く左の手首を掴まれた。さっきと同じ感触。どくん、と自分の心臓の音が聞こえた。汗が眉間からじわり、と一筋。
「すいません、人探しをしているのですが」
背後から声がした。振り向くと、やはりさっき駅のホームで会った女の人がそこにいた。
なんでこんなところに、と言おうとしたけど咄嗟に声は出ない。息が詰まる。
髪は顔を隠すくらいに長い。だがその前髪の間から確かにその目は僕だけを、じっと、じっと見つめていた。
「……な、なんでしょうか……?」
「西島正紀、という人をご存知でしょうか」
心臓を掴まれたような気がした。
それは僕の名前だったからだ。
「ど、どうして……?」
自分の脈の音と荒い呼吸音がやけにはっきり聞こえた。どくん、と胸が苦しい。
彼女に掴まれた腕が心なしか少しずつ力を増して行く。
「ずっと、あなたを探してたんですよ」
そこが限界だった。僕はもう片方の手に持っていたカバンを思いっきり振り上げていた。
「あ……あああああああああ!」
彼女の横っ面めがけて全力でぶつけた。うっ、と蛙が潰れるような呻き声。僕の手首を掴んでいた力がふっと弱まったのを感じた。今しかない、無理矢理に手を振りほどいて、僕は一目散に自宅の方向まで逃げ出した。成人祝いに買ったスーツがとても窮屈に思えた。邪魔な鞄は途中で投げ捨てた。
永遠とも思える時間を経て、やっとの思いで見慣れたアパートにたどり着いた。走っている時間は5分にも満たないだろうけど、とても自宅へと道が長く思えた。
熱に煽られた頭で後ろを振り返ると彼女の姿はどこに見当たらなかった。ほっと胸をなでおろす。
僕の部屋はここの一階の一番端だ。ポケットからキーケースを取り出す。鍵は閉まっているようだ。荒れた呼吸を鎮めるためにはあと息をついて、鍵を捻った。
中に入る。
電気をつけると同時に声がした。
「西島正紀という人をご存知ですか?」
*
どうも藤田浪漫です。この名義では初ですね。
この短編を書いてる途中にパソコンが突然フリーズを起こしました。窓を開けていないのにカーテンが揺れる、空き部屋のはずの隣からすすり声が聞こえる、シャワーから赤い水が出てくる、などの怪奇現象が起こりました。嘘です。
主人公はエビフライ回の時に使った別名義のジャンバルジャンなんじゃん!?の語り部のマサくんと同一人物す。どうでもいいですが。
運営の御二方に敬意と感謝を添へて、藤田がお送りしました。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.194 )
- 日時: 2018/05/31 00:39
- 名前: ヨモツカミ@感想 (ID: YWl7F.AA)
前回のエビフライでは、ジャンバルジャンさんと通俺さんのやつが好きでしたー。読んでて楽しかった。
それから、手紙のヤツのとき狐さんとかるたさんに返信してなかったのでこの場をお借りして。
あのSSは結構好きって言ってくださる方多くて嬉しかったです(>ω<)
やっぱりアリスをモチーフにした作品なので、子供の感性? みたいな。小さい子だから想像するメルヘンな感じの描写を意識しました。
花言葉は狐さんが調べてくださったので、意味とかは書きませんが、花で気持ちを伝える系ガールいいですよねb
我ながら好きです。
>>芋にかりけんぴさん
余計なことは省いて(というか、長々と感想書くのが面倒臭くなったので簡潔に)書きますが、読み終えたとき、かっけえ!! てなりました。剣とドラゴンという組み合わせ自体とても好きなんですよ。うーん、やっぱりこういうファンタジーが一番シンプルで胸に響く。カリバーン抜刀シーンとか、カッコよくてワクワクしました! これはまさに英雄誕生。
>> パ行変格活用さん
うわあ……すごく胸をえぐられて、でもとても好きです。
彼女の思い描く幸せとか、寂しさとか痛みとかが、幼い無垢な子供の視点で書かれているからこそ、くるものがありますね。
文中にある彼女の唯一の台詞にも、胸を締め付けられます。焼け付くみたいに何かが残る読後感で、彼女は、帰ったあともママから酷い仕打ちを受けるんだろうって想像すると、苦しくなります。
>>狒牙さん
普段のひがさんぽくなくて、新鮮で面白かったです。
本当の彼が出てくるところとか、「あ、そうくるのか!」て、楽しかったです!
>>藤田さん
あれ初めてだっけ? と思ったらそうですね。浪漫さん名義は初めてだ。
あ、あのときのマサくんと同じなんですね。
ちょっと読む前にホラーだと伺っていたので、身構えることができてしまったのが若干残念でしたが、ぞわっとする描写がとても好きでした。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.195 )
- 日時: 2018/06/06 22:17
- 名前: メデューサ◆VT.GcMv.N6 (ID: 6yYZNzj2)
名前も知らないのに、私はその子を放っておけなかった。
夏休みが始まったばかりのある日のことだ。しばらく雨が続いてからの突然のかんかん照りで、体調を崩している人が沢山いた。ママもパパも弟の看病につきっきりで全然構ってくれない。それがとても面白くなくて私は家を飛び出した。
さて、どこへいこうか? コンビニは冷房がきついし、図書館は場所を知らない。プールに行くにも水着は置いてきた。じりじりとした陽射しを避けられる場所を目指しているうちに、私は近所の公園に着いていた。
公園には人っ子一人いない。今時わざわざこんな暑い日に外に出かける子供なんて私のような除け者ぐらいだ。腰掛けたブランコは熱かった。
別に私だって分かっていない訳じゃない。弟は体が弱いから私より手がかかるのは仕方がない。弟だって可愛くないわけじゃない、普通に大好きだ。でも、今日の私はどういう訳かいつも通りの「今大変だからあっち行ってて!」に腹が立って仕方がなくて。一人ぼっちでブランコを漕ぐのは寂しくて、ついセミの鳴き声にイライラしてそちらを睨みつけた。
そこには、私と同じくらいの女の子がベンチに横になっていた。
遠目から見ても凄く綺麗な子だと分かった。お人形さんみたいな長い金髪がベンチからだらんと垂れて、真っ白な肌が赤くなっている。
周りを見てもその子の家族らしい人はいない。ぐったりとしている様子なのを放っておけなくて、私は急いで近くのコンビニに駆け込んでアイスとポカリを買った。
アイスをおでこに乗せてポカリを脇の下に挟み、自分の帽子でぱたぱたと扇ぐ。小さい頃海で具合が悪くなった時にお母さんがやってくれたことをそのまましただけだったけど、しばらくすると女の子は目を覚ました。
「うーん……」
「わ、大丈夫? いきなり起きて」
「大丈夫。だいぶ楽になったから。ところでこの落ちてるやつ何?」
「アイスだけど……知らないの?」
「ああ! アイスは知ってるわ。でもこれは食べにくそうな形ね」
「半分こするんだよそれ。一緒に食べる? あ、でも先にこれ飲んだ方がいいかも」
「それもそうね。……変な味ねえ。これ全部飲むの?」
「全部じゃなくてもいいけどたくさん飲んどいた方がいいよ」
すっかり元気になったようで一安心した。それにしても日本語上手いな。
でもこんな子は見たことがない。夏休みに入ってから越してきたのだろうか。
「そうだ!」
女の子は突然立ち上がりそう大きな声で言った。
「あのね、私あなたにお礼をしようと思ったんだ。私の家で遊びましょう!」
「それはいいけど、家近所なの?」
「すぐよすぐ! ほら、後ろに乗って!」
そう急かされてベンチの傍に置いてあった自転車の荷台部分に腰掛ける。ピカピカした新品で真っ赤で可愛いくて、正直羨ましい。
アイスを咥えた私を乗せて自転車は公園を飛び出して、その向かいにある神社へ勢いよく飛び込んだ。砂利道をがたがたと駆け抜けてそのまま鳥居の柱へ一直線に──
「待って待ってこれぶつかる止まって!」
「大丈夫ぶつからないから! それより振り落とされないようにしっかり掴まってて」
スピードを落とす気配が全くない! 私はアイスを噛み締めて、衝撃に備えて目を閉じることくらいしかできなかった。
目を閉じる直前、車輪の周りが緑色に光った気がした。
「ほら、着いたわよ」
頭をつつかれて目を覚ます。自転車から降りて体を見回しても何処にも怪我は無かった。
「いきなり何するの──」
文句を言おうと顔を上げるとそこには、
まるで絵本の中のような世界が広がっていた。
三角形の屋根をした家々の煙突からは煙が上がっている。その間を縫うように不思議な生き物たちが飛び交って、道端では杖を振って綺麗な光を出して遊んでいる子がいた。
「どう? ここが私の住んでる町。魔法の町よ!」
********************
それから、自転車で飛び回っていろんなものを見せてもらった。お汁粉とカスタードを合わせたみたいな味がするのに真っ青なアイスや、絵が本当に飛び出して動く絵本(彼女は「話によっては開く場所を選ばないと戦いで部屋がめちゃくちゃになる」と言っていた)だとか、新鮮で楽しいものがたくさんあった。カラスの形をした風船には髪をめちゃくちゃにされた上逃げられたけど。
遊びまわって暗くなりかけた頃、いよいよ家に案内してもらった。彼女は玄関からじゃなく、なぜか二階のベランダから部屋に上がった。
「なんでそんなコソコソしてるの?」
「いや、ちょっと色々あって……そんなことよりちょっとこれ見てみて!」
勉強机の下から出てきたのは「し作ひん」と貼り紙がしてある木箱だった。彼女に勧められてその中の一つ、紫色の煙が入ったフラスコを振ってみる。するとフラスコの中の煙がすうっと消えていって、人影が映りはじめた。見たことのないひらひらした服を着ていて、綺麗な真っ赤の何かを口に運んでいる──私?
「凄いでしょそれ! 今はまだ2時間先までしか見えないけどそのうち1日先まで見えるように……」
そこに映っている私はいかにも"こっちの世界の子"って感じで、ママやパパや弟の事なんてすっかり忘れちゃってるみたいで、それがなんだかとても怖くて、ブレーキが外れたように悲しくなった。
「なんで泣いてるの? と、とりあえず顔拭いて落ち着こう?」
泣きわめいているとふいに部屋の扉が開いた。綺麗な銀髪のお姉さんだけど今はいかにも怒ってますって雰囲気でおっかない。お姉さんは私に目をやるとぎょっとして、女の子の腕を掴んだ。
「あんたいつの間に帰ってきてたの……まあいいわ、話があるからすぐに1階へ来なさい」
そう言って二人は降りていった。しばらくすると下から怒鳴り声が聞こえてきた。
「あんたまたママの杖勝手に持ち出したでしょ! 転移魔法は危ないんだから子供だけで使うなって学校で習わなかったの!? それに向こうの子まで連れてきちゃって……」
しばらく経って涙も落ち着いてきた頃にお姉さんは私を1階に呼びにきた。連れられて階段を降りる。
「うちの妹が迷惑かけて本当にごめんね。すぐに帰れるから。聞けばあの子向こうで倒れてたんだって?」
頷いてから気づく。あの子はまたお説教をされるんだろうか。
「そっかー……ありがとね、助けてくれてさ。あいつガラクタばっか作ってる変わったやつだから自由研究手伝ってくれる友達もいなくて、そんであんな無茶苦茶やって……」
「私、友達です!」
これ以上あの子を否定されたくなくて、気付いた時にはそう叫んでいた。
「……そうかそうか! そんな心配する必要もなかったかー」
「どういう事ですか?」
「いい友達できたなって話! それはそれとして帰り道つながったってさ」
玄関のドアには大きな緑色の魔法陣が描かれていた。ここを開けたら魔法の世界とはさよならだ。振り返ると、あの子は静かに泣いていた。
「ねえ、ちょっといいかな」
「……なあに?」
「名前教えて!」
彼女はびっくりした様子で顔を上げた。
「大丈夫、名前分かったらまたきっと会えるから! 私はナツキっていうんだ。きみは?」
「……私はね────!」
女の子は笑顔で答えた。
*******************
あのドアは親切にも私の家の玄関につながっていた。ただいまを言うとママが駆け寄ってきて私を抱きしめた。あの後私がいつのまにかいなくなっていて家中大騒ぎだったらしい。開きっぱなしのドアの向こうには見慣れた住宅街と夕焼け空が広がっていた。
私はすっかり忘れていたけど今日の夜はおでかけをする予定だった。まだ少し熱のある弟は少しむくれながら私とパパを見送った。
ひらひらした浴衣ってやつを着て手を繋ぎながら神社へ向かう。昼間自転車で突っ込んだあの神社だ。そこはいつもの静かな感じと違って大勢の人で騒がしくて、見たことのないものが沢山あった。買ったばかりの綺麗で真っ赤なりんご飴をかじって周りを見ると、鳥居の大きな柱が目の前にあった。
「また会おうね。オルトレ」
そう呟いた声はすぐに縁日の音にかき消される。パパの手を引いて私は次の屋台へ駆けだした。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.196 )
- 日時: 2018/06/06 23:12
- 名前: ヨモツカミ@お知らせ (ID: JCBgwnKs)
第6回 せせらぎに添へて、の開催期間が残り僅かとなりました!
第6回の開催期間は6月10日までとなっておりますので、まだ投稿されてない方はお早めに!
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.197 )
- 日時: 2018/06/07 00:15
- 名前: しゃぼんだま (ID: nt.jeMrE)
名前も知らないのに、顔すらも知らないのに画面上でのやり取りだけで私は君に惹かれていた。
「ちょっと話したい」
学校での出来事、ちょっとした1日の中で起こった面白い出来事や先生の深そうで実はそこまで深くない話、同級生の愚痴なんかを私はいつも君に話していた。
大抵は私がほとんどを話していて、君はそれに対しての相槌や返事なんかをくれるだけ。
でもそれがすごく心地いいんだ。
口下手な自分がこんなにもスラスラと相手に思ったことを伝えられたのは、きっと画面に文字を並べて繋げて書いて……という形をとっていたからというのももちろんあるだろう。
──「今日もなにかいいことあったの?」
メッセージの横にちょこんと表示された時間は私がメッセージを送った時間から1分後だった。
たった1分しか経っていないというのに、私にとってはすごく長いものに感じられた。
「いいことってわけじゃないけど、今日ついに唯一クラス内で私に話しかけてくれてた湊さんも、私のことを無視するようになったんだ」
送ってから少し後悔する。 でも反面どこかで、どんな返事が来るのかということを期待している自分もいる。
──「今日で湊さんのことは嫌いになった?」
ふいをつかれたような感覚。
少し迷ってから私はすぐに文字を打って送る。
「いや、湊さんを責める気にはなれない。 私もなんだかんだ言って今まで心の支えになってくれていたし、むしろ昨日までのことを感謝したいくらい」
このことは紛れもない事実だ。
私が湊さんに対して抱いている気持ち。 けれど、それでも心の片隅では……
──「でもやっぱり昨日まで関わっててくれていた人から無視されるって、辛い」
──「よね」
辛い、で切られた文章が送られてきた時は思わず君の素直な言葉、気持ちが聞けたのかと思い嬉しくなった。
けれどあとから間を開けずに「よね」も送られてきた。
「ちょっと自分が思っていた以上に湊さんとの別れが切なかった」
クラスメイトのほとんどから煙たがれていた私にも、他の人とそう大差なく接してくれていた湊さん。
正直……最初はそうやって私のことを新たな方法でからかっているのかと疑い、自分から壁を作ったこともある。
──「きっとこれから先、君にはたくさんの出会いがあるはずだよ」
そうメッセージを送ってくれた君。
今の君は私へそうメッセージを送る時、どんな気持ちで表情でしたか?
色々と想像をしてみるけれど、全然ピンと来ません。
多分あなたとなら、画面越しじゃなくても色々と話せると思う。
次は何を話そうか。
私と湊さんの話じゃなくて、君と私の今の関係は果たして1つの単語で言い表すとすればどうなるのか、について話してみようか……。
*
はじめまして。 初投稿、しゃぼんだまと申します。
普段は別名義で活動しています。
不慣れなのでたどたどしい文章ではありますが、前々からちょくちょくとこのスレッドを見させて頂いてました。
今後ともお世話になる機会があるかと思いますので、よろしくお願いします。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.198 )
- 日時: 2018/06/08 17:48
- 名前: 月 灯り (ID: M/b/nRt2)
名前も知らないのに、声をかけた。
それは、運命だったのかもしれない。
「ねえ、君。こんな所で何してるの?」
私は、木に背を預けて座っている、目の前の少年に話しかける。きっと年は15歳くらい。
彼は重たそうにまぶたを持ち上げて、ゆっくりとこちらを見た。
「お前こそ、何してんの……」
言い終わらないうちに、彼は、また下を向いて再び目を閉じた。年上の女性に向かってお前呼ばわりすることを咎めようかとも思ったが、寝言の一種なら仕方がない。私は再び開きかけた口を閉じた。急にやることがなくなって空を仰ぐ。頭上には木々の狭い間からたくさんの星が見えた。
夜の森。そう呼ばれるこの場所は、昼でも夜でも薄暗い。私はまだ、ここに人が出入りするのを一度も見たことがなかった。私自身この場所に着いて数日、というのも原因だろう。
私は再び彼に視線を落とした。その美しさにはどこか見覚えがある。白く、透き通って柔らかい髪が、やや長いまつげにはらりとかかり、やはり透き通るように白い肌と細い輪郭の線が、儚さと繊細さを添える。ちょうど、彼の座っている場所だけに月明かりが差し込んでいて、スポットライトのように、彼だけを照らしている。その様は、まるで、古代の悲劇のヒーローが全てを失くして、たった今、静かに死んでしまったかのようだ。
ただ、ただ、白く、美しい。ろう人形のようで、生命力すらも感じ取れない。まるで、かつてのあいつのようだ。ふと、不安になって彼の首元に手を当てた。
良かった、生きてる。
それで起きたのだろう。きっと私の手が冷たかったから。
「んん……、誰?」
目をこする仕草に若干のあどけなさを感じた。私は尋ねる。
「私はアルト。君は?」
「俺は……ラズ」
ラズ。そう、そっか。
「どうしてここにいるの?」
私は腰を低くして、彼に目線を合わせた。
「……どうしてか、来なくてはいけない気がして。ずっと何か探しているんだ。俺の……、俺の古代の(ふるい)記憶が俺に語りかけるんだ。信じられないかもしれないけど」
「……そう」
……ああ、やはり。改めて彼の顔を見た。
月明かりに反射したグリーンの瞳が私を捉える。 惹き込まれそうな美しさで。
「君はきっと、私を探していたんだね」
「えっ……?」
彼は目を丸くした。突然の言葉に驚いているのだろう。私はあの台詞を口にする。
「約束の地で、名を返そう」
あいつとの約束。なんてばかげているのだろう。
「!?……あっ、俺、その約束、知ってる……! 記憶が……また、少しだけ……」
彼は、不思議と驚きの入り混じった顔をした。
「君は私と名を交換しに来たんだ。君の前世と私――いや、私の前世の約束で」
「…………本当に? 交換するとどうなる?」
彼は半信半疑だ。無理もない。前世だとか何だとか。
でも記憶が語りかけるのだろう? 君は、あいつの生まれ変わりなのだろう?
名前を交換するとどうなる、か。正直何も起こらないだろう。私とあいつを縛り付ける、ただの約束。来世でもまた会おう、と。または呪いかもしれない。後世の名が、きちんと、交換された"ラズ"で生まれてくるのだから。
でも、この約束は正確には果たせない。
ねぇ、あんたが死んでからもう1000年経つね。世界はだいぶ変わってしまった。
「うん、本当。呪いから解放されるの」
「えっ……俺、呪われ……えっ」
私は彼が信じると知っているから嘘をつく。だって君はあいつにそっくりだから。
「そう。ねっ、名前、交換しよう」
「……お願いします」
まだ衝撃を受けてる君には少しだけ申し訳ないけど。
「じゃあ今日から君はアルトだ」
「……うん、あなたはラズだね」
私は少年に別れを告げる。あいつの生まれ変わりである君とは一緒にいられない。
だって、思い出してしまうから。
"ラズ"。私はあんたが1000年間預かっていてくれたこの名前と、これから新しい世界を歩む。
ねぇアルト、最期の約束、守れなくてごめんね。私にはきっと来世も訪れないし、天国で会うことも叶わないと思うから。でもね、あんたが見守っていてくれるんなら、この世界も悪くないかなって思えるんだ。だから、お願い。
私はさすらいの旅人。本日より名はラズ。
***
どうも、こんにちは。2回目の参加となる、月 灯りです。皆さんのを読んでると、上手すぎて心が折れそうになりましたが、前回の自分のよりは上手くかけたんじゃないかなって思います!個人的にはこの話、好きです。が、わかりにくい話でごめんなさい。
少しでも多くの人に楽しんで頂けたら幸いです!
(一回投稿したのですが、インデントが上手く表示されないのですぐ削除してしまいました。すみません。これでダメだったらインデントは諦めます。)
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.201 )
- 日時: 2018/06/09 23:20
- 名前: すのーふれーく (ID: pWlpeJgg)
名前も知らないのに、好きを募らせていた。
勘違いしないでほしい。これは、少女漫画にありがちなレモン味の恋愛感情とは似ても似つかない。味の種類で言えば、あの日二人で飲んだサイダーを思い浮かべるけど、そんな爽やかなものとは程遠い。今、口の中に広がる血の味によく似ているかもしれないけれど。
二回目の邂逅を果たしたときは、夏の終わりを告げるヒグラシ達が、夕暮れの涼しさを演出していた。殺意に満ちた太陽に唸っていた日々は過ぎ去り、アブラゼミの代わりに蜻蛉が緋色を引き連れて目の前を流れてゆく。
堤防から見下ろす川の水は茜に染まり、もうとっくに門限を過ぎていることを思い出させる。鴉の鳴き声が私を叱っているみたいに聞こえた。帰らなくちゃ、怒られてしまうから。
立ち上がろうとした私の腕を、隣に腰掛けてい彼がやんわりと掴む。彼を見れば、迷子の子供みたいに不安そうな双眸が、私を見上げていた。
「あ、ごめん。もう、帰るの?」
「……ううん。帰らない」
私は曖昧に笑って、もう一度座り直した。帰ったらどうせ怒られるのだから、いつ帰ったって変わらないだろう。殺人を犯した人間も、一人殺したらもう一人殺すのも二人殺すのも変わらない、という思考に陥るらしい。私の思考は殺人犯レベルか、と自嘲した。
引き止めた彼は、隣で申し訳なさそうに視線を落としている。前会ったときもそうだった。空から逃げるみたいに、下ばかり向いている。暗いやつだな、と内心笑っていた。
「そういえば、前はお互いに名前すら教えなかったね」
彼がそんなことを言うけれど、そうだねと答えた私も、話を振った彼さえも名乗ることはない。自分の名前が嫌いな私は口を噤んで笑ってみせるだけ。それを見た彼が困ったように眉を顰めていた。相手の出方を待つみたいな沈黙がしばらく続いたけれど、折れたのは彼の方で。
「僕はY」
また、二人して黙って見つめ合う。それでも静寂が訪れないのは、ヒグラシが鳴き続けているから。私達の周りには蝉ばっかりだ。
「そんな、容疑者みたいな名前なの?」
「違う。嫌いなんだ、名前」
「そう。私と同じだね」
嫌いだからって、まともに名乗ろうとしない。卑怯な少年だ。私は彼とは違うからちゃんと言う。
「歌方 海月。歌に方向の方に、クラゲって書いて、みつく」
「綺麗な名前だね」
「だから嫌いなんだよ。私には似合わない」
僕はそうは思わないけどね。と、彼が独り言みたいに言ったのを、聞こえなかったふりをした。嬉しさと、それをかき消すほどの嫌悪感が同時に湧き上がったのを、隠すのに必死だった。でもきっと、凄く変な顔をしてしまったと思う。幸い顔を上げない彼には、見えなかっただろうけれど。
「それに、消えちゃいそうな名前してる」
水面に揺れる泡沫のように、声が震えた。お母さんは私に消えてほしかったのかな。そんな思考に陥るくらいに、儚い響き。だからこの名前が嫌いだった。
「羨ましい」
ぽつりと零された彼の言葉に寒気がした。まだ十分暑い季節なのに。
空から逃げる彼は、やっぱり顔を伏せたまま。黒い髪の下に隠した表情は窺えない。
「消えたいって、思ってるの?」
「……君には、わからないよ」
顔は見えないけれど、笑っているように聞こえた。何処か自虐的に、殆ど自分を嘲笑するような笑いだったのだろうけど。
「そんなことない」
否定する私に対して、彼は首を振る。
「僕なんか、干乾びたミミズみたいなもんだし。君は太陽にそっくりだ。君と僕は絶対に違う」
「あは、私が太陽ならYくんを殺すのは私だもんね」
本当にじめじめとしたミミズみたいな、陰鬱な少年だ。泥濘に足を取られたまま、何処にも行けないで、置いてかれてしまうのだろう。
「君になら、殺されたい」
「なにそれ気持ち悪い」
私が笑ってそういうと、彼は泣きそうな顔をした。そんな顔が愛おしくて、私の笑顔がより歪になる。
暗くて気持ち悪くてジメジメしていて、茸の苗床みたいな彼のことが、私は好きだった。彼といると、心が満たされていくから。
彼を蔑むことが、疎むことが、私の心に優越感をもたらす。だから好き。大好き。
知らぬ間に口内の皮膚を噛んでいたようで、血の味が口の中に広がっていた。苦いようなしょっぱいような、よくわからない、錆鉄の味。この大好きは、何処か血の味に似ている。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.202 )
- 日時: 2018/06/10 03:20
- 名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: jsGJCRkw)
名前も知らないのに、ぼくはあなたが大好きだって確信持って言えるんだと、そう言ったらあなたは嗤うのでしょうか。そのぽってりとしたまぶたを長いまつげと一緒に伏せて、きゅっとばら色の口の端を引き結んで、何かこらえるように笑うんでしょうか。
不甲斐ない従僕でごめんなさい。何とかこのぽんこつな頭に詰め込もうとするのですが、大事なことを一つ覚えるはしから、大事だと思っていたことが一つ抜けて行ってしまうのです。いっそ大事なことなどこれから何一つ覚えずに、あなたのことをちゃんと覚えていたらいいのかしら。でもそう言ったら、きっとあなたは泣いて引き留めるのでしょう。服が台無しになるほど泣いて泣いて、しまいにぼくも一緒に泣いた。そんな記憶が、まだうすぼんやりと片隅にひっかかっております。
ああ、また泣いちゃった。はらはらと零れる涙が、熱を帯び始めた灯にきらきらとして宝石のようでございます。綺麗とは思えど、はてな。それ以上にいたたまれぬ心地。
拭おうと上げた指を、ふくふくとした手がはっしと掴んでまいりました。暖かさ。何処かで同じことをしたようにも、されたようにも思えます。懐かしみとともに拭き去られた透明の雫は、当然ただの塩水ですから、指を伝い空にはじけてしまいました。
「ぁあ」
あの耀きのまま、本当につぶつぶと石になってしまえば、それを大事な宝物としてとっておいて、それで何とかあなたを思い出せたのやもしれません。紐づけというのは実に偉大です。しかし現実は非情ですね。ぼくはあなたを忘れるしかないようなのです。
「 」
嗚呼やれやれ。どうしましょう。忘れちゃいけないことまで忘れかけています。何か言おうと思ったのに、声どころか言葉も出てきやしません。覚えるよりも早く抜けていって、覚えられなくなって、何を覚えていなきゃいけないんでしたっけ。何を忘れていいんでしたっけ。
ああ、いけません。この人はどなたでしょう。仕方ないのであなたの頬を両手で包んでおきましょう。何故だかは忘れてしまいましたが、そうするとあなたが笑うことは覚えております。笑うというのはとても好ましい感情です。ぼくはひとをこのましくするためにここにいます。
あれ、でも。
あなたは泣いている。
+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*++*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*++*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+
どもはじめまして
液晶に生息してます
小説苦手だけど
なんか書いたよ
一時間くらいで書いた
へたっぴだけど許ぴて
敬語執事ロボと
メカニックっていいよね
悲恋させたくなるし
ハピエンで終わらせたくなる
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.203 )
- 日時: 2018/06/10 11:43
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: KnUnN0fE)
名前も知らないのに、人は恋を知る。
そんな言葉を詩集の中に見つけた。ツンと目の奥が締め付けられて、心が苦しくなった。
私は、彼の名前をまだ知らない。どこに住んでいるのかも、何が好きなのかも、どんな身分なのかも知らない。澄んだ緑の瞳と、思慮深い性格と、川の向こう岸でくしゃっと笑う顔しか知らない。
私、それしか知らないのね。だって、身分を明かすことは禁じられているんだもの。なのに、こんなにも彼のことを想ってしまうのが、不思議で、苦しくて、悲しかった。ほんの短い別れの言葉を与えて、彼はいなくなってしまったのだから。
「まるでロミオとジュリエットみたい。でも、私は彼女よりもっと賢い」
この広いお屋敷には、たくさんの本がある。今日読んだ詩集も、私の部屋の本棚に置いてあったものなの。天井に届くほど大きな本棚が壁一面に置いてあって、どれも下から上まで本がぎっしり。どの部屋もこんな感じだから、読み切るのは当分先だろう。百年経った今でさえ、この部屋の半分の本しか読めていない。でも、大事な本が置いてある場所は知っている。
お父様がいない間に、こっそり部屋に忍び込んで、必死に書き写した。お父様の机の上には怪しげな生き物が蠢いている。瓶の中で縮んだり、膨れたり、歯をむき出したりしてこちらを見てくるの。試験管に繋がれている管も慎重に避けないと。中にどんな液体が入っているか分からないわ。ぬらりと発光した緑や紫の液体が泡立っている。部屋を出る前に、『サラマンダーの鱗』を一枚取るのを忘れずに。お父様の部屋は何回も忍び込むと、怒られて罰を受けてしまうから。最後に机のランプを消して、本棚の片隅にあった革表紙の本を元に戻して、怪しい地下室への扉を閉じたら元通り。魔法の鍵もちゃんとかけ直したわ。
「βπΔΘα*?」
残りの材料を集めましょう。お屋敷には呪文を唱えたら、ありとあらゆる場所へ繋がる扉があるの。普通に行こうとしたら魔法陣を用意しないと行けないところや、それでも行けない場所へも、扉を開くだけで大丈夫。
まずは『妖精の羽の鱗粉』を集めましょう。清らかな川のほとりに彼女たちは住んでいるわ。でも『鱗粉』を集められるのは、日の出の僅かな時間だけ。飛び立った彼女たちの羽は、夜の風と朝の光に染められて一瞬だけ淡く色づく。その羽を川のせせらぎで洗うと、星屑のように輝く鱗粉が流れ出すの。水が入らないように、小瓶で丁寧に掬わなきゃ。
『人魚姫の歌声で作られた涙』は、たしか北極の海で見つけられるはず。夜空に虹色のカーテンがかかるときが偶にあって、その時間に人魚姫が歌わないと空が泣いてくれないから、見つけるのは大変。今の人魚姫は誰だったかしら。寒いところが苦手な方だと、次の代になるまで六十年ほど待たないといけないわ。私の寿命は長くても、その頃には彼が死んでしまう。
『三途の川の水』を汲むときは、絶対にドラゴンの皮手袋をつけないと。ちょっとでも水や土に触れてしまったら、完全に落とさないとこの世に帰ってこれなくなる。水を汲み終わったら、手袋で容器の周りを拭きとって、水にそのまま流してしまいましょう。もちろん、靴もね。
あと足りないのは『獏の食い散らかした夢の皮』と『エルフの骨壺』。それから魔法陣と『千年蝋燭』も作らなきゃ。
「εΣ#α!γ……」
『三途の川の水』で『サラマンダーの鱗』を煮て、真っ赤な液体を作ります。
『人魚姫の歌声で作られた涙』は丁寧に削って、完全な球体にしてくださいね。
『エルフの骨壺』は中から骨を取り出して、粉々に砕きましょう。
そして『千年蝋燭』の蝋と混ぜてよく練ってください。
粉っぽさが消えて、滑らかな白磁器のようになったら十分です。
魔法陣の用意はできていますか? 術式は【禁忌の五術】の四番目のものです。
あなたの血液を使って、滲まないよう、正確に書きましょう。
魔法陣の中心に『獏の食い散らかした夢の皮』を置いてください。
その中に『エルフの骨壺』から作った骨、『三途の川の水』を煮詰めた血液、『人魚姫の歌声で作られた涙』の目玉を詰めてください。
『想い人の髪の毛』はありますか?
心臓の位置に、あなたの指一本と一緒に入れましょう。
『獏の食い散らかした夢の皮』は『千年蝋燭』の火で炙れば閉じられます。
閉じたら、仕上げに『妖精の羽の鱗粉』を満遍なく叩いてください。
「最後に、呪文を唱えて魔法陣を発動させたら完成」
自室の床一杯に書かれた血の魔法陣。すっかり乾いて、赤黒く変色していた。閉めきられた窓と扉は、室内の異臭を閉じ込めている。貧血と酸欠で頭が痛い。でも、これで完成する。
私は、ジュリエットのように愚かではない。別れが嫌なら彼を作り出して、魂を閉じ込めて、私のものにしてしまえばいいの。人間の寿命は、私たち魔女から見たらほんの一瞬。でも、ここに召喚してあげたら、私が飽きるまで半永久的な命になるわ。
「&Dδ∬σαΚ…………Δβ%?@*」
「κε#/ω!」
ゆっくりと、目を開けた。魔法陣の真ん中に置いた繭が、オパールのように輝きつつ、小刻みに振動している。それはやがて白濁色になり、魔法陣を吸収して赤黒く染まった。相変わらず、ぶるぶると不気味に動く。動きはやがて緩やかになり、完全に停止した。
「そんな、どうして! どうして彼はここに現れないの! なんで!」
魔法陣は完璧だった。材料もちゃんと手に入った。本も一字一句違えず書き写した。なのに、彼の魂はここに現れない。髪の毛を取りに行った時、あんなに幸せそうな寝顔をしていたのに。
「嫌だ。私は、賢いのよ。お願いだから私を喰わないで。ねぇ、術は完璧だったでしょ? ねぇ!」
繭がまた、ビクッと動いた。中に収める魂を求めて、ずるり、ずるりと近づいてくる。禁忌の魔術における失敗は、死。術者にそのまま呪いとして跳ね返ってくるのだ。魔法陣は、私の血で書いたから。
窓も扉も開かない。追い詰めるように、繭はどんどん膨れて大きくなる。もう、どこにも逃げ場はなかった。私は彼の名前を聞きたかっただけ。彼の笑顔を見ていたかっただけ。本の話ができる相手が欲しかっただけ。ただ、名前も知らない彼を愛してしまっただけ。
魂を吸い込んだ繭は、ゆっくりと女の形に変化した。黒髪の綺麗な、若そうな女だった。彼女は虚ろな目で立ち上がる。
「βπΔΘα*?」
カクン、カクンとおぼつかない足取りで、水の中に女は入る。その様子を眺める若い男が一人、向こう岸に立っていた。澄んだ緑の瞳が悲しげに閉じられる。
「ごめんなさい。私は、ちょうど一日前に戦死したんです。この場所からは全て見えるけれど、何も言うことはできないから」
その言葉は、彼女に届いたのだろうか。川の底から、泡が三つ浮かんできて、消えた。
【人造人間の生成法】
*
こんにちは。
ちょっと趣向を今回は変えてみました。
絵本を想像していただけるとしっくりくるのかな、と思います。眠い。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.206 )
- 日時: 2018/06/10 21:24
- 名前: 「五人」一同 (ID: 0SXf/J6A)
名前も知らないのに、彼女は笑っていた。
それが、僕と妹との最初の出会いである。
「…ん?どうしたんですか?」
そう言って僕、小見央(おみひろし)が、車椅子に座った目の前の少女に語りかける。
何故彼女は笑っているのだろう。
何故、彼女は笑って、いるのだろうか?不思議、不思議、不思議でよく分からなかった。
「…」
彼女は喋らない、喋れない、だから分からない。
「…はぁ、分かりました」
無言の少女に僕は返答を諦めた。
彼女の名前は、小見治巳(おみはるみ)。
僕の妹で、「弟」でもある。
簡単に言ってしまえば、「性別は書類上では女だが、見た目は男」なのである。
他人に説明するときは「この子は性転換して、男になった存在だ。」と、説明している。
だが、普通、この説明を受けて、「はい?」という返答しか、聞いたことがない。
普通、「この子は性転換して」っていう部分が理解がし難いのだろう。
それは仕方ない、それは僕でもそうだったからだ。
まず、治巳は「僕の妹ではない」からだ。
僕の両親が別れて、母方に吸収され、その後、母は僕と同年代の娘を持つ、男性と結婚した。
継父、義父である。
そのときに僕は妹、治巳と出会ったのである。
僕と出会ったときはまだ、治巳は男ではなく、見た目も中身も女の子だった。
「何とも可愛らしい娘だろうか?この娘が僕の手の中に?彼女の下着も彼女の股間も彼女のお尻も彼女の胸も彼女の母乳も、全部全部僕の物になるのか」なんていうふざけた事は思わずとも、流石に「この娘が僕の妹に?何とも漫画みたいな出来事だろうか?」とは思った。
だが、そんなことを思っても、「たかが妹(血がつながっていない)、下着姿を見ることはあっても、その先は基本ないよなぁ?」などと、高を括ってはいたが、まさか、治巳はそれを呑気に、自由に、勝手に踏み外したのだから。
「央さん?少し話があるんです」
「はい?何ですか?」
「えーと…此処では話せないことなんです」
「話せないこと…成程」
僕は「それほど重要で大切なことなんだろう」と思った。
だから、僕は彼女の手をつかんで、自室へと運んだ。
自室は青色を基調とした、質素で、ベッドの木組み部分以外は青を基調としていた。
別段「青が好き」ってわけではないのだが、色の選択が面倒くさかったので、仕方なく、青にしただけだが。
「さて」、と僕はベッドに座って、治巳を机に備わった椅子に座らせる。
細く、長い足が白のワンピースの中から見える。
もう少し栄養をとらないと、そんなことを思っていたところだった。
「央さん、聞きたい事があります」
「何でしょうか?」
自分が淡々と彼女に返答、すると彼女は「女の子が男の子になる、それって可笑しいことですか?」と発言した。
「可笑しいね、いや、性別転換は流石に人道に反している、僕はそう思うよ」
本心を治巳に伝えた、すると治巳は「そうですよね…知り合いに伝えておきます」と言う。
何だ、知り合いの話か、僕はそう思い、安堵した。
一応言っておくが、僕は男尊女卑をあまりよく思っていない存在だが、かといって、男卑女尊もあまりよく思っていない。
性別のことなんて、個人的にはどうでも良いからだ。
だが、流石に性別転換はダメだと思う。
本心を彼女に伝え、彼女はどう思うのだろうか?と思ったが、まぁ、友人だ、僕には関係ないよなぁ?と思って、「それでは、失礼しました」と言って、彼女は自室を出た。
そしてその夜、僕が寝ようとすると、治巳と父親、更に母親の声が聞こえた。
自室は二階、言い合いは一階から起きているので、おぼろげに聞こえるだけだが、母は治巳を応援、父は治巳を罵倒していた。
流石に僕は母の味方、母の意見を尊重する。
血縁がない父の味方ではない。
面倒になったので、僕はイヤホンを耳に付けて、寝ることを考えた。
そして、翌日、急に僕は両親から言われる、「治巳が入院する」と。
流石に昨日の言い合いで父側が傷つけたか、と思った。
そして一ヶ月が経った、自分は洗濯物の中の治巳の下着やブラジャーを畳んでいるとき、「ただいまー」と、玄関から可愛い声がした、治巳だ。
僕はリビングから玄関に移動し、「おかえり」と、そう呟こうとしたとき、先にリビングの扉が開いて、自分の目の前に「髭面の男性」が立っていた、その男性の口から、「央さん、お久しぶりです、性転換しました!」と、「男性の顔から治巳の声」がした。
唖然、まさか、妹が性転換とは。
まぁ、どうでもよかったので、「あっ、そう、おめでとう」と、上辺だけ喜んだ、そして抱きしめた。
「ちょっと恥ずかしいですよ…!」と言うが、自分はずっと抱きしめた。
まさか約一ヶ月、約一ヶ月も性転換手術及びホルモン注射及びリハビリを行っていたのか…自分がそう思っていた矢先、彼女はまた入院した。
何度、何度入院すればいいのか?そんなことを思いながら、彼岸花でも持って行ってやろうか、と思ったが、流石に僕の友人が止める。
仕方ないので、そこら辺の雑草でも拾って、添えようとした。
雑草と言っても、色とりどりな雑草もある。
そして、何種類かの雑草を掴んで、治巳の病室へと向かう、扉を開けて、自分の目に入ったのは、「左足をつられ、首を包帯で巻かれている姿」だった。
えっ?どういうこと?治巳は何でこんな重傷に?そう思い、筆談で聞いた。
話を聞く(聞くと言うより、読む)と、治巳は友達と歩道橋の上で帰宅中、片思い相手にナイフで切られ、更に歩道橋の階段から突き落とされ、足を骨折していた。
ナイフで切られた場所は喉、喉を切られたせいで彼女はしゃべれなくなってしまった。
まぁ、手術すれば治るかもしれないが(僕は声帯を切っても復活するしないが分からないから、そんな判断しかしなかった)、だが、骨折だけは治せない。
一日で完治するものではないから、少々やっかいである。
でもまぁ、生きているから大丈夫か、自分はそう判断して、「安心した」と、返答した。
そしてその日から治巳の介護(言い方は悪いが)が始まった。
案外面倒だったが、案外楽しかったりする、治巳のトイレにつきあったり、風呂にも入った。
これが今迄の話で、今からの話は冒頭の「車椅子に座った目の前の少女に語りかける」場面になる。
「…君が性転換をした、だから攻撃された、か…」
こくこくと、頷く治巳、そして僕が自信の胸を揉みながら、治巳に言う。
「大変だねぇ、僕の場合はそんなことなかったのに」
「!?」と言いたげな顔をする治巳、あー、そういや僕のことを言っていなかったな、そう思いながら治巳に行う。
「そういや、君には言っていなかったな?僕は「見た目女、中身男」なんだよ、まさか血もつながっていない兄妹が互いの性に、なろうとは?」
「!?!?!?」
衝撃の発言をして、治巳がだんだんと冷や汗を流す、「えっえっえっ?どういうこと?」と、筆談で記す治巳、だから、自分は言う。
「えっ?いや、普通に僕は見た目女の、中身男なんだって?ずーと、君は僕を「女」と勘違いしていたよね?「最初、出会ったとき」から」
「…、…、…、」
完全に治巳は驚愕している、自分はその場で「おっと、もう時間だ、それじゃあ、今から仕事だから?父さんと母さん、ナースの人に助けてもらってね?」と言って、治巳から離れる。
矢張り自身の正体を明かすのは面白いな?誰もが驚く、自分の正体?僕はそんなことを思いながら、スキップしながら病院の廊下を進む。
まさか、「女と思っていた姉が元男で、妹が何時の間にか元女になっていって」って…これはとんだ姉弟(あべこべ)だろうか?自分はそう思いながら、爽やかな空を見た。
初めまして、小説投稿グループ「五人」と申します。
時間があり次第、集まって、この場所に投稿します。
よろしくお願いします。
結構適当な小説かもしれませんが、宜しく御願いします。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.207 )
- 日時: 2018/06/10 21:27
- 名前: 「五人①」 (ID: 0SXf/J6A)
初めまして、小説投稿グループ「五人」の「五人①」と申します。
自分達も小説を投稿させていただきます。
自分達はみなさまの素晴らしい小説を見て、自分達も何か出来ないだろうか? 面白いことが出来ないだろうか? と、考えたところ、五人⑤が持っていた本、西尾維新著の「りぽぐら!」を、見つけ、真似をしよう、という話になりました。
なので、自分達「五人」も西尾維新著の「りぽぐら!」を真似て、小説を投稿させていただきます。
「りぽぐら!」 ルール
1、A、B、C、D、Eグループに分かれ、46音を分ける
2、一人1音選び、残りの3音は多数決で選択、選ばれた8音はA、B、C、D、Eグループ自由に使える
3、A、B、C、D、Eグループが残った40音をくじ引きでランダムに8音ずつ分ける
4、3で分けた8音はそのグループでは使用出来ない、つまり一人で使えるのは2の8音含め、残りの40音
5、……や──、句読点は記号扱いなので、使用可能
6、濁音、半濁音、拗音、促音は基本の音と同じ扱い、音引きはその際の母音とする
7、タイトルで使用禁止単語があっても気にしない
……というルールです。
それでは、「りぽぐら!」風小説(小説なのか?)を書かせていただきます、もしも「五人」の投稿がこの場所のルール違反なら該当の投稿を消させていただきます。
それでは「五人①」、「五人②」、「五人③」、「五人④」、「五人⑤」の作品をどうぞ。
では、トップバッター、行かせて頂きます。
Aグループ 使用禁止ワード あ、き、そ、て、に、ふ、ゆ、る
Aグループ 使用自由ワード け、つ、と、の、は、め、を、ん、使用禁止ワード外の合計38ワード
名前も知らないのに、僕は図鑑のような重厚な本を使用し、名前を探し、少し頭(こうべ)を掻いた後、困った、と、戯言を吐いた。
何故、僕の探し物が見つからんのだ!僕はこんな事を思いながら、本を机の上へ置いた。
何故、見つからない?何故?何故?何故?僕は考えたが、思いつかなかった。
どれを探し、どれが見たいのか?僕の探し物とは、「花」だった、凄く美しい「花」、「華やか」な花だった。
僕は色々な花の本を読むが、見つからなかった。
これは困ったなぁ、こう思ったりもした、だけれど、頑張れば絶対ヒットの可能性も有すはず。
だから、僕は頑張りながら本を読み続けた。
「…中々大変だ」
こんな事を言い、僕は背もたれを使用した。
一体どんな花だっただろうか?今となり、忘れたのが悔やむ。
「悔やむことを考えんのは無駄だな、さっ、他の事を考えよっと」
僕は椅子から立ち、所持した本を元の場所へ、運ぼうとした。
「確か、ここら辺だっけ?」
僕は独り言を放ちながら図書館内を進んだ。
と、突然だった、僕は曲がり角を曲がったら、一人の女性とぶつかり、お互い倒れ込み、驚いた。
「うわっ!?」
「ひゃぁっ!」
お互いの声が耳の中へ吸い込まれた、この声は女性だと、僕は判断した。
彼女もまた、僕の声を「男だ」と、判断しただろう。
「えっと、すみません!他を見、申し訳ないっす!」
「い、いえ!此方こそ申し訳ないと思います!」
「い、いや、こっちっすよ!」
「いえいえ!こちらも!」
お互いがお互い、謝辞しながら、落とした本を拾うという、物珍しい状態となった。
「はわわわわ…」
はわわわわ?何だ、漫画みたいな言葉は?僕はこんなことを思いながら、さっさと本を拾わないとと、思う。
終い、僕は何とか落とした本を全体拾ったが、彼女はまだ、床(とこ)の本を拾い、胸と前腕へ挟む、まだまだ床(とこ)の本は存在した、僕は仕方なく、助けを行うことを考え、行動した。
「ひ、拾います」
「えっ? えぇ、はい、すみません…」
彼女は頭(こうべ)を下げ、謝辞を行う、謝辞は別段せず、「どうも助かりました」と言えばいいと思った、何故ならここは感謝だろう、と思ったからだ。
「いえいえ、人を助けんのは、良いことっすから?」
僕はこんな事を言い、彼女の頬を赤くさせた。
何故彼女は恥ずかしがったんだろう?僕は変な感覚を覚えたが、まっ、んなもんはいっか、僕はんな事を思い、本を拾い、彼女へ渡した。
「本当、申し訳ない…」
「いえいえ?僕は拾っただけっす」
「いえいえ、本当、申し訳ないから…」
「んなかしこまらん…」
僕が言うと、彼女が「だ、だけど申し訳ないから、今度お茶しません?これを償いの代わりへ…」と言う、僕は少し悩み、仕方なく、「…分かりました」と返答した。
僕と彼女は本を元の場所へ戻した後(のち)、図書館の入り口へ移動し、ラインを交換した。
こんなことが彼女との間(ま)の話。
この巡りが僕らを恋人同士へと、進化させた。
今はもう、恋人だから色々な場所へ向かったり、対戦用のゲームなんかもした。
いつかは結婚とかも行うかもしれない、だが、こういうことを思慮したら、地味く感じられ、少しつまらないだろう。
だが、んなもんは関係ない、今は結婚の考えへ、僕らは結婚の道を進むだけなのだから…
後書き
どうも初めまして、小説執筆グループの「五人」の「五人①」と申します、以後お見知り置きを。
いやぁ、初めて小説を書いたのですが、中々に、中々に難しいですね、「文字を抜く」行為は。
ですが、「五人⑤」が言うには、「縛りがあると、作品は面白くなる」という持論があるんですが、ここのみなさんはどうなんでしょうか?私には「五人⑤」の話が逐一、いえ、一寸も理解出来ないです。
まぁ、初めて小説を書いたから、こういう思いが出来るのでしょうけど。(たぶんもっと場数を踏めば「五人⑤」の話、きもちが分かるかも?)
それでは、後書きもここまでにして、失礼します。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.208 )
- 日時: 2018/06/10 21:27
- 名前: 「五人②」 (ID: 0SXf/J6A)
Bグループ 使用禁止ワード お、か、し、た、ぬ、ほ、む、よ
Bグループ 使用自由ワード け、つ、と、の、は、め、を、ん、使用禁止ワード外の合計38ワード
名前も知らないのに、ミーはあのメスを好きになって、心は窮屈になっている。
理由は、何故?はてなである…
「…」
道を歩くミーは、今晩のご飯のメニューに頭(こうべ)を操っている…すると雨と言う存在はミーを急に襲撃、降ってくる、雨は面倒である、ミーはコンビニ近くで背を預け、休憩する事に。
ミーはこの国の存在で見てみれば、「一般の生徒」、勿論専門である。
そんなミーは、とあるメスと出会う、そのメスはにこり、と笑う。
ミーも逆ににこり、と笑う。
何故あのメスは笑っている?それはミーには「はてな」である。
んで、あの出会いの日を幾ら過ぎ、幾ら時を過ごすのははてなである、それで、時は過ぎ、ミーは気づく。
ミーはあのメスを好きになっている…!と。
いやいやいやいや!それはない!ぜってぇねぇ!ミーは頭(こうべ)の耳部分を圧迫させ、首を左右へと振る。
何故!?何で!?不能不能!計算不能!ミーは息を荒くする、何なの…?首を曲げ、腕を組んで、眉をひそめる。
「これは…「好き」、なのデス…?」
そう呟いて、ミーは左右の手を見る。
震えている、ミーという存在は、ミーという存在は「好き」という知能を頭(こうべ)に記録する…!?こんな事を頭(こうべ)に記録するとは…ゲイであるミーは狂っている!男性好きなのに、メスを好きに!?ふざけ!そんな事を心の中で呟く、それでも、「好き」という事には変更はない。
「…変デス、ミーは…」
そう呟いて、眼に水を出現させる、あぁ、ゲイであるミーはメスを好きになる、なんて…異変である。
でも、「好き」なのは真(まこと)である…って、それでは、ミーは「ゲイではなくバイ」って事?そう計算すると、まぁ…そうなの?ってレベルではある。
それでは今度「バイでーす!」って、言ってみる…?唾を飲んでミーはそう計算する。
いや、でもなぁ…ミーは既に「ゲイ宣言」を言ってる…こりゃ、言い訳できる?出来ないなぁ?いや、言い訳など不可能デス……そんな事を計算する事に呆れるミー。
はぁと、息を漏らすミー、こりゃ、参るなぁ…ミーは息を吐き、虚空を見る。
ミーはその場で膝を曲げ、その場に座り、頭(こうべ)を下げる。
…でも、「この「何」は「恋愛」という喜怒哀楽で生まれ、落ちてるもの」…そのままの、気持ちを言わないと?
ゲイでもバイでもどうでもいい、一寸でも、前に進もう、ミーはそう決意する。
告白を、する!ミーは行動するや否や、コンビニに入店、コンビニで雨具を購入、すぐに雨具を広げる。
あのメスの所に行こう!ミーは歩く早さを早め、早く進んでいく。
これは、ミーの、ミーの運命を決める恋愛記録である…
先に書く後書き
まぁ、流石にそれは前置き、前書きになるので、後に書いているんだけど。
じゃあ、紛らわしいことは書くなってーの。
初めまして、小説投稿グループ「五人」の「五人②」と申します。
「五人①」と同様、小説執筆は初めてです。
…流石にきつい、何がきついって?「文字の制限」がですよ。
相当難しい、みなさんもやってみて下さい、恐ろしいから。
使おうと思った単語が使えないと分かった瞬間、マジで腹立つから。
まぁ、後書き(後書きか?)はこれくらいにしましょう、本編の邪魔になりますからね。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.209 )
- 日時: 2018/06/10 21:28
- 名前: 「五人③」 (ID: 0SXf/J6A)
Cグループ 使用禁止ワード い、え、く、す、な、ひ、ま、ら
Cグループ 使用自由ワード け、つ、と、の、は、め、を、ん、使用禁止ワード外の合計38ワード
名前も知らないのに、俺は彼女に惚れた。一目惚れ、どっきゅんと、心に突き刺さった。
その感じの、俺の物語。
「…はぁ」
そう呟き、自分は頬を突き、天を見上げる。
「んー、どうしたの?」
その自分を見て、友人が俺に喋る。
「ん?あぁ、俺、片思ってるんだ、んで、黄昏れてる」
「ほぅん?そうか、それは良(よ)きことだ」
「だろう?やっぱり俺の友人だし、そう発言しそうって思ったぜ」
自分はそう返答し、安堵した。
この友人は時々ふざけるが、恋慕(れんぼ)が関わる物語等(とう)は興奮してる程、その感じの物語は好みだった。
「…それにしても、君が恋慕の物語を切り出したのは、珍味レベルだね?急にどうしたんだ?」
「何だと?俺だって、もう15だぞ!?思春期だぞ!?恋慕の物語を出したってオッケじゃん!?」
「ははは、確かにそりゃそうだ、おっと、もうベルか……あっ、放課後君に喋る事があるんで、ここで集合ね?」
自分と友人が喋ってると、授業が始動五分前(ぜん)のベルが起きた、もうベルが起きたか、じゃあ、俺たちは結構時間を使用してたのか、と、思考した。
「んっ?あぁ、分かった…」
放課後?どうしたんだろ?不思議に思って、自分は授業が終わった後も、帰宅を止め、放課後の教室に一人ぼっちに、地味に寂しかった、それは事実である…
そして放課後、自分は友人の言葉通りに、時間を潰して、友人の事を思考した。
放課後どうしたのだろうか?それは俺には少々分かりはせんが、友人の頼みだ、ちょっとはつきあってやろうと思う。
でも急にどうしたのか?それだけが俺にとって、小骨が喉に刺さった感じがした。
「はぁ」と、吐き、黄昏れてると、教室に友人が来た。
「君を呼んだのは他でもある、ちょっと自分の言葉を聞け」
「はぁ?どうしたんだおめ…」
自分がそう発言した、発言したその後に友人は俺の瞳を見、発言した。
「自分は、君を見てるのが変に感じるんだ…!」
んっ?不思議がる自分に向かって、ちょっとだけある胸にふにっと手を当てる友人は自分に身を近づけ、上目で自分を見る。
「自分だって、君に好感を持ってるんだ…!自分だって、ちゃんと見てよ…!」
…んっ?自分はそう思考し、思う。
「も、もしかして、友人も俺に惚れてる」って…!?自分はそう思考し、「これが世に出てる「あれ」か…」と、思う。
ってか、自分もこのことが起きるとは…俺はどうしょうか?自分は思考したが、そもそも思考はアンサーを、放棄した、本当、どうしよう?それは俺には知らん…
後書き
こんなにも難しいお題はない、五人③の言葉より。
本当、そう思う。
あっ、初めまして、五人③と申します。
今回はとても難しかった、まず、一つは「恋愛」です、ですが、「い」が使えないので、大変でした。
「恋い」もそうですし、相当大変でした、おまけにプロットの内容よ、「友人は実は女」っていうのも描写しないといけないからきつかった、これって、何とかトリックって言ったよな。
何だっけ?「しゃじゅつトリック」みたいな名前の。
でも、初めて小説書いたけど、相当頭使うな、此処の場所の執筆者は恐ろしいよ。
でも、文字抜き小説を書くのは俺たち「五人」しか、いないよな…
それでは、「五人③」でした。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.210 )
- 日時: 2018/06/10 21:30
- 名前: 「五人④」 (ID: 0SXf/J6A)
Dグループ 使用禁止ワード か、さ、ち、ね、へ、も、れ、ゆ
Dグループ 使用自由ワード け、つ、と、の、は、め、を、ん、使用禁止ワード外の合計38ワード
名前も知らないのに、奴は笑っていた。その笑みは美しい笑顔だった。
「……あぁ、暇だ。どうしてこんなに暇なのだ?」
そう呟いて、虚空を見た。自分の名前は、安堂 叶(あんどう いのる)、何を祈るのだ? というコメントは無視だ。っていう個人的な常套句を吐いて、虚空を見る視線を下にする。すると目の前に一人の女性を見つける。……「奴」だ、そう判断し、自分は懐の武器を取り出す。自分は、武器を取り出した後、武器を「奴」に向ける。
「……見つけた、これで「暇」とはバイバイだぜ!」
自分はそう言って、「奴」を見つめる。「奴」は「凄いヤバい人物」である、アバウトに言えば、「大量に人を殺した」大悪党である。
「……えっ?」
自分は少量の声で言うと、「奴」はコートに手を突っ込んで、「とある武器を取り出した」、何だこれは? 自分はそう判断し、「奴」を見つめる。
「バイバイ」
「奴」は微笑んで、そう言い、自分に「とある武器」を向け、引いた。すると「とある武器」の先端に輪を出す、そして、段々と輪は前に出て、大きくなっていく、自分は逃げずに「とある武器」の効能を受ける事にする。
受けると急に頭に痛みを受ける、な、何だこれは!? 自分はそう思い、頭を両手で包む。い、痛い! 自分はそう思う、そして痛みはマックスになり、自分はその場で崩れる。
「うわぁぁぁ!」
自分は大声で言い、そして自分は眼を覆い、四つん這いになって、倒れる──
「うわぁぁぁ!」
大声で言い、自分はすぐに起きる。あれっ? 此処は? そう判断していると、目の前にいた白衣を着た一人のデブ、ピンクの服を着たナース、二人は驚いていた。えっ? どういう事? 自分はそう思っていると、デブは言葉を発す。
「やぁ、おはよう? 元気?」
「……何なんだ?」
首を曲げる自分にデブは発言する。
「君は倒れていた、んで、倒れている君を見た知らない人は、私達に電話をしたんで、私達は電話を受けた場所で倒れた君を病室に運んだんだ。ところで、君は何故倒れていたんだ?」
「えっ? 倒れ……」
ハッとした、あっ、そう言う事なんだ。自分はそう判断し、デブに言う。
「いや、知りません……」
自分はそう言って、顎に手を当てる。全く、「奴」に気絶をやられたんだ、自分はそう判断し、内心腹を立てる。「奴」め、次会ったら、殺す、そう呟いて、自分は退院迄、院内で過ごす──
後書きのような掃き溜め
いや、別に掃いて溜めてもない。
初めまして、小説執筆は数ヶ月前迄何回もしていました、「五人④」です。
まさか、また小説を書くとは思っていなかった。
まぁ、全ての原因は「五人⑤」なんだがな。
それにしても、結構前から小説を書いていた(おつまみ感覚で軽く二年は執筆した)から、今回のプロットを見て、あっさり書けた。
一応プロットによると、「奴」って存在は「宇宙人」だそうだ、だが、「ゆ」が使えない(小さい「ゅ」も該当)から、隠すしかなかった。
とまぁ、ここ迄うだうだ書いたけど、とりあえず、こんな駄文を読んでいただき、有難うございます。
それでは、「五人④」でした。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.211 )
- 日時: 2018/06/10 21:33
- 名前: 「五人⑤」 (ID: 0SXf/J6A)
Eグループ 使用禁止ワード う、こ、せ、み、や、り、ろ、わ
Eグループ 使用自由ワード け、つ、と、の、は、め、を、ん、使用禁止ワード外の合計38ワード
名前も知らないのに、彼は自分に手を振った。それは運命(さだめ)とか、関係なしに、手を振った──
「…………」
自分、長谷 夕夏(ながたに ゆか)は扇子を使って、暑さを凌いでいた。今の時期は夏、八月十日である、まだそれはいい、だが、その『気温』が大変なのだ。今の気温は『百度』、マジで『100度』なのだ。『ひゃくど』、その暑さに自分は『はぁ』と、息を漏らした。
それにしても、昨日は気温が八度低かったんだ、でも、暑い。
何で暑いんだよ? そんな事を思いながら、机に置かれている一冊の本に手を伸ばす。本には『日本の歴史』と、書かれている。自分は本の背後からページを捲って、索引からページを確認し、『何で日本が暑いのか?』って感じのページを見る。そのページには、次の事が書かれてある。
『温暖化が進んで、日本はとても暑い国になった。それは気温を百度でさえ、超えている。今は日本以外も気温が高くなっている。他の地域では、気温が200度に近い場所さえある。』と、書かれてある。まぁ、百度の二倍、二百度である。それは何気にマジ暑いんだが? ……でも、気温が高いのは何もかも『温暖化』が原因だ、何百年も前から、『温暖化を抑えて』って、言っていたのに、『日本も、他の国もそれをめんどくさがって、温暖化の対策をしなかった』、だから今の感じ、温暖化が進んでいる。
そしてテレビを見る、テレビには小さい時からの友人の朝日 真昼(あさひ まひる)が、内閣入閣、といった文字列が出ていた、真昼もテレビの人かぁ、そんな事を思っていると、家のチャイムが鳴った、自分は玄関へと向かった。
「はぁい?」
自分が玄関の戸を開けると、玄関に、仮面をつけた謎の人物が立っていた。そして仮面をはずすと、今さっきテレビに出ていた朝日真昼が立っていた。
「おっす! お久しぃ!」
快活に発言する真昼に自分は眼を疑った。
「えっ!? 真昼!? ど、どしたの!?」
「あー、ちょっとお前に言いたい事があって、な?」
頭を掻く真昼、そして真昼は言った。
「なぁ、失礼なんだが、俺と契ってくれないか?」
本当に失礼過ぎる発言に、自分は真昼に発言する。
「な、何で契るの!?」
目を疑う私に真昼は言った。
「そんなの簡単だ、今の大臣は契りを結ぶ大人が多い、俺ももっと内閣の場所に関係を持ちたい、だからなんだ」
真昼は自分に言い、内からとあるモノを取り出し、開ける、開けると、ダイアモンドのゆ、指……! それを見て恐れる自分に対し、真昼が言った。
「なぁ、夕夏、俺と契ってくれ?」
「……えぇっ……?」
まさかの、突如の発言に自分は戸惑ってしまっている、もしも此処で『いいですよ』って言って、契るのを許可したら、自分は『大臣の嫁』になる。ど、ど、ど、どぉっ! すれば、いいんだよぉ!? 自分はそんな事を思いながら、息を飲んだ──判断は、二者択一、間違えるな、自分よ。自分はドキドキし、真昼に返事を言った──
後書き
初めまして、小説執筆グループ「五人」の副リーダーを努めている「五人⑤」と申します(リーダーは「五人①」)
いやぁ、初めての試みを行ったんですが、こんなにも、西尾維新著の「りぽぐら!」が大変だとは……やっぱ西尾維新さんって、凄いなぁ、と思いました。
多分ひらがな部分は禁止出来ているかもしれないけれど、漢字は時間がかかるので、あまり調べていません! だから「使ってるよ!」って、言われても、「ごめんなさい」としか言えませんね。
ってか、Aのプロット書くより、このEのプロット書く方が早くなってました、恐ろしいね、慣れって(笑)
というか、此処は小説練習スレッドなのに、完全に場違いな小説を書いていますよね、六個共(汗)
場違いですみません。
次回も参加したいですが、残りの四人、「五人①」、「五人②」、「五人③」、「五人④」が乗るかどうか……(汗)
それでは、後書きもこれ位にして、ご精読熟読読了有難うございます! 「五人⑤」及び、「五人」でした!
>>206
小説執筆 「五人①」、「五人②」、「五人③」、「五人④」、「五人⑤」
プロット制作 「五人⑤」
>>207
小説執筆 「五人①」
プロット制作 「五人⑤」
>>208
小説執筆 「五人②」
プロット制作 「五人⑤」
>>209
小説執筆 「五人③」
プロット制作 「五人⑤」
>>210
小説執筆 「五人④」
プロット制作 「五人⑤」
>>211
小説執筆 「五人⑤」
プロット制作 「五人⑤」
感想の返答は「五人④」、「五人⑤」以外時間がかかります、ご了承下さい。
後、誤解を招きそうなので言っておきます。
一つのパソコンで投稿しているので、IDは一緒です。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.212 )
- 日時: 2018/06/10 22:07
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: 1tergsOk)
この投稿をもちまして、第6回 せせらぎに添へて、 を終了させていただきます。
今回は趣向を凝らした作品が見受けられた印象がありますが、どの作品もまだ読めていない状況です。ですので、読み終えましたら全てではありませんが感想を残させていただきたいと思います。
皆様のご参加誠にありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.213 )
- 日時: 2018/06/11 17:33
- 名前: 神瀬 参 (ID: A2xj5MuI)
名前も知らないのに、私達は夫婦になった。
「こんなに急いた結婚ってあるんですね」
「そう、ですね」
ぎこちない敬語の応酬。もしこの光景を第三者が見ていたなら二人を夫婦だとはつゆほども思わないだろうが、道路上を歩くのは私と彼だけで、車もバイクも不気味なほど全く通らない。代わりに、じっとりとした空気とビル群、それに重そうな雲が私達を見下すように取り囲んでいる。
なんとなく、ぺトリコールという言葉を思い出した。雨を予感させる匂いとは今嗅いでいるこんな感じなのだろうか。エモーショナルなイメージを持っていたのに、それに反して少しかび臭いような気がする。雨が降りそうですねと声をかけようとしたら、一歩先に相手が息を吸う音が聞こえたので私は慌てて口を閉じた。
「すいません、いきなりこんな……」
「いいえ、いいんです。でも少し驚きました。初対面でプロポーズなんて」
「そ、そうですよね」
すいません、ともう一度男性は言った。八の字に垂れた眉が目尻にひっつきそうだ。何度も謝る気弱そうな横顔を見ていると、本当にさっきプロポーズしてきた人だろうかと疑わしくなる。もっとも自分の記憶ははっきりしているし、状況を見てこの男性以外には有り得ないことも分かっているのだけれど。
最初の言葉はたしか、こうだ。
「僕とこれからずっと一緒にいてくれませんか」
私を見つけて一瞬固まったと思ったらものすごい速さでこちらに寄ってきて、そこから間髪入れずにこの一言。私は当然驚いていたのだけど、その理由は彼の言葉以外にもひとつあった。
まさか、この町で人と会うなんて。
少し前、私の住むK町でとある事件が起きた。町中の人々が私を残して一斉に消えてしまったのだ。まず起きると同居している母がいない。家を出ると、いつもは庭の掃除をしているお隣さんがいない。出社すると、早く来ているはずのマツダさんとハヤシさんがいない。これはおかしいと思って外に出ても、人とすれ違うことがない。加えてこの町は島のような形態で、内地とを繋ぐ電車のレールは海上を浮く形で設置されている。駅に行っても電車は動かないので遠くを確認することも出来ない。
閉じ込められた、と直感的にそう思った。前夜にテレビ番組で聞いた言葉のせいだろうか。
『選ばれた人間だけが新しい次元に行ける』
消えた人々は選ばれて新次元への扉を開けたのかしら。ぼんやり考えた後で、笑いが込み上げてきた。影響されやすいな、私。
家に戻ってから、窮屈なスーツを脱いだ。これからどうしようか考えながらテレビのリモコンを操作してみると、電源はつくものの画面には何も映らなかった。もしかしたら、世界中でこの町のような現象が起きているのかもしれない。テレビ局に誰もいないのなら、番組が流れていなくて当たり前だ。
三日目から水道の供給が止まった。うちは自家発電で電力を賄っていたが、外を見るとコンビニなどの明かりは消えてしまっていたので電力の供給も同じく止まったのだろう。それから、水はコンビニの棚に陳列されているものを失敬して使い始めた。人々が急に戻ってきたら窃盗罪で捕まるのかしらと少し怖かったが、結局は精算をせずに店から持ち出した。
そうやって暫く独りの生活をしていたが、五日もすると流石に寂しくなってきて、外に出る頻度が増えた。もしかしたら私以外にもまだ人がいるかもしれない。その想像を現実にするためだけの外出だった。
何日も独りで歩き回ったが、人と会うことはおろか、野良犬猫や鳥までも見つけることすら出来ずにいた。外に出ると、ああ自分は独りなのだと思い知らされる。何故私だけここに存在しているのだろうか。私は何者なのだろうか。そんな自問をぐるぐる繰り返すのは気が狂いそうだった。そして、今日見つけられなかったら諦めよう、終わりにしようと決めた矢先に、件の男性と出会ったという訳だ。
「あの、すいません。どうかしましたか」
彼が細い声で言った。気づかないうちに困り顔をじっと見つめてしまっていたようだった。焦ってすいませんとしか言えない私に彼が何故か謝り返して、それに私がまた謝って……を何度か繰り返しているうちに、二人とも可笑しくなって同時に吹き出した。
「なんだか僕達、波長が似てるみたいですね」
「ですねー」
暫く歩いていると右手にコンビニが見えた。私が水を貰った所とは別の会社だった。三色でデザインされた看板が元気なさげに立っていて、駐車場には白いバンと電動自転車が一台ずつ停まっている。彼らの持ち主はコンビニ帰りにそのままユートピアへ行ったのだろうか。悲しそうに佇む二台は、私たちと同じく取り残された側のもの達だ。
「何か買いませんか? 」
男性が看板を指して言った。私はそうですねと返しながら、爪が少し伸びているなあとかくだらないことを考えていた。自分以外の手を見るのは、とてつもなく久しぶりな気がした。
もはや手動と化したドアを過ぎると、薄暗い店内でレジロボットだけが作動しているのが見える。私達はその前を通り過ぎて、壁際のドリンクコーナーを物色した。
私は少し悩んでから、青リンゴサワーを手に取った。水彩っぽいタッチで描かれた女性向けのパッケージが可愛らしい。彼はというと別のメーカーのチューハイを手にしていて、そのぼこぼこしたフォルムの缶にはやっぱり青リンゴが描かれていた。
レジロボットの前に缶を並べると、カメラがバーコードを認識して金額を算出する。
「1056円です。カードもしくは携帯端末をタッチしてください。1056円です。カードもしくは……」
彼はおもむろにズボンのポケットからポーチのようなものを取り出し、中身をチャリンチャリンとロボの前に置いた。
「あら、硬貨? 」
「うん。こういうの持ち歩くの結構好きで……今誰もいないから使えるかなーと」
今はどこの店でもほとんどカードや端末決済で、現物のお金を見るのは久しぶりだった。子供の頃に戻ったような感覚を覚える。
カードをタッチしてもらえないロボはずっと同じ文言を繰り返していた。私達は硬貨と引き換えにチューハイを持つと、ロボを無視して店を出た。これからの目的地は私の家だ。
*
家に着いてから、テーブルに向かい合って座り缶をそれぞれの前に置いた。彼が座ったのは、かつて私の母が座っていた席だ。
彼がプルタブをかしゃりと引いて、缶をこちらに傾ける仕草をしたので、私も同じように封を開けて乾杯をした。サワーはぬるかったけれど、喉を通り過ぎる感覚は心地よかった。若い果実の味がする。
彼との結婚は楽だった。市役所に婚姻届を出す必要も無いし、口座等の名義変更もしなくていい。ただ二人だけの、しかも口頭の約束で夫婦が成立してしまうのがロマンチックだ。ただ、書類が必要ないことで生じる問題があった。私は、彼の苗字を知らない。
「あの、あなた」
「うん? 」
「苗字を教えて」
「僕の苗字は……あ、ええと、カヤシマ。名前はユウタです」
「私はハラダ アカリです」
「アカリさん、か……えっと、いい名前だね」
ユウタさんが少し照れたような顔をしているので、私もつられて恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちになった。サワーをまた一口喉に通す。
「私ね、結婚したら旦那さんの苗字名乗るのが夢だったんですよ。昔はそれが当たり前だったみたいだけど」
「そうなんだ。そしたら、カヤシマ アカリさんだね」
ユウタさんの口から出た『カヤシマ アカリ』という言葉がとてもしっくり来て驚いた。まるで昔々からカヤシマという姓だったような気さえしてくる。こんな感覚的なことで運命を感じられる私は単純だなと思った。幸せ者だなとも思った。
どれくらいの時間が経ったのかというとき、何ものかが屋根をまばらに叩き始めた。ぱち、ぱちぱち。音はどんどん多くなり大きくなり、あっという間もなくザーというノイズめいたものに変わった。
「雨だ」
窓の外はすっかり夜の色になってしまって、しかし月明かりは無く室内灯だけが二人の目を助けている。
「まるで世界に二人だけみたいだ」
ユウタさんが呟いた。私は頷いた。雨の音は依然鳴り続いていて、私達はいずれ眠るのだろうと思った。
──────────────────
期間を過ぎていますが、運営様のご好意により投稿させていただきました。感謝致します。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.214 )
- 日時: 2018/06/20 21:29
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: byMhs1i.)
*
>>193→藤田浪漫
「人混みのレールは脱線することを許してくれない。」という描写が素敵だと思いました。視点主も駅にいるので、電車と関連させているのかなーと。
時期的にホラーが丁度良くなってきているような気がして、こうしたサイトでホラーを読むこと自体が新鮮だったので読んでて楽しかったです。
*
>>206-211 五人一同さん各位
今回のご参加ありがとうございます。
前例のないタイプの投稿でしたので、驚きました。
浅葱個人的な意見で今回の縛りへの感想を述べさせたいただきたいと思います。
縛り要素の追加は自由にしてくださって構いませんが、個人的には前段階としての説明を作品の前にされるのはなんかなぁと思います。
浅葱は独自ルールとか個人語りを見たいわけじゃないので、読むまでの画面が落ち着かないなぁと思ってしまいました。ルール提示とかは大事なんでしょうけども、浅葱としては書いてる人がどんな集団でも興味はないのであってもなくてもなって感じました。いいかげんな人間なので、結構雑に考えがちで申し訳ないです。
個人的には、ですので、運営としての意見ではないですってことはお伝えしますね。あと、カキコのサイト上部にある、書き方・ルールってページがあるのですが、そちらを参考にして書き方を変えていくと、より、らしい作品になる気がするのでおすすめです。浅葱も使ってたりしてました。
ちょっと本当に予想もしてなかったタイプの投稿だったので、落ち着かないままこれを書いているのはご容赦ください。
ただ、参加者各位の方で縛りを加えることも、それもまた小説の練習であるのかな、と思います。初めて書く方には難度は高そうだなぁと思いながらも、練習スレッドとして「添へて、」が機能しているなら良いのかなとも思ったりもします。(ω)
以下感想になります。
*
→五人①さん
本を使って出会いとその先について描かれていましたね。話のもっていきかたも、プロット通りか工夫があったかはわからないですが、いいなと思いました。主人公がどんな人かっていうのがブレて見えたので、なんだろう、地の文とかたさが合うともっと良くなりそうだなーと思いました。
ご参加ありがとうございます(ω)
→五人②さん
視点主の一人称も制限を加えられている中で、導入部としては興味を惹かれるものだったのではないかなと思います。ミーで思いつくのはおそ松くんのイヤミくらいでした(笑)
きっとこの後に続くのは異色にもみえる恋愛話なのでしょうね。報われるといいなと思いました。
→五人③さん
ちぐはぐな印象が今のところ1番強いです。制限されているということは加味しないといけないかなと思うのですが、友人が言いたいことは分かるけど、使われてる言葉が、うーんと読んでて感じてしまいました。
使える言葉の中で世界を創るのは難しいだろうと思うのですが、その中でしっかりと世界観ができてキャラクタらしさが出ると、もっと楽しめるのかなと思いました(ω)
→五人④さん
世界観がしっかり出来てるなぁと思いました。書いてたことがあるとのことだったので、成程と一人納得しております。オチが弱く感じたので、こう、難しいかもですが、オチがつくと浅葱はもっと楽しめたなぁと感じました(ω)
→五人⑤さん
「俺と契ってくれ」という部分が個人的にツボでした。内容としては今後あり得そうな未来を話していたので、分類としては近現代のSFなのかなぁと思いました。「こ」が制限されている中でのプロポーズの言葉って難しいんだなぁと感じました(ω)
*
>>213→神瀬 参さん
はー好きっていうのが一番に来ました好きオブ好き。
世界観がすごく好きで、繊細というかなんというか、めっちゃ好きです。二人だけ残されたのか、二人だけ連れていかれたのか、今後どうなっていくのかが最高に想像するのが楽しいです。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.215 )
- 日時: 2018/06/21 09:38
- 名前: 「五人」⑤ (ID: nAC79i/Q)
>>214
お早うございます、「五人」の「五人⑤」と申します。
>>今回のご参加ありがとうございます。
こちらこそ、こんなに素晴らしい小説(練習)スレッドがあって、自分も嬉しいです。
皆様の素晴らしい小説の中に六投稿もお目汚ししたのは悲しい事実ですが。
>>前例のないタイプの投稿でしたので、驚きました。
あぁ、うん……確かにそうですよね。
>>縛り要素の追加は自由にしてくださって構いませんが、個人的には前段階としての説明を作品の前にされるのはなんかなぁと思います。
……えーと、読解力が乏しい自分で申し訳ないのですが、浅葱殿が言いたいのは、「説明は最後にしろ」と、いうことですか?
>>ルール提示とかは大事なんでしょうけども、浅葱としては書いてる人がどんな集団でも興味はないのであってもなくてもなって感じました。
なるほど、では次回からルール提示は消しておきますね。
次回はどんなお題か、気になります。
>>いいかげんな人間なので、結構雑に考えがちで申し訳ないです。
いいですいいです、至極まっとうな意見ですので。
>>あと、カキコのサイト上部にある、書き方・ルールってページがあるのですが、そちらを参考にして書き方を変えていくと、より、らしい作品になる気がするのでおすすめです。浅葱も使ってたりしてました。
……えーと、それは「五人」全員がってことですか?
>>ちょっと本当に予想もしてなかったタイプの投稿だったので、落ち着かないままこれを書いているのはご容赦ください。
確かに……自分も「これはセーフかなぁ?」と三日思いました、まぁ、その三日後が締め切りだったので、「怒られたら仕方ない」って気持ちで投稿しましたし。
ってか、誰も予想はしないでしょう、「五人」の投稿は(笑)
>>ただ、参加者各位の方で縛りを加えることも、それもまた小説の練習であるのかな、と思います。
確かにそれもありますね。
まぁ、でも実際は「10個の文字を使用禁止」とか、「A~Dブロック共通して。6個の文字を使用禁止」、前者と含めて、合計「16個禁止」とかもあるので、自分達8個は温いと思いますがね(汗)
>>初めて書く方には難度は高そうだなぁと思いながらも、練習スレッドとして「添へて、」が機能しているなら良いのかなとも思ったりもします。(ω)
まぁ、「五人①」のプロットを作ったときは「こんなにも文字使用禁止は大変なのか」と、驚愕しましたし。
ですが、自分の執筆をすると、「五人①」より早く執筆できたのは、驚きですね。
「五人①」の執筆時間は一時間半に対し、自分のは三十分ですし。
(まぁ、これはプロットのお題のせいもあるかもしれませんが)
個人的な意見ですが、自分達がやった8個の半分、4個で縛ったらいいと思います。
→五人①さん
→五人②さん
→五人③さん
→五人④さん
数日後に感想の返答を行わせたいです。
時間よ、合え。
>>→五人⑤さん
>>「俺と契ってくれ」という部分が個人的にツボでした。
ありがとうございます。
「契る」っていうのは、昔でいう結婚(という意)ですからね、「ち」も縛られていたら、泣いてたと思います。
>>内容としては今後あり得そうな未来を話していたので、分類としては近現代のSFなのかなぁと思いました。
あー……まぁ、確かに近現代のSFになる、というんですかねぇ? 自分的にはよくわかりませんが。
あまり考えずに「気温が高い未来の世界」ってだけの設定だったので。
個人的なことを言えば、時代は多分2200年代……23世紀程度が舞台ですね。
それにしても気温が100度はやべぇ。
>>「こ」が制限されている中でのプロポーズの言葉って難しいんだなぁと感じました(ω)
はい……本当に大変でした。
「この」、「これ」とかも使えませんからね? 本当、地獄でした。
浅葱殿、感想感謝します。
次回もあったら参加したいです。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.216 )
- 日時: 2018/06/21 13:01
- 名前: 添へて、運営 (ID: fR9ucVL.)
五人さん宛
運営として、今回の他者著作物からインスパイアを受けた縛りを行った作品の今後について確認をしましたので、確認お願い致します。
運営二人で話し合いました結果となりますので、五人さん各位で把握しておいていただけるとありがたいです。
今回行われていた縛りに関しまして、今後は控えていただけると有難いです。
理由としましては、今後こちらで考えている内容もあること、現在も一文の縛りがあるからというのが一つです。
また、参加者様が行う様々な縛りを容認してしまうと【添へて、らしさ】が失われかねないと考えているからです。
添へて、は小説を練習するためのスレッドです。ですがあくまで、①運営の出す縛りに対して作品を書くこと、②縛りを含めた作品内でジャンル・カテゴリを自由に書く、というスタイルを崩しくないのが現在の運営としての見解です。
今後参加されます際には、ご理解の上ご協力お願い致します。
今回投稿されている作品につきましては、削除する必要はございません。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.217 )
- 日時: 2018/06/21 13:40
- 名前: 「五人」⑤ (ID: nAC79i/Q)
>>216
>>今回行われていた縛りに関しまして、今後は控えていただけると有難いです
はい、わかりました。
>>今回投稿されている作品につきましては、削除する必要はございません
その言葉に安心しました。
>>今回行われていた縛りに関しまして
……ん? と言うことは「これ以外の縛りならあり」っていうことですかね? 読解力が低くて澄みません。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.218 )
- 日時: 2018/06/21 17:36
- 名前: 添へて、運営 (ID: 12hPyF/s)
五人さん宛
言葉足らず申し訳ありません。
*縛りに関しては、質問スレの方で定義付致します。
現段階では添へて、スレッドで提示されている縛り以外のものを当スレッドで行うのは、原則として認めていません。
これが運営として統一している考えです。もし縛りを加えたいのでしたら、五人さんが新たにスレッドを作り、そこで自由に行ってください。
改めまして、こちらが提示しております条件以外の縛りに関しては、原則容認していません。
ご理解ご協力いただきますようよろしくお願い致します。
*2018年6月21日17時36分修正しました
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.219 )
- 日時: 2018/06/21 14:38
- 名前: 「五人」⑤ (ID: nAC79i/Q)
>>218
>>いかなる縛りであったとしても、当スレッドで規定している縛り以外は認めません。
なるほど。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.220 )
- 日時: 2018/06/21 19:25
- 名前: ヨモツカミ@感想 (ID: B14NH2dU)
>>めでゅさん
普通の夏のある日って感じかと思ったらローファンタジー?で楽しかったです! これ元の世界に帰してもらえるのか? って、途中読みながら不安になりましたが、普通に帰ってて良かったです。
>>しゃぼんだまさん
はじめまして、参加ありがとうございます!
画面越しの関係は楽なようで難しいですよね。文章からしか相手の気持ちを想像できないから。現に私も感嘆符多用するけど、この文書いてるとき真顔ですし(
「私」にとって必要なのは話し相手だから、多分顔を合わせて話をしようとしたら、上手く言葉が出てこないんじゃないかなとか、考えながら読んでました。ほんのり暗いけど、希望がある感じのストーリーで、好きでした!
>>月灯りさん
またいらしてくださってありがとうございますー!
インデントてなんだろと思いましたが、段落か。Wordの機能がなんか反映されない、的な現象ですかね? それはもう、投稿したあと地道に空白を打ち込むしかないのでは。大変だとは思いますがね。
私も皆さんの読んでると心折れそうになることもありますが、一人一人、その人にしか出せない個性や魅力があるはずなので、気に病まないで下さい!
今回の投稿内容、私も好きでしたよ。二人の関係性を考えるとSSでは収まりきらないので中編とかで書いたほうが良さげな感じはしましたが。
急に「古代の悲劇のヒーローが」という表現が出てきて、動揺しましたが、二人の過去について想像するのが楽しかったです。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.221 )
- 日時: 2018/06/23 09:33
- 名前: 月 灯り (ID: KK90tQ1U)
>>>ヨモツカミ さん
感想ありがとうございます! 日が経って読んでみたら、客観的に自分の文章を読めるようになったのですが、確かにSSで収まりきってない感じはしますし、思っていた以上にわかりにくい文章でした。的確なアドバイスありがとうございます。楽しんで頂けたのはとても嬉しいです。
ヨモツカミさんの文章はすごく好きで、いつも日常を切り取るのがすごく上手だなと思っています。今回のはもしかしたら日常ではなかったのかもしれませんが、やっぱり何気ない会話を切り取って、自らの世界観に人を惹き込むような文章を作れるのは本当に素晴らしいなと思います。アケちゃんのあどけなさとか、ジンくんのさりげない優しさとか、伝わってきて、短い文章からでも二人にすごく好感が持てました!
>>>神瀬 参 さん
一回読んだら、ああ好き。ってなりました! 独特なアイディアと文章全体の柔らかな感じとか、静かさとか、二人の人間性というか、雰囲気とか、しとしとと伝わってくる感じで、とにかくうまく言えないのですが、すごく好きでした!!
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.222 )
- 日時: 2018/06/23 15:11
- 名前: 「五人」④
>>214
御久し振りです、「五人」の「五人」④と申します。
早速感想返信。
>>世界観がしっかり出来てるなぁと思いました。
有難う御座います。
>>書いてたことがあるとのことだったので、成程と一人納得しております。
有難う御座います。
>>オチが弱く感じたので、こう、難しいかもですが、オチがつくと浅葱はもっと楽しめたなぁと感じました(ω)
成程。
感想有難う御座います。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.223 )
- 日時: 2018/06/26 20:31
- 名前: ヨモツカミ (ID: 1QsXnVAE)
>>月灯りさん
わあい、ありがとうございます! 凄い褒めて頂けて嬉しい!(>ω<)
今回のやつは、他スレで連載してる自創作の番外編みたいなの書きたいなーと思ったので、知らない人からしたら何だこれって思われるだろうなと思いつつ投稿しましたが、そう言ってもらえて何よりです。
何かしら月灯りさんの心に響くものがあったなら良かったです!
>>液晶の奥のどなたさま さん
はじめまして。参加ありがとうございます。
下手なんてことないと思います。少なくとも、私の心には響きましたよ。
ロボットだったんですか? てことは、壊れかけだったのかな。何処となく異常な感じと、寂しさとか切なさが感じられて、雰囲気がとても好きでした。最後の2文とか特に。読んだあとにじわっと何かが残る感じ。凄い良かったです。涙の意味と、忘れ続けてしまう悲しさについて考えると、きゅっとなります。
>>黒崎加奈さん
毎回参加ありがとう! 添へて、皆勤なの私と加奈ちゃんだけ(あと鳥類の方もか)だから、ホント誇っていいよ。忙しいと思うのにお疲れ様。
すごい、絵本みたいな雰囲気とファンタジー感と仄暗さがとても好き。純粋な恋心が悲劇に繋がるのとか、とにかく好きでした。妖精の羽の鱗粉とか、獏の食い散らかした夢の皮とかのアイテムも、ひいー好きーって感じでした! そういう単語出てくるとワクワクしてしまう。世界観がストライクゾーンだった。毎回違うテイストで投稿してくるから、多才だよなあ。
>>五人一同さん
運営としての意見は浅葱が書いてくれてるので、私個人が思ったことをお伝えしますと、ちゃんとした小説の書き方ができてないのに縛りとか入れるの、あんまり良くないんじゃないかなと感じました。
なんか、縛りをするのは自由だと思いますが、無理やり縛りを入れてるからか、言い回しとか激しい違和感があって、とても残念な感じがしました。縛り無しで書いてみて欲しかったです。
あと五人目の方の「俺と契ってくれ」が、あまり聞かない言い回しで、最高にツボでした。
>>神瀬参さん
先日、ねぎが好きって言ってたまいちゃんの文章を読ませて頂いて、ああ好きだなあって思って、まいちゃんの文章には興味あったんですけど、今回の投稿、冒頭の雰囲気から好きで、読み進めるうちに何だこれ、何だこれってなっていって、凄い、読めてよかったなあって思いました。
ああ、初参加ありがとうございますを言い忘れてました。参加ありがとうございます!
世界観も文章も、描写の雰囲気もとても好きです。なんか、こんなことを言うと大袈裟過ぎて引かれそうだけど、読み終えたとき涙目になってたんですよ(
素敵だなあって……。何かを押し付けられる感じでもなく、空気みたいに自然に入ってきて、じわっとインクが滲むみたいに広がる感じ。もー、好きです! これは恋ですね。
二人のぎこちない距離感とか、この世界の寂しさとか、二人の人柄、温まった青りんごサワー。そう、二人とも青りんごなんですよね。台詞とか、空気感も。雨の匂いがほんとにしてきそうで、良い読後感でした。こういう文章が書きたいなって思います。
ただ、期間がね(笑) 忙しかったりするのでしょうし、無理しないで欲しいですが、もし次回も参加していただけるのでしたら間にあうように頑張ってほしいです。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.224 )
- 日時: 2018/06/26 20:36
- 名前: 「五人」⑤ (ID: rPwVHl8M)
>>223
>>ちゃんとした小説の書き方ができてないのに縛りとか入れるの
えーと、それは誰の事でしょうか? 「五人」ともでしょうか?
>>あと五人目の方の「俺と契ってくれ」が、あまり聞かない言い回しで、最高にツボでした。
有難う御座います。
あまり聞かない言い回しですか……それは嬉しいです。
ヨモツカミ殿、感想感謝します。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.225 )
- 日時: 2018/06/27 11:20
- 名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: TDiaqNV.)
>>223
好ましき感想ありがたや~です
一応これアンドロイドの話として
なんかのトラブルで手放さなきゃならんってことで
記憶消去してるときのワンシーン
そんな感じで書いたやつ
たぶんきっと
この後何かの拍子に思い出して
なんやかんやで
ハッピーエンドの大団円
なんてことを想像してはいましたが
ちょっと文字数と文才ぶそくでして
しんどいだけの掌編どまり
いやはやつらたんでございます
また開催されたら
もうちょっとまともな文章で挑みたい所存です
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.226 )
- 日時: 2018/06/28 22:42
- 名前: 神瀬 参 (ID: J6XtUO1Y)
浅葱さん
うっへへ、ありがとうございます(´ω`)
今回、浅葱さんが声をかけてくれなかったらここに載らなかった作品なので、感謝しています。ありがたや……
次は余裕で間に合うように頑張ります。ストップ駆け込み乗車。
ヨモツカミさん
私はまだ継ぎ接ぎバーコードを読めていないので、背景を知らずに短編のお話として読ませていただきました。
読んでいるうちに切ないような暖かいような気持ちになって、影を抱えて生きる子らのやり取りに胸がじんわりきゅっとなりました。
継ぎ接ぎバーコードに追いつけたら、またここに読みに来ると思います。
それから、感想ありがとうございます。うわー嬉しい!上手く言えなくて嬉しいしか出てきませんが、本当に嬉しいです(?)
インクみたいって言われたのは初めてで(そもそも文をあまり出ていない)、素敵な表現だ……!と感じました。今後SSを書く上で意識したいです。
今度はちゃんと期間内に投稿できるよう努力します。怠惰な自分を叩き直すんや……
月 灯りさん
うわわ、嬉しいですありがとうございます!好きですなんてダイレクトに言われちゃうと軽率に小躍りしちゃいますね(((
月 灯りさんのSSも読ませていただきましたので感想をば。
不思議な世界観だな、と思いました。今回のテーマである「名前も知らないのに」から名前を交換するというシュチュエーション……素敵ですね。ラズとして今日明日を生きていくこの女の子は、アルトとして1000年どんな時を過ごし約束の彼を待っていたのか、と想像するとなんとも言えない気持ちになりました。
メデューサさん
雰囲気がとても好きです。小学生の宿題の絵日記に吸い込まれたようなビジョンで読むことが出来て、少年少女のキラキラした爽やかさを感じてなんだか懐かしい気持ちになりました。個人的には、ナツキちゃんがお姉さんに「私、友達です!」って言うところが好きです。このふたりがまた会えるのはいつなのかなーと想像しつつ幸せな読後感でした。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.227 )
- 日時: 2018/07/01 19:11
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: 5Cle866U)
*
■第6回 せせらぎに添へて、参加者まとめ
>>186-187 芋にかりけんぴついてるよ、髪っさん
>>188 パ行変格活用さん
>>189 半家毛 剛さん
>>190 ヨモツカミ
>>191-192 狒牙さん
>>193 藤田浪漫さん
>>195 メデューサさん
>>197 しゃぼんだまさん
>>198 月 灯り さん
>>199-200 東谷 新翠 さん
>>201 すのーふれーくさん
>>202 液晶の奥のどなたさまさん
>>203 黒崎加奈さん
>>204-205 雛風さん
>>206 「五人」一同さん
>>207 五人①さん
>>208 五人②さん
>>209 五人③さん
>>210 五人④さん
>>211 五人⑤さん
>>213 神瀬 参さん
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.228 )
- 日時: 2018/07/01 19:23
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: 5Cle866U)
*
■第7回 硝子玉を添へて、
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
*
開催期間:平成30年7月1日~平成30年7月22日
*
おかげさまで、第7回の開催となりました。
湿気も雨も多い日々ですが、徐々に暑くなってきましたね。
第6回は感想を全て書くことはできませんでしたが、どの作品も楽しく読むことができ、新たな試みとしたお題でしたが書き手側にも楽しんでいただけたでしょうか。
今後もまた、様々行っていこうと思います。
今回もまた、皆様のご参加楽しみにお待ちしております。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.229 )
- 日時: 2018/07/02 19:12
- 名前: 「五人」⑤ (ID: kcNRt/Gk)
>>214
三人の感想返信忘れてました。
>>「五人」①
ありがとうございます。
>>「五人」②
おそ松くんっていうのは、あまり知りませんが、面白い名前のキャラですね。
今度調べてみます。
確かに恋愛は報われて欲しいですね。
でも、その分恋愛は難しいですよね。
これからどうなるんだろう?
>>「五人」③
あっ、はい。
うぅむ、まだまだ精進が必要ですね…!
一気に投稿するけど、許して下さい。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.230 )
- 日時: 2018/07/02 20:17
- 名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: 1NET7W5A)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
この頼りない白さ。この無駄な長さとか弱い薄さ。こないだの激しい夕立に降り込められたそいつは、廃墟の蜘蛛の巣よろしくべったりと貼り付き、ただでさえよろしくない見栄えを更に貶めている。おまけに、その雨を乾かした風の運んだ砂埃にまみれて、触れるとざらざらとした砂粒が指先に食い込んだ。
笹の葉から、煉瓦風のコンクリが敷き詰められた石畳モドキへ。でろりと垂れ下がって広がり散らかす細長い紙に、私は一つの結論を導く。
「天女のはごろも」
枯れかけた笹には三ロール分のトイレットペーパーがロールごとぶちまけられていた。
寂れて廃れ切った商店街の一角、傍の通学路を通る学童どもの為に、商店街の主である狸みたいな爺さんが用意したものだった。とは言え、耄碌した爺さんは梅雨入り前からこれを街路に放置していて、最初こそ手作りの七夕飾りや季節の花や、それこそ願い事を書いた短冊で綺麗に飾られていた笹は、今や悪童のプリミティヴなうっぷんと害意の捌け口にしかなっていない。青々としていた葉は水の供給も断たれた末に黄色く萎れ、短冊はその悉くが悪意ある黒塗りや卑猥な落書きに書き換えられ、飾りは雨風に晒されてボロボロに風化している。
そして、本番を目前にしてこの有様。最近の小学生男子はこんなことでしか自分の欲求を満たせないのだろうか? そうだとしたらとても憐れだ。この死にかけた笹にとっても。
「ゴメンナァ。天女さまの落とし物のせいでみすぼらしくしちまってナァ」
蜘蛛の糸のように貼り付く紙を摘んで、息も絶え絶えの笹から取り除けてやる。かさかさに乾いたそれは形を保ったまま剥がれ、下手くそな張り子のように私の手の中に残った。そのままどんどんトイペを剥がして投げ捨てて、残った屑も全部取り払ってやる。残ったゴミは、背後にあった自販機のペットボトル用のゴミ箱に押し込んで証拠隠滅。どうせほとんど使われないのだから、だったらゴミ箱としての存在意義を満たしてやる方がいい。ずっといい。
それから。雨と埃を吸って千切れかかった切り紙の七夕飾りや、萎れて腐れた花の残骸や、戯画化された陰茎女陰の落書きに埋め尽くされた短冊も全部引きちぎる。全部全部何もかも。使われないゴミ箱の用途を満たすべく、一心不乱に。
なんてったって時期も分からない爺さんの自己満の為に植物が被害を被らねばならないのか。何で幼稚で人を傷付けることでしか自尊心を養えないクソガキの為に、純真無垢な子供の願いが淫猥に歪められねばならないのか。私には全くもってさっぱりだ。さっぱりだからこそ、私がさっぱりさせるのだ。
振り落とし、引き千切り、切り取って、払いのける。石畳モドキの上に散らかる紙とセロハンのゴミに蓋をして、一仕事終えた。
見上げた笹はやっぱり見るも哀しく萎れているが、それでもその枝葉に絡まる悪意と幼稚さの塊が抹消されたことで、幾分かはしゃんとして見える。それがいい。それでいい。ずっといい。
「ナ。折角天女サマに目ぇ掛けてもらえたんだから、綺麗な身で迎えたいよナ」
対して遠くもない何処かから、小学校の終業のチャイムが鳴り響いた。女の子たちの黄色い声が、閑散とした商店街に近づいてくる。
私は踵を返した。私はさっぱりしたしさっぱりさせた。これに衣を着せるのはかしましき機織り女の役目で、希うのはかくも憐れましき夢見る乙女の特権だ。どちらでもなく何方もない私の出番は終わった。
夕暮れの斜陽が火星のように朱く緋く差し込む街を。同じく赤く明く染まった雲海を泳ぐからすの群れを目印に。
帰るべき夜の星空に向かって、私は帰途に着いた。
*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+
どもども二度目ぶりです
液晶の奥の人ですよ
今回もちょっとアレなくおりちーでうへぇごめんなさい
トップバッタァってことで大目に見てね
何が何だかって人のために
この小説のタイトルをば
『還俗の天女』
これがてぃーとるです
うん
あれ
つまりはそう言うこと
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.231 )
- 日時: 2018/07/02 22:22
- 名前: 流沢藍蓮◆50xkBNHT6. (ID: R3LXtcr2)
【七夕綺憚】
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。今年はどんなことを、この願いの短冊に書こうか、と。
所詮こんなのおまじないだ、書いた願いが必ず叶うってわけじゃない。おまじないなんて私は信じない。何の科学的根拠のないものなんて、私は。
私は医者になるんだ。これまで私は科学的事実の多くに触れてきたし、もう幼い頃の信仰なんて持ち合わせてはいない。
それでも、そんな現実主義者の私でも何故か、毎年七夕の季節には願いを込めて短冊に筆を走らせる。
おまじないなんて信じない。けれど心のどこかで、信じたかったのかもしれない。
サンタクロースを信じていた幼く純粋だった頃の私と今の私は、あまりに隔たってしまったけれど。
「……決めた」
やがて私は筆を取ってその紙面に、さらさらと願い事を書いていく。不器用な墨の文字が、真っ白な紙面に黒く輝いた。
「お願い……」
私には叶えたい願いがあるんだ。それを叶えるためならば、私は存在しない神様にだって縋ろうと思った。これまでは下らないプライドがそれを許さなかったけれど、今はもう、予断を許さぬ状況になってしまったから。
私の目の前、流れ落ちた一つの星。本当はそれは星なんかじゃなくて宇宙の塵が大気圏に入って燃えただけの、要は輝くゴミと何一つ変わらないのだと今の私は科学的知識を持っている。それでも、
その正体がどんなに下らないものであれ、私はそんなものにも願い、縋りたい気持ちだったのだ。
お願い、神様、存在しない神様。そして宇宙のゴミこと輝く流星よ、お願い。
信仰と科学的知識が入り混じり、複雑になった思いで、私は願った。
――お願い、あの子の病気を治して!
流れていった宇宙のゴミ、空に輝く流星がなぜか、あの子の命が終わる様を暗示しているようで怖かった。
医者を志望する少女が流れ星に願いを捧げている時、真っ白な病室で少年はぼんやりと目を開けた。少年は何度も何度も咳き込みながらゆっくりと身体を起こすと、病室の窓から空を眺めた。この小さな病室にも、季節感を出すためだろうか、七夕の笹と短冊が飾ってある。少年の横たわるベッドのすぐそばの小机にも、筆ペンと短冊が置いてあった。気が向いたら願い事を書けということなのだろう。少年は緩慢な動作で短冊を手に取り、筆ペンのキャップを外して考えること十数秒。
やがて。
「……うん、決めた、決めたよ」
そう一人ごちると、さらさらと慣れた仕草で筆を走らせていく。薄青をした短冊には、達筆な文字が記された。病気が重くなる前、彼は習字が得意だったのだ。少年は書き終わったそれの出来栄えを見て、満足げに呟いた。
「これで良し、と」
とはいえ。今の少年には、病室の入り口の辺りにある笹まで短冊を飾りに行くほどの元気はない。だから彼はそれを机に置くと、キャップを閉めた筆ペンを机に投げ出してまた、ベッドに華奢なその身を沈めた。
少年は全身にだるさを感じていた。正体不明の病が少年の身体を蝕んでいる。何もしていないのに力がどんどん身体から流失していき、たくさんの病にかかってしまう。医者によると、彼の命はこの夏の終わりまで持てば頑張った方でしょうとのこと。医者志望の少女は彼のために今必死で医学を学んでいるけれど、どう考えても間に合わない。いくら彼女が頑張っても、彼女が救いたかった少年の命はもう、あと少しで尽きてしまうのだから。
少年は星に願った。彼はまだ、信仰心を捨て去ってはいなかった。
「……長く生きたいなんて思わない。だってこれは運命みたいなものなんでしょ。だから僕は願うんだ。
――僕がいなくなっても、泣かないで、幸せに生きて、と」
少年は死ぬが少女は死なない。そんな少年が願えるのは、少女の幸せだけだった。
笹の葉を見て夏を感じ、それが最後の夏だと知って、少年の口から溜め息が漏れる。
「これが最後の七夕かぁ……」
書いた願いに悔いはない。自分のことではなく、相手のことを思った願い。
「神様、もしも存在するなら、死に逝く僕のささやかな願いくらい、叶えて欲しいなぁ……」
きらり、空の彼方からやってきて、刹那の内に流れ去る星。少年はそれに願いを託した。
星は見ている内に燃え尽きて、空に溶けて、消える。
それはまるで、叶わないよと、暗い未来を暗示しているかのようだった。
「裕斗!」
あの子の容態が急変したと聞いて、私は急いで病院に駆け付けた。あの子の病室には面会謝絶の文字。患者を移動、移動先は手術室との文字を見てそこまで走ると、緊急患者手術中の文字が、その扉に赤く光っていた。一体何があったのと、私は近くにいた看護士さんたちに食ってかかる。
私の剣幕に、落ち着いてと私を宥めようとしながらも、看護士さんたちは教えてくれた。
これまでは比較的小康状態を保っていたあの子の心拍が血圧が体温が急激に下がり、一気に危機的状況になってしまったこと。それを正しい値に戻すために、医師たちが今必死で薬を投与しているということ。
私の目の前が真っ暗になった。私は思わずその場にくずおれそうになり、「大丈夫?」と、そんな私を看護士さんたちが支えてくれた。眩暈がした。頭がくらくらして、私は何も考えられなくなった。
願ったのに。必死で失った信仰心を呼び戻して、願ったのに。今の私では、医学を学び始めたばかりの私ではあの子を治せないんだと現実を理解して、「私があの子を治す」という夢も捨て去って、必死で存在するかもわからない神様に、科学で存在証明されてはいない神様に、それでも、それでも、一縷の望みを掛けて願ったのに、一体どうしてこうなるの? どうしてあの子はこんな目に遭わなくてはならないの。あの子はただ、生きたかっただけなのに! 私の心を情けなさと悔しさが支配して、激情が胸の内を吹き荒れた。
それでも私は一縷の望みを掛けて、あの子の回復を願った。
なのに。
現実はあまりに残酷だった。
願いなんて叶わない。七夕なんてまやかしだ。
神様なんて、存在しない!
手術室がにわかに騒がしくなる。飛び交う声、緊迫した空気。それからしばらくして、医者の一人が出てきて、マスクに隠された沈鬱な表情で私に言った。
「……手は尽くしましたが、裕斗くんは旅立たれたようです」
その言葉が示すのは、あの子の死。
必死で生きようとしていて、その最中にあって私を気遣ってくれた、優しいあの子の死。
「……嘘よ」
私は現実を拒否しようとしたけれど。
医者は、言うのだ。
「ならば死に顔を見ていかれますか?」
私は虚ろな、幽鬼のような表情でうなずいて、
見た。
全身にチューブを繋がれたまま、苦しげな表情で絶命している、あの子の姿を。
ついさっきまで生きていたであろう、あの子の姿を!
私の心が崩壊した。私は叫んだ。意味のない言葉を獣のように叫んで、リノリウムの床に突っ伏して慟哭した。
神様なんて存在しない! 願い事なんて叶わない!
胸を覆ったのは絶望と悲哀。それはあっという間に私の中に広がっていき、私の全身を悲しみの色に染め上げた。
あの子は生きようとしていたのに、必死で生きようとしていたのに、何故、何故、何故! あの子はよりにもよってこの七夕の日に、死んでしまったの! 夏の終わりまで生きられないと知ってはいたけれど、私はまだ、まだ、生きていられると思っていた。「長くても」なんて言い方されたら、それよりも早く死ぬなんて考えられない。
「嘘、よ……」
激情が静まると、私は嗚咽した。あの子のために医者を志したのに、そのあの子ももういない。
悲しみや怒りを吐き出してしまった後には、どうしようもないほどの無力感と虚無感だけが、私の中に残った。
あの子が最後までいた病室には、あの子の願いが書かれた短冊が一枚、ベッド脇の机の上に置いてあったらしい。そこに書いてあった願いは、私宛だった。「僕がいなくなっても泣かないで、幸せに生きて」。自分の死期を悟っていたからこそ、心優しいあの子はあえて、私の幸せを願ってくれたのだ。あの子の優しさに胸が苦しくなる。あの子は最後まで、私のことを考えてくれていたんだね……。
あの子が死んでから三年が過ぎた。私は「医者になる」という夢をあの子の死と一緒に葬った。今の私はなりたいものも決まらなくなって、大学を中退して無為に時を過ごしている。
わかっている、わかっているわ。あの子は本当は、私がこんな風になることなんて望んではいないってことくらい。それでも、あの子の死と共に夢は砕けて、私は医者になるための勉強を続けることができなくなってしまった。
そしてまた、七夕の季節がやってくる。
神様なんて信じないけれど。信仰心なんてとうに失ってしまったけれど。
それでも、これくらいなら願うことはできるでしょう?
私は短冊を手にとって、また不器用な字で願いを記す。
「裕斗、裕斗。あの世でもどうか幸せに――」
叶ったのかなんて確認はできない願い。そもそもあの世の存在すらわからないけれど。
願うくらいならできるでしょう?
私はあの子の死を経験してから、具体的な願いを短冊に書くのをやめたんだ。そうすればいくらでも解釈が可能になり、叶わなくなっても悲しみや怒りを軽減できると、そう考えたから。
窓の外には星が降る。宇宙のゴミが大気圏内の摩擦で燃え盛り発光し、瞬く間に消える。
こうして季節は再び巡り、私は来年もまた、短冊に何か願いを書くのだろう。
あの子の死を、胸にずっと抱えながら。
******
時間がなかったので見直しはしていないです。感覚のまま自由に書きました。おそらく色々と矛盾点はあるかと。
「笹の葉」→「七夕」→「願い」と連想し、あえて「願い」を引っくり返して悲しい展開にしてみました。七夕の時の願いがかなう、じゃあまりに平凡すぎるかなぁと。
二人の関係は最初、姉弟にしようと思ったのですがおかしくなってきたので、勝手に想像してください。途中で作者もわからなくなってしまいました……。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.232 )
- 日時: 2018/07/03 13:31
- 名前: 彼岸花◆nadZQ.XKhM (ID: LyBxwAsk)
申し訳ございません、3レス使います。
◇◆◇
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。君は果たして、妻と会うことはできたろうかと。
ネオンライトが目にうるさい。それだけで目が痛くなってしまう。繁華街が賑わう中、街路樹に紛れて独り静かに佇む笹の枝が、駅前の広場に飾られていた。黄色に青色、桃色といった色とりどりの短冊。イルミネーションと違って物静かで柔らかなのに、鮮やかな色彩が目に焼き付いた。
今年もそんな時期が近づいてきたのか。ふと、笹の枝葉の向こう側に、花屋を見つけた。元気そうな若い娘が、閉店間際なのか軒先に並べていた植木鉢を片付けている。夕日を背負った花屋の店先で汗を流す彼女の姿は中々絵になった。
君も今頃は、こんな風になったものだろうか。たなびく雲を見つめた後、しばしの瞑目。そして私は横断歩道を渡り、本日最後の客になることを決意したのだった。用意するとすれば、サルビアがいいだろうか。
私の記憶が正しければ、おそらく何色のものを選んでも問題なかったはずだ。
「ねえ見てお父さん、すっごく大きな笹だね」
子供らしく無邪気にはしゃぐ君の様子を目にした私は、それだけで胸の奥がじんと熱くなった。もう長い事、君がそうやって笑っている姿を目にしていなかったからだ。病院の屋上、バスローブみたいな入院患者用の白い服を着て、自分よりも背の高い笹を見上げてぴょんぴょん君はとび跳ねていた。
時刻は確か、夕暮れと呼ぶには些か暗すぎるような頃だったろうか。宵の入り口、太陽がすっかり帰宅してしまおうとするくらいの時間帯。空に浮かぶ雲たちも、夕と夜の狭間を曖昧に漂っているせいか、紫色に映った。曖昧に境界線上を漂う、その様子が私には、君と重なってしまったせいか、幻想的な空の景色からすぐに目を離した。
その日の日付は、よく覚えている。もう十年も経ってしまったというのに。七月五日、後二日もすれば七夕がやってくるという、夏の中腹。峠の八月に向けて、段々と気温も高くなっていく、そんな他愛もない一日だ。
ただ、目を光らせて深緑の枝葉を見つめる君のおかげで、私にとっては大切な記念日となったのだ。本当に、君の言う通りだ。あの日君が口にした言葉が、今でも胸に刻まれている。
当然その屋上の笹は、七夕のために用意された代物だった。難病に侵され、病室で退屈そうに折り鶴ばかり作っていた君が望んだ、ささやかな望み。天の川に願い事を託したい。それを聞いた院長が、他の患者にとっても気休めになるだろうと、屋上に笹の枝を用意することを、一週間前に約束してくれた。
ちょっとした、子供の背丈ほどのものを用意するのだろう。そう思っていた私の予想を、彼は良い意味で裏切ってくれた。彼が用意してくれた枝葉は、しなり垂れていてそれでもなお、私の目線ほどにはあったのだから。
「何書こうかなー。ねえお父さん、どんな願い事がいいと思う?」
「さあ。それを決めるのは君自身だよ」
「そっかー。あっそうだ、ねえねえ、願い事の数に決まりってある? 一個しか駄目、とかさ」
「ない、かな……? サンタさんじゃないんだしきっといくつ願っても大丈夫だよ」
どうせなら、一番初めに「私の願いを全て叶えて欲しい」と願えばいい。そう教えてやると君は、可笑しそうに笑った。ずるいなぁ、って快活に。弾ける笑顔が、夜空に浮かぶ花火のように思えて。そう思ってしまった次の瞬間、瞬く間に消えてしまう花火などに例えてしまった自分を悔いた。
「でもそれ、頭いいよね。お父さんってば天才」
「ありがとう」
「うーん、お父さんだったら何てお願いする?」
自分が何かお願いをする前に、他の人の意見を聞きたかったのだろう。それとも、ただの好奇心だったのだろうか。私と君はよく似ていた。互いに、自分の要望なんて口にせずに、相手が悲しまない事ばかり考えていた。
「お父さんはね、君が、元気になってほしいよ」
「あー、ま、そうくるよねー。それ以外、私に関係ないことだったら?」
「他かい? となるともう、そうそう思いつかないな……」
「えー、つまんなーい。お母さんとまた会いたいとか無いの?」
それは確かに、願えるものなら願っていただろう。しかし、君の前で口にする訳にはいかない、そう思っていた。何せ妻は、君の母は、君を生んだ日に死んだのだから。
彼女が君を生んだことに後悔なんて誰もしていない。むしろ君を産むと決めてくれて、心からの感謝を贈りたい。しかし、君に対してその要望を口にするのは、ひどく残酷なように思えた。だからこそ、言わなかったのに。
「そうだね……会いたい、かな?」
「素直になりなよー。でもねお父さん、最近私は本を読むことで知ってしまったのだ。私達はいつか、お母さんと会えるんだってね」
「あっちの世界に行った時には、会えるだろうね」
「違うんだなあ、これが。人は死ぬんじゃなくて、地球からアーカイブ星に行くんだよ。地球での滞在期限が終わっちゃったら、こっちでは死んじゃった扱いになるけど、アーカイブ星でまた穏やかに暮らしていけるんだな、これが」
「懐かしいな、その言葉。映画でも観たのかい?」
その言葉は、私もかつて聞いたことがあった。と言っても私は君と違って、映画から知った言葉なのだが。忘れもしない、学生時代に妻と初めて一緒に観た恋愛作品において耳にした言葉だから。
「だから、本で知ったの」
呆れたような口調だが、その顔は不満を隠そうともしていなかった。ちゃんと聞いてよねと指摘する姿は、会った事もないだろうに君のお母さんにそっくりだった。
「ああ、ごめんごめん」
「まったくもう。でね、それが本当だったら私達はいつかちゃんと、お母さんに会えるからお父さんのお願い事は叶うんだよ」
「……それは、本当であってほしいな」
しばし私は、答えに窮してしまった。別にそれは、妻と会えるという理屈に感激した訳でも無ければ、能天気な君に対して怒った訳でもない。ただ、一つ目の願いが叶うとは言ってくれなかったことが、悲しかっただけだ。
病室に戻らなければ、短冊も鉛筆も机も無い。それゆえベッドの上に座り、君は長方形の紙片とにらめっこしていた。別に、一枚に限らなくてもいいのにと私が言っても、他の人達も短冊を書くからと主張して君は譲らなかった。
書いては、消して。また書こうとしては、消して。黒鉛とゴムとが、交互に紙の上を往復していた。何を書こうとしているのかなと私が覗き込むと、君は決まって舌を出して、体で隠してしまった。そして、「まだ見せられないから」と、顔を赤くしてしきりに唱えていた。
「病気が治ってほしい、とは書かないのか?」
「えっとねー、そのお願いはさ、他の入院してる人も皆するじゃない? そしたら私の短冊が紛れちゃって願い事が届かなさそうだなー、なんて思っちゃってさ」
「一応、ダメもとでも書けばいいのに」
「いーや。ダメもとで書くんだったらもっと叶いそうなことお願いするの」
短針はもう八を指していた。思えば、かなりの時間考えていたものだ。いつも君は、明朗快活に、ずばっと意志を決めると言うのに、その時ばかりはひどく慎重に言葉を選んでいた。書きたいこと、したいもの、すがりたい人、多すぎて絞り切れず、頭を抱えていた。
さらさら書いては、ごしごし消す。そんな時間がずっと流れている穏やかな病室。君の様子を微笑ましく見守る同室の患者さん達はもういない。他の人がいなくなったのではなくて、君が一人きりの病室に移動してしまったからだ。
ノックの音がこだまする。義父さん達が来ると言う話は聞いていなかったため、誰がきたのだろうかと振り返る。そこには顔馴染みの、看護師長さんがいた。白髪まじりの髪を後頭部で一つに束ねている。院長先生の奥さんでもあるらしかった。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.233 )
- 日時: 2018/07/04 14:20
- 名前: 彼岸花◆nadZQ.XKhM (ID: LyBxwAsk)
「短冊書いてるの?」
「うん。何か一つ、そう考えたら何にするか決まってくれなくて」
「別にいくつ書いてもいいのに」
「ほんとにいいの?」
「ええ、勿論よ」
私なら若返りたいって三十枚くらい書くわねと、冗談めかして彼女は言った。看護師長さんと仲がいい君は、ケラケラとただ笑ってた。じゃあ、明日沢山書こうと君は言って、そうしたらあの人も喜ぶわと彼女も応じていた。あの人、というのは立派な笹を支度してくれた、院長を指していたのだろう。
何せ彼自身、幼くして難病と闘い続けながらも笑顔を絶やさない、君を孫娘のようにかわいがってくれていたのだから。多分に、我儘を言わない君が隠し続けた願い事で、あの大きな笹を彩って欲しいだなんて思っていたのだろう。
「じゃあ、明日沢山書こうかな」
「そうするといいわ」
「とすると、お父さんには見せてくれないのか」
「ざーんねんでした。でも、それなら帰って来てからゆっくり見てね」
翌日と、さらにその次の日、私には出張の予定が入っていた。長野の田舎に私達は住んでいたのだが、東京の会社と新規の契約を結ぶことになっていた。それゆえ、その日だけは休みをもらって、君と二人で七夕をフライング気味に楽しんでいたのだけれど。
そのまま帰ろうかと思っていたのだけれど、君は僕を引き留めた。七夕は、短冊を飾るまで終わらないって言い張って。白紙の短冊を握りしめた君は私と再び屋上へと向かった。当然、院長先生たちの許可は貰っていた。
今日だけはちゃんと、お父さんと一緒に七夕を終えたいから。そんな事君に言われたら、従うしかない。君が転んだりしないように手をとって、踏みしめるように階段を上る。その階段は何だか長く感じられて、天に昇っているような気がして、私の心臓も不安げに震えていた。
けれども、その不安を吹き飛ばすように、扉を開けば夜の闇が広がっていた。薄い霧みたいな雲が天蓋を覆う様な空だった。朧げに輪郭が滲んだ上弦の月だけが顔を見せている。天気も悪く、顔を合わせたものは宵闇だというのに、其処が天国でない事に安堵してしまった。
けれども、今にして思えば黄泉の入り口だったのかもしれない。
眼下に伸びる道を照らす街灯は遠く、明かりなど無い屋上の景色は弱弱しい月明かりだけが頼りだった。暗がりの中に揺れる笹は、恐怖心が煽ったせいか柳のようにも見える。そんな事にもめげないで、明るい表情のまま君は、笹の葉の足元まで小走りで寄って行った。そしてそのまま、何も書いていない白地の短冊をくくりつける。まだ君は、願い事など一つも書いていなかった。
多すぎて、一枚に書ききれないから。ちゃんと明日には全部書き留めるつもりだと言っていた。けれども今は、まだこれで構わない、って。たった一枚の紙きれには、書ききれない大切な想いを、握りしめてこめたから。私の娘であるのが驚くほどのロマンチストに君は育っていた。
夜の闇、その漆黒の中で君が結びつけた真っ白な紙は、夜空の一等星みたいに鮮やかに存在感を示していた。何度も何度も書いては消してを繰り返したせいで、表面は少し薄汚れていた。想いをこめたのはあの葛藤の時間だったのではなかろうかと私は苦笑し、早く病室に引き返そうと踵を返そうとした。夏とはいえ、もう夜だった。体を冷やしてしまう訳に行かない。
けれども君は、探し物をするみたいに上空彼方に焦点を合わそうとしていた。あいにくの曇天。しかも、病院周りには街灯が多く、星なんて大して見えないのに、だ。自宅付近ではそれはそれは綺麗な星空が広がるものだが、ここでは最も明るい星すら見えそうにない。唯一、月だけが私達を見守っていた。
「見えないね、天の川」
大好きなおやつを食べ終わった時みたいに、名残惜しそうに君は唇を尖らせた。この天気ならば仕方ないさと、私は諭す。けれども彼女は、仕方なくなんて無いと私の諦めの速さを否定した。かと思えば、すぐさま機嫌を取り戻して、語尾を高くしながら君は尋ねたんだ。
「ねえお父さん、どうして天の川があんなに綺麗か知ってる?」
「……知らないな」
「ふふ、ならば教えてあげよう」
君は、自分が分からないことを空想して、私に語るのを好んでいた。海が青いのは、昔の人が沢山絵の具をこぼしてしまったからだ、などと。
「織姫と彦星を別れさせた神様はね、企んだんだよ。このまま織姫と彦星が、それぞれ別のものに目を奪われてしまえばいい、って。そしてね、二人を分かつように、硝子玉を敷き詰めたんだ。ほうら、キラキラして綺麗でしょう、って」
「これはまた、随分と輝かしいお話だ」
「むう、何さ。またその大人ぶった顔なんてして」
「そんなつもりじゃないさ。……でも、そうだね。もし天の川が、夜空に硝子玉を添へて、そうして出来上がったのだとすると……それはさぞかし、綺麗なはずだ」
「へへへ、でっしょー?」
私が肯定してみせると、途端にまた、大輪の花を顔の上で咲かせて見せた。
けれど私は知っている。その笑顔の裏で君は、寂寥に暮れていたことを。
分かっていたさ、私だって。君があの夜、天を仰いで、アーカイブ星を探していた事くらい。
だって私は、君の父親なのだからね。
そして私達は病室に戻り、お別れの時間がやってきた。明日と明後日は出張だから、八日の夜にまた会いに来るよと君に告げた。いざ、鞄を持ち上げた時の事だった。君はふと、思いつきをそのまま口にするように、早口で私に声をかけた。
「ねえお父さん、今年から、七月五日は七夕記念日だね」
「何だいそれは」
苦笑して後に、私はふと、そのフレーズが頭に引っかかった。はて、どこかで馴染みのある言葉だが、一体どこで耳にしたものかと振り返る。けれども、中々その答えは出てこない。
まったくもう、勉強が足りませんぞ。などと教師然で人差し指を虚空に向けた。テストに出ると言ったでしょう、そんな冗談まで口にして。
「俵万智だよ。サラダ記念日」
「ああ」
そこでようやく私も思い出せた。有名な近現代の短歌だ。
「大好きな人がね、この味がいいねって言ったから、七夕前日の、何でもないような一日でさえ記念日になっちゃう、そんな意味なんだよ」
「そうだったか」
「そうだったよ」
だから、お父さんと過ごせた今日は、本当は七夕でも何でもないけれど、七夕記念日なの。ほら、七夕とサラダ、って全部アの段の言葉じゃない? そっくり!
生き生きとしている君は本当に元気そうで、病気だという事を忘れるくらいだ。現に、最近は病状も安定してきていた。治る見込みは未だに無かったけれども、それでもしばらくは大事ないだろうと、私も医師も安堵していた。
今度こそ帰らなくてはならない。明日の朝は早いから。そんな風に言い訳して私は部屋を後にした。また、明々後日の夜に会おう、って。
けれども私達が次に顔を合わせたのは、本来の予定を繰り上げた、二日後の七夕の夜であった。出張先から私は、一番早い新幹線の便で、飛行機でもないのに飛ぶような勢いで長野へと戻った。
待ってくれと、何度も。何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、声には出さないまま心の中で、数え切れないくらいに叫んでいた。反響が体の中全部埋め尽くして、何も手につかず、時間の流れすら感じない。気づけば空も私の心模様と同じく真っ黒で、座っているシートはというと電車の座席からタクシーのものに変わっていた。
あんなに元気にしていたじゃないか。
あれだけ笑っていたじゃないか。
苦しそうな素振りなんて、つゆほどもしていなかったのに。
薬だって効いていたというのに。
また、八日になったら会おうと誓ったばかりだというのに。
私達はその約束を反故にして、七夕の夜に出会った。祖父母四人に囲まれた君の顔の上には、真っ白な布が被さっていた。
そう、皮肉なことに私達は、織姫と彦星が一年に一度出会える日、七夕の夜に永劫の別れを迎えたのだった。
私はその場で、泣き崩れるようなことはしなかった。けれども代わりに、怒り狂った。
別段医師や院長に理不尽な罵倒はしていない。どこに向かって唾を吐いているのか分からなかったけれど、きっとそれは天に向かって吐いていたのだろう。
どうして急変なんてしたのか。それは誰にも答えられなかった。医者も看護師も、私とて、君の病気は静かにしていると信じていた。そんなもの、病巣の気まぐれに過ぎなかったと言うのに、所詮その正体は、君を蝕む悪魔に過ぎなかったというのに、まだしばらくは大丈夫だなんて、信じ込んでいた。
壁を思い切り殴りつけ、ふざけるなとだけ溢していた。悪い夢を見ているだけだと誰かに認めて欲しかった。別に、不謹慎な冗談でも何でもよかった、後になればいくらでも笑い話にできるのだから、ドッキリ大成功とでも言って、起き上がって欲しかった。
だって君は、急変して病死したっていうのに、いつも昼寝をしている時みたいに、穏やかな天使みたいな顔をしていたから。それが、白い布をどけた君と対面し、初めに思ったことだった。頬をつねれば起きるんじゃないかなんて期待して、その頬に触れる。けれども、その身体はとっくに人肌と思えないくらいに冷たくなっていた。あれだけ柔らかかった頬なのに。
血が出るほどに、拳を壁に打ち付けた。他の患者に迷惑だったろうに、止めさせるべきだったろうに、誰もが私のその行動を止めようとはしなかった。それで気が済むのなら、そう判断しての事だったろう。
滴った血が、床を汚した辺りでの事だった。重苦しい空気の中、院長先生と看護師長さんとが私の肩を両側から叩いた。多分、荒々しい返事をしていたのだと思う。けれどもそんな私に気を悪くすることなく、彼らはついてきてくださいとだけ口にした。
何処へ向かうのか私はきっと尋ねたのだろう、短冊のところだと二人は言った。七月六日、君はせっせと願い事を書き続けたらしい。思いついてはすぐ書いて、大切な願い事も、ささやかな願い事も。ほんの少し、ふざけたような願い事も。
見てあげて欲しいと、二人は言った。君の祖父母たちも、もう既に目にしたのだろう。行っておいでと、ただ、静かな四重奏が私の背を押した。
やぶれかぶれ、だろうか。それとも、僅かに残った君の残滓を確かめるためだろうか。いいや、違う。抗うだけの気力が無かっただけだ。怒ってる風に見せかけて、壊れかけた精神を何とか奮い立たせていた。死してなお、苦しそうになんてしていない君の前で、膝を折ってしまわないように。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.234 )
- 日時: 2018/07/02 22:42
- 名前: 彼岸花◆nadZQ.XKhM (ID: LyBxwAsk)
風が強く薙いでいた。横殴りの風が、ざらざら音を立てて乱暴に笹を揺らす。折角君が書いた願いが飛ばされやしないだろうかと、少しだけはらはらした。と同時に、吹き荒れるとは何事かと、強風への強い苛立ち。きっと私は、君に顔向けできないほどに歪んだ表情であったことだろう。
先日、柳のようだと思ったことを思い返す。幽霊でいいから、君と会いたかった。
その願いが通じたのか、あるいは私を歓迎してのことだろうか。屋上への扉を開くと同時に、風は次第に弱まって、笹の足元に辿り着く頃には、もうとっくに風は凪いでいた。
七夕なのにそれは、クリスマスツリーのようだった。赤色、黄色、青色、橙、桃色に緑、グレーや水色、紫色の短冊もあっただろうか。色とりどりの長方形が、何枚も何十枚も、たった一本の枝葉を彩っていた。
綺麗だ、などと思う頃に、ようやく私の頭は冷静さを取り戻しつつあった。怒りで誤魔化した、己の脆弱さも次第に自覚し始める。私は果たして、あの子の声を全て読み切ることができるだろうかと、痛む目頭に耐えながら目を見開き続けた。
「実は、他の患者さんは短冊を書こうともしなかったんですよ。これはまず、このまま貴方が見るべきだ、って」
院長の言葉に誘われるように、私は適当に、目の前にあった真っ赤な短冊の願いを読み上げた。
『お花屋さんになりたい』
将来の夢など、一度も語ったことの無い君だった。そうか、花屋さんになりたかったのかと、私は一人溢した。君が死んで初めて、君が未来のことについて語らったことはほとんど無い事に気が付いた。
今度は、青い紙片を手に取った。そこには、また別の願い事。
『お菓子が作れるようになりたい』
また次の、短冊を手に。
『お友達と遊んでみたい』
次。
『かっこいい男の子と恋をしてみたい』
次、次、次。短冊を見てはまた次のものを手にする。君が言えなかった我儘を、一つでも多く知りたかった。
そして願わくば、記していて欲しかった。君が、生きたいと願っていたその意志を。死にたくない、って。病気が治って欲しいと、君に書いていて欲しかった。
『修学旅行に行きたい』
『お泊り会をしてみたい。できれば女子会がいいな』
『お嫁さんになりたい』
『テニスをおもいっきりしてみたい』
『オリンピックを生で見たい』
『お父さんの仕事をしている姿が見たい』
『お母さんに会いたい』
『おじいちゃん家に行ってみたい』
『もっと学校で勉強がしたい』
『妹が欲しい。って流石に無理だよね』
『色んな服を着てみたい』
『お金が沢山欲しい』
『蚊に噛まれない体になりたいなあ』
めくれども、めくれども、私の望む声なんて何一つ見当たらなかった。お母さんに会いたい、その願いが鋭く私に突き刺さる。二日前の夜に交わした会話を思い出していた。それじゃまるで、君が死にたいと願っているみたいだった。
文字が書いてある短冊、その全てに目を通した。それなのに、最後の最後まで、生きたいだなんて書いていなかった。死にたくないと言ってくれなかった。病気が治って欲しいなんて、聞こえなかった。
生まれた時からずっと、我慢ばかり強いさせていた。週に一回は病院で検査。半年に一回は入院、小学校に上がるまではずっと、そんな生活だった。しかも、通院費のために私は働き詰めであったし、独りぼっちにさせることも多かった。
もっと、我儘で、自分勝手に育ってもよかっただろうに、ある夜疲れた私に君は、なんと声をかけたか覚えているかい。待っているだけじゃ暇だから、家事を教えて、だったんだ。毎日夜中に洗濯して、早朝から弁当を作っているのも、全部負担になっていると君は申し訳なさそうにしていた。全部私が、自分で選んでいた事なのに。
甘えて、押し付けてしまったのがいけなかっただろうか。いつからだい、君が死にたいと思い始めたのは。尋ねても、答えてくれる訳なんて、もう無いのに。
茫然と、空を見上げた。ビー玉と同じ、真円になりきれていない不良品の月が浮かんでいた。天の川は、今日も見えない。最期にもう一度くらい、見せてやりたかったものなのに。
泣く気にもなれなかった。むしろ、空に昇れたことを、祝福するべきだろうか。そんな事ばかり考えて、私は項垂れる。あんなに眩しく笑っていたのも全部、虚構だったのかなどと、ありもしない幻想が私の不始末を耳元で責めていた。
もう、去ってしまおうとしていた。しかし唐突に視界に入り込んだ『それ』は異彩を放っていた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。その他様々な短冊が、それぞれ何枚も何枚も飾り付けられていると言うのに。真っ白な短冊は、一枚しか無かった。
あの日と同じで、暗闇の中でその一枚だけが、存在感を強く示していた。それはまるで、夜空に輝く一等星のように。他の数多の星に負けることなく、強い光を放ち続けていた。この短冊は、二日前に君が私の前で戦っていたものだった。
そう言えば、どうせ白紙だと思ってこれはまだ見ていなかったな。どうせ何も記されていないだろうに、仲間外れにするのが嫌で、それも手に取る。
その晩も、一昨日と変わらないように思えた。しかしその日は、雲に遮られることなく月光が降り注いでいた。それゆえ、あの日見えなかった言葉が、その夜は目にすることができた。
悪戯っぽく舌を見せて、まだ見ちゃダメだと隠した君。どうしても私に見られたくなかったのか、ある時は覗き込もうとしたら途端に消されてしまった。トイレに立つ時も、持ち歩いてしまう始末。
あの日、是が非でも隠そうとした、最初の一枚。結局全部消してしまったはずなのに、幾度も君は同じ言葉を書いて消していたのだろう。あの時君は、何を願うか悩んでいたのではなくて、この言葉を形にするか否か、悩んでいたのだろう。
七夕記念日の話をした時、君は珍しく未来について語っていたね。きっとあの言葉は、私のためを想って手向けてくれたものなのだろう。不意に脚が脱力する。そんな事にならないようにと、気を付けていたはずなのに、膝から崩れ落ちてしまった。何とか手で踏ん張って、また立ち上がろうとするけれど、力が入らない。
声にならない嗚咽が漏れる。とびきり熱い雫が、次々と目の前のコンクリートを濡らしていた。
そして私は、ようやっと望んでいた言葉を手に入れることができたのだ。
鉛筆の芯で薄汚れた白い紙。そこには、何度もなぞって跡が残ってしまった願い事が、浮き彫りになっていた。それはきっと、間違いなく、私の願望などではなくて、絶対に君が真っ先に浮かんだ願い事なのだと自信を持って言えた。
君は、生きたいと願っていてくれたんだと。
『お父さんが、独りぼっちになりませんように』
こんな時まで、君の願いは暖かい。自分よりも、私を優先してくれた。
自分が死ねば、私が一人になると分かっていたから。悲しむと分かっていたから。だから生きていたいと願ってくれた。
多分彼女は、幼い日々にたった一人の寂しさを知ってしまったから。広い家に自分しかいない苦痛を、私に伝えたくなかったから。そんな事を、書こうか書かまいか悩んでいたのだろう。
滝のような、否、川のような雨がひたすらに降り注いでいた。私の号哭は月夜にこだまし、それはまるで激流が岩肌を打ち付けるようだった。落ちゆく雫は月明かりを受け、煌いた。光瞬く硝子玉が、とめどなく次々と降り注ぐ。
あの日君が見たいと願った天の川は、奇しくも君が地球を立ち去った日に現れた。
深い悲嘆に暮れる中、君の愛情が破裂してしまいそうな私の栓を開け、壊れる前に涙させてくれた。聖夜の贈り物、と呼ぶには少し切なすぎるけれども、君の言葉は、確かに届いた。叶いこそしなかったけれど、願ってくれたその事実だけでどうしてこんなに心安らぐ。
この短冊を全て、私が貰ってもいいものだろうかと院長先生にお願いすると、快く受け入れてくれた。君の本音の詰まったそれは、紙きれでありながらも、確かに君の分身と呼ぶにふさわしい。
ひとしきり慟哭して後、私は看護師長たちに導かれるまま、両親たちの所へと戻った。去り際に、見えざる記録の星に想いを馳せる。
願わくば、君たちが出会えている事を。
そんな想いだけ、夜の中にそっと送った。
家につき、ドアを開けるより先に、庭の方へと向かった。そこには、小さな墓標があるからだ。あの日貰った君の欠片を、アルミの箱に入れて土の中に埋めた。我が家にある、小さな君の墓標。寂しくないようにと、ちゃんと妻の使っていたスカーフも共に入れておいた。
先ほど買ってきた、サルビアの花をそっと置いた。色とりどりの花を見ていると、あの日の短冊を思い出す。何色がいいか店員に尋ねられた私は、やはりあの日の笹を思い出し、様々な色の花弁に満ちた、綺麗な花束を所望した。
ご家族にですか、と尋ねた花屋の店員は、きっと本当に花のことが好きなのだろう。娘のためだと教えると、それは素敵ですねと一本サービスしてくれた。
奇跡的なことに、サービスしてもらったそのたった一本の花は、唯一真っ白な花弁を誇っていた。
自宅付近は街灯も無くて、その分運転に気を付けなくてはならないのだけれど、綺麗な星空が自慢だった。月だけじゃなくて、天の川だっていくらでも見える。
どこにあるのか分からない、アーカイブ星に問いかけた。そっちじゃ元気にやっているかい、と。
一陣の風が走り抜ける。供えた献花が揺れている。
ぴょこんと飛び出した細い茎が、上下に揺れている。
笑顔みたいな花が、頷いたように揺れていた。
◇◆◇
ごめんなさい、とても長くて。
それと申し訳ないのですが、今回書いたもの、我ながら気に入ってしまったので自分の短編集のスレッドにも投稿してもよいでしょうか。
一応こちらの企画に参加したものだとも明記するつもりですので。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.235 )
- 日時: 2018/07/03 21:21
- 名前: 瑚雲◆6leuycUnLw (ID: hsjz4ydU)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
ふざけるな、と。
『別れたい』──意味のわからないインク塗料の匂いでよけいに腹立たしかった。どうしてこんなことに至ったのか。あいにくだが、当の本人である私には一切覚えがないことだから、説明をしてほしかった。
話は変わるけれど、私はいま、動物園のパンダコーナーにいる。七夕というやつで、特別なイベントもやっているし入場者もそれなりに多い。それなのに連れ添う相手もなく、呆然とする私の周りをたくさんの人が立ち止まったり過ぎていったりする。そんなたくさんの笑顔が目に入ると、どうしようもなく、辛くなった。
自分の気持ちを伝えたい。
いままで私はきっと、そうやって意思表示することを、避けてきたのだ。
しかし、いったいどうしたらいいだろう。自分の気持ちを伝えるために、なにかいい方法はないだろうか。
言葉はだめだ。これまでの経験から、伝わらずに終わることが予想される。
行動はどうだろう。はっきり「嫌」だと伝えるために、目の前のこれを知らんぷりする。いやそれもだめだ。これを無視したところで、根本的な解決には繋がらない。
「……」
そのとき。──ゆらゆらと揺れる細長い紙が、目に入った。
私は、それを手のひらで撫でた。
ああ──こんな変なものをつけた笹を私たちに食べさせるなんてとんでもないイベント、どうしたら早く終わるだろうか。
だれかに願いを託したいよ。
***
久しぶりの投稿です! あんまりやったことのないジャンルに挑戦しました。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.236 )
- 日時: 2018/07/04 13:00
- 名前: かるた◆2eHvEVJvT6 (ID: xjOxQnc2)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。ああ、そうか。もう七月なんだ。
あの日からまるっと一年が経って、私が今当たり前のように生きているこの奇跡も日常に変わった。
「……先生は、元気かな」
「お前はそればっかだな。知らねーよ、あの人は俺らにもう興味がなくなったんだから」
ふいに漏らした言葉に反応した仁くんは、興味なさげにもう帰ろうと呟いた。もうちょっと待ってという私を無視して彼はスタスタと歩いて行ってしまう。追いかけながら、ふいに見えた短冊に「幸せになりたい」と書かれてあって、なんとなく一年前の私たちならそう書きそうだなって思った。
「仁くんっ、歩くの早いよ」
「お前が遅いんだろ。さっさと歩けよ、クズ」
何回言っても仁くんが私のことをクズ呼ばわりするのは変わらない。これも一年前からだ。一年前に私が仁くんと先生に出会ってから、あれから何一つ変わらない。
変わってしまったのは、私と仁くんを捨てて先生が消失してしまったことだけ。それももう三か月も前のことだ。先生はどうして私たちを置いていったのだろう、一緒に連れて行ってくれなかったんだろう。先生が生きてるかも死んでるかもわからない。もどかしくて毎日がただ只管に苦しい、一年前のあの頃に戻ったような感覚が時々蘇って私は泣きたくなった。
「ねえ、仁くん。さっきね、短冊に……」
「うるせえ、お前の女々しい話を聞いてやる義理はねえ」
「ねえ、仁くんっ」
先を歩く仁くんの腕を捕まえて無理やりこっちに振り向かせた。彼が少しだけ傷ついた顔をしていたことに気づいて、苦しいのは私だけじゃないんだなって思った。
私は無性に感情が昂っていつの間にか仁くんに抱き着いていた。「やめろ、きもいわクズ」と私をひっぺがそうとする仁くんの表情はさっきとは全く別物に変わっている。良かった、いつもの仁くんだ。
「ねえ、仁くん」
「……なんだよ」
「もしさ、私たちが短冊に願い事書くとしたらさ、先生にもう一度会いたいってなるのかな」
「それはお前だけだろ。俺はあの人に会いたいなんて思わない。俺らを平気で捨てたあの人なんかに」
私たちは飼われていた、先生に。
名前も知らない、職業も知らない。先生は一体どんな人間で、どんなふうに生きてきて、どういう経緯で私たちのことを拾ったのか、私は何にも知らなかった。仁くんと出会ったのはその時。私より一週間前に先生に拾われたらしい。何にも知らない私たちは「家族」のように一緒に時間を過ごした。一緒に買い物に行って、一緒にご飯を作って、一緒の食卓でご飯を食べた。私たちが経験したことのない日常を先生が全て教えてくれた。
私たちは先生が好きだった。先生なしでは生きていけないと思っていた。
だけど、私たちは先生がいなくなった今でも当たり前のように生きている。先生なしでも生きていけるんだってそんな証明がしたかったわけじゃないのに。
「前にね、先生が言ってたの。私が織姫で仁くんが彦星だったら、なんか笑えるねって」
「なにそれ、意味不明。ってか俺らは恋人同士じゃないし、お前に会いたいなんて俺は絶対に思わない」
「知ってるよ、でも。先生はなんとなく、私の好意に気づいていて、だからそんなこと言ったのかなって思ったの。仁くんのこと好きになったほうが幸せだって言いたそうだった」
二人で歩いて一緒に住んでいるマンションの鍵を開けた。先生と一緒に住んでいたこの場所も、先生がいなくなってから二人きりだ。私たちはここで先生が帰ってくるのを待っている。ずっと、ずっと。
□
生きている。私は生きている。――そのことで毎日死にたくなった。
仲が良かった友達を何かのきっかけで怒らせて、私はハブられた。ねちっこい陰口を毎日吐かれ、窓から外の景色を見てはここから飛び降りたら死ねるかなって常にそんなことを考えた。言葉の暴力は残虐だ。毎日ここから飛び降りて自分がぐちゃぐちゃの跡にも残らない死体となって、私をいじめたあいつらが後悔で息もできなくなる未来を願った。
親は私を救ってはくれなかった。私は透明人間だった。生きるのに飽きて、やっぱり死のうって思って廃墟になったビルの屋上で裸足になって下を見ていると、その人は私に声をかけてきた。
「勿体ない。君の人生はそれで終わりかい?」
先生は私を子馬鹿にしたように笑った。これから死のうとする私を、嘲笑うように口元を緩ませた。私の腕を勢いよく引っ張って抱き寄せた先生は耳もとで「君のその時間をわたしに頂戴」と囁いて、私はうっかり恋に落ちてしまった。捨てようと思った残りの時間を全部この人にあげたいと思った。それくらいに、私の死を笑った先生は魅力的だった。
そこで私は彼に出会った。名前は知らない。先生が「仁」と呼んでいたから私も彼のことを仁くんと呼んだ。本当の名前が仁なのか、それとも別なのか、そんなのどうでもよかった。私たちは先生に生かされて、先生に飼われたただの野良猫。
私たちは先生が望むことならなんでもした。先生が死ねというなら死ねたのに。
「先生がいなくなっても、私は今日も息をしてる。不思議だよね、仁くん」
「うるせえ。鬱陶しいこと言うなよ」
「先生は帰ってきてくれるかな。私たちがまた死のうとしたら、きっとまた止めに来てくれるよね」
「知らねえ」
仁くんがビールの缶を開けた。プシュッと音が鳴る。仁くんがビールをグラスに注ぐ手つきは慣れている。泡が綺麗にたって、仁くんは一気にそれを飲み干した。私はそんな仁くんを見ながらちょっとだけ笑って、今日も日記を書いた。先生が帰ってきたらこんなことがあったんだよって報告するために。日記帳に万年筆で文字を書いていると、腕に何かついていたのか紙面が赤く染まった。
「やばい、さっきの返り血がまだ残ってる」
「早く洗い流して来いよ。きたねえ」
「うん、ごめん」
先生のためなら何でもできた。私たちはあの人のためなら死ぬことでも生きることでも。なんでも。
日記を書き終えて私は今日も鍵をする。私は××を殺したときについた掌の血液を舌で舐めとり、ごくんと唾と一緒に飲み込んだ。ビールを飲む仁くんに「美味しい?」って聞くと彼はどうでもいいように「うるせえ」と相槌を打ってテレビをつけた。違和感は私たちを今日も凝視している。いつか警察がここを発見して私たちが捕まったら、そう考えるとわくわくした。
先生大好きだよ。日記を机の中に片づけて、仁くんの飲んでいたビールを一口飲んだ。やっぱり苦くて私は好きじゃないなって思った。
***
添へて、のお題がとても好きです。お久しぶりです、前回参加できなかったので今回こそはと思い、早めに投稿させていただきます。また時間ができましたら感想を書きに来たいと思います。
運営様、今回も素敵なお題をありがとうございました。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.237 )
- 日時: 2018/07/04 17:54
- 名前: 寺田邪心◆IvIoGk3xD6 (ID: EzqnGNEc)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。こんな場所にも、こんなものがあったのか、と。
湿った地面に這う指、薄汚く澱んだ緑色、時折混じる人間の体液は、赤。ぽたぽたと、滴る水の音、ごおん、ごおんとどこからか聞こえてくる鐘。お前も狂えと言わんばかりの重苦しい空気に、今にも飲み込まれそうで足掻いている淡い泥たち。何百人、ここで生命をみずから絶ったのだろう。きらきら星たちが、静かに見守っている樹海に、それは死んだように横たわっていた。
盆は過ぎ、ゆだるような熱気は日に日に涼しい風へと変わり、風鈴を鳴らす。夏だからと馬鹿騒ぎしていた若者たちも、今の時期は小休止、夏の残量を使い切り、家でごろ寝しているか、期限の迫る課題を慌てて片付けているだろう。盆、線香の香りとともに、私は死者へと祈りを捧げた。車で一人親戚の家に赴き、挨拶をして子供たちとスイカを食べ、将来は、星を見る人になりたいと笑顔で語るすがたが、どこか切なくも、美しく見えた。硝子玉をそのまま埋め込んだような、きれいな目をしている。私たちは、墓前に果物を並べ、墓石に冷たい水をかけてきれいにしてやり、遺影の中でほほ笑む先祖たちに、親族一同、並んで手を合わせた。お坊さんの詠むお経、のなかで、ちりんと鳴る風鈴と、外で遊んでいる子供と犬の声と、風の音。私たちは元気にしていますよ、あちらでもどうか、健やかに日々を過ごされていますように。私の父は言った。厳格な性格の父だが、その性格を形成したのは、祖父の教育が大きく関係しているらしい。私は、祖父とは幼少期に数回会ったが、いつも笑顔を浮かべ、優しい人であると記憶していた。遺影の中でも、微笑みをたたえていた。縁側で父は、ハイライトの煙を吐き出しながら、隣で正座している私に昔の話をしてくれた。親父は頑固だった、特に家の中では、俺や妹にそりゃあ厳しくてよ、でもお前が生まれたら途端に、優しいおじいちゃんになっちまって。お前が小さい頃は、親父が着物とか、びい玉とか、ランドセルとかを全部買いあたえてやっていたんだぜ。ハイライトの副流煙が、青い空へとふわふわ、揺れながら天へ昇っていく。正座していた私は、足のしびれに気づき、やっと、その体勢を崩した。父はそんな私を見て笑った、煙を沢山吐き出しながら。奥から母の声がした、「ふたりとも、なんでそんな暑いところにいるのよ。今麦茶持っていくわね」と、どこか、久々にそろった家族を嬉しがるような声色。父は懐かしそうに、目を細めている。また、ちりんと風鈴が鳴る。ふと下に目をやると父の影と、私の影が長く伸びている。高く高く咲いたひまわりも、もうすぐ下を向くだろうか。親戚の子供が東京に帰ってしまって、ぽつんと置いてある、買いすぎてやりきれなかった花火の残りが目に留まる。来年までには湿気るな、ありゃあ。とたとたと、母がやってきて、ガラスのコップに入った麦茶を父、私の順番に、縁側に置いた。私はありがとう、と言う、父は何も言わない。
「あんな親父だったけど、最後は親族みんなに囲まれて、眠るように逝ったんだ。大往生だったのもあってね、葬儀に集まった親族もご友人の方も、悲しむより、あの人はすごかった、ずいぶんと長生きをしたものだ、って思い出話で盛り上がっていたよ。おまえはそんなのおかまいなしに、従妹のねえちゃんとお手玉で遊んでいたな」
先祖たちは、お墓の中で、安らかに眠っている。年に一度、こうして親族が集まり、宴を開き、死してなお、おじいさん、おばあさん、そのまたおじいさんおばあさんもこっちへどうぞ、と酒を注がれる。宴のあと、母は密かに、仏壇に向かって手を合わせ、涙を流していた。こうして盆は暮れ、夏も終わる。涼しい風がカーテンを揺らす。死者たちは冥府へと帰り、また来年会おうじゃないか、と約束して、親族もそれぞれの生活に帰っていく。
「……短冊か」
ぽたり、ぽたり。湖に落ちる雫の音が、不気味に脳裏まで響いてくる。世の中に嫌気がさして、人生を放棄する選択をした結果、ここ、日本一有名な自殺の名所、青木ヶ原樹海で、何人も、人間が死んだ。私がここへ来る途中も、変色しぶら下がった人間の腕や、引き裂かれた衣服の残骸や、荒らされた財布を見てきた。私の仕事は、樹海を掃除することだ。給料は良い。人間がたくさん、恨みつらみを抱えた結果、最期の場所に選んだこの薄気味悪い森。鬱蒼と茂る闇の中、いざ湖を前にすると、そこは別世界のように、しん、としている。時が止まったとさえ感じる。ここで何百人も死んでいる。樹海は迷路だ、湖までたどり着けなかった者もいる。仕事も決まらず、やりたいこともない私は、樹海の管理者に頼み込み、働かせてくださいと言った。この仕事、みんなすぐ辞めていくんだけど、君は大丈夫? と聞かれたとき、やっぱり、やっぱり普通じゃあできない仕事なんだろうなと思い、自分まで緑の泥に引き込まれてしまう気がして、最初はためらったが、大丈夫です、自信はありますと胸を張って答えた。その時は、どうしても金が必要だったので選んだが、なんだかんだで、もう半年ほどこの仕事を続けている。淡々と死んだ人間の「後始末」をしていく私に、管理者たちはそろって感謝した。だけど、こんな仕事を、こんな長い時間やるなんて、あいつはおかしいんじゃないか、と陰では気味悪がられている。
死者の残した遺書や、衣類品、金目の物などはよく目にするのだが、笹と、それに垂れ下がった短冊を見たのは、初めてだ。どこか、公民館なんかで飾っていたのだろうか、人工的な笹に、何枚も、何枚もお願い事が吊るされている。それは無造作に藻や泥の上に散らかされ、数日もするとそのまま、樹海の中に、溶けていって、なくなってしまいそうだ。私はビニール手袋越しにそれを手に取った。人工的な笹の枝に、連なる葉っぱたち、ピンク、青、黄色。樹海の陰気にのまれ、その文字はほとんど見えないものばかりである。やはり、子供から大人まで利用する場所に置かれていたもののようで、幼児の字で「おひめさまになりたい」と書いてあったり、中高生か若いカップルだろうか、「ゆずと来年の夏も一緒にいられますように」とあったり、はたまた、母親だろうか、「息子が有名中学に合格しますように」、こっちはご老人か、「親族が健康でありますように」。こんなもの、こんなもの、どうして樹海にあるのだろう。私は気になって、何枚も何枚も短冊を見たが、手掛かりらしいものは掴めなかった。七夕なんてくそくらえ、と思った自殺志願者が、公民館から盗んできたのかもしれない。どれもこれも、日常の中にある、とても穏やかで、静かな願いだ。きっとこれを書いた人たちは、七夕の夜、天の川を見ようとして空を見上げたり、織姫と彦星の再会を焦がれたりしたんだろう。足元からは死臭のようなものが漂ってくる。ボロボロになった衣服や、苔の生えてもう読めなくなった遺書や、現金も何も入っていない財布でいっぱいのビニール袋に、私はその笹の葉たちを押し込んだ。「おひめさまになりたい」の短冊が、ぐしゃり、と歪んで汚い苔と、血で混ざる。彼女らの願いは、かなっていたらいいな。もう盆は明け、夏が死に、秋が来る。夏の終わりとは、どうやらセンチメンタルになってしまう人間が多く、樹海で首を吊る人間は、日々、後を絶たない。笹はぐしゃぐしゃになった。私はそのなかでひとつ、かすれた文字で、もうろくに読めもしない短冊を見つけた。
「あなたがずっと、私のことを覚えていてくれますように」
樹海。夜の星と懐中電灯だけが私を照らす。澱んだ空気、嫌な緑、這う虫、人の死体と苔の匂いが混ざりあって、脳内でうまく緩和できず頭痛がする。
盆、子供たちとサイダーを飲んだ。親戚みんな集まり、先祖に向かって線香をあげ、手を合わせた。宴会を開いた、親父は大往生だったと父は、寂しげに、けれども笑顔を浮かべていた。
ここで死んでいった人たちに、そんなふうに弔ってくれる身寄りは、いるのだろうか。行方不明のまま捜索が打ち切られてしまった人、家族や恋人から縁を切られ、もうどうしようもなくなった人、ここで横たわっているのは、みんな、自分で望んで死んだ人。盆、きっと帰らぬだろう、彼や彼女たちは。それでも私は、それでも私は、生き遂げた命に、盆が終わって初めて、膝をついて祈りをささげる。線香はない。お坊さんもいない。苔と泥と藻でぐちゃぐちゃの、ふやけた地面に座り込み、手を合わせ、目を閉じる。あなたたちの死だって、きっと、無駄じゃない。誰かがあなたに向けた花束を蹴り飛ばそうとも、私はその散らばった花をあつめて添えて、生き切ったことを、せめて、この仕事をしている私だけでも、みとめてあげたい。
来年の盆も、かえってはこなくていいですよ。向こうで、今度はしあわせに、なってほしいですから。こんな現世なんか忘れて、ふつうの幸せを抱きしめること、それがどんなに素敵なことか、どうか、永らく時間は経ってしまったけれども、いつか、あなたにも知ってほしい。
私はずっと、祈りをささげている。
月だけがこの場所を見守っている。
□
三森電池です。>>0にインパクトを残したくて今回はこんな名前にしてみました。
夏は盆が終わったあとの切なさ、夕暮れが好きです。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.238 )
- 日時: 2018/07/04 22:59
- 名前: サニ。◆6owQRz8NsM (ID: Ek6/6fUI)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
「……なんでこんなものを」
いたずらか、願掛けか。家の前に立てかけた笹に付けられたそれ───その紙面には「ままはどこ」とだけ。文字を覚えたての子供の文字だ。たどたどしく、そして震えていたのだろう、ところどころミミズが走ったように、うねっている。
本来こんな字で書くことといったら、「ぷーるにいきたい」だとか、「ぴあのがじょうずになりたい」だとか、そんな夢いっぱいの願い事だろう。だがそんなものはどこにもないのか、ただただそれだけを願うように、「ままはどこ」と書かれている。自らの名前らしきものも、小さく控えめに書いてあった。
「わたし」
否、それは名前ではなかった。そう決めつけるのは早計かもしれないが、世間一般からすれば、それは名前ではなかった。本来「わたし」という言葉は、自らを現す言葉であり、けして名前に使われるものではない。そもそもなぜ名前ではなく、「わたし」と書いたのだろう。
「……ままはどこ、か」
きっと切実に、純粋に、会いたくてそう書いたのだろう。覚えたての文字で、ふるふる震えながら書いたのだろう。普通の子供の夢を書かず、ただ「ままはどこ」と。そんなことを書かせる母親は、今どこにいて果たしてこれを読むのだろうか。
「読んでいるよ」
絶対に。そうつぶやいて、私はそれをもとの位置へ戻した。大丈夫、見ているさ。絶対に。
そういえば数年前くらいかな、私はこの七夕の時期に何かあった様な気がする。覚えてはいないのだが、何故か七夕の時期になるとそれを思い出す。別段、何かあったわけじゃない。あ、でもあったかな?ほとんど覚えちゃいないけど。まあ、いっか。そのときに手帳をもらった気がするな。たしか『母子手帳』?忘れちゃったけど。
私はその小さな願い事が付けられた笹を家にしまうことなく、あえてそのままにしておいた。いつかこの願いを書いた子のもとに、「まま」が帰ってきますようにと。一人の人間として思う。
さてそういえばなんの用で外へ出たんだったかな、そうだちょっと散歩に行こうと思ってたんだ。私は少し背伸びして歩き始めた。
「あの」
ちょうどその時。後ろから声をかけられた。そちらを振り向けば、やせ細った中学生くらいの男の子。なんだか顔色があまりよくない。どうしたんだろうか。
「まま」
口から発せられたのはたどたどしい言葉。弱々しく、すがるような声だった、言葉だった。ん?まま?
「まま は どこ」
グシャリと握りつぶされた、男の子が手にする『手帳』を見て私は固まった。
その手帳には、『私の名前』が書かれていた。
ちょうど七夕の時期の、数年前の日付の。
『たなばたのまま』
書いてるうちにわからなくなりました。初投稿初参加。
もうちょっと胸糞悪い感じにしたかったんですけど、無理でした。かけなかった。というかこんなのしかかけませんでした。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.239 )
- 日時: 2018/07/05 23:49
- 名前: 彼岸花◆nadZQ.XKhM (ID: 6J53CjAQ)
もう作品の投稿は満足致しましたので他の方への感想を書く人になろうかと再びやってきました。
どなた様
俗世に還った天の女子、タイトルを見て初めに思い浮かんだのはかぐや姫でした。
羽衣に見立てた紙を剥いでやったとするなら、やはり俗世に還ることができるのではないかな、と。
きっと単なる町中の一部分だろうに、とても退廃的な雰囲気が、単語の選び方から想像されました。
それと、視点人物の苛立たしさのようなものや、さっぱりさせた後は反復表現が重なるようになっていて、何となく心境が変わったのかな、などと。
ちょっとだけ、気になったことがありまして。
被害を被るは二重表現に近いので被害を受けたり、害を被るの方が日本語的には自然かなと。
悪意、あるいは悪辣に曝されるや、辱しめられるみたいな書き方も、意図によっては採用されそうですね。
流沢様
自作を投稿し終えて、他の方の作品を読んでいたのですが、「あっ、ヤバイ話似てる」って頭抱えてしまいました 笑
しかも自分の方が投稿が後でしたのでより一層。
でも、同じように話を進めましたが、流沢様のものは寂しく切ない終わり方になっており、やはりどう締めるか、締め括りたいかは人によって違うのかなと感じました。
自分は、明確なバッドエンドが苦手で、どこかに分かりやすい救いの手を登場人物に差し伸べてしまうので、叶わなくても構わないと視点人物が思っている終わり方はできず、こんな方法もあるのかと思いました。
それと、今までの作品と文章の雰囲気が全然違ってて、捉え方によっては失礼かもしれませんが、率直に伝えますと、別人のように上手でした。
自分はただの参加者の一人なのですが、次回も流沢様が参加したら、今度はまたどんな風に変わってるのかなと気になりましたので楽しみです。
瑚雲様
なるほど、やられた!と感じました、面白かったです。
別れを理不尽に突きつけられた人の話かと思えば、短冊つきの笹を食べさせられるパンダの話なのですね。
「どうしてこんなことに至ったのか」その言葉が、読み終えて理解した後にコミカルに響きました。
何がすごいって、初見だと来場者の一人と思い込んでしまうのに、ネタを理解してから読み返しても、齟齬や矛盾、間違いなどなく、むしろ一度目で違和感を感じた表現が、正しく適切な表現だったのかと納得できるところでした。
どんでん返しがとても綺麗で、理解できたとき最高に楽しかったです。
かるた様
二人は人間でしょうからこの表記はよくないかと思いましたが、飼い主の先生が消えて正反対の態度を示す二人が、三月経ってなお連れ添っているのが印象的です。
文中で猫という表現がありましたが、視点の女性はむしろ、蒸発した飼い主を求めてやまない犬のように思えました。
仁くんは確かに、猫の方が近そうですね。
対照的な二人ですが、寄り添い続けているあたり仁くんも多少なりとも愛着が湧いているのですかね。
そうだとしたら嬉しいですねというかそうでないと報われないというか。
先生が誰なのか、どうしていなくなったのか、二人は何故誰を手にかけたのか、分からないことが多く色々と気になる作品でした。
寺田邪心様
何やこの名前ぇ……というのはさておき。
特殊な仕事についてる方をモチーフにした感じですかね。
複数人の登場人物に会話があるのに名前を出そうとしないところにほんの少しのシンパシーです。
樹海という暗く、まがまがしい場所。それも自殺の名所や何人も死んだのだろうと書かれているような。
そんな所を書いているのに、周りからおかしな人と思われている私の話なのに、優しいお話だと思いました。
ときおり現れる、きらきら星、すいか、短冊の彩り、そういったものが対照的に鮮烈な色の印象があって、読んでいく内に頭の中で映えていくような、そんな感じでした。
サニ。様
私の名前とたなばたのままが同じ『』で括られているのでこの女性がままなのでしょうか。
現れた男の子、なぜか握っている私の手帳、無くしてしまった記憶、おそらくはしょった描写を埋めるとぴたりと重なるのでしょうが……私の読解力に限界が来てしまいました……。
数年前に彼を産み落として、そのまま私は去って、記憶を無くしてしまったのでしょうか。
あ、そう言えばミミズが走るとありましたが、多分這うの方がよいような気がしました。
走るだと直線的な印象ですので、ぐにゃりぐにゃりと言った風なら這うの方がいっかなー、という具合です。
とまあ、そんな具合でした皆様の分。
キャッチボールでなく感想の贈り物ですので、無視も応答もご自由に、お気になさらず。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.240 )
- 日時: 2018/07/06 00:23
- 名前: 霧滝味噌ぎん◆uVPbdvNTNM
そこにナマコが置いてあった。
青年がファミレスで頼んだ税込783円の如何にもファミレスらしいハンバーグ。だが、空腹の青年にとってそれは、世界三大珍味をも凌駕する「ご馳走」と言っても過言ではなかった。今か、今かと待ちわびていた青年の目の前に運ばれてきたのは「ナマコ」だった。
そうだ、これは夢なんだ。
青年は目を擦り、再び皿に目を落とす。そこにはナマコが置いてあった。
青年は頬を叩き、再び皿に目を落とす。そこにはナマコが置いてあった。
青年は焦りと空腹の限度を感じ、少し乱暴にメニューを取り、自分が見ていたページへと紙を捲る。
確かに青年は「特選豚肉ハンバーグ」を頼んでいたはず。恐らく店員の勘違いだろう、そう感じた青年は呼び出しベルに手を書けようとする。そこで青年に電撃走る___________
青年は自分が注文した方法を思い出した。注文を取ったのは「研修中」のバッジを付けた外国人。あまり日本語に慣れていない様子の外国人に対し、青年は「メニューを指差す」と言う方法で注文を行った。
否、違う、違う。青年は額に流れる汗を感じ、特選豚肉ハンバーグの「下」に目を落とす。
そこにあったのは「特選ナマコの刺身」だった。青年は怒った。自身の注文方法を、注文を取り違えた店員を、しかし青年にこの状況をどうにかする方法は無い。青年は諦めてナマコに箸を付け、醤油に軽く浸し口に運ぶ。
「美味い............」
そう呟いた青年は涙を流していた。
-----------
始めまして、霧滝と言う者です。
短いものですが書かせていただきました。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.241 )
- 日時: 2018/07/06 07:07
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: elvZvdHE)
注意
皆様投稿ありがとうございます。時間がある時に、浅葱も読ませていただこうと思います(ω)
早急に対応した方が良さそうのもののみ、まず返信していきます。
*
>>彼岸花さん
ご自身のスレッドへの投稿についてですが問題はありません。
お題が添へて、のものであることを明記する以外必要なことはありません。ですので運営の名前等を記載する必要はありません。
*
>>霧滝味噌ぎんさん
申し訳ありませんが、今回のお題は親記事含め、>>228で記載してある、『笹の葉から垂れ下がる紙面を見て、私は思う。』となっております。
今回、霧滝味噌ぎんさんが書いてくださったものは今年のエイプリルフール企画として当日限定で行ったものとなります。そのため、第7回目のものとは適していませんことを、ご理解ください。
今回投稿いただいた作品に関しましては、一度運営で話し合い、取扱いについて改めてご報告させていただきます。ですので削除せずにいていただけると有難いです。
※報告につきましては、添へて相談スレ『質問を添付して、』の方で行います。
今後は第n回目など紛らわしい記載をやめ、何のイベントのお題であるのか、投稿期間はいつまでだったのかということを明記し、運営としても再発防止に努めていこうと思います。
もしよろしければ、第7回目のお題でも一筆執っていただける機会がありましたら、またお待ちしております。
*
浅葱 游
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.242 )
- 日時: 2018/07/06 10:26
- 名前: 彼岸花◆nadZQ.XKhM (ID: 1LxFjJvU)
運営の方へ
ご回答ありがとうございます。
それではその旨に従って投稿させていただきます。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.243 )
- 日時: 2018/07/06 18:15
- 名前: 霧滝味噌ぎん◆uVPbdvNTNM
>>241
自分の勘違いでご迷惑をお掛けし、大変申し訳ないです。
ご希望があれば早急に削除させていただきます。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.244 )
- 日時: 2018/07/06 19:50
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: qOC7lMI2)
>>霧滝味噌ぎんさん
今回につきましては質問スレの方でご報告させていただきました通り、こちらの不手際が大きかったこともありますし、折角書いていただけた作品ですので、削除なさらなくて大丈夫です。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.245 )
- 日時: 2018/07/07 02:00
- 名前: よもつかみ (ID: wj8tNBUI)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。あなたの願いが、叶わなければいいのにと。
図書館の入り口に飾られた笹の木と、その側に置かれた机の上の短冊や鉛筆、紐。誰でも自由に願いごとを書いて飾ってね、ということなのだろう。
七夕なんて子供みたいだね。そうやって笑いながらも、彼女は淡い桃色の紙面に更々と文字を書いてゆく。その嬉々とした横顔と白と婚のコントラストが眩しいセーラー服を見ていると、妙な既視感に襲われた。それでやっと思い出す。去年も二人でこうして短冊に願いをしたためたんだっけ、と。
彼女は一足先に願い事を書き上げると、紙の上部に空いた穴に紐を通して、笹の葉に括り付けた。
「……よく、こんなこと書いたね」
「ちょっ、やだー見ないでよー」
友人ははにかむように笑いながら、慌てて掌を紙面に被せて、内容を隠す。でも、そんなの今更遅い。彼女のお願いを見てしまった私は、酷く複雑な心境に陥っていた。友達の願いを素直に応援してあげられないなんて、最低なやつだと思う。思うだけだ。私は彼女の望みを、全力で否定したかった。
そんな私の気持ちなんか露知らず、友人は窓の外に視線をやる。図書館内は空調がよく効いていて、少し肌寒いくらいだが、硝子を挟んだ向こう側に出た途端、灼熱の直射日光と熱気が私達の肌を焼くのだろう。雲一つない突き抜けるような青が忌々しい。
「織姫と彦星。今年こそは会えるといいねー。去年は曇っちゃったからさあ。だから私のお願い叶わなかったんだよ」
「私は去年のお願いは叶ったよ。自力で叶えてやった。結局、他力本願じゃ駄目ってことでしょ」
素っ気なく私がそう言うと、彼女は少し頬を膨らませる。その様子で去年の夏、一緒に行った海で捕まえた河豚を思い出した。今年の夏は行かないかもしれないな、なんて考えた。
「今年は叶うといいね」
心にもない言葉を口にしてみて、自分でも驚くほど乾いた声が空気を震わせた。
「あんたが叶えてよ」
友人の言葉にドク、と心臓が跳ねる。空調の聞いた室内なのに、背中に冷たい汗が滲むのが分かった。
「なんてね。他力本願じゃ駄目なんだもんね。私、今年は頑張ってみる」
向日葵のようにパッと笑う。彼女の底抜けに明るい笑顔が、胸を抉るようだった。なんでそんな風に笑えるの。私はあなたのその笑顔を見ると、苦しくなってしまうのに。
彼女は私の手に握られた白紙の短冊を覗き込んで、まだ書けてないの、と苦笑する。それから、先に行ってるよ、と言って、私に背中を向けた。そうだ、私達は図書館に七夕の短冊なんか書きに来たのではない。自習室を借りて、課題を終わらせようとしていたのだった。
遠退く背中を見つめていると、胸がざわついた。何も書いてない短冊が、私の手の中でクシャクシャになる。
「ねえ、やめなよ」
気が付いたら、私はその背中に声を掛けていた。彼女は足を止める。振り向きはしない。
友人の後ろ姿を見つめて、私は覚悟を決めていた。だからもう一度、はっきりした声で言う。
「やめなよ」
今度は友人は振り向いた。いぶかしむ様な顔が私を見ていた。
「やめなって。なんでそんなこと言うのよ」
「……こういうこと」
クシャクシャに折れ曲がった紙面に、更々と願いを綴り、紐を通して、友人の短冊の隣に括りつける。それから、彼女の短冊を鷲掴みにして、引き千切った。
「え!? なにしてんの!?」
「貴様の願いなんぞ叶えさせてたまるかあああ!」
目を剥く友人の目の前で『アグレッシ部の部長になれますように』の文字を引き裂いてやった。ビリビリと細かく裂いて、バラバラになった紙を丸めて、床に叩きつけ、勝ち誇ったように踏み付ける。
私が笹の葉に括り付けた『アグレッシ部の部長は私じゃ!!!!』という短冊が、やけに誇らしく見えた。
「ちょっ、吉川! あんたなにしてんよ!」
慌てた様子で掴みかかってくる友人の手を払い除けて、鼻を鳴らす。
「私も部長の座狙ってんだよ!」
「えっ、なんでよ、あんたクラス委員長と生徒会長と文化祭実行委員長掛け持ちしまくってるじゃん! 忙しくて手回らないでしょ!?」
「ええい喧しい、私は内申上げ上げパーリィ狙ってんだよ! お前は副部長でもやっとけっての!」
欲に塗れた意地汚い私にとって、友情なんてものは関係ない。部長の座を狙うのなら、友人は邪魔者でしか無かった。
ぽかんとしていた彼女が、急に真面目な顔をして、肩にかけていたスクールバッグを床に降ろすと、肩を回しながら言う。
「……そんなに言うなら、どちらが部長の座に相応しいか、ここで決着を付けようじゃないの」
「臨むところだ。何処からでもかかって来なさい、竹下ァ!」
私達は殴りあった。司書さんの制止する声も耳に入らないほど全力で。
彼女の右ストレートをいなし、自分の拳を叩き込み、隙を付いて繰り出された足払いをもろに受けて地面に伏し──たようにみせかけ、彼女の鼻を殴りつける。しかし、その動きは読まれていたのか、少ない動きで私の拳をかわした彼女の目潰しが迫ってくる。が、私は眼鏡だ。少しの衝撃と共に、レンズに指紋が付いてしまったが、私のお目々は無傷だった。そして友人は突き指をしたらしく、右手の人差し指を押さえて、その場に蹲った。
「うわー指がー」
「ふふ、愚かな。やはりあなたに部長は任せられそうもないね」
最近メガネフラワーで買ったばかりの新品の眼鏡に指紋がつけられたのは腹立たしく感じるが、まあ、拭けば済む話である。
指紋の付いたままの眼鏡ではよく見えないため、眼鏡を取り外す。瞬間、私は瞠目した。
さっきまで蹲っていたはずの彼女がいない。
「掛かったわね吉川!」
「なっ……! まさか、突き指したあなたを見て勝ちを確信した私が余裕そうに指紋の付いた眼鏡を取り外す一瞬の隙を付いて背後に回り込みぶん殴るという戦法か!」
「めっちゃ説明口調ね吉川! でもその通り!」
振り返った私の視界には、彼女の繰り出した拳が迫ってくるのがスローモーションのように映った。避けられない。それなら、と私も渾身の力で拳を振りかぶった。
だが、私が彼女の拳を受けることも、彼女が私の拳を受けることもなかった。代わりに、乱入した司書さんの繰り出した瞬速のアッパーを受けて、私達の勝敗は霧の中へ。
……あの司書さん、一体何者だったのだろう。
その夜、空は曇っていた。今年も織姫と彦星は出会えなかったらしい。
そして数日後、アグレッシ部の部長任命式が行われた。結局、彼女の願いは叶わなかったし、私の願いも叶わなかった。他の部員が部長も副部長の座も掻っ攫っていったのだ。
後日、私達は互いの心の傷を癒やすためと、仲直りも兼ねて、今年も一緒に海に行った。
***
吉川と竹下は、図書館出禁になりました。自分でも何書いてるかわかんなかったけど楽しかったからオッケー(>ω<)
アグレッシ部か何かは私も知りません。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.246 )
- 日時: 2018/07/07 02:50
- 名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: 5beM0ywQ)
皆長いね
私そんな長いの書けなぁい
>>239
自分で自分の文を解釈するのは
あんまり褒められたことではないとは思うんだけど
多分この文字数じゃイミフだろうと思うので補足をば
七夕ネタなので彼女は織姫です
彼女にとって俗世とは天界のことで
彼女は俗世から下界に降りる方が非日常
でも下りて来なきゃいけない事情があったんで下りてきて
その先で天女のはごろもよろしくトイペ被った可哀想な笹発見
彼女は此処で考えるわけです
これは彼ピ好きさに機織りサボッて憐れ彼ピと引き離され
あげくの果てに何故だか下界のオネガイを叶えざるを得なくなった
みじめな己の映し身のよう
自分の鏡写しを見るのがみじめで
彼女は手ずから薄汚れた笹をキレイな身にしてやるわけです
それはさながら禊のようなもので
禊が終わったらもう彼女は用済みなわけで
何だかんだで下界に降りた理由も忘れ去っちゃって
彼女はカササギに見立てたカラスと
彦星に見立てた火星を目印に
我が家たる夜空へ帰宅
要するに
彼ピとの遠距離恋愛をエンジョイしているJK織姫が
ちょっと旅行に行って遊んで戻ってくるだけの話なのですねぇ
でもその一方で
さんざ人の欲を浴びて無理に還俗させられた
織姫にオネガイを届ける交信塔が
天界のものの手により再び使者となる
禊と祓の物語でもあります
なぁんて
こんな非日常が
日常的な風景の中にころっと転がってたら
とっても楽しいと思いますんす
追伸
「被害を被る」についてですが
これは「害を被る」という動作ではなく
「受けた害」という結果として被害を使用しています
よってこれは結果目的語の適切な用法であって
重言ではないと言い張ってみる
何にせよ
この織姫はぱりぴJKなので
文法的にあっているか否かというより
直情的にものごとを表せるか否かを気にするのです
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.247 )
- 日時: 2018/07/07 22:49
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: Y5eA/7vk)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。困った。この行事が何であるのかはわかるのに、書かれている言葉は私が知っているものと全く違うのだ。角ばったり、丸かったり、アルファベットを崩したような曖昧さと、イメージとしても浮かびにくい抽象的な文字らしき何かが、短冊に書かれている。今日は七夕のはずだから、きっとこの短冊の全てに、何かしらの願い事が書かれているのだろう。
私は笹竹が用意された地元の公園をぐるりと見回す。見慣れた公園ではあるけれど、そうではないような、不思議な感覚がした。初夏の湿気を含んだ暑さとはまた違った、安心できる温かさがこの公園にはある気がする。それがどういったものであるのかは分からないが、安心できることは確かだった。
七夕の大公園にはたくさんの子どもたちが集まっていた。子どもたちに混ざるように、私みたいな大人が何人か見受けられる。子どもたちと話している様子から、きっと兄弟なんだろうなと想像ができた。手に持ったまま白紙の短冊を揺らしながら、皆可愛いなぁと笑顔になる。公園の中央に用意された立派な笹竹の近くに子どもたちが集まってきたのに合わせ、一人、端にあるベンチへと移動した。
楽しそうな声をあげて、子どもたちが我先にと短冊を飾るのが見える。私ももう少し若かったらなぁと、願っても叶わないことを思う。そうした想像を楽しめる年齢になってしまったことは切ないが、楽しめるなら、まあ年を重ねるのも悪くないのかもしれない。
「おい、姉ちゃん」
「ん?」
背中をつんつんと押され振り向く。Tシャツと短パンを着た少年と、大きくカラフルな花柄があしらわれたキャミソールワンピースを着た少女が立っていた。男の子は少し太り気味で、小さめのTシャツが窮屈そうに見える。
「私のこと呼んだの?」
そう問うと、男の子は数回頷く。
「今年ね、五条の森でね、肝試しするって! すっごいこわいって言ってた!」
「え、あ、そっか」
大きな身振り手振りで教えてくれたが、今まで肝試しなんて催しあっただろうか。回覧板を読んでいないせいで、私だけ知らないのかもしれない。今後は面倒がらずに回覧板の内容も読まないといけないと思いながら、肝試しかぁと独り言がもれる。
「おにーさん怖いのぉ?」
「いやー……怖いってわけじゃないけど、ほら、何かあった時の責任ってどうなるんだろうと思って」
町内会の催しである以上、運営者は参加者の怪我がないようにしたいはずだ。七夕を行っている会場から離れた所で肝試しをやるなら、なおさら。
「わたしむずかしいこと分かんない!」
「僕もー! ねー早く行こーよー」
手を引かれ半ば強引に立たされる。子どもの体だというのに、力は大人も同然で、掴まれた左腕に痛みを感じた。もしかすると太っているだけだと思っていた少年は、筋肉で膨らんでいるのかも。少女は私たちを先導するように進む。五条の端から端までの移動は、普段徒歩移動をすることがない私には辛いものがあった。
住宅街を抜け、大きな道路を一本越える。細い、蛇のように曲がりくねる道を進むと、五条の森が見えた。アーチ状の看板に『坂嶋町内会肝試し会場』と書かれている。土地開発が進んでいた街の隅、堤防沿いに五条の森はある。誰の土地かは分からないが、初夏から秋口にかけて、地域の子どもたちが遊んでいる噂は聞いたことがあった。
吹きさらしの野原を進み、ゲートへ向かう。晒したふくらはぎに、背の高い草があたる不快感。虫もたくさんいそうで気味が悪い。しかし元気な子ども達は私の手をぐいぐいと引っ張る。五条の森は鬱蒼と木が生い茂り、日も傾き始めた今、踏み込むには勇気がいりそうだ。
「君たち何番のくじだい?」
「いち!」
クリップボードを持った白髪のおじさんが話しかけてきた。すかさず少年がポケットからくしゃくしゃの紙を渡す。いちということは、もしやトップバッターか。おじさんが手に持っていたクリップボードに、ペンで何かを書いている。
ペンの頭をノックした、カチッという音がした。おじさんが紙を切り取り、私に差し出す。戸惑いながらも受け取れば、"五条の森 左経路"と書かれているのがわかる。左ということは、もしかすると右経路もあるのかもしれない。
「それじゃあ君達すぐだから。ゲートの係にその紙渡して、肝試ししてきてね」
おじさんはそう言い、ほかの参加者の元へと向かっていった。五条の森に集まってきたどのペアも、子ども二人に大人が一人という、親子のような組み合わせだ。
「姉ちゃん早く行こーよ! 早く早くー!」
「お兄ちゃんはーやーくー!」
「あーうん分かった分かった」
二人に手を引かれ、数数メートル先のゲートを目指す。それぞれに腕を掴まれているせいで、腰が曲がった状態なのが少し辛い。少年が私の手からひったくった紙を、係員に渡す。時間をかけずに目を通したらしい係員は、小さな声で「お気をつけて」と私たちに言った。陰鬱な印象を与える森に、侵されてしまったのか。これから森へ踏み入れる私や、この子どもたちは無事で戻ってこれるのだろうかと不安になる。
けれど私の不安を知らない二人は、左矢印が描かれた看板を目印にぐんぐん進んでいく。名前を知らないせいで、ちょっと、と呼びかけるしかできない。
青々と茂る草木の隙間から見える空は暗く、目を凝らさないと遠くまで見渡すことが難しくなっていた。足元の折れた枝が、私に踏まれて鈍い音を立てる。等間隔に設置された看板だけが頼りなのに、看板も見つけにくくなっていた。
「ねえ、本当にこっちであってるの?」
大きな声で二人に呼びかけるのに、なんで無視するの?
「ねえってば!」
手を伸ばして背中をつかもうとしてもダメ。二人は五条の森に入る前よりうんと足が速くなった。子どもなのにどうして。私とあんまりかわらないのに、二人は全然つかれていないみたいだった。わたしは息も絶え絶えで、横っ腹の痛みにたえるくらい必死だ。
それでもわたしのことをほうって進んでく二人に、もう声もとどかなくなってしまった。立ち止まって前かがみになり、からからに乾いた喉で必死に息を吸う。のどがくっつき虫になったみたいで、つばを飲むと痛かった。
足はぼっこみたいに細くって、あの二人のように走れそうもない。すっかり薄暗くなった森に一人でいるのは心細くて、疲れていても足を止めることはできなかった。もっと先へ。もっと急いで、あの人たちに追いつかなくちゃ。
孤独だった。誰もいない、後から追ってくる人はいつまで経っても来る気配はなかった、怖いと一度思ってしまえば、風で葉が揺れる音や、葉っぱ同士が触れ合い生じた音にも、過敏に反応してしまう。狐がいることは、昔話に聞いていた。もし出会ってしまったら、生きていけるのか。そんな不安は心細さを感じる私を、簡単に飲み込んだ。
それでも足を進められたのは、等間隔に並んだ質素な看板のおかげだった。二人がいなくなってから、一体いくつの看板を見ただろう。心が壊れてしいそうだ。誰もいない、頼りになる人も、パパもママも。
「お嬢ちゃん、こっちだよ」
「ぼく、頑張ったね。もう少しよ」
名前は呼ばれなった。それでも良かった。
「パバ! ママ!」
誰の声かは、分かるから。
声がする方へ、走る。足の裏はきっと真っ赤だ。喘ぐように息をして、涙があふれる。パパとママだ。二人から差し出された手。大きく骨ばった手、細く白い手。大好きなパパとママの手だった。必死に手を伸ばす。ずっとずっと先に居て、きっと私を待ってた。
伸ばした手はうんと小さかった。
「もう少しで会えるから」
「一緒に頑張ろうね」
パパとママの手を、強く握る。二人も、私の手をぎゅっと力強く握ってくれた。あったかくて、胸に抱いてほしくなった。五条の森の出口に向かって一緒に走る。肝試しはもう終わり。ゲートの先は証明で明るくて、自然と目が細まった。
■「元気な女の子ですよ」
早くママの温もりに戻りたくて、必死に泣いた。知らない人の手は心細くてしかたなかった。
「頑張ったね、七海」
ママの体は暖かかった。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.248 )
- 日時: 2018/07/07 21:51
- 名前: 月 灯り (ID: yF0KvczY)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て私は思う。懐かしいな、と。昔はみんな笹の葉に群がり、色とりどりの短冊に思い思いの願い事を書いていた。叶うも叶わないも関係ない。七夕という行事に参加すること自体が楽しかったのだ。織姫と彦星の愛の物語に心をおどらせ、輝く星を瞳に映して、期待に満ちた顔で夜空を見上げた日は遠い昔だ。純粋で無垢な心は色あせて、世界の複雑さに巻き込まれていく。
懐かしさついでに昔よく遊んでいた平野に赴く。そこにはまばらに木があって、静寂を保つ無口な湖がある。何も変わっていない。移りゆく世界の中で、その場所だけ時が止まっているかのようだった。私も、きっと彼も変わったというのに。
湖の向こう側に他よりも少し大きな木がある。昔、秘密基地などと言ってよく木に登って遊んだものだ。
***
「あなた、みないかおね!」
「ん? あー、最近引っ越してきた」
目の前にいる男の子は興味なさげに答えた。
「そう、じゃあトクベツに私の秘密の場所にしょうたいしてあげるわ!」
私は腰に手を当てて仁王立ちで言う。
「秘密基地のこと?」
なるほど、そんな表現の仕方もある。
「!! そう! 秘密基地よ!」
ここは木に登ると目の前の湖がよく見える。空をそのまま映して色とりどりの顔を見せるのだ。夜は特に美しいが、カラスの唄が流れたら家に帰らねばならないから、見れるのはお母さんと一緒にいる七夕の日くらい。つまり、今日だ。
「なんだ、ただ木の上に登るだけ? つまんなくね?」
「な、なによ! せっかく見せてあげたのに! ばかっ!」
「お、おい、泣くなよ」
男の子は私が泣くのを見ていくらか慌てた。
「あんだだって泣いでるじゃん〜」
「お前が泣くから、じゃなくて、な、泣いてねぇよ!」
そのまま二人で木に座ったまま、えんえんと泣く。目の前には鏡面のように静かな湖に溢れんばかりの星がたっぷりと注がれていた。
「あら、降りれなくなったのかしら…」
「うちのこ、泣き虫だからねぇ」
「あら、うちのこもよ〜」
「じゃあ、やっぱり降りれなくなっちゃったのかしらね」
よく気が合いそうな母たちだった。実際この後大分仲良くなっていたのだが。
「マ〜マぁ〜」
「あら、降りてきた」
「降りてきたわね」
***
「ほら、みなさい、結翔(ゆいと)! きれいでしょう?」
今日も二人で秘密基地という名の木の上に来ていた。私はいつもと変わらず得意げに言う。
「うん」
「な、なによ…、素直ね…、キモチワルイわ」
「ひでぇな! 俺にはこの美しさの真価がわかるんだよ! お前と違ってな!」
結翔は初めて会った時よりもさらに生意気で良く喋るようになっていた。だけど、はっきりものを言う私にとって、堂々と言い合いをすることができる関係というのは心地の良いものであった。
「はぁ!? なによ! 第二発見者のくせに! シンカってなによ! ポケモソでもいるの!?」
だが、一つ問題がある。結翔は年上だからといって、少し頭がいいからといって、すぐに調子に乗るのだ。よく私の知らない言葉を使う。
「ぶっ!」
「……!?」
「第二発見者って殺人事件かよ! ポケモソとかおもしろすぎるだろ」
「じゃあ、なによ、シンカって何よ」
「真価はだなぁ…、えーっと」
「わかってないじゃない!」
「そ、そんなことは…」
「じゃあ早く答えなさい!」
「……」
結翔が言葉に詰まる。それを見てつい口角が上がってしまう。
「ふふん、私の勝ちね!」
「何の勝負だよ!」
今日も水に映る夕日を眺める。何色もの表情を見せる空は美しい。思わず、きれいだね、と言った。何の言い争いも伴わずに。
心が浄化されてゆくかのようにじんわりと夕日の暖かさが身体に染みてゆく。カラスの唄はそんな私たちを家路へと急かす。
「ばいばい」
「ばいばい」
また明日。夕日が見えたらまた明日。今日も楽しかったね、って心の中で呟く。
***
また明日、なんて、いつまでも続かないらしい。
「あかね、俺、また引っ越すんだって」
「え……、きーてないよ」
呆然として木から落ちそうになった。まだ二足分しか登ってなかったけど。
「泣くなよ」
「泣いてない」
顔を隠そうとして木にしがみつく。地上からたった15センチくらいのところでコアラのようになってしまった。
「そっか」
最近結翔はなんだか変わった。私を置いて、まるで一足先に大人に近づいているようだった。
「な、なによ! いつもかっこつけて!」
さすがに今度は木から降りて、面と向かって怒鳴りつける。
「あはは、ごめん。あかねはいつも『な、なによ!』って言ってたよなぁ。今も」
「……っ!!」
ほら、また。あんた、そんな喋りかたするような人じゃなかったでしょう?
「いつか帰ってくるし」
「ほんと!? いつ!?」
あまりの嬉しさにその言葉に食いつく。
「……い・つ・か。耳悪いんですかー?」
結翔は少しだけ真剣な顔をしたけど、そうだったと感じさせないほどすぐに、いたずらっ子の顔を作った。
「はぁあ? あんたこそこのタイミングで頭おかしいんじゃないのー?」
「じゃあ、俺以下の知能レベルのあかねはもっと頭おかしいってことだわ」
「……!! あんたなんか大っ嫌い!! 早くいなくなっちゃえ!」
こういうことしたいんじゃないのに。最後なのに。
「お、おい!? あかね!?」
自分の気持ちがよくわかんないや。
「どうしよう……。ホントはす、……………………すきなのに」
「嫌われた、かな…………ははっ……」
それからもう結翔はこの場所には現れなかった。
一言、ごめんね、って伝えたかっただけなのに。
だから、ずっとずっと待った。三カ月。流石に幼心にも一向に現れない人をこんなにも待つのはばかばかしいとわかっていた。それから三年。初めて会った七月七日、七夕の日に毎年ここに来たけれど……。待てども待てども君は現れない。
それからさらに数年たった今だって。
「いつか、っていつ?」
空に向かって吐き出す。
君が、ばーか、と言う声が聞こえたような気がした。
「ばーか」
え?
「耳悪いんですかー?」
うそ!?
私はばっと声のした方を振り返る。
「あかね、お待たせ」
「遅いよ」
雫が一粒零れて落ちた。
「うん、ごめん」
「ううん、私こそ、大嫌いなんて言ってごめん」
「いや、俺も悪かったし。でも1つだけ聞かせて」
結翔は私の頬を拭いながら言った。驚いた、キザになっている。
「何?」
「おれのこと嫌い?」
「ううん、……好きだったよ」
「…………今も?」
じっと瞳を見つめてきた。私が結翔の瞳に映り込んでいるのが見えるほど。私は途端に恥ずかしくなって目を逸らした。
「わ、わかんないよ! ずっと会ってなかったし! ば、ばかじゃないの!?」
「あはは、ごめんごめん」
ほら、たくさん変わったところはあるのに。こういうところは変わらない。
「なあ、あかね」
「な、何?」
「大人になったな俺たち」
結翔は星を見ながら言った。
「うん」
私もつられて空を見上げる。夜空が抱えきれなくなった星が、溢れて溢れて降ってきそうだった。今までで一番美しいと思った。
「あかね」
「何!」
あかね、あかねってさすがにしつこい。今度は何の用だ。
「結婚してよ、俺と」
「………………は?」
驚いて言葉がでない。言いたいことがありすぎて、言葉と言葉が脳内で絡み合って、適切な一つを取り出せないのだ。
迷いに迷った末に出てきた言葉はまぬけなものだった。
「いや……、だって私たちまだ高校生だし」
私が本当に言いたかったことはこれじゃないことだけは確かだ。まるで高校生じゃなかったらOKみたいじゃないか。
「俺、今日で18になったし」
「……おめでとう」
「そうじゃなくて」
沈黙が訪れる。彼は私の返事を待っているのだろう。
「……い、嫌っ!」
「えっ………………」
湖に映る天の川が傍目に見えた。ショックを受けている結翔も見えたけど。
いくら七夕だからって! いくら久しぶりに会えたからって!! いくら私が結翔のことを好きだからって!!!
「わ、私と付き合ってからにして下さい!!」
目の前の彼はたいそう驚いた顔をした。それからすぐに優しい表情に戻って、
「喜んで」
と微笑んだ。
流れ星が一つ、天の川を横切った気がした。
***
こんにちは。月 灯りです。今回は新しいことに色々挑戦してみました!
運営さま、いつも素敵なお題をありがとうございます。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.249 )
- 日時: 2018/07/08 16:22
- 名前: 奈由 (ID: Hwth9iyc)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
何だか昔のようだな、と。
* * *
菜々花と初めて出会った日、あの時は七夕だった。夜空に浮かぶ天ノ川が綺麗で、家を飛び出して、ひたすらそれがちゃんと見える所へと走っていったのを今でも覚えている。
じゃなきゃ、菜々花と出会って居なかった。
知らない公園のブランコで、夜に一人、10歳程の女の子が空を見てたら、誰だって気にするだろう。
でも、菜々花は違った。
「こんばんはー!わたし、ななか!あなたは?」
いきなり話し掛けてきて、ブランコの隣に座り、こちらを見てくる。
夜の8時ほどだと言うのに、菜々花はとても元気で、知らない公園に一人だった私には、同い年がというだけで、簡単に話せた。
「えっと、私、るみ。よろしくね」
「天の川、きれいだね~!あ、どこの小学校?」
「あ、あそこ。ビルの影にある学校」
「私、明日からそこ行くんだ!同じクラスだといいね!」
そんな話をして、二人とも道に迷ったことが分かり、近くの交番に行って親に連れて帰られたのを覚えている。
それから私の親が海外に行って、菜々花の家に住まわせてもらって、最終的には菜々花と二人暮らし。
それよりも、あんなに可愛かった菜々花が、まさか茶髪の明るいギャルになるとは思いもしなかった。
毎日のメイクは欠かさない、肌はバンバン出す、休日は友達とカラオケやら原宿やら。
私も私で、そんな親友と暮らしてるというのに高校でボッチ飯とはどうなんだろうか。
「たっだいまー!」
「菜々花、お帰り。部活?」
「そーそー!女バスは多いんだよ!」
「美術部は少なくて気楽だぞー」
なんて適当な会話をしつつ、低いテーブルに飾られた偽物の竹に、自分の願い事を書いた紙を掛けて、夕食の準備をする。
菜々花の願い事は
『試合が上手くいきますように!!』
菜々花らしくて、思わず笑みがこぼれる。
もう少し私を見てくれても良いと思うんだけど。
「あ、みーも願い事書いたんだ!」
「そりゃあ描くべきでしょ」
「そっか、陰キャで友達いないもんね!」
「家から追い出すよ?」
「ごめんって」
七夕があったから、菜々花といられる。
七夕があったから、楽しく過ごせる。
七夕があったから、人生が充実してる。
七夕にここまで感謝しているというのに、描かない訳にはいかないでしょ。
「みーの事、私は大好きだよ!」
料理をしているというのにいきなり抱きついてきて、人に触るのに躊躇いないな、なんて内心思いつつ、こう答えた。
「ありがとう」
そう、一言。
きっと私の願い事なんか興味が無いんだろうけど、私も、菜々花が大好きだよ。
七夕の短冊に、
『菜々花と付き合えますように』
なんて書く位にはね。
「菜々花の好きなハンバーグ、できたよー」
「やった!みー大好き!」
すぐに大好きって連呼するとこ、ちょっと気に入らないけど、好きな言葉をいっぱい言って貰えるのは、嬉しい。
だから私は、全部含めて、
菜々花の事が、大好きだよ。
【短いし凄い下手ですか。ただ単に百合が書きたいだけなのに七夕混ぜるとか失敗のきわみですね。
多分5回目の参加だけど、進歩してなさすぎてヤバいですほんと。
もう少し成長するべきですね。】
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.250 )
- 日時: 2018/07/09 07:19
- 名前: 波坂◆mThM6jyeWQ (ID: pa4lMTZU)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
この短冊の主の事を、もっと知りたいと。
それは、何処にでもいそうな少女だった。歳は十代といったところか。みすぼらしく粗末な服。手入れの行き届いていない黒い髪。その姿は到底、美しさのようなものとは結び付かない。
だが、一度彼女に触れれば分かる。宝石の様に澄み切った輝きを持つ精神と、赤子のように無垢な笑みに、気が付けば私は魅了されていたのだ。
彼女に問うた。何故ここに? 彼女は答える。お家が無いの。私が問うた。親はどうした? 私に答える。お星様よ。
ほんの僅かな会話しか経ていないにも関わらず、彼女の環境が不当に不遇、強烈に劣悪である事は、初めてこの場で出会った私にすら容易に把握出来ることであった。
私は言った。君は幸せか? 彼女に言われた。幸せよ。彼女は言われた。本当に? 私は言われた。本当よ。
彼女の言う幸せとは、なんだろうか。彼女は日々の食物にすら困っていると言っていた。衣食住の内の二つは既に削がれ、一つも風の前の塵に同じだと言うのに、それでも尚、彼女は言い張るだ。自分は幸せであると。
星々の煌めく空の下。コンクリートに埋め尽くされた街の中。作り物の物の笹の元。願いを込めた短冊達に内包された世界に、彼女はただただ微笑んで膝を抱える。
その姿は何よりも汚れているというのに、その中は誰よりも清くいる。そんな彼女の在り方に、私は美しき汚さを感じた。
それから彼女と幾度と言葉を交わし、合意を得た上で、彼女を引き取った。独占欲と崇拝心に掻き乱された選択だが、間違いでは無い事は明白だった。
彼女との日々の中、私は幾度となく語り掛けた。そして彼女もまた、幾度となく答えた。彼女の在り方は、以前として変わらない。どんな日々であろうとも、毎日を幸せと過ごす。彼女は私にとって、余りにも輝かしい存在だった。
十二ヶ月と二十四日という、長くもあり短くもある月日が過ぎ去った頃に、彼女は私の元から消えて行った。めでたい事だ。彼女にも生涯のパートナーが見つかったのだ。私の友人で義に厚く信頼の置ける、富豪の男だった。恐らく彼女が生活において、困惑する事は何一つ無いだろう。
その日は普段は手も出せそうにない高価な酒と肉で祝ったものだ。彼女の居ない部屋で、一人彼女の幸せと平穏を願った。そして自分の友人に嫉妬しつつも、これからの二人の幸福に想像を馳せた。
居た筈のものが欠けた、長い長い一週間を過ごした後、私は再びあの場所へと赴いた。彼女と出会った、あの場所で。
そして、彼女はそこに居た。やはり変わらぬ美しさのまま、彼女はそこで微笑んでいる。
私が問うた。幸せか? 彼女は言わない。何も言わない。彼女に問うた。本当に? 私に言わない。何も言わない。
冷たい彼女の手の平の中、そこに入った一枚の短冊。謝罪をしつつも引き摺り出す。
そこに綴られた、一年前と同じ願い。
彼女はきっと言うのだろう。今でも私は幸せよ。と。彼女はきっと笑うのだろう。私はずっと幸せよ。と。
彼女に非があったのか。それとも私の友人が外道畜生の類だったのかは知る由もない。ただ、そこには一つの結果が転がっているに過ぎない。
その体をゆっくりと持ち上げて、そのまま胸に収め込む。一瞬であろうとも、その顔が見たくなかった。このような結末であろうとも、幸せそうに微笑む彼女の顔を。
私は願う。彼女の願いが、絶対に叶わない事を。この願いは、叶ってしまってはいけないのだ。清く美しきこの彼女に、この終末を与えた世界には、この願いは許されないのだ。
『世界中の人が、幸せでありますように』
○
慣れないジャンルに挑戦しました、波坂です。久々の投稿なので緊張しました。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.251 )
- 日時: 2018/07/12 22:52
- 名前: あんず◆k.P9s93Fao (ID: /6afuyyo)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。また、夏が来る。たったそれだけのことで、心臓が早鐘を打つ。笹の葉よりももっと上、そこに黒よりも深い夜色の空が広がっている。
「何か書く?」
後ろから聞こえた声に首を振った。紙をつまむ指を放して、弾く。その瞬間、誰かの願い事を載せた紙切れが勢い良く宙を舞う。ぷつり。あ、と声を上げる間もなく、そのまま風が攫っていく。幸せになりたい、そう刻まれていた誰かの文字が遠く遠くへ飛んでいってしまう。瞬きの間に。
「あーあ。何してんの、嫉妬?」
「違うよ」
柔らかそうな長い薄茶の髪が、ひょいと視界の端に現れる。細い指先がじっと短冊の消えた先を指差した。それから笑う。誰かの願い事、もう空まで届かないよ。そう言って、あまりにも嬉しそうに笑う。耳に響く優しい声。誰かの願い事が息を止めた。きっと、そのことが嬉しくて仕方がないのだ。
輝くように笑いながら、その真白な手が短冊を吊るした。薄いピンク、彼女が好きな色。そこに書かれているだろう、可愛らしい丸文字を覗き込む。やめてよ、と頬を膨らますような声がした。それと同時に、黒インキで書かれた文字が目に入る。そこに書いてある言葉に、思わず笑った。口元が緩んで息が漏れた。それから、そばにあった短冊とペンを手に取る。
「やっぱり書く」
何それ、とからかうような声を無視して、細いペン軸を握りしめる。願い事は本当は、いくつもいくつもあった。けれどここに書く言葉は一つ、もう決まった。
目を閉じて、軽く深呼吸をした。開く。紙を走っていく黒インキ。少しだけ鼻につく、油性ペンの匂い。真後ろの海岸から聞こえてくる、磯の匂い。誰かが捨て去った、数本の酒瓶から漂うアルコールの匂い。
きゅっと掠れた音を立てて、ペン先を離した。きれいに真ん中に並ぶ文字に満足して、短冊を夜空へと掲げてみる。薄いピンクの向こう側に、遥かな濃藍が透けていく。私の手の中の紙切れを覗き込んで、彼女はなんとも言えない、苦笑にも似た表情をした。その顔を見て私は笑う。得意げに。手元の短冊が、風にさらわれそうに震えている。
「それでいいの、願いごと?」
「うん。これがいいの」
何か言いたげな顔をして、はくはくと口を動かしてまた閉じる。どこか滑稽な彼女を尻目に、私は背を伸ばして笹の葉へ触れた。私が届く、一番高いところへ短冊をくくりつける。風になびく、二人分の短冊。こうすれば夜空からもよく見えるでしょう。そう言うと、ようやく彼女は口元を緩めた。
「よくばりめ」
それにつられて笑いながら、額を小突く。別にいいのだ。よくばりでも、傲慢でも。日頃の行いからしても、天の河が私の願い事を聞いてくれるとは思えない。だからせめて、一等よく見える場所へ飾っておこう。思いがけず、天上の彼らに届いてしまうくらいに。ずっと遠くに。
「行こうか」
呟きとともに、そっと重ねられた手を握り返す。うん、一言返事をして、風に吹かれる緑に背を向けた。人気のない海の家のような廃屋。遠い昔には人がいただろう寂しさが、その場に澱んでいる。角に立てかけられた、とっくに古びたこの笹は、幾人の短冊を吊り下げただろう。どれほどの人が、この緑に願ったろう。
さくさくと軽い砂を踏む。繋いだ手を揺らしながら、呼吸の音ばかりが小さく響く。目の前に広がる海は、真っ暗に私達を待っていた。
✱
一緒に死のうと、誓いあったことがある。もう昔々、私達が、あの鬱屈とした青い場所にいた夏。大人になった気でいたのに、制服を身にまとった窮屈な時間。陰湿になっていく青春。きっとあの頃、みんな苦しかった。進路に悩み、友人に悩み、何もかもに悩み、空気は澱んでいた。
「二人で、かえろうね」
彼女の細い指が、私の手を握りしめていた。その白さと、食い込んだ爪の丸みばかりを覚えている。かえろう。帰る、返る、孵る、還る。彼女の声はゆっくりと滲みて、私の脳みそに絡みついた。死にたい、よりも、もっとずっと穏やかな約束。この息の詰まる夏から、逃れるための言葉。遠くへ、優しい場所へ。見つめる目に一つ頷いて小指を絡めた。懐かしい旋律とともに、約束が紡がれていく。見えない糸が私達を繋いでくれる。
その約束は、危うい年齢の誰もがするかもしれないありふれたものだった。死にたい。そればかり呟いて、手を繋いでいたかった。そして私達の場合、少しだけ、他の人よりも本気だった。それだけだった。だから約束はまだ息をしている。何故だか、そう確信していた。いつの日か、いつか、かえるのだ。
その「いつか」は、唐突に来た。中身のない、空っぽの自分の腕を抱きしめた瞬間。自分を満たすものが潰えた感覚。ああやっと。縋るものはもう、あの言葉しかなかった。古びた約束が脳内を埋め尽くす。
痛む体を引きずって、震える手で握りしめた金で切符を買った。手のひらに移った金属の匂いが鼻を刺す。訝しげにこちらを見る警備員から目を逸らしながら、人気のない改札を通る。機械から戻ってきた少し温かい紙切れを、ぶかぶかのスウェットに大切にしまった。この小さな切符が、私をずっと先まで連れて行ってくれる。そう思えばポケットが少しだけ、温まる気がした。
薄暗いホームのベンチに座ってから、ようやく携帯の電源をつけた。ぼうっとした人工的な光で腫れた腕が闇に浮かぶ。あんまり良い眺めじゃない。長袖でも持ってくるんだった。半袖を無意味に伸ばしながら、なんとなく携帯を持て余す。小さく震え続ける指で、ボタンを一つずつ押していく。時代遅れのカチカチという音が心地よかった。
──かえりたい。
たった一言送った。果たしてまだ使えるのか、それすらも分からないメールアドレス。SNSのアプリばかりのこのご時世、お飾りの電話帳の片隅でくすんでいた文字列。もう何遍も見返して、いつしか覚えてしまった。
返信は、きっかり五分後に来た。心のどこかで期待をしていて、それでも来ないかもしれないと怯えていた。それなのにあっさりと、私を待っていたようにメールは届いた。体が大きく震える。届いた返信を覗くのにまた、長い長い時間をかける。息を吸って、吐いて、それでも決意が固まらないから目を閉じる。そのまま、ボタンに指を滑らせた。カチリ、と伝わる小さな音に薄く目を開ける。
──かえろう。
彼女の文字が、そこに静かに並んでいた。戻ってきた言葉に視界がぼやける。安堵にも似た、どうしようもない寂しさで気持ちが悪い。それでもほっとした。画面の向こう、どこかにいる彼女の時間もまた止まっていたことに。私達は同じ時間、ぐずぐずと這いつくばって生きていたのだ。確かにあの約束は息をしている。
何かに祈りたかった。ひたすらに許しを戀いたかった。もしも返事が来なかったらどうしていただろう。一人きりではきっとかえれない。夏の日からは逃げられない。分かっている。だからこそ今、だれかに祈りたかった。
示し合わせたように来た終電を踏み締めながら乗り込んだ。ぼんやり光る画面を、滲む視界で何度も読む。並ぶ文字が消えないように、何度も何度も。ふと、窓の外へ視線を投げる。誰もいない車内が規則的に揺れる。生温いエアコンの風が足元を撫でた。彼女へ近づいていく。現実が遠く褪せていく。
夏が来る。もうすぐそこまで、迫っている。
✱
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.252 )
- 日時: 2018/07/12 22:53
- 名前: あんず◆k.P9s93Fao (ID: /6afuyyo)
✱
足元に揺らめく水が肌を包んだ。風は生温い吐息のように吹いている。生きているみたいだ。想像よりもずっと温かい海を、手を繋いで歩いていく。転ばないように一歩ずつ。水面は闇の中でもお喋りに煌めいている。月明かりがこんなにも夜を照らすことを、初めて知った。
「宇宙に願って叶うならさ、海だって、叶えてくれそうだよね」
鼻歌まじりに聞こえてくる機嫌の良い呟き。波の音がざあざあと響くなか、その声はよく通った。目線は海に。なんとなく追ったその先の水面に、思わず口をつぐむ。宇宙だ。鏡面のように光を跳ね返す濃藍に、天の河がそのまま映り込んでいた。急に足元がなくなったような不安と、星に向かって沈んでいくような錯覚。上と下、手を伸ばした先でさえ、どこまでも宇宙が透けている。二人、星の中を泳いでいる。
「……叶いそうだね」
そうでしょ。今度は彼女が得意げに笑う。ふやけた柔らかい指先に力が篭もる。海がひたひたと、腰の高さまでも濡らしていく。砂浜はすでに遠い。足元が今にも滑りそうになる。何もない。思わず震えて、それでも漠然とした安堵が胸に広がっていた。だから大丈夫だと、根拠もなくそう思う。
「ね、どうせなら海にも願い事しようよ」
突然、彼女が顔を上げた。良いことを思いついたとでも言うように手を叩く。
「さっき笹に吊るしたのに?」
「星にも海にも伝えたほうが叶いそうでしょ」
よくばりめ。さっきの仕返しに言い返した。弾けるような笑い声が二つ、浪の上を滑っていく。つられるように空を見上げた。滅多にお目にかかれない、教科書の写真と似た天の河。満点の星空というのは、こういう空を指すんだろう。綺麗だなんだと言うよりも、吸い込まれそうで怖くなる。宇宙は思っているより美しくなんかないよ、そう呟いて頬が緩んだ。この気持ちもまた、安堵だった。
幸せになりたい、誰かが書いたあの願いも、海へと落ちていっただろうか。幸せになりたい。途方もなく大きな、漠然とした祈り。願った誰かが幸せだといい。自分のために思う。私の願いも彼女の願いも、同じように海に溶けて、きっと叶うといい。私だって、幸せになりたかった。
いつしか自然に足が止まった。ブイからブイへ、張られたロープの少し先。もう胸元近くまで水が揺らぐ。それをじっと見つめながら、握った手を痛いほどに繋ぎ直す。ここから先は、戻るための場所ではない。かえるための入り口。一つ踏み出せば足場がないことを、私も彼女も知っていた。そのために来たのだ。
かえろう。どちらが先ともなく、おんなじくらいの高さの肩を抱きしめる。あの古い夏から少しも変われなかった、細い肩だ。温もりはまだ残っている。互いに縋りつくものはもう、きっとそれしかない。ゆっくりと視線を合わせる。思わず微笑んだ。彼女も。
とぷん、と拍子抜けするほど小さく柔らかな音を立てて、視界が染まった。
夏が絡みつく。待ち構えていたように、それは私達を縫い止めようとする。逃さない、と言われた気がした。行かないでと、乞われた気がした。それでもその手を振り払って、宇宙へ、飛び込む。
生温い水は、まるで胎内のようだった。覚えているわけがないのに。それでも私は、たった一人の胎内から生まれた。生温い羊水に浮かんで夢を見た。そうやって遠い昔、私も彼女も水に溺れて生まれたのだ。あの温かい場所へかえりたい。孵りたい。そう願ってやまないのは、何も死にたいからじゃない。あの世には行きたくない。この世にも生きたくない。だからかえる。きっと、ただそれだけのこと。
ごぽり、泡が昇っていく。鼻から、口から、濁った酸素の代わりに透明な水が満ちていく。苦しくて涙が出た気がしたけれど、もう何もかもぼうっとして、それも気のせいだったかもしれない。全部が塩辛くて、甘くて、涙のようだった。わたしは今、涙に溺れている。かたく抱き締めあった手を一つ離して、彼女の腹に右手を乗せた。薄い腹はきっと、すぐに水に押しつぶされてしまうだろう。それでもまだ温かかった。母のようだなと、似ても似つかない、この目の前の女の腹を懐かしく思う。
「──、」
彼女の唇がゆっくり動く。もう逃げるほどの空気の塊もなくて、その動きは薄暗い中、月明かりによく映えた。にっこりと笑みを形作る。私の唇も不器用に笑う。もう一度、願い事を呟いた。短冊は今もきっと、あの寂しい緑に揺れている。水はもう、ずっと生温い。
ぐるぐる、ぐるぐる、頭の中を水が洗い流していく。溶けてしまいそうだ。抱き締めた腕、おんなじ体温。もう一度強く手を握った。おやすみ。囁くように開けた口の中で、水がふよふよ揺れている。海月になったみたいだ。本当になれたらいい。きっとどこまでもかえれる。私達は海の月。夏だってきっと、ここまでは来れまい。そう思うと途端に瞼が重くなった。その中を、誰かをあやすように呟きながら漂う。かえろう。
今度こそ上も下もない。ただ溶け合うように落ちている。逆さまの星の中をかえっていく。触れた肌は柔らかい。
ひどく、こうふくな気分だった。
✱✱✱
お久しぶりです。夏っぽく海の話です。素敵なお題、ありがとうございました!
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.253 )
- 日時: 2018/07/22 04:17
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: skLU5vdQ)
*
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。火で彩ったら美しいだろうと。闇夜に浮かぶ炎が、人の願いを焼き尽くす様は、気が狂いそうなほどの背徳感を与えてくれる代物だろうと。
そうして、七夕の夜に焼き払った。満天の星空に立ちのぼる黒煙と、村人のため息はとても麗しかった。
そのひと時の快楽と引き換えに、怒った者たちによって、私は山奥の祠へ封印されてしまったが。
*
涼やかな夏だった。暑さは身を潜め、心地よい風が吹きぬける。今年の秋は不作になるとか、大人たちは話していたかもしれない。例年よりも気温は低く、まだ八月だというのに秋のようだった。肌を焦がす太陽の視線は、あの燃えるようなものではなく、穏やかに微笑んでいる。
そんな小さな田舎の村を、少年は歩いていた。麦わら帽子にだぼだぼの長袖長ズボン。冷夏とはいえ、季節感のない服装だった。彼は、毎日そんな洋服を着ている。たとえそれがどんなに暑い夏の日だったとしても。
帽子の下から覗く顔は、まだあどけなかった。ほんの少し前まであぜ道を走り回っていた、小学生のイメージがどちらかと言えば近い。背格好も、顔立ちも。ただその表情だけが、どこか大人であった。
「…………」
家の引き戸を無言で開け、無言で閉める。一切の物音をたてずに、彼は二階の自室に向かおうとしていた。
ギシッ。
古い階段は、体重をわずかでも載せると鳴く。そのわずかな物音に、階下の人間は大きく反応したらしい。ぱたぱたと廊下を走る音がした。
「……っおかえりなさいま……コウくんだったのね……」
血相を変えて飛んできたのは女だった。病かと思うほど白い肌のあちらこちらに、醜い痣や火傷の傷が見える。幸の薄そうな美人だった。
この家の主人は、少しでも気に食わないことがあると手をあげる。その被害は妻であるこの女はもちろん、コウと呼ばれたこの少年も受けていた。身体に合わない衣服は、その傷痕を隠すためのもの。
「お母さん、ただいま。お父さんはまだ外なの?」
「えぇ、そうよ。まだお外なの。でももうすぐ帰ってくるわ」
その言葉を言い終わるか終わらないかというタイミングで、ガラガラガラ! とものすごく大きな音がした。二人してビクリと身体を震わせ、少年は二階へ、母親は玄関へと走った。
二階の床板は分厚かったが、形が悪い。少年の部屋は、床に隙間が所々空いている。その部分から、下の様子はよく見えたし、よく聞こえた。例えば、父親が母親を殴るところとかが。
いつも母親は殴られ、痛めつけられ、父親と寝室へ消えた。きっと、寝室ではもっと酷いことが行われているのだろう。
物心ついた時からボロボロになった、大好きな母親の姿を見ていた。そして、いつ自分に火の粉が降りかかるか怯えながら過ごしていた。
――お父さんが、いなくなっちゃえばいいのに。お母さんと二人で暮らせればいいのに。僕もお母さんも幸せになれるのに。
今日も床下からは怒鳴り声が聞こえてきた。でも、悲鳴は聞こえなかった。布団にくるまって耳を塞いでいたが、恐る恐る顔を出し、穴を覗きこむ。想像していた何倍も穏やかな風景だった。
「今年の人柱はお前だ。二日後までに用意しろ」
「そんな……コウもいるのに……どうしてっ……」
「はァ? なにされても良いって頼みこんできたから嫁にしてやったのに、他の男に色目使って通いやがったのはてめェだろ? そうやって人のせいにするとこが気に食わねェんだよ!」
結局、最後はこうやって暴力沙汰になった。下は誰もいなくなり、ようやく少年の部屋も静かになる。しかし、少年は青ざめた顔で震えていた。
「お母さんが、食べられちゃう。僕のお母さんが、カミサマに食べられちゃう」
この村は年に一度、盆前の祭で村人の願いを叶える儀式を行う習わしがあった。村人は思い思いの願いを紙に書き、笹の葉に括る。そして、村人から人柱と呼ばれる生贄を一人カミサマへ差し出し、願いを叶えてもらうというものだ。
毎年行われているが、一度だけ祭が失敗したことがあると噂されていた。生贄がいなかったのか、カミサマの怒りに触れたのかは分からない。ただ、その時は炎が濁流のように押し寄せ、村のほとんど全てを焼き尽くしたと言われている。天の星が作った川を、地上の火で写しとったようだと、高齢の語り部は例えていた。その時祭を失敗へと導いたのがカミサマだという説もある。僅かに残った村人に封じられ、村からそう遠くない場所で守られているとか、いないとか。人柱を捧げるのは、カミサマを鎮めるためなのかもしれないし、そうでないかもしれない。
「カミサマにお願いして、お母さんを助けてもらわなきゃ」
*
久方ぶりの目覚めだった。正確に言うと、身体の目覚めであった。私の意識は村のいたるところに飛んでいる。つけ込めそうな人間がいれば、すぐにでも意識をほんの少し誘導し、封印を解かせようと画策してきたのだから。
しかし、ようやく見つけ出した存在が、まだ年端も行かないような子供だとは思わなかった。家庭環境を見れば、大人びた思考にたどり着いてもおかしくないと納得し、むしろ余計なことを考えない子供だから誘導も容易かった。むしろ、ここまでとんとん拍子に進んだのが不思議なくらい。何はともあれ私は、完全復活した。
「少年よ、私を復活させる手伝いをした功績に免じて、何か願いを叶えてやろう。私を長いこと封じ込めた報復に、村は焼き尽くすがそれは阻止できんぞ」
「お母さんがいれば、何もいらない。人柱は別の人にして。お母さんと二人で暮らせれば、それでいいんだ」
「ほう? 本当にそれでいいのか? 炎は人の本質を見せつけるもの。そなたの思った通りにならないことの方が多いぞ。若いゆえに見えていないこと、もあるだろうしな」
今夜は、久々に美しい炎を見られるだろう。
*
文字通り、村は炎に飲みこまれていた。真っ赤な光はゆらりゆらりと至るところで影を作り、自らの元へ誘っているようだった。意思を持っているかのように、一人残らず、小屋一つ残さず、全て燃やし尽くした。
少し離れた丘の上から、少年と母親はその様子を眺めている。二人とも笑顔だった。全く別の意味で。
「お母さん、これで幸せに二人で暮らせるよ!」
「あの人が死んだ……私、自由なのね。もう何も気にせずに会いに行けるのね……!」
「お母さん?」
母親の、こんなにも晴れ晴れとした笑顔は初めてだった。心の底から、嬉しそうに笑っていた。
「コウ君、このお菓子を、ここからまっすぐ行ったところにあるお墓にお供えしてきてくれるかしら」
「うん、お母さんは?」
「お母さん、疲れちゃったからここで休んでるわ……」
「わかった! すぐ戻ってくるね!」
少年がそこに戻ったとき、母親の姿はどこにもなかった。激しく村中を燃やしていた炎は飲みこむものを失って、炭と化して燻っている。
「お母さん? ねぇ、お母さん? どこなの? どこ?!」
声が虚しく木霊した。あんなに嬉しそうに笑っていたのに、いなくなってしまった。ペタンとその場に少年は座り込む。泣きじゃくる音がしばらく聞こえていた。
「だから、思い通りにはいかないと言っただろう? お前の母親は、恋人のところへ行ったよ」
「……カミサマなんて、嫌いだ! 僕は、僕はお母さんと暮らしたいって言ったじゃないか! 嘘つき!」
少年は怒りに任せ、小さな拳を振り回す。無理やりその腕を捕まえ、小さな硝子玉を握らせた。
「母親には、お前がその硝子玉を持っている限り、罪の意識が生まれるように仕向けてある。片時もお前のことは忘れられず、恋人の元へ走ったことを一生後悔するだろう。お前はお前で、その硝子玉を通して母親の姿を覗くことができる」
「お母さんは、いないんだっ……」
「それを持っている限り、必ず会えるように仕向けてやるし、それまで生き延びれるようにはしてやる。母親の居場所を突き止められるほどの力は、私にはないからな。母親への未練が無くなったら捨てればいい」
「僕は、いっつも一人ぼっちなんだ……!」
「だから、願いはそれでいいのか聞いたんだ。落ち着いていないし、今は話しても無駄だろう」
泣き喚く少年を抱え上げると、空を駆けた。そう遠くの村には行っていないだろう。復活できたのはいいが、面倒な願い事を抱えてしまったと苦笑する。
「近くの村を手あたり次第、一緒に回って探すのを付き合ってやる。それでいいか?」
「やだ。お母さんと暮らせるまでじゃなきゃやだ」
「それは他の神に頭を下げなきゃならん。自分でやれ。神のところに案内はしてやるが、私が頭を下げるのはごめんだ」
「じゃあもうそれでいいよ。カミサマのくせに、できないこと多すぎるよ」
少年を駒として使えるようになるまでは、まだしばらくかかるだろう。それまで、ほんの少し硝子玉などという玩具で繫ぎ止められればいいのだ。いずれあんな最低な親のことなど忘れるだろう。
*
まがいもののカミサマが笑っている。悪霊が笑っている。この少年をうまく使えば、しばらくは願い事を燃やせると笑っている。
*
こんばんは。このあとがき打ち込んでる間に文章が3回消えました。バックアップ大事。黒崎加奈です。
今回は色々重なって皆勤消えるんじゃないかと、自分でも思いましたが何とか繋ぎました。でも9月まで忙しさは確定してるんだよなあとか思いつつ。
感想とか頂いているの、毎回全部読んで喜んでます……! 時間がなさすぎて全く反応ができていないのが申し訳ないです……ごめんなさい。
ではおやすみなさい。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.254 )
- 日時: 2018/07/22 19:06
- 名前: 「五人②」 (ID: FTl/BOB2)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
気持ち悪いと。
何故、こんな気持ち悪いものを見なければならないのか?幾ら授業でも、見たいもの、見たくないものの取捨選択は必要だろう?蓮コラでしたっけ?それに近い感じを私……いや、僕は覚えた。覚えたのではなく、感じた、か。
「おら、さっさと描けカス」
そう言って、金髪碧眼、白いYシャツのボタンの隙間から見える巨乳、スカートなのに胡坐をかいて、スカートの中のパンツを見せる、猥褻教師。
僕は「はぁ」と、溜息を吐いて、頭をかきながら、猥褻教師に言う。
「僕が居るってだけで、そんな格好すんな猥褻教師」
「猥褻の何が悪い」
「一刀両断かよ」
「零刀両断だよ、てめの発言に意味なんかねぇ。口答えするな変人」
「変人は貴様だ、猥褻教師」
「私は猥褻教師では無い。セクハラ教師だ!」
「うん!色々アウト!」
自分は猥褻教師にツッコミをいれ、静かに溜息を吐いて、右手に持った筆を目の前のキャンバスに押し付けた。何故こんな事をしなければならないのだろうか?答えは簡単である、「美術の提出を忘れたから」である。
今は七月八日、七夕はとうに過ぎており、本当は目の前にある短冊、笹は燃やさなければならない、だが、僕の提出忘れに仕方なく一日伸ばしたのだ。
昨日は絵を描き終わらせたかったが、親から入院している知り合い、否、叔父の危篤状態のため、仕方なく午後の美術を休んで、病院に向かったのだ。
まぁ、結果は叔父は死んだ、心臓ガンで。
…まぁ、「実際の事を言うなら、心臓ガンは存在しないのだが、叔父の肉体は一般の人間とは少し構造が違うので、有り得ない病気が出来る」という特殊人間なので、二十年前は膵臓ガンとかも出来たりした。
まぁ、膵臓にもガンは出来にくいんだけど。
そんなこんなで、死んだ叔父の葬式もしようと思ったのだが、「明日美術の授業に来い、居残りで良いから。来なかったら殺す」と、脅されたので、仕方なく翌日の今日、学校へ行く事に。
んで、今、その七夕の笹、短冊をキャンバスに描いて、絵を完成させようと、自分は筆で絵に色をつけているのだ。
「…はぁ、面倒だ」
「面倒なのは私の台詞だ、貴様が昨日休まなかったら、私は今日、合コンが出来たんだ!若い男の精が吸いたい!」
「…呆れた、自分の私利私欲の為に、男性の精を吸わないで下さい」
「煩い!お前には分からんよ!私のこの吸引したい欲は!」
猥褻教師はそう言って、立ち上がって、自分を指差して、怒鳴る。怒鳴っても、何も解決しないけど。
「…はぁ、アンタ、本当に壊れているな?色々な意味で?」
「んぁっ?壊れている?今更なのか?私はもう「何千年も前から壊れている」よ」
「…知ってる、テンコさん?」
「はっ、私の「本名」を言うな、下種(げす)が?」
「本名を言って、怒られるって、どんな凶悪社会だよ」
「それが私達の社会だ」
「あぁ、そうかい」
自分はそう言って、右手の筆を置いて、背を伸ばす。
「完成したか?よし、じゃあ、全裸ストリップをしてやる、私の全裸ストリップを見たら、今晩は寝られないぜ?」
「お婆さんの体で吐き気がして?」
「…お前、私に喧嘩売ってる?今の姿を見てみろ、お前等男の好きな巨乳!パンチラで嬉しいだろうがぁ!?」
「僕は嬉しくないよ?だって、僕は…」
僕はそう言って、上半身の服をはいだ、すると、猥褻教師は驚く。それもその筈、「僕の胸にサラシが巻かれている」からだ。
「「僕は男じゃない」、だから、アンタにゃ興奮しない、嬉しくない」
「なっ…!?」
驚愕する猥褻教師に、僕はキャンバスを投げて、発言する。
「乾かしたら完成ですよ」
自分はそう言って、服を着て、鞄を持って、「そのまま教室を出た」、流石に後始末はあの猥褻教師がやってくれるだろう、何故なら「テンコ」だからだ。僕はそう思いながら、溜息を吐いて、玄関に到着、靴を履き替え、校庭を出る。
「…今日も面倒な一日だった」
自分はそう呟いて、振り返って、屋上を見る、屋上は「火車やがしゃ髑髏が浮いている」、今日も居残り以外は何もない日だった、そう思いながら、僕は校門を潜り、学校を出る。
此処は「妖怪が集まる」妖怪学校だ、そんな中、平凡で、普遍で、普通な学生である僕は通っている。何も無い日常だけど、僕は喜んで、学校に通っている、何故なら、妖怪という楽しい存在と共に過ごす事が出来るからだ、僕はそう思いながら、「熱いなぁ?」と、思った。
自分が歩く道は火に包まれていて、熱い。自分は妖怪「雪女」とのハーフなので、こんなに熱いと溶けてしまう。さっさと帰ろう、そう思いながら、自分は走って、自身の家へと向かった…
初めまして、お久し振りの方は御久し振りです。
「五人②」です。
前回の投稿より、約千字増えました。
一応言いますが、自分は小説を書くのは初心者です、更にパソコンを触るのも初心者です、前回はひぃこらひぃこらいいながら書いたんですよ、ですが、前回より少し増えました。
今回は相当頑張ったんですよ。執筆するのに、二週間は掛かってしまった。
なので、今回のプロットを書いた「五人⑤」が悪い。
それでは、次回参加するか分かりませんが、次回参加した場合、宜しく御願いします。
「五人②」
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.255 )
- 日時: 2018/07/22 19:07
- 名前: 「五人③」 (ID: FTl/BOB2)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
今日は七夕だ。
そう思った時、世界は崩壊した…
流星群、某携帯獣ゲームをやっている人なら、「ドラゴンタイプの技だ」と、思う存在は居るだろう。それだ。
七夕の日、七月七日、夜十九時七分七秒、丁度綺麗に「7」という数字が揃った時の事だった。
「流星群が私達の世界を脅かした」のだ、流星群が地面に落ちて、隕石となった。
直径一キロの隕石だろうが、被害は甚大だった。
日本なんか隕石が富士山にぶつかり、噴火したし、南極にぶつかって、氷山、氷の一角が崩れ落ち、海面が上昇、3cmも上昇し、島国は相当危険な目にあっただろう、いや、あっている。
自分は内陸の土地に住んでいるので、海面上昇による被害は無いが、それから数時間後、いや、半日後の七月八日朝七時十五分、私は新聞を手にし、驚愕する。
それは今さっき述べた「海面上昇」だった、昨日は夜の出来事で分からなかったが、朝になって、世界が発表した。
「南極の氷が全て溶けた」と。
…う、うーん、凄い話だ、自分はそう思いながら、「隕石で溶けたか、壊れたか、だな」と、判断した。
まぁ、でも、まぁ、一番被害がでかいのは、日本なんだよなぁ、と思う。
何故なら噴火の影響で、火山灰が舞い、空を支配しているからだ、これでは、太陽の光を浴びる事は出来ない。
人間は太陽の光を浴びないと死んでしまうからだ、おまけに火山灰と雲が融合し、火山灰雲となり、火山灰が降って、人体に影響が出る場合もある。
でも、自分は日本の事を貶しているから、このまま消えてくれた方が嬉しい。
その方が、世界で戦う事もない、日本という国は消えた方が良い、あんな矮小な国、存在しない方が良い、私はそう思う。
「…あっ、朝ご飯」
私はそう呟いて、ご飯を作る為に立ち上がって、冷蔵庫からブレッドを取り、切って、フレンチトーストの準備をする。
「ふむ、今回は日本が消える可能性があり、気分が良い。今日は砂糖を多めにしよう」
自分はそう呟いて、蓮華で砂糖を掬い、ボウルの中に大量に投入する、そして卵や色々と入れ、切ったブレッドを投入し、ブレッドに液体を染み込ませ、バターを敷いたフライパンの上に乗せ、ブレッドを焼く…
だが、流星群の隕石はまだ終わっていなかった。私は知らずにフレンチトーストを作っている、そんな中、流星群の隕石の一つは我が家の方へと、向かっていた…そして私はフレンチトーストを皿の上に乗せ、うきうきしていた…
初めまして。
「五人③」と申します。
今回はどういう内容なのか分かりません、プロットで見ると、「私という人は日本を憎んでいる」様にしか見えません。
なので、政治的、もしくは人種的差別が強い作品なのかな?と、思いました。
でもまぁ、日本って外国から結構差別されているよね、何でですかね?分かる人が居たら教えて下さい。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.256 )
- 日時: 2018/07/22 19:08
- 名前: 「五人④」 (ID: FTl/BOB2)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
何だこれ? と。
簡単に言ってしまえば、『これ』は何なんだ? 一体どうして、色とりどりの紙を吊るしているのだ? 私はそう思いながら、首を傾げる。
すると、巨乳の幼女が『何じゃ? 貴様は『七夕』を知らんのか?』と、いうので、『はい』と、答えた。
「あらそう? それなら仕方無いわね」
そう言って、巨乳の幼女が溜息を吐く。
何だ、解説してくれると思った。
「これは人間が作ったアホらしい行事よ」
「成程」
解説では無いが、解説に近いので、安堵した、それにしても、どうして人間はそんな事をするのだろうか? 不思議に思っていると、巨乳の幼女は谷間から、一枚の紙を取り出した、おまけにペンも。
「ほら? 貴方も書きなさい? 七夕は自身の願いを書いて、未来に託す愚かな行為よ」
「いや、愚かなら、私はしない」
「そう? じゃあ、私は世界制服でも狙っておくわ、ビバ! 世界制服!」
「…………」
世界制服、どっかで聞いた事がある単語だ、そう思いながら、巨乳の幼女は平仮名で『せかいせいふくをおこなう!』と、書く。
「そういえば世界制服って何?」
「世界制服? そんなの簡単よ、世界を我が物の手にする行為よ」
「成程」
「分かった? まぁ、でも、『アンタ等』は当に攻略しているから、もういいんじゃない? 後は『この地球(ほし)を統一する』だけでしょ?」
「……あぁ」
自分は静かに頷いて、虚空を見る。
私は宇宙人と呼ばれるモノだ、この地球を征服しようとした時、この巨乳の幼女が片手で仲間を殺害して、血だらけになった腕を、手を舐めていた、恐怖した私は降参し、幼女の下についている。
まぁ、この巨乳の幼女、この地球という星で相当最強の存在らしい。
自分は知らなかったから、その出来事に驚愕だ。
だが、彼女は『地球の女子の中での相当最強の存在』、なので、もう一つの人種、『男』よりも弱いという、それはそれで驚きだ。
まさかこの女よりまだまだ強い存在が居る事に、自分は身震いした、そして、この幼女は『この地球をアンタ等に征服されない様に観光をしよう』と、言い、今に至る。
だが、この幼女自身、この地球を征服したいらしく、私と利害は一致しているのに、一緒に征服しないのは、『自身の力でやる』という意味らしい、だから私を制圧し、征服の邪魔をした、という訳だ。
「……はぁ、疲れたなぁ? 今日はもうホテルで休もう?」
「いいのか? 他に襲っている宇宙人も居るだろうに」
「えぇ、もういいわよ、どうせ『アンタみたいな侵略者は多い』んだし? 倒しても倒してもきりが無いし、戦うのも疲れたし? でもまぁ、寝ている間に地球が襲われたら、元も子もないけどね」
「……あぁ、そうか」
私はそう呟いて、巨乳の幼女と共にホテルへと向かう──彼女が世界制服をする迄、残り千年と、八ヶ月……私が『世界征服』と『世界制服』の間違いを知るのも、千年と、八ヶ月──
初めまして、「五人④」と、申します、スレッド主に褒められた唯一のメンバーです、ほら、お前等敬えよ、自分を(笑)
とまぁ、「五人」メンバー四人に喧嘩を売った所で、解説でもしますか。
この幼女、人間じゃないです、多分鬼なんじゃないでしょうか? って、プロットに書かれている。
それにしても、千年は長い。
「五人④」でしたぁ。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.257 )
- 日時: 2018/07/22 19:14
- 名前: 「五人⑤」 (ID: FTl/BOB2)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
夏だな、と──だが、私には関係が無い、何故なら私に『季節』等、関係ないからだ──
『死線』、それは『生きるか死ぬかの重大な境目』の事。だが、私には、『死線』は違う意味を持っていた。私にとっての『死線』、それは『死の線』である。『死線』はどんな人間、動物、物、モノ……『どんな存在にも存在する』線だった。基本的に『死線』は頭頂部に存在しており、髪の毛の様に細い、おまけに何故か天空に向かって、ぴんっと、張ってあるのだ。どれだけ高いかは不明だが、多分宇宙から見たら、日本やアメリカ、中国、インドの『死線』の量は完全に中国の『パイロンシュー』に見えると思う。そんな『死線』を私は見る事が出来た。だが、この『死線』にも種類があるのを、私は知った。まず、白色の『死線』は『まだ正常な存在』という事、赤色の『死線』、黒色の『死線』は……もう手遅れだ、特に黒色の『死線』はアウトだ。……解説をしようとすると、少々長くなるが、簡単に言えば、赤色の『死線』は『死ぬ数ヶ月前の存在』、黒色の『死線』は『死ぬ数日前の存在』である。これは長年見てきての発想、考え、記録なので、間違っている部分も有るかもしれない。まぁ、それはそれで仕方無いだろう。だが、私が出会った男は『少し』違った、いや、『完全に違った』のかもしれない。これは私とその『男』との、少々奇妙で、異質な物語だ──
「……はぁ、今日も転校か」
午後五時、夕暮れの空を見ながら、私は一人ごち、鞄を肩に引っ掛けながら、歩いていた。今の格好は長い紺色のプリーツスカートに、紺色のセーラーに、ワインレッドのリボンをした、制服の姿だった。そうだ、私は『女子高生』だ、一応『死線』が見えると言っても、元々は一般家庭の一般人の女である、『死線』が見えるという特殊能力さえ隠していれば、普通に学校にも通えるし、一般人と同じ生活が出来る。カッコいい男性と結婚し、可愛い子を生(な)せる、ただただ一般人と同じ生活が出来る。だからこそ、私は学校に通い、少しでも、平凡で、普通な日常を手に入れようと奮起していた。だが、そんなのは叶わない夢なのだが。んで、今日も親の転勤で先月から行った高校も転校する。まぁ、転校する事は慣れている、今迄に何回転校した事か? 多分二十回は超えている。多いからと言って、何だと言うのだが。……また、転校か。まぁ、仕方無いよ? 親の仕事が転勤が多い仕事だから? 私はそう思いながら、その場で溜息を吐いた。そしてふと、周りを確認する。もう暗くなり始めていた。
「うわっ!? もうそんな時間なの!? 急いで帰らないと……!」
私はそう言って、鞄を肩から下げ、両手で思いっきり前後へ動かし、前へと進む。家は此処から一本道、少し曲がって存在しているので、すぐに迎えた。だが、『今日』という日は違った、とても違った、それは何故かって? 簡単である、何故なら『私の目の前でパンツ一丁、トランクスの男が『上空10メートル』から落ちてきた』からである。おまけに脳天直撃で地面にぶつかった。あっ、これは死んだな……小さな頃から『死線』が見える私にとっては、『死』は友達の様に慣れているので、『人が落下して死んだ』位、全然動揺はしない。動揺はしない、だけど、冷静に、指はスマホを手に取り、電話画面を開いて、『110』を打っていた。そして私が二番目の『1』を打った所で。
「いたたたた……」
!? えっ!? 私は驚愕し、スマホを落としてしまった、かしゃぁん、ケースが地面にぶつかる音で、『おや?』と、目の前の男性が呟く。
「あっ、見られた……」
相手の男性が言うや否や、パンツ一丁でその場で綺麗な土下座をし、『どうかこの事はご内密に!』と、言う。ご内密……? 一体どう言う事なのだろうか? 私は内心不思議に思いながら、男性を睨んだ──
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.258 )
- 日時: 2018/07/22 19:16
- 名前: 「五人⑤」 (ID: FTl/BOB2)
>>257
続きです。
まさかの文字数オーバー(泣)
「いやぁ、お見苦しいモノを見せて澄まない、私はこの家の亭主、相良 紫藤(さがら しどう)と言います。ごめんね? 高校生にあんな姿を見せてしまって……今度から、誰もいない場所を狙って自殺を行うよ」
「あっ、はい……」
目の前で着物を着た若い男性が言う。私は元パンツ一丁の自殺志願の男性の家に行き、謝辞を受ける事になった。それにしても広い家だ、完全に昔の殺人ドラマに出そうな雰囲気のある、趣(おもむき)のある家だ。池もあるし、庭もある、完全に無い物は無いかもしれない、私はそう思いながら、目の前の元全裸……いや、相良さんにツッコミを入れた。
「って、そうじゃない! 何で自殺なんかをしようとしたんですか!?」
「えっ? あぁ、簡単だよ、『この家の跡を継ぎたくない』から。継いだら継いだで、色々な方がこの家に来て、私に頭を下げる、それが厭なんだ、あんまり人と関わりたくないからね」
「成程……じゃあ、絶縁は?」
よくもまぁ、私は他人の家の事情に対し、ずかずか言葉を発し、相手のスペースに侵入して行くなぁ、そう思いながら、『絶縁か……』と、呟き、顎に手を乗せる相良さん。
「一応考えた事もあった、だが、私の父親が許さなかったから、難しいなぁ?」
「そう、ですか……」
万事休すだ、そう思いながら、頭を垂らす私、すると、『そういえばこの人の『死線』を見ていないな』と、判断し、少しだけ、目線を上にずらした。えっ? 何これ? そう思いながら、きょとんとする私、それもその筈、『今迄に見た事が無い『死線』の色』だったからだ、色は銀色、シルバー、もしくは灰色、グレイのどちらか? い、いや、色の説明はどうでもいい! 大事なのは『色』なのである。どういう色だ!? ってか、どんな色!? どんな状況なの!? 私は心の中で動揺しながら息を荒くする、すると、『だ、大丈夫? トイレ行く?』と、呑気そうに言う相良さん。
「あっ、いえ、大丈夫で」
私がそう言った瞬間、『急に押し寄せる池の水で戸が壊れ、庭にあった池の水が私達が居る縁側の方にやってきた』、お互い正座をしていたので、膝、太股が濡れる。
「な、何だ!? 隕石か!?」
驚愕する相良さんに対し、私は鞄を手に取り、鞄の中から、袋に入った『断ち斬り鋏』を手に取り、一気に息を吸い、更に鞄の中から、カチューシャを取り、頭にセットし、前髪を目に入らないようにセットする。そして立ち上がって、外に出る。そして、私は死人する、『池の真ん中に『悪鬼』が居る』事を……!
「な、何だあれは!?」
驚愕する相良さん相手に私は急いで走って、『悪鬼』の方へと向かい、ジャンプ、っと、と、簡単に『悪鬼』の手に乗る私、そして、私は手から伝って、『悪鬼』の頭頂部へと走って向かう、次に右手に持った『断ち斬り鋏』で、『悪鬼』の頭頂部にある『死線』を斬る。これで、『悪鬼』も死ぬ、そう思いながら倒れて行く『悪鬼』を見ながら、私は再度ジャンプし、空中で回転してから、地面に降り立った。
「討伐成功……」
そう呟いて、私は『あっ』と、思う。何故なら『目の前で『悪鬼』を倒す姿を相良さんに見せてしまった』からだ。ヤバい、完全に怯(おび)えられる、そう思いながら、一歩後ろへ後退する私、だが、相良さんは自分に一気に近づいて、『今のは何だい!? そして、今の怪物は何なんだ!?』と、真剣な眼差しで言う相良さんに対し、私はその場で静かに説明する。
「え、えーと……今さっきのは怪物で、名前は『悪鬼』と言います。そしてこの『悪鬼』、『悪鬼』の一体である『羅刹(らせつ)』という存在が封印を解いてしまい、全国で『羅刹(らせつ)』が解いた『悪鬼』に襲われているんです、だから、私はこの『悪鬼』を殲滅する行動をしているんです」
「へぇ、『悪鬼』ねぇ……じゃあ、その『裁(た)ち鋏』は何なの?」
「これですか? これは『羅刹(らせつ)』の肉体から作った『断ち斬り鋏』と言います、『羅刹(らせつ)』が他の『悪鬼』の封印を解いた張本人なので、他の『悪鬼』より頑丈なんです、だから、『『羅刹(らせつ)』が解いた『悪鬼』は『羅刹(らせつ)』の体で償うべき』と、考えられ、この鋏が作られました、なので、基本的に『悪鬼』はこの鋏か、仏教の方々が丹精込めて作った刃物でしか倒せないんです」
「へぇ、それは中々に凄い話だなぁ? ……私よりカッコいいな、君は……おっと、そういえば名前を聞いていなかったな、失礼だけど名前、聞いて良いかな?」
そう言う相良さんに対し、私は静かに言う。
「えぇ、いいですよ? 私の名前は桐笥 雅(きりす みやび)と申します」
「そうか。というか、今日は色々な事があったなぁ? 何だか感謝しないといけない気がするなぁ?」
「えっ? いいですよ、私は何時も一人で行っているので──まぁ、転勤した所に『悪鬼』が居ないとダメですけどね──」
「一人!? 何だと!? こんな可愛い女の子を一人で戦わせる!? それはダメだ! 私も着いて行くよ! 大丈夫! 支援って形だから!」
「えっ? いや、私は良いですけれど、相良さんは良いんですか? こんな怖い女を支援って?」
「んー? 大丈夫だよ! 君に貢いで……いや、君に支援しまくって、この家の財産を無くせば、私も絶縁されるだろうし!」
「今さらっと、凄い言葉が聞こえた気が……?」
私は正直衝撃を受けながら、相良さんの話を聞いた。うーん、それにしても着いて行くんでしょ? それなら、『死線』の事とか、言わないといけないし、何よりこの人も戦闘員にして、自身の事は自身で守れるようにしないとなぁ? ……中々に面倒な事になったぞ? 私はそう思いながら、その場で頭を抱えた──その後、私は家に帰って、転勤、引越しの準備をした。勿論相良さんに電話で次の引越し先と日曜日、引越し先に来るように、と、伝えた。そして私達家族は土曜日曜の間に引越しを行い、次の高校に行く準備もした。すると、日曜日の夜、相良さんがやってきて、『雅さんの彼氏です』と、言い、一箱のお茶菓子を持ってきた、おまけにそのお茶菓子は某有名会社の某有名菓子で、何気に最上級、最高級のお菓子を持ってきた、更にネットで調べてみると、その箱一つで一万は下らない代物だった。一応、私達の関係はカップルとして、扱う事になり、『今後、相良さんと一緒に近くの借家に同居』、『結婚を前提に考えている』、『性的関係ではない』し、『性的な事もしない』、と、相良さんは伝え、静かに両親は納得、納得するのか、私はそう思いながら、少し気難しい、恥ずかしい、何とも言えない気分になり、月曜日から、同居する事を許された。まぁ、少しでも早く同居して、色々と相良さんに『悪鬼』や『死線』の事を伝えなければならないし、まぁ、いいか。私はそう判断し、同居を許された──
そして翌日、私は相良さんと共に同居する事になった、んで、気になっていた相良さんの頭頂部にある、銀色か灰色か分からない『死線』の謎を私はこれから先、色々な場所で知るのだが、今はまだ知らない──
後書く
初めまして、「五人⑤」と、申します。
今回は何か4000文字超と、長くなってしまった、反省します。
それにしても、彼女、雅の能力、『死線』って、少し怖いイメージがあります、作っておいてなんだって話ですが。
ってか、後半時間が足りな過ぎて、結構詰め込んだ挙句、何気に破茶滅茶で、滅茶苦茶な内容になっている……(汗)
まぁ、それは御愛嬌って事で。
それにしても、リーダーの『五人①』が転勤で参加出来なかったのは悲しいです、何時か「五人」全員で参加したいですね。
それでは、次回も参加したいですね。
「五人⑤」
>>254
プロット 「五人⑤」 執筆 「五人②」
>>255
プロット 「五人⑤」 執筆 「五人③」
>>256
プロット 「五人⑤」 執筆 「五人④」
>>257
>>258
プロット 「五人⑤」 執筆 「五人⑤」
今回も私、「五人⑤」が一つのパソコンで投稿を行いましたので、IDは一緒です。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.259 )
- 日時: 2018/07/22 19:23
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: JZKlSTdU)
*
第7回 参加者まとめ
>>230 液晶の奥のどなたさまさん
>>231 流沢藍蓮さん
>>232-234 彼岸花さん
>>235 瑚雲さん
>>236 かるたさん
>>237 寺田邪心さん
>>238 サニ。さん
>>245 よもつかみ
>>247 浅葱 游
>>248 月 灯りさん
>>249 奈由さん
>>250 波坂さん
>>251-252 あんずさん
>>253 黒崎加奈さん
>>254 「五人②」さん
>>255 「五人③」さん
>>256 「五人④」さん
>>257ー258 「五人⑤」さん
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.260 )
- 日時: 2018/07/22 19:24
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: JZKlSTdU)
*
平成30年7月22日 19時24分
この投稿をもちまして、【第7回 硝子玉を添へて、】を終了させていただきます。
皆様のご参加、誠にありがとうございました。
まだ読めていない作品ばかりですが、時間を作って読ませていただこうと思います。
今回も皆様の趣向の凝らされた作品を、楽しみに読ませていただきます。
また次回もよろしくお願いいたします。
添へて、ねぎツカミ
*
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.261 )
- 日時: 2018/07/27 09:06
- 名前: ヨモツカミ@乾燥 (ID: 1Kphi4cE)
叶う見込みなんてないのに、それでも叶ってほしい願い事って良いですね。
>>流沢さん
なんかすごいお久しぶりですね。参加ありがとうございます。
願いは必ず叶うものじゃないですもんね。非科学的な何かに祈って、奇跡が起こって、良かったねってなるハピエンも好きですが、結局二人とも願いを叶えられない、現実は甘くないんだぜって感じで好きでした。
私の今年の願いの「猫にモテたい!!」も叶ってませんし、七夕ってクソですよね。
あと、すごく上から目線な発言になってしまうんですが、第一回目に参加いただいた時に比べて、凄く上手くなったな……と感じました。また次回も時間があったら参加してほしいです!
>>彼岸花さん
読後感やばい。好きオブ好きでした。ちょっとサルビアの花言葉知ってたので、そういう方向性の話かーと想像しながら読んでましたが、途中でモンハンを挟んだので、最後まで読む頃には忘れかけていて、家族ぬぁあああーーってなってました……。「家族の愛」、素敵でした。白いサルビアをサービスしてくれたところ、好きです。
余談ですが、埼玉にはサルビアの花畑があるんですよ。行ったことないけど。
硝子玉も添へて下さっててちょっと嬉しかったです。あれは、夏だし、ラムネ瓶の中のどうしても取り出せないビー玉のことを考えて硝子玉添へよーぜって決まったんですが、天の川に散りばめられてるっていう考え、子供の発想らしくて、素敵だなって思います。最後の天の川が降ってくるの、凄い好きです。
人の為を思っての願い事って綺麗ですね。あんまし上手くいえませんが、とにかく好きでした。
>>かるたさん
お久しぶりです! ちょっとだけ仁という名前に親近感を覚え、勝手に嬉しくなってました(笑)
えへへ、テーマを考えたのはネギで、文を考えたの私です、ありがとう!
すごい、雰囲気が好きでした。死にたかった彼らと、それを止めて、でも彼らを置いてどこかへ行ってしまった先生。と、最後の返り血。シリアスな仄暗い雰囲気と残った謎の感じが好きです。
>>瑚雲さん
正直に言うと、最初はよくわからなくて、三視点あるのか?? とか思ってて、彼岸花さんの感想で理解して、二人ともすげえ……! ってなりました。なんかもう、とにかく凄かったです。自分で気付けなかったのが少し悔しいけど、わかってから読み返すと、確かにパンダで、こぐもさんはこういう、文の中に仕掛けを用意するのが上手くて凄いなあといつも思います。
ちなみに私はさくさくパンダとレッサーパンダが好きです。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.262 )
- 日時: 2018/08/02 19:59
- 名前: ヨモツカミ@感想 (ID: 5YiLW7rk)
スレ上げも兼ねて、二人だけだけど、感想を。
>>寺田邪心さん
マジなんだこの名前……というのは置いといて。読む前からわかってましたが、まあ好きでした。
何処が好き、とかじゃなくて全体。読み切ったあとの胸に残る読後感が好きです。
私も夏の夕暮れが好きです。
>>波くん
確かになんか久しぶりな気がするね。なんだか波くんぽくなくて、とても新鮮でした。
前半、めっちゃ反復法使うやんと思ったら、後半ではその返事が帰ってこないっていう変化してて、「死」という単語を出さずに彼女の死を表現してたのいいなーって思いました。
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.263 )
- 日時: 2018/08/12 19:20
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: zHNZmqyM)
*
■第8回 一匙の冀望を添へて、
平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
*
開催期間:平成30年8月12日~平成30年9月2日
*
平成最後の夏ですね。もう夏も終わりそうですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
ひと夏の思い出として、碧と水樹の物語を彩っていただければと思います。
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.264 )
- 日時: 2018/08/12 21:40
- 名前: 脳内クレイジーガール◆0RbUzIT0To (ID: 3qi0edhc)
平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。広くて大きくて透明な海だけが、僕たちの終わりを見守っていた。
気温は三十度を軽く超える暑さ。蝉だってそろそろ熱中症にかかってもいいじゃないかって思うくらい、汗が滝のように湧き出る真昼間だった。海水浴に来てる家族連れからそっと目を離し、僕はビーチサンダルで白砂の上を歩く。浜辺を踏みしめるだけで、陽に直接熱された砂が足に絡みついて、僕の足を火傷させようとしているみたいだった。
「熱いよな、きっと、お前も」
水樹が死んだ。僕が殺した。苦しんでもがいて、最後に僕に助けを求めた水樹を見殺しにした。
どうしようもなかったんだ、こうするしかなかったんだ。と、偽りの言い訳をして、僕はすっと息を吸った。酸素を体に取り入れたはずなのに、僕の胸はずっと何かが足りないみたいに悲鳴を上げる。
「僕も、熱かったんだよ」
上手く呼吸ができず、喉の奥からこみあげてくる何かに怯えて、僕はそっと掌を首にあてる。力を入れると、すぐに爪が皮膚を傷つけた。ぐっとアダムの林檎を押さえつけると、頭の中で何かがプチっと切れたみたいに、僕は何も考えられなくなった。
海に行こう、と言い出したのは水樹のほうからだった。地元に海浜公園があるにもかかわらず、海に最後に行ったのがいつだったか思い出せない僕は曖昧な返事をして空を仰いだ。
今日もメディアは最高気温は観測できるかどうかで大騒ぎ。僕たちの住むこの町も、きっともうすぐ四十度なんてさらっと超える「熱帯」になってしまうのだろう。エアコンのかかった教室で、僕は水樹と一緒に明日から始まる夏休みのことで盛り上がった。花火大会、盆踊り、海水浴にキャンプでバーベキューもやりたいなんて水樹が嬉しそうに言うものだから、僕もほんのちょっと楽しみになった。
「朝の海って新鮮だよなっ」
「うん、僕も初めて」
僕たち以外誰もいない海。この場所で呼吸するのは僕と水樹だけ。夏の朝はいつもなら涼しくて気持ちがいいはずなのに、今年はえげつない暑さだ。じんわりと籠った熱で汗が首筋を伝った。
僕たちは朝日が昇る海辺を一緒に歩いた。嬉しそうに水樹が僕の隣を歩いていて、ちらっと僕のほうを見た後に、恥ずかしそうに口を開いたのがきっかけだった。
「碧になっ、ずっと言いたいことがあったんだ」
ちょっと照れたみたいに、水樹が僕のほうを見た。僕たちは足を止めずに、何の目的もなく歩き続ける。顔が少し火照った水樹の表情をちゃんと見ることができずに、僕は彼からそっと目を逸らしてしまった。
「なに?」
声が少し上ずってしまった。真剣な水樹の表情に僕の心臓はさっきからバクバクと煩い。朝日がようやく顔を出して、気づけば蝉の鳴き声も聞こえてきた。求愛行動が全力でできる蝉が少し羨ましく、そして同時に妬ましかったのかもしれない。
「俺さ、春野さんに告白されたんだ。で、付き合おうかと思ってる」
へへへ、と照れたように笑った水樹の嬉しそうな笑い声に、僕も笑って見せる。へえ、よかったじゃん。おめでとう、僕は親友の肩を思いっきり叩いた。歯を見せて大声で笑って、碧に一番に言いたかったんだ、と水樹が言葉を続ける。そっか、そっか、と僕も笑う。ちゃんと笑えている自信はあった。だから、こんな恐ろしい衝動に駆られたのは、暑かったから、とでも言い訳しておこう。
ごづんっ、と大きな音が鳴ったあとにはもう遅かった。意識を失って、血だらけで倒れる親友の姿はとっても悲惨で、大丈夫かよと僕が駆け寄っても彼はうなるだけ。そして、すぐに僕の背筋が凍り付いた。あれ、待って、何で僕、こんなこと
「なあ、暑いよ。熱いよ、碧、なあ、助けてくれよ、俺ら親友だろ?」
「……うん、僕も、そう思えてたらよかった」
夏の朝、水樹は僕に助けを求めながら――泣きながら死んだ。
僕も泣いた。大事な親友だったんだよ、きっとこの日まではそう思っていた。
小さな子供がこちらに走ってきて、多分前をちゃんと見てないからか僕の足にごつんとぶつかった。転んでうええんと泣きわめく子供に抱いた感情はぐちゃぐちゃで、その子のお母さんが来て謝るまで僕は上手く宥めてあげることができなかった。
「僕も、熱かったんだよ」
子供の頭を優しく撫でると、その子がにこって笑顔になって「おにいちゃんごめんね」って僕にばいばいしてその場をお母さんと一緒に立ち去った。
熱かったんだ。僕の感情はずっとずっと熱され続けて、いつまでも誰も凍結させてくれなかった。いつか、終わるとわかっていたのに、それなのに。
水樹が僕を恨むなら、それでもいい。僕はこの広くて大きくて透明な海に溺れて、水樹のことを想いながら死ぬ覚悟、いつだってできているから。浜辺を歩く。一人で歩く、熱い、暑い、じんわり汗が首筋を伝う。
平成最後の夏、僕は初恋を殺した。
◇◆◇
はじめまして脳内クレイジーガールです。添へて、はずっと読む専門だったのですが、初めて参加させていただきます。平成最後の夏ってとても素敵なフレーズですよね。素敵なお題で書くことができて幸せです。運営のあさぎちゃん、ヨモツカミ様、ありがとうございました。
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.265 )
- 日時: 2018/08/12 23:41
- 名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: jM4/ta36)
平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
「で」
「で、って」
「その死体と、その返り血と、その部屋と、その存在証明を、私に? どうしろと?」
蒸し暑い熱帯夜、何処からか入り込んできた蚊を排除すべく部屋中を蚊取り線香で燻蒸し、その煙を排出し終わってようやく眠れるとベッドに飛び込んだ矢先に、これである。苛立ちも露わに不在着信まみれのスマートフォンを放り投げ、弓月陽(ゆづきひなた)は矢野の名前どおり青くなった顔を見下ろした。
おどおどとした目が部屋を見回す。映るのは変わらない現実――そうつまりは、矢野と水樹がくだらない焦燥と劣情をもつれさせた果てに、逆上した矢野がその胎を滅多刺しにして殺し、挙句のはて興奮も極まってその屍骸をはずかしめたという。床の上には下を脱がされて無惨な傷口を見せる女の屍骸がごろりと足を広げられて転がっていて、効きすぎたクーラーの下で血は既に固まりはじめ、さんざ逃げ回ったのであろう、床中は引きずったような血痕で足の置き場もない。
象徴をめちゃくちゃにされ、貞操も尊厳までも貫かれた同性の屍骸の姿は、陽の精神をむしろ玲瓏たるものに仕上げてくれていた。中途半端に情の残った死に方だと動揺するから、ここは矢野の下劣で品性の欠片も見当たらぬ下半身の高ぶりに感謝すべきだろう。
陽はその妙に回転の速い頭脳で、普段ならとても意識に上らないような下品な言葉を幾度も思い浮かべた。要らぬことにまで想像を働かせる度に、陽のこころは夏だというのに極北の極致のように冷え込んでゆくのだった。
「ひ、ひな」
「凄いよねお前。平成最後の夏。高校生最後の夏だよ、お前」
「陽」
「お前どこ志望? 東大? 京大?」
「……あ、」
「私と同じところ、だったっけなぁー。どうよ、全部台無しにした気分は?」
陽自身、今の表情はとても残酷なまでに、いい笑顔だと認識する。
矢野のことは、親友だった水樹と繋がりを持っているだけの空気である。というより、陽にとってはありとあらゆる男がそのような存在でしかなかった。陽にとっては水樹こそが至高であり、それと幼馴染という時の縁をもって繋がっていたとしても、矢野は所詮空気だった。
だから、矢野が水樹を振り捨てて寄せた好意は、気付いていても何も嬉しくなかった。
だから、矢野が水樹を殺して向けさせた興味は、矢野ではなく水樹にだけ向けられた。
だから、矢野が水樹を殺して求めた救いの手は、取る必要性そのものを感じなかった。
きっと勘違いだろう。矢野は陽を好きだが、陽は矢野のことなど眼中にもない。こうして縋ってくるのは、きっと陽も自分を好いてくれているのだという、根拠のない幼稚な自信によるものだろう。
けれども、もしも矢野が陽の気を知っていて此処に呼びつけたなら?
「陽、助けて、おれを、助けて」
「は、何で?」
「だって今までも助けてくれただろ!?」
あの試験勉強のことだろうか。勉強を投げ出そうとする水樹にせめて範囲のところだけでも教えようとしていた時、矢野が横槍を入れてきたことがあった。水樹がそれを歓迎したから自分も反対せず、結局のところ三人の中で一番成績のよかった陽が二人に平等に教えた。分かっている。途中で水樹は勉強に飽きて寝てしまい、赤点は回避できるからまあいいかとそのまま寝かせたから、後半は水樹に教える予定の内容をなぜか矢野に教えていた。それを「二人きりになっても教えてくれたいい人」と誤認したのだろう。
それとも、あの夏休み初日の海のことだろうか。どうにかテストを無事に終わらせ、追試や補講も切り抜けて、水樹は矢野と海に行っていた。そこで何故か水樹は陽も海に誘い、水樹のいうことだからと一緒に海辺を楽しんだ。分かっている。うっかり海藻で足を滑らせて潮だまりに落ち、危うく溺れそうになった矢野を水樹と二人で引っ張り上げた。滑らせた足は潮だまりの岩で切っており、二人はそんなことに備えていなかった。したたる血に矢野は目を回していて、水樹がどうしたらいいのかと泣きさけぶから、陽は持ってきた水で傷を洗って絆創膏を張り付けた。それを「おれをわざわざ助けてくれたいい人」だと思い違ったのだろう。
全て水樹のためだ。水樹が矢野を好きだから、水樹が矢野を助けてほしいと冀ったから、陽はその通りに手を動かしただけで。
「水樹は何か言ってた?」
「なん……! い、今水樹のことは関係ないだろ!?」
「何か、言ってた?」
「知らねぇよ、水樹のことなんか! それよりも陽、お前は」
ジャアジャアとくまぜみのように喧しいのをさらりと聞き流して、陽は一度ベッドに放り出したスマートフォンを拾い上げる。じっとりと冷たい湿気が指に触れて、嗚呼直前までは睦まじかったんだな、と、特に感慨もなくそれだけ思った。
ほぼフル充電を保ったスマートフォン。その緊急通報ボタンを押して、陽は迷いなく一一〇番を押した。陽はためらいなく、素早く、自分の名前と矢野の家の住所を口にして、すぐに窓の外へ放り投げた。
血まみれのカッターを握りしめた矢野が飛び掛かってきたのはその直後で、陽は咄嗟に掴んだシーツを矢野に頭から被せた。
「水樹なら、捕まえてって言うんだろうね」
もし矢野が自分ではなく他の誰かに同じ昂りを向けたなら。きっと水樹はそう言う。
「つかまえて。そう、捕まえて」
それを解釈するのは、陽の自由だ。
シーツを踏ん付け、もんどり打って倒れた矢野の背を、陽は両脚で踏み付けた。そして座り込み、外でまだ通話が繋がっているはずのスマートフォンに向けて、思い切り、出来る限り悲痛な叫び声を上げてみせた。じきに矢野は水樹を殺し、その現場に呼びつけたか居合わせたかした陽も殺そうとした、憐れで下品な男として警察に認識されるだろう。逮捕はされるまい。この間抜けな男は倒れた時に肺を一突きしてしまった。警察の御登場まで、救急車の御到着まで、果たしてこれのいのちはあるかどうか。流石の陽にもそれは分からなかった。
だが、そんなことはどうでもいい。
陽はただ、ただ真顔で叫んだ。
後にも先にも、片思いにフられて泣き叫ぶことなど、もう無いだろうから。
悔いのないように、陽は精魂込めて慟哭した。
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どもどもども三度目です
液晶の人です
今宵は百合と平成を冒涜しにきたよ
夏はいやですね
あついし
蟲がわくし
死体はすぐ腐るし
クーラーが効いてても
恨み事めいて暑い暑いと
思わず言いたくなっちゃうね
百合の花はもう枯れた
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.266 )
- 日時: 2018/08/13 11:54
- 名前: 流沢藍蓮◆50xkBNHT6. (ID: S3zlUUHs)
平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
明確な殺意があったというわけでは、ない。悪意は、あったのかもしれない。そして気が付いたら、水樹は死んでいた。
僕に殺される寸前の、親友の顔が脳裏にこびりついたまま離れず、壊れたビデオみたいにその瞬間だけが、何回も何十回も何百回も何千回も、僕の頭の中をループし続ける。
水樹はその顔を苦しみに歪ませて、必死で僕に助けを求めた。僕に命乞いをした。でも僕はそんな彼女を見て、狂ったように笑っていた。その心には、不思議と悲しみは湧かなかった。
「水樹、ちゃん」
僕は呟いた。
「……ごめんね」
悲しくはなかったけれど、とりあえず口にしてみる謝罪の言葉。
水樹は、死んだ。
あんなに、生きたいと言っていたのに。
死にたくないと、叫んでいたのに。
僕の目の前にあるのは少女の遺体。チューブを抜かれて命を断たれた、病気だった少女の遺体。
彼女の命が戻ることは、もう二度とない。彼女があの輝くような笑顔を見せることは、二度とない。
僕は平成最後の夏に、一人の少女を葬った。
平成という時代の、ひと夏の思い出とともに。
「碧さんは、なぜ一人称が『僕』なの?」
高校に初めて上がったとき、水樹はそう、僕に自ら積極的に話しかけてきたんだ。
僕は答えたものだった。
「ん、何となくだよ。それよりも『俺』の方が良かった? ちなみに『私』は無しね。気取ってるって思っちゃう」
「そう?」
水樹は首をかしげて不思議そうな顔をした。でも単純な彼女はそれ以上突っ込まずに僕に手を差し出して、綺麗な歯を見せて笑った。
「ま、いいや。あたしは中山水樹! これからよろしくね、碧!」
僕をいきなり呼び捨てにした彼女。
以来、僕らは親友となる。
水樹が病気になったのは、それから一年後のことだった。
原因はわからない、対処法もわからない。それでもその病気は確実に水樹の命を奪っていった。
水樹の大親友たる僕は彼女の病室に何度も見舞いに行って、そのたびに水樹は満面の笑顔を見せて僕を迎えてくれたけれど、会うたびに彼女は細くなっていっているように僕は感じた。彼女の命が失われようとしているのがわかった。僕はそれが怖くて、だから彼女を毎日毎日見舞いに行って、励ましの言葉を掛けたんだ。病は気から、と云う。ならば気を強く持てば、そんな病なんて治るんじゃないかと、僕は半ば願うような気持ちでそう思っていた。
でも、でも……。
「あたし、幸せになるんだ」
ある日、水樹がそんなことを僕に言った。それを聞いた時、僕は我が耳を疑った。
水樹は楽しそうに、全身をチューブにつながれたまんまで、僕に言うのだ。
「あたしのママ、再婚するの。あたしにパパができるの、あたしに家族ができるの」
それは僕のもとにはまだ訪れていない、幸せ。
水樹も僕も母子家庭で、両親は幼いころに離婚して水樹も僕も父親というものをよく知らない。似たような境遇だった、似たような傷を互いに抱えていた。だからこそ僕らは親友になれたのかもしれない。互いに似たような傷があるから、それを舐め合うような関係で。
でもその日、水樹の傷は癒えた。水樹は僕と同じではなくなった。水樹は、水樹は、幸せになったのだ!
幸せではない、僕とは違って! 幸せにはまだ程遠い、この僕とは違って!
水樹も僕も同じはずだったのに、同じ傷を持っていたはずだったのに、
水樹だけが、幸せになる。
その時感じた激情を、劣情を、狂いそうになるほどの憎悪と渇望を、僕は言葉で表すことができない。
親友だったはずなのに。
僕は水樹が、憎かった。
それ以降、会うたびに水樹は新しい家族の話を僕にするようになった。水樹自身に悪意はないのだろう。でもそのたびに僕の心は刃で切り刻まれたように激しく痛んで血を流し、流した血から、憎悪や悪意が生まれて僕を蝕んでいった。
親友だったはずなのに。
相手の傷が、消えた今。舐め合う傷が、消えた今。傷を抱えるのが、僕だけになった今! 憎い、憎い、憎い! 僕を差し置いて幸せになった水樹が、親友だった水樹が、僕は憎くてたまらなくなった。
友情なんて、こんなものさ。呆気なく崩れてしまうものなんだ。
笑う水樹、輝くような笑顔を向けて、夢を語る、水樹。
何故だろう、親友だったはずなのに。
僕はその笑顔を、壊してみたいと強く感じてしまったんだ。
僕を差し置いて、この僕を差し置いて、水樹だけが幸せになるなんて、許せなかったから。
「あたし、弟ができるんだ」
楽しそうに笑った水樹。全身にチューブをつながれて、辛うじて生きているという状態で。よく笑えるな、と僕は冷めた頭で思った。よく笑えるよ、今にも自分が死にそうなのに。よく笑えるよ、君の親友はいまだ、不幸なまんまなのに。――よく、笑えるよ、水樹。
水樹は楽しそうだった。あくまでも楽しそうだった。
「十六歳下の弟だよ? あたし、しっかりお姉ちゃんになれるかなぁ。名前どうしよっかって、今、みんなで考えているの。碧も考えてよぉ、何か、とっても縁起の良い名前!」
水樹は無邪気だ、無邪気ゆえに、人の心がわからない。
今、僕の心には、凍えきった猛吹雪が吹き荒れているというのに。
だから僕は、気が付いたら衝動に任せて、水樹のチューブを抜いていた。ぶちぶちぶちっと音がする。間もなく看護士さんがやってくるだろう。僕は入り口にしっかり鍵を掛けて、椅子などを積み上げて病室にバリケードを張った。そうやって時間稼ぎをした。
水樹は驚いた顔を、そんな僕に向ける。
「なっ……! 碧、何、するの……?」
僕は、答えた。
「何って……水樹、君を不幸にするためだよ」
同じ傷を舐め合ったのに、水樹だけが幸福になるなんて許せない。
激情が、劣情が、憎悪が、渇望が、凍えきった僕の心を狂ったように吹き荒れる。
僕は、笑っていた。
「は、ははっ! 水樹、水樹! 不幸になりなよ、不幸になれ! 僕と同じように、いまだ救われぬ、僕と同じように! 不幸になっちゃいなってば、水、樹……!」
チューブを抜かれて、命をつなぐチューブを抜かれて、水樹の顔が苦しみに歪む。ああ、その顔だ、その顔だよ! 苦しみに歪んだ、その不幸な顔! 母子家庭で生きる僕が浮かべる、傷を抱えた不幸な顔! 水樹に幸福なんて似合わない! 水樹は僕と同じだ、僕が幸せになるまで一生、不幸でいればいいんだ!
水樹は苦痛の中で、一生懸命に声を絞り出した。
「お願い、碧……。あたし、生きたいの、死にたくないの、弟がこれから産まれるの、その顔を見るまではまだ……!」
命乞い。あんなに幸せそうに笑っていた水樹が、必死の形相で、命乞い。
でもその言葉が、「弟が産まれる」という言葉が、ますます僕の感情を強くさせ、凍えさせると君はわからないのだろうか。
「勝手に死ね」
僕はそう、呟いていた。
「不幸になれば、いい。幸せから堕ちて、不幸になれば、いい!」
ああ、何というエゴ、何という自己中心、人のなんと、醜いことだろう。
でも僕は溢れ出すこの黒い感情を、止められなくて。
「開けろ!」病室のドアの外からはそんな声がする。このバリケードが破られるのも時間の問題だ。
でもその前に、水樹は確実に死ぬだろう。
「助けて……。親友、でしょう……?」
ベッドから、伸ばされた手を。
「どこが」
僕は無情にも撥ね退けた。
水樹の顔が絶望に染まる。
こうして僕は水樹を殺した。
平成の夏が終わる。平成最後の夏が終わる。
平成最後の夏、僕はその一瞬の季節とともに、親友と呼んでいた存在を葬った。
この傷は、絶対に消えない。僕はこの傷を一生背負ったまま、生きていくのだろう。
うだるような夏の午後、僕は青い青い空を見上げた。
――明確な殺意があったというわけでは、なかったんだよ、水樹ちゃん。
君が幸せになったのが、悪いんだ。
蝉の声も波の音も、どこかから聞こえる涼やかな風鈴の音色も、全て、僕の耳には届かない。
壊れたビデオテープ。
僕の耳には、消えることのない水樹の命乞いの声が、永遠にループしながら響き続けていた。
夏の白い砂浜に、僕のお下げにした髪が映り、揺れ動く。
もう、水樹は、いない。僕が、殺した。僕が、葬った。
水樹の命乞いの声をBGMに、平成最後の夏が過ぎようとしていた。
*****
主人公たちの性別を工夫したのはあえてです。小説だからできるトリック、挑戦してみましたがいかがでしょうか。
夏という季節には特別な感情を抱きます。夏というのは鮮やかで美しくて儚くて――そしてどこかに狂気を秘めている。
「いつ」「誰が」「何を」「どうした」と、多くの状況が埋まっている中で、「どこで」「何故」を考えるというのは新鮮で楽しかったです。素晴らしいお題をありがとうございました。
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.267 )
- 日時: 2018/08/13 22:20
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: mc/NAfs.)
平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。思っていたよりも呆気なかった。それでも寂しさがこみ上げてくる。僕は泣いた。涙が枯れるんじゃないかってくらい、大きな声で、みっともなく。
■蟻
アイスを地面に落とした時に思う残念さと、それはよく似ていた。
暑い夏の日だった。太陽は高く、外で遊んでいた僕と水樹の肌を焦がす。ママに持っていけって言われた帽子と水筒は、自転車のカゴの中に置き去りだ。
朝早くから出て行った僕に、ママは「宿題もしなさいよ」と呆れていた。でも宿題は終わっている。たった三週間ちょっとの夏休みだ。めいっぱい遊ぶために、宿題は二日で終わらせた。残っているのは自由研究と絵日記だけ。
「水樹、あっち、行こう」
「いいね」
公園の芝生の上を、自転車を押して走る。水樹は足が速くて、僕は追いつくのに精一杯だった。口でめいっぱい息を吸い込む。けど、吸っても吸っても、息が出ていってしまうばっかりで、だんだん苦しくなった。小さな丘の上まで必死に走り、自転車を横倒しにする。
水樹は丘のてっぺんにいた。大の字で空を見上げている姿が、とてもきれいだった。水樹の横顔に見惚れる。そっと水樹に近づいて、同じように横になって空を見上げた。太陽は高くて、大きく目を開けることができないくらい、ギラギラと光っている。
僕と水樹はそのまま黙って寝転んでいた。ちょびっと眠たくて、僕は目を閉じる。カサカサの唇が、ちょっぴり痛かった。
目が覚める。口の中がからからで、すぐに喉が渇いたと思った。顔がじんじんと痛む。
「水樹」
欠伸に引き続いて発生する涙を、Tシャツの裾で拭う。白地にこんのボーダーが入った服が、じんわりと色濃く変わった。
「水樹……?」
丘に停めていた二台の自転車。それが黒色のマウンテンバイクだけを残して、何も無くなっていた。前輪に添えられた僕の水筒と帽子に、僕の自転車を水樹が乗ってったのかもしれない、そう感じる。丘の裏にも、だだっ広い公園のどこにも水樹の姿はない。
途端に不安になってしまって、地に着いた足裏がふわふわしている感覚に襲われる。もし事故にあっていたら。もし誰かに誘拐されていたとしたら。嫌な考えが沸騰した水のように際限なく浮かんでいく。そのどれもが、嫌な結末だった。
急いで丘のてっぺんに戻り、帽子を被って、マウンテンバイクについていたホルダーに水筒を入れる。僕が普段乗っている自転車よりも少し高いサドルを跨ぎ、凸凹の丘を滑り下りた。
青色の信号機。住宅街の細道を飛ばす車。散歩しているおじーちゃん達。舌を出して歩く犬。十字路で轢かれそうになっても、自転車のスピードは緩められない。丘の公園から必死にペダルを回して、家の前に自転車を停める。いつもママに「ちゃんとガレージにしまいなさい」と言われているけど、そんな余裕は無かった。
乱暴に玄関を開け、リビングへ向かう。靴は揃えず、帽子は廊下の途中で投げ捨てた。薄茶色のフローリングを走り、リビングでテレビを見ていたママを見て、涙があふれた。
「ママ、ママ。水樹がどこにもいないの、一緒に丘にいたのに、起きたらどこにもいなくて、僕の自転車もなくて、どこにいるのかも分かんない」
「碧、大丈夫よ。落ち着いて」
「僕がちゃんとしないとダメなのに、ママどうしよう、水樹のパパに怒られちゃう」
ママの言葉が分からなかった。何が大丈夫なの、何も大丈夫じゃないのに、なんで大丈夫だよって僕に言うの。落ち着いて何が解決するの。ぼろぼろと涙をこぼしながら、困った顔のママを見てそう思った。ママは何も分かってくれてない。水樹のパパが怖いことを知らないから、大丈夫なんて言えるんだ。
僕のことをママがぎゅって抱きしめてくれる。あったかくて、それがもっと苦しくて、涙が止まらない。どれだけ泣いたって仕方がないのに、ママの背中に目いっぱい腕を伸ばして、涙があふれなくなるまで、ママも僕を抱きしめてくれた。
「水樹くんのおうちには、明日行こうね。ね、碧。それでいい?」
ママがそうやって優しく言うから、僕は頷くしかなくて、目の涙が出るところが痛くなるくらいTシャツで拭った。僕の頭をママは優しく撫でてくれた。そのママの手を握って、一緒にガレージに向かう。パパは出張でいないから、いつもパパの車が入っているところに水樹の自転車をしまった。仮面ライダーの水筒をホルダーから取って、家に戻る。
冬よりもぬるいお風呂に浸かって、“60”を三回数えたら、お風呂を上がる合図。明日水樹は僕の家に来るかな。明日は僕の家でかくれんぼをする約束だから、水樹が来ないと僕は鬼になれない。ママに髪を乾かしてもらってから、真っ赤なほっぺにアロエのジェルを塗ってもらった。ひんやりしたアロエのやつは、すごく気持ちがいい。
「碧、もう九時になるから、寝なさいね」
絵日記を書き終わって、ママと一緒に見ていたアニメが終わったところで、ママに言われる。いつもより少し早い時間だけれど、疲れてうとうとしていたから、僕は素直に従って自分の部屋に戻る。やわらかいベッドに寝転んで瞼を閉じたら、何も分からなくなって、全部が真っ暗になった
。
太陽は高く昇っていた。手に持っていたアイスは地面に落ちて、蟻が集まってきている。汗がぽたぽた落ちる。水樹はまだ来ない。いつもならとっくに来ている時間なのに、どうしたんだろう。蟻が列を作って行ったり来たりしていた。水樹の自転車も出して待ってるのに。お昼が終わりそうだ。自転車のハンドルを握って、僕は水樹の家に向かう。
歩いても遠くない距離を、僕たちは自転車で行き来していた。いつも決まった時間に、水樹が僕の家に来る。そして、三時には水樹の家でお別れをして、僕は家に帰った。いつもが壊れる。それだけで、胸がぞわぞわして気持ちが悪い。
三つ目の交差点を左に曲がって、二軒目。くすんだ木の壁に錆びた青色の屋根、白いカーテンが閉まった家。木の表札には中山の文字がある。家の脇には、僕の真っ赤なマウンテンバイクが倒されていた。自転車を停めて、擦りガラスの扉を二回叩く。少し待つと、疲れ果てた表情の、水樹のママが出てきた。僕を見て、泣きそうな顔をしたと思ったら、キッと眉毛を釣り上げて、眉間にしわを寄せて、一発。
「あんたのせいよ!」
頬に感じた鈍い痛み。咄嗟に手で頬を触ると、ジンジンと痛んでいるのが分かった。
「あんたが水樹の友達じゃなかったらよかったのに! 水樹のためにあたし達がどれだけ手をかけてやって、どれだけ大変な思いしてるのかも分からないくせに……。金持ちの家の子と遊んでる水樹が、近所で陰口言われてることだって知らないガキが来るんじゃないわよ!」
泣いていた。けれどその顔は、僕の顔面に向かって飛んできた靴から身を守ったせいで少ししか見ることができなかった。肩で息をする水樹のママの奥から、辛そうに壁に手を付けて立つ水樹が見える。水樹のママ越しに、目線が合った。
「何も、わかんない。けど、碧は、悪くないよ」
「二度と水樹に関わらないでちょうだい!」
水樹がにっこりと笑う。今度は僕の体に向かって、砂ぼこりで汚れた靴が飛んできた。
「碧、ごめんね、自転車」
「ちょっと水樹! 誰の許可とってこっち来てんのよ! 今すぐ戻りなさい!」
髪を引っ張られて連れて行かれる水樹が、最後に僕を見て笑う。
「ばいばい」
にっこりと笑った。廊下の奥で背中を蹴られた水樹の姿を見て、僕は逃げるように水樹の自転車に跨ってペダルを漕いだ。バランスを崩して真横に倒れて、膝が擦り剝ける。下敷きになった右足が痛い。怖かった。涙が止まらない。明らかな敵意だった。水樹のお母さんは、僕のことが大嫌いなんだって、知ってしまった。
それでも水樹は笑っていた。何も分かんない。僕と水樹だけしか伝わらない言葉で、寂しそうに水樹は言う。ばいばいと笑った水樹の顔が、こびりついて仕方なかった。
茹だるような暑さを連れてきた平成最後の夏。翌日のニュースも新聞も全部見出しは同じだった。僕は家に帰って泣いた。涙が枯れるくらい、もう泣くことなんてできないくらい泣いて、喉が痛くて、苦しかった。僕は泣いて泣いて、ママに心配されても教えられなかった。僕が水樹を殺したことも、最後に水樹が笑っていたことも。腫れた頬の原因だって、何も話せなかった。
僕は昨日と同じように水樹を待つ。溶けて地面を汚したアイスに、蟻が集まる。行儀よく並んでアイスに集まる姿が、水樹のまじめさを表しているように見えた。一匹、列に並ばない蟻をアイスの棒でつぶして、殺す。大切な親友を殺した寂しさは、アイスを地面に落とした時に思う残念さとよく似ている気がした。
*
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.268 )
- 日時: 2018/08/14 18:22
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: QwAuwhlY)
>>264 のなちゃん
こちらでは初めまして、浅葱です。
初添へお疲れ様でした。楽しく読ませていただきました(ω)
大切な思いが表に出るのか、そうじゃないのか、感じた絶望を衝動的に出してしまう現状はきっと暑さにやられていたんでしょうね。自分は暑さに苛立ちばかり感じてしまうんですけど、隠していた気持ちが爆発するくらいに水樹を思えていた碧は、幸せだったんじゃないかなと思ったりしました。
最後の一文に全てが集約されている感じがして、すっとまとまった話だなとも思いました。元々のなちゃんの短編が好きということもあるのですが、初恋って言葉の無垢さと儚さが失われた事実。それが多くは描かれなかったとしても、碧の哀しみなどを表しているんだなぁと勉強になりました。
次回のご参加、楽しみに待っております。
*
>>265 液晶の奥のどなたさまさん
夏だから。夏だから、思わず。なんてことがあるような雰囲気だなと思いました。
陽が水樹を好いていることも、矢野に対する感情も分かりやすく表情等で描かれているなぁと感じました。三人称視点だからこそ、それぞれの表情の変化が読んでいてわかり易かったんだなと思いました。
ところどころ一文が長くて、理解しようにも情報量に負けてしまうことがあったので、一文が長すぎないとより読みやすくなる気がしました。それと一つ気になったのは、初めの一文が浮いてしまっている印象があった点です。
初めの一文が説明口調だったということもあるので、なお会話文が続くと、一文が浮いているように感じられるのかなと思いました。浅葱自身も、一文からどう作品を繋げようか悩んだりします。難しいですよね(ω)
今後の参加も楽しみにしております。
*
>>266 流沢藍蓮さん
僕は私という部分で、文だからこその表現をされていたのだろうなと感じました。水樹との共通点を話す時に「水樹と僕」と書いていたのは、僕自身より水樹を考えているからなのかな、と思いました。途中から、ステージの上でシナリオ通りに叫んでる碧役の子が出てくる印象が、読んでいく中で強く感じられました。地の文で「!」が出ていると、舞台にいる私を見て! 今私はこう思ってる! こう叫んでる! という、こう、キャラではなくてキャラ役の誰かが演じているような感覚になったりしてしまいました。
自分のこの考えを知って、見て、感じて。というのを強く思わせるには効果的な表現でもあるのかな、と思う反面そうした演じさせられてると感じてしまう要素もあるので、読んだ人によって感じ方が大きく変わる印象でした(ω)
あと、物語を描いていた中で気になった部分が多々ありまして、特に気になった部分だけお伝えしようと思います。"かんごし"という単語があったのですが、小説内では"看護士"と表記されていますが、実際には"看護師"となります。「師」と「士」の使い分けができると、意味が分かった上で書くことが出来るので、書いた文字が合っているのかを調べてみると語彙が増えることにも繋がるのでオススメです。
医療に爪先突っ込んでる人間としては、物語全体の内容よりも、実際に有り得る状態なのか、矛盾が生じない場面設定・疾患設定なのかという点が気になってしまう内容でした。中身が薄くなってしまいますが、申し訳ないです。もし細かくどのような点で矛盾を感じたかなど知りたいという要望がありましたら、後日別場所に伺わせていただきます。
次回のご参加も楽しみに待っております。
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.269 )
- 日時: 2018/08/14 18:55
- 名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: FW5MhVBg)
>>268
んーとですね
またお恥ずかしながら自文自釈タイムですが
別に夏じゃなくてもいいんです
冬でも多分殺すんじゃないですかね
そのくらい下らなくて
日常的な
テレビの向こうで起こるような
そんな灰色にうずもれた殺人事件なのです
お褒めのことばをどうもです
三人称は得意なような不得意なようなで
毎度視点と言葉遣いが迷走しますが
ゆっくり精進しますので
文章長いでしょうか
私はいつもこのくらいを目安に書いて
このくらいの密度で読み慣れているので
どうもテンション上がるとこんな文になってしまいますね
いちおう文章的なこと言っておくと
弓月はこの会話中えんえんと思考回路フル回転なので
描写もそれに合わせてとめどなく
重箱の隅っこつつくように垂れ流しています
最初の一文
確かに目立ちますね
あれは矢野自身の報告ではなく
矢野のメッタメタな自白を弓月なりに翻訳した結果
ああいう変に説明的で詩的なモノになったという
そんな感じのモノローグ
要するに
彼女はあの時点で
混乱する思考に整理をつけてたんですね
大体そんな感じ
もうちょっと作中でこの辺が説明できたらと思うのですが
文才足らずこの有様です
うへぇ申し訳ない
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.270 )
- 日時: 2018/08/15 02:47
- 名前: 放浪者 (ID: TT4W25aY)
平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。……いいや違う。平成最後の夏、僕の親友こと中山水樹は僕に親友を殺すことを命じたのだ。何でも、彼女は僕と一緒に居るのが嫌だったらしい。
みるみる間に広がる血溜まりに伏せている親友を眺めて、僕は溜息を零した。「私を殺して」僕は水樹の言葉を反芻する。……僕にはその言葉の真意を掴めずにいた。今まで僕達は親友で居たはずなのに、訳もなく殺 せなんて命じられたら、誰だって混乱する筈。なら本人に聞けばいいじゃないかと言われそうだが、聞く前に殺してしまった。殺人を急かされたから。脳裏で水樹の言葉を吟味する程、もう聞こえない声の筈なのに、水樹の声が耳元ではっきりと聞こえるような錯覚を覚える。蝉の声はこんなにも遠く聞こえるのに!
「でも、水樹ちゃんは生きてる、よ?」
藍姉ちゃんはそう、困惑気味に一言告げた。藍姉ちゃんは僕と同じ所を凝視している。しかしおかしいものを見たかのように、首を捻ると僕の方を見た。
当然、生きているに決まっているだろう。僕が殺したのは、中山水樹では無いのだから。藍姉ちゃんの言葉は間違いなのだ。
陽炎で揺らめく鉄棒を眺めながら、僕達は公園のベンチに座った。ちなみに僕は、親友を殺した場所から移動していない。しかし親友は居ない。何故なら僕が殺したから。親友の死体はベンチのそばの地面にある。血溜まりも当然、処理されていない。
「……うん。でも、藍姉ちゃん、僕はもう、親友に会えないよ」
「……」
僕はバツが悪そうに顔を伏せてそう言った。目を嬉しそうに開いたままの親友が僕を悲しそうに見つめ返す。瞬きをひとつもせず、じっと僕を見ている。
首を垂らしている僕とは対称的に、藍姉ちゃんは水色の空を見上げる。藍姉ちゃんの呼吸は少し深く、何かを思案しているかのように、僕の言葉を沈黙で返した。
そうして一言。
「喧嘩でもしたの?」
蝉の声が消える。
いつの間にか僕は顔を上げていた。藍姉ちゃんも、僕の方を見ている。
「してないよ」
「……ふぅん。早めに仲直りしなよ?」
藍姉ちゃんはプシューと音を立てながら赤い缶ジュースのプルタブを開ける。それと同時に蝉の声も戻る。僕も、藍姉ちゃんから貰ったペットボトルの蓋を開けた。
親友が死んだのは、藍姉ちゃんが飲み物を買いに場を離れていた時だ。親友は、タイミングを見計らったかのように、僕を犯罪者に仕立てあげた。
もう一度。水樹の言葉を噛み砕く。「私を殺して」。それは、僕にとって最悪のお願いごとだった。でも、僕は親友の願い通り殺してあげた。
そう思い返しながら、僕は喉を反らしてジュースを飲む。口の中に甘い味が残るのを感じながら、蓋を閉めた。
「……うん。出来たらするよ」
喧嘩ではないけど。僕は藍姉ちゃんの言葉にしっかりと頷いてみせた。
そんな雰囲気の中。
親友を殺してしまった僕の視界には、水樹がぼんやりと映った。陽炎で揺らめいて距離感が掴めない。何かを言いながらこっちへ向かってきている。藍姉ちゃんはそれを見て、「ほら碧くん!」と酷く興奮したように僕の背中を叩いた。
藍姉ちゃんはきっと、僕を後押ししようと僕の背中を叩いただけなんだろう。僕にはそれが鉄塊で殴られたように重かった。
「藍姉ちゃん。僕が殺したのは親友だ」
平成最後の夏、親友を殺してしまったから、僕は中山水樹に合わせる顔が無いのだ。
*矢野碧の中での親友である中山水樹を矢野碧は殺しただけであり、中山水樹自体は生きている喧嘩話
トリックめいたものを書こうとしたけど別物になってしまった。
初めてのトリック・推理系に挑戦してみました。話の中で親友を殺してしまった動機がはっきりし無かったのでグダグダになってしまいましたが、書いている感覚では楽しかったです。
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.271 )
- 日時: 2018/08/15 23:30
- 名前: N◆ShcghXvQB6 (ID: KYD.GhRk)
初投稿です(大嘘)
久々に。
平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
とあるネット小説の一文なのですが、そうですね。この後に続く殺人描写というのが、物凄く浅く、血の生臭さがないんです。言うなればチープの一言でした。美学もなく、ただただ殺しただけです。サイコキラーを演ずる訳でもなく、動機も些事。本当に衝動的に、ですね。まるで私のようじゃないですか。
今、私は嘗て犯した罪の残滓を眺めております。
あの日は強く、激しい雨が降っていて、それが朝から晩まで続いていました。晴れていたのなら、私達、人間という生き物は蚊に刺され、次の朝には痒さに苦しめられるものでしょう。
一九九八年八月十五日。午前九時頃、私は幼く、浅はかな子供でして……そう、矢野碧のような愚かな子供でした。私は衝動的に殺人を犯したのです。かれは怒りに身を任せ、石を拾った私に頭を殴り付けられ、拉げた頭からは白骨が顔を覗かせていました。殺してしまってから、私は元々の弱い気を取り戻してしまいまして、思わず取り乱してしまったのです。なんて事をしてしまったんだ、この死体をどうしたら良いんだ、警察に行った方が良いか、行かない方が良いか。そうやって悩んでいた頃、かれの身体がびくり、と跳ね上がったと記憶しております。〆たばかりの魚のようにです。それに伴って、短く悲鳴を上げる私がそこに居た事もしっかりと覚えております。事を委細、語ったなら際限がないというのも正直なところではあります。
時刻は既に正午へ至ろうとしていた頃、雨は石を穿つところか岩すら貫き通しかねなくなってしまい、暗く淀んだ空は呻き声を上げ、稲光を一筋、二筋と輝かせておりました。相変わらず私はどうするべきか、と頭を悩ませていたのですが、悪魔が耳元で囁くのです。咎は隠せ、罪は隠し通せると。早くその血と肉を隠してしまえと、笑いながら背を押すのです。
同日十五時頃、私は雨に殴り付けられながら、かれの死体を空家の倉庫へと運び込んでいました。扉の鍵を蝶番から壊し、開けたならそこは長い間、使われていないようで埃っぽく、なんなら黴臭さまで漂っていました。私はそこにかれの死体を放り込んで、四枚ばかりの黒いゴミ袋を裂いて、かれの死体を覆いました。あの時の私は罪を必死に隠そうとしていて、だらだらと流れる血や、だらりと下がるかれのその手首、もう二度と開く事のない眼などを観察する事もなく、今こうして文筆を握る物書きの一人として、勿体無い事をしたなぁと思っています。
ゴミ袋で覆っては、ガムテープでその身体を巻き、これから漂うであろう腐臭、蛆、腐った身体の汁などが出ないようにとしまして、最後に一箇所だけ穴を空けました。そうしたらガスが抜けるのですから、漂う腐臭も最低限になると思っていたのでしょうね。最後に辺りに散らばっていた新聞紙をその上に撒き散らし、少しでもかれの死体が人の目に付き難いように、と悪足掻きをしていた記憶がありました。これで罪は見つからないだろう。これで咎は隠し通せるだろう、と浅はかな私は大きく溜息を吐いて、帰路に着いたのを覚えています。
あんまりにも早い時間に帰宅したものですから、母とかち合ってしまい、彼女は妙な様子の私に何かしらの疑問を持っていたと思えます。今となればもう確かめる術はないのですがね。
玄関口で母と交わした言葉は失念してしまいましたが、雨に濡れた私は真っ直ぐ脱衣所へ向かった記憶がありました。雨に濡れた身体に衣服が張り付き、じっとりと私の身体に纏わりついては、お前は罪から逃れられないと暗に語っているようで不安を覚えた所、ふと鏡を見ましたら私は思わず自分の表情に恐怖を覚え、短く息を呑みました。長く伸びた髪が額、顔に張り付き、翳りを帯びた顔。雨に冷え、青褪めた唇が宛ら恐怖映画の心霊、物の怪の類に見えました。丁度、そういった物が流行っていた時分、昨晩見てしまった心霊番組のせいか、かれの霊が私に乗り移ったのではないか、と思えてしまったのです。
恐れ戦きながらも、シャワーを浴び物の一度も鏡を見ようともせず、浴室から出るも夕食を摂る気もなかったものですから、足音を立てる事もなく、そそくさと二階の自室へと篭る事としました。少し具合が悪い、と母に語れば彼女も特に言及してくる事もありませんでした。
少しだけ怖いものですから、頭から布団を被り、その闇の中で安心していますと眠ってしまい、何時の間にか朝になっていたのですが、私は隠した罪、悪のせいで心を乱され、どうにも本当に具合が悪くなってしまったようでして、昼過ぎまで眠っていました。相変わらず雨が降っていたのを覚えています。
それからもう二十年ほど経ちましたが、私はいまだに罪を咎められる事もなく、今こうして自分の罪の残滓を眺めている次第です。つい七年ばかり前に漸く、罪を暴かれましたが今となっては私がやったと誰も分からず終いでした。
かれはすっかり白骨と化し、この家の倉庫で見つかったそうでしたが、この家を忌憚する事もなく、誰かが住んでいるようで明かりが居間から明かりが漏れています。濡れ縁には家主がしまい損ねたのでしょう、ラムネの瓶とガラスの器が並んでいます。まるでかれに捧げられた供物のようにも見え、私は心苦しいのです。
「すまなかった」
声すらなく、かれに詫びようとも許しの一言も、罪を誹る一言もない。夏の空に消え行くのみ、ただただ私の声は空虚と化すばかり。眦から一滴が流れ出でこそ、誰一人としてそれを見る事もないのです。あぁ、こうして平成が終わるというのに、私は罪を雪ぐことすら許されず、ただただ罪の意識に苦しめられていくのでしょう。私の生にこれからの平静はなく、平成の世はただただ去っていくばかり。
中山君よ、君も矢野君に罪の意識を植え付け、彼を一生苦しめると良いでしょう。何もせずとも人に報復が出来る、それが死人というものなのです。死人というのは恐ろしい、あぁ恐ろしい。あぁ──。
悔恨の一念、咽ぶ私の耳元、許さないと聞こえた気がしました。
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.272 )
- 日時: 2018/08/16 09:11
- 名前: 流沢藍蓮◆50xkBNHT6. (ID: J/Bd70vE)
>>268
成程……。地の文で「!」や「?」を使うとそうなってしまうのですね。私は一人称の小説で割とそんなことをやっていたので、改めて見直してみようと思います。勉強になりました。
「師」と「士」の使い分けですね! 調べてみます!
自分で書いていても、矛盾はあるだろうなぁと思っていました。やはり傍から見ても気づかれますか。かなり無理したんです。うーむ。
矛盾が生じない場面設定・疾患設定、ですか。よろしければ、お手数をおかけしますが、どこに矛盾を感じたのか教えて頂けると嬉しいです。
次も頑張ります!
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.273 )
- 日時: 2018/08/16 19:24
- 名前: 鈴原螢 (ID: ZAVFdAF.)
平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
「私、結婚することになったの」
ゴトッと低い音をたてて僕が持っていたコップが床に落ちた。ココアが注がれていたコップは、床に落ちた衝撃でバラバラに砕けてしまった。熱々のココアがフローリングの床に溢れて広がる。僕の素足にまでココアが広がってきても、僕は立ち尽くしていただけだった。
それを見た水樹は、しゃがんで床に散らばったコップの破片達を素早く手に乗せ、ゴミ袋に入れた。どんな表情をしていたかは見えなかった。どんなことを思ったのかも分からなかった。めんどくさい奴だと思われただろうか。僕は自分がどう思われているかで頭がいっぱいになっていた。
いつもそうだ。相手の顔色を伺って、嫌われないようにすることばかり考えて行動していた。今だって、そんなことを考える暇があったら溢れたココアを拭くのを手伝えと思うのだが、体は思うように動かない。水樹の白く細い手に陶器の破片を持たせるなんて危ない。そもそも自分がやった不始末なんだから自分で片付けるべきだ。頭はそう思うのに、体は動かない。こんな僕を、水樹は嫌うだろうか。
「お父さんがね、この人と結婚しなさいって。」
頭に水樹が男と腕を組んで幸せそうに微笑んでいる絵が浮かぶ。きっと相手の男は、僕と違って自分がやった不始末は自分で対処できる男なのだろう。自信に満ち溢れ、堂々とした格好いい男なのだろう。反射的に自分と正反対の男を想像するのは何故なのだろうか。
お父さんに選んでもらった人は、君が選んだ人じゃない。本当は仕方なく結婚を決められたんじゃないの。そんなことを考えるが、結局僕には何もできないんだ。決められた結婚から背いて彼女の手を取り逃げることも、逃げきる自信も無い。間藤さんがいるからダメなんじゃない、僕だからダメなんだ。彼女を幸せにすることなんて、僕はできない。少なくとも、決められた結婚相手は僕より彼女を幸せにできそうだ。
「…婚約者がいるなら、ひとつ屋根の下で二人きりなんて、良くないんじゃないの。」
よりによって、好きな人の結婚報告を聞いて第一声がこれかよ。もっと「おめでとう」とか、そういう台詞は思い浮かばなかったのか僕。
「良くないに決まってるじゃない。でも、二人きりじゃないから大丈夫。」
彼女はそう言って、部屋のドアを開けた。すると背の高い男が出てきた。独り暮らしにしては広い部屋で、部屋がひとつ余っているとは聞いていた。でもその部屋から、まさか婚約者が出てくるとは思わなかった。いつからそこに居たんだ。もしかして、もう同居を始めているのだろうか。
「間藤栄治(まとう えいじ)さんて言うの。」
「はじめまして、水樹さんの婚約者の間藤です。」
いざこうして間藤さんという好きな人の婚約者を見ても、僕の彼女に対する恋心は微塵も色褪せず、揺らがなかった。どうやら僕の初恋は、コップのように簡単には砕けないようだ。
***
「水樹!」
病室のドアを勢いよく開けて、目の前に飛び込んできた真っ白なベッドの上で眠る彼女の顔は、青白く具合が悪そうだった。僕が今こうして仕事を途中で切り上げて病院に駆けつけたのは、他でもない、水樹が事故に遭って病院に搬送されたと聞いたからだった。
「水樹は…」
「しばらくすれば目が覚めるだろうと医師は言っていました。」
先に来て水樹が眠るベッドのすぐ側の椅子に腰掛ける間藤さんがそう言った。間藤さんの目は赤く腫れていた。
彼女は真面目な人だった。青信号がチカチカしていたら絶対に渡らなかったし、ちゃんと右左確認した。運転中に居眠りするような事もしなかった。そんな彼女が事故に遭うわけ無い。誰かが悪意を持って彼女を事故に遭わせたのだ。きっとそうだ。そうに違いない。誰だ。誰がこんなことしたんだ。見つけたらただでは済まさないぞ。一生普通の生活が出来なくなるようにしてやる。生きたまま四肢を引き裂いて、内蔵を引きずり出して、死ねない苦しみを味わわせよう。
「…ここは、どこ?」
唐突に水樹はパチリと目を見開いてそう呟いた。
「水樹っ!」
僕は思わず間藤さんが居ることを忘れて水樹に抱きついた。
よかった。本当によかった。生きてくれただけで、それだけで充分だ。
「碧…」
僕の名前を呼んで水樹も抱き返してくれた。ここで水樹が「ちょっと、間藤さんが居るんだから…」なんて言ってくれたら僕は我にかえって水樹から離れただろう。でも彼女はまるで僕のことだけを見ているかのように抱き締めてくれた。僕と同じ気持ちなのだとすら思った。
「水樹さん」
間藤さんが明らかな嫌悪感を声音と顔に出しながら水樹を呼んだ。そこで僕はやっと今の状況がよくないことに気づき、少し名残惜しいが渋々水樹から離れた。
水樹は間藤さんの方を振り向くと、不思議そうな顔をして言った。
「誰?」
彼女は記憶喪失になっていた。僕以外の事を忘れてしまったのだ。つまり僕のことだけを覚えていてくれたのだ。親すら忘れてしまったのに、僕だけが彼女の記憶に残っていた。不謹慎かも知れないが、僕は嬉しかった。僕がそれほど彼女にとって特別な存在だったという証明のようなものを得た気分だった。これを利用して、僕だけを見てくれればいい。自分が覚えている人は一人。つまり味方も一人だけ。そんな状況下の中なら、僕を好きになってくれるはずだ。きっと、ずっと、永遠に。
***
正直、吐き気がするほど嫌だった。碧以外の人と結婚することが。でも誰も私の本心に気づいてくれない。碧でさえも。愛の逃避行、ステキじゃない?でも、私にはそれをするだけの勇気も度胸も資金も無かった。口ではどうとでも言えるけどやっぱり愛だけでは乗り換えられないこともある。だから決めた。私の望まない結婚を押し付けた人間に後悔させてやる。反論も結果も残せなかった自分自身に、私の心に気づいてくれなかった碧に、一矢報いてやる。
私は勢いよく赤信号の横断歩道に飛び出した。キキーッ!トラックの甲高いブレーキ音が最後に聞こえた。碧、死んでもあなたのこと忘れないからね。
***
「私、結婚することにしたの」
ゴキッと低い音をたてて水樹の首は折れた。
「ただいまー…って水樹!おいお前、何してるんだ!その手を離せ!」
玄関のドアから帰ってきた間藤さんはヒステリックな声でそう叫んだ。
うるさい。僕のことを好きになるはずだったのに、僕と結婚するべきだったのに。もう少しで解消しそうだった間藤さんとの結婚を受け入れた君が悪いんだ。もしかして、水樹は僕への恋心も忘れてしまったのだろうか。否、そんなの最初から無かったか。そうだ、僕も最初からこんなことするつもり無かった。いつからだろう。おかしくなったのは。わからない。わかるのは、僕は君の結婚が決まった時よりも、記憶喪失になった時よりも、昨日よりも、今、水樹が好きだってこと。
________________________________
初めまして、あさぎさん。(読み方が間違ってたらすみません。打っても漢字が出てこなかったので平仮名にさせていただきます。すみません。)
あのあさぎさんのスレに投稿するなんて本当にいいのか、と思ったのですが、一つ一つの作品に感想やアドバイスを書いてくださっていたので、「いいなーいいなー、私もあさぎさんにアドバイスしてもらいたい」と思って、今回投稿しました。
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.274 )
- 日時: 2018/08/17 21:09
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: YlyHCLeo)
>>269→液晶の奥のどなたさまさん
自分の書きたいことを、読み手に同じように思わせるって難しいですよね。
添へて、だけでなく長編を書いている時にも、自分ももっと勉強していかないとなぁと思います(ω)
お互いにより良いものが書けるようになると良いですね(ω)
*
>>272→流沢藍蓮さん
劇調を見せるなら、もっと冗長というかフィクションさが滲むように書くのも良いのかなーとか思います。それがその作者にしか書けない世界の描き方になったら、武器にもなるような気がしたリします。
師だけに限らず、知っているつもりで使っている言葉を、改めて漢字の意味や単語の意味、用法について調べると勉強になったりしますよ。知り合いの作品とかだと、単語のが出てくるたびに調べたりしてます(ω)
まずどの疾患を想定しているのかという部分が曖昧だから、ということも矛盾を感じさせる一因だったんじゃないかんと思ったりもしていました。切なさなどを出すうえではすごく効果的な場面だと思うんです、病院という設定って。それでも、実際に有り得るのかという部分が、現場を想像やドラマでしか知らないと、設定が浮いてしまうのかなぁと。あと、単純に浅葱自身がファンタジック病院描写が苦手だから、というのも理由としてあるかなと思います。申し訳ないです。
そちらの持ちスレの方にレスポンスしておきましたので、不明な点等ありましたら、浅葱の答えることができる範囲で返信させていただきますね。
*
>>放浪者さん、鈴原螢さん
投稿、ご参加ありがとうございます。
作品をまだ読むことができていませんので、後日読ませていただきますね(ω)
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.275 )
- 日時: 2018/08/18 22:16
- 名前: 狐◆4K2rIREHbE (ID: 6Qq3me6I)
平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
がっくりと地面に膝をつき、ぬらぬらと血に濡れたナイフを見つめる。手には、水樹の胸部を突き刺したときの嫌な感触が、まだ残っていた。
忙しなく呼吸を繰り返しながら、僕は、しばらく目を閉じていた。まるで僕の罪を責め立てるように、破鐘のような蝉の声が響いている。周囲を囲む木々は、ざわざわと揺れながら、僕に贖罪を乞うているようだった。
(……いつまでも、こうしていては駄目だ)
震える脚に力を込めると、僕はようやく立ち上がった。計画通り、水樹の死体を、近くの川に棄てに行かねばならない。
──その時だった。不意に、背後から、誰かが僕の肩を掴んだ。咄嗟に振り返って、瞠目する。立っていたのは、僕が殺したはずの、水樹だったからだ。
「水、樹……!? なんで……!」
よろけるように後ずさって、思わずナイフを構え直す。水樹は、余裕のある笑みを浮かべると、真っ赤に染まった懐から、ごそごそと何かを取り出した。
「悪いなぁ、碧。お前が刺したのは、これだよ」
「ケチャップ、だと……!?」
底知れない絶望感が胸を覆って、はっと息を飲む。思えば、水樹を刺した時、妙に旨そうな匂いがしたと思ったのだ。水樹をこの広場に呼び出したときも、奴の胸部が、妙な膨らみを帯びていることにだって、気づいていた。水樹のことだから、どうせ巨乳ごっこでもしているのだろうと、高を括っていたが、まさか、彼は僕が端から命を狙っていることに気づいていて、あらかじめケチャップを仕込んでいたとでも言うのだろうか。
(でも、もう、後戻りはできない……!)
ナイフを握り直すと、僕は、絶叫した。突進するように襲いかかり、水樹を地面に押し倒す。ナイフを振り上げ、今度こそ何も仕込んでいない胸部に刃先を下ろせば、反射的に僕の腕を押し返した水樹との、腕力の攻防戦が始まった。
「ちょっ、ちょっと待て……! お前、俺のことをそんなに嫌っていたのか? 殺そうと思うほどに?」
「そうだよ! 僕は、お前のことが、憎くて憎くて仕方なかったんだ……!」
掠れた声でそう告げれば、水樹の瞳が揺れる。信じられない、まさにそんな表情だ。そう、水樹はいつだって、僕の気持ちなんて分かってやしない。
「落ち着けよ! 憎まれるような覚え、俺にはないぞ! なんだよ、この前、寝てるお前の顔に、油性ペンで鼻毛を描き込んだのがそれほど嫌だったのか……!?」
「そんなことじゃねえよっ!」
「じゃあなんだ、お前が陽子ちゃんに用意していたプレゼントを、俺がこっそりゴーヤとすり替えたことを怒ってるのか!?」
「あれもお前かよ!?」
歯を食い縛って、僕は、吐き捨てるように言った。
「僕の苦しみを、お前が分かってくれるとは思ってない! お前は、呑気に僕のことを親友だと思ってたかもしれないがな、とにかく僕は、ずっとずっと、お前のことが、大っ嫌いだったんだ!」
「あ、いや……実を言うと、俺もお前のこと、親友とまでは思ってなかったんだ。今回、お前が企画したキャンプの誘いに乗ってやったのも、陽子ちゃんが一緒に来るって聞いたからだったしな」
「そういうとこだよぉおおっ!」
「というかお前も陽子ちゃん狙いか!」と盛大に突っ込んでから、大きく嘆息する。脱力し、倒れるように水樹の上から退くと、僕は、地面に仰向けに寝転がった。
「……はぁ、もう、いい。お前なんかのために、殺人を犯して、僕の人生を棒に振るんだ思うと、馬鹿馬鹿しくなった……」
涙目の僕を横目に、服についた土くれをぱたぱたと払いながら、水樹が立ち上がる。今度は、僕が刺されるかもしれない、なんて他人事のように思ったが、水樹は、ただ倒れる僕のことを、眺めているだけであった。
「そうだぞ、殺人なんてやめておけ、碧。お前は、真面目なところくらいしか取り柄がないんだからな」
「……うるさい、取り柄がなくて悪かったな」
不貞腐れたように返せば、水樹が、呆れたように肩をすくめる。ふうっと息を吐くと、水樹は、僕の隣に胡座をかいた。
「まあでも、殺人を考えるほどにお前が追い詰められていたとは、俺も思わなかった。なに、一つ悩みを聞いてやろうじゃないか。どうせ陽子ちゃんのことだろう? お前が、昔から陽子ちゃんのことを好きなのは知っている。あ、俺のことは気にするな。からかうと面白いから、ちょっかいをかけていただけだ。陽子ちゃんは確かに可愛いが、俺の好みではない」
「…………」
論点は、そこじゃない。いや、陽子ちゃんのことも確かに悩んではいたが、僕は、とにかく水樹のことが嫌で仕方なくなっただけだ。今の今まで殺されようとしていたのに、ここで恋バナをぶっこんでくるとは、流石は水樹である。どこまでもずれているこいつを、論破しようとする方が無駄なのだろう。
力なくため息をつくと、僕は、諦めて陽子ちゃんに関する悩みを語りだした。
「僕さ……陽子ちゃんと、今すぐ付き合いたいんだけど、どうすればいいかな……」
水樹が、ぱちぱちと瞬く。
「今すぐ? この前まで、気長に頑張るって言ってたじゃないか」
「それは……」
つかの間、目をそらして、口ごもる。僕は、上体を起こして座ると、水樹に向き直った。
「その……僕の兄ちゃんが、しつこく彼女自慢してくるから、つい言っちゃったんだよ……。『羨ましくなんかない、僕にだって彼女はいる!』って。そうしたら、今度、家に連れてこいって言われちゃって……」
「お前、阿呆だな」
「…………」
水樹に阿呆と罵られるなんて、この上ない屈辱だが、この件については何も反論できないので、黙っておく。水樹は、顎に手をあてて、考え込むように唸った。
「そんなの、一旦陽子ちゃんは諦めて、とりあえず適当に、彼女になってくれそうな女を捕まえるしかないだろう。ひとまず、その場しのぎってことで、別の女を彼女にして、兄貴に紹介しておくしかない」
「嫌だ! 僕は陽子ちゃんがいいんだ!」
ぶんぶんと首を振って主張すれば、水樹は、面倒くさそうに目を細くした。
「じゃあもう、正直に嘘ついたって言えよ。陽子ちゃんは、うちのゼミのマドンナだぜ? 今すぐ付き合うってのは、無理さ」
「それも嫌だ! 嘘だなんて言ったら、絶対兄ちゃんに馬鹿にされるだろ!」
「まあまあ、話は最後まで聞け」
諭すように言って、水樹は、僕の目をじっと見つめた。
「三次元に彼女はいないけど、二次元には彼女がいるって説明するんだよ。そう言えば、完全に嘘をついてたことにはならないじゃん?」
「白い目で見られるだろ!?」
全力で却下すれば、水樹が怪訝そうに眉を寄せる。腕を組むと、少しの逡巡の末、水樹は続けた。
「それなら、あれだ。実はロリコンなんだって言え。一般的な趣味嗜好ではないから、偏見が怖くて言い出せなかったんだって説明すれば、説得力あるだろう? しかも、こういうのってデリケートな問題だから、今後馬鹿にされたり、そういう話題に触れられたりすることもなくなるぞ、多分」
「余計嫌だよ! 家族にロリコンだと思われて生きていけって言うのか!?」
「ええー……折角いろんな提案をしてやってるっていうのに、わがままな奴だなぁ。まあ、ロリコンが嫌なら、人妻じゃないと萌えないタイプなんだって暴露するのも──」
「もっと問題があるだろ!?」
息切れするほどの大声で、水樹の提案を否定する。さっきから、僕は一体何をやっているのだろう。水樹の相手なんて、全力でやればやるほど、無意味だと言うのに。水樹が、人を揶揄して楽しむ性格の持ち主だということくらい、殺してしまおうかと考えるほどに、僕はよく分かっている。
こんな問答、続けるだけ無駄だ。僕は、拳を握りしめて、勢いよく立ち上がった。
「あーもういい! お前に相談した僕が馬鹿だった! 人妻に手を出そうとする、倫理的に問題のある奴だと思われるくらいなら、さっきのでいいよ!」
水樹に向かって、高らかに宣言する。
「僕は、ロリコンだ──!」
──瞬間、背後の茂みが、かさりと揺れる。慌てて振り返れば、そこに立っていたのは、想い人の陽子ちゃんだった。
「……え、えっと……ごめんね、その……。バーベキューの準備、できたから、二人のこと、呼びに来ようと思って……」
白い頬を紅潮させて、陽子ちゃんは、恥ずかしげに俯いている。硬直している僕をちらりと見てから、再び目線を落とすと、陽子ちゃんは、か細い声で言った。
「あ、あの……私、気にしないよ。その、恋愛に、年齢は関係ないと思うし……。と、とにかく、ごめんね! 誰にも言わないから……!」
踵を返して、陽子ちゃんが走り去る。その後ろ姿を見ながら、さっと顔を青くした僕は、追いすがるように手を伸ばした。
「ちょっ、待って! 誤解だ! 陽子ちゃぁぁあん!」
平成最後の、夏──。
まるで僕の惨めな姿を笑うように、やかましい蝉の声が響いていた。
…………
みーんみーん。
こんばんは、銀竹です。
久々に投稿してみました(^^)
このお題だと、重い話を書く方が多いんだろうなと思ったので、ギャグ風味で。
いや、碧くんにとっては、かなり深刻な問題なんでしょうけどね(笑)
ファンタジーでもない、三人称でもない文章を書くのは慣れなかったですが、楽しかったですー(*´∀`)
お邪魔しました!
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.276 )
- 日時: 2018/09/02 19:32
- 名前: ヨモツカミ (ID: 9OS.xG62)
†第8回 一匙の冀望を添へて、参加者まとめ†
>>264 脳内クレイジーガールさん
>>265 液晶の奥のどなたさまさん
>>266 流沢藍蓮さん
>>267 浅葱 游
>>270 放浪者さん
>>271 Nさん
>>273 鈴原螢さん
>>275 狐さん
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.277 )
- 日時: 2018/09/02 19:35
- 名前: ヨモツカミ (ID: 9OS.xG62)
平成30年9月2日 19時 36分
この投稿をもちまして、【第8回 一匙の冀望を添へて、】を終了させていただきます。
今回は私も参加できませんでしたが、参加者がやや少なくて少し寂しいですね!
お題で「殺した」となっているので、素直に死なせたくなくて練り練りしてきたら投稿期間終わってました!
私と同じような方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか(笑)
他にも、学生さんの夏休みや小説大会と重なってましたしね。皆さん、大会期間中の更新は捗ったでしょうか?
まだ半分くらいしか読めてませんが、いつも通り、好きだと感じた作品には多分後日コメントさせていただきますb
参加してくださった方もロム専の方もありがとうございました! 次回の添へて、もよろしくお願いします!
添へて、ねぎツカミ
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.278 )
- 日時: 2018/09/22 20:39
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: s6WmXyjM)
私情が少し落ち着きましたので、少しばかし。
添へて、第8回目皆様ご投稿ありがとうございました。
水樹と碧。どちらも男でも女でもかけるような名前にしようと模索しましたが、いかがでしたでしょうか。
運営としては、良い名前になったのではないかなと思っています。
水樹の名字を考える段階で、案として「寝耳二 水樹(ねみみに みずき)」というものがありました。
そんな愉快なふわふわとするような案を出しながら、運営頑張っております。
第9回目は、皆様が考えてくださった「〇〇を添へて、」、【一文】となりますので、結果を楽しみにしながらも、またご参加いただけるとありがたい限りです。
よろしくお願いいたします。
*
>>270→放浪者さん
殺した、という言葉をうまい事使ってるなぁって思いました。なんだこれめっちゃ上から目線みたいですね……。
自分もこれ書くうえで、どういった意味合いで殺すかというのを考えたりしてました。実際に自分が書いたのは、自分のせいで水樹が殺された事実を、碧が自責の念で「殺した」と思う。そんなものでした。
放浪者さんの書いた、親友という繋がりを「殺した」と表現する使い方が、浅葱は個人的に好きです。
ご参加ありがとうございました。次回もぜひ、遊びに来てくださると嬉しいです。
*
>>271→Nさん
一文の使い方を見て、自分には考えが及ばなかったなと感じました。独白のような文を書くことも無かったですし、何よりカキコでは少数のスタイルなので、楽しく読むことができました。
独白だからこそ、「私」の気持ちが良く分かる作品だったと感じます。浅葱はとても好きな作品でした。
途中「忌憚する事なく」という文章がありましたが、「忌憚」は「遠慮して避ける事」という意味でした。なので、今回の使い方だと、「遠慮して避ける事をする事なく」と重複のような用例になるので、「忌憚なく」としても良かったのかなとか思ったりしました。
今回はご参加ありがとうございました。次回も参加してくださると嬉しいです。
*
>>273→鈴原螢さん
返事待たれていらしたようでしたのに、遅くなって申し訳ないです。あさぎで合っていますよ。読みは、「浅い」「葱(ねぎ)」で出ます。
浅葱もまだまだ勉強中の身なので、あくまで主観的な一意見として見てくださいね。
目を引き付ける、というところから、改行した後は一マス下げると、より読みさすが出てくるんじゃないかと思いました。
「間藤英治」の登場前に、碧が間藤を知っているのはどうしてかな、と疑問に感じました。ですので、後出しする情報が、むやみに出ていないかどうかを確認しながら書いていくと、読んでいて「はーこいつが婚約者か」ってなるかなって思います。
あと、これは本当浅葱自身も添削で直され続けるんですけど、「てにをは」が上手い事活用できるといいのではないかと思います。
ここからは、浅葱が個人的に気になった事故の設定部分に関してだけ話していきますね。
まず、碧が急いで病院に来た、ということはその日のうちに水樹が事故に遭ったということだと思います。どういった事故の仕方かはわかりませんが、青白いということは出血量が半端ない、かつ重症度がすんごい高いってことだと思いました。
重症度が高い=治療の優先度が高くて、かなりやばい。重傷って感じなのかなと。ということは、骨が沢山折れている可能性があって、全身管理(身体の状態が悪化してしまわないように、集中治療室とかでがっつり治療すること)が必要な状態のはずです。面会者は家族、近親者のみになる可能性が高く、幼馴染だからといって面会に来ることは難しいケースもある気がしました。ただ集中治療室での勤務とかはしたことがないので、詳細は分からないのはごめんなさい。
たぶん多重骨折とか色々あるような重症さを考えているのかな、と思ったので、個人的にぱっと目を覚まして、相手を抱きしめるって難しいよなぁと感じました。
ですが、婚約者じゃなくて幼馴染を抱きしめ返す部分で、ああきっと水樹は碧のことを好きだった時期があるんだろうぁ、なんて。
時系列が整理されると、よりすっきりして、読みやすくなるなって感じました。両片思いなのに結ばれないって、やっぱりしんどいですよね。
時系列、とは書きましたが、記憶喪失になった水樹に、また結婚する報告をされたっていう感じ……で合ってますか……? 地の文がもう少しあると、より悩まずすっきり読める印象です。
碧の愛の力はすごかったです。
今回はご参加ありがとうございました。次回も参加していただけると嬉しいです。
お返事遅くなってしまって、本当申し訳ないです;;
Re: 喝采に添へて、【小説練習】 ( No.279 )
- 日時: 2018/09/23 15:54
- 名前: ヨモツカミ (ID: cgwmdEfg)
*
■第9回 喝采に添へて、
一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから
*
開催期間:平成30年9月23日~平成30年10月14日
*
今回の添へて、は8月に「ねぎツカミ」の名義でスレ立てした「募集用紙を添付して、」というスレで募集を行ったときのやつです。
一文は外海けえまさんの、○○に添へて、の部分はDimming boxさんの案を採用させていただきました! お二方ありがとうございます。
他にも投稿して下さった皆様ありがとうございました。普段私と浅葱の二人で一文と添える部分を考えているため、発想が偏りがちだった気がするので、色んなパターンがあって、どれも素敵だなあって思いました。
9月。読書の秋ともいいますし、沢山素敵なSSを読めたらいいなと思います。添へて、は練習を目的とした場ですので、誰でも気軽に参加してくださいね。
Re: 喝采に添へて、【小説練習】 ( No.280 )
- 日時: 2018/10/04 11:26
- 名前: 馬鹿で何が悪い! (ID: F84ygQes)
一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから折角見せてあげようとしたのに。
「泡吹いて倒れちゃうんだもんなあ」
棚の中から食器を取り出すように、胸の扉を開いて引っ張り出した心臓を、もう一度体内へと収納した。脈打つようなことは決してない。しかしそれは、心臓として必要最低限の機能を担っていた。僕の体内に、エネルギー源が蓄えられた電解質を溶媒に乗せて循環させる。それによって金属質な僕の身体は動くことができるという訳だ。末端の筋肉に、そして絶えず働いてくれる脳みそというコンピュータに、動力を送り続けるという意味では人間の持つ心臓と何ら変わらないと言えるだろう。
多くの場合、心臓を一突きされれば人間は死ぬ。本当に、あっさり。学問を齧っていれば確かに肝臓が無くなった時の方が替えは効かないと分かるだろう。何せ肝臓がこなしている仕事量は、工業的にしようとすれば工場がいくつも必要なほど膨大だ。
けれども考えてごらんよ。肝臓をちょっぴり傷つけたところで、別段死には至らない。自己修復能があるからね。でも、心臓の刺激電動系をちょっぴり傷つけるとしよう。するともう、心臓は動いちゃくれない。永遠にだ。そしたら全部の臓器がおしゃかだね。
何々、心臓が壊されても人工心臓があるだろう。人工肝臓は無いけどな、って? 馬鹿を言っちゃいけないよ。在りはすれども別段全員が使える訳では無い。数も限りがあるし、つけられる人間も有限だ。お金だってかかるし、今この場で拍動が止まってからそんなものつけてもその前に死んでしまうさ。
誰かの言っている情報だけ鵜呑みにして、知識だけ集めた馬鹿でも無いとそんな発想は出てこないよ。おっと、気分を害したならごめんよ。でもね、振り返ってみてよ、今初めに得意げに肝臓だろうといおうとした君たち、別段優秀な人間から頭がいいねって褒められたことないだろ? というかそもそもレバーを選んだのだって教科書的な知識を見たり、生物学の講師の誇張表現に引きずられただけだろうし。
何々? 膵臓が病気の人は健康な膵臓が何より大事だって? それこそ論点が全く違う。今僕は一般論の話をしているんだ。特殊なケースを持ち出して揚げ足を取ろうとするのは正攻法では論破できないと負けを認めているだけだよ。
それに膵臓が病気で、大切なものが膵臓という者は逆にいないだろうさ。自分を蝕む臓器なんて苦々しいだけだ。一部の奇特な、『やまうちさくら』みたいな人間ならば、膵臓のおかげで自分が自分らしくいられたと誇らしく胸を張るかもしれないがね。
何にせよ、僕の主張は揺るがないよ。君らが如何にかしこまって、この臓器こそが至高だと考えたところで、その臓器が動いているのは全て心臓のおかげだ。君が生まれ落ちてから、死ぬまで、途切れることなく動き続けて、君が最重要だと主張した臓器にも酸素と栄養を行き渡らせている。意識が無くなろうと脳が死のうとも動き続ける。そう言った頑張り屋さんなのさ。
それより僕は、倒れてしまったこの娘を何とかしてあげないとな。気を失ってその場で膝を付いた彼女の背中に手を添え、何とか座らせてみる。肩を揺らして大丈夫かと声をかけても返事は無い。呼吸はあり、首筋で脈を確認するに異常はない。ただ驚いて気を失っただけみたいだ。
全くこれだから人間というのは。
僕の見掛けは、間違いなく人間と瓜二つだ。しかし、触れれば分かる。金属の上に肌の質感を持った皮膜をコーティングしただけの僕の身体は、人間と比べるとやけに冷たい。冷却液が身体を巡っているせいだ。本来は駆動する機械の熱で人よりずっと暖かくなるものだが、それをそのまま置いておくとオーバーヒートを起こしてしまう。それゆえ、僕らは冷たくあることを強要されている。
別段それは冷淡であるべきと強いられている訳ではないんだけれど、何かが欠けている自分には仕方の無い話だ。愛想もにべもあったもんじゃない。街を歩けばそう評される。自分でも理解はしているけどね、あるべき温もりが無いなんて事実は。
ただ、嘆いてたって仕方ない。そもそも僕自身嘆いているつもりはないのだけれど。目の前で泡吹いて倒れてる主人は、日頃やけに悲嘆に暮れているらしい。自分の事でもないっていうのにね。でも、だからこそなのだろうか。この主人に体温があるのは。
ショックを受けて気絶しちゃっただけで、健康に害はない。体温や脈をとってみる限り、そう判断できた。何てったって主のバイタルチェックも僕の機能の一つだからね。データを打ち込み、本部のデータベースにアクセス。そしたら統計を参照にコロッと答えが出てくるってものさ。
首筋に触れる。定期的にその脈が蠢いていた。僕の心臓とは違う。僕の心臓はただただ循環のための水流を生み出す装置。筋肉でなくて歯車やプロペラで構成されている以上、収縮も膨張も必要ない。
だけど主人は、メトロノームみたいにリズムをとり、縮んで伸びてを繰り返す心臓を持っている。無意識でいながらも、厳密に部位によってタイミングをずらして膨らんだり縮こまったりをリピートしている。
誰に課された訳でもなく、自分が望んだ訳でもなく、ただただ己の存在意義を護るためだけに、心臓は今日も働いている。早鐘を打つ日もあれば、怠そうにのんびりリズムを刻むことも。ただ、命じられずとも機械的に動き続けるその様は、僕たちと似たようなものなのかもしれない。死にたいと願う主人のために、心臓は何もできないけれど、僕らはその意向に応えられる。その点ではきっと、僕らの方が優れているだろうけれど。
とするとどうだろうね、もしかしたら心臓はそれほど大切な臓器でもないのかもしれない。
続きます>>
Re: 喝采に添へて、【小説練習】 ( No.281 )
- 日時: 2018/10/04 11:26
- 名前: 馬鹿で何が悪い! (ID: F84ygQes)
「アンドロイドだからって無茶苦茶しないでよ。死ぬほどびっくりしたんだからさ」
「申し訳ございませんでした」
「謝意が無いのは知ってる。謝らなくていいから二度としないで」
みっともない姿を晒したものだから、照れ隠しもあるのだろう。必要以上に厳しい態度を取りつつ、君はそっぽを向く。謝意が無い、とは言われてもそういう存在なのだから仕方が無い。僕が謝っているのは人間であればこの場面において頭を下げるだろうという判断からだ。確かに申し訳ないとは欠片も思っていないし、そう言った感情が僕にどういった変化をもたらすのかも分からない。
あくまでも人間の猿真似。それが僕たちだ。君がショックを受けて倒れた、そして今や怒っている。とすれば僕の行動が君を不快にさせたのは明確で、多くの場合謝罪した方が真摯だ。それゆえ申し訳ないと告げたものだが、当然所有者である君は理解している。僕の行動は、そう言った統計的に取るべき行動や、合理的な判断に基づいた無難な回答に過ぎないのだと。
「やっぱりアンドロイドはまだ人間になりきれないかな。臓器より何より、ずっと大事なものが足りてない」
「と、仰られますと」
「心の臓、ではなくて。心ってものが足りてないの」
思慮も配慮も足りていない。統計によって行動を支配されている以上、特殊なケースにはまるで対応できない。だからこそ、急に胸の辺りを開いて心臓機関を目の前に突き付けられた人間が卒倒するとは察せられない。機械の臓器だからおそらく大丈夫だなど、あまり強靭と言い難い精神を有した乙女には酷な話だ。
「いい? 心臓が大事と貴方は言いますけどね、そう考えてはならないの。確かに心臓は大事でしょう。その他の器官を支える屋台骨でしょうよ。でもね、それだけあっても何もできないの。貴方は肝だけあっても栄養を供給してくれなければ意味が無いと言いましたね、どうしてそれが心臓も然りと気づかないの。どれが最も大切、ではないのです。腸は胃に代わることはできず、胃もまた肺になること能わないのです。つまり、言いたいことは分かりますか」
「一応理解はしました。今仰せになられた分は」
「ああもう! 違う。私が今言ったことを通して伝えたいことが、よ」
何をこんなに、主人は苛立っているのだろうか。やはり心の機微に乏しい自分には理解不能であり、そうする必要も無い事だ。
こういう時、ただ首を傾げていれば、講釈を垂れ流してくれていると知っている以上、僕はただ苦笑いだけ浮かべて怪訝そうにしてみた。
「何一つとして欠けていいものなどないの。身体というのは、いくつものスペシャリストが集まってようやくメンテが効くっていう事」
「なるほど、欠けていいものなどない。平和主義者のような言葉ですね」
「そのつもりが無いのは知っていても皮肉に聞こえるわ」
「まさか、知っての通り僕に敵対心なんて」
「分かってるから、もうその口閉じて。……どう調教すればいいのかしらねえ」
思い通りのレスポンスを僕が与えられないせいか、また不機嫌になる。そんなに毎日心をささくれさせるくらいなら、さっさと廃棄するなり売却してしまうなりすればいいのに。お気に入りの服を捨てられないみたいな愛着でも湧いているのだろうか。その真相は主しか知りようが無い。
「身体の維持はそうして分業してるの。でも、精神のメンテナンスは心でするしかない。ですから時に、管理が行き届かなくて病んでしまう。飴以上の鞭のせいで、無残にも殺されてしまう。何不自由ない暮らしをしていても、心というのは生きていくうえで潰れてしまいそうなギリギリを彷徨っているのですよ」
「やっぱり代わりなんて」
「どこにもありはしない。一点ものよ。……形が無い分、修繕の可能性は確かに無限だけど」
「壊れる可能性がそれ以上に広がってますね」
分かればよろしいと、満足げに頷く。先ほど黙れと言ったのに僕が話している事は気にしていないようだ。
適当な人だと、今まで何度も下してきた認識をまた繰り返す。そう言えば、伝えねばならぬことがあったことを思い出した。
「主人、少し話が」
「何、聞いてあげる」
「先ほどメディカルチェックをしていたのですが……」
「何? 病気でもあったの?」
軽く青ざめた君だけれど、健康優良児のままだ。風邪さえもひきそうにない。寝不足でも無いし、ご飯もよく食べている。いや、きっとそのせいなのだけれど。
「少し太りましたね?」
「なぁっ!」
「先月と比べて一キログラムの増加です。背丈があまり変わっていない以上、最近の間食がよくないものかと……」
「うるさいうるさい、ほんっと貴方という者はデリカシーってものが……そうね、無いんですものね! 私が悪うございました!」
「はは、しばらく間食は控えめですね」
「分かってるってば、一丁前に愉快に笑わないでくれる? すっごく不愉快!」
おや、どうやら僕は笑ってしまっていたようだ。可笑しいな、そんな事をするつもりは無かったのだけれど。統計的にも、この行いはからかいに属するものだ。僕としては君に注意喚起しようとしただけなのだけれどね。
ああ、そうか。これはマザーのデータベースではなく、僕の頭蓋に埋め込まれた回路が下した結論なのか。可笑しいって、面白いって、楽しいって判断に、表情が引きずられたのだろう。
余計に、笑い声が止まらなくなってくる。
「笑わないでって言ってるでしょ? ああもう腹立たしい……」
いやね、君を怒らせるつもりは無いんだ。きっと僕は嬉しいと感じているのだろう。まだ、自覚は無いけれど。君の望む、感情ある、人間に程近いアンドロイドに近づけているようだからね。そう思えば、歓喜の笑みが自然とこぼれるだなんて、仕方のないことじゃないか。
どこか体の芯に熱がこもるような感覚がした。冷却液はきちんと循環しているというのに、故障だろうか。それともオーバーヒート? あるいは……。
あるいは……。その可能性を考えれば、動くはずのない僕の心臓も、とくんと打ち震えたような心地がした。
Re: 喝采に添へて、【小説練習】 ( No.282 )
- 日時: 2018/10/09 15:49
- 名前: 変人 (ID: UEBYvuF6)
一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから。
「待て、お前喋れたのか?」
俺はそう返す他なかった。何せ目の前のこいつは出会ってから一か月間、一度も口をきいてくれなかったから。
森の中で拾った、ペットのような存在。そうずっと思い続けていた。だが今になって急に人語を解すことを披露されてしまい、呆気にとられる。
「いや、そりゃ話せますけど。おたくもしかしてウチのこと動植物の類やと思ってたん?」
「しかも変な訛りと一人称だなおい。え、いや俺も流石にそんな普通の類じゃないとは思ってたけどさ……」
では一体何だろう、と思考を巡らす。
体長は成人男性である俺と同じほど。毛はないが、皮膚は少々イボが硬質化した棘の様なものが生えている。手足は細長く、指先が器用なんだろうなという印象を受ける。
目は玉虫色に輝いていて、見ているとまるで飲み込まれるかのような気持ちになる。
そして極めつけに体色は……緑だ。
「──もしかして宇宙人?!」
「いや遅くない? 今になって気が付くもんかねそれ」
だいぶ宇宙人感出してたぜ俺、と彼?は手を広げ呆れているが、俺が鈍いわけではない。コイツが巧妙だったのだ。
野生の動物の倣ってか、食事は生肉を要求し、時折縁側で日光浴までする始末。おかげで俺はご近所様から謎の生物を飼う非常識人扱いされ、回覧板を回してもらえなくなった。
なるほど、外界からの情報をシャットダウンさせるための行動と考えれば合点が行く。
「それで、いつ自転車を空に飛ばしてくれるんだ?」
「分かった途端それ? というかあれは映画だからな、普通の宇宙人にそんなことできないよ」
「普通の宇宙人ってなんだよ。変な宇宙人とかいるのか?」
「ウチ的に言えば目の前のお前かな」
「え、もう一体いるの?! どこどこ!」
「お前だよ。というかさり気にカウントは 体 なんだな」
何を言うか宇宙人、お前は人間ではないのだから人なんて換算をする訳が……待てよ、宇宙"人"なのだから合っているのだろうか。いやもしかしたら羽とか、匹を要求しているのかも?
落ち着くのだ、これは人間と宇宙人のファーストコミュニケーション(一か月目)である。迂闊なことを言えばキャトルミーティレーションされるかもしれない。
「で、なんだっけ? 好きな食べ物の話?」
「いや一番大切な臓器は何かって話」
「なんでそんなこと聞くのさ、焼肉でもいきたいの? 俺はタンかなぁ」
「焼肉? いや別に……舌(タン)? なるほど喋れなくなるのはつらいだろうからな。しかし心臓はどうだ、これが無ければ生きてはいけないだろう」
「心臓(ハツ)? 確かにいいもんだけど……別に無くても生きていけるよ」
「えっ、人間て心臓無くても生きていけるの!?」
*****
勢いで書いて、纏まらなくなりました。やっぱりちゃんとオチが付けられる人をって凄いなと思う日々です。
Re: 喝采に添へて、【小説練習】 ( No.283 )
- 日時: 2018/10/11 05:38
- 名前: 挫折カミ (ID: RkPrULqw)
一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから、僕は思わず微笑んでしまう。
数秒。いや、数十秒。それよりも長かったかもしれないし、短かったかもしれない束の間、僕らは寡黙に見つめ合っていた。その間、世界の時間が止まってしまったみたいに感じた。
「難しい質問だったかな」
口調はいつも通り、彼女らしく穏やかに。そのくせ表情は能面のように無感情に。いつもは笑顔を絶やさない彼女の表情は、その瞬間の僕にとっては新鮮なもののはずで、けれどももう、数え切れないほど目にしてきた。そのチグハグが今の歪な現状。
「急にこんなこと聞かれてもよくわからないよね。うん、それじゃあヒント。私はね、私が生きるのに必要不可欠なモノが臓器だと思うの」
玄関に佇んでいた彼女が、靴も脱がずに廊下を踏み締めて、ゆっくりと接近してくる。思わず僕は、彼女が詰めてきた距離の分だけ後ろに下がる。僕らの距離は縮まらない。きっと、これから先も永遠に。
今日朝起きたとき、それはもう雲一つない快晴で。雨なんて降ってなかったはずなのに、何故か彼女はレインコートなんか羽織っている。
何故か、なんて。本当は全部わかっているのに、馬鹿みたいな思考をしてしまう。
「私なら、私の一番大切な臓器は、あなただって答えるよ」
彼女はじっと僕の目を見つめてくる。逸らすことができないほどに真っ直ぐ。射抜くみたいだ。彼女の瞳の黒には何が溶け込んでいるのだろう。いつになっても、こればかりは分からない。
「あなたが失ったら死んじゃうくらい大切なもの。生命維持に必要不可欠なもの。それが臓器。だとしたら、あなたの一番大切な臓器は、何」
聞きなれた台詞が彼女の口から吐き出されて。答えたくなかったから、僕はぼかすように笑うのだ。
見つめ合っているうちに、彼女の瞳が潤み始めて、色の無い線が頬を伝いだしたとしても。
君が後ろ手に隠している刃物の意味。そんなもの、十回を過ぎた頃からわかっていた。
フローリングに滴った涙は、彼女のレインコート姿と相まって、雨水のよう。
答えてよ。彼女の震えた声が、縋りつくみたいに聞こえる。
その辺りで、僕はようやく肩を竦めながら口を開くのだ。
「僕にとって一番大切な臓器は、」
何百。いや、何千。もっと多いかもしれないし、少ないかもしれない。繰り返した結末はもう、変わることのないものだと気付いていた。
何度繰り返したって、同じ答え。故に、同じ結末を辿る。僕の意見は変わらないし、君の行動も変わらない。
慣れた手付きで自分の胸元を指差して、不敵に笑って放つ一言。
「僕の心臓だ」
できるだけ感情を表に出さないようにして、水溜りを打つ雨のように静かに声にする。
僕がとある物語の登場人物だと気付いた日から。誰かに読まれるたびに、繰り返してきた。
彼女の質問の意味も、意図も、これから起こることも、何もかもを知ったあとでも、僕は変わらない。変えることはできたかもしれないけれど、変えたくないと思ったのだ。それがその瞬間の僕にとって、最適な台詞だから。
「──やっぱり。あなたの一番には、なれないんだ」
諦めたように笑って、彼女はナイフを胸の前で握り締めた。
僕の胸の中には、君じゃない誰かが満たしていて。その誰かでいっぱいな心臓に、君が入る隙なんて何処にも無い。だから君は悔しくて悲しくて。遣る瀬無くて、誰よりも僕を愛してきたにも関わらず、自分の気持ちが届かなかったことが惨めで、苦しくて、それでも愛しくて。そうして、僕を好きで好きで狂ってしまうほどだったから。遂に、行動に出てしまう。
そういう“設定”だけど。それは、君の視点で描かれるから描写されなかった僕の心を、隠していた。
僕の心が手に入らないくらいなら、僕の一番大切な臓器を奪ってしまおうと考えた君。そういう設定に従うことしかできない主人公に、本当の気持ちを告げたなら、君は死んでしまうだろうから。主人公を生かすため、僕は永久に真実を告げられない。
君が両手に握り締めた刃物をこちらに向けて、廊下を蹴った。それを抱き締めるようにして迎え入れた。最初で最後の抱擁。それでいてこれからも繰り返されること。でも、どうせならもっと愛を込めて抱き締めてあげたかった。
もうとっくに僕の心臓は君のものだったけど。それを口にする日は絶対にこない。そういう、物語なのだ。
***
頁をめくらなければ君に殺されることはなかった。でも、
頁をめくらなければ君を好きになれなかった。
物語の登場人物に、その自覚が芽生えてしまったなら、的な話。
まずは作者を呪いますよね。それから読者を呪ってしまいそう。
前回の添へて、の感想書けなかったけど、脳内クレイジーガールさんとNさんのやつ好きでした。
あと、狐さんの、普段は三人称視点で書かれるので、一人称視点は新鮮だなっていうのと内容も流石狐さんって感じで好きでした(笑)
Re: 喝采に添へて、【小説練習】 ( No.284 )
- 日時: 2018/10/15 19:31
- 名前: ヨモツカミ (ID: K4U6Ch22)
【喝采に添へて、延長のお知らせ】
投稿が少なくて寂しかったので、期間延長してみることにしました。
10月28日まで開催してますので、是非投稿してみて下さいね。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.285 )
- 日時: 2018/10/30 18:35
- 名前: ヨモツカミ (ID: fx8vdZNs)
♡第9回 喝采に添へて、参加者まとめ♡
>>280-281 馬鹿で何が悪い! さん
>>282 変人さん
>>283 挫折カミ
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.286 )
- 日時: 2018/10/30 18:38
- 名前: ヨモツカミ (ID: fx8vdZNs)
ぼけぇとしてたら、2日ほど過ぎましたが、以上を持ちまして【第九回 喝采に添へて、】を終了させて頂きます。
2018年10月30日18時38分
延長したけど、投稿なかった:( ´ω` ):まあ、今回少し難しかったかもしれませんね。
今回投稿できなかった方は、次回の参加お待ちしております!
Re: 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.287 )
- 日時: 2018/11/11 19:10
- 名前: ヨモツカミ (ID: KQ1ds4e2)
■第10回鎌鼬に添へて、
もしも、私に明日が来ないとすれば
*
開催期間:平成30年11月11日~平成30年12月2日
*
今日はポッキーの日ですね。ポッキー&プリッツの日とも言うらしいですが、ポッキーもプリッツも大して好きではないトッポ過激派の私からするとトッポの日に改名しようぜって思います!
さて、まったく関係ない話をしましたが、今回は秋の終わりということで、寒さと寂しさをテーマに一文を考えました。
日が落ちるのが早くなって、風も冷たくなって、すぐそこまで冬がきています。皆さんも暖かくして、風邪引かないように投稿してくださいね。
Re: 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.288 )
- 日時: 2018/11/14 18:08
- 名前: おにおんぐらたん (ID: kMVfDLkY)
もしも、私に明日が来ないとすれば。ぼこぼこに腫れた顔で、光希は泣きながら言った。
そしたらあんた後悔するわよ。あたしのことこんなにしたの、あんた後悔するんだから。
僕は見向きもせず煙草に火を着けた。空気が冷える冬は煙草がうまい。煙がゆらゆらと昇っていって、光希は少しむせた。ゆっくりと、肺が侵食されていく。後悔するわ、後悔するんだから。光希の声が呪詛のように頭に響いている。見れば本物の光希は床に転がったまますすり泣いていた。
もしも君に明日が来ないとしたら。しばらくして僕は言った。
明日が来ないっていうのは少し曖昧だ。光希が今日中に死ぬのか、はたまたタイムリープでもして過去をずっと繰り返し続けるのか。
明日が来ないってだけじゃね、君、僕はまだ何もわからないさ。あんたのそういうとこ嫌いだわ。光希はうらめしそうに僕を睨む。
ただ、多分僕は光希を海に連れて行くだろうと思った。
運転席の僕、助手席の光希。カーステレオからは名前も知らないラジオのジャズが流れていて、灰皿に虫けらみたいな煙草が積まれていく。光希はまた少しむせる。彼女は煙草がきらいだった。
僕はパーキングの売店でサンドイッチとコーヒーを買ってきて、光希と昼食を摂る。
夕方までには海に着いて、光希は夕陽がきれいだと笑うだろう。それで、二人何も言わずに海辺を歩くのだ。光希は時々海水を足で蹴飛ばしてみたり軽く手を浸してみたりしながら、楽しそうに笑う。 あたし初めてなの、海。ずっと来てみたかったのよ。ずっと……。
僕は振り返る。光希の白いワンピースと肩ほどで揃えられた黒髪が潮風に吹かれて、光希はつばの広い麦わら帽子を右手で抑えた。僕はしばらく光希に見惚れる。目と目が合って、おかしくなって笑った。
ねえ、今なに考えてるの。先程よりは少し落ち着いた声が小さく僕の名前を呼んだ。そこには茶色い髪を垂らしてスパンコールとピアスをしゃらしゃら鳴らしながら酷い男に縋り付く、ぼろぼろの女がいた。
時計の針はもう「明日」を指している。僕はほっとため息を吐いた。
光希、君に明日が来たよ。何言ってるのよ、来るに決まってるでしょ。光希、僕は後悔しないよ。いいわよそんなの、どうせあんたはあたしなんかどうとも思っちゃいないんだから。知ってるのよあたし。
光希の言葉が切れた。僕は背中に腕を回しながら光希のまぶたにキスをして、そっと耳元に囁いた。
二人で海に行こう、光希。
Re: 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.289 )
- 日時: 2018/11/14 19:52
- 名前: 一般人の中の一般人(元鷹ファン)
もしも、私に明日が来ないとすれば...最高じゃないか!!
私はこの世界の果てに存在するという、伝説の花について書かれている歴史書を宿の本棚の片隅で見つけた。内容はこうだ。
「世界の果て七色に輝き世界照らす神の加護受くる花あり それ求め幾多の冒険者旅立つも辿り着くものはおろか帰る者すらなし 亡き者の多く互いに殺しあいこの世去る 残りの者道中魔物に襲われこの世去る 但しこの先辿り着くものありとて花を手に入れること禁ず 神の力人力遥かに超え得た者不老不死の人ならざる者と化す」
不老不死その魅力に私は引き付けられた。手にするのを禁じると書かれているが不老不死の何処にそんな問題が有るのか分からなかった。当時の私は数百年に一度の大魔導士と崇められていた。自分で言うのも何だがその呼び名に恥じぬ実力を持っていたと思う。過去の冒険者が誰一人辿り着けなかった場所でも自分なら辿り着ける。そう思った。
その後私は旅立った。旅の途中で3人の仲間を手に入れた。最初は、息が合わないこともあった。しかし、死の危険すらある修羅場を幾度も潜り抜ける内に私達を結ぶものは、切りようの無いほどに太く強固なものとなっていた。そして遂に辿り着いた。この世の物とは思えない程強く美しい輝きを放つそれは見る者を圧倒した。但し重大な問題が一つ。咲いているのはたった一輪のみだった。次の瞬間後ろから強い殺気を感じたのだった。
私は、結局不老不死の力を手に入れた。人としての大事な何かを捨てて。それからは地獄だった。罪悪感に押し潰されそうになる日々を只ひたすらにこなす。終わりなど一生来ない。
「誰か私を殺してくれ」
Re: 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.290 )
- 日時: 2018/11/15 23:17
- 名前: 知育 菓子男 (ID: amPJvOuk)
もしも、私に明日が来ないとすれば、皆それはそれは可哀想な少女を想い涙でも浮かべてくれるかもしれないけれど、少し遠くから見れば10ケタの人口の1の位が上下しただけであって、付け加えるならば私は明日が来ることを求めているわけじゃなかった、ということなのだから、お願いだから、いつもの様に素通りして欲しい。
――私が3ヶ月前に書いた遺書は、今でも鍵付きの引き出しにしまってある。
『××線は2019年までに全駅にホームドアを設置することを目指しています!ご理解とご協力をお願い致します』
黄色いヘルメットのオジサンが半笑いで頭を下げる絵。私の最寄りにはいち早くホームドアが植えられた。駅員がボタンを押せば簡単に開閉する白いそれが、大嫌いだ。黄色い線の外側を通れなくなったのにアナウンスは「黄色い線の内側に…」のまま直されないのが気になるだとか、少しホームが狭くなって朝のホームが更に息苦しくなっただとか、そういう事ではなく。
毎日同じ時間に開くその扉が、今日は閉じたままだった。遅延した理由は隣の駅の人身事故で、電光掲示板の表示から電車の到着時刻が消えた。
「最近多いよねぇ、ジンシンジコ」
「チエンショウメイショもらえるかなぁー、貰えなかったらマジ無理、萎えるわー」
隣の列でスカートの短い女子高生が、ショッキングピンクと真っ赤の唇からそれぞれ不満を漏らしながら、自撮りを始めた。
残念ながら私の学校は登下校中の携帯使用は禁止されているので、暇を潰そうにも読書くらいしかすることは無い。そして生憎、今私は本を持ち合わせていない。
最近多いですよね、人身事故。……暇を持て余した私が話しかけたのは、隣の女子高生ではなく、大嫌いな目の前のホームドアだ。もちろん声には出さず、心で会話する。応えはないので、1人で話し続ける。
最近多いですよね、人身事故。あれって結構悲惨らしいですよね。バーンとあたって気絶しそうだから、飛び込む方はそんなに痛くないのかなぁ。でも、怖かったんです。いろんな掲示板とかサイトとか漁って、違う方向に曲がった手足や、半分に割れた頭を沢山見ちゃって。
飛び込んで、死にきれなかったらどうするんでしょうね。一生傷は残るし、賠償金だって凄いらしいじゃないですか。痛い、痛いって喚きながら、冷たい視線を浴びて救急車に乗るなんて馬鹿すぎる。そんなことになるくらいなら死ぬほうがマシですよね。まぁ、最初から死ぬ気だから飛び込むんだろうけど。
――これさえなければ、私だって。
ただの機械に私は恨みをぶつける。機械は反論を言うわけでもなく、傷つくこともなく、電車の来ないホームでは微動だにしない。
少しずつ植えられていくホームドアに焦りを感じつつも、私は「いつか飛び込める」と悠長に黄色い線の内側から線路を眺め続けていた。
自殺願望があると言うだけなのに、いつも群れて面白くもないのに笑っている同級生とは、何も知らないのに親のフリをする家族とは、次元の違うところにいると皆を見下していた。学校でも家でも虐められているが、他とは違う思想を持った特別な人間なのだと。
勿論それはただの幻想で、実際はクラスの中の「いつも1人で本を読んでいる女子」で、家族の中では気に入らないことがあれば薄い自傷の後を被害者面して見せつける痛い子なだけだった。
多数派に溶け込むことも、特別に狂った訳でもなく、中途半端な「中二病」。本当に自殺願望があるわけでもなかった。遺書は書いても、毎日理由をつけて行動を起こさなかったのがその証拠だ。難しい言葉と悟ったような文体で、「もしも、」から始めた黒歴史の塊。あれを他人に読まれるなど考えるだけで羞恥で顔が染まるが、それでもまだ中二病を引きずった私は、今でもその馬鹿みたいな文章を捨てられずにいる。
「あ、電車来た」
「完全に遅刻! まじダルいわ」
派手色の唇がまた開く。その瞬間、少し離れた位置で中年のサラリーマンが叫びながらホームドアに手をかけた。
「え、なになに?!」
「ヤバ、飛び降り?」
壁を乗り越えた勢いでよろけたオジサンがそのまま下へ消えた。既に減速していた電車がゆっくりと私の前を横切る。ホームに並んでいた人々が悲鳴をあげた。
……あぁ、やっぱり遺書は捨てよう。誰にも読まれないように、何回も鋏で刻んで。きっと私はいつまでもこの白い機械を乗り越えられないだろう。スカートのポケットに入れっぱなしの引き出しの鍵を握りしめ、私は静かに目を瞑った。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.291 )
- 日時: 2018/11/16 12:57
- 名前: ヨモツカミ (ID: UjPZe.po)
投稿ありがとうございます。
多分、私の「一文」の載せ方が悪かったんだと思うので直させて頂いたんですが、一文目の段落、存在します!
一昨日くらいまで
■第10回鎌鼬に添へて、
もしも、私に明日が来ないとすれば
となっていたので、勘違いさせてしまった方々ごめんなさい!
■第10回鎌鼬に添へて、
もしも、私に明日が来ないとすれば
というふうに直したので、これから投稿してくださる方は気を付けてください!
Re: 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.292 )
- 日時: 2018/11/16 16:20
- 名前: 夕月あいむ (ID: zrZRcXis)
新参者です。ジャンル所か、短編小説を書いたことがありません。なので、挑戦したいと思っています。
前編と後編があります。
前編 お題 『もしも、私に明日が来ないとすれば』
「もしも、私に明日が来ないとすれば、君はどうする?」
「は? 無いでしょ、姉さんゴキブリ並みの生命力だから」
なんでそんなこと聞くんだよ?
明日、世界が終わるんだったらあり得るけど。
「そんな顔しないでよ、聞いてみただけ」
そんなに僕は、嫌そうな顔をしていたのか。
見透かされてるみたいで少し恥ずかしくなったので、頬を触る。自覚が最近までは無かったのだが、恥ずかしくなった時の自分の癖だそうだ。姉に指摘され、気付いた。
「どう? お姉ちゃんの手料理のお味は?」
「嘘だ、これスーパーの惣菜だし」
「バレたかぁ……」
姉は、いつもニヘラと笑う。
茶化してるようなので、鼻につくがもう慣れた。
僕は、少し不機嫌になり、半目で姉を見つめる。すると、姉は、微笑んできた。
「何? 気持ち悪いよ……。」
「相変わらず毒舌だなぁ」
「あっそ、で、何でにやついてんの?」
「いやぁ、もう八年経ったかぁと、思ってさ」
「何が?」
「私が君を誘拐してから……」
「日にち覚えてたんだ」
「まぁね」
二人はしばらく黙る。僕は沈黙は好きじゃないので、静けさを打ち破る。
「今さら、警察に訴えないけど」
「そう、そりゃ良かった。警察にバレたら少年院満期行きだな、ハハッ」
「笑い事じゃないだろ」
「いっそ、記念日にしようか? 私と君が家族になった日」
「記念日だなんて、何で祝えるのさ、自分の初犯日を?」
「ケーキ食べれんじゃん、それに私、君の誕生日知らないし、それが新しい誕生日にしよう!」
「あっそ、もうどうにでもして」
~~~~~
軽く自己紹介しよう、私は現在19歳、普通の大学生。
特徴?
強いて言うなら、犯罪者と言うことだろうな。
全然内容が軽くないじゃないかって? 君、注文多いいなぁ……。
何やったんだ? って? 二人殺して子供一人誘拐してるよ。
あぁ、経緯ね。事件当時は、私は多分、10歳だったと思う。殺した二人は、昔自分が住んでいた家のお隣だったんだ。結婚はしてなかったけど、子供はいてね。やっぱり子育ては大変だったのか母親は、近頃子供に手を出し始めた。子供はまだ、小さいんだ。なのに、子供の叫び声は毎日毎日聞こえた。壁はそんなに薄くないのに、相当声がしていたよ。子供は、声はするけど家から出ない。まぁ、確実に虐待はされてたよね。
まぁ、それで五月蠅かったんだ。
だからあの家だけ燃やしたよ。
二人は殺したけど、何故か子供は気が引けたんだ。だから、誘拐した。
その母親が、火に包まれた時、私は子供を抱きかかえたんだけど、その瞬間母親が。
「あなたが今度こそその子を幸せにしてくれるの? しなかったら楽に死ねるとは思うなよ」
って、笑いながら言ったんだ。
その時、私は、やっぱり母親なんだなぁと思ったし、この人は私たちと同じ、バケモノじゃないなっておもったよ。
~~~~~
「まぁ、こんな感じかな。君を誘拐した事については。大体予想ついてたろ?」
「……」
僕は、答えられない。
(どうして今? なんで?)
そんな疑問が渦巻いているからだ。
ピラッと姉は、紙を出した。三人の女の性格や写真職業などが書いてある。
「何……これ」
酷くかすれた声が出た。
「君をこれから養ってくれそうな人さ。君はまだ戸籍も無い。小学校には行けなさそうだけど、中学校には行けるよ、勉強は私が教えたしね。これでやっと、君は普通の人になれるよ」
「いらねぇよっ!」
そんなの要らない、いつも通りで良い。
普通じゃなくても良い。
外に出れなくても良い。
学校に行かなくても良い。
貴方以外、僕のことを知らなくても良い。
貴方が、僕の親を殺したとしても良い。
だって……。
僕の家族は、貴方だけだから。
~~~~~
風が強く、寒い。最上階で、街を眺めながら思い返す。
結局喧嘩しちゃたなぁ……。
「僕の家族は、貴方だけだから、か……。それを奪ったのは私なんだけどね……。警察には、連絡したからもう大丈夫か」
まだ、戻れるんだぜ。君はさ。
でも、きっと私が戻れなくしてしまったから。君は、私を置いてけないからさ。
「だから、鎖は消えて。君を力尽くでも戻すよ」
身体が全体が、震えている。心臓もうるさい。
やっぱ、怖いな。
でも、駄目だ。
手の力を抜く。重心は傾く、髪はあらぶり、視界は夜空を映す。
(綺麗だな)
もしも、私に明日が来ないとすれば。
その時は、君に本当の家族の温かさを私の代わりに、知って欲しい。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.293 )
- 日時: 2018/11/16 19:53
- 名前: ヨモツカミ (ID: UjPZe.po)
>>夕月あいむさん
確か初参加ですよね、ありがとうございます! >>0をお読み頂けましたでしょうか?
一応、誰でも参加できます、小説練習がしたい方は誰でも来てね! という趣旨ではありますが、最低限ルールに従いながら書いていただきたいのです。
・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
という注意書きがあったと思うのですが、今回のお題「もしも、私に明日が来ないとすれば」の文を小説の一文目として、SSを書いて欲しかったんですよね……。
もしも、私に明日が来ないとすればウェイウェイヒャッホー!(※これはあくまで例文です)
というような具合に。
「こういったルールを守りながらどんな小説を書くか」という練習をする場なので、また今度参加いただけることがあったら気を付けてください!
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.294 )
- 日時: 2018/11/17 19:26
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: SVRTcOMs)
もしも、私に明日が来ないとすれば、きっとそれはいい事なんだろうと思うよ。そんなことを涼しい顔で言った石宮は、すぐにいつもの調子でニッコリと微笑んだ。右顔が伺えないほど伸びた前髪の下で、石宮が何を思っているのかは分からない。
より色を濃くした太陽が、街を一色に染め上げていく。後ろから追ってくる狂気や混沌、寂しさを飽和させた泥のような波から、少しだけ街を守っている。石宮も例外なく、冷たい風に暖かな光を受け、守られていた。立ち入り禁止の屋上から見える街は、坂の下に位置する海に向かって、段を成している。
「石宮は死にたいんだ」
口に出した死にたいなんて言葉は、思っていたよりも乾いていた。石宮は返事に困っているみたいで、印字が掘られた時計を、長く伸びた爪で引っ掻いている。それは石宮がよく見せる、不快の表現でもあった。
石宮永には語られない過去がある。そんな噂が影で潜む学園に、石宮永は孤独でいた。それなら死にたいと思ったところで不思議じゃない。誰かの消費者として生きるだけなら、死んでしまったほうがきっといい。心も身体も、誰かに捧げて過ごすだなんて。そんなのバカのすることだ。
石宮は静かだった。守られた街を襲った深い夜の中、石宮永は溶け込むように歩く。たまによろけるようにして壁へ向かうのを、何度か助けながら。いつもは明るく笑うくせに、今日だけは学園でもぶっきらぼうな様子で、一度も笑顔は見せなかった。
「なあ石宮、お前なんで海に行こうとしてんだよ。家、反対方向じゃんか」
石宮の家は学園よりも上にある。山の中に数軒の集落があり、その中の一つに石宮家が建てられている。それぞれ独立しているであろう部屋からの光が、薄らと外に漏れる程度に、家族関係は希薄化しているらしい。ある日笑いながら、なんてことなく話した石宮の表情が忘れられなかった。
幅の広い階段を大股で降りる石宮は、腕時計を外して手の中に収めているようだった。手の中にある時計の印字を、親指の爪で何度も引っ掻いている。きっとそれは石宮の癖なんだろう。無意識に不快な何かを感じて、対処しようとしている。癇癪を起こす子どもよりはマシかもしれないが、その内大変なことが起こるんじゃないかなんて考えが浮かんだ。
曲がりくねった道の先に、黒インクを落としたような海が広がっている。石宮が履くコンバースのスニーカーに、砂が絡まる。足は踏み出す度に砂に沈み、苦しそうだ。まるで全てを抑圧されていた頃の石宮を見ているようで、胸が痛む。しばらくしてようやく足跡が形で残る波打ち際へと着いた。普段運動をする機会が少ないのか、石宮はわずかに肩で息をしている。
乾燥しきっていそうな喉に粘度の高い唾を飲み込んだのか、眉がひそめられていた。不規則に足元を濡らす黒い波は、夜と同様に狂気と悲しみが混在している。けれど冷たさはなく、不思議と温もりを感じさせた。
「なあ石宮、松田のハゲが言ってだろ。夜の海は危ないから行かないようにって。波に攫われっぞ」
遊泳禁止区域のこの海では、昔から死亡事故が相次いでいる。そのせいで、昔は遊泳禁止でも栄えていたけれど、今は誰も来なくなった。来てもせいぜい地元のヤンキーか、怖いもの見たさの観光客だけ。だからこそ、なぜ石宮が海に来たのかが分からなかった。普段は寄り道もせずに家に帰るのに、今日に限って、海に来るなんて。どうして。
「石宮、早く帰ろうぜ。海ならまた明日とかさ、明後日でも来れるじゃんか。もっと明るい時間に来よう? な?」
ふくらはぎまで海に入った石宮は、夜と溶け合った境界線をぼんやりと見つめて、笑う。今までの誰に向けた笑顔よりも、美しく、きれいに。石宮は聞こえないふりをしているようで、俺に返事をしない。なあ、今日はだめだ。今日、お前はここに来たらだめなんだよ。ベルトまでも海水に浸け、やっと石宮は歩くのをやめた。
覆いかぶさった重たい雲は、石宮のために月を映す。やわらかく海風に、重たい前髪から、隠れていた薄茶の瞳が現れた。薄く細められた瞳。幻想的な様子にも見えた。
「北原に返すわね。この時計」
手の中に握られていた時計を、名残惜しそうに石宮が眺める。黒革のベルトはくたびれて、所々亀裂が入っていた。裏に施された"ultima forsan"の印字は、角が擦れた部分も見受けられる。白のダイアルをなぞるように、白の秒針は進んでいた。今この時も、石宮の時間を進めていく。
骨ばった長い指で、石宮がリュウズを引いた。長さを増したリュウズの代わりに、秒針は動きを止める。石宮のその動きを見る僕の心臓は、少しずつ大人しくなっていた。それは諦めにも似た気持ちが、僕の中でだんだんと大きくなっていたからだと思う。
石宮永には、語られない過去がある。二年前、クラスメイトの北原圭一が亡くなった。石宮の理解者だったらしく、家族関係から小さな悩み事まで話し合う仲だったらしい。性同一性障害なのよと打ち明けられた翌日から数日間、石宮は登校しなかった。なんとなく理由は分かっていた。
噂もすぐに広まった。石宮が殴られているのを見た、部屋に男連れ込んでるのがバレて勘当されかけてる、家を追い出されるらしい。根も葉もない噂が、僕の耳にも届いていた。聞いたところで石宮に対する評価は変わらないけれど、そうした噂は僕のところが終着のように、ほぼ毎日届いた。
数日経って投稿してきた石宮の頬には青黒いあざが、唇には切れ長の傷がかさぶたになっていた。心配されるのを鬱陶しそうになんてせず、興味本位で寄ってきたやつにも、石宮は笑う。久しぶりに見ても変わらない石宮と一緒に帰った。石宮の家に寄って帰らなければ、僕はきっと今も石宮の隣で笑っている。
止まった時間の中で思い出すのは酷い痛みと、痛みから解放される喜びばかりだ。あの日石宮を呪ってやろうと思った。忘れないように、お前が殺した僕を、どんな時でも思い出すように。深夜に連れ出されたこの海は、僕の大きな墓場で、石宮にとっては罪の塊だ。
ぱちゃん。
時計の盤面がぶつかったのかもしれない。意識は、もう意識なんてものもないけれど、走馬灯のような記憶が終わる。石宮はただ強く地平線の果てを見つめていた。
「北原のこと、忘れてないわよ。ちゃんとまた、隣に行くから」
いつ付けたのか、石宮の腕の真新しく黒いアナログ時計が月明かりに照らされる。海の底に落ちた僕の時計は動かない。波音に紛れる秒針の音は、石宮の時計から鳴る。満足気に岸に向かう背中を、ただ見つめることしか出来ないままだった。声をかけることも、歩く度に揺れる腕を掴むこともできない。
僕を置いていかないで、忘れないでほしいのに、行動することは出来なかった。望む明日がこないのなら、隣で笑う石宮に会えたんだろうか。岸に着いた石宮が闇に溶けるのを見て、そう感じた。
■メメント・モリ
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.295 )
- 日時: 2018/11/17 21:05
- 名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: zcKDriw6)
もしも、私に明日が来ないとすれば、私に出来るのは今日に至るまでの昨日たちを遺すことだけだろうと思った。
私には父がいた。
父は何でも出来るが、手足らずで不器用だった。私が今住んでいるこの部屋は父が与えてくれたものだが、最初はとても殺風景で、灯りもなく、水瓶もなく、身を温める敷布一つもなかった。
私は物心ついた時から、そんな部屋に不満を抱いてきたものだ。見渡そうにも手元一つおぼつかず、暑さを覚えても水に浸ること能わず、寒さを覚えても身一つで耐え忍ばねばならぬ苦痛。父に恨みを抱いたことはないし、父のことは好きだったが、寂しい部屋に私を放り出したことだけは嫌いだった。
だから、私は不満を覚える度に父へ頼み事をした。夜の暗さに灯りを求め、夏の暑さに溺れぬ水を求め、冬の寒さに柔らかな敷布を求めた。父はそんな私の我儘にいつでも応えてくれた。夜が暗いと泣けばその目を開き、暑さが苦しいと伏せば涙し、寒さに凍えるときには諸手を盾に風を遮ってくれた。
思えば、私はそんな父の優しさに驕っていたのだろう。私は次第に部屋のあらゆるものが不満に思えてきた。窓に紗幕のないこと。灯りが自在にならぬこと。硬い床に布一枚で寝なければならぬこと。少しでも不愉快を起こせば私は癇癪し、父は何も言わずそれらに応え続けて下さった。
その時に気付けばよかったのだ。
父の目の白く濁った様、流す涙の鉄錆びた色、包む手の創痍なることに。
さすれば私は父を喪うこともなかった。
あくる時私は何時ものように父へ乞うた。いつもすぐに願いを聞き届けてくださった父は、その時だけ僅かに言い澱んだ。
私は重ねて乞い、父は尚も沈黙した。
更に重ねたとき、父は嘆息し、そして遂に願いを叶えて下さった。
その時、父は言った。一言一句覚えている。
「私のようにはなるなよ」
私は父のようになりたかった。何でも出来る父のように。そんな力が欲しかった。
そう願った私は、愛すべき伴侶を得た。
そして父は、それきり私の前に二度と姿を現すことはなかった。
私は今、まさに父と同じくなろうとしている。我が妻は隠れ、私も今そうなろうとしている。
私と妻が生んだ子らは、私達を求めることはしなかった。父の教えに従い、父のようにならぬような術を最初に授けたからだ。故に私は父のように身を削った果てに隠れるのではなく、ただ父のようにありたいと願った応えをここに見ているだけだ。
怖くはない。安らかな気分だった。父と同じくなれることがこんなにも幸せに思う。
子らはそう思うだろうか。思えるような子らであって欲しい。だが、
――――――
「私のようにはなるなよ」
父は、寂しそうに一つ微笑んで息を引き取った。
*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+
いぇーい四度目です
短いうえに陳腐でへたくそ
いやはや文から離れていたとはいえ
文力の低下をひしひしと感じる次第です
まこと申し訳ございません
今回もまた分かりにくい話なので
これのタイトルをば少し
ええっとですね
『失楽園』
ええと
うん
そゆことです
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.296 )
- 日時: 2018/11/18 10:27
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6Ok26KGE)
もしも、私に明日が来ないとしたら──と、ふとした瞬間に考えてしまうことが増えた。
肩で息をしながら、肌を伝う赤色をぼんやりと見つめた。手の甲の傷口から溢れ出て、色濃く線を残し、やがて薄まって朱色を引きながら、重力に従って落ちてゆく。
命の色に彩られた大地には、分厚い鋼に身を包んだ死骸が無数に横たわっている。それを避けることもせず、漆黒に身を包んだ人型は、少し歩きづらそうに踏みつけながら、私の側までやってきて、拍手を送った。
「いやあ、鮮やかな剣さばきだったよ。ばっさばっさと躊躇なく人を斬り付けて、薙ぎ倒してね。とどめを刺す瞬間のお前、ありゃあ悪魔と見間違うほどだったさ」
「悪魔はお前だろうが」
人に近い形をしているだけのそいつは、若い男の姿をしているくせに、老人のようにしゃがれた声で笑った。
悪魔の間で流行りのジョークだよ。と、楽しげに言うが、私にはあまり面白さが理解できない。彼ら悪魔と人間では、笑いのツボが少し違うらしい。
切っ先を地面に突き刺し、片膝を着いたままの私の手を引いて立たせると、悪魔は僅かに首を傾げてみせた。
「震えているな。俺達悪魔には気温とかよくわからないが、寒いのかい」
首を横に振ると、頬を伝っていた赤色がパタパタと地面に吸い込まれていった。
「怖いんだよ」
悪魔は目を瞬かせた。心を理解できない悪魔は、いつも私の感情の動きに興味を示す。
「剣が首筋を掠めて、でも、ほんの僅かに、ほんの一瞬でも私の反応が遅れていたら……どうなっていたのだろう、と。考えてしまうんだ」
「ほう。痛いのは、怖いことなのかい?」
「そうだな。深い傷を負うと、死んでしまうかもしれないから」
手の甲や、腕、肩。今回は浅い切り傷ができた程度だが、次に敵と相まみえたときにも、それで済むとは限らない。
震えた指先で、剣の柄を強く握る。震えは止まらなかった。
「死ぬのは、とても怖いことだよ」
当たり前に過ぎていく時間が終わる。そうすると、私はどうなってしまうのだろう。わからない。わからないから、怖い。
「わからんなあ。俺には分からんよ」
「そうだな。死という概念を持たぬお前にこんなことを話しても、意味などないか」
「でも、そうだなあ。俺は、寂しいよ」
今度は私が目を瞬かせる番だった。
悪魔は、本当に寂しそうな笑みを浮かべている。心を理解できないはずの悪魔が。どうして。
「お前が死んでしまえば、契約は終わり。お前との時間が終わっちまう」
「……そんなの、上級悪魔であるお前なら、またすぐに契約者が現れるだろう」
「お前みたいな楽しい奴にはもう、会えないよ」
悪魔は笑った。何処か、涙を堪えてる風にも見えた。
動揺を悟られないように、私も笑う。いつも悪魔が浮かべていた、嘲る顔を真似しながら。なんだかこれでは、私の方が悪魔みたいだ、とも思った。それでも構わないと思えた。国の裏切り者で、復讐のために悪魔に魂を売った私は、家族や仲間を殺してきた私は、もう既に悪魔と変わりないだろうから。
「なんだ。悪魔のくせに死を理解しているじゃないか。そう。死ねば時は止まる。もう明日は来ない。もう一緒に話せないし、一緒に笑えないし……一緒に、居られない」
言いながら、私は自分の胸元に手を当てた。痛む。傷はないのに、痛い。この痛みは苦手だ。どんな切り傷よりも真っ直ぐに、それでいて冷たく心臓を抉るから。
私は剣に付着していた汚れを指で拭き取って、鞘に収めた。知り合いの命の色は、私の指先をべっとりと汚して。なんだか、死して尚、すがりつくみたいに思えた。
国を裏切るのか? 我らを裏切るのか? 我が友よ、考え直してくれ、と。声もなく訴えかけてきている気がする。嫌な幻聴だ。それに手遅れなのだ。悪魔との契約は、もう私に帰る場所はいらないという意思表示なのだから。
指先から滴って、地に染み込んだ赤色を見つめながら、悪魔に語りかける。
「なあ、悪魔。お前が死なない存在でよかった。お前は、私を置いていったりしないからな」
「でも、お前はいつか死ぬから、俺を置いていくんだなあ」
しゃがれ声は、いつになくもの淋しげで、いやに私の心臓を冷たく突き刺してくる。
「……そんなの、寂しいな」
ぽつりと零れた悪魔の言葉に、私は思わず嘲笑の声を漏らした。
「おかしなことを言う。私が死ねば、私の魂が手に入る。お前の目的はそれだろう?」
私の心を弄んで楽しんでいるのだろう。悪魔には、感情なんてないのだから。
きっとこの性格の悪い悪魔は、私といるうちに覚えたその表情で、その仕草で、私を惑わせて楽しんでいる。そうに決まっている。
きっとそう。
悪魔の頬を伝う、色のない血の意味など、私にはわからなかった。
ただ、もう一度。傷もないのに胸が痛んだ。
***
*知らないままで痛かった
誰よりも臆病な復讐者と、心を理解できないはずの悪魔の話。
「血」という言葉を使うのは最後の悪魔の涙だけで、血っていうのは、生物の生きてる証だと思うので、そう考えると悪魔という存在と私の関係がいとをかし。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.297 )
- 日時: 2018/11/18 22:20
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: YX7bHUiE)
>>288→おにおんぐらたんさん
初めまして、参加ありがとうございます。
光希は僕から暴力を振るわれていたのかな、と読みながら思いましたが、合っていますか……?
二人の関係性とか、今の場面というか。本物の光希と、イメージの中の光希とがいるのかな、とか考えながら読ませていただきました。
解釈と言いますか、こんなイメージでしたよっていうのがありましたら、教えていただけると嬉しいです(ω)
次回のご参加もお待ちしています。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.298 )
- 日時: 2018/11/19 01:00
- 名前: 杜翠 (ID: 5B9fCoSA)
初参加、失礼します。
初めてなので、ルール違反等がよく分からないので、もしありましたら教えてくだされば嬉しいです。
スマホの機種のせいかは分かりませんが、改行が出来ないことがあります。
もしも、私に明日が来ないとすれば、それは面白いことね。
君が突然そんなことを言うから、あぁ、そうだね。なんて言葉に俺は答えた。
もう聞いてた?と君が少し拗ねたように、それでいて何処か嬉しそうに顔を覗きこんで来るから、俺は顔を少し後ろに引いた。
本当に君は距離感がおかしい。
「明日っていう概念が、きっと私の邪魔をしているのよ。明日っていうのはね、つまり次に見える景色なのに私にはその景色がちっとも見えないわ。貴方には見えてるのに」
「俺にも見えねぇよ、そんなもの」
俺が引いた顔を戻しながら、返した。さっきは嬉々とした表情で拗ねていたのが、今は本当に拗ねているようだ。
眉毛の両端が少しだけつり上がっている。本当に拗ねたときの君の癖だ。
まぁ、君は知らないだろうけど。
「いいよね、貴方は。見えるんだもの、明日の景色が。ねぇ教えて?明日ってどんな景色?」
「どんなって……、あんまり良いもんじゃあねえな」
「本当に?」
「聞いて極楽見て地獄」
「私、見たことないから分からないわ。生まれてこのかた聞いたことしか無いんだもの」
首を傾げながら、少し君は笑った。
機嫌は直ったようだ。
俺は窓から月を眺めた。
赤々しく輝く、醜い月だった。
「ねぇ、月ってどんな景色?」
「……思ったよりも綺麗じゃねえな」
「ふーん」
ゆったりと時は流れた。
気付けば君は俺の肩に頭を預け眠っていた。
「いいなお前は、こんなに醜い世界を見なくていいんだからよ」
そっと君の瞼を開けると、白濁した美しい瞳が少しだけ見えた。
君は少し唸ったが起きはしなかった。
「明日なんて、俺にも見えねぇよ。ただ生きていくだけさ、明日が来なくてもな」
俺は、君を抱き寄せて寝た。
盲目の君は、この醜い世界の美しい音しか聞こえないだろう?
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.299 )
- 日時: 2018/11/23 20:30
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: IzJ6gA3g)
>>298→社翆さん
初参加ありがとうございます。今回の投稿でルールを守れていないということもありませんので、気にされなくて大丈夫ですよ(ω)
今後何かありました場合には、お伝えさせていただきますね。
改行等に関しましても、お気になさらずに書いていただければと思います~。
*
細かな感想等に関しては後日。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.300 )
- 日時: 2018/11/23 22:31
- 名前: 月 灯り (ID: KK90tQ1U)
もしも、私に明日が来ないとすればーー
突然放たれた言葉。あの日の彼女が言った言葉。
彼女は振り返って言った。高い位置で結んだ髪がふわり、と揺れる。
「え、何急に」
俺は驚いて聞き返す。
「……」
それなのに彼女は先を続けようとしない。
「……」
俺には急かすつもりも追及するつもりもないから、妙な沈黙が続く。
「部屋、片付けといてよ」
「……は?」
「聞こえなかったの? 部屋、」
「待って、聞こえたけど、どうした?」
わけのわからないことを言われて動揺する俺とは裏腹に、彼女は涼しげな顔で空を見上げている。
快晴。ほとんど雲がない、青い空が彼女の瞳にはたぶん映っている。
「そうだなぁ……、なんとなく、かな」
「なんなんだよ……」
ますます意味がわからない。俺は時々こうして彼女の気まぐれに付き合わされる。
「それっ!」
突然水が降ってくる。彼女がホースの口をこちらに向けていた。そこからは勢いよく水が噴き出している。
「谷川!」
「あはは!」
俺たちは春休みの水やり当番という、謎の係を押し付けられ、学校が休みにもかかわらずこうして花に水をあげているのだった。
「暑いでしょ?」
「そんなわけあるか! 三月の最終日!! 春!!」
たとえいくら暑くても、水をかぶるほどではない。
「見て見てー! 虹ー!!」
あはっ、と楽しそうに笑う谷川を見てると、こちらの口もとも思わずゆるむ。水をかけられたのは不本意ではあるが。
いつもと変わらない、日常。
「ねぇ、田中ー」
「何?」
「海行こうよー、海」
「海?」
谷川は、のんびりした調子でおかしなことを言う。こんな春先に海だなんて。
「寒いと思うけど」
「いいの、いいの! 最後に田中と行きたいじゃん」
「最後って、まださっきの冗談続けるつもり?」
「砂浜で寝転ぶだけでいいから!」
「人の話聞けよー」
俺はわざとらしく片手を額に当てて言う。
「ははは、ごめんね。冗談じゃないよ」
「冗談じゃないって……まさか、早まるなよ!?」
「別に死んだりしないから、安心して」
「本当に?」
こういうことを言う時の谷川は信用できない。安心も、もちろんできない。できないけど……。
「もー、心配性だなぁ。今日一日見張っとく?」
「いや、それはちょっと……」
「でしょ? じゃあ、今日の夜11時、そこの砂浜に集合」
彼女は数十メートル先を指差す。そこには果てのない青い海が広がっていた。
「夜? 今昼前だけど?」
「いいでしょ、たまには私のわがままにも付き合いなさい」
「いやいや、いつも振り回されてますけど」
「じゃあ習慣ってことでいいじゃん。規則正しい! 最高!」
「……」
はぁ。俺はため息をつく。彼女とのこんな日常はいつまでも続きそうだ。
「やあ。よく来たね」
砂浜に着くと、先にいた谷川が右手を少しあげるだけの挨拶をした。
「よく言うよ。谷川が来いって言ったくせに」
「そうだったね」
そう言って彼女は海の遠くを見た。地平線を眺めているらしかった。
「……で? こんな夜に呼び出してどうしたの? 親御さんは心配しない?」
「親は大丈夫。だから言ってるでしょ、田中と海来たかっただけだよ」
谷川は俺の目を見ない。嘘をつくときはいつもそうだ。たぶん何か隠してる。
「こんな夜じゃなくてもよくない? 寒いよ」
「田中は寒がりだもんね。男のくせに」
「るせっ」
「あー、田中が寒すぎて震えてて私がマフラー貸したことあったなぁ」
「……忘れてくれ……」
思いだしたくない恥を掘り返される。やめてくれ……。
思い出話をするうちに、いつのまにか俺たちは砂浜に寝そべって空を見上げていた。うっすらと雲が浮かぶ空に、星がぽつぽつと見える。
「田中ー、私、一人暮らしなんだ」
「え? 初耳!?」
突然の告白に驚く。隠していたことはこれか? いや、たぶん違う。たぶん。
「だって言ったことないもーん。あのさ、鍵、預けとくから"部屋、片付けといて"」
彼女はあの時の言葉を強調して言う。
「……ねぇ、谷川。何か隠してない?」
俺は鍵を受け取って、ゆっくりと彼女の目を見て言った。
「…………やっぱ、わかっちゃうかー。田中には」
彼女は少しだけ考えて、こう言った。
「記念写真撮ってよ」
「は? 写真?」
「うん、写真。それでさ、私のこと忘れないでいてよ」
「……どういうこと?」
「お願い。12時になるまでに」
俺は、谷川の切実なお願いをさすがに無下にすることは出来ず、しぶしぶ写真を一枚撮る。時計の針は12時1分前だった。
「田中笑ってない! もう一枚! 早く!!」
言われるがままに急いでもう一枚撮る。撮れた写真を確認すると、笑えと言った張本人は泣いていた。
「谷川、なんで泣いーー」
ばいばい、田中。
そう、隣で彼女がつぶやいた。
「え……?」
隣に、彼女の姿はもう、なかったんだ。
俺は走っていた。鍵を握りしめて。砂に足を取られてうまく走れない。俺はたぶん泣いていた。あんまり覚えてないんだ。
谷川の家は片付いていた。むしろ、片付けるものなどほとんど存在しない。俺はおもむろに学習机に近づいて、椅子に座った。
「谷川……」
どこいったんだ。
俺は、ふと気づいた。この部屋に、何か手がかりがあるのかもしれない。俺は早速、片っ端から引き出しを開ける。そこには何も入ってなかった。たった一つを除いて。
20◯◯年 高校2年生(3回目)
それは、こんなタイトルの日記だった。
俺はノートの表紙をめくる。
友人Tに贈る。
4月10日
今年は女の子の友達を作ることは諦めた。2回やって気づいたけど、私には向いていないようだ。そこで、今年は前の席のTというやつに話しかけてみた。結構おもしろいやつ。仲良くなれそう。
これ、俺のことじゃん。Tって……。さらに何枚かページをめくる。日記は毎日書いていたようだ。
7月23日
友人Tがばかすぎて補習にかかった。一緒に遊べる日数が減るじゃんか。え? 私? さすがに高2を3回やれば学年トップだよね〜。
3月31日
今日は友人Tともお別れだ。今までで一番楽しかった。寂しいけど、どうしようもないから。私は、永遠に17歳から抜け出せない。だから、次も君と友達になろう。
今まで一年間、本当に、本当に、ありがとう。
涙で滲んで乾いたインクが、再び、ゆがんだ。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.301 )
- 日時: 2018/11/28 22:36
- 名前: 脳内クレイジーガール◆0RbUzIT0To (ID: DwUC3j0g)
もしも、私に明日が来ないとすれば、君は私の最期の日を一緒に過ごしてくれる? ひなたがそう言って笑った後、少しだけ長い溜息をついて、こちらをちらっと見て、そして軽く顔を伏せた。俺に求めた答えを、俺自身はしっかりわかっていて、だからあえて「わかんない」と曖昧な返事をした。ひなたの望む答えをわざと言わなかったのは、彼女に傷ついてほしくなかったからだ。
「ひなたは死なないから、そんな質問は不必要だよ」
俺が煙草の煙を吐きながら、ベンチに腰掛けたひなたに声をかける。彼女はまた軽く笑って「そうだね」と相槌を打った。
「突然変な質問してくんなよ、白けるじゃん」
「そうだね。ほんと、ごめんね」
六月の雨はうざったるくて嫌いだと思った。屋根に当たった雨粒が痛々しい音を響かせて、雫は水たまりの一部に変化する。ベンチも雨に直には触れてなかろうと湿気で少しだけ色が濃くなっていて、ちょっと寒いねとひなたがぼそっと呟いた。そうだな、と俺は煙草の火を消して灰皿に捨てた後にネクタイを外してカバンの中に突っ込んだ。
「礼服なんてお前ちゃんと持ってたんだな。意外だった」
「失礼だなあ。そういうのはちゃんと揃えてたほうがいいって、舞ちゃんが一緒に買うの付き合ってくれて」
「へえ」
「一番にこの服着るのは舞ちゃんの結婚式の時かもねって、そう言ってたのに、」
初めてひなたが礼服を着たのは、舞の葬式の日だった。
笑いながらもひなたの表情は固まっていて、声も少しだけ震えていた。
舞のことが好きだと俺に突っかかってきた学生時代を思い出して、俺たちの婚約を悔しがりながらも喜んでくれた先週のことを思い出して、葬式中に号泣したひなたの姿を思い出す。
雨音はどんどんと喧しくなっていって、それがまるで悲鳴のように聞こえ始めた。
「好きだったの、初恋だったの。どうしても離れたくなかった」
「うん」
「友達でもいいと思った。それ以上になりたいって、そんなの我儘だと思った」
「うん」
「君はどうして、そんな、どう、して、悲しくないの?」
悲しいよ、と俺はひなたに応える。だって、五年も付き合った、もうすぐ結婚するはずの人だったんだから。きっと、悲しいはずだ。俺は、舞の死をきっと悲しんでいるはずだ。
思い込もうとしている時点で自分がとても無慈悲な男だと気づいてしまう。だって、俺は舞のことが「好き」だったわけじゃないんだから。
好きなんだ、と舞に告白された日のこと、舞は笑って言った。ひなたはあたしのことが好きだから諦めたほうがいいよ、と。
舞はとても頭のいい女だった。鎖みたいに雁字搦めになった俺らの三角関係を無理やり壊した。
「あなたは永遠にひなたには好きになってもらえないの。いい加減、わかりなよ」
ベッドの上で鏡を片手に真紅の口紅を塗りながら舞は言った。俺には選択肢はなかった。
ひなたは永遠にあなたのものにはならないのよ。私が死んだとしても。
舞がそう言って俺にキスをしたあと、家を出て行って、そして事故にあって死んだ。ブレーキペダルとアクセルペダルを間違えたらしい。壁に突っ込んで即死だったらしい。よくテレビのニュースでそういう事故を聞いたりはしてたけど、そんなのやんないよねって舞はよく笑っていた。だから、不注意の事故と警察から言われても、俺はどうしても「自殺」という考えを捨てられなかった。
ひなたにもしも、明日がないとすれば、俺はきっと彼女に告白するだろう。
薄情な男だと思われようと、長年の彼女への想いを全部吐き散らして、そして失恋するだろう。
でも俺はちゃんとわかっているよ。ひなたが望む俺の答えを。
もし、ひなたが明日死ぬならば俺はきっと舞を彼女に返さなきゃいけない。彼女には、舞しかいないから。利用されていることを知らないひなたは、きっとずっとこの先も舞のことを一途に愛すのだろう。でも、俺は時々思うんだ。舞のことを好きな君は、すべてを知っていて、それでも舞のことを愛してるんじゃないかって。
すべては憶測。そしてひなたが明日、この世界からいなくなるわけでもない。
ただ、俺たちの中心だった舞は、もうこの世界にはいない。ただ、それだけだ。
***
お久しぶりです脳内クレイジーガールです。二回目の投稿です。
一方通行の三角関係で、全員自分のことが好きな人が分かっていて、あえて黙っているというのはとても切ないなってそんなお話です。
素敵なお題をありがとうございました。楽しかったです。あさぎちゃん、ヨモツカミ様、これからも運営頑張ってください。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.302 )
- 日時: 2018/12/01 19:59
- 名前: 雷燕◆bizc.dLEtA (ID: AQd0kFzY)
明日という日は
もしも、私に明日が来ないとしたら、それはそなたらのどこまでも自己中心的なもののとらえ方をよく表した、反吐が出るほどに愛おしい言葉さな。
そう言ってゆらゆらと四本の尾を揺らす銀狐の話し相手は、赤いランドセルを背負った泣きぼくろの少女一人だけである。太陽はまだ斜めに山を照らしているが、森の中にいれば木の陰になって既に薄暗かった。嵐が来たらすぐに倒れてしまいそうな頼りないバス停シェルター内で、少女は椅子に座りぶらぶらと足を揺らしていた。
「あたしがジコチューとか、ひどーい! 寝て、起きたら次の日が始まるんやけん、ずっと起きちょるおキツネさまにはずっと今日なんはそらそうやろ?」
「私にとっては日の出こそが次の日の始まる合図だが、そなたにとっては意識の途切れが日の区切りなのだな。全ての基準は自分。子供とは、人間とはそういうものよ――」
坂の上から女が歩いてきた。顔には既に多くのしわが刻まれているが、その足並みはまだ老婆というほどには衰えを感じさせない。あら今日は早いバスやったんね、待たせてごめんね。そう言いながら近づいてきた女は、バス停横に積まれた石の前で手を合わせた。
「今日もこん子を見守ってくださりありがとうございました」
狐はそれを聞きながら満足そうに尻尾を揺らした。
「おキツネさま、今はこっちおるよ」
「あらそうなん。お話してもらちょったんやね、よかったね」
二人は手を繋いで坂を上り始めた。
暇になった狐は散歩に出かけた。昔は村の畑まで行きお供えに答えて実りを配っていたものだが、人間は既に狐を必要としない農業技術を持っている。先ほどの女がたまに花を替える程度になった現在では、狐はこのささやかな石積みからあまり離れることもできない。
次のバスまでたっぷり一時間はある。その頃にまた狐は戻ってきて、降りる人を見守るだろう。
やがて泣きぼくろの少女はランドセルを手放し、セーラー服を着てバスを待つようになった。
「なあなあ、おキツネさまパワーで縁結びとかできるんやない?」
祖母からスピリチュアルな話ばかり聞かされて育ったから、四尾の狐なぞ見えるようになってしまったのだ、クラスの皆に話したら絶対笑われる、と嘆くわりに都合のいいことよ。狐は半分呆れながらも困り顔で少女を見つめた。
「私はもともと豊穣を願って祀られたのだから、縁結びは専門外だ。そもそも今ではろくに私を祀る人間もいないのだから、そのような力はない」
「じゃああたしがめっちゃ祀るし、めっちゃお供えもするわ!」
その日から少女は頻繁に花を摘んで持ってきたし、たまに食べ物なども積み石の前に置いた。無駄だからやめなさいと狐は何度も言ったが、初めて食べるメロンパンというものは実に美味く、温かい味がした。
少女がセーラー服を着始めて何度目かの年の瀬が訪れた。これまた人間が勝手に定めた区切りであるなあと話す狐も、実のところこの時期を好んでいた。普段村に住んでいない人間もバス停を訪れ、日ごろ石積みを素通りする人々も、この時ばかりは供え物を手向けるからである。一年ごとに老けていく大人を、みるみる成長していく子供を、狐は静かに見守った。
少女はバス停シェルターではいつも小さな本を読むようになっていた。勉学のためだろうというのは察しがついていたので、狐も気を遣って自分からは話しかけない。泣きぼくろの高校生には受験がすぐそこまで迫っている。
「あたし、都会に出たいんよ。そのために大学に受からんといけんのや」
「じゃあ私みたいなものとは話しなさんな。唯物主義の都会人に笑われるぞ」
「あたし以外の誰がこんな朝早くこんなバス停に来るっちゅーんや。心配いりませんー」
狐のアドバイスを笑顔で反故にする少女を見て、狐は頼もしさと少しの寂しさを感じた。都会に行った人間は誰もが狐と話せなくなってしまうから、都会は嫌いだ。都会は嫌いだが、少女はもう自分の力で生きていこうとしているのだ。私の役割はもうすぐ終わりなのだろう。
狐は少女の成功を祈った。祈りの対象であった自分が、ただ空な未来へ向かって祈らねばならない無力さを感じながら、ただ祈った。
狐はずっとバス停にいた。一時間に一本のバスは、素通りしていくことが以前より多くなった。既に村から通学する子供はいなくなり、働く者は自分で車に乗るので、狐はたまに買い物に出る老人たちを見るくらいである。
しかし、その日は多くの人間が村へ出入りしているようだった。坂を上る車を見送る。バスからも複数人降りてくる。皆、黒い服を着ていた。
森の中が薄暗くなり空が橙に染まった頃、小さな子供の手を引いて、礼服を着た妙齢の女性が坂を下りてきた。狐が道路の反対側を歩くその女性の泣きぼくろに気づいて、尻尾をぴくりと動かした時、バス停の裏から兎が現れた。
「うさちゃんだ!」
子供がそう言って、母親の手を振り払ってバス停のある側へ走りだす。その時点では、坂の上から降りてくるバスに気づいていたのは、狐だけだった。
夕方の山にブレーキ音が響く。
幸いにも、子供とバスは接触しなかった。道路脇に逸れて脱輪したバスは、バス停手前の小さな石積みを倒しただけだった。子供の無事を確認した女性がバスの運転手に何度も頭を下げたあと、二人はバスに乗って山を下りて行った。
狐はもはやただの石くずとなったそれの隣で、ほっとした顔をして丸まった。花を置いてくれる人もいなくなった今、ちっぽけな石積みであっても、それだけが狐の意識をこの場所に繋ぎとめる縁であった。倒されたままでは、何の意味も持たない。狐には、誰かがまた形を戻してくれるのを待つほかなかった。
沈みゆく意識の中で、狐は昔交わした会話を思い出す。
もしも、私に明日が来るとしたら――それは、誰かが私のことを思い出してくれた、さぞかし幸せな日であろうよ。
----------
ほとんどの方は初めまして。雷燕と申します。
今回は珍しく間に合ったので添えさせていただきました。
素敵なお題ありがとうございました。他の方々の作品も楽しませていただきます。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.303 )
- 日時: 2018/12/01 22:24
- 名前: 友桃◆NsLg9LxcnY (ID: Ds5uTo/k)
もしも、私に明日が来ないとすれば
透明な筒(つつ)からとりだした紙には、黒く小さな文字が綴られていた。両手でちょうど包み込めるくらいの、軽い素材の入れ物だ。海水に浸ってすっかり冷たくなったそれを足元に置き、私は中に入っていた白い紙をじっと見つめた。
見たことのない文字だ。私が普段書いている文字よりも、まるみがあってなんだか可愛らしい。文字が綴られている紙は、てのひらくらいの大きさで、四隅(よすみ)に花が描かれている。文字と同じでまぁるい5枚の花びら。なんの花だろう。
--いや、それよりも。
なんと書かれているのだろう。
私はひとり首をかしげて、紙から視線をあげた。日に灼(や)けてちりちりとかわいた髪が視界をふさぐ。それを耳にかけると、まっしろな海が視界いっぱいに広がった。おひさまに照らされて、きらきらと光っている。
海の向こうからやってきた、知らない文字。知らない声。私が拾ってしまって、良かったのだろうか。
再び首をかしげて、じっと白い紙を見つめる。
私だったらたぶん、うれしいことはすぐに家族に言う。友達にも言う。こんな、誰に届くかわからない筒には、きっと入れない。
あ、でも、もしかして、うれしいとかかなしいとかそういうのじゃなくて、SOSだったりして。無人島にきちゃったの、助けて!って。
急にファンタジーみたいなことを考えてしまって、私はひとりクスリと笑った。
……いや、まぎれもなく、ファンタジーだ。海の向こうから、手紙が届くだなんて。そのファンタジーを、こうやって手にしてしまうだなんて。紙に綴られた字を見ているこの瞬間、まるで私は海の向こうの知らない誰かと時間を共有しているようだ。
私はくるりと海に背を向け、足元の筒もそのままに、海岸沿いの家まで一目散にかけだした。木の扉を勢いよく開けて、目にとまったペンで白い紙に文字を付け足す。海の向こうの誰かが書いたものとは、違う文字を。誰かの手に届くことを夢見て。
書けたものを広げて、私はふふっと笑う。
SOSだったら、読めなくてごめんね。でも、この文字を書いた人を想っている間は、きっと時間を共有できるから。それで、許してね。
白い紙に、わからないことばの下に、流れるような文字で。
海の向こうの、私を想って。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.304 )
- 日時: 2018/12/01 22:34
- 名前: 友桃◆NsLg9LxcnY (ID: Q6rVlPnw)
はじめまして、友桃(ともも)と申します。
最近かたい文章ばかり書いているのでちょこっとだけ小説書きたい〜と思ってたらすてきなページを見つけたので投稿させていただきました^ ^
お題の使い方ギリギリセーフだろうと思って書きましたが、もしアウトだったらごめんなさい! どうにかします!
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.305 )
- 日時: 2018/12/02 08:48
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: 4934wz6w)
知らない間にたくさんの方に投稿してくださって、ありがとうございます。
どれも楽しく読ませていただいていますが、まとまった時間の確保が難しいので、合間見つけて乾燥書けたらな~と思います。
*
>>304→友桃さん
一文自体をタイトル扱いとしている場合でしたら、タイトルかつ一文として書き始めていただけたらと思います。
一文が視点主の思いとして、特に台詞ではなく、回想のや心の声として出ているものとして書かれている場合には、主旨に合っているので大丈夫ですよ◎
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.306 )
- 日時: 2018/12/03 20:38
- 名前: ヨモツカミ (ID: ZM6veLFM)
☆第10回 鎌鼬に添へて、参加者まとめ★
>>288 おにおんぐらたんさん
>>289 一般人の中の一般人(元鷹ファン)さん
>>290 知育 菓子男さん
>>292 夕月あいむさん
>>294 浅葱 游
>>295 液晶の奥のどなたさまさん
>>296 ヨモツカミすぁん
>>298 杜翠さん
>>300 月 灯りさん
>>301 脳内クレイジーガールさん
>>302 雷燕さん
>>303 友桃さん
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.307 )
- 日時: 2018/12/03 20:44
- 名前: ヨモツカミ (ID: ZM6veLFM)
以上を持ちまして第10回 鎌鼬に添へて、を終了とさせていただきます!
平成30年12月3日20時43分
たくさんの投稿ありがとうございました!
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.308 )
- 日時: 2018/12/05 19:21
- 名前: ヨモツカミ (ID: kK4VKmSg)
>>雷燕さん
こちらでははじめまして。お名前は存じておりましたが、作品を読ませていただくのは初めてでした。信仰を失った神様と、未だ信仰してくれる僅かな人達とのほっこりするような切ないお話で、とても好きでした。
方言の無い県出身なので、方言というものに強く惹かれます。関西か九州らへんの話し方でしょうか? 方言可愛いです、好きです。
また参加いただく機会がありましたら是非素敵な作品を読ませてください。ありがとうございました!
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.309 )
- 日時: 2018/12/09 21:59
- 名前: 雷燕◆bizc.dLEtA (ID: Ihvrfgr6)
全員分の感想を書くことができず心苦しいのですが、今回の作品は全部読ませていただきました。
お題の活かし方がそれぞれ工夫されていて、読んでいて楽しかったです!
>>290 知育 菓子男さん
今回のお題がそもそも死を連想させるものだったと思うのですが、そこを真正面からテーマにしつつきちんとまとめられていて感心してしまいました(私みたいなひねくれ者はすぐ逃げてしまうので……)。
中二病を患いながらも自分を客観視できてしまうせいで振り切ることもできない、そんな学生の心情が丁寧に書かれていて、多少なり身に覚えのある身としては、むず痒いような気持ちになりながら読み進めてしまいました。
現実を見捨てて死という幻想に逃げていた人が強烈な現実を目にして幻想を打ち砕かれる、という構造がとても好きです。
また、日々の「ジンシンジコ」から死の臭いが消えて蔑ろにされる気味悪さも、書いてほしいところをちゃんと書いてくれた、という印象でした。
>>296 >>308 ヨモツカミさん
このお題でハイファンタジーで来るか! と驚いたのですが、首の皮一枚隣にある死の臨場感はファンタジーならではで、思わず膝を打ちました。(特に短編においては)現代の舞台で首にナイフを突き立てても、どうしても劇の一場面のような陳腐さが漂ってしまうものですから。
また、悪魔と対比することで死を相対化して書きつつ、語り手よりむしろ悪魔のほうが人情のありそうなところが皮肉がきいてて好きです。
一体語り手の過去に何があったのか気になってしまうのですが、詳しく描かれていないからこそ色々と想像が掻き立てられていいですね。
また、私の作品への感想ありがとうございました!
方言は地元の九州のものです。田舎臭くて自分では避けがちな程度まで訛らせて書いたのですが、それでも可愛いと言っていただけて、嬉しくもなんだか気恥ずかしくなりました。
是非また参加してみたいです。
>>303 友桃さん
今回、お題そのものが言葉として大きな意味を持っていた(大きなテーマを匂わせるものだった)のに、それを全て捨て去るような使い方に感動しました。
お題の意味が強いからこそ、それが意味を持たないということに大きな意味が出てくるとは!
文章自体は言葉遣いがとても可愛くて、ほっこりした気持ちで読めました。「まるみ」や「てのひら」等がひらがなで書かれているのが、作品の雰囲気を固めていてとても好きです。
一方で読者だけはメッセージの意味を知っているので、語り手と一緒に送り手に想像を膨らませながら、なんだか不穏な雰囲気を拭えません。明るい文章との対比がいいなと思いました。
海の向こうから届いたメッセージというロマンをまっすぐに明るく書きながら、それだけではない小説で、たいへん楽しく読めました。
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.310 )
- 日時: 2018/12/10 18:42
- 名前: 友桃◆NsLg9LxcnY (ID: 0c6xBdTY)
>>309 雷燕さん
こんにちは。友桃と申します。
作品読ませていただきました^^
現実世界の中に神秘的な、でもどこか人間じみた、人間に寄り添ったような存在が描かれていて、とても素敵な世界観のお話でした。
現実と非現実が一緒に存在してる感じ、とても好きです( *´艸`)
少女がおキツネさまと一緒にすごす前半部分は、あたたかくてやさしい雰囲気だったのが、少女と離れてしまってから後、徐々に徐々におキツネさまの切なさが増していく描写や物語の流れにとても引き込まれました。
バス停でひとりたたずむおキツネさまを想像して切なくなって、帰ってきた泣きぼくろの女性がもうおキツネさまの隣には来てくれないところでさらに切なさが増して、最後倒れてしまった石積みを直してくれるのを待つおキツネさまを想像して(しかも直してくれるのは泣きぼくろの少女ではないっていう…!)ちょっと泣きそうになりました。
こんなに自然と切なさが増していく作品なかなか読めないです。
それと、ところどころとても好きな描写があって、
少女が持ってきたメロンパンをおキツネさまが食べるところとか、
「狐はずっとバス停にいた。」で人間にとってはものすごく長い時間の流れを表すところとか、
とても好きです。
すてきな作品を読ませてくれてありがとうございました^^
それから、感想ありがとうございました^^
丁寧に書いてくださってとても嬉しいです。
それと、書きたかったことが伝わってて良かった…!とほっとしました。
最初お題を見たときに、「夕日の差し込む病室でひとりベッドに横たわる少女」と「クラスでいじめにあっていて毎日死にたいと思っている女の子」がぱっと浮かんで、なんか暗い、不幸なイメージの浮かぶお題だなぁと思って、逆にどうにか言葉の持つ意味自体ゆらせないだろうかと考えた末にあんな感じになりました笑
人に読んでもらえるとまた書きたくなってきますね^^ 本当にありがとうございました!
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.311 )
- 日時: 2018/12/11 21:44
- 名前: ヨモツカミ (ID: KQ1ds4e2)
>>雷燕さん
わあ、感想ありがとうございます(*^^*)
むしろ命が関わる話ならファンタジーのほうがいいかなと思ったんですよね。ファンタジーの方が、常に死と隣り合わせな感じがするので。
悪魔のほうが人間らしかったのは、「私」と悪魔がともにいる時間の長さとか、悪魔は「私」の真似をして人間らしい振る舞い方を身につけてしまい、「私」は悪魔の思考と似通ってきてしまった、というのを表したかったんです。
ただの契約のはずが、心で繋がるかけがえの無い関係になりつつあって、「私」は人間に戻れないから、いつか誰かに殺されて終わるんだろなあって思って書いてました。
Re: 第11回 狂い咲きに添へて、【小説練習】 ( No.312 )
- 日時: 2018/12/25 21:23
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: ortkPxRA)
■第11回 狂い咲きに添へて、
凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。
*
開催期間:平成30年12月25日~平成31年1月15日
*
皆様いかがお過ごしでしょうか。前回はご新規さんもたくさんいらっしゃっていただけたりして、作者としては感謝の気持ちでいっぱいです。
さて、なんやかんや1年も終わり、添えても1歳になりました。嘘です9月に1年だったみたいです。
まあなんと言いますか、これからも運営一同添へて、を支えていければと思うので、残り僅かな今年と年が変わってからもご愛顧いただければと思います。
運営一同
Re: 第11回 狂い咲きに添へて、【小説練習】 ( No.313 )
- 日時: 2018/12/27 15:51
- 名前: 鈴原螢 (ID: pgEXZ4OQ)
凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。しかし、酷く恐ろしいほどに美しいそれは、明日になれば雪解け水だけしか残らない。美しさを、永遠に保つことは出来ない。
20代の花盛りも、第二次性微期を迎える前の少年の息を飲むような美しさも、咲き誇る木花も、いつかその美しさは気づいたらなくなっていたり、儚く散ったり、いきなり失ったりするのだ。
呪いのようでもあり、魔法が解けていくようにも見えるこの現象は必ずやってくる。誰にも抗えない。
そう、つい最近まで思っていた。
だが例外が居たのだ、この世に。それも私のすぐ側に。
それは私の幼馴染みであり、親友だった。彼女は魔法で永遠の美しさを手に入れたらしく、かれこれ70年間、高校生の頃と全く同じ姿だ。ハリのあるきめ細やかな肌、瑞々しい唇、ぱっちり大きな瞳。幼馴染みの贔屓目を抜きにしても、彼女は若々しく美しい。目の前の美少女が70歳だなんて、誰も気づきはしないだろう。
だが彼女はある日突然、私に魔法を解いて欲しいと言った。でも私は魔法の解き方なんて知らないし、正直魔法も信じていなかった。どうやってその美しさを保っているのか何度訪ねても、魔法だよ、としか彼女が言わないので、私は懲りて黙っていただけだ。魔法を信じたわけでも納得したわけでもない。何より、彼女の美しさがもう見れなくなるのは悲しい。だからその選択にあまり賛成したいとは思えなかった。
しかし彼女の想いは予想以上に強く、深かった。静かに重く鎮座する岩のように、揺るぎない意思だった。
私は仕方なく折れ、魔法を解く方法を教わった。それは、カメラで撮ることらしい。私は少し古いカメラを彼女から渡された。
「これで撮るの?」
「うん」
魔法を解くのがカメラで撮ることなんて、ちょっと訳がわからないが、彼女はこのために撮影場所を借り、真っ赤なワンピースを着て、お化粧をして、目一杯洒落こんでいた。レトロな椅子に座った彼女の前に、私は渋々カメラを持って構えた。
「ねえ、本当にいいの?」
これが正しい選択とはどうしても思えない。私は最終確認という意味と、彼女がやっぱり止めると答えることを願って、訪ねた。彼女は困ったように微笑んで、しばらくした後、小さく頷いた。
「……じゃあ、撮るよー」
「待って!」
彼女の大きな瞳が揺れる。
「なに?やっぱり止める?」
「違うの、そうじゃなくて……」
少し恥ずかしそうに頬を朱に染めながら、彼女は言った。
「美しく、撮ってね」
私はその時、奈落の淵に追い込まれたような、燃え盛る炎の中に落とされたような、深い失望を感じた。そうだ、私はあの頃から変わらずに、彼女の美しさに見惚れ、憧れ、憎んでいた。
「わかってるよ……」
やっぱり美しさを永遠に保つことは出来ないんだ。そう思いながら私はシャッターを押した。
小さな蕾がぽっ、と咲くみたいに、私は心の何処かでやった!と思った。
◇
添えて、一周年おめでとうございます。私としてはあっという間な、気づいたらもうこんなに時が経っていたのかと思うような一年でした。皆さん、よいお年を。
Re: 第11回 狂い咲きに添へて、【小説練習】 ( No.314 )
- 日時: 2018/12/27 19:39
- 名前: 月白鳥◆/Y5KFzQjcs (ID: TDiaqNV.)
凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。名残雪である。この雪は溶けた水とそれが再び凍った氷を交えてとても硬い。その硬さでかつては城塞すら築いたものであるが、そんな涅槃雪は今や、天からの増員が途絶えた途端全て溶けて水となり、アスファルトを黒く湿らせている。技術の進歩、或いは人類の繁栄と共に地面を侵食していったこの黒き殻、これが溜め込む熱とはかくも強力であり、彼女らは現状に於いて綿羽より尚儚い。
瞬く間に息絶えてゆく同朋を見下ろして、庇の下に溶け残った彼女は溜息を一つ。灰色のコンクリートは熱をよく逃して常に冷たく、熱に弱い彼女らの格好の逃げ場である。
「最近の太陽は怒りんぼね」
童女の声が暗やみの静けさにそっと転がった。今此処に齢七つの童か、見鬼の才を持つ者がいれば、溶け残って氷になりかかった雪の上で、膝を抱えて頰を膨らませている小人の姿でも捉えただろうか。
陽を返して煌めく粉雪にも似た白い髪、溶け残りの氷めいた銀の瞳。宝石を散りばめた装束もまた白く、しかして肌は椿を透かしたように仄かな赤みを帯びている。彼女は雪の精であった。生きていれば同じような、けれどもそれぞれ見目の異なる童女が無数に飛び回っていただろう。けれども今はもう彼女一人しか残ってはいない。
その静けさを見回して、童女はぷくりと頰を膨らませる。
「あぅうーもう居なくなっちゃったよぅ……太陽ってば、人間とちょっと喧嘩したからって星に八つ当たりなんて。ダサいぞー!」
小さな妖精の言葉は、誰にも捉えられずにただ転がって消えていった。
人間は傲慢である。地に満ちるだけに飽き足らず、今度は天にすら満ちようとしている。その為には如何なる犠牲も厭わぬし、それの為に滅びた生物は数知れぬと、いつだったか姉妹が伝え聞いてきてくれた。
だが、彼女はそんな獰猛さが嫌いだとは思えなかった。雪の精はどれほど太陽に焦がれようがその身許には行けないし、今下々を照らす月にすら手が届かない。広い海に憧れても触れれば溶けてしまうし、仲良くなった人間を抱き締めることも叶わない。それどころか、どれほど春や夏の輝かしさを身に纏いたくとも、彼女達は永遠に燦々たる陽気を歩くことなど出来ないのだ。
無い無い尽くしの雪の精にとって、伸びやかに夢を果たしていく様を見るのは面白かった。冷たいはずの雪で家を作り、その中に火を持ち込んで宴席を始めた時には、老翁の知恵と知識に本気で感動した。粉雪のような無限の星に憧れて、そのまま空に飛んでいってしまった青年を見た。毎年貝や魚をくれたあの妙齢の女は、あの広い海に単身挑んでいたと言う。
そんな人間達は。彼女達と一等深く交友してきたあの者達は、今きっと。
あの満天の星空の最中を、泳いでいる最中だろう。
「嗚呼、あぁ。もう夜が明けちゃう。人間たち、ちゃんと着いたかな?」
怒れる太陽によって居住可能な環境が減らされ、膨れ上がった人口を支えきれなくなったこの惑星から、まだ見ぬ豊かさを求めて人間が旅立ってから、かれこれ五十年ほど経っただろうか。太陽はこの地に忌むべき人間など一人もいないとも知らず、天罰を下さんと懸命に燃え盛っている。その権勢たるや凄まじく、南の方はとうの昔に何もかも燃え尽きて砂の山、他もどんどん夏の熱気に侵食され、季節の変動が残っているのは北の最果ての地ただ一つ。此処が常春の地となり、常夏の暑さを得て、ミジンコの一匹も残らぬ枯れ野原に変わるのも時間の問題であろう。
こうなる前、人間は気を利かせて、交友の深かった数人の姉妹を一緒に連れて行ってくれた。己も付いて行きたくはあったが、残された姉妹があまりにもさめざめと泣くので、慰める為に残ったのだ。
けれど、その相手もいない。
「ぁあ、朝が来ちゃった……」
泣き声はやはり、誰にも届かない。はらはらと銀の瞳を揺らして溢れる氷の涙も、地平線から昇る激烈な輝きが触れるたびに、容赦なく溶けて雪の精の肌を灼く。
死神の来臨である。その帯びた熱気の凄まじさは、今年の冬がこれで最後らしいことを、否が応にも全身に知らしめた。
もう嘆く暇もない。童女の身体が足先から色彩を失い、コンクリートを湿す水へと変わっていく。姉妹達の亡骸に、己もまた混じっていく。
そうして遂に脚が溶け、腕がもげ落ちて、頭の重さに耐えきれず胴がくずおれ――いよいよ首だけになった妖精は、それでも虚仮の一念を通して呟いた。
「また逢いたかったなぁ……」
嘲笑うように照りつける熱線が、淡雪の如き言葉も溶かして空を走る。
『涅槃の雪』
Re: 第11回 狂い咲きに添へて、【小説練習】 ( No.316 )
- 日時: 2019/01/16 20:24
- 名前: ヨモツカミ (ID: hLIqNeNs)
以上を持ちまして第11回目 狂い咲きに添へて、を終了させていただきます。
平成31年1月16日20時21分。
今回のお題難しかったなと思いつつ、二人書いてくださった方いらしてよかったです!
美の魔法のお話と雪の精の話、2つともファンタジーみのある内容で、私は好きです。鈴原さん、月白鳥さん、投稿ありがとうございました!
次回の皆様の参加もお待ちしております。
Re: 第12回 玉響と添へて、【小説練習】 ( No.317 )
- 日時: 2019/02/18 20:16
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: YX7bHUiE)
開催のお知らせ
■第12回 玉響を添へて、
――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
期間:平成31年2月18日~平成31年3月10日
*
こんばんは、久方ぶりの浅葱です。
この投稿をもちまして、第12回添へて、を開始させていただきます。
皆様の作品、楽しみにお待ちしております。
*
運営一同
Re: 第12回 玉響と添へて、【小説練習】 ( No.318 )
- 日時: 2019/03/01 21:22
- 名前: ヨモツカミ (ID: piHKiu/E)
――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
声に問われれば、少女はしばし考え込んでしまう。
淡雪のような肌、肩の下で揺れる亜麻色。一際長い睫毛に縁取られた翡翠の目。よく通る鼻筋に、桜色の花唇。鏡に映したみたいに同じ背格好の美しき少女達は、凪いだ夜の水面のように見つめ合っていた。
向かい合う彼女の白藍のドレスと、少女の細い体を包む珊瑚色のドレス。その色違いがなければ、まるで彼女らは本当の鏡のように見えていただろう。
白藍色を身を包んだ彼女は、双子の姉である少女を鏡のように見立てて、再び同じ問いを投げかける。これは彼女にとっての日課であり、一つの呪いのようなものだった。
鏡に見立てられた姉は、妹のこの行為を嫌ってはいたが、毎日のように繰り返されるそれを避ける術もなく、毎回同じ答えを返すしかないのだ。
「……それは、あなた様でございます」
そう伝えると、妹は酷く満足げに頬を吊り上げて、白藍のドレスの裾をつまみあげながら嬉しそうに去ってゆく。今日もワタクシは美しいのだわ。ワタクシは世界一美しいのよ! と、歌うように、呪いを撒き散らす。
「ああ、嗚呼……」
姉である少女は、自分の身を包んでいた珊瑚色のドレスの裾を掴むと、乱暴に引っ張った。そうすると、鈍い音を立てて、見事なドレスは見るも無残に引き千切れてしまう。構わない。少女は堪らずドレスを無茶苦茶に引っ張って、ビリビリとドレスを引き裂いていく。しばらくすれば、朽ちかけの花のように、無残なドレス姿の少女が部屋の中央に佇む姿があるだけ。
妹と同じ容姿。人形や彫刻のように整ったその姿。彼女にとっては、その作り物の如く完成された姿が、醜悪に感じられて仕方なかったのだ。
気持ち悪い。こんな姿は気持ちが悪い!
そう思うのに、妹は彼女らの完成された容姿に酔いしれており、毎日のように鏡のようにそっくりな姉と鏡ごっこをし、容姿を認められては悦に浸る。ワタクシは世界一美しいの。ワタクシたちは完璧なのよ、と。
姉は自身を醜悪だという。妹は自身を秀麗だと信じて疑わない。
こんなに作り物じみた自分たちは、本当に作り物なのではないか、と姉は常々思ってしまう。
小さなお城に閉じ込められた、小さな小さな、双子のお人形は。真実に気づけないまま、今日も小さな世界の中、互いにすれ違いながらも今日を終えるのだった。
***
ドールハウス
双子のお人形は、美醜の間で揺れる。
今回は案外短く書けました。
Re: 第12回 玉響と添へて、【小説練習】 ( No.319 )
- 日時: 2019/03/09 10:28
- 名前: 雛風◆iHzSirMTQE (ID: 3N5vkNXs)
お久しぶりです。拙い感想で……感想にすらなってないかもしれないんですけど(;´∀`)
ヨモツカミさん >>318
ああ、良い……。語彙力が溶けてしまって何だかうまく言えないのですが雰囲気がとても好きです!
瓜二つなのにそれぞれ自身の容姿について見解が違うの素敵ですね。妹に向かってあなた様って言うのもどこか皮肉を込めているのかな、とか思ったり。
短い中でも表現がとても綺麗でしたっ。妹が姉をどう思っているのかも気になるところですね……。
Re: 第12回 玉響と添へて、【小説練習】 ( No.320 )
- 日時: 2019/03/14 00:25
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6bCqF5BQ)
>>雛風さん
わあ、感想もらえると思ってなかったのでとても嬉しい。ありがとうございます!
多分妹は姉も自分と同じように自分の容姿の美しさを誇りに思ってるんだと思ってます。そういうすれ違いがこの姉妹を歪んだ関係にさせているっていうのを書きたくて、なんか、雰囲気の綺麗さとか、ちょっと歪な感じが伝わったなら幸いです!
Re: 第12回 玉響と添へて、【小説練習】 ( No.321 )
- 日時: 2019/03/26 12:13
- 名前: 瑚雲◆6leuycUnLw (ID: iIQpZbaE)
――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
「それは姫。当然ながら、あなた様がお持ちのものでございます」
──まあ、嬉しい。
「あなた様の美しい琥珀の髪」
──そうね。
「そしてあなた様の御心のごとく深い海にも似た蒼の瞳」
──あら、そう。
「そしてあなた様の御手、おみ足はまるで正しき絹のようで……」
──まって、鏡。それではどれが一番だかわからないわ。
「いえ。もうおわかりでしょう、姫」
かつて荒野の歌姫と呼ばれ、人々に愛された女は、なにも答えることができなかった。
戦火が掻き消えてから一年という月日が経過している。にも拘わらず、まだ瓦礫や潰れた草木、鉛色の空が街にのしかかっていた。そんなある街のなかで連なる廃屋の一室にエルシアはいた。数週間まえからずっと、この壊れた大鏡のまえからほとんど動いていないのだった。
人がいる場所で、歌が歌えた頃はよかった。
みな歌なんて知らないものだから、自分がひとたび風に音を乗せれば、人々は大層喜んだ。勝手にご飯を賄ってくれたし、寝床もくれた。身寄りのない自分を手厚く歓迎してくれた。男の子に求婚されたりもしたものだ。
歌さえあれば。
病にさえかからなければ。
いまもこの喉で、今日を楽しく生きることができていたのに。
――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
エルシアは藁半紙を束ねたものに、ふたたびそう書き綴って、鏡のまえに翳した。はじめは戸惑いこそしたが、いまとなってはこのしゃべる大鏡以外に彼女の話し相手はいないのだ。
「それはあなた様の声です」
──なによ。ひどいわ、みんなして。歌、歌って。
──みんなわたしの歌声しか好きじゃなかったんだわ。
「そうかもしれません。けれども、それはあなた様もおなじだったのでは?」
──そうね。
彼女はすこし考えてから、枝のように細い指で筆を動かした。
──わたしもみんなに甘えてた。歌さえ歌えばみんな喜んでいろいろしてくれるって思いこんだわ。
──でもしかたがないじゃない。わたしだって生きるのに必死だった。必死だったのよ!
「はい」
──でももういいの。声がないなら生きていけない。わたしは声がなくちゃだめなの。生きていくにはこれしかなかったのに。
「そんなことはありませんよ、姫」
返答の意味がわからなかったエルシアは、筆の動きをはたと止めた。
「あなた様にはその美しい髪があります。美しい瞳があります。美しい手足があります。声がなくても、あなたには、ほかにもたくさんいいところがあるのです」
エルシアは鏡を見つめた。琥珀の髪は泥と油にまみれ、深い蒼の瞳の下には隈が滲み、白い手足は火傷と痣だらけのはずなのに、
鏡は続けた。
「その声が大好きでした。みんな大好きでした」
「だけど僕は、あなたのことはもっともっと好きです」
「だから泣かないで」
膝元に置いた藁半紙に、ぽたり、ぽたりと、涙が落ちていた。
「……………………ぁ、ぅ」
弱々しく筆を握ったエルシアは、水びたしでよれた紙に筆先を立てた。
──うたいたいわ
──わたし、もっとうたいたい
──こえをだしたい
声にならない汚い音が、細い喉の奥からこぼれ落ちる。
鏡のうしろから、みずぼらしい姿の少年が顔を出して言った。
「うん。きっとまた聴かせてね、エルシア。どんなお話だって、歌だって、ききたい」
*Fin.
Re: 幕切りを添へて、 ( No.323 )
- 日時: 2019/03/27 21:53
- 名前: ねぎツカミ (ID: qWmidgfQ)
■幕切りを添へて、
こんにちは、ねぎツカミです。
参照17000超の読者様、参加してくださった書き手の皆様。これまで『添へて、』のご愛顧ありがとうございました。
『添へて、』として計12回も皆様の作品と触れることができた事実が、運営として嬉しいです。ちょっとした箸休めや、息抜きの場として活用していただけたのであれば、当スレッドとしてはありがたい限りです。
『添へて、』を一度終了させる理由について、少しお話ししておこうと思います。
こうしたスレッドは参加者の皆様に支えられなくては維持できるものではないな、と思います。また同時に、スレッドを支える運営が率先したかじ取りを実践する必要もあるのだと感じます。
最近は理想のスレッド運営と、実際に行えないことの折り合いがつかないことも多かったり、そもそも運営としての仕事も十分に行えていない状況がありました。
そのため、一度リセットをするという意味合いも含め、閉じようと考えました。
これまでご愛顧いただいた皆様、また今後参加してみたいと考えていた皆様に関しましては申し訳なさ同様、最大の感謝を感じております。
またいつか、ゲリラ的に開始することがあるかもしれません。
その時はどうぞよろしくお願いいたします。
添へて、運営
浅葱 游、ヨモツカミ
Re: 幕切りを添へて、 ( No.324 )
- 日時: 2019/07/10 20:18
- 名前: ねぎツカミ (ID: xX1EANwE)
*瓶覗きを添へて、
こんばんは。本年3月27日に一度終了しました当スレッドですが、「夏だから」という理由で、少しばかり復活させていただきます。
この投稿をもちまして、第13回瓶覗きを添へて、を始めさせていただきます。
投稿期間:2019/7/10~2019/8/31
■赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
お暇のある際、ご参加ください。
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.326 )
- 日時: 2019/07/20 10:39
- 名前: 友桃◆NsLg9LxcnY (ID: g21OLTlM)
赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。奥ふかくで息をひそめる彼女は、自分自身も気づかないうちに、徐々(じょじょ)に、徐々に膨張していく。
青い彼女は、赤い彼女を覆(おお)って、水槽いっぱいに満たされている。ぷかぷかと不安定な赤い彼女を、なだめるように優しく包み込む。爆発するのを抑えるのは、彼女のやくめ。
赤い彼女が膨張すると、
青い彼女は水槽から溢れ出る。
でもちょっとずつだから、自分自身も気がつかない。
しかも赤い彼女は不安定。ある日突然、水槽を突き破るかも。
一度壊れた水槽は、そう簡単には戻らない。
赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
奥、ふかくで、息をひそめて。
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.327 )
- 日時: 2019/07/20 10:52
- 名前: 友桃◆NsLg9LxcnY (ID: g21OLTlM)
気分転換にちょうど良くてまた参加させていただきましたー^^
最初お題見たときは、円柱状の水槽に閉じ込められている女性(しかも血まみれ)が思い浮かんで、グロテスクなお題だなぁと思ってどう書くか悩みました笑
しばらく考えてやっと、あ、これお祭りによくいるやつか、と気が付きましたが笑(私が書いたやつはその子をイメージしたわけではないです)
また意味わかんないものを書いちゃいましたが、楽しかったですー^^
企画ありがとうございます。
>追記
ごめんなさい!
規定確認したつもりだったのに、投稿した後にもう1回見たら「500文字以上」って書いてあった……!泣
今289字しかないので、ちょっと修正できそうだったら修正します(でもこれ倍に増やすのきつそう笑)。
時間作れなそうだったら取り下げます。
投稿したssより、あとがきのほうが長い;
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.328 )
- 日時: 2019/07/21 00:08
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: EnckTCdU)
赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
あるとき赤い彼女は、ぼやけた世界を見つけた。ガラス瓶の底を覗いたときのような、歪な世界だった。水がとめどなくあふれ出ては、どこかに零れ落ちていく。この場所を通るときは、光や形がはっきりと見えるのが、当たり前であったのに、今日はなぜか違っていた。
次の瞬間、彼女は青かった。狭い水槽の汚れを受け取るタイミングで、青くなってしまったのだ。青い彼女は、赤い色に戻らなきゃいけないと、必死に水槽の上にあるポンプを目指した。
でもその前に、銀色の管が青い彼女の一部を抜き取っていった。狭い水槽に閉じ込められていた彼女が、外の世界に出られる、いつ起こるか分からない貴重な機会だった。青い彼女は、一生懸命に水槽の外を目指す。なのにいつの間にか、彼女の身体が邪魔をして、出入口は塞がってしまった。
青い彼女は、ポンプのフィルターで綺麗になりながら考える。
赤い私が、ぼやけた世界を見つけたら、青い私は外に出られるのではないか。
この狭い水槽で、ぐるりぐるりと同じ場所へ行き、汚れを受け取っては、ポンプのフィルターを目指すこの定めに、終わりがないことに気がついてしまったのだ。
赤い彼女は、力強い拍動でまた狭い水槽へ送り出された。
「はい、採血終わりました。けんたくん、チクッとして痛かったよねー。でも我慢できて偉かったよー! 痛いの痛いの飛んで行けー!」
診察室。涙目の男の子は、ご褒美の棒付きキャンディを右手に、左腕には小さな絆創膏を貼って、母親とその場所をあとにした。
*
お久しぶりです。夏の復活なのに夏らしくない話で登場しました。グロ描写に該当するのかは知りません。多分大丈夫だとは思いますが、もし不快になった方はごめんなさいということで。
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.329 )
- 日時: 2019/07/22 13:37
- 名前: メデューサ◆VT.GcMv.N6 (ID: vwAUAsug)
赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。俺はそんな彼女に大海原を見せてやりたくなった。
なんて格好つけてみても、まあ単に茹だった頭による思いつきなんだが。
それにしても……。
「あっづ……」
ついさっき開けられたばかりの、真っ昼間の風呂場は蒸し暑い。
話は数時間前にさかのぼる。遥々神奈川から大阪の実家へと帰ってきたばかりの俺に姉ちゃんはこう言った。
「あれ、あんた帰ってくるん今日やったっけ? まあええわ、あたし図書館で涼んでくるから留守番しとって。今日宅配便来んねん」
現時刻、午前11時。今日の最高気温、38度。
「とりあえず、家上がらして」
駅から家まで炎天下の中10分も歩いた俺にはそう絞り出すのがやっとだった。
ともかく、勝手知ったる我が家に帰ってきた。荷物を自室に置いて、さあエアコンをつけてテレビでも、と机の上のリモコンの群れに目をやるとその中の1つに何やら張り紙がしてある。そこには『故障中』の文字。
問題は、それが何のリモコンかということだ。まさか、そう思って張り紙をめくれば「冷房・除湿」と書かれたボタンが何の慈悲もなく姿を現した。
我が家のクーラーは俺が生まれた頃にまとめて買ったものだ。嫌な予感がして自室、両親の部屋、姉ちゃんの部屋全てのリモコンを見にいくも、なんの手心もなく全く同じ張り紙が貼られているだけだった。
諦めて冷凍庫を漁るもアイスの1つもない。恐らく最後の一つだったであろうスーパーカップの容器が流しに漬けられている。仕方なくポカリスエットの粉を氷水に溶かしながら姉ちゃんにLINEを送った。どうりで出て行くところだったにしては家の中が冷えてないと思ったんだ。
『姉ちゃんクーラーいつ直るん?』
『今週の金曜』
言うまでもなく今日は火曜日だ。
『俺神奈川帰ってるやんけ』
『どこも混んでんねんて。壊れたん昨日やし』
いや言えや。そう打とうとしたところにさらにメッセージが来る。
『押入れに扇風機あるからそれ使うたら? あたし今から寝るから起こさんといてや』
それを最後にこの後いくらメッセージを送っても既読は付かなくなった。
テレビをつけても暑さを紛らわせるようなめぼしい番組はやっていない。こうも暑いとわざわざ火を使って昼飯を作る気にもなれない。もうふて寝しようかとも考えたが下手に寝れば熱中症で搬送される羽目になりそうだ。セミの鳴き声ってのはどうしてこうも易々と家の防音設計を突破するんだろうか?
しばらくうだうだと携帯を弄っていたが端末が熱を持ってきたので机の上に放り出した。
暑い。
ああ、暑い。
姉ちゃんの言う通りにするのは癪だが、俺は階段下の押入れに扇風機を探しに行くことにした。
我が家の押入れ。買ってきては要らなくなったものを次々と放り込んでるため、大量の物で溢れかえっている。……いや本当になんで溢れてこないのか不思議だ。収納術とは何かの神秘なのか。
そんななんの風も吹かない、閉め切られてじめじめとした空間に夏の気温が合わさって殺人的な進化を遂げた魔窟を漁っていると色々なものを見つけた。昔使っていたカキ氷機とか、無くしたと思っていた子ども雑誌の付録とか、高校の頃の水着とかをだ。
そしてようやく、壁が見えるところまできてようやく! お目当ての扇風機を見つけた。羽根にもダイヤルにも埃が積もっていて本当に動くのかいささか心配だが、見つかったものは見つかったのでとっとと引き上げる。もう1秒だってこんなじっとりとした場所には居たくなかった。
後片付けのことは涼んでから考えよう、自慢じゃないが収納には自信がないんだ。
汚れないように玄関先で扇風機にハタキ(これも押入れの中で見つけた)をかけていると埃で見えなかった文字が見えてきた。
「早川電機……どこやろ。まだあるんかな」
ともかくこっちは涼めればいいんだ。そこは早川電機さんの技術力に期待しよう。
あらかた埃を落とし終えて恐る恐るコンセントに繋ぎ、ダイヤルを一気に強に回す。
結論から言えば扇風機は回った。回りはした。だが悲しいかな明らかに平成製ではなく昭和製であろう早川電機の扇風機には暑さを吹き飛ばせるだけの風力は残っていなかった。パキパキと首を振って部屋のぬるい空気をかき回す姿は虚しい、いやいっそ健気だ。宇宙人ごっこをするための風力すらないなんてもはや扇風機として死んでいるも同然ではないか。
そんなふうに絶望に打ちひしがれていると家のチャイムが鳴った。
「辻さーん、郵便でーす!」
「……今行きまーす」
氷の溶けたポカリを一息に飲んで俺は玄関へと向かった。
荷物は姉ちゃんの化粧品だった。化粧水でも首や脇に付ければ少しは涼しくなるだろうか、いや、やめておこう。バレたら何をされるか分かったものじゃない。伝票にハンコを貰うと配達員さんは片手サイズの、しかし早川電機のよりパワフルな扇風機を顔に当てながらトラックで走り去っていった。汗だくな上に埃で泥々になっている俺を見て配達員さんはちょっと引いていた。
こうして宅配便を受け取ったんだからこれで晴れて自由の身かというとそうでもない。時刻は午後1時、外は恐らく最高気温だ。今の状態でそんな日差しの中を歩けば間違いなく搬送される。なにより俺がこんなベッタベタの状態で出歩きたくない。
海に行きたい。彼女と海に行きたい。一緒に海に行ってくれる彼女が欲しい。プールでもいい。なんかもうサッパリしたい。
そこまで考えて閃いた。
「……そうや水風呂。水風呂したらええやん!」
よく閃いたものだ。これは間違いなく近年稀に見る天啓だ。そうと決まれば早速湯船に水を溜めようと、意気揚々と風呂場の扉を開けた。
そして、冒頭に至る。文字通りの蒸風呂状態ではあるが、注がれる水のひんやりとした空気が着々と蒸し暑さを喰らっていく。もうちょっとして肩が浸かるくらいまでになったら一旦止めよう。その間に少しでもレジャー感を味わおうと押入れに水着を取りに行った。高校の時のやつだけど、たぶんまだ入るだろう。知らんけど。
水着を手に取ってさあ風呂場へ戻ろうとした時、ふと"彼女"のことを思い出した。俺の部屋の棚に飾ってある彼女。あれは中学の頃だったか、夢中で作ったっけ。人間ではないけれど、まあ女性名詞だし彼女カウントでいいだろう。
水槽の中の彼女に大海原を見せるため、俺は彼女を取りに行った。
彼女は変わらず、自室の棚の2段目に鎮座していた。そーっと埃を払って慎重に持ち出す。手汗で滑って落としでもしたら、と思うとそれだけで背筋が凍る。だがそんな涼しさは求めていないのでさっさと風呂場へ戻ることにした。
勝手知ったる我が家の風呂場に脱衣所などという高尚なスペースはない。扉の前にマットを敷いて、膝下くらいまであるでかいのれんを閉めてそこで脱ぐ。水着に着替えて風呂場に戻ると水位は湯船から溢れるぎりぎりになっていた。慌てて水を止めるとゆっくり、慎重に彼女を洗面器に入れる。一応コルクにラップを被せて輪ゴムで縛るなど処置はしたが、浸水が怖いので直接水につけることはできない。それでも、これで少しでも喜んでくれたらいいな、と柄にもなくロマンチックなことを考えて自分も水に浸かる。
「気持ちええか、カーマイン号」
"彼女"とは、ボトルシップのことだ。
中学の時、親友と喧嘩したことがある。あいつの好きな子にその事を言ってしまったのだ。当時の俺からすると二人は明らかに両片思いってやつで、焦れったくてつい口が滑ったみたいなものだった。
結果的にあいつとその女の子は付き合うことになったけど、なんとなく気まずい雰囲気ができて学校が楽しくなくなった。
そんな時だった。親父にボトルシップの作り方を教えてもらったのは。
最初は中々部品が組めなくてもどかしく思ったけれど、それでもピンセットで船が組み上げられていく様が見ていて面白くて。パーツを塗装して自分だけの船を作るまでにのめり込んだ。焦ったり急かしたりせず慎重に、落ち着いて物事を進める楽しさを覚えた。そして俺はあいつにちゃんと謝った。向こうも許してくれて今でもたまに連絡を取ってはつるむ仲だ。
その後は受験で一旦やめてしばらく触っていなかったけれど、また触ってみるのもいいかなと、瓶詰めの中の真っ赤な彼女を見て思う。
「なー聞いてくれやカーマイン号。俺今神奈川の、こっからずっと東の方の大学行ってんねんな。ほんで今日帰ってきてんけどなクーラー壊れてんねん。そんで姉ちゃんに留守番押し付けられてさー。ほんま、神奈川から大阪帰るんも楽ちゃうねんぞ」
当然、返事など来ない。カーマイン号は洗面器と一緒にちゃぷちゃぷ揺れるだけだ。しかし、俺にはそれが気楽だった。
「こらあれやな、お駄賃もらわな。道出たとこのスーパーのたこ焼き買うて来てもらわなな。『八足屋』言うねんけどな、駐車場のとこにプレハブ建ててやってんねんけどめっちゃ美味しいねん。ソースがちゃうねんて。自分とこで作ってんねんて。今日めっちゃ暑いけどやってるんかな」
そんなふうに一方的に喋っていると玄関の方から声がした。姉ちゃんの声だ。
「ただいまー。あーよう寝た」
「おかえりー」
一応扉を少し開けて返事をする。
「荷物受け取ってくれてありがとうな。お土産買うてきたからお風呂上がったら食べて……うわ、なんでこんな散らかってるん! あんた後で片付けときや!」
そう言って姉ちゃんは2階へと上がっていった。キッチンの方から漂ってきた馴染みのあるソースの匂いが確かに鼻をくすぐった。
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.330 )
- 日時: 2019/07/22 19:17
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: uzUb5cXA)
早速のご参加ありがとうございます。
驚きもありますが、また皆様の添へて、を読めること非常に嬉しく思います。
*
>>325 アロンアルファさん
今回のご参加もありがとうございます。
随時修正があるとのことでしたので、修正しきったころを見計らって感想書かせていただこうと思います。
近未来的なSFは、最近読むことがなくなってしまっていたため、非常に楽しみにさせていただいております(ω)
*
>>326-327 友桃さん
ご参加ありがとうございます。
後書きでお気づきになられていたらしく、再度言及させていただくことを控えようかと思いましたが、500文字以上の執筆はお願いさせていただきたいです。
一度物語として完結させたものの肉付けは、非常に難しいことではないかと思います。 ご自身の生活タスクなどを考慮された上で、無理のない範囲での修正をお待ちしております。
修正が難しい場合でありましても、削除する必要はございません。
一つの作品として、その作品が在ったことを残してくださればと思います(ω)
*
>>328 黒崎加奈さん
ご参加ありがとうございます。
当スレッドが記載しますグロテスク表現については、当サイトの規約を参照していただければと思います。ですので運営としては問題ないと判断させていただきます。
静脈と動脈を模したのでしょうか。浅葱個人としてはとても馴染みのある場面を、擬人法を用いて表現しているのはなるほどと思います。毛細血管で老廃物を受け取り、また心臓へと循環していく。駆血帯で縛られたからだに針が刺さっていくのも、血管を水槽と例えていくのも、とても面白いと感じました。浅葱は好きです。
珍しい作品だな、と思いつつも、こうした幅を持って作品が書けるんだなと、久方ぶりに黒崎スゲー奴じゃんとか思いました。相変わらずすごい奴で、ほっとしたような心地です(笑)
*
>>329 メデューサさん
ご参加ありがとうございます。
暑い夏、壊れたクーラー、古い扇風機。逃げ場の少ない実家の中で、『赤い彼女』をどのように出すのか気になっておりましたが、ボトルシップだったのですね。
これから夏が始まっていく中で、自分の思い出と時間を作って過ごしたりするのも良さそうだなと思わせていただける作品でした。ある日の辻家の日常を垣間見えて、とても楽しかったです。
途中、『あいつの好きな子にその事を言ってしまったのだ』という一文がありましたが、『その事』と表記されてしまうと、表記された文より以前に『その事』の内容について記載されているのが、多くの場合です。楽しく読ませていただく中、その点だけ気になりましたので書かせていただきました。
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.331 )
- 日時: 2019/07/27 15:34
- 名前: ヨモツカミ (ID: mkhaBQ3I)
赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。揺蕩う見事な紅の鱗と、その美しい身体のしなる姿は、いつまで見ても飽きはしなかった。
彼女を購入した理由を、私ははっきりと記憶していない。明確なのは、なんだか生活のすべてがどうでもよくなって、酷く泥酔していたことくらいだ。
一人、バーで飲みに飲んで、帰り道すら危うかった私が千鳥足でたどり着いた小さな店先には、色とりどりの魚が水槽を優雅に泳いでいた。一刻も早く家に辿り着きたいはずだったのに、その店の前で足を止めたのはどうしてだったか。鮮やかなアクアリウムに心を奪われかけたというのもあった。綺麗だな。こんな水槽の中に身を投じて、そうして深く沈んで、溺れ死んでしまえれば良いのに。そんな思考に陥ったが、そうするにはあまりにも水槽が小さいな、と思ったことは、鮮明に覚えている。
その後だ。女性の鼻歌のようなものを聞いた気がするのだ。
店内の奥に視線を向ければ、やたらと大きな──それこそ、人一人入るには十分な程の水槽が目についた。鼻歌は、聞いたこともないメロディーを紡いだが、妙に私の心を掴んで離さなくて、誘われるように店の奥へと足を進めた。
そうして出会った彼女は、魚ではなかった。炎のような赤くサラサラと長い髪は水気を含んで湿っており、だけど艷やかに美しく見えて。水槽の中、顔と腕だけを出して鼻歌を歌っていたのは、まるで異世界から抜け出してきたような、現実味のない女性だった。
私が来たことに気がつくと、彼女は歌うのをやめ、長いまつ毛に縁取られた翡翠のように鮮やかな瞳で、私をじっと見ていた。そのまま、金縛りに合うみたいに動けなくなって。
「ねえあなた、わたしを買って下さらない?」
甘い声でそう言われた気がした。実際には言葉なんて発していないのに。
呆然としていると、店の奥から店主らしき男がのろのろとやってきて、私に言ったのだ。
「珍しいでしょう? まさかうちも人魚を売ることになるなんて思いませんでしたけど。お客さん、どうです?」
「人魚……?」
言われてから水槽の中に沈んだ彼女の体を、初めて見た。上半身は白い肌が剥き出しになっていて、長い髪の毛で隠れているものの、堂々と露出した胸部にギョッとしながらも、下半身を見て更に驚くこととなる。
腰から下は不自然に紅の鱗に覆われており、足の代わりにそのまま尾びれが付いている。
半魚の亜人。お伽噺の中でしか聞いたことのない存在が、確かにここに存在していた。
「ご購入頂ければ、この人魚、家までトラックで送りますよ」
「いや、私は、」
「お安くしておきますよ。珍しいには珍しいんですが、なんていうか、うちに置いておくのが怖くって」
買うつもりなんて無かったのに、まあ、貯金とかどうでもいいしなとか、とても綺麗だからとか、まともな思考もできずにそこそこの大金を払って、彼女の水槽を店主と協力してトラックに積み込んだ。
翌日。なんだかおかしな夢を見たなと思って寝台から起き上がってリビングルームに向かうと、少し狭そうな水槽の中で、揺蕩う赤い彼女の姿があった。
「知ってますか、お客さん。人魚の肉を食らうと千年生きられるとか」
「人魚の体温って、水温と同じくらいだから、人間が触れると火傷してしまうとか」
「人魚の歌声は、人を惑わせるそうです。飼い方には十分気を付けてくださいね」
店主は最後にそんなことを言っていた気がした。
水槽の中からじっとこちらに向けられた双眸を黙って見つめ返す。本当に買ってしまったんだな、とどこか他人事のように思考して、水槽に掌を翳す。人魚は私の手と合わせるように、自分の水掻きの付いた手を水槽に当てた。硝子一枚を隔てて、私より一回り大きな白い掌は、人間味が無くて、少し不気味に思う。だが、同時にひどく惹き付けられるような不思議な感覚に、私は大きく溜息を吐いた。
「私はお前に触れたいと思う。けれど、私の熱で、人魚は火傷を負ってしまうのだろう?」
人魚は口角を少しだけ上げて、口を開閉させる。だが、水泡が溢れるだけで、何を言っているのかはわからない。私は立ち上がると、水面から人魚を覗き込んで言った。
「聞こえないよ。顔を出して。お前と話がしてみたい」
人魚は私の声に応えて水面から顔を出した。
現実味を感じさせぬほどに整った顔で、小さく微笑む。その姿に確かに私の胸は高鳴っていた。
「人魚の歌は、人を魅了するらしいな。もしかして、昨日のお前の歌で私は既にお前のとりこになっているのかもしれない。触れたいと思うし、なんというか……」
人魚は絶えず微笑を浮かべていた。私はその先の言葉を紡げなかった。この年になって、初めて抱いた感情の、名前を知らなかったわけではない。ただ、初めてのことに動揺を隠しきれなかった。
姿を見ただけ。軽く歌を聞いただけだ。なのにこんなに胸が高鳴るのは、この異常な感情は。
「お前の肉を食えば、千年生きるという。昔の私だったらそれは大変興味深い話だったかもしれないが、今はそうは思わない。私は人生に疲れてしまっている」
そうだ。だから彼女を購入することに躊躇はなかったのだろう。金なんて、いくらもっていても、もう意味を成さないから。
私は彼女を買った明確な理由は覚えていなかったが、たった今、その理由を作ることができた。
仕舞い忘れてリビングに放置されていた酒の瓶を手を伸ばした。まだ半分ほど入っている。蓋を開けて、一気に中身を煽ると、強いアルコールの匂いと深みのある味がごった返して、一瞬吐きそうになる。別に酒は好きではなかった。何もかも忘れるために飲んでいるだけだった。
酒瓶を空にすると、そのへんに転がした。人魚はそんな私の様子をなんの感情も伺えない表情で見つめるだけだった。
「なあ、一緒に死んでくれないか」
人魚の表情が少しだけ動いた気がした。
「海に連れて行ってやる。そこで、抱き合って一緒に死のう」
彼女を抱きしめれば、私の熱で火傷してしまうから。熱で殺して、私は海の泡になって、そうやって二人で消えてしまえたら最高だ、と思ったのだ。
縋るような目で人魚を見つめていると、彼女は大きな瞳を伏せて、一度だけ、確かに頷いて見せた。
数日後、私の家から一番近い海岸で一つの死体が発見された。
***
死んでいたのは、誰だったのか。
人魚って好きです。美しいイメージを持たれがちだけど、人間じゃないからどこか気持ち悪さも併せ持っていて、不気味なような不思議なような、そんななにかですよね。
主人公は、一緒に来てくれる誰かがほしかったんだと思います。それは人間である必要もない。
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.332 )
- 日時: 2019/07/29 13:47
- 名前: 脳内クレイジーガール◆0RbUzIT0To (ID: 3np9EXCU)
赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。はるちゃんは今日も彼女をじいっと見つめて、ただ一言「ごめん」と呟く。それは結衣ではないのに。
「……そんなことしても無意味なのに」
「うるせえ、お前は黙って飯でも作ってろ」
机の上に出来上がった料理を並べていく。はるちゃんは横暴な態度なまま食卓に座って、大きなため息をついたあとにお前も席につけと命令口調で言った。私はいや、と言ったけれど、はるちゃんは勢いよく机を叩いて再度「だから、座れよ」と次は脅すような口調で言った。そういうところが嫌いだ。私を召使みたいに扱うはるちゃんなんか死んじゃえばいいのに。思ってることは口にしない。この場所では私は彼の玩具にすぎないから。
「一緒に食べればいいの?」
「そんなこともわかんねえのかよ」
「さあ、はるちゃんが結衣と紡いでいた時間を私が知ってるはずないじゃん」
お箸を持つ手が少しだけ震えていた。はるちゃんの怒りのゲージが少しずつ上がっていってるのが目に見えてわかる。箸を唐揚げにぐさっと突き刺して口元に運ぶ。行儀が悪いと注意するとはるちゃんは舌打ちをして私を睨んだ。相変わらずガキだなと思いながら、私もポテトサラダを少し食べた。結衣がおいしいと褒めてくれた味付け。
はるちゃんは私のことが大嫌いなくせに、私の料理を旨いとも不味いとも何も言わずに完食した。御馳走様、と吐き出したその言葉に感謝の気持ちなんてみじんも感じられないけれど、その言葉を言えることが唯一、彼を嫌いになれない理由なのだろう。
「お花、水槽に入れたら枯れちゃうよ」
「そんなのわかってんよ、毎日死んでんじゃん」
「死んでいく花を綺麗だと思うの? 死んでく結衣を綺麗だと思うわけ?」
言葉を間違えた、というのは言いながら気づいた。ただ、水中花とか、そういうのに変えて生きた花を殺すのをやめようって言いたかったのに。
「結衣が死んだのはお前のせいなのに」
「そうだね」
「それなのに、お前は俺をずっとずっとずうううううっと苦しめ続けるじゃん」
はるちゃんが泣いたのを見たのはいつぶりだろう。ここで久しぶりに会った日だっけ。
はるちゃんは本棚の本を無造作に私に投げつけた。本の角が皮膚に当たって痣みたいに色が変わっていく。はるちゃんがぼそりと「お前なんか死んじまえ」と言った。泣きながら。お願いだからと懇願するように私の腕にすがりついて「死んでください」と。
「やだよ」
水槽に花を入れてそれを結衣だと思ってる。頭のいかれてしまったはるちゃんを守れるのはもう私しかいないのだ。
何度も言った。お花は水槽に入れるんじゃなくて花瓶にさしなさいって。でもはるちゃんは水槽の中に毎日毎日そのお花を入れ続ける。一輪だけ。毎日赤い彼岸花を一輪だけ水槽の中に入れて、奥まで突っ込んで花を殺す。そして水に浸かった死んだ花にいつも「ごめん」というのだ。
水触れると葉や花はそこから腐っていくのに。毎日毎日「結衣」に見立てた花をはるちゃんは殺めていく。
「なんで、なんで、結衣はお前のせいで死んだのに」
いつまでたっても私に死んでほしくて、結衣のことを忘れられなくて、だからぐちゃぐちゃになったはるちゃんは今日も私のことを殴って蹴って最後に土下座をする。
どうか、死んでくれ、と。
□
親友だった結衣を死んだことにしたのは暑い夏の日のことだった。何日前だったかは思い出せないけれど、まだ最近。だけど、もうだいぶ前のことにも感じられる。蝉が煩くて、日照りが強くて、汗が背中からぶわっと出てエアコンの温度を少し下げたくなるような、そんな日だった。
その日はすごく暑くてなかなか寝付けなくて、だから私は深夜の二時ぐらいにも珍しく起きていた。だからこんな非常識な時間の結衣の電話に気づいたのも奇跡だった。
「もしもし、どうしたの?」
突然の電話に驚きはしたけれど、まあこんな時間に用事もなくかけてくる馬鹿ではないと知っていたから私は欠伸を噛み殺しながら彼女の電話をとった。
「弟を殺したいの」
結衣が一言、泣きながら言ったのを覚えている。昔から暴力的で唯我独尊、自分より立場の弱い人間を嘲笑うように踏みつぶしてきた弟の態度がもう限界だと、結衣は泣きながらずっと電話口で弱弱しい声を発した。窓の外からは生ぬるい風が吹き抜けていて、私は「じゃあ、殺す?」と今日ちょっと暇? みたいな軽いニュアンスで聞いてみた。
「いいの」
少しだけ結衣の声が上ずっている。喜びとか歓喜の感情と人間的な心理でぐちゃぐちゃになった声だった。
結衣は私の全てだったから、私は喜んで引き受けた。結衣がこれ以上苦しんでいるのを見ていられなかったから。
「ねえ、私のお願いをひとつだけ聞いてほしいんだけど」
弟の晴夏は結衣と二人暮らしだった。彼が家を飛び出して姉の家に転がり込んだのはちょうど一年前のことだったらしい。それはどうしようもないクズで、未成年なのに煙草も酒も女も、まあ容姿が良かっただけにすべてに恵まれて、同時にすべてに興味をなくしていた。
姉が帰ってこなくなったと私に連絡が来たのは、結衣が行方をくらませて一週間くらい経ったあとのことだった。彼に会ったのはほんの数回だけだったけれど、彼の少し震えた声での電話に私は予想以上にぞくぞくしてしまった。
結衣は死んだんだよ、と彼に言うと最初は全然信じなくて鼻で笑って「冗談だろ、お前んちにいるんだろ」と。だけど月日が経つうちにどんどん彼の態度が変わっていった。最後にはただ「死にたい」としか言わなくなって、彼からの無言電話が増えていった。
様子を見かねたふりをして彼の家に行くと、ごみでいっぱいになった部屋でひとり、小さくなって座り込んでいた。部屋が異常なほどに高温だったことを覚えている。時計についた温度計は三十五度を超えていた。あせべったりの晴夏は私を見て「ほんとに死んだの?」と泣いた顔でたずねてきた。私が頷くと目の縁にためていた涙をぼろぼろ殺して声をもらした。
そのときに気づいた。部屋の真ん中。小さな水槽の中に一輪の花が閉じ込められている。赤い、ヒガンバナ。
「なにこれ」
「結衣」
視線は花からすぐに彼の方に移った。
「結衣が俺をずっと恨んで殺しに来ると思ってた。だから、彼岸花」
花言葉は、また会う日を楽しみに。
きっと気づいているんだ。会えるって。まだ結衣が生きてるって。
だから私は嘘をついた。
「私が殺したんだよ。結衣が私以外をとったから。結衣が私を選ばずにほかに行っちゃったから。結衣を呼び出してねスタンガンで気絶させようと思ったらあんまり上手くいかなかったからおなか思いっきり蹴ってね、それでも起き上がろうとするから結衣の首をしめたんだ。痕が残るほどくっきり握りしめたらね、結衣が泡吹いちゃって。でも、綺麗に私の手のあとがね、できたんだ。意識とんじゃったから結衣をお風呂に浸けて溺死させてね、それからどうしようって思って」
顔がこわばっていくのがすぐにわかった。想像したのか真っ青になっていく彼の顔に、好感が持てたのは間違いない。
「死んだの?」
「そうだよ」
「お前が殺したの」
「まあね」
汗でびしょびしょになったTシャツ。何日洗濯してないかわからない黒のハーフパンツ。殺意に満ち溢れたその顔に鼓動が高鳴った。結衣が死ぬほど嫌ってるのもきっと彼は知らないのだ。殺したいほど恨まれていることも彼は知らないのだ。お姉ちゃんが好きなただの「弟」だから。
ああ、ずるいな。結衣に殺したいほど大事に恨まれてるくせに。そんな幸せ者のくせに、こんな弱弱しく泣いてるなんて。ああ、このまま殺しちゃうのはもったいない。もっともっと苦しめて結衣のことを思いながら結衣にしてきたことを後悔して懺悔して、この水槽に君を閉じ込めたい。
はるちゃんは今日も私を殴る。私を蹴る。私に死ねと言う。死んでくれと最後には土下座して思考回路がぶっ壊れる。
今まで結衣にしてきたことは変わらないのに。水槽に結衣に見立てた花を入れるのは彼が壊れているから。だから私が守らなければいけない。私がこの水槽にはるちゃんを閉じ込めて溺死させるまで。
結衣はきっと私のことを狂ってるというだろう。ごめんね。私たちは似たもの同士みたいだ。
***
はるちゃんは結衣のことが死ぬほど好きですが、愛情表現がめちゃくちゃ下手くそです。そんな弟を好きになれなくて殺したくなった結衣と、彼女の弟を殺すために結衣を逃がして嘘をついて苦しめ続けるサイコな主人公の狂ったお話です。読んでて疲れるお話です。趣味に走りました。すみません。
カキコでの最後の小説になると思います。素敵なお題をありがとうございました。金魚という説をきいたあとには赤い彼女は金魚にしか思えなかった脳内クレイジーガールでした(; ・`д・´)
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.333 )
- 日時: 2019/08/31 12:39
- 名前: 友桃◆NsLg9LxcnY (ID: 1ZbJaiBQ)
>>浅葱 游さま、ヨモツカミさま
こんにちは。
先日、規定外のものを投稿してしまった友桃です。
不用意に投稿してしまってスレをよごしてしまって本当に申し訳ございませんでしたm(__)m
修正する時間がとれないまま8/31を迎えてしまったので書いたものを削除しに来たのですが、
>>330で「修正が難しい場合でありましても、削除する必要はございません。」と書いてくださっていて(ありがとうございます)、
どうしようかなと思いつつ……お言葉に甘えさせていただこうかなと思います。
次は気を付けます。
素敵な企画に参加させてくださってありがとうございました。
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.334 )
- 日時: 2019/09/08 13:16
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: HPSBEbHE)
>>333→友桃さん
お返事遅くなってしまい申し訳ありません。
スレ汚しだなんて滅相もないです。スレッドを立てた人間ですら開始終了の時刻ルールを守れていないので、投稿の件はお気になさらないでください。むしろ投稿してくださりありがとうございました(ω)
個人的に削除はする必要はないと考えていましたので、次回参加していただける際に、少し気にしていただけたらと思います。
次回開催がいつになるのか等々は、現段階では何も確約できないですが;
こんかいは参加してくださってありがとうございました。
またご都合の良いときに、添へて、が開催しておりましたら、参加されることを楽しみにしております。
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.335 )
- 日時: 2019/09/08 13:18
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: HPSBEbHE)
■第13回 瓶覗きを添へて、
この投稿をもちまして、瓶覗きを添へて、を終了させていただきます。
ご参加誠にありがとうございました。
次回開催については白紙の状態ではありますが、気が向いた時にふらっと開催してみようかとも考えております。
息抜き程度で構いませんので、また添へて、が活動し始めましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
第13回までのご愛顧、誠にありがとうございました。
運営:浅葱、ヨモツカミ
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.339 )
- 日時: 2021/04/24 16:49
- 名前: アンクルデス (ID: /7VJKJSg)
https://krsw.5ch.net/test/read.cgi/gamesm/1596532977/415
ネットの掲示板で小説()を書いている女って皆んなブスで田舎者だし
仕事でミスするとすぐに自殺して
そいつの親が自分の娘の葬式を(遺体の写真付きで)ツイートする人が多いけど、何で?
田舎者って親子揃って皆んなこういう感じなの?
月白鳥の遺体の写真でクソコラ作って
https://twitter.com/zen38376693/with_replies
Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.340 )
- 日時: 2022/05/31 23:39
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: EZJocijw)
*お祭りの準備をしにきました*
Re: ぐれりゅー祭に添へて、【準備中】 ( No.341 )
- 日時: 2022/06/01 00:02
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: avCPMHx2)
■第14回 紅蓮祭を添へて、
白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
*
開催期間:令和4年6月15日~令和4年7月31日
*
皆様いかがお過ごしでしょうか。
有志によるお祭りを今一度やりませんか、ということで一時的に復活させていただきました。運営しておりました、浅葱(アサギ)といいます。
注意事項に関しましては、親記事をご覧ください。
お題の改変のみ禁止しております。
ご不明点は開催前までに記載いただけましたら、その都度対応させていただきます。
皆様どうぞ、お気軽にご参加くださいませ。
運営一同
*
Re: 【開催】第14回 紅蓮祭に添へて、【小説練習】 ( No.342 )
- 日時: 2022/06/18 14:33
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: rj9lIO0o)
*2022/06/18
こんばんは、浅葱といいます。
本日20時より、第14回紅蓮祭を添へて、を開かせていただこうと思います。
久方ぶりに企画を動かすので、簡単に説明をさせていただきます。
*開始の一文
白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
*期間
2022/06/18~2022/07/31
*
・当スレッドは小説練習がメインのSS投稿スレッドとなります。
・開始の一文として記載している文章から、物語を始めてください。改変、自己解釈による文の修正は行わないようお願いいたします。
・内容、ジャンルに関して指定はありません。
・一作品あたり500文字以上3レス以内での執筆をお願いいたします。
*
以上になります。
お暇な際に、どうぞお気軽に参加していただけたらと思います。
浅葱
Re: 【開催】第14回 紅蓮祭に添へて、【小説練習】 ( No.343 )
- 日時: 2022/07/30 20:03
- 名前: 緑川蓮◆vcRbhehpKE (ID: mIZgMizo)
紅蓮の流星です。
栄えある「添へて、」企画に私モチーフの題を冠していただき、恐縮に存じます。
今回は短いですが、一筆取らせて頂きます。
改めて今回の場を整えてくださった浅葱さんに感謝を。
◆
【足取りは濡れ、されど前にしか歩けない】
白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
通り雨が過ぎ去った後のアスファルトに、水溜りが取り残されている。先程までの地面を叩くオーケストラが嘘のように、それらは凪いでいた。代わりにアブラゼミが再びどこからともなく腹弁のエンジンを掛け始める。
空気が湿気を帯びたぶん、心なしか体感温度が上がっている。それも相まって、なおさら鬱陶しいなあと思った。
夏はもっと乾いているべきだ。夏の水分は、掴んだ水筒から喉へ流れ込んでくるスポーツドリンクの様に、海辺で弾ける飛沫の様に、山奥でスイカを冷やす清流の様に、涼やかで清々しくあるべきだ。
ただでさえ墓参りは気が滅入るというのに、今日みたいにしとど雨が降ってしまえば最悪である。蒸し暑さとアブラゼミの鳴き声と、おまけに結露したコップの表面みたいに絶えず湧き出る、自分の汗。無風がなおさら不快感を煽る。苛立ちと共に熱気が籠もっていた。
置いた水桶の上から蛇口を乱暴にひねる。そこでやっと夏らしい水飛沫に出会えた。手先だけでも冷やしたくて指を伸ばす。冷たそうに見えた飛沫は、触れてみれば生温い。午前中の炎天下でたっぷり熱を蓄えていたらしい。不快感が増すだけだった。
ますます重くなる足取りは、水桶のせいか、それともうんざりしているからか。溜め息をつきながら、墓石が並ぶ芝生へ足を踏み入れる。俯きながら歩いていると、細やかな草が滴を纏っているらしい事に気付いた。
右手に柄杓の入った水桶と、左手はコンビニ袋を持っている。足を止めた先には「藤野家」と書かれていた。こうして対面するのも十三度目になる。
柄杓を掴んだ。それから掬い上げた水を、思い切りフルスイングで叩き付けた。
「毎年毎年言ってるけどよォ、俺より先に死んでんじゃねえよッ、くそが!」
夏はもっと乾いているべきだ。けれど実際のところ夏は大概ジメッとしている。
そんなだから、十年も経つのに、未だに俺の傷口はグズグズに膿んだままだ。夭折したお前の事さえも、生々しく忘れられないでいる。
忌々しいったらありゃしない。十三回忌とはよく言ったモンだ。
「お前が居なくなったから……俺は今でも夏が大嫌いだ……」
部活で休憩に入るなり2人でスポーツドリンクを一気飲みした記憶も、照り返す浜辺で笑いながら浅瀬の水を蹴り上げた思い出も、俺のじいちゃんが居る田舎で、一緒に冷えたスイカを川から引き上げた時の事も、全てが心の傷を抉る。
思い出す度に眩い記憶と、それ以上の虚無感が胸中を掻き乱す。
濡れた墓石を雑巾で拭って磨く感覚は、肩を組んだ時に感じたお前の肌よりずっと硬く無機質だ。今になってもこれがお前だとは決して思えない。
俺が水をぶちまけたんだから、お前もやり返してくるハズだろう?
けれど灰色の墓石は、あの気怠げな返事すら返して来ない。
他の人なら、普通はとっくに心の折り合いが付いているんだろうか。
俺は無理だ。こうしてお前の前で手を合わせていたって、お前と向き合っている感じがしないから。未だに藤野と笑い合っていた日々に囚われたままでいる。きっとそれを人は郷愁と呼ぶ。
供えたスポーツドリンクを掴んで、キャップを回した。飲み込んだ味は爽やかな甘さに設えられているハズなのに、胸焼けがするほど甘い気がした。
左手のコンビニ袋も、右手の空になった水桶も、さっきより軽くなっている。儀礼的な祈りを済ませた後に、芝生からアスファルトで舗装された道路に向かって歩く。振り返りはしなかったが、視線は足元を向いていた。
そこできらりと煌めくものがあった。それは単なるアスファルトに取り残された水溜りで、何の変哲もない。けれど何かを思い出しそうな予感がした。
「……ああ、そうか」
合点が行く。確か藤野と歩いた部活の帰り道で、何となしに見ていたんだ。雨上がりの道を見ていたんだ。藤野は、その時「雨、止んだ?」と傘を下ろしながら言っていた気がする。
通り雨が過ぎた後の空は、雲間から淡い青が覗いていた。
今も、同じだ。空には白い雲と黒い雲がまだらのように浮かんでいる。けれど真上からスポーツドリンクのラベルみたいに青い虚空が、強い陽射しを囲んでいた。
まぶしくて視線を下ろす。黒いアスファルトの上に水溜りが横たわっている。白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
「来年また来るよ、藤野」
振り返らず独り言ちた。
藤野はもう居ない。俺はそれを未だに受け入れられていない。
けれど今は生きていく。こうして喪失に心を囚われながら、古傷を抉る様にお前を思い出し、色んな景色を2人の思い出に重ねて行こう。
きっと人はそうやって、死んだ大切な人を未来へ連れて行くものだから。
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