雑談掲示板

【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】
日時: 2018/04/14 22:41
名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: bC2quZIk)

*
 
 執筆前に必ず目を通してください:>>126

*

 第5回:絢爛を添へて、(4月4日~4月30日)
 ■
 「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
 



 □ようこそ、こちら小説練習スレと銘打っています。


 □主旨
 ・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
 ・内容、ジャンルに関して指定はありません。
 ・練習、ですので、普段書かないジャンルに気軽に手を出して頂けると嬉しいです。
 ・投稿するだけ有り、雑談(可能なら作品や、小説の話)も可です。
 ・講評メインではありません、想像力や書き方の練習等、参加者各位の技術を盗み合ってもらいたいです。


 □注意
 ・始まりの一文は、改変・自己解釈等による文の差し替えを行わないでください。
 ・他者を貶める発言や荒らしに関してはスルーお願いします。対応はスレ主が行います。
 ・不定期にお題となる一文が変わります。
 ・一作品あたり500文字以上の執筆はお願いします。上限は3レスまでです。
 ・開始時と終了時には「必ず」告知致します。19時から20時を目安にお待ちください。
 ・当スレッドのお題を他所の企画スレッドで用いることは例外なく許可しておりません。


 □お暇な時に、SSのような形でご参加いただければと思います。


 ■目次
 ▶︎第1回:今日、全てのテレビ番組がある番組を報道していた。
 >>040 第1回参加者まとめ

 ▷第2回:彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
 >>072 第2回参加者まとめ

 ▶︎第3回:「問おう、君の勇気を」
 >>119 第3回参加者まとめ

 ▷第4回目:手紙は何日も前から書き始めていた。
 >>158 第4回参加者まとめ

 ▶︎第5回:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
 >>160 河童さん
 >>161 さっちゃんさん
 >>162 刹那さん
 >>163 羅知さん
 >>164 奈由さん
 >>165 ジャンバルジャンなんじゃん!?さん
 >>166 通俺さん
 >>167 ねるタイプの知育菓子 さん
 >>168 貞子/薬物ちゃんさん
 >>169 ヨモツカミ
 >>171 腐ったげっ歯類さん
 >>172 浅葱 游
 >>173-174 神原朋子さん
 >>175 狐憑きさん 
 

 ▼第n回目:そこにナマコが置いてあった。
 >>156 悪意のナマコ星さん
 >>157 東谷新翠さん

 □何かありましたらご連絡ください。
 →Twitter:@soete_kkkinfo
 

 □(敬称略)
 企画原案:ヨモツカミ、なつぞら
 運営管理:浅葱、ヨモツカミ

*

Page: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 全レス



Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.169 )
日時: 2018/04/12 18:30
名前: ヨモツカミ (ID: E2txNEyU)

「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」

 畳の上に敷かれた布団の中、ゆっくりと問いかける老人の声は今にも消えてしまいそうなほど弱々しく、けれど優しかった。
 傍らでその枯れ枝のような掌を握り締める老婆もまた、優しげに頬を綻ばせる。互いに見つめ合っているのに、もう殆ど見えない二人の双眸には、ぼやけた相手の輪郭が映るだけ。最後くらいはあなたの顔を見たかったのに、なんて言葉は口にしたところで寂しさが募るだけだから、胸にしまいこんだまま。

「教えておくれよ。何が違うんだい?」

 横たわる老人の掠れ声が問う、馬鹿げた質問。教えてくれの言葉の中には、覚えているかい? という疑問が含まれている。当然、老婆がそれを忘れるはずがないのだ。老人と老婆を繋いだ若かりし日の不思議な会話。
 思い出に浸りながら、懐かしむように笑みを浮かべ、彼女は答える。

「空を飛べるか、飛べないかですよ」

 それを聞くと、老人はにやりと歯を見せて笑う。いくつか抜け落ちて、残された細い歯も黄ばんで、その身に刻まれた年月を感じさせる。
 老婆は開いた障子の隙間から覗く空に目をやった。景色はやはりぼやけて見えるが、あの日と変わらない晴天がそこにある。冬の終わりを告げる暖かい日差しに、かつての自分達を見た。





「エビフライはね、空飛ぶエビなんだよ」
「……揚げ物でしょう?」

 もう何年も前の会話だ。互いが学生服に身を包んでいた。
 授業を一緒に抜け出してきて、社会科資料室で暇を持て余していた。鍵のかかってない空き教室がそこくらいしかなかったのだ。そこでなんとなく開いた教科書にあった顔を見ながら、彼がそんなことを言い出した。
 彼は不思議な人だった。時々、何を言っているのかわからない。

「つまりね、フビライハンとエビフライの違いは、空を飛ぶか飛ばないかなんだよ」

 時々というか、いつも何を言っているかわからない。今も得意げに違いを語っているが、なんかこう、もっと他にあるだろう、と彼女は思う。彼にはこういうところがあるため、友達も少なかったし、からかわれることも多かった。いじめられていた事だってあった。本人は、いじめられていることにも気付かなかったが。彼女が変わり者の彼の側にいようとしたのは、人と違う独特な感性に惹かれたから……だったかもしれない。
 今となっては思い出せない。でも、彼女にとってはただ側にいるだけで心地良いと思えた。

「フビライハンとエビフライ……? ああ、語感がちょっと似てるよね。小学生のとき、初めてフビライハンって習ったとき、エビフライみたいな名前だなって思ったよ」

 そう言いながら彼女が教科書を覗きこんだときには、彼はもう教科書なんか見ていなかった。視線の先を追うと、どうやら窓の外を見ていたらしく、暖かい日差しに照らされた校庭と快晴の空が広がっていた。
 彼女は彼の横顔を見た。いつも優しい表情を浮かべている人で、その柔らかい目元を見つめるていると、鼓動が加速する。病的に白い肌と、よく通る鼻筋に、思わず見惚れてしまう。

「空飛ぶエビを見るとね、幸せになれるんだよ」

 フビライハンのことはもう、どうでもいいのか。彼がそんなことを言い出す。幼い子供が思い浮かべそうな突飛な話。それを阿呆らしいとあしらってしまうのは簡単で、とてもナンセンスな選択だ。だから彼女は笑って話を聞く。

「そんな話初めて聞いたよ」
「それじゃあ、空飛ぶエビはいないのかなあ」
「さあ……。もしかしたら、いるかもしれないよ」

 そうして彼の話を信じてみる私もまた、頭がおかしいのかもね。声もなく彼女はつぶやいた。
 彼が彼女の瞳を覗きこむ。彼の色素の薄い虹彩が澄んだ水面のように揺れていた。

「じゃあさ、探しに行こうよ。二人で」
「どこにいるのよ」
「わからない。でも、いないって断定はできないなら、どこかにいるはずだよ。だから、探しに行こ」

 途方もないことを言い出すなあ、と彼女は苦笑を浮かべて訊ねる。

「それ、何年かかるの?」

 彼は少し首を傾げて、たっぷりと間を開けてから静かに口を開く。

「何年だろうねえ。でも、何年かけても見つけたいんだ」

 彼が少し気恥ずかしそうにはにかんで、彼女の耳元に顔を寄せる。吐息がくすぐったくて、頬が火照る感じがしたけれど、彼の囁き声を聞き逃さないように、口を噤む。

「君と一緒にさ」

 しばらくは目を丸くさせていたが、彼女も釣られて笑った。

「探そっか。二人でね。何年かかっても」

 高校を卒業して、何年かかけて、日本中の色んなところを飛び回った。空飛ぶエビを探して。ただの観光をしていたような気もするが、美味しい料理を食べたり、美しい景色をみたり、二人きりの時間を過ごせるなら何でも良かったのかもしれない。
 いつか、彼と「空飛ぶエビ、見つからないねえ」と話しながら入った定食屋で食べたエビフライのことは、よく覚えている。彼が箸で摘んだエビフライをじっと見つめて、不意に喋りだしたのだ。

「君は飛ばないのかい? そうか、そうか。今は飛ぶ気分ではないのか。だが、君の意志など関係ないのだよ。どうする気だって? 聡明な君にはわかるだろう。さあさあ、翼はなくとも羽ばたく気持ちさえあれば、空は掴めるだろう! 勇気を持て、ゆーきゃんふらーい!」

 等と話しかけて、店内にエビフライを放り投げて、店員さんや他のお客さん奇異の目を向けられたことがあった。
 綺麗に清掃された床に転がるエビフライを見て、彼女は慌てて店員に謝るでも、彼を叱りつけるでもなく、腹を抱えて笑っていた。そうして、二人揃って白い目で見られることになったが、彼女は意に介さなかった。




 老人はくっくっと笑う。遠い日を思い出して。少し寂しそうに。

「見つからなかったねえ、空飛ぶエビ」
「見つかりませんでしたねえ。でも」

 老人の弱りきった視力でも、傍らの彼女が微笑んでいたのがわかった。きっと皺だらけで張りのない肌の彼女は、まだ高校生だったあの日と変わらずに、ずっと綺麗だと思えた。

「幸せは見つかりましたよ」

 老婆の言葉に、目を丸くして、それから老人はもう一度くっくと笑う。

「ああ。僕も見つけたよ」

 人生の終わりには、何を思うのだろうか。老人はそんなことを考えたことがあった。案外、後悔や恐怖は無く、脳裏を駆けるのは彼女の笑顔ばかり。僅かに幼さの残る制服姿の彼女もいれば、顔に皺を刻み始めた彼女もいる。そのどれもが幸福を噛み締めるみたいに、優しく笑っていた。

 ゆっくりと閉ざした瞼の裏に、空を切る赤いものを見た。


*天駆ける幸福

***
我ながらクソみたいなお題を考えたなと思います。フビライハンが何を成し遂げた人かは知りませんが、名前の語感が好きです。一番好きなのはフランシスコ・ザビエルですが。
エビフライは美味しいですよね。今回はエビFlyな話を書いてみましたが、なんかよくわかりませんね!

Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.170 )
日時: 2018/04/12 18:30
名前: ヨモツカミ (ID: cB2jX68M)

前回はあまり感想かけなかったので、今回は積極的に書きたいなと思ってます。ちなみにフランベルジュは私でした。
一応全て読んでいますが、なんか、好き! と思うのに上手く言えなかったりして諦めてたんですよね。前回はとーれさん、ちん☆ぽぽさん、あんずさん、三森さん、かるたさんのやつが好きでした。


>>かっぱさん
初参加ありがとう! 河童さんらしい、コミカルなストーリーでした。アホが出てきたので、一瞬加賀坂さんかな……!? と期待してみたりもしましたが、普通にふざまなとは関係のない二人の話でしたね(笑)
よく、進捗5文字とか凄まじい数字を叩き出す河童さんが、今回のお題で一番乗りに投稿されたので、びっくりです。
私もわからないその2つの違いを、次の行で答えてしまうという、早え……と思いました。フビライハンを注文されても応用を効かせる店員さん流石でしたし、二人のやり取りが可愛らしくて楽しかったです。

>>さっちゃんさん
初参加ありがとうございました。
お題を少し改変されていて、ちょっとだけ悲しい気持ちになりました。>>0にも書いてあるとおり、自己解釈によるお題の差し替えはやめてくださいね。
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」という、誰かの台詞です。今後参加される際は気を付けていただければと思います。

>>刹那さん
初参加ありがとうございました。小学生の頃、テストの回答欄にエビライハンって、書くやついましたねー(笑)私はチンギスハンとの違いのほうが曖昧で、両方チンギスハンとか書いていた派でしたが。
少し、どちらが喋ったのかわからなくなるところがあったので、「誰が言った」とかあるとわかりやすいと思います。

>>ジャンバルジャンなんじゃん!? 
初参加ありがとうございました!
カキコとか添へてが作中に出てきて、斬新で面白かったです。タカシくんとマサくんのやり取りも凄く自然に放課後の学生って感じで好きでしたし。
変なお題にしてしまってごめんなさい(笑) いくつか他にも候補を用意しつつ、お題を考えたのは私ですが、選んだのは浅葱なので、私は悪くないでーす(
でもタカシくん、改変は駄目だぞ。ちょっと『チンギスハンとジンギスカンの違いを教えてくれ』というお題でも面白そうですけどね(笑)

>>とーれさん
すーごい好きでした(笑)ノリとテンポが愉快で、読んでいて楽しかったです(^^)
なんていうか、ツッコミどころ多くて、全体的に好きでしたが、クッキングペーパーの下り、特に好きです。
ライバルキャラも好きなので、フビエビの連載待ってます!(

Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.171 )
日時: 2018/04/13 14:47
名前: 腐ったげっ歯類 (ID: D.pxqK62)

「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
静かに、およそ疑問とは思えない言葉を綴った唇は更に難解な言葉を続けた。
「しかし、それを侮ってはいけないよ。君たち一人一人の思想は誰にも侵害されてはならないのだから、もっと尊大に、大仰に、自信を持つべきなのさ」
草臥れたスーツ姿の教師は微笑を浮かべてそう言い切ると、擦れかかった眼鏡を持ち上げる。ついでに白髪混じりの髪をかき揚げて、ゆっくりと教壇から降りた。
自信と言われても、はて、何に対しての自信なのか私にはさっぱり理解が出来なかった。そもそも、疑問を侮ると言う表現こそ、こちらの落ち度を臆面もなく認める事と同意義であり、そしてそんななおざりな生き方は私とは無縁である。一体、彼は何を伝えたいのだろうか。
フビライハン、エビフライ…。私はその両方を頭の中に描いて行く。方やモンゴル帝国の偉大な皇帝、しかし方やポピュラーな一般的な料理である。エビフライこそ私にとって深い馴染みはあれど、フビライハンともなるとその人となりすら知ることは余程の偉人愛好家で無い限り皆無ではないか。残念ながら、私にはそのような高尚な趣味の持ち合わせはなく、どちらかと言えば好ましいのはエビフライの方である。非常に。その両方の違いは筆舌につくしがたい程に明確であるのに、彼の物言いはあたかもそれらには違いは合ってないような物なのだと言っているように私には感ぜられたのだ。
だから、この初老の教師が一体何を私に伝えているのか。実の所、理解が及ばないばかりか、愚かなことに痴呆と言う言葉さえ、彼に投げ掛けそうになっていた。
「もう少し、紐解くとしよう。君は雲を、空に浮かぶ雲を眺めて、羊だ、などと考えたことはあるかい?即ちそれなのだ。なに、羊に限ったことではない、その誉れを決して損なってはならないと私は言いたいのだよ」
そこで、チャイムの音が彼の言葉を遮った。まだ何かを言いたいような朗らかな笑みだけを残して、初老の教師は素直にそれに従い教室を後にする。
私はふと、真っ新なノートを取り出し一本の線を書き下す。つらり、と引いた線は黒々しいばかりで品性の欠片もない拙い弧を描いたものだった。しかしこの線に込められる、遠く理解の及ばない理論を識らなければ、私はきっと彼の言葉を受け入れることはない、そんな気がしてならなかった。
正解のない疑問は更に私を苦しめ続けた。だがそれでも、教師の伝えたかった言葉はついぞ私の心には灯ることはなかった。

Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.172 )
日時: 2018/04/14 11:42
名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: BTbf0jIY)

「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」

 ファミレスでそう零していた、隣のボックス席に座る彼ら。可愛らしい姿をしていた。ひとり寂しく安っぽいコーヒーを啜っていた私には関係の無い子達だったが、愛らしいなと思ってしまう。あれは近所の中学生だろうか。見覚えのある制服に思えた。
 あの時代は自分達だけが全てだったなと、コンビニでタバコを買いながら感じる。楽しい事を気の合う仲間たちと好きなだけやれた。多少怒られることはあったとしても、次にどんなイタズラをしようかと話している時は、幸せだった。

 薄ら寒い路地を歩けば、路地裏へ続く細道の隙間に吐瀉物が落ちていたり、酒がこぼれた空き缶が落ちているのが目に付く。きれいな街を作りましょうと声高々に言うお偉いさん達は、人が集まる大通りにしか目が向いていない。この街の全てへの管理が行き届きさえすれば、よりよい街として生まれ変わる可能性だってある。
 先ほどコンビニで買ったタバコは、もう二本目に火をつけていた。暗い道にタバコの煙がくゆる。まだ未使用のタバコが入った小さな箱を捨てたとしたら、翌日には無くなっているのだろうか。運良くこの道を通った生活困窮者――その中でもとくに金のないホームレス――が、拾っていくのだろう。運が良いと下品な笑みを浮かべていそうだ。

 あの子達は無事に家に着いて、幸せそうに笑っているのかもしれないなぁ。若かったな、見た目も、考えていることも。フビライハンとエビフライの違いなんて、改めて考えるほど大した問題じゃないはずなのに、そうした答えの分かる問いも面白おかしく考えてしまっている。
 今の私にはできなくなってしまった。老いるって何だか狭苦しいのね。自分の言葉を取捨選択するようになってから、素直な気持ちや考えを伝えられなくなった。大人になれば好きな事をできて、今より自由になると私の親は言っていたし、今もたまに言う。間違っている訳ではないと思うけれど、その言葉が合っているとは思えなかった。

 側溝に吸い終わったタバコを隠し、タバコを吸いながら当てもなく歩く。仕事を辞めたいと思いながら働くことに疲れていた。私生活が脅かされる気持ち悪さを感じてから、タバコや酒に逃げる生活が続いている。今だってそうだ。やるべき事、やらなくてはいけない事、自分がすべき事が溜まりに溜まっている。
 そこから逃げていた。今だって、尻ポケットに入れた携帯が通知で震える。昔は誰かに必要とされることが嬉しかったけれど、今は億劫で、放っておいてほしいと思う。不自由さで雁字搦めになっている。また側溝にタバコを隠して、最後のタバコに火をつける。

 自宅近くの公園のブランコに座り、ゆらりと前後に揺れる。携帯には上司からのメールや、大切な人からのメッセージがたくさん来ていた。少し緩慢な動きをする指で、一つ一つ確認していく。上司からは矢張り怒っているような内容のメールが来ていた。普段はいい上司だけれど、たまにクソみてぇだなと思ってしまう人だ。今日はたまたま嫌いが振り切った日だった。
 最後の文に「無事なら連絡をしなさい」と一言あり、思わず笑みがもれた。明日は出勤するという旨の返信を済ませ、彼からのメッセージを開く。男らしいところが好きで付き合ったけれど、束縛癖や管理癖があるとは思わず、一方的に連絡を絶ってから数日間、毎日メッセージがきていた。

 既読はつけない。けれど、日に日に怒りと懺悔とが混ざりあったメッセージは、私を疲弊させるのには十分すぎた。タバコを深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。まだ丑三つ時には届かない時間帯。昼間とは違い静まった夜は、疲れた私を唯一癒してくれる。

「……重すぎでしょ」

 短くなったタバコを足で潰して、夜の空気をめいっぱい吸い込む。彼に伝えたい言葉なら、もう決まっていた。ただそれを打ち込むには、自分の覚悟も勇気もない。そのあとにどんな言葉が来るか、その予想だけで怖がっている。
 既読マークを付けてから、悶々とその返信をどうするか悩んでいる。彼は諦めて寝ているだろうか。寝ているなら、今返信をすることはやめるべきか。いっそもう返信なんていらないんじゃないか。小さな罪悪感の芽が出ても、見ない振りしていたせいで、こんなにも今、踏み出す一歩が怖い。もう一本タバコを吸ってから。そう決めて箱を漁るも、一本も残っていなかった。

「……あー。やるかぁ」

 どうせ黙っていても変わらない。それなら決めていた答えを伝えるために、彼を叩き起したっていいじゃないか。そう開き直ると人は早い。コールボタンを押して、彼が出るまで待つ。

『もしもし? ……由紀?』
「もしもし、浩平が起きててよかった。少し伝えたいことがあったから、それだけ言わせてね」

 程なくして出た彼に説明すると、間をあけて「分かった」と返事があった。申し訳なさを感じているのか、情けない声色をしている。

「昔だったら、それこそ中学生とかくらいの。その時に浩平と会っていたら、どんなに束縛されても平気だったと思うよ、私」

 薄く雲がかかる空を見て、今までの思い出を思い起こす。デートで手を繋ぐのも、待ち合わせで会うことも緊張してしまって、この人と一生を過ごしたいと思い続けてたあの日々。将来の話だってしていた、子供の数、住みたい場所。結婚式場だって、目星をつけていた。

「でも社会に出されて働き始めて、浩平とも会う時間が限られてさ。色んなことが嫌になっちゃったんだよね」
『それって』
「私ね」

 ああ、なんだか涙が出そうだ。浩平に抱きしめられて寝た夜。浩平と寝ぼけながら微睡んでいた休日の朝。そこには笑顔があったと思う。幸せだけが満ち溢れていた。
 ばいばい浩平。心の中で、ひと足早くお別れを告げる。可愛くない私だけれど、浩平の中に残る私がキレイでいられるうちに、いなくなりたかった。

「今日見た中学生の子達みたいに、何でもないような、簡単に答えが分かっちゃうような問いを、浩平と笑顔で話せる自信がないの。だからごめんね、もう二度と会わないから、……さようなら」

 言い切り、通話を終了する。浩平のアカウントをブロックし、カメラフォルダに残っていた浩平との日々を一つずつ消していく。心は少しだけ軽くなった。安心と、拠り所を拒絶した自分が恐ろしく、少しずつ目頭が熱くなる。
 溢れ出る涙で、携帯が使えない。さようなら、ごめんなさい。私が弱いばっかりに。けれどもう、私は浩平と笑えない。あの子達のように、くだらない答えを探すことなんて、もうできやしなかった。

Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.173 )
日時: 2018/04/14 15:59
名前: 神原明子 (ID: 6Cofq6II)

「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
 それこそが僕から彼女への告白、それに対する彼女の返答であった。この方は何を言っているのだろうかと、僕は言葉に詰まる。今しがた、僕が告げた言葉は「好きです、付き合ってください」だったはずだ。それなのにどうして、こんな訳の分からない問いを返されなければならないと言うのだろうか。
 大学の敷地内、人通りもそれ程多くは無いが、道行く人々はあまり他人の声に耳など傾けない。要するに背景にこそ人はいるのだが、誰も僕の愛の告白など聞きもしない場所で、意を決して想いを告げたのであった。真夏の日差しが、じりじりと僕のうなじを照り付けている。それはまるで、この居た堪れない空気に焼け焦げる僕の精神を物理的にも焦がしているようだった。
 つぅと僕の首筋を垂れる汗、少しくすぐったい。これは果たして夏の暑さに茹だる故だろうか、それとも羞恥の熱さに火照った故だろうか。それとも返事も出来ず、ただ口を噤む僕を憐れむ冷や汗か。さっぱり分からないけれど、汗一滴にすら不安を覚える僕のことを彼女は楽しんでいるようだった。
 「ふむ」と小さく息を吐き出し、どこか採点をする審査員のようにまじまじと僕の一挙手一投足に注目しているようだ。熱気をかき回すような、ちいとも涼しくない風が一つ。絹の糸のように艶めかしい、彼女の髪がサラサラと揺れた。そよ風の抑揚に合わせて、たなびく髪はその表情を変える。ふわりと、嗅ぎ覚えのある花の香。脳裏に紫色の花畑が一面に広がった。そうだこれは、美瑛で見た。ラベンダーの香りだとすぐに気づく。嗅いだのは数年前、修学旅行の行き先でだ。
 そんな僕だが、いつしか彼女の素っ頓狂な問い等よりも、その美貌に見惚れてしまっていた。細く柔らかそうなその髪に、ぱっちりとしたその二重の目に、顔の上で綺麗な丘陵を為すその鼻立ちに、健康的な赤い唇に。一年で最も暑いような時期であるので、ノースリーブのシャツにホットパンツと肌の露出は多く、布で遮られることも無く目に焼き付く色白の肢体は僕の瞳には眩しすぎた。それでも目で追ってしまう、そんな性を抱えた自分が悲しい。これだから男は、なんて軽蔑する姉の声が聞こえるようだ。
 彼女とは同じサークルに所属していた。学年も同じで、学部こそ違えど同じ文系であるため、同じ科目を取ることもあり、その度に軽く挨拶くらいはしていた。
 正直なところ一目惚れであったため、普段どの程度交流しているかなどあまり関係なかったように思う。四か月ほど共に過ごしてきて色々彼女本人から聞いたのだが、彼氏は高校時代に一人、大学の入学の際に彼女が上京してしまったため遠距離恋愛に。そのまま疎遠になりつい先月別れたのだとか。
 その話を聞きつけた男は一定数いたようで、先日まで彼氏がいるからと興味も持たずにいたような先輩たちが彼女に積極的に話しかけるようになった。それだけではない、サークルの中だけにとどまらず、同じ授業を取っている人たちも、こぞって彼女に話しかけるようになったのである。そもそも美人だとずっと評判になっていた女性であるため、それも当然だと言えた。
 だから、他の人たちを出し抜くためにも早いところ想いを告げなければと急いてしまったところがある。ただの友人としてしか接してこなかったため、適当にあしらわれる様な気がしてならないとは思っていた。しかし、こんなあしらい方だとは流石に思っていなかった。
「答えられないか?」
 顔立ちこそ崩さないまま、彼女はしびれを切らしたのか、掌を見せつけるようにして、五指を伸ばした右手をこちらに突き付けた。細くて、白くて、真っすぐな指にすら目を奪われる。彼女と話していると女性のイデアが目の前に現れたように思えるのだ。強いてあげるならば言葉遣いが少し強すぎるきらいがあるところが欠点だろうか。それでも、彼女の凛としたところを示すその語調が、僕にはむしろ好ましかった。
 ゆっくりと、その親指が折りたたまれ、第一火星丘と火星平原の辺りを覆い隠した。そして初めて僕は、それがカウントダウンであると察した。察してすぐに人差し指も親指を覆うように折りたたまれる。残り三秒、そういうことだろう。
 答えられないかとわざわざ聞いてくるということは、彼女にとってこの質問は意味があるという事だ。だから僕は、足りない知恵を振り絞って必死に考える。さっきまであんなに暑いと思っていたのに今や肌寒くて仕方がなかった。
 彼女のカウントダウンは、声も伴わずに進んでいく。静かながらも厳正で、容赦もなく削られる思考時間。黙って見つめられるその中で、僕の心臓だけがやけに五月蠅かった。左胸の肉を突き破って外に飛び出すのではないかと心配するほど、それは力強く暴れ狂っている。
 気づけばもう、最後の一本である小指の爪が顔を見せ始めていた。その指先が彼女のその掌に触れたその瞬間が、タイムアップの合図だろう。
 せめて、何か答えなければ。意を決して口を開く。何でもいいから答えるんだ、僕。フビライは人間でエビフライは食べ物、それで十分だ。
「……あっ……ぅあ……」
「時間切れ。少々難題だったようだな」
 意を決して口を開いた。そのつもりだったのだが、僕に覚悟できていたのは口を開くところまでであった。その後何を口にするのかなど自身などまるでなく、答えられようにも無いという不安と、気の利いたことを言わねばと言う焦りがない交ぜになり、僕は日本語らしいものを発することができなかった。
 魚が水面で口を開け閉めするように、声と言うよりもただ空気を漏らすのみで。みっともない裏声が僕の喉から捻り出ただけだった。
 何も用意できなかった自分が、歯がゆくて、みっともなかった。ばつの悪くなった僕は目を伏せる。またしても目に入る、白く柔らかそうな彼女の肌。直視するのが申し訳なくて僕はそれすら見ぬよう斜め下に視線を向けた。
「恥じ入る必要は無いさ。こんな問い、答えらしい答えなど無いのだからね」
 むしろ、君の勇気に率直な言葉で答えることができない私を許してほしいと彼女は腰を折って頭を垂れた。追随するように、髪は垂れて、また引き上げられる。あまりに細く滑らかで、簡単にたなびくその髪は、一度のお辞儀で乱れてしまう。顔の横に出しゃばって、耳を隠すようなその黒の長髪を掻き上げて、耳の後ろにかける。その姿さえも絵になった。
 ふわりと舞うように髪の毛が踊るその様子に、またラベンダーの花の香が、僕の元へ。
「私自身がこう、つまらない人間だからね。面白い人が好きなのさ」
 自分が綺麗だと言う事実は自覚していると彼女は言う。それは以前から、幾度か聞かされていた。否定する方がいい時もあるが、多くの場合はその言葉を受け入れるべきだと。謙遜が皮肉になることも数多く存在するのだと彼女は言う。これまで彼女が歩んできた道のりをちいとも見ていない僕には想像し辛いが、麗人ならではのいばらの道も歩んできたのだろう。
 綺麗な花に虫が寄るように、多くの男から言い寄られることがあると言う。けれども、自分はあまり口が得意な方ではない。そのためきっと、並の男であれば付き合っていても楽しくなどないと思うだろうし、思われてしまうだろう。
 だから私は、この人とならば面白そうだと想える人としか付き合わない。それが、先刻の見当違いな問いかけをした顛末であった。
「手の付けられないような無理難題すらも、飛び越えて楽しませてくれる。そんな人を探してる」
 きっと私は恋人に、自分が持っていないものを求めるタイプなのだろう、と。不思議と、その理屈に納得しかけていた。それゆえ、緊張と期待とで、暴れていた心臓も今では静まり始めている。まだ、トクトクと打つその勢いは強いけれども。
 すっかり落ち着いた心音は、僕の耳にはもう届かない。喧しいほどに反響する蝉の鳴き声にようやく気が付いた。振られた自覚のないこの僕の代わりに、大声を上げて泣いてくれているようにも思えた。とはいえ、僕は流石にこんなに大声で泣くつもりはないけれど。
「前の彼氏はどう答えたの?」
「最初は詰まらなさそうだと思うような答えだった。ただ、即答だったね。迷いもしなかったどころか、考えてもいなかった。脊髄反射に近かったねあれは」
 一から十まで全部違うじゃねえか。そう言ったらしい。ただ、嫌な顔もしなければ、困惑すらもしなかった。朗らかに、友人のボケを拾うように、極めて自然に振る舞ったそうだ。
「その後だったね、私が彼を気に入ったのは」
「まだ何か言ったの?」
「でも俺は、その二つならフビライハンになりたいなとか言い出したのさ」
 どっちになりたいかなんて、聞いてもいないのにね。あのフビライハンの肖像画を目にして、どうして自分もああなりたいと思えたのだろうかと彼女は、可笑しそうに思い出し笑いをした。きっと彼女にとって、彼に初めて好きだと言われた日の事は未だに特別な思い出なのだろう。
「何でさって聞いたらね、フビライハンって確かどこかの王様だろ? って。エビフライだけじゃなくて何でも食い放題じゃん。とか言ってさ」
 食べる以外に君に欲は無いのかと尋ねると、宝石とかに興味は無いしなと見当違いな答えが、また。
「その、考えなしで向こう見ずなところがね、保険ばっかかける小心者の私に足りない潔さがあって、私は彼を気に入ったんだよ」
 ただ一番私にとって面白かったのはね。そう前置いて彼女が言うには、最も面白かったのは一通り馬鹿みたいな事を言ったくせに、最後はとても照れ臭そうに、顔を真っ赤にしちゃって、目もろくに合わせられないまま、王様だったら好きな人とずっと居れるだろうと、か細い声で主張したところなのだとか。
 普段は茶化したお調子者で、クラスのムードメーカー。そんな彼が偽ることなく、道化になろうともせずに、自分の想いをストレートに伝えてきた。その、普段と違う様子に本気なのだなと確信したらしい。
「とまぁ、そんなこんなで付き合い始めたけど、今どきの高校生にしてはプラトニックに付き合っていてね。キスくらいが限界だった訳なのだけれど」
 案外恋愛というのは難しいものだと彼女は言った。自分も一緒にいるうちに段々と彼に惹かれていたはずなのだが、こうして進学し、遠く離れた地へ来てしまうと段々その熱が冷めていく。物理的な距離が心理的な距離に干渉してきた。
 会えないもどかしさと寂しさと、生来の冷え切った人格とがごちゃ混ぜになって、心の中には冬がやって来た。段々芽生えた好意も、愛の供給が絶たれて萎れてしまった。季節は夏で、暑苦しいと言うのに胸の奥には空洞が出来て、むしろ寒気を感じるくらいだった。
「そうして別れを切り出したんだよ。我ながら怖くなったね、悩んでる時はあんなに苦しんでたのにさ。映画行こうよ、って言うくらいの軽い言葉で、別れようが口をついて出たんだ」
 長い沈黙の後に相手も、分かった、とだけ。それがつい先月のお話さと彼女は言う。別れた報告を、お互い高校以来の近しい友人に報告して、もうその話は必要な分だけ広まったのだとか。大学で、不必要なところにまで拡散される噂なだけはあるなと、僕は納得した。

>>174

Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.174 )
日時: 2018/04/14 15:58
名前: 神原明子 (ID: 6Cofq6II)

 長い沈黙が訪れたのは、今この瞬間も同じだった。僕はこんな話を聞かされて、何を伝えればいいのだろうか。何を想えば正解なのだろうか。
 さっきのフビライハンとエビフライの違いだって難解だったけれども。気を紛らわせようと蝉の声にでも意識を向けようとする。でも、あんなに五月蠅かったその斉唱が、全く僕の耳には入ってこなかった。
 過去の人を思い返す彼女の声は、心底楽しそうだった。その様子だけでよく分かった、彼女は自分からあまり熱くならないタイプの人間に分類したが、その熱はただ断熱材に阻まれているだけで、胸の内には人並みの感情の火が揺れている。でもきっと彼女は、自分で言うように臆病だから、その火を曝け出すことが怖いのだろう。
 だけど、先日別れた元彼氏は、彼女の本心を映し出す鏡だったのだろう。鏡と言うと少し違和感がある。メディアと言った方がいいだろうか。彼と言葉を交わすことで、彼の様子を離すことで、彼女が彼女足り得る何かを世界へと発信できていたのだろう。
 蝉の声が聞こえない理由が、分かった気がした。そんなものよりずっと大切なものを、聞き漏らさないためだ。ようやく顔を見せた本音を、余すことなく見届けたかったからだ。
 そんな姿を映し出せる、彼のことが羨ましいと僕は思った。競うこともできず、会うことも張り合うことも能わない、蜃気楼みたいに大きく見える、どこまで行っても幻影に変わりない彼。彼女が好いた彼というのは、きっともうどこにも居はしないのだから。

 僕の人生には、ちいとも関係ないのだ。彼と言う人間は。
 それはもう、とっくの昔に死んでしまった、フビライハンと同じだろう。
 だとしたら、僕は。

「僕は、どちらかと言うとエビフライの方がいいな」
 気づいていなかったのだけれど、僕の心の呟きはいつしか声となって垂れ流しになっていた。無意識に呟いたものだから、きっと彼女にしか聞こえなかったろう。
 ずっと黙っていただけかと思えば、不意に対抗心を燃やしたような僕の言葉に、彼女は驚いたようである。このまま気まずくだんまりを貫いて、何事も無かったように別れて、また明日友人として会うんだろうな、だなんて思っていたに違いない。
 不思議そうにして少し目を見開いた彼女だったけれど、何やら面白そうだと目を細めた。珠でも磨いたのかと尋ねるくらいに綺麗な白い歯が覗いて。その微笑には、モナ・リザだろうが敵いはしないだろうな、なんて下らないことも考えたりして。
「それはどうしてだい?」
 その声は、弾んでいた。先ほど、僕の知らない彼の昔話をしていた時と同じように。この声は、サークルでも、授業でも聞いたことが無い気がする。何だか僕は、彼に並べたような気がして、誇らしくて仕方がない。
「フビライハンはさ、君の生活に何一つ影響を及ぼしていないと思うんだ」
「概ねそうと言えるね」
「だけどさ、エビフライだったら君も食べるだろ?」
「そりゃあたまにはね。揚げ物は苦手だけれども」
「ちょっとでも、関係があるならそっちの方がいいなって」
 とどのつまり、好いてしまったものは仕方がない。僕は彼女にとって、大昔アジアで国を支配していただけの見ず知らずの王様よりは、洋食屋で姿を見てもらえるような近しい平凡なものでありたい。好意なんてそんなものだ、恋愛だけじゃない。友情だって、親愛だって、全部一緒だ。君と関わりたい、傍に居たいと願うくらいは許してもらえはしないだろうか。
「それにほら」
「何だい?」
「フビライハンを選んだ彼は、今となってはもう会わない人だろう?」
 自分はそうはなりたくない。それこそが、伝えるべきことなのかと、不安に思いながら僕はそのように纏めた。
 それが君の答えかと、確認するように彼女は復唱した。
「フビライハンは、無関係の過去の人で、エビフライであれば私とも触れ合える、と?」
 その表現が本当に僕の伝えたかった言葉なのか、彼女にも僕にも分かりはしなかった。そもそも問いが不完全すぎる。違いを答えろだなんて質問、そもそも比較する両者に類似点があるべきなのに、それが一つも無い。
 だけれどもそう、無関係な昔の人になりたくないという意志は正しかった。彼女との繋がりは捨てたくないし、どうせならもっと近寄りたい。
 フビライハンを選んだ彼がもうとっくに破局している事からも僕は、そちら側になりたくない。
「それが君にとっての、両者の違いという訳か」
 君はこんな七面倒な問いかけにもきちんと回答を残すんだねと、彼女は笑う。告白されるたびに同じ質問を繰り返してきた彼女だったが、真面目に答えようとしたのは僕が初めてだったらしい。
 大体皆、「全然違う」と言うか、ただ単に『元の皇帝』だとか『食べ物』だとか答えるだけ。ありきたりで何も得るもののない、つまらない人間ばかりだったらしい。
 例の彼も詰まらなくなかったというだけで、自分の言葉で両者の差異など答えようなどとしなかった。きっと彼女だって答えようなどとしないだろう。根が小心者で、思いついた答えなんて、恥ずかしくて口に出せやしないだろうから。
「ふむ、少々粘着気質で恐ろしいところのある答えだったが」
「それは手厳しい」
「けれども、好かれた事実は理解できた」
 一目惚れで申し訳ないと思う。我ながらとても軽薄なようにも思えるが、初めて顔を合わせてその瞬間に落とされた訳なのだから、いっそ清々しいと認めて欲しい。綺麗だと理性が把握する前に心を奪われたのだ、もう抵抗などできるはずも無かった。
「少しずつでいいかな?」
「何が……?」
「君を異性として見るのがだよ」
 以前の彼にしたってそうだったのだけれどねと彼女は添へる。これは、了承を貰えたとのことなのだろうか。
「執着とも呼べるような好意は初めてだからね。それもやはり、私には足りていないものだ」
 確かに彼女はずっと、自分に足りないものを求めていると主張していた。なるほど確かに淡白に見える彼女にとって、僕の抱いたこの感情はどう見てもしつこく、自分の持ち合わせていないもののように映るはずだ。
 今一、受け入れてもらえた実感がわかない。きっと僕は喜ぶだろうって予測していたのだけれど、途中、これは無理だろうなと思ったがために受け入れられた現実が納得できなかった。
「というか、ほんとにそれだけの理由で付き合えるんだね……」
「それだけでは無いぞ? 君は入学した頃からずっと仲良くしてくれていたからな、それなりに君と言う人となりは見てきたつもりだ。信頼できる人間だとは思っている」
 最近になって急に視界に入り始めた連中はどうにも好きになれん、と一言。鳥肌の浮いた肌をさすりながら彼女は身を竦める。その、風刺的な姿はいつもよく見る、クールでかっこよくて、とても美しい彼女の斜に構えたともとれるような姿を思い起こさせた。
 ああ、そうか。僕はこんな彼女に惹かれていたのだな。一目惚れした事実こそあれど、話せば話すほど焦がれた理由は、きっと僕も同じなのだろう。僕に無い格好良さを、美しい芯の通った生き方に憧れた僕は、日を追うごとに蟻地獄の中心に吸い寄せられるようにして、より深く落ちていったのだ。

 私から見た君も、魅力的ではあったという訳さ。
 破顔して、溌溂とした声を発して。目の前に彼女の顔が現れる。
 揺れる彼女の前髪が、僕の鼻先をくすぐった。一際強いラベンダーの香りに包まれて僕は、くらくらして天にも昇りそうになる。
 そうか。驚き、受け止めきれないように見えても、僕は嬉しくて仕方がないんだろうなと納得した。
 蝉の声なんて、やっぱり僕の耳には一切届いていなかった。

Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.175 )
日時: 2018/04/14 22:35
名前: 狐憑き◆R1q13vozjY (ID: CRA9wpqU)

「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」

 これは、とある発展途上の町での一角で起きた事件である。


 パッと咲いている傘の下で、目の前の少年は何を思っているのだろう。出会い頭に雨音を背景に告げられた頓珍漢な質問に、少年と対面している形にある女性は訝しげな目で少年を凝らして見た。パチパチパチパチと鳴る雨音のタップダンスのメロディが流れる中、二人はしばらく見つめ合うという奇妙な空間が出来上がった。少年は何かを期待しているのか、微動だにしないまま白い息を吐き出す。女性は僅かに、傘の持ち手に力を込めながら小さく口を動かした。

「え......っとー......僕、どうしたのかな?」

 その声は酷く震えていた。女性は緊張感による引き攣った笑みを浮かべながら、ごく自然に首を右に傾ける。少年は傘を少し傾け、女性に顔を完全に晒す。少しむすっとしていて、頬は風船の様に膨らんでいた。少年のその唐突な質問には答えられなかったことに対して怒ってるのだろう。女性は、困った様に眉を顰(ひそ)めれば周りを見る。天気が悪い所為か、周りにはほとんどと言って良いほど人が居ない。雨によって霧のようなものがもやもやと現れ始めていた。

「俺の質問にちゃんと答えて」

 第一声の時より少し不機嫌な声音な少年にそう急かされ、ますます女性は困った様に笑えばギュッと傘の持ち手を握った。周りに助けを求められない中意味が分からない質問に出会すなんていう有りそうで無いこの状況で、女性がまともに考えられる訳も無かった。単に、エビフライは食べ物だの答えれば良かったものの、女性は何を思ったのかこう答えたのだ。

「私は、エビフライよりもアジフライ派なの」

 女性は善いことをしたと言わんばかりの輝き優しい笑みを浮かべて、呆然と立ち尽くす少年の側を通り過ぎた。


  ***


 それから何ヵ月か経ったある日。再び少年と女性は偶然にも出会した。
 女性は、今日が誕生日である姉と買い物に来ていた。この辺では一つしか無い大きな店である為、あの時の少年と会うことは何ら不思議ではないのかもしれない。しかし、こうして偶然にも会うというのは滅多にない事だ。女性があの時の少年をふと見掛けた時、女性は「あ」と反射的に漏らした。

「ん? 美咲、どうしたの?」
「いや、何でも無いよ。前に話した男の子の話、あの男の子をさっき見掛けてさ」

 姉が女性に笑いながらそう声を掛けるのを、女性は軽くあしらいつつ短めに切り上げようとした。しかし女性の姉は、女性の話すその少年に興味があったのか「どこどこ?」と話を広げようと楽しそうに女性に問い掛けた。女性も『姉だしなぁ』と冷たく応えることは出来ないのか、小さく溜め息を吐けば「あそこだよ」と少年のいる方向へと指を向ける。
 姉は女性の指す方向へと目を向けるが、きょとんとして直ぐに女性の方へと向いた。

「美咲......誰も、居ないよ?」
「え? いや、みゆぅ、居るじゃん」

 何で? そこに居るじゃん。分からないのかな? いや、でも、男の子っていってるんだから分かるでしょ。もしかしてみゆぅには見えていない? いや、そんなわけ無い。
 様々な思いが一気に女性の中を駆け巡り、強く女性をノックする。女性はチラッと姉の方に目を向けるが、やはり少年は見えていないらしくポカーンとした様な阿呆らしい顔のまま女性を見ていた。自分には見えているのに姉には見えていないという事実が酷く女性を脅かす。

「そういえば、その子の話、あんまり聞いてなかったんだよね」

 女性が一人考えている所に、姉がそうポツリと言う。

「ああ......そうなの? フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ、って言われたのが__」
「あははっ、美咲? 今日はアジフライ食べたいの?」

 女性がそう、あの時のことを話し始めようとした。あの少年の台詞を一言一句違わずに述べ、これから話そうとしている時に姉がクスクスと懐かしそうに笑いながら横槍を入れる。からかうような素振りの姉に、女性は「違う」と否定するが姉は「そうなの?」と意外そうにする。何が「そうなの?」だ。誰もエビフライを食べたいからってそんなちんぷんかんぷんな問い掛けなんてするわけが無い。女性は半ば姉に呆れて「そんな遠回しなことしないわよ」と言い切る。

「そう? 昔はしょっちゅうフビライハンとエビフライの違いを教えてくれって美咲に言われたんだけどなぁ。理由はアジフライを食べたいから......って。美咲ってば、それをまだ覚えていたのか~って思ってたけど」

 姉はそう、フフフと笑いながら懐かしむ様に言う。
 いつの間にか女性の視界からは、その少年は消えていた。


ーーーーーーーーーー

*初です。

Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.176 )
日時: 2018/04/15 03:30
名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: kMT1NyQc)


>>160→河童さん

 ご参加ありがとうございます。
 早いからこそのインパクトがあったなぁと思います。運営浅葱としての意見としては、予想通りだなーって感じがします。
 フビライハンだけではなくて、敢えて遡ってチンギスハンを出しているのも、突っ込み役の子の台詞やその子らしさを出すっていうことが出来ているので、物語としてもギャグとして成り立っているなぁと思いました。

*
>>161→さっちゃんさん

 ご参加ありがとうございます。
 勢いで押し切ってきた、という印象が強いなぁと思いました。勢いがあるから他者に読ませることができている、という感覚が読後一番に感じたことです。
 世界観がもう少しわかると、もっと読みやすく、キャラの個性が映えた気がします◎

*
>>162→刹那さん

 ご参加ありがとうございます。
 キャラクタの関係性というのが分かりやすい作品だったなと思います。ただやっぱりお題に引っ張られるのが、強いんだなぁと思いました。ギャグ系統のラブコメって感じがして、ギャグだけで終わっていないのは予想以上だったので、読んでいて楽しかったです。

*
>>163→羅知さん

 ご参加ありがとうございます。
 良いシリアスだな、と思いました。ただ途中で「僕」と「君」が分かりにくくなってしまったのが惜しいなと。感情を表すことが出来ていたので、キャラが見やすくなると、より読みやすかったりするのではないかなぁと思いました。

*
>>164→奈由さん

 ご参加ありがとうございます。
 所々誤変換があったりするので、そこが減るとより良いかなと思いました。
 女の子は男の子に対して好意があったのかなと思いました。ギャグテイストの中に、少しコメディが入っているなぁと思います。

Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.177 )
日時: 2018/04/15 12:06
名前: さっちゃん (ID: n6amuFB6)

>>170

ヨモツカミさん
ごめんなさい、勘違いをしていました........。注意していただきありがとうございます。ご迷惑をおかけしほんとうに申し訳ありませんでした。以後気をつけます。投稿させていただきました文章は修正させていただきました。

Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.178 )
日時: 2018/04/18 01:52
名前: かるた◆2eHvEVJvT6 (ID: Enu/924Q)

「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」

 「だってさ」と純くんが眠たそうに手紙に書かれてあった文面を読み上げた。相変わらずの意味の分からない内容に、私はどうしてか胸が苦しくなった。純くんは戸惑う私を見て「馬鹿だな、あんた」と小さなため息をついた。
 
「純くんは、どう思う?」
「なにが」
「この手紙の質問だよ。これが秋ちゃんの遺書みたいなものなんでしょう? 私たちに一体何を言いたかったんだと思う?」
「いつも通りの冗談だろ。俺たちを馬鹿にしてるだけだよ、兄貴はいつもそうだ」
 
 秋ちゃんは、馬鹿だった。そして私たちも馬鹿だったのだ。私のプレゼントした可愛い便箋に秋ちゃんの少し歪な字で大きく書かれたそのメッセージ。私たちを試すようなその問いかけは、生きてた時と何も変わらなかった。手紙の中ではちゃんと、秋ちゃんは生きていたのだ。

「秋ちゃんが死んでもう一週間経ったんだよ」
「知ってるよ」
「純くんは何がそんなに辛いの? 現実を受け止めきれない?」
「俺はあんたがそんなにもあっさり兄貴の死を吹っ切ってることに驚きを隠せないよ。あんた、それでも恋人?」

 純くんは手紙の秋ちゃんの字を指でそっとなぞって、今にも泣きそうな顔でこちらを見た。あんたは何も悲しくないのかよ、と小さく呟いた声に気づいて、私は無理して笑顔を作って見せる。きっと、純くんは何も知らないからそんなことを言えるんだ。うらやましい。とってもうらやましい。
 だけど、それでいいんだ。純くんは何も知らないまま、秋ちゃんの大切な弟のまま、大事な兄を失った悲しみで苦しんで泣いちゃえばいいんだ。
 フビライハンとエビフライの違いなんて明確なのに、なんでそんなこと聞くんだろうと、ふいに手紙が目に入ってそんなことを考えた。秋ちゃんがそんな簡単なことも知らないなんて、そんなわけないの、知ってるのに。

「秋ちゃんは、死んだんだよ」
「うるさい」
「秋ちゃんはもういないんだよ」
「うるさい」
「秋ちゃんは……」
「あんたはっ、それでもいいのかよ! それであんたはっ、幸せなのかよ」



 秋ちゃんのことを忘れたら、それが幸せなわけないじゃないか。
 子供みたいに泣きじゃくる純くんは、今更だけどまだ高校生なんだなって思って、私は何でか彼の頭を撫でていた。ぼろぼろと滝のように流れ落ちる彼の涙に、私も思わず泣いてしまいそうになった。
 純くんの涙で手紙の字が滲んでいく。しゃくりを上げて泣く彼は、とても美しかった。

 秋ちゃんがどうして死んだか、知らなかったらきっと私も彼のように泣けていたのだろうな。私はぐちゃぐちゃになった手紙をそっと破ってごみ箱に捨てた。秋ちゃんの遺書なんて、どうでもいいや。

「秋ちゃんは、死んだんだよ」

 フビライハンでもエビフライでも、なんでもいい。だって彼はもうその答えを聞くことはできないのだから。いくら私が秋ちゃんのために答えても意味ないじゃん。
 好きだよ、と心の中で呟いた。秋ちゃんが死ぬ前にも言葉にはできなかった。彼が死ぬことも私は知っていたのに。それなのに止められなかった。最後に秋ちゃんが笑いながら「また、三人でご飯食べに行こうな」と言ってたのも、もうできないんだよ。三人で、はもうできない。

 さよなら、秋ちゃん。私が大好きだった秋ちゃん。私たちの大切だった秋ちゃん。
 純くんの泣き声に、やっぱり私も泣きたくなった。馬鹿みたいな秋ちゃんの手紙は、もう私たちには必要ない。これからの私たちの幸せに、秋ちゃんはもういないのだ。



***
 コメディ系統なお題でシリアスなお話を書かせていただきました。場違い感が否めません( 一一)
 突然死んでしまった秋ちゃん、それを悲しむ弟の純くん、死ぬことを知っていて止められなかった私。残された何気ない手紙は、束縛するものではなく、背中を押してくれるものであってほしいです。
 運営の皆様、いつも素敵なお題をありがとうございます。前回の感想もまだ書けてないので大変申し訳ないですが、また感想を書かせていただきたいと思います。

Page: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 全レス



スレッドをトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文 *必須


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。