雑談掲示板

第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】
日時: 2018/08/15 10:18
名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: bC2quZIk)

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 執筆前に必ず目を通してください:>>126

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 ■第8回 一匙の冀望を添へて、:平成30年8月12日~平成30年9月日2
 平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。




 □ようこそ、こちら小説練習スレと銘打っています。


 □主旨
 ・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
 ・内容、ジャンルに関して指定はありません。
 ・練習、ですので、普段書かないジャンルに気軽に手を出して頂けると嬉しいです。
 ・投稿するだけ有り、雑談(可能なら作品や、小説の話)も可です。
 ・講評メインではありません、想像力や書き方の練習等、参加者各位の技術を盗み合ってもらいたいです。


 □注意
 ・始まりの一文は、改変・自己解釈等による文の差し替えを行わないでください。
 ・他者を貶める発言や荒らしに関してはスルーお願いします。対応はスレ主が行います。
 ・不定期にお題となる一文が変わります。
 ・一作品あたり500文字以上の執筆はお願いします。上限は3レスまでです。
 ・開始時と終了時には「必ず」告知致します。19時から20時を目安にお待ちください。
 ・当スレッドのお題を他所スレッドで用いる際には、必ずご一報ください。


 □お暇な時に、SSのような形でご参加いただければと思います。


 ■目次
 ▶︎第1回 氷菓子を添へて、:今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
 >>040 第1回参加者まとめ

 ▷第2回 邂逅を添へて、:彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
 >>072 第2回参加者まとめ

 ▶︎第3回 賞賛を添へて、:「問おう、君の勇気を」
 >>119 第3回参加者まとめ

 ▷第4回目 袖時雨を添へて、:手紙は何日も前から書き始めていた。
 >>158 第4回参加者まとめ

 ▶︎第5回 絢爛を添へて、:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
 >>184 第5回参加者まとめ

 ▷第6回 せせらぎに添へて、:名前も知らないのに、
 >>227 第6回参加者まとめ

 ▶︎第7回 硝子玉を添へて、:笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
 >>259 第7回参加者まとめ

 ▷第8回 一匙の冀望を添へて、:平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
 >>264 脳内クレイジーガールさん
 >>265 液晶の奥のどなたさまさん
 >>266 流沢藍蓮さん
 >>267 浅葱 游
 >>270 放浪者さん


 ▼第n回目:そこにナマコが置いてあった。
 (エイプリルフール企画/投稿期間:平成30年4月1日のみ)
 >>156 悪意のナマコ星さん
 >>157 東谷新翠さん
 >>240 霧滝味噌ぎんさん


 □何かありましたらご連絡ください。
 →Twitter:@soete_kkkinfo
 

 □(敬称略)
 企画原案:ヨモツカミ、なつぞら
 運営管理:浅葱、ヨモツカミ

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Re: 添へて、【小説練習】 ( No.261 )
日時: 2018/07/27 09:06
名前: ヨモツカミ@乾燥 (ID: 1Kphi4cE)

叶う見込みなんてないのに、それでも叶ってほしい願い事って良いですね。

>>流沢さん
なんかすごいお久しぶりですね。参加ありがとうございます。
願いは必ず叶うものじゃないですもんね。非科学的な何かに祈って、奇跡が起こって、良かったねってなるハピエンも好きですが、結局二人とも願いを叶えられない、現実は甘くないんだぜって感じで好きでした。
私の今年の願いの「猫にモテたい!!」も叶ってませんし、七夕ってクソですよね。
あと、すごく上から目線な発言になってしまうんですが、第一回目に参加いただいた時に比べて、凄く上手くなったな……と感じました。また次回も時間があったら参加してほしいです!

>>彼岸花さん
読後感やばい。好きオブ好きでした。ちょっとサルビアの花言葉知ってたので、そういう方向性の話かーと想像しながら読んでましたが、途中でモンハンを挟んだので、最後まで読む頃には忘れかけていて、家族ぬぁあああーーってなってました……。「家族の愛」、素敵でした。白いサルビアをサービスしてくれたところ、好きです。
余談ですが、埼玉にはサルビアの花畑があるんですよ。行ったことないけど。
硝子玉も添へて下さっててちょっと嬉しかったです。あれは、夏だし、ラムネ瓶の中のどうしても取り出せないビー玉のことを考えて硝子玉添へよーぜって決まったんですが、天の川に散りばめられてるっていう考え、子供の発想らしくて、素敵だなって思います。最後の天の川が降ってくるの、凄い好きです。
人の為を思っての願い事って綺麗ですね。あんまし上手くいえませんが、とにかく好きでした。

>>かるたさん
お久しぶりです! ちょっとだけ仁という名前に親近感を覚え、勝手に嬉しくなってました(笑)
えへへ、テーマを考えたのはネギで、文を考えたの私です、ありがとう!
すごい、雰囲気が好きでした。死にたかった彼らと、それを止めて、でも彼らを置いてどこかへ行ってしまった先生。と、最後の返り血。シリアスな仄暗い雰囲気と残った謎の感じが好きです。

>>瑚雲さん
正直に言うと、最初はよくわからなくて、三視点あるのか?? とか思ってて、彼岸花さんの感想で理解して、二人ともすげえ……! ってなりました。なんかもう、とにかく凄かったです。自分で気付けなかったのが少し悔しいけど、わかってから読み返すと、確かにパンダで、こぐもさんはこういう、文の中に仕掛けを用意するのが上手くて凄いなあといつも思います。
ちなみに私はさくさくパンダとレッサーパンダが好きです。

Re: 添へて、【小説練習】 ( No.262 )
日時: 2018/08/02 19:59
名前: ヨモツカミ@感想 (ID: 5YiLW7rk)

スレ上げも兼ねて、二人だけだけど、感想を。

>>寺田邪心さん
マジなんだこの名前……というのは置いといて。読む前からわかってましたが、まあ好きでした。
何処が好き、とかじゃなくて全体。読み切ったあとの胸に残る読後感が好きです。
私も夏の夕暮れが好きです。
 
>>波くん
確かになんか久しぶりな気がするね。なんだか波くんぽくなくて、とても新鮮でした。
前半、めっちゃ反復法使うやんと思ったら、後半ではその返事が帰ってこないっていう変化してて、「死」という単語を出さずに彼女の死を表現してたのいいなーって思いました。

Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.263 )
日時: 2018/08/12 19:20
名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: zHNZmqyM)


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 ■第8回 一匙の冀望を添へて、
 平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。


*

 開催期間:平成30年8月12日~平成30年9月2日


*

 平成最後の夏ですね。もう夏も終わりそうですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 ひと夏の思い出として、碧と水樹の物語を彩っていただければと思います。

Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.264 )
日時: 2018/08/12 21:40
名前: 脳内クレイジーガール◆0RbUzIT0To (ID: 3qi0edhc)

 平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。広くて大きくて透明な海だけが、僕たちの終わりを見守っていた。






 気温は三十度を軽く超える暑さ。蝉だってそろそろ熱中症にかかってもいいじゃないかって思うくらい、汗が滝のように湧き出る真昼間だった。海水浴に来てる家族連れからそっと目を離し、僕はビーチサンダルで白砂の上を歩く。浜辺を踏みしめるだけで、陽に直接熱された砂が足に絡みついて、僕の足を火傷させようとしているみたいだった。

 「熱いよな、きっと、お前も」

 水樹が死んだ。僕が殺した。苦しんでもがいて、最後に僕に助けを求めた水樹を見殺しにした。
 どうしようもなかったんだ、こうするしかなかったんだ。と、偽りの言い訳をして、僕はすっと息を吸った。酸素を体に取り入れたはずなのに、僕の胸はずっと何かが足りないみたいに悲鳴を上げる。

 「僕も、熱かったんだよ」

 上手く呼吸ができず、喉の奥からこみあげてくる何かに怯えて、僕はそっと掌を首にあてる。力を入れると、すぐに爪が皮膚を傷つけた。ぐっとアダムの林檎を押さえつけると、頭の中で何かがプチっと切れたみたいに、僕は何も考えられなくなった。

 海に行こう、と言い出したのは水樹のほうからだった。地元に海浜公園があるにもかかわらず、海に最後に行ったのがいつだったか思い出せない僕は曖昧な返事をして空を仰いだ。
 今日もメディアは最高気温は観測できるかどうかで大騒ぎ。僕たちの住むこの町も、きっともうすぐ四十度なんてさらっと超える「熱帯」になってしまうのだろう。エアコンのかかった教室で、僕は水樹と一緒に明日から始まる夏休みのことで盛り上がった。花火大会、盆踊り、海水浴にキャンプでバーベキューもやりたいなんて水樹が嬉しそうに言うものだから、僕もほんのちょっと楽しみになった。

 「朝の海って新鮮だよなっ」
 「うん、僕も初めて」

 僕たち以外誰もいない海。この場所で呼吸するのは僕と水樹だけ。夏の朝はいつもなら涼しくて気持ちがいいはずなのに、今年はえげつない暑さだ。じんわりと籠った熱で汗が首筋を伝った。
 僕たちは朝日が昇る海辺を一緒に歩いた。嬉しそうに水樹が僕の隣を歩いていて、ちらっと僕のほうを見た後に、恥ずかしそうに口を開いたのがきっかけだった。

 「碧になっ、ずっと言いたいことがあったんだ」

 ちょっと照れたみたいに、水樹が僕のほうを見た。僕たちは足を止めずに、何の目的もなく歩き続ける。顔が少し火照った水樹の表情をちゃんと見ることができずに、僕は彼からそっと目を逸らしてしまった。

 「なに?」

 声が少し上ずってしまった。真剣な水樹の表情に僕の心臓はさっきからバクバクと煩い。朝日がようやく顔を出して、気づけば蝉の鳴き声も聞こえてきた。求愛行動が全力でできる蝉が少し羨ましく、そして同時に妬ましかったのかもしれない。

 「俺さ、春野さんに告白されたんだ。で、付き合おうかと思ってる」

 へへへ、と照れたように笑った水樹の嬉しそうな笑い声に、僕も笑って見せる。へえ、よかったじゃん。おめでとう、僕は親友の肩を思いっきり叩いた。歯を見せて大声で笑って、碧に一番に言いたかったんだ、と水樹が言葉を続ける。そっか、そっか、と僕も笑う。ちゃんと笑えている自信はあった。だから、こんな恐ろしい衝動に駆られたのは、暑かったから、とでも言い訳しておこう。

 ごづんっ、と大きな音が鳴ったあとにはもう遅かった。意識を失って、血だらけで倒れる親友の姿はとっても悲惨で、大丈夫かよと僕が駆け寄っても彼はうなるだけ。そして、すぐに僕の背筋が凍り付いた。あれ、待って、何で僕、こんなこと


 「なあ、暑いよ。熱いよ、碧、なあ、助けてくれよ、俺ら親友だろ?」
 「……うん、僕も、そう思えてたらよかった」

 夏の朝、水樹は僕に助けを求めながら――泣きながら死んだ。
 僕も泣いた。大事な親友だったんだよ、きっとこの日まではそう思っていた。






 小さな子供がこちらに走ってきて、多分前をちゃんと見てないからか僕の足にごつんとぶつかった。転んでうええんと泣きわめく子供に抱いた感情はぐちゃぐちゃで、その子のお母さんが来て謝るまで僕は上手く宥めてあげることができなかった。


 「僕も、熱かったんだよ」



 子供の頭を優しく撫でると、その子がにこって笑顔になって「おにいちゃんごめんね」って僕にばいばいしてその場をお母さんと一緒に立ち去った。
 熱かったんだ。僕の感情はずっとずっと熱され続けて、いつまでも誰も凍結させてくれなかった。いつか、終わるとわかっていたのに、それなのに。
 水樹が僕を恨むなら、それでもいい。僕はこの広くて大きくて透明な海に溺れて、水樹のことを想いながら死ぬ覚悟、いつだってできているから。浜辺を歩く。一人で歩く、熱い、暑い、じんわり汗が首筋を伝う。



 平成最後の夏、僕は初恋を殺した。



◇◆◇
 はじめまして脳内クレイジーガールです。添へて、はずっと読む専門だったのですが、初めて参加させていただきます。平成最後の夏ってとても素敵なフレーズですよね。素敵なお題で書くことができて幸せです。運営のあさぎちゃん、ヨモツカミ様、ありがとうございました。

Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.265 )
日時: 2018/08/12 23:41
名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: jM4/ta36)

 平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。

「で」
「で、って」
「その死体と、その返り血と、その部屋と、その存在証明を、私に? どうしろと?」

 蒸し暑い熱帯夜、何処からか入り込んできた蚊を排除すべく部屋中を蚊取り線香で燻蒸し、その煙を排出し終わってようやく眠れるとベッドに飛び込んだ矢先に、これである。苛立ちも露わに不在着信まみれのスマートフォンを放り投げ、弓月陽(ゆづきひなた)は矢野の名前どおり青くなった顔を見下ろした。
 おどおどとした目が部屋を見回す。映るのは変わらない現実――そうつまりは、矢野と水樹がくだらない焦燥と劣情をもつれさせた果てに、逆上した矢野がその胎を滅多刺しにして殺し、挙句のはて興奮も極まってその屍骸をはずかしめたという。床の上には下を脱がされて無惨な傷口を見せる女の屍骸がごろりと足を広げられて転がっていて、効きすぎたクーラーの下で血は既に固まりはじめ、さんざ逃げ回ったのであろう、床中は引きずったような血痕で足の置き場もない。
 象徴をめちゃくちゃにされ、貞操も尊厳までも貫かれた同性の屍骸の姿は、陽の精神をむしろ玲瓏たるものに仕上げてくれていた。中途半端に情の残った死に方だと動揺するから、ここは矢野の下劣で品性の欠片も見当たらぬ下半身の高ぶりに感謝すべきだろう。
 陽はその妙に回転の速い頭脳で、普段ならとても意識に上らないような下品な言葉を幾度も思い浮かべた。要らぬことにまで想像を働かせる度に、陽のこころは夏だというのに極北の極致のように冷え込んでゆくのだった。

「ひ、ひな」
「凄いよねお前。平成最後の夏。高校生最後の夏だよ、お前」
「陽」
「お前どこ志望? 東大? 京大?」
「……あ、」
「私と同じところ、だったっけなぁー。どうよ、全部台無しにした気分は?」

 陽自身、今の表情はとても残酷なまでに、いい笑顔だと認識する。
 矢野のことは、親友だった水樹と繋がりを持っているだけの空気である。というより、陽にとってはありとあらゆる男がそのような存在でしかなかった。陽にとっては水樹こそが至高であり、それと幼馴染という時の縁をもって繋がっていたとしても、矢野は所詮空気だった。

 だから、矢野が水樹を振り捨てて寄せた好意は、気付いていても何も嬉しくなかった。
 だから、矢野が水樹を殺して向けさせた興味は、矢野ではなく水樹にだけ向けられた。
 だから、矢野が水樹を殺して求めた救いの手は、取る必要性そのものを感じなかった。

 きっと勘違いだろう。矢野は陽を好きだが、陽は矢野のことなど眼中にもない。こうして縋ってくるのは、きっと陽も自分を好いてくれているのだという、根拠のない幼稚な自信によるものだろう。
 けれども、もしも矢野が陽の気を知っていて此処に呼びつけたなら?

「陽、助けて、おれを、助けて」
「は、何で?」
「だって今までも助けてくれただろ!?」

 あの試験勉強のことだろうか。勉強を投げ出そうとする水樹にせめて範囲のところだけでも教えようとしていた時、矢野が横槍を入れてきたことがあった。水樹がそれを歓迎したから自分も反対せず、結局のところ三人の中で一番成績のよかった陽が二人に平等に教えた。分かっている。途中で水樹は勉強に飽きて寝てしまい、赤点は回避できるからまあいいかとそのまま寝かせたから、後半は水樹に教える予定の内容をなぜか矢野に教えていた。それを「二人きりになっても教えてくれたいい人」と誤認したのだろう。
 それとも、あの夏休み初日の海のことだろうか。どうにかテストを無事に終わらせ、追試や補講も切り抜けて、水樹は矢野と海に行っていた。そこで何故か水樹は陽も海に誘い、水樹のいうことだからと一緒に海辺を楽しんだ。分かっている。うっかり海藻で足を滑らせて潮だまりに落ち、危うく溺れそうになった矢野を水樹と二人で引っ張り上げた。滑らせた足は潮だまりの岩で切っており、二人はそんなことに備えていなかった。したたる血に矢野は目を回していて、水樹がどうしたらいいのかと泣きさけぶから、陽は持ってきた水で傷を洗って絆創膏を張り付けた。それを「おれをわざわざ助けてくれたいい人」だと思い違ったのだろう。
 全て水樹のためだ。水樹が矢野を好きだから、水樹が矢野を助けてほしいと冀ったから、陽はその通りに手を動かしただけで。

「水樹は何か言ってた?」
「なん……! い、今水樹のことは関係ないだろ!?」
「何か、言ってた?」
「知らねぇよ、水樹のことなんか! それよりも陽、お前は」

 ジャアジャアとくまぜみのように喧しいのをさらりと聞き流して、陽は一度ベッドに放り出したスマートフォンを拾い上げる。じっとりと冷たい湿気が指に触れて、嗚呼直前までは睦まじかったんだな、と、特に感慨もなくそれだけ思った。
 ほぼフル充電を保ったスマートフォン。その緊急通報ボタンを押して、陽は迷いなく一一〇番を押した。陽はためらいなく、素早く、自分の名前と矢野の家の住所を口にして、すぐに窓の外へ放り投げた。
 血まみれのカッターを握りしめた矢野が飛び掛かってきたのはその直後で、陽は咄嗟に掴んだシーツを矢野に頭から被せた。

「水樹なら、捕まえてって言うんだろうね」

 もし矢野が自分ではなく他の誰かに同じ昂りを向けたなら。きっと水樹はそう言う。

「つかまえて。そう、捕まえて」

 それを解釈するのは、陽の自由だ。
 シーツを踏ん付け、もんどり打って倒れた矢野の背を、陽は両脚で踏み付けた。そして座り込み、外でまだ通話が繋がっているはずのスマートフォンに向けて、思い切り、出来る限り悲痛な叫び声を上げてみせた。じきに矢野は水樹を殺し、その現場に呼びつけたか居合わせたかした陽も殺そうとした、憐れで下品な男として警察に認識されるだろう。逮捕はされるまい。この間抜けな男は倒れた時に肺を一突きしてしまった。警察の御登場まで、救急車の御到着まで、果たしてこれのいのちはあるかどうか。流石の陽にもそれは分からなかった。
 だが、そんなことはどうでもいい。
 陽はただ、ただ真顔で叫んだ。

 後にも先にも、片思いにフられて泣き叫ぶことなど、もう無いだろうから。
 悔いのないように、陽は精魂込めて慟哭した。

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どもどもども三度目です
液晶の人です
今宵は百合と平成を冒涜しにきたよ

夏はいやですね
あついし
蟲がわくし
死体はすぐ腐るし
クーラーが効いてても
恨み事めいて暑い暑いと
思わず言いたくなっちゃうね

百合の花はもう枯れた

Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.266 )
日時: 2018/08/13 11:54
名前: 流沢藍蓮◆50xkBNHT6. (ID: S3zlUUHs)

 平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
 明確な殺意があったというわけでは、ない。悪意は、あったのかもしれない。そして気が付いたら、水樹は死んでいた。
 僕に殺される寸前の、親友の顔が脳裏にこびりついたまま離れず、壊れたビデオみたいにその瞬間だけが、何回も何十回も何百回も何千回も、僕の頭の中をループし続ける。
 水樹はその顔を苦しみに歪ませて、必死で僕に助けを求めた。僕に命乞いをした。でも僕はそんな彼女を見て、狂ったように笑っていた。その心には、不思議と悲しみは湧かなかった。
「水樹、ちゃん」
 僕は呟いた。
「……ごめんね」
 悲しくはなかったけれど、とりあえず口にしてみる謝罪の言葉。
 水樹は、死んだ。
 あんなに、生きたいと言っていたのに。
 死にたくないと、叫んでいたのに。
 僕の目の前にあるのは少女の遺体。チューブを抜かれて命を断たれた、病気だった少女の遺体。
 彼女の命が戻ることは、もう二度とない。彼女があの輝くような笑顔を見せることは、二度とない。
 僕は平成最後の夏に、一人の少女を葬った。
 平成という時代の、ひと夏の思い出とともに。

「碧さんは、なぜ一人称が『僕』なの?」
 高校に初めて上がったとき、水樹はそう、僕に自ら積極的に話しかけてきたんだ。
 僕は答えたものだった。
「ん、何となくだよ。それよりも『俺』の方が良かった? ちなみに『私』は無しね。気取ってるって思っちゃう」
「そう?」
 水樹は首をかしげて不思議そうな顔をした。でも単純な彼女はそれ以上突っ込まずに僕に手を差し出して、綺麗な歯を見せて笑った。
「ま、いいや。あたしは中山水樹! これからよろしくね、碧!」
 僕をいきなり呼び捨てにした彼女。
 以来、僕らは親友となる。

 水樹が病気になったのは、それから一年後のことだった。
 原因はわからない、対処法もわからない。それでもその病気は確実に水樹の命を奪っていった。
 水樹の大親友たる僕は彼女の病室に何度も見舞いに行って、そのたびに水樹は満面の笑顔を見せて僕を迎えてくれたけれど、会うたびに彼女は細くなっていっているように僕は感じた。彼女の命が失われようとしているのがわかった。僕はそれが怖くて、だから彼女を毎日毎日見舞いに行って、励ましの言葉を掛けたんだ。病は気から、と云う。ならば気を強く持てば、そんな病なんて治るんじゃないかと、僕は半ば願うような気持ちでそう思っていた。
 でも、でも……。

「あたし、幸せになるんだ」
 ある日、水樹がそんなことを僕に言った。それを聞いた時、僕は我が耳を疑った。
 水樹は楽しそうに、全身をチューブにつながれたまんまで、僕に言うのだ。
「あたしのママ、再婚するの。あたしにパパができるの、あたしに家族ができるの」
 それは僕のもとにはまだ訪れていない、幸せ。
 水樹も僕も母子家庭で、両親は幼いころに離婚して水樹も僕も父親というものをよく知らない。似たような境遇だった、似たような傷を互いに抱えていた。だからこそ僕らは親友になれたのかもしれない。互いに似たような傷があるから、それを舐め合うような関係で。
 でもその日、水樹の傷は癒えた。水樹は僕と同じではなくなった。水樹は、水樹は、幸せになったのだ!
 幸せではない、僕とは違って! 幸せにはまだ程遠い、この僕とは違って!
 水樹も僕も同じはずだったのに、同じ傷を持っていたはずだったのに、
 水樹だけが、幸せになる。
 その時感じた激情を、劣情を、狂いそうになるほどの憎悪と渇望を、僕は言葉で表すことができない。
 親友だったはずなのに。
 僕は水樹が、憎かった。

 それ以降、会うたびに水樹は新しい家族の話を僕にするようになった。水樹自身に悪意はないのだろう。でもそのたびに僕の心は刃で切り刻まれたように激しく痛んで血を流し、流した血から、憎悪や悪意が生まれて僕を蝕んでいった。
 親友だったはずなのに。
 相手の傷が、消えた今。舐め合う傷が、消えた今。傷を抱えるのが、僕だけになった今! 憎い、憎い、憎い! 僕を差し置いて幸せになった水樹が、親友だった水樹が、僕は憎くてたまらなくなった。
 友情なんて、こんなものさ。呆気なく崩れてしまうものなんだ。
 笑う水樹、輝くような笑顔を向けて、夢を語る、水樹。
 何故だろう、親友だったはずなのに。
 僕はその笑顔を、壊してみたいと強く感じてしまったんだ。
 僕を差し置いて、この僕を差し置いて、水樹だけが幸せになるなんて、許せなかったから。

「あたし、弟ができるんだ」
 楽しそうに笑った水樹。全身にチューブをつながれて、辛うじて生きているという状態で。よく笑えるな、と僕は冷めた頭で思った。よく笑えるよ、今にも自分が死にそうなのに。よく笑えるよ、君の親友はいまだ、不幸なまんまなのに。――よく、笑えるよ、水樹。
 水樹は楽しそうだった。あくまでも楽しそうだった。
「十六歳下の弟だよ? あたし、しっかりお姉ちゃんになれるかなぁ。名前どうしよっかって、今、みんなで考えているの。碧も考えてよぉ、何か、とっても縁起の良い名前!」
 水樹は無邪気だ、無邪気ゆえに、人の心がわからない。
 今、僕の心には、凍えきった猛吹雪が吹き荒れているというのに。
 だから僕は、気が付いたら衝動に任せて、水樹のチューブを抜いていた。ぶちぶちぶちっと音がする。間もなく看護士さんがやってくるだろう。僕は入り口にしっかり鍵を掛けて、椅子などを積み上げて病室にバリケードを張った。そうやって時間稼ぎをした。
 水樹は驚いた顔を、そんな僕に向ける。
「なっ……! 碧、何、するの……?」
 僕は、答えた。
「何って……水樹、君を不幸にするためだよ」
 同じ傷を舐め合ったのに、水樹だけが幸福になるなんて許せない。
 激情が、劣情が、憎悪が、渇望が、凍えきった僕の心を狂ったように吹き荒れる。
 僕は、笑っていた。
「は、ははっ! 水樹、水樹! 不幸になりなよ、不幸になれ! 僕と同じように、いまだ救われぬ、僕と同じように! 不幸になっちゃいなってば、水、樹……!」
 チューブを抜かれて、命をつなぐチューブを抜かれて、水樹の顔が苦しみに歪む。ああ、その顔だ、その顔だよ! 苦しみに歪んだ、その不幸な顔! 母子家庭で生きる僕が浮かべる、傷を抱えた不幸な顔! 水樹に幸福なんて似合わない! 水樹は僕と同じだ、僕が幸せになるまで一生、不幸でいればいいんだ!
 水樹は苦痛の中で、一生懸命に声を絞り出した。
「お願い、碧……。あたし、生きたいの、死にたくないの、弟がこれから産まれるの、その顔を見るまではまだ……!」
 命乞い。あんなに幸せそうに笑っていた水樹が、必死の形相で、命乞い。
 でもその言葉が、「弟が産まれる」という言葉が、ますます僕の感情を強くさせ、凍えさせると君はわからないのだろうか。
「勝手に死ね」
 僕はそう、呟いていた。
「不幸になれば、いい。幸せから堕ちて、不幸になれば、いい!」
 ああ、何というエゴ、何という自己中心、人のなんと、醜いことだろう。
 でも僕は溢れ出すこの黒い感情を、止められなくて。
 「開けろ!」病室のドアの外からはそんな声がする。このバリケードが破られるのも時間の問題だ。
 でもその前に、水樹は確実に死ぬだろう。
「助けて……。親友、でしょう……?」
 ベッドから、伸ばされた手を。
「どこが」
 僕は無情にも撥ね退けた。
 水樹の顔が絶望に染まる。
 こうして僕は水樹を殺した。

 平成の夏が終わる。平成最後の夏が終わる。
 平成最後の夏、僕はその一瞬の季節とともに、親友と呼んでいた存在を葬った。
 この傷は、絶対に消えない。僕はこの傷を一生背負ったまま、生きていくのだろう。
 うだるような夏の午後、僕は青い青い空を見上げた。
――明確な殺意があったというわけでは、なかったんだよ、水樹ちゃん。
 君が幸せになったのが、悪いんだ。
 蝉の声も波の音も、どこかから聞こえる涼やかな風鈴の音色も、全て、僕の耳には届かない。
 壊れたビデオテープ。
 僕の耳には、消えることのない水樹の命乞いの声が、永遠にループしながら響き続けていた。
 夏の白い砂浜に、僕のお下げにした髪が映り、揺れ動く。
 もう、水樹は、いない。僕が、殺した。僕が、葬った。
 水樹の命乞いの声をBGMに、平成最後の夏が過ぎようとしていた。

*****

 主人公たちの性別を工夫したのはあえてです。小説だからできるトリック、挑戦してみましたがいかがでしょうか。
 夏という季節には特別な感情を抱きます。夏というのは鮮やかで美しくて儚くて――そしてどこかに狂気を秘めている。
 「いつ」「誰が」「何を」「どうした」と、多くの状況が埋まっている中で、「どこで」「何故」を考えるというのは新鮮で楽しかったです。素晴らしいお題をありがとうございました。

Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.267 )
日時: 2018/08/13 22:20
名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: mc/NAfs.)

 平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。思っていたよりも呆気なかった。それでも寂しさがこみ上げてくる。僕は泣いた。涙が枯れるんじゃないかってくらい、大きな声で、みっともなく。

■蟻

 アイスを地面に落とした時に思う残念さと、それはよく似ていた。
 暑い夏の日だった。太陽は高く、外で遊んでいた僕と水樹の肌を焦がす。ママに持っていけって言われた帽子と水筒は、自転車のカゴの中に置き去りだ。
 朝早くから出て行った僕に、ママは「宿題もしなさいよ」と呆れていた。でも宿題は終わっている。たった三週間ちょっとの夏休みだ。めいっぱい遊ぶために、宿題は二日で終わらせた。残っているのは自由研究と絵日記だけ。

「水樹、あっち、行こう」
「いいね」

 公園の芝生の上を、自転車を押して走る。水樹は足が速くて、僕は追いつくのに精一杯だった。口でめいっぱい息を吸い込む。けど、吸っても吸っても、息が出ていってしまうばっかりで、だんだん苦しくなった。小さな丘の上まで必死に走り、自転車を横倒しにする。
 水樹は丘のてっぺんにいた。大の字で空を見上げている姿が、とてもきれいだった。水樹の横顔に見惚れる。そっと水樹に近づいて、同じように横になって空を見上げた。太陽は高くて、大きく目を開けることができないくらい、ギラギラと光っている。
 僕と水樹はそのまま黙って寝転んでいた。ちょびっと眠たくて、僕は目を閉じる。カサカサの唇が、ちょっぴり痛かった。

 目が覚める。口の中がからからで、すぐに喉が渇いたと思った。顔がじんじんと痛む。

「水樹」

 欠伸に引き続いて発生する涙を、Tシャツの裾で拭う。白地にこんのボーダーが入った服が、じんわりと色濃く変わった。

「水樹……?」

 丘に停めていた二台の自転車。それが黒色のマウンテンバイクだけを残して、何も無くなっていた。前輪に添えられた僕の水筒と帽子に、僕の自転車を水樹が乗ってったのかもしれない、そう感じる。丘の裏にも、だだっ広い公園のどこにも水樹の姿はない。
 途端に不安になってしまって、地に着いた足裏がふわふわしている感覚に襲われる。もし事故にあっていたら。もし誰かに誘拐されていたとしたら。嫌な考えが沸騰した水のように際限なく浮かんでいく。そのどれもが、嫌な結末だった。
 急いで丘のてっぺんに戻り、帽子を被って、マウンテンバイクについていたホルダーに水筒を入れる。僕が普段乗っている自転車よりも少し高いサドルを跨ぎ、凸凹の丘を滑り下りた。

 青色の信号機。住宅街の細道を飛ばす車。散歩しているおじーちゃん達。舌を出して歩く犬。十字路で轢かれそうになっても、自転車のスピードは緩められない。丘の公園から必死にペダルを回して、家の前に自転車を停める。いつもママに「ちゃんとガレージにしまいなさい」と言われているけど、そんな余裕は無かった。
 乱暴に玄関を開け、リビングへ向かう。靴は揃えず、帽子は廊下の途中で投げ捨てた。薄茶色のフローリングを走り、リビングでテレビを見ていたママを見て、涙があふれた。

「ママ、ママ。水樹がどこにもいないの、一緒に丘にいたのに、起きたらどこにもいなくて、僕の自転車もなくて、どこにいるのかも分かんない」
「碧、大丈夫よ。落ち着いて」
「僕がちゃんとしないとダメなのに、ママどうしよう、水樹のパパに怒られちゃう」

 ママの言葉が分からなかった。何が大丈夫なの、何も大丈夫じゃないのに、なんで大丈夫だよって僕に言うの。落ち着いて何が解決するの。ぼろぼろと涙をこぼしながら、困った顔のママを見てそう思った。ママは何も分かってくれてない。水樹のパパが怖いことを知らないから、大丈夫なんて言えるんだ。
 僕のことをママがぎゅって抱きしめてくれる。あったかくて、それがもっと苦しくて、涙が止まらない。どれだけ泣いたって仕方がないのに、ママの背中に目いっぱい腕を伸ばして、涙があふれなくなるまで、ママも僕を抱きしめてくれた。


「水樹くんのおうちには、明日行こうね。ね、碧。それでいい?」

 ママがそうやって優しく言うから、僕は頷くしかなくて、目の涙が出るところが痛くなるくらいTシャツで拭った。僕の頭をママは優しく撫でてくれた。そのママの手を握って、一緒にガレージに向かう。パパは出張でいないから、いつもパパの車が入っているところに水樹の自転車をしまった。仮面ライダーの水筒をホルダーから取って、家に戻る。
 冬よりもぬるいお風呂に浸かって、“60”を三回数えたら、お風呂を上がる合図。明日水樹は僕の家に来るかな。明日は僕の家でかくれんぼをする約束だから、水樹が来ないと僕は鬼になれない。ママに髪を乾かしてもらってから、真っ赤なほっぺにアロエのジェルを塗ってもらった。ひんやりしたアロエのやつは、すごく気持ちがいい。

「碧、もう九時になるから、寝なさいね」

 絵日記を書き終わって、ママと一緒に見ていたアニメが終わったところで、ママに言われる。いつもより少し早い時間だけれど、疲れてうとうとしていたから、僕は素直に従って自分の部屋に戻る。やわらかいベッドに寝転んで瞼を閉じたら、何も分からなくなって、全部が真っ暗になった



 太陽は高く昇っていた。手に持っていたアイスは地面に落ちて、蟻が集まってきている。汗がぽたぽた落ちる。水樹はまだ来ない。いつもならとっくに来ている時間なのに、どうしたんだろう。蟻が列を作って行ったり来たりしていた。水樹の自転車も出して待ってるのに。お昼が終わりそうだ。自転車のハンドルを握って、僕は水樹の家に向かう。
 歩いても遠くない距離を、僕たちは自転車で行き来していた。いつも決まった時間に、水樹が僕の家に来る。そして、三時には水樹の家でお別れをして、僕は家に帰った。いつもが壊れる。それだけで、胸がぞわぞわして気持ちが悪い。

 三つ目の交差点を左に曲がって、二軒目。くすんだ木の壁に錆びた青色の屋根、白いカーテンが閉まった家。木の表札には中山の文字がある。家の脇には、僕の真っ赤なマウンテンバイクが倒されていた。自転車を停めて、擦りガラスの扉を二回叩く。少し待つと、疲れ果てた表情の、水樹のママが出てきた。僕を見て、泣きそうな顔をしたと思ったら、キッと眉毛を釣り上げて、眉間にしわを寄せて、一発。

「あんたのせいよ!」

 頬に感じた鈍い痛み。咄嗟に手で頬を触ると、ジンジンと痛んでいるのが分かった。

「あんたが水樹の友達じゃなかったらよかったのに! 水樹のためにあたし達がどれだけ手をかけてやって、どれだけ大変な思いしてるのかも分からないくせに……。金持ちの家の子と遊んでる水樹が、近所で陰口言われてることだって知らないガキが来るんじゃないわよ!」

 泣いていた。けれどその顔は、僕の顔面に向かって飛んできた靴から身を守ったせいで少ししか見ることができなかった。肩で息をする水樹のママの奥から、辛そうに壁に手を付けて立つ水樹が見える。水樹のママ越しに、目線が合った。

「何も、わかんない。けど、碧は、悪くないよ」
「二度と水樹に関わらないでちょうだい!」

 水樹がにっこりと笑う。今度は僕の体に向かって、砂ぼこりで汚れた靴が飛んできた。

「碧、ごめんね、自転車」
「ちょっと水樹! 誰の許可とってこっち来てんのよ! 今すぐ戻りなさい!」

 髪を引っ張られて連れて行かれる水樹が、最後に僕を見て笑う。

「ばいばい」

 にっこりと笑った。廊下の奥で背中を蹴られた水樹の姿を見て、僕は逃げるように水樹の自転車に跨ってペダルを漕いだ。バランスを崩して真横に倒れて、膝が擦り剝ける。下敷きになった右足が痛い。怖かった。涙が止まらない。明らかな敵意だった。水樹のお母さんは、僕のことが大嫌いなんだって、知ってしまった。
 それでも水樹は笑っていた。何も分かんない。僕と水樹だけしか伝わらない言葉で、寂しそうに水樹は言う。ばいばいと笑った水樹の顔が、こびりついて仕方なかった。



 茹だるような暑さを連れてきた平成最後の夏。翌日のニュースも新聞も全部見出しは同じだった。僕は家に帰って泣いた。涙が枯れるくらい、もう泣くことなんてできないくらい泣いて、喉が痛くて、苦しかった。僕は泣いて泣いて、ママに心配されても教えられなかった。僕が水樹を殺したことも、最後に水樹が笑っていたことも。腫れた頬の原因だって、何も話せなかった。
 僕は昨日と同じように水樹を待つ。溶けて地面を汚したアイスに、蟻が集まる。行儀よく並んでアイスに集まる姿が、水樹のまじめさを表しているように見えた。一匹、列に並ばない蟻をアイスの棒でつぶして、殺す。大切な親友を殺した寂しさは、アイスを地面に落とした時に思う残念さとよく似ている気がした。


*

Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.268 )
日時: 2018/08/14 18:22
名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: QwAuwhlY)


>>264 のなちゃん

 こちらでは初めまして、浅葱です。
 初添へお疲れ様でした。楽しく読ませていただきました(ω)

 大切な思いが表に出るのか、そうじゃないのか、感じた絶望を衝動的に出してしまう現状はきっと暑さにやられていたんでしょうね。自分は暑さに苛立ちばかり感じてしまうんですけど、隠していた気持ちが爆発するくらいに水樹を思えていた碧は、幸せだったんじゃないかなと思ったりしました。
 最後の一文に全てが集約されている感じがして、すっとまとまった話だなとも思いました。元々のなちゃんの短編が好きということもあるのですが、初恋って言葉の無垢さと儚さが失われた事実。それが多くは描かれなかったとしても、碧の哀しみなどを表しているんだなぁと勉強になりました。

 次回のご参加、楽しみに待っております。

*
>>265 液晶の奥のどなたさまさん

 夏だから。夏だから、思わず。なんてことがあるような雰囲気だなと思いました。
 陽が水樹を好いていることも、矢野に対する感情も分かりやすく表情等で描かれているなぁと感じました。三人称視点だからこそ、それぞれの表情の変化が読んでいてわかり易かったんだなと思いました。
 ところどころ一文が長くて、理解しようにも情報量に負けてしまうことがあったので、一文が長すぎないとより読みやすくなる気がしました。それと一つ気になったのは、初めの一文が浮いてしまっている印象があった点です。
 初めの一文が説明口調だったということもあるので、なお会話文が続くと、一文が浮いているように感じられるのかなと思いました。浅葱自身も、一文からどう作品を繋げようか悩んだりします。難しいですよね(ω)
 今後の参加も楽しみにしております。

*
>>266 流沢藍蓮さん

 僕は私という部分で、文だからこその表現をされていたのだろうなと感じました。水樹との共通点を話す時に「水樹と僕」と書いていたのは、僕自身より水樹を考えているからなのかな、と思いました。途中から、ステージの上でシナリオ通りに叫んでる碧役の子が出てくる印象が、読んでいく中で強く感じられました。地の文で「!」が出ていると、舞台にいる私を見て! 今私はこう思ってる! こう叫んでる! という、こう、キャラではなくてキャラ役の誰かが演じているような感覚になったりしてしまいました。
 自分のこの考えを知って、見て、感じて。というのを強く思わせるには効果的な表現でもあるのかな、と思う反面そうした演じさせられてると感じてしまう要素もあるので、読んだ人によって感じ方が大きく変わる印象でした(ω)

 あと、物語を描いていた中で気になった部分が多々ありまして、特に気になった部分だけお伝えしようと思います。"かんごし"という単語があったのですが、小説内では"看護士"と表記されていますが、実際には"看護師"となります。「師」と「士」の使い分けができると、意味が分かった上で書くことが出来るので、書いた文字が合っているのかを調べてみると語彙が増えることにも繋がるのでオススメです。
 医療に爪先突っ込んでる人間としては、物語全体の内容よりも、実際に有り得る状態なのか、矛盾が生じない場面設定・疾患設定なのかという点が気になってしまう内容でした。中身が薄くなってしまいますが、申し訳ないです。もし細かくどのような点で矛盾を感じたかなど知りたいという要望がありましたら、後日別場所に伺わせていただきます。

 次回のご参加も楽しみに待っております。

Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.269 )
日時: 2018/08/14 18:55
名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: FW5MhVBg)

>>268

んーとですね
またお恥ずかしながら自文自釈タイムですが

別に夏じゃなくてもいいんです
冬でも多分殺すんじゃないですかね
そのくらい下らなくて
日常的な
テレビの向こうで起こるような
そんな灰色にうずもれた殺人事件なのです

お褒めのことばをどうもです
三人称は得意なような不得意なようなで
毎度視点と言葉遣いが迷走しますが
ゆっくり精進しますので

文章長いでしょうか
私はいつもこのくらいを目安に書いて
このくらいの密度で読み慣れているので
どうもテンション上がるとこんな文になってしまいますね
いちおう文章的なこと言っておくと
弓月はこの会話中えんえんと思考回路フル回転なので
描写もそれに合わせてとめどなく
重箱の隅っこつつくように垂れ流しています

最初の一文
確かに目立ちますね
あれは矢野自身の報告ではなく
矢野のメッタメタな自白を弓月なりに翻訳した結果
ああいう変に説明的で詩的なモノになったという
そんな感じのモノローグ

要するに
彼女はあの時点で
混乱する思考に整理をつけてたんですね

大体そんな感じ
もうちょっと作中でこの辺が説明できたらと思うのですが
文才足らずこの有様です
うへぇ申し訳ない

Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.270 )
日時: 2018/08/15 02:47
名前: 放浪者 (ID: TT4W25aY)

 平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。……いいや違う。平成最後の夏、僕の親友こと中山水樹は僕に親友を殺すことを命じたのだ。何でも、彼女は僕と一緒に居るのが嫌だったらしい。


 みるみる間に広がる血溜まりに伏せている親友を眺めて、僕は溜息を零した。「私を殺して」僕は水樹の言葉を反芻する。……僕にはその言葉の真意を掴めずにいた。今まで僕達は親友で居たはずなのに、訳もなく殺 せなんて命じられたら、誰だって混乱する筈。なら本人に聞けばいいじゃないかと言われそうだが、聞く前に殺してしまった。殺人を急かされたから。脳裏で水樹の言葉を吟味する程、もう聞こえない声の筈なのに、水樹の声が耳元ではっきりと聞こえるような錯覚を覚える。蝉の声はこんなにも遠く聞こえるのに!

「でも、水樹ちゃんは生きてる、よ?」

 藍姉ちゃんはそう、困惑気味に一言告げた。藍姉ちゃんは僕と同じ所を凝視している。しかしおかしいものを見たかのように、首を捻ると僕の方を見た。
 当然、生きているに決まっているだろう。僕が殺したのは、中山水樹では無いのだから。藍姉ちゃんの言葉は間違いなのだ。
 陽炎で揺らめく鉄棒を眺めながら、僕達は公園のベンチに座った。ちなみに僕は、親友を殺した場所から移動していない。しかし親友は居ない。何故なら僕が殺したから。親友の死体はベンチのそばの地面にある。血溜まりも当然、処理されていない。

「……うん。でも、藍姉ちゃん、僕はもう、親友に会えないよ」
「……」

 僕はバツが悪そうに顔を伏せてそう言った。目を嬉しそうに開いたままの親友が僕を悲しそうに見つめ返す。瞬きをひとつもせず、じっと僕を見ている。
 首を垂らしている僕とは対称的に、藍姉ちゃんは水色の空を見上げる。藍姉ちゃんの呼吸は少し深く、何かを思案しているかのように、僕の言葉を沈黙で返した。
 そうして一言。

「喧嘩でもしたの?」

 蝉の声が消える。
 いつの間にか僕は顔を上げていた。藍姉ちゃんも、僕の方を見ている。

「してないよ」
「……ふぅん。早めに仲直りしなよ?」

 藍姉ちゃんはプシューと音を立てながら赤い缶ジュースのプルタブを開ける。それと同時に蝉の声も戻る。僕も、藍姉ちゃんから貰ったペットボトルの蓋を開けた。
 親友が死んだのは、藍姉ちゃんが飲み物を買いに場を離れていた時だ。親友は、タイミングを見計らったかのように、僕を犯罪者に仕立てあげた。
 もう一度。水樹の言葉を噛み砕く。「私を殺して」。それは、僕にとって最悪のお願いごとだった。でも、僕は親友の願い通り殺してあげた。
 そう思い返しながら、僕は喉を反らしてジュースを飲む。口の中に甘い味が残るのを感じながら、蓋を閉めた。

「……うん。出来たらするよ」

 喧嘩ではないけど。僕は藍姉ちゃんの言葉にしっかりと頷いてみせた。


 そんな雰囲気の中。
 親友を殺してしまった僕の視界には、水樹がぼんやりと映った。陽炎で揺らめいて距離感が掴めない。何かを言いながらこっちへ向かってきている。藍姉ちゃんはそれを見て、「ほら碧くん!」と酷く興奮したように僕の背中を叩いた。
 藍姉ちゃんはきっと、僕を後押ししようと僕の背中を叩いただけなんだろう。僕にはそれが鉄塊で殴られたように重かった。

「藍姉ちゃん。僕が殺したのは親友だ」

 平成最後の夏、親友を殺してしまったから、僕は中山水樹に合わせる顔が無いのだ。

*矢野碧の中での親友である中山水樹を矢野碧は殺しただけであり、中山水樹自体は生きている喧嘩話

トリックめいたものを書こうとしたけど別物になってしまった。
初めてのトリック・推理系に挑戦してみました。話の中で親友を殺してしまった動機がはっきりし無かったのでグダグダになってしまいましたが、書いている感覚では楽しかったです。

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