雑談掲示板

第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】
日時: 2019/08/03 10:07
名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: bC2quZIk)

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 執筆前に必ず目を通してください:>>126

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 ■投稿期間:2019/7/10~2019/8/31
  赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。



 □ようこそ、こちら小説練習スレと銘打っています。


 □主旨
 ・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
 ・内容、ジャンルに関して指定はありません。
 ・練習、ですので、普段書かないジャンルに気軽に手を出して頂けると嬉しいです。
 ・投稿するだけ有り、雑談(可能なら作品や、小説の話)も可です。
 ・講評メインではありません、想像力や書き方の練習等、参加者各位の技術を盗み合ってもらいたいです。


 □注意
 ・始まりの一文は、改変・自己解釈等による文の差し替えを行わないでください。
 ・他者を貶める発言や荒らしに関してはスルーお願いします。対応はスレ主が行います。
 ・不定期にお題となる一文が変わります。
 ・一作品あたり500文字以上の執筆はお願いします。上限は3レスまでです。
 ・開始時と終了時には「必ず」告知致します。19時から20時を目安にお待ちください。
 ・当スレッドのお題を他所スレッドで用いる際には、必ずご一報ください。


 □お暇な時に、SSのような形でご参加いただければと思います。


 ■目次
 ▶︎第1回 氷菓子を添へて、:今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
 >>040 第1回参加者まとめ

 ▷第2回 邂逅を添へて、:彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
 >>072 第2回参加者まとめ

 ▶︎第3回 賞賛を添へて、:「問おう、君の勇気を」
 >>119 第3回参加者まとめ

 ▷第4回目 袖時雨を添へて、:手紙は何日も前から書き始めていた。
 >>158 第4回参加者まとめ

 ▶︎第5回 絢爛を添へて、:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
 >>184 第5回参加者まとめ

 ▷第6回 せせらぎに添へて、:名前も知らないのに、
 >>227 第6回参加者まとめ

 ▶︎第7回 硝子玉を添へて、:笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
 >>259 第7回参加者まとめ

 ▷第8回 一匙の冀望を添へて、:平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
 >>276 第8回参加者まとめ

 ▶︎第9回 喝采に添へて、:一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから
 >>285 第9回参加者まとめ

 ▷第10回 鎌鼬に添へて、:もしも、私に明日が来ないとしたら
 >>306 第10回参加者まとめ

 ▶︎第11回 狂い咲きに添へて、:凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。
 >>315 第11回参加者まとめ

 ▷第12回 玉響と添へて、:――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
 >>322 第12回参加者まとめ

 ▶第13回 瓶覗きを添へて、:赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
 >>325 アロンアルファさん
 >>326 友桃さん
 >>328 黒崎加奈さん
 >>329 メデューサさん
 >>331 ヨモツカミ
 >>332 脳内クレイジーガールさん

 ▼第n回目:そこにナマコが置いてあった。
 (エイプリルフール企画/投稿期間:平成30年4月1日のみ)
 >>156 悪意のナマコ星さん
 >>157 東谷新翠さん
 >>240 霧滝味噌ぎんさん


 □何かありましたらご連絡ください。
 →Twitter:@soete_kkkinfo
 

 □(敬称略)
 企画原案:ヨモツカミ、なつぞら
 運営管理:浅葱、ヨモツカミ(ねぎツカミ)

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Re: 幕切りを添へて、 ( No.323 )
日時: 2019/03/27 21:53
名前: ねぎツカミ (ID: qWmidgfQ)


■幕切りを添へて、

 こんにちは、ねぎツカミです。
 参照17000超の読者様、参加してくださった書き手の皆様。これまで『添へて、』のご愛顧ありがとうございました。
 『添へて、』として計12回も皆様の作品と触れることができた事実が、運営として嬉しいです。ちょっとした箸休めや、息抜きの場として活用していただけたのであれば、当スレッドとしてはありがたい限りです。

 『添へて、』を一度終了させる理由について、少しお話ししておこうと思います。
 こうしたスレッドは参加者の皆様に支えられなくては維持できるものではないな、と思います。また同時に、スレッドを支える運営が率先したかじ取りを実践する必要もあるのだと感じます。
 最近は理想のスレッド運営と、実際に行えないことの折り合いがつかないことも多かったり、そもそも運営としての仕事も十分に行えていない状況がありました。
 そのため、一度リセットをするという意味合いも含め、閉じようと考えました。
 これまでご愛顧いただいた皆様、また今後参加してみたいと考えていた皆様に関しましては申し訳なさ同様、最大の感謝を感じております。

 またいつか、ゲリラ的に開始することがあるかもしれません。
 その時はどうぞよろしくお願いいたします。


 添へて、運営
 浅葱 游、ヨモツカミ

Re: 幕切りを添へて、 ( No.324 )
日時: 2019/07/10 20:18
名前: ねぎツカミ (ID: xX1EANwE)


*瓶覗きを添へて、

 こんばんは。本年3月27日に一度終了しました当スレッドですが、「夏だから」という理由で、少しばかり復活させていただきます。
 この投稿をもちまして、第13回瓶覗きを添へて、を始めさせていただきます。


 投稿期間:2019/7/10~2019/8/31
 ■赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。

 

 お暇のある際、ご参加ください。

Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.325 )
日時: 2019/07/23 00:00
名前: アロンアルファ

 赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。青年は水槽に頬を寄せ、この凍りつくほどの冷たさが耐え難い痛みであることを、自身の存在の証明に近いものとして、空疎と思いつつ心に噛み締めた。虚構の冬空には鋼青色の雲が満ちていて、そのものがどよめいているかのように、彼らのいる瓦礫の竪穴洞窟に風音が響いている。

 民間企業に量子コンピューターが普及するこの時代は「地球の覚醒期」と呼ばれており、インターネットは個々のサイトがフルダイブ式のVR空間を提供し、それらが継ぎ目なく連結されて一つの広大な仮想世界と化している。ポリゴンの描写度は現実と一切遜色がなく、また人々に接続端末の移植が一般化しているため、この世界で生きることを生活の主体としている者も多い。
 青年は生まつきの難病を抱えており、現実での生活には困難が多いことから幼児期より仮想世界で暮らしてきた。現実に戻ることは滅多になく、弱々しい本当の体との神経接続は常に遮断され、臓器の再現がない虚構の体で今までを生き続けている。実体が単なるデータの記述でしかないその体は疲労するように作られてはおらず、ゆえに非情熱的で、彼は生きている実感を味わったことがなかった。

 仮想世界が実現されるにあたっては、数多くの人体実験が行われてきたと言われており、実際にこうした悪事を暴かれた著名企業も複数ある。また、その際提示される証拠品には、現実ではなく仮想世界から得られたデータが多々あった。というのも、量子コンピューターの処理能力と性質は新たな脅威にもなり、黎明期においてはこれに対するセキュリティがままならないものであるため、企業のサーバーのプライベートフィールドが一般フィールドとして剥き出しにされるなどの改竄被害が多発していたからだ。このことによって馬脚を露わし破滅に追い込まれた諸企業が所有するサーバーは、差し押さえや他企業からの買収を受けたのち、今もなお運用されていることが多く、気風もあってか当時の状態のまま公開されていったプライベートフィールドが、俗に「遺跡」と呼ばれている。
 既に目ぼしいものは発掘されつくしたにせよ、倫理に悖るオブジェクトを求めて「遺跡」を渉猟することが青年の日課であった。「遺跡」を保有し管理する諸企業は、そのフィールドにおける利用者の常駐や市街化を妨げようと、季節を非遷移の厳冬に設定していったが、それによる積雪で瓦礫しかない不毛な地の姿が隠され続けるため、人々の「まだヤバいものが全然埋まっているだろう」といった希望的観測を煽ってしまい、以前から発掘活動の拠点として無断に拓かれているキャンプ地や集落は、皮肉にも稼働中のものが未だ点在している。

 ある日のこと、旧アバロス社プライベートフィールドの南西にて、凍ることのない液体水晶が湛えられた水槽に揺蕩う彼女を、青年は見つけたのである。当フィールドのあるサーバーは現在日本の某企業に所有されているが、アバロス社は外国の企業であったからだろう、彼女の風貌は白人のそれであり、西洋的な意匠の施された赤い衣に包まれている。
 彼女は利用者ではなくオブジェクトであり、仮想上の動かぬ人形に過ぎなかったが、青年はこれをデータとして所有することができなかった。莫大なデータで構成されており、自身の契約するクラウドドライブには到底納められない存在であったのだ。しかし青年は一目で惚れてしまったがゆえ、横取りされないよう彼女のことは誰にも言わず、最短ではあるが30kmは離れたキャンプ地に常駐しつつ逢瀬を重ねていった。

 量子コンピューターが構想されたときから、人間の意識はデータとして永久保存することが可能だと考えられていた。彼女の正体は、そうした可能性を確かめようとする実験によって生み出されたものであろう。つまり本来なら彼女は重たいだけの人形などではなく、言葉と感情を持っているべき存在なのであるが、結果として生み出されたのは、物理的同一性がなければ意識を創発することもない「記憶の塊」であった。
 青年は逢瀬のたびに彼女の記憶に接続する。記憶から表象される知覚は青年自身の実際の体験となってしまうほどに生々しく、表象される感情もまた、青年自身のものとして脳神経に迸る。それゆえに青年は、彼女の記憶に接続することで、自分が彼女の失われた意識になれているのではないかと思っていた。一方で、それが本当なら「苦痛」に満ちた記憶が再生されることは、彼女を再び苦しめることであるとも思っていた。だが、むしろ青年は彼女の「苦痛」ばかりを求めるようになっていく。その中にある生の滾りが、今までの自分にはなかったものであり、あまりにも刺激的であったからだ。

 今日も青年は、彼女の悍ましい過去の一つに心を溶かしていく――。

 ――壁も床も真っ白で、同じく真っ白な天井が優しく発光することで光源となっている、ただ密室として機能するためだけの部屋。彼女にとっては、もはやいつもの見慣れた景色であるが、今だけは眼前に大きなモニターがある。

「今日は、何をするの」

 いつの間にか背後にある気配のほうへ、彼女は言葉を発する。そこに立っているのは白衣を着た中肉中背の、半笑いの表情を浮かべる中年男性だ。

「『またお前か』みたいな目で睨まないでくれよ、今回はちょっとアレなのを見せようと思ったんだ」

 ブラックアウトしていたモニターに画像、ではなく映像が流れだした。そこには寝台に固定された現実世界の彼女の姿がある。彼女は映像を見ながら頭を振ったり手で揺すったりしたが、画面の向こうの本当の自分は少しも動かず、あたかも静止画のようである。

「脳に体がフィードバックを送ることで、心は初めて世界と対面するんだが、それは心の在り処が体というわけではないってことだ。『手で物を触れる感覚』は手に生じるのではなく脳に生じる。感覚質を司ってるのは脳だけだから」
「だから、なんなの?」
「頭から脳を取り出せばあらゆる受容器との神経接続が失われ、色も明るさも音も重力の感覚もない『虚無の世界』へ放り出されるが、カメラの映像データを神経信号に変換して脳のしかるべきところに伝達してやれば視覚が復活する。マイクで同じようなことやれば音が聞こえるようになるな。人間の腕のもろもろの受容器をまねるようにセンサーを組み込んだロボットの腕でやれば、手の感覚を体験させてやれるし、今度は逆に神経信号を電気信号に変換してやったりもすればその腕を自由に動かすことまでできるようになる。そういうのいろいろやってけば、人間本来の体と本質的に全く同じな機械の体ができあがっちまう」

 途端に、濡れたものが飛び散るような音がして、彼女がモニターに振り向くと、そこには現実の自分の右の二の腕に丸鋸が深く食い込んでいる様子が映し出されていて、まもなく、腕が床にボトリと落ちてしまった。

「嘘だよね…… 痛くない、この映像嘘だよね?」
「あっちとは神経接続切れてるからそりゃ痛くねーよ。ちなみに麻酔なしだって」

 彼女は憤怒に息を荒らげ、男の白衣の胸倉をつかむ。

「形のある機械の体じゃなくても、VR空間のアバターでも本質的に同じのができあがっちゃうよなあ。データだけの、記述上の世界にある、記述上の受容器を持った記述上の体でも、電気信号と神経信号の相互的な変換とフィードバックさえあれば。ようするに、変なたとえだが小説の中の登場人物になっちまえるってことよ。もちろん、体も世界も文章になっちまうとかじゃなくて、例として文中の『赤い』という言葉の記述がそのまま視覚的な赤さになる感じだな。スゲーよな、お前の右腕、本当はもう存在しないんだぜ? そこにある右腕はただの『記述』なんだぜ? 俺の白衣を握る感触も、腕に力が入ってるって感覚も、全部『記述』に由来してんだぜ?」

 彼女は崩れ落ち、ただ慟哭することしかできなかった。流れ落ちる涙は右手を濡らし、生暖かくてそれでいて不愉快な、ふやけてヒリヒリする感覚をもたらした。

「まあこのへんの技術はとっくに完成してるんだけど、今度は心が体どころか脳からも抜け出て…… 人間が寿命や劣化から解放された意識だけの存在になるための技術が、ウチで開発されていくらしいな。そうだなあ、お前の右腕だけじゃない、心までもが『記述』になっちまうんだと」

Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.326 )
日時: 2019/07/20 10:39
名前: 友桃◆NsLg9LxcnY (ID: g21OLTlM)


 赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。奥ふかくで息をひそめる彼女は、自分自身も気づかないうちに、徐々(じょじょ)に、徐々に膨張していく。
 青い彼女は、赤い彼女を覆(おお)って、水槽いっぱいに満たされている。ぷかぷかと不安定な赤い彼女を、なだめるように優しく包み込む。爆発するのを抑えるのは、彼女のやくめ。
 赤い彼女が膨張すると、
 青い彼女は水槽から溢れ出る。
 でもちょっとずつだから、自分自身も気がつかない。
 しかも赤い彼女は不安定。ある日突然、水槽を突き破るかも。
 一度壊れた水槽は、そう簡単には戻らない。

 赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
 奥、ふかくで、息をひそめて。

Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.327 )
日時: 2019/07/20 10:52
名前: 友桃◆NsLg9LxcnY (ID: g21OLTlM)

気分転換にちょうど良くてまた参加させていただきましたー^^
最初お題見たときは、円柱状の水槽に閉じ込められている女性(しかも血まみれ)が思い浮かんで、グロテスクなお題だなぁと思ってどう書くか悩みました笑
しばらく考えてやっと、あ、これお祭りによくいるやつか、と気が付きましたが笑(私が書いたやつはその子をイメージしたわけではないです)

また意味わかんないものを書いちゃいましたが、楽しかったですー^^
企画ありがとうございます。

>追記
ごめんなさい!
規定確認したつもりだったのに、投稿した後にもう1回見たら「500文字以上」って書いてあった……!泣
今289字しかないので、ちょっと修正できそうだったら修正します(でもこれ倍に増やすのきつそう笑)。
時間作れなそうだったら取り下げます。
投稿したssより、あとがきのほうが長い;

Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.328 )
日時: 2019/07/21 00:08
名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: EnckTCdU)

 赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。

 あるとき赤い彼女は、ぼやけた世界を見つけた。ガラス瓶の底を覗いたときのような、歪な世界だった。水がとめどなくあふれ出ては、どこかに零れ落ちていく。この場所を通るときは、光や形がはっきりと見えるのが、当たり前であったのに、今日はなぜか違っていた。

 次の瞬間、彼女は青かった。狭い水槽の汚れを受け取るタイミングで、青くなってしまったのだ。青い彼女は、赤い色に戻らなきゃいけないと、必死に水槽の上にあるポンプを目指した。

 でもその前に、銀色の管が青い彼女の一部を抜き取っていった。狭い水槽に閉じ込められていた彼女が、外の世界に出られる、いつ起こるか分からない貴重な機会だった。青い彼女は、一生懸命に水槽の外を目指す。なのにいつの間にか、彼女の身体が邪魔をして、出入口は塞がってしまった。

 青い彼女は、ポンプのフィルターで綺麗になりながら考える。
 赤い私が、ぼやけた世界を見つけたら、青い私は外に出られるのではないか。
 この狭い水槽で、ぐるりぐるりと同じ場所へ行き、汚れを受け取っては、ポンプのフィルターを目指すこの定めに、終わりがないことに気がついてしまったのだ。

 赤い彼女は、力強い拍動でまた狭い水槽へ送り出された。

「はい、採血終わりました。けんたくん、チクッとして痛かったよねー。でも我慢できて偉かったよー! 痛いの痛いの飛んで行けー!」

 診察室。涙目の男の子は、ご褒美の棒付きキャンディを右手に、左腕には小さな絆創膏を貼って、母親とその場所をあとにした。



*
お久しぶりです。夏の復活なのに夏らしくない話で登場しました。グロ描写に該当するのかは知りません。多分大丈夫だとは思いますが、もし不快になった方はごめんなさいということで。

Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.329 )
日時: 2019/07/22 13:37
名前: メデューサ◆VT.GcMv.N6 (ID: vwAUAsug)

 赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。俺はそんな彼女に大海原を見せてやりたくなった。
 なんて格好つけてみても、まあ単に茹だった頭による思いつきなんだが。

 それにしても……。

「あっづ……」
 ついさっき開けられたばかりの、真っ昼間の風呂場は蒸し暑い。




 話は数時間前にさかのぼる。遥々神奈川から大阪の実家へと帰ってきたばかりの俺に姉ちゃんはこう言った。

「あれ、あんた帰ってくるん今日やったっけ? まあええわ、あたし図書館で涼んでくるから留守番しとって。今日宅配便来んねん」

 現時刻、午前11時。今日の最高気温、38度。

「とりあえず、家上がらして」
 駅から家まで炎天下の中10分も歩いた俺にはそう絞り出すのがやっとだった。


 ともかく、勝手知ったる我が家に帰ってきた。荷物を自室に置いて、さあエアコンをつけてテレビでも、と机の上のリモコンの群れに目をやるとその中の1つに何やら張り紙がしてある。そこには『故障中』の文字。
 問題は、それが何のリモコンかということだ。まさか、そう思って張り紙をめくれば「冷房・除湿」と書かれたボタンが何の慈悲もなく姿を現した。

 我が家のクーラーは俺が生まれた頃にまとめて買ったものだ。嫌な予感がして自室、両親の部屋、姉ちゃんの部屋全てのリモコンを見にいくも、なんの手心もなく全く同じ張り紙が貼られているだけだった。
 諦めて冷凍庫を漁るもアイスの1つもない。恐らく最後の一つだったであろうスーパーカップの容器が流しに漬けられている。仕方なくポカリスエットの粉を氷水に溶かしながら姉ちゃんにLINEを送った。どうりで出て行くところだったにしては家の中が冷えてないと思ったんだ。

『姉ちゃんクーラーいつ直るん?』
『今週の金曜』
 言うまでもなく今日は火曜日だ。
『俺神奈川帰ってるやんけ』
『どこも混んでんねんて。壊れたん昨日やし』
 いや言えや。そう打とうとしたところにさらにメッセージが来る。
『押入れに扇風機あるからそれ使うたら? あたし今から寝るから起こさんといてや』
 それを最後にこの後いくらメッセージを送っても既読は付かなくなった。

 テレビをつけても暑さを紛らわせるようなめぼしい番組はやっていない。こうも暑いとわざわざ火を使って昼飯を作る気にもなれない。もうふて寝しようかとも考えたが下手に寝れば熱中症で搬送される羽目になりそうだ。セミの鳴き声ってのはどうしてこうも易々と家の防音設計を突破するんだろうか? 
 しばらくうだうだと携帯を弄っていたが端末が熱を持ってきたので机の上に放り出した。

 暑い。

 ああ、暑い。

 姉ちゃんの言う通りにするのは癪だが、俺は階段下の押入れに扇風機を探しに行くことにした。


 我が家の押入れ。買ってきては要らなくなったものを次々と放り込んでるため、大量の物で溢れかえっている。……いや本当になんで溢れてこないのか不思議だ。収納術とは何かの神秘なのか。
 そんななんの風も吹かない、閉め切られてじめじめとした空間に夏の気温が合わさって殺人的な進化を遂げた魔窟を漁っていると色々なものを見つけた。昔使っていたカキ氷機とか、無くしたと思っていた子ども雑誌の付録とか、高校の頃の水着とかをだ。
 そしてようやく、壁が見えるところまできてようやく! お目当ての扇風機を見つけた。羽根にもダイヤルにも埃が積もっていて本当に動くのかいささか心配だが、見つかったものは見つかったのでとっとと引き上げる。もう1秒だってこんなじっとりとした場所には居たくなかった。
 後片付けのことは涼んでから考えよう、自慢じゃないが収納には自信がないんだ。

 汚れないように玄関先で扇風機にハタキ(これも押入れの中で見つけた)をかけていると埃で見えなかった文字が見えてきた。
「早川電機……どこやろ。まだあるんかな」
 ともかくこっちは涼めればいいんだ。そこは早川電機さんの技術力に期待しよう。

 あらかた埃を落とし終えて恐る恐るコンセントに繋ぎ、ダイヤルを一気に強に回す。
 結論から言えば扇風機は回った。回りはした。だが悲しいかな明らかに平成製ではなく昭和製であろう早川電機の扇風機には暑さを吹き飛ばせるだけの風力は残っていなかった。パキパキと首を振って部屋のぬるい空気をかき回す姿は虚しい、いやいっそ健気だ。宇宙人ごっこをするための風力すらないなんてもはや扇風機として死んでいるも同然ではないか。
 そんなふうに絶望に打ちひしがれていると家のチャイムが鳴った。
「辻さーん、郵便でーす!」
「……今行きまーす」
 氷の溶けたポカリを一息に飲んで俺は玄関へと向かった。


 荷物は姉ちゃんの化粧品だった。化粧水でも首や脇に付ければ少しは涼しくなるだろうか、いや、やめておこう。バレたら何をされるか分かったものじゃない。伝票にハンコを貰うと配達員さんは片手サイズの、しかし早川電機のよりパワフルな扇風機を顔に当てながらトラックで走り去っていった。汗だくな上に埃で泥々になっている俺を見て配達員さんはちょっと引いていた。

 こうして宅配便を受け取ったんだからこれで晴れて自由の身かというとそうでもない。時刻は午後1時、外は恐らく最高気温だ。今の状態でそんな日差しの中を歩けば間違いなく搬送される。なにより俺がこんなベッタベタの状態で出歩きたくない。
 海に行きたい。彼女と海に行きたい。一緒に海に行ってくれる彼女が欲しい。プールでもいい。なんかもうサッパリしたい。
 そこまで考えて閃いた。
「……そうや水風呂。水風呂したらええやん!」
 よく閃いたものだ。これは間違いなく近年稀に見る天啓だ。そうと決まれば早速湯船に水を溜めようと、意気揚々と風呂場の扉を開けた。




 そして、冒頭に至る。文字通りの蒸風呂状態ではあるが、注がれる水のひんやりとした空気が着々と蒸し暑さを喰らっていく。もうちょっとして肩が浸かるくらいまでになったら一旦止めよう。その間に少しでもレジャー感を味わおうと押入れに水着を取りに行った。高校の時のやつだけど、たぶんまだ入るだろう。知らんけど。
 水着を手に取ってさあ風呂場へ戻ろうとした時、ふと"彼女"のことを思い出した。俺の部屋の棚に飾ってある彼女。あれは中学の頃だったか、夢中で作ったっけ。人間ではないけれど、まあ女性名詞だし彼女カウントでいいだろう。
 水槽の中の彼女に大海原を見せるため、俺は彼女を取りに行った。

 彼女は変わらず、自室の棚の2段目に鎮座していた。そーっと埃を払って慎重に持ち出す。手汗で滑って落としでもしたら、と思うとそれだけで背筋が凍る。だがそんな涼しさは求めていないのでさっさと風呂場へ戻ることにした。

 勝手知ったる我が家の風呂場に脱衣所などという高尚なスペースはない。扉の前にマットを敷いて、膝下くらいまであるでかいのれんを閉めてそこで脱ぐ。水着に着替えて風呂場に戻ると水位は湯船から溢れるぎりぎりになっていた。慌てて水を止めるとゆっくり、慎重に彼女を洗面器に入れる。一応コルクにラップを被せて輪ゴムで縛るなど処置はしたが、浸水が怖いので直接水につけることはできない。それでも、これで少しでも喜んでくれたらいいな、と柄にもなくロマンチックなことを考えて自分も水に浸かる。
「気持ちええか、カーマイン号」
 "彼女"とは、ボトルシップのことだ。


 中学の時、親友と喧嘩したことがある。あいつの好きな子にその事を言ってしまったのだ。当時の俺からすると二人は明らかに両片思いってやつで、焦れったくてつい口が滑ったみたいなものだった。
 結果的にあいつとその女の子は付き合うことになったけど、なんとなく気まずい雰囲気ができて学校が楽しくなくなった。
 そんな時だった。親父にボトルシップの作り方を教えてもらったのは。
 最初は中々部品が組めなくてもどかしく思ったけれど、それでもピンセットで船が組み上げられていく様が見ていて面白くて。パーツを塗装して自分だけの船を作るまでにのめり込んだ。焦ったり急かしたりせず慎重に、落ち着いて物事を進める楽しさを覚えた。そして俺はあいつにちゃんと謝った。向こうも許してくれて今でもたまに連絡を取ってはつるむ仲だ。
 その後は受験で一旦やめてしばらく触っていなかったけれど、また触ってみるのもいいかなと、瓶詰めの中の真っ赤な彼女を見て思う。

「なー聞いてくれやカーマイン号。俺今神奈川の、こっからずっと東の方の大学行ってんねんな。ほんで今日帰ってきてんけどなクーラー壊れてんねん。そんで姉ちゃんに留守番押し付けられてさー。ほんま、神奈川から大阪帰るんも楽ちゃうねんぞ」
 当然、返事など来ない。カーマイン号は洗面器と一緒にちゃぷちゃぷ揺れるだけだ。しかし、俺にはそれが気楽だった。
「こらあれやな、お駄賃もらわな。道出たとこのスーパーのたこ焼き買うて来てもらわなな。『八足屋』言うねんけどな、駐車場のとこにプレハブ建ててやってんねんけどめっちゃ美味しいねん。ソースがちゃうねんて。自分とこで作ってんねんて。今日めっちゃ暑いけどやってるんかな」
 そんなふうに一方的に喋っていると玄関の方から声がした。姉ちゃんの声だ。
「ただいまー。あーよう寝た」
「おかえりー」
 一応扉を少し開けて返事をする。
「荷物受け取ってくれてありがとうな。お土産買うてきたからお風呂上がったら食べて……うわ、なんでこんな散らかってるん! あんた後で片付けときや!」
 そう言って姉ちゃんは2階へと上がっていった。キッチンの方から漂ってきた馴染みのあるソースの匂いが確かに鼻をくすぐった。

Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.330 )
日時: 2019/07/22 19:17
名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: uzUb5cXA)

 早速のご参加ありがとうございます。
 驚きもありますが、また皆様の添へて、を読めること非常に嬉しく思います。

*
>>325 アロンアルファさん

 今回のご参加もありがとうございます。
 随時修正があるとのことでしたので、修正しきったころを見計らって感想書かせていただこうと思います。

 近未来的なSFは、最近読むことがなくなってしまっていたため、非常に楽しみにさせていただいております(ω)

*
>>326-327 友桃さん

 ご参加ありがとうございます。
 後書きでお気づきになられていたらしく、再度言及させていただくことを控えようかと思いましたが、500文字以上の執筆はお願いさせていただきたいです。
 一度物語として完結させたものの肉付けは、非常に難しいことではないかと思います。 ご自身の生活タスクなどを考慮された上で、無理のない範囲での修正をお待ちしております。

 修正が難しい場合でありましても、削除する必要はございません。
 一つの作品として、その作品が在ったことを残してくださればと思います(ω)

*
>>328 黒崎加奈さん

 ご参加ありがとうございます。
 当スレッドが記載しますグロテスク表現については、当サイトの規約を参照していただければと思います。ですので運営としては問題ないと判断させていただきます。

 静脈と動脈を模したのでしょうか。浅葱個人としてはとても馴染みのある場面を、擬人法を用いて表現しているのはなるほどと思います。毛細血管で老廃物を受け取り、また心臓へと循環していく。駆血帯で縛られたからだに針が刺さっていくのも、血管を水槽と例えていくのも、とても面白いと感じました。浅葱は好きです。

 珍しい作品だな、と思いつつも、こうした幅を持って作品が書けるんだなと、久方ぶりに黒崎スゲー奴じゃんとか思いました。相変わらずすごい奴で、ほっとしたような心地です(笑)

*
>>329 メデューサさん

 ご参加ありがとうございます。
 暑い夏、壊れたクーラー、古い扇風機。逃げ場の少ない実家の中で、『赤い彼女』をどのように出すのか気になっておりましたが、ボトルシップだったのですね。
 これから夏が始まっていく中で、自分の思い出と時間を作って過ごしたりするのも良さそうだなと思わせていただける作品でした。ある日の辻家の日常を垣間見えて、とても楽しかったです。

 途中、『あいつの好きな子にその事を言ってしまったのだ』という一文がありましたが、『その事』と表記されてしまうと、表記された文より以前に『その事』の内容について記載されているのが、多くの場合です。楽しく読ませていただく中、その点だけ気になりましたので書かせていただきました。

Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.331 )
日時: 2019/07/27 15:34
名前: ヨモツカミ (ID: mkhaBQ3I)

 赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。揺蕩う見事な紅の鱗と、その美しい身体のしなる姿は、いつまで見ても飽きはしなかった。
 彼女を購入した理由を、私ははっきりと記憶していない。明確なのは、なんだか生活のすべてがどうでもよくなって、酷く泥酔していたことくらいだ。
 一人、バーで飲みに飲んで、帰り道すら危うかった私が千鳥足でたどり着いた小さな店先には、色とりどりの魚が水槽を優雅に泳いでいた。一刻も早く家に辿り着きたいはずだったのに、その店の前で足を止めたのはどうしてだったか。鮮やかなアクアリウムに心を奪われかけたというのもあった。綺麗だな。こんな水槽の中に身を投じて、そうして深く沈んで、溺れ死んでしまえれば良いのに。そんな思考に陥ったが、そうするにはあまりにも水槽が小さいな、と思ったことは、鮮明に覚えている。
 その後だ。女性の鼻歌のようなものを聞いた気がするのだ。
 店内の奥に視線を向ければ、やたらと大きな──それこそ、人一人入るには十分な程の水槽が目についた。鼻歌は、聞いたこともないメロディーを紡いだが、妙に私の心を掴んで離さなくて、誘われるように店の奥へと足を進めた。
 そうして出会った彼女は、魚ではなかった。炎のような赤くサラサラと長い髪は水気を含んで湿っており、だけど艷やかに美しく見えて。水槽の中、顔と腕だけを出して鼻歌を歌っていたのは、まるで異世界から抜け出してきたような、現実味のない女性だった。
 私が来たことに気がつくと、彼女は歌うのをやめ、長いまつ毛に縁取られた翡翠のように鮮やかな瞳で、私をじっと見ていた。そのまま、金縛りに合うみたいに動けなくなって。

「ねえあなた、わたしを買って下さらない?」

 甘い声でそう言われた気がした。実際には言葉なんて発していないのに。
 呆然としていると、店の奥から店主らしき男がのろのろとやってきて、私に言ったのだ。

「珍しいでしょう? まさかうちも人魚を売ることになるなんて思いませんでしたけど。お客さん、どうです?」
「人魚……?」

 言われてから水槽の中に沈んだ彼女の体を、初めて見た。上半身は白い肌が剥き出しになっていて、長い髪の毛で隠れているものの、堂々と露出した胸部にギョッとしながらも、下半身を見て更に驚くこととなる。
 腰から下は不自然に紅の鱗に覆われており、足の代わりにそのまま尾びれが付いている。
 半魚の亜人。お伽噺の中でしか聞いたことのない存在が、確かにここに存在していた。

「ご購入頂ければ、この人魚、家までトラックで送りますよ」
「いや、私は、」
「お安くしておきますよ。珍しいには珍しいんですが、なんていうか、うちに置いておくのが怖くって」

 買うつもりなんて無かったのに、まあ、貯金とかどうでもいいしなとか、とても綺麗だからとか、まともな思考もできずにそこそこの大金を払って、彼女の水槽を店主と協力してトラックに積み込んだ。

 翌日。なんだかおかしな夢を見たなと思って寝台から起き上がってリビングルームに向かうと、少し狭そうな水槽の中で、揺蕩う赤い彼女の姿があった。

「知ってますか、お客さん。人魚の肉を食らうと千年生きられるとか」

「人魚の体温って、水温と同じくらいだから、人間が触れると火傷してしまうとか」

「人魚の歌声は、人を惑わせるそうです。飼い方には十分気を付けてくださいね」

 店主は最後にそんなことを言っていた気がした。
 水槽の中からじっとこちらに向けられた双眸を黙って見つめ返す。本当に買ってしまったんだな、とどこか他人事のように思考して、水槽に掌を翳す。人魚は私の手と合わせるように、自分の水掻きの付いた手を水槽に当てた。硝子一枚を隔てて、私より一回り大きな白い掌は、人間味が無くて、少し不気味に思う。だが、同時にひどく惹き付けられるような不思議な感覚に、私は大きく溜息を吐いた。

「私はお前に触れたいと思う。けれど、私の熱で、人魚は火傷を負ってしまうのだろう?」

 人魚は口角を少しだけ上げて、口を開閉させる。だが、水泡が溢れるだけで、何を言っているのかはわからない。私は立ち上がると、水面から人魚を覗き込んで言った。

「聞こえないよ。顔を出して。お前と話がしてみたい」

 人魚は私の声に応えて水面から顔を出した。
 現実味を感じさせぬほどに整った顔で、小さく微笑む。その姿に確かに私の胸は高鳴っていた。

「人魚の歌は、人を魅了するらしいな。もしかして、昨日のお前の歌で私は既にお前のとりこになっているのかもしれない。触れたいと思うし、なんというか……」

 人魚は絶えず微笑を浮かべていた。私はその先の言葉を紡げなかった。この年になって、初めて抱いた感情の、名前を知らなかったわけではない。ただ、初めてのことに動揺を隠しきれなかった。
 姿を見ただけ。軽く歌を聞いただけだ。なのにこんなに胸が高鳴るのは、この異常な感情は。

「お前の肉を食えば、千年生きるという。昔の私だったらそれは大変興味深い話だったかもしれないが、今はそうは思わない。私は人生に疲れてしまっている」

 そうだ。だから彼女を購入することに躊躇はなかったのだろう。金なんて、いくらもっていても、もう意味を成さないから。
 私は彼女を買った明確な理由は覚えていなかったが、たった今、その理由を作ることができた。
 仕舞い忘れてリビングに放置されていた酒の瓶を手を伸ばした。まだ半分ほど入っている。蓋を開けて、一気に中身を煽ると、強いアルコールの匂いと深みのある味がごった返して、一瞬吐きそうになる。別に酒は好きではなかった。何もかも忘れるために飲んでいるだけだった。
 酒瓶を空にすると、そのへんに転がした。人魚はそんな私の様子をなんの感情も伺えない表情で見つめるだけだった。

「なあ、一緒に死んでくれないか」

 人魚の表情が少しだけ動いた気がした。

「海に連れて行ってやる。そこで、抱き合って一緒に死のう」

 彼女を抱きしめれば、私の熱で火傷してしまうから。熱で殺して、私は海の泡になって、そうやって二人で消えてしまえたら最高だ、と思ったのだ。
 縋るような目で人魚を見つめていると、彼女は大きな瞳を伏せて、一度だけ、確かに頷いて見せた。

 数日後、私の家から一番近い海岸で一つの死体が発見された。


***
死んでいたのは、誰だったのか。

人魚って好きです。美しいイメージを持たれがちだけど、人間じゃないからどこか気持ち悪さも併せ持っていて、不気味なような不思議なような、そんななにかですよね。
主人公は、一緒に来てくれる誰かがほしかったんだと思います。それは人間である必要もない。

Re: 第13回 瓶覗きを添へて、【小説練習】 ( No.332 )
日時: 2019/07/29 13:47
名前: 脳内クレイジーガール◆0RbUzIT0To (ID: 3np9EXCU)

 赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。はるちゃんは今日も彼女をじいっと見つめて、ただ一言「ごめん」と呟く。それは結衣ではないのに。

「……そんなことしても無意味なのに」
「うるせえ、お前は黙って飯でも作ってろ」

 机の上に出来上がった料理を並べていく。はるちゃんは横暴な態度なまま食卓に座って、大きなため息をついたあとにお前も席につけと命令口調で言った。私はいや、と言ったけれど、はるちゃんは勢いよく机を叩いて再度「だから、座れよ」と次は脅すような口調で言った。そういうところが嫌いだ。私を召使みたいに扱うはるちゃんなんか死んじゃえばいいのに。思ってることは口にしない。この場所では私は彼の玩具にすぎないから。

「一緒に食べればいいの?」
「そんなこともわかんねえのかよ」
「さあ、はるちゃんが結衣と紡いでいた時間を私が知ってるはずないじゃん」

 お箸を持つ手が少しだけ震えていた。はるちゃんの怒りのゲージが少しずつ上がっていってるのが目に見えてわかる。箸を唐揚げにぐさっと突き刺して口元に運ぶ。行儀が悪いと注意するとはるちゃんは舌打ちをして私を睨んだ。相変わらずガキだなと思いながら、私もポテトサラダを少し食べた。結衣がおいしいと褒めてくれた味付け。
 はるちゃんは私のことが大嫌いなくせに、私の料理を旨いとも不味いとも何も言わずに完食した。御馳走様、と吐き出したその言葉に感謝の気持ちなんてみじんも感じられないけれど、その言葉を言えることが唯一、彼を嫌いになれない理由なのだろう。

「お花、水槽に入れたら枯れちゃうよ」
「そんなのわかってんよ、毎日死んでんじゃん」
「死んでいく花を綺麗だと思うの? 死んでく結衣を綺麗だと思うわけ?」

 言葉を間違えた、というのは言いながら気づいた。ただ、水中花とか、そういうのに変えて生きた花を殺すのをやめようって言いたかったのに。

「結衣が死んだのはお前のせいなのに」
「そうだね」
「それなのに、お前は俺をずっとずっとずうううううっと苦しめ続けるじゃん」

 はるちゃんが泣いたのを見たのはいつぶりだろう。ここで久しぶりに会った日だっけ。
 はるちゃんは本棚の本を無造作に私に投げつけた。本の角が皮膚に当たって痣みたいに色が変わっていく。はるちゃんがぼそりと「お前なんか死んじまえ」と言った。泣きながら。お願いだからと懇願するように私の腕にすがりついて「死んでください」と。

「やだよ」

 水槽に花を入れてそれを結衣だと思ってる。頭のいかれてしまったはるちゃんを守れるのはもう私しかいないのだ。
 何度も言った。お花は水槽に入れるんじゃなくて花瓶にさしなさいって。でもはるちゃんは水槽の中に毎日毎日そのお花を入れ続ける。一輪だけ。毎日赤い彼岸花を一輪だけ水槽の中に入れて、奥まで突っ込んで花を殺す。そして水に浸かった死んだ花にいつも「ごめん」というのだ。
 水触れると葉や花はそこから腐っていくのに。毎日毎日「結衣」に見立てた花をはるちゃんは殺めていく。

「なんで、なんで、結衣はお前のせいで死んだのに」

 いつまでたっても私に死んでほしくて、結衣のことを忘れられなくて、だからぐちゃぐちゃになったはるちゃんは今日も私のことを殴って蹴って最後に土下座をする。


 どうか、死んでくれ、と。







 □


 親友だった結衣を死んだことにしたのは暑い夏の日のことだった。何日前だったかは思い出せないけれど、まだ最近。だけど、もうだいぶ前のことにも感じられる。蝉が煩くて、日照りが強くて、汗が背中からぶわっと出てエアコンの温度を少し下げたくなるような、そんな日だった。
 その日はすごく暑くてなかなか寝付けなくて、だから私は深夜の二時ぐらいにも珍しく起きていた。だからこんな非常識な時間の結衣の電話に気づいたのも奇跡だった。

「もしもし、どうしたの?」

 突然の電話に驚きはしたけれど、まあこんな時間に用事もなくかけてくる馬鹿ではないと知っていたから私は欠伸を噛み殺しながら彼女の電話をとった。

「弟を殺したいの」

 結衣が一言、泣きながら言ったのを覚えている。昔から暴力的で唯我独尊、自分より立場の弱い人間を嘲笑うように踏みつぶしてきた弟の態度がもう限界だと、結衣は泣きながらずっと電話口で弱弱しい声を発した。窓の外からは生ぬるい風が吹き抜けていて、私は「じゃあ、殺す?」と今日ちょっと暇? みたいな軽いニュアンスで聞いてみた。

「いいの」

 少しだけ結衣の声が上ずっている。喜びとか歓喜の感情と人間的な心理でぐちゃぐちゃになった声だった。
 結衣は私の全てだったから、私は喜んで引き受けた。結衣がこれ以上苦しんでいるのを見ていられなかったから。






「ねえ、私のお願いをひとつだけ聞いてほしいんだけど」








 弟の晴夏は結衣と二人暮らしだった。彼が家を飛び出して姉の家に転がり込んだのはちょうど一年前のことだったらしい。それはどうしようもないクズで、未成年なのに煙草も酒も女も、まあ容姿が良かっただけにすべてに恵まれて、同時にすべてに興味をなくしていた。
 姉が帰ってこなくなったと私に連絡が来たのは、結衣が行方をくらませて一週間くらい経ったあとのことだった。彼に会ったのはほんの数回だけだったけれど、彼の少し震えた声での電話に私は予想以上にぞくぞくしてしまった。
 結衣は死んだんだよ、と彼に言うと最初は全然信じなくて鼻で笑って「冗談だろ、お前んちにいるんだろ」と。だけど月日が経つうちにどんどん彼の態度が変わっていった。最後にはただ「死にたい」としか言わなくなって、彼からの無言電話が増えていった。
 様子を見かねたふりをして彼の家に行くと、ごみでいっぱいになった部屋でひとり、小さくなって座り込んでいた。部屋が異常なほどに高温だったことを覚えている。時計についた温度計は三十五度を超えていた。あせべったりの晴夏は私を見て「ほんとに死んだの?」と泣いた顔でたずねてきた。私が頷くと目の縁にためていた涙をぼろぼろ殺して声をもらした。
 そのときに気づいた。部屋の真ん中。小さな水槽の中に一輪の花が閉じ込められている。赤い、ヒガンバナ。

「なにこれ」
「結衣」

 視線は花からすぐに彼の方に移った。

「結衣が俺をずっと恨んで殺しに来ると思ってた。だから、彼岸花」

 花言葉は、また会う日を楽しみに。
 きっと気づいているんだ。会えるって。まだ結衣が生きてるって。


 だから私は嘘をついた。
「私が殺したんだよ。結衣が私以外をとったから。結衣が私を選ばずにほかに行っちゃったから。結衣を呼び出してねスタンガンで気絶させようと思ったらあんまり上手くいかなかったからおなか思いっきり蹴ってね、それでも起き上がろうとするから結衣の首をしめたんだ。痕が残るほどくっきり握りしめたらね、結衣が泡吹いちゃって。でも、綺麗に私の手のあとがね、できたんだ。意識とんじゃったから結衣をお風呂に浸けて溺死させてね、それからどうしようって思って」

 顔がこわばっていくのがすぐにわかった。想像したのか真っ青になっていく彼の顔に、好感が持てたのは間違いない。

「死んだの?」
「そうだよ」
「お前が殺したの」
「まあね」


 汗でびしょびしょになったTシャツ。何日洗濯してないかわからない黒のハーフパンツ。殺意に満ち溢れたその顔に鼓動が高鳴った。結衣が死ぬほど嫌ってるのもきっと彼は知らないのだ。殺したいほど恨まれていることも彼は知らないのだ。お姉ちゃんが好きなただの「弟」だから。
 ああ、ずるいな。結衣に殺したいほど大事に恨まれてるくせに。そんな幸せ者のくせに、こんな弱弱しく泣いてるなんて。ああ、このまま殺しちゃうのはもったいない。もっともっと苦しめて結衣のことを思いながら結衣にしてきたことを後悔して懺悔して、この水槽に君を閉じ込めたい。

 はるちゃんは今日も私を殴る。私を蹴る。私に死ねと言う。死んでくれと最後には土下座して思考回路がぶっ壊れる。
 今まで結衣にしてきたことは変わらないのに。水槽に結衣に見立てた花を入れるのは彼が壊れているから。だから私が守らなければいけない。私がこの水槽にはるちゃんを閉じ込めて溺死させるまで。
 結衣はきっと私のことを狂ってるというだろう。ごめんね。私たちは似たもの同士みたいだ。



***

 はるちゃんは結衣のことが死ぬほど好きですが、愛情表現がめちゃくちゃ下手くそです。そんな弟を好きになれなくて殺したくなった結衣と、彼女の弟を殺すために結衣を逃がして嘘をついて苦しめ続けるサイコな主人公の狂ったお話です。読んでて疲れるお話です。趣味に走りました。すみません。
 カキコでの最後の小説になると思います。素敵なお題をありがとうございました。金魚という説をきいたあとには赤い彼女は金魚にしか思えなかった脳内クレイジーガールでした(; ・`д・´)

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