雑談掲示板
- みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】
- 日時: 2022/06/30 06:43
- 名前: ヨモツカミ (ID: HJg.2TAk)
再始動予定につき調整中!
注意書き多くてきもいね、もっと気楽に書ける場にするから待っててくれ!
略してみんつく。題名の通り、みんなでSSを書いて投稿しよう! というスレです。SSの練習、作者同士の交流を目的とした場所になっております。投稿された作品に積極的に感想を言い合いましょう。稚拙な感想だから、と遠慮する必要はありません。思ったことを伝えてあげることが大切です。
優劣を競う場所ではありません。自分が上手くないと思うそこのあなたこそ、参加してみてほしい。この場で練習をしてみて、他の参加者様にアドバイスを求めてみてはいかがです? お互いに切磋琢磨しながら作品投稿が楽しめると素敵ですね。
自分はそれなりに書けると思ってるあなたは、いつもの自分と違う作風に挑戦してみるのも楽しいかもしれませんね。または、自分の持ち味をもっと伸ばすのも良いでしょう。みんつくに参加することで、新たな自分を見つけるキッカケになるといいなと思います。
読み専の方も大歓迎です。気に入った作品があれば積極的にコメントを残していただけるとスレが盛り上がります。当然、誹謗中傷や批判など、人が見て傷付く書き込みはNGです。常に思いやりの精神を持って書き込みましょう。
*作品の投稿は最低限ルールを守ってお願いします。
↓↓
・お題は毎月3つ出題します。投稿期間、文字数の制限はありません。ただし、お題に沿ってないSSの投稿はやめてください。そういうのは削除依頼を出します。
文字数について、制限はありませんがどんなに短くても140字くらい、長くても20000文字(4レス分)以内を目安にして下さい。守ってないから削除依頼、とかはしません。
・二次創作は禁止。ですが、ご自身の一次創作の番外編とかIfストーリーのようなものの投稿はOK。これを機に自創作の宣伝をするのもありですね。でも毎回自創作にまつわる作品を書くのは駄目です。たまにはいつもと違う作品を書きましょう。
・投稿するときは、作品タイトル、使用したお題について記載して下さい。作品について、内容やジャンルについての制限はありません。
小説カキコの「書き方・ルール」に従ったものであればなんでもカモン。小説カキコはそもそも全年齢なので、R18ぽい作品を投稿された場合には削除をお願いすることもあります。
また、人からコメントを貰いたくない人は、そのことを記載しておくこと。アドバイスや意見が欲しい人も同じように意思表示してください。ヨモツカミが積極的にコメントを残します(※毎回誰にでもそう出来るわけではないので期待しすぎないでください)
・ここに投稿した自分の作品を自分の短編集や他の小説投稿サイト等に投稿するのは全然OKですが、その場合は「ヨモツカミ主催のみんなでつくる短編集にて投稿したもの」と記載して頂けると嬉しいです。そういうの無しに投稿したのを見つけたときは、グチグチ言わせていただくのでご了承ください。
・荒らしについて。参加者様の作品を貶したり、馬鹿にしたり、みんつくにあまりにも関係のない書き込みをした場合、その他普通にアホなことをしたら荒らしと見なします。そういうのはただの痛々しいかまってちゃんです。私が対応しますので、皆さんは荒らしを見つけたら鼻で笑って、深く関わらずにヨモツカミに報告して下さい。
・同じお題でいくつも投稿することは、まあ3つくらいまでならいいと思います。1ヶ月に3つお題を用意するので、全制覇して頂いても構いません。
・ここは皆さんの交流を目的としたスレですが、作品や小説に関係のない雑談などをすると他の人の邪魔になるので、別のスレでやってください。
・お題のリクエストみたいなのも受け付けております。「こんなお題にしたら素敵なのでは」的なのを書き込んでくださった中でヨモツカミが気に入ったものは来月のお題、もしくは特別追加お題として使用させていただきます。お題のリクエストをするときは、その熱意も一緒に書き込んでくださるとヨモツカミが気に入りやすいです。
・みんつくで出題されたお題に沿った作品をここには投稿せずに別のスレで投稿するのはやめましょう。折角私が考えたお題なのにここで交流してくださらなかったら嫌な気分になります。
・お題が3つ書いてあるやつは三題噺です。そのうちのひとつだけピックアップして書くとかは違うので。違うので!💢
その他
ルールを読んでもわからないことは気軽にヨモツカミに相談してください。
*みんつく第1回
①毒
②「雨が降っていてくれて良かった」
③花、童話、苦い
*みんつく第2回
④寂しい夏
⑤「人って死んだら星になるんだよ」
⑥鈴、泡、青色
*みんつく第3回
⑦海洋生物
⑧「なにも、見えないんだ」
⑨狂気、激情、刃
*みんつく第4回
⑩逃げる
⑪「明日の月は綺麗でしょうね」
⑫彼岸花、神社、夕暮れ
*みんつく第5回
⑬アンドロイド
⑭「殺してやりたいくらいだ」
⑮窓、紅葉、友情
*みんつく第6回
⑯文化祭
⑰「笑ってしまうほど普通の人間だった」
⑱愛せばよかった、約束、心臓
*みんつく第7回
⑲きす
⑳「愛されたいと願うことは、罪ですか」
㉑嫉妬、鏡、縄
*目次
人:タイトル(お題)>>
Thimさん:小夜啼鳥と(お題③)>>181-182
むうさん:ビターチョコとコーヒー(お題⑲)>>183
心さん:君に贈る(お題⑭)>>184
黒狐さん:神の微笑みを、たらふく。(お題⑳)>>195
よもつかみ:燃えて灰になる(お題⑱)>>196
むうさん:宇宙人が1匹。(お題⑳)>>200
*第1回参加者まとめ
>>55
*第2回参加者まとめ
>>107
*第3回参加者まとめ
>>131
*第4回参加者まとめ
>>153
*第5回参加者まとめ
>>162
*第6回参加者まとめ
>>175
*第7回参加者まとめ
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Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.114 )
- 日時: 2020/08/06 17:47
- 名前: 神崎慎也 (ID: jtzA9jug)
お題7「海洋生物」
タイトル「深淵の街」
「よっしー、あとの片づけ頼んだぞ?お前の事は頼りにしてるからな!」
「は、はいっ!」
俺の目の前でとある社員が褒められている。
吉田はたしか数か月前に入ってきた新入社員だったか。いつの間に"よっしー"なんてベタなあだ名がついたのだろう。
「じゃあ、俺たちは帰るから よっしー頑張れよ!」
そう言い捨てた社員2名はそそくさと作業場を後にした。作業場には俺と吉田の2名が残されている。
結局、アルバイトの俺には挨拶一つないどころか目を合わせてくることも無かった。まさに検索件数ゼロ状態だ。
あいつらワザとやってるんじゃないだろうな…?俺にそういう不信感を抱かせるには十分すぎるシチュエーションだった。
でも、こんなことは良くあることだ。俺の目の前で俺以外の奴が褒められて俺にはスルーを貫き通す。
もうこのアルバイトを続けて3年目なのだが、未だに俺は社員たちとの距離を縮めることが出来ていない。それどころか、最近は扱いが雑になっているような気さえする。
スーパーマーケットのアルバイトがキツイというのは噂で聞いていたが、まさかこんな形で思い知らされることになるとは。
いや、言ってしまえば全部俺が悪いのだ。
吉田も俺を無視して吉田を褒めていた社員たちも悪い人達じゃない。俺がこのアルバイトを始めた最初の頃は割と気さくに話しかけてくれていた。
俺がそれを知らぬ間に拒んでしまっていた。拒絶していた。
徐々に社員たちは俺に遠慮し、一定の距離を保って接してくるようになった。
思えば、俺は18を過ぎた頃から随分と会話ベタというか人との距離の測り方が下手糞になってしまっているようだ。
アルバイトだけではない。
大学でも俺はあまり友達が出来なかった。
大学の連中はつまらん奴が多いと勝手に決めつけ、距離を深めることをしなかったからだ。
いつしか人間関係が、社会が、地上が、息苦しいと感じるようになった。そういう時よく目に入ったのが海を泳ぐ海洋生物たちの写真。
ある時は図鑑で、ある時はネットの画像でよく見かけた。海洋生物は俺にとって憧れのようなものを感じさせた。そして、影響された。
そんな漠然とした憧れが俺の中に生まれてから俺には決まって訪れる場所ができた。
てきとうにバイトを終えて時計を見たら19時45分
今日も俺はふらっと飲み屋に寄っていくように、"そこ"に訪れていた。
少し荒っぽい潮風と強い波の音。カモメの声が演出する昼間の楽しい情景とは反して今は寂しさや悲しさといったマイナスのオーラが漂っていた。
"そこ"とは海だった。
それも夜の海。砂浜にはポツリと俺一人が佇んでいて他には何もない。あるとしたら昼間に燥いだ人々の足跡。周囲は漆黒の暗闇というよりは全体的に青みがかっている。
俺は此処に来ると生き返った気分になる。
あれだけ息苦しかった地上に比べて海は俺を落ち着かせる。
吸い込まれるように俺は波打ち際まで歩きはじめ、足が海水に触れるのを感じる。靴を履いているのに思いのほか海水の浸透は早い。今は夏なのだが、その冷たさは全身を冷やすのには十分だった。
俺は歩みを止めない。
海水は膝下まで飲み込んだが、まだ歩みを止めない。
気づけば腰下あたりまで俺は海に浸かっていた。このまま海に飲み込まれてしまいたいと絶実に思う。
でも、そこでピタリと足が止まる。
まるで足が縫い留められたかのように、まるで下半身が石化してしまったかのように俺はそこから一歩も進めなくなる。
もう何回目なのだろうか。少なくとも2年前からこんなことを繰り返しているような気がする。いつも俺はここで歩みを止めてしまう。躊躇ってしまう。
躊躇いが生まれる理由は単純で、俺は陸上に生きる生物だからだ。呼吸は肺を使い酸素が供給され続けなければ生きていけない。このまま頭まで沈めば、俺は海の藻屑となるだろう。
「(はぁ、ここまでか。)」
決まって俺はここで深い溜め息をつき、自分自身に絶望する。これはもはや日課のようなものになっていた。普段ならここで引き返して家路につくところだ。しかし、
「苦しい…。」
今日の俺はどうかしてる。
「苦しい…。」
何故かこのタイミングで思いだしてしまった。
それは、アルバイトで受けた屈辱だった。
それは、大学で感じた疎外感だった。
それは、ある日図鑑で見た様々な海洋生物たちが楽しげに泳ぐ姿だった。
あの日から俺の中で大きな疑問が生まれた。
俺はいつまで地上にいるのだろう。いつまで息苦しい地上で生きるのだろう。いつまで地上で生きている生き物のフリをしているのだろう。
俺は、一歩を、確かに踏み込んだ。
そして、
そこからは早かった。
腰下まで来ていた海水はいつしか胸のあたりまで来ていても構わず進み続けた。内心、諦めていたのかも知れない。これは単なる現実逃避だ。人が海の中に逃げ込むなんて事が出来るわけない。泳ぐのだって息継ぎは必要だし、長時間潜るのにも酸素ボンベが必要だ。このまま俺は海水に飲まれて流木以下の存在になるのだ。
正直、楽になりたいというのはあった。それが海洋生物になるという形で歪んでいただけなのだ。
もうこれで、何もかもおしまい。ついに、海水は俺の全身を飲み込んだ。
ここまで言っていてあれだが、息を止めている今が一番苦しいかもしれない。情けなくて笑えてくる。
ここでゆっくり鼻から息を吸おうとしたら海水が入り込んできて俺の意識は刈り取られるだろう。分かったうえで俺はそれを実行した。目を閉じたままゆっくりと鼻から息を吸い込みそして、
鼻から息を吐いた。
「(ん…?)」
最初、何が起こったのか分からなかった。
もう一度、鼻から息を吸って吐いてみたが、これが普通に出来てしまう。
「(まだ頭が地上にあるのか…?)」
ゆっくり目を開けると確かに自分は水の中にいるようだ。ゴボゴボと水の中の音も聞こえる。でも、海水のはずなのに目が沁みることはない。そして息をすることが出来る。
「(なにが起きて…。)」
とにかく理解が追い付かないまま俺はそのまま歩き続けた。
しばらく暗い水の中を歩くと視線の先に明りがあるのが見えた。近づいてゆくにつれ、それは徐々に地上にある街並みとそっくりな景色が浮かび上がってきて、
そして
ぶつ切りですが此処で止めておきます。初めて投稿しました。読んでくれた方々には感想やアドバイスなどを頂けると幸いです。
Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.115 )
- 日時: 2020/08/08 08:05
- 名前: ヨモツカミ (ID: KwLM8yZg)
>>110心ちゃん
百合解釈OKなんですか?? 最高か。
ひらがなの表現だからこその味ってあるよね、とてもいいと思う。
>>111憑さん
感想ありがとうございます!!
私も鈴と聞くと風鈴を思います。なので、風鈴のような音を想像してました。そこの解釈一致はなんか嬉しいですね。
気持ちの悪い怖気立つ仕上がりにしたかったので、そう感じてもらえてよかった。
情景描写も褒めていただけて嬉しい。ドラマみたいは初めて言われました。それだけ鮮明に想像できる文がかけていると思うとかつての努力が報われた感じしていいですね。
Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.116 )
- 日時: 2020/08/08 18:31
- 名前: ヨモツカミ (ID: KwLM8yZg)
>>109心ちゃん
アドバイス……? もう十分上手いから、無くね?
強いて言えば、登場人物の年齢がわかると面白いかもな、とか?
あとは、なんだろ、段落が少ないな、とか感じたけどそれが悪いことなのかいいことなのかは知らない。
夏の温度とか匂いとか、目線の動きとか、比喩表現とか上手くて、情景がよく頭に浮かんでくる文章になってると思うから、私からは特に言えることは無いや。
あー、他には一瞬どっちが喋ったのかわからないときがある、とか。一人称で区別つくけど、一瞬迷うとか。表情の描写が少ないかも。
今のは無理矢理粗探しして見つけた点を指摘してみただけだから、この文章が悪いわけじゃないので、ちょっと今度書くときの参考程度にしてみてほしいかなって感じ。
場面の切り替えのぱきっした雰囲気とか好きだし、華鈴さんの抱いている寂しさとか物憂げな感じが伝わってきて、それを思い出す蓮くんの心情はどんなものだろうかと、夏のノスタルジーを感じて好きな話でした。
>>114神崎慎也さん
初参加ありがとうございます!
アドバイスといえば、最後まで書いてほしかったが一番言いたいことですね。SSって、短い文の中で起承転結させるものなので、結がない時点でなんとも言えないような……
あんまり厳しく言うと参加者さんが減りそうなので他の人には言ってませんが三点リーダ「……」と、二つ重ねるとか疑問符感嘆符の後はヒトマス開けるとか、基本的な小説の書き方をしましょう。
文の終わりが「~た。」のような同じ音で終わるのが連続すると上手くないように見えちゃうので、工夫してみましょう。
「このまま海に飲み込まれてしまいたいと絶実に思う。」→切実、の誤字でしょうか。
「まるで足が縫い留められたかのように、まるで下半身が石化して~」まるで、が連続してます。同じ文とか次の文で同じ単語を使うのはなんかしらんけど良くないそうです。
他のところでも「躊躇ってしまう→(次の段落)躊躇いが」のように、同じような単語が連続してます。
長くなるのでここまでにしておきますが、自分で何度か読み返して、違和感のあるところを直していくといいんじゃないかと思います。
地上が息苦しくて、海に憧れた男、テーマとしてはとても好きです。でもどうせなら続きが読みたいなと感じました。
Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.117 )
- 日時: 2020/08/08 21:47
- 名前: 神崎慎也 (ID: Is2woA7A)
なるほど。結構参考になりました! 小説じたい書くのが初めてだったので、もっと酷評されるかとも思ったのですが「続きが読みたい」という前向きなことを言っていただいて光栄です。また次のテーマでリベンジさせてください。
深淵の街については1から作り直して何かの機会に完全版を見せれたらと思います。
荒削りの文章をきちんと読んでいただき感謝します。そして、丁寧なご指摘ありがとうございました。
Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.118 )
- 日時: 2020/08/12 23:19
- 名前: ヨモツカミ (ID: Dd.WSmZ.)
: ヨモツカミ (ID: 2ZbROfCM)
複雑ファジーで執筆している「継ぎ接ぎバーコード」の番外編のようなものになります。時系列的には多分つぎばが始まる前の話になりますが、本編を知らなくてもある程度楽しめるように書いたので、よろしくお願いします。
お前となら生きられる
(お題⑨)
この世界には、人間と殆ど同じ形をしていながら人間ならざる者達がいる。優れた身体能力。それから人知を超えた特異な〈能力〉を所持しているそれらを、ヒトは“バーコード”と呼んだ。
バーコードは人間に害をもたらす者として、駆除の対象──つまり、見つかり次第、殺される。生きることを許されない存在だった。
彼らバーコードの中には、突発的な“殺人衝動”に苛まれて、親しい間柄の存在だろうが他人だろうが、自分の本来の意志とは関係なく、猟奇的に殺す快楽に溺れてしまう者がいた。
そんな危険な存在であるバーコード達を狩ろうとする人間の軍隊が日々活動しており、バーコード達は自分らの正体を懸命に隠して、なんとか生存しようとする。
──そして、とある彼らもまた、哀れなバーコードという存在だった。
曇り空の色をしたくせ毛に、隈の目立つタレ目の目元。そこに収まる金色の双眸は、相方の男の顔を見ているようで、捉えていなかった。
「ねーぇ、このまんまじゃオレ、トゥールのこと殺しちゃうよ? いいの?」
上ずった声。金色の瞳を爛々と輝かせながら、その青年、クラウスが言う。
トゥール、と呼ばれた男を押し倒して、馬乗りになったままナイフを掲げたクラウスは、今にもその鋭い刃で、男の喉を掻き切らんとしていた。
自分の腹の上に跨ったクラウスを見上げて、トゥールは疲れたような目をした。トゥールもまた、バーコードであったが、こちらは〈能力〉の発動が随時解けないという、異質な体質を持っており、その体の至るところが深緑の鱗で覆われており、手足は恐竜の如く鋭い爪を携えていた。人間がそれを見たなら、彼を“バケモノ”と称しただろう。
「お前がそうしたいなら、構わない」
トゥールは諦念の篭った声で、弱々しくそう告げる。
クラウスがこうして殺人衝動に突き動かされることは、そう珍しくない。彼らが出会った日も、トゥールはクラウスに命を奪われそうになったのだから。本当は、トゥールはずっと前からこうしてクラウスに殺されてしまっても構わないと思っていた。けれど、クラウスがトゥールを殺すことを拒んだのだ。
「なにがあっても、オレに殺されないで」。それは、正気の状態のクラウスとの約束だった。大切な契だった。
それすらも破ってしまいそうになるほど、トゥールは疲れていたのだ。バーコード狩りから逃げ続ける生活も、無理に生きようと足掻くことにも。だから彼は、クラウスにナイフを向けられても、一切の抵抗をしなかったのである。
クラウスはナイフの歯先を指で優しくなぞりながら、そっと目を伏せる。長い睫毛の下から覗いた金色には、濁った光が燻っている。
「オレね、ずっとずっと、こうしてトゥールのこと殺すことばっか考えてたの。やっぱ大好きだからさ。喉を切り裂いてね? 手足をグサグサしてさあ、目玉抉りだしてー、あとは……なにしてほしい? ヒヒ、痛いのは嫌だ?」
「別に。痛みには慣れている。好きにしろと言っただろう」
こんな状態のクラウスとも、会話は成立するのだな。今まさに殺されようとしているのに、こんな思考をするのはあまりにも悠長だった。
クラウスが微笑む。顔立ちが整っているために、彼の笑みは天使のようですらあった。どこまでも純粋に、ちょっといたずら好きの子供のように。その瞳にドロドロと泥濘んだ光がなければ、幼い子どもの笑みそのものだった。
「オレ、トゥールのこと大好きだからね、トゥールの腹を裂いて、中身を丁寧に、丁寧に、細かく切って、どうしよ? 食べてみよっかな」
「腹を壊すぞ」
「キャハハ、やっぱそーぉ? 生肉食べちゃ駄目ってお母さんにも言われたもんな、火通してから食べるからだいじょーぶ!」
そういう問題では無いのだが。殺戮の衝動に乗っ取られていても、母親の言いつけを思い出せるものなのか。これまた殺される寸前の獲物の思考としては相応しくないものだ。トゥールは、自分が本気で殺される気があるのかと、少し疑問に思う。きっと、わからないのだ。想像がつかない。大切な相棒であるクラウスに、殺されるということが。
死ぬ覚悟はとうにできているはずなのに、彼に殺される瞬間が思い浮かばない。自分は本当に死ねるだろうか。
「なあクラウス」
トゥールが呼びかけると、なあに、と無邪気な子供のようにクラウスは微笑んだ。
「許してくれとは言わない。目が覚めたら、お前は約束を破った俺のことを恨むだろう。それでも、このままお前に殺されたいと思ったんだ」
クラウスは目を丸くした。驚いた猫みたいな顔をしている。トゥールは静かに右手を伸ばした。鱗に覆われて醜い掌でも、クラウスはそれを払い除けようとはしなかった。伸ばした手で、クラウスの頬を撫でる。
「俺を、許さなくていい。でも、自分のことを責めないでくれ」
「……とぅーる。ねえ、トゥール」
灰色の髪が揺れる。鋭いナイフが高く振り上げられた。
「だいすきだから、しんでね」
トゥールが目を閉じると、風を切る音がして、何か鋭利なものが肩を抉った。思わず痛みに呻く。だが、肩にナイフが刺さった程度では死ねない。
ぽつり。ぽつり。トゥールの頬に冷たい雫が垂れてきた。雨だろうか。ゆっくりと目を開けると、金色を潤ませるクラウスの姿が飛び込んできた。
「あ、ああ、とぅーる……」
声を震わせて、クラウスはナイフを取り落とす。ああ。正気に戻ったのか。殺人衝動が収まって、本来の優しい青年が戻ってきたのだ。
殺されようとしたのに。トゥールの思惑通りには行かなかった。
クラウスが突然掴みかかってくる。その手の位置が肩の傷口に近くて、トゥールは顔を歪めた。
「バカ! トゥールのバカ! お前、今オレに殺されようとしてただろ!?」
「……だとしたら、何だ」
「オレに殺されないって、約束したのにッ、なんでこんなことするんだよ、バカ!」
罵倒のボキャブラリーが貧弱すぎて、「バカ」くらいしか言えない彼を、愛らしく思う。いや、本気で怒っている相方に、こんなふうに思うのは間違っているな。
トゥールは確かに約束を破ろうとしたのに、あまり罪悪感が無かった。目の前でクラウスがボロボロと泣いている。殺人衝動に呑まれていたときに発言した大好き、は偽りではないらしい。だから大切なトゥールが命を大事にしないことや、クラウスに殺されようとしたことを本気で怒っている。
「バカバカ! ふざけんなよ、オレ、お前のこと殺したら、どうなっちゃうかわかんないよ、ばかぁ」
「だから、許さなくていいし、自分のことは責めなくていいといっただろう。全て俺の独断で、俺が勝手にすることだから、」
「そういう話じゃねーだろアホ!」
左手の拳がトゥールの頬を掠めた。あまり手加減されてない一発。口の中が切れて、口端からも血が滲む。未だに出血している肩の傷ほど痛みは無かったが、きっと攻撃したクラウスの感情の重さは違う。
「ばか。なんでこんなことしたんだよ。お前がいなくちゃったら、オレは……オレは」
「すまない」
「謝って済む話じゃねぇよ! なんで、オレがこんなにトゥールに生きてほしいって思ってるのがわかんねぇんだよ? どんなに死にたくなっても、お前なんか死なせねぇよ!」
言い切ると、クラウスは嗚咽を上げて泣き喚いた。雨のように、涙がぽつり、ぽつりと落ちてくる。
こんなに自分のようなバケモノを大切に思ってくれる存在がいるのに。トゥールはそれに気付いていながら目を逸らしていた。だから、殺人衝動に苛まれたクラウスに殺されようだなんて考えに至ったのだ。それがどれだけクラウスを傷付けることなのかだって、なんとなく理解していたのに。
「……クラウス。悪かった。本当に心からそう思う。もう二度とこんな真似はしないから」
許さなくていい、なんて言葉は。そのヒトに恨まれることを受け入れた気になって、己の罪を認めつつ、反省の色が存在しない。無責任で最低な行為だった。
「だから、許してほしい」
その声に、腕で涙を何度も拭いながら、不機嫌そうな顔で、クラウスは小さく頷いた。
「お前なんか死なせないし、オレだって死にたくない。バーコード狩りだろうが何だろうが、関係ない。オレらが生きてちゃ駄目だって言うなら、全力であがいてやろ。ほら。トゥールも、一緒にだよ」
優しく揺れる金色の双眸は、水面に映る月のようだった。ああ、自分はこんなにも必要とされていたなんて。今まで気付かなかったのだ。というよりも、知らないふりをしていた。
この世界で生きようとするなんて、バーコードには難しすぎる。それはクラウスも知ってるはずだ。しかし、どんな困難にあっても、生き延びるのだと。クラウスは無邪気に笑う。
この笑顔の隣なら、自分もまだ生きていてもいいような気がした。彼の隣なら、こんなに醜い自分も、生きることを許されたように感じたのだ。
Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.119 )
- 日時: 2020/08/13 15:54
- 名前: むう (ID: Yx86jfgA)
普段はハートフルコメディのようなものしか書いていないのですが、
今回は気持ちを切り替えて狂いたいと思います!(おい)
お題⑨ 「サガシモノ」
*******************
「あのぉ……」
ああ、無理だ。無駄だ無駄だ。
教員歴僅か2年、大学卒業と同時に都立の小学校就職。
こんなヒヨッコという可愛い単語ですら冷やかしにしか聞こえない、胸に毛が生えたような新人教師が夜の見回り当番をやらないなんて絶対だめだ。
今日は姉の出産予定日で、ついさっき姉の夫である義兄さんから「生まれたよ!」というメールを貰ったばっかりなのだ。パソコンに向かいながら明日の小テストを作っていた僕は、天を突き抜けるような喜びを感じた。
「あのう、川西先生、今日、日直変わってもらえませんか?」
「へ? あれ、今日日直は佐々木先生じゃないんですか」
「えっと、そうなんですけどぉ…ちょっと、用事がありましてぇ……」
へらへらと引きつった笑みを浮かべながら揉み手し、隣の席の社会担当の川西先生に代わりを頼んでみる。「うーん……。でも今日は生憎俺も……でもなぁ……」と、答えに悩んで悩みまくった結果、お人好しの彼は「よし、引き受けましょう」とニッコリ笑った。
「ホ、ホントですか? あ、ありがとうございますっ」
「あ、でもごめん。ちょっと生徒会室の前の落とし物ボックスの中身だけ点検してくれる? 最近ずっと、持ち物がないって困っている子が増えてきてね」
「ああはい。それくらい、大丈夫です。行ってきますね」
ここ、桜小学校には各教室前に落とし物ボックスが設置されてある。これは、昨年度の生徒会長だった6年の女の子が立候補する時に、『落とし物ゼロを目指す』ことを盟約したからである。
ささ、さっさと終わらせてかわいい赤ちゃんの顔を拝もう。
あの姉に子供が出来るなんて思ってもなかったなぁ。
あんなに大食いで自分勝手で自由奔放な姉さんが、よく結婚できたなぁなどという、その場に当人がいたらファーザーベッドだけでは済まされない内容を呟きつつ生徒会室へ。
部屋の前に置かれているボックスは、毎日きちんと生徒が掃除をしているのになぜかいつも埃が積もっている。埃を手で払って、僕は箱の中を覗き込もうとした。
その時。
「あ、あの、算数の、佐々木先生、ですよね」
「っ!?」
「あ、驚かせてしまってスイマセン。私、先日から教育実習をさせて頂いてる真野です」
「あ、ああ…どうも」
真野先生。美人で物腰も柔らかいので全校生徒から人気を集める。
いつも身に着けている黒いリクルートスーツがとても初々しい。
「で、何か用ですか? もうこんな時間ですが」
「ええ、ちょっと探し物をしてまして……。もしかしたらボックスの中に紛れているかもと」
「ははあ。……良ければ付き合いましょうか?」
恐る恐る尋ねると、真野先生の大きい眼がさらに丸くなった。
彼女は胸の前であわあわと手を振って、
「職員室で聞いたんですけど、先生大事な用事があるのではないですか?」
「大丈夫ですよ。姉も、人に親切にして遅れた弟を怒るような人ではないので」
「そうですか。ありがとうございます」
聞くところによると、真野先生の探し物は、とても大事な物だそうだ。
それは何なんですかと尋ねても教えてはくれない。
まぁ目の前に居るこの人は僕より年下だし、色々と秘密にしておきたいことも多いのだろう。そう考えて深く追及はしない。
廊下を二人で歩きながら、僕はその探し物について詳しく聞いてみることにする。
「失くしたら困るものなんですよ。何しろ長年ずっと愛用してまして…」
「へえ。文房具とかですか?」
「いいえ。大きさは、これくらい。30センチくらいですね。硬い感触がします」
カンカンカンと、僕と彼女の足音が響く。
「へえ。そんなもの……いったいどんなものなんですか」
「やわらかい感触がしますよ。持ってると安心しますね」
カンカンと、僕と彼女の足音が響く。
「………元々、ある人物に譲ってもらったものなんですけど、その人が余りに泣きながら渡してくださったので、大事にしないといけないなぁと思ってます」
ん?
意味深な言い方に引っかかるものを感じつつ、足を進める。
「………取扱いに気を付けないとすぐ腐りますからねぇ。いや、もう腐ってるか。部屋に置いとくと、匂いが凄いんですよ、いずれ自分もこうなりますけどね、未来が怖い。ふふふ」
……………嫌な予感がする。
「これを渡してもらうときに、先のとがったもので刃みたいなものでその人をちょっとつついたら、柔らかい所がパンッって弾けたんですよ。風船みたいに! それで動かなくなったから、ほしいとこだけ貰っちゃいました」
………………背中からひやりと汗が流れた。
この女は何を言ってるんだろう。いや、何を伝えたいのかはもうわかっていた。自分自身がそれを本当だと確かめたくないんだ。
不意に、彼女がこっちを振り向いた。その表情は満面の笑顔だった。美人がほほ笑むとこれはもう超絶スマイル。……ただし今は違う。その笑顔の裏に、どす黒い何かが貼りついている。
「……………コレクションがまた増えました~~~~~~~!!」
アイドルでも見るような感じで僕を見た彼女は、リクルートスーツの懐から『先のとがったもの』を取り出し、それで僕の『柔らかいところ』を突いた。
パンッと、本当に風船みたいな軽快な音が響き。
誰かの絶叫が響き、誰かの笑い声が響き、それはハーモニーになり、一向に止まなかった。
【END】
Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.120 )
- 日時: 2020/08/14 01:42
- 名前: 神崎慎也 (ID: NqCnte/U)
お題8
タイトル「幸せの景色」
今日も怒鳴られた。
トボトボと家路につく中年のサラリーマン中西 宏大(なかにし こうだい)は怒られているときのシーンを頭の中で何度もループしながら深い溜め息をついていた。
スーツはヨレヨレでネクタイも緩んでいる。その外見が彼の心理状態を表しているようだった。
中西が務めている会社はいわゆるブラック企業というやつだ。彼は上司や同期からパワハラを日常的に受け、後輩からも蔑まれていた。
借金もそこそこ抱えている。そのせいで、妻の千代(ちよ)にも期待されず娘の瑠璃(るり)は無理して笑顔を作るようになった。
そんな環境に数年も浸っていて無傷でいられるはずもなく彼自身、精神疾患を患ってしまった。
人の顔が見れない。
人の表情一つ一つが自分を貶しているのではないかと思い込む病だ。正式な病名は分からないが統合失調症に近いものらしい。
最近では会社の同僚の表情のみならず、すれ違う人や走る車、街の明かりなどとにかく目に映るものに恐怖を感じるようになってしまっていた。
いつしか、自分には視覚など要らないのではないか?いや、もはや自分という存在が……。などと考えるクセすらついていた。
いろいろ考え事をしながらしばらく歩いていたらいつの間にが自宅のアパートに着いていた。自分で言うのもなんだがボロいアパートだ。このアパートを見るたび、妻と娘に申し訳なくなる。
自室のドアの前に立ち深く深呼吸をしてからゆっくりとドアノブを握りドアを引く。
リビングの明かりはついていて寝室は暗い。瑠璃はもう寝ているのだろう。いつもの事だ。
リビングの食卓テーブルにはラップがかけられた夕食が並んでいる。彼が帰ってきたことに気づいたのか寝室から妻が出てきた。
「おかえり。」
「ただいま。」
「今日も遅かったわね。ご飯、自分で温めて食べて。」
「あ、ああ。」
そういうと妻は寝室に戻ってゆく。これがいつもの日常だ。家庭は冷え切り、一人暮らしよりも寂しさが立ち込める。
夕食を済ませノートパソコンを起動する。唯一の癒しはネットの中だった。
いつものように国内のニュースや匿名掲示板などを眺めているとき、所狭しと並ぶ広告の中の一つに目が留まった。
「ん。なんだこれ、景色を売りませんかだと……?」
その広告をクリックする。
映し出されたのは黒背景のいかにも怪しげなサイト。
中西は最初興味本位でそこに書かれていることを読み進めていった。
どうやらこのサイトは視覚の一部を提供することで現金にしてくれる施設を宣伝しているサイトのようだ。
「って、どういうことだ!?」
中西は理解が追い付いていなかった。
あまりに非現実的過ぎる。胡散臭いサイトだとは思っていたが、予想以上だ。こんなものが現実にあってたまるか。
どうやらその施設は近所にもあるようだが、すぐに行こう!とはならなかった。
中西はノートパソコンの電源を落とし寝室に向かう。
既に寝ている妻と娘の顔をチラッとみて自分の不甲斐なさを思い出しながらその日は就寝した。
Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.121 )
- 日時: 2020/08/14 01:46
- 名前: 神崎慎也 (ID: NqCnte/U)
「中西ィ。これもやっといてくれ。」
声と同時にズンッと辞書より分厚い書類の束が自分のデスクに叩きつけられた。
この上司は加藤。さっきもこの上司に怒鳴られたばかりだ。言ってしまえばコイツがイジメの中心核で、この息苦しいオフィスの空気感を作り出している張本人。
「やれるよな?中西。」
加藤はニヤニヤしながら投げかける。
「は はい……。」
中西は目を合わせないように俯きながら小さく答える。
「ほら!中西が仕事片付けておいてくれるってよ?今日もみんなで飲みに行こうぜ!」
「「「はーい!」」」
他の社員も加藤が恐いから従っているのではない。どいつもこいつも純粋に中西を毛嫌いしているのだ。あるいは一種の集団心理というやつか。
結局、加藤を含めた社員は全員オフィスから出ていった。
一人で書類を作成しているキーボードの音が孤独感を演出している。
時計は既に23時を回っていた。今日も瑠璃と会話はできないか。
四面楚歌の人間関係の中唯一味方してくれる娘だけが中西の支えでもあった。娘の為に頑張っているのだと心が折れそうになる度に自分に言い聞かせていた。
結局、仕事が片付いたのは午前12時過ぎ。元々どんなに丁寧に作ったところでやり直しさせられる書類だ。真面目に取り組むのも馬鹿馬鹿しくなり最後の方は結構雑に作ってしまった。
でもそんなことはどうでもいい。早く家に帰って瑠璃の顔が見たかった。追いつめられている立場ではあるが何だかんだで自分なりに幸せを掴みかけているのかも知れない。自分の努力次第では本当の幸せを掴むことも可能なのかもしれない。
いつもの帰り道、珍しく前向きなことを考えていた。
家に着くまでは。
アパートの近くに到着して最初の違和感。
「(あれ?明かりがついてない。)」
いつもならリビングの電気が付いていて外からも明りが見えるはずだ。しかし今日は利リビングの明かりも消えているように見える。
次の違和感。それは
「(鍵なんかかけて、どうしたんだ……?)」
いつもなら鍵が開いてる筈だが、今日はドアノブを交わしてもドアが開かなかった。
首をかしげながら合鍵で開錠して部屋に入が真っ暗だ。そして最後の違和感。
妻と娘の靴が無い。
「(……!?)」
慌ててまずは寝室に駆け寄る。誰も居ない。というか妻と娘の荷物もなくなっている。
「なんだよこれ!」
思わず口に出していた。
次にリビングへ。電気をつけてみるが、やはり誰も居ない。代わりに食卓テーブルには印の押された離婚届と一枚の置手紙があった。
『もうあなたとは一緒に生きていけません。実家に帰ります。さようなら。」
中西は膝から崩れ落ちていた。何故か涙は出ない。というか、心も何もかも乾ききっているようだった。
自分が何かしたのか。自分が悪いのか。努力すれば明るい家庭だって目指せると思っていた。でも、努力することすら許されないのか。
もう、何も見たくない。見える景色は全部怖い。
こわい。
そんなとき、中西の頭にあるものがよぎった。
"その景色、売りませんか?"
「ああ。」
これは運命だったのだろうか。
気づいたら彼は、サイトにあったその建物の前まで訪れていた。ここに来るまでの記憶はあまりない。
もうすぐ夜が明けるというのに支えを失った人間というのは何故か行動力が増すらしい。
目の前にあるのは廃れた4階建てのビル。そんなかに異様な存在感を醸し出す煽りの一文
"その景色、売りませんか?"
看板がピンク色なのが尚の事禍々しい。
半ば自暴自棄になって来てしまったが、やはり怪しさと胡散臭さが拭えない。
どうやらそれはビルの3階にあるらしい。ここまで来て予約の電話を入れていなかったことに気づいたが、そもそも予約制なのかそれすら分からなかったのでそのままビルの中に入っていくことにした。
ビルの内装もボロボロだ。人気も一切なく綺麗な廃墟といっても差し支えない。彼の目的の場所以外は店を展開していないらしく何もない。
階段を使って1階から2階そして3階へと登ってゆく。
登ってゆくにつれ自分が緊張していることに気づく。でも今更引き返そうとは思わない。ここがハズレだったらその時はもう身を投げてしまおうという覚悟が実はあった。
3階のフロアに着いた。緑色の蛍光灯がチカチカ消えたり点いたりして細長い廊下を不気味に照らしている。
事務室や会議室などの扉が並ぶ中、一番奥にあの看板が見えた。
蛍光灯の色とピンク色の看板が恐ろしくマッチしていない。異なる世界観の物を無理やりはめ込んだみたいな。
ゆっくりと歩み寄って扉の前に立つ。他の扉が全部白っぽいものだったのに対し、この扉だけレトロなバーみたいな濃い茶色の木製の扉だった。
扉にはopenの札がぶら下がっている。
しばらく扉の前で立ち尽くす。本当に開けてよいのだろうか。開けたら何が広がっているのだろうか。何かとんでもない世界に片足を突っ込んでしまうのではないだろうか。覚悟を決めていたはずなのに直ぐ揺らいでしまう自分に嫌気がさす。
深く1回深呼吸をしてからドアノブを握り目を閉じてゆっくりと扉を開ける。喫茶店のようなベルが鳴ったのが聞こえた。
ゆっくりと目を開ける。
目の前に広がったのはオレンジ色の照明に照らされた店内。向かって右側にはカウンターらしきものがある。そこに座っている女性と目が合うと女性は柔らかい笑顔を見せた。
取りあえずカウンターの方へ行ってみることにする。
女性は若い。受付嬢なのだろうか。スーツに身を包んでおり髪は肩まで伸ばしている。茶髪なのだが清楚な印象が崩れてない。
「いらっしゃいませ。お客様は当店初めてのご利用でしょうか?」
「は はい……! すみません。予約とかもしてないんですが。」
「大丈夫ですよ。予約は要りません。当店の利用が初めてという事でまずはこのシートに必要事項を書き込んでください。そちらの待合室でお願いいたします。」
「わ わかりました。」
そういうと女性はシートと鉛筆を手渡す。
女性が示した方向には確かに待合室らしきソファーが並んでいる。カラオケを連想させるソファーの配置だ。今は誰も座っていない。
取りあえず適当なところに腰かけシートに目をやる。
そこには簡単な個人情報を書く欄のほかに気になる項目があった。
「(いらないと感じたものや景色を記入してくださいだと……?)」
そう言われて真っ先に思いだしたのは上司である加藤の顔。
あいつさえ克服できれば取りあえず仕事に対する気持ちは大分楽になるだろう。
流石に上司のフルネームを記入する気は起きなかったので『上司の顔』とだけ記入した。果たしてこんなので大丈夫なのだろうか。
シートに記入が終わり受付に渡すと再び待合室で待機するように言われる。
こういうときどんな顔をしていればいいのだろう。というか、今自分はどんな顔をしているのだろう。
しばらく座っているとこちらに一人の男性がやってくる。
「大変お待たせいたしました。どうぞこちらへ。」
こちらも若い男性だった。眼鏡をかけ白衣を着ている。髪型も声を清潔感を感じさせるさわやかな印象の青年だ。
白衣の青年に誘導され奥の診察室のような場所へ入る。
そこは受付や待合室と同じくオレンジ色の照明なのだが薄暗い。床は絨毯素材。部屋はそこまで広くはなく中央には大きなリクライニングチェアが一代置かれている。
リクライニングチェアの近くにはたくさんのモニターが置かれた机と椅子が設置されており、リクライニングチェアとそのモニターは大量の配線で接続されていた。
「まずは、中央の装置に座ってください。」
「ええ……。」
リクライニングチェアを装置と呼んだことに違和感を覚えたが白衣の青年の言う通りリクライニングチェアに腰かける。
白衣の青年は中西が横たわるリクライニングチェアの側に立ち先ほど中西が書いたシートを見ながらやがて口を開く。
「中西さん 今回はご利用ありがとうございます。ここについてはどういった経緯で知ったのでしょうか。」
「ええと ネットの広告で……。」
「なるほど。その広告にもあったとおり、ここではお客様の見たくない景色を抜き取りそれを現金として換金するサービスを行っております。施術料は無料です。言ってしまえばお客様から提供された景色が施術料のようなものです。」
白衣の青年は表情を変えずスラスラと歌うように言う。
「施術内容については、こちらの装置をお客様の脳の視覚を司る部位と接続し特殊な処理を行うことでお客様が望んだ景色のみを不可視化させます。」
「そんなことが本当に可能なんですか……?」
「もちろん。景色を売るというと聞こえは悪いですが、立派な医療技術の賜物なのですよ。提供された景色は生まれつき視覚に問題のある患者へ移植されたり、研究機関へ送られます。中西さんの場合、上司の顔が見たくないという事なので上司の御顔が見えなくなります。明日からのっぺらぼうと話すような感覚になりますね。」
「それはまた……。」
「百聞は一見に如かずですよ。さて、そろそろ施術を始めましょうか。」
そういうと白衣の青年は大きな機械のようなものを取り出す。
それはゴーグルとヘルメットが一体となった装置だった。全体的に黒っぽくヘルメット部分からもコードのようなものが伸びていた。リクライニングチェアと接続されているようだ。
「それは、なんなんですか……?」
中西の不安を察したかのように白衣の青年は優しい笑顔を見せる。
「この機械を頭部に装着して希望の景色を抜き取ります。痛みなどはありませんので安心してください。」
そう言いながら手際よく中西の頭部に機械を取り付けてゆく。割とゴツい機械だったのに頭に付けてみると割とフィット感を感じるのが逆に不気味だった。
中西も特に抵抗などはせず大人しくされるがままになっていた。
「それでは機械の装着も終わりましたので施術を開始します。私はモニターの席から指示を出しますので従ってください。」
「わかりました。」
中西はゴーグルを装着されたまま仰向けになりリクライニングチェアに体重を預ける。視線の先にはオレンジ色の照明が付いた天井が見える。
白衣の青年はモニターの席で何かを操作しているのかカタカタとキーボードをたたくような音が聞こえてくる。
しばらくそれに耳を傾けているとやがて白衣の青年から指示が出される。
「それでは中西さん。まずはゆっくりと目を閉じてください。」
中西はゆっくりと目を閉じる。
「次に中西さんが不可視化させたい上司の片の御顔を強くイメージしてください。」
中西は加藤の顔を強く思い出す。
自分に説教を垂れる顔。いやみを言う時のニヤニヤした顔。自分に残業を押し付ける時の嫌なあの目。
日ごろ加藤の顔は嫌でも見なくてはならないが、こんなにハッキリと思い出すのは初めてかもしれない。
「中西さんの脳内に描かれたイメージが装置を通してモニターに送られてきました。今からこの景色を抜き取ります。ゴーグルが強く発光しますが怖がらずリラックスしていてください。」
この間中西は自分が眠っていたのか最後まで起きていたのかは覚えていない。ゴーグルが発光したところで中西の意識は薄れていった。
Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.122 )
- 日時: 2020/08/14 01:48
- 名前: 神崎慎也 (ID: NqCnte/U)
「ハッ……!」
中西が目を覚ますとオレンジ色の照明がついた天井が見えた。しばらく呆然と眺めていると聞き覚えのある爽やかな声が滑り込んできた。
「中西さん。無事、施術は終わりました。お疲れさまでした。」
中西は声のする方に顔を向けるとそこには白衣の青年が立っていた。
「あのう、時間はどれくらい経ったのでしょう……?」
「今回は景色の指定が詳細だったので10分弱で施術は終了しました。抜き取る範囲によって時間は変わってきます。」
そう言いながら白衣の青年は中西の頭部からゴーグルの機械を外す。
「それでは今回の施術で提供された景色なのですが、10万円に換金させていただきます。」
「じゅ、10万……?」
「ええ。景色とは言え体の一部ですからね。これでも安い方ですよ。現金はシートに記載されている口座に振り込んでおきますので。」
中西は白衣の青年による説明を聞きながら正直、半信半疑だった。
これで本当になにかが変わったのか……?
施術前と施術後で違和感のようなものは特にない。もしかしたらデタラメなのかもしれない。
でも、10万円が貰えるなら特に詐欺という訳でもないし寧ろ、こちらは何も損はしていないのも事実だ。
「あ、有り難うございました……。」
結局あれ以上青年からは説明もなくカウンターの女性に軽く会釈をして施設を出た。
そのままビルの外に出てみると、もう夜が明けていた。スマートフォンで時間を確認すると午前3時過ぎ。
帰ってもあまり寝る時間は残されてないだろうが、まっすぐ職場に向かう気も起きなかったのでタクシーを使って家路についた。
自室に戻ると午前4時。今からでは3時間ほどしか眠れないだろうがそれでも、寝ないよりマシだった。
家にはやはり誰も居なかった。食卓テーブルに置かれたままの離婚届をなるべく見ないようにした。一人で寝るには広い寝室に向かい、スイッチが切れたように眠りに入った。
オフィスに響く怒号。
聞き慣れた加藤のものだった。
やはり昨晩てきとうに片付けた書類がまずかったらしい。
加藤がデスクにふんぞり返り、中西がその前で立ち尽くして説教を受けるいつもの光景だ。
しかし、いつもと違っている事が1つ。
それは加藤が説教の最後に付け加えた一言。
「でもまあ、お前にしては珍しく"きちんと俺の顔をみて話を聞くようになった"のは良い志だな。続けろよ。」
「は、はい!」
説教が終わり、自分のデスクに戻ってきた中西。
彼は酷く困惑していた。
「(なんなんだよこれ……。本当に、こんな事が……!)」
中西には加藤の顔が一切見なくなっていた。
それは昨晩、白衣の青年が言ったように本当にのっぺらぼうと会話をしているような。
ぼやけているのではなく、顔にパーツが付いていないような。
今の中西には加藤の顔がそういう風に映るようになっていた。
その後も。
「今日も中西が仕事やっといてくれるってよ。今晩も飲みに行こうぜ!やってくれるよな?中西。」
「そんな、意地悪なこと言わないでくださいよ~!」
中西が言ったその瞬間、今までガヤガヤしていたオフィスの話声がピタリと止んだ。
オフィスの人間が皆、中西に視線を向けている。それは「よく言った!」という称賛の眼差しではなく「調子乗るな!」の類であることは中西自身良く分かった。
無言の加藤もこちらに顔を向けているが、どんな表情をしているかは分からない。
中西が感じたのは刃物よりも鋭い視線が一度にたくさん向けられたことによる圧倒的な恐怖。加藤だけが天敵というわけではないのだ。
「し、仕事、やっときます……。」
「らしいぞ?今夜もぱーっと行こうぜ?中西以外で。たーはっはっは!」
「「「あははは!」」」
結局、いつもの自分に戻ってしまった。
甘かった。加藤さえどうにかなればいいと思っていた。
「(もっと消さないとダメだな……。)」中西は心の中で強くそう思った。
残業を終わらせた中西はまっすぐ家に帰ることなく、あの場所へ訪れていた。
オレンジ色の照明に照らされる待合室には今日も自分以外誰も居ない。意外と人には知られていない場所なのだろうか。
寧ろ都合がいい。ここに来ているところをあまり人には見られたくなかった。
「中西さん。お待たせいたしました。こちらへどうぞ。」
あの白衣の青年がやって来た。その顔には謎の安心感があった。
診察室に案内された中西は部屋の中央にあるリクライニングチェアに腰を掛ける。
「中西さん。2回目のご利用ありがとうございます。今回は職場の同僚3名の顔を消してほしいという事ですね。」
「ええ。お願いします。」
「かしこまりました。では、施術を始めます。」
そういうと白衣の青年は慣れた手つきでヘルメットを中西に装着する。今回は初回よりもスムーズに施術が進んだ。
「それでは消したい3名の同僚さんの顔をイメージしてください」
モニターを操作しながら指示を出す白衣の青年の声を聞きながら目を閉じてイメージする。
今回消すのは特に加藤の息がかかった3名の同僚だ。消すといっても顔が見えなくなるだけだ。自分は何も悪いことはしていない。
そう言い聞かせながらゴーグルの発光と共に意識が薄れてゆく。
「中西さんって最近、加藤さんに馴れ馴れしくないですか?」
「わかるー!ちょっと調子のってるよね?」
「リストラが恐いんだろ?無駄なのになー」
それがワザとなのか、それとも単に無神経なのかは定かではないが、どちらにせよ自分の愚痴を目の前で大きな声で言われているという事は分かった。
以前の中西なら俯いてやり過ごそうとしたかもしれない。
しかし
「あのう、聞こえてますよ?せめて声のボリューム落としましょうよ。」
面と向かって言えた。
言われた3人は互いに顔を合わせるような動きを見せると、まだ何か言いたげにブツブツと呟きながら仕事に戻っていった。
言うまでも無いが、今の中西には先ほどの3人の顔は見えていない。
注意を受けた3名は今も意味ありげなアイコンタクトを取っているのかも知れない。でもそんなことは中西には知る由もない。
言いたいことが言えるというのはなんて幸せなのだろう。
中西は紛れもなく多幸感を得ていた。彼自身の人格にも積極性という良い変化が出ているようだ。おまけに金も振り込まれる。これ以上の幸せは無かった。
ただ、一つ厄介なのが。
「中西さ~ん。そんな強く言わなくてもいいんじゃないですか~?」
「そうですよ、かわいそうですよ。」
中西を直接的な標的として煽って来る社員が増えた事だ。
「(ああ。今日はアイツらを消すか。)」
中西は今日も明日もその次も
あの場所へ訪れて。
景色を売り続けた。
Re: みんなでつくる短編集【SS投稿交流所】 ( No.123 )
- 日時: 2020/08/14 01:50
- 名前: 神崎慎也 (ID: NqCnte/U)
何人もの顔を不可視化した。顔だけじゃ飽き足らずその人の姿そのものを消したりもした。
顔を見なくていいというのは確かに中西の人生を好転させる材料になりえたかもしれない。しかし、度が過ぎてしまった。
オフィスには様々な声が行き交ってひとりでにキーボードが動いたり書類がヒラヒラと宙に浮いて上司のデスクへ運ばれていったりと、とてもシュールだった。
中西は仕事に関わる人間の姿を何も見ることが出来なくなっていたのだ。
そして、そこからは早かった。
ある日いつものようにオフィスに入ると自分のデスクに知らない男が座っていた。
オフィスの人間は誰も見ることが出来ないはずなのに見えるという事は?
「中西。もうお前の席はないぞ?邪魔だから帰れ。」
どこからか聞こえてくる加藤の声。
俺のデスクに座っていたソイツは俺の方を見ると、呆れたような笑みを見せたのだった。
ドンドンドン!!という大きな物音で目が覚めた。
ドアを強く叩く音だ。
「中西さーん?借りてたもんはきっちり返しましょうよー!」
「いるの分かってんぞ!」
ドアの前に居るのはグラサンでスーツでガラの悪い男たちだろう。
会社をリストラされ視覚を売ることで食いつないできたが流石に無理があった。
もちろんの事、グラサンの男たちも中西には見えない。そういうのは真っ先に売って金にした。
それでも生活していくのがやっとで借金を返す余裕などなかった。
しばらくすると男たちは堪忍したのか飽きたのかドアを叩く音と声が止んだ。
リストラされてからどれくらい経ったのだろう。時間感覚がハッキリしない。
中西は妻と娘が去ったあとの寂しさが滞留する自室の床に座り込み呆然と考える。
そもそも景色を売ることで自分は何を得たのだろう。最初の頃は確かに好転したように見えた。上司や後輩に言いたいことが言えてそれなりに心も充実していたはずだ。
それなのに。
会社をクビにされ借金取りに脅される毎日。見えなくなることなんて、やっていることは現実逃避だ。
ここにきて中西は自分のしてきたことを悔いていた。今更ながら売った景色を返してほしいなんて思っていた。
「(もう、あそこへ行くのは止めよう。目の前の現実を受け止めて生きて行こう……。)」今自分に出来ることは、とにかく職を見つける事。ならまずは、外へ――。
しかし。
プルルルルルと中西が今まさに立ち上がろうとしたその時、一本の電話が鳴った。
電話が鳴るなんて何日ぶりだろう。というか誰だろう。恐る恐るといった感じで受話器を取って耳に当てる。
「あ、あなた……っ!? 大変なの! あのっ!る、るりが……っ!」
聞き覚えのある声。でも、聞いたことない位その声は震えていて。
「千代……? 瑠璃が、どうしたんだ……?」
「地図スマホに送るからっ!とにかく今すぐ来て!!」
そういうと電話は切れてしまった。直後、スマホに示された場所は、中西を凍り付かせるには十分だった。
「病院……!?」
中西は家を飛び出していた。なけなしの金を握りしめタクシーを止めて病院へ急行した。
息を切らしながら教えられたとおり、娘の病室の前に着きスライド式のドアをゆっくりと開けた。
目の前に現れたのは小さく肩を震わせてベッドに寄りそう妻の後ろ姿。そして。
見たことも無いような器具とおびただしい数の管でぐるぐる巻きにされた娘の姿だった。
気づいたら中西は自分が娘のベッドに駆け寄っているのが分かった。
人工呼吸器を付けた娘は目を閉じている。涙ながらに千代は声を発した。
「学校の帰り道、信号を無視した車にはねられたの……。」
「そんな……っ! 瑠璃は治るのか?無事なんだよな!?」
中西はたまらず千代の肩を揺さぶっていた。千代は悲しげな顔で目線を反らして言う。
「今すぐにでも大きな手術が必要なんだけど、お金が無いの……。
金。そんなもの中西だって喉から手が出るほど欲しかった。
仕事をリストラされてろくな収入などなかった彼には一度にまとまった大金を用意するなんて出来るのか。
「(いや、一つだけ方法がある。アレに頼れば、)」
思いついて少し自分が情けなくなる。
「(結局、俺はあの場所に縋るんだな……。でも、今はこれしか手段がない。変わるって決めたもんな)」
「分かった。金なら俺が何とかする。」
「えっ……? あなた、本当に……出来るの!?」
「任せろ。俺の口座に振り込んでおくから使ってくれ。」
「そんな大金、どうやって……」
千代が何か言いたげだったが中西はそれ以上聞かなかった。代わりに娘の顔を見て決意を固めると、そのまま飛び出すように病室を後にした。
ひたすら走った。もうタクシーに乗れる金など無かった。
苦しくても、足が痛くても、とにかく前へ。
しばらく走ってフラフラになりながら目的地に着いた。
その建物は、もう何度も見てきた4階建ての廃ビル。そして、"その景色、売りませんか?"の看板。
もうここには来ないって決めた矢先にあんな事が起こるなんて。これは神様の悪戯というやつなのだろうか。
迷わず中に入って店内へ。レトロなバーを連想させる扉を開けると、やはりいつものように受付の女性が笑顔を見せる。何故かこの時、ちょっと救われたような気持ちになった。
心を落ち着かながら待合室にいると、白衣の青年がやってきた。
「中西さん。それではまいりましょうか。」
案内されて入った診察室も何度も見てきた景色だ。
そして中西は告げる。
「俺の視覚を全て売ったらいくらになりますか。」
白衣の青年は機器の準備をしながら答える。
「すべてとなると、宝くじの一等の倍の額は確実かと。」
「そうですか……。なら、俺の視覚を全て売ってください!」
白衣の青年の動きがピタリと止まり、こちらに顔を向ける。
「本気でおっしゃっているのですか?」
「当たり前です。その為に、俺は此処へ来たんです!」
白衣の青年は何を考えているのか、怪訝な顔でしばらく無言になった後こう答えた。
「分かりました。しかし、すべての視覚を抜き取った後、脳に何らかの障害が発生する可能性があります。そこは自己責任という事でご理解頂ければ幸いです。」
「覚悟の上です!」
「そうですか。承知いたしました。ではこれより施術を始めます。」
白衣の青年の手によってヘルメットが付けられる。それはいつにもまして重く感じるのは何故だろう。
白衣の青年はいつものようにモニター操作へ移る。
「それでは中西さん。目をゆっくりと閉じてリラックスしてください。今回は視覚そのもの除去という事で特に何かをイメージする必要はありません。とにかくリラックスしていてください。」
中西は青年の声を聞きながらぼんやりと考えていた。視覚が無くなるとどうなるんだろう。妻や娘の顔は見れなくなってしまうのだろうか。
なら、俺は今何のために体を張っているのだろう。いや、家族の為に決まっている。
今自分が初めて父親らしいことをしてあげられているように感じた。
ゴーグルが強く発光して中西の意識は間もなく薄れていった。
「中西さん。体起しますねー?」
元気な女性の声。
体を支えられながら上半身を起こす。周囲は消毒用アルコールの匂いが充満している。
どうやらここは病院らしい。しかし、目は開けても閉じても真っ暗だ。
「中西さん。今日は面会にいらしてるみたいですよ?良かったですね!」
面会?なんの話だろう。
中西にはこれまでの記憶が欠如してるようだった。もう目は完全に見えていない。
「面会が終わったら、今日もリハビリ頑張りましょうねー!」
いうだけ言うと元気な女性の声は部屋から出て行った。
しばらく呆然とベッドに体を預けていると、なにやらガラガラとドアを開ける音が聞こえた。さっきの元気な声の女性看護師かと思った中西だったが、
「パパー!」
その声は、綺麗なソプラノだった。そして、なによりも。
聞き覚えのある声だった。
声の方向が定まらない中西が首を動かしていると胸元から肩にかけてバサッと抱きしめられた感覚がした。
その温もりはとてもやさしくて、懐かしいものだった。そして、この温もりも知っている。
何が何でも守りたかったもの。
遅れて病室に入ってきたもう一人の声。
「あなた……!」
この声も、知っている。この二人の名前は、確か。
「瑠璃……、千代……、」
自分の声が思いのほかか細くなっていたことに驚いた。声はちゃんと届いただろうか。
漆黒の視界なのに、なぜか自分の目からは涙がこぼれていくのが分かった。
「ねえ、あなた。私たちまたやり直せないかな。やっぱり私も瑠璃も、あなたが必要よ……?」
千代の声は少し震えていた。瑠璃も泣いているようだった。
記憶が徐々に鮮明になってゆく。
ああ。あの時、離婚届に印を押さなくて良かった。こうして、再び幸せを掴むことが出来た。
「そうだな。やり直そう……!」
千代は今どんな顔をしているのだろう。瑠璃も、今どんな顔をして俺に抱きついているのだろう。中西はそれが一番知りたかった。でも。
「(そうか。俺には、もう、)」
「なにも、見えないんだ。」
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