雑談掲示板
- 【開催】第14回 紅蓮祭に添へて、【小説練習】
- 日時: 2022/06/18 14:16
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: bC2quZIk)
*
執筆前に必ず目を通してください:>>126
*
■第14回 紅蓮祭を添へて、 / 期間:令和4年6月18日~令和4年7月31日
白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
□ようこそ、こちら小説練習スレと銘打っています。
□主旨
・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
・内容、ジャンルに関して指定はありません。
・練習、ですので、普段書かないジャンルに気軽に手を出して頂けると嬉しいです。
・投稿するだけ有り、雑談(可能なら作品や、小説の話)も可です。
・講評メインではありません、想像力や書き方の練習等、参加者各位の技術を盗み合ってもらいたいです。
□注意
・始まりの一文は、改変・自己解釈等による文の差し替えを行わないでください。
・他者を貶める発言や荒らしに関してはスルーお願いします。対応はスレ主が行います。
・不定期にお題となる一文が変わります。
・一作品あたり500文字以上の執筆はお願いします。上限は3レスまでです。
・開始時と終了時には「必ず」告知致します。19時から20時を目安にお待ちください。
・当スレッドのお題を他所スレッドで用いる際には、必ずご一報ください。
□お暇な時に、SSのような形でご参加いただければと思います。
■目次
▶︎第1回 氷菓子を添へて、:今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
>>040 第1回参加者まとめ
▷第2回 邂逅を添へて、:彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
>>072 第2回参加者まとめ
▶︎第3回 賞賛を添へて、:「問おう、君の勇気を」
>>119 第3回参加者まとめ
▷第4回目 袖時雨を添へて、:手紙は何日も前から書き始めていた。
>>158 第4回参加者まとめ
▶︎第5回 絢爛を添へて、:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
>>184 第5回参加者まとめ
▷第6回 せせらぎに添へて、:名前も知らないのに、
>>227 第6回参加者まとめ
▶︎第7回 硝子玉を添へて、:笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
>>259 第7回参加者まとめ
▷第8回 一匙の冀望を添へて、:平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
>>276 第8回参加者まとめ
▶︎第9回 喝采に添へて、:一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから
>>285 第9回参加者まとめ
▷第10回 鎌鼬に添へて、:もしも、私に明日が来ないとしたら
>>306 第10回参加者まとめ
▶︎第11回 狂い咲きに添へて、:凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。
>>315 第11回参加者まとめ
▷第12回 玉響と添へて、:――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
>>322 第12回参加者まとめ
▶第13回 瓶覗きを添へて、:赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
>>325 アロンアルファさん
>>326 友桃さん
>>328 黒崎加奈さん
>>329 メデューサさん
>>331 ヨモツカミ
>>332 脳内クレイジーガールさん
▷第14回 紅蓮祭に添へて、:白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
▼第n回目:そこにナマコが置いてあった。
(エイプリルフール企画/投稿期間:平成30年4月1日のみ)
>>156 悪意のナマコ星さん
>>157 東谷新翠さん
>>240 霧滝味噌ぎんさん
□何かありましたらご連絡ください。
→Twitter:@soete_kkkinfo
□(敬称略)
企画原案:ヨモツカミ、なつぞら
運営管理:浅葱、ヨモツカミ
*
Page: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 全レス
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.242 )
- 日時: 2018/07/06 10:26
- 名前: 彼岸花◆nadZQ.XKhM (ID: 1LxFjJvU)
運営の方へ
ご回答ありがとうございます。
それではその旨に従って投稿させていただきます。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.243 )
- 日時: 2018/07/06 18:15
- 名前: 霧滝味噌ぎん◆uVPbdvNTNM
>>241
自分の勘違いでご迷惑をお掛けし、大変申し訳ないです。
ご希望があれば早急に削除させていただきます。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.244 )
- 日時: 2018/07/06 19:50
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: qOC7lMI2)
>>霧滝味噌ぎんさん
今回につきましては質問スレの方でご報告させていただきました通り、こちらの不手際が大きかったこともありますし、折角書いていただけた作品ですので、削除なさらなくて大丈夫です。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.245 )
- 日時: 2018/07/07 02:00
- 名前: よもつかみ (ID: wj8tNBUI)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。あなたの願いが、叶わなければいいのにと。
図書館の入り口に飾られた笹の木と、その側に置かれた机の上の短冊や鉛筆、紐。誰でも自由に願いごとを書いて飾ってね、ということなのだろう。
七夕なんて子供みたいだね。そうやって笑いながらも、彼女は淡い桃色の紙面に更々と文字を書いてゆく。その嬉々とした横顔と白と婚のコントラストが眩しいセーラー服を見ていると、妙な既視感に襲われた。それでやっと思い出す。去年も二人でこうして短冊に願いをしたためたんだっけ、と。
彼女は一足先に願い事を書き上げると、紙の上部に空いた穴に紐を通して、笹の葉に括り付けた。
「……よく、こんなこと書いたね」
「ちょっ、やだー見ないでよー」
友人ははにかむように笑いながら、慌てて掌を紙面に被せて、内容を隠す。でも、そんなの今更遅い。彼女のお願いを見てしまった私は、酷く複雑な心境に陥っていた。友達の願いを素直に応援してあげられないなんて、最低なやつだと思う。思うだけだ。私は彼女の望みを、全力で否定したかった。
そんな私の気持ちなんか露知らず、友人は窓の外に視線をやる。図書館内は空調がよく効いていて、少し肌寒いくらいだが、硝子を挟んだ向こう側に出た途端、灼熱の直射日光と熱気が私達の肌を焼くのだろう。雲一つない突き抜けるような青が忌々しい。
「織姫と彦星。今年こそは会えるといいねー。去年は曇っちゃったからさあ。だから私のお願い叶わなかったんだよ」
「私は去年のお願いは叶ったよ。自力で叶えてやった。結局、他力本願じゃ駄目ってことでしょ」
素っ気なく私がそう言うと、彼女は少し頬を膨らませる。その様子で去年の夏、一緒に行った海で捕まえた河豚を思い出した。今年の夏は行かないかもしれないな、なんて考えた。
「今年は叶うといいね」
心にもない言葉を口にしてみて、自分でも驚くほど乾いた声が空気を震わせた。
「あんたが叶えてよ」
友人の言葉にドク、と心臓が跳ねる。空調の聞いた室内なのに、背中に冷たい汗が滲むのが分かった。
「なんてね。他力本願じゃ駄目なんだもんね。私、今年は頑張ってみる」
向日葵のようにパッと笑う。彼女の底抜けに明るい笑顔が、胸を抉るようだった。なんでそんな風に笑えるの。私はあなたのその笑顔を見ると、苦しくなってしまうのに。
彼女は私の手に握られた白紙の短冊を覗き込んで、まだ書けてないの、と苦笑する。それから、先に行ってるよ、と言って、私に背中を向けた。そうだ、私達は図書館に七夕の短冊なんか書きに来たのではない。自習室を借りて、課題を終わらせようとしていたのだった。
遠退く背中を見つめていると、胸がざわついた。何も書いてない短冊が、私の手の中でクシャクシャになる。
「ねえ、やめなよ」
気が付いたら、私はその背中に声を掛けていた。彼女は足を止める。振り向きはしない。
友人の後ろ姿を見つめて、私は覚悟を決めていた。だからもう一度、はっきりした声で言う。
「やめなよ」
今度は友人は振り向いた。いぶかしむ様な顔が私を見ていた。
「やめなって。なんでそんなこと言うのよ」
「……こういうこと」
クシャクシャに折れ曲がった紙面に、更々と願いを綴り、紐を通して、友人の短冊の隣に括りつける。それから、彼女の短冊を鷲掴みにして、引き千切った。
「え!? なにしてんの!?」
「貴様の願いなんぞ叶えさせてたまるかあああ!」
目を剥く友人の目の前で『アグレッシ部の部長になれますように』の文字を引き裂いてやった。ビリビリと細かく裂いて、バラバラになった紙を丸めて、床に叩きつけ、勝ち誇ったように踏み付ける。
私が笹の葉に括り付けた『アグレッシ部の部長は私じゃ!!!!』という短冊が、やけに誇らしく見えた。
「ちょっ、吉川! あんたなにしてんよ!」
慌てた様子で掴みかかってくる友人の手を払い除けて、鼻を鳴らす。
「私も部長の座狙ってんだよ!」
「えっ、なんでよ、あんたクラス委員長と生徒会長と文化祭実行委員長掛け持ちしまくってるじゃん! 忙しくて手回らないでしょ!?」
「ええい喧しい、私は内申上げ上げパーリィ狙ってんだよ! お前は副部長でもやっとけっての!」
欲に塗れた意地汚い私にとって、友情なんてものは関係ない。部長の座を狙うのなら、友人は邪魔者でしか無かった。
ぽかんとしていた彼女が、急に真面目な顔をして、肩にかけていたスクールバッグを床に降ろすと、肩を回しながら言う。
「……そんなに言うなら、どちらが部長の座に相応しいか、ここで決着を付けようじゃないの」
「臨むところだ。何処からでもかかって来なさい、竹下ァ!」
私達は殴りあった。司書さんの制止する声も耳に入らないほど全力で。
彼女の右ストレートをいなし、自分の拳を叩き込み、隙を付いて繰り出された足払いをもろに受けて地面に伏し──たようにみせかけ、彼女の鼻を殴りつける。しかし、その動きは読まれていたのか、少ない動きで私の拳をかわした彼女の目潰しが迫ってくる。が、私は眼鏡だ。少しの衝撃と共に、レンズに指紋が付いてしまったが、私のお目々は無傷だった。そして友人は突き指をしたらしく、右手の人差し指を押さえて、その場に蹲った。
「うわー指がー」
「ふふ、愚かな。やはりあなたに部長は任せられそうもないね」
最近メガネフラワーで買ったばかりの新品の眼鏡に指紋がつけられたのは腹立たしく感じるが、まあ、拭けば済む話である。
指紋の付いたままの眼鏡ではよく見えないため、眼鏡を取り外す。瞬間、私は瞠目した。
さっきまで蹲っていたはずの彼女がいない。
「掛かったわね吉川!」
「なっ……! まさか、突き指したあなたを見て勝ちを確信した私が余裕そうに指紋の付いた眼鏡を取り外す一瞬の隙を付いて背後に回り込みぶん殴るという戦法か!」
「めっちゃ説明口調ね吉川! でもその通り!」
振り返った私の視界には、彼女の繰り出した拳が迫ってくるのがスローモーションのように映った。避けられない。それなら、と私も渾身の力で拳を振りかぶった。
だが、私が彼女の拳を受けることも、彼女が私の拳を受けることもなかった。代わりに、乱入した司書さんの繰り出した瞬速のアッパーを受けて、私達の勝敗は霧の中へ。
……あの司書さん、一体何者だったのだろう。
その夜、空は曇っていた。今年も織姫と彦星は出会えなかったらしい。
そして数日後、アグレッシ部の部長任命式が行われた。結局、彼女の願いは叶わなかったし、私の願いも叶わなかった。他の部員が部長も副部長の座も掻っ攫っていったのだ。
後日、私達は互いの心の傷を癒やすためと、仲直りも兼ねて、今年も一緒に海に行った。
***
吉川と竹下は、図書館出禁になりました。自分でも何書いてるかわかんなかったけど楽しかったからオッケー(>ω<)
アグレッシ部か何かは私も知りません。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.246 )
- 日時: 2018/07/07 02:50
- 名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: 5beM0ywQ)
皆長いね
私そんな長いの書けなぁい
>>239
自分で自分の文を解釈するのは
あんまり褒められたことではないとは思うんだけど
多分この文字数じゃイミフだろうと思うので補足をば
七夕ネタなので彼女は織姫です
彼女にとって俗世とは天界のことで
彼女は俗世から下界に降りる方が非日常
でも下りて来なきゃいけない事情があったんで下りてきて
その先で天女のはごろもよろしくトイペ被った可哀想な笹発見
彼女は此処で考えるわけです
これは彼ピ好きさに機織りサボッて憐れ彼ピと引き離され
あげくの果てに何故だか下界のオネガイを叶えざるを得なくなった
みじめな己の映し身のよう
自分の鏡写しを見るのがみじめで
彼女は手ずから薄汚れた笹をキレイな身にしてやるわけです
それはさながら禊のようなもので
禊が終わったらもう彼女は用済みなわけで
何だかんだで下界に降りた理由も忘れ去っちゃって
彼女はカササギに見立てたカラスと
彦星に見立てた火星を目印に
我が家たる夜空へ帰宅
要するに
彼ピとの遠距離恋愛をエンジョイしているJK織姫が
ちょっと旅行に行って遊んで戻ってくるだけの話なのですねぇ
でもその一方で
さんざ人の欲を浴びて無理に還俗させられた
織姫にオネガイを届ける交信塔が
天界のものの手により再び使者となる
禊と祓の物語でもあります
なぁんて
こんな非日常が
日常的な風景の中にころっと転がってたら
とっても楽しいと思いますんす
追伸
「被害を被る」についてですが
これは「害を被る」という動作ではなく
「受けた害」という結果として被害を使用しています
よってこれは結果目的語の適切な用法であって
重言ではないと言い張ってみる
何にせよ
この織姫はぱりぴJKなので
文法的にあっているか否かというより
直情的にものごとを表せるか否かを気にするのです
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.247 )
- 日時: 2018/07/07 22:49
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: Y5eA/7vk)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。困った。この行事が何であるのかはわかるのに、書かれている言葉は私が知っているものと全く違うのだ。角ばったり、丸かったり、アルファベットを崩したような曖昧さと、イメージとしても浮かびにくい抽象的な文字らしき何かが、短冊に書かれている。今日は七夕のはずだから、きっとこの短冊の全てに、何かしらの願い事が書かれているのだろう。
私は笹竹が用意された地元の公園をぐるりと見回す。見慣れた公園ではあるけれど、そうではないような、不思議な感覚がした。初夏の湿気を含んだ暑さとはまた違った、安心できる温かさがこの公園にはある気がする。それがどういったものであるのかは分からないが、安心できることは確かだった。
七夕の大公園にはたくさんの子どもたちが集まっていた。子どもたちに混ざるように、私みたいな大人が何人か見受けられる。子どもたちと話している様子から、きっと兄弟なんだろうなと想像ができた。手に持ったまま白紙の短冊を揺らしながら、皆可愛いなぁと笑顔になる。公園の中央に用意された立派な笹竹の近くに子どもたちが集まってきたのに合わせ、一人、端にあるベンチへと移動した。
楽しそうな声をあげて、子どもたちが我先にと短冊を飾るのが見える。私ももう少し若かったらなぁと、願っても叶わないことを思う。そうした想像を楽しめる年齢になってしまったことは切ないが、楽しめるなら、まあ年を重ねるのも悪くないのかもしれない。
「おい、姉ちゃん」
「ん?」
背中をつんつんと押され振り向く。Tシャツと短パンを着た少年と、大きくカラフルな花柄があしらわれたキャミソールワンピースを着た少女が立っていた。男の子は少し太り気味で、小さめのTシャツが窮屈そうに見える。
「私のこと呼んだの?」
そう問うと、男の子は数回頷く。
「今年ね、五条の森でね、肝試しするって! すっごいこわいって言ってた!」
「え、あ、そっか」
大きな身振り手振りで教えてくれたが、今まで肝試しなんて催しあっただろうか。回覧板を読んでいないせいで、私だけ知らないのかもしれない。今後は面倒がらずに回覧板の内容も読まないといけないと思いながら、肝試しかぁと独り言がもれる。
「おにーさん怖いのぉ?」
「いやー……怖いってわけじゃないけど、ほら、何かあった時の責任ってどうなるんだろうと思って」
町内会の催しである以上、運営者は参加者の怪我がないようにしたいはずだ。七夕を行っている会場から離れた所で肝試しをやるなら、なおさら。
「わたしむずかしいこと分かんない!」
「僕もー! ねー早く行こーよー」
手を引かれ半ば強引に立たされる。子どもの体だというのに、力は大人も同然で、掴まれた左腕に痛みを感じた。もしかすると太っているだけだと思っていた少年は、筋肉で膨らんでいるのかも。少女は私たちを先導するように進む。五条の端から端までの移動は、普段徒歩移動をすることがない私には辛いものがあった。
住宅街を抜け、大きな道路を一本越える。細い、蛇のように曲がりくねる道を進むと、五条の森が見えた。アーチ状の看板に『坂嶋町内会肝試し会場』と書かれている。土地開発が進んでいた街の隅、堤防沿いに五条の森はある。誰の土地かは分からないが、初夏から秋口にかけて、地域の子どもたちが遊んでいる噂は聞いたことがあった。
吹きさらしの野原を進み、ゲートへ向かう。晒したふくらはぎに、背の高い草があたる不快感。虫もたくさんいそうで気味が悪い。しかし元気な子ども達は私の手をぐいぐいと引っ張る。五条の森は鬱蒼と木が生い茂り、日も傾き始めた今、踏み込むには勇気がいりそうだ。
「君たち何番のくじだい?」
「いち!」
クリップボードを持った白髪のおじさんが話しかけてきた。すかさず少年がポケットからくしゃくしゃの紙を渡す。いちということは、もしやトップバッターか。おじさんが手に持っていたクリップボードに、ペンで何かを書いている。
ペンの頭をノックした、カチッという音がした。おじさんが紙を切り取り、私に差し出す。戸惑いながらも受け取れば、"五条の森 左経路"と書かれているのがわかる。左ということは、もしかすると右経路もあるのかもしれない。
「それじゃあ君達すぐだから。ゲートの係にその紙渡して、肝試ししてきてね」
おじさんはそう言い、ほかの参加者の元へと向かっていった。五条の森に集まってきたどのペアも、子ども二人に大人が一人という、親子のような組み合わせだ。
「姉ちゃん早く行こーよ! 早く早くー!」
「お兄ちゃんはーやーくー!」
「あーうん分かった分かった」
二人に手を引かれ、数数メートル先のゲートを目指す。それぞれに腕を掴まれているせいで、腰が曲がった状態なのが少し辛い。少年が私の手からひったくった紙を、係員に渡す。時間をかけずに目を通したらしい係員は、小さな声で「お気をつけて」と私たちに言った。陰鬱な印象を与える森に、侵されてしまったのか。これから森へ踏み入れる私や、この子どもたちは無事で戻ってこれるのだろうかと不安になる。
けれど私の不安を知らない二人は、左矢印が描かれた看板を目印にぐんぐん進んでいく。名前を知らないせいで、ちょっと、と呼びかけるしかできない。
青々と茂る草木の隙間から見える空は暗く、目を凝らさないと遠くまで見渡すことが難しくなっていた。足元の折れた枝が、私に踏まれて鈍い音を立てる。等間隔に設置された看板だけが頼りなのに、看板も見つけにくくなっていた。
「ねえ、本当にこっちであってるの?」
大きな声で二人に呼びかけるのに、なんで無視するの?
「ねえってば!」
手を伸ばして背中をつかもうとしてもダメ。二人は五条の森に入る前よりうんと足が速くなった。子どもなのにどうして。私とあんまりかわらないのに、二人は全然つかれていないみたいだった。わたしは息も絶え絶えで、横っ腹の痛みにたえるくらい必死だ。
それでもわたしのことをほうって進んでく二人に、もう声もとどかなくなってしまった。立ち止まって前かがみになり、からからに乾いた喉で必死に息を吸う。のどがくっつき虫になったみたいで、つばを飲むと痛かった。
足はぼっこみたいに細くって、あの二人のように走れそうもない。すっかり薄暗くなった森に一人でいるのは心細くて、疲れていても足を止めることはできなかった。もっと先へ。もっと急いで、あの人たちに追いつかなくちゃ。
孤独だった。誰もいない、後から追ってくる人はいつまで経っても来る気配はなかった、怖いと一度思ってしまえば、風で葉が揺れる音や、葉っぱ同士が触れ合い生じた音にも、過敏に反応してしまう。狐がいることは、昔話に聞いていた。もし出会ってしまったら、生きていけるのか。そんな不安は心細さを感じる私を、簡単に飲み込んだ。
それでも足を進められたのは、等間隔に並んだ質素な看板のおかげだった。二人がいなくなってから、一体いくつの看板を見ただろう。心が壊れてしいそうだ。誰もいない、頼りになる人も、パパもママも。
「お嬢ちゃん、こっちだよ」
「ぼく、頑張ったね。もう少しよ」
名前は呼ばれなった。それでも良かった。
「パバ! ママ!」
誰の声かは、分かるから。
声がする方へ、走る。足の裏はきっと真っ赤だ。喘ぐように息をして、涙があふれる。パパとママだ。二人から差し出された手。大きく骨ばった手、細く白い手。大好きなパパとママの手だった。必死に手を伸ばす。ずっとずっと先に居て、きっと私を待ってた。
伸ばした手はうんと小さかった。
「もう少しで会えるから」
「一緒に頑張ろうね」
パパとママの手を、強く握る。二人も、私の手をぎゅっと力強く握ってくれた。あったかくて、胸に抱いてほしくなった。五条の森の出口に向かって一緒に走る。肝試しはもう終わり。ゲートの先は証明で明るくて、自然と目が細まった。
■「元気な女の子ですよ」
早くママの温もりに戻りたくて、必死に泣いた。知らない人の手は心細くてしかたなかった。
「頑張ったね、七海」
ママの体は暖かかった。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.248 )
- 日時: 2018/07/07 21:51
- 名前: 月 灯り (ID: yF0KvczY)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て私は思う。懐かしいな、と。昔はみんな笹の葉に群がり、色とりどりの短冊に思い思いの願い事を書いていた。叶うも叶わないも関係ない。七夕という行事に参加すること自体が楽しかったのだ。織姫と彦星の愛の物語に心をおどらせ、輝く星を瞳に映して、期待に満ちた顔で夜空を見上げた日は遠い昔だ。純粋で無垢な心は色あせて、世界の複雑さに巻き込まれていく。
懐かしさついでに昔よく遊んでいた平野に赴く。そこにはまばらに木があって、静寂を保つ無口な湖がある。何も変わっていない。移りゆく世界の中で、その場所だけ時が止まっているかのようだった。私も、きっと彼も変わったというのに。
湖の向こう側に他よりも少し大きな木がある。昔、秘密基地などと言ってよく木に登って遊んだものだ。
***
「あなた、みないかおね!」
「ん? あー、最近引っ越してきた」
目の前にいる男の子は興味なさげに答えた。
「そう、じゃあトクベツに私の秘密の場所にしょうたいしてあげるわ!」
私は腰に手を当てて仁王立ちで言う。
「秘密基地のこと?」
なるほど、そんな表現の仕方もある。
「!! そう! 秘密基地よ!」
ここは木に登ると目の前の湖がよく見える。空をそのまま映して色とりどりの顔を見せるのだ。夜は特に美しいが、カラスの唄が流れたら家に帰らねばならないから、見れるのはお母さんと一緒にいる七夕の日くらい。つまり、今日だ。
「なんだ、ただ木の上に登るだけ? つまんなくね?」
「な、なによ! せっかく見せてあげたのに! ばかっ!」
「お、おい、泣くなよ」
男の子は私が泣くのを見ていくらか慌てた。
「あんだだって泣いでるじゃん〜」
「お前が泣くから、じゃなくて、な、泣いてねぇよ!」
そのまま二人で木に座ったまま、えんえんと泣く。目の前には鏡面のように静かな湖に溢れんばかりの星がたっぷりと注がれていた。
「あら、降りれなくなったのかしら…」
「うちのこ、泣き虫だからねぇ」
「あら、うちのこもよ〜」
「じゃあ、やっぱり降りれなくなっちゃったのかしらね」
よく気が合いそうな母たちだった。実際この後大分仲良くなっていたのだが。
「マ〜マぁ〜」
「あら、降りてきた」
「降りてきたわね」
***
「ほら、みなさい、結翔(ゆいと)! きれいでしょう?」
今日も二人で秘密基地という名の木の上に来ていた。私はいつもと変わらず得意げに言う。
「うん」
「な、なによ…、素直ね…、キモチワルイわ」
「ひでぇな! 俺にはこの美しさの真価がわかるんだよ! お前と違ってな!」
結翔は初めて会った時よりもさらに生意気で良く喋るようになっていた。だけど、はっきりものを言う私にとって、堂々と言い合いをすることができる関係というのは心地の良いものであった。
「はぁ!? なによ! 第二発見者のくせに! シンカってなによ! ポケモソでもいるの!?」
だが、一つ問題がある。結翔は年上だからといって、少し頭がいいからといって、すぐに調子に乗るのだ。よく私の知らない言葉を使う。
「ぶっ!」
「……!?」
「第二発見者って殺人事件かよ! ポケモソとかおもしろすぎるだろ」
「じゃあ、なによ、シンカって何よ」
「真価はだなぁ…、えーっと」
「わかってないじゃない!」
「そ、そんなことは…」
「じゃあ早く答えなさい!」
「……」
結翔が言葉に詰まる。それを見てつい口角が上がってしまう。
「ふふん、私の勝ちね!」
「何の勝負だよ!」
今日も水に映る夕日を眺める。何色もの表情を見せる空は美しい。思わず、きれいだね、と言った。何の言い争いも伴わずに。
心が浄化されてゆくかのようにじんわりと夕日の暖かさが身体に染みてゆく。カラスの唄はそんな私たちを家路へと急かす。
「ばいばい」
「ばいばい」
また明日。夕日が見えたらまた明日。今日も楽しかったね、って心の中で呟く。
***
また明日、なんて、いつまでも続かないらしい。
「あかね、俺、また引っ越すんだって」
「え……、きーてないよ」
呆然として木から落ちそうになった。まだ二足分しか登ってなかったけど。
「泣くなよ」
「泣いてない」
顔を隠そうとして木にしがみつく。地上からたった15センチくらいのところでコアラのようになってしまった。
「そっか」
最近結翔はなんだか変わった。私を置いて、まるで一足先に大人に近づいているようだった。
「な、なによ! いつもかっこつけて!」
さすがに今度は木から降りて、面と向かって怒鳴りつける。
「あはは、ごめん。あかねはいつも『な、なによ!』って言ってたよなぁ。今も」
「……っ!!」
ほら、また。あんた、そんな喋りかたするような人じゃなかったでしょう?
「いつか帰ってくるし」
「ほんと!? いつ!?」
あまりの嬉しさにその言葉に食いつく。
「……い・つ・か。耳悪いんですかー?」
結翔は少しだけ真剣な顔をしたけど、そうだったと感じさせないほどすぐに、いたずらっ子の顔を作った。
「はぁあ? あんたこそこのタイミングで頭おかしいんじゃないのー?」
「じゃあ、俺以下の知能レベルのあかねはもっと頭おかしいってことだわ」
「……!! あんたなんか大っ嫌い!! 早くいなくなっちゃえ!」
こういうことしたいんじゃないのに。最後なのに。
「お、おい!? あかね!?」
自分の気持ちがよくわかんないや。
「どうしよう……。ホントはす、……………………すきなのに」
「嫌われた、かな…………ははっ……」
それからもう結翔はこの場所には現れなかった。
一言、ごめんね、って伝えたかっただけなのに。
だから、ずっとずっと待った。三カ月。流石に幼心にも一向に現れない人をこんなにも待つのはばかばかしいとわかっていた。それから三年。初めて会った七月七日、七夕の日に毎年ここに来たけれど……。待てども待てども君は現れない。
それからさらに数年たった今だって。
「いつか、っていつ?」
空に向かって吐き出す。
君が、ばーか、と言う声が聞こえたような気がした。
「ばーか」
え?
「耳悪いんですかー?」
うそ!?
私はばっと声のした方を振り返る。
「あかね、お待たせ」
「遅いよ」
雫が一粒零れて落ちた。
「うん、ごめん」
「ううん、私こそ、大嫌いなんて言ってごめん」
「いや、俺も悪かったし。でも1つだけ聞かせて」
結翔は私の頬を拭いながら言った。驚いた、キザになっている。
「何?」
「おれのこと嫌い?」
「ううん、……好きだったよ」
「…………今も?」
じっと瞳を見つめてきた。私が結翔の瞳に映り込んでいるのが見えるほど。私は途端に恥ずかしくなって目を逸らした。
「わ、わかんないよ! ずっと会ってなかったし! ば、ばかじゃないの!?」
「あはは、ごめんごめん」
ほら、たくさん変わったところはあるのに。こういうところは変わらない。
「なあ、あかね」
「な、何?」
「大人になったな俺たち」
結翔は星を見ながら言った。
「うん」
私もつられて空を見上げる。夜空が抱えきれなくなった星が、溢れて溢れて降ってきそうだった。今までで一番美しいと思った。
「あかね」
「何!」
あかね、あかねってさすがにしつこい。今度は何の用だ。
「結婚してよ、俺と」
「………………は?」
驚いて言葉がでない。言いたいことがありすぎて、言葉と言葉が脳内で絡み合って、適切な一つを取り出せないのだ。
迷いに迷った末に出てきた言葉はまぬけなものだった。
「いや……、だって私たちまだ高校生だし」
私が本当に言いたかったことはこれじゃないことだけは確かだ。まるで高校生じゃなかったらOKみたいじゃないか。
「俺、今日で18になったし」
「……おめでとう」
「そうじゃなくて」
沈黙が訪れる。彼は私の返事を待っているのだろう。
「……い、嫌っ!」
「えっ………………」
湖に映る天の川が傍目に見えた。ショックを受けている結翔も見えたけど。
いくら七夕だからって! いくら久しぶりに会えたからって!! いくら私が結翔のことを好きだからって!!!
「わ、私と付き合ってからにして下さい!!」
目の前の彼はたいそう驚いた顔をした。それからすぐに優しい表情に戻って、
「喜んで」
と微笑んだ。
流れ星が一つ、天の川を横切った気がした。
***
こんにちは。月 灯りです。今回は新しいことに色々挑戦してみました!
運営さま、いつも素敵なお題をありがとうございます。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.249 )
- 日時: 2018/07/08 16:22
- 名前: 奈由 (ID: Hwth9iyc)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
何だか昔のようだな、と。
* * *
菜々花と初めて出会った日、あの時は七夕だった。夜空に浮かぶ天ノ川が綺麗で、家を飛び出して、ひたすらそれがちゃんと見える所へと走っていったのを今でも覚えている。
じゃなきゃ、菜々花と出会って居なかった。
知らない公園のブランコで、夜に一人、10歳程の女の子が空を見てたら、誰だって気にするだろう。
でも、菜々花は違った。
「こんばんはー!わたし、ななか!あなたは?」
いきなり話し掛けてきて、ブランコの隣に座り、こちらを見てくる。
夜の8時ほどだと言うのに、菜々花はとても元気で、知らない公園に一人だった私には、同い年がというだけで、簡単に話せた。
「えっと、私、るみ。よろしくね」
「天の川、きれいだね~!あ、どこの小学校?」
「あ、あそこ。ビルの影にある学校」
「私、明日からそこ行くんだ!同じクラスだといいね!」
そんな話をして、二人とも道に迷ったことが分かり、近くの交番に行って親に連れて帰られたのを覚えている。
それから私の親が海外に行って、菜々花の家に住まわせてもらって、最終的には菜々花と二人暮らし。
それよりも、あんなに可愛かった菜々花が、まさか茶髪の明るいギャルになるとは思いもしなかった。
毎日のメイクは欠かさない、肌はバンバン出す、休日は友達とカラオケやら原宿やら。
私も私で、そんな親友と暮らしてるというのに高校でボッチ飯とはどうなんだろうか。
「たっだいまー!」
「菜々花、お帰り。部活?」
「そーそー!女バスは多いんだよ!」
「美術部は少なくて気楽だぞー」
なんて適当な会話をしつつ、低いテーブルに飾られた偽物の竹に、自分の願い事を書いた紙を掛けて、夕食の準備をする。
菜々花の願い事は
『試合が上手くいきますように!!』
菜々花らしくて、思わず笑みがこぼれる。
もう少し私を見てくれても良いと思うんだけど。
「あ、みーも願い事書いたんだ!」
「そりゃあ描くべきでしょ」
「そっか、陰キャで友達いないもんね!」
「家から追い出すよ?」
「ごめんって」
七夕があったから、菜々花といられる。
七夕があったから、楽しく過ごせる。
七夕があったから、人生が充実してる。
七夕にここまで感謝しているというのに、描かない訳にはいかないでしょ。
「みーの事、私は大好きだよ!」
料理をしているというのにいきなり抱きついてきて、人に触るのに躊躇いないな、なんて内心思いつつ、こう答えた。
「ありがとう」
そう、一言。
きっと私の願い事なんか興味が無いんだろうけど、私も、菜々花が大好きだよ。
七夕の短冊に、
『菜々花と付き合えますように』
なんて書く位にはね。
「菜々花の好きなハンバーグ、できたよー」
「やった!みー大好き!」
すぐに大好きって連呼するとこ、ちょっと気に入らないけど、好きな言葉をいっぱい言って貰えるのは、嬉しい。
だから私は、全部含めて、
菜々花の事が、大好きだよ。
【短いし凄い下手ですか。ただ単に百合が書きたいだけなのに七夕混ぜるとか失敗のきわみですね。
多分5回目の参加だけど、進歩してなさすぎてヤバいですほんと。
もう少し成長するべきですね。】
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.250 )
- 日時: 2018/07/09 07:19
- 名前: 波坂◆mThM6jyeWQ (ID: pa4lMTZU)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
この短冊の主の事を、もっと知りたいと。
それは、何処にでもいそうな少女だった。歳は十代といったところか。みすぼらしく粗末な服。手入れの行き届いていない黒い髪。その姿は到底、美しさのようなものとは結び付かない。
だが、一度彼女に触れれば分かる。宝石の様に澄み切った輝きを持つ精神と、赤子のように無垢な笑みに、気が付けば私は魅了されていたのだ。
彼女に問うた。何故ここに? 彼女は答える。お家が無いの。私が問うた。親はどうした? 私に答える。お星様よ。
ほんの僅かな会話しか経ていないにも関わらず、彼女の環境が不当に不遇、強烈に劣悪である事は、初めてこの場で出会った私にすら容易に把握出来ることであった。
私は言った。君は幸せか? 彼女に言われた。幸せよ。彼女は言われた。本当に? 私は言われた。本当よ。
彼女の言う幸せとは、なんだろうか。彼女は日々の食物にすら困っていると言っていた。衣食住の内の二つは既に削がれ、一つも風の前の塵に同じだと言うのに、それでも尚、彼女は言い張るだ。自分は幸せであると。
星々の煌めく空の下。コンクリートに埋め尽くされた街の中。作り物の物の笹の元。願いを込めた短冊達に内包された世界に、彼女はただただ微笑んで膝を抱える。
その姿は何よりも汚れているというのに、その中は誰よりも清くいる。そんな彼女の在り方に、私は美しき汚さを感じた。
それから彼女と幾度と言葉を交わし、合意を得た上で、彼女を引き取った。独占欲と崇拝心に掻き乱された選択だが、間違いでは無い事は明白だった。
彼女との日々の中、私は幾度となく語り掛けた。そして彼女もまた、幾度となく答えた。彼女の在り方は、以前として変わらない。どんな日々であろうとも、毎日を幸せと過ごす。彼女は私にとって、余りにも輝かしい存在だった。
十二ヶ月と二十四日という、長くもあり短くもある月日が過ぎ去った頃に、彼女は私の元から消えて行った。めでたい事だ。彼女にも生涯のパートナーが見つかったのだ。私の友人で義に厚く信頼の置ける、富豪の男だった。恐らく彼女が生活において、困惑する事は何一つ無いだろう。
その日は普段は手も出せそうにない高価な酒と肉で祝ったものだ。彼女の居ない部屋で、一人彼女の幸せと平穏を願った。そして自分の友人に嫉妬しつつも、これからの二人の幸福に想像を馳せた。
居た筈のものが欠けた、長い長い一週間を過ごした後、私は再びあの場所へと赴いた。彼女と出会った、あの場所で。
そして、彼女はそこに居た。やはり変わらぬ美しさのまま、彼女はそこで微笑んでいる。
私が問うた。幸せか? 彼女は言わない。何も言わない。彼女に問うた。本当に? 私に言わない。何も言わない。
冷たい彼女の手の平の中、そこに入った一枚の短冊。謝罪をしつつも引き摺り出す。
そこに綴られた、一年前と同じ願い。
彼女はきっと言うのだろう。今でも私は幸せよ。と。彼女はきっと笑うのだろう。私はずっと幸せよ。と。
彼女に非があったのか。それとも私の友人が外道畜生の類だったのかは知る由もない。ただ、そこには一つの結果が転がっているに過ぎない。
その体をゆっくりと持ち上げて、そのまま胸に収め込む。一瞬であろうとも、その顔が見たくなかった。このような結末であろうとも、幸せそうに微笑む彼女の顔を。
私は願う。彼女の願いが、絶対に叶わない事を。この願いは、叶ってしまってはいけないのだ。清く美しきこの彼女に、この終末を与えた世界には、この願いは許されないのだ。
『世界中の人が、幸せでありますように』
○
慣れないジャンルに挑戦しました、波坂です。久々の投稿なので緊張しました。
Re: 第7回 硝子玉を添へて、【小説練習】 ( No.251 )
- 日時: 2018/07/12 22:52
- 名前: あんず◆k.P9s93Fao (ID: /6afuyyo)
笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。また、夏が来る。たったそれだけのことで、心臓が早鐘を打つ。笹の葉よりももっと上、そこに黒よりも深い夜色の空が広がっている。
「何か書く?」
後ろから聞こえた声に首を振った。紙をつまむ指を放して、弾く。その瞬間、誰かの願い事を載せた紙切れが勢い良く宙を舞う。ぷつり。あ、と声を上げる間もなく、そのまま風が攫っていく。幸せになりたい、そう刻まれていた誰かの文字が遠く遠くへ飛んでいってしまう。瞬きの間に。
「あーあ。何してんの、嫉妬?」
「違うよ」
柔らかそうな長い薄茶の髪が、ひょいと視界の端に現れる。細い指先がじっと短冊の消えた先を指差した。それから笑う。誰かの願い事、もう空まで届かないよ。そう言って、あまりにも嬉しそうに笑う。耳に響く優しい声。誰かの願い事が息を止めた。きっと、そのことが嬉しくて仕方がないのだ。
輝くように笑いながら、その真白な手が短冊を吊るした。薄いピンク、彼女が好きな色。そこに書かれているだろう、可愛らしい丸文字を覗き込む。やめてよ、と頬を膨らますような声がした。それと同時に、黒インキで書かれた文字が目に入る。そこに書いてある言葉に、思わず笑った。口元が緩んで息が漏れた。それから、そばにあった短冊とペンを手に取る。
「やっぱり書く」
何それ、とからかうような声を無視して、細いペン軸を握りしめる。願い事は本当は、いくつもいくつもあった。けれどここに書く言葉は一つ、もう決まった。
目を閉じて、軽く深呼吸をした。開く。紙を走っていく黒インキ。少しだけ鼻につく、油性ペンの匂い。真後ろの海岸から聞こえてくる、磯の匂い。誰かが捨て去った、数本の酒瓶から漂うアルコールの匂い。
きゅっと掠れた音を立てて、ペン先を離した。きれいに真ん中に並ぶ文字に満足して、短冊を夜空へと掲げてみる。薄いピンクの向こう側に、遥かな濃藍が透けていく。私の手の中の紙切れを覗き込んで、彼女はなんとも言えない、苦笑にも似た表情をした。その顔を見て私は笑う。得意げに。手元の短冊が、風にさらわれそうに震えている。
「それでいいの、願いごと?」
「うん。これがいいの」
何か言いたげな顔をして、はくはくと口を動かしてまた閉じる。どこか滑稽な彼女を尻目に、私は背を伸ばして笹の葉へ触れた。私が届く、一番高いところへ短冊をくくりつける。風になびく、二人分の短冊。こうすれば夜空からもよく見えるでしょう。そう言うと、ようやく彼女は口元を緩めた。
「よくばりめ」
それにつられて笑いながら、額を小突く。別にいいのだ。よくばりでも、傲慢でも。日頃の行いからしても、天の河が私の願い事を聞いてくれるとは思えない。だからせめて、一等よく見える場所へ飾っておこう。思いがけず、天上の彼らに届いてしまうくらいに。ずっと遠くに。
「行こうか」
呟きとともに、そっと重ねられた手を握り返す。うん、一言返事をして、風に吹かれる緑に背を向けた。人気のない海の家のような廃屋。遠い昔には人がいただろう寂しさが、その場に澱んでいる。角に立てかけられた、とっくに古びたこの笹は、幾人の短冊を吊り下げただろう。どれほどの人が、この緑に願ったろう。
さくさくと軽い砂を踏む。繋いだ手を揺らしながら、呼吸の音ばかりが小さく響く。目の前に広がる海は、真っ暗に私達を待っていた。
✱
一緒に死のうと、誓いあったことがある。もう昔々、私達が、あの鬱屈とした青い場所にいた夏。大人になった気でいたのに、制服を身にまとった窮屈な時間。陰湿になっていく青春。きっとあの頃、みんな苦しかった。進路に悩み、友人に悩み、何もかもに悩み、空気は澱んでいた。
「二人で、かえろうね」
彼女の細い指が、私の手を握りしめていた。その白さと、食い込んだ爪の丸みばかりを覚えている。かえろう。帰る、返る、孵る、還る。彼女の声はゆっくりと滲みて、私の脳みそに絡みついた。死にたい、よりも、もっとずっと穏やかな約束。この息の詰まる夏から、逃れるための言葉。遠くへ、優しい場所へ。見つめる目に一つ頷いて小指を絡めた。懐かしい旋律とともに、約束が紡がれていく。見えない糸が私達を繋いでくれる。
その約束は、危うい年齢の誰もがするかもしれないありふれたものだった。死にたい。そればかり呟いて、手を繋いでいたかった。そして私達の場合、少しだけ、他の人よりも本気だった。それだけだった。だから約束はまだ息をしている。何故だか、そう確信していた。いつの日か、いつか、かえるのだ。
その「いつか」は、唐突に来た。中身のない、空っぽの自分の腕を抱きしめた瞬間。自分を満たすものが潰えた感覚。ああやっと。縋るものはもう、あの言葉しかなかった。古びた約束が脳内を埋め尽くす。
痛む体を引きずって、震える手で握りしめた金で切符を買った。手のひらに移った金属の匂いが鼻を刺す。訝しげにこちらを見る警備員から目を逸らしながら、人気のない改札を通る。機械から戻ってきた少し温かい紙切れを、ぶかぶかのスウェットに大切にしまった。この小さな切符が、私をずっと先まで連れて行ってくれる。そう思えばポケットが少しだけ、温まる気がした。
薄暗いホームのベンチに座ってから、ようやく携帯の電源をつけた。ぼうっとした人工的な光で腫れた腕が闇に浮かぶ。あんまり良い眺めじゃない。長袖でも持ってくるんだった。半袖を無意味に伸ばしながら、なんとなく携帯を持て余す。小さく震え続ける指で、ボタンを一つずつ押していく。時代遅れのカチカチという音が心地よかった。
──かえりたい。
たった一言送った。果たしてまだ使えるのか、それすらも分からないメールアドレス。SNSのアプリばかりのこのご時世、お飾りの電話帳の片隅でくすんでいた文字列。もう何遍も見返して、いつしか覚えてしまった。
返信は、きっかり五分後に来た。心のどこかで期待をしていて、それでも来ないかもしれないと怯えていた。それなのにあっさりと、私を待っていたようにメールは届いた。体が大きく震える。届いた返信を覗くのにまた、長い長い時間をかける。息を吸って、吐いて、それでも決意が固まらないから目を閉じる。そのまま、ボタンに指を滑らせた。カチリ、と伝わる小さな音に薄く目を開ける。
──かえろう。
彼女の文字が、そこに静かに並んでいた。戻ってきた言葉に視界がぼやける。安堵にも似た、どうしようもない寂しさで気持ちが悪い。それでもほっとした。画面の向こう、どこかにいる彼女の時間もまた止まっていたことに。私達は同じ時間、ぐずぐずと這いつくばって生きていたのだ。確かにあの約束は息をしている。
何かに祈りたかった。ひたすらに許しを戀いたかった。もしも返事が来なかったらどうしていただろう。一人きりではきっとかえれない。夏の日からは逃げられない。分かっている。だからこそ今、だれかに祈りたかった。
示し合わせたように来た終電を踏み締めながら乗り込んだ。ぼんやり光る画面を、滲む視界で何度も読む。並ぶ文字が消えないように、何度も何度も。ふと、窓の外へ視線を投げる。誰もいない車内が規則的に揺れる。生温いエアコンの風が足元を撫でた。彼女へ近づいていく。現実が遠く褪せていく。
夏が来る。もうすぐそこまで、迫っている。
✱
Page: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 全レス
総合掲示板
小説投稿掲示板
イラスト投稿掲示板
過去ログ倉庫
その他掲示板
スポンサード リンク