雑談掲示板
- 【開催】第14回 紅蓮祭に添へて、【小説練習】
- 日時: 2022/06/18 14:16
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: bC2quZIk)
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執筆前に必ず目を通してください:>>126
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■第14回 紅蓮祭を添へて、 / 期間:令和4年6月18日~令和4年7月31日
白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
□ようこそ、こちら小説練習スレと銘打っています。
□主旨
・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
・内容、ジャンルに関して指定はありません。
・練習、ですので、普段書かないジャンルに気軽に手を出して頂けると嬉しいです。
・投稿するだけ有り、雑談(可能なら作品や、小説の話)も可です。
・講評メインではありません、想像力や書き方の練習等、参加者各位の技術を盗み合ってもらいたいです。
□注意
・始まりの一文は、改変・自己解釈等による文の差し替えを行わないでください。
・他者を貶める発言や荒らしに関してはスルーお願いします。対応はスレ主が行います。
・不定期にお題となる一文が変わります。
・一作品あたり500文字以上の執筆はお願いします。上限は3レスまでです。
・開始時と終了時には「必ず」告知致します。19時から20時を目安にお待ちください。
・当スレッドのお題を他所スレッドで用いる際には、必ずご一報ください。
□お暇な時に、SSのような形でご参加いただければと思います。
■目次
▶︎第1回 氷菓子を添へて、:今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
>>040 第1回参加者まとめ
▷第2回 邂逅を添へて、:彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
>>072 第2回参加者まとめ
▶︎第3回 賞賛を添へて、:「問おう、君の勇気を」
>>119 第3回参加者まとめ
▷第4回目 袖時雨を添へて、:手紙は何日も前から書き始めていた。
>>158 第4回参加者まとめ
▶︎第5回 絢爛を添へて、:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
>>184 第5回参加者まとめ
▷第6回 せせらぎに添へて、:名前も知らないのに、
>>227 第6回参加者まとめ
▶︎第7回 硝子玉を添へて、:笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
>>259 第7回参加者まとめ
▷第8回 一匙の冀望を添へて、:平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
>>276 第8回参加者まとめ
▶︎第9回 喝采に添へて、:一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから
>>285 第9回参加者まとめ
▷第10回 鎌鼬に添へて、:もしも、私に明日が来ないとしたら
>>306 第10回参加者まとめ
▶︎第11回 狂い咲きに添へて、:凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。
>>315 第11回参加者まとめ
▷第12回 玉響と添へて、:――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
>>322 第12回参加者まとめ
▶第13回 瓶覗きを添へて、:赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
>>325 アロンアルファさん
>>326 友桃さん
>>328 黒崎加奈さん
>>329 メデューサさん
>>331 ヨモツカミ
>>332 脳内クレイジーガールさん
▷第14回 紅蓮祭に添へて、:白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
▼第n回目:そこにナマコが置いてあった。
(エイプリルフール企画/投稿期間:平成30年4月1日のみ)
>>156 悪意のナマコ星さん
>>157 東谷新翠さん
>>240 霧滝味噌ぎんさん
□何かありましたらご連絡ください。
→Twitter:@soete_kkkinfo
□(敬称略)
企画原案:ヨモツカミ、なつぞら
運営管理:浅葱、ヨモツカミ
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Page: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 全レス
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.113 )
- 日時: 2018/02/06 19:55
- 名前: Alf◆.jMJPlUIAs (ID: Hu3Y7ETI)
「問おう、君の勇気を」
「……良く聞こえなかった。“フォーマルハウト”、もう一度言ってくれ」
「YES、マスター。復唱します――問おう、君の勇気を」
「おいおい……勘弁してくれ。俺はもっと具体的な答えを聞きたいんだが?」
或る問いに対して戦術AIの吐き出した答えに、男は頭を抱えた。
対マルクト級電子戦用AI“フォーマルハウト”。並列処理によってスーパーコンピュータ数百台分もの演算をこなす高機能AIは、しかし並列化したデバイスによって演算結果が多少人間味を帯びすぎることが難点だった。今回の並列先はどうやら無類の空想好き、言い方を変えればロマンティストの気があったらしい。面倒なものである。
事態はあまり楽観視出来るものではない。既に展開中の防御壁、『熾天使の翼』とコードの振られた六枚の壁は、既に四枚が突破され、残る二枚も四方八方から襲撃を受けている。完全突破されるのも時間の問題であるし、そうなれば男に残された手札は汎用破壊AIと、リミッターを外せば何をしでかすか分からない『砂漠』の管理AIだけだ。どちらも制御が難しい札である。なるべく切りたくはない。
頭を掻きむしりながら、男は己よりも高い位置にまで広がるモニタに目を向け、展開される熾烈な電子戦の様子――可視化の為にアバターを設置しているから、見た目は天使と触手の化け物の争いに見えるのだが――を見渡す。次々と二枚翼の防御AIの脚が触手に絡めとられ、衣を毟り取られ、見るも生々しく蹂躙される様に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、男は手元の端末に素早くプログラムを打ち込んだ。
選んだのは一段上位の防御AIの投入。二対四枚の翼を持った天使がモニタ上に出現し、無尽蔵に湧き出る触手を手当たり次第に武装で叩き切っていく情景が映る。だが、戦術AIの反応は思わしくない。
「NOですマスター。留められません」
「チッ……Sランクの攻撃AIを序盤で投入すんじゃなかったな。だが……」
みるみるうちに劣勢へ傾いていく光景を前に、男の脳裏で一つの選択肢が浮かぶ。
管理AIのリミッタ解除。今でこそ辺境の大人しい管理AIだが、元々は最高級の破壊AIだったものだ。高速度の侵食と不可逆な破壊はまさしく破壊AIの最高峰と言って過言ではないが、いかんせんもたらす破壊は敵も味方も問わぬ。出すならば、戦場から一旦全てのAIを撤退させねばならない。防御AIはそれなりにコストがかかっているのだ、道連れに全て破壊されては堪らない。だが、撤退されれば残り二枚の防壁は持つまい。
少しく考えて、男は“フォーマルハウト”に問う。
「OK“フォーマルハウト”。“アケローン”を投入した時のシミュレートと、“メルキセデク”を突入させた時のもくれ。後者は撤退させた時と撤退させないとき、どっちもだ」
「YES、マスター。演算には十秒頂きます」
「一秒でやれ」
「YES」
果たして“フォーマルハウト”は己のマシンパワーを以って忠実に任を果たし、男の端末にシミュレート結果が送信される。結果は惨憺たるもの。男が持ちうる最高峰の切り札は確かに獅子奮迅の活躍をしはするが、伸びてくる触手の対応が間に合わず結局蹂躙された。もう片方の切り札は、どちらの場合でもありとあらゆるものを破壊しつくして終わった。後にはあの触手も防壁も何もない、それだけが残る虚無だけだ。支払うコストの巨大さはどちらも同程度。要するに、破滅的かつ天文学的だった。
男は深く溜息をつく。お手上げだ。手の打ちようがない。これはこの気色の悪い触手――“ネフィリム”にこの場を明け渡すのもやむなしか。そう男が結論を出しかけたとき、聡明なるAIは再び問うた。
「問おう、君の勇気を」
「またそれか。まさか、勇退禅譲の勇気を出せと言う事か?」
「NOですマスター。貴方の勇気とは敗北の為にあるのではありません」
「勝利のため、か。クソッ、一体どんな蛮勇だってんだ」
「YES、マスター。全ての防御AIを展開したまま、“アケローン”“メルキセデク”両AIの同時投入を提唱します」
ふざけるな、と激高しかけた男を、AIは続く提案で黙らせた。
「“アケローン”は最高級攻撃AI、すなわちこの場に於ける指揮官を担い得ます。それは“メルキセデク”にとっても同様のはず。手綱のない犬を手懐ける程度の強制力は持っているはずですが?」
「……やけに詩的なこと言ってくれるじゃねぇか、あぁ? 一体どうしちまったんだ今日の並列デバイスは」
「YES、マスター。サイエンスフィクションのエキスパートです」
やっぱりか。
男の心中に納得と、同時に悔しさがじわりと滲む。空想家の妄想に活路を見出すしかないとは情けない。こちとらこうした攻防戦のプロだと言うのに。だが、最早時間もなければ手札もない。賭けるしかなかった。空想家に。空想家から想起された戦術に。それを是として提案した、己よりはるかに高知能のAIに。
撤退か、撃退か。全ては己が決断に委ねられた。
「これで負けたら俺ァ内臓を全部切って売らなきゃならんな……!」
「NOですマスター。出来の悪い冗談ですね?」
「事実さ」
緊張と恐怖を紛らす軽口を叩き、男はいつもよりも心なしか早く、震えた手をキーボードに叩きつけた。
***
御題:「問おう、君の勇気を」
題名:"Siege!"
***
蔓延る堕天使どもを屠り滅するは
電子の海を舞うプログラムの天使
これは、それらを操る“神”の話
***
「内臓は護られましたね? マスター」
***
閉会が間近に迫っているとのことで、図々しくももう一篇置かせていただきに参じました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.114 )
- 日時: 2018/02/07 03:37
- 名前: 三森電池◆IvIoGk3xD6 (ID: RKxeoo9o)
三森電池です。スレッドが上がる度に、今度はどんな素敵な話が投稿されたのだろうかと思いつい見に来てしまいます。
私の短編に感想を書いてくださった方がいらっしゃって、大変嬉しく思います。私事ですが、現在心身ともに良くない時期でして、それでも物語を書くことを辞めたくないと強く感じました。主催してくださった御二方をはじめ、本当にありがとうございます。
長くなってしまったので、小説の感想はまた後日伺います。
>透さん
お世話になっております。三森電池です。
実は、前回書いた話の方が、100倍くらい好きです(笑)
リアルしか書けない身でして、登場人物の生々しいリアルさだけが私の創作の取得だと自負しております。未来から来た僕という幻覚は、きっと今死のうとしている僕の、ある種の理想の姿なんじゃないかと思います。本人は理性すら失っていて、あんなふうに、自分自身に諭されたとしても、衝動的に死んでしまうような。
読後の爽快感につきましては、私はいつも暗い終わり方の話ばかり書いているので、そう言っていただけて嬉しいです!終わり方自体は暗いんですけどね笑 実は、「これが、僕の勇気だ」というセリフで締めようと、お題を見た時から思っておりました。
基本書き終えた小説は放任主義なので、透さんから頂いた感想を読んだ上でもう一度、自分で自分の小説を解釈する、という面白い体験をしました。私より私のことがわかっているような感じがします笑
この度は、感想いただきありがとうございました。
>ヨモツカミさん
お世話になっております、三森電池です。前回に引き続き短編を書かせていただきました。運営していただき、ありがとうございます。
前回の話も好きだと言ってもらえたことがまず、とっても嬉しいです。
「僕」は、未来人の幻覚さえ見なければ、勇気を問われてさえいなければ、死んでいなかったと思います。死ぬ勇気無さそうですもんね笑 未来から来た幻想にまくし立てられて飛んじゃったけど、本当は生きたかったんでしょう。自暴自棄ってこわい。
春の快晴は、周りが浮かれててなんだかとっても憂鬱になりますが、それよりも今年の寒波の方が辛いですね笑 雪がもう関東に降らないことを祈るばかりです。
この度は、感想をいただきありがとうございました。
>あるみさん
はじめまして、三森電池です。
複ファで書いている話の方も読んでくださって、大変光栄に思います。登場人物の思考は、だいたい私自身と似通っています。なにぶん性格が暗いので、どうしようもない人間が破滅していく話ばかり書いています笑
結局僕と未来人の会話は僕自身の自問自答なので、心の整理、という言葉に、作者の私が一番腑に落ちました。この僕のように、周りに迷惑をかけることで見返そうとするタイプの人はめちゃくちゃ面倒ですよね。
見当はずれなんかではなく、すごく嬉しいです。複ファのを読んでもらえたのも勿論ありますし、ここまで好きと言ってくださると、もう、書いてよかったなあと思います。ありがとうございます。
この度は、感想をいただきありがとうございました。
>日向さん
お世話になっております、三森電池です。
三森電池が屋上に登らせると絶対に飛び降ります。ハッピーエンドが嫌いなわけではなく、気がついたらそういう話になっているというか。最近はそういう世界観が持ち味なんだと割り切るに至りました(
この僕は決行する朝に自殺を思い立つ適当っぷりで、最初は昼休みになんとなく屋上に来てみましたが、未来から来たとかなんとか言う幻覚が現れて言い争う後、議論を押し切る形で屋上から飛んでしまいました。日向さんの仰る通りの脳死状態です。人間、いつ何が起こるかわからないですね笑
ひねくれた人間が好きで、そういう人の話ばかり書いていたら、いつの間にか得意になってしまったという感じです。今回の話の主人公もかなりひねくれてますね笑
この度は、感想をいただきありがとうございました。
>浅葱 游さん
お世話になっております。三森電池です。いつも素敵なお題と、運営をありがとうございます。
私にはファンタジーが書けないと某所で常々ぼやいていたので、今回こそ、爪先程度だけでもファンタジーをと思った結果、こんなものが出来上がってしまいました。いつか、書けそうなお題が出されましたら、また普段やらないジャンルの練習をさせていただきたいです。
未来の僕が語る幸せな話も幻想なわけですが、そんな少しの希望でさえ、縋ってしまいたくなるものです。もっともこの僕には通用せず死んでしまったわけですが、私は未来から来た自分が希望を語ってくれたなら、もう少し頑張ろうかなという気持ちになると思います笑
この度は、感想をいただきありがとうございました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.115 )
- 日時: 2018/02/07 22:31
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: .SQTAVtg)
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「問おう、君の勇気を」
隣に打ちつけられた金のプレートに、飾り文字で書かれている。それは一枚のまっしろな絵の題であった。コンクリートに白いペンキが塗られただけの簡素な壁と絵を隔てるものは、長方形の額縁のみ。そう、絵には絵の具も、塗料も、鉛筆で引かれた線すら存在しない。その代わり、小さな机が前に置かれていた。削りたての鉛筆と、真新しい絵の具のチューブと、微量なエアコンの風に揺れる鮮やかな塗料。絵筆も刷毛も、手段となる道具はどこにもない。
――びちゃっ。
白かった絵に、色という汚れが付いた。
桜庭優菜(さくらばゆうな)は、"普通に"生きることが夢だった。物語で見たヒロインのように純情可憐、時に強く、時には涙。天真爛漫なのもいいけれど、品行方正でお堅いのもいいかもしれない。学校生活で起こった大問題も、みんなと力を合わせてキラッと解決! なんてタイプもあざといし。
そんな夢だけで生きていけるほど、現実は甘くない。周りにいるはずの友達、優しい彼氏、権力。
何もなかった。
こんなのを望んでいたんじゃない。ただ人と話して、みんなと同じことをして、普通に学校生活を送っていただけなのに、優菜は一人だった。少人数のグループが点々と散らばって話をしている。そのどこにも入れずに、黙って寝ていることしかできなかった。
どうしてこうなんだろうと思いながら。
「……こんにちは」
放課後の美術室。話し声やかけ声、楽器、様々な音が飛び交う世界から隔離されたように静かだった。油の匂いと木材、ニスの独特な臭いが混ざりあって空気を作っている。
優菜が美術室を放課後に訪れるのは、三度目だった。
「あぁ……来たんだね」
キャンバスやイーゼルが積み上げられている、といっても過言ではないほど大量にある辺りから男の声がする。教室の一角を隠すように、わざと囲いにされたものだった。
彼はたぶん先輩。名前も知らない。でも、全校朝礼でよく表彰される人だった。聞き取りやすい綺麗な声をしている人。
"山"の方へとゆっくり近づいて、近くの椅子に座った。
「……また、部活の人が私の陰口言ってるの知っちゃって。どうしてなんだろうって。なんで、悪口とか言う人のほうが周りに人がいるんだろうって」
泣きたいわけではなかった。ただ、言葉にして誰かに話したかっただけだった。答えが欲しかった。
素性もよく知らない、美術部の先輩に縋るのはたぶん違うのだろう。
でも優菜の周りにいる人に同じことを言ったところで話は伝わり、「そういう子なんだね」とレッテルをさらに貼られるだけなのは知っている。
「君は優しすぎるだけなんだよ。塗り広げられた色を混ぜようとしないから。もっとグシャグシャに混ぜて汚くなってしまえばいい」
つぅっと堪えきれなかった涙を流したのも、この美術室だった。体調を崩して二連続で授業を休んだから居残り作業。
夢を描けと言われても、描けるような夢はない。
結婚? 仕事? 幸せ?
その時に考えればいいのに、どうして形にする必要があるんだろう。ウェディングドレスを描いたり、子供の絵を描いたり。容易く形にしてしまえる人が羨ましかった。
まるで、優菜には夢がないみたいで。
息苦しくなって水を飲みに教室の扉を開けた時に、聞こえてしまった。
優菜ってさー、性格悪いよね。先生とかにはめっちゃ媚びてんじゃん、でもうちらには何も言わないの。絶対見下してるよー。
廊下の奥に消えていく部活の練習着と笑い声。ガチャンと大きな音をたてて、開きかけた扉が閉まる。
『そんなこと、ないのに』
部活の人で遊びに行くのに誘われてなかったりとか、陰でブスって言われてる事とか、色んなことに目をつぶって付き合っていたのに、そう言われているのがショックだった。
ただ、これ以上なにかされたくないから自分の事も言わないし、弱味になるような情報を与えたくなかっただけ。傷つかないようにするのは普通じゃないのかな。
相変わらず真っ白なキャンバスが目の前にあった。
「美術室で泣かれると作品が湿って、鮮度が変わってしまう。でも訳ありみたいだから見逃してあげようか」
誰もいないと思っていた美術室に人の声がする時点で驚いていたのに、一角に積み上がった山の中から人が現れたのにはもっと驚いた。
「君は何を描くの?」
キャンバスに目を向けて、泣いている優菜には目もくれず、静かに問いかける。
「わかんない。私は普通に生きていたいだけなのに、形にできる夢だけが良いんだって言われてるみたいで。私には夢なんてないんだって……っ」
「"普通"なんて存在しない」
悲しいわけでも、怒ってるわけでもない。ただ、胸の奥にぽっかりと空いた穴が埋めてくれと叫んでいる。泣いて流した涙でその穴が埋まるわけでもないのに。
「"普通"って誰が決めたの? 運動部の人は放課後に必ず運動するのが"普通"なの? 僕が授業をサボってここで絵を描いているのは"普通"じゃない? 他人の眼を気にして生活するのを僕はもうやめたよ。だから美しい絵が描けるんだ」
言葉に納得する、というのはこういうことだろうか。胸の奥につかえていた何かがストンと抜け落ちるようだった。先輩の描いた絵がぼやけた視界の中で、輝いて見える。綺麗な青空と少女の絵。
「それで、君の夢はまだ描き終わらないんだ。ならちょうどいいや、美術館行こうよ」
白紙のキャンバスを覗きこむ、伏し目がちな長い睫毛がゆっくり動いた。
提出は明日。今日中に何が何でも形を描きださないといけなかった。美術館に行こうよ、と言われてもそんな余裕はない。
でも、ここに座っていたって描ける自信もなかったから、優菜は大人しくついて行くことにした。
聞けば、展示会に先輩も何点か出展していて、今日は最終日の片付けだったらしい。片付け要員として都合良く使われた気もしたが仕方ない。
「この絵、君みたいじゃない? 僕が描いたんだけどさ」
真っ白な絵画だった。何を描いたのか優菜にはさっぱり分からない。
「これね、前に置いてある絵の具とかペンキで、観た人に汚してもらいたかったんだ。色で汚されることで、初めてこの絵は完成する」
美術展で観客がメガネを悪戯で置いたら、他の観客は作品の一部だと勘違いして写真を撮りはじめた話から作ったそうだ。
「展示されているものは、全て完成品である。君の大好きな"普通"だよ。そこには本当に何も描かれていなくても、目を凝らして何かを感じ取ろうとするんだ。まるで『裸の王様』みたいにね」
――びちゃっ。びちゃっ。
先輩はためらいも無く、絵を汚していく。
「最初からこうしてあっても、誰かがこうやっても、結局観客は賞賛を絵に添えるんだよ。それが"普通"。よっぽど勇気がないと、飾ってあるものを汚す行為はできないから。だから『問おう、君の勇気を』って問いかけたんだ」
優菜には先輩の例えが理解できなかった。そんなの、当たり前のことじゃないのか。わざわざペンキが目の前に置いてあっても、汚したら弁償させられることが殆どだろう。
「君は真っ白な絵みたいだ。汚されても、理想や夢を追い求めて、白く塗りつぶそうとする。でも、いくら乾いた色の上に白を塗っても、汚れた白にしかならないんだ。白くあることが"普通"だと信じこんでいるから気がつかないだけで」
先輩はまだ乾ききっていない絵の上に、白いペンキを流していく。色と混ざり合って、ぐちゃぐちゃになった絵から、なぜか目が離せない。額縁から溢れた白い液体がビタッ、ビタッと床に垂れている。うっすらと筋のように混ざった色が、涙に見えた。
「混ぜて汚くなってしまえばいいなら、絵筆ぐらい用意してくれればいいのに」
「こうやって流し込んだり、チューブからそのまま色を塗ったほうが躍動感が出るかなって思っただけだよ」
「……不思議な人」
こうして誰かを不思議な人だと思うことも、優菜が自分自身を"普通"だと思っているだけ。周りと自分の"普通"は結局違う。
そんな考え方をできる人が、素直に羨ましいと思った。優菜みたいに、自分のことしか考えていない人で世界は溢れてる。片づけをしている先輩は、まだ戻ってこない。静かな美術室に、白いキャンバス。
びちゃっ。
絵の具がたっぷりついた絵筆を叩きつけて、優菜は夢を描いていく。
「私はやっぱり、周りを気にせずにはいられない。普通に笑って、普通に友達と遊んで、普通に過ごしたい」
次の日の朝、先生は怒っていた。優菜は反論する。
「私は白い絵の具で絵を描きました。それが、普通でいたい私の夢です」
白で塗りつぶされた絵が、よくやったと褒めていた。
*
どうしたら自分の領域にお題を引っ張ってこれるのか苦戦した結果がこのザマです。
台詞としてお題を使いたくない、というのは発表されたときから考えていました。
本当にお題との相性が悪すぎて難しかったです。いい練習になりました。ありがとうございました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.116 )
- 日時: 2018/02/08 20:25
- 名前: かるた◆2eHvEVJvT6 (ID: 1thmxGy.)
*感想を失礼いたします
遅くなりましたが、感想を失礼いたします。全員分書けたらよかったのですが、どうしても時間と分量の都合がつかず、人数を絞って短い感想を書かせていただきました。拙い感想ですが、是非読んでいただけると嬉しいです。
また今回も企画運営していただいた浅葱さんとヨモツカミさんには本当に感謝しております。素敵な企画をありがとうございました。次回も是非参加できたらと思います^^
□メデューサ様
初めまして、素敵なSSでしたので感想を失礼いたします。今回のお題の一文から「肝試し」という発想、すごく好きでした。サバサバした女の子を一人称に広がっていく物語は、とても読みやすく状況が把握しやすかったです。しかも肝試し中の明るい雰囲気から一変、一緒にいたあの子はだあれ、となった瞬間冷やっとしました。個人的には最後の句点を統一したらいいなと思いました。また機会がありましたら是非メデューサさんの作品を拝見したいです^^
□日向様
初めまして、控えめにいって大好きです。最初の一段落読んだ瞬間に「恋に落ちる」とはこういうことなんだなと実感しました。文体から読み取れる雰囲気が複ファの方で執筆されていらっしゃる小説とはまた一風変わった感じで、純粋に凄いなと尊敬いたしました。また、語り手である「私」が紡いでいく先輩の容姿や性格に先輩の人間らしさを感じ、しゃくりを上げて泣く彼にとても好感を持ちました。でも、一番好きなところは「私」の語り部分にある「じーざす」です、あの文体で突然くるじーざすには笑わずにはいられない()
日向さんのあとがきを読んで、なるほどと思うと同時にやっぱり先輩がしんどくて、好きだなと思いました。
□透様
初めまして、読み終わった瞬間感想を伝えたいという思いに駆られました。透さんの心理描写がとても好きです。「俺」からの視点で語られる「蓑田」くんの何というかぞわっとする感じが最高でした。よく変と言われるのですが、私は目の動きの描写が大好きで、今回の「瞼と下瞼の隙間に黒い目玉が現れ、俺を睨みつけた」という蓑田くんの描写はもうめっちゃ好きでした。目の動き一つだけでも、物語の緊迫感を描写できる透さんはとても凄いと思います。透さんが書く小説大好きですので、また機会がありましたら是非読みたいです(*'▽'*)
□あんず様
まず最初に、やっぱり貴女の文章がとても好きですと告白させてください。いつも言ってるかもですが、私のあんずちゃんの小説のイメージは、透明で儚くて美しいというか、私のボキャブラリーでは表現できないです。すみません。
情景の描写から彼女の心情までも読み取れて、殺したことに対する淡々とした彼女たちの会話にゾクゾクしました。殺したことはあなたの勇気、それがたとえ正しいことじゃなくても、仕方がないという言葉で片付けられなくても。読んでる側である私も間違ってないと思ってしまいました。いつか捕まってしまう結末になったとしても、二人がそれまで幸せでいてくれたら嬉しいです。
□ヨモツカミ様
ヨモさんの明るいコメディ系の作品も大好きですが、やっぱり闇があるっていうかしんどくなる作品が好きです。
二人の女の子のお話ですね。片方の視点から見ると、どうしてそんなに素っ気ないの、もっとどうにか助ける道があったよと思うし、もう片方の視点から見ると、流石に最後の決断を託されるまで仲が良かったわけではないからどうしようもない、と思うし。勇気の形っていろいろあるけれど、やっぱり生きてて欲しかったし、苦しいのは今だけって気づいて欲しかった。現実でもこうやって最後に誰かに何も言わずに相談して、旅立つ人がいるのかもしれませんね。やっぱり彼女の最後の勇気は、生きるためにふるってほしかったです。
□ 浅葱 游様
失セレがカキコで一番好きな作品でして、推しは空くんですが、やっぱり姫華ちゃんと優大くんのこの関係が好きというか発狂してしまうというか。友達でいようって約束したのに苦しいと言ってた姫ちゃんが「優大ならちゃんと女の子守れると思うから、自信持ってね」っていうシーンとか号泣必須なので、読むときはハンカチ必須と注記が必要だと思いました泣きました。
それに対しての優大くんの「俺が姫華のこと守れる男になるまで、待っててくれませんか」は、しんどすぎました。個人的に浅葱さんの食事の描写が好きで、私もこういった日常の描写が違和感なく書けるよう精進しようと思いました。これからも失セレ全力で応援してます(´∀`*)
□あるみ様
初めまして、ストーリーが死ぬほど好きです。一つ一つ丁寧に描写される情景がとてもリアルで、彼の視点で見る世界は淡々としているというか、物語の雰囲気に合っててとても素敵だと思いました。プロポーズされたら買う分厚い結婚情報誌でああ、あれのことだよねとすぐに分かりました。それを凶器にするという斬新な設定に驚きました。そういうのとても好きです。
号の古い雑誌はゴミでしかないし、故人の写真はインクの模様でしかない、この描写が一番好きです。そうなんですよね、捨てても捨てなくてもきっと何も変わんない。なら忘れた方がいいのかも、けど簡単には手放せないから苦しい。読みながら「僕」の亡き婚約者への想いに胸がいっぱいになりました。
□波坂様
初めまして、今回初めて波坂さんのSSを読ませていただいたのですが、とってもとっても面白くて好きです。今回のお題から、暗いお話を紡がれる方が多い中、ゴキブリ退治というストーリーに驚き、感動しました。確かにゴキブリ退治って勇気いりますよね(´∀`*)/
個人的にはりんちゃんがめちゃくちゃ可愛かったです。中学二年生の女の子だし、まだ黒いアイツは怖いですよね。私が守ってあげたい。でも、ハエたたきで退治は難しいですね、でもそんな彼女がとても可愛い♡ 起承転結までしっかりしてて、登場人物二人の中学生という年齢にあった可愛さにとても癒されました。素敵なSSをありがとうございました。
□黒崎加奈様
まず初めに、執筆お疲れ様でした。今回のお題で加奈さんがどんなSSを書かれるのかずっと楽しみにしていたので、読むことができて本当に嬉しいです。今回読んだSSで一番心を打たれました。
私は加奈さんの比喩の美しさが一番好きです。今回のSSの中では特に色を付けるというのを、色という汚れが付くと表現された部分がとても好きです。美術室の描写も私の通っていた中学の美術室の風景と重なり、懐かしさを感じました。また、先輩の言葉ひとつひとつに胸がいっぱいになりました。私もこういう先輩がほしかったですし、優菜ちゃんの芯のしっかりした行動力に勇気をもらいました。素敵なSSをありがとうございました(*´꒳`*)
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.117 )
- 日時: 2018/02/09 21:48
- 名前: あるみ◆.5iQe6f3Kk (ID: SZWajJqo)
>>81-82 何でもしますから!様
設定が好きです。登場人物の名前は設定していないと仰っていますが、今回のお話ではキャラクターの特徴を掴み易くてとても有り難かったです。特にハイファンタジーだと読み手に説明しなければならない事柄が多く出てくると思うのですが、何でもしますから!様(この呼び方なんだか面白いですね……)のお話は読んでいると意識しない内に世界観を理解しているというか、設定を読まされている感じがあまりなくて読み進めるのが楽しかったです。見習いたいなぁと思いました。口付けで力を譲渡する、ロマンチックで素敵な設定だなぁと思います。冒頭でないと宣言されていてもなお、これ以前の彼と土の魔女のお話も読みたいなぁと思うような、綺麗なお話でした。
>>108 かるた様
初めまして、ご感想をありがとう御座います。結婚情報誌で彼氏を殴ろうみたいな話を何処かで目にしたので、婚約者に絡めた凶器を他に思い付かないしこれでいっか~と使ったのです。でもあれだと多分仕留めきれないんじゃないかな……。感想を頂けてとても嬉しかったです!
さておき、感想を失礼致します。
文章が凄く読み易かったです。自分と誰かの能力の差に悩む事はわりと誰しも経験のある事だと思うので、香菜さんの心情には共感を覚える事も多く、彼女が兄を嫌う理由も分かるなぁと思いました。嫌い嫌いと言いつつ何かとお兄さんの事を意識してしまうのもそうですが、彼女の抱く劣等感の表現が凄く上手だなぁと憧れます。劣等感を抱いている、と書いて終わりではなく、かるた様はそれが文章全体から感じ取れるように書いていらっしゃるので、登場人物の心情に説得力があるな、と。お兄さんの「もっと歌って、香菜」でやられました。なんと表現すればいいのか、こう、たまらない兄妹だなあと!(何も表現出来ていない) 自分を卑下してしまう自分を否定する勇気、ある意味逃げ道を塞ぐというか、自分を追い詰める事でもありますが、殻を破る為には欠かせないものでもありますね。私も香菜さんのような勇気を持てる人間になりたいなあと思います。素敵な勇気のお話でした。好きです!
>>111 波坂様
今回のお題を見てすぐ殺させるか死なせるかを検討した人間なので、コメディ路線で「おおっ!?」と思いました(よく考えると此方のお話も黒いアイツを殺す話ではありますね……) 中学生が悪ふざけで大袈裟な台詞を言う事には違和感がないし、こういう発想と使い方もあるんだな、と新しく勉強させて頂きました。特に重圧感とか無い扉という描写が自分でも不思議なほど好きです。圧倒的な機動力を備え持つゴキブリと、半ば強制的ながらもりんちゃんの為ハエ叩きを振るう剣軒くんの攻防、疾走感があって面白かったです。私は話の最後をどうしたらいいのか悩む事が多々あるのですが、波坂様のお話はちゃんとオチも用意されていて尊敬します!
・
感想を書いている間も素敵なお話が投稿され続けて、これ以上は間に合いそうもないので今回はこの辺でやめておこうかなーと思います。すらすら感想が書ける語彙力と間違いなく感動を伝えられる表現力が欲しい……。
文章の練習のみならず、感想を伝える練習も出来たので、参加する事が出来てとても楽しかったです。失礼致しました。
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.118 )
- 日時: 2018/02/11 17:10
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: 2keABKLQ)
*2/11
この投稿をもちまして、第3回賞賛を添へて、の終了とさせていただきます。
「問おう、君の勇気を」というお題では、皆様の勇気とはなにか、登場人物にどのような勇気を問わせ決断させるのか。そうしたものを知ることが出来る、良い機会になったと思います。
また、書いたことがないジャンル、雰囲気の作品を書いてくださった方がいらしたり、お題を面白く捉えている方もいたりと、読んでいて非常に楽しい気持ちでした。
次回の開催時期については未定ではありますが、今月末もしくは来月上旬頃を予定しております。機会がありましたら、またの、ご参加をお待ちしております。
*
浅葱
Re: 賞賛を添へて、【小説練習】 ( No.119 )
- 日時: 2018/02/16 19:42
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: 2keABKLQ)
□第3回参加者まとめ
>>073 Alfさん
>>075 銀色の気まぐれ者さん
>>078 メデューサさん
>>079 奈由さん
>>080 日向さん
>>081-082 何でもしますから! さん
>>083 透さん
>>085 月白鳥さん
>>086 三森電池さん
>>088 hiGaさん
>>090-091 あんずさん
>>092 ヨモツカミさん
>>093 浅葱 游さん
>>094 NIKKAさん
>>098 あるみさん
>>100 狐さん
>>106-107 some bundleさん
>>108 かるたさん
>>111 波坂さん
>>113 Alfさん
>>115 黒崎加奈さん
>>121-125 一匹羊。さん
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.120 )
- 日時: 2018/02/14 15:34
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: e6003uoA)
【お知らせ】
こんにちは、第3回お疲れ様でした。バレンタインデーということで、参加してくださった皆様も親愛なるご友人や家族に贈り物をしたり、贈られたりされているのでしょうか。
今回、お知らせがありまして、再度スレッドを上げさせていただきます。
初めに申し上げまして、当スレッドの公式アカウントを作成しました。
Twitter:@soete_kkkinfo
作成に至った経緯としては、今までは浅葱が主体となり諸々の作業を行っておりましたが、今後浅葱が忙しくなるにあたり作業の分担を行うことになります。そのさい、Twitterでの開始終了の報せが様々なアカウントから行われるため、参加者各位を混乱させるのではないか、と考えられるためです。
また今後添へて、アカウントで行う内容としては、以下の通りです。
・開始終了の報せ
・修正、追記時効等の連絡
まだ少ないんですけど、今後色々やることが増えていけばいいなぁとは思っています。また、誰が投稿しているのか、というのも伝えることが出来たらいいだろうなとは感じていたりしますが、この点に関しましては作者様の意見もあるでしょうから、慎重に考えていきたいと思います。
と、今回は以上になります。
また、第4回もよろしくお願いいたします。
*
浅葱
Re: 添へて、【小説練習】 ※お知らせ追記 ( No.121 )
- 日時: 2018/02/16 19:23
- 名前: 一匹羊。 (ID: 7MSbsDqk)
期限を過ぎてしまったのですが、浅葱様のご厚意に甘え投稿させて頂きます。
普段書かない『社会人』で『バッドエンド』です。
ーーーーーーーー
「問おう、君の勇気を」
——何故僕は、取引先の店長にこんなことを聞かれているのだろう。
人は社長と言われてどんな人間を想像するだろうか。多分、妙にオーラがあり、良い食事をとっているのだろうなと一目でわかる体つきをした、壮年の男性だろう。しかし今、目の前で尊大に長い脚を組んだ、城之内花蓮と名乗った店長……女性は、ともすれば少女と呼んでも遜色ない小柄な体型をしていた。しているのに、妙にその、胸囲が豊かでいらっしゃるから僕は目線に困って、下を向きながら「勇気と申しますと」と精一杯の声量で答えた。
城之内さんは桃色に染めたパーマのかかっている髪をかきあげる。その仕草に何故かわずかな既視感を覚えながらも、僕は彼女の瞳を見つめるよう心掛けた。透き通ったブラウンが美しくってなんだかまた動悸がしてくる。クソ、どこを見ればいいんだ。
「分からない奴だな、君は。想像力がなくともすぐに人に聞くという発想が出てくることが積極性に欠ける。得てして営業というのは人当たりの良さではなく、積極性、即ち勇気だ。それから、熱意」
自分でも自覚している、自分に勇気が足りないことは。それを短時間で見破られ、しかも本来こちらがサポートする側なのにアドバイスを受けてしまって、僕はかなり凹んだ。
僕は平々凡々な男だ。自覚している。まず容姿に特徴がない。所謂塩顔だ。細身で小柄で、行動力もない。唯一勉強だけは出来たから大学はいいところへ入れたが、そこでも特段人の役に立った記憶がない。女友達(滅多にできないが)には「なあんか友達にはいいんだけど、冴えないんだよね」と面と向かって言われたから、勇気以上に多分、甲斐性もないのだろう。自分に対するコンプレックスは積もるばかりだ。どういうわけか営業課に配属されて、はじめの仕事が先輩の請け負っていた担当の引き継ぎだった。先輩は長年通いつめたらしいが、遂に門前払いを食らうようになったらしい。追い払われるようになった店で契約を取ってこいとは、新人には辛口の配置だ。僕にこんな仕事、成し遂げられるわけがない——。そう思いながら訪問した店で、店長が開口一番発した言葉がそれだった。問おう、君の勇気を。
「君、聞いているかい」
「あ、はい。勿論です」
「その顔だと聞いていないな。私は嘘が嫌いだ。以後気をつけろ。いいかい、本来営業とはサーヴィスなんだ」
さーゔぃす、と僕は繰り返す。妙に発音がいい。帰国子女か何かかと勘繰ってしまうほど。と、また頭の片隅で既視感が自己主張した。しかしそれよりも、彼女の言った内容が気になった。
「営業が奉仕、でしょうか」
「無論」彼女は鷹揚に頷く。自分の考えを微塵も疑っていない、そんな態度だった。
「どうすれば客の利益が上がるか考え、アポイントメント、プレゼンテーションと奮戦し、契約を取り付けたら定期的なアフターケア。相手の幸せをも心から願わずしてどうして成功する」
上司からは商品の説明と、何としてでも契約を取り付けるように、としか言われていなかった僕にとってその言葉は酷く新鮮で、うつくしかった。営業とは同僚を蹴落とし、言葉巧みに客先を拐かすことだと思っていた。その価値観が一変するようだった。
「青天の霹靂、といったカオだな」
「自分の……価値観が狭かったのだと、痛感しました」
「気付けばいい。君の前の担当は酷かった。自社の利益……いや、自分の手柄しか見えていないのが透けて見えた。君に言ったことをそいつにも言ってやったんだがな、どうも頭が足りないらしく『で? 契約するのかしないのか』ときた。だからもう話を聞かないことにした」
ふう、と椅子に深く腰掛け直し彼女は言う。
「私は無駄が嫌いだ」
その瞬間全てのピースが当てはまった気がした。可憐な顔立ちに尊大な物言い、髪をかきあげる癖、流暢な英語。そして口癖の「私は無駄が嫌いだ」。鼻腔に甦るのは古い紙と木の匂い。口調は違えど、確かに彼女だ。
「……レンさん?」
そう僕が恐る恐る問い掛けると、城之内花蓮店長、いや、レンさんはくすりと色っぽい笑みを漏らした。心臓に悪い。
「やっと気付いたか、タマ」
✳︎
城之内花蓮は中学生時代、みんなのアイドルだった。その噂は二学年下の僕の耳にも届くほどで、曰く、名家の出身で毎朝高級車が送り迎えしている。曰く、全教科で百点を取った。曰く、大手事務所にスカウトされた。曰く、そんな出自でも使っている物は自分たちと変わらない。曰く、声が美しすぎて声優の道を打診された。曰く、いつでも明朗快活で非の打ち所がない。などなど、枚挙に暇がない。
田舎で特に目立ったところのない僕らの学校にとって、彼女は正しくアイドルだったのだ。そんな彼女が生徒会を辞めて、どうして図書委員に来たのか。その頃は黒髪だった長く美しいきらめきを盗み見ながら、遠くからしか見られなかったアイドルが同じ室内にいることに、僕……平野珠希は密かに興奮していた。僕も彼女の……ファン、だろうか。とにかく憧れていたのだ。流石に彼女が、僕と同じ曜日の当番を希望した時には喜びどころでは済まなかったが。もちろんその後、僕らがタマ、レンさんと呼び合うような仲になることも、想像もつかなかった。
✳︎
「タマ」
「あっはい。聞いてませんでした」
「飲み込みだけは相変わらずいいな。将来性があると言うか、天然だと言うべきか。まあ私は、君のそんなところを好ましく思っているよ」
まただ。僕はあなたも相変わらずですね、と思ったが、言えなかった。彼女の言葉はいつも率直で、反応に困る。僕には彼女のように言葉を扱えない。選んで選んで、それを綿で包んで保管して、結局腐らせてしまう。僕の胸の内は、腐らせてしまった可哀想な言葉達でいっぱいだ。
レンさんは黙って立ち上がった。
「時間が押している。これでも店長でな、私の言いたいことは概ね言ったし、お帰り頂こうか」
勇気がなくとも、口下手だとも、仕事だ。僕は言葉を絞り出した。
「また、来ます」
「そうだろうな。ああ、また会おう」
いくら既知の仲だと言えども、彼女を酷く不快にさせた会社の営業に、彼女は何故だか柔らかく笑いかけてくれたのだ。
✳︎
うちの会社は小さなアパレルメーカーだ。元は紡績工場に勤めていた男……彼が僕らの社長なのだが、その彼が自分でもデザインした服を売りたいと一念発起し、立ち上げたもの。主に女性用から手広く服を販売している。社長の人脈が手広く、そのため近頃メキメキと業績を伸ばしている会社だ。僕もその将来性に期待して入社した。
一方、レンさんは二年前、服飾店の激戦区、表参道にオープンした『dame』と言うお店を経営している。フランス語で『淑女』という名の通り、少し背伸びしたような装いをテーマにした品揃えが人気を呼んでいた。
「……資料、少ないな」
画面の見過ぎで、眼精疲労を訴えるこめかみを指圧する。あの後数件の取引相手を訪問した後(門前払いだった)、オフィスに戻った僕は、インターネットであのお店、『dame』について調べていた。上司が全くやり方を教えてくれない以上、自分でやり方を考えるしかない。僕には勇気はない。一朝一夕に身につくものでもないだろう。けれど、根気ならば、諦めなければいいだけだ。自分でも不思議なほど、やる気の炎が心の中に燃えていた。どうしても彼女の店に奉仕したい。なぜだかそう思った。さて、敵機を墜とすにはまず敵機を知ることから。
僕は彼女を必ず墜としてみせる。
『dame』のホームページにはニュース、取扱ブランド、アクセスなどが記されていた。取り敢えず、取扱ブランドに一通り目を通す。人気のブランドから高級ブランド、かと思うとアングラな印象を受けるブランドまで、取り扱う物は様々だ。これは、直接品揃えを見て判断するしかないか。と、僕は肩を落とし、続いて『dame』の口コミの閲覧に向かった。
Re: 添へて、【小説練習】 ※お知らせ追記 ( No.122 )
- 日時: 2018/02/16 19:24
- 名前: 一匹羊。 (ID: 7MSbsDqk)
青いアンティーク調の扉を押すと、爽やかな薄緑の壁と、真鍮のようなハンガー掛けに下がった色とりどりの洋服達が僕を出迎えた。からん、と控えめな鈴の音が鳴る。僕は再び『dame』を訪ねていた。スーツを着た僕は、店内のお洒落な女子の中では目立つ。そして、一瞬振り向いた数組の瞳が「なんだ、冴えない」と落胆を写し。あるいは、「ああ仕事か」と無関心を纏って、服に視線を移した。僕は入り口に立っていて、そして自分に言い聞かせる。慣れっこだ。僕には、よくあること。明るく髪を染めた店員二人も僕には近寄ってこない。大方間違えて入って来たのだと思われているのだろう。気にするな、平野珠希。ナンパの為にここに来たわけじゃないだろう。
近くの服を手に取って物色する。自分にはファッションの詳しいことは分からないが、やはり系統の違う服が取り揃えられていた。僕は、値段とブランドと簡単な感想を手に取ったメモに残していく。漸く壁一枚分が終わるかというところで、カッカッ、と凛とした音が店内に響いた。
「市川さん、店内のどの客にも目を配ってください。ここに一歩足を踏み入れた以上彼もまた顧客となり得るのだから」
「……レンさん」
柔らかい桃色の髪をかきあげて、ヒールを履いた、凛とした佇まいの彼女がそこにいた。堂々とした敬語は昔を彷彿とさせる。レンさんは僕のメモ帳を見ると、顎をくっとあげて嘲笑する。
「しかしお客様は、どうやら何かをご購入に来た様子ではないようだ。スパイですか?」
「ち、違います! 僕は……」
僕は、何だろう。何のためにここに来たのだろう。……? 馬鹿なことを考えるな。契約のためだろうが。出世のため。そして彼女の店のため。
本当に?
「……冗談だ、そんな顔をするな。奥に通そう。上がりたまえ」
「店長」
「心配なさらず。取引先です」
市川と呼ばれた女性が、僕を警戒してか名前を呼んだが、レンさんは頓着もしなかった。
「それで? 何をしていたんだい、私の庭で。まあ大概予想はつくが」
以前通された場所と同じ部屋、やはり前のように尊大に座った彼女が聞く。僕は俯いた。決して疾しいことをしていた訳では無いのだが、この人の前だとどうも萎縮してしまう。彼女は、生まれながらにして強者のオーラを纏っている。例えば、私という一人称も、この人が使うと女性を表す記号ではなく、もっと特別な響きを帯びるのだ。昔と違う口調は格好いいのだけれど、店員の前では使わないのだなと思った。
「あなたの店に貢献するには、あなたの店のことを知る必要があると思って……」
「三十点だ。本当は零点にしてやりたいところなのだがな、熱意を評価しよう。だがその一、社員として訪問するならばアポイントメントを取れ。その二、客の迷惑になるような行為は避けろ。その三、その程度のことは私に聞け。無駄は嫌いだと言った筈だ」
「すみません」
返す言葉もなく、僕は謝ることしか出来ない。商品片手にメモを取る姿は、店員にも客にもさぞかし不気味に映ったことだろう。どうしてこうも気配りができないんだ。自分が嫌になる。
「勇気を問うとは言ったが、蛮勇を見せろとは言った覚えがないぞ。……手段を考えろ」
ああ、慰められている。そう直感した。レンさんは昔から自他共に厳しい人だったのだ。その彼女が、何も責めない。おそらく。おそらく、僕の胸の内が分かったのだろう。自分を責めるしか出来ない弱いこころ。
このままじゃ駄目だ。そう、強く思った。そう、誰かに憐れまれているようじゃ駄目なんだ。僕は勇気を問われている。そして、ヒントはもらった。
「では、お聞かせください。あなたのお店について、出来るだけ詳しく」
顔を上げて懇願すると、レンさんは目を見開いた。そして、花開くように笑った。綺麗な笑顔だった。その笑顔が余りに昔を思い起こさせて、僕はドギマギと視線を泳がせる。
「及第点だ」
立ち上がった彼女は、部屋の端の濃紺のポットで、紅茶を淹れた。「飲め。長い話になる」と。
僕は気分の高揚を感じた。先輩からこんな話を聞いたことがあるのだ。営業先でお茶が出て来たら、それは契約への光明だと。しかし、いそいそと紅茶に口を付けた瞬間、厳しい声で「話をするだけだ。取らぬ狸の皮算用はしないように」と釘を刺されてしまった。少しは感動に浸らせてほしい。後、何で僕の考えていることがわかったんだ。
「君の勇気を問おうと、そう言ったことは覚えているかな、タマ」
「忘れません。衝撃的でしたから」
「あれは、我が店と運命を共にする覚悟、ひいては勇気があるかという意味だ。その面構えと行動から鑑みるに、少しは様になってきたと見える。さあ、まずは君が『dame』のことをどれだけ考えてくれたのか、それから聞かせてもらおうか」
そう聞かれて僕は慌てた。本来今日は営業で訪問する予定ではなかったのだ。よって、昨日徹夜で作った資料はここにはない。そのことを彼女に告げると、暫く呆けた後で「馬鹿なのか君は」と言われた。ボキャブラリー豊富な彼女が直球で物を言う時は、本当に驚いている時だ。益々自分が恥ずかしく、不甲斐なく感じる。
すみませんすみませんと、もはや誰に向かっているのかも分からない謝罪を繰り返しながら、僕は何とかスマホを駆使し、『dame』について調べたことを前頭葉と格闘しながら説明した。取扱ブランド、商品の傾向、年度ごとの客層、口コミ、ライバル店。ライバル店の傾向。値段帯……。しばらくすると頰を汗が伝い始めた。思ったよりも頭を使う作業だ。
「……これらのことから、『dame』のテーマは『変身』だろうかと予想しました。現在起こっているであろう問題点についても、前述の通りです。あの、本当に資料を忘れてしまって申し訳ありません。データに誤りがあるやも」
「いや、私が把握している通りだよ。……もしかしたらそれ以上かもしれない。君はここぞという時の洞察力も優れているが、それ以上に情報収集力、継続力が突出しているな。ここまで調べるのはさぞかし労力を要しただろう」
自分でもどうしてあそこまで頑張れたのかは分からないのだ。ただ、今自分が褒められているというのはわかった。努力を、認められているのだということは分かった。それは、泣きたくなるような多幸感を僕にもたらした。実際少し僕は泣いた。自分でも気持ち悪いやつだと思う。でも、自分を揺さぶる大きな感情が僕を平静でいさせることを許さなかった。
レンさんは僕の涙に気付かない振りをしてくれた。
「君は勇気こそないと自分で思っているかもしれないが、少なくとも人に寄り添おうとする才能は、確かにその身に宿しているよ。誇れ」
誇っていいのだろうか。無二とまでは言わなくとも、誇れる才能があると、思っていいのだろうか。劣等感ばかり抱えてきた。何もかも人より出来ない自分が嫌だった。人に離れられるばかりの人生が嫌だった。だけどもう少し、自信を持っていいのだろうか。僕はより一層溢れてきた涙を堪えるのに必死だった。
だから、レンさんが次に言った言葉がイマイチ聞こえなかった。
「何か、仰い、ましたか」
レンさんは髪をかきあげる。桃色がふわんと舞って綺麗だった。
「君の仕事の都合がつくのなら、今晩食事でもどうだいと言ったんだ」
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