雑談掲示板
- 【開催】第14回 紅蓮祭に添へて、【小説練習】
- 日時: 2022/06/18 14:16
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: bC2quZIk)
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執筆前に必ず目を通してください:>>126
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■第14回 紅蓮祭を添へて、 / 期間:令和4年6月18日~令和4年7月31日
白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
□ようこそ、こちら小説練習スレと銘打っています。
□主旨
・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
・内容、ジャンルに関して指定はありません。
・練習、ですので、普段書かないジャンルに気軽に手を出して頂けると嬉しいです。
・投稿するだけ有り、雑談(可能なら作品や、小説の話)も可です。
・講評メインではありません、想像力や書き方の練習等、参加者各位の技術を盗み合ってもらいたいです。
□注意
・始まりの一文は、改変・自己解釈等による文の差し替えを行わないでください。
・他者を貶める発言や荒らしに関してはスルーお願いします。対応はスレ主が行います。
・不定期にお題となる一文が変わります。
・一作品あたり500文字以上の執筆はお願いします。上限は3レスまでです。
・開始時と終了時には「必ず」告知致します。19時から20時を目安にお待ちください。
・当スレッドのお題を他所スレッドで用いる際には、必ずご一報ください。
□お暇な時に、SSのような形でご参加いただければと思います。
■目次
▶︎第1回 氷菓子を添へて、:今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
>>040 第1回参加者まとめ
▷第2回 邂逅を添へて、:彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
>>072 第2回参加者まとめ
▶︎第3回 賞賛を添へて、:「問おう、君の勇気を」
>>119 第3回参加者まとめ
▷第4回目 袖時雨を添へて、:手紙は何日も前から書き始めていた。
>>158 第4回参加者まとめ
▶︎第5回 絢爛を添へて、:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
>>184 第5回参加者まとめ
▷第6回 せせらぎに添へて、:名前も知らないのに、
>>227 第6回参加者まとめ
▶︎第7回 硝子玉を添へて、:笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
>>259 第7回参加者まとめ
▷第8回 一匙の冀望を添へて、:平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
>>276 第8回参加者まとめ
▶︎第9回 喝采に添へて、:一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから
>>285 第9回参加者まとめ
▷第10回 鎌鼬に添へて、:もしも、私に明日が来ないとしたら
>>306 第10回参加者まとめ
▶︎第11回 狂い咲きに添へて、:凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。
>>315 第11回参加者まとめ
▷第12回 玉響と添へて、:――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
>>322 第12回参加者まとめ
▶第13回 瓶覗きを添へて、:赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
>>325 アロンアルファさん
>>326 友桃さん
>>328 黒崎加奈さん
>>329 メデューサさん
>>331 ヨモツカミ
>>332 脳内クレイジーガールさん
▷第14回 紅蓮祭に添へて、:白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
▼第n回目:そこにナマコが置いてあった。
(エイプリルフール企画/投稿期間:平成30年4月1日のみ)
>>156 悪意のナマコ星さん
>>157 東谷新翠さん
>>240 霧滝味噌ぎんさん
□何かありましたらご連絡ください。
→Twitter:@soete_kkkinfo
□(敬称略)
企画原案:ヨモツカミ、なつぞら
運営管理:浅葱、ヨモツカミ
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Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.178 )
- 日時: 2018/04/18 01:52
- 名前: かるた◆2eHvEVJvT6 (ID: Enu/924Q)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
「だってさ」と純くんが眠たそうに手紙に書かれてあった文面を読み上げた。相変わらずの意味の分からない内容に、私はどうしてか胸が苦しくなった。純くんは戸惑う私を見て「馬鹿だな、あんた」と小さなため息をついた。
「純くんは、どう思う?」
「なにが」
「この手紙の質問だよ。これが秋ちゃんの遺書みたいなものなんでしょう? 私たちに一体何を言いたかったんだと思う?」
「いつも通りの冗談だろ。俺たちを馬鹿にしてるだけだよ、兄貴はいつもそうだ」
秋ちゃんは、馬鹿だった。そして私たちも馬鹿だったのだ。私のプレゼントした可愛い便箋に秋ちゃんの少し歪な字で大きく書かれたそのメッセージ。私たちを試すようなその問いかけは、生きてた時と何も変わらなかった。手紙の中ではちゃんと、秋ちゃんは生きていたのだ。
「秋ちゃんが死んでもう一週間経ったんだよ」
「知ってるよ」
「純くんは何がそんなに辛いの? 現実を受け止めきれない?」
「俺はあんたがそんなにもあっさり兄貴の死を吹っ切ってることに驚きを隠せないよ。あんた、それでも恋人?」
純くんは手紙の秋ちゃんの字を指でそっとなぞって、今にも泣きそうな顔でこちらを見た。あんたは何も悲しくないのかよ、と小さく呟いた声に気づいて、私は無理して笑顔を作って見せる。きっと、純くんは何も知らないからそんなことを言えるんだ。うらやましい。とってもうらやましい。
だけど、それでいいんだ。純くんは何も知らないまま、秋ちゃんの大切な弟のまま、大事な兄を失った悲しみで苦しんで泣いちゃえばいいんだ。
フビライハンとエビフライの違いなんて明確なのに、なんでそんなこと聞くんだろうと、ふいに手紙が目に入ってそんなことを考えた。秋ちゃんがそんな簡単なことも知らないなんて、そんなわけないの、知ってるのに。
「秋ちゃんは、死んだんだよ」
「うるさい」
「秋ちゃんはもういないんだよ」
「うるさい」
「秋ちゃんは……」
「あんたはっ、それでもいいのかよ! それであんたはっ、幸せなのかよ」
秋ちゃんのことを忘れたら、それが幸せなわけないじゃないか。
子供みたいに泣きじゃくる純くんは、今更だけどまだ高校生なんだなって思って、私は何でか彼の頭を撫でていた。ぼろぼろと滝のように流れ落ちる彼の涙に、私も思わず泣いてしまいそうになった。
純くんの涙で手紙の字が滲んでいく。しゃくりを上げて泣く彼は、とても美しかった。
秋ちゃんがどうして死んだか、知らなかったらきっと私も彼のように泣けていたのだろうな。私はぐちゃぐちゃになった手紙をそっと破ってごみ箱に捨てた。秋ちゃんの遺書なんて、どうでもいいや。
「秋ちゃんは、死んだんだよ」
フビライハンでもエビフライでも、なんでもいい。だって彼はもうその答えを聞くことはできないのだから。いくら私が秋ちゃんのために答えても意味ないじゃん。
好きだよ、と心の中で呟いた。秋ちゃんが死ぬ前にも言葉にはできなかった。彼が死ぬことも私は知っていたのに。それなのに止められなかった。最後に秋ちゃんが笑いながら「また、三人でご飯食べに行こうな」と言ってたのも、もうできないんだよ。三人で、はもうできない。
さよなら、秋ちゃん。私が大好きだった秋ちゃん。私たちの大切だった秋ちゃん。
純くんの泣き声に、やっぱり私も泣きたくなった。馬鹿みたいな秋ちゃんの手紙は、もう私たちには必要ない。これからの私たちの幸せに、秋ちゃんはもういないのだ。
***
コメディ系統なお題でシリアスなお話を書かせていただきました。場違い感が否めません( 一一)
突然死んでしまった秋ちゃん、それを悲しむ弟の純くん、死ぬことを知っていて止められなかった私。残された何気ない手紙は、束縛するものではなく、背中を押してくれるものであってほしいです。
運営の皆様、いつも素敵なお題をありがとうございます。前回の感想もまだ書けてないので大変申し訳ないですが、また感想を書かせていただきたいと思います。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.179 )
- 日時: 2018/04/26 16:06
- 名前: メデューサ◆VT.GcMv.N6 (ID: jz25bmUI)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
いつもの雑談と同じ調子で放たれた素っ頓狂な質問に思わず耳を疑う。
若干天然のきらいのある友人が唐突に投げかけたそれは、俺を一瞬フリーズさせるには十分すぎるものだった。
「すまん。よく聞こえなかったからもう一度言ってくれ」
「フビライハンとエビフライの違いを教えてほしい」
聞き間違いという一縷の望みをあっけなく潰され、いよいよ俺は返答に詰まる。
えー、と困惑を一つ口から漏らし、ああでもない、こうでもないと思索する。
まるで質問の意を飲み込めない俺と、泰然と唐揚げ定食に箸を伸ばし続ける友人の間を、昼飯時の食堂の緩い喧騒が通り抜けていく。
「……そもそもどういう経緯でフビライハンとエビフライが結びついたんだ?」
「ああ、忘れてた。ちょっとこれ見てよ」
そう言われて携帯を見せられる。そこには
『広告の品
あげたてサクサク!
フビライハン2尾320円 』
という創英角ポップ体の張り紙と、エビフライの置かれた棚が写っていた。
「これは、ただの誤字じゃねえかな……」
「そういう事じゃなくて、なんでこんな誤字をしたのか。ただの打ち間違いじゃこんな風にはならないでしょ」
「そんなの俺が知るかよ。それ作った本人を探して聞けばいいだろ」
「これ作ったの僕なんだよね……」
お前かよ
「この後めちゃくちゃ説教された」
「だろうな」
「自分でもなんでこんな打ち間違いしたのか分かんなくてね、そこで第三者の意見を伺いたい」
よし、質問の意図は分かった。そして幸いなことに俺にはこの質問に対して心当たりがある。
「……多分、だけどさ。お前ついこの間までアジア史の課題に追われてたろ?」
「うん。間に合わないかと思った」
「それだよ。無意識のうちに混ざっちゃったんじゃねえの。頭の中で」
どうだろう。我ながら適当な回答だがどうやら友人の顔を見る限り腑に落ちたらしい。よかったよかった。
*******************
「ありがとう。今すっごくスッキリしてる」
「そりゃどういたしまして」
今は食堂から出たところだ。自販機で飲み物を買おうとしたら、さっきのお礼に奢ると言ってくれた。貧乏学生にはありがたい申し出である。
「それにしてもよ。フビライハンの揚げ物ってどんな感じなんだろうな?美味しくなさそうってのは分かるけどさ」
「何その質問?」
「いや、さっきはお前の疑問に答えたじゃん。だから俺も気になったことを聞いてみたまでだ。お前なりの考えでいいから聞かせてくれね?」
そう言うと友人は少し考え込む。まあただの与太話のつもりで振った話だ。飲みたいものが決まったと紅茶のボトルを指差そうと──
「揚げ物には向いてないよ。味が濃いからもたれちゃう」
「へっ?」
「飲みたいもの決まった?」
自販機の中の紅茶を一瞥すると100円を二枚投入してボタンを押す。俺は少し戸惑いながらそれを受け取る。
「はい。……そういえば、次の講義の時間大丈夫?」
「えっ、あ! やっべ遅れ……もういくわ。紅茶ありがとうな! そっちも遅れるなよ」
「うん、僕のは休講だってさ。頑張りなよ」
友人と別れダッシュで教室のある建物へ向かう。奴は天然であると同時にちょっとした冗談や悪戯も大好きだ。今までだって何回もからかわれて、「冗談だよ」とすぐにへらりと笑われて。
だから何も、逃げるように走る必要なんて、なんにも。
まさか、な?
*******************
*冗談がキツすぎる。それだけだ
*それだけだ
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.180 )
- 日時: 2018/05/02 00:03
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: sxAu/esU)
「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
ビブリオバトルの火蓋は、その言葉で切って落とされた。固唾を飲んで見守る観衆。祈る部員。長いようで短い五分間。誰が一番、自分の好きな本を薦められるか――。
そんな大袈裟な前フリを挟み、テレビがCMへと移行する。
「いやー! 意外とスウジ取れるもんだねぇ!」
頭の禿げあがったおっさんが、小汚い笑みを浮かべて話していた。すごい醜い。脂ぎった肌はテカテカ光ってるし、歯はヤニで黄ばんでる。太った体型には似合わない、アルマーニのスーツのボタンが今にも弾け飛びそうだ。
こんな大人にはなりたくないなぁ。そう思いながら、「放送中」と赤く点灯したカメラのランプを見ていた。
さっき流れたのは、予選大会でのVTRだ。決勝はこの後、生放送でおこなわれる。隣にいるこのおっさんは、番組のスポンサーらしい。有名なメーカーのお偉いさんらしいけど、僕はそこまで興味がない。ただ、この人は汚い。そう感じた。
「お! 君、これから決勝戦でプレゼンするの? 楽しみにしてるからな!」
ほら、心にも思ってないことしか言わない。あんたが気にしてるのは視聴率とCMの宣伝効果と、プレゼンターに就任したアイドルグループだけなのは知ってるし。たまたま僕が単行本を手にしていなかったら、目にすら入らないんだろうな。
大きく息を吐き、目を閉じてプレゼンのシミュレーションを始める。この本は、最近発売されて話題なわけでも、有名な作家が書いたものでも、ベストセラーとなった本でもない。本屋の単行本コーナーで表紙が見えるように置かれていたのでもなく、題名が面白そうだったから買ったら、面白かっただけだ。でも、僕にとっては初めて自分の金で買った本でもあり、たとえ現在は棚に並んでいなくても大事な本だった。勝つのではなく、本当に薦めたい本を紹介する。僕はこの決勝大会で、敢えて、原点に立ち返った戦いがしたかった。
最近爆発的な人気を生み、電子書籍化が進みつつあった出版業界に歯止めをかけたのが、このビブリオバトルだ。元々、創作好きな人とか読書好きの人たちが仲間内で遊んでいたものを、高校の文芸部の有志が集い、学校対抗のイベントにしたところPTAに大ウケした。各学校で奨励され、あっという間に全国区の大会となり、文芸部の学内地位もかなり押し上げた企画に成長。
そこに目を付けたのが、この番組のプロデューサーだ。全国大会の予選から決勝までをテレビ放送し、決勝戦は生放送。話題のアイドルMysherryをイメージソングで起用し、知名度も国民レベルへ。各所で話題を集め、ビブリオバトルで登場した本はたちまち重版。書店から忽然とその棚だけ姿を消す現象を巻き起こしている。
正直、このイベントが企画された四年前は、ここまで大ごとになると思っていなかった。近くの公立や私立関係なく、部誌の交換以外で関われないか、という軽い感覚で姉たちが始めたものだったからだ。僕が高校に入学して企画が有名になるにつれ、本当に勧めたい本より、勝てる本を選ぶ傾向は強くなり、ここ最近は勝ちやすいジャンル、作家が確立されつつある。
だから尚更、自分の一番大事な本で勝ってみたかった。高校三年生の夏、引退の時はこの本を、どんなに小さな規模の大会でもプレゼンすると決めていた。図らずして、一番大きな大会で、テレビで生中継、という豪華なおまけがついてきたのには笑ってしまったが、最高の舞台だと思う。
勝つことが当たり前だった予選と異なり、程よい緊張感が全身を帯びた。指の先にまで走る焦燥と高揚。相反する感情が背筋を舐め、ブルっと身体が震える。
――CMが流れ終わった。
「ではここで改めて、ビブリオバトルのルール説明をしたいと思います。今から、それぞれの高校の代表一人が五分間のプレゼンテーションを行います。その内容は、一冊の本の紹介。五分間の中で、その本の魅力や自分の好きなシーン、セリフなど、好きに語ってもらいます。本は単行本、文庫本、絵本など、出版されている本であればジャンルは問いません。ただし、雑誌やネット小説は除きます。それぞれのプレゼンテーション終了後、今回スタジオにいる審査員十五名により、どちらが紹介した本がより読みたいか投票していただきます」
「一冊の本のプレゼンをして、より多くの人に、その本を読みたいと思わせた方が勝ち、ということですね!」
「その通りです。通常、審査員は七名ですが、今回はゲスト審査員としてMysherry五人、芸人相撲部三人の八名を合わせて十五名という特別ルールになっています」
進行役のアナウンサーがフリップを手元に出して説明する。結構ややこしいルールだと思うんだけど、大丈夫なのだろうか。
「それでは今回対決していただく、二校の選手たちを紹介していきます」
知の祭典にふさわしく、露出は少ないながらも煌びやかな衣装をまとった女子がこちらに来た。派手、というとりは上品かつ繊細。そんな印象を与える人だった。
「Mysherryの守谷です」
マイクが拾わない、でも目の前にいる僕の耳には届く大きさの声で、そっと名乗ってくれた。わざわざ名乗らなくても、知っているのに。
「はい、それではお聞きしたいと思います。清和(せいわ)高校文芸部部長、佐藤くんです。今回の決勝戦の意気込みを教えてください」
「……勝つことより自分の本当に勧めたい本を選びました。もちろんその先に多くの観客が読みたいと感じてくれることは望んでいますが、誰か一人の心に刺さるだけで良い、それを最優先して挑みたいと思います」
スタジオのライト、観客の視線、カメラ。今、この場所の中心に立っていたのは紛れもなく僕だった。何を言おうか考えてあったのに、全部吹っ飛んで、鼓動が速くなった。拍動が胸の中で暴れている。テレビに映るというだけで、普段の大会ではありえない、何倍ものプレッシャーを味わっている。自分の一挙一動に誰もが注目しているのに、彼女たちはそれが日常であるように、笑顔で話していた。
――彼女は、今なんと返したのだろう? 自分が話すことで精一杯だった僕は、守谷静穂が返答した言葉全てを聞き流していた。
ふと意識を戻した時には、煌びやかな衣装が背中を向けていた。番組のフロアディレクターが、控え場所はこっちだと、急かすように手招きしている。
「ねえなんでインタビュアーが守谷なの? 星野ちゃんにしろって言わなかったっけ?」
「いや……番組としてはインテリキャラで売ってる守谷さんの方が、映りが良くて……星野さんはキャラじゃないというか……」
「はぁー? 金出してるの星野ちゃんが映ること前提なんだけど? 今からスポンサー契約白紙にしてもいいんだよ?」
そんな会話を耳に挟んだ。星野さんのガチオタは民度が低いという噂を聞いたことはあったが、それは本当のことらしい。こんなおっさんに笑顔で握手するのも、精神にくるんだろうな。
「はい、次に文学学院高校の園田くんにお聞きします。今回の意気込みを教えてください」
「しっかりとしたプレゼンで、本の魅力をアピールできればと思います」
「楽しみにしています。頑張ってください」
眼鏡をかけた色白の男子生徒が、笑顔で受け答えていた。これが、僕の対戦相手である。持ち前の頭の良さで分析した作品を、的確なスライドと論述が織りなす方程式へと導く。もちろん、その先に待っているのは勝利。彼は勝てる作品しか選ばないし、その勝ち方を知っている。確かここ一年の成績は、負けなし。今回も勝ちにこだわってくることは、予想できていた。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.181 )
- 日時: 2018/04/30 13:15
- 名前: 黒崎加奈◆KANA.Iz1Fk (ID: sxAu/esU)
「それでは、大変長らくお待たせいたしました。これより、全国高校生ビブリオバトル決勝戦を開始します。先攻後攻は、事前のくじにより決定されており、先攻が園田くん、後攻が佐藤くんとなっています。それでは先攻の園田くん、準備ができたら教えてください」
一瞬で雰囲気が変わった。緩んでいた糸を、誰かがピンと伸ばしたようだった。今、このスタジオには園田がスライドを準備するために操作する、パソコンの稼働音しか聞こえない。騒いでいたスポンサーも、小声で話していた雛段芸人も、豪華な照明でさえも、黙っていた。自分の呼吸音が周りに響いていないかと息を潜め、始まりの瞬間を待つ。手指にはしる震えは甘美だった。許されたものにだけ与えられるプレッシャー。上の大会に行けば行くほど、ますます甘く、蠱惑的に、失敗しろと誘ってくる。極限まで張りつめた静寂が生み出す、挑戦者への問いかけなのかもしれない。
お前はこの煌びやかな場に、相応しいのか?
「できました。始めてよろしいでしょうか」
「では、開始いたします。五分間のプレゼンテーションを始めてください」
スタジオの真ん中に置かれた電光掲示板が、カウントダウンを開始した。
「自分が今回、紹介したい本はこちらの『リグレット・スタート』です。今年の三月に発売され、話題となったことから記憶に新しいでしょう。『虚構』で日本ミステリー大賞を受賞した作家の描く、異世界ファンタジーのお話です。ミステリー作家が全くジャンルの違うファンタジーを書いたとき、何が生まれるのでしょうか?……」
彼のプレゼンを頭から追い出すべく、これから話す内容を頭の中でもう一度反芻する。題名、あらすじ、アピールポイント、世界観、キャラクター、エピソードトーク。基本的な構成通りに語るならその流れ。でも初めて出会ったときの感動と、救いをどうにかして観客に届けたい。その想いで書きあげた最後の台本は流れを全部無視した。最近は彼のようにソフトでスライドショーを作成している人が多いが、友達に薦めるように、全て言葉で語ろうと思っていた。
ブーと大きな電子音をたてて、カウントダウンが終了する。五分間は話すと長いが、待つにはあまりにも短い。プレッシャーが僕を舐めているのが分かる。
震える足で、スタジオの真ん中に設置された段へと登る。カメラが一斉に僕を見る。ライトがすべて僕を照らす。
生放送の今、僕だけに注目が集まっている。スタジオも、テレビ越しも、僕の一挙一動を見ている。
「……準備はありません。いつでも始められます」
園田が驚いた顔を見せたのが、視界の端に映った。でも、もう関係ない。僕は、僕が言いたいことを言うだけだ。
「では、開始いたします。五分間のプレゼンテーションを始めてください」
大丈夫、緊張になんか、呑まれない。
「僕が今回紹介するのは『移ろう花は、徒然に。』という短編集です。きっとみなさん、この本がどんな本なのか、ご存じないでしょう。なにせ、現在は書店で取り扱ってません。運よく、在庫があれば取り寄せできるでしょう。有名な賞にノミネートされたことも、ベストセラーになったこともありません。それでも、この本を薦めたいと思いました。なぜなら、この本と出会ったからこそ、この場所に僕が立っていられるからです」
いったん言葉を切った。二十秒。少し早口で喋っている。
「この本と出会ったのは、高校一年の夏でした。当時僕はいじめを受けていて、毎日、本を読むことが楽しみだったのに、それすら苦痛になっていました。何をしても楽しくない。どこにいても息苦しい。生きているだけで、どうしてこんなに辛いんだろう。そう思いながら過ごしていました。あの日は、とてもよく晴れた休日でした。行く当てもなく、ただ息苦しくて、街をふらふらと歩いて、たどり着いたのが書店でした」
今でも鮮明に思い出せる。考えるだけで胃が痛くなる。でも、今は語らなくてはいけない。五十三秒。
「黒い背表紙に印刷された題名。それは、暗い色のグラデーションにホログラムの加工がされた装丁でした。どうして惹かれたのかは分かりません。でも絶望していた僕にとって、それは美しく、心惹かれるものでした。久々に、面白そうな本を見つけたというワクワク感を味わった気がしました。ずっと、忘れていた感覚です。単行本で、値段は一二〇〇円。当時はお金がなくて、きっと違う時に見つけていたら買っていなかったでしょう。でも、あの時は不思議と即決でした。気がついたらお会計が終わっていて、袋片手にまた街をさまよって、家に帰って、本を開きました」
一分三十ニ秒。練習通りに言えている。
「どれも、人の感情を綴った物語ばかりでした。人の心に棲みつく仄暗い感情を、繊細に描写した世界観にあっという間に呑まれました。そして、痛みを抱えた語り手に共感したんです。あぁ、僕と同じだって。作者は僕のことを見ていたのだろうかって。どうしようもなく、吐き出せもしない胸の痛みを、今すぐに無理に治そうとして余計に傷つかなくてもいい。もっと楽にしていいんだって思ったんです。登場人物たちが必ず救われるわけでもありません。ただ、彼らの悲痛な心の痛みと叫び、想いが伝わってきます。かと思えば、揺れる恋心が綴られていたり、幻想的な神話の世界が描かれていたり、時折、ふと明るい感情に気付かせてくれるようなお話も収録されています。誰もが心に抱える暗い部分を浮き彫りにして物語を描くから、きっと人は選ぶけど支持する人も多いのでは。この本が全然知られていないから、読まれる機会が少ないだけで、もっと評価されていい作品だと思います」
まっすぐ前を見つめて、語りかける。全員に届く必要はない。僕と同じように、心に闇を抱えた人に届けばいいんだ。三分五秒。
「こう聞くと、病んでいる人が楽しめる作品なのかな、と感じる方も多いと思います。ですが、純粋に作者の描く世界観を楽しみたいという方にも強く薦めます。物語は心情描写と情景描写が中心の一人称で構成されたものが殆どで、するりと物語の中に落ちていく感覚が味わえます。まぁ正直、この本がどれだけ多くの方に刺さるかは、僕も分かりません。でも、ビブリオバトルというのは本来、自分が好きな本を人に薦めるという目的で始められたものです。最後の大会ぐらい、本当に自分が誰かに読んでほしい、薦めたい本を紹介してもいいかな、と考え、勝てる本は選びませんでした」
三分四十秒。もうすぐ終わりだ。
「『花。それは煌めく感情の物語。』この本はそんな扉言葉で始まっています。読み終えた後に、もう一度、その言葉の意味を考えてみてください。これだけじゃなく、短編それぞれの冒頭一行には、作者の考えが詰まっています。読んだ後に、作者が何を考えてこの物語を描いたのか。彼はそれを考えることを追想像と呼んでいるそうです。どうか、この本が誰かの心に刺さりますように。以上で、僕の紹介したい本『移ろう花は、徒然に。』のプレゼンテーションを終わります。ありがとうございました」
一歩下がり、深々と礼をした。残り時間はまだ四十秒近く残っていた。いつもだったらまだ何か言えることはないかと、言葉を探すだろう。でも、この本はもうこれで良かった。言いたいこと、伝えたいことは全部言い終えたのだから。
相変わらずスタジオは静寂に包まれていた。豪華絢爛、というよりは厳かな煌びやかさだった。誰もが待っている。この対決の勝者はどちらなのかと。
「お二人ともありがとうございました。それではCMのあとに、結果発表と講評に移りたいと思います」
その言葉で緊張が一気にほどかれた。スタジオの中にフワッと柔らかな空気が流れ込み、張りつめた空気があっという間に緩むのを肌で感じていた。ふーっと大きく深呼吸をする。晴れやかな気分だった。勝敗とか最早どうでもいいんだなって感じている自分に少し驚きを覚えつつ、部員たちがいるスペースへ戻った。
「外いってくるわ」
「結果発表これからだよね? いなくちゃいけないんじゃないの?」
「知らねーよ。僕がいてもいなくても結果は変わらないんだしさ。まぁ人が探し回ってたら連絡して。戻るから」
ごちゃごちゃ騒ぐ副部長を置いて、スタジオから出る。そのまま非常階段の扉を開けて、外の空気に触れた。不気味なほど深い青空が見えた。ほんのり憂鬱を香らせる青だった。でも、それを跳ねのけるほど僕の心は軽やかだった。ポケットに入れたスマホが振動していることとか、大会はまだ終わっていないこととか、生放送は収録中だとか、何もかもがどうでもよかった。
これから、何をしようか。少なくとも準優勝の景品で図書カード一万円分がもらえるはずだし、目についた本を片っ端から買ってみようかな。装丁だけみて買ってみるのも楽しいかもしれない。園田が薦めてた本もまだ結局読めていないから読みたいけど、それは借りればいいかな、とか終わった後のことばかりずっと考えていた。
ふと視線を奥にした。向かいのビルの大きなモニターが、ちょうどあの番組を放送している。もう結果発表は終わって、審査員の講評に移っているようだ。五分ほどしか、まだ時間は経っていなかったらしい。やっぱり、プレゼンの五分間って長いんだなと思った。話しているとあっという間に終わるけど。
「そうですね、佐藤くんの言葉を聞いて、世の中にはまだ私の知らない物語がたくさん眠っているのだなと、改めて思いました。たくさんの方と関わらせていただいていますが、私の言葉で誰かが不快に思っていないか、傷ついていないか、不安に押しつぶされそうになることもあります。そういった気持ちは吐き出せず、ため込むうちにある日突然プツンと切れてしまう。物語というのは、一時的にそんな暗い感情を忘れるために浸る世界であると、私は考えています。敢えて、暗い物語に救いを求める、という発想は少なからず感じていたことで、この本にはそれに近いものがあるのかなと、興味を惹かれました。ぜひ、読ませていただきたいです」
守谷さんだ。車の通行音や人の話し声、都会のノイズで溢れかえった空間で唯一クリアに聞こえてきた声だった。誰かに向かって話すことを意識している人の声は、聞き取りやすいと聞いたことがある。
良かった。僕の言葉は、薦めたかった本は、誰か一人には届いたらしい。
「最後になりますが、改めて、優勝おめでとうございます」
――図書カードは五万円分もらえるようだ。
*
なぜか自創作を作品内で宣伝するという鬼畜構成になりました。内容を半分ぐらい捏造してます。ごめんなさい。
なんで宣伝しやがってんだこの野郎という意見は運営に確認済みなのでしないでくれよな。
執筆にあたり、三森電池様のキャラクターをお借りしました。こちらも本人公認なので(ry
普段より砕けた言葉選びを意識しました。そのぐらいかなー。ではこの辺りで。
Re: 【第5回】絢爛を添へて、【小説練習】 ( No.182 )
- 日時: 2018/04/30 17:15
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: .RsV9lMQ)
この投稿をもちまして、第5回 絢爛を添へて、 を終了させていただきます。
皆様が創意工夫し、ギャグコメディ路線以外にも様々な道を切り拓いてくださり、楽しく読ませていただきました。欲を言いますと、似たり寄ったりの中にも、少し差別化が図られているとなお面白かったかもしれません。
*
アンケートについてのご協力をお願いしたいと考えております。
内容としましては、今までの添へて、を振り返り、皆様がどのように感じていらっしゃるのかという点を、教えていただきたいと考えております。
該当する数字を選んでいただくだけではなく、それぞれの項目毎にフリースペースを設けますので、そのように思う理由などを記載していただけると嬉しいです。
詳細につきましては後ほど作成致しますスレッドをご参照ください。
運営一同
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.183 )
- 日時: 2018/05/03 23:02
- 名前: かるた◆2eHvEVJvT6 (ID: QH.Qw1B6)
前回感想が書けずそのまま終わってしまいましたので、大変遅くなりましたが感想を失礼します。現在アンケートスレのほうで感想の期間の議題が出ていましたが、まだ最終的な結論が出ていないみたいなので、感想をこちらに失礼いたします。もし駄目でしたら削除致しますので遠慮なくお申し付けください。
このタイミングで前の感想という変なことをしてしまい申し訳ないです。好きな作品を絞らせていただきまして、短いですが読者としての感想を書かせていただきました。
□浅葱 游様
浅葱さんの「手紙」という題材の短編はとても見てみたかったので、今回読むことが出来てとても嬉しいです。
二人の手紙の内容、何気ない日常の切り取りの中に一緒にはいないけれどお互いの存在が鮮明に表れているのが分かり、とても胸が痛くなりました。手紙の中での語りでお互いがお互いを大切に思っていることが分かり、愛ってこんなにも切なく苦しいものなのだと実感しました。世界が二人を愛してくれることを願います。素敵な作品を読ませていただいてありがとうございました。
□通俺様
初めまして、通俺さんの小説は他の小説板の方で読ませていただいておりまして、言葉の紡ぎ方がとても素敵だなと思っておりました。今回の作品が個人的にとても癒されましたので、感想を失礼いたします。
読み終えて一番にやっぱり例の動揺を歌いました。小さい頃ずっと歌っていた曲なのでとても懐かしかったです。手紙と言えば山羊ですよね、この小説を読んでそうとしか思えなくなりました。
山羊さんの鳴き声ひとつで感情が分かるというか、色々な「めぇ」がとにかくかわいく個人的に一番好きなのは「ぶぇー」と手紙に食いつきながら鳴くこの鳴き声。とても可愛い。起承転結がしっかりしていて落ちも面白い、素敵なSSだなと思いました。素敵な小説を読ませていただいてありがとうございました。
□あんず様
どうしてあなたはいつも私を泣かせるのでしょう。なにこれ、しんどい。
彼が死ぬとわかっていて、それでも彼女は彼の願いである手紙を書き続ける。彼が死んでも寂しくないという嘘をつく彼女の感情が、彼女の動きや周りの描写でこちらに伝わってきて本当泣きました。伝えられなかった彼女の気持ちは、もう彼に伝わることはないけれど、やっと彼女の本当の気持ちを吐き出せたのだろうなと思い、とても嬉しかったです。彼女が書いた彼の遺書は、彼への最初で最後の告白だったのかなと思いました。好きです。
□ヨモツカミ様
作品の雰囲気がメルヘンっていうか可愛らしくてとても好きでした。ため息をつくと幸せが逃げちゃう、と似た描写がありましたが、そこがとても好きです。幸せってお星様みたいに空に飛んでいってしまうのかな、キャンディみたいにポロポロと下に落ちていってしまうかな、ここが本当好きです。ヨモさんのこの比喩の表現がめっちゃ好きです。
花言葉を調べながら読んでいると、「わたし」のアリスちゃんへの気持ちが直に伝わってくるようでしんどかったです。花言葉って素晴らしいなって、この短編を読んで改めてそう思いました。
□雛風様
初めまして、かるたと申します。作品読ませていただきましたので、感想失礼いたします。
発想が豊かで素敵だなと思いました。手紙という一文に食われることなく、その文に沿いながらもオリジナルのお話を紡いでいるところがいいなと思いました。文章も読みやすく、わかりやすいなと思いました。
ただSSと考えると設定を詰めすぎで読者が置いてけぼりになる可能性があるかもしれないなと思います。こういう内容たっぷりの物語ならもう少し長い文章で見てみたかったなというのが本音です。起承転結のジェットコースターって感じでした。文章はとても読みやすくて好きでしたので、次の作品を楽しみにしております。
□黒崎加奈様
今回の中で一番私の好みの作品です。加奈さんは本当に文章がお綺麗で、心を動かす文章を書かれるのでもう好きです(告白)
語り口調の地の文で「君」への気持ちがとても悲しく、苦しく、ただ只管に胸がぎゅっと締め付けられました。想いを告げることすらもできない彼の気持ちが直に伝わってくるようで心が痛かったです。
彼が書き綴る「君」への手紙は、彼の思いの全てなんでしょうね。彼女に伝わることはなくとも、彼の思いをすべて吐き出せたらいいなと思いました。どうか彼には幸せになってほしいです。
本当の本当に辛かったです。でもこういう話めちゃくちゃ好きです。
□メデューサ様
読んでる最初は一応違和感があったんです。あれ、ん、え、ってなって多重人格か、っていう納得。
同居人っていうから別の誰かと勝手に頭が解釈しちゃうんですよね。まさか同じ人物だとは。
目の前にいるのが他の誰かの彼女だとしても、結局は自分の彼女になっちゃうんですよね。違和感仕事しました。一回目では頭にクエスチョンマークがいっぱい浮かんだんですが、読み返してみるとまぁびっくり。何で気づかなかったんだろう私、とすごいすっきりしました。
こういう風に仕掛けをいろんなところに伏線のように張り巡らせたメデューサさんの文章が私はとても好きです。また次の作品も楽しみにしています。
□日向様
あなたの文章が死ぬほど好きという話は前もしましたが今回もさせてください。好きです、愛してます。
一見、硬い文章に見えるのですが、もう読みにくさなんて何それってくらいスラスラ頭に入ってくるこの文体がもう好きです(好き好き言い過ぎ) 言葉選びのセンス、台詞回し、これは日向さん独特の良さが出ていていいなと感じます。ところどころぷっと吹き出してしまう地の文や、登場人物の喜怒哀楽が短い文章でも沢山伝わってきてよかったなと思いました。あなたの文章がとても好きでしたありがとうございました。好きです。食事誘えたらいいですね!!!
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.184 )
- 日時: 2018/05/20 20:26
- 名前: ねぎツカミ (ID: byMhs1i.)
▶第五回参加者纏め
>>160 河童さん
>>161 さっちゃんさん
>>162 刹那さん
>>163 羅知さん
>>164 奈由さん
>>165 ジャンバルジャンなんじゃん!?さん
>>166 通俺さん
>>167 ねるタイプの知育菓子 さん
>>168 貞子/薬物ちゃんさん
>>169 ヨモツカミ
>>171 腐ったげっ歯類さん
>>172 浅葱 游
>>173-174 神原明子さん
>>175 狐憑きさん
>>178 かるたさん
>>179 メデューサさん
>>180-181 黒崎加奈さん
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.185 )
- 日時: 2018/05/20 20:28
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: byMhs1i.)
*
■第6回 せせらぎに添へて、
名前も知らないのに、
*
開催期間:平成30年5月20日~平成30年6月10日
*
おかげさまで、第6回の開催となりました。
こんかいは、初めの一文に続けていく形で文を作ってくださればと思います。
ex)名前も知らないのに、私にはこの人が大切だと分かった。
のように、読点以降をお好きに作成してください。
期間は3週間となっております。
皆様のご参加、楽しみに待っております。
運営一同
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.186 )
- 日時: 2018/05/21 16:17
- 名前: 芋にかりけんぴついてるよ、髪っ (ID: gtaaP0ko)
名前も知らないのに、どうしてこんなに懐かしい。その剣と僕が出会ったのは、きっと運命だったように思う。
錆の赤茶色に亀裂が走る。まるで死んでいたみたいだった剣が、長い眠りから目を覚ましつつある。握りしめた柄はとても暖かく、すぐ先刻まで誰かが握りしめていたようだった。
刀の鍔の中心に嵌まっている紅玉が、激しい光を発して周囲を明るく照らし出した。城の裏にある祠の最奥、消えぬ篝火だけが照らしていた、薄暗かった大広間の中心から放たれた光はその空間全体を真昼のように明るく照らし出した。
まず初めにその身を包む枷を外したのは柄の部分であった。僕の握りしめる掌の中で、薄く張った被膜が弾けた。中からは目も眩む眩い黄金の閃光を放つ伝説の金属。
刀身を覆いつくした赤茶色の錆に走る亀裂はどんどん増え、どんどん細かくなっていく。それは当然無機物であるというのに、拍動が聞こえてくるようでならなかった。生きているかのような存在感が、掌を介して僕に訴えかけてくる。まさしく卵だと言えるだろうか。殻を破り生まれ変わる、今目の前で起きている光景はその前兆に思えてならない。
罅割れた表皮から、内部に迸る強い光が同様に漏れ出していた。今度吐き出しているその強い照明は、あまりに深く、しかし澄んだ青。快晴の空の下、空の奥の奥、その深奥を覗き込んでようやく見える、底知れない群青が刃から溢れ出ていた。
伝承は本当だった。嘘など一つも含まれておらず、神話でもお伽噺でもない。王家に伝わる眉唾物の、聖剣にまつわる武勇伝。初代の国王が為した栄光は、決して誇張でも何でもなく、実話だったのだと理解した。
松明の光だけ受けて育った苔が地面を斑に染める岩肌が次々と露わになる。先ほどまで、絶望が覆いつくしたこの地はあんなに暗かったのに。今ではまるで希望と言う名の烈火が明るく輝いている。
僕の身体はと言うと、正直もうボロボロだ。ここに至るまでの道で、【アイツ】からどれだけいたぶられたことか。王家お抱えの鍛冶職人特性の甲冑は、凹んだり穴が開いたりと随分痛めつけられたし、擦った頬の傷からは血が流れっぱなしだ。身体中疲労で困憊しているし、今にも筋肉痛で倒れそうだ。
それなのに、どうしてこんなに湧きあがる。腹の底から立ち上がる力が、立ち向かう勇気が、とめどなくだ。何が僕の背中を押す。誰が僕の背中を支えている。そんな物、問う必要なんて何処にもないのに僕は、確かめずにはいられない。
陽の光が届かない祠だというに、聖剣が眠っていたこの大広間は晴天下のバルコニーのごとく明るい光に照らされていた。それはきっと、通路の向こうで僕を見失った【アイツ】にも届いていた事だろう。
【アイツ】が地面にその足を振り下ろす振動が、その腹が地を這い岩盤を擦るその声がゆっくりと近づいている。ガラガラと、奴の身体が引っ掛かったからか祠の狭い通路が崩壊する倒壊音。
次第に、その息遣いまでもがこの空間へと届き始める。近年開発された機関車の蒸気が漏れ出るのに似た大きな呼吸。蛇が威嚇する声をそのままとびきり大きくしたような、そんな声。
斑に緑色が差し込む灰色の岩肌が四方を囲う通路。闇があんぐりと口を開けているような暗がりの向こうから、翡翠のような美しい眼光が二つ。あの凶悪な生き物からは、想像できないほど、穢れ無き珠は眼光鋭く瞬いている。
闇に潜むその姿が見えないのは当然の事だった。その体表は、刃のような鱗は、槍のような爪は全て、夜と同じ黒色に染まっていたのだから。狭い道筋を壊しながら突き進むその怪物は、ようやく得物を見つけたとその目を細めた。闇に潜むエメラルドが、真円から三日月となる。
這い出てきた邪竜を目にし、僕はより一層【アイツ】への敵意を高ぶらせた。現れたのは四つ足の龍だった。トカゲのようにヒョロリと長い体は、僕の背丈十人分ほどはあるだろうか。身体こそ細長く見えるが、その歩み方はむしろ、ワニに似ていた。その顔も、発達した顎も、鋭利すぎる牙もワニと極めて酷似している。
ワニとの違いを挙げるとするなら、目の丁度後方の辺りからヤギのような角が伸びている辺りだろうか。斜め後ろに突き出したその巨角も、斬り落とすだけで重槍となりそうな程の凶悪な代物だ。
吐く息は燃え盛る業火よりもさらに熱い。牙の隙間から漏れ出た空気は紅蓮の火の粉を孕んでいた。全身が分厚い鎧のような表皮に覆われており、その背中、腕に脚、そして顔はと言うと皮の上から強靭な鱗にも覆われていた。鱗一枚一枚が職人手製の短刀ほどの切れ味と、鍛冶屋渾身の盾のごとき耐久力を誇っている。
存在そのものが歩く強大な要塞というべきだった。邪竜、それは聖剣の伝承、その一章に現れる悪魔の使者。吐き出す吐息は森を焦土にし、その爪牙はあらゆる城壁を粉砕し、奴の這いずった野山には虫の一匹すら生き永らえはしないと言われる、大いなる力の権化。
それこそが、僕を追ってこんなところまでやって来た巨大な龍の正体だ。翼があるからには飛ぶのだろうけれど、その様子は誰も見たことが無かった。細い体の上部の方に、一対の大きな翼がある。膜が張ったようなその翼は、鳥と言うよりむしろ蝙蝠。
一体どれほどの肺活量なのであろうか、奴が思い切り息を吸い込むと、強い気流に体が引かれた。鳥の嘴に開いているものとよく似た形の鼻孔からも、牙の生え揃った口からも、貪欲に空間全てを啜るように大きく一息。
そして吸い切った後、しばらく口を閉じたかと思うと、蛇のような首を大きくもたげて、吐き出すように怒号を叩きつけた。取り込んだ空気全てを吐き出す咆哮が祠の中に響き渡った。脆そうな地盤までもビリビリと強く振動し、このまま倒壊してはしまわないだろうかと不安になる。
けれども、神聖なる力に護られているからだろうか、強く岩肌が震えこそしたものの、天井が崩れ落ちるような様子は微塵として無かった。
鎧が軋み、僕は思わず剣を手にしたまま両手で耳を塞いで立ち尽くす。それでも、奴からは目を離してはならないと、猛り狂う邪竜に気を配り続ける。奴が軽く腕を振り下ろすだけで殺されても可笑しくないのだから。
しかし邪竜にとって、この爆発のような咆哮は別段攻撃の意思など何も無かったらしい。ただただ、これまでネズミのように逃げ続けた僕をようやく追い詰めたことに、募っていた苛立ちをぶつけただけ。勢いよく吐き出された息には肺の中に潜む業火が踊っていた。空中に真紅の炎が螺旋を描く。一しきり苛立ちを吐き出し終えたその龍の口からは、真っ黒な煙がたなびいていた。
伝承においてこの邪竜は魔王の配下、ある上級悪魔の遣いとして円卓を統べる騎士王の前に立ち塞がった。
苦戦し、今にも折れてしまいそうな王の前にその剣は現れたという話だ。どれほどの業火にも屈さない、金の極光を放つオリハルコンの柄。万物を斬り裂くアダマンタイトの刃。そして全てを見通す賢者の石が、伝説の金属を繋ぎ止めている。あらゆる邪なものから持ち主を護り、障害まみれの道を切り拓く伝説の剣。
この剣の名前は伝わっていない。だから僕にとっても、知らないはずなのに。
いつしか僕は、この剣の名前を理解していた。
這いずる龍が、胴を引きずった跡を地面に残し此方ににじり寄ってくる。遠巻きに眺めると緩慢な動きに見えるが、その体躯が家のような代物であるがゆえに、思った以上に素早い。
あっという間に僕のいる辺りまで近寄ってくる。青白い光を放ち続ける聖剣。刃を覆う錆はほんの少し振り抜くだけで全て舞い散ってしまいそうだった。
石の台に突き刺さった剣。その剣は僕がほんの少し力を入れただけで、するりと玉座から立ち上がった。大地から抜き取った勢いそのままに、切っ先で天を指し示す。
そしてそのまま振り下ろす。前方の何もない空間を試し斬りするように、鋭い一閃がピュンと鳥みたいに鳴いた。途端に、名残惜しくへばりついていた残りの錆が舞い上がった。ようやっと、長き眠りについていた建国の剣が覚醒する。旧敵の思い出をなぞるような龍の姿に、些か聖剣も驚いたのだろうか。一瞬手触りが堅くなったが、すぐさま掌にぴたりと吸い付く。同時に熱を帯び始め、昂っている様子が僕にも感じられた。
>>187へ
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.187 )
- 日時: 2018/05/21 16:16
- 名前: 芋にかりけんぴついてるよ、髪っ (ID: gtaaP0ko)
もしかしたら僕は、これから単にご先祖様の道程をなぞるだけなのかもしれない。だけどそれでも、僕は僕だ。血統だけだと蔑まれる日々もあったかもしれない。頼りない跡取りだと親に嘆息される日々もあったかもしれない。
だとしても、認めてくれた人は沢山いた。教育係のじいさんも、庭師の親父も、剣の師である彼女も、僕らしさを認めてくれた。父達はむしろ、初代国王と同じ武勇を積むことを誇るのかもしれない。けれども中には僕が僕らしく道を進むことを認めてくれる人もいるだろう。
そんな人のために送ろうじゃないか。誰のためでもない僕のための、聖剣伝説を。最初から立派で、誰よりも強い騎士が魔王を倒しに向かうのではない。気が弱い僕が聖剣に支えられながらも、強くなりながら進んでいくその足跡を知らしめるんだ。
三本指と鉤爪とが振り上げられ、直後勢いよくこちらに向かってきた。慌てることなく地を蹴り、避ける。驚くほどに体が軽かった。あんなに重いと思っていた甲冑が今や肌着のように体に馴染み、一切挙動の邪魔にならない。
彫刻刀のように尖った爪が、易々と地面を引き裂いた。爪が眼前を横切ると同時に突如押し寄せる血の匂い。墨のような純黒に塗りつくされた龍の体躯で、唯一汚れた赤茶色。一体その爪で、いくつの命を奪ってきたのだろうか。
この国の、僕が護るべき民草もきっと、何人もこいつにやられてしまったのだろう。みすみす見逃してしまっていた自分が情けない。有事に立ち上がることもできない今までの自分が、口惜しかった。
再びと言うべきか、邪竜は大きく息を吸い込んだ。しかし先ほどとは全く違う、肌が焦げ付きそうなほどの熱気が漏れ出ている。浴びれば即座に灰と化すであろう。僕のこの身も鋼の鎧も。
しかし剣は僕に語り掛ける。その名を呼んでみろと。さすればより強い力を与えられる。言葉が聞こえた訳じゃない。けれども刀がその鋼の中に秘めた意思が、脳裏に流れ込んできたのだ。
だから僕は、彼の名を呼ぶ。伝説の王が手にしたという、悪を斬るために生まれた開闢の剣。
カリバーン。そっと呟いて、そして。
首をもたげた龍が、ワニのように長い顎を開いて、大きく吐息をぶつけてきた。可燃性のガスの嫌な香りと、押し寄せる紅蓮の炎。熱気が伝播して肌を、喉を、毛先をじりじりと焼き焦がす緊迫感。
けれども臆せず、握りしめた剣を一閃。その一太刀は、名を呼ぶ以前の剣術とは、全くその質が異なっていた。
万物を裂く紺碧の刃が燃え盛る火炎を両断する。渦巻く炎がその中心から真っ二つにされて、僕を避けるように広がったかと思うと、力は霧散して空気中に消えていった。
刀身から光となって漏れ出るばかりだったエネルギーの漏出は収まっていた。代わりにその力は僕の身体の中に取り込まれる。その聖剣に込められた力を注がれた僕は、まるで自分が自分で無くなったよう。
あれほど疲れ切っていた脳が冴え渡っていく。あれほど動かすのが億劫だった脚が、腕が、走り回りたいと声を上げている。堪え切れぬ思いに突き動かされているのは僕の身体だけじゃない。僕が握りしめる彼もまた、武者震いが止まらないのか身の中心に座した紅玉を瞬かせていた。
柱みたいに太いのに、鞭のようにしなやかな尻尾が一薙ぎ。さっきの爪以上の速度で迫ってくる。しかしその鞭打は容易に見切れた。平時なら、従弟の剣筋も見切れないというのに。
きっと今までなら、黒い線が走ったようにしか見えないその薙ぎ払う尾も、今の自分にはその鱗の一枚一枚、そして棘のような突起物が規則正しく並んでいる様子まではっきりと見て取れた。聖剣の腹で受け止め、いなす。僕を打つこともなくその尾は、明後日の方向へ誘導された。
簡単に受け流されたのが理解できなかったのだろう。逃げ惑うだけの僕を侮っていたこともあり、その目には今や強い怒りが宿ったことを感じ取った。
先ほどは爪を振り下ろすだけだった奴は、今度は地面に前腕をびたりと付けた上で、地盤を抉りながら一帯を薙ぎ払う。尾の時と同じように剣の側面を盾にして受ける。あの強固な爪でも、強靭な腕力でも、カリバーンは刃こぼれ一つしようともしない。僕の身体も、ちっとも音を上げる気配はない。
そのままぐるりと、体の割に小さな指が僕の身体を掴もうと周囲を囲う。縄が締め上げられるように、僕を囲ったその三本の指が迫ってくるも、握りしめることは能わなかった。
剣を上方に振り抜いた。同時に、龍の指が根元から断ち切られて地面を転がる。黒く汚れた、タールみたいにどろどろの血が傷口から溢れ出す。瘴気を放つほどにその血液は禍々しい。
片手全ての指が落とされた激しい痛みに、苦悶の絶叫を荒げた龍。その天を衝く号砲はまた、祠全体を揺らして見せた。
しかし、一瞬の後に痛みが憤怒へと転換する。矮小な存在に体を斬り落とされた事実が苛立たしくてしょうがないらしい。歯茎まで剥き出しにし、ザラザラの舌を見せつけて、四つ足で地を這っていた奴は、後ろ脚だけで立ち上がった。そのまま二歩、三歩とこちらに近づきそのまま、僕を全身使って押しつぶそうと倒れかかってきた。
篝火の光を受けた龍の影に全身飲み込まれる。後ろに退くのも間に合わず、前に進んでも結局ぺちゃんこになるだけ。八方塞がりに見えてしまう。
けれども、誰かが僕に呼びかけていた。退避する道はまだ残されている。上方見上げ、天井が見える隙間を見つけた。
顔と肩、そして翼とが上方から押し寄せてくる。しかし、それでも埋め尽くすことのできない隙間は開いていた。その間隙目掛けて跳び上がる。その首のすぐ脇を抜け、凧のような翼に当たることも無く上空へ跳躍し、邪竜が誰もいない大地を押しつぶすのを眼下に見届けた。
そして僕は、落下する勢いそのままに、鱗ごとまとめて斬り落とさんと、その首目掛け刃を振り下ろす。きっと不格好な剣の筋であっただろう。しかしそれでも、魔を打ち砕く剣光一閃。瞬いた一筋の群青の軌跡が鱗に守られたその首を捉えた。
金属のぶつかり合う甲高い音が、全方を壁に覆われたその場に鳴り響く手強い反発が僕の手をも震えさせるが、それでも退く訳には行かなかった。より一層力強く柄を握りしめ、戦う理由を再確認する。
小さい頃から何度も見てきた、城下町の景色。朝日が昇りゆく黄色い空も、夕日の沈みゆく橙色の空も、曇天に色あせた街並みも、全てが愛おしい。年に一度の豊作を祝う祭りに笑う人々の顔は瞼の裏に焼き付いて離れない。
そうだ僕は、彼らを護るために剣を取るんだ。再確認と同時に斬撃が勢いを増した。固い鱗も堅牢な皮をも意にせずして、聖剣から迸った光がその首を端まで断ち切った。
首を斬り落としたため、黒き龍は死に際の声を上げることも無く大地を押しつぶしたそのままの姿で、地に伏したまま動かなくなった。頭が落ち、そのせいで鈍い音が鳴り響く。首から噴水のように噴き出る血の勢いは、先ほど指を落とした時の比ではない。
討ち取ったというその事実がにわかに信じられなかった。観衆もいないため、僕が勝っても別段歓声など響かない。けれども確かに、僕はこの剣と共に立ち向かったのだ。この山のように強大で、嵐のように獰猛な、破滅を呼ぶ存在を。
その証拠に、もう動こうともしない巨躯。閉じかけの瞼はそれ以上閉じようともしなければ当然開こうともしない。中途半端な角度で其処に転がる頭を見ていると、よく出来た作り物のように思える。しかし首から先を失った胴体からは、血だまりが波打ち広がっていた。
緊張の糸が切れたためか、聖剣が眠ったためか、急に体が重くなる。ここにたどり着いた時よりも一層広い筋疲労が押し寄せてきた。腕は肩より上にはあがってくれそうにないし、膝が笑って立っているのも困難なほどだ。
何とか聖剣を杖代わりに真っ黒な血の池から遠ざかり、僕は尻餅をついた。衝撃を和らげるほどにもスタミナは残っておらず、尾てい骨から痺れる痛みが駆け抜けた。
あんなに大きなドラゴンを倒したのに、何て情けないことだろうか。結局のところ僕はこのカリバーンにおんぶにだっこ。自力であれを倒したとは言えないのだろう。
初代の伝説ではどうだっただろうか。思い出すまでもなく、こんな風に不甲斐ない様子でへたり込んではいないとは予想できた。
思い出した、龍を討ち取ってそのまま、祝杯を挙げようとその血をグラスに汲み上げ、飲み下したのだ。よくもまあこんな泥よりべたべたした液体を飲もうだなんて思えたものだ。いくら龍の血に強壮作用があると言っても、むしろこんなもの口にしたら死んでしまいそうだ。
別に、僕がこれをわざわざ飲む必要は無いか。
先ほど決めたばかりではないか。これからは、僕なりの聖剣伝説を歩いていくのだと。
ようやく僕は、己に与えられたその名を受け入れられそうだった。赤子の頃あまりに病弱で、それを不安に思った父母から与えられた名前。その名前は、剛健にして屈強な初代の国王の名前と同じものだった。建国の王の強靭な力にあやかろうと付けられた名前。今日を境にして僕はようやく、胸を張って名乗りを上げることができそうだ。
第15代偉大なるブリテンの王、アーサー・ペンドラゴンと。
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