雑談掲示板
- 【開催】第14回 紅蓮祭に添へて、【小説練習】
- 日時: 2022/06/18 14:16
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: bC2quZIk)
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執筆前に必ず目を通してください:>>126
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■第14回 紅蓮祭を添へて、 / 期間:令和4年6月18日~令和4年7月31日
白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
□ようこそ、こちら小説練習スレと銘打っています。
□主旨
・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
・内容、ジャンルに関して指定はありません。
・練習、ですので、普段書かないジャンルに気軽に手を出して頂けると嬉しいです。
・投稿するだけ有り、雑談(可能なら作品や、小説の話)も可です。
・講評メインではありません、想像力や書き方の練習等、参加者各位の技術を盗み合ってもらいたいです。
□注意
・始まりの一文は、改変・自己解釈等による文の差し替えを行わないでください。
・他者を貶める発言や荒らしに関してはスルーお願いします。対応はスレ主が行います。
・不定期にお題となる一文が変わります。
・一作品あたり500文字以上の執筆はお願いします。上限は3レスまでです。
・開始時と終了時には「必ず」告知致します。19時から20時を目安にお待ちください。
・当スレッドのお題を他所スレッドで用いる際には、必ずご一報ください。
□お暇な時に、SSのような形でご参加いただければと思います。
■目次
▶︎第1回 氷菓子を添へて、:今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
>>040 第1回参加者まとめ
▷第2回 邂逅を添へて、:彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
>>072 第2回参加者まとめ
▶︎第3回 賞賛を添へて、:「問おう、君の勇気を」
>>119 第3回参加者まとめ
▷第4回目 袖時雨を添へて、:手紙は何日も前から書き始めていた。
>>158 第4回参加者まとめ
▶︎第5回 絢爛を添へて、:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
>>184 第5回参加者まとめ
▷第6回 せせらぎに添へて、:名前も知らないのに、
>>227 第6回参加者まとめ
▶︎第7回 硝子玉を添へて、:笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
>>259 第7回参加者まとめ
▷第8回 一匙の冀望を添へて、:平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
>>276 第8回参加者まとめ
▶︎第9回 喝采に添へて、:一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから
>>285 第9回参加者まとめ
▷第10回 鎌鼬に添へて、:もしも、私に明日が来ないとしたら
>>306 第10回参加者まとめ
▶︎第11回 狂い咲きに添へて、:凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。
>>315 第11回参加者まとめ
▷第12回 玉響と添へて、:――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
>>322 第12回参加者まとめ
▶第13回 瓶覗きを添へて、:赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
>>325 アロンアルファさん
>>326 友桃さん
>>328 黒崎加奈さん
>>329 メデューサさん
>>331 ヨモツカミ
>>332 脳内クレイジーガールさん
▷第14回 紅蓮祭に添へて、:白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
▼第n回目:そこにナマコが置いてあった。
(エイプリルフール企画/投稿期間:平成30年4月1日のみ)
>>156 悪意のナマコ星さん
>>157 東谷新翠さん
>>240 霧滝味噌ぎんさん
□何かありましたらご連絡ください。
→Twitter:@soete_kkkinfo
□(敬称略)
企画原案:ヨモツカミ、なつぞら
運営管理:浅葱、ヨモツカミ
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Re: 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.292 )
- 日時: 2018/11/16 16:20
- 名前: 夕月あいむ (ID: zrZRcXis)
新参者です。ジャンル所か、短編小説を書いたことがありません。なので、挑戦したいと思っています。
前編と後編があります。
前編 お題 『もしも、私に明日が来ないとすれば』
「もしも、私に明日が来ないとすれば、君はどうする?」
「は? 無いでしょ、姉さんゴキブリ並みの生命力だから」
なんでそんなこと聞くんだよ?
明日、世界が終わるんだったらあり得るけど。
「そんな顔しないでよ、聞いてみただけ」
そんなに僕は、嫌そうな顔をしていたのか。
見透かされてるみたいで少し恥ずかしくなったので、頬を触る。自覚が最近までは無かったのだが、恥ずかしくなった時の自分の癖だそうだ。姉に指摘され、気付いた。
「どう? お姉ちゃんの手料理のお味は?」
「嘘だ、これスーパーの惣菜だし」
「バレたかぁ……」
姉は、いつもニヘラと笑う。
茶化してるようなので、鼻につくがもう慣れた。
僕は、少し不機嫌になり、半目で姉を見つめる。すると、姉は、微笑んできた。
「何? 気持ち悪いよ……。」
「相変わらず毒舌だなぁ」
「あっそ、で、何でにやついてんの?」
「いやぁ、もう八年経ったかぁと、思ってさ」
「何が?」
「私が君を誘拐してから……」
「日にち覚えてたんだ」
「まぁね」
二人はしばらく黙る。僕は沈黙は好きじゃないので、静けさを打ち破る。
「今さら、警察に訴えないけど」
「そう、そりゃ良かった。警察にバレたら少年院満期行きだな、ハハッ」
「笑い事じゃないだろ」
「いっそ、記念日にしようか? 私と君が家族になった日」
「記念日だなんて、何で祝えるのさ、自分の初犯日を?」
「ケーキ食べれんじゃん、それに私、君の誕生日知らないし、それが新しい誕生日にしよう!」
「あっそ、もうどうにでもして」
~~~~~
軽く自己紹介しよう、私は現在19歳、普通の大学生。
特徴?
強いて言うなら、犯罪者と言うことだろうな。
全然内容が軽くないじゃないかって? 君、注文多いいなぁ……。
何やったんだ? って? 二人殺して子供一人誘拐してるよ。
あぁ、経緯ね。事件当時は、私は多分、10歳だったと思う。殺した二人は、昔自分が住んでいた家のお隣だったんだ。結婚はしてなかったけど、子供はいてね。やっぱり子育ては大変だったのか母親は、近頃子供に手を出し始めた。子供はまだ、小さいんだ。なのに、子供の叫び声は毎日毎日聞こえた。壁はそんなに薄くないのに、相当声がしていたよ。子供は、声はするけど家から出ない。まぁ、確実に虐待はされてたよね。
まぁ、それで五月蠅かったんだ。
だからあの家だけ燃やしたよ。
二人は殺したけど、何故か子供は気が引けたんだ。だから、誘拐した。
その母親が、火に包まれた時、私は子供を抱きかかえたんだけど、その瞬間母親が。
「あなたが今度こそその子を幸せにしてくれるの? しなかったら楽に死ねるとは思うなよ」
って、笑いながら言ったんだ。
その時、私は、やっぱり母親なんだなぁと思ったし、この人は私たちと同じ、バケモノじゃないなっておもったよ。
~~~~~
「まぁ、こんな感じかな。君を誘拐した事については。大体予想ついてたろ?」
「……」
僕は、答えられない。
(どうして今? なんで?)
そんな疑問が渦巻いているからだ。
ピラッと姉は、紙を出した。三人の女の性格や写真職業などが書いてある。
「何……これ」
酷くかすれた声が出た。
「君をこれから養ってくれそうな人さ。君はまだ戸籍も無い。小学校には行けなさそうだけど、中学校には行けるよ、勉強は私が教えたしね。これでやっと、君は普通の人になれるよ」
「いらねぇよっ!」
そんなの要らない、いつも通りで良い。
普通じゃなくても良い。
外に出れなくても良い。
学校に行かなくても良い。
貴方以外、僕のことを知らなくても良い。
貴方が、僕の親を殺したとしても良い。
だって……。
僕の家族は、貴方だけだから。
~~~~~
風が強く、寒い。最上階で、街を眺めながら思い返す。
結局喧嘩しちゃたなぁ……。
「僕の家族は、貴方だけだから、か……。それを奪ったのは私なんだけどね……。警察には、連絡したからもう大丈夫か」
まだ、戻れるんだぜ。君はさ。
でも、きっと私が戻れなくしてしまったから。君は、私を置いてけないからさ。
「だから、鎖は消えて。君を力尽くでも戻すよ」
身体が全体が、震えている。心臓もうるさい。
やっぱ、怖いな。
でも、駄目だ。
手の力を抜く。重心は傾く、髪はあらぶり、視界は夜空を映す。
(綺麗だな)
もしも、私に明日が来ないとすれば。
その時は、君に本当の家族の温かさを私の代わりに、知って欲しい。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.293 )
- 日時: 2018/11/16 19:53
- 名前: ヨモツカミ (ID: UjPZe.po)
>>夕月あいむさん
確か初参加ですよね、ありがとうございます! >>0をお読み頂けましたでしょうか?
一応、誰でも参加できます、小説練習がしたい方は誰でも来てね! という趣旨ではありますが、最低限ルールに従いながら書いていただきたいのです。
・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
という注意書きがあったと思うのですが、今回のお題「もしも、私に明日が来ないとすれば」の文を小説の一文目として、SSを書いて欲しかったんですよね……。
もしも、私に明日が来ないとすればウェイウェイヒャッホー!(※これはあくまで例文です)
というような具合に。
「こういったルールを守りながらどんな小説を書くか」という練習をする場なので、また今度参加いただけることがあったら気を付けてください!
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.294 )
- 日時: 2018/11/17 19:26
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: SVRTcOMs)
もしも、私に明日が来ないとすれば、きっとそれはいい事なんだろうと思うよ。そんなことを涼しい顔で言った石宮は、すぐにいつもの調子でニッコリと微笑んだ。右顔が伺えないほど伸びた前髪の下で、石宮が何を思っているのかは分からない。
より色を濃くした太陽が、街を一色に染め上げていく。後ろから追ってくる狂気や混沌、寂しさを飽和させた泥のような波から、少しだけ街を守っている。石宮も例外なく、冷たい風に暖かな光を受け、守られていた。立ち入り禁止の屋上から見える街は、坂の下に位置する海に向かって、段を成している。
「石宮は死にたいんだ」
口に出した死にたいなんて言葉は、思っていたよりも乾いていた。石宮は返事に困っているみたいで、印字が掘られた時計を、長く伸びた爪で引っ掻いている。それは石宮がよく見せる、不快の表現でもあった。
石宮永には語られない過去がある。そんな噂が影で潜む学園に、石宮永は孤独でいた。それなら死にたいと思ったところで不思議じゃない。誰かの消費者として生きるだけなら、死んでしまったほうがきっといい。心も身体も、誰かに捧げて過ごすだなんて。そんなのバカのすることだ。
石宮は静かだった。守られた街を襲った深い夜の中、石宮永は溶け込むように歩く。たまによろけるようにして壁へ向かうのを、何度か助けながら。いつもは明るく笑うくせに、今日だけは学園でもぶっきらぼうな様子で、一度も笑顔は見せなかった。
「なあ石宮、お前なんで海に行こうとしてんだよ。家、反対方向じゃんか」
石宮の家は学園よりも上にある。山の中に数軒の集落があり、その中の一つに石宮家が建てられている。それぞれ独立しているであろう部屋からの光が、薄らと外に漏れる程度に、家族関係は希薄化しているらしい。ある日笑いながら、なんてことなく話した石宮の表情が忘れられなかった。
幅の広い階段を大股で降りる石宮は、腕時計を外して手の中に収めているようだった。手の中にある時計の印字を、親指の爪で何度も引っ掻いている。きっとそれは石宮の癖なんだろう。無意識に不快な何かを感じて、対処しようとしている。癇癪を起こす子どもよりはマシかもしれないが、その内大変なことが起こるんじゃないかなんて考えが浮かんだ。
曲がりくねった道の先に、黒インクを落としたような海が広がっている。石宮が履くコンバースのスニーカーに、砂が絡まる。足は踏み出す度に砂に沈み、苦しそうだ。まるで全てを抑圧されていた頃の石宮を見ているようで、胸が痛む。しばらくしてようやく足跡が形で残る波打ち際へと着いた。普段運動をする機会が少ないのか、石宮はわずかに肩で息をしている。
乾燥しきっていそうな喉に粘度の高い唾を飲み込んだのか、眉がひそめられていた。不規則に足元を濡らす黒い波は、夜と同様に狂気と悲しみが混在している。けれど冷たさはなく、不思議と温もりを感じさせた。
「なあ石宮、松田のハゲが言ってだろ。夜の海は危ないから行かないようにって。波に攫われっぞ」
遊泳禁止区域のこの海では、昔から死亡事故が相次いでいる。そのせいで、昔は遊泳禁止でも栄えていたけれど、今は誰も来なくなった。来てもせいぜい地元のヤンキーか、怖いもの見たさの観光客だけ。だからこそ、なぜ石宮が海に来たのかが分からなかった。普段は寄り道もせずに家に帰るのに、今日に限って、海に来るなんて。どうして。
「石宮、早く帰ろうぜ。海ならまた明日とかさ、明後日でも来れるじゃんか。もっと明るい時間に来よう? な?」
ふくらはぎまで海に入った石宮は、夜と溶け合った境界線をぼんやりと見つめて、笑う。今までの誰に向けた笑顔よりも、美しく、きれいに。石宮は聞こえないふりをしているようで、俺に返事をしない。なあ、今日はだめだ。今日、お前はここに来たらだめなんだよ。ベルトまでも海水に浸け、やっと石宮は歩くのをやめた。
覆いかぶさった重たい雲は、石宮のために月を映す。やわらかく海風に、重たい前髪から、隠れていた薄茶の瞳が現れた。薄く細められた瞳。幻想的な様子にも見えた。
「北原に返すわね。この時計」
手の中に握られていた時計を、名残惜しそうに石宮が眺める。黒革のベルトはくたびれて、所々亀裂が入っていた。裏に施された"ultima forsan"の印字は、角が擦れた部分も見受けられる。白のダイアルをなぞるように、白の秒針は進んでいた。今この時も、石宮の時間を進めていく。
骨ばった長い指で、石宮がリュウズを引いた。長さを増したリュウズの代わりに、秒針は動きを止める。石宮のその動きを見る僕の心臓は、少しずつ大人しくなっていた。それは諦めにも似た気持ちが、僕の中でだんだんと大きくなっていたからだと思う。
石宮永には、語られない過去がある。二年前、クラスメイトの北原圭一が亡くなった。石宮の理解者だったらしく、家族関係から小さな悩み事まで話し合う仲だったらしい。性同一性障害なのよと打ち明けられた翌日から数日間、石宮は登校しなかった。なんとなく理由は分かっていた。
噂もすぐに広まった。石宮が殴られているのを見た、部屋に男連れ込んでるのがバレて勘当されかけてる、家を追い出されるらしい。根も葉もない噂が、僕の耳にも届いていた。聞いたところで石宮に対する評価は変わらないけれど、そうした噂は僕のところが終着のように、ほぼ毎日届いた。
数日経って投稿してきた石宮の頬には青黒いあざが、唇には切れ長の傷がかさぶたになっていた。心配されるのを鬱陶しそうになんてせず、興味本位で寄ってきたやつにも、石宮は笑う。久しぶりに見ても変わらない石宮と一緒に帰った。石宮の家に寄って帰らなければ、僕はきっと今も石宮の隣で笑っている。
止まった時間の中で思い出すのは酷い痛みと、痛みから解放される喜びばかりだ。あの日石宮を呪ってやろうと思った。忘れないように、お前が殺した僕を、どんな時でも思い出すように。深夜に連れ出されたこの海は、僕の大きな墓場で、石宮にとっては罪の塊だ。
ぱちゃん。
時計の盤面がぶつかったのかもしれない。意識は、もう意識なんてものもないけれど、走馬灯のような記憶が終わる。石宮はただ強く地平線の果てを見つめていた。
「北原のこと、忘れてないわよ。ちゃんとまた、隣に行くから」
いつ付けたのか、石宮の腕の真新しく黒いアナログ時計が月明かりに照らされる。海の底に落ちた僕の時計は動かない。波音に紛れる秒針の音は、石宮の時計から鳴る。満足気に岸に向かう背中を、ただ見つめることしか出来ないままだった。声をかけることも、歩く度に揺れる腕を掴むこともできない。
僕を置いていかないで、忘れないでほしいのに、行動することは出来なかった。望む明日がこないのなら、隣で笑う石宮に会えたんだろうか。岸に着いた石宮が闇に溶けるのを見て、そう感じた。
■メメント・モリ
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.295 )
- 日時: 2018/11/17 21:05
- 名前: 液晶の奥のどなたさま (ID: zcKDriw6)
もしも、私に明日が来ないとすれば、私に出来るのは今日に至るまでの昨日たちを遺すことだけだろうと思った。
私には父がいた。
父は何でも出来るが、手足らずで不器用だった。私が今住んでいるこの部屋は父が与えてくれたものだが、最初はとても殺風景で、灯りもなく、水瓶もなく、身を温める敷布一つもなかった。
私は物心ついた時から、そんな部屋に不満を抱いてきたものだ。見渡そうにも手元一つおぼつかず、暑さを覚えても水に浸ること能わず、寒さを覚えても身一つで耐え忍ばねばならぬ苦痛。父に恨みを抱いたことはないし、父のことは好きだったが、寂しい部屋に私を放り出したことだけは嫌いだった。
だから、私は不満を覚える度に父へ頼み事をした。夜の暗さに灯りを求め、夏の暑さに溺れぬ水を求め、冬の寒さに柔らかな敷布を求めた。父はそんな私の我儘にいつでも応えてくれた。夜が暗いと泣けばその目を開き、暑さが苦しいと伏せば涙し、寒さに凍えるときには諸手を盾に風を遮ってくれた。
思えば、私はそんな父の優しさに驕っていたのだろう。私は次第に部屋のあらゆるものが不満に思えてきた。窓に紗幕のないこと。灯りが自在にならぬこと。硬い床に布一枚で寝なければならぬこと。少しでも不愉快を起こせば私は癇癪し、父は何も言わずそれらに応え続けて下さった。
その時に気付けばよかったのだ。
父の目の白く濁った様、流す涙の鉄錆びた色、包む手の創痍なることに。
さすれば私は父を喪うこともなかった。
あくる時私は何時ものように父へ乞うた。いつもすぐに願いを聞き届けてくださった父は、その時だけ僅かに言い澱んだ。
私は重ねて乞い、父は尚も沈黙した。
更に重ねたとき、父は嘆息し、そして遂に願いを叶えて下さった。
その時、父は言った。一言一句覚えている。
「私のようにはなるなよ」
私は父のようになりたかった。何でも出来る父のように。そんな力が欲しかった。
そう願った私は、愛すべき伴侶を得た。
そして父は、それきり私の前に二度と姿を現すことはなかった。
私は今、まさに父と同じくなろうとしている。我が妻は隠れ、私も今そうなろうとしている。
私と妻が生んだ子らは、私達を求めることはしなかった。父の教えに従い、父のようにならぬような術を最初に授けたからだ。故に私は父のように身を削った果てに隠れるのではなく、ただ父のようにありたいと願った応えをここに見ているだけだ。
怖くはない。安らかな気分だった。父と同じくなれることがこんなにも幸せに思う。
子らはそう思うだろうか。思えるような子らであって欲しい。だが、
――――――
「私のようにはなるなよ」
父は、寂しそうに一つ微笑んで息を引き取った。
*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+
いぇーい四度目です
短いうえに陳腐でへたくそ
いやはや文から離れていたとはいえ
文力の低下をひしひしと感じる次第です
まこと申し訳ございません
今回もまた分かりにくい話なので
これのタイトルをば少し
ええっとですね
『失楽園』
ええと
うん
そゆことです
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.296 )
- 日時: 2018/11/18 10:27
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6Ok26KGE)
もしも、私に明日が来ないとしたら──と、ふとした瞬間に考えてしまうことが増えた。
肩で息をしながら、肌を伝う赤色をぼんやりと見つめた。手の甲の傷口から溢れ出て、色濃く線を残し、やがて薄まって朱色を引きながら、重力に従って落ちてゆく。
命の色に彩られた大地には、分厚い鋼に身を包んだ死骸が無数に横たわっている。それを避けることもせず、漆黒に身を包んだ人型は、少し歩きづらそうに踏みつけながら、私の側までやってきて、拍手を送った。
「いやあ、鮮やかな剣さばきだったよ。ばっさばっさと躊躇なく人を斬り付けて、薙ぎ倒してね。とどめを刺す瞬間のお前、ありゃあ悪魔と見間違うほどだったさ」
「悪魔はお前だろうが」
人に近い形をしているだけのそいつは、若い男の姿をしているくせに、老人のようにしゃがれた声で笑った。
悪魔の間で流行りのジョークだよ。と、楽しげに言うが、私にはあまり面白さが理解できない。彼ら悪魔と人間では、笑いのツボが少し違うらしい。
切っ先を地面に突き刺し、片膝を着いたままの私の手を引いて立たせると、悪魔は僅かに首を傾げてみせた。
「震えているな。俺達悪魔には気温とかよくわからないが、寒いのかい」
首を横に振ると、頬を伝っていた赤色がパタパタと地面に吸い込まれていった。
「怖いんだよ」
悪魔は目を瞬かせた。心を理解できない悪魔は、いつも私の感情の動きに興味を示す。
「剣が首筋を掠めて、でも、ほんの僅かに、ほんの一瞬でも私の反応が遅れていたら……どうなっていたのだろう、と。考えてしまうんだ」
「ほう。痛いのは、怖いことなのかい?」
「そうだな。深い傷を負うと、死んでしまうかもしれないから」
手の甲や、腕、肩。今回は浅い切り傷ができた程度だが、次に敵と相まみえたときにも、それで済むとは限らない。
震えた指先で、剣の柄を強く握る。震えは止まらなかった。
「死ぬのは、とても怖いことだよ」
当たり前に過ぎていく時間が終わる。そうすると、私はどうなってしまうのだろう。わからない。わからないから、怖い。
「わからんなあ。俺には分からんよ」
「そうだな。死という概念を持たぬお前にこんなことを話しても、意味などないか」
「でも、そうだなあ。俺は、寂しいよ」
今度は私が目を瞬かせる番だった。
悪魔は、本当に寂しそうな笑みを浮かべている。心を理解できないはずの悪魔が。どうして。
「お前が死んでしまえば、契約は終わり。お前との時間が終わっちまう」
「……そんなの、上級悪魔であるお前なら、またすぐに契約者が現れるだろう」
「お前みたいな楽しい奴にはもう、会えないよ」
悪魔は笑った。何処か、涙を堪えてる風にも見えた。
動揺を悟られないように、私も笑う。いつも悪魔が浮かべていた、嘲る顔を真似しながら。なんだかこれでは、私の方が悪魔みたいだ、とも思った。それでも構わないと思えた。国の裏切り者で、復讐のために悪魔に魂を売った私は、家族や仲間を殺してきた私は、もう既に悪魔と変わりないだろうから。
「なんだ。悪魔のくせに死を理解しているじゃないか。そう。死ねば時は止まる。もう明日は来ない。もう一緒に話せないし、一緒に笑えないし……一緒に、居られない」
言いながら、私は自分の胸元に手を当てた。痛む。傷はないのに、痛い。この痛みは苦手だ。どんな切り傷よりも真っ直ぐに、それでいて冷たく心臓を抉るから。
私は剣に付着していた汚れを指で拭き取って、鞘に収めた。知り合いの命の色は、私の指先をべっとりと汚して。なんだか、死して尚、すがりつくみたいに思えた。
国を裏切るのか? 我らを裏切るのか? 我が友よ、考え直してくれ、と。声もなく訴えかけてきている気がする。嫌な幻聴だ。それに手遅れなのだ。悪魔との契約は、もう私に帰る場所はいらないという意思表示なのだから。
指先から滴って、地に染み込んだ赤色を見つめながら、悪魔に語りかける。
「なあ、悪魔。お前が死なない存在でよかった。お前は、私を置いていったりしないからな」
「でも、お前はいつか死ぬから、俺を置いていくんだなあ」
しゃがれ声は、いつになくもの淋しげで、いやに私の心臓を冷たく突き刺してくる。
「……そんなの、寂しいな」
ぽつりと零れた悪魔の言葉に、私は思わず嘲笑の声を漏らした。
「おかしなことを言う。私が死ねば、私の魂が手に入る。お前の目的はそれだろう?」
私の心を弄んで楽しんでいるのだろう。悪魔には、感情なんてないのだから。
きっとこの性格の悪い悪魔は、私といるうちに覚えたその表情で、その仕草で、私を惑わせて楽しんでいる。そうに決まっている。
きっとそう。
悪魔の頬を伝う、色のない血の意味など、私にはわからなかった。
ただ、もう一度。傷もないのに胸が痛んだ。
***
*知らないままで痛かった
誰よりも臆病な復讐者と、心を理解できないはずの悪魔の話。
「血」という言葉を使うのは最後の悪魔の涙だけで、血っていうのは、生物の生きてる証だと思うので、そう考えると悪魔という存在と私の関係がいとをかし。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.297 )
- 日時: 2018/11/18 22:20
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: YX7bHUiE)
>>288→おにおんぐらたんさん
初めまして、参加ありがとうございます。
光希は僕から暴力を振るわれていたのかな、と読みながら思いましたが、合っていますか……?
二人の関係性とか、今の場面というか。本物の光希と、イメージの中の光希とがいるのかな、とか考えながら読ませていただきました。
解釈と言いますか、こんなイメージでしたよっていうのがありましたら、教えていただけると嬉しいです(ω)
次回のご参加もお待ちしています。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.298 )
- 日時: 2018/11/19 01:00
- 名前: 杜翠 (ID: 5B9fCoSA)
初参加、失礼します。
初めてなので、ルール違反等がよく分からないので、もしありましたら教えてくだされば嬉しいです。
スマホの機種のせいかは分かりませんが、改行が出来ないことがあります。
もしも、私に明日が来ないとすれば、それは面白いことね。
君が突然そんなことを言うから、あぁ、そうだね。なんて言葉に俺は答えた。
もう聞いてた?と君が少し拗ねたように、それでいて何処か嬉しそうに顔を覗きこんで来るから、俺は顔を少し後ろに引いた。
本当に君は距離感がおかしい。
「明日っていう概念が、きっと私の邪魔をしているのよ。明日っていうのはね、つまり次に見える景色なのに私にはその景色がちっとも見えないわ。貴方には見えてるのに」
「俺にも見えねぇよ、そんなもの」
俺が引いた顔を戻しながら、返した。さっきは嬉々とした表情で拗ねていたのが、今は本当に拗ねているようだ。
眉毛の両端が少しだけつり上がっている。本当に拗ねたときの君の癖だ。
まぁ、君は知らないだろうけど。
「いいよね、貴方は。見えるんだもの、明日の景色が。ねぇ教えて?明日ってどんな景色?」
「どんなって……、あんまり良いもんじゃあねえな」
「本当に?」
「聞いて極楽見て地獄」
「私、見たことないから分からないわ。生まれてこのかた聞いたことしか無いんだもの」
首を傾げながら、少し君は笑った。
機嫌は直ったようだ。
俺は窓から月を眺めた。
赤々しく輝く、醜い月だった。
「ねぇ、月ってどんな景色?」
「……思ったよりも綺麗じゃねえな」
「ふーん」
ゆったりと時は流れた。
気付けば君は俺の肩に頭を預け眠っていた。
「いいなお前は、こんなに醜い世界を見なくていいんだからよ」
そっと君の瞼を開けると、白濁した美しい瞳が少しだけ見えた。
君は少し唸ったが起きはしなかった。
「明日なんて、俺にも見えねぇよ。ただ生きていくだけさ、明日が来なくてもな」
俺は、君を抱き寄せて寝た。
盲目の君は、この醜い世界の美しい音しか聞こえないだろう?
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.299 )
- 日時: 2018/11/23 20:30
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: IzJ6gA3g)
>>298→社翆さん
初参加ありがとうございます。今回の投稿でルールを守れていないということもありませんので、気にされなくて大丈夫ですよ(ω)
今後何かありました場合には、お伝えさせていただきますね。
改行等に関しましても、お気になさらずに書いていただければと思います~。
*
細かな感想等に関しては後日。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.300 )
- 日時: 2018/11/23 22:31
- 名前: 月 灯り (ID: KK90tQ1U)
もしも、私に明日が来ないとすればーー
突然放たれた言葉。あの日の彼女が言った言葉。
彼女は振り返って言った。高い位置で結んだ髪がふわり、と揺れる。
「え、何急に」
俺は驚いて聞き返す。
「……」
それなのに彼女は先を続けようとしない。
「……」
俺には急かすつもりも追及するつもりもないから、妙な沈黙が続く。
「部屋、片付けといてよ」
「……は?」
「聞こえなかったの? 部屋、」
「待って、聞こえたけど、どうした?」
わけのわからないことを言われて動揺する俺とは裏腹に、彼女は涼しげな顔で空を見上げている。
快晴。ほとんど雲がない、青い空が彼女の瞳にはたぶん映っている。
「そうだなぁ……、なんとなく、かな」
「なんなんだよ……」
ますます意味がわからない。俺は時々こうして彼女の気まぐれに付き合わされる。
「それっ!」
突然水が降ってくる。彼女がホースの口をこちらに向けていた。そこからは勢いよく水が噴き出している。
「谷川!」
「あはは!」
俺たちは春休みの水やり当番という、謎の係を押し付けられ、学校が休みにもかかわらずこうして花に水をあげているのだった。
「暑いでしょ?」
「そんなわけあるか! 三月の最終日!! 春!!」
たとえいくら暑くても、水をかぶるほどではない。
「見て見てー! 虹ー!!」
あはっ、と楽しそうに笑う谷川を見てると、こちらの口もとも思わずゆるむ。水をかけられたのは不本意ではあるが。
いつもと変わらない、日常。
「ねぇ、田中ー」
「何?」
「海行こうよー、海」
「海?」
谷川は、のんびりした調子でおかしなことを言う。こんな春先に海だなんて。
「寒いと思うけど」
「いいの、いいの! 最後に田中と行きたいじゃん」
「最後って、まださっきの冗談続けるつもり?」
「砂浜で寝転ぶだけでいいから!」
「人の話聞けよー」
俺はわざとらしく片手を額に当てて言う。
「ははは、ごめんね。冗談じゃないよ」
「冗談じゃないって……まさか、早まるなよ!?」
「別に死んだりしないから、安心して」
「本当に?」
こういうことを言う時の谷川は信用できない。安心も、もちろんできない。できないけど……。
「もー、心配性だなぁ。今日一日見張っとく?」
「いや、それはちょっと……」
「でしょ? じゃあ、今日の夜11時、そこの砂浜に集合」
彼女は数十メートル先を指差す。そこには果てのない青い海が広がっていた。
「夜? 今昼前だけど?」
「いいでしょ、たまには私のわがままにも付き合いなさい」
「いやいや、いつも振り回されてますけど」
「じゃあ習慣ってことでいいじゃん。規則正しい! 最高!」
「……」
はぁ。俺はため息をつく。彼女とのこんな日常はいつまでも続きそうだ。
「やあ。よく来たね」
砂浜に着くと、先にいた谷川が右手を少しあげるだけの挨拶をした。
「よく言うよ。谷川が来いって言ったくせに」
「そうだったね」
そう言って彼女は海の遠くを見た。地平線を眺めているらしかった。
「……で? こんな夜に呼び出してどうしたの? 親御さんは心配しない?」
「親は大丈夫。だから言ってるでしょ、田中と海来たかっただけだよ」
谷川は俺の目を見ない。嘘をつくときはいつもそうだ。たぶん何か隠してる。
「こんな夜じゃなくてもよくない? 寒いよ」
「田中は寒がりだもんね。男のくせに」
「るせっ」
「あー、田中が寒すぎて震えてて私がマフラー貸したことあったなぁ」
「……忘れてくれ……」
思いだしたくない恥を掘り返される。やめてくれ……。
思い出話をするうちに、いつのまにか俺たちは砂浜に寝そべって空を見上げていた。うっすらと雲が浮かぶ空に、星がぽつぽつと見える。
「田中ー、私、一人暮らしなんだ」
「え? 初耳!?」
突然の告白に驚く。隠していたことはこれか? いや、たぶん違う。たぶん。
「だって言ったことないもーん。あのさ、鍵、預けとくから"部屋、片付けといて"」
彼女はあの時の言葉を強調して言う。
「……ねぇ、谷川。何か隠してない?」
俺は鍵を受け取って、ゆっくりと彼女の目を見て言った。
「…………やっぱ、わかっちゃうかー。田中には」
彼女は少しだけ考えて、こう言った。
「記念写真撮ってよ」
「は? 写真?」
「うん、写真。それでさ、私のこと忘れないでいてよ」
「……どういうこと?」
「お願い。12時になるまでに」
俺は、谷川の切実なお願いをさすがに無下にすることは出来ず、しぶしぶ写真を一枚撮る。時計の針は12時1分前だった。
「田中笑ってない! もう一枚! 早く!!」
言われるがままに急いでもう一枚撮る。撮れた写真を確認すると、笑えと言った張本人は泣いていた。
「谷川、なんで泣いーー」
ばいばい、田中。
そう、隣で彼女がつぶやいた。
「え……?」
隣に、彼女の姿はもう、なかったんだ。
俺は走っていた。鍵を握りしめて。砂に足を取られてうまく走れない。俺はたぶん泣いていた。あんまり覚えてないんだ。
谷川の家は片付いていた。むしろ、片付けるものなどほとんど存在しない。俺はおもむろに学習机に近づいて、椅子に座った。
「谷川……」
どこいったんだ。
俺は、ふと気づいた。この部屋に、何か手がかりがあるのかもしれない。俺は早速、片っ端から引き出しを開ける。そこには何も入ってなかった。たった一つを除いて。
20◯◯年 高校2年生(3回目)
それは、こんなタイトルの日記だった。
俺はノートの表紙をめくる。
友人Tに贈る。
4月10日
今年は女の子の友達を作ることは諦めた。2回やって気づいたけど、私には向いていないようだ。そこで、今年は前の席のTというやつに話しかけてみた。結構おもしろいやつ。仲良くなれそう。
これ、俺のことじゃん。Tって……。さらに何枚かページをめくる。日記は毎日書いていたようだ。
7月23日
友人Tがばかすぎて補習にかかった。一緒に遊べる日数が減るじゃんか。え? 私? さすがに高2を3回やれば学年トップだよね〜。
3月31日
今日は友人Tともお別れだ。今までで一番楽しかった。寂しいけど、どうしようもないから。私は、永遠に17歳から抜け出せない。だから、次も君と友達になろう。
今まで一年間、本当に、本当に、ありがとう。
涙で滲んで乾いたインクが、再び、ゆがんだ。
Re: 第10回 鎌鼬に添へて、【小説練習】 ( No.301 )
- 日時: 2018/11/28 22:36
- 名前: 脳内クレイジーガール◆0RbUzIT0To (ID: DwUC3j0g)
もしも、私に明日が来ないとすれば、君は私の最期の日を一緒に過ごしてくれる? ひなたがそう言って笑った後、少しだけ長い溜息をついて、こちらをちらっと見て、そして軽く顔を伏せた。俺に求めた答えを、俺自身はしっかりわかっていて、だからあえて「わかんない」と曖昧な返事をした。ひなたの望む答えをわざと言わなかったのは、彼女に傷ついてほしくなかったからだ。
「ひなたは死なないから、そんな質問は不必要だよ」
俺が煙草の煙を吐きながら、ベンチに腰掛けたひなたに声をかける。彼女はまた軽く笑って「そうだね」と相槌を打った。
「突然変な質問してくんなよ、白けるじゃん」
「そうだね。ほんと、ごめんね」
六月の雨はうざったるくて嫌いだと思った。屋根に当たった雨粒が痛々しい音を響かせて、雫は水たまりの一部に変化する。ベンチも雨に直には触れてなかろうと湿気で少しだけ色が濃くなっていて、ちょっと寒いねとひなたがぼそっと呟いた。そうだな、と俺は煙草の火を消して灰皿に捨てた後にネクタイを外してカバンの中に突っ込んだ。
「礼服なんてお前ちゃんと持ってたんだな。意外だった」
「失礼だなあ。そういうのはちゃんと揃えてたほうがいいって、舞ちゃんが一緒に買うの付き合ってくれて」
「へえ」
「一番にこの服着るのは舞ちゃんの結婚式の時かもねって、そう言ってたのに、」
初めてひなたが礼服を着たのは、舞の葬式の日だった。
笑いながらもひなたの表情は固まっていて、声も少しだけ震えていた。
舞のことが好きだと俺に突っかかってきた学生時代を思い出して、俺たちの婚約を悔しがりながらも喜んでくれた先週のことを思い出して、葬式中に号泣したひなたの姿を思い出す。
雨音はどんどんと喧しくなっていって、それがまるで悲鳴のように聞こえ始めた。
「好きだったの、初恋だったの。どうしても離れたくなかった」
「うん」
「友達でもいいと思った。それ以上になりたいって、そんなの我儘だと思った」
「うん」
「君はどうして、そんな、どう、して、悲しくないの?」
悲しいよ、と俺はひなたに応える。だって、五年も付き合った、もうすぐ結婚するはずの人だったんだから。きっと、悲しいはずだ。俺は、舞の死をきっと悲しんでいるはずだ。
思い込もうとしている時点で自分がとても無慈悲な男だと気づいてしまう。だって、俺は舞のことが「好き」だったわけじゃないんだから。
好きなんだ、と舞に告白された日のこと、舞は笑って言った。ひなたはあたしのことが好きだから諦めたほうがいいよ、と。
舞はとても頭のいい女だった。鎖みたいに雁字搦めになった俺らの三角関係を無理やり壊した。
「あなたは永遠にひなたには好きになってもらえないの。いい加減、わかりなよ」
ベッドの上で鏡を片手に真紅の口紅を塗りながら舞は言った。俺には選択肢はなかった。
ひなたは永遠にあなたのものにはならないのよ。私が死んだとしても。
舞がそう言って俺にキスをしたあと、家を出て行って、そして事故にあって死んだ。ブレーキペダルとアクセルペダルを間違えたらしい。壁に突っ込んで即死だったらしい。よくテレビのニュースでそういう事故を聞いたりはしてたけど、そんなのやんないよねって舞はよく笑っていた。だから、不注意の事故と警察から言われても、俺はどうしても「自殺」という考えを捨てられなかった。
ひなたにもしも、明日がないとすれば、俺はきっと彼女に告白するだろう。
薄情な男だと思われようと、長年の彼女への想いを全部吐き散らして、そして失恋するだろう。
でも俺はちゃんとわかっているよ。ひなたが望む俺の答えを。
もし、ひなたが明日死ぬならば俺はきっと舞を彼女に返さなきゃいけない。彼女には、舞しかいないから。利用されていることを知らないひなたは、きっとずっとこの先も舞のことを一途に愛すのだろう。でも、俺は時々思うんだ。舞のことを好きな君は、すべてを知っていて、それでも舞のことを愛してるんじゃないかって。
すべては憶測。そしてひなたが明日、この世界からいなくなるわけでもない。
ただ、俺たちの中心だった舞は、もうこの世界にはいない。ただ、それだけだ。
***
お久しぶりです脳内クレイジーガールです。二回目の投稿です。
一方通行の三角関係で、全員自分のことが好きな人が分かっていて、あえて黙っているというのはとても切ないなってそんなお話です。
素敵なお題をありがとうございました。楽しかったです。あさぎちゃん、ヨモツカミ様、これからも運営頑張ってください。
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