雑談掲示板
- 【開催】第14回 紅蓮祭に添へて、【小説練習】
- 日時: 2022/06/18 14:16
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: bC2quZIk)
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執筆前に必ず目を通してください:>>126
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■第14回 紅蓮祭を添へて、 / 期間:令和4年6月18日~令和4年7月31日
白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
□ようこそ、こちら小説練習スレと銘打っています。
□主旨
・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
・内容、ジャンルに関して指定はありません。
・練習、ですので、普段書かないジャンルに気軽に手を出して頂けると嬉しいです。
・投稿するだけ有り、雑談(可能なら作品や、小説の話)も可です。
・講評メインではありません、想像力や書き方の練習等、参加者各位の技術を盗み合ってもらいたいです。
□注意
・始まりの一文は、改変・自己解釈等による文の差し替えを行わないでください。
・他者を貶める発言や荒らしに関してはスルーお願いします。対応はスレ主が行います。
・不定期にお題となる一文が変わります。
・一作品あたり500文字以上の執筆はお願いします。上限は3レスまでです。
・開始時と終了時には「必ず」告知致します。19時から20時を目安にお待ちください。
・当スレッドのお題を他所スレッドで用いる際には、必ずご一報ください。
□お暇な時に、SSのような形でご参加いただければと思います。
■目次
▶︎第1回 氷菓子を添へて、:今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
>>040 第1回参加者まとめ
▷第2回 邂逅を添へて、:彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
>>072 第2回参加者まとめ
▶︎第3回 賞賛を添へて、:「問おう、君の勇気を」
>>119 第3回参加者まとめ
▷第4回目 袖時雨を添へて、:手紙は何日も前から書き始めていた。
>>158 第4回参加者まとめ
▶︎第5回 絢爛を添へて、:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
>>184 第5回参加者まとめ
▷第6回 せせらぎに添へて、:名前も知らないのに、
>>227 第6回参加者まとめ
▶︎第7回 硝子玉を添へて、:笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
>>259 第7回参加者まとめ
▷第8回 一匙の冀望を添へて、:平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
>>276 第8回参加者まとめ
▶︎第9回 喝采に添へて、:一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから
>>285 第9回参加者まとめ
▷第10回 鎌鼬に添へて、:もしも、私に明日が来ないとしたら
>>306 第10回参加者まとめ
▶︎第11回 狂い咲きに添へて、:凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。
>>315 第11回参加者まとめ
▷第12回 玉響と添へて、:――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
>>322 第12回参加者まとめ
▶第13回 瓶覗きを添へて、:赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
>>325 アロンアルファさん
>>326 友桃さん
>>328 黒崎加奈さん
>>329 メデューサさん
>>331 ヨモツカミ
>>332 脳内クレイジーガールさん
▷第14回 紅蓮祭に添へて、:白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
▼第n回目:そこにナマコが置いてあった。
(エイプリルフール企画/投稿期間:平成30年4月1日のみ)
>>156 悪意のナマコ星さん
>>157 東谷新翠さん
>>240 霧滝味噌ぎんさん
□何かありましたらご連絡ください。
→Twitter:@soete_kkkinfo
□(敬称略)
企画原案:ヨモツカミ、なつぞら
運営管理:浅葱、ヨモツカミ
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Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.188 )
- 日時: 2018/05/22 00:22
- 名前: パ行変格活用 (ID: qA0FB09k)
名前も知らないのに、私は「その子」をじいっと見ていた。
日曜の午後、急にお仕事が休みになったママが、ショッピングセンターに連れて行ってくれることになった。初めて目にする大きな大きな建物、力一杯見上げても一番上が見えない立体駐車場。その中には黒、白、赤、青っていろんな色が並んでいる。車には顔がある、ママが乗ってる車は、目が尖ってて、何だか怒っているみたい。腕を引かれて歩きながら、あの車は目が丸くて笑ってる、あの車はママのとそっくり、怒ってるってはしゃいでいたら、うるさいって何時ものように頭を叩かれた。それを見ていた、おばさん達が何かをヒソヒソと喋っていた気がするけれど、私はママとお出かけができることが幸せなんだ。でもその幸せなんか、全部吹っ飛んでしまうくらいー-ーー、私は「その子」に目を奪われた。
笑っても怒ってもいない、なあんにも浮かんでいない顔。ママが「キャバクラ」っていう仕事に行くときに着るみたいな、綺麗なドレス。長い睫毛、パッチリ開いた目、ピンクのパッケージ。四階のおもちゃ売り場を歩いていた時、私と「その子」は目が合った。ちょうど、私の手に取れる位置にいてくれた。手を伸ばす。指が震えるのを感じた。きれい、きれい。まっすぐで腰まである長い髪、真っ白なドレスには、皺ひとつない。両手に置いて眺めた。「その子」はプラスチックのパッケージ越しにいる。もっと近づきたい、肌に触れてみたい。私は、保育園に行ったことがない。お友達って、こんな感じなのかな。この子が居てくれたら、ママがキャバクラへ出かけて行く夜も寂しくないのに。ねえ、私とお友達になろうよ。箱の中の「その子」に言う。返答はない。無いのは、きっと口元までテープで板に固定されているから。箱の中に入ってしまった私の友達を、早く、私が助けてあげなくちゃ!
セロハンテープを剥がした。箱はぱかりと空いたが、私はどうしても、一刻も早く「その子」に会いたかった、ので、包装ごとぐちゃぐちゃに引き剥がした。初めて髪の毛に触れた。艶やかで、柔らかくて、三日もお風呂に入れてもらえない私とは大違いだった。顔や服を固定して居たテープも無理に引きちぎる、早くその肌に触れたいから。シワ一つ無いドレスを、触った時には感嘆の声が漏れた。わあ、すごい。お姫様みたい、私の友達はお姫様だ。とても小さいお友達の、小さな手を握ってみる。冷たい、けれど、ママが怒った時、私の頭にかけてくる水よりは、あったかい。そのまま私はお友達を手の上に乗せた。ドレスってこんな手触りなんだ。歩きにくくないんだろうか? と思いながら、その長いドレスを引っ張ったり撫でたりしてみた。私も将来ママみたいになれたら、こんな可愛い服を着れるのかな。どきどきしながら、ドレスの裾を上げて行く。私のお友達は、お姫様なのにちゃあんとドレスの下に足があったし、下着もつけて居た。友達。小さいけれど、あなたは今日から私の大事な友達! 嬉しくなって私は、お友達と不恰好に手を繋いで、このおもちゃコーナーを歩いて回ろうとした。ああ、なんて今日はいい日なんだろう。周りのみんなも、私たちを見ている。でも、次第に気づき始める、それは初めてお友達ができた私を、一緒に喜んでくれる目ではなくて、あんなお母さんの元に生まれてかわいそう、なんて言ってきた、あの人達の目。思わず私は叫んだ、お友達と一緒に。もうママに置いていかれて泣いている、ひとりぼっちの私じゃないんだ。
「違う、私はかわいそうじゃない! ママもいるし、お友達もいる! 私はかわいそうじゃない、私は、保育園に行ってないのにお友達ができたの!」
日曜のショッピングセンターともなれば、まあまあそれなりに混んでいる。ママと、パパと一緒におもちゃコーナーにいた男の子達は、逃げるように私から遠ざかって行く。二人組の女の子が、「見て、あの子、リカちゃんがお友達なんだって」と笑っている。
首から何か四角いものをぶら下げたおじさんが、私に優しい声で話しかけてきた。ママはどこにいるかって、とりあえず、お人形はレジの人に預けておいて、迷子センターに連れて行くからついて来てって。もうすぐ、ママに会えるからおいでって言った。私は最後までお友達の手を話さなかったが、おじさんが面倒そうに放った舌打ちがママみたいで、怖くなって、私はその場でお友達の手を離してしまった。人形は床に転がる。
『あー、すいません、すいません、うちのクソガキが。あ、え? あたし? あ、今パチ屋出るとこです。ご迷惑おかけしました、すいませーん』
おもちゃコーナーはあんなにきらびやかだったのに、迷子の子供を預けておく部屋は無機質だ。電話越しにママの声が聞こえる。おじさんは、とがめもせずに、ここの場所と、あと「お友達」の賠償料金を申し訳なさそうに言った。
私は、スカートの裾を握りしめている。
こんにちは!パ行変格活用です!パ変って呼んでください。
やっと時間が取れたので前々から興味のあったスレッドに参加させていただきました( ´∀`)
運営の皆さん、この場を用意してくださり本当にありがとうございます!パ変でした。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.189 )
- 日時: 2018/05/23 01:48
- 名前: 半家毛 剛 (ID: /9ty8.v2)
名前も知らないのに、私は、胸の高鳴りを確かに覚えていた。
天を見事に貫きそうなほどに高く伸びたその姿。カッコよく、お洒落な帽子のように決まったカサ。そして何よりの決め手は、私の食欲。
良い食材がないか、ゴキブリの勢いで家の中を這い蹲る程のやる気でスーパーを巡っていた甲斐があった。ゴキブリって凄いんだな。
「やだ何これ……美味しそう……!」
私はじゅるりと文字通り涎を不衛生極まりないにも垂らしながらそれに近づく。森の匂いがこびりついていて、それが新鮮であることを語っている。それが入ったトレイにナイロンが抱きつくようにキツく巻かれているにもかかわらず、だ。目利きのない私でもこれは当たりだ、と女の勘が働いたのだ。
「え……おま、キノコ?」
「そうよ! キノコ! もー、私ね、このキノコに口説かれちゃったの!! 太郎、今日の夕食はキノコの肉詰めよ」
それ、の正体は逞しいキノコだ。変な意味ではない。食材のキノコだ。さっきも言ったが、このキノコは素晴らしい太さと長さを兼ね備え、良い反り具合を示していた。私たちが求める理想に見合っていた。靴がフィットしている感じに近い。
私の隣では、私の彼氏、いや、悲しくもパシリ要因となってしまった太郎が買い物カゴを持ったまま唖然としていた。というより引いている様子だ。私の提案するキノコの肉詰めよりもピーマンの肉詰めの方が良いわとボヤいている様子である。男のくせに大人気ない。
私たちは珍しくキノコを大人買い……いえ、爆買いした。キノコが商品棚から無くなっていく様を見て青白い顔色になっていく太郎を尻目に、私は「このキノコは美味しいに違いない。私の頭と勘を信用しなさい」と無理矢理言いくるめてやった。私たちの買い物カゴからキノコが生えているのではというぐらいにキノコがカゴに入っていた。キノコの大群さながらであり、キノコが私たち、もしかしたら私だけにかもしれないが挨拶をしているようだ。ほら、キノコって会釈程度はできそうじゃん?
そのまま私たちは肉コーナーに移動して、キノコいっぱいいっぱいのカゴに無理矢理ひき肉を詰め込んだ。因みに、ひき肉へのこだわりは一切ない。だって私は今、この逞しいキノコに恋をしているのだから。
キノコの山を見て満足気に微笑む女と青白い顔でカゴを持つ男の図は、アンバランスの象徴だろうと自分でも思う。現に今、客たちの目は束ねられた糸のように私たち二人に引き寄せられているのがひしひしと伝わるからだ。
「おい花子……まじかよ」
レジの支払い途中、太郎がため息をつきながら言った。精算機が映す商品名がキノコに染まっている。それは、バグを起こしたのではと疑われるほどだと思う。
レジの人が金額を告げ、私は支払い金額ぴったりに支払った。袋がキノコいっぱいのものも何個か出来てしまった。
「おい花子……まじかよ」
レジの支払い途中、太郎がため息をつきながら言った。精算機が映す商品名がキノコに染まっている。それは、バグを起こしたのではと疑われるほどだと思う。
レジの人が金額を告げ、私は支払い金額ぴったりに支払った。袋がキノコいっぱいのものも何個か出来てしまった。キノコの重さを両手に感じられるのが嬉しい。
***
結局、そのキノコが美味しかったかと言われると微妙なラインではあった。ただ、気に入りはしなかったのだろう、その男女が例のスーパーにキノコを買いに来ることは一生涯無かった。
キノコが一瞬にして無くなった例のスーパーはキノコがバカに売れたと異常なキノコの量を仕入れたが、例の男女が買いに来ることもなくいつも通りの売り上げに戻った為に失敗した。代わりに、そのスーパー一帯にはキノコ魔人カップルという名のオカルトのようなものが広まり有名にはなったそうだ。
***
「おい花子! 花子が一推ししてた割には不味くねこのキノコ」
「そうね! 失敗しちゃったわ、次からは買わないようにしましょ!」
私たちは泣く泣く、一気に調理したキノコを食べた。その時は不味いと叩いて、次からは買わないと宣言した。値段もかなり張ってて、高級よりだったから尚更損をした気分だった。
しかし、私は気付いてしまった。あの時、私が調味料を間違えていたことに。
*
初めまして!
半家毛 剛(はげも つよし)と申します! 楽しかったです。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.190 )
- 日時: 2018/05/23 22:11
- 名前: ヨモツカミ (ID: RqAVshZA)
名前も知らないのに、きれいだね、と言う。
数メートル先を征く少年は、聞こえた声に振り返ってから、ようやく自分が1人で歩いていたことを知ったらしい。5歩分ほど後ろで立ち止まって、道に咲いた花を見つめるわたしを、半ば呆れたように見ているから、少しだけ申し訳なくなる。
そのまま先に行ってしまうわけにも行かない彼は、わたしの側まで近寄ってきて、それから深く溜息をついた。
「君さあ、そんなことしてるから皆とはぐれるんだよ? わかってる? 鳥を追いかけてたら迷子になったなんて聞いたときは、ホントに馬鹿なんじゃないかと思ったよ」
というか馬鹿でしょ、と彼は更に追い打ちをかけるようにぼやいた。
わたしと殆ど歳は変わらないはずだし、身長だって親指の先っぽ程度しか変わらないのに、少年は上から目線でそんなことを言ってくる。ムッとして、彼の幼い顔立ちを睨もうとしたけれど、実際わたしが鳥を追いかけて迷子になって、仲間達皆で捜索して、やっと彼が見つけてくれたのだ。完全にわたしが悪いし、馬鹿なのも事実なので何も言い返せない。
眉を下げて、肩を竦めながらごめんなさい、と返すしかなかった。
けれど彼は腰に手を当てて、少し冷たい声で言う。
「僕に対するごめんなさいはさっき聞いた。何度も謝ればいいって話じゃなくて、君がちゃんと反省することに意味があるんだよ? だから、今君がしなくちゃいけない事は、無事に皆のところに帰って、みんなを安心させて、それからちゃんと謝ることだ。いいね?」
仲間達がとても心配していた、という話は、彼に見つけてもらったときに聞かされた。わたしがいなくなったと気付いた彼らが大慌てで捜しに出てくれたらしい。その事実に、きゅっと胸が痛む。
小さく頷いて項垂れるわたしを見つめて、彼がもう一度深く息を吐きながら、今度は少し優しげな声で問う。
「なんで鳥なんか追いかけたの」
「青い、きれいなトリだったの。見つけたらしあわせになれるって、前きいたから……」
「追っかけてどうするつもりだったのさ。投石でもして撃ち落とす気だった?」
「そんなかわいそうなことしない。ただ、ハネを……」
「毟り取る気だったの?」
そんな酷いこと、もっと考え付きもしなかった。慌てて首を横に振って否定する。あんまりに激しく振りすぎて、自分の真っ赤な長い髪の毛が顔をベチベチと叩く。
確かにわたしはどうしたかったのだろう。あんなに綺麗な鳥は初めて見た。だからって、考えなしに喜び、舞い上がって、皆と一緒にそれを分かち合いたくて、追いかけて。でも、その結果迷子になって、心配をかけてしまった。
掌を強く握り締めて、唇を噛み締める。戻ったら、皆はどんな顔してわたしを迎えるだろう。
「わかんない。でも、ごめんなさい」
返事は無かった。
顔を上げるのが怖くて、わたしはしばらく足元の砂利を見つめていたけれど、彼の影が揺らめいたのが見えた。何だろうと思って視線を上げると、少年の手がにょきりと伸びて来て、わたしの頬を摘む。ほっぺを引き千切られる! そう思ってキュッと目を瞑った。
でも、いつまで経っても警戒した痛みが頬を襲うことはなく、軽く摘まれた頬を緩く引っ張られた程度だった。
恐る恐る少年の顔を見ると、優しい笑顔が浮かべられていた。
「青い羽根があれは幸せになれるから。皆に幸せになってほしかった……とか。そんなところだろ? 馬鹿だけど優しいね、君は」
「…………」
どうしてだろう。彼の笑顔が、何処か悲しそうにも見えたのは。
そういえば、彼がわたしを見つけたとき、一瞬だけとても怖い顔をしていたのを思い出した。怖いと言っても、怒っているのとは違う。あの氷のような眼差しは、敵に向けるときのものによく似ていて。敵というよりも、もっと──。でも本当に束の間の事で、わたしと目があった瞬間には、さっきのような悲しそうな笑顔に変わっていた。
あれはどういう意味だったのだろう。
戸惑うわたしを他所に、頬を弄んでいた彼が、そのまま道脇に咲いた花に視線を落としたので、わたしもつられて花を見る。ラッパ形の薄くて優しい青色をした花だ。寄り添うように5輪で固まって咲いていた。近くに同じ花が咲いているということはないので、群れて咲いてるはずなのに、寂しそうに見える。
「これ、リンドウっていうんだよ」
ちょっと驚いて、目を瞬かせた。彼が花に詳しいなんて、少し意外だったのだ。ものしりだね、と感心したように伝えれば、彼はそれを首を振って否定する。
「偶々知ってたんだ。僕も好きだから、この花」
わたしの頬から手を離すと、少年は花の側に屈み込んで、軽く花弁を撫でる。ぼんやりと、何処か遠くに視線を彷徨わせながら。なんだか、懐かしんでいるように見えた。
それから此方に顔だけ向けて、摘んでく? と、短く訊ねてきた。
「ううん。お花だって生きてるんだから、かわいそう」
そ。短く返して、彼は緩慢な動きで立ち上がって、先に進もうとした。けれど、一歩踏み出してからちょっと固まって、わたしの顔をじっと見つめてくる。
彼が何をしたいのかわからないわたしは、目を瞬かせて首を傾げてみせる。どうしたの、と声をかけると、少し迷うように視線を彷徨わせたあと、彼はわたしの手を緩く握りしめてきた。あまり暖かくない手の平だった。日が落ちて、少し冷えてきたから。わたしを探し回っている間に、彼の手も冷えてしまったのかもしれない。
「もうはぐれないように。また気になるもの見つけたら、立ち止まってもいいから」
ちょっと照れ臭そうに目を伏せながら彼はそう言った。ああそっか。手の冷たいヒトは優しいんだって、仲間たちに聞いたことがあったのを思い出す。この温度が、彼の性格をよく表していた。
離さないように握り返して、わたしは笑いかける。
「ありがと」
彼は緩く口角を上げて、わたしの手を引いた。
彼が一瞬だって氷よりも冷たい目をした理由も、すぐに悲しそうに笑った意味も、わたしは本当は知っていたかもしれない。あの目は殺意。あの笑顔は迷いと、優しさ。彼はきっと、わたしや仲間たちに言えない、どす黒くこびり着いた何かを背負っている。でもそれを共有することはできないのだろう。誰だって抱えているんだ。わたしたち、人間じゃないから。
皮膚と皮膚の隙間から、誰にも言えない苦痛が溢れてしまわないように、体中に縫い合せの跡をいっぱい隠したわたしたちは、手を繋いで歩く。お揃いの傷を抱えているのに、繋いだ手と手は別の身体だから、心からわたしたちが繋がることって、無いんだろう。だから彼の手を強く握りしめてみる。痛いよなんてぼやかれて、ごめんねって返す。
近いのに遠い。距離は埋りそうもないけれど。
「皆アケを待ってるよ。帰ろう」
こんなわたしでも受け入れてくれるヒトが、わたしが帰ることを望んでくれるヒトたちがいるから。いつか、あなたがもっと打ち解けてくれる日が来るといい。
「ジンくんのこともまってるよ、みんな」
「そう。そうだと、いいね」
いつか、あなたも帰るべき場所になるといい。
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くれないバーコード
超自己満足で書きましたー! 随分自分勝手な文を書いたなって思います。ごめんなさい。でも超楽しかった。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.191 )
- 日時: 2018/05/24 17:03
- 名前: 狒牙 (ID: qggtGn0.)
名前も知らないのに、そんな時分から私は、彼のことが嫌いだった。彼の纏う空気が、貼り付けた笑顔が、浮わついた声が、全部私の鼻につく。
誰に向かって告げている訳でもないのに、誰にだって伝えられる。そんな透明な愛ばかり口にしていた。愛と呼んで本当によいのだろうか。その甘言はきっと、誰にだって突き刺さる。これはむしろ凶器だ。冷静な部分だけを殺すナイフ、だから誰もが彼を受け入れてしまう。
しかし私にとって、彼の囁く蜜のような言葉は、言うなれば夏の夜に訪れる寝苦しさのように思えた。暑苦しくて、額の汗を自覚する程に疲れてしまう。しかし圧倒的なマジョリティは、同じものに対し春の陽気さを感じていた。これまで寒いだなんて思っていた分、なおさら。承認欲求を満たしてくれる暖かさが、心地よくて堪らないのだろう。
夏の夜にしたって、春の陽気にしたって、気温として数字にしてしまえば変わらない。それなのにどうして、こうも印象が変わってしまうのだろう。片や飛び交う蚊の羽音にさえ神経を逆撫でられ、片や川のせせらぎに心も安らぐというのに。
「おっ、佐藤ちゃん前髪切った? 似合ってるよ」
口先ばっかでそんな事思ってもないくせに。
「ヒデじゃん。聞いたよー、強豪相手に四失点で押さえたんだって? やるじゃん」
ベンチの連中と、四点も取られてんのかよと笑っていただろうに。
「井上、今回赤点とったんだって? きっついなぁ。まあ学生って勉強だけじゃないからさ、気楽にいこーぜ」
以前鈴木くんには、やっぱ学生の本分は勉強だよなとか口にしていなかったか。あぁ、矢張りと言うべきか、あっちにフラフラこっちにフラフラ、蝙蝠みたいなあの男が気に食わない。
しかし私とてそれをわざわざ咎めるつもりもない。彼がどのように日々を過ごそうとそれは彼の自由だ。私がとやかく言えるような事じゃない。しかし、だ。
「りりちゃん今日も仏頂面だねぇ。笑うと可愛いんだからさ。ほらっ、スマイルスマイル」
しかし、私に話しかけるのだけはやめてくれないだろうか。この男、どの面を下げて私の事を笑えば可愛いなどと抜かしているのだろうな。君の前で一度も笑ったことなど無いというに。
真意がこもっているかも分からない薄っぺらな態度。いやきっと、これはただの世辞だ。機嫌を窺うその瞳が、やけに白々しくて仕方ない。見せかけだけ、さも自分は本心からそう述べているのだとキラキラ輝く瞳が、どうもこうも不自然だ。でもそれはおそらく、クラスの皆にとっては自然なものに見えるのだろうな。
もしかしたら、皆それが自然なものと思い込みたいのかもしれない。彼が私達に告げるのは、各々がそれを認めて欲しいと願う、心の底に潜む欲求。自分が請うてでも手に入れたくて仕方ない承認が、上っ面だけの建前でなく本音だと信じたいのだろう。だからそうだ、誰もが彼の仮面を、素顔だなんて思う訳は。
しかし私は騙されない。眼鏡のレンズを結ぶ架け橋を指でくいと持ち上げて威嚇し、冷たい目で一瞥。呆れたと表情で語る私自身の顔、彼が此方を見つめる角膜に映りこんだ姿が目に入る。彼が両手の人差し指を使って両サイドの口角を上に引き上げて笑みを作る顔がやけに近い。もう少し離れてほしい。彼のワックスのせいだろうか、シトラスの香りがぷんと漂った。清涼感とほど遠い、しつこい芳香だ。
「……今日も元気そうね、無駄に」
「いやー、つれないなぁ。アイスクリームみたいに今日も冷たい」
「それは残念でした。私は、アイスみたいに甘くないから」
彼は恨みがましそうに、喉の奥に返答を圧し殺した。くぐもった音が織り混ぜられた吐息が漏れる。正しくは上手い返しなど思い付かなかったのだろう。全部口が軽いせいだ、私の心にその声が響かないのは。いつだって私に届くのは、取り繕った甘い響きなどではなくて、シンプル故に心を揺らす、そんな真っ直ぐな決意だ。
そしてそれは彼に欠如している代物だろう。可哀想なことに、何故だか彼は私の冷たい鋼鉄の仮面を外すことに躍起になっているのに、それは叶わない。鉄仮面でなく鉄面皮だったら彼自身が付けているというのにな。
「でも、私がアイスだったなら……さしずめあなたは天婦羅かしらね」
「ん? どゆこと? 天婦羅は油で揚げてる熱々のものだから正反対ってこと?」
「いいえ、ただ君にそっくりなだけよ? 軽くて薄っぺらい衣を身に纏っているところ」
「そいつぁ手厳しい」
開いた手のひらを打ち付けるように額に当てて、わざとらしく肩を落とす彼。全く、この男はどんな風に思いながらこんな白々しい演技などできるものなのだろうか。どうせ私からどう思われようとさして気にも留めないだろうに。
もう一つ意味はあるけどね。そう告げて携帯へと視線を落とした。緑色のアイコンをしたトークアプリに、お気に入りのカフェのクーポンが届いていた。好きなケーキが30円程値下げされている。最近行けてなかったから、今日にでも美夜あたりを誘って行ってみようかな。
写真を見ながらそんなことを考えていると、その味が舌の上に再現されてしまった。別にお腹なんて空いてないけれど、唾液が舌下から滲んでくる。
そんな私の耳小骨は、耳障りな声に未だ揺らされていた。鼓膜といいうずまき管と言い、この男の声を刺激として受け取っているのはとことん度しがたい。なぜこれほど私は頑なに受け入れることを拒んでいるのだろうか。正直なところさっぱり分からなかった。強いて挙げるなら勘と本能だし、趣味や嗜好とも言えた。好きになる理由がまるで無い。
うーん、うーんと止めどなく唸るがままの彼。悩むのは勝手だがそろそろ立ち去って欲しい。目の前で立たれると注目されるし、無視し続ける私の立つ瀬もない。いや、初めから座ってはいるのだけれど。
「何? まだ用があるの?」
「もう一個の理由が分からなくてさー。考えてんの」
「自分の席で考えてくれるかしら」
ここに居続けられると、居心地が悪い。これから本でも読もうかとしている以上、早いところどこかへ行ってくれないだろうか。顎に手を当てて探偵ぶってるその様子も、わざとらしくて見てられない。引き下がるまで睨み付けようとも思っていたが、不快さが勝ったが故に目を逸らしてしまった。
精一杯の疲労をこめて、嘆息を一つ。と同時に指を打ち鳴らす警戒な音一つ。アイガディット、なんてネイティブぶった発音で、得意気な声。普通に、分かった、とでも言えばいいものを。好い顔しいの同級生が、馬鹿っぽく見えて堪えきれない。
「中に熱いものを抱えてるってとこだろ!」
「自己評価が高いことは尊敬するわ。ただ、それだと冷めたら食えたものじゃないから気を付けなさい」
皮肉も通じてくれないとは、私の渾身の例え話も報われない。我ながらそこそこ上手いこと言えたと思ったのだけれど、彼の理解の範疇を超えてしまったようだ。家庭的な教養くらい、持っていて欲しいものである。
小説に目を落とす。幼い頃からずっと追っている、大好きなファンタジーの新刊。罪と欠陥とを背負い、自らの犯した物事を悔やみながらも、懸命に生きようと努力する物語。そこに生きる彼らは、力強く本心を口にして生きてきた。だからだろうか、張りぼての鎧で身を守る人間が、こうも情けなく見えてしまうのは。
予鈴が鳴り、朝練後の吹奏楽部の子達がワッと教室へ押し寄せる。ここに留まってももう私が相手をしないと察したのだろう、次々現れる他の級友達のもとへ向かい、躊躇うことなくまた甘言。甘ったるくて舌全体がしつこくなりそうだ。そんな気がして私は、イヤフォンを耳につけた後、大好きな曲に包まれながら脳裏のスクリーンに小説を再生し始めた。
正直今日のところは、もう絡まれることなんてないだろうと高をくくっていた。それゆえ油断していたと言えるだろう。委員会の用事があるらしい美夜と駅前で四時に落ち合う約束を取り付けた私は、幾分か暇になったものだと今朝読んでいた本の続きを進めることに決めた。
そう、安直だった。どうせならさっさと駅前に向かい、本屋ででも暇を潰せば良かったものを。学校になんか留まるものだからまとわりつかれる。
不意にひらりひらりと揺れる手のひらが、開いたページを遮って視界に映りこんできた。
「何読んでるの?」
「小説だけど」
目線を上げるとまたあいつの顔。上げるまでもなく、生クリームみたいな印象の声ですぐ正体が分かる。甘ったるくてこちらを絡めとってきて、そのまま塗りたくって埋めつくそうとしてくる。短く返答して後、すぐに視線を活字へと戻した。
「ねーぇ、そうじゃなくてさぁ。もっとこう、あるじゃんか、ジャンルとかタイトルとかさ」
「ファンタジー、タイトルは教えない」
君に同じ本を読まれたくないから。
「ファンタジーかぁ。俺もよく読むよ、例えばしゅ……」
「私が好きなのはハイファンタジーだから」
この男に限らず、多くの友人達はローファンタジーを好む。きっと似たような世界に住んでいる者の方が、おなじような悩みを抱えるからか感情移入しやすいのだろう。けれども私はこの世に実在してはくれない、夢のような魔法の国が昔から好きだ。
それゆえ私は噛み付く勢いで彼の二の句を遮る。二種の幻想譚、その違いくらいは知っていたのかつまらなさそうに黙りこんだ。下唇を突き出す不満げな顔つきは珍しく本心のようだった。
「私、もうすぐ待ち合わせに向かうからあまり相手はしてあげられないんだけど」
皆部活や委員会、あるいはバイト先へと向かってしまった。それゆえ三時過ぎの明るい教室には、主去ってなお机上に散らばるプリント以外には、私たちくらいしか見当たらない。隣のクラスもシンとしていて、廊下と隔てる曇りガラスには誰かの影が写る様子もない。
この男と、二人ぼっち。何も嬉しくない。せめて学級委員長の真面目そうな彼の方が、口数は少なく、会話も成立しないだろうが、それでもまだ楽しめそうだ。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.192 )
- 日時: 2018/05/24 17:59
- 名前: 狒牙 (ID: qggtGn0.)
「えぇー、冷たいなぁりりちゃんは」
「馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでくれる?」
彼氏どころか仲良くもないのに不愉快だ。私はそう軽々と男に、下の名前で呼ばれたくない。そもそも私の名前は、こんな性格とは裏腹に璃梨だなどと比較的可愛らしい響きの代物であった。女の子らしい可愛さに満ちて育って欲しかったのだろうか、一先ず親には一度謝ろう。
「それで用はあるの? 無いの?」
無いなら相手はしないとまでは伝えなかったが流石にそれは察したようである。慌てた口振りであると即答して、鞄の紐を肩にかけた私を一心に見つめている。見つめている、ように見える。
けれども実態は穴が開くほどに覗き込まれている、そんな嫌悪感がした。別に心を開いてなどいないのに、その奥底を勝手に透かして把握されているような。踏み入るなと声を荒げようにも、むしろその反応を楽しまらてしまいそうだ。
どうせ彼には私の深淵を見透かすことなど能うまい。事実観念したようであり、小さな息を弱々しく吐き出して俯いて見せた。
「何か俺、嫌われてるのが分かんなくてさぁ……どこが悪いか教えて欲しいんだよね」
皆と仲良くしたいんだけど、私だけが仲良くしてくれない。そんな愚痴をぽろぽろと漏らす。ご機嫌を窺うようにのらりくらり、へらへらと対人関係を築いているのは臆病だからだと彼は言う。
「俺さぁ、末っ子なんだ。兄貴達から可愛がられなきゃって必死にやってたからさぁ……仲良くするのは得意だと思ってたんだけどなぁ」
「そう。私ごますりはあまり好きじゃないから」
「いやいや、ごまなんてすってる訳じゃないって。ちょっとオーバーにお世辞言ってるように聞こえるだけさ」
疎外されるのがやけに怖いのだと彼は主張する。だからこそ周囲の目を気にかけるし、取り入ることができるよう媚びた態度になってしまうのだとか。別段私にとってそんな言い訳などどうでもいいのに、どうしてそのような事を。
「だからさー、こうやって冷たくされるの慣れてないんだよね」
「へえ、優しくされたいんだ」
「いや、優しくっていうか……仲良くしたいっていうか……」
歯切れの悪い物言い。まだまだ夕陽と呼ぶにはほど遠い白い陽光を受けた彼の頬は紅潮している。視線を泳がせ、頬を掻く。もう一方の手も落ち着かないのか、開いたり閉じたり。
いつもの威勢はどこへやら、ギャップの激しい彼の姿。普段が愛想の良い忠犬だとすれば、今この瞬間目の前にいる彼は、緊張に身を包んだ借りてきた猫だ。
時計を見る。もう少しだけ猶予はありそうだった。
「はぁ……分かったわ。もうほんのちょっとだけ、話聞いてあげる」
「ほんとに?」
さっきまでおじおじと縮こまっていた彼の体が、パッと開いたようだった。抑圧されていた心がパッと弾けて、声に明るさを取り戻す。いや、むしろ普段よりも陽気と言って良いだろうか。
「随分な豹変ぶりね」
「豹変なんてとんでもない! 嬉しいなって思ってさ」
「そう、それは良かった。それで私からも、聞きたいことが一つあるんだけど」
「いいよ、何でも聞いて」
鼻唄を鳴らす訳でも口笛を吹いているでもない。それでも、歓喜の音楽が聞こえてくるようであった。それにしても、凄いものだと思う。
そう、あまりに洗練された演技力だ。
「さっきの話、どこまでがほんと?」
「……………………えっ?」
その問いかけに、彼は目を丸くした。えっ、と声を漏らしたきり、開きっぱなしの口がだらしない。何か口にしようと口を閉じ、思い直し何も言わずしてまた口を開く。酸素の足りていない魚みたいな仕草が、やけにコミカルだった。普段の彼よりもずっと、私に朗らかな笑みをもたらしてくれる。
またしても彼は私から視線を逸らした。先程の照れ臭そうな演技とは違う。その視線から胸の内を読み取られないためにだ。全く、ポーカーフェイスが成っていない。私にはその眉からだけでも、隠しきれぬ動揺が窺えると言うに。
「さっきの話、嘘もいいところね」
気づいてないとでも思った? 眼鏡のレンズごしに差し出した冷徹な目。中てられた彼はというと一歩退いた。本当に、失礼極まりない。私はただ、本心から君の事を見てやっているだけなのに。
「バレてないと思ったの? 君のお世辞にわざわざ喜ぶ人達を見て、貴方が蔑んでること」
作り話を言い当てられた動揺に、何とか取り繕おうとする焦燥、はたまたどうして見抜いたのかという疑念が入り交じった彼の表情に止めを刺す。案の定と言うべきか、その言葉は何一つ間違っておらず、彼はというとその顔を硬直させてしまった。もう、ピクリとも眉は動かない。
少しの間、静けさが訪れた。その後唇がぴくぴくと震えたかと思うと、次の瞬間大きく息を吐き出した彼は、粗野な様子で近くの机を椅子がわりに腰かけた。髪をかきあげ、頭をがりがりと掻いて、虚偽の仮面なんて着けないまま苛立った眼光を投げ掛けてきた。
「ったく、何なんだよてめーはよ」
「ごめんなさい。取り繕ってる人ってすぐ分かっちゃうの」
「ちっ、こんな芋臭い窓際の地味女なんかに指摘されるとか思ってなかったわー」
「それは残念ね。名前も知らない頃から私は見抜いていたわ」
嘘をついている臭いまみれだった。笑いかたから、口振りから、仕草から、全てが演技臭かった。あまりに気に障りよく観察しだすようになってから分かったことに、時おりその目の光が侮蔑の色に染まっているのを見つけるようになった。なるほどこの男は、ばか正直にご機嫌とりの言葉を受け入れる連中を見下しているのかと理解するのは難しくない。
そんな風に、誰かを軽んじるようなこの男が、私はずっと嫌いだった。
「隅っこの石ころ女のくせして、何得意気にしてんだか」
「私を下に見るほど、その女に看破された貴方が惨めになるけど、そんな事言って良いの?」
「るせぇな、わーってるよんな事」
「でも、言わなきゃイライラが収まらない」
「間違ってないけど一々勘に障んだよ、わざわざ見透かしてんじゃねぇ」
「ついでに教えてあげる、間違ってない『から』一々癪に思うの」
「そういうところだって言ってんだよ」
「そう」
自然と笑みが漏れてきた。奇しくも、今朝彼が笑えと言った通りに口角が持ち上がってくる。唇が弧を描いているのを、どうにか拳を押し当てて隠そうとするも、やはり隠しきれない。
いつもの彼とは違う、むき出しの敵意が可愛らしく見えてしまう。
「何笑ってんだよ」
「いや、ごめんなさい。君は他人に侮られたくないんだよね。だから認めてあげることで、自分に心を許してもらったら、優位に立てたみたいで安心するんだよね」
舌打ちが一つ聞こえてきた。そうだよと、ぶっきらぼうな声。もう隠すつもりもないらしい。
「ったく、この地味メガネが」
「ふふ、褒める語彙はあるのに、貶す語彙は乏しいんだ?」
「何かおかしいかよ」
「いいえ、思いの外可愛いなって」
「あぁ? そりゃ影みたいなお前よりかは可愛いよ」
「憎まれ口も叩けるんだ。でも、残念」
眼鏡のつるに手をかけて、パッと顔の上から取り去る。嫌いな男への嫌がらせを兼ねて、彼の座る椅子へと詰め寄った。胸ポケットに折り畳んだ眼鏡の丁番をひっかけ、彼の鼻先に自分の顔を突きつけた。静かな吐息すら顔にかかってしまう距離、その生暖かさがやけに気持ち悪い。ただ、彼の嫌がるその顔が、気分の悪さに勝る優越感をもたらした。
彼の腰かける机に手を置き、体を逸らしていく彼を逃がすまいと、私も前傾する。本性を見せてから強がっていたのに、こうして遠ざかろうとする様子はどうにも情けない。爽やかなシトラスの香りが、機嫌よく私の鼻をくすぐる。
「よく、眼鏡を外すと別人って言われるのよね」
「はぁ? いや、そうかもしんねぇけど、近ぇよ、離れろって……」
「認めてくれるんだ、ありがとう」
萎縮している目の前の少年が、挑発を受けてほんの少し戦意を取り戻す。それでも、私の顔が少し体を揺らすだけで触れてしまいそうな距離にあることを思いだし、また縮こまる。
「散々地味って言ってくれたけど、今の私はどう?」
「……知るかよ」
「最大級の賛辞ね」
目をこちらと合わせようともしない態度、緊張に震える声、赤らんだ耳、全てが正直に告げていた。だからこそ私は、それ以上の意地悪をやめて、解放してあげることにした。私自身、美夜との待ち合わせが迫っている。涼しい風が、彼の吐息に暖められた頬を撫でた。とても心地よく、毒気が浄化されていく心地だ。
「安心して、貴方の本性をわざわざばらす気はないから」
「そりゃどうも」
代わりに明日からは話しかけないでね。そう告げると素直に、分かったよと応じてくれた。私には敵わないとでも思ったのだろうか、その声は弱々しい。
いつも傷のついてない笑顔のマスクを着けているのに、その素顔はこの短い時間だけで傷だらけになっていた。まあそれも、普段他人に愛想ばかり振り撒く裏で、こちらを見下していると思えば正当な代価だろう。
去り行く私の背中に、未練がましい声でお前は嫌いだと吐き捨てる声。負け犬の遠吠え、と聞こえなくもなかったが、その声はむしろ普段の取り繕った仮面と同じ臭いがした。嘘を吐いている、そんな色が透けて見える。
だから私は、眼鏡をかけながらその横顔で、精一杯破顔してみせた。
「そうね、私も嫌い。だって今朝言ったじゃない」
私がアイスクリームなら、彼はさしづめ天婦羅のようなものだ。近頃はどうにも、アイスクリームの天婦羅なるものが現れたせいで、そんな常識が損なわれつつあり、そもそも科学的な根拠など無いようだけれど、昔から両者はこう言われている。
「知らないでしょ? 覚えておきなさい、アイスと天婦羅は食い合わせが悪いのよ」
胸焼けしてしまって堪らない。時間も押してきたため、私は彼を一人取り残し、駅へと向かい始める。
四時前の青空は、いつもと変わらない色をしていた。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.193 )
- 日時: 2018/05/25 22:04
- 名前: 藤田浪漫 (ID: SvNFFa.U)
名前も知らないのに、彼女はじっと僕だけを見つめていた。
夕方の駅のホーム。人通りはかなり多く、乗り換え案内のアナウンスの声をかき消すくらいのざわめきが僕の周りを渦巻いている。わらわらと蠢く虫の大群みたいな雑踏の中、その女の人は階段の手すりの前で、まるで石像のようにぴくりとも動かずに、その人々の流れの中でじっと僕をその両目で睨め付けている。
不思議なのは、階段に向かって押し寄せる人たちがその女の人が見えていないかのようにぞろぞろと歩みを進めている事だ。この波の中で1人でも立ち止まってしまえばただちに通行の邪魔になる。それなのに誰も彼女に気付いていないかのように、俯いたり疲れ果てたような顔をして次々と階段を下っていく。
革製の鞄を持つ手にぐっと力が入る。彼女はまだ僕を見ている。嫌らしくまとわり付く梅雨のじめじめした空気みたいな視線。つう、と背筋を冷たい汗がなぞった。首元のネクタイを少し緩める。僕は歩みを止めないでその流れる人混みに身を委ねているため、彼女との距離が少しずつ、少しずつ近くなる。左方に逃げようと試みたが、人混みのレールは脱線することを許してくれない。
目を合わさないように下を見て、女の人の横を通り過ぎようとした時。
にゅいっと手が伸びてきて、彼女は僕の手首を握った。蛇に巻きつかれたんじゃないかと思うほどの強い力だった。掴まれたところから体内に向けてぞわりと嫌なものが走る。思わず僕は立ち止まって顔を上げてしまう。
「道を聞きたいんですけど」
そう彼女は言った。目と目を合わせてしまう。真夜中の海面みたいに真っ黒で、呑み込まれてしまいそうな不気味な瞳だった。
脇から人々がぞろぞろと僕を見ながら追い越して行く。迷惑そうに舌打ちをする音が聞こえたが、舌打ちしたいのはこっちだ。
「……は、はい」
額に汗が滲むのを感じる。ぎりぎりと、掴まれた手首が締め上げられる。
「幹本駅にはどうやっていけばいいのでしょうか……?」
無表情のまま彼女が言った言葉に僕はぎょっとした。そこは僕の自宅の最寄の駅だったからだ。ごくりと口の中の唾を飲み込んでから「……3番ホームの那須行きに乗ったらいいですよ」と言った。
すると彼女はその掴んでいた手をフッと離した。身体の強張りが少し緩まる。大げさに「ありがとうございます」とおじきをして、フラフラと歩きながら階段の雑踏の中に消えていった。その後ろ姿が見えなくなってから、僕は安堵のため息をついた。手首にはうっすらと赤い痕がついている。
「なんなんだよ……」と一言吐き捨ててから、ようやく階段に向かって足を進めた。さっきまで人で溢れかえっていたホームも、今は数えられるほどの人数しかいなかった。これから僕も3番ホームに行って乗り換える予定だったのだが、電車に乗る気にもなれず、タクシーで帰ることにした。
階段を降りて、すぐ横の改札をくぐり抜けた。誘並駅ビルの一階はこの時間帯だと僕と同じ仕事終わりのサラリーマンで賑わう。その活況に何故か僕も少し安心する。
駅の東口のロータリーにはタクシーが数台止まっていた。その中の先頭の一台に目をつけ、後部座席に乗り込む。年配の運転手が疲れたような面持ちで振り向いて「どこまで行かれますか?」と僕に尋ねた。
「幹本駅の前まで」
「幹本ですね」
ゆっくりとドアが自動で閉まる。さっき変な汗をかいたからか、肌がベタベタと不快な粘着性を持っていた。少ししてタクシーは発進した。じんわりと慣性の法則に従って緩い重力が僕の体を車のシートに押さえつける。車のカーステレオからアナウンサーが地元の野球チームがリーグで優勝した、というニュースが流れていた。赤信号で車が停車する。フロントガラスに横断歩道を横切る人々の姿が映る。
「幹本……ですか」
運転手は前を向いたまま車内の沈黙を埋めた。
「は……はい。どうかしました?」
「二週間ぐらい前に幹本駅で人身事故がありましたよねぇ」
「そうなんですか?」
全く知らない話だった。聞いたことも無かった。最近仕事が繁忙期に入り、こんなこと耳にも入らなかった。
「ええ。なにやら、若い女性が男性と肩がぶつかった勢いでホームから転落して、通過した快速電車に轢かれたとか」
「へえ……」
「即死だったみたいですよ。全国ニュースにも報道されたみたいです。そのぶつかった男性は以後足取りが掴めないんだとか」
「へえ……」
そこで車内の会話は途切れる。ただの運転手の与太話だ。だが何故だろう。さっきの不気味な女の人の声がぐちゃぐちゃと澱を沈めるように僕の中を回る。温もりが感じられない冷たい声。
何だったんだろうと悩んでいる内に30分ほど時間が経ち、タクシーの厚い窓から見える景色は見慣れた風景へと姿を変えた。「幹本駅ですねー」と運転手が言う。どうやら目的地に到着したみたいだ。
メーターに表示されていた2000円を丁度で払い、僕はタクシーから出た。エンジン音を響かせて、車は大通りの方へと姿を消して行った。もう日も落ちて、辺りは人気が無く閑散としていた。ぽっかりと穴の開いたみたいな静けさ。名残惜しくタクシーが過ぎていった道路を見つめた。
ここから歩いて10分ぐらいのところに僕の住んでいるアパートは建っている。すぐ近くだ。
そして気付いた。どこかから気味の悪い気配を感じる。見えない手で首をゆっくり締められるような、息苦しくなるじとりとした感覚。
胃の中に決して消化できないようなものを詰め込まれたような嫌な気分だ。急ごう。早く帰ろう。そう思った時に、後ろから不意にがっと強く左の手首を掴まれた。さっきと同じ感触。どくん、と自分の心臓の音が聞こえた。汗が眉間からじわり、と一筋。
「すいません、人探しをしているのですが」
背後から声がした。振り向くと、やはりさっき駅のホームで会った女の人がそこにいた。
なんでこんなところに、と言おうとしたけど咄嗟に声は出ない。息が詰まる。
髪は顔を隠すくらいに長い。だがその前髪の間から確かにその目は僕だけを、じっと、じっと見つめていた。
「……な、なんでしょうか……?」
「西島正紀、という人をご存知でしょうか」
心臓を掴まれたような気がした。
それは僕の名前だったからだ。
「ど、どうして……?」
自分の脈の音と荒い呼吸音がやけにはっきり聞こえた。どくん、と胸が苦しい。
彼女に掴まれた腕が心なしか少しずつ力を増して行く。
「ずっと、あなたを探してたんですよ」
そこが限界だった。僕はもう片方の手に持っていたカバンを思いっきり振り上げていた。
「あ……あああああああああ!」
彼女の横っ面めがけて全力でぶつけた。うっ、と蛙が潰れるような呻き声。僕の手首を掴んでいた力がふっと弱まったのを感じた。今しかない、無理矢理に手を振りほどいて、僕は一目散に自宅の方向まで逃げ出した。成人祝いに買ったスーツがとても窮屈に思えた。邪魔な鞄は途中で投げ捨てた。
永遠とも思える時間を経て、やっとの思いで見慣れたアパートにたどり着いた。走っている時間は5分にも満たないだろうけど、とても自宅へと道が長く思えた。
熱に煽られた頭で後ろを振り返ると彼女の姿はどこに見当たらなかった。ほっと胸をなでおろす。
僕の部屋はここの一階の一番端だ。ポケットからキーケースを取り出す。鍵は閉まっているようだ。荒れた呼吸を鎮めるためにはあと息をついて、鍵を捻った。
中に入る。
電気をつけると同時に声がした。
「西島正紀という人をご存知ですか?」
*
どうも藤田浪漫です。この名義では初ですね。
この短編を書いてる途中にパソコンが突然フリーズを起こしました。窓を開けていないのにカーテンが揺れる、空き部屋のはずの隣からすすり声が聞こえる、シャワーから赤い水が出てくる、などの怪奇現象が起こりました。嘘です。
主人公はエビフライ回の時に使った別名義のジャンバルジャンなんじゃん!?の語り部のマサくんと同一人物す。どうでもいいですが。
運営の御二方に敬意と感謝を添へて、藤田がお送りしました。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.194 )
- 日時: 2018/05/31 00:39
- 名前: ヨモツカミ@感想 (ID: YWl7F.AA)
前回のエビフライでは、ジャンバルジャンさんと通俺さんのやつが好きでしたー。読んでて楽しかった。
それから、手紙のヤツのとき狐さんとかるたさんに返信してなかったのでこの場をお借りして。
あのSSは結構好きって言ってくださる方多くて嬉しかったです(>ω<)
やっぱりアリスをモチーフにした作品なので、子供の感性? みたいな。小さい子だから想像するメルヘンな感じの描写を意識しました。
花言葉は狐さんが調べてくださったので、意味とかは書きませんが、花で気持ちを伝える系ガールいいですよねb
我ながら好きです。
>>芋にかりけんぴさん
余計なことは省いて(というか、長々と感想書くのが面倒臭くなったので簡潔に)書きますが、読み終えたとき、かっけえ!! てなりました。剣とドラゴンという組み合わせ自体とても好きなんですよ。うーん、やっぱりこういうファンタジーが一番シンプルで胸に響く。カリバーン抜刀シーンとか、カッコよくてワクワクしました! これはまさに英雄誕生。
>> パ行変格活用さん
うわあ……すごく胸をえぐられて、でもとても好きです。
彼女の思い描く幸せとか、寂しさとか痛みとかが、幼い無垢な子供の視点で書かれているからこそ、くるものがありますね。
文中にある彼女の唯一の台詞にも、胸を締め付けられます。焼け付くみたいに何かが残る読後感で、彼女は、帰ったあともママから酷い仕打ちを受けるんだろうって想像すると、苦しくなります。
>>狒牙さん
普段のひがさんぽくなくて、新鮮で面白かったです。
本当の彼が出てくるところとか、「あ、そうくるのか!」て、楽しかったです!
>>藤田さん
あれ初めてだっけ? と思ったらそうですね。浪漫さん名義は初めてだ。
あ、あのときのマサくんと同じなんですね。
ちょっと読む前にホラーだと伺っていたので、身構えることができてしまったのが若干残念でしたが、ぞわっとする描写がとても好きでした。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.195 )
- 日時: 2018/06/06 22:17
- 名前: メデューサ◆VT.GcMv.N6 (ID: 6yYZNzj2)
名前も知らないのに、私はその子を放っておけなかった。
夏休みが始まったばかりのある日のことだ。しばらく雨が続いてからの突然のかんかん照りで、体調を崩している人が沢山いた。ママもパパも弟の看病につきっきりで全然構ってくれない。それがとても面白くなくて私は家を飛び出した。
さて、どこへいこうか? コンビニは冷房がきついし、図書館は場所を知らない。プールに行くにも水着は置いてきた。じりじりとした陽射しを避けられる場所を目指しているうちに、私は近所の公園に着いていた。
公園には人っ子一人いない。今時わざわざこんな暑い日に外に出かける子供なんて私のような除け者ぐらいだ。腰掛けたブランコは熱かった。
別に私だって分かっていない訳じゃない。弟は体が弱いから私より手がかかるのは仕方がない。弟だって可愛くないわけじゃない、普通に大好きだ。でも、今日の私はどういう訳かいつも通りの「今大変だからあっち行ってて!」に腹が立って仕方がなくて。一人ぼっちでブランコを漕ぐのは寂しくて、ついセミの鳴き声にイライラしてそちらを睨みつけた。
そこには、私と同じくらいの女の子がベンチに横になっていた。
遠目から見ても凄く綺麗な子だと分かった。お人形さんみたいな長い金髪がベンチからだらんと垂れて、真っ白な肌が赤くなっている。
周りを見てもその子の家族らしい人はいない。ぐったりとしている様子なのを放っておけなくて、私は急いで近くのコンビニに駆け込んでアイスとポカリを買った。
アイスをおでこに乗せてポカリを脇の下に挟み、自分の帽子でぱたぱたと扇ぐ。小さい頃海で具合が悪くなった時にお母さんがやってくれたことをそのまましただけだったけど、しばらくすると女の子は目を覚ました。
「うーん……」
「わ、大丈夫? いきなり起きて」
「大丈夫。だいぶ楽になったから。ところでこの落ちてるやつ何?」
「アイスだけど……知らないの?」
「ああ! アイスは知ってるわ。でもこれは食べにくそうな形ね」
「半分こするんだよそれ。一緒に食べる? あ、でも先にこれ飲んだ方がいいかも」
「それもそうね。……変な味ねえ。これ全部飲むの?」
「全部じゃなくてもいいけどたくさん飲んどいた方がいいよ」
すっかり元気になったようで一安心した。それにしても日本語上手いな。
でもこんな子は見たことがない。夏休みに入ってから越してきたのだろうか。
「そうだ!」
女の子は突然立ち上がりそう大きな声で言った。
「あのね、私あなたにお礼をしようと思ったんだ。私の家で遊びましょう!」
「それはいいけど、家近所なの?」
「すぐよすぐ! ほら、後ろに乗って!」
そう急かされてベンチの傍に置いてあった自転車の荷台部分に腰掛ける。ピカピカした新品で真っ赤で可愛いくて、正直羨ましい。
アイスを咥えた私を乗せて自転車は公園を飛び出して、その向かいにある神社へ勢いよく飛び込んだ。砂利道をがたがたと駆け抜けてそのまま鳥居の柱へ一直線に──
「待って待ってこれぶつかる止まって!」
「大丈夫ぶつからないから! それより振り落とされないようにしっかり掴まってて」
スピードを落とす気配が全くない! 私はアイスを噛み締めて、衝撃に備えて目を閉じることくらいしかできなかった。
目を閉じる直前、車輪の周りが緑色に光った気がした。
「ほら、着いたわよ」
頭をつつかれて目を覚ます。自転車から降りて体を見回しても何処にも怪我は無かった。
「いきなり何するの──」
文句を言おうと顔を上げるとそこには、
まるで絵本の中のような世界が広がっていた。
三角形の屋根をした家々の煙突からは煙が上がっている。その間を縫うように不思議な生き物たちが飛び交って、道端では杖を振って綺麗な光を出して遊んでいる子がいた。
「どう? ここが私の住んでる町。魔法の町よ!」
********************
それから、自転車で飛び回っていろんなものを見せてもらった。お汁粉とカスタードを合わせたみたいな味がするのに真っ青なアイスや、絵が本当に飛び出して動く絵本(彼女は「話によっては開く場所を選ばないと戦いで部屋がめちゃくちゃになる」と言っていた)だとか、新鮮で楽しいものがたくさんあった。カラスの形をした風船には髪をめちゃくちゃにされた上逃げられたけど。
遊びまわって暗くなりかけた頃、いよいよ家に案内してもらった。彼女は玄関からじゃなく、なぜか二階のベランダから部屋に上がった。
「なんでそんなコソコソしてるの?」
「いや、ちょっと色々あって……そんなことよりちょっとこれ見てみて!」
勉強机の下から出てきたのは「し作ひん」と貼り紙がしてある木箱だった。彼女に勧められてその中の一つ、紫色の煙が入ったフラスコを振ってみる。するとフラスコの中の煙がすうっと消えていって、人影が映りはじめた。見たことのないひらひらした服を着ていて、綺麗な真っ赤の何かを口に運んでいる──私?
「凄いでしょそれ! 今はまだ2時間先までしか見えないけどそのうち1日先まで見えるように……」
そこに映っている私はいかにも"こっちの世界の子"って感じで、ママやパパや弟の事なんてすっかり忘れちゃってるみたいで、それがなんだかとても怖くて、ブレーキが外れたように悲しくなった。
「なんで泣いてるの? と、とりあえず顔拭いて落ち着こう?」
泣きわめいているとふいに部屋の扉が開いた。綺麗な銀髪のお姉さんだけど今はいかにも怒ってますって雰囲気でおっかない。お姉さんは私に目をやるとぎょっとして、女の子の腕を掴んだ。
「あんたいつの間に帰ってきてたの……まあいいわ、話があるからすぐに1階へ来なさい」
そう言って二人は降りていった。しばらくすると下から怒鳴り声が聞こえてきた。
「あんたまたママの杖勝手に持ち出したでしょ! 転移魔法は危ないんだから子供だけで使うなって学校で習わなかったの!? それに向こうの子まで連れてきちゃって……」
しばらく経って涙も落ち着いてきた頃にお姉さんは私を1階に呼びにきた。連れられて階段を降りる。
「うちの妹が迷惑かけて本当にごめんね。すぐに帰れるから。聞けばあの子向こうで倒れてたんだって?」
頷いてから気づく。あの子はまたお説教をされるんだろうか。
「そっかー……ありがとね、助けてくれてさ。あいつガラクタばっか作ってる変わったやつだから自由研究手伝ってくれる友達もいなくて、そんであんな無茶苦茶やって……」
「私、友達です!」
これ以上あの子を否定されたくなくて、気付いた時にはそう叫んでいた。
「……そうかそうか! そんな心配する必要もなかったかー」
「どういう事ですか?」
「いい友達できたなって話! それはそれとして帰り道つながったってさ」
玄関のドアには大きな緑色の魔法陣が描かれていた。ここを開けたら魔法の世界とはさよならだ。振り返ると、あの子は静かに泣いていた。
「ねえ、ちょっといいかな」
「……なあに?」
「名前教えて!」
彼女はびっくりした様子で顔を上げた。
「大丈夫、名前分かったらまたきっと会えるから! 私はナツキっていうんだ。きみは?」
「……私はね────!」
女の子は笑顔で答えた。
*******************
あのドアは親切にも私の家の玄関につながっていた。ただいまを言うとママが駆け寄ってきて私を抱きしめた。あの後私がいつのまにかいなくなっていて家中大騒ぎだったらしい。開きっぱなしのドアの向こうには見慣れた住宅街と夕焼け空が広がっていた。
私はすっかり忘れていたけど今日の夜はおでかけをする予定だった。まだ少し熱のある弟は少しむくれながら私とパパを見送った。
ひらひらした浴衣ってやつを着て手を繋ぎながら神社へ向かう。昼間自転車で突っ込んだあの神社だ。そこはいつもの静かな感じと違って大勢の人で騒がしくて、見たことのないものが沢山あった。買ったばかりの綺麗で真っ赤なりんご飴をかじって周りを見ると、鳥居の大きな柱が目の前にあった。
「また会おうね。オルトレ」
そう呟いた声はすぐに縁日の音にかき消される。パパの手を引いて私は次の屋台へ駆けだした。
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.196 )
- 日時: 2018/06/06 23:12
- 名前: ヨモツカミ@お知らせ (ID: JCBgwnKs)
第6回 せせらぎに添へて、の開催期間が残り僅かとなりました!
第6回の開催期間は6月10日までとなっておりますので、まだ投稿されてない方はお早めに!
Re: 第6回 せせらぎに添へて、【小説練習】 ( No.197 )
- 日時: 2018/06/07 00:15
- 名前: しゃぼんだま (ID: nt.jeMrE)
名前も知らないのに、顔すらも知らないのに画面上でのやり取りだけで私は君に惹かれていた。
「ちょっと話したい」
学校での出来事、ちょっとした1日の中で起こった面白い出来事や先生の深そうで実はそこまで深くない話、同級生の愚痴なんかを私はいつも君に話していた。
大抵は私がほとんどを話していて、君はそれに対しての相槌や返事なんかをくれるだけ。
でもそれがすごく心地いいんだ。
口下手な自分がこんなにもスラスラと相手に思ったことを伝えられたのは、きっと画面に文字を並べて繋げて書いて……という形をとっていたからというのももちろんあるだろう。
──「今日もなにかいいことあったの?」
メッセージの横にちょこんと表示された時間は私がメッセージを送った時間から1分後だった。
たった1分しか経っていないというのに、私にとってはすごく長いものに感じられた。
「いいことってわけじゃないけど、今日ついに唯一クラス内で私に話しかけてくれてた湊さんも、私のことを無視するようになったんだ」
送ってから少し後悔する。 でも反面どこかで、どんな返事が来るのかということを期待している自分もいる。
──「今日で湊さんのことは嫌いになった?」
ふいをつかれたような感覚。
少し迷ってから私はすぐに文字を打って送る。
「いや、湊さんを責める気にはなれない。 私もなんだかんだ言って今まで心の支えになってくれていたし、むしろ昨日までのことを感謝したいくらい」
このことは紛れもない事実だ。
私が湊さんに対して抱いている気持ち。 けれど、それでも心の片隅では……
──「でもやっぱり昨日まで関わっててくれていた人から無視されるって、辛い」
──「よね」
辛い、で切られた文章が送られてきた時は思わず君の素直な言葉、気持ちが聞けたのかと思い嬉しくなった。
けれどあとから間を開けずに「よね」も送られてきた。
「ちょっと自分が思っていた以上に湊さんとの別れが切なかった」
クラスメイトのほとんどから煙たがれていた私にも、他の人とそう大差なく接してくれていた湊さん。
正直……最初はそうやって私のことを新たな方法でからかっているのかと疑い、自分から壁を作ったこともある。
──「きっとこれから先、君にはたくさんの出会いがあるはずだよ」
そうメッセージを送ってくれた君。
今の君は私へそうメッセージを送る時、どんな気持ちで表情でしたか?
色々と想像をしてみるけれど、全然ピンと来ません。
多分あなたとなら、画面越しじゃなくても色々と話せると思う。
次は何を話そうか。
私と湊さんの話じゃなくて、君と私の今の関係は果たして1つの単語で言い表すとすればどうなるのか、について話してみようか……。
*
はじめまして。 初投稿、しゃぼんだまと申します。
普段は別名義で活動しています。
不慣れなのでたどたどしい文章ではありますが、前々からちょくちょくとこのスレッドを見させて頂いてました。
今後ともお世話になる機会があるかと思いますので、よろしくお願いします。
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