雑談掲示板
- 【開催】第14回 紅蓮祭に添へて、【小説練習】
- 日時: 2022/06/18 14:16
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: bC2quZIk)
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執筆前に必ず目を通してください:>>126
*
■第14回 紅蓮祭を添へて、 / 期間:令和4年6月18日~令和4年7月31日
白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
□ようこそ、こちら小説練習スレと銘打っています。
□主旨
・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
・内容、ジャンルに関して指定はありません。
・練習、ですので、普段書かないジャンルに気軽に手を出して頂けると嬉しいです。
・投稿するだけ有り、雑談(可能なら作品や、小説の話)も可です。
・講評メインではありません、想像力や書き方の練習等、参加者各位の技術を盗み合ってもらいたいです。
□注意
・始まりの一文は、改変・自己解釈等による文の差し替えを行わないでください。
・他者を貶める発言や荒らしに関してはスルーお願いします。対応はスレ主が行います。
・不定期にお題となる一文が変わります。
・一作品あたり500文字以上の執筆はお願いします。上限は3レスまでです。
・開始時と終了時には「必ず」告知致します。19時から20時を目安にお待ちください。
・当スレッドのお題を他所スレッドで用いる際には、必ずご一報ください。
□お暇な時に、SSのような形でご参加いただければと思います。
■目次
▶︎第1回 氷菓子を添へて、:今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
>>040 第1回参加者まとめ
▷第2回 邂逅を添へて、:彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
>>072 第2回参加者まとめ
▶︎第3回 賞賛を添へて、:「問おう、君の勇気を」
>>119 第3回参加者まとめ
▷第4回目 袖時雨を添へて、:手紙は何日も前から書き始めていた。
>>158 第4回参加者まとめ
▶︎第5回 絢爛を添へて、:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
>>184 第5回参加者まとめ
▷第6回 せせらぎに添へて、:名前も知らないのに、
>>227 第6回参加者まとめ
▶︎第7回 硝子玉を添へて、:笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
>>259 第7回参加者まとめ
▷第8回 一匙の冀望を添へて、:平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
>>276 第8回参加者まとめ
▶︎第9回 喝采に添へて、:一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから
>>285 第9回参加者まとめ
▷第10回 鎌鼬に添へて、:もしも、私に明日が来ないとしたら
>>306 第10回参加者まとめ
▶︎第11回 狂い咲きに添へて、:凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。
>>315 第11回参加者まとめ
▷第12回 玉響と添へて、:――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
>>322 第12回参加者まとめ
▶第13回 瓶覗きを添へて、:赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
>>325 アロンアルファさん
>>326 友桃さん
>>328 黒崎加奈さん
>>329 メデューサさん
>>331 ヨモツカミ
>>332 脳内クレイジーガールさん
▷第14回 紅蓮祭に添へて、:白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
▼第n回目:そこにナマコが置いてあった。
(エイプリルフール企画/投稿期間:平成30年4月1日のみ)
>>156 悪意のナマコ星さん
>>157 東谷新翠さん
>>240 霧滝味噌ぎんさん
□何かありましたらご連絡ください。
→Twitter:@soete_kkkinfo
□(敬称略)
企画原案:ヨモツカミ、なつぞら
運営管理:浅葱、ヨモツカミ
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Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.272 )
- 日時: 2018/08/16 09:11
- 名前: 流沢藍蓮◆50xkBNHT6. (ID: J/Bd70vE)
>>268
成程……。地の文で「!」や「?」を使うとそうなってしまうのですね。私は一人称の小説で割とそんなことをやっていたので、改めて見直してみようと思います。勉強になりました。
「師」と「士」の使い分けですね! 調べてみます!
自分で書いていても、矛盾はあるだろうなぁと思っていました。やはり傍から見ても気づかれますか。かなり無理したんです。うーむ。
矛盾が生じない場面設定・疾患設定、ですか。よろしければ、お手数をおかけしますが、どこに矛盾を感じたのか教えて頂けると嬉しいです。
次も頑張ります!
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.273 )
- 日時: 2018/08/16 19:24
- 名前: 鈴原螢 (ID: ZAVFdAF.)
平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
「私、結婚することになったの」
ゴトッと低い音をたてて僕が持っていたコップが床に落ちた。ココアが注がれていたコップは、床に落ちた衝撃でバラバラに砕けてしまった。熱々のココアがフローリングの床に溢れて広がる。僕の素足にまでココアが広がってきても、僕は立ち尽くしていただけだった。
それを見た水樹は、しゃがんで床に散らばったコップの破片達を素早く手に乗せ、ゴミ袋に入れた。どんな表情をしていたかは見えなかった。どんなことを思ったのかも分からなかった。めんどくさい奴だと思われただろうか。僕は自分がどう思われているかで頭がいっぱいになっていた。
いつもそうだ。相手の顔色を伺って、嫌われないようにすることばかり考えて行動していた。今だって、そんなことを考える暇があったら溢れたココアを拭くのを手伝えと思うのだが、体は思うように動かない。水樹の白く細い手に陶器の破片を持たせるなんて危ない。そもそも自分がやった不始末なんだから自分で片付けるべきだ。頭はそう思うのに、体は動かない。こんな僕を、水樹は嫌うだろうか。
「お父さんがね、この人と結婚しなさいって。」
頭に水樹が男と腕を組んで幸せそうに微笑んでいる絵が浮かぶ。きっと相手の男は、僕と違って自分がやった不始末は自分で対処できる男なのだろう。自信に満ち溢れ、堂々とした格好いい男なのだろう。反射的に自分と正反対の男を想像するのは何故なのだろうか。
お父さんに選んでもらった人は、君が選んだ人じゃない。本当は仕方なく結婚を決められたんじゃないの。そんなことを考えるが、結局僕には何もできないんだ。決められた結婚から背いて彼女の手を取り逃げることも、逃げきる自信も無い。間藤さんがいるからダメなんじゃない、僕だからダメなんだ。彼女を幸せにすることなんて、僕はできない。少なくとも、決められた結婚相手は僕より彼女を幸せにできそうだ。
「…婚約者がいるなら、ひとつ屋根の下で二人きりなんて、良くないんじゃないの。」
よりによって、好きな人の結婚報告を聞いて第一声がこれかよ。もっと「おめでとう」とか、そういう台詞は思い浮かばなかったのか僕。
「良くないに決まってるじゃない。でも、二人きりじゃないから大丈夫。」
彼女はそう言って、部屋のドアを開けた。すると背の高い男が出てきた。独り暮らしにしては広い部屋で、部屋がひとつ余っているとは聞いていた。でもその部屋から、まさか婚約者が出てくるとは思わなかった。いつからそこに居たんだ。もしかして、もう同居を始めているのだろうか。
「間藤栄治(まとう えいじ)さんて言うの。」
「はじめまして、水樹さんの婚約者の間藤です。」
いざこうして間藤さんという好きな人の婚約者を見ても、僕の彼女に対する恋心は微塵も色褪せず、揺らがなかった。どうやら僕の初恋は、コップのように簡単には砕けないようだ。
***
「水樹!」
病室のドアを勢いよく開けて、目の前に飛び込んできた真っ白なベッドの上で眠る彼女の顔は、青白く具合が悪そうだった。僕が今こうして仕事を途中で切り上げて病院に駆けつけたのは、他でもない、水樹が事故に遭って病院に搬送されたと聞いたからだった。
「水樹は…」
「しばらくすれば目が覚めるだろうと医師は言っていました。」
先に来て水樹が眠るベッドのすぐ側の椅子に腰掛ける間藤さんがそう言った。間藤さんの目は赤く腫れていた。
彼女は真面目な人だった。青信号がチカチカしていたら絶対に渡らなかったし、ちゃんと右左確認した。運転中に居眠りするような事もしなかった。そんな彼女が事故に遭うわけ無い。誰かが悪意を持って彼女を事故に遭わせたのだ。きっとそうだ。そうに違いない。誰だ。誰がこんなことしたんだ。見つけたらただでは済まさないぞ。一生普通の生活が出来なくなるようにしてやる。生きたまま四肢を引き裂いて、内蔵を引きずり出して、死ねない苦しみを味わわせよう。
「…ここは、どこ?」
唐突に水樹はパチリと目を見開いてそう呟いた。
「水樹っ!」
僕は思わず間藤さんが居ることを忘れて水樹に抱きついた。
よかった。本当によかった。生きてくれただけで、それだけで充分だ。
「碧…」
僕の名前を呼んで水樹も抱き返してくれた。ここで水樹が「ちょっと、間藤さんが居るんだから…」なんて言ってくれたら僕は我にかえって水樹から離れただろう。でも彼女はまるで僕のことだけを見ているかのように抱き締めてくれた。僕と同じ気持ちなのだとすら思った。
「水樹さん」
間藤さんが明らかな嫌悪感を声音と顔に出しながら水樹を呼んだ。そこで僕はやっと今の状況がよくないことに気づき、少し名残惜しいが渋々水樹から離れた。
水樹は間藤さんの方を振り向くと、不思議そうな顔をして言った。
「誰?」
彼女は記憶喪失になっていた。僕以外の事を忘れてしまったのだ。つまり僕のことだけを覚えていてくれたのだ。親すら忘れてしまったのに、僕だけが彼女の記憶に残っていた。不謹慎かも知れないが、僕は嬉しかった。僕がそれほど彼女にとって特別な存在だったという証明のようなものを得た気分だった。これを利用して、僕だけを見てくれればいい。自分が覚えている人は一人。つまり味方も一人だけ。そんな状況下の中なら、僕を好きになってくれるはずだ。きっと、ずっと、永遠に。
***
正直、吐き気がするほど嫌だった。碧以外の人と結婚することが。でも誰も私の本心に気づいてくれない。碧でさえも。愛の逃避行、ステキじゃない?でも、私にはそれをするだけの勇気も度胸も資金も無かった。口ではどうとでも言えるけどやっぱり愛だけでは乗り換えられないこともある。だから決めた。私の望まない結婚を押し付けた人間に後悔させてやる。反論も結果も残せなかった自分自身に、私の心に気づいてくれなかった碧に、一矢報いてやる。
私は勢いよく赤信号の横断歩道に飛び出した。キキーッ!トラックの甲高いブレーキ音が最後に聞こえた。碧、死んでもあなたのこと忘れないからね。
***
「私、結婚することにしたの」
ゴキッと低い音をたてて水樹の首は折れた。
「ただいまー…って水樹!おいお前、何してるんだ!その手を離せ!」
玄関のドアから帰ってきた間藤さんはヒステリックな声でそう叫んだ。
うるさい。僕のことを好きになるはずだったのに、僕と結婚するべきだったのに。もう少しで解消しそうだった間藤さんとの結婚を受け入れた君が悪いんだ。もしかして、水樹は僕への恋心も忘れてしまったのだろうか。否、そんなの最初から無かったか。そうだ、僕も最初からこんなことするつもり無かった。いつからだろう。おかしくなったのは。わからない。わかるのは、僕は君の結婚が決まった時よりも、記憶喪失になった時よりも、昨日よりも、今、水樹が好きだってこと。
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初めまして、あさぎさん。(読み方が間違ってたらすみません。打っても漢字が出てこなかったので平仮名にさせていただきます。すみません。)
あのあさぎさんのスレに投稿するなんて本当にいいのか、と思ったのですが、一つ一つの作品に感想やアドバイスを書いてくださっていたので、「いいなーいいなー、私もあさぎさんにアドバイスしてもらいたい」と思って、今回投稿しました。
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.274 )
- 日時: 2018/08/17 21:09
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: YlyHCLeo)
>>269→液晶の奥のどなたさまさん
自分の書きたいことを、読み手に同じように思わせるって難しいですよね。
添へて、だけでなく長編を書いている時にも、自分ももっと勉強していかないとなぁと思います(ω)
お互いにより良いものが書けるようになると良いですね(ω)
*
>>272→流沢藍蓮さん
劇調を見せるなら、もっと冗長というかフィクションさが滲むように書くのも良いのかなーとか思います。それがその作者にしか書けない世界の描き方になったら、武器にもなるような気がしたリします。
師だけに限らず、知っているつもりで使っている言葉を、改めて漢字の意味や単語の意味、用法について調べると勉強になったりしますよ。知り合いの作品とかだと、単語のが出てくるたびに調べたりしてます(ω)
まずどの疾患を想定しているのかという部分が曖昧だから、ということも矛盾を感じさせる一因だったんじゃないかんと思ったりもしていました。切なさなどを出すうえではすごく効果的な場面だと思うんです、病院という設定って。それでも、実際に有り得るのかという部分が、現場を想像やドラマでしか知らないと、設定が浮いてしまうのかなぁと。あと、単純に浅葱自身がファンタジック病院描写が苦手だから、というのも理由としてあるかなと思います。申し訳ないです。
そちらの持ちスレの方にレスポンスしておきましたので、不明な点等ありましたら、浅葱の答えることができる範囲で返信させていただきますね。
*
>>放浪者さん、鈴原螢さん
投稿、ご参加ありがとうございます。
作品をまだ読むことができていませんので、後日読ませていただきますね(ω)
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.275 )
- 日時: 2018/08/18 22:16
- 名前: 狐◆4K2rIREHbE (ID: 6Qq3me6I)
平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
がっくりと地面に膝をつき、ぬらぬらと血に濡れたナイフを見つめる。手には、水樹の胸部を突き刺したときの嫌な感触が、まだ残っていた。
忙しなく呼吸を繰り返しながら、僕は、しばらく目を閉じていた。まるで僕の罪を責め立てるように、破鐘のような蝉の声が響いている。周囲を囲む木々は、ざわざわと揺れながら、僕に贖罪を乞うているようだった。
(……いつまでも、こうしていては駄目だ)
震える脚に力を込めると、僕はようやく立ち上がった。計画通り、水樹の死体を、近くの川に棄てに行かねばならない。
──その時だった。不意に、背後から、誰かが僕の肩を掴んだ。咄嗟に振り返って、瞠目する。立っていたのは、僕が殺したはずの、水樹だったからだ。
「水、樹……!? なんで……!」
よろけるように後ずさって、思わずナイフを構え直す。水樹は、余裕のある笑みを浮かべると、真っ赤に染まった懐から、ごそごそと何かを取り出した。
「悪いなぁ、碧。お前が刺したのは、これだよ」
「ケチャップ、だと……!?」
底知れない絶望感が胸を覆って、はっと息を飲む。思えば、水樹を刺した時、妙に旨そうな匂いがしたと思ったのだ。水樹をこの広場に呼び出したときも、奴の胸部が、妙な膨らみを帯びていることにだって、気づいていた。水樹のことだから、どうせ巨乳ごっこでもしているのだろうと、高を括っていたが、まさか、彼は僕が端から命を狙っていることに気づいていて、あらかじめケチャップを仕込んでいたとでも言うのだろうか。
(でも、もう、後戻りはできない……!)
ナイフを握り直すと、僕は、絶叫した。突進するように襲いかかり、水樹を地面に押し倒す。ナイフを振り上げ、今度こそ何も仕込んでいない胸部に刃先を下ろせば、反射的に僕の腕を押し返した水樹との、腕力の攻防戦が始まった。
「ちょっ、ちょっと待て……! お前、俺のことをそんなに嫌っていたのか? 殺そうと思うほどに?」
「そうだよ! 僕は、お前のことが、憎くて憎くて仕方なかったんだ……!」
掠れた声でそう告げれば、水樹の瞳が揺れる。信じられない、まさにそんな表情だ。そう、水樹はいつだって、僕の気持ちなんて分かってやしない。
「落ち着けよ! 憎まれるような覚え、俺にはないぞ! なんだよ、この前、寝てるお前の顔に、油性ペンで鼻毛を描き込んだのがそれほど嫌だったのか……!?」
「そんなことじゃねえよっ!」
「じゃあなんだ、お前が陽子ちゃんに用意していたプレゼントを、俺がこっそりゴーヤとすり替えたことを怒ってるのか!?」
「あれもお前かよ!?」
歯を食い縛って、僕は、吐き捨てるように言った。
「僕の苦しみを、お前が分かってくれるとは思ってない! お前は、呑気に僕のことを親友だと思ってたかもしれないがな、とにかく僕は、ずっとずっと、お前のことが、大っ嫌いだったんだ!」
「あ、いや……実を言うと、俺もお前のこと、親友とまでは思ってなかったんだ。今回、お前が企画したキャンプの誘いに乗ってやったのも、陽子ちゃんが一緒に来るって聞いたからだったしな」
「そういうとこだよぉおおっ!」
「というかお前も陽子ちゃん狙いか!」と盛大に突っ込んでから、大きく嘆息する。脱力し、倒れるように水樹の上から退くと、僕は、地面に仰向けに寝転がった。
「……はぁ、もう、いい。お前なんかのために、殺人を犯して、僕の人生を棒に振るんだ思うと、馬鹿馬鹿しくなった……」
涙目の僕を横目に、服についた土くれをぱたぱたと払いながら、水樹が立ち上がる。今度は、僕が刺されるかもしれない、なんて他人事のように思ったが、水樹は、ただ倒れる僕のことを、眺めているだけであった。
「そうだぞ、殺人なんてやめておけ、碧。お前は、真面目なところくらいしか取り柄がないんだからな」
「……うるさい、取り柄がなくて悪かったな」
不貞腐れたように返せば、水樹が、呆れたように肩をすくめる。ふうっと息を吐くと、水樹は、僕の隣に胡座をかいた。
「まあでも、殺人を考えるほどにお前が追い詰められていたとは、俺も思わなかった。なに、一つ悩みを聞いてやろうじゃないか。どうせ陽子ちゃんのことだろう? お前が、昔から陽子ちゃんのことを好きなのは知っている。あ、俺のことは気にするな。からかうと面白いから、ちょっかいをかけていただけだ。陽子ちゃんは確かに可愛いが、俺の好みではない」
「…………」
論点は、そこじゃない。いや、陽子ちゃんのことも確かに悩んではいたが、僕は、とにかく水樹のことが嫌で仕方なくなっただけだ。今の今まで殺されようとしていたのに、ここで恋バナをぶっこんでくるとは、流石は水樹である。どこまでもずれているこいつを、論破しようとする方が無駄なのだろう。
力なくため息をつくと、僕は、諦めて陽子ちゃんに関する悩みを語りだした。
「僕さ……陽子ちゃんと、今すぐ付き合いたいんだけど、どうすればいいかな……」
水樹が、ぱちぱちと瞬く。
「今すぐ? この前まで、気長に頑張るって言ってたじゃないか」
「それは……」
つかの間、目をそらして、口ごもる。僕は、上体を起こして座ると、水樹に向き直った。
「その……僕の兄ちゃんが、しつこく彼女自慢してくるから、つい言っちゃったんだよ……。『羨ましくなんかない、僕にだって彼女はいる!』って。そうしたら、今度、家に連れてこいって言われちゃって……」
「お前、阿呆だな」
「…………」
水樹に阿呆と罵られるなんて、この上ない屈辱だが、この件については何も反論できないので、黙っておく。水樹は、顎に手をあてて、考え込むように唸った。
「そんなの、一旦陽子ちゃんは諦めて、とりあえず適当に、彼女になってくれそうな女を捕まえるしかないだろう。ひとまず、その場しのぎってことで、別の女を彼女にして、兄貴に紹介しておくしかない」
「嫌だ! 僕は陽子ちゃんがいいんだ!」
ぶんぶんと首を振って主張すれば、水樹は、面倒くさそうに目を細くした。
「じゃあもう、正直に嘘ついたって言えよ。陽子ちゃんは、うちのゼミのマドンナだぜ? 今すぐ付き合うってのは、無理さ」
「それも嫌だ! 嘘だなんて言ったら、絶対兄ちゃんに馬鹿にされるだろ!」
「まあまあ、話は最後まで聞け」
諭すように言って、水樹は、僕の目をじっと見つめた。
「三次元に彼女はいないけど、二次元には彼女がいるって説明するんだよ。そう言えば、完全に嘘をついてたことにはならないじゃん?」
「白い目で見られるだろ!?」
全力で却下すれば、水樹が怪訝そうに眉を寄せる。腕を組むと、少しの逡巡の末、水樹は続けた。
「それなら、あれだ。実はロリコンなんだって言え。一般的な趣味嗜好ではないから、偏見が怖くて言い出せなかったんだって説明すれば、説得力あるだろう? しかも、こういうのってデリケートな問題だから、今後馬鹿にされたり、そういう話題に触れられたりすることもなくなるぞ、多分」
「余計嫌だよ! 家族にロリコンだと思われて生きていけって言うのか!?」
「ええー……折角いろんな提案をしてやってるっていうのに、わがままな奴だなぁ。まあ、ロリコンが嫌なら、人妻じゃないと萌えないタイプなんだって暴露するのも──」
「もっと問題があるだろ!?」
息切れするほどの大声で、水樹の提案を否定する。さっきから、僕は一体何をやっているのだろう。水樹の相手なんて、全力でやればやるほど、無意味だと言うのに。水樹が、人を揶揄して楽しむ性格の持ち主だということくらい、殺してしまおうかと考えるほどに、僕はよく分かっている。
こんな問答、続けるだけ無駄だ。僕は、拳を握りしめて、勢いよく立ち上がった。
「あーもういい! お前に相談した僕が馬鹿だった! 人妻に手を出そうとする、倫理的に問題のある奴だと思われるくらいなら、さっきのでいいよ!」
水樹に向かって、高らかに宣言する。
「僕は、ロリコンだ──!」
──瞬間、背後の茂みが、かさりと揺れる。慌てて振り返れば、そこに立っていたのは、想い人の陽子ちゃんだった。
「……え、えっと……ごめんね、その……。バーベキューの準備、できたから、二人のこと、呼びに来ようと思って……」
白い頬を紅潮させて、陽子ちゃんは、恥ずかしげに俯いている。硬直している僕をちらりと見てから、再び目線を落とすと、陽子ちゃんは、か細い声で言った。
「あ、あの……私、気にしないよ。その、恋愛に、年齢は関係ないと思うし……。と、とにかく、ごめんね! 誰にも言わないから……!」
踵を返して、陽子ちゃんが走り去る。その後ろ姿を見ながら、さっと顔を青くした僕は、追いすがるように手を伸ばした。
「ちょっ、待って! 誤解だ! 陽子ちゃぁぁあん!」
平成最後の、夏──。
まるで僕の惨めな姿を笑うように、やかましい蝉の声が響いていた。
…………
みーんみーん。
こんばんは、銀竹です。
久々に投稿してみました(^^)
このお題だと、重い話を書く方が多いんだろうなと思ったので、ギャグ風味で。
いや、碧くんにとっては、かなり深刻な問題なんでしょうけどね(笑)
ファンタジーでもない、三人称でもない文章を書くのは慣れなかったですが、楽しかったですー(*´∀`)
お邪魔しました!
Re: 第8回 一匙の冀望を添へて、【小説練習】 ( No.276 )
- 日時: 2018/09/02 19:32
- 名前: ヨモツカミ (ID: 9OS.xG62)
†第8回 一匙の冀望を添へて、参加者まとめ†
>>264 脳内クレイジーガールさん
>>265 液晶の奥のどなたさまさん
>>266 流沢藍蓮さん
>>267 浅葱 游
>>270 放浪者さん
>>271 Nさん
>>273 鈴原螢さん
>>275 狐さん
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.277 )
- 日時: 2018/09/02 19:35
- 名前: ヨモツカミ (ID: 9OS.xG62)
平成30年9月2日 19時 36分
この投稿をもちまして、【第8回 一匙の冀望を添へて、】を終了させていただきます。
今回は私も参加できませんでしたが、参加者がやや少なくて少し寂しいですね!
お題で「殺した」となっているので、素直に死なせたくなくて練り練りしてきたら投稿期間終わってました!
私と同じような方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか(笑)
他にも、学生さんの夏休みや小説大会と重なってましたしね。皆さん、大会期間中の更新は捗ったでしょうか?
まだ半分くらいしか読めてませんが、いつも通り、好きだと感じた作品には多分後日コメントさせていただきますb
参加してくださった方もロム専の方もありがとうございました! 次回の添へて、もよろしくお願いします!
添へて、ねぎツカミ
Re: 添へて、【小説練習】 ( No.278 )
- 日時: 2018/09/22 20:39
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: s6WmXyjM)
私情が少し落ち着きましたので、少しばかし。
添へて、第8回目皆様ご投稿ありがとうございました。
水樹と碧。どちらも男でも女でもかけるような名前にしようと模索しましたが、いかがでしたでしょうか。
運営としては、良い名前になったのではないかなと思っています。
水樹の名字を考える段階で、案として「寝耳二 水樹(ねみみに みずき)」というものがありました。
そんな愉快なふわふわとするような案を出しながら、運営頑張っております。
第9回目は、皆様が考えてくださった「〇〇を添へて、」、【一文】となりますので、結果を楽しみにしながらも、またご参加いただけるとありがたい限りです。
よろしくお願いいたします。
*
>>270→放浪者さん
殺した、という言葉をうまい事使ってるなぁって思いました。なんだこれめっちゃ上から目線みたいですね……。
自分もこれ書くうえで、どういった意味合いで殺すかというのを考えたりしてました。実際に自分が書いたのは、自分のせいで水樹が殺された事実を、碧が自責の念で「殺した」と思う。そんなものでした。
放浪者さんの書いた、親友という繋がりを「殺した」と表現する使い方が、浅葱は個人的に好きです。
ご参加ありがとうございました。次回もぜひ、遊びに来てくださると嬉しいです。
*
>>271→Nさん
一文の使い方を見て、自分には考えが及ばなかったなと感じました。独白のような文を書くことも無かったですし、何よりカキコでは少数のスタイルなので、楽しく読むことができました。
独白だからこそ、「私」の気持ちが良く分かる作品だったと感じます。浅葱はとても好きな作品でした。
途中「忌憚する事なく」という文章がありましたが、「忌憚」は「遠慮して避ける事」という意味でした。なので、今回の使い方だと、「遠慮して避ける事をする事なく」と重複のような用例になるので、「忌憚なく」としても良かったのかなとか思ったりしました。
今回はご参加ありがとうございました。次回も参加してくださると嬉しいです。
*
>>273→鈴原螢さん
返事待たれていらしたようでしたのに、遅くなって申し訳ないです。あさぎで合っていますよ。読みは、「浅い」「葱(ねぎ)」で出ます。
浅葱もまだまだ勉強中の身なので、あくまで主観的な一意見として見てくださいね。
目を引き付ける、というところから、改行した後は一マス下げると、より読みさすが出てくるんじゃないかと思いました。
「間藤英治」の登場前に、碧が間藤を知っているのはどうしてかな、と疑問に感じました。ですので、後出しする情報が、むやみに出ていないかどうかを確認しながら書いていくと、読んでいて「はーこいつが婚約者か」ってなるかなって思います。
あと、これは本当浅葱自身も添削で直され続けるんですけど、「てにをは」が上手い事活用できるといいのではないかと思います。
ここからは、浅葱が個人的に気になった事故の設定部分に関してだけ話していきますね。
まず、碧が急いで病院に来た、ということはその日のうちに水樹が事故に遭ったということだと思います。どういった事故の仕方かはわかりませんが、青白いということは出血量が半端ない、かつ重症度がすんごい高いってことだと思いました。
重症度が高い=治療の優先度が高くて、かなりやばい。重傷って感じなのかなと。ということは、骨が沢山折れている可能性があって、全身管理(身体の状態が悪化してしまわないように、集中治療室とかでがっつり治療すること)が必要な状態のはずです。面会者は家族、近親者のみになる可能性が高く、幼馴染だからといって面会に来ることは難しいケースもある気がしました。ただ集中治療室での勤務とかはしたことがないので、詳細は分からないのはごめんなさい。
たぶん多重骨折とか色々あるような重症さを考えているのかな、と思ったので、個人的にぱっと目を覚まして、相手を抱きしめるって難しいよなぁと感じました。
ですが、婚約者じゃなくて幼馴染を抱きしめ返す部分で、ああきっと水樹は碧のことを好きだった時期があるんだろうぁ、なんて。
時系列が整理されると、よりすっきりして、読みやすくなるなって感じました。両片思いなのに結ばれないって、やっぱりしんどいですよね。
時系列、とは書きましたが、記憶喪失になった水樹に、また結婚する報告をされたっていう感じ……で合ってますか……? 地の文がもう少しあると、より悩まずすっきり読める印象です。
碧の愛の力はすごかったです。
今回はご参加ありがとうございました。次回も参加していただけると嬉しいです。
お返事遅くなってしまって、本当申し訳ないです;;
Re: 喝采に添へて、【小説練習】 ( No.279 )
- 日時: 2018/09/23 15:54
- 名前: ヨモツカミ (ID: cgwmdEfg)
*
■第9回 喝采に添へて、
一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから
*
開催期間:平成30年9月23日~平成30年10月14日
*
今回の添へて、は8月に「ねぎツカミ」の名義でスレ立てした「募集用紙を添付して、」というスレで募集を行ったときのやつです。
一文は外海けえまさんの、○○に添へて、の部分はDimming boxさんの案を採用させていただきました! お二方ありがとうございます。
他にも投稿して下さった皆様ありがとうございました。普段私と浅葱の二人で一文と添える部分を考えているため、発想が偏りがちだった気がするので、色んなパターンがあって、どれも素敵だなあって思いました。
9月。読書の秋ともいいますし、沢山素敵なSSを読めたらいいなと思います。添へて、は練習を目的とした場ですので、誰でも気軽に参加してくださいね。
Re: 喝采に添へて、【小説練習】 ( No.280 )
- 日時: 2018/10/04 11:26
- 名前: 馬鹿で何が悪い! (ID: F84ygQes)
一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから折角見せてあげようとしたのに。
「泡吹いて倒れちゃうんだもんなあ」
棚の中から食器を取り出すように、胸の扉を開いて引っ張り出した心臓を、もう一度体内へと収納した。脈打つようなことは決してない。しかしそれは、心臓として必要最低限の機能を担っていた。僕の体内に、エネルギー源が蓄えられた電解質を溶媒に乗せて循環させる。それによって金属質な僕の身体は動くことができるという訳だ。末端の筋肉に、そして絶えず働いてくれる脳みそというコンピュータに、動力を送り続けるという意味では人間の持つ心臓と何ら変わらないと言えるだろう。
多くの場合、心臓を一突きされれば人間は死ぬ。本当に、あっさり。学問を齧っていれば確かに肝臓が無くなった時の方が替えは効かないと分かるだろう。何せ肝臓がこなしている仕事量は、工業的にしようとすれば工場がいくつも必要なほど膨大だ。
けれども考えてごらんよ。肝臓をちょっぴり傷つけたところで、別段死には至らない。自己修復能があるからね。でも、心臓の刺激電動系をちょっぴり傷つけるとしよう。するともう、心臓は動いちゃくれない。永遠にだ。そしたら全部の臓器がおしゃかだね。
何々、心臓が壊されても人工心臓があるだろう。人工肝臓は無いけどな、って? 馬鹿を言っちゃいけないよ。在りはすれども別段全員が使える訳では無い。数も限りがあるし、つけられる人間も有限だ。お金だってかかるし、今この場で拍動が止まってからそんなものつけてもその前に死んでしまうさ。
誰かの言っている情報だけ鵜呑みにして、知識だけ集めた馬鹿でも無いとそんな発想は出てこないよ。おっと、気分を害したならごめんよ。でもね、振り返ってみてよ、今初めに得意げに肝臓だろうといおうとした君たち、別段優秀な人間から頭がいいねって褒められたことないだろ? というかそもそもレバーを選んだのだって教科書的な知識を見たり、生物学の講師の誇張表現に引きずられただけだろうし。
何々? 膵臓が病気の人は健康な膵臓が何より大事だって? それこそ論点が全く違う。今僕は一般論の話をしているんだ。特殊なケースを持ち出して揚げ足を取ろうとするのは正攻法では論破できないと負けを認めているだけだよ。
それに膵臓が病気で、大切なものが膵臓という者は逆にいないだろうさ。自分を蝕む臓器なんて苦々しいだけだ。一部の奇特な、『やまうちさくら』みたいな人間ならば、膵臓のおかげで自分が自分らしくいられたと誇らしく胸を張るかもしれないがね。
何にせよ、僕の主張は揺るがないよ。君らが如何にかしこまって、この臓器こそが至高だと考えたところで、その臓器が動いているのは全て心臓のおかげだ。君が生まれ落ちてから、死ぬまで、途切れることなく動き続けて、君が最重要だと主張した臓器にも酸素と栄養を行き渡らせている。意識が無くなろうと脳が死のうとも動き続ける。そう言った頑張り屋さんなのさ。
それより僕は、倒れてしまったこの娘を何とかしてあげないとな。気を失ってその場で膝を付いた彼女の背中に手を添え、何とか座らせてみる。肩を揺らして大丈夫かと声をかけても返事は無い。呼吸はあり、首筋で脈を確認するに異常はない。ただ驚いて気を失っただけみたいだ。
全くこれだから人間というのは。
僕の見掛けは、間違いなく人間と瓜二つだ。しかし、触れれば分かる。金属の上に肌の質感を持った皮膜をコーティングしただけの僕の身体は、人間と比べるとやけに冷たい。冷却液が身体を巡っているせいだ。本来は駆動する機械の熱で人よりずっと暖かくなるものだが、それをそのまま置いておくとオーバーヒートを起こしてしまう。それゆえ、僕らは冷たくあることを強要されている。
別段それは冷淡であるべきと強いられている訳ではないんだけれど、何かが欠けている自分には仕方の無い話だ。愛想もにべもあったもんじゃない。街を歩けばそう評される。自分でも理解はしているけどね、あるべき温もりが無いなんて事実は。
ただ、嘆いてたって仕方ない。そもそも僕自身嘆いているつもりはないのだけれど。目の前で泡吹いて倒れてる主人は、日頃やけに悲嘆に暮れているらしい。自分の事でもないっていうのにね。でも、だからこそなのだろうか。この主人に体温があるのは。
ショックを受けて気絶しちゃっただけで、健康に害はない。体温や脈をとってみる限り、そう判断できた。何てったって主のバイタルチェックも僕の機能の一つだからね。データを打ち込み、本部のデータベースにアクセス。そしたら統計を参照にコロッと答えが出てくるってものさ。
首筋に触れる。定期的にその脈が蠢いていた。僕の心臓とは違う。僕の心臓はただただ循環のための水流を生み出す装置。筋肉でなくて歯車やプロペラで構成されている以上、収縮も膨張も必要ない。
だけど主人は、メトロノームみたいにリズムをとり、縮んで伸びてを繰り返す心臓を持っている。無意識でいながらも、厳密に部位によってタイミングをずらして膨らんだり縮こまったりをリピートしている。
誰に課された訳でもなく、自分が望んだ訳でもなく、ただただ己の存在意義を護るためだけに、心臓は今日も働いている。早鐘を打つ日もあれば、怠そうにのんびりリズムを刻むことも。ただ、命じられずとも機械的に動き続けるその様は、僕たちと似たようなものなのかもしれない。死にたいと願う主人のために、心臓は何もできないけれど、僕らはその意向に応えられる。その点ではきっと、僕らの方が優れているだろうけれど。
とするとどうだろうね、もしかしたら心臓はそれほど大切な臓器でもないのかもしれない。
続きます>>
Re: 喝采に添へて、【小説練習】 ( No.281 )
- 日時: 2018/10/04 11:26
- 名前: 馬鹿で何が悪い! (ID: F84ygQes)
「アンドロイドだからって無茶苦茶しないでよ。死ぬほどびっくりしたんだからさ」
「申し訳ございませんでした」
「謝意が無いのは知ってる。謝らなくていいから二度としないで」
みっともない姿を晒したものだから、照れ隠しもあるのだろう。必要以上に厳しい態度を取りつつ、君はそっぽを向く。謝意が無い、とは言われてもそういう存在なのだから仕方が無い。僕が謝っているのは人間であればこの場面において頭を下げるだろうという判断からだ。確かに申し訳ないとは欠片も思っていないし、そう言った感情が僕にどういった変化をもたらすのかも分からない。
あくまでも人間の猿真似。それが僕たちだ。君がショックを受けて倒れた、そして今や怒っている。とすれば僕の行動が君を不快にさせたのは明確で、多くの場合謝罪した方が真摯だ。それゆえ申し訳ないと告げたものだが、当然所有者である君は理解している。僕の行動は、そう言った統計的に取るべき行動や、合理的な判断に基づいた無難な回答に過ぎないのだと。
「やっぱりアンドロイドはまだ人間になりきれないかな。臓器より何より、ずっと大事なものが足りてない」
「と、仰られますと」
「心の臓、ではなくて。心ってものが足りてないの」
思慮も配慮も足りていない。統計によって行動を支配されている以上、特殊なケースにはまるで対応できない。だからこそ、急に胸の辺りを開いて心臓機関を目の前に突き付けられた人間が卒倒するとは察せられない。機械の臓器だからおそらく大丈夫だなど、あまり強靭と言い難い精神を有した乙女には酷な話だ。
「いい? 心臓が大事と貴方は言いますけどね、そう考えてはならないの。確かに心臓は大事でしょう。その他の器官を支える屋台骨でしょうよ。でもね、それだけあっても何もできないの。貴方は肝だけあっても栄養を供給してくれなければ意味が無いと言いましたね、どうしてそれが心臓も然りと気づかないの。どれが最も大切、ではないのです。腸は胃に代わることはできず、胃もまた肺になること能わないのです。つまり、言いたいことは分かりますか」
「一応理解はしました。今仰せになられた分は」
「ああもう! 違う。私が今言ったことを通して伝えたいことが、よ」
何をこんなに、主人は苛立っているのだろうか。やはり心の機微に乏しい自分には理解不能であり、そうする必要も無い事だ。
こういう時、ただ首を傾げていれば、講釈を垂れ流してくれていると知っている以上、僕はただ苦笑いだけ浮かべて怪訝そうにしてみた。
「何一つとして欠けていいものなどないの。身体というのは、いくつものスペシャリストが集まってようやくメンテが効くっていう事」
「なるほど、欠けていいものなどない。平和主義者のような言葉ですね」
「そのつもりが無いのは知っていても皮肉に聞こえるわ」
「まさか、知っての通り僕に敵対心なんて」
「分かってるから、もうその口閉じて。……どう調教すればいいのかしらねえ」
思い通りのレスポンスを僕が与えられないせいか、また不機嫌になる。そんなに毎日心をささくれさせるくらいなら、さっさと廃棄するなり売却してしまうなりすればいいのに。お気に入りの服を捨てられないみたいな愛着でも湧いているのだろうか。その真相は主しか知りようが無い。
「身体の維持はそうして分業してるの。でも、精神のメンテナンスは心でするしかない。ですから時に、管理が行き届かなくて病んでしまう。飴以上の鞭のせいで、無残にも殺されてしまう。何不自由ない暮らしをしていても、心というのは生きていくうえで潰れてしまいそうなギリギリを彷徨っているのですよ」
「やっぱり代わりなんて」
「どこにもありはしない。一点ものよ。……形が無い分、修繕の可能性は確かに無限だけど」
「壊れる可能性がそれ以上に広がってますね」
分かればよろしいと、満足げに頷く。先ほど黙れと言ったのに僕が話している事は気にしていないようだ。
適当な人だと、今まで何度も下してきた認識をまた繰り返す。そう言えば、伝えねばならぬことがあったことを思い出した。
「主人、少し話が」
「何、聞いてあげる」
「先ほどメディカルチェックをしていたのですが……」
「何? 病気でもあったの?」
軽く青ざめた君だけれど、健康優良児のままだ。風邪さえもひきそうにない。寝不足でも無いし、ご飯もよく食べている。いや、きっとそのせいなのだけれど。
「少し太りましたね?」
「なぁっ!」
「先月と比べて一キログラムの増加です。背丈があまり変わっていない以上、最近の間食がよくないものかと……」
「うるさいうるさい、ほんっと貴方という者はデリカシーってものが……そうね、無いんですものね! 私が悪うございました!」
「はは、しばらく間食は控えめですね」
「分かってるってば、一丁前に愉快に笑わないでくれる? すっごく不愉快!」
おや、どうやら僕は笑ってしまっていたようだ。可笑しいな、そんな事をするつもりは無かったのだけれど。統計的にも、この行いはからかいに属するものだ。僕としては君に注意喚起しようとしただけなのだけれどね。
ああ、そうか。これはマザーのデータベースではなく、僕の頭蓋に埋め込まれた回路が下した結論なのか。可笑しいって、面白いって、楽しいって判断に、表情が引きずられたのだろう。
余計に、笑い声が止まらなくなってくる。
「笑わないでって言ってるでしょ? ああもう腹立たしい……」
いやね、君を怒らせるつもりは無いんだ。きっと僕は嬉しいと感じているのだろう。まだ、自覚は無いけれど。君の望む、感情ある、人間に程近いアンドロイドに近づけているようだからね。そう思えば、歓喜の笑みが自然とこぼれるだなんて、仕方のないことじゃないか。
どこか体の芯に熱がこもるような感覚がした。冷却液はきちんと循環しているというのに、故障だろうか。それともオーバーヒート? あるいは……。
あるいは……。その可能性を考えれば、動くはずのない僕の心臓も、とくんと打ち震えたような心地がした。
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