雑談掲示板
- 【開催】第14回 紅蓮祭に添へて、【小説練習】
- 日時: 2022/06/18 14:16
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: bC2quZIk)
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執筆前に必ず目を通してください:>>126
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■第14回 紅蓮祭を添へて、 / 期間:令和4年6月18日~令和4年7月31日
白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
□ようこそ、こちら小説練習スレと銘打っています。
□主旨
・親記事にて提示された『■』の下にある、小説の始まりの「一文」から小説を書いていただきます。
・内容、ジャンルに関して指定はありません。
・練習、ですので、普段書かないジャンルに気軽に手を出して頂けると嬉しいです。
・投稿するだけ有り、雑談(可能なら作品や、小説の話)も可です。
・講評メインではありません、想像力や書き方の練習等、参加者各位の技術を盗み合ってもらいたいです。
□注意
・始まりの一文は、改変・自己解釈等による文の差し替えを行わないでください。
・他者を貶める発言や荒らしに関してはスルーお願いします。対応はスレ主が行います。
・不定期にお題となる一文が変わります。
・一作品あたり500文字以上の執筆はお願いします。上限は3レスまでです。
・開始時と終了時には「必ず」告知致します。19時から20時を目安にお待ちください。
・当スレッドのお題を他所スレッドで用いる際には、必ずご一報ください。
□お暇な時に、SSのような形でご参加いただければと思います。
■目次
▶︎第1回 氷菓子を添へて、:今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
>>040 第1回参加者まとめ
▷第2回 邂逅を添へて、:彼女はいつもと変わらない、甘い匂いをまとっていた。
>>072 第2回参加者まとめ
▶︎第3回 賞賛を添へて、:「問おう、君の勇気を」
>>119 第3回参加者まとめ
▷第4回目 袖時雨を添へて、:手紙は何日も前から書き始めていた。
>>158 第4回参加者まとめ
▶︎第5回 絢爛を添へて、:「フビライハンとエビフライの違いを教えてくれ」
>>184 第5回参加者まとめ
▷第6回 せせらぎに添へて、:名前も知らないのに、
>>227 第6回参加者まとめ
▶︎第7回 硝子玉を添へて、:笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。
>>259 第7回参加者まとめ
▷第8回 一匙の冀望を添へて、:平成最後の夏、僕こと矢野碧(やの あおい)は、親友の中山水樹(なかやま みずき)を殺した。
>>276 第8回参加者まとめ
▶︎第9回 喝采に添へて、:一番大切な臓器って何だと思う、と君が言うものだから
>>285 第9回参加者まとめ
▷第10回 鎌鼬に添へて、:もしも、私に明日が来ないとしたら
>>306 第10回参加者まとめ
▶︎第11回 狂い咲きに添へて、:凍てつく夜に降る雪は、昨日の世界を白く染めていた。
>>315 第11回参加者まとめ
▷第12回 玉響と添へて、:――鏡よ、鏡。この世で一番美しいものは何?
>>322 第12回参加者まとめ
▶第13回 瓶覗きを添へて、:赤い彼女は、狭い水槽の中に閉じ込められている。
>>325 アロンアルファさん
>>326 友桃さん
>>328 黒崎加奈さん
>>329 メデューサさん
>>331 ヨモツカミ
>>332 脳内クレイジーガールさん
▷第14回 紅蓮祭に添へて、:白く眩む日差しの中で、水面は刺すように揺れていた。
▼第n回目:そこにナマコが置いてあった。
(エイプリルフール企画/投稿期間:平成30年4月1日のみ)
>>156 悪意のナマコ星さん
>>157 東谷新翠さん
>>240 霧滝味噌ぎんさん
□何かありましたらご連絡ください。
→Twitter:@soete_kkkinfo
□(敬称略)
企画原案:ヨモツカミ、なつぞら
運営管理:浅葱、ヨモツカミ
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Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.146 )
- 日時: 2018/03/07 17:52
- 名前: メデューサ◆VT.GcMv.N6 (ID: DHzXYp4.)
手紙は何日も前から書き始めていた。そう、書き進めてはいたのだ。もっと言えば脱稿寸前だったのだ。
──今、僕の目の前には横倒しになったグラスと、コーヒーに沈んだ便箋がある。
目の前に広がる光景に呆然としている間にも紙面は侵食されていく。その速さたるや悲鳴をあげる間も無く、はっと現実に目を戻した時には既に僕の自信作は哀れにも完全にカフェインに飲みこまれていた。
「……とりあえず、拭くか」
部屋には時計の音だけが響く。
とりあえず筆記用具を片して、その辺のティッシュで簡単に机を拭く。
今日はもう寝よう。さっきまで筆が乗っていただけにショックが大きい。部屋の電気を消して、沈んだ気分と寝不足で痛む頭を重たい布団で抑え込む。
おやすみなさい、明日になれば気分も治ってまたいい感じの文面を思いつけるだろう。頑張れ明日以降の僕。
朝日が丁度カーテンの隙間から差し込み始めてきた頃、僕はようやく眠りについた。
──二日後、ようやく手紙を書き終えることができて一安心する。いい加減書く速さが気分に左右されるのをやめたい。一昨日みたいに筆が乗れば便箋1枚くらい10分あれば埋められるのだけど、あのコーヒー浸し事件はかなり僕の精神に刺さったようで結局今日まで紙面を碌に埋めることができなかった。
とにかくこれで今回は大丈夫。同居人達に宛てた只の近況報告とは言え、読んでくれる人がいて感想を貰えるというのは純粋に嬉しくて、
だから僕も"渾身"を読んでもらいたい。
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手紙は何日も前から書き始めていた。
同居人に宛てた近況報告。簡単なようでこれがなかなか難しい。
とりあえず作業を一旦中断して朝ごはんを取ることにしよう。
「……凄いなあ」
フレンチトーストを齧りながら、伝言板に留められた便箋をちらりと見て私は苦笑する。内容はなんてことない、ここ一週間の近況報告。だけど、晴季くんのそれは同居人の中で一番読みやすく書かれたものであるという事は周知の事実だ。
そんな只の近況報告1枚に徹夜までしてしまうような彼が愛しくて、同時に少し心配でもある。
ご自愛下さい。なんて、したためてみようかなと思いながら私は朝食を片付けた。
私には晴季くんみたいに繊細で綺麗な言い回しは逆立ちしたって思いつかない。とりあえず今は自分が書きやすいように書いて、その後考えよう。肩に当たる優しい陽射しは私を応援してくれているようだった。
「……書けたー!」
今回はだいぶ上手くまとめる事ができた気がする。これで私の番はひとまず終わり。便箋を伝言板に留めたらどっと疲れが押し寄せてきた。
あまり夜更かしをするのもお肌に悪いしさっさと寝てしまおう。
「おやすみなさい」
私は独りごちて、ぱちんと部屋の電気を消した。
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手紙は何日も前から書き始めようとはしていた。これまでは何かと理由をつけてサボってきたが、とうとう怒られたのでさすがに今回は書かなくては。
「つっても書くことねーんだよなー……」
あるだろ。と、すかさず頭の中で口煩い同居人──冬臣という──がツッコミを入れる。「"報連相"をかかすな」だの「各々が勝手に予定を組めば収集がつかないだろう」だのこないだはまあ叱られた叱られた。
大体晴季も棗も冬臣も真面目すぎるんだよ。揃いも揃って窮屈そうにしてて楽しいのかね。中でも特に酷いのは晴季だ。俺らが居なかったら今頃どうなってたやら。
「ただいまー」
今日の講義は一限だけで終わりだ。昼時で腹も減っているのでさっさと家に帰ってきた。
スニーカーを乱雑に脱ぎ散らかして一目散に台所へ向かう。
冷蔵庫の中を見て今日の昼食を考える。よし、今日はチャーハンにするか。そうと決まれば俺は調理器具と材料を引っ張り出した。
材料を刻みながら近況報告に何を書こうか考える。とりあえず俺が最近何やってたか分かればいいんだろ? なんだそれなら簡単そうだな。食い終わったら早速書くか。
チャーハンをペロリと平らげて、食器を片し筆記用具と便箋を広げる。参考までに他の3人が書いたやつも広げているが、こう長々と書くのは正直面倒くさい。こういうのは何を書いているか分かればいいんだよ、分かれば。シンプルイズベストって言うだろ? 小綺麗な文章は晴季辺りにでも任せておけばいい、あいつ作家志望だし。
「よし、書けた書けた」
書き終えた手紙を伝言ボードに刺したと同時に携帯が鳴った。
「もしもし?」
『もしもし崎重くん? ちょっと今時間いいかな?』
電話をかけてきたのはバイト先の店長だった。
「はい、何ですか?」
『明日のシフトさー、ちょっと抜けが出ちゃって……代わりに入れる? 時給弾むから』
「ああ、いけますよ」
『本当! いやー助かるなあ』
「いえいえ全然」
まあ、
働きに行くの俺じゃないし。
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これは、一度手紙を書くべきだな。マイクに消毒液を吹きかけながら俺はそう思った。勝手にシフトを入れるなんて何を考えているんだあいつは。
今朝起きたら机の上に
『冬臣へ
今日16時からシフト入ったからヨロシクな
吉秋』
なんてメモが置かれていて思わず目を疑った。何がヨロシクだせめて一言相談しろ。
今日はせっかく天気のいいうちに新しいスニーカーを買いたかったのに、その予定もあいつのせいで台無しだ。さすがに家に一足しか靴が無いのは不便だろうと思って靴屋をめぐる計画を立てていたというのに!
ダメだ。思い出すと腹が立ってくる。接客業務を行える顔になるまで深呼吸を繰り返す。どうせこの大雨だ、店に出入りする客などいないだろうから少しくらい受付を空けていても問題はないだろう。
「あら、こんな所で会うなんて奇遇ね」
気分をどうにか落ち着かせ受付に戻る途中、不意に声をかけられた。
この人は知っている、確か同じ大学に通っている人で晴季の彼女さんだ。
「そう? ここ僕の職場だけど」
「あらそうだったの! それにしても今日は大雨なのに大変ね。あ、でもその分お客さんは少ないのかしら」
「まあね。予報ではこれからもっと降るって言ってたし、海里さんも早めに帰りなよ」
こんなに可愛らしい人が恋人なんて晴季は幸せ者だな。最初にこの話を聞いたときはまた吉秋が勝手に何かやらかしたのかと思ったのだが、どうやら告白したのは本当に晴季らしい。
しかし、晴季は彼女に俺たち"同居人"の事を打ち明けるのだろうか。
「ありがとう! あなたもお仕事頑張ってね」
「"はるき"くん」
俺は手を振って"彼女"を見送り、また仕事に戻った。
*********************
*崎重晴季は多重人格
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.147 )
- 日時: 2018/03/08 20:54
- 名前: 三森電池◆IvIoGk3xD6 (ID: toS3hnLg)
手紙は何日も前から書き始めていた。
空色の自転車のペダルを踏む。飛ばす、飛ばす。目的地はずっと先だ。この夜が明けるまでに、辿り着かないかもしれない。それでも必死で漕ぐ、君に会いに行くために。
僕のリュックの中には、財布と、地図と、地元のブティックで買った小さな飾りのついたネックレスと、君へ宛てて書いた手紙が入っている。スマホは家に置き忘れてしまったのか、先ほど時刻を確認しようとしてポケットをまさぐっても見当たらなかった。不便ではあるが、絶対に必要なものではない。それに、この想いを伝えるのに、電子機器などを通す必要は無い。
僕はただの大学生だ。中高ではお遊びのような運動部に属していたものの、今は体力は落ちてしまった。何時間も自転車を漕いでいると、脚の感覚が薄れてくる。それに君の住む所は、かなり入り組んだ集落にあるらしい。後輩からも「頼りがいがない」「ぽやんとしてる」と言われるような僕が、無事に到着できるかは、わからない。それでも行くしかない、君に会うためならば、どんな苦労をしたってかまわない。
街灯もほとんど無い坂を登りきると、今度は長い下り坂が待っていた。一息をついて、ペダルを漕ぐ足を止める。すうっと勝手に進んでいく自転車と、体全体に浴びる風が気持ちいい。深夜三時、この街にももうすぐ春が来ようとしている。それでも夜はやっぱり冷えるから、家を出た直後はもっと厚着してくるんだったと後悔したが、今となっては少し涼しいくらいだった。
君は、きっと眠っているだろう。僕と一緒に住んでいた頃から、日付を超えたあたりで既に眠そうにしていたから。僕としてはもっと君と話していたかったし、君が持ち込んできたゲームで遊んだりもしたかったけれども、僕が朝起きると、早起きした君が、きまって朝食を作ってくれていてた。おはよう、と笑う君と、焼きたてのパンの匂い。もともと一人暮らしの小さな家で、僕と君はそれだけで、すごく満たされていた。二人で朝食を食べて、一限はもういいや、二限から行こう、と朝のニュースを見ながら笑いあった。君は酷く気まぐれで、毎朝放映される占いの運勢が最下位だと、拗ねて「今日は大学行かない」と言い出すことがあり、連れ出すのが大変だった。けれども昼頃になれば、美味しい、と学食のカレーを頬張り、最後まで授業を受けて、一緒に帰った。
僕は三年生になったけど、君はどうしているのだろう。
都会育ちの僕には、田舎のことはわからない。澄んだ空と美味しい空気、めいっぱいに広がる海、そんな曖昧な光景を想像すると、羨ましいな、と思う。だけど、君の生まれた田舎はそんな綺麗なところじゃなくて、未だ悪い風習に縛られ、他の町や村からも断絶された、酷い場所だと聞いた。君は周囲の反対を押し切って東京に来て、大学へ通い始め、僕と出会った。僕はさいしょっから君には本気で、まだ早いかもしれないけれど、結婚すら考えていた。それを酔っ払った時、間違って君に話してしまったことがある。思えば君は、嬉しそうにしながらも、困ったような顔をしていた。今考えると、そういう事だったのかと思う。君には、村から定められた、婚約者がいたのだ。
「コーヒーひとつ、ください」
自転車を停めてコンビニに入った。こんな辺境にあるコンビニに、深夜に来る客などほとんどいないらしい。後ろの部屋から面倒そうに出てきた茶髪の男が、無愛想にコップを差し出した。コンビニのコーヒーは、基本的にセルフで、自分で煎れる仕組みになってはいるのだが、もう少しサービスが良くてもいいのではないか、と僕は苦笑いをして、小銭を差し出した。ありがとうございます、と思ってもいないことを言われ、僕も一礼する。あとは機械が勝手にコーヒーを注いでくれるので、僕は自動ドア越しに、外を見ていた。なんにもない。これから先、進み続けてもきっとなんにもない。でも、君の所へは徐々に近づいてきている。もう少し、もう少しだ。コーヒーを注ぎ終えたことを示す電子音がきこえる。僕は砂糖を一つ入れて、蓋をして外に出た。休憩したら、また出発だ。
「お兄さん、こんな夜中に何してるんですか」
店の横でコーヒーを飲んでいると、掃除をしていたのか、箒とちりとりを持った、コンビニの制服を着ている若い女性がやってきて、驚いた顔をしてこっちを見ていた。
この人も夜勤のスタッフなんだろう。「研修中」の文字が名札に書かれている。こんなところにあるコンビニで、二人体制で夜勤をする必要はあまり感じないのだが、まあ、そういうものなのだろう。
「お疲れ様です、ちょっと、用事があって」
「へえ、どんな用事ですか?」
踏み込んでくるなあ、と思った。この人は単に仕事をサボりたいだけなのか、それとも僕に興味があるのか。僕は急がなくてはいけない身だが、ずっと自転車を漕ぎ続けて疲れてしまい、休憩がしたかったので、彼女の話に付き合うことにした。
「前に付き合っていた、彼女に会いに行くんです」
「え、それ、夜中に自転車で、ですか? 明日の朝、電車じゃダメなんですか?」
女性は、驚いたように言う。制服を着ているのでわからなかったが、この人は多分僕と同じくらいの年で、僕の大学に沢山いるような、明るくて、人懐っこくて、少々配慮に欠けている、女の子なのだろう。改めて目を合わせると、その人はけっこう整った顔立ちをしていて、夜勤だというのに化粧もしっかりとされていた。
「電車が通ってないんですよ、彼女の住んでるところは」
「え、今どき、そんなとこあるんですか? 私、生まれ青森ですけど、普通に電車は通ってましたよ」
まあ、三十分に一本とかなんですけどね、と言って、女性は笑った。
僕だって信じられなかった。僕が今追いかけている君は、東京に出るまで電車を利用したことがないと言っていた。そもそも集落からの脱出は許されていなかった。週に一、二度、郵便物などを届けに来る業者が来るだけで、完全に閉ざされた場所なんだよ、と教えてくれた。
「でも、お兄さん、その彼女さんと付き合ってたのって、前なんでしょ? 別れた女にわざわざ会いに行くって、重くないですか?」
「うーん……もしかしたらそうかもしれませんけど、僕と彼女は、強制的に別れさせられたようなものなので、今でも思ってくれてると、信じたいですけどね」
「なにそれ、悲恋みたい。もうちょっと聞きたいです、何があったんですか?」
僕は少し迷ったけれど、この女性と会うのもきっとこれっきりだろうし、話すことにした。
「彼女が住んでたところは、かなり閉鎖的な村というか、集落なんです。彼女は逃げるように東京に出て大学に入ったんですけど、もともと村に婚約者がいたみたいで、二十歳になった時、村に連れ戻されたんです。それで、明日が、結婚式だって」
沈黙が流れる。通り過ぎていくバイクの音が、いやに耳に残る。
女性は、そうなんですね、と言ったっきり、黙ってしまった。そして、少し考えこんだ後、
「私なら、絶対そんな人生嫌ですよ、ありえないです、本当に好きな人と結婚出来ないなんて、嫌だ」
「だから、僕が取り返しに行くんですよ」
ああ、柄にもなく、なんかカッコつけたことを言ってしまった。恥ずかしくなって目を逸らし、頭を搔く。しかし女性は真剣で、僕をしっかり見ている。そして、こう言い放った。
「絶対取り返してきてくださいよ、私応援してますから」
こんなので良ければもらってください、と女性はポケットから、ツナマヨ味のおにぎりを差し出した。よく見るとそれは、消費期限が過ぎていた。いわゆる廃棄物だろう。僕はそれを何事もないように受け取り、ありがとうございます、と笑った。女性も笑っていた。
「お兄さん、頑張ってくださいね。彼女さんの人生は、あなたにかかってるんだから」
「ありがとうございます、お姉さんも、夜勤頑張ってくださいね」
そろそろ、出発の時間だ。空になったコーヒーを、ゴミ箱に捨てた。
女性は僕に手を振っている。僕も手を振り、自転車をまた漕ぎだした。コンビニの光がどんどん遠くなっていく。少しずつ、君のところへ近付く。もうすぐ会える。君が最後に放った言葉は、ありがとうでも、さよならでもなく、こんなの嫌だよ、だった。最後まで君は泣いていた。僕も泣きそうで、かける言葉をその時は見つけられなかった。でも、手紙にして、ちゃんと僕の思いはまとめてきたつもりだから。文章なんて全然上手くない。ましてやそれが恋文だと話したら、今どきそんな、とさっきのコンビニの女性に笑われるだろう。それでもいい。お願いだから、届いてくれ。再びスピードを上げていく。濃い緑色の空の向こうに、儚げに浮かぶ月が見える。もうすぐ夜は明け始める、それまでには、と願う。君の笑顔も、声も、随分遠くなってしまったけれど、絶対に繋ぎ止める。ときどき地図を確認しながら、着実に、僕は君のところへ向かっていく。
朝日が昇り始める。君の好きだった朝だ。キラキラと光る太陽が、コンクリートを照らしている、あと少しで君のところへ辿り着く。広い歩道で止まって、さっきの女性からもらったおにぎりを食べた。消費期限が過ぎているとはいえ、ちゃんと美味しかった。
右へ曲がって、左へ曲がって、を繰り返す。辛うじて道路があるくらいで、周りは大きな木ばかりで、まるで森のようだった。さらに進むと道路さえなくなり、昔、興味本位で画像を見た樹海のようだ、と思った。地図をしっかり確認しながら進んでいく。足元は極端に悪く、必死に漕いでいるのに、全然進まない。
鬱蒼とした森を抜けて、急に視界が開けた。知らぬ間に坂を登っていたらしい、高いところから、景色が一望できた。森に囲まれた中に、何軒か建物があるのが見える。慌てて地図を確認し、場所が合っていることを確認する。あれが、君の住むところだ。ようやく、辿り着いた。
空色の自転車を飛ばしていく。自転車で迎えに来たなんて、かっこ悪いだろうか、と今更思う。遠まわしに言うのも何なので、手紙には、結婚してくださいと書いた。恥ずかしくて、ペンを持つ手が震えた。何度も書き直して、何日もかけて、ようやく君に見せられる、ようやく君に会える。
さあ、君はもうすぐそこだ。自転車を停めて、大事な手紙の入ったリュックを背負って歩き出した。心臓がばくばくする。君は、どんな顔をするだろう。僕は、どんな顔をしているだろう。
明け方の空の向こうから、一筋の光が差し込んでいるのが見えた。
こんばんは!三森電池です!三度目の参加です。
今まで二回とも暗い話を書いてしまったので、今回はちょっと希望がある感じにしてみました。自分で書く時もどうしても暗くなりがちだったので、こうした文を書くのはかなり新鮮で、とっても楽しかったです!
いつもスレッドの運営や、素敵なお題を提供して下さりありがとうございます(((^-^)))
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.148 )
- 日時: 2018/03/09 17:51
- 名前: 月 灯り (ID: iWEXCWZM)
手紙は何日も前から書き始めていた。
行くあてのない手紙を。
瞬時に誰とでも連絡をとれる電子機器が普及しているこのご時世で、私は手紙を連絡手段として用いていない。ただの気まぐれであった。彼に対する愚痴だとも、私自身への嫌悪だとも受け取れる目の前のそれは、半分書きかけのままの状態でずっとそこにあった。
彼は交通事故に遭った。心配して駆けつけた私を彼は覚えていなかった。私を愛したことも、私に愛されたことも、以前の記憶も、全てが彼の中から消え去った。世に言う記憶喪失というやつだった。
彼から全てを奪ったあの事故から三ヶ月たった今でもまだ、彼は市内の病院にいた。――足が動かないらしい。
ずっとだろうか。ううん、私にはもう、関係のないことだ。
「ねぇ、俺、手紙の交換してみたい」
「――は?」
突然だった。ふと昔のやり取りが頭の中で再生される。それは、私たちが付き合い始めて一ヶ月ほど経ったころだった。
「え、手紙…?」
「そう。俺への愛を言葉にして、ちょーだい。俺の愛も言葉にして贈るから」
最初、何を言っているんだ、この男は。と思った。ロマンチストなのだ。彼への手紙を書いていくうちに、こういうのも悪くはないな、と思う自分がいた。
私にくれた手紙には花の模様があしらってあって、彼のことだからどうせ花言葉かなんか含んでいるのだろうと思った。案の定だったが、私はその花の名前を知らなかった。彼はその花の名を『スターチス』だと言った。
花言葉は――何だったかな。忘れてしまった。
もう一度、あの日のように少しわくわくした気持ちで調べる。
『スターチス 花言葉』
サイトによって解釈は少しずつ違って、その中に気になるものがあった。
――「変わらぬ心」、「途絶えぬ記憶」
……とんだ嘘つきだ。「途絶えぬ記憶」だなんて、どうしてこんなの選んだんだ。まったく守れてないじゃないか。
そしてまた思い出す。彼の声で。あの時のまま。
「家に便箋があったんだ。花言葉を調べたけど、それで問題ないなって」
「…問題ないってなによ。ベストなのを選びなさいよ」
「えー、色んな花の中から俺の君への愛を言い得ているのを選ぶなんて、難しい」
そういうことを真顔で言う奴だった。私は彼のことをそれなりに――いや、これは私の強がりで。……とても愛していた。彼もまた、そうだった。
どうしてだろう。こうなってしまったのは。
記憶を頼りに当時の彼の手紙を探す。捨ててはいない。ただ、片付けが苦手なのだ。
手紙は、大切なものが雑多に入っている引き出しの奥の方にひっそりとあった。
私はそれをそっと取り出すと、三年ぶりに読んだ。変わらぬ心。途絶えぬ記憶。
そうだ、今度は私が彼に誓ってやろう。あなたが私を忘れてしまっても、私はあなたを忘れない、と。我ながら実に未練がましい。”忘れない”のではなく、”忘れられない”のだ。
時計を見上げた。現在の時刻は午前十時頃。ちょうど街が動き出す時間だ。私はスターチスの花を買って、久しぶりに彼を訪れることを決めた。
***
病院の受付のナースに今日は面会の意思があることを告げる。
「えっと、あの…、とても言いにくいことなのですが…」
急に鼓動が速くなるのを感じた。心臓がうるさい。落ち着くんだ。
「彼…つい、この間…」
まさか。
考えるよりも速く、足は彼の病室に向かっていた。番号と場所は記憶している。部屋に駆け込むと、そこには空席のベッドがあるだけだった。
いなくなったんじゃなくて――?
思考は停止していた。秒針の音が響く。
「亡くなりました」
意識の奥でナースの声が響く。
亡くなった? 彼が? 失ったのは記憶だけじゃなかったのか。命までも失ったのか。いや、彼はその前にもっとたくさん失っていたのかもしれない。
自由とか、感情とか、笑顔とか、私の知らない何かとか…。
にわかには信じられない。
だけど、心のどこかで彼の死を受け入れていた。私の中で、彼はもうずっと前に死んだ。あの事故で彼は消えた。魂を失った肉体だけが、まだこの世に存在していた。
虚ろな眼で私に、君は誰だと問いかけた。
あの時にはもう、彼は生きていなかった。
あの事故で全てを失ったのは彼ではなく、私だったのかもしれない。
ふと、目の前の引き出しに何かが挟まっているのが見えた。遺族が持ち帰り忘れたのだろうか。
私は破れないようにそれを引っ張り出した。
これは――。
これは、私が彼にあげた手紙だった。昔の自分の手紙を読むのは、いささか気が引けたが、私は手紙を開く。
そこには、
『あなたのことを思い出せなくてごめんなさい』
懐かしい彼の字でそう書き足されていた。
『あなたは今、どこにいるの? 私は寂しいです。あなたのことを愛していました。今までも、今も、――』
これからも、と書きかけてやめた。わからぬ未来の約束はするものではない。
私は手紙から顔を上げて、目の前の花瓶に飾ってあるスターチスの花を見る。
あの日、行き場のないありったけの気持ちを込めた花は行き場をなくしてしまった。
だから、持って帰ってきた。時々こうして眺めるのだ。枯れるまで。私の想いが枯れるまで。この花は私の心に宿り続けるのだろう。ロマンチストな彼の代わりに。
最後にありふれた愛の言葉で締めくくった手紙をヒコーキ型に折る。
私はベランダから外へ出た。空は蒼く澄み、何もかもを吸い込んでしまいそうであった。
私はヒコーキにしたそれを、全力で空に向かって投げる。
思っていたよりも遠くへ行って、空に吸い込まれるようにして、消えた。
私は願いを込める。
「せめて、彼の魂に届きますように――」
と。
はじめまして! 月 灯りです。つき あかりと読みます。初参加で何が何やら、投稿方法があっているのかひたすら心配です。
このお話は私なりの美しさを追求してみました。みなさんに少しでも伝われば幸いです。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.149 )
- 日時: 2018/03/14 00:01
- 名前: フランベルジュ (ID: FtQFSgJU)
手紙は何日も前から書き始めていた。何度も書き直したのだ。
ピンク色の折り紙の裏に、4Bの鉛筆で書いた文字は、何度書き直したってフニャフニャと不格好で、汚くて。消しゴムをかけるたびに破いてしまって、その度に新しい折り紙を出した。去年の冬にお母さんが買ってくれた、100枚入り折り紙のピンク色だけ底を尽きて、仕方がないから金の折り紙と銀の折り紙を犠牲にして、マッキーやつくもにピンク色を分けて貰っていた。
そんなこんなで3月14日、朝。散らかった勉強机の上に置いた、ピンクの折り紙を手に取って、おれはニヤリと笑う。大分マシな字が書けるようになったような気がする。バレンタインにさいとおに貰った手紙の返事。飽きるほど書き直した“おれもさいとおのことが好きです”の文面は、我ながら上出来だと思う。と、同時に凄く恥ずかしくなってきた。
丁度1ヶ月前、放課後の廊下でさいとおに呼び止められたのを思い出す。白いマフラーに埋めた顔がりんごみたいに赤くて、それ以上に赤いランドセルの中から、小さな小包と、ハートのシールで封をした手紙を取り出して「おうちで読んでね」と一言だけ伝えると、走り去ってしまった。廊下は走っちゃ駄目だと、さいとおがおれに何度も注意していたくせに。家に帰って小包を開けたら、チョコレートが入っていた。学校にお菓子を持ってきちゃ駄目だと、さいとおが何度もおれに注意していたくせに。手紙を開いてみたら、小さくて丸い、さいとおの字。内容を読んで、おれは固まってしまった。
“ずっと前からはやての事が大好きでした。”
いよいよ訳がわからなかった。おれが意地悪するたびに「はやてなんて大ッキライ」とさいとおは何度も言っていたくせに。訳がわからなくて、どうしようもなく体が暑くって、心臓がうるさかった。そのことについてマッキーに相談したら「俺はチョコ6個貰った」とか言って自慢してくるし、つくもに相談したら「ぼくもハヤミさんに手紙貰ったけど、バカって書いてあった」とか言いながら泣き出すから、マッキーと一緒に爆笑していたっけ。
しみじみしていると、1階からお母さんがおれを呼ぶ声が聞こえてきた。そういえばまだ朝ご飯も食べていなかった。
慌ててパジャマを着替えて、手紙を黒いランドセルに詰め込んで、1階のリビングに向かう。
朝食はスクランブルエッグの乗ったトーストだった。パンは食べづらいからあまり好きではない。でも、胃の中に入れてしまえば全て同じである。
おれはトーストに齧りつき、牛乳で流し込むようにして胃に押し込んだ。
いつも何か食べるときには、おれは凄い巨大な怪獣で、食べ物は逃げ惑う人間共だと想像している。成す術無く、おれに食い殺される食べ物達をイメージすると、例え嫌いな人参やピーマンが歯向かってこようとも、おれのほうが強いって思えるから、大体の物は食べられるのだ。だからおれは給食を一度も残したことはない。超強い。
スクランブルエッグトーストを食い殺したおれは、ちゃっちゃかと他の準備も済ませると、ランドセルを背負ってリビングを飛び出した。
「っし! いってきまー!」
「颯! リコーダー忘れてるわよ!」
お母さんがリビングの机に置かれた緑色の細長い袋を指差して、呼び止めてくる。
「べっ、別に忘れてねえし! うっせーなババア!」
いや、忘れていたけど。でも、なんとなくそれを素直に認めてしまったら負けだと思った。
リコーダーを取りに机に近寄ると、今起きたばかりなのか、お父さんが隣の部屋からにゅっと顔を出した。……鬼の形相で。
「コラァ颯ェ!! お母さんに向かってなんだ、その口の聞き方はッ!!」
今日は晴天のはずなのに、家の中には雷が落ちる。お父さんは雷神なのだ。怒らせてはならない。おれは逃げるようにリコーダー袋を引っ掴んで、玄関に駆けていく。
「ごめんなさい! いってきまーッ!」
勢い良くドアを開けて、外に飛び出した。まだ少しだけ外の空気は冷たい。それでも太陽の暖かさが春の訪れを感じさせる、清々しい朝だった。
*
「さいとお。学校終わったら、下駄箱の前な」
「え?」
「下駄箱の前! いいな!?」
「う、うん……」
教室に入るなり、挨拶をするのも忘れてそう伝えた。あまり、さいとおの側にいたくなかったのだ。顔を見ていると、体中が熱くなるし、近くにいたら心臓の音を聞かれてしまいそうで。
その日の授業は、何をしていたかよく覚えてない。いつもちゃんと聞く気のない先生の話は、いつも以上に頭に入って来なかった。でも給食の献立は覚えている。デザートにチョコプリンが出た。さいとおはいつも少食だから食べきれないとかで、おれにデザートをくれる。今日も何も言わずにぽん、と机の上にチョコプリンを置いてくれた。
掃除の時間は、ぼーっとしすぎて、つくもが投げた雑巾が顔面にブチ当たったり、マッキーが投げた雑巾が顔面にブチ当たってきたりした。
「ハヤテ避けるの下手クソかよ。将来の夢、ヒーローだろ? そんなんじゃヒーローなんかなれないぞ」
マッキーが雑巾を拾い上げながら言った。それには流石にムッとして、おれも言い返す。
「なれるし! 超なれるかんな!」
「雑巾避けられないくせに?」
「なれるもんはなれんだよ! 今日にでもな!」
掃除が終わったら、帰りの会をして、そして帰るだけなのだ。その前に、さいとおに……。
ふと、気がついたが、おれがやるのは、下駄箱の前に呼び出したさいとおに手紙を渡すだけじゃないか。それって、ヒーローか? と。何をすればヒーローなのかは分からないが、少なくとも自分の気持ちを紙に書かなきゃ伝えられないなんて、格好悪い気がする。それなら、どうするべきか?
「…………」
おれは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
*
下駄箱の前では、既にさいとおが待っていた。他の女子より少し小柄なさいとおにはやたら大きく見える真っ赤なランドセルと、肩に少しつく程度まで伸ばされた色素の薄い髪の後ろ姿が見える。
「さいとお」と、控えめに名前を呼ぶと、さいとおは少しだけ不安そうな顔で、ゆっくりと振り返る。既に頬が微かに染まっている。さいとおは無言で首を傾げておれを見つめた。
「さいとお、えっと……」
背後に隠したままの両手には、あのピンクの折り紙が握り締められている。つくもに教えてもらってハート型に折った手紙。まだ帰らずにその辺で駄弁っている他の生徒の視線が気になって、渡すのを躊躇してしまう。いやきっと、戸惑う理由はそれだけじゃないのだ。
何日も前から書き始めて、何度も書き直した手紙。たった一言程度の内容。でも、それを渡すことは、何かから逃げているみたいに思えた。なんだか格好悪くないか? おれは、格好良いおれを、さいとおに見てもらいたい。
だから。
ゆっくりと、後ろに回していた両手をさいとおにも見えるように前へ出す。さいとおが、おれの手に握られた折り紙をじっと見つめた。けど、おれはそれをさいとおに差し出しはしなかった。
右手と左手の指先で摘んだハート型の折り紙を、それぞれ勢い良く上と下に引っ張る。真逆の方向から力を加えられた折り紙はベリベリと悲鳴を上げながら引き裂けて、容易く真っ二つになった。
え、と。目を見開いたさいとおが短く声を上げた。構わず更に細かく破いて、千切って、手紙はただの細かい紙切れになった。
それから、目の前で固まるさいとおの目をじっと見つめた。おれは深く息を吸い込む。――さいとおが好きなら、自分の言葉で言えよ、つばきはやて!
「おれっ……さいとおのことが好きだッッッ!」
「ひぇっ!?」
胸の前で両手を合わせて、さいとおがちょっと後退る。周りの視線が集まる。めっちゃ見られてる。でも、構わず続ける。
「教科書忘れたら貸してくれるし、給食のデザートくれるし、おれが怪我したらバンソーコーくれるし! あと可愛い! だから好きだッ! さいとお!」
「えっ……え、ひぇぇ」
放心していたさいとおの両目からボロボロと涙が溢れ出る。おれはぎょっとして周りを見回した。至るところから責めるような視線が突き刺してくる。今のやり取りでおれの何処が悪かったのだろうか。
「な、なんで泣くんだよ!? 今日は意地悪してないじゃんか!」
さいとおは慌てて自分の袖で涙を拭うが、止まらないらしい。
「先生ー、ハヤテが斎藤さん泣かせましたー」
「ちょっ……マッキーチクるなよ!」
まだ帰ってなかったのか。マッキーが近くにいた高橋先生に告げ口している様子が見える。まずい。おれが泣かせたみたいな流れになっている。
「うっわー、椿くん最低ー」
「椿、ありえないー」
まだ帰ってなかった女子生徒からも酷い避難の嵐。やはりおれが悪かったのだろうか。でも泣かせる要素があっただろうか。
「さいとお……泣くなよ、ほ、ほら……」
慌ててポケットから取り出した花柄のハンカチを差し出す。
両目に涙を貯めたまま顔を上げたさいとおが、ハンカチを見て言う。
「それ、わたしのハンカチ」
確かにそうだ。以前借りて、返してなかったものだ。
「先生ー、ハヤテが斎藤さん泣かせた上に前に借りたハンカチ借りパクしてたそうでーす」
「マッキーうるせぇな!」
小さく笑って、さいとおはハンカチを受け取った。
「泣きだしちゃってごめんね……ビックリしちゃって。はやてが急にお手紙破きはじめるからふ、フラレちゃうのかと思って……。えっと、嬉しかった……」
「あ、それで泣いたのか。ごめんな」
小さく首を振る。それから涙に濡れた顔を上げて、ニッコリと笑う。
「わたしもね、ハヤテのそういうとこが好き。大好きだよ」
***
小説は何日も前から書き始めていました。この日に合わせて投稿するために温存しておりました。
このあと二人はお手手繋いで一緒に帰るのでしょう。小学生の手紙は折り紙の裏か、ちっちゃいメモ帳を手紙折したやつっていうイメージです。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.150 )
- 日時: 2018/03/17 23:35
- 名前: かるた◆2eHvEVJvT6 (ID: Lxk1AtMU)
手紙は何日も前から書き始めていた。
あたしは「ごめんね」という一言のために、三年の月日を待ち続けた。
***
高校の入学式の日に幼馴染に告白された。返事は卒業式の日に手紙で、と流され結局彼があたしのことを本当に好きなのかも分からないまま、いつもの生活に戻ってしまった。毎日一緒に登校して、寄り道して、お互いの家に遊びに行った。その三年の間、幼馴染は一回もあたしのことを好きと言わなかった。もう、あの日のことが全部夢だったのではないかと思ったくらい。
手紙を書き始めたのは仮卒に入ってすぐ。卒業式まであと三日だというのに、あたしはこの手紙を書き終えることが出来ていなかった。何度も何度も「ごめんね」と綴るけれど、それを本当に伝えてしまっていいのか、自問自答を繰り返し、怖くなって消しゴムで消してしまう。その所為か、桜柄の綺麗な便箋はいつの間にか少し黒くなってしまっていた。
「ずっと、このままでいたいのに……」
ずっと友達でいつづけるのが無理だと、そんなことは分かっていた。男女の友情が成立しないのはもう仕方ないこと。あたしが望む結末になることは絶対にない。手紙で想いを書き連ねるたび泣きそうになった。どうしてあたしから全部壊さなきゃいけないのか、解らなかった。
異性が好きになれないと気づいたのが中学二年の夏だった。かといって、別に同性が好きなわけでもない。
恋愛になると途端に気持ち悪くなる。吐き気がして、みんなみたいにドキドキできなかった。その人のことを考えるだけで舞い上がったり、嬉しくなったり、返事が返ってくるだけで幸せな感情になることもできない。
まだ本当に好きな人に巡り合っていないのよ、と友達に言われたけど結局あたしは人を好きになることができなかった。頻繁に連絡してくる人には嫌悪感を抱いてしまうし、偶然を装ったみたいに常にあたしの傍に現れる人はどうしてもストーカーとしか思えなかった。
好きになれたら、良かったのに。その「好き」の相手が幼馴染の彼だったら良かったのに。あたしは何度も何度もそう願い続けた。だけど、どうしても一歩を踏み出すことができなかった。
臆病者だった、あたしは。偽りの好きを伝えてずっと彼の傍にいれたとしても、結局いつかは離れてしまう。いなくなるなら、早い方がいい。傷つくなら、その傷が浅いうちに早くその刃を切り捨ててしまえ。
書き終えて、便箋を封筒に入れて鞄の中に突っ込んだ。ふうと溜息をひとつついてあたしはベッドにダイブしてそのまま布団にくるまった。もう何も考えたくない。もう苦しみたくない。
『あなたのことが、とてもとても大切です。だから、ごめんね』
三月一日、幼馴染に手紙を渡すと彼はくすっと笑ってありがとうとあたしの頭を撫でた。その感謝の言葉は、多分あたしのことを絶対に責めないという証明だった。
「いつか、恋ができたらいいな」と幼馴染は空を見上げながらぽつりとつぶやいた。「その相手が俺だったら、嬉しいのに」と、付け加えたのも気付いてたけどあたしは何も言わなかった。
その、いつか、がどれだけ待ったら来るのかまだあたしには解らない。ゆっくり待とう。ゆっくり。
誰かに本気の恋が出来るまであたしは待つよ。ぐしゃぐしゃに丸めて捨てられた手紙以上に、きっとあたしの未来は輝いているはずだから。
□
2回目の参加です。ヨモさんのお題だったので絶対に書きたかったかるたです。
恋ができない子が普通でもいいんじゃないかな、というお話です。ありがとうございました。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.151 )
- 日時: 2018/03/18 02:21
- 名前: ヨモツカミ (ID: 9xiwRufo)
今回はなんか、文章が頭から湧き出てこなかったので、短い上に少ない人数へ。雛風さんや三森さんにも書きたかったんですが、ちょっと調子が悪くて何も書けなくて(
>>浅葱さん
手紙の合間に、読み手の動きとかが入るのが好きでした。
涙に濡れる手紙って綺麗だなって思います。溢れた感情が形を持って雫になったんだなって感じがして、素敵だなって。
というか、再三言ってますが私は葱さんの感性が好きです。とても。
>>とーれさん
山羊と男性可愛過ぎかよ……。今回もあなたらしく、ほのぼのしていて、愉快で思わず笑顔になってしまうような作風で、とても好きでした。男性にとっては悲劇でしょうが(笑)
>>ちん☆ぽぽさん
私の弱い涙腺は簡単に決壊しました。彼女の最期の時まで、二人が笑顔だったっていうのが、凄くうるっときてしまって……なんていうか好きです。
>>あんずさん
読んだあと、改めて思いました。私はあんずさんの書く地の文が好きです。私が地の文全然書けないので、凄い参考にしたいなって思います。主人公の複雑な心情がスッと入ってくる感じ、とても好きです。
>>メデュさん
途中経過を見せて頂いたりもして、完成楽しみにしてました。地の文書けない、と悩んでらして、私も地の文の量増えないから色々考えていましたが、無理やり増やそうとするんじゃなくて、必要な文だけ描写すればいいんじゃないかなと思います。自分で読み返したとき、なんか足りないなと思うたびに増やす的な。
基本私が見るのは描写よりストーリーなので、感想としては、読んでいる途中で多重人格者だと気付いて、なにこれめっちゃ面白いやんと思いました。名前も春夏秋冬なの、途中で気がついてオシャレだなと思いました。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.152 )
- 日時: 2018/03/18 23:56
- 名前: 日向◆N.Jt44gz7I (ID: Cn4VTAhA)
手紙は何日も前から書き始めていた。
「ンーヌ……ええい此んな物!」
僕は生粋の小説家であるのだ。
僕に書けない文章などね、此の世に有る筈が無いのだよ、有ってはならない。
例えば喜劇を書かせたならば、読者は必ず諸人ワハワハと抱腹絶倒する。文字通り腹が捩れて外科送りになった者がいるのだ、これこれ本当だぞ。
例えば悲劇を書かせたならば、読者は堪らず諸人壱頁目からシクシク泣き出す。中身の切なさ故に胸を掻きむしって、皮膚科にかかった者もいるのだ、なにおう誠であるぞ。
そうだ、昨今流行りのサイエンス・フィクションなるものをほんの試しに書いて版行した時も有ったねえ。此の冊子の読者はこぞって、間抜けでいて、呆けた顔を晒したものだった。これは僕の至極素晴らしい筆致を受け、心を現し世から飛ばさずにいられなかったに違いない。
しかし非常に残念ながら、僕はSFとかいうものに一切興味が無かった。ぽかんと口を開け、新たな物語に畏れと敬いをもってして僕を見詰めた輩には本当に気の毒だがね、あれを書き続けることは永遠にしないのよ。
しかしそんな僕にも、この手紙にだけはどうしても納得のいく言葉を紡ぎ出せぬ、まったくもって自分らしくもない、ちゃんちゃら可笑しい。
否、そもそもねえ、どうしてこの僕が、あんな平平凡凡な女に拘泥しなくてはならないのか。
誰もが喉から手が出るほど欲しがる僕の文章を、彼女だけに捧げる。ンン、何だとう、なんて贅沢な女だ、どうせ僕だけがこのようにヤキモキしているのだろう。彼女も同じように僕のことを考えていなければ不公平ではないか、裁判だ! 極刑を求む!
どうしようもなく腹が立って、気がつけば怒りに任せて百枚目の便箋を破り捨てていた。
「アッ……」
やってしまった! あれは最後の紙だったのに、嗚呼いやだなあ。
淡青色の便箋は、舞い散る花弁のように畳の上に降り掛かった。
復た学園通りの文具屋に足を運ばねばならぬ、有象無象の人混みの中に我が身を投じねば。
至極面倒なことになったぞ。
「ウオッ……!?」
しまった! 袖がインク瓶を巻き込んだ、嗚呼畜生め。
挿しっぱなしにしていた万年筆が机の上に転げ周り、木目に黒い星を燦々と降らした。
書生服の袴にじんじん冷たい黒がずんずん染みる。
ああ、卸したての袴であるのに、果たして汚れは落ちてくれるかい。
台所から膠が乾いたような布巾を取ってきて、机に押し付け押し付けを繰り返していると、やがてひどく惨めな気持ちになった。
どうして僕が此んなことを。
「は、はは。頭が冷えた」
嗚呼そうさ、どうせ彼女は、僕に振り向いてはくれない。
まったくもって嫌なことを思い出す、反吐が出そうだ。痛み、悼み、其ンなものは僕の知ったことでは無い。
こんなにこんなに可哀想な僕を、世間では冷血漢というのだろうね、まあそれも良いだろう。どこか超人的な文豪に相応しい箔が付くじゃあないの、歓迎だ、故郷のとうきびを抱えて迎合してやろう。
故人、恋人、奴の持つ全ての名前に腹が立つ。彼女を先に見つけたのは僕の方だったのに、奴は二年前の夏頃いとも容易く僕から攫っていってみせたのだった。
二人は恥ずかしげも無く人前にて手を繋ぎ、互いに顔を皺だらけにして、歯を出し、笑い合う。誠に下劣だ、どうしてあのように浅ましく公の場で睦み合う事が出来よう。
そして僕はそれを見ていることしか出来なかった、否、途中から急激な吐き気悪寒動悸の病が悪化し、見るのも辞めた。
流石に僕ほどではないが少し文章が書けるくらいでちやほやされた奴と、学部きっての眉目秀麗な彼女。まったくもって釣り合わない。奴より僕の方が彼女と桜並木の下を歩くには相応しいに決まっている、これは今でも不変の事と信じているのであるぞ。
そうして有る時、秋の部誌を発行した一ヶ月後だったか、奴はちっぽけな取るに足らないような出版社に声を掛けられた。残念ながらその時、僕は厄介な夏風邪をこじらせてしまい、皆の渇望する原稿を落としてしまった。
僕が書きかけていた散文を完成させていたならば、その枠は当然僕のものだっただろう。しかしまあ小さな会社だ。どうかどうか一筆頼むと請願されたって、もっと会社を大きくしてからどうだね、と蹴っていただろうね。
しかし奴は浅ましく二つ返事で、その会社の専属になりやがった。
そして一発当てた。
内容は至極単純なミステリーで大衆受けは良かったようだ。しかし僕に言わせれば、その落ちがどうにも頂けない。
読者が犯人だというのだ!
僕は遂にあんぐり口を開けるしか無かった。平生より可笑しな文章を書いていると思ったら此れだ。僕が犯人だとう、莫迦なこと言うんじゃあない。此のようなことはあってはならない。そうか、手前の初心者に毛が生えた程度の筆致にて騙される大衆を、奴は笑っているに違いない、非常に腹が立つ。残念だったな、僕は其ンな莫迦ではない、騙されたりしない。そもそも此んな終わり方、創作理論が崩壊している。許されない。
僕なりのストーリーを組み立ててやった後、朱色を持ち出したところまでは憶えている、しかし其れ以降はうん、からっきしだ。
そして奴との別れは唐突にやってきた。
其の末路はというと、去年の春、文字通り、奴の描いたシナリオ通り、読者、否、どこぞの誰かに心臓を一突きされちまったのだ。
彼の出版社にて落ちこぼれだった外回り営業人が、博打に手を出し、見る間も無く生活に困って、新鋭奴の印税を掠め取ろうとしたのだと、風の噂で耳にした。
その時の僕の気持ちか、うん、そうさなあ、嗚呼勝ち逃げか、許さないぞ、と。
唯、此れだけだった。
ええ、彼女の姿かい、僕も忙しくてね、特別気をつけて見てはいないが、おそらく通夜葬儀の類いにて、一度も見ていないよ。
「此んな物も」
奴が実に仕様もない理由で毒者から人生を奪われる前、下宿先に送りつけてきやがった分厚い紙の層。彼女の好きな色をした便箋も付いていたが、裏に移った鏡文字の筆跡一文字一文字にさえ腹が立って、勿論読まずに破り捨ててやった。
屑籠に放り込んだのも束の間、奴の直筆が僕の部屋で息をしているという気色の悪い事実に蕁麻疹が出そうになって、住処の傍を流れる、褐色の二級河川に流した。
本については、全頁心理情景描写文法技法人物の動かし方のみ摘まみ上げ、僕直々に赤インキで盛大に添削してやった後、酷く疲れてしまい、部屋の隅に放ったままである。
埃を被った其れが、今は妙に目について、今一度腑が煮えくりかえった。怒りで手が震えた。
僕の目に届くところに居るんじゃあない!
むんずと背表紙を掴み取って、襖に向かって投げる。
どさん、と余りに面積の広い音を立てたものだったから、紙の壁を穿ってないか、冷やりとすると共に、少し後悔した。
しかし幸いにも、襖には傷一つ無く、僕は嘆息した。此んなオンボロ、退居する際に追加で支払ってやるのは癪に障るからである。
厚紙を悪戯に重ねたような、安っぽい、地に堕ちた装丁はだらしなく両の腕を広げるのみで、その場に
横たわる。
決してやり返してくる事ない紙の束を見て、深く息を吐いて、再度脱力するしかなかった。
いつしか奴とは喧嘩らしい喧嘩もしなくなったんだ。
記憶の中で奴と討論、論争、それこそ喧嘩をした思い出なぞ、脳味噌の何処を引っ掻いても出てきてくれなかった。
僕の隙が無い正論に怖じ気づいて、奴はただ中身の無い謝罪を繰り返していただけだ、そうに決まってる。
実に張り合いのない奴だった。奴一人家からいなくなったって同じだ、まったくもって清清する。
こーんな人生、全てそう思い込まなければやってられないのだ。
彼女の方は、というと最近は文芸部にも顔を出すようにもなった。
彼女が奴と出会った場所、僕が彼女を見つけた場所。
一時期は塞ぎ込んでいたのか知らないが、講義にもその姿を見なかった。
時折であるが、業務連絡や、会話する際、元の可憐な笑みを僕にも見せてくれるようになった。
奴にだけ見せた顔、遠巻きに眺めることしか出来なかった顔。ふ、ふふ。
「食事――誘ってみるかア……」
結局、便箋を買いに行くことはしなかった。
*企画運営御中に今一度敬礼を
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.153 )
- 日時: 2018/03/19 22:16
- 名前: 藤田光規 (ID: BbtF05kY)
手紙は何日も前から書き始めていた。宛先はぼくの元から離れて行って、けれど今も遠いところで生きているあなたへ。書いては丸めて書いては丸めてを繰り返した結果、ゴミ箱にはぐちゃぐちゃに丸められた失敗作の山。幾つもの夜を更かし、幾つもの便箋を犠牲にし、残すはあと一行となってぼくはふうと息を吐いた。
ボールペンはインクが切れかけている。この手紙を書くために買ってきた安価なペンだった。ぼくは悩んでいた。あと一行、あと一行、何と書いたらいいだろうか。最後の一行を書いてしまえば、これでぼくとあなたの全てが終わってしまうような気がした。甘い思い出や恋慕の酩酊の残片に、文字通りのピリオドと終止符を打つことになると思った。馬鹿げた話だ。もうとっくに終わってしまったはずなのに。
ボールペンを持つ手がほんの僅かに震えているのに気付く。
二人で選んだ1LDKの部屋を途方もないほどに広く感じた。がらんどう。からっぽの抜け殻のようにも思えた。辺りは無色な静寂に満たされている。自分の呼吸音が耳に入る程に。世界中に僕しかいないんじゃないかと思う程に。部屋の隅にぼくひとりが寝るには不相応なダブルベッドがどかんと置いてある。その枕元には度が強い発泡酒の空き缶が散乱していた。この部屋にはあなたの影が今もうろついていて困る。
あなたと別れてかなりの時間が経ってしまったけれど、未だにぼくはここで止まったままだった。時間が経てば自然にこの思いも色あせてくれるだろうとたかをくくっていたけど、そうはいかなかった。薄まるどころか、ぼくの胸の中でとぐろを巻くように離れてはくれず、今もなおきりきりと僕の中の何かを締め付けている。我ながら女々しい男だとは思う。それで書き始めたのがこの手紙だった。
お茶でも飲もうかと椅子から立ち上がった時、ふとテーブルの上の便箋のそばにあった、あなたが忘れていったセブンスターの白いパッケージと、その近くの100円ライターが目に入った。あなたがここを去ってから何となく触れることの出来なかった忘れ形見だ。横には空の灰皿も置かれてある。
あなたは煙草が好きだった。恐らくぼくのことよりも好きだった。
ぼくは煙草が嫌いだった。煙草を吸う人もあまり好きではなかった。でもあなたは例外だった。
あなたはぼくに気を使ってベランダで煙草をくゆらせていた。その光景は今でもまぶたの裏に貼り付いている。冷たい風に吹かれながら煙を纏うあなたは、今にも消えそうなくらい儚げに見えて、いつか紫煙と一緒にふわふわと飛んでどこかへ行ってしまうんじゃないかと行き場のない懊悩に暮れていた。行き過ぎた杞憂だと信じたかった。だけど、ぼくのその不安は現実になった。
椅子に座り、セブンスターの箱を手に取って開いた。その中から一本取り出す。あなたがそうしていたように、人差し指と中指で挟んで口に咥える。煙草を吸えばあなたのことが分かるような気がした。あなたの気持ちに寄り添えるんじゃないかと思った。近くにあった100円ライターを持ち、カチッとボタンを押して火を灯す。あなたがいつか言ってた通り、フィルターを軽く吸いながら煙草の先にライターの小さい炎を近づける。容易く着火した。火種が燻り悲痛そうに赤く燃えて、急かすようにじんじんと白い灰が少しずつ長くなる。口の中にある煙を肺には入れずにふうと吐き出す。幾重にもつれた糸くずのような白い煙は、ぼくの目の前を通って、ゆっくりと上に登っていく。ふらふらと揺らいで、くらくらとたゆたって、ほどけながら天井まで届いて消えた。
カーテンの向こうで揺れるあなたの髪をすこしだけ思い出した。
何故か目の奥に強い熱を感じる。
再び僕は煙草を唇に咥える。深呼吸するように吸って煙を口の中に含んでから、意を決して肺の中に入れる。喉にガツンとした衝撃のような感覚。やはりというか、ぼくの呼吸器官が警告信号を出した。まずい、と思うよりも早く肺が煙に突き上げられるような感覚。ぼくは一回、二回と激しく咳き込んだ。喉が痛い。口から肺が出てしまうんじゃないかと間抜けた事を考える程だ。頭がくらくらする。眩暈も酷く、手紙に書いた文字が歪んでみえる。14ミリの煙草をいきなり吸えばそりゃこうなるだろと自責めいた事を思った。
かすかに青い色のついた副流煙は、愛しいほどにぼくの鼻孔を刺激した。苦くて苦くて、少し甘いあなたの匂いだ。その煙がぼくを責めるように目にしみる。目頭が熱を持つ。鼻の奥の奥から針で刺すような何かがこみ上げてくる。
「……あれ?」
自分の視界がぼやけている。まばたきをしても収まってくれない。目をこすってみてもその潤みは酷くなるばかりだった。やがて目じりのあたりで溜まった雫がつうっと頬を伝った。雨に降られたみたいにぽつりと便箋にぼくの涙が落ちる。滲む。手紙の黒い文字が滲む。瞼の裏のあなたの残像も滲む。あなたの細くて長い指も、ぼくより小さいその輪郭も、確かにぼくの肌に触れていたその体温も、感情の奔流と共に溶けるように僕の中のどこかで解けた。
強く目をこすった。指に涙が付着する。顔の全体が熱い。深呼吸。今日のぼくはどこか変だ。煙草を灰皿の底に押し付けて虫を潰すように火を消す。銀色の灰皿の中に見苦しく折れ曲がった吸い殻が一つ。
ぼくの書いた手紙が目に入る。縷々とぼくの情けない気持ちが書かれたそれは、今見ると食わせ物のイミテーションめいて思えた。ただの戯言の寄せ集めみたいに思えた。手紙とライターを手に取る。カチリと火をつけてぼくが書いていた手紙を上にかざす。
何の音もせず手紙は燃えた。熟れた蜜柑みたいな色の炎。ぐんぐんと反りながら黒が大きくなる。手が熱くなって焦りながら灰皿に落とした。手を離した後もぼくの恋心と同じように名残惜しく燃え続けた。
教えて欲しかったな、とオレンジ色の火を見ながら思った。
別れを告げる言葉と一緒に、あなたを忘れる方法を。
◆
初参加です。初めまして、藤田といいます。
敢えて書いたことのない恋愛モノと、苦手な感情描写に挑戦してみました。
Re: 袖時雨を添へて、【小説練習】 ( No.154 )
- 日時: 2018/03/23 22:22
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: RQm5j5h.)
*3/23
この投稿をもちまして、第4回袖時雨を添へて、を終了致します。
今回のお題から、皆さんがどのように手紙を利用するのかという点を楽しく読ませていただきました。
前回と比べ、忙しい時期がかぶってしまったこともあるかと思いますが、感想でのか交流が少なくなってしまったなと感じました。浅葱自身も書けていないので、時間をつくって書いていきたいと思います。
皆様、第4回お疲れ様でした。また次回も、 よろしくお願いします。
※感想の投稿は期限後もお待ちしております。
※小説の投稿は、事前に運営へご連絡ください。
浅葱
Re: 漆黒の添へて、【小説練習】 ( No.155 )
- 日時: 2018/04/01 11:23
- 名前: 浅葱 游◆jRIrZoOLik (ID: qhE7NXho)
第n回目、漆黒の添へて、開催となります。
お題:そこにナマコが置いてあった。
皆様の投稿お待ちしております。
なお、開催期間は4月1日11時30分から23時59分までとなります。
浅葱
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